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明細書 :修飾シクロデキストリンのフィルム又はファイバー並びにその作成方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4882068号 (P4882068)
登録日 平成23年12月16日(2011.12.16)
発行日 平成24年2月22日(2012.2.22)
発明の名称または考案の名称 修飾シクロデキストリンのフィルム又はファイバー並びにその作成方法
国際特許分類 C08J   5/18        (2006.01)
C08B  37/16        (2006.01)
D01F   9/00        (2006.01)
FI C08J 5/18 CEP
C08B 37/16
D01F 9/00 Z
請求項の数または発明の数 2
全頁数 14
出願番号 特願2006-527797 (P2006-527797)
出願日 平成17年8月31日(2005.8.31)
国際出願番号 PCT/JP2005/015898
国際公開番号 WO2006/085404
国際公開日 平成18年8月17日(2006.8.17)
優先権出願番号 2005036233
2005073334
優先日 平成17年2月14日(2005.2.14)
平成17年3月15日(2005.3.15)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成20年5月2日(2008.5.2)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
発明者または考案者 【氏名】桑原 哲夫
審査官 【審査官】岩田 行剛
参考文献・文献 特開2002-285000(JP,A)
特開2001-089764(JP,A)
特開平05-331206(JP,A)
調査した分野 C08J 5/18
C08B 37/16
D01F 9/00
特許請求の範囲 【請求項1】
修飾シクロデキストリンが、分子間で高次に会合して成る修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーであって、
前記修飾シクロデキストリンは、p-メチルレッドで修飾されたα-シクロデキストリンであることを特徴とする修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバー。
【請求項2】
シクロデキストリンと高次会合体を形成可能な修飾物質で修飾された修飾シクロデキストリンを溶媒に溶解し、前記修飾シクロデキストリンが溶解した溶液を濃縮し、高次会合せしめることを特徴とする修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーの作成方法であって、
前記修飾シクロデキストリンは、p-メチルレッドで修飾されたα-シクロデキストリンであることを特徴とする修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーの作成方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は修飾シクロデキストリンのフィルム又はファイバー並びにその作成方法に係り、特に超分子系の性質を有する機能性フィルム又は機能性ファイバーの製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
図10に示すように、シクロデキストリンは環状オリゴ糖であり、構成するグルコースの数が6、7、8のものが一般的であり、それぞれα-、β-、γ-シクロデキストリンとして知られている。シクロデキストリンは、底の抜けたバケツ型構造をしており、上下に開口した空洞部を有している。この空洞部における開口部の狭い側にはグルコースの一級水酸基が位置すると共に、開口部の広い側には二級水酸基が位置しており、空洞内は疎水的な環境を呈している。この特異な構造ゆえにシクロデキストリンは、図11に示すように、水溶液中で様々なゲスト分子を、ホストであるシクロデキストリンの空洞内に取り込み包接化合物(包接錯体)を形成する能力を有している。
【0003】
このシクロデキストリンの包接特性を利用して、農薬、化粧品、食品等の広い分野にシクロデキストリンが応用されている(例えば、特許文献1、特許文献2)。また、シクロデキストリンは化学的な修飾により性質を変えることができ、例えば分光学的に不活性なシクロデキストリンは、ある種の発色団(クロモフォア)で化学的に修飾することにより、分光学的に活性なシクロデキストリンに変換することが可能である。
【0004】
ところで、近年、急速に進歩した科学における方法論として、Supramolecule (超分子)がある。これは、個々別々の性質を持った物質を三次元空間の最適位置に配置することにより、各成分の協同効果、相乗効果を引き出し、高能率性と高選択性とを合わせ持った新しい物質を創り出そうとするもので、この超分子においてシクロデキストリンの特性である分子包接能が注目されている。
【0005】
従って、このようなシクロデキストリンの特性を利用することにより、より高次な分子集合体の形成へと導き、具体的なフィルムやファイバーとして得ることは、超分子系のデバイス化や実用化において必須のプロセスである。超分子のフィルムやファイバーは、(1)低分子の分子集合体であること、(2)分子間相互作用という弱い結合により高分子化を実現していること、(3)分子包接能を有している等のことから、従来の例えばポリオレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリエステル樹脂等のような高分子フィルムとは異なるユニークな性質を示すことが期待される。

【特許文献1】特開2003-321474号公報
【特許文献2】特開2002-348276号公報
【特許文献3】特開2000-004854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、シクロデキストリンを使用した包接化合物は通常粉体として得られ、高次な分子集合体として得ることが困難であるという問題がある。近年、シクロデキストリンの分子間会合を利用して高次な分子集合体の製造に関して精力的に研究が試みられているが、これらは何れも溶液中での会合挙動についての研究段階にとどまり、具体的なフィルムの製造には至っていないのが実情である。
【0007】
この為、例えばシクロデキストリンに食品保存成分をゲストとして包接した包接化合物を使用して、食品等を包むための食品保持フィルムを製造したい場合には、この包接化合物を上記した従来の高分子フィルムに担持させており、包接化合物自体でフィルムを製造している訳ではない(例えば特許文献3)。従って、包接化合物自体でフィルムやファイバーを製造することが可能であれば、超分子系材料の実用化が実現され、幅広い分野への応用が期待できる。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、オブラートのような包装フィルム(例えば食品や薬物を包むフィルムや、食品が漏れだすと色変化するようなパッケージ)、抗菌フィルム、アルコールなどを包接して色変化するセンシングフィルム、環境(pH)をモニターするフィルム、賞味期限インジケータ等、医薬、食品、農薬等において幅広い用途が期待できる修飾シクロデキストリンのフィルム並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、これまで粉末としてしか得られなかったシクロデキストリンをフィルムとして得る技術を開発した点に最大の特徴があり、市販のポリマーにシクロデキストリンを単にブレンド(混合)しただけの従来のシクロデキストリンフィルムとは、その構造や製法が全く異なる。従って、本発明によって得られたフィルムが従来のシクロデキストリンブレンドポリマーのフィルムとは全く異なる性質を示すことが期待できる。尚、本発明ではフィルム化以外にファイバー化も可能であるが、以下の説明ではフィルムの例で説明する。
【0010】
本発明におけるシクロデキストリンのフィルム化の技術は、シクロデキストリンに適切な修飾物質(以下、修飾単位と言う場合もある)を導入することにより実現することができる。即ち、シクロデキストリン分子同士の分子間相互作用を誘起するために、シクロデキストリンと親和力の高い分子を修飾物質としてシクロデキストリンに化学修飾し、修飾シクロデキストリン(シクロデキストリン誘導体)を合成する。これにより、修飾シクロデキストリンの修飾物質が別の修飾シクロデキストリンの空洞に包接され易くなる。このような分子間の包接が繰り返し起こることにより高次に会合し、修飾シクロデキストリンが高分子量化し、これによりフィルムの作製が可能となる。尚、これまで様々な修飾シクロデキストリンが開発されているが、修飾シクロデキストリンを高次に会合させることでフィルム化を実現した研究例はない。
【0011】
本発明者は、かかる高次会合を実現するために好適な修飾シクロデキストリンについて鋭意研究した結果、シクロデキストリンに導入する修飾物質として、シクロデキストリンとの会合定数が高い分子を修飾物質として用いることが重要であり、具体的には、シクロデキストリンとの会合定数が10モル-1以上ある修飾物質が必要であるとの知見を得た。この場合、会合定数が10モル-1以上ある修飾物質であれば、色素、食品成分、医薬品、光機能材料等の様々なものを導入することが可能であり、導入した修飾物質の種類や性質により作製したフィルムに様々な機能を付与することができる。
【0012】
また、シクロデキストリンへの修飾物質の導入の際のシクロデキストリンと修飾物質の連結部位は、アミド結合やイミン結合等のように剛直な結合がフィルム化にとって望ましい。連結部位が柔軟な結合の場合には、修飾物質を自分のシクロデキストリン空洞に取り込んだ自己包接型構造となり、フィルム化を実現することは困難になる。
【0013】
また、シクロデキストリンのフィルム作成には水を溶媒として用い、修飾シクロデキストリンの水溶液を作成し、この水溶液から水を徐々に蒸発させることが重要である。水溶液の濃度としては、10-4~10-2モル/Lの範囲であることが好ましい。この場合、水の代わりに極性の低い有機溶媒を使用すると、修飾シクロデキストリンの空洞と修飾物質との分子間相互作用が小さくなるためにフィルム化は不利となるが、相互作用が大きい場合にはメタノールやエタノール等のアルコール類でもフィルム化は可能であると考えられる。
【0014】
シクロデキストリンのフィルム作成において、上述の如く水溶液から水を徐々に蒸発させることが重要であり、乾燥温度としては15℃~80℃、より好ましくは35℃~60℃の範囲が好ましく、45℃付近が最適である。
【0015】
本発明はかかる知見に基づいてなされたもので、以下に本発明を説明する。
本発明の修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーは、修飾物質で修飾された修飾シクロデキストリンが、分子間で高次に会合して成ることを特徴とするものである。
【0016】
上記のフィルム又はファイバーを構成する修飾シクロデキストリンは、修飾物質本体とシクロデキストリン本体を連結する結合部の主鎖の原子数が3以下であることが好ましく、とくにこの結合部がアミド結合、イミン結合、エーテル結合、エステル結合、アミノ結合のいずれかからなることが好ましい。これにより結合部が剛直性(リジッド性)を有し、修飾物質が自分のシクロデキストリン内に包接される「自己包接型構造」を避けることができる。そのため、修飾デキストリンの高次会合が容易になる。
【0017】
また、この修飾シクロデキストリンは、修飾物質とシクロデキストリンとの会合定数が10モル-1以上ある物質で成ることが好ましい。この会合定数は、修飾シクロデキストリン中の修飾物質が、別の修飾シクロデキストリンの空洞に包接される際の「包接され易さの指標」として有用である。本発明者の知見によれば、この会合定数が10モル-1以上であれば、これまで粉末としてしか得られなかったシクロデキストリンが、高次会合により高分子量化され、フィルムの作製が可能となる。
【0018】
また、この修飾シクロデキストリンは、p-メチルレッドで修飾されたα-シクロデキストリンであることが好ましい。後に詳述するように、この組み合わせが修飾デキストリンの高次会合を実現する上で特に好適である。
【0019】
さらに、本発明の修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーは、上記の修飾シクロデキストリンに水溶性高分子を添加し、該高分子がシクロデキストリンの空洞内に包接される構造を有することによって、修飾シクロデキストリン同士が分子間で高次に連結した分子集合体を形成してなるものであってもよい。
【0020】
水溶性高分子は長い鎖状の分子であるから、これがシクロデキストリンの空洞内に包接されることによって、シクロデキストリン相互をつなぐ鎖としての役割を果たし、修飾シクロデキストリンの高次会合をより確実に実現することができる。
【0021】
或いは、本発明の修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーは、上記の修飾シクロデキストリンに水溶性高分子を添加し、該高分子がシクロデキストリンの空洞内に包接されず、高次会合した修飾シクロデキストリンの支持体として機能するようにしたものであってもよい。
【0022】
水溶性高分子の構造によってシクロデキストリンの空洞内に包接されないこともある。しかし、長い鎖状の高分子は、シクロデキストリンの環状構造の外側にあっても、高次会合した修飾シクロデキストリンの支持体として機能する。これにより、比較的結合力の弱い修飾シクロデキストリンの分子集合体を安定化させ、フィルム又はファイバーの作成をより容易にすることができる。
【0023】
また、本発明には上記の修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーを用いた分子ふるいが含まれる。本発明の修飾シクロデキストリンフィルムは、分子のサイズや構造を識別して、特定の分子のみを通過させる機能を有するため、分子ふるいとして用いることができる。この分子ふるいは、例えば分析装置において、キャリアガス中の分析対象成分のうち、特定の分子のみを選択的に通過させて、その量を分析するというような用途に用いることができる。
【0024】
本発明の修飾シクロデキストリンフィルム又はファイバーの作成方法は、シクロデキストリンと高次会合体を形成可能な修飾物質で修飾された修飾シクロデキストリンを溶媒に溶解し、前記修飾シクロデキストリンが溶解した溶液を濃縮し、高次会合せしめることを特徴とするものである。
【0025】
この方法において、上記の修飾シクロデキストリンの修飾物質本体とシクロデキストリン本体を連結する結合部の主鎖の原子数が3以下であることは好適である。また、上記の修飾物質とシクロデキストリンとの会合定数が10モル-1以上ある物質で成ることは好適である。さらに上記の修飾シクロデキストリンが、p-メチルレッドで修飾されたα-シクロデキストリンであることは好適である。
【0026】
上記の方法において、前記溶媒は水であることが好ましく、この修飾シクロデキストリンの水溶液を支持体上に塗布して塗布膜を形成する塗布工程と、前記塗布膜を乾燥する乾燥工程とを備えることが好ましい。上記の乾燥工程における溶媒(水)の蒸発過程で、修飾シクロデキストリンは低分子量の構造の状態から高次会合構造へと転化し、これにより高分子化が起こり、フィルム又はファイバーの作成が可能になると考察される。
【0027】
また、前記塗布工程における前記水溶液の濃度は10-4~10-2モル/Lの範囲であることが好ましい。これは、水溶液の濃度が10-2モル/Lを超えるとフィルム中に修飾シクロデキストリンの粉末が析出してしまうためであり、水溶液の濃度が10-4モル/L未満であると、得られたフィルム又はファイバーが、フィルム又はファイバーとして機能するための十分な厚さ又は太さを有しないためである。
【0028】
また、前記乾燥工程における乾燥温度は15℃~80℃の範囲であることが好ましい。これは、修飾シクロデキストリン水溶液の乾燥は、急激に乾燥せずに徐々に乾燥することがフィルム化又はファイバー化にとって重要であり、そのための乾燥温度としては15℃~80℃の範囲が好ましいからである。乾燥温度は、40℃~60℃の範囲がより好ましく、45℃付近が最適である。また、乾燥工程では、15℃~60℃の温度範囲で真空乾燥することが好ましい。尚、ここで記載する水溶液の濃度や乾燥温度は好ましい条件であり、この条件に限定しないとフィルム又はファイバーが製造できないことを意味するものではない。
【0029】
かかるフィルム又はファイバーは、超分子構造を有するフィルム又はファイバーとして興味深く、a)分子同士が非常に弱い非共有結合性の分子間相互作用により結合していること、b)低分子量の分子が集合した分子集合体であること、c)シクロデキストリンに基づく分子包接能を有していること、d)修飾物質の種類(例えば色素、食品成分、医薬品、光機能材料等の様々なもの)や性質によって作製したフィルムに様々な機能を付与する等が特徴として挙げられる。また、本発明のフィルム又はファイバーの主要材料であるシクロデキストリンは、e)環境に優しく食品や化粧品にも添加可能な材料であること、f)フィルムは水溶液から作成することが可能であり有機溶剤を用いず環境低負荷型の材料である。従って、a)~f)の特性を生かした分野での広い用途が期待される。例えば、医薬、食品、農薬等の分野、オブラートのような包装フィルム(例えば食品や薬物を包むフィルムや、食品が漏れだすと色変化するようなパッケージ)、抗菌フィルム、アルコールなどを包接して色変化するセンシングフィルム、環境(pH)をモニターするフィルム、賞味期限インジケータ等の幅広い用途が期待される。
【発明の効果】
【0030】
以上説明したように、本発明によれば、オブラートのような包装フィルム(例えば食品や薬物を包むフィルムや、食品が漏れだすと色変化するようなパッケージ)、抗菌フィルム、アルコールなどを包接して色変化するセンシングフィルム、環境(pH)をモニターするフィルム、賞味期限インジケータ等、医薬、食品、農薬等において幅広い用途が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】パラメチルレッドで修飾されたp-MR-β-CDの特性を説明する説明図である。
【図2】本発明の修飾シクロデキストリンフィルムを分子ふるいとして用いた分析装置の説明図である。
【図3】本実施例で作成したp-MR-α-CDフィルムのレーザー顕微鏡写真である。
【図4】本実施例のp-MR-α-CD水溶液のpHに対する吸収スペクトルの説明図である。
【図5】本発明の修飾シクロデキストリンの一例であるp-MR-α-CDが超分子フィルム化する概念図である。
【図6】本実施例のp-MR-α-CDフィルムのpHに対する吸収スペクトルの説明図である。
【図7】本実施例のp-MR-α-CDフィルムをアンモニア蒸気と塩化水素に交互に曝した時の、480nmの吸収率の変化を示す図である。
【図8】本実施例のp-MR-α-CDフィルムの各種ポリマー存在下での吸収スペクトル変化の説明図である。
【図9】本発明のp-MR-α-CDフィルムにおける添加ポリマーの作用を説明する概念図である
【図10】シクロデキストリンの分子構造の説明図である。
【図11】シクロデキストリンの包接現象を説明する説明図である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下添付図面に従って本発明に係る修飾シクロデキストリン及びそのフィルム又はファイバー並びに製造方法における好ましい実施の形態について詳説する。尚、以下の説明は本発明の修飾シクロデキストリンの一例として、α-シクロデキストリンをp-メチルレッドで修飾して成る修飾シクロデキストリンの例で説明するが、これに限定されるものではない。また、本発明はフィルム又はファイバーの製造が可能であるが、本実施の形態ではフィルムの例で説明する。
【0033】
まず、超分子系の性質を有する修飾シクロデキストリンフィルムを得る原料物質の好ましい一例として、α-シクロデキストリンをp-メチルレッドで修飾して成る修飾シクロデキストリン(以下、「p-MR-α-CD」と称す)が好適であるとの結論に至った経緯を説明する。本発明者は、まずメチルレッドで修飾したβ-シクロデキストリン(MR-β-CD)及びp-メチルレッドで修飾したβ-シクロデキストリン(p-MR-β-CD)の特性について検討し、以下の知見を得た。
【0034】
1)MR-β-CDの特性
水溶液が中性から酸性になると黄色から赤色へ色変化を示すメチルレッド(MR)は、アゾ基へのプロトン付加に伴う構造変化により、色変化を生じる。これに対し、β-シクロデキストリンをメチルレッドで修飾したMR-β-CDは、溶液が酸性でも黄色のままであった。このことは、MR-β-CDが修飾したメチルレッド単位を自分のシクロデキストリンの空洞内に深く取り込んだ構造(自己包接型構造)をとり、色素単位が周りのバルクの水環境から隔離され、アゾ基へのプロトン付加が起きない為である。
【0035】
2)p-MR-β-CDの特性
一方、メチルレッドとは構造異性体であるパラメチルレッド(p-MR)で修飾したβ-シクロデキストリンであるp-MR-β-CDは、図1に示すように、未修飾のα-シクロデキストリンと包接錯体を形成するとの知見を得た。即ち、メチルレッドとパラメチルレッドとは、色素中のアゾ基に対するカルボキシル基の位置が異なることにより、p-MR-β-CDは、その色素単位であるパラメチルレッド単位をシクロデキストリン空洞内に深く包接することができず、包接が浅くなった。この為、p-MR-β-CDを含む水溶液を酸性にすると、添加分子の不在下においてもアゾ基へのプロトン付加が起き、赤色を呈した。このことは、p-MR-β-CDのパラメチルレッド単位は、添加分子の不在下においても水環境に曝された構造をとっていることを示している。
【0036】
そこで、このp-MR-β-CDの酸性溶液にα-シクロデキストリンを添加したところ、赤色から黄色への色変化が観察された。このことは、図1に示すように、添加したα-シクロデキストリンの空洞内にp-MR-β-CDのパラメチルレッド単位が包接されて水環境から隔離されたことに起因している。因みに、p-MR-β-CDの酸性溶液にβ-シクロデキストリンを添加したところ、若干の包接現象は確認されたが、α-シクロデキストリンの包接現象に比べて約1/5程度であった。
【0037】
本発明者は、上記の予備的研究の知見に基づいて、修飾シクロデキストリンを原料として分子間相互作用に基づくフィルムを得るために必要な条件を鋭意研究した結果、フィルムの原料となる修飾シクロデキストリンが次の3つの条件を満たすことが重要であるとの結論に達した。
【0038】
即ち、修飾シクロデキストリンでフィルムのような高次な分子集合体を製造する上で重要な条件は、
(1)シクロデキストリンの空洞サイズと修飾した修飾物質(修飾単位ともいう)が分子サイズ的にフィットすることが重要である。
【0039】
例えば、修飾物質がパラメチルレッドの場合、パラメチルレッドに対してはα-シクロデキストリンが適切であり、修飾物質がフェノールフタレインの場合にはβ-シクロデキストリンが適切である。事実、フェノールフタレインで修飾したβ-シクロデキストリンは分子間相互作用を発揮する。このような修飾物質とシクロデキストリンのサイズフィットが大きな分子間力を誘起し、高分子量の分子集合体の形成を可能とする。一方、分子間力はフリーの修飾物質とシクロデキストリンとの会合定数(結合定数)によってある程度見積もることが可能であり、会合定数の大きな組み合わせが、より大きな分子間力を生み出すものと考察される。具体的な会合定数としては、シクロデキストリンとの会合定数が10モル-1以上ある修飾物質であることが必要である。
【0040】
(2)修飾シクロデキストリンが自己包接型構造のとれないような分子構造デザインにすることが重要であり、この為には、シクロデキストリンから連結した修飾物質の原子配置を直線的に配列することが重要である。
【0041】
これは、自己包接型構造の場合には、上述したように、色素単位を自分のシクロデキストリンの空洞内に深く取り込んでしまい、色素単位が周りのバルクの水環境から隔離されてしまうからである。
【0042】
例えば、MR-β-CDは、シクロデキストリン単位から伸びたアミド結合に連結したフェニル基に対してアゾ基はオルト位にあり、屈曲した構造である。この為、修飾物質を自分のシクロデキストリン空洞内に容易に取り込み易くなり、安定した自己包接型構造を形成する。
【0043】
これに対し、p-MR-β-CDは、アゾ基がフェニル基に対してパラ位にあり、直線的な分子構造をとるため、修飾物質を自分のシクロデキストリン空洞内に取り込むことが困難になり、自己包接が浅くなる。これにより、自己包接型構造をとれないので、色素単位とシクロデキストリンとの相互作用が小さくなり、色素単位が周りのバルクの水環境に曝され易くなる。
【0044】
(3)また、修飾物質とシクロデキストリンとの間の結合の剛直性(リジッド性)も重要である。この剛直性は、修飾物質とシクロデキストリンの結合部の構造に依存する。本発明者の知見によれば、修飾物質本体(例えばメチルレッドのカルボニル基の酸素原子)とシクロデキストリン本体(例えばシクロデキストリンの一級水酸基の酸素原子)を連結する結合部の主鎖の原子数(側鎖の原子を除く)が剛直性に影響し、この原子数が3以下であることが好ましい。
【0045】
かかる結合の例は多数あり、例えば、アミド結合、アミノ結合、イミノ結合、イミド結合、エーテル結合、エステル結合、ウレア結合、ウレタン結合、カルボニル結合、カーボネート結合等があげられる。この中でも、アミド結合、イミノ結合、エーテル結合、エステル結合、アミノ結合等が特に好適である。この点においてパラメチルレッドのアミド結合のような剛直性を有する結合が適切である。
【0046】
そして、α-シクロデキストリンをp-メチルレッドで修飾して成るp-MR-α-CDが、(1)~(3)の3つの条件を全て満たしているとの結論に達した。
【0047】
尚、本発明の基本的な概念は、p-MR-α-CDに限定されるものではなく、上記(1)~(3)の条件に適合する、特殊な機能性を有するゲスト成分(修飾物質)と、ホスト成分(α、β、γ-シクロデキストリン等)とを得ることができるなら、新たな機能性を有する各種の超分子フィルムを製造することが可能となる。例えば、シクロデキストリンと薬物との組み合わせ、香料とシクロデキストリンとの組み合わせ、更には導電性を有する化合物とシクロデキストリンとの組み合わせ等、色々な分野への応用が可能となる。
【0048】
次に、本発明におけるp-MR-α-CDフィルムの作成方法について説明する。まず、修飾シクロデキストリンp-MR-α-CDは、α-シクロデキストリンのトシル化、アジ化、アミノ化と、これに続く色素との縮合反応の4段階の反応により合成される。
【0049】
具体的には、α-シクロデキストリンとトルエンスルホニルクロリドとの反応により、α-シクロデキストリンの一級水酸基がモノトシル化されたモノトシル化α-シクロデキストリンを合成する第1の反応工程と、モノトシル化α-シクロデキストリンにアジ化ナトリウムを反応させてアジ化α-シクロデキストリンを合成する第2の反応工程と、アジ化α-シクロデキストリンにトリフェニルホスフィンと濃アンモニア水を反応させてアミノ化α-シクロデキストリンを合成する第3の反応工程と、アミノ化α-シクロデキストリンとパラメチルレッドとをジシクロヘキシルカルボジイミドの存在下で縮合反応させる第4の反応工程とで構成される。
【0050】
このようにして合成されたp-MR-α-CDを原料とした超分子フィルムの作成方法は、p-MR-α-CDの水溶液を支持体上(例えばガラス板上)に塗布して塗布膜を形成する塗布工程と、形成された塗布膜を乾燥する乾燥工程と、で構成される。
【0051】
このフィルム製造において、塗布工程において水溶液の濃度は10-4~10-2モル(M)/リットル(L)の範囲であることが好ましい。これは、水溶液の濃度が10-2モル/Lを超えるとフィルム中に修飾シクロデキストリンの粉末が析出してしまうためであり、水溶液の濃度が10-4モル/L未満であると、得られたフィルム又はファイバーが、フィルム又はファイバーとして機能するための十分な厚さ又は太さを有しないためである。
【0052】
また、乾燥工程における乾燥温度は15℃~80℃の範囲であることが好ましい。これは、修飾シクロデキストリン水溶液の乾燥は、急激に乾燥せずに徐々に乾燥することがフィルム化又はファイバー化にとって重要であり、そのための乾燥温度としては15℃~80℃の範囲が好ましいからである。乾燥温度は、40℃~60℃の範囲がより好ましく、45℃付近が最適である。また、乾燥工程では、15℃~60℃の温度範囲で真空乾燥することが好ましい。
【0053】
本発明の修飾シクロデキストリンフィルムは、分子のサイズや構造を識別して、特定の分子のみを通過させる機能を有するため、分子ふるいとして用いることができる。従って、例えば図2に示す構成の分析装置(ガスクロマトグラフィー)において、リアクターG内のフィルムJに本発明の修飾シクロデキストリンフィルムを用いれば、キャリアガス中の分析対象成分のうち、特定の分子のみを選択的に通過させて、その量を分析することができる。かかる分子ふるいとしての機能も、本発明の応用例として重要である。
【実施例】
【0054】
上述の方法により、p-MR-α-CDのフィルムを作成し、その特性を調査した。フィルムの作成は、1mモル/Lのp-MR-α-CD水溶液をガラス基盤上に塗布・乾燥することにより行なった。得られたフィルムのレーザー顕微鏡写真の例を図3に示す。
【0055】
まず、原料水溶液中のp-MR-α-CDの吸収スペクトルの測定を、pHを種々に変えて行なった。pHの調整には、塩酸又は水酸化ナトリウムを用いた。
図4に示すように、様々なpH条件下での水溶液中のp-MR-α-CDの吸収スペクトルは、アルカリ性及び中性では480nmに極大吸収が観察された。この吸収は、pH3.4付近まで変化しなかったが、溶液がpH3.4から更に酸性になると深色効果と淡色効果を示し、代わって320nm付近に極大吸収が観察された。
【0056】
このことは、p-MR-α-CD中のパラメチルレッド単位がアゾ型からジメチルアミノ基にプロトン付加したアンモニウム型に転化したことに起因する。一方、p-MR-β-CDが酸性ではアゾ基にプロトンが付加したアゾニウム型構造(極大吸収510nm)をとることから、p-MR-α-CDはp-MR-β-CDとは異なり、アゾ基が疎水的なシクロデキストリン空洞内にあり、ジメチルアミノ基が空洞外にある自己包接型構造又はHead-to-Head型(刺し違え型)の二量体構造の何れかであることを示唆している。
【0057】
しかしながら、前者の自己包接型構造と仮定した場合、前述の通り、α-シクロデキストリンよりもシクロデキストリン環の大きなβ-シクロデキストリンの場合でも不可能であった結果を考えると、p-MR-α-CDは後者のHead-to-Head型(刺し違え型)の二量体構造であるとするのが妥当である。そこで、p-MR-α-CDの濃度を3~0.1mM/Lの範囲で同様な実験を行ったが、吸収スペクトルの形に変化はなく、pHに対する480nmにおける吸光度変化から求めたpKa(=1.73)にも濃度依存性が観察されなかったことから、p-MR-α-CDの分子間会合は非常に強いものと考察された。
【0058】
また、この酸性溶液に添加分子としてn-ブタノールを添加したところ、黄色から赤色への色変化が観察された。この事実は、n-ブタノールがシクロデキストリン空洞内に包接されることによって、二量体構造が解離し、色素単位が水環境中に曝され、アゾ基へのプロトン付加が起きて色変化したものと考察される。これらの結果から、p-MR-α-CDはpHの変化によらず水溶液中において、後者のHead-to-Head型(刺し違え型)の二量体構造をとっているものと推察される。
【0059】
このような二量体構造のp-MR-α-CDを原料として、超分子フィルム(Supramolecular polymer film)を製造することのできる理由は、p-MR-α-CDが上記説明した(1)~(3)の特性を有することから、図5に示すように、p-MR-α-CDのp-メチルレッドが、該p-MR-α-CDとは別のp-MR-α-CDのシクロデキストリン空洞内に包接されることにより、p-MR-α-CDが分子間で高次に連結し、高分子量の分子集合体へと転化したものと考察される。
【0060】
即ち、乾燥工程における溶媒(水)の蒸発過程でHead-to-Head型の二量体構造からHead-to-Tail型の高次会合構造へと転化し、これにより高分子化が起こり、フィルムが製造されたものと考察される。得られたp-MR-α-CDフィルムはオレンジ色をしていた。また、得られたp-MR-α-CDフィルムは、a)分子同士が非常に弱い非共有結合性の分子間相互作用により結合していること、b)低分子量の分子が集合した分子集合体であること、c)シクロデキストリンに基づく分子包接能を有していること、d)環境(pH)により色変化する色素単位を有していること等が特徴として挙げられる。
【0061】
図6は、上述の方法で作成したp-MR-α-CDフィルムを塩化水素に曝した際の吸収スペクトルを示したものである。即ち、p-MR-α-CDフィルムは、中性において480nmに極大吸収を示してオレンジ色を呈していたが、塩酸化水素に曝すと、ここでの吸収は減少し、320nm付近に極大吸収を有する薄ピンク色の透明なフィルムとなった。このスペクトルは水溶液のpHを酸性にしたときのスペクトルと類似していたが、時間の経過と共にフィルムは自発的に元のオレンジ色に戻る点において水溶液におけるスペクトルとは違っていた。
【0062】
また、このフィルムをアンモニア蒸気に曝すことによってもオレンジ色になった。そして、もう一度塩化水素に曝すと再び薄ピンク色の透明なフィルムとなり、この色変化の可逆性は何度も繰り返し可能であった。図7は、一定の時間間隔でアンモニア蒸気と塩化水素に交互に曝した時の、480nmの吸収率の変化を測定した結果を示す図で、上記の事実を裏付けるものである。
【0063】
一方、p-MR-α-CDフィルムの作製を、ポリエチレングリコール(PEG)の共存下で行ったところ、図8(A)に示すように、得られたフィルムの極大吸収波長が440nmに観察され、ポリエチレングリコールの不存在下に比べて40nmほど短波長へシフトしていた。また、フィルムを塩化水素に曝すと赤色を呈し、時間の経過とともに図8に示すようなスペクトル変化を示し元の状態に戻った。この結果は、図9(A)に示すように、ポリエチレングリコールがp-MR-α-CDのシクロデキストリン空洞内に包接され空洞を貫通することにより、包接されていたp-MR単位が空洞外に追い出され、アゾ基へプロトン付加が起きたことに起因する。
【0064】
一方、ポリエチレングリコールの代わりに、ポリプロピレングリコール(PPG)用い、フィルムを塩化水素に曝したところ、図8(B)に示すような吸収スペクトル変化を示した。このスペクトル変化は、ポリエチレングリコール存在下の吸収スペクトル変化とは異なり、むしろ、p-MR-α-CDのみのフィルムのスペクトル変化(図6参照)に類似するものであった。
【0065】
このことは、p-MR-α-CDのシクロデキストリン空洞にポリプロピレングリコールは包接されず、図9(B)に示すように、p-MR-α-CDはp-MR単位を別のp-MR-α-CDのシクロデキストリン空洞に挿入した高次会合体として存在し、p-MR-α-CDのみのフィルムと同じような状態で存在しているものと考察される。しかしながら、ポリプロピレングリコールの鎖状分子は、比較的結合力の弱い修飾シクロデキストリン高次会合体を支持する支持体として機能すると考えられ、これによりp-MR-α-CDのフィルムの形成が、より容易になるものと推測される。
【0066】
以上の結果から、フィルム原料として重要な事項として、前述の基本的な概念で説明した上記(1)~(3)の条件に加えて、(4)修飾シクロデキストリン水溶液の溶媒を除去する乾燥工程では、ある程度の高温(40~60℃程度)が有利である。これは、高温では、修飾シクロデキストリンが高濃度で溶解している状態をつくることができるためであると考えられる。即ち、溶媒除去の過程で高濃度となった修飾シクロデキストリンは、みかけのモル数を小さくする方向へと平衡がシフトする。換言すると、分子間で会合することにより、みかけの分子量を大きくする結果となり、高分子量化が実現する。また、これと同時に、(5)高濃度の条件下においても粉末が析出しないことも重要な因子となる。
【0067】
以上のことを踏まえて、修飾シクロデキストリンのフィルム製造における重要事項をまとめると、
A:フリーの修飾単位と未修飾のシクロデキストリンとの結合定数が大きいこと、
B:修飾シクロデキストリンの分子の原子配列が直線的であること、
C:結合が剛直であること、
D:修飾シクロデキストリン水溶液を高温状態で乾燥すること、
E:修飾シクロデキストリンの水への溶解性が高いこと、等が挙げられる。
【0068】
そして、このような条件を満たす分子を設計することで、様々な機能を有するシクロデキストリンの超分子フィルムの開発が可能となる。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
2
【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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