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明細書 :中性子ミラーの製造方法及び中性子ミラー

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5552635号 (P5552635)
公開番号 特開2011-247825 (P2011-247825A)
登録日 平成26年6月6日(2014.6.6)
発行日 平成26年7月16日(2014.7.16)
公開日 平成23年12月8日(2011.12.8)
発明の名称または考案の名称 中性子ミラーの製造方法及び中性子ミラー
国際特許分類 G21K   1/06        (2006.01)
FI G21K 1/06 D
G21K 1/06 B
請求項の数または発明の数 6
全頁数 10
出願番号 特願2010-123375 (P2010-123375)
出願日 平成22年5月28日(2010.5.28)
審査請求日 平成25年5月23日(2013.5.23)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】日野 正裕
【氏名】北口 雅暁
【氏名】川端 祐司
個別代理人の代理人 【識別番号】110001069、【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
審査官 【審査官】遠藤 直恵
参考文献・文献 特開2001-033593(JP,A)
特開平08-211198(JP,A)
特開2005-252236(JP,A)
特開昭63-172939(JP,A)
特開2009-156863(JP,A)
特開平05-142396(JP,A)
調査した分野 G21K 1/00-3/00,5/00-7/00
G01N 23/00-23/227
特許請求の範囲 【請求項1】
屈折率が異なる2種類の物質の薄膜層から成る対層を積層した多層膜からなる中性子ミラーの製造方法において、
平板状の基板上に、前記多層膜を、前記対層の周期が徐々に小さくなるように、且つ該多層膜に最初に形成する薄膜の厚さが少なくとも60nmで、該多層膜の全厚さが少なくとも2μmとなるように形成する工程と、
前記基板から前記多層膜が剥がれるきっかけとなる剥離誘因部を形成する工程を有することを特徴とする中性子ミラーの製造方法。
【請求項2】
前記多層膜の最後に、該多層膜の他の薄膜よりも膜厚が大きい補助支持膜を積層することを特徴とする請求項1に記載の中性子ミラーの製造方法。
【請求項3】
前記基板に前記多層膜を形成した後、該多層膜を補強するための補強部材を前記多層膜の上に接着してから、前記剥離誘因部を形成することを特徴とする請求項1又は2に記載の中性子ミラーの製造方法。
【請求項4】
前記補強部材は、前記多層膜から取り外し可能に接着されることを特徴とする請求項3に記載の中性子ミラーの製造方法。
【請求項5】
前記補強部材が、ポリエチレンテレフタレート(PET)製の可撓性板材であることを特徴とする請求項3又は4に記載の中性子ミラーの製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の製造方法で得られた多層膜から成る中性子ミラー。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子導管等に用いられる中性子ミラーの製造方法及び中性子ミラーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、軽元素分析やソフトマターのナノスケールでの動的状態を非侵襲で観察するプローブとして低速中性子ビームが用いられている。特に、低速中性子ビームはX線に比べると水素や酸素等に高い感度を有していることから、X線を用いた物質分析とは異なる情報を提供できるものとして注目されている。しかし、X線等の放射光に比べると中性子ビームはその強度が桁違いに低いこと、及び、中性子を発生させるには原子炉や大強度陽子加速器等の大型施設が必要であることから、中性子を用いた分析手法は放射光を用いた分析ほど普及していない。従って、中性子を活用するにあたっては、原子炉や大強度加速器等の線源で発生した中性子を効率よく遠方の実験施設まで輸送できるようにすることや試料部で輝度を上げるために集光することが重要な課題である。
【0003】
線源で発生した中性子は中性子導管を用いて実験施設まで輸送される。従来の中性子導管は複数枚の平面反射鏡からなる導管ユニットを接続したもので、平面反射鏡としてはニッケル(Ni)の単層膜や中性子スーパーミラーが用いられる(特許文献1、特許文献2参照)。
中性子スーパーミラーは、基板上に例えばTi(チタン)とNi(ニッケル)を交互に成膜することで形成された多層膜で、Ti/Niの対層の膜周期を基板側から離れるに従って徐々に大きくする。これで、反射できる最大の角度(臨界角)をNi単層膜よりも何倍も大きくし、輸送可能な中性子強度を増加させていたものである。
【先行技術文献】
【0004】

【特許文献1】特開平8-211198号公報
【特許文献1】特開2004-317429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、反射率が非常に優れた中性子ミラーを用いることで、線源で発生した中性子の輸送効率は向上するが、中性子ビームを集光させるためには中性子導管の内表面を曲面状にする必要がある。この場合、機械加工により基板上に曲面を作成し、この基板上の曲面に多層膜を形成して中性子スーパーミラーとすることも考えられるが、表面粗さをナノメートル未満に制御した曲面基板を形成すること、及び曲面基板上に均一な多層膜構造を形成することは技術的に大変困難である。また臨界角の大きい中性子スーパーミラーほど表面粗さに敏感で反射率が低下するという問題がある。
また、多数の微小な平板状の中性子スーパーミラーを組み合わせて曲面近似を行う方法もあるが、その効率には限界がありコスト的にも有効でない。
【0006】
これに対して、フロートガラスから成る基板上に多層膜を蒸着し、その上に厚さ1mm程度の銅を電着した後、前記基板から剥がすことにより形成されるレプリカ鏡を中性子ミラーとして用いる方法も提案されている(特開2001-33593号公報の段落[0011]参照)。レプリカ鏡から成る中性子ミラーは、基板が無い分、非常に薄くなるため、自由に曲げることができる。しかし、基板から多層膜をきれいに剥がすことは難しく、剥がす際に多層膜が折れ曲がったり、破損したりするという欠点があった。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、反射率の低下を招くことなく容易に曲面状の反射面を得ることができる中性子ミラーの製造方法及び中性子ミラーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本願の第1発明は、屈折率が異なる2種類の物質の薄膜層から成る対層を積層した多層膜からなる中性子ミラーの製造方法であって、
平板状の基板上に、前記対層の周期(厚さ)が徐々に小さくなるように、且つ前記多層膜に最初に形成する薄膜の厚さが少なくとも60nmで、該多層膜の全厚さが少なくとも2μmとなるように該多層膜を形成する工程と、
前記基板から前記多層膜が剥がれるきっかけとなる剥離誘因部を形成する工程を有することを特徴とする。

【0009】
本発明は、基板と隣接する薄膜、つまり、基板上に最初に形成される薄膜と多層膜の全厚さが所定厚さ以上であれば、基板に切り目を入れるといった多層膜が基板から剥がれるきっかけを与えるだけで基板から多層膜が剥がれるようになるとの発明者の知見に基づき成されたものである。「所定厚さ」は、基板や薄膜の素材、成膜方法、成膜条件等により異なるが、実験的に容易に求められる。例えばNiC/Tiの多層膜の場合、基板に最初に形成する薄膜(NiC膜)が60nm以上であって、多層膜の全厚さが2μm程度あれば問題なく基板から剥離できる。成膜方法としては、蒸着、スパッタリングを用いることができる。
【0010】
また、本発明では、平板状の基板に多層膜を形成し、該基板から多層膜を剥がした後、適宜の基材に前記多層膜を貼り付ける等することで中性子ミラーが製造されるため、前記基板は中性子ミラーを構成しない。従って、前記基板としては多層膜の形成に適したものを選択すれば良く、例えば表面精度が優れたフロートガラスやシリコン基板を用いることができる。
【0011】
「剥離誘因部を形成する」とは、基板に切り込みや切り目を入れること、あるいは、基板を軽く叩いたり小さな振動を加えたりすることをいう。
【0012】
また、上記製造方法においては、前記多層膜の最後に、該多層膜の他の薄膜よりも膜厚が大きい補助支持膜を積層すると良い。補助支持膜を積層することで、多層膜が湾曲する方向を制御することができるため、任意の曲面に多層膜を張り易くなる。この場合、前記補助支持膜は、多層膜を構成する2種類の物質とは異なる物質を多層膜の上に蒸着、スパッタリング等することにより積層すると良い。また、多層膜の最後の薄膜(NiC/Tiの多層膜の場合はTi膜)の厚さを他の薄膜の厚さよりも大きくし、これを補助支持膜としても良い。補助支持膜(Ti膜)をNiC/Ti多層膜の最後に積層した場合は、多層膜と補助支持膜を合わせた厚さが2μm程度あれば良い。
【0013】
さらに、上記製造方法においては、前記基板に前記多層膜を形成した後、該多層膜を補強するための補強部材を前記多層膜に接着してから、前記補強部材と共に前記多層膜を剥がすようにすると良い。この場合、多層膜の最後に前記補助支持膜を形成した後、補強部材を接着しても良い。
補強部材を接着することで多層膜の強度が増すため、基板から多層膜を剥がす際に該多層膜が破損することを防止できる。また、補強部材を接着することで基板から剥がされた多層膜が補強されるため、多層膜を用いて中性子ミラーを製造するまでの間、或いは、中性子ミラーを製造する際に、多層膜の取り扱いが容易になる。
【0014】
前記補強部材は、多層膜から取り外し可能に接着されていることが好ましい。この場合は、補強部材が取り付けられた多層膜を基板から剥がした後、多層膜から補強部材を取り外すことができる。この場合、多層膜と補強部材との間に前記補助支持膜が積層されていれば、補強部材を取り外することによる多層膜の強度低下を抑えることができる。
前記補強部材としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)製の可撓性板材を用いると良い。
【0015】
本願の第2発明は、上記製造方法により製造された、屈折率が異なる2種類の物質の薄膜層から成る対層を積層した多層膜からなる中性子ミラーであり、具体的には、平板状の基板上に、前記多層膜を、前記対層の周期が徐々に小さくなるように形成し、前記基板から前記多層膜が剥がれるきっかけとなる剥離誘因部を形成して、前記基板から剥がした多層膜からなる中性子ミラーである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、平板状の基板に多層膜を形成するため、均一な多層膜構造を得ることができ、反射率の低下を抑えることができる。また、前記基板に多層膜を形成した後、前記基板に剥離誘因部を形成したため、基板から容易に多層膜を剥がすことができる。さらに、多層膜から基板が取り除かれるため、多層膜を湾曲させたり任意の曲面に貼り付けたりすることにより、任意の曲面の反射面を有する中性子ミラーを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係る中性子ミラーの概略断面図。
【図2】基板から剥がす前の多層膜の概略断面図。
【図3】シリコン基板から剥がした後の多層膜の写真。
【図4】多層膜から補強部材を一部剥がした状態を示す写真。
【図5】矩形状に切り取った多層膜の写真。
【図6】実施例で得られた多層膜を中空の円錐状の基材の内周面に貼り付けることで形成された導管の写真であり、(a)は補強部材を取り除いた多層膜を丸めて円錐状にしたもの及び中空の円錐状の基材、(b)は導管を示す。
【図7】実施例で得られた多層膜の反射率の測定結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る中性子ミラーの概略断面図である。図1に示すように、中性子ミラー1は、屈折率の異なる2種類の物質(例えばNiC(ニッケルカーボン)とTi(チタン))の薄膜層から成る対層を積層した多層膜2と、この多層膜2の一方の端面に接着剤3を介して接着された補強部材4から構成されている。図1における上面が中性子ミラー1の反射面となる。各対層は、中性子に対する高屈折率物質(図1ではNiC)が反射面側、低屈折率物質(図1ではTi)が補強部材4側に位置するように積層されている。前記多層膜2は、対層の周期(d1、d2、d3・・・)が、反射面側から補強部材側に向かって徐々に小さくなるように構成されている。

【0019】
尚、図1では、多層膜2と補強部材4から中性子ミラーが構成されていることとしたが、多層膜2だけで中性子ミラーを構成することも可能である。また、別の基材に多層膜2を貼り付けて中性子ミラーとすることも可能である。この場合、補強部材4を基材に貼り付けても良く、多層膜2から補強部材4を取り除き、多層膜2のうち前記補強部材が接着されていた面を前記基材に貼り付ける。このように補強部材4を多層膜2から取り外す場合には、容易に取り外すことができるような接着剤3を用いて接着すると良い。

【0020】
前記中性子ミラー1は、平板状の基板の上に蒸着やスパッタリングにより低屈折率物質と高屈折率物質を交互に成膜することで多層膜2を形成し、前記多層膜2の上に補強部材4を接着した後、前記多層膜2が基板から剥がれるきっかけとなる剥離誘因部を基板に形成し、前記多層膜2を補強部材4と共に基板から剥がすことにより得られる。図2に、基板10上に積層され、補強部材4が接着された多層膜2の概略断面図を示す。
次に、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
イオンビームスパッタ装置(IBD-350;日本ビーコ株式会社)を用いて、直径200mm、厚さ0.7mmのディスク状のシリコン基板上にTiとNiCを交互に成膜し、これらTiとNiCの薄膜層からなる対層を4305層積層することで全体の厚さが18μmの多層膜を形成した。ベース真空度は4.0×10-8Torr以下、Ar+ビームを用いたスパッタ時の真空度は8×10-5Torrで行った。イオンソースのビーム電圧は800V、ビーム電流は180mA、サプレッサー格子の電圧(ビームのスイープに対応)は750Vとした。
【実施例】
【0022】
前記多層膜を構成する薄膜層は、膜厚(膜周期)がシリコン基板から離れるにつれて徐々に小さくなるように成膜されている。本実施例では、基板上に最初に形成されるNiCとTiの対層の薄膜層の厚さをそれぞれ70nm、13.5nmとし、それ以降の膜厚分布は下記の式に従い設定した。ここでDnは対層の厚さで、nは基板からの対層数を示す(d1NiC=70nm、d1Ti=13.5nmであるため、D1=83.5nmである)。UNiC及びUTiはNiCとTiの中性子が感じるポテンシャルである(単位はmeV)。
【数1】
JP0005552635B2_000002t.gif
これは不完全性σ(主に界面拡散,層数nによって変化)を考慮した成膜の式で
パラメータはα及びσの二つから成る(同様の計算式は他にもあるが、ここではNuclear Instruments and Methods in Physics Research A 524 (2004) 273. N. K. Pleshanovを取り上げた)。求めたい反射率と製膜時間との関係によるが、通常のシリコン基板の場合で反射率を高める場合、α=1,σ~0.5(nm)程度とすると良い。
【実施例】
【0023】
基板上に多層膜を形成した後、当該多層膜の表面に、厚さが0.1mmのPET(ポリエチレンテレフタレート)製の補強部材を接着した。そして、シリコン基板の縁部にハサミで切り目を入れることでシリコン基板から多層膜が剥がれるきっかけを与えた後、シリコン基板から多層膜及び補強部材を剥がした。
【実施例】
【0024】
図3にシリコン基板から剥がした後の多層膜の写真を示す。多層膜を成膜したφ200mmのエリア全てで薄膜層が剥離すること無くきれいに剥がれていることが分かる。また、図4は多層膜から補強部材を一部剥がした状態を示す。さらに、図5は、矩形状に切り取った後の多層膜を示す。図5の写真では、多層膜に補強部材が接着されており、自立可能であることが分かる。
【実施例】
【0025】
得られた多層膜は自由に丸めることができるため、適宜の曲面を有する基材に貼り付けて中性子導管等にすることができる。例えば図6は、中空の円錐状の基材の内周面に本実施例で得られた多層膜を貼り付けることで形成された導管を示す。図6(a)は補強部材を取り除いた多層膜を丸めて円錐状にしたもの及び中空の円錐状の基材を、(b)は前記多層膜を基材の内周面に貼り付けた様子を示す。
【実施例】
【0026】
本実施例で得られた多層膜の中性子反射性能を日本原子力研究開発機構 JRR-3 C3-1-2-3(MINE2)ビームポートの中性子反射率計を用いて測定した結果を図7に示す。
図7中、縦軸は反射率、下横軸はQ値、上横軸はm値を示す。m値はニッケル全反射臨界角に対する中性子ミラーの全反射臨界角Qcに対する比を示す。一般に、中性子ミラーの性能評価は、m値及びその立ち上がりの反射率が用いられる。
図7から分かるように、本実施例の多層膜は反射率の低下が始まるm値が4.5付近であること、及びその時の反射率が約0.8であることから、中性子ミラーとして大変優れていることが分かる。
【実施例】
【0027】
尚、上記実施例では、NiC/Ti多層膜の最初の薄膜(NiC膜)の厚さを70nmとし、多層膜全体の厚さを18μmとしたが、NiC/Ti多層膜の場合は、最初の薄膜の厚さが60nm、多層膜全体の厚さが2μmあれば、基板に切り目を入れるだけで基板から容易に剥がすことができる。
また、上記実施例ではNiC/Ti多層膜中性子ミラーについて説明したが、本発明は、Ni/Ti多層膜中性子ミラー等、適宜の多層膜中性子ミラーに適用可能である。
【実施例】
【0028】
さらに、本発明は、多層膜ミラーだけでなく単層膜ミラーにも適用できる。具体的には、本発明者は、基板に厚さ70nmのNiC膜を成膜し、その上に厚さ2μmの補助支持膜(Ti膜)を積層した単層膜ミラーについても、基板に切り目を入れることで基板から容易に剥がすことができ、NiC単層の全反射膜の中性子反射特性を有することを確認している。
【符号の説明】
【0029】
1…中性子ミラー
2…多層膜
3…接着剤
4…補強部材
10…基板
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図7】
2
【図3】
3
【図4】
4
【図5】
5
【図6】
6