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明細書 :リング状ボース・アインシュタイン凝縮体とこれに生成するダーク・ソリトン、その生成方法及びこれらを用いた外場の測定方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5561717号 (P5561717)
公開番号 特開2011-106837 (P2011-106837A)
登録日 平成26年6月20日(2014.6.20)
発行日 平成26年7月30日(2014.7.30)
公開日 平成23年6月2日(2011.6.2)
発明の名称または考案の名称 リング状ボース・アインシュタイン凝縮体とこれに生成するダーク・ソリトン、その生成方法及びこれらを用いた外場の測定方法
国際特許分類 G01D  21/00        (2006.01)
G01R  29/08        (2006.01)
G01R  33/02        (2006.01)
G01B   7/30        (2006.01)
FI G01D 21/00 M
G01R 29/08 Z
G01R 33/02 A
G01B 7/30 Z
請求項の数または発明の数 14
全頁数 18
出願番号 特願2009-259334 (P2009-259334)
出願日 平成21年11月12日(2009.11.12)
審査請求日 平成24年10月23日(2012.10.23)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
発明者または考案者 【氏名】熊倉 光孝
【氏名】森田 紀夫
個別代理人の代理人 【識別番号】100124718、【弁理士】、【氏名又は名称】増田 建
【識別番号】100136216、【弁理士】、【氏名又は名称】増田 恵美
審査官 【審査官】岡田 卓弥
参考文献・文献 特開2006-337088(JP,A)
特開2003-209306(JP,A)
特表2002-527719(JP,A)
特開2001-343496(JP,A)
調査した分野 G01D21/00-21/02
G01P15/03
G01R29/00-29/26
G01R33/00-33/26
G21K 1/00- 1/16
特許請求の範囲 【請求項1】
希薄原子気体からなる葉巻型のボース・アインシュタイン凝縮体(Bose Einstein Condensate;以下「BEC体」という)を真空中にトラップし、
前記葉巻型BEC体の長径方向に光プラグを導入して中空葉巻型BEC体を形成し、
前記中空葉巻型BEC体の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって該中空葉巻型BEC体を該中央のリング状部分に集中させたリング状BEC体。
【請求項2】
前記リング状BEC体上の任意の2点に原子排除用レーザー光を照射して前記希薄原子気体の原子数密度の窪みをつけ、該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成し、
前記一方側の弧状BEC体に位相印加用レーザーを照射して、該一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせて、
前記2点の位置にダーク・ソリトンを生成させた、請求項1に記載のリング状BEC体。
【請求項3】
前記2点は、前記リング状BEC体の中心から角度方向にπ異なる位置にある2点である、請求項2に記載のダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体。
【請求項4】
前記一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に生じさせた位相ステップΔθはπである、請求項2または3に記載のダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体。
【請求項5】
希薄原子気体からなる葉巻型のBEC体を真空中にトラップするステップと、
前記葉巻型BEC体の長径方向に光プラグを導入して中空葉巻型BEC体を形成するステップと、
前記中空葉巻型BEC体の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって該中空葉巻型BEC体を該中央のリング状部分に集中させるステップと、
を含むリング状BEC体の生成方法。
【請求項6】
請求項5に記載の生成方法により生成したリング状BEC体上の任意の2点に原子排除用レーザー光を照射して請求項5に記載の希薄原子気体原子数密度の窪みをつけ、該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成するステップと、
前記一方側の弧状BEC体に位相印加用レーザーを照射して、該一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせるステップと、
を含む、前記2点の位置にダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法。
【請求項7】
前記2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成するステップは、該2点を前記リング状BEC体の中心から角度方向にπ異なる位置とするステップを含む、請求項6に記載の2点の位置にダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法。
【請求項8】
一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせるステップは、該位相ステップΔθをπとするステップを含む、請求項6または7に記載のダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法。
【請求項9】
請求項6に記載の2点の位置請求項8に記載の位相ステップΔθがπであるダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体を準備するステップと、
前記リング状BEC体に外場を印加するステップと、
前記リング状BEC体の前記ダーク・ソリトンの運動を観測するステップと、
前記ダーク・ソリトンの運動を観測するステップから、該ダーク・ソリトンの速度比(v/v;vは音速)又は原子数密度比(nbot/n;nbotは該ダーク・ソリトンの窪みの底での原子数密度、nはダーク・ソリトンの芯から離れた原子数密度)を測定するステップと、
前記ダーク・ソリトンの速度比又は原子数密度比から、関係式
【数1】
JP0005561717B2_000007t.gif
(Δφ(t)=Δθ+δ(t)、Δθ=π;δ(t)は前記外場の印加により2つの該ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じる位相差)
を通して、該外場の印加により該ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じる位相差Δφ(t)を求めるステップと、
前記位相差Δφ(t)を用いて、関係式
【数2】
JP0005561717B2_000008t.gif
を通して、前記外場の印加により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるエネルギー差ΔEを求めるステップと、
前記印加した場により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるべきエネルギー差と前記エネルギー差ΔEを比較して、該外場を特徴付ける量を求めるステップと、
を含む外場の測定方法。
【請求項10】
前記ダーク・ソリトンを観測するステップは、該リング状BEC体の上方より観測用レーザーを該リング状BEC体に照射し、該リング状BEC体の下方よりカメラで該リング状BEC体を撮像するステップを含む、請求項9に記載の外場の測定方法。
【請求項11】
前記外場は電場であり、前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体に前記印加した場E、Eにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=(αE)/2-(αE)/2(αは原子の分極率)である、請求項9または10に記載の外場の測定方法。
【請求項12】
前記外場は磁場であり、前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体に印加した場B、Bにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=μB-μB(μは磁気双極子モーメント)である、請求項9または10に記載の外場の測定方法。
【請求項13】
請求項9に記載の前記リング状BEC体に外場を印加するステップは、該リング状BEC体を前記2点の位置を結ぶ軸を中心に傾斜角θだけ傾斜させて該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に高さの差hを生じさせるステップである、請求項9に記載の外場の測定方法。
【請求項14】
前記外場は重力加速度gであり、前記印加した場により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=mgh≒(mgd)θ(mは原子の質量、dはリング状BEC体の直径)である、請求項13に記載の外場の測定方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、リング状ボース・アインシュタイン凝縮体(ボース・アインシュタイン・コンデンセート(Bose Einstein Condensate)、以下「BEC体」ともいう)と、BEC体に生成するダーク・ソリトン及び静止したダーク・ソリトン、これらの生成方法、およびこれらを用いた物理量の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子などの量子力学的な粒子は、量子統計性の異なるBose粒子とFermi粒子とに分類され、このうちBose粒子は、多数個の同じ粒子が一つの量子状態を占有することが可能である。このBose粒子が多数個集合して構成された気体や液体などの粒子集団では、十分に低い温度にまで冷却することにより、すべての粒子が最低エネルギー準位に落ち込んだBose-Einstein凝縮(BEC)が実現することが知られている(図13)。
【0003】
希薄な気体原子に生じるBECは、中性原子の冷却と捕獲(以下、「トラップ」ともいう。)のメカニズムの理解と実験技術の進歩を背景に、1995年に87Rb、Li、23Naで相次いで実現された(非特許文献1~3参照)。アインシュタイン等が提唱して以来、約70年ぶりにほぼ相互作用しないボース気体の凝縮(BEC)が観測されたわけである。
【0004】
例えば非特許文献4の解説によれば、温度が数百Kの原子源から秒速数百mで飛来する原子は、大まかに言って、Doppler冷却、原子の捕獲(トラップ)、蒸発冷却という過程を経てBECが起こる10-6~10-7Kという超低温に達する。
【0005】
Doppler冷却とは、対向するレーザー光を用いてDoppler効果により原子を冷却する方法で、6本(x、y、z軸のそれぞれ正負の方向)のレーザービームを用いることで三次元的に原子を冷却することができる。このDoppler冷却により原子は数百~数十μKまで冷却されるが、重力のために1秒程度でレーザービームの照射領域から落下してしまう。
【0006】
そのため、これを空間的に捕獲(トラップ)するために考案されたのが磁気光学トラップ(Magneto-Optical Trap;MOT)である。上記6本のレーザービームに加えて、磁気コイルを用いてビームの交差点で磁場が極小点を持つようにして原子を捕獲(トラップ)することができる。このMOT中でもDoppler冷却が働いて原子は冷却されるが、更に偏光勾配冷却を行い、図2のような磁気コイルで形成した磁気トラップに原子を捕獲する。この磁気トラップに捕獲される原子の温度は0.1~1mK程度である。
【0007】
しかし、BECを起こすためには温度を更に3桁から4桁下げる必要があり、このために蒸発冷却という技術が用いられる。蒸発冷却の原理は、カップに入れられた熱湯が冷める原理と同じであり、カップからは運動エネルギーの大きい水分子ほど高い確率で蒸発し、残された分子は互いに弾性衝突を繰り返すことでより低い温度に達する。従って、磁気トラップに閉じ込められたスピン偏極した原子集団に、エネルギーの高い原子のスピンだけを選択的に反転するように調節されたラジオ周波数(rf)磁場を照射すると、スピン反転した原子は磁気トラップから放逐され、残された原子系の温度は下がる。rf磁場の周波数を下げていくと、運動エネルギーの高い原子から低い原子へと順次に磁気トラップから放逐され、それに従って残された原子集団の温度が下がっていく。
【0008】
上記図2の各軸交点に示す楕円体は、本出願人たちが87Rbの希薄気体原子で生成した葉巻型BEC体101である。原子数8×10個程度の原子が最終的に磁気光学トラップされ、直径約10μm、長さ約100μmの葉巻型BEC体101が実現されている(非特許文献5参照)。
【0009】
このような新たに実現された葉巻型BEC体101を用いて様々な物理量、例えば電場や磁場、重力場、回転速度などを高精度に測定しようとする試みは自然である。
【0010】
一般に、このような電磁場、重力場、回転速度などの計測は、測定対象となる外場と測定装置(プローブ)とを相互作用させ、プローブ側の微小なエネルギー変化を検出することで行われる。したがって、プローブのエネルギー変化を精度よく測定することができれば、より高感度な計測が可能である。
【0011】
たとえば、現在もっとも高精度・高感度な計測装置である原子干渉計では、原子をプローブとして、相互作用により原子の内部エネルギーを変化させ、相互作用時間の間に生じた量子力学的な位相変化を微小なプランク定数を尺度として測定し、高い感度を実現している(図14)。つまり、原子の位相変化Δφ(t)とエネルギー変化ΔEの間には下記式(1)の関係があるため、図15に示すような原子干渉計の場合、原子の干渉を計測することにより、高精度・高感度な位相変化Δφ(t)及びエネルギー変化ΔEの測定が期待できる。
【0012】
【数1】
JP0005561717B2_000002t.gif

【0013】
しかし、さらに高精度な位相変化Δφ(t)の測定を行うには次のような問題があった。すなわち、これまでの原子干渉計では、衝突が無視できるような希薄な原子ビームを用いて個々の原子についての干渉測定を行っているため、微弱な相互作用の検出には、高いS/N比を得るために、多数回・長時間の繰り返し測定が必要であり、時間分解能も非常に低い。また、重力による原子の落下や原子ビームの拡がりなどによって可干渉距離が制限されるため、相互作用時間がms程度に制限され、エネルギー変化の測定精度が大きく制限されている。
【0014】
一方、BEC体を用いた原子位相の測定法としては、図16のように、原子ビームに代えてBEC体を分岐・干渉させる干渉計が提案されている。BEC体を利用することで、測定一回あたりの原子数を大きく増加させることができ、S/Nの改善による高感度化が期待されているが、従来の原子ビームの場合と同様に、重力による落下や飛行距離によって相互作用時間が制限される欠点が未だに残っている。また、この他にもBEC体を利用した干渉計では、(1)2つのBEC体に分岐する際に発生する原子数差によって、両者に自己エネルギー差が発生し、測定する位相差に誤差が生じること、(2)BEC体が飛行する間に拡散し、長時間経過すると原子数密度が大きく減少し、観測が困難になること、などの欠点があり、相互作用時間・観測時間には制限が残る。
【0015】
非特許文献6、7、8に開示されているように、光双極子力ポテンシャルによるBEC体への位相書き込み(位相の焼付け)により、従来実現されている葉巻型BEC体101に位相ステップΔθを発生させ、生成されたダーク・ソリトンの運動を観測する実験もなされている。すなわち、図17(c)のような葉巻型BEC体101の中央から左半分の部分に位相印加用レーザーを照射して光学的な位相焼付けを行うと、例えば図17(b)のような位相ステップΔθ(この場合π)と、図17(a)のような原子数密度分布n(z)が得られる。図17(a)のような原子数密度分布n(z)の窪みがダーク・ソリトン(l;ソリトンの芯の幅)であり、位相ステップΔθは原子数密度の窪みの移動速度vおよび原子数密度nbotと、以下のような関係を満たしている(ただし、vは音速、nはダーク・ソリトンの芯から離れた原子数密度分布n(z)~nとする。)。
【0016】
【数2】
JP0005561717B2_000003t.gif

【0017】
上記式(2)において位相ステップΔθ=πとすると初期状態として静止したダーク・ソリトンの生成が期待されるが、この位相ステップの大きさは外場の印加によって式(1)に従い位相Δφ(t)だけ初期値から変化するため、ソリトンは運動を開始する。このソリトンの運動を観察することにより、外場による原子のエネルギー変化を検出することができるが、微少なエネルギー変化でも長い観測時間に亘って位相変化を蓄積できるため、より精密なエネルギー変化の検出が期待できる。しかし、葉巻型BEC体101に位相ステップΔθ=πの位相の焼付けを行っても、静止したダーク・ソリトンは生成できず、図17(d)のような2つの動的ソリトンが生成してしまう。したがって、観測時間が短くなるという困難があった。
【0018】
また、葉巻型BEC体101の構成原子は、3次元調和型ポテンシャルに閉じ込められるため凝縮体の原子数密度が不均一で、さらに、形状が葉巻型であるので、ダーク・ソリトンは端で反射され、擾乱を受けやすい。このため葉巻型BEC体101に生成したダーク・ソリトンの運動の観測は、精密な物理量の計測には不適切であった。
【0019】

【非特許文献1】M.H.Anderson.et.al:Science269(1996)198
【非特許文献2】C.C.Bradley.et.al:Phys.Rev.Lett.75(1995)1687
【非特許文献3】K.B.Davis.et.al: Phys.Rev.Lett.75(1995)3969
【非特許文献4】上田正仁:日本物理学会誌53(1998)663
【非特許文献5】福井大学重点研究成果集2008(2008)88
【非特許文献6】S.Burger.et.al: Phys.Rev.Lett.83(1999)5198
【非特許文献7】J.Denschlag.et.al:Science287(2000)97
【非特許文献8】原子光学(スプリンガー社:P.メスター 著;盛永篤郎・本多和仁 訳)224~228
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
上述のように、BEC体中の原子数密度波の伝搬は、弱い原子間相互作用が存在するために非線形性を示し、ソリトン(孤独波)を安定に生成することができる。原子間相互作用が斥力であるBEC体では、上記ダーク・ソリトンと呼ばれる原子数密度の窪みがソリトンとして安定に存在することが知られているが、このソリトンは原子波の位相ステップΔθとして特徴付けられ、この原子数密度窪みの運動を観測することによって、原子位相の変化Δφ(t)を検出することができる。このようなBEC体中でのソリトンの生成や、光学的な原子数密度分布のイメージングによるソリトンの運動の観測は、上記のように既に実験的に行われているが、ソリトンを利用して原子位相変化を検出し、原子干渉計を超えた精密計測に利用しようという試みはなされていなかった。
【0021】
上記のように、Bose-Einstein凝縮(BEC)した粒子集団は、全ての粒子が単一の量子状態を占めるため、集合全体の運動が粒子の波動性に基づいて単一のコヒーレントな物質波として振舞い、顕著な量子性を示す。本発明は、このBose-Einstein凝縮(BEC)体の持つ巨視的な波動性を利用して、BEC体をプローブとした電磁場、重力場、回転速度などの新しい高感度計測装置を提案するものである。
【0022】
すなわち、本発明は、真空中にトラップした原子気体のBEC体をプローブに使用し、BEC体中に発生させた原子波ソリトン(ダーク・ソリトン)を原子位相のインジケータとして用いることで、上記困難を克服することを提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係るリング状BEC体は、希薄原子気体からなる葉巻型のBEC体を真空中にトラップし、前記葉巻型BEC体の長径方向に光プラグを導入して中空葉巻型BEC体を形成し、前記中空葉巻型BEC体の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって該中空葉巻型BEC体を該中央のリング状部分に集中させた。
【0024】
本発明に係るリング状BEC体は、前記リング状BEC体上の任意の2点に原子排除用レーザー光を照射して前記希薄原子気体の原子数密度の窪みをつけ、該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成し、前記一方側の弧状BEC体に位相印加用レーザーを照射して、該一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせて、前記2点の位置にダーク・ソリトンを生成させた。
【0025】
本発明に係るリング状BEC体は、前記2点は、前記リング状BEC体の中心から角度方向にπ異なる位置にある2点であってよい。
【0026】
本発明に係るダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体は、前記一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に生じさせた位相ステップΔθはπであり得る。
【0027】
本発明に係るリング状BEC体の生成方法は、希薄原子気体からなる葉巻型のBEC体を真空中にトラップするステップと、前記葉巻型BEC体の長径方向に光プラグを導入して中空葉巻型BEC体を形成するステップと、前記中空葉巻型BEC体の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって該中空葉巻型BEC体を該中央のリング状部分に集中させるステップと、を含む。
【0028】
本発明に係るダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法は、前記リング状BEC体上の任意の2点に原子排除用レーザー光を照射して前記希薄原子気体の数密度の窪みをつけ、該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成するステップと、前記一方側の弧状BEC体に位相印加用レーザーを照射して、該一方側の弧状BEC体と前記他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせるステップと、を含む。
【0029】
本発明に係るダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法において、前記2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体を生成するステップは、該2点を前記リング状BEC体の中心から角度方向にπ異なる位置とするステップを含み得る。
【0030】
本発明に係るダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体の生成方法において、一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に位相ステップΔθを生じさせるステップは、該位相ステップΔθをπとするステップを含み得る。
【0031】
本発明に係る外場の測定方法は、前記2点の位置に前記位相ステップΔθがπであるダーク・ソリトンを生成させたリング状BEC体を準備するステップと、前記リング状BEC体に外場を印加するステップと、前記リング状BEC体の前記ダーク・ソリトンの運動を観測するステップと、前記ダーク・ソリトンの運動を観測するステップから、該ダーク・ソリトンの速度比(v/v;vは音速)又は原子数密度比(nbot/n;nbotは該ダーク・ソリトンの窪みの底での原子数密度、nはダーク・ソリトンの芯から離れた原子数密度)を測定するステップと、
前記ダーク・ソリトンの速度比又は原子数密度比から、関係式
【数3】
JP0005561717B2_000004t.gif
(Δφ(t)=Δθ+δ(t)、Δθ=π;δ(t)は前記外場の印加により2つの該ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じる位相差)
を通して、該外場の印加により該ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じる位相差Δφ(t)を求めるステップと、
前記位相差Δφ(t)を用いて、関係式
【数4】
JP0005561717B2_000005t.gif
を通して、前記外場の印加により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるエネルギー差ΔEを求めるステップと、
前記印加した場により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるべきエネルギー差と前記エネルギー差ΔEを比較して、該外場を特徴付ける量を求めるステップと、を含む。
【0032】
本発明に係る外場の測定方法において、前記ダーク・ソリトンを観測するステップは、該リング状BEC体の上方より観測用レーザーを該リング状BEC体に照射し、該リング状BEC体の下方よりカメラで該リング状BEC体を撮像するステップを含む。
【0033】
本発明に係る外場の測定方法は、前記外場は電場であり、前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体に前記印加した場E、Eにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=(αE)/2-(αE)/2(αは原子の分極率)であり得る。
【0034】
本発明に係る外場の測定方法は、前記外場は磁場であり、前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体に印加した場B、Bにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=μB-μB(μは磁気双極子モーメント)であり得る。
【0035】
本発明に係る外場の測定方法において、前記リング状BEC体に外場を印加するステップは、該リング状BEC体を前記2点の位置を結ぶ軸を中心に傾斜角θだけ傾斜させて該2点を境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に高さの差hを生じさせるステップであり得る。
【0036】
本発明に係る外場の測定方法は、前記外場は重力加速度gであり、前記印加した場により前記ダーク・ソリトンを境界とした一方側の弧状BEC体と他方側の弧状BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=mgh≒(mgd)θ(mは原子の質量、dはリング状BEC体の直径)であってよい。
【発明の効果】
【0037】
これまでに実現されている原子波ソリトンは、3次元調和型のポテンシャルに閉じ込められた葉巻型BEC体に生成されていたため、不均一な原子数密度や凝縮体両端での反射により、ソリトンの伝搬が大きな擾乱を受け、長時間に亘る安定な観測が困難であった。そこで、これまでの葉巻型に代えて、円周方向の原子数密度分布が均一で、端を持たないリング状のBEC体を利用した。このリング状BEC体上を円周方向に伝搬するソリトンは、長時間にわたって擾乱の少ない状態で安定に存在することができ、原子位相の長時間観測が可能となり、高精度な測定が実現できる。このリング状BEC体は、リング状BEC体の自己エネルギーがμK以下と小さいため、例えばレーザー光を照射することによって印加することのできる数十μK程度のポテンシャルエネルギーで葉巻型から変形することにより実現が可能である。
【0038】
この新しいリング状BEC体を用いた計測装置では、これまでの原子干渉計とは異なって、原子ビームの分離・飛行が必要ないため、原理的には無限に長い相互作用時間が可能である。また、原子数密度窪みの運動を観測することで位相の変化を検出できるため、簡便な光学的手法で、ms程度の時間分解能でリアルタイムな測定が可能になる。すなわち、計測にダーク・ソリトンを利用するので、より長い観測時間や相互作用時間が実現でき、高い感度・精度の計測を達成することができる。
【0039】
計測に用いるダーク・ソリトンは、微小な相互作用による僅かなエネルギー変化を観測できるよう、長時間にわたって位相変化Δφ(t)を蓄積できる条件が望ましい。早く運動するダーク・ソリトンでは、ダーク・ソリトンの位置が変化するため位相の蓄積効果が顕著ではないが、静止したダーク・ソリトンでは、ソリトンが運動を開始するまで、原理的には無限に長い時間にわたって位相変化Δφ(t)の蓄積が可能である。そこで、静止したダーク・ソリトンの生成法を新たに考案した。
【0040】
これまでの原子波ソリトンの生成には、BEC体の一部に位相印加用レーザーを照射してポテンシャルエネルギーを与え、そのエネルギー差によって位相ステップをBEC体に印加する方法が行われてきた。しかし、この従来方法では印加した位相ステップがBEC体中に原子の流れを引き起こし、静止ソリトンに対応する位相ステップを印加しても、2個の運動するソリトンしか生成されていない。
【0041】
一方、本発明の方法では、この位相印加用レーザーによる位相焼付けの前に、生成する静止ソリトンと類似の幅を持ったガウス型の原子数密度窪みを予め導入しておく。このような原子数密度の窪みは、同様なガウス形の強度分布を持つ原子排除用レーザーをBEC体に照射し、光吸収を利用して原子をトラップから排除することによって実現できる。予め導入する原子数密度窪みは静止ソリトンの解析的な形状と一致していることが望ましいが、レーザービームで容易に実現可能なガウス型であっても、僅かな余波を発生させるだけで、安定に静止ソリトンを発生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明に係るリング状BEC体の斜視図。
【図2】磁気光学トラップされた葉巻型BEC体の斜視図。
【図3】葉巻型BEC体の長軸方向に光プラグを導入して生成される中空葉巻型BEC体の斜視図。
【図4】中空葉巻型BEC体の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって生成されるリング状BEC体の斜視図。
【図5】(a)2点p、qに原子排除用レーザーを照射して、希薄原子気体の原子数密度の窪みをつけたリング状BEC体の斜視図。(b)弧状BEC体Aに位相印加用レーザーを照射したリング状BEC体の斜視図。
【図6】(a)初期状態(時刻0)におけるリング状BEC体の原子数密度の分布図。(b)時刻0におけるリング状BEC体の位相分布図。
【図7】ダーク・ソリトン2、2’の運動するリング状BEC体の斜視図。
【図8】点p、qにそれぞれダーク・ソリトンとブライト・ソリトンが対発生する様子を示す、リング状BEC体の原子数密度の時間発展分布図。
【図9】点p、qにそれぞれ単体の静止したダーク・ソリトンが対発生した様子を示す、リング状BEC体の原子数密度の時間発展分布図。
【図10】(a)半円部分Aに位相印加用レーザーの照射を受けるリング状BEC体の平面図。(b)ダーク・ソリトンが生成されたリング状BEC体の平面図。(c)動的ダーク・ソリトン及び静止したダーク・ソリトンの生成されたリング状BEC体の平面図。
【図11】リング状BEC体およびダーク・ソリトンの観測装置のイメージ図。
【図12】(a)電場E又は磁場Bを印加した直後の静止したダーク・ソリトンの生成されたリング状BEC体の平面図。(b)電場E又は磁場B中で2つのダーク・ソリトンが運動する様子を示すリング状BEC体の平面図。
【図13】常温における古典気体が冷却と共に波動性を現わし、極低温でBECを起こす様子を表すイメージ図。
【図14】原子干渉計、光の干渉計の原理を説明する説明図。
【図15】従来の原子干渉計のイメージ図。
【図16】従来の葉巻型BEC体を用いた干渉計のイメージ図。
【図17】(a)中央にダーク・ソリトンを生成した葉巻型BEC体の原子密度分布図。(b)葉巻型BEC体の位相ステップを表す位相φの分布図。(c)位相印加用レーザーの照射を受ける葉巻型BEC体の平面図。(d)2つのソリトンが対発生して運動する様子を示す葉巻型BEC体の平面図。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、図面を参照しながら本発明に係るリング状BEC体の実施形態について説明する。リング状BEC体は本実施形態において87Rbの希薄気体原子により構成される。以下各図面を通して同一の構成要素には同一の符号を使用するものとする。

【0044】
本発明に係るリング状BEC体1は、図1に示すようなリング状のBose-Einstein凝縮体であり、10個程度の希薄気体原子により構成されている。リング状BEC体1は、上記図2のように希薄原子気体からなる葉巻型のBEC体101を真空中に磁気トラップし、この葉巻型BEC体101の長径方向(z方向)に図3のように光プラグを断熱的に導入して中空葉巻型BEC体102を形成する。続いて、図4に示すようにこの中空葉巻型BEC体102の中央のリング状部分にスライス光を断熱的に導入することによって、中空葉巻型BEC体102を上記中央のリング状部分に集中させてリング状BEC体1を形成する。

【0045】
このリング状BEC体1は、BEC体の自己エネルギーがμK以下と小さいため、上記のようにレーザー光を照射することによって印加することのできる数十μK程度のポテンシャルエネルギーで葉巻型のBEC体101から変形することにより実現が可能である。

【0046】
上述のように、葉巻型BEC体101の含む原子数は約8×10個、サイズは直径約10μm、長さ約100μmである。また、上記光プラグは532nm、1W、ウエストサイズ40μm、ポテンシャル障壁10μKを用い、上記スライス光としては1064nm、1W、スライスサイズ(照射領域)40×400μm、ポテンシャル深さ8μKを用いる。

【0047】
このようにして得られるリング状BEC体1は断面が円形のトーラス状であり、原子数約8×10個、サイズはリングの直径約100μm、断面の直径約10μmである。

【0048】
次にリング状BEC体1上にダーク・ソリトンを生成する。図5(a)に示すように、リング状BEC体1上の任意の2点p、qにガウス型の原子排除用レーザーを照射して、図6(a)のようにガウス型の希薄原子気体の原子数密度の窪みをつけ、2点p、qを境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体Bを生成する。続いて図5(b)のように上記一方側の弧状BEC体Aに位相印加用レーザーを照射して、当該一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に位相ステップΔθを生じさせて、上記2点p、qの位置に一対のダーク・ソリトン2、2’を生成させる。

【0049】
上記2点p、qの位置は、原子排除用レーザー光を同時に照射する関係上、図5(a)に示すようにリング状BEC体1の中心から角度方向にπ異なる位置(リング状BEC体1の対向する2点)にある2点p、qであるのが望ましいが、特に2点p、qの位置は限定されない。

【0050】
また、原子排除用レーザー光はガウス型の強度をもつ必要はなく、ダーク・ソリトン解に近い強度分布であればあるほど好ましい。ただし、実験的にはガウス型の原子排除用レーザー光を生成するのは容易であり、十分ダーク・ソリトン解に近似した希薄原子気体の原子数密度の窪みを作ることができる。

【0051】
図5(a)に示すように、リング状BEC体1の中心Oの角度方向にx軸をとると、上記のように生成されるダーク・ソリトン2、2’の初期状態(t=0)における原子数密度n(x、0)と位相θ(x、0)は、それぞれ図6(a)、(b)のように与えられる。原子数密度n(x、0)のx=0における窪みがダーク・ソリトンであり、また、x=0付近に位相ステップΔθがあることが分かる。

【0052】
図7は、点pをx=0とした場合に、リング状BEC体1の対向する2点p、qに生成したダーク・ソリトンの運動方向を表す。なお、位相ステップΔθと原子数密度の窪みの速度比v/vおよび原子数密度nbot/nの間には、上記式(2)の関係が成立する。

【0053】
従って、上記一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に生じさせる位相ステップΔθをπとすると、式(2)よりダーク・ソリトン2、2’の動く速さはv=0となり、リング状BEC体1上に静止したダーク・ソリトン2、2’を生成することができる。なお、この静止したダーク・ソリトンの窪みの底での原子数密度nbotは0である。

【0054】
以上のように、本発明に係るリング状BEC体1の生成方法は、
(1)希薄原子気体からなる葉巻型のBEC体101を真空中にトラップするステップ、(2)葉巻型BEC体101の長径方向に光プラグを導入して中空葉巻型BEC体102を形成するステップ、
(3)中空葉巻型BEC体102の中央のリング状部分にスライス光を導入することによって中空葉巻型BEC体102を上記中央のリング状部分に集中させるステップ、
を含む。

【0055】
また、上記リング状BEC体1上の2点p、qの位置にダーク・ソリトン2、2’を生成させるには、
(4)リング状BEC体1上の任意の2点p、qに原子排除用レーザー光を照射して上記希薄原子気体の数密度の窪みをつけ、2点p、qを境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体Bを生成するステップ、
(5)一方側の弧状BEC体Aに位相印加用レーザーを照射して、当該一方側の弧状BEC体Aと上記他方側の弧状BEC体B間に位相ステップΔθを生じさせるステップ、
が必要である。

【0056】
2点p、qの位置は、リング状BEC体1の中心から角度方向にπ異なる位置(対向する位置)としてよく、また、リング状BEC体1上の2点p、qの位置に静止したダーク・ソリトン2、2’を生成させるには、位相ステップΔθをπとすればよい。

【0057】
上述のように、従来のダーク・ソリトンの生成には、葉巻状BEC体101の一部に位相印加用レーザーを照射してポテンシャルエネルギーを与え、そのエネルギー差によって位相ステップを葉巻状BEC体101に印加する方法が行われてきた。しかし、この方法では印加した位相ステップが葉巻状BEC体101中に原子の流れを引き起こし、静止ソリトンに対応する位相ステップπ(式(2))を印加しても、2個の運動するソリトンしか生成されていない(図17(d))。

【0058】
本発明のリング状BEC体1においても事情は同様で、上記ステップ(4)の、リング状BEC体1上の任意の2点p、qに原子排除用レーザーを照射してリング状BEC体1を構成する希薄原子気体の数密度の窪みをつける手順を踏まないと、静止したダーク・ソリトンを得ることができない。すなわち、上記希薄原子気体の数密度の窪みをつけずに位相ステップπを生じさせるべく上記ステップ(5)の位相印加用レーザーを照射すると、図8に示すように点p、qにはそれぞれ逆向きに運動するダーク・ソリトンとブライト・ソリトンが対発生し、時間の経過と共に互いに衝突してしまう。

【0059】
一方、本発明に係るソリトンの生成方法では、この位相印加用レーザーによる位相焼付け(ステップ(5))の前に、生成する静止ソリトンと類似の幅を持ったガウス型の原子数密度窪みを予め導入しておく(ステップ(4))。このような原子数密度の窪みは、上記のように、同様なガウス形の強度分布を持つ原子排除用レーザーをリング状BEC体1に照射し、光吸収を利用して原子をトラップから排除することによって実現できる。予め導入する原子数密度窪みは静止ソリトンの解析的な形状と一致していることが望ましいが、レーザービームで容易に実現可能なガウス型であっても、僅かな余波を発生させるだけで、安定に静止ソリトンを発生させることができる。

【0060】
このようにステップ(4)を経て位相ステップπを生じさせるべく上記ステップ(5)の位相印加用レーザーを照射すると、図9に示すように2点p、qに、それぞれ安定な単体の静止したダーク・ソリトンを得ることができる。図9より、静止したダーク・ソリトンの他に余波が立つが、この余波は、外場を印加することによるダーク・ソリトンの運動とは無関係に振舞う。

【0061】
最後に、本発明に係るリング状BEC体1に生成したダーク・ソリトン2、2’を用いた外場の測定方法について説明する。外場としては電場E、磁場B、傾斜(重力加速度g)について考察する。

【0062】
これまでに実現されている原子波ソリトンは、3次元調和型のポテンシャルに閉じ込められた葉巻型BEC体101に生成されていたため、不均一な原子数密度や凝縮体両端での反射により、ソリトンの伝搬が大きな擾乱を受け、長時間に亘る安定な観測が困難であった。そこで本発明の測定方法では、これまでの葉巻型BEC体101に代えて、円周方向の密度分布が均一で、端を持たない本発明に係るリング状BEC体1を利用する。

【0063】
このリング状BEC体1上を円周方向に伝搬するダーク・ソリトン2、2’は、上記のように長時間にわたって擾乱の少ない状態で安定に存在できると期待され、原子位相の長時間観測が可能となり、高精度な測定が実現できる。

【0064】
すなわち、リング状BEC体1に図10(a)のように位相印加用レーザーを照射し、一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に位相ステップΔθを生成する。図10(b)のように生成されたダーク・ソリトン2、2’は、上記式(2)に従って速度vで運動する。図10(c)に示すように、Δθ=πの場合、静止したダーク・ソリトン2、2’が得られ、それ以外の場合は動的ダーク・ソリトン2、2’が得られる。

【0065】
計測に用いるダーク・ソリトン2、2’は、微小な相互作用による僅かなエネルギー変化を観測できるよう、長時間にわたって位相変化を蓄積できる条件が望ましい(式(1))。

【0066】
リング状BEC体1に外場を印加すると、リング状BEC体1を構成する原子と外場の相互作用により、上記ダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間にエネルギー差ΔEが生じ、式(1)により弧状BEC体Aと弧状BEC体B間には位相差Δφ(t)が生じる。位相差Δφ(t)は初期に与えられた位相ステップΔθと上記相互作用により生じる位相差δ(t)の和として与えられるので、初期状態に対して成立する式(2)に時間発展項を追加する次式(3)が成立する。

【0067】
【数5】
JP0005561717B2_000006t.gif

【0068】
上記式(3)より、初期状態(外場を印加しない状態)において早く運動するソリトンでは、ソリトンの位置が変化するため位相の蓄積効果が顕著ではないが、初期状態において静止したソリトン(Δθ=π)では、ソリトンが運動を開始するまで、原理的には無限に長い時間にわたって位相変化の蓄積が可能である。

【0069】
従って本実施形態では、リング状BEC体1上の静止ソリトン(Δθ=π)を用いた場合を例に、電場E、磁場B、傾斜(重力加速度g)の測定精度について示す。リング状BEC体1の現在の現実的な寿命である1秒間に、π程度の位相差δ(t)が発生し、ソリトンの運動としてはっきり観測できる状況を想定したものである。

【0070】
例えばダーク・ソリトン2、2’の運動は、上述の従来技術を用いて、図11のように観測用レーザー光を上方からリング状BEC体1に照射して、この下方からリング状BEC体1をカメラで撮像することにより観測することができる。位相コントラストイメージング法などにより、リアルタイムに高時間分解能で、ダーク・ソリトン2、2’の運動を非破壊的に測定することができる。

【0071】
上記測定対象の場によるエネルギー変化ΔEは、それぞれ以下の通りである。

【0072】
・電場E
Rb原子の場合、2次のシュタルク効果がエネルギー変化ΔEを引き起こす。原子の分極率αを用いると、ΔE=(αE)/2

・磁場B
Rb原子は磁気双極子モーメントμを持つので、ゼーマン効果によってΔE=μBが引き起こされる。

・傾斜(重力加速度g)
高さの差hでの重力による位置エネルギーの違いで、原子の質量mに比例したΔE=mghが引き起こされる。凝縮体リングの直径をdとすると、水平からの傾斜角θはθ≒h/dなので、ΔE=(mgd)θとなる。

【0073】
本実施形態では、上記のように初期状態のダーク・ソリトン2、2’は静止した場合(Δθ=π)であるため、初期状態の式(3)における弧状BEC体Aと弧状BEC体B間の位相差は、Δφ(t)=Δθ=πである。

【0074】
次に、電場E又は磁場Bをリング状BEC体1に印加すると、これらの場とリング状BEC体1との相互作用のため、上記エネルギー変化ΔE=(αE)/2又はΔE=μBを生じ、式(1)により弧状BEC体Aと弧状BEC体B間の位相差は変化し、Δφ(t)=π+δ(t)となり、式(3)に従って図12(a)のようにダーク・ソリトン2、2’は動き始める。

【0075】
電場E又は磁場Bをリング状BEC体1に印加し続ければ式(3)に従ってダーク・ソリトン2、2’は図12(b)のように運動し、式(3)の右辺のv/v又はnbot/nを観測することにより、左辺の位相差Δφ(t)を精密に測定することができる。

【0076】
上記のように、リング状BEC体1の現在の現実的な寿命である1秒間に、π程度の位相差δ(t)が発生する場合を想定するので、式(1)で求まるエネルギー変化ΔEを用いて、上記電場E、磁場B、傾斜(重力加速度g)を求めることができる。

【0077】
以下、本発明に係る外場の測定方法について説明する。

【0078】
本発明の外場の測定方法は、
(1)上記2点p、qの位置に位相ステップΔθがπである静止したダーク・ソリトン2、2’を生成させたリング状BEC体1を準備するステップ、
(2)リング状BEC体1に外場を印加するステップ、
(3)リング状BEC体1の上記ダーク・ソリトン2、2’の運動を観測するステップ、
(4)上記(3)のダーク・ソリトン2、2’の運動を観測するステップから、ダーク・ソリトン2、2’の速度比v/v(vは音速)又は原子数密度比nbot/n(nbotはダーク・ソリトン2、2’の窪みの底での原子数密度、nはダーク・ソリトン2、2’の芯から離れた原子数密度)を測定するステップ、
(5)ダーク・ソリトンの速度比又は原子数密度比から、関係式式(3)を通して、上記外場の印加によりダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に生じる位相差Δφ(t)を求めるステップ、
(6)位相差Δφ(t)を用いて、関係式式(1)を通して、上記外場の印加によりダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に生じるエネルギー差ΔEを求めるステップ、
(7)上記印加した場によりダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に生じるべきエネルギー差と上記エネルギー差ΔEを比較して、該外場を特徴付ける量を求めるステップ、
を含む。

【0079】
上記ダーク・ソリトン2、2’を観測する(3)のステップは、例えばリング状BEC体1の上方より観測用レーザーをリング状BEC体1に照射し、リング状BEC体1の下方よりカメラでリング状BEC体1を撮像する。

【0080】
上記外場が電場Eの場合、ダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体Bに印加した場E、Eにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=(αE)/2-(αE)/2(αは原子の分極率)である。これより電場Eを印加した場合の電場勾配(Stark効果)の測定精度を評価すると、Rb原子の場合、δE=10-2V/cm(E=1V/cm)、10-5V/cm(E=1kV/cm)となる。

【0081】
上記外場が磁場Bの場合、ダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体Bに印加した場B、Bにより両BEC体間に生じるべきエネルギー差はΔE=μB-μB(μは磁気双極子モーメント)である。これより磁場勾配の測定精度(Zeeman効果)を評価すると、δB=10-4G/cmを得る。

【0082】
また、リング状BEC体1を上記2点p、qの位置を結ぶ軸を中心に傾斜角θだけ傾斜させて、2点p、qを境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に高さの差hを生じさせる。このとき、重力によりダーク・ソリトン2、2’を境界とした一方側の弧状BEC体Aと他方側の弧状BEC体B間に生じるべきエネルギー差はΔE=mgh≒(mgd)θ(mは原子の質量、dはリング状BEC体の直径、gは重力加速度)である。これより傾斜計の測定精度を評価すると、δθ=10-5radを得る。

【0083】
以上、本発明に係るリング状BEC体とこれに生成するダーク・ソリトン、その生成方法及びこれらを用いた測定方法について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、リング状BEC体を構成する希薄原子気体は87Rbとしたが、23Naなど、BEC状態において原子間に斥力が働く気体であれば特に限定されない。また、上記実施形態において、リング状BEC体は葉巻型BEC体に光プラグおよびスライス光を断熱的に導入して生成したが、その他の公知技術の組み合わせで生成してもよい。

【0084】
また、原子排除用レーザー光はガウス型の強度をもつ必要は特になく、ダーク・ソリトン解に近い強度分布であればよい。さらに、外場の測定方法において、初期状態に静止したダーク・ソリトンを選択したが、十分ゆっくり動くダーク・ソリトンを初期状態としてもよい。なお、リング状BEC体の傾きθの測定方法においてはg(重力加速度)を定数として傾きの測定精度δθを評価したが、傾きθを一定にしてリング状BEC体上でのg(重力加速度)の変化を測定してもよい。

【0085】
また、葉巻状BEC体、リング状BEC体のサイズや、これを構成する気体原子数等は技術の進歩と共に増加することが期待できるが、本発明の本質はこれらの技術進歩により特に変更されることはなく成立し、その主旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づき種々の改良、修正、変更を加えた態様で実施できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明に係る波長変換装置は、外場を含む物理量を測定する精密測定装置に利用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1:リング状BEC体
2、2’:ダーク・ソリトン
101:葉巻型BEC体
102:中空葉巻型BEC体
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
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【図13】
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【図14】
13
【図15】
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【図16】
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【図17】
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