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明細書 :エレクトロスプレーによるイオン化方法および装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第4862167号 (P4862167)
登録日 平成23年11月18日(2011.11.18)
発行日 平成24年1月25日(2012.1.25)
発明の名称または考案の名称 エレクトロスプレーによるイオン化方法および装置
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
FI G01N 27/62 G
G01N 27/62 X
請求項の数または発明の数 23
全頁数 16
出願番号 特願2008-513335 (P2008-513335)
出願日 平成19年4月26日(2007.4.26)
国際出願番号 PCT/JP2007/059438
国際公開番号 WO2007/126141
国際公開日 平成19年11月8日(2007.11.8)
優先権出願番号 2006125398
2006135205
優先日 平成18年4月28日(2006.4.28)
平成18年5月15日(2006.5.15)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成20年12月15日(2008.12.15)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
発明者または考案者 【氏名】平岡 賢三
【氏名】高見澤 淳
個別代理人の代理人 【識別番号】100080322、【弁理士】、【氏名又は名称】牛久 健司
【識別番号】100104651、【弁理士】、【氏名又は名称】井上 正
【識別番号】100114786、【弁理士】、【氏名又は名称】高城 貞晶
審査官 【審査官】波多江 進
参考文献・文献 特開平09-306417(JP,A)
特開平08-304343(JP,A)
特開平08-064170(JP,A)
特開平09-304344(JP,A)
特開平10-112279(JP,A)
特開平3-285245(JP,A)
調査した分野 G01N 27/62- 27/70
H01J 49/00- 49/48
特許請求の範囲 【請求項1】
質量分析装置のイオン・サンプリング孔を持つ部材の外側前面の大気圧空間に金属製プローブと試料とを配置し,
上記プローブの先端が試料から離れた原点位置で,上記プローブの先端が試料に接触する程度の振幅をもって上記プローブをその長手方向に振動させ,
上記プローブの先端が試料に接触する位置で上記プローブと試料とを同電位として上記プローブの先端に試料を捕捉し,
その後,上記プローブの先端が上記原点位置付近にある期間において,上記イオン・サンプリング孔を持つ部材を基準として,上記プローブに,上記プローブ先端に捕捉した試料を脱離,イオン化する高電圧を印加する,
エレクトロスプレーによるイオン化方法。
【請求項2】
上記プローブに印加する上記高電圧が数千ボルト程度までの電圧である,請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項3】
上記原点位置における上記プローブの先端付近にレーザ光を照射する,請求項1または2に記載のイオン化方法。
【請求項4】
上記原点位置における上記プローブの先端付近に溶媒を吹き付ける,請求項1から3のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項5】
レーザ光照射と上記電圧印加とを同期させる,請求項3に記載のイオン化方法。
【請求項6】
上記電圧の値と印加する期間が調整可能である,請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項7】
上記プローブの温度を調整する,請求項1から6のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項8】
上記プローブを試料の内部で回転させる,請求項1から7のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項9】
上記プローブの先端に凹凸を形成し,その表面積を増大させる,請求項1から8のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項10】
試料を穿孔し,この孔内に上記プローブを侵入させて試料を捕捉する,請求項1から9のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項11】
試料を試料台上に載置して供給する,請求項1から10のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項12】
上記プローブの先端と試料表面との距離を一定に保って上記プローブを試料表面にほぼ沿う方向に移動させ,上記プローブの位置に応じた試料表面像を得,この像上において探索領域を特定し,この探索領域内で上記プローブを原点位置にもたらし,上記プローブをその長手方向に振動させ,上記探索領域内において試料表面にほぼ沿う方向に上記プローブの位置を変えて,上記プローブの長手方向への振動を繰返す,請求項1から11のいずれか一項に記載のイメージングが可能なイオン化方法。
【請求項13】
液体試料をキャピラリーの先端から供給する,請求項1から10のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項14】
上記キャピラリーが電圧が印加されるエレクトロスプレーのキャピラリーである,請求項13に記載のイオン化方法。
【請求項15】
液体クロマトグラフィーから上記キャピラリーに液体試料を供給する,請求項13または14に記載のイオン化方法。
【請求項16】
請求項1から15のいずれか一項に記載の上記イオン化方法により得られたイオンの質量分析を行う,分析方法。
【請求項17】
質量分析装置のイオン・サンプリング孔を持つ部材の外側前面の大気圧空間に配置される試料を保持するための試料保持手段と,
金属製のプローブを,このプローブの先端が試料から離れた原点位置とプローブの先端が試料に接触する位置との間でその長手方向に振動させる振動装置と,
上記プローブの振動に同期してパルス状のエレクトロスプレー用高電圧を発生する電源装置とを備え,
上記プローブの先端が試料に接触する期間では上記プローブと試料とが同電位とされ,上記プローブの先端が試料に接触して試料を捕捉した後の上記プローブの先端が原点位置付近にある期間において上記電源装置から発生し,上記プローブ先端に捕捉された試料脱離,イオン化るパルス状高電圧が上記イオン・サンプリング孔を持つ部材を基準として,上記プローブ印加される,
エレクトロスプレーによるイオン化装置。
【請求項18】
プローブの先端付近にレーザ光を照射するレーザ装置をさらに備えている,請求項17に記載の装置。
【請求項19】
上記電源装置が,上記プローブに印加するパルス状電圧であって,振幅,パルス幅およびパルス波形の少なくとも一つが可変なパルス状電圧を発生するものである,請求項18または19に記載の装置。
【請求項20】
上記試料保持手段が試料を載置する試料台である,請求項17または18に記載のイオン化装置。
【請求項21】
試料台またはプローブの少なくともいずれかを,相対的に接近離間および平行移動させる3次元変位駆動装置,
をさらに備えたイメージングが可能な請求項20に記載のエレクトロスプレーによるイオン化装置。
【請求項22】
上記試料保持手段が液体試料を保持して供給するキャピラリーである,請求項17または18に記載のイオン化装置。
【請求項23】
請求項17から22のいずれか一項に記載のイオン化装置を備えた質量分析装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
この発明は,一般的にエレクトロスプレーによるイオン化方法および装置に関し,一例としてはイメージングが可能なエレクトロスプレーによるイオン化方法および装置,他の例としては微細化が可能なエレクトロスプレーによるイオン化方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料や,工業製品などを対象としたイメージング質量分析法は,大別して2つある。第1はマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI),第2は,二次イオン質量分析法(SIMS)である。これらの方法は,たとえば次のような文献に記載されている。“Imaging mass spectrometry:a new tool to investigate the spatial organization of peptides and proteins in mammalian tissue sections”Current Opinion in Chemical Biology 2002,6,676-681,“Direct molecular imaging of Lymnaea stagnalis nervous tissue at subcellular spatial resolution by mass spectrometry”Anal.Chem.2005,77,735-741.
MALDIによる試料調製法の一例を挙げれば,生体試料を-18℃程度に冷却し,ステンレスブレードなどによって15μmの生体試料切片を作成する。これを電導性のフィルムに載せ,試料を乾燥させる。さらに試料表面にマトリックスを薄く塗布してMALDI試料とし,これを真空チャンバーに挿入し,MALDIを行う。また,ポリエチレンフィルム上に生体試料を載せ,フィルムの裏側からレーザ光を照射して高分子フィルムを瞬間的に加熱して,接触界面の細胞をフィルムに転写する方法(laser capture microdissection)などもある。試料イオンの脱離イオン化には,主に337nmの窒素レーザが使用される。
これらの方法では,レーザ光のビーム径を数10μm以下に絞るのが困難で,またアブレーションが広域にわたるので,空間分解能は50μmが限界である。また,MALDIの最大の特色であるマトリックスを使用することで,イオンの検出感度が飛躍的に増大するが,他方では,試料に塗布するマトリックスの結晶サイズが100μm以上になることから,空間分解能が制約される。
SIMS法では,点光源に近い金属イオン源(Ga,Auなど)などが実用化され,μm以下の空間分解能が達成されている。しかしながら,イオンのエネルギーが大きく(10~20keV),入射イオンが試料に数100オングストロームの深さにわたって侵入し,試料が損傷を受ける。このため,生体試料など分解し易い試料からのイオンの収率が時間とともに急速に低下する。脱離する試料は表面近傍の分子に限られるので,生体関連試料に対するイオンの検出感度が低い。
この欠点を解消することを目的に,クラスターSIMSが開発されてきた。たとえば,金クラスターイオン(Au)やC60イオンを入射イオンとして用いると,二次イオンの脱離効率が急増することが明らかとなった。
しかしながら,一次イオンビーム電流が小さいこと,イオンビーム径が数μm以上になることなどから,μm以下の空間分解能を得ることが困難である。これらのSIMS法は,いずれも生体高分子等の高質量分子には適用が難しい。
以上述べたようなMALDIやSIMSによるイメージング技術が,近年,ライフサイエンスの分野で普及しつつある。しかしながら,これらの方法はその原理的な制約によってμm以下の分解能を得ることは困難である。また,高真空でのみ作動する質量分析装置の真空系に試料を導入せざるを得ないので,前処理が極めて煩雑となる。したがって,従来のMALDIまたはSIMS法にいかなる改良を加えたとしても,これらを基本技術とする限り,μm以下の分解能を実現することは不可能に近い。
生体試料などを大気圧下でそのままの状態に保ちつつ,かつ非破壊でイメージング像を実時間ナノスケール(1μm以下)計測する質量分析法はこれまでに開発されていない。
他方,従来エレクトロスプレーまたはナノレーザスプレーでは,試料液体がキャピラリー先端で円錐状の形状をなし(テイラー(Taylor)コーンと呼ばれる),円錐状の先端から微細な帯電液滴が生成する。この液滴は,液体の粘性のために,マイクロメートルないしはサブマイクロメートル以下のサイズにすることは原理的に不可能である。これは,テイラーコーンの先端が電場の力で引きちぎられて液滴が発生する際,液体の粘性によってテイラーコーンの先端径が自動的にサブマイクロメートルのサイズになってしまうからである。このように,エレクトロスプレーで生成できる液滴サイズは,自然発生的に決まってしまい,更なる極小化は困難である。
また,従来のエレクトロスプレーでは,ナノ化に伴い(ナノエレクトロスプレー),キャピラリーの径を細くする必要があり,目詰まり等,多くの制約がある。スプレーも発生させにくいし,取り扱いが煩雑である。さらに従来のエレクトロスプレーでは,塩濃度が高くなると,スプレーが困難になり,またイオンの気相への脱離効率が激減する。したがって,生理食塩水など,150mM程度のNaCl水溶液などには適用ができない。
【発明の開示】
【0003】
この発明は,前処理なしの生体組織などを対象試料とすることができ,しかも大気圧下で試料イオンの脱離,イオン化が可能なイオン化方法および装置を提供するものである。
この発明はまた,目詰まり等を起こすことなく極微細な試料を取扱うことができ,しかも効率よくエレクトロスプレーを発生させることが可能な方法および装置を提供するものである。
この発明はさらに,液体状生体試料,塩濃度が高い試料に対してもエレクトロスプレー現象を起こすことができる方法および装置を提供するものである。
さらにこの発明は,ナノメートル(nm)オーダの分解能のイメージングも可能となるイオン化方法および装置を提供するものである。
この発明はさらに,上記のイオン化方法,装置を用いた質量分析方法および装置も提供する。
この発明によるエレクトロスプレーによるイオン化方法は,金属製プローブの先端が試料に接近した原点位置で,そのプローブの先端が試料に接触する程度の振幅をもって上記プローブをその長手方向に振動させ,上記プローブにエレクトロスプレーを生じさせる電圧を印加し,上記プローブの先端に試料を捕捉し,その試料をイオン化するものである。上記プローブは原点位置(上至点)と試料にプローブ先端が接触する位置(下至点または試料捕捉位置)との間で振動する。大気圧下で生成された試料イオンはイオンサンプリング用のキャピラリーまたはオリフィスなどを通して,または直接に質量分析装置に導かれる。振動とは,周期的な運動のみならず,プローブが原点位置と試料捕捉位置との間を1回のみ往復する運動(動き)も含むものとする。
この発明によるイオン化装置は,試料を保持するための試料保持手段と,電圧が印加される金属製のプローブと,このプローブをその長手方向に振動させる振動装置とを備えているものである。振動装置は,プローブを長手方向に一往復のみさせる装置を含む。
この発明によると,金属製プローブや試料を真空室内に配置する必要はなく,大気圧下(大気,他の不活性ガス中または飽和的蒸気圧チャンバー内など)でイオン化を行うことができる。試料に前処理を加えることなくそのまま使用することができる。試料には生体試料を用いることが可能である。
この発明によるプローブ(探針)エレクトロスプレーは,プローブを振動させて試料をプローブ先端に捕捉してエレクトロスプレーさせており,プローブ(探針)を用いるので目詰まりが起こらない。先端の鋭いプローブを用いると,効率よくエレクトロスプレーを発生させることができる(電場の効果が極限的に高められる)。プローブを振動させているので,プローブに捕捉される試料の量を多くすることができ,これは振動周波数を高めれば高めるほど多くなる。さらに,原子レベルの先端径をもつプローブ(探針)を用いれば,針先端の径を極限にまでナノ化できる。この結果,塩濃度が高い試料に対しても,エレクトロスプレー現象を起こすことができる。プローブに印加する電圧は,プローブと他の部材,たとえば質量分析装置の一部またはそれに関連する部材(イオンのサンプリング孔を持つオリフィス,スキマーなど,サンプリング・チューブ,キャピラリーなど),試料保持手段(試料)またはそれに関連する部材(場合によってはプローブと試料保持手段との間には電位差が殆ど生じないようにすることが好ましいこともあるが,印加電圧の種々の態様については後述する)との間に電位差を生じさせるように印加する。
さらに望ましい実施態様においては,プローブの先端付近にレーザ光(紫外,赤外または可視光)を照射するレーザ装置を設け,上記原点位置におけるプローブの先端付近または先端からわずかに離れた位置(下方に離れた位置)にレーザ光を照射する。
可視レーザ光(たとえば532nmのYAG 2倍波)の場合には,レーザ光によって照射された金属(プローブ)表面に表面プラズモンが誘起される。この表面プラズモンはプローブ表面を先端に向って伝播し,プローブ先端付近の電場強度を増強する。したがって,エレクトロスプレーによる試料分子の脱離イオン化が増強される。赤外レーザ光を使った場合は,プローブ先端付近に捕捉された試料及び金属表面の加熱により,試料の乾燥の促進および液滴からのイオン脱離効率が増強される。また,この加熱効果で,非共有結合性複合体などを各々のサブユニットに選択的に解離させることができる。赤外レーザ光照射では,生体反応で重要な役割を果たす非共有結合性複合体の解離の観測ができる。
この発明の他の実施態様では上記原点位置における上記プローブの先端付近に溶媒を吹き付ける。これは,試料が乾燥して,または生体試料のように成分濃度が高く,エレクトロスプレーが発生しにくい場合に有効である。
エレクトロスプレーを生じさせる電圧(比較的高電圧)は常時プローブに印加しておいても良いが,好ましくは,プローブが原点位置またはその付近にある期間において,エレクトロスプレーを生じさせる電圧をプローブに印加する。プローブの先端が試料に接触しているとき,またはその付近にある期間においては,プローブの電位は試料と同電位とするか,または試料から選択的にイオンを捕捉するために,それに適した比較的低い電圧を印加することが好ましい。
イオン化装置は,一実施態様では,上記プローブに印加するパルス状電圧であって,振幅,パルス幅および波形のうちの少なくともいずれか一つが可変なパルス状電圧を発生する電源装置を備える。プローブに印加する電圧の値,その期間等を調整可能とすることが好ましい。
さらに他の好ましい実施態様では,上記プローブ先端が原点位置付近にある期間において,エレクトロスプレーを生じさせる電圧を上記プローブに印加し,レーザ光照射と上記電圧印加とを同期させる。すなわち,上記プローブが上記原点位置またはその付近にあるときには上記プローブに上記電圧を印加しかつレーザ光を照射する。
プローブに試料がより多く捕捉されるようにするために試料の状態に応じてプローブの温度調整をするとよい。たとえばプローブのホルダーにペルチェ素子(温度調整素子)を取付けることによりプローブの温度制御が可能となる。
さらに,捕捉する試料量を増大させるために,上記プローブを回転させる,上記プローブの先端に凹凸を形成し,その表面積を増大させる等の態様を採用することもできる。
生体試料のような液体を含む固体状の試料の場合には,試料を試料台に載置して供給すればよい。試料を容器に入れてもよい。
生体試料のような液体を含む固体状の試料の場合には,特に,イメージングが可能となる。すなわち,プローブの先端のサイズをnmオーダとし,かつプローブを試料表面に沿って変位させるときの最小変位量単位をnmオーダで制御すれば,試料表面においてnmオーダの分解能でプローブにより試料分子を捕捉することができる。したがって,試料表面の分子の分布をnmオーダで測定すること(イメージング)が可能となる。
上記のイオン化方法を実現するためのこの発明によるイオン化装置は,試料を保持するための試料台と,金属製のプローブと,このプローブをその長手方向に振動させる振動装置と,試料台またはプローブの少なくともいずれかを,相対的に接近離間および平行移動させる3次元変位駆動装置とを備えているものである。
好ましい実施態様では,まず試料表面についての像を得(高さ分布など),この像において試料分子を捕捉する場所(探索領域)を決定する。
この実施態様を実現する方法は,プローブ先端と試料表面との距離を一定に保ってプローブを試料表面にほぼ沿う方向(表面をなぞるように)に移動させ,プローブの位置に応じた試料表面像を得,この像上において探索領域を特定し,この探索領域内でプローブを原点位置にもたらし,プローブをその長手方向に振動(1回の往復運動を含む)させるものである。探索領域を順次移動するとよい。
試料の表面のみならず深さ方向のさまざまな位置において試料を捕捉すれば,3次元イメージングが可能となる。特に細胞などのように試料表面が硬い膜で覆われている場合などにおいては試料を穿孔し,この孔内に上記プローブを侵入させて試料を捕捉するとよい。試料の穿孔には,先端にねじ溝を切ったプローブなどを用いるとよい。
液体の試料にこの発明を適用する場合には,液体試料をキャピラリーの先端から供給するとよい。好ましい実施態様では,上記キャピラリーが電圧が印加されるエレクトロスプレーのキャピラリーである。液体試料を容器に入れて供給してもよい。
好ましい態様では,プローブと上記キャピラリーとは同電位(またはエレクトロスプレーや放電等が生じない程度の同電位に近い電位差)とする。望ましくはプローブおよび上記キャピラリーと質量分析装置の一部(もしくはこれに関連する部材),または他の部材との間に,エレクトロスプレーを生じさせる電位差が生じるように,電圧を印加する。
上記の方法によると,液体クロマトグラフ装置にそのまま適用可能である。すなわち,液体クロマトグラフィーから上記キャピラリーに液体試料を供給する。
以上のようにして,高塩濃度試料,血液等にもこの発明を適用することができる。
プローブ(探針)としては,高温での使用が可能な白金やタングステンを使用すれば,レーザ光(可視,赤外レーザ光)で劣化することがない。
上述したイオン化方法およびイオン化装置における振動するプローブによる試料の捕捉を利用し,他のエレクトロスプレー法(装置)(側方エレクトロスプレー)を適用したイオン化方法および装置もこの発明は提供している。
このイオン化方法は,プローブの先端が試料に接近した原点位置(上至点)で,そのプローブの先端が試料に接触する程度の振幅をもって上記プローブをその長手方向に振動させて(すなわち,上至点と試料捕捉位置(下至点)との間で振動させて)上記プローブの先端に試料を捕捉し,上記原点位置付近において上記プローブの先端に捕捉された試料をエレクトロスプレーに晒すことにより上記試料をイオン化するものである。振動とは上至点と試料捕捉位置との間を一回往復することを含む。
このイオン化装置は,試料を保持するための試料保持手段と,プローブをその長手方向に振動させる振動装置と,プローブの先端付近の位置にエレクトロスプレーの場を形成するエレクトロスプレー装置とを備えているものである。振動装置はプローブを一往復させるものでもよい。
プローブ先端に捕捉された試料を,適当な溶媒を用いたエレクトロスプレーによって供給される帯電液滴によって湿潤化し,希釈することにより,試料の脱離,イオン化が促進される。必要に応じて気送アシスト・ガスを用いてイオン化された試料を分析装置に導く。
プローブは絶縁体でもよい。金属製プローブを用い,この金属製プローブにエレクトロスプレーを生じさせる電圧を印加するようにしてもよいし,さらに上記原点位置における上記プローブの先端付近にレーザ光を照射するようにすることもできる。
この発明はさらに,上述したすべてのイオン化方法またはイオン化装置によりイオン化された試料を質量分析する分析方法および装置も提供する。
【図面の簡単な説明】
【0004】
第1図は,第1実施例のイオン化装置の構成を示すブロック図である。
第2図は,イオン化の様子を示す。
第3図は,プラズモン支援エレクトロスプレーの測定例を示す。
第4図は,第2実施例のイオン化方法を実施する様子を示す。
第5図は150mMの食塩水に10-5Mのグラミシジンを溶かした試料についての分析例を示す。
第6図は電圧印加,レーザ光照射および溶媒の吹き付けのタイミングを示すチャートである。
第7図は第3実施例のイオン化装置の構成を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
第1図は第1実施例によるイメージングが可能なイオン化装置の概略構成を示すものである。
このイオン化装置は大気圧下で動作可能である。このイオン化装置によって試料から脱離,イオン化された試料イオンは,たとえば質量分析装置に導かれる。質量分析装置の例としては直交型飛行時間質量分析計を挙げることができるが,この発明は(リニア)イオントラップ装置等の質量分析装置にも適用可能である。
試料台15はイオン化装置内の適所に固定されている。この試料台15上には生体試料がそのまま(MALDIのように前処理することなく)載置される。便宜的に試料台15の上面をXY平面とし,これに垂直な方向をZ方向とする。
試料台の上方にはXYステージ13が配置されている。XYステージ13はZステージ12をXY方向に移動可能に保持する。XYステージ13のX方向およびY方向への変位の駆動源はたとえばピエゾ素子または機械駆動装置など機械的な変位を与え得るものであり,nmオーダの分解能でX,Y方向への変位を制御できることが望ましい。
Zステージ(高さ調整用アクチュエータ)12はZ方向振動装置11をZ方向に移動可能に保持するもので,これもピエゾ素子,モータ駆動または磁気駆動装置など機械的に再現性のよい運動機能を備えたものにより駆動され,Z方向へはnmオーダで変位量を制御できることが好ましい。
振動装置11には金属製のプローブ(探針)10が取付けられている。このプローブ10の先端はnmオーダのサイズになるように微細に加工されている。プローブ10は試料台15に垂直に(Z方向に)向っており(プローブ10の長手方向が試料台15の上面に垂直),Z方向に振動駆動される。振動装置11による振動の周波数,振幅,振動回数(1回も含む)も制御可能である。振動装置11とZステージ12とを兼用して1つのZ方向振動駆動装置により実現してもよい。
プローブ10(好ましくは,後述するイオンサンプリング用キャピラリー14との間)には電圧可変電源装置16によりエレクトロスプレーのための正または負の電圧(試料台15,試料台15の試料またはイオンサンプリングキャピラリー14を基準として,たとえば±数百Vないし±数千V。詳細は後述する。)が印加される。正イオンを得る場合には正電圧を,負イオンを得る場合には,負電圧を印加する。
プローブ10をXYステージ13とZステージ12によりXY方向およびZ方向に変位させる構成とする代わりに,試料台15をXY方向およびZ方向に変位させる構成としてもよい。
イオン化装置にはさらにレーザ装置20(たとえばYAGレーザ)が設けられ,そのレーザ出射方向がプローブ10の方向に向けられている。レーザ装置20は,XYステージ22およびZステージ21によってXY方向およびZ方向に位置調整自在に支持されている。XYステージに代えて回転ステージを用いることもできる。
プローブ10が設けられている場所の付近には,イオンサンプリング用のキャピラリー14の先端が臨むように配置されている。キャピラリー14はここで生成された試料イオンを質量分析装置に導くためのものである。
第2図を参照して,このイオン化装置を用いたイオン化方法についてその一例を説明する。
試料台15上に置かれた試料Sの表面と平行(XY方向)にXYステージ13によってプローブ10を振動(変位)させながらZステージ12を駆動してプローブ10の先端を試料に近づける。試料表面への接近によってプローブ10が剪断力を受け,振動数に変化が生じる。この変化をZステージ12(高さ調整用アクチュエータ)にフィードバックすることによって,試料Sの表面とプローブ10の先端間距離を一定に保ち,XYステージ13によりプローブ10をXY方向に変位させて試料Sの表面のイメージング像(Z方向の位置の像)をnmオーダの分解能で得る。次に,得られたイメージング像に基づいて探索すべき領域を特定する。
特定した探索領域内の所定位置において,試料表面から上方数10μmから数mmの高さ位置にプローブ10の先端を位置決めする(この位置を原点位置または後述する上死点,上至点もしくは上限位置という)。プローブ10を,振動装置11により,原点位置から下方に向けて(試料Sの方向に向けて)Z方向に振動させる。振動振幅は数10μmから数mm程度とし,プローブ10が最も下がった位置(試料捕捉位置,下死点,下至点または下限位置)で,プローブ10の先端がnmオーダの深さで試料Sの表面に接触するように調節する。プローブを上至点と下至点との間を一往復させるだけでもよい。すなわち,プローブの一往復運動も振動の概念に含まれるものとする。下至点位置においてプローブ10の先端が試料Sに接触することにより,試料S中の生体分子がnmサイズのプローブ10の先端に捕捉される。プローブ10が引き上げられ,上至点付近に達したときに後述するようにプローブ10に数10Vないしは数千Vのパルス状電圧を印加する。プローブ10の先端にエレクトロスプレーが発生し,試料分子が気相に脱離イオン化される。このようにして生成された試料イオンはキャピラリー14により吸引されて質量分析装置に送られる。必要に応じて,XY方向の位置を変えながら,上記の動作を行う。XY方向の位置を固定して,プローブ10が試料S内に侵入する深さ(Z方向位置)を変えてもよい。探針先端は,試料の保持(採取,捕捉)効率を高めるために,表面を粗く加工してもよい(後述するように,たとえばプローブ10の先端にねじ溝のような溝を切っておく)。
原点位置にあるプローブ10に,レーザ装置20によって横方向からたとえば波長532nmのYAGレーザ光(2倍波)を照射する。プローブ10が最上部に引き上げられた位置(原点位置)で,レーザビーム光がプローブ10の先端付近より数μm以内に照射されるように位置を調節する。レーザ光によって照射された金属(プローブ10)表面には,表面プラズモンが誘起される。この表面プラズモンはプローブ10表面を先端に向かって伝播し,先端付近の電場強度が数桁にも増強される。また,赤外レーザ光で照射した場合,試料で濡れたプローブ表面が急速加熱され,この加熱効果で,捕捉された試料の脱離が促進される。また,赤外レーザ加熱により,非共有結合性複合体などの生体試料のサブユニットへの選択的解離も観測できる。赤外レーザ光をプローブ先端に直接照射せず,プローブ先端から外れた近傍(たとえば少し下方)に照射する。これにより,プローブ先端からスプレーされた帯電液滴を加熱することができる。この加熱で帯電液滴中のイオンの気相への気化を促進させ,イオン・シグナルを増強することができる。
このようにプローブ10の先端に532nmレーザ光を照射することによりプラズモンが励起され,試料イオンの脱離効率がさらに増強される。この実施例のイオン化方法は,エレクトロスプレーとプラズモン励起を組み合わせた複合技術によって脱離・イオン化を最大限に増強させるものである。大気圧下で気相に脱離したイオンは,イオンサンプリング用キャピラリー14にて飛行時間質量分析計に輸送され,分離・検出される。XY方向に探針を掃引することで,nmオーダの分解能によるイメージング像を計測できる。赤外レーザ照射では,プラズモンは励起されにくいが,レーザ照射による表面加熱効果,または帯電液滴の加熱によるイオンの気化の促進によりイオンの脱離効率の増大,また非共有結合性複合体の選択的解離などを起こすことができる。
プラズモン支援エレクトロスプレーの測定例として,第3図に,内径30μm,外径70μmのナノエレクトロスプレー(第1図,第2図に示す構成とは異なる)によるオリゴ糖の測定結果を示す。エレクトロスプレーにおいても比較的測定が難しいマンノトリオース(mannotriose)のイオン強度が532nmのYAGレーザ光照射で大きく増強されていることが分る。この結果は,SUSキャピラリー先端部の光増強電場によるプラズモン励起で,エレクトロスプレーにおける脱離イオン化効率が大幅に促進されたことを検証するものである。このような増強効果は,チトクロムcなどのタンパク質においても同様に観測されている。このプラズモン支援エレクトロスプレー法では,探針先端表面に分子レベルで試料が捕捉されるので,プラズモン支援による脱離効率の増強効果がさらに顕著になると予想される。
上記の通り,上記イオン化法は,エレクトロスプレーを基本とするので,生体高分子が多価イオンとして容易に検出できる。また,このイオン化法は,鋭いプローブ10を用いる点で,エレクトロスプレーの極限とみなせる電界脱離イオン化に外挿できるという究極のエレクトロスプレー技術である。このため,生体試料中の塩(生理食塩水条件下など)の存在下でも高いイオン化効率が期待できる。
第4図は第2実施例を示すものであり,この実施例は液体試料に好適な構成を持つ。
質量分析装置40内は高真空に保持されている。質量分析装置40のイオンを導入する部分にはスキマー41が設けられ,スキマー41に微細孔(イオン導入口)41aがあけられている。
このような質量分析装置40のスキマー41の前面(質量分析装置40の外側の大気圧の空間)に,エレクトロスプレーのキャピラリー30が配置されている。このキャピラリー30は液体クロマトグラフ装置31の出口に接続され,液体クロマトグラフ装置31から出力される液体がキャピラリー30に供給される。
金属製プローブ10は,キャピラリー30の先端に生成される微細な液滴の位置(試料捕捉位置,下死点,下至点または下限位置)と,これよりもわずかに(図では上方に)離れた位置(この位置を原点位置,または上死点,上至点もしくは上限位置とする)との間を振動駆動される。金属製プローブ10は第1実施例と同じようにZ方向振動装置に保持され,かつその長手方向にたとえば数Hzないし数KHzで振動駆動される(この実施例ではXYステージ13およびZステージ12に相当するものは不要である)。一往復のみの振動であってもよい。また,金属製プローブ10(プローブ10と質量分析装置40のスキマー41との間)には数百Vないし数千V程度のエレクトロスプレーの発生のための正または負の電圧が印加される。キャピラリー30(キャピラリー30と質量分析装置40のスキマー41との間)にエレクトロスプレー電圧(±数百V程度)を印加しても(この場合にはキャピラリー30は金属製),印加しなくてもよい。プローブ10とキャピラリー30との間にエレクトロスプレーが発生するのを抑制するためには,両者間の電位差を小さくするのが良い(好ましくは同電位)。エレクトロスプレーの発生は,プローブ10の先端とイオンサンプリング・スキマー(オリフィス)41との間で起こる。
原点位置のプローブ10の先端には,レーザ装置から紫外,可視または赤外のレーザ光ビームが照射される。液体クロマトグラフで分離した成分をキャピラリー30に送液する。キャピラリー30の先端から流出した液体に,キャピラリー30の軸に対して横方向から先端の鋭いプローブ(探針)10を接触させ,液体試料を捕捉する。プローブ10を上下振動させ,かつエレクトロスプレーを発生させ,生体試料などをエレクトロスプレーし,質量分析する。プローブ10に紫外,可視,赤外レーザ光等を照射して,試料の脱離を促進させる。発生したイオンは,大気圧側から質量分析装置40の真空部内に粘性流として引き込まれる。
細いプローブを使用しているので,従来のキャピラリーを用いたエレクトロスプレーのように目詰まりがおこらない。プローブの先端が鋭いので,効率よくエレクトロスプレーが発生する(電場の効果が極限的に高められる)。プローブを数ないし数10KHzで振動させて,探針に捕捉される試料量を高める。これが,イオンシグナル増強につながる。
原子レベルの先端径をもつプローブを用いれば,プローブ先端の径を極限にまでナノ化できる。この結果,塩濃度が高い試料に対しても,エレクトロスプレー現象を起こすことができる。
液体クロマトグラフ装置の出口から出る液体試料が測定対象であり,高速液体クロマトグラフィーとの結合が容易である。
キャピラリー30をクロストグラフィー装置31に接続せず,単なる試料供給用の細管としてもよい。このような試料供給用細管に試料を供給し,その先端に形成される液滴についてプローブ(探針)エレクトロスプレーを行って分析した結果の一例を第5図に示す。150mMの食塩水に10-5MのグラミシジンSを溶かしたものを試料とする。通常のエレクトロスプレーでは150mMの食塩水液滴のスプレーは困難であるが,第5図に示す通り塩化ナトリウム(NaCl)150mMの共存下において強くペプチドのイオンが観測されている。液体試料は容器に入れて供給することもできる。
プローブの材質は,ステンレス鋼,白金,金,タングステン,白金・イリジウム合金,シリコンなどを使用できるが,高温での使用が可能な白金やタングステンを使用すれば,レーザ光(可視,赤外光)で劣化することがない。また,たとえば532nmの可視レーザ光を使用する場合は,表面に金をコーティングするなどして,532nmレーザ光の吸収を増強させる。
Z方向振動駆動装置に,ピエゾ素子に代えて磁気駆動,モータ駆動などを利用して往復運動を生じさせる駆動装置など簡便な装置が使用できるので,安価で普及の可能性が大きい。
上記の第1,第2実施例において,プローブへの電圧印加のやり方は種々ある。プローブ10へ連続的に電圧を印加しておいてもよいが,プローブ10の先端が生体試料Sと接触し,試料を捕捉する過程では,プローブ10に高電圧を印加せず,表面から十分に離れた位置でプローブ10に高電圧を印加して,エレクトロスプレーを発生させることが望ましい。すなわち,プローブ10と試料Sを同電位,または両者の電位差を数Vないし数10Vとして,プローブ10の先端に生体試料を捕捉する(電場による分極効果)(正イオンを捕捉する場合は,生体試料に対して,プローブ10を負電位に,負イオン捕捉の場合にはその逆にして,正,負イオンを選択的に捕捉する)。先端に試料を捕捉したプローブ10は生体試料Sから離れて,上至点に達する。この位置またはその付近で,プローブ10にはパルス的に高電圧(数100Vから数1000V)を印加する。エレクトロスプレー発生が終了した時点で,プローブ10の電圧を元の値に戻す。プローブ10の先端に捕捉された試料を効率よくプローブ10から脱離(エレクトロスプレー)させ,さらに発生した帯電液滴を急速加熱乾燥し,液滴から効率よく気相イオンを発生させるために,プローブ10の先端に赤外レーザ光(波長10.6μm)と532nm可視レーザ光を照射する(赤外レーザまたは可視レーザのいずれかでもよい。)。このレーザ光照射もプローブ10への高電圧印加と同期させるとよい。プローブ先端近傍に赤外レーザ光を照射すれば,帯電液滴の急速加熱により,イオンの気化が促進できる。
第6図は上述のプローブの位置とプローブへの電圧印加とレーザ光照射との関係を表わしたタイミング・チャートである。プローブ10が試料Sから最も離れた位置が上至点,プローブ10が試料Sに接触して最も深く入り込んだ位置が下至点として示されている。プローブ10は上至点と下至点との間を往復振動(1往復でもよい)する。
電源装置16によって,プローブ10の振動に同期してパルス状(図示のように矩形波でも,矩形波をやや滑らかにした正弦波状でも,矩形波の上縁を斜め(上り勾配又は下り勾配)にした形状でも,鋸歯状波でもよい)の電圧を発生し,プローブ10にこの電圧を印加する。プローブ10が上至点に達する直前または達した付近でプローブ10に印加される電圧は上述の高電圧(数百Vないし数千V)(これを電圧Vとする)となる。プローブ10が上死点付近にある間はプローブ10に高電圧が印加されている。プローブ10が下至点に至る直前付近からプローブ10に印加する電圧(これを電圧Vとする)は,試料Sと同電位(0V)または試料Sに対して数Vないし数十Vとする。
プローブ10に高電圧が印加されている期間T(パルス幅)において,レーザ光が照射される。レーザ光の照射時間帯はこの期間Tと必ずしも厳密に一致しなくてもよい。レーザ光照射の断続は,たとえば印加電圧の変化またはプローブ10の振動に同期してレーザ光を反射するミラーを駆動することにより行なうことができる。
試料Sの種類や性質,レーザ光照射の有無または波長,その他の条件により,印加電圧の値V,Vおよび電圧Vを印加している期間T,電圧Vを印加している期間T,ならびに波形(これらのうちの少なくとも一つ)は,イオン検出感度が最適となるように,電源装置16において適宜調整できるようにしておくことが好ましい。
プローブ10に捕捉された試料Sが上方(上至点の方向)に移動する間に,試料から溶媒が気化して試料が乾燥しエレクトロスプレーが発生しにくくなる場合がある。また,生体試料のように成分濃度が高く,エレクトロスプレーが発生しにくい試料が対象となる場合がある。このような場合に対処するために,生体試料にメタノール,エタノール,アセトニトリル,プロパノール,イソプロパノールなどのエレクトロスプレーを発生しやすくする溶媒(すべての極性,無極性溶媒)を噴霧して試料表面を湿潤化させて,試料表面近傍を溶媒希釈し,エレクトロスプレーの発生を促すようにするとよい。好ましくは,第6図に示すように,レーザ光照射や電圧印加,プローブの振動と同期して,試料を捕捉したプローブが上至点付近に至ったときに溶媒を吹き付けるようにする。
プローブの先端に溶媒を吹き付ける方法としては,(i)プローブの上至点付近にわずかな量の溶媒を連続的に噴霧しておく方法,(ii)機械的に,プローブが上至点に至った瞬間に溶媒をスプレーさせる方法(溶媒スプレーヤーを横振動させるなど),(iii)プローブが上至点に到達した瞬間に,液滴ドットをパルス的にプローブ先端めがけて発射し,先端を溶媒で湿潤させる,などの方法を採用することができる。
上述した2つの実施例の変形例を,捕捉する試料量を増大させることや3次元イメージングのために数多く挙げることができる。
捕捉する試料量を増大させるために上述したように,プローブの先端にねじ溝のような溝を切ったりすることにより(凹凸を形成することにより)プローブ先端の表面積を増大させるとよい。また,プローブを試料の内部で回転させるとよい(これは後述する3次元イメージングやレーザ光の均一照明においても有効である)。
さらにプローブの温度制御を行うとよい。たとえば,水を多く含む生体試料の場合,プローブを摂氏0度付近あるいはそれ以下に冷却すると,プローブに捕捉される試料の量が大幅に増大する。これにより,検出感度の増大を図れる。逆にプローブの温度を室温以上に上げることによって,揮発性の低い(粘性の高い液体,さらには固体)試料を融解して捕捉することもできる。このようにプローブの温度を調整することによって種々の試料に適する温度での捕捉が可能になり,この発明によるイオン化方法および装置の応用範囲を広げることができるようになる。プローブの温度制御のためには,プローブまたはそのホルダーにペルチェ素子のような温度調整素子を設けるとよい。
3次元イメージングのためには試料の深さ方向の分子の分析も必要となる。試料(たとえば細胞膜)に穴をあけて,この穴を通してプローブを侵入させることにより試料の表面よりも下部,深部の試料を測定対象として捕捉することができる。穴の深さ,捕捉する試料の深さはプローブの振動振幅を調整することにより制御できる。試料の穿孔には,ねじ溝を先端に切ったプローブを用いるとよい。このようにして,試料の切開部分を最小限に抑えることができる。
細胞などが対象試料の場合,生体試料が,硬い膜で覆われていることが多い。このような場合,プローブによる表面のみの浅い穿孔では生体試料内部の分子の分析が行いにくい。生体組織の内部(深部)に存在する分子のイメージングが必要な場合もある。このような場合に,上述の穿孔による試料捕捉方法は好適である。
プローブを回転させる方法は,プローブの表面をレーザ光により均一に照射するためにも重要である。
第7図は第3の実施例を示すものである。上述した第1,第2実施例に示すものと同一物には同一符号を付し,重複説明を避ける。
第3実施例における特徴的事項は,プローブの原点位置(上至点)の側方斜め下方の位置に側方エレクトロスプレー装置50を配置し,上至点の位置にあるプローブ10の先端に捕捉された微量試料にエレクトロスプレー装置(好ましくはナノエレクトロスプレー)50から(斜め下方から)帯電液滴を吹きつけ,これによって試料を溶解しかつスプレーによって吹き飛ばしてイオンサンプリング用キャピラリー14を通して分析装置に導くものである。エレクトロスプレーの溶媒としては水,エタノール,メタノール,その他の電解質のものであればいかなるものでもよい。
エレクトロスプレー装置(ナノエレクトロスプレー装置)50は,溶媒が供給される極細の金属製キャピラリー51と,その外側に間隔をあけて設けられた外筒52とを含み,キャピラリー51には高電圧が印加される。
プローブ10が上至点に至ったときにパルス状の高電圧(第6図に示すプローブへの印加電圧と同じようなパルス形状の電圧)を印加するようにしてもよいし,常時一定電圧を印加しておいてもよい。キャピラリー51と外筒52との間の空間にネブライザー・ガス(またはアシスト・ガス(Nガスなど))が必要に応じて供給され,その先端からプローブ10に向けて噴出される。
エレクトロスプレー装置50はXYステージ54およびZステージ53によってXY方向およびZ方向に位置調整自在に支持されている。XYステージに代えて回転ステージを用いることもできる。エレクトロスプレー装置50におけるキャピラリー51の傾き角も調整自在になるように支持するとよい。プローブ10としては,金属(金,白金,白金・イリジウム合金,タングステン,ステンレス鋼など)または絶縁体(誘電体)であるガラスや石英などの先端径がナノスケールの針状細線を用いるとよい。
第1,第2実施例と異なり,プローブ10には必ずしも電圧を印加する必要はないので,プローブ10に絶縁体を用いることができる。
第3実施例におけるイオン化装置の動作は次の通りである。第1,第2実施例と同じように,プローブ10を縦振動(Z軸)させて,プローブ10の先端に試料を捕捉する。試料を捕捉したプローブ10が上至点またはその付近に達した位置において,プローブ10の側方にエレクトロスプレー装置50により発生させているナノエレクトロスプレーの一部(プルームの外周近傍)にプローブ10の先端を晒す。これにより,プローブ10の先端に捕捉された試料を脱離,イオン化させる。ナノエレクトロスプレーの働きは,プローブ10の先端の試料を,ナノエレクトロスプレーによって供給される帯電液滴によって湿潤化し,希釈する点にある。これにより,エレクトロスプレーしにくい高成分濃度の試料が容易にエレクトロスプレーされるようになる。また,ナノエレクトロスプレーの気送アシスト(支援)によって,プローブ10の先端に捕捉された試料の脱離,イオン化を促進させることができる。脱離,イオン化された試料はキャピラリー14により分析装置に導かれる。
プローブ10として,金属を用いる場合には,プローブ10の電位を試料と常に同電位とするとよい。プローブ先端の試料が側方エレクトロスプレーで十分脱離されない場合には,プローブ10の先端が側方のエレクトロスプレー・プルームの一部に晒された位置において,プローブ10に第1,第2実施例と同じようにパルス的に高電圧を印加し,プローブ10の先端にエレクトロスプレーを強制的に発生させ,イオン強度を増大させる。
側方エレクトロスプレーは,ネブライザー・ガスを用いる場合(気送エレクトロスプレー)と,用いない場合の2通りの選択が可能である。ネブライザー・ガスを用いない場合,プローブ先端に捕捉された試料の脱離が効率よく行われない可能性があるので,金属プローブに代えて,絶縁体製プローブを用いて,クーロン斥力でイオンの脱離を促す。ネブライザー・ガスを用いる場合には,気流によって,プローブ先端の試料が吹き飛ばされて,脱離が支援されるので,より効率よく,イオンの脱離,イオン化が行われやすい。
金属プローブにパルス的に高電圧を印加して,プローブ先端の試料をエレクトロスプレーし,イオンのより効率的発生を促すことができる。さらに,プローブ10が上至点に達した位置において,第1,第2実施例の場合と同じようにパルス・レーザ光を照射し,液体の加熱(赤外レーザ照射),またはプラズモン励起脱離(金属プローブの場合のみ。このときはたとえば532nmの可視レーザ光照射が好ましい)を促す。
第3実施例においても,上述した第1,第2実施例の変形例,たとえばプローブの温度調整,プローブの回転,プローブ先端に凹凸を形成してその表面積を増大させること,3次元イメージングのために試料を穿孔してこの孔にプローブを侵入させること等の適用が可能であるのはいうまでもない。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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