TOP > 国内特許検索 > 質量分析機器用試料イオン化装置 > 明細書

明細書 :質量分析機器用試料イオン化装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5773409号 (P5773409)
公開番号 特開2012-177605 (P2012-177605A)
登録日 平成27年7月10日(2015.7.10)
発行日 平成27年9月2日(2015.9.2)
公開日 平成24年9月13日(2012.9.13)
発明の名称または考案の名称 質量分析機器用試料イオン化装置
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
G01N  27/64        (2006.01)
FI G01N 27/62 F
G01N 27/62 G
G01N 27/64 B
請求項の数または発明の数 7
全頁数 19
出願番号 特願2011-040382 (P2011-040382)
出願日 平成23年2月25日(2011.2.25)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 平成22年9月15日発行の「日本油学会第49回年会講演要旨集」に発表
特許法第30条第1項適用 平成22年9月17日に日本油学会主催の「日本油学会第49回年会」において文書をもって発表
審査請求日 平成26年2月24日(2014.2.24)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
発明者または考案者 【氏名】持田 由幸
個別代理人の代理人 【識別番号】100106002、【弁理士】、【氏名又は名称】正林 真之
【識別番号】100120891、【弁理士】、【氏名又は名称】林 一好
審査官 【審査官】藤田 都志行
参考文献・文献 特開平07-209252(JP,A)
特開2004-185886(JP,A)
特開2004-257873(JP,A)
特開2008-180659(JP,A)
特開2010-190573(JP,A)
米国特許第05083020(US,A)
調査した分野 G01N 27/62
G01N 27/64
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
特許請求の範囲 【請求項1】
薄層クロマトグラフィー基板上の所定の展開箇所に熱風を当てることで前記所定の展開箇所から測定試料を脱離させる熱風加熱手段と、
前記脱離後の測定試料を大気圧下においてイオン化するためのイオン化手段と、を備える質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項2】
前記熱風加熱手段は、前記薄層クロマトグラフィー基板上の前記展開箇所の表裏同時を加熱可能である請求項1記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項3】
前記熱風の温度調整を行う温調手段をさらに備える請求項1又は2記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項4】
前記熱風加熱手段は、全体として筒状体をなし、筒内の一端側から他端側に向けて脱離用ガスを供給可能であり、
前記他端側の円周部には一対の切り欠き凹部が形成されており、この一対の切り欠き凹部を跨ぐように前記薄層クロマトグラフィー基板が配置されている請求項1から3いずれか1項記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項5】
前記測定試料の展開方向に沿って、前記薄層クロマトグラフィー基板を加熱箇所に対して相対移動させる薄層板移動手段をさらに備える請求項1から4いずれか1項記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項6】
前記イオン化手段は、
前記脱離後の測定試料に対する紫外線照射手段と、
前記脱離後の測定試料に対してアルゴンガスと水を供給する湿アルゴンガス供給手段と、
を備える請求項1から5いずれか1項記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【請求項7】
前記イオン化手段は、
前記脱離後の測定試料に対して、放電による励起アルゴンガスを供給する励起アルゴンガス供給手段と、を備える請求項1から5いずれか1項記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析機器用試料イオン化装置に関する。さらに詳しくは、大気圧下において、測定試料を効率良くイオン化することができる質量分析機器用試料イオン化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
いわゆる質量分析方法(以下、「MS」ともいう。)は、測定試料の質量電荷比を求める場合に使用される分析方法である。この質量分析法によって得られるマススペクトルは、豊富な情報量を有し、しかも測定試料に含まれる分子に由来する固有のピークの分布となって現れるため、既知の化学物質の同定及び未知の化学物質の構造決定に強力な手段となっている。このため現在、質量分析方法は、有機化学、生物化学の分野における化学物質の分析において、非常に多用され、将来もきわめて重要な分析方法として期待されている。
【0003】
質量分析方法は、種々の測定試料の導入部と質量分析計を組み合わせた質量分析機器によって行われる。上記測定試料の導入部においては、測定試料をイオン化する必要がある。ここで、測定試料をイオン化するための試料イオン化装置に適用されているイオン方法としては、測定試料を高分子マトリックスに混ぜ、測定試料に高速で中性原子を衝突させることで測定試料をイオン化する高速原子衝突法(以下、「FAB」ともいう。)や、測定試料とマトリックス(芳香族有機化合物)中に混合し、その結晶を作り、これにレーザーを照射することによりイオン化するマトリックス支援レーザー脱離イオン化方法(以下、「MALDI」ともいう。)がある。
【0004】
しかしながら、上記質量分析機器を構成する試料イオン化装置に採用されている高速原子衝突法(「FAB」)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化方法(「MALDI」)は、いずれも真空下において行われることを条件とするため、測定試料をイオン化する際に操作上支障を来たす場合が多い。また、上記これらの試料イオン化装置は、真空下で使用されるものであるので、そのイオン化効率を維持するためのメンテナンスに要する労力及びコストも大きい。
【0005】
そこで、真空下ではなく、大気圧下において使用することができる試料イオン化装置が提案されている。例えば、コロナ放電、又はグロー放電によって生成した励起分子と測定試料を反応させ、測定試料をペニングイオン化して、質量分析計のイオン導入口に導入させるDART(Direct Analysis in Real Time)法(以下、「DART法」)と呼ばれるイオン化方法を適用した試料イオン化装置が提案されている。
【0006】
また、大気圧下において、微量の測定試料を高感度で分析するために、励起・イオン化されたキャリアガスを測定試料と反応させ、測定試料ガスイオンを生成する質量分析機器用イオン化装置が提案されている(特許文献1参照)。さらに、非定形試料をイオン化するに際して、前処理の不要な大気圧イオン化方法及び当該方法を適用した試料保持装置が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】特開2008-051504号公報
【特許文献2】特開2007-256246号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、DART法を適用した測定試料イオン化装置は、測定試料が粉体である場合、測定試料を気化及び熱脱離する際に励起ガスの風圧により試料が飛散してしまうという問題点を有する。このため、DART法を適用した測定試料イオン化装置を使用してイオン化を行う場合は、測定試料をバインダ等と練合わせて固体状の試料にする等の前処理が必要となる。また、DART法を適用した測定試料イオン化装置は、励起ガスとして高価なヘリウムガスを使用しなければならないため、測定試料のイオン化に要するコストを大きくなってしまうという問題点を有する。
【0009】
また、特許文献1に記載された測定試料イオン化装置は、キャリアガスとしてヘリウムガスを使用し、励起・イオン化されたキャリアガスと測定試料とを直接を反応させているものであり、イオン化することができる測定試料の量が少ない。また、特許文献2に記載された試料保持装置は、分析試料の脱離とイオン化を同時に行っているため、必然的に測定試料のイオン化効率が十分でないという問題点を有する。
【0010】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであり、大気圧下において、イオン化効率にきわめて優れ、微量の測定試料を高感度で分析することができる質量分析機器用試料イオン化装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、質量分析機器用試料イオン化装置として、薄層クロマトグラフィー基板上の所定の展開箇所に熱風を当てることで所定の展開箇所から測定試料を脱離させる熱風加熱手段と、脱離後の測定試料をイオン化するためのイオン化手段とを備えるものとすることによって上記課題を解決することを見出し、本発明を完成した。すなわち本発明は、具体的に以下のものを提供する。
【0012】
(1) 薄層クロマトグラフィー基板上の所定の展開箇所に熱風を当てることで上記所定の展開箇所から測定試料を脱離させる熱風加熱手段と、
上記脱離後の測定試料をイオン化するためのイオン化手段と、を備える質量分析機器用試料イオン化装置。
【0013】
(2) 上記熱風加熱手段は、上記薄層クロマトグラフィー基板上の上記展開箇所の表裏同時を加熱可能である(1)記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【0014】
(3) 上記熱風の温度調整を行う温調手段をさらに備える(1)又は(2)記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【0015】
(4) 上記熱風加熱手段は、全体として筒状体をなし、筒内の一端側から他端側に向けて脱離用ガスを供給可能であり、
上記他端側の円周部には一対の切り欠き凹部が形成されており、この一対の切り欠き凹部を跨ぐように上記薄層クロマトグラフィー基板が配置されている(1)から(3)いずれか記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【0016】
(5) 上記測定試料の展開方向に沿って、上記薄層クロマトグラフィー基板を加熱箇所に対して相対移動させる薄層板移動手段をさらに備える(1)から(4)いずれか記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【0017】
(6) 上記イオン化手段は、
上記脱離後の測定試料に対する紫外線照射手段と、
上記脱離後の測定試料に対してアルゴンガスと水を供給する湿アルゴンガス供給手段と、
を備える(1)から(5)いずれか記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【0018】
(7) 上記イオン化手段は、
上記脱離後の測定試料に対して、放電による励起アルゴンガスを供給する励起アルゴンガス供給手段と、を備える(1)から(5)いずれか記載の質量分析機器用試料イオン化装置。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、大気圧下において、測定試料をきわめて効率良くイオン化することができ、有機過酸化物等の測定試料を高感度で分析できる質量分析機器用試料イオン化装置を提供することができる。また、本発明によれば、測定試料のイオン化に使用する励起ガスとして、アルゴンガスを使用でき、きわめて廉価に測定試料をイオン化することができる質量分析機器用試料イオン化装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】質量分析機器用試料イオン化装置を模式的に示す概略図である。
【図2】基板上の測定試料がイオン化される状態を模式的に示す概略図である。
【図3】熱風加熱手段の具体的形態を示す模式図である
【図4】紫外線照射手段の具体的形態を示す模式図である。
【図5】水クラスターイオンの発生の確認結果を示すグラフである。
【図6】エタノール・水クラスターイオンの発生の確認結果を示すグラフである。
【図7】各濃度におけるステアリン酸メチルの質量分析結果を示すグラフである。
【図8】各種測定試料(核磁気共鳴装置用基準物質)の質量分析結果を示すグラフである。
【図9】各種測定試料(金属錯体化合物)の質量分析結果を示すグラフである。
【図10】各種測定試料(測定試料-付加試薬複合体)の質量分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[質量分析機器用イオン化装置]
本発明の質量分析機器用試料イオン化装置は、薄層クロマトグラフィー基板上の所定の展開箇所に熱風を当てることで上記所定の展開箇所から測定試料を脱離させる熱風加熱手段と、上記脱離後の測定試料をイオン化するためのイオン化手段とを備えることを特徴とするものである。以下、図面を参照しつつ、質量分析機器用試料イオン化装置について説明する。

【0022】
図1は、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置Dの模式図である。この質量分析機器用試料イオン化装置Dは、熱風加熱手段1とイオン化手段2とを備える。以下、熱風加熱手段1とイオン化手段2について説明する。

【0023】
<熱風加熱手段>
本発明の質量分析機器用試料イオン化装置Dは、熱風加熱手段1によって加熱され、かつ測定試料を固定化して展開するための基板として、薄層クロマトグラフィー基板11を備える。

【0024】
(薄層クロマトグラフィー基板)
薄層クロマトグラフィー基板(Thin-Layer Chromatography、以下、「TLC基板」ということがある。)は、ガラス板の上にシリカゲル、アルミナ、ポリアミド樹脂等の吸着性のある物質を所定量塗布して、基板上にこれらの薄層を形成させたものである。なお、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板は、質量分析対象となる測定試料との吸着性等に応じて適宜採択することができる。

【0025】
薄層クロマトグラフィー(TLC)基板に測定試料を固定化する場合、例えば、図1に示すように、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11の形状を帯形とし、この薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11の横方向(X軸方向)に複数の測定試料12を一次元的に直線上に展開することも可能である。薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11上に複数の測定試料12を展開する場合には、測定試料12を溶媒に溶解させて、所定濃度の測定試料溶液を作製し、この測定試料溶液をシリンジ等で採取して、上記薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11上にスポット的に順次直線上に注入し、固定化することによって、測定試料12の展開を行うことができる。

【0026】
また、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に測定試料12を固定化する場合、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11の形状を横長の形状とし、横方向(X軸方向)と縦方向(Y軸方向)に複数の測定試料を二次元的に固定化して、上記と同様にして、測定試料の展開を行うことができる。さらに、上記基板の形状、厚みを適宜変化させることにより、測定試料を三次元に展開することも可能である。なお、本発明においては、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に測定試料が固定化され、展開されている箇所を当該展開箇所という。

【0027】
図1に示された質量分析機器用試料イオン化装置Dは、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11上に固定化され、順次展開された測定試料12が存在する当該展開箇所に、熱風をあてるための熱風加熱手段1を備える。熱風加熱手段1は、筒状体16の側面周りに熱風の温度を保持するための加熱保温手段15を備えている。

【0028】
筒状体16の一端側から送られた脱離用ガス17は、筒状体16の内部を通過し、他端側に送風される。他端側に到達した脱離用ガス17は、筒状体16の内部を通過する間に
加熱保温手段15により加熱され熱風となり、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に展開されている当該展開箇所にあてられる。この熱風が薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に展開されている当該展開箇所にあたることによって、当該展開箇所に存在する測定試料12がガス化し測定試料ガス12aとなる。そして、測定試料12は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11から完全に脱離することとなる。測定試料ガス12aは、質量分析機器導入口18付近の領域に存在する。なお、脱離用ガス17に使用されるガスとしては、特に制限されるものではないが、ヘリウム、ネオン、アルゴン等の不活性ガスを使用することが好ましい。

【0029】
加熱保温手段15は、筒状体16の一端側から送られてくる脱離用ガス17の温度が低下している場合や送風される脱離用ガス17の温度が加熱すべき温度よりも高い場合にも所定の温度を保持し、脱離用ガス17の温度を適切な温度とすることができる。

【0030】
上記熱風加熱手段1は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11上に固定化され、展開された測定試料12を加熱し、測定試料12をガス化することができる。すなわち、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置Dは、熱風加熱手段1により薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11から測定試料12を脱離させ、その後にイオン化を行うという別々の工程により、測定試料をイオン化させている点に技術的特徴を有する。以下、熱風加熱手段1による加熱による測定試料の脱離の原理について説明する。

【0031】
図2は、従来の質量分析機器用試料イオン化装置における基板上の測定試料の加熱による脱離及びイオン化のメカニズムを示したものである。図2(a)は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に固定化された試料が脱離及びイオン化される場合の基板の斜視図を示したものである。図2(a)によれば、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に固定化された測定試料は、基板の一方の面から試料の脱離とイオン化を同時に行うために必要なエネルギーが照射されることによって、イオン化される。すなわち、測定試料の基板からの脱離及びイオン化は、同時に行われている。このため、測定試料のイオン化効率は、きわめて低く、照射したエネルギーに対してイオン化することができる測定試料の量は、非常に少ないものとなっている。

【0032】
図2(b)は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に固定化された測定試料が脱離及びイオン化されるメカニズムを模式的に示した基板の断面図である。図2(b)からも明らかなように、測定試料の基板からの脱離及びイオン化は、同時に行われているものであるため、測定試料とアルミニウム基板との界面に存在する測定試料は、イオン化され難いものとなっている。このため、測定試料の脱離及びイオン化のためのエネルギーが照射されても、十分な測定試料のイオン化をすることができない。

【0033】
図2(c)は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に固定化された測定試料の上にさらに高分子マトリックスを積層させて、測定試料を高分子マトリックス上に拡散させてイオン化させる場合の状態を示した基板の断面図である。図2(c)においては、測定試料の脱離及びイオン化のためのエネルギーが照射される面に高分子マトリックスが設けられているので、測定試料が高分子マトリックスに拡散し、高分子マトリックス上で測定試料がイオン化するものと考えられる。しかしながら、測定試料は、高分子マトリックスに完全に拡散移行することができないため、高分子マトリックス層上に測定試料が一部しか存在しない。このため、基板上に高分子マトリックスを設けても、十分なイオン化効率を図ることができない。すなわち、従来の試料イオン化装置は、いずれも基板に固定化されている測定試料の脱離を完全に行うことができない状態で、一部脱離した測定試料をイオン化しているに過ぎない。このため測定試料のイオン化効率は低いものとなっている。

【0034】
そこで、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置においては、測定試料のイオン化効率の向上をさせるために、測定試料の加熱による脱離とイオン化に分けて行うことができる上記熱風加熱手段1を採用している。

【0035】
熱風加熱手段1による加熱は薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上の当該展開箇所の表裏の両面から行うこともできる。薄層クロマトグラフィー(TLC)基板の当該展開箇所に固定化された測定試料が当該基板両面から熱風加熱されることにより、測定試料のガス化が促進され、当該基板の表裏面からの測定試料の脱離が起こり、イオン化効率がさらに向上する。

【0036】
上記熱風加熱手段1は、上記脱離用ガス17が加熱されることにより生じる熱風の温度調整を行う温調手段をさらに備えていても良い。熱風加熱手段1が温調手段を備えることにより、測定試料を所定の温度にて効率良く加熱し、測定試料12をガス化することができる。また、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上に複数の測定試料が固定化され展開されている場合には、当該展開箇所ごとに加熱温度のムラを生じることなく複数の測定試料を一定の温度にて加熱することができるため好ましい。上記温調手段とは、特に制限されるものではないが、例えば、温度センサー等を例示することができる。なお、上記熱風加熱手段1による温度調整の基準となる設定温度は、測定試料の温度特性に応じて定めることができる。

【0037】
さらに、上記熱風加熱手段1は、測定試料12の展開方向に沿って、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11を加熱箇所に対して相対移動させる薄層板移動手段13、14を備えていても良い。図1に示すように薄層板移動手段13、14は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11の左右両端を把持し、当該基板11を固定化している。

【0038】
薄層板移動手段13、14は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11を移動させることができるものである。薄層板移動手段13、14は、その下部に備え付けられている駆動装置(図示せず)に接続されており、双方同一方向に連動して一次元的に移動することができる。薄層板移動手段13、14が同一方向に連動して移動することにより、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11も連動して一次元的に移動する。

【0039】
薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11が一次元的に移動することにより、熱風加熱手段1と薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に展開されている測定試料12が順次対向し、測定試料12が熱風加熱手段1により加熱される。そして、薄層板移動手段13、14が相対移動することにより順次加熱された測定試料12は、測定試料ガス12aとなり、当該展開箇所より脱離することになる。

【0040】
熱風加熱手段1は、薄層板移動手段13、14を備えているので、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に展開されている測定試料12を連続的に加熱することができ、測定試料12を脱離させることができる。このように、熱風加熱手段1は、薄層板移動手段13、14を備えることによって、連続的に測定試料12の脱離を行うことができる。

【0041】
また、薄層板移動手段13、14が双方同一方向に連動して、二元的移動することができる場合には、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に二次元的展開されている測定試料を連続して加熱することもできる。なお、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板の加熱は、測定試料ガス12aが薄層クロマトグラフィー(TLC)基板と質量分析機器導入口18付近に測定試料ガス12aの反応場となる領域を形成することができるように、質量分析機器導入口18に対して、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11を上斜め方向に傾斜させて設置して行うことが必要である。また、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11の質量分析機器導入口18に対する設置角度は、測定試料のイオン化の程度により、適宜調整することができる。

【0042】
図3に熱風加熱手段の別の実施形態として、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板を両面から加熱することができる熱風加熱手段5の具体的形態を示した。図3に示した熱風加熱手段5は、全体として筒状体55をなしており、筒状体55の一端側から他端側に向けて、脱離用ガス53を測定試料52に供給することができるものである。この筒状体55の他端側から供給される脱離用ガス53が熱風となり、当該熱風が薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51上に展開されている測定試料52にあたり、当該部分の測定試料52を上記基板51から脱離させるものである。

【0043】
上記熱風加熱手段5は、その筒状体55の側面周囲にヒータ等の加熱保温手段54を有している。この加熱保温手段54は、筒内の一端側から送られてくる脱離用ガス53の温度が低下している場合や送入される熱風の温度が加熱すべき温度よりも高い場合にも、加熱等により一定の温度を保持することができる。

【0044】
上記熱風加熱手段5は、他端側の円周部に一対の切り欠き凹部を備えている。この一対の切り欠き凹部は、測定試料が展開されている薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51が移動可能な状態の溝を備え、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51を保持しつつ、当該箇所を表裏両面から加熱するために設けられているものである。すなわち、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51は、温度検出部55aと55bの両面に挟まれた状態で配置され、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51の表面と温度検出部55a、当該基板51裏面と温度検出部55bの領域が形成される。そして、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51は、その両面から加熱される。

【0045】
上記薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51に展開されている測定試料52は、当該基板51が両面から加熱されることによって、測定試料ガス52aとなる。測定試料ガス52aは、質量分析機器導入口58付近の領域に存在することになる。そして測定試料ガス52aは、後述するイオン化手段より供給されるイオン化ガスと反応して、イオン化されることになる。

【0046】
さらに、上記熱風加熱手段5は、測定試料52の展開方向に沿って、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51を加熱箇所に対して相対移動させる薄層板移動手段56、57を備えていても良い。図3に示すように薄層板移動手段56、57は、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51の左右両端を把持し、当該基板51を固定化する。

【0047】
薄層板移動手段56、57により、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51が移動することにより、上記基板は、熱風加熱手段の筒状体の上部に形成されている上記切り欠き凹部を順次通過する。そして、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51に展開されている測定試料52は、筒内の一端側から送られてくる脱離用ガス53が加熱されることにより生じた熱風によって順次加熱される。さらに、順次加熱された測定試料52は、次々に測定試料ガス52aとなり、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51基板から脱離することになる。

【0048】
すなわち、図3に示された熱風加熱手段5は、薄層板移動手段56、57を備えているので、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51に展開されている測定試料52を連続的に加熱することができ、加熱により測定試料52を測定試料ガス52aとすることにより脱離することができる。なお、熱風加熱手段5による薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51の加熱は、測定試料ガス52aが薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51と質量分析機器導入口58付近に測定試料ガス52aの反応場となる領域を形成することができるように、質量分析機器導入口58に対して、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51を上斜め方向に傾斜させて設置して行うことが必要である。なお、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板51の質量分析機器導入口58に対する設置角度は、測定試料のイオン化の程度により、適宜調整することができる。

【0049】
<イオン化手段>
図1に示すように、本発明の質量分析機器用イオン化装置Dに使用することができるイオン化手段2は、上記熱風加熱手段1の上方に設置され、熱風加熱手段1より発生した測定試料ガス12aと反応するイオン化ガスを供給するものである。イオン化手段2は、上記熱風加熱手段1により薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11に展開されている測定試料12より発生した測定試料ガス12aを大気圧下でイオン化することができるものであれば、特に制限されるものではない。また、イオン化手段2に採用されているイオン化方法についても特に制限されるものではない。

【0050】
例えば、図1に示すように上記イオン化手段2は、紫外線照射手段3とアルゴンガスと水を供給する湿アルゴンガス供給手段4とを備えていても良い。以下、上記イオン化手段2の紫外線照射手段3と湿アルゴンガス供給手段4について説明する。

【0051】
(紫外線照射手段)
図1に示したイオン化手段2は紫外線照射手段3を備える。紫外線照射手段3による紫外線照射に使用することができる紫外線の波長は、湿アルゴンガス中のアルゴンガスを励起ガスとすることができる波長であれば、特に制限されるものではない。例えば、近紫外線の波長である150~280nmが好ましい。一般に、紫外線の波長が短いものは波長の有するエネルギーが大きいものであるが、紫外線の波長が150nm以上であるとアルゴンガス-水の混合ガス中のアルゴンガスを適度に励起し、励起アルゴンガスとすることができるため好ましく、紫外線の波長が280nm以下であるとアルゴンガスを励起する際のエネルギー効率の観点より好ましい。なお、上記200~280nmの波長を有する紫外線は、UV-Cに分類される紫外線である。

【0052】
紫外線照射手段3による紫外線の照射は、各種の紫外線ランプにより行うことができる。上記紫外線ランプは、照射波長、当該紫外線ランプの放電管内に使用されるガスの有無、ガスの種類によって大別される。上記紫外線ランプとしては、水銀ランプ、放電管内に微量希ガスを放電管内に封じ込めた紫外線ランプ、ガラス管内壁に蛍光物質を塗布した紫外線ランプ(いわゆる蛍光灯)等を例示することができる。上記イオン化手段2においては、これらの紫外線照射装置の中でも紫外線の照射波長を254nmとすることができ、アルゴンガスを効率良く励起することができることから、低圧水銀ランプを使用することが好ましい。なお、この低圧水銀ランプは、254nmの紫外線を86%放射することができるものである。

【0053】
図4に紫外線照射手段3の模式図を示す。図4(a)に示すように、紫外線照射手段3は、外筒31とその内部に棒状の低圧水銀ランプ32を備えており、図4(b)のように、外筒31と棒状の低圧水銀ランプ32をその上端で嵌合することにより、一体となって形成される。図4(c)は、紫外線照射手段3の長軸方向の断面図である。図4(c)に示すように、外筒31は、その内部に低圧水銀ランプ32から発生する紫外線の照射量を制御するための内筒34を備えており、水銀ランプ32が内筒34により覆われることにより、紫外線の照射量を適宜制御することができる。紫外線照射手段3を構成する外筒31と低圧水銀ランプ32の間に外筒31の長軸方向に対応して、アルゴンガスと水との混合ガスが流通する通路が設けられ、この通路と内筒34との間で空間部が形成される。この外筒31と内筒34内の空間部には、外筒31の上方に設けられているアルゴンガス-水導入口33からアルゴンと水の混合ガスが送られる。そして、内筒34の先端において、アルゴンガスと水との混合ガスが紫外線照射を受けることにより、測定試料をイオン化するためのイオン化ガスが発生する。そして、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置においては、内筒34の長さを適宜変えて、低圧水銀ランプの露出した先端部分の長さを変えることによって、紫外線照射量及び紫外線照射時間を制御することによって、測定試料の性質に応じたイオン化ガス量を発生させることができる。

【0054】
上記紫外線照射手段3においては、外筒31と外筒31の内部に内筒34に棒状の低圧水銀ランプ32を使用して行っているので、紫外線照射時間を十分に採ることができ、上記湿アルゴンガスと紫外線照射量を内筒34の長さを調整することによりイオン化ガス発生量を制御することができる。

【0055】
(湿アルゴンガス供給手段)
湿アルゴンガス供給手段4は、アルゴンガスと水を成分とする湿アルゴンガスを供給する。イオン化手段2において、湿アルゴンガスは、湿アルゴンガス供給手段4から、紫外線照射手段3に供給される。

【0056】
なお、湿アルゴンガス供給手段4から供給される湿アルゴンガスの成分であるアルゴンガスと水の供給量は、アルゴンガスの貯蔵部41と水の貯蔵部42に接続された各コック43を制御することにより適宜調整することができる。アルゴンガス貯蔵部41から送られたアルゴンガスは、水の貯蔵部42から送られた水と混合され、湿アルゴンガスとなり
導入管44を通じて、紫外線照射手段3の湿アルゴンガス導入口33を通じて紫外線照射手段3に送られる。

【0057】
上記紫外線照射手段3に送られた湿アルゴンガスは、紫外線照射手段3により紫外線の照射を受ける。紫外線照射を受けた湿アルゴンガスは、イオン化ガスとなりイオン化手段2より供給される。

【0058】
ここで、湿アルゴンガス中のアルゴンガスと水のイオン化エネルギーの関係について検討すると、Arの励起エネルギー(11.5eV)に対して、水分子(モノマー)のイオン化エネルギーは(12.6eV)となっており、イオン化の対象となるべき水分子(モノマー)のイオン化エネルギーが大きいものとなっている。したがって、湿アルゴンガス中のアルゴンガスを励起させたArと水分子との反応では、原理的に水分子(モノマー)イオン化することができない。つまり、電子励起状態のArと水分子(モノマー)との反応では、水分子(モノマー)はイオン化することができず、結局、オキソニウムイオン(H)は発生しない。

【0059】
そこで、上記イオン化手段2においては、湿アルゴンガス中の水分子を二量体であるダイマーとすることによって、そのイオン化エネルギーをArの励起エネルギーとの関係において相対的に低下させて、Arと水分子の二量体(ダイマー)との反応によりオキソニウムイオン(H)を発生させることとしたものである。つまり、水分子を水分子の二量体(ダイマー)とすることによって、イオン化エネルギーを低下させることができ、Arと水分子の二量体(ダイマー)が反応することができるようにしたものである。

【0060】
すなわち、上記イオン化手段2においては、紫外線照射によりArを発生させて水分子の二量体(ダイマー)を使用することにより、オキソニウムイオン(H)を発生させている。そしてArと水分子の二量体(ダイマー)から発生したオキソニウムイオン(H)は、水クラスター(nHO)と反応し、水クラスターイオン([nHO+H])を生成する。つまり、上記イオン化手段2は、紫外線照射により発生したArと水分子の二量体(ダイマー)から発生したオキソニウム(H)を利用して、測定試料をイオン化するものである。このように、上記イオン化手段2が採用しているこのような測定試料のイオン化を「光イオン化」ということもできる。なお、上記水クラスターイオンがイオン化手段2から供給されるイオン化ガスである。

【0061】
(励起アルゴン供給手段)
また、上記イオン化手段は、放電による励起アルゴンガスを供給する励起アルゴンガス供給手段であっても良い。励起アルゴン供給手段において採用される放電手段としては、励起アルゴンガスを大気圧下で発生することができる放電手段であれば特に制限されるものではない。例えば、コロナ放電、グロー放電、アーク放電、無声放電、暗放電等の公知の放電手段を例示することができる。また、アルゴンガスのイオン化方法について特に制限されるものではないが、大気圧化においてアルゴンガスを励起アルゴンとする必要があることからペニングイオン化反応によるアルゴンガスのイオン化が好ましい。

【0062】
例えば、励起アルゴンガスを発生させるためには、大気圧部に設けた複数の針上電極を準備し、マイナス約1200ボルトの負電圧を印加してコロナ放電を生起させ、励起アルゴンガスをイオン化手段から発生させることができる。上記励起アルゴンガスがイオン化手段から供給されるイオン化ガスということになる。

【0063】
なお、上記イオン化手段においては、励起ガスとしてアルゴンガスを使用したが、アルゴンガス以外にも通常のペニングイオン化反応に使用することができるヘリウム、ネオン、キセノン等の不活性ガスを使用しても良い。これらのガスを励起ガスとして使用した場合には、使用したガスを大気圧下で励起ガスとすることができるためのエネルギーの照射が必要となる。

【0064】
<測定試料のイオン化>
本発明の質量分析機器用試料イオン装置Dは、熱風加熱手段1により、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板から脱離した測定試料をイオン化手段2により供給されるイオン化ガスと反応させて測定試料のイオン化を行うことができる。

【0065】
(測定試料ガスとイオン化ガスとの反応)
熱風加熱手段1により、薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11から脱離した測定試料12と、イオン化手段2より供給されるイオン化ガスが反応することにより測定試料がイオン化される。すなわち、上記説明したように薄層クロマトグラフィー(TLC)基板11から脱離した測定試料12は、測定試料ガス12aとなって基板上の領域の空間に移動して存在している。この測定試料ガス12aが存在する基板上の領域の空間にイオン化ガスが供給されることにより、測定試料ガスとイオン化ガスが反応し、測定試料はイオン化される。

【0066】
さらに、熱風加熱手段1において、筒状体16の一端側に付加試薬を供給する付加試薬供給部を設けることもできる。付加試薬供給部を設けることによって、付加試薬ガスを発生させ、脱離用ガス17とともに熱風として送風することもできる。付加試薬ガスは、上記測定試料ガス、イオン化ガスと反応して測定試料と付加試薬の複合体を形成し、当該複合体化合物のイオン化を図ることができる。

【0067】
(測定試料)
質量分析機器用試料イオン化装置において、イオン化することができる測定試料は、特に制限されるものではなく、有機化学、生物化学、環境化学等の分野におけるあらゆる化合物を測定試料として対象とすることができる。特に、従来の試料イオン化方法、又は真空下での試料イオン化方法では、イオン化が困難である有機過酸化物、ホウ素、窒素、硫黄等を含有する金属錯体をも容易にイオン化することができる。例えば、有機過酸化物としては、ラウロイルパーオキシド、ジプロピオニルパーオキシド、ベンゾイルパーオキシド、ジ-t-ブチルパーオキシド、t-ブチルヒドロパーオキシド、t-ブチルパーオキシイソブチレート、オレイン酸メチルパーオキシド等の有機過酸化物、クメンパーオキシド(CHP)、ジイソブチルパーオキサイド(DBH)、パラメタンパーオキサイド(PMH)等の合成有機過酸化物を挙げることができる。

【0068】
さらに、イオン化の対象となる測定試料として、核磁気共鳴装置(NMR)の基準物質である重クロロホルム(CDCl)、ジメチルスルホオキシド(DMSO)、ジメチルスルホキシド-テトラヒドロフラン(DMSO-THF)を挙げることができる。なお、従来、ジメチルスルホオキシド(DMSO)を含んだ試料溶液のイオン化は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化方法(「MALDI」)を採用したイオン化装置を使用しても非常に困難であることからすると、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置は、このような難イオン化性の測定試料も容易にイオン化することができることから、大きな技術的意義を有するものである。

【0069】
[イオン化された測定試料の質量分析]
本発明の質量分析機器用イオン化装置によりイオン化された測定試料は、質量分析機器の導入口を通じて、質量分析機器に送入され、質量分析機器による質量分析が行われる。質量分析機器用試料イオン化装置に接続可能な質量分析機器としては、特に制限されるものでなく、公知の質量分析機器を使用することができる。例えば、四重極質量分析計、磁場偏光分析計、イオントラップ分析計、飛行時間分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴分析計、加速器質量分析計等を例示することができる。すなわち、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置は、従来から使用されているすべての質量分析機器に適用が可能である。
【実施例】
【0070】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0071】
(参考例1:水クラスターイオンの発生の確認)
図1に示した質量分析機器用試料イオン化装置を用い、大気圧下でアルゴンガスと水との混合ガスである湿アルゴンガスを湿アルゴンガス供給手段より供給するともに、紫外線供給手段より紫外線を照射することにより、イオン化手段からイオン化ガスである水クラスターイオンが発生することを確認した。なお、紫外線照射手段としては、低圧水銀ランプを使用し、紫外線の照射波長を254nmとし、適宜湿アルゴンガス中の水の供給量を湿アルゴンガス供給手段のコックを調整することによって行った。なお、比較のため湿アルゴンガス供給手段のアルゴンガスに換えてヘリウムガス、窒素ガスをそれぞれ用いて、水クラスターイオンの発生を試みた。水クラスターイオンの発生の確認結果を図5に示す。
【実施例】
【0072】
図5によれば、大気圧下で湿アルゴンガス供給手段から湿アルゴンガスを供給するともに紫外線照射手段から紫外線を照射することにより、イオン化ガスである水クラスターイオンが発生し、さらに水の供給量を増加させることにより、水クラスターイオンの分布を制御することができることが分かった。一方、アルゴンガスに換えてヘリウムガスを使用した場合には、水クラスターイオンの発生は、アルゴンに比べて少なく、しかも水の供給量を変化させても水クラスターイオンの分布は、変化しないことが理解される。また、アルゴンガスに換えて窒素ガスを使用した場合には、水クラスターイオンは全く発生しない。これらの結果より、大気圧下で不活性ガスとしてアルゴンガスを採択し、湿アルゴンガス供給手段から湿アルゴンガスを供給し、この湿アルゴンガスに紫外線照射手段から紫外線を照射することにより、イオン化ガスである水クラスターイオンを効果的に発生させることができることが分かる。
【実施例】
【0073】
(参考例2:水クラスターイオンの形成における水の影響の確認)
水クラスターイオンの形成における水の影響を確認するために、湿アルゴンガス供給手段の水貯蔵部に水とエタノールの混合物を供給した。そして、水貯蔵部のエタノールと水の割合を変化させ、大気圧下でアルゴンガスと水とエタノールの混合物を供給し、紫外線照射手段より、紫外線を照射することにより、エタノール・水クラスターイオンの発生を確認した。確認結果を図6に示す。
【実施例】
【0074】
図6によれば、エタノールと水との混合物中の水の割合を増加させることによって、エタノール-水クラスターイオンの発生を増加させることができることが理解される。すなわち、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置は、湿アルゴンガス供給手段によって水の割合を増加させることにより、イオン化手段より供給される水クラスターイオンの発生量を適宜変化させることができ、これによって、イオン化された測定試料の発生量も制御することができる。この結果は、湿アルゴンガス供給手段により、エタノールと水との混合物中の水の割合を制御することによって、質量分析機器による質量分析の測定感度を適宜調整することができることを意味するものである。
【実施例】
【0075】
(実施例1)
測定試料をステアリン酸メチルとし、溶媒であるベンゼンに溶解させ、0.1質量%、
0.01質量%、0.001質量%のステアリン酸メチルのベンゼン溶液をそれぞれ作製した。これらのステアリン酸メチルの溶液をマイクロシリンジにて0.1μl採取し、上記マイクロシリンジの針から薄層クロマトグラフィー(TLC)基板に一次元的に順次に注入し展開した。質量分析機器用試料イオン化装置の熱風加熱手段の加熱温度をステアリン酸メチルのガス化温度である215℃よりも高い220℃に設定して上記基板を加熱した。
【実施例】
【0076】
薄層クロマトグラフィー(TLC)基板に展開されている各測定試料の展開箇所の加熱は、当該展開箇所に存在する測定試料が当該基板から脱離したことを確認した後、駆動装置を制御し、熱風加熱手段による加熱位置を移動させて順次行った。その後、湿アルゴンガス供給手段より湿アルゴンガス(アルゴンガス:水=1:1)を供給するとともに、紫外線照射手段である水銀ランプ(エドモンド株式会社製、商品名「ミニチュアUVペンシルランプ」)により紫外線を照射し、イオン化ガスを発生させた。
【実施例】
【0077】
次に、熱風加熱手段よりガス化したステアリン酸メチルが存在する薄層クロマトグラフィー(TLC)基板上の領域にイオン化手段からの上記イオン化ガスを供給した。基板底面より、熱キャリアガスとして220℃のアルゴンガスを基板に吹き付けた。なお、質量分析機器用試料イオン化に接続する質量分析機器として、四重極質量分析計(Extrel株式会社製、商品名「EXM-2000」)を使用し、質量分析を行った。質量分析測定結果を図7に示す。
【実施例】
【0078】
図7によれば、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置を使用することにより、ステアリン酸メチルの濃度が、0.1質量%、0.01質量%及び0.001質量%のいずれの場合もステアリン酸メチルを検出することができ、さらに駆動装置を操作することにより連続的に各濃度の測定試料のイオン化及び質量分析を行うことが可能であることが分かる。また測定試料の濃度が0.001質量%である場合(約6.0ngに相当する。)であっても、イオン化したステアリン酸メチルの質量ピーク(299.32)を確認できた。これらの結果より、本発明の質量分析機器用試料イオン化装置と質量分析機器を組み合わせて質量分析を行うことにより、測定試料が微量であって、測定試料濃度が極めて小さい場合であっても良好に感度良く、連続的に質量分析を行うことが可能であることが分かった。
【実施例】
【0079】
(実施例2~4)
測定試料をジメチルスルホオキシド(DMSO、実施例2)、重クロロホルム(CDCl、実施例3)、ジメチルスルホキシド-テトラヒドロフラン(DMSO-THF、実施例4)を測定試料用溶媒とし、(R)-1-フェニルノン-4-ニル-3-オール(実施例2)、(E)((3-メチル-4-(プロ-2-ニル-1-ニロキシ)ブチル-2-エン-1-ニル)オキシ)ベンゼン(実施例3)、(E)-(4-((4-ブロモブチル-2-エン-1-ニル)オキシ)ブタ-1,2-ジエン-1-ニル)ベンゼン(実施例4)をそれぞれ溶解させた溶液を測定試料とした以外は、実施例1と同様にして各測定試料のイオン化及び質量分析を行った。なお、実施例2~4においては、上記各測定試料の濃度を0.1質量%とした。質量分析測定結果を図8に示す。
【実施例】
【0080】
(実施例5~7)
測定試料を分子内中にリン(P)、ホウ素(B)、窒素(N)を含む化合物とした以外は、実施例1と同様にして、測定試料のイオン化、質量分析を行った。なお、実施例5~7においては、各測定試料の濃度を0.1質量%とした。質量分析測定結果を図9に示す。なお、実施例5~7において使用した測定資料は、(R)-1-フェニルノン-4-ニル-3-オール(実施例5)、ヒドロ(トリス(3,5-ジメチルピラゾール-1-ニル)ボレート(実施例6)、1-(8-ヒドロキシキノリイン-5-ニル)ピロリジン-2,5-ジオン(実施例7)である。
【実施例】
【0081】
(実施例8~11)
測定試料をt-ブチルペルオキシラウレート(t-PBL)とし、基板にガス化した種々の付加試薬を供給した以外は、実施例1と同様にして、測定試料のイオン化、質量分析を行った。熱風加熱手段から供給する付加試薬としては、エタノール(実施例8)、アセトン(実施例9)、ピリジン(実施例10)及びトリメチルアミン(実施例11)を使用した。また、実施例8~11においては、測定試料の濃度を0.1質量%とした。質量分析測定結果を図10に示す。
【実施例】
【0082】
図8~図10によれば、測定試料がジメチルスルホオキシド(DMSO)等、分子内中にリン(P)、ホウ素(B)、窒素(N)を含む錯体化合物、さらに、これらの測定試料に種々の付加試薬が付加した複合体であっても、容易にイオン化することができ、これらの測定試料を感度良く連続的に質量分析をすることが可能であることが分かった。
【実施例】
【0083】
(比較例1、2)
なお、イオンガス供給部に使用する上記アルゴンガスに換えて、ヘリウムガス、窒素ガスをそれぞれ用いた以外は、実施例1と同様にして測定試料のイオン化をし、質量分析を行った。
【実施例】
【0084】
(比較例3)
湿アルゴンガス供給手段に使用する混合ガス中に水を含ませないものとし、アルゴンガスのみを供給した以外は実施例1と同様にして測定試料のイオン化をし、質量分析を行った。以上、実施例及び比較例における測定試料のイオン化条件及び質量分析結果を下記表1にまとめて示す。
【実施例】
【0085】
【表1】
JP0005773409B2_000002t.gif
【実施例】
【0086】
表1によれば、イオン化ガス生成時に使用するガスとして、ヘリウムガス、窒素、アルゴンガス単独を使用した場合は、いずれも測定試料をイオン化することができず、質量分析を行うことができないことが分かる。すなわち、測定試料に対して、湿度アルゴンガスを供給するとともに紫外線照射することにより、測定試料をイオン化することができ、感度良く質量分析をすることできることが分かる。
【符号の説明】
【0087】
D 質量分析機器用イオン化装置
1 熱風加熱手段
11 薄層クロマトグラフィー(TLC)基板
12 測定試料
12a 測定試料ガス
13 薄層板移動手段
14 薄層板移動手段
15 加熱保温手段
16 筒状体
17 脱離用ガス
18 質量分析機器導入口
2 イオン化手段
3 紫外線照射手段
31 外筒
32 低圧水銀ランプ
33 湿アルゴンガス導入口
4 湿アルゴンガス供給手段
41 アルゴンガス貯蔵部
42 水貯蔵部
43 導入管コック
44 ガス導入管
5 熱風加熱手段
51 薄層クロマトグラフィー(TLC)基板
52 測定試料
52a 測定試料ガス
53 脱離用ガス
54 加熱保温手段
55 温度検出部
55a 温度検出部(表面)
55b 温度検出部(裏面)
56 薄層板移動手段
57 薄層板移動手段
58 質量分析機器導入口
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9