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明細書 :プレーナーパッチクランプ装置、該装置用電極部及び細胞イオンチャンネル電流計測方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6037717号 (P6037717)
公開番号 特開2013-146261 (P2013-146261A)
登録日 平成28年11月11日(2016.11.11)
発行日 平成28年12月7日(2016.12.7)
公開日 平成25年8月1日(2013.8.1)
発明の名称または考案の名称 プレーナーパッチクランプ装置、該装置用電極部及び細胞イオンチャンネル電流計測方法
国際特許分類 C12M   1/34        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
G01N  27/28        (2006.01)
FI C12M 1/34 A
C12Q 1/02
G01N 27/28 P
請求項の数または発明の数 13
全頁数 22
出願番号 特願2012-181786 (P2012-181786)
出願日 平成24年8月20日(2012.8.20)
優先権出願番号 2011278445
優先日 平成23年12月20日(2011.12.20)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成27年5月26日(2015.5.26)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】宇理須 恒雄
【氏名】ワン ツーホン
【氏名】宇野 秀隆
【氏名】オブリ ラジ センティルクマール
【氏名】長岡 靖崇
個別代理人の代理人 【識別番号】100099759、【弁理士】、【氏名又は名称】青木 篤
【識別番号】100077517、【弁理士】、【氏名又は名称】石田 敬
【識別番号】100087871、【弁理士】、【氏名又は名称】福本 積
【識別番号】100087413、【弁理士】、【氏名又は名称】古賀 哲次
【識別番号】100117019、【弁理士】、【氏名又は名称】渡辺 陽一
【識別番号】100150810、【弁理士】、【氏名又は名称】武居 良太郎
【識別番号】100166165、【弁理士】、【氏名又は名称】津田 英直
審査官 【審査官】福間 信子
参考文献・文献 特表2004-510980(JP,A)
特開2009-204407(JP,A)
調査した分野 C12M 1/00-3/00
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
(1)電気絶縁性基板に、その両側の表面を連通させる、細胞を通過させないが液体を通過させ得る微細な貫通孔を1以上設け、(2)前記貫通孔の第一表面側と第二表面側にはそれぞれ、導電性液体を保持するための液溜部と、該液溜部の導電性液体に対して通電可能に配置された電極部とを設け、(3)第一表面側の液溜部が細胞配置用の液溜部とされ、4)前記第一表面側及び第二表面側の電極部が以下の(a)~(c)の要素を
備え、さらに(5)前記貫通孔における第一表面側の開口部周縁に細胞外マトリックス形成物質が付着されることを特徴とする神経細胞ネットワークを形成した神経細胞用の培養型プレーナーパッチクランプ装置。
(a)前記液溜部に導電性液体が導入された際にその導電性液体に接することとなる容器壁の少なくとも一部が無機多孔質材料で構成されている電極容器。
(b)上記の電極容器内に収容された、貴金属Nmの表層部にその貴金属の塩化物NmCl層を形成した電極。
(c)上記の電極容器内に充填された、前記貴金属の塩化物NmCl及びアルカリ金属塩化物が飽和濃度で溶解した電極溶液。
【請求項2】
前記第一表面側の液溜部が、光不透過性の材料によって構成された、細胞を配置するための第1液溜と、第一表面側の電極部が配置された第2液溜と、これらの主液溜及び副液溜を連通させる狭い通液路からなることを特徴とする請求項1に記載のプレーナーパッチクランプ装置。
【請求項3】
前記第二表面側の液溜部が導電性液体を導入及び排出するための通液路と連通され、かつ、この通液路に第二表面側の電極部が配置されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のプレーナーパッチクランプ装置。
【請求項4】
前記第一表面側に液溜部を複数に設け、これらの液溜部には神経細胞の細胞体より大きな幅と培養状態の細胞体の移動を阻止できる深さを有する凹部を形成していることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のプレーナーパッチクランプ装置。
【請求項5】
前記プレーナーパッチクランプ装置が以下の(A)構成を備えることを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のプレーナーパッチクランプ装置。
(A)第二表面側の液溜部が液体吸引デバイスに連絡されており、この液体吸引デバイスによって第二表面側の液溜部に陰圧を負荷できるようになっている
【請求項6】
以下の(a’)~(c’)の要素を備えることを特徴とするプレーナーパッチクランプ装置用電極部。
(a’)容器壁の少なくとも一部が無機多孔質材料で構成された電極容器。
(b’)上記の電極容器内に収容された、貴金属Nmの表層部にその貴金属の塩化物NmCl層を形成した電極。
(c’)上記の電極容器に充填された、前記貴金属の塩化物NmCl及びアルカリ金属塩化物が飽和濃度で溶解した電極溶液。
【請求項7】
前記容器壁の少なくとも一部を構成する無機多孔質材料が多孔質ガラス又は多孔質セラミックスであることを特徴とする請求項6に記載のプレーナーパッチクランプ装置用電極部。
【請求項8】
前記貴金属Nmが銀Ag又は白金Ptであり、アルカリ金属塩化物が塩化カリウムKClであることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載のプレーナーパッチクランプ装置用電極部。
【請求項9】
前記電極が以下(C)又は(D)であることを特徴とする請求項6~請求項8のいずれか1項に記載のプレーナーパッチクランプ装置用電極部。
(C)電極容器内部に突出した棒状電極であって、貴金属Nmからなる芯材の表層部に貴金属塩化物NmCl層を形成している。
(D)電極容器の壁部の内周面に形成した筒状電極であって、容器壁部側の底層が貴金属Nmの蒸着層であり、電極溶液に接する表面層が貴金属塩化物NmClの蒸着層である。
【請求項10】
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のプレーナーパッチクランプ装置の第二表面側の液溜部に導電性液体を導入すると共に、第一表面側の液溜部には測定対象である細胞を分散させた導電性液体を導入して第一表面側の液溜部と第二表面側の液溜部とを導電的に連通させ、前記細胞を第一表面側の液溜部の所定位置に配置したもとで、第一表面側及び第二表面側の電極部の電極間に電圧を印加して、測定対象である細胞のイオンチャンネル電流を計測することを特徴とする細胞イオンチャンネル電流計測方法。
【請求項11】
前記プレーナーパッチクランプ装置の基板の第一表面側には請求項4に記載した構成の複数の液溜部を設け、測定対象である細胞が神経細胞であり、導電性液体が前記神経細胞の細胞培養液であることを特徴とする請求項10に記載の細胞イオンチャンネル電流計測方法。
【請求項12】
前記神経細胞には予めCaイメージングのためのCaプローブが導入されており、その細胞イオンチャンネル電流を、少なくとも、細胞活動電位の発生時あるいは活動電位の伝搬時に生じる蛍光の観察であるCaイメージングを含む手段により測定することを特徴とする請求項11に記載の細胞イオンチャンネル電流計測方法。
【請求項13】
前記Caプローブが導入された神経細胞を前記プレーナーパッチクランプ装置の第一表面側に複数ないし多数配置すると共に、これらの神経細胞のシナプスが相互に連接された神経細胞ネットワークとしておき、それらの内の単一の神経細胞に電流注入あるいは電圧印加することにより、前記複数ないし多数の神経細胞における前記Caイメージングによる測定を行うことを特徴とする請求項12に記載の細胞イオンチャンネル電流計測方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、プレーナーパッチクランプ装置、該装置用電極部及び細胞イオンチャンネル電流計測方法に関する。
【0002】
さらに詳しくは本発明は、多点計測が可能な平面基板型であって、細胞培養機能を持ち、イオンチャンネル電流計測時における雑音電流の有効な抑制と細胞の安定的な位置決めが可能なプレーナーパッチクランプ装置と、この装置に組み込むためのプレーナーパッチクランプ装置用電極部と、このプレーナーパッチクランプ装置を用いて行う細胞イオンチャンネル電流計測方法に関する。
【背景技術】
【0003】
生命体を構成する細胞の表面には種々の膜タンパク質が配置されており、細胞表面の特定サイトへの化学物質(リガンド等の信号伝達物質)の結合や電気あるいは光の刺激(ゲートトリガー)により膜タンパク質の開口部であるチャンネルが開閉し、細胞膜の外側と内側の間でのイオンや化学物質の輸送が制御されている。この制御を行うイオンチャンネルは生体系の信号伝達に関わる重要な膜タンパク質であり、その機能計測や機能に関連する薬品の開発においてはチャンネルタンパク質の電気的変化、即ちイオンチャンネル電流の計測が求められる。
【0004】
この要求に対して、これまでにピペットパッチクランプやプレーナーパッチクランプ等の技術が開発されている。ピペットパッチクランプは多点計測によるハイスループットスクリーニングに応用できないという弱点がある。これに対して、プレーナーパッチクランプは、シリコンチップのような固体基板上に複数のパッチクランプ装置を構成して多点計測を可能にし、各パッチクランプ装置の細胞配置部位にはそれぞれ、イオンチャンネル電流を計測するための微細な貫通孔を設けている。
【0005】
例えば下記の特許文献1には、複数のパッチクランプ細胞にてパッチクランプ記録を実施するための複数の電極からなる平面的パッチクランプ電極配列について記載されている。又、下記の特許文献2には、シリコン基板の上下の表面に電極を設け、二つの電極の間に電気的に連通させるための孔を貫通し、貫通孔の入り口に置いた細胞の電気的変化を測定するプレーナー型パッチクランプ装置が開示されている。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】特表2003-511668号公報
【特許文献2】特表2005-536751号公報
【特許文献3】特開2009-204407号公報
【0007】

【非特許文献1】TsuneoUrisu et al, Analytical and Bioanalytical Chemistry, 391 (2008) 2703-2709
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、従来のプレーナーパッチクランプ装置は細胞培養の機能を有しないため、神経細胞のような培養を必要とする細胞に適用できないと言う問題があった。即ち、測定対象とする細胞の寿命が非培養条件下では1時間ないしは30分以下と短いため、創薬スクリーニング等の限られた応用しかできず、ピペットパッチクランプが活用されている細胞の機能解析等への応用が困難であった。更に、基板に設けた微細な貫通孔の部位に細胞をうまく運んでトラップすることが困難であった。
【0009】
宇理須及び宇野は、上記の特許文献3(出願番号:特願2008-046145)及び非特許文献1において、以上の問題を解決するプレーナーパッチクランプ装置を提案している。この装置の特徴的な構成は、基板に設けた微細な貫通孔における細胞定着用開口部の周縁に細胞固定力を持つ細胞外マトリックス形成物質(コラーゲン、フィブロネクチン等)を付着させ、かつ、基板における貫通孔の両側の表面部には電極に通電可能な液溜部を設け、この液溜部に導電性液体(例えば細胞培養液)を充填した点にある。このプレーナーパッチクランプ装置によれば、細胞外マトリックス形成物質によって細胞を微細貫通孔の位置に容易にトラップすることができ、しかも、細胞の培養条件下において十分な時間をかけてイオンチャンネル活性の測定を行うことができる。
【0010】
しかし、更に研究を進めた結果、上記の提案に係るプレーナーパッチクランプ装置では、次の1)、2)のような課題があることが判明した。
【0011】
1)イオンチャンネル電流を計測する微細貫通孔の周縁に細胞外マトリックス形成物質を付着させているため、トラップされた細胞の細胞膜と微細貫通孔周縁の基板表面との間に僅かな隙間ができ、いわゆるシール抵抗が低下してしまう。この隙間を流れる電流は、イオンチャンネル電流に対してリーク電流として加わり、これが変動するとノイズとして寄与することになる。従ってシール抵抗が低下した状態においては、僅かの印加膜電位の変動に対してもノイズ電流が大きくなり、イオンチャンネル電流の正確な計測が困難になる。
【0012】
この課題に対して、単に細胞外マトリックス形成物質の利用を断念するだけでは、微細貫通孔の位置に細胞を容易にトラップすると言う利点も没却される。一方、上記のノイズ電流対策としては、シール抵抗の増大以外に、電極側の印加膜電位の変動を抑制することも有効である。又、元々シール抵抗が低くない場合にも、イオンチャンネル電流のより正確な計測を図る上で、印加膜電位の変動の抑制に基づくノイズ電流対策を施すことは有効である。
【0013】
2)微細貫通孔の位置にトラップされた細胞が、培養状態においてしばしば微細貫通孔から外れた位置に移動してしまう。このような細胞の移動によりイオンチャンネル電流の計測ができなくなる。
【0014】
そこで本発明は、プレーナーパッチクランプ装置における印加膜電位の変動を抑制してノイズ電流を低減させ、以ってイオンチャンネル電流の正確な計測を可能とすることを、解決すべき第1の課題とする。
【0015】
更に本発明は、微細貫通孔の位置にトラップされた培養状態の細胞が、その位置から移動しないように止めおく技術を開発することを、解決すべき第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
(第1発明の構成)
上記課題を解決するための第1発明の構成は、(1)電気絶縁性基板に、その両側の表面を連通させる、細胞を通過させないが液体を通過させ得る内径の微細な貫通孔を1以上設け、(2)前記貫通孔の第一表面側と第二表面側にはそれぞれ、導電性液体を保持するための液溜部と、該液溜部の導電性液体に対して通電可能に配置された電極部とを設け、(3)第一表面側の液溜部が細胞配置用の液溜部とされ、更に、(4)前記第一表面側及び第二表面側の電極部が以下の(a)~(c)の要素を備える、プレーナーパッチクランプ装置である。
【0017】
(a)前記液溜部に導電性液体が導入された際にその導電性液体に接することとなる容器壁の少なくとも一部が無機多孔質材料で構成されている電極容器。
【0018】
(b)上記の電極容器内に収容された、貴金属(「Nm」と表記する)の表層部にその貴金属の塩化物NmCl層を形成した電極。
【0019】
(c)上記の電極容器内に充填された、前記貴金属の塩化物NmCl及びアルカリ金属塩化物が飽和濃度で溶解した電極溶液。
【0020】
(第2発明の構成)
上記課題を解決するための第2発明の構成は、前記第1発明に係るプレーナーパッチクランプ装置において、第一表面側の液溜部が、光不透過性の材料によって構成された、細胞を配置するための主液溜と、第一表面側の電極部が配置された副液溜と、これらの主液溜及び副液溜を連通させる狭い通液路からなる、プレーナーパッチクランプ装置である。
【0021】
(第3発明の構成)
上記課題を解決するための第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に係るプレーナーパッチクランプ装置において、第二表面側の液溜部が導電性液体を導入及び排出するための通液路と連通され、かつ、この通液路に第二表面側の電極部が配置されている、プレーナーパッチクランプ装置である。
【0022】
(第4発明の構成)
上記課題を解決するための第4発明の構成は、前記第1発明~第3発明のいずれかに係るプレーナーパッチクランプ装置において、第一表面側に液溜部を複数に設け、これらの液溜部には神経細胞の細胞体より大きな幅と培養状態の細胞体の移動を阻止できる深さを有する凹部を形成している、プレーナーパッチクランプ装置である。
【0023】
(第5発明の構成)
上記課題を解決するための第5発明の構成は、前記第1発明~第4発明のいずれかに係るプレーナーパッチクランプ装置が以下の(A)及び/又は(B)の構成を備える、プレーナーパッチクランプ装置である。
【0024】
(A)第二表面側の液溜部が液体吸引デバイスに連絡されており、この液体吸引デバイスによって第二表面側の液溜部に陰圧を負荷できるようになっている。
【0025】
(B)基板の貫通孔における第一表面側の開口部周縁に細胞固定力を持つ細胞外マトリックス形成物質を付着させている。
【0026】
(第6発明の構成)
上記課題を解決するための第6発明の構成は、以下の(a’)~(c’)の要素を備える、プレーナーパッチクランプ装置用電極部である。
【0027】
(a’)容器壁の少なくとも一部が無機多孔質材料で構成された電極容器。
【0028】
(b’)上記の電極容器内に収容された、貴金属Nmの表層部にその貴金属の塩化物NmCl層を形成した電極。
【0029】
(c’)上記の電極容器に充填された、前記貴金属の塩化物NmCl及びアルカリ金属塩化物が飽和濃度で溶解した電極溶液。
【0030】
(第7発明の構成)
上記課題を解決するための第7発明の構成は、前記第6発明に係るプレーナーパッチクランプ装置用電極部において、容器壁の少なくとも一部を構成する無機多孔質材料が多孔質ガラス又は多孔質セラミックスである、プレーナーパッチクランプ装置用電極部である。
【0031】
(第8発明の構成)
上記課題を解決するための第8発明の構成は、前記第6発明又は第7発明に係るプレーナーパッチクランプ装置用電極部において、貴金属Nmが銀Ag又は白金Ptであり、アルカリ金属塩化物が塩化カリウムKClである、プレーナーパッチクランプ装置用電極部である。
【0032】
(第9発明の構成)
上記課題を解決するための第9発明の構成は、前記第6発明~第8発明のいずれかに係るプレーナーパッチクランプ装置用電極部において、電極が以下(C)又は(D)である、プレーナーパッチクランプ装置用電極部である。
【0033】
(C)電極容器内部に突出した棒状電極であって、貴金属Nmからなる芯材の表層部に貴金属塩化物NmCl層を形成している。
【0034】
(D)電極容器の壁部の内周面に形成した筒状電極であって、容器壁部側の底層が貴金属Nmの蒸着層であり、電極溶液に接する表面層が貴金属塩化物NmClの蒸着層である。
【0035】
(第10発明の構成)
上記課題を解決するための第10発明の構成は、前記第1発明~第5発明のいずれかに記載のプレーナーパッチクランプ装置の第二表面側の液溜部に導電性液体を導入すると共に、第一表面側の液溜部には測定対象である細胞を分散させた導電性液体を導入して第一表面側の液溜部と第二表面側の液溜部とを導電的に連通させ、前記細胞を第一表面側の液溜部の所定位置に配置したもとで、第一表面側及び第二表面側の電極部の電極間に電圧を印加して、測定対象である細胞のイオンチャンネル電流を計測する、細胞イオンチャンネル電流計測方法である。
【0036】
(第11発明の構成)
上記課題を解決するための第11発明の構成は、前記第10発明に係る細胞イオンチャンネル電流計測方法において、プレーナーパッチクランプ装置の基板の第一表面側には第4発明に記載した構成の複数の液溜部を設け、測定対象である細胞が神経細胞であり、導電性液体が前記神経細胞の細胞培養液である、細胞イオンチャンネル電流計測方法である。
【0037】
(第12発明の構成)
上記課題を解決するための第12発明の構成は、前記第11発明に係る細胞イオンチャンネル電流計測方法において、神経細胞には予めCaイメージングのためのCaプローブが導入されており、その細胞イオンチャンネル電流を、少なくとも、細胞活動電位の発生時あるいは活動電位の伝搬時に生じる蛍光の観察であるCaイメージングを含む手段により測定する、細胞イオンチャンネル電流計測方法である。
【0038】
(第13発明の構成)
上記課題を解決するための第13発明の構成は、前記第12発明に係る細胞イオンチャンネル電流計測方法において、Caプローブが導入された神経細胞を前記プレーナーパッチクランプ装置の第一表面側に複数ないし多数配置すると共に、これらの神経細胞のシナプスが相互に連接された神経細胞ネットワークとしておき、それらの内の単一の神経細胞に電流注入あるいは電圧印加することにより、前記複数ないし多数の神経細胞における前記Caイメージングによる測定を行う、細胞イオンチャンネル電流計測方法である。
【発明の効果】
【0039】
第1発明によれば、プレーナーパッチクランプ装置において一般的な、多点計測によるハイスループットスクリーニングが可能である点に加え、プレーナーパッチクランプ装置における印加膜電位の変動を抑制してノイズ電流を低減させ、以ってイオンチャンネル電流の正確な計測を可能とすることができる。
【0040】
細胞のイオンチャンネル電流の正確な計測を図る上で、プレーナーパッチクランプ装置のシール抵抗が低い場合はもちろんのこと、シール抵抗が低くない場合でもノイズ電流対策を施しておくことは有効かつ重要である。ノイズ電流対策としてはシール抵抗の増大以外に、電極側の印加膜電位の変動を抑制することも効果的である。
【0041】
プレーナーパッチクランプ装置の電極として貴金属Nm(例えば銀Ag)の表層部にその貴金属の塩化物NmCl層(例えばAgCl層)を形成した電極を用いる場合、上記のような印加膜電位の変動は、主としてAgCl/Ag電極の表面とそれを取り囲む溶液との間の界面電位の変動や、液-液界面電位の変動によるものである。
【0042】
そこで第1発明のように、電極部の電極容器内においてAgCl/Ag電極をAgCl及びアルカリ金属塩化物(例えばKCl)の飽和溶液である電極溶液に浸し、これらを無機多孔質材料で構成された容器壁を介して細胞培養液のような導電性液体(KCl濃度は数ミリモル程度である)に接触させておくと、電極容器の内部と外部が電気的に導通した状態となる。しかし、液体そのものは無機多孔質材料の細孔を余り通過できないため、電極容器内部の電極溶液と電極容器外部の導電性液体との混合は無視できる程に小さい。その結果、電極容器の内部と外部におけるKClの大きな濃度差が一定に保たれ、AgCl/Ag電極の界面電位や、液-液界面電位が一定となり、印加膜電位の変動が起こらないのである。
【0043】
第2発明によれば、光でチャンネルが開くイオンチャンネルを発現した細胞を用いて光によりチャンネル電流を制御する場合に、第一表面側の液溜部における細胞を配置するための主液溜に光を照射しても、主液溜に対して狭い通液路を介して連通されている副液溜には実質的に照射光が到達しないので、照射光が第一表面側の電極部を照射することによる不具合が防止される。この点に加えて、電極部の電極容器から僅かに漏れ出る電極溶液は、狭い通液路がバリアとなって、主液溜に配置した細胞の周囲にはほとんど到達しない。従って、第1発明に関して上記した印加膜電位の変動が更に徹底して防止される。この点を勘案すると、主液溜と副液溜を連通させる通液路は、例えば1mm以下の内径であることが特に好ましい。
【0044】
第3発明によれば、第二表面側の液溜部に対する導電性液体の導入及び排出を容易かつ確実に行えるだけでなく、光でチャンネルが開くイオンチャンネルを発現した細胞を用いて光によりチャンネル電流を制御する場合において、第一表面側の主液溜に光を照射しても、第二表面側の電極部は第二表面側の液溜部から離隔した通液路に配置されているので、照射光が第二表面側の電極部を照射することによる不具合が防止される。
【0045】
第4発明によれば、神経細胞の細胞体より大きな幅と培養状態の細胞体の移動を阻止できる深さを有する凹部が細胞体設置領域として形成しているので、一旦この凹部に神経細胞が配置されると、培養状態においてもその位置から移動できない。
【0046】
なお、第4発明において、更に複数の凹部を細胞体より小さな幅の溝で相互に連絡することも可能である。その場合、培養状態の複数の神経細胞が小さな幅の溝沿いに相互に2次元的ネットワークを形成することができる。その結果、2次元的ネットワークを形成した各神経細胞のイオンチャンネル電流を高い時間・空間分解能で測定することができる。更に好ましくは、その測定を同時多点的に行うことができる。
【0047】
第5発明の(A)の構成を備えるプレーナーパッチクランプ装置においては、液体吸引デバイスを用いて第二表面側の液溜部に陰圧を負荷することにより、基板の微細な貫通孔を通じて、第一表面側の液溜部から導電性液体を吸引できる。従って、その導電性液体中に分散させた細胞を貫通孔の開口部に定着させることができる点に加え、細胞膜と細胞外マトリックス18塗布表面との密着性が向上しシール抵抗が向上する。又、第5発明の(B)の構成を備えるプレーナーパッチクランプ装置においては、細胞外マトリックス形成物質によって、第一表面側の導電性液体中に分散させた細胞を貫通孔の開口部に定着させることができる。この場合、細胞をプレーナーパッチクランプ装置の所定位置にトラップする工程で、細胞のイオンチャンネル活性に影響し得るストレスが付加されない。
【0048】
第5発明のプレーナーパッチクランプ装置においては、(A)の構成を備えることもできるし、あるいは(B)の構成を備えることもできるが、(A)の構成と(B)の構成を同時に備えることもできる。
【0049】
第6発明によれば、第1発明~第5発明に係るプレーナーパッチクランプ装置に組み込むための新規で有用なプレーナーパッチクランプ装置用電極部が提供される。その効果は、第1発明に関して述べた通りである。
【0050】
第7発明によれば、プレーナーパッチクランプ装置用電極部の電極容器壁の少なくとも一部を構成する無機多孔質材料の好ましい実施形態が提供される。
【0051】
第8発明によれば、プレーナーパッチクランプ装置用電極部の電極に用いる貴金属について、好ましい実施形態が提供される。
【0052】
第9発明によれば、プレーナーパッチクランプ装置用電極部の電極の形状及び構造に関して、好ましい実施形態が提供される。
【0053】
第10発明によれば、第1発明~第5発明のいずれかに記載のプレーナーパッチクランプ装置を用いた新規な細胞イオンチャンネル電流計測方法が提供される。この方法の効果は第1発明~第5発明に関して述べた通りであるが、要するに、プレーナーパッチクランプ装置における印加膜電位の変動を抑制して、ノイズ電流を低減させ、以ってイオンチャンネル電流の正確な計測を可能とした点に最大の効果がある。
【0054】
第11発明によれば、第10発明に係る細胞イオンチャンネル電流計測方法において、神経細胞を用いた場合の優れたイオンチャンネル電流計測方法が提供され、特に、2次元的ネットワークを形成した各神経細胞のイオンチャンネル電流を高い時間・空間分解能で測定でき、更にその測定を同時多点的に行うことができる。
【0055】
第12発明によれば、第10発明、第11発明のようなイオンチャンネル電流の正確な計測に加え、プレーナーパッチクランプ装置の基板上方のスペースを利用して、神経細胞やそのネットワークの機能解析に重要なCaイメージングを行うことができるという大きな利点が得られる。
【0056】
第13発明によれば、プレーナーパッチクランプ装置の基板の微細な貫通孔上にある単一の神経細胞(第1の神経細胞)を電流注入あるいは電圧印加により刺激して活動電位を発生させることができ、同時にその活動電位が神経細胞ネットワークを通じて隣接する周囲の神経細胞(第2の神経細胞)に伝搬し、更には第2の神経細胞からこれに隣接する第3の神経細胞伝搬する様子をCaイメージングにより計測することができる。従来の技術として、例えば電極刺激法があるが、この方法の場合、単一の神経細胞を選択的に刺激することが困難であり、解析が複雑となる。又、他の従来技術であるマイクロピペット電極による刺激では、単一の神経細胞を選択的に刺激できるが、ハイスループットスクリーニングに必要な多チャンネル化が困難であるが、第13発明によれば、計測部を非常に小型化できるので、多チャンネル化が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】第1実施例に係るプレーナーパッチクランプ装置の断面図を示す。
【図2】雑音電流とイオンチャンネル電流を、シール抵抗と膜電位の変動電圧ΔVmの関数として示す。
【図3】第1実施例に係る電極部の詳細な構造を断面図で示す。
【図4】第1実施例で実際に製作した電極部の写真を示す。
【図5】従来のAgCl/Ag電極(「Normal AgCl/Ag electrode」と表記)を用いた場合と本発明の電極部(「Stable AgCl/Ag electrode」と表記)を用いた場合との、印加電圧0mVでの電流変動の計測結果を示す。
【図6】図6(a)は第2実施例に係るプレーナーパッチクランプ装置の要部断面図を示し、図6(b)は複数の円形の凹部24と、これらを相互に連絡する細い溝の平面図を示す。
【図7】第3実施例におけるイオンチャンネル電流の計測結果を示す。
【図8】神経細胞ネットワークのCaイメージングに関する第4実施例を図示する。
【符号の説明】
【0058】
1 基板
2、3 スペーサー
4、5 プレート
6 主液溜
7 副液溜
8 通液路
9 液溜部
10 導入用通液路
11 排出用通液路
12 細胞
12a 第1の神経細胞
12b 第2の神経細胞
13 電極容器
14 電極溶液
15 AgCl/Ag 電極
16 無機多孔質材料
17 電極ピン
18 細胞外マトリックス形成物質
19 貫通孔
20 シール材料
21 吸引チューブ
22 陰圧測定圧力計
23 吸引ポンプ
24 凹部
【発明を実施するための形態】
【0059】
次に本発明の実施形態を、その最良の形態を含めて説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されない。

【0060】
〔プレーナーパッチクランプ装置〕
本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置においては、その電気絶縁性の基板における両側の表面である第一表面側(細胞を配置する表面側)と第二表面側とを連通させる微細な貫通孔を設けている。なお、実施例においては基板を水平方向に配向させた横縦置き型のプレーナーパッチクランプ装置を示すが、基板をその他の方向に配向させたもの、例えば基板を垂直方向に設けた縦置き型のプレーナーパッチクランプ装置も本発明に包含される。

【0061】
電気絶縁性の基板として、ガラス製、セラミックス製、プラスティック製等の基板を好ましく使用することができる。一例として、シリコン基板を用いる場合、第一表面側のシリコン層と、中間の酸化シリコン層と、第二表面側のシリコン層とが順次に積層された構造を有するシリコン基板(SOI基板)が好ましい。このような積層構造のシリコン基板においては、極めて絶縁性の高い中間層が二つのシリコン層間に存在するので、測定対象細胞のイオンチャンネル閉鎖時に高抵抗状態を確立でき、バックグラウンドのノイズを低減できる。

【0062】
基板に設ける貫通孔の個数は限定されず、1個でも良いが、複数個~多数個であること(例えば、2個~数十個、あるいはそれ以上)が特に好ましい。微細な貫通孔の内径は、液体を通過させるが細胞を通過させない程度の内径(例えば1~3μm程度)であることが好ましいが、これらの内径に限定されない。

【0063】
又、本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置においては、前記貫通孔の第一表面側と第二表面側にそれぞれ、導電性液体を保持するための液溜部と、該液溜部の導電性液体に対して通電可能に配置された電極部とを設けている。

【0064】
液溜部の構成は、「導電性液体を保持し、かつ導電性液体に対して電極部を通電可能に配置できる」と言う要求を満たす限りにおいて構成を限定されないが、例えば、実施例に示すように、基板の第一表面側と第二表面側にそれぞれスペーサー部材やプレート部材を重ね、スペーサー部材には基板の貫通孔に対応する位置に切欠き部を設けることで形成することができる。

【0065】
必ずしも限定はされないが、第一表面側のスペーサー部材及びプレート部材は光不透過性の材料からなることが好ましく、第二表面側のスペーサー部材及びプレート部材は光透過性の材料からなることが好ましい。

【0066】
液溜部は、それ自体が液密に構成されると共に、導電性液体(あるいは細胞を分散させた導電性液体)を導入したり排出したりするための通液路または開閉可能な開口部を備える。プレーナーパッチクランプ装置が基板を水平方向に配向させる横置き型である場合には、基板の第一表面側の液溜部は、その液溜部の上部をカバーグラスのような蓋用部材で塞ぎ、必要により蓋用部材を取り外して液溜部を開口させることもできる。

【0067】
本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置においては、第一表面側及び第二表面側に新規な構成の電極部を備えるが、この点は「プレーナーパッチクランプ装置用電極部」の項において後述する。

【0068】
更に、本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置においては、前記第一表面側の液溜部が、光不透過性の材料によって構成された、細胞を配置するための主液溜と、第一表面側の電極部が配置された副液溜と、これらの液溜を連通させる狭い通液路からなる構成とすることも好ましい。又、前記第二表面側の液溜部が導電性液体を導入及び排出するための通液路と連通され、かつ、この通液路に第二表面側の電極部が配置されている構成とすることも好ましい。特に好ましくは、前記第一表面側に液溜部を複数に設け、これらの液溜部には神経細胞の細胞体より大きな幅と培養状態の細胞体の移動を阻止できる深さを有する凹部を形成することができる。更に、これらの複数の凹部を細胞体より小さな幅の溝で相互に連絡することも可能である。又、プレーナーパッチクランプ装置を、以下の(A)及び/又は(B)の構成を備えるものとすることも好ましい。

【0069】
(A)第二表面側の液溜部が液体吸引デバイスに連絡されており、この液体吸引デバイスによって第二表面側の液溜部に陰圧を負荷できるようになっている。

【0070】
(B)基板の貫通孔における第一表面側の開口部周縁に細胞固定力を持つ細胞外マトリックス形成物質を付着させている。

【0071】
上記の細胞外マトリックス形成物質の構成材料としては、ポリリジン、コラーゲン(I型、II型、IV型)、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、プロテオグリカン(バーシカン、デコリンなど)、プロテオグリカン(アグリカン)、リンクタンパク質、エンタクチン、テネイシン、プロテオグリカン〔コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカンなど)、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン〕、ヒアルロン酸(グリコサミノグリカンの一種)、エラスチン、フィブリンなどが例示される。

【0072】
〔プレーナーパッチクランプ装置用電極部〕
更に、本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置用電極部は、以下(a’)~(c’)の要素を備え、第一表面側及び第二表面側に設けられる。

【0073】
(a’)容器壁の少なくとも一部が無機多孔質材料で構成された電極容器。

【0074】
(b’)上記の電極容器内に収容された、貴金属Nmの表層部にその貴金属の塩化物NmCl層を形成した電極。

【0075】
(c’)上記の電極容器に充填された、前記貴金属の塩化物NmCl及びアルカリ金属塩化物が飽和濃度で溶解した電極溶液。

【0076】
上記における貴金属Nmの種類は限定されないが、銀Ag及び白金Ptが好ましく、特に銀Agが好ましい。従って、貴金属の塩化物NmClとしても、銀の塩化物AgCl及び白金の塩化物AgClが好ましく、特に銀の塩化物AgClが好ましい。又、アルカリ金属塩化物としては、限定はされないが、塩化カリウムKClであることが好ましい。容器壁の少なくとも一部を構成する無機多孔質材料は、好ましくは多孔質ガラス又は多孔質セラミックスである。

【0077】
更に、前記電極部における電極が以下(C)又は(D)であることも、好ましい。

【0078】
(C)電極容器内部に突出した棒状電極であって、貴金属Nmからなる芯材の表層部に貴金属塩化物NmCl層を形成している。

【0079】
(D)電極容器の壁部の内周面に形成した筒状電極であって、容器壁部側の底層が貴金属Nmの蒸着層であり、電極溶液に接する表面層が貴金属塩化物NmClの蒸着層である。

【0080】
〔細胞イオンチャンネル電流計測方法〕
本発明に係る細胞イオンチャンネル電流計測方法は、上記に記載の種々の形態に係るプレーナーパッチクランプ装置を用い、その第二表面側の液溜部に導電性液体を導入すると共に、第一表面側の液溜部には測定対象である細胞を分散させた導電性液体を導入して第一表面側の液溜部と第二表面側の液溜部とを導電的に連通させ、前記細胞を第一表面側の液溜部の所定位置に配置したもとで、第一表面側及び第二表面側の電極部の電極間に電圧を印加して、測定対象である細胞のイオンチャンネル電流を計測する方法である。

【0081】
その場合において、プレーナーパッチクランプ装置の基板の第一表面側には複数の液溜部を設け、測定対象である細胞が神経細胞であり、導電性液体が前記神経細胞の細胞培養液である場合が、とりわけ特徴的な実施形態である。

【0082】
(Caイメージング)
細胞のイオンチャンネル電流を計測する手段やシステムは特に限定されず、例えば通常の電流計測を行うことができるが、更に好ましい手段としてCaイメージング(カルシウムイメージング)が挙げられる。Caイメージングは、とりわけ複数ないし多数の神経細胞ネットワークの解析において有効である。

【0083】
Caイメージングとは、周知のように、Caイオンと結合して蛍光を発する色素(「Ca蛍光指示薬」とか「Caプローブ」とか呼ばれる)を細胞内に導入しておいて、神経細胞に活動電位が発生した時に細胞体にCaイオンが流入する現象を蛍光として捉える方法である。

【0084】
細胞、特に神経細胞のイオンチャンネル電流の計測においてCaイメージングが有効である理由については、前記「発明の効果」の項で、第12発明及び第13発明に関して述べた通りである。
【実施例】
【0085】
次に本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されない。
【実施例】
【0086】
〔第1実施例〕
本実施例に係るプレーナーパッチクランプ装置を図1に示す。この装置は、イオンチャンンネルバイオセンサーとして機能する培養型のプレーナーパッチクランプ装置である。
【実施例】
【0087】
プレーナーパッチクランプ装置における電気絶縁性の基板1として、シリコン基板を用いている(非特許文献1)。図1では基板1に単一のプレーナーパッチクランプ装置を構成しているが、より大面積の基板1を用いて、多数のプレーナーパッチクランプ装置を構成することもできる。
【実施例】
【0088】
基板1には、その第一表面側(図の上側)と第二表面側(図の下側)を連通させる、直径1~3μmの微細な貫通孔19が設けられている。図1では貫通孔19は基板1の中央に1個設けられているが、より大きな基板を用いて多数の貫通孔19を設け、これらの各貫通孔19に対してそれぞれ、以下のように構成しても良い。貫通孔19の第一表面側の開口部上には細胞12が配置されている。
【実施例】
【0089】
基板1はその第一表面側と第二表面側を1対のスペーサー2、3で挟着されている。スペーサー2、3の構成材料は限定されない。しかし、第一表面側のスペーサー2については、好ましくは、弾力性のある光不透過性の材料、例えばシリコンゴムやPDMS(polydimethylesiloxane)等を用いることができる。一方、第二表面側のスペーサー3については、好ましくは、光透過性の材料を用いることができる。
【実施例】
【0090】
スペーサー2における上記細胞12の配置部分には例えば円形の切欠き部が設けられ、この切欠き部に細胞12が配置される。スペーサー3においても、スペーサー2と対応する部分に例えば円形の切欠き部が設けられ、貫通孔19における第二表面側の開口部がこの切欠き部に開口している。
【実施例】
【0091】
そして、上記の基板1及び1対のスペーサー2、3の全体が1対の丈夫なプレート4、5で締め付けられた構造となっている。プレート4、5の材料としては、120℃程度でのオートクレーブ滅菌に耐えられる材料であれば特段に限定されない。しかし、第一表面側のプレート4については、好ましくは、光不透過性の材料を用いることができる。一方、第二表面側のプレート5については、好ましくは、光透過性の材料を用いることができる。
【実施例】
【0092】
以上の構成において、第一表面側のプレート4の中央部には、第一表面側のスペーサー2の上記した切欠き部に対応して、同様の位置に同様の大きさの、例えば円形の切欠き部が設けられる。プレート4の中央部に設けた切欠き部の周縁には、プレートの厚さの薄い凹部状の段部を形成し、この段部にカバーグラスのような蓋用部材(図示省略)を設置することによって、上記のスペーサー2における切欠き部の開口を開閉可能に構成しても良い。こうして、第一表面側に主液溜6が構成される。
【実施例】
【0093】
一方、第二表面側のスペーサー3における切欠き部の開口をプレート5により塞ぐことで、第二表面側の液溜部9が形成されている。第一表面側に設けた主液溜6と、第二表面側の液溜部9とは、貫通孔19を介して連通している。
【実施例】
【0094】
主液溜6は、第一表面側の液溜部の第1の領域を構成するものであって、この主液溜6に対してスペーサー2に設けた狭い通液路8を介して連通されたスペースを、第一表面側の液溜部の第2の領域を構成する副液溜7としている。副液溜7は、スペーサー2及びプレート4に共通に設けた穴によって形成されている。副液溜7には後述する第一表面側の電極部が配置される。
【実施例】
【0095】
主液溜6、通液路8及び副液溜7によって構成される第一表面側の液溜部には、導電性液体が導入・保持される。この導電性液体には、測定対象である細胞を分散させておくことができる。導入される導電性液体としては、140mM NaCl, 3mM KCl, 10mM 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid (HEPES), 2.5mM CaCl2,1.25mM MgCl2 及び10mM glucose at pH 7.4 (with HCl)等の緩衝液、又は10%(v/v)FBS,1%(v/v)GlutamaxTM(Gibco)を添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM: Sigma)の細胞培養の培地などが用いられる。これらの導電性液体の組成は細胞の種類によって適宜変更される。
【実施例】
【0096】
第二表面側の液溜部9には、40mM CsCl,80mM CsCH3SO4,1mM MgCl2, 10mM
HEPES,2.5mM MgATP,0.2mM Na2EGTA,(pH7.4)等のピペット溶液と呼ばれる緩衝液、又は細胞培養の培地などを導入する。液溜部9に対する導電性液体の導入はチューブ状の導入用通液路10によって行い、その排出は排出用通液路11によって行う。本実施例では、導入用通液路10及び排出用通液路11として、外径1mm、内径0.5mmのPEEK製のチューブを用いたが、これらの通液路の構成材料についても、120℃程度でのオートクレーブ滅菌に耐えられる材料であれば、他の材料を用いても良い。
【実施例】
【0097】
排出用通液路11にも、第一表面側の電極部と同様に構成された第二表面側の電極部が設置されている。通常、第一表面側の電極部の電極は接地され、第二表面側の電極部の電極に膜電圧が印加される。
【実施例】
【0098】
細胞12を分散させた導電性液体を主液溜6に導入した場合において、細胞12を図1に示す貫通孔19の開口位置に配置させるためには、例えば第2実施例で後述するように、第二表面側の液溜部9に連絡させた液体吸引デバイスによって液溜部9の導電性液体を吸引すれば、貫通孔19を通じて主液溜6の導電性液体も吸引されるため、細胞12が上記の位置に配置される。更にこの場合、吸引圧によって貫通孔19に接する部分の細胞12の細胞膜に微細な穴を形成することができる。このような穴を細胞膜に形成するには、他にも、nystatin やamphotericin B 等の細胞膜穿孔性の抗生物質を溶かした溶液を導入用通液路10から第二表面側の液溜部9に導入すると言う方法もある。このような穴を細胞膜に形成すると、細胞内と第二表面側の液溜部9が電気的に導通した状態となる(非特許文献1)。
【実施例】
【0099】
一方、培養型のプレーナーパッチクランプ装置の場合には、細胞12を図1に示す貫通孔19の開口位置に配置させる手段として、基板1の貫通孔19における第一表面側の開口部周縁に、細胞固定力を持つ細胞外マトリックス形成物質18を付着させておくこともできる。
【実施例】
【0100】
以上の構成において、細胞12には所定のイオンチャンネルが発現されており、そのイオンチャンネルを開く刺激物質が第一表面側の液溜部に加えられると、イオンチャンネルが開き、第一表面側の電極部と第二表面側の電極部間に、印加電圧に応じたチャンネル電流が流れる。このとき、細胞12の細胞膜と基板1との間に隙間があると、シール抵抗が低下してチャンネル電流にリーク電流が重畳する。
【実施例】
【0101】
膜電位は、電極間に実際に印加される電圧に、空間に存在する電磁波による誘導電圧や、電極金属表面とそれをとりまく緩衝液との間の界面電位や、液/液界面電位が重畳されるので、誘導雑音や界面電位の変動によりリーク電流がそれに対応して変動する。そのため、イオンチャンネル電流に対しては、ベースラインの変動という雑音として現れる。これら、ベースライン変動雑音電流、およびイオンチャンネル電流を、シール抵抗と膜電位の変動電圧DVmの関数として図2に表した。
【実施例】
【0102】
図2から明らかなように、シール抵抗がギガオーム以上を容易に得られるピペットパッチクランプにおいては、膜電位の変動DVmが比較的大きくてもベースライン変動雑音の影響は無視できるほどに小さいが、シール抵抗が比較的小さな(~10MΩ)培養型プレーナーパッチクランプにおいては、この膜電位の変動DVmを小さくする必要がある。本発明は、膜電位の変動が小さく安定な電極を開発しDVmを大幅に小さくし、シール抵抗が小さくても雑音電流が小さく抑えて計測の出来るプレーナーパッチクランプ技術を提供する。
【実施例】
【0103】
第一表面側及び第二表面側の電極部の詳細な構造を図3に示す。内径1mmのパイレックス(登録商標)ガラスからなる筒状の電極容器13の内部は、KClとAgClが飽和濃度で溶解した電極溶液14で満たされている。KCl濃度は3.3M/L、AgClは約1.1mM/Lを添加している。なお、KClの場合、飽和濃度は常温で約3.3M/Lである。電極容器13内に収容されたAgCl/Ag電極15において、銀線の表面にはAgClがコートしてある。このようなAgCl/Ag電極15は、銀線の表面にAgCl粉末を塗布して形成したり、あるいは、次亜塩素酸ナトリウムを含む漂白剤などに銀線を浸しても製作できる。又、KCl溶液内での電気メッキによっても製作できる。
【実施例】
【0104】
電極容器13の先端部は、多孔質ガラスや多孔質セラミックス等の無機多孔質材料16で塞いでいる。無機多孔質材料16として、実際にはバイコールガラス(コーニング社)を使用した。このように電極容器13の容器壁の一部を構成している無機多孔質材料16は、その先端が導電性液体(細胞培養液や緩衝液)に浸漬される。導電性液体中のKCl濃度は数ミリモルであるが、この無機多孔質材料16の効果で、電極容器13の容器内と容器外が電気的には導通した状態でありながら、電極溶液14と容器外の導電性液体との混合は無視できるほど小さいため、容器内と容器外での大きなKCl濃度差が一定に保たれ、これによりAgCl/Ag電極15の界面電位や液/液界面電位が一定に保持される。電極容器13の基端部はシール材料20でシールされ、そこから電極ピン17が突出している。
【実施例】
【0105】
実際に製作した電極部の写真を図4に示す。図4の上側の写真は第二表面側の電極部であり、図1に示す排出用通液路11との接続用の管継手を組み付けた状態のものであって、無機多孔質材料16が管継手の管路内に露出している。図4の下側の写真は第一表面側の電極部であり、図1に示すように副液溜7に設置される。
【実施例】
【0106】
光でチャンネルが開くイオンチャンネルを発現した細胞を用いてチャンネル電流を制御する場合において、第一表面側及び第二表面側の電極部を以上のように配置すれば、第一表面側の液溜部が光不透過性のスペーサー2やプレート4によって形成されるので、主液溜6に照射される照射光が、第一表面側及び第二表面側の電極部のAgCl/Ag電極を照射することがない。又、主液溜6には細胞が設置してあり、細胞の外部の導電性液体のカリウムイオン濃度は数mM程度と小さいので、微量とは言え、電極部から漏れ出るKClの影響を抑える事が望ましい、そのため、第一表面側の液溜部については、主液溜6に加えて副液溜7を作り、これらの主液溜6及び副液溜7を幅1mm以下の狭い通液路8で連結している。
【実施例】
【0107】
本発明に係るプレーナーパッチクランプ装置用電極部の効果を調べる目的で、従来の通常のAgCl/Ag電極を用いた場合と、本発明の電極部を用いた場合とにおける印加電圧0mVでの電流変動を比較した結果を図5に示す。貫通孔19の直径が約2μmであるシリコン基板を図1のプレーナーパッチクランプ装置にセットし、細胞12を設置しない状態で、印加電圧0mVで電流変動を計測した。貫通孔19の抵抗は約2MΩであるので、従来のAgCl/Ag電極では、約0.5mVのゆっくりした界面電位変動があり、これが大きくベースラインを変動させているのに対し、本発明の電極部では、界面電位変動は無視できるほど小さい。測定はAxopatch200B(Molecular Devices社)で行った。図5のカッコ内には計測した時のAxopatch200 Bのロウパスフィルターの周波数を示す。図に示すように本発明の電極の安定化の効果は極めて大きい。
【実施例】
【0108】
〔第2実施例〕
第2実施例に係るプレーナーパッチクランプ装置の要部を図6(a)に示す。装置の構成は基本的に図1と同じであるが、基板1の微細な貫通孔19の付近のみが構造が異なる。即ち、基板1の貫通孔19における第一表面側の開口部には、細胞体より大きな幅と培養状態の細胞体の移動を阻止できる深さを有する凹部24が、細胞体配置領域として形成されている。
【実施例】
【0109】
培養型のプレーナー型パッチクランプ装置においては、細胞を貫通孔の上に設置したとしても、培養中に細胞が移動してしまうことがしばしば起こり、シール抵抗が変動したり、細胞が孔から外れてセンサー動作そのものが働かなくなってしまうことがある。本実施例では、細胞のサイズよりやや大きめの凹部24を貫通孔19の開口部に形成し、この凹部24に細胞が設置されたら培養中に細胞が移動できないような構造となっている。通常の細胞の大きさは長径が10~30μm程度であるから、凹部24のサイズとしては、細胞の種類によって異なるが、細胞の長径より直径で10~30μm程度に大きめの円形や矩形の平面形状であれば良い。凹部の深さも、細胞の大きさによるが、通常は5~12μm程度であれば、十分に目的を達成できる。凹部24の底部には、細胞固定力を持つ細胞外マトリックス形成物質18を塗布することも好ましい。
【実施例】
【0110】
細胞外マトリックス形成物質18としては、神経細胞やPC12細胞にはポリL-リジンあるいはポリD-リジン、ラミニン等が適している、又、HEK293細胞にはコラーゲンIVやフイブロネクチンが適している。
【実施例】
【0111】
上記のような凹部24のパタンの形成には、基板1がSiやガラス、セラミックスの場合は、凹部24の深さに相当する厚みのホトレジストをスピナーでコートし、所定のホトマスクを使用して露光現像することにより、容易に形成できる。又、基板1がプラスチックの場合は、ホットエンボス加工や射出成形によって容易に形成することができる。
【実施例】
【0112】
測定対象である細胞12が神経細胞の場合には、円形または矩形の凹部24に加え、アクソンや樹上突起が伸長できるような細い溝を、凹部24から延長される状態に形成する(例えば凹部24を中心として放射状に複数本の細い溝を延設する)ことが特に好ましい。更に、神経細胞を測定対象とする場合、基板1に複数の凹部24を設けると共に、これらの複数の凹部24間を上記の細い溝で相互に連絡することにより、培養中に神経細胞のネットワークが形成されるようにすることが特に好ましい場合もある。
【実施例】
【0113】
本実施例においては、細胞を凹部24に設置する際、第二表面側の液溜部9に連通させた吸引チューブ21を通して、吸引ポンプ23により吸引し、第二表面側の液溜部9に陰圧を負荷することができる構造を有する。吸引チューブ21の所定の部分には、この陰圧を計測するための陰圧測定圧力計22が設置されている。この吸引チューブ21は、第1実施例で述べた排出用通液路11を兼ねることも出来る。このような吸引装置を設けることは不可欠ではないが、吸引装置を設ける場合には、吸引に適した陰圧は、細胞の種類を考慮して、通常、0.01気圧~0.5気圧程度とする。
【実施例】
【0114】
上記の細い溝も含めて凹部24を形成した例を図6(b)に示す。この場合には、細い溝の交点に直径30~50μmの円形のパタンを有する格子状のパタンのニッケルモールドを利用してホットエンボスにより凹部24と細い溝を形成した。
【実施例】
【0115】
実際に、HEK293細胞を貫通孔19の部位に来るように吸引ポンプ23で吸引して、第二表面側の液溜部9に-0.2気圧~-0.5気圧の陰圧を負荷しながら、細胞を播種した。このとき、凹部24以外の部位にも細胞が播種されていたが、このようなことは、細胞培養の観点からはむしろ好ましい。このように、凹部24を形成した本実施例によれば、非常に安定なイオンチャンネル電流を計測することが出来る。なお、凹部24は細胞の移動を防ぐことが目的であるので、その形状としては、図6(a)に示すような底面と側壁部が直角をなす矩形の断面形状に限ることなく、断面が半円形あるいは半楕円形の(例えばお椀のような)断面形状でも良い。
【実施例】
【0116】
なお、吸 引ポンプ23設置の効果は細胞播種時以外にもある。即ち、チャンネル電流計測時に吸引し、第二表面側の液溜部9に陰圧を印加することにより、細胞が微細な貫通孔19を通して液溜部9の方に引っ張られる結果として、細胞膜と細胞外マトリックス18塗布表面との密着性が向上しシール抵抗が向上する。即ち、イオンチャンネル電流の計測における雑音を低減できるという効果がある。この効果の向上の程度は細胞の大きさや貫通孔19の位置と細胞の位置との相対的関係により様々に異なるが、およその陰圧の適切な値は0.01~0.5気圧で、これにより2倍
から10倍のシール抵抗の向上が達成できた。
【実施例】
【0117】
〔第3実施例〕
上記のように凹部24を備えた基板1を用い、基板1の第二表面側の液溜部9にはこれに連通された液体陰圧印加用の吸引機構を備え、その他の点は図1に示す構成とした培養型プレーナーパッチクランプ装置を用いて、細胞のイオンチャンネル電流を計測した。基板1として図5に示す計測に使用したものと同じシリコン基板を用いた。細胞としては、(a)チャンネルロドプシン2(ChR2)を発現したC2C12細胞と、(b)チャンネルロドプシンワイドレシーバー(ChR-WR)を発現したHEK293細胞を用いた。これらのイオンチャンネルは、青色の光によってチャンネルが開くことが知られている(ChR2:Philipp Schoenenberger et al, Brain Cell Biology 36 (2008) 119, ChR-WR : Hongxia Wang, et al, J. Biol. Chem., 284 (2009) 5685)。
【実施例】
【0118】
刺激用の光源としては波長473nmのレーザーを用いた。印可膜電位は(a)、(b)ともに、下から、-60、-30、-20、-10、20、30、50及び70mVであった。照射レーザーパワーは約2mW、レーザー光は直径約50μmに集光した。計測の結果を図7に示すように、(a)、(b)のいずれの場合も、本発明に係る電極部の効果により、シール抵抗が10MΩと低いにもかかわらず、良好なS/N比でチャンネル電流の計測に成功している。
【実施例】
【0119】
〔第4実施例〕
本発明の第4実施例を図8に基づいて説明する。図8(a)はプレーナーパッチクランプ装置の正面断面図であって、図の中央に断面を示す基板上には、左側の第1の神経細胞12aと右側の第2の神経細胞12bが図示されている。これらの神経細胞12a、12bは、実際には前記した凹部24中に配置され、凹部24間は細い溝を通じて連絡されているが、図示の便宜上、凹部24や細い溝の図示を省略している。そして、図示省略の細い溝を通じて、第1の神経細胞12aと第2の神経細胞12bが軸索とシナプスにより連接されている。
【実施例】
【0120】
本発明のAgCl/Ag安定電極である下部電極(第2の表面側の電極)から電圧を印加し、微細な貫通孔上に設置された第1の神経細胞12aに電流を注入し、これにより神経細胞12aに活動電位を発生させる。この活動電位は軸索を伝搬し、シナプスでの神経伝達物質の放出、さらにシナプス後膜表面の受容体タンパクによる神経伝達物質の受容によるイオンの流入と、これによる隣接の第2の神経細胞12bでの活動電位発生を誘起する。これにより、隣接の第2の神経細胞12bへのCaイオン流入と、あらかじめ神経細胞に導入されたCaプローブの蛍光のパルス状の発光という一連の経過が観察される。
【実施例】
【0121】
すなわち、本発明の装置を用いて第1の神経細胞12aで活動電位を発生し、軸索とシナプスを経由して、隣接する第2の神経細胞12bでこの活動電位の伝搬を受信するというシステム構成の応用の実施例である。
【実施例】
【0122】
プレーナーパッチクランプ装置の基板としては、表面に直径2ミクロンの微細な貫通孔を有するポリメタクリルレート(PMMA)基板を使用した。基板表面を細胞外マトリックスであるポリLリジンでコートしておき、この表面に、ラット大脳皮質から採取した神経細胞を3×102から6×103/mmの密度で播種し、神経細胞ネットワ-クを形成した。ネットワークが形成されるまでは、基板の上部および下部の液溜めは神経細胞の培地で満たしておき、Caプローブを神経細胞に導入し、微細な貫通孔から電流注入を行う時点で上部下部それぞれ、細胞外液、細胞内液の緩衝液と入れ替えた。
【実施例】
【0123】
本実施例においては、図8(a)に示すようにどれか一つの神経細胞12aが微細な貫通孔のうえに配置されていることが必要である。他の、例えば図示する神経細胞12b等は、微細な貫通孔上に配置されていることは必要ではないが、電流注入や電圧印加を行わない限りにおいて、微細な貫通孔上に配置されていても構わない。本発明の基本構成から容易に類推されることとして、神経細胞12bも微細な貫通孔上に配置されている構成においては、ここに本発明の安定電極を、神経細胞12a側の液溜め部とは電気的に絶縁した形で、神経細胞12bの付近の基板の上部(第一の表面側)と下部(第二の表面側)に配置しておけば、神経細胞12bに到達した活動電位の影響でこれにイオンチャネル電流が発生するので、この電流をCaイメージングでのみならず、同時に神経細胞12bのイオンチャネル電流として計測することも容易に達成される。
【実施例】
【0124】
この神経細胞ネットワークは蛍光顕微鏡で観測できるように設定されており、さらに顕微鏡により観察される像をCCDカメラで観測できるよう設定されている。この設定において、下部側の電極に、パルス幅の短い電流パルス又は電圧パルスを印加する。
【実施例】
【0125】
本実施例では、パルス幅1ミリ秒、700pAの電流を、下部電極から、微細な貫通孔上の神経細胞12aに注入すると、この神経細胞12aに活動電位が発生した。神経細胞12a及び12bには予めCaイメージング用のCaプローブが導入してある。本実施例では、オレゴングリ-ンBapta-1と言うCaプローブ用の色素溶液を所定の手順で細胞内に導入した。Caイメージング用の色素であれば、他のものでも同じ効果が得られた。
【実施例】
【0126】
微細な貫通孔上の神経細胞12aに活動電位が発生し、この細胞体にCaイオンが流入するため、図8(b)の上段の「細胞1」と付記するグラフに示すパルス状の信号出力がCCD出力として得られた。更に、この活動電位は神経細胞12aの軸索を伝搬し、シナプスを経由して隣接する神経細胞12bに伝搬し、この細胞にCaイオンの流入を誘起した。その結果、この神経細胞12bのCaプローブの蛍光強度が瞬時増大し、「細胞1」と付記する上段のグラフの信号に同期した、神経細胞12bの信号(「細胞2」と付記する下段のグラフ)が得られた。
【実施例】
【0127】
本実施例は、本発明が神経細胞ネットワークのハイスループットスクリーニング装置に応用できることを示す。軸索を経由する神経細胞間の信号伝搬は神経細胞ネットワークの基本特性であるので、この基本特性の劣化あるいは回復などの関与する薬剤の性能評価を本実施例のシステムで達成できる。さらに本発明の装置自体がピペットパッチクランプと比較して非常に小型であることから、ハイスループット装置構成に必須の多チャンネル化が容易である。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明によって、印加膜電位の変動を抑制してノイズ電流を低減させ、細胞イオンチャンネル電流の正確な計測が可能なプレーナーパッチクランプ装置が提供される。
【0129】
より具体的には、培養型プレーナーパッチクランプ装置は培養を必要とする神経細胞のハイスループットスクリーニングに適する。近年、神経細胞ネットワークの機能解析やハイスループットスクリーニングへの必要性、特にチャンネル電流計測による装置の必要性が国際的にも高まりつつあるが、成功例は報告されていない(Jonathan Erickson et al., Journal of Neuroscience Methods, 175, (2008) 1-16 など)。本発明の電極部は、神経細胞ネットワークの機能解析用プレーナーパッチクランプ装置や神経細胞を用いたイオンチャンネル電流を計測する方式のハイスループットスクリーニング装置の電流計測用の電極に用いると、これまで実現が困難であったこれらの装置を実現できる。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
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