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明細書 :探針を用いたイオン化方法および装置,ならびに分析方法および装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5034092号 (P5034092)
登録日 平成24年7月13日(2012.7.13)
発行日 平成24年9月26日(2012.9.26)
発明の名称または考案の名称 探針を用いたイオン化方法および装置,ならびに分析方法および装置
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
H01J  49/10        (2006.01)
H01J  49/04        (2006.01)
FI G01N 27/62 G
H01J 49/10
H01J 49/04
請求項の数または発明の数 16
全頁数 19
出願番号 特願2010-534854 (P2010-534854)
出願日 平成21年10月19日(2009.10.19)
国際出願番号 PCT/JP2009/068294
国際公開番号 WO2010/047399
国際公開日 平成22年4月29日(2010.4.29)
優先権出願番号 2008271954
優先日 平成20年10月22日(2008.10.22)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成23年3月7日(2011.3.7)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
発明者または考案者 【氏名】平岡 賢三
個別代理人の代理人 【識別番号】100080322、【弁理士】、【氏名又は名称】牛久 健司
【識別番号】100104651、【弁理士】、【氏名又は名称】井上 正
【識別番号】100114786、【弁理士】、【氏名又は名称】高城 貞晶
審査官 【審査官】島田 英昭
参考文献・文献 国際公開第2007/126141(WO,A1)
特開2006-125984(JP,A)
特開平10-112279(JP,A)
特開2005-098909(JP,A)
特開2008-209544(JP,A)
特開2004-191262(JP,A)
特開2000-146775(JP,A)
特開2008-203057(JP,A)
Lee Chuin Chen,et al.,Characteristics of Probe Electrospray Generated from a Solid Needle",J. Phys. Chem.,2008年 8月12日,Vol.112, No.35,p.11164-11170
Lee Chuin Chen,et al.,“Application of probe electrospray to direct ambient analysis of biological samples”,RAPID COMMUNICATIONS IN MASS SPECTROMETRY,2008年 7月11日,Vol.22, No.15,p.2366-2374
調査した分野 G01N27/62-27/70
H01J49/00-49/48
JSTPlus(JDreamII)
特許請求の範囲 【請求項1】
導電性探針の先端をステージ上の試料に接触させて試料の一部を捕捉し,
その後,上記探針を上記ステージ上の試料から離れる方向に移動させ,
試料の一部を捕捉しかつ上記ステージ上の試料から離れた上記探針の先端に加熱した溶媒の蒸気を供給し,上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化する,
イオン化方法。
【請求項2】
上記探針を試料の方向に近づけて上記探針を試料表面に接触させ,上記探針が試料表面に接触したところから上記探針を試料中の所定の深さまで侵入させる,請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項3】
試料の捕捉に先だち,上記探針先端の表面を,所望の化合物を捕捉する分子で化学修飾する,
請求項1または請求項2に記載のイオン化方法。
【請求項4】
探針,
試料を保持する試料ステージ,
探針および試料ステージの少なくともいずれか一方を,これらが互いに接近離間する方向に移動させる変位装置,
少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針に高電圧を印加する電源装置,ならびに
少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針先端に加熱装置により加熱した溶媒の蒸気を供給する溶媒供給装置,
を備えたイオン化装置。
【請求項5】
探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことを検出する接触検出装置をさらに備え,
上記変位装置は,探針を相対的に試料ステージの方向に近づけ,探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことが上記接触検出装置によって検出されると,その検出された位置から探針を試料中の所定の深さまで侵入させるように変位させるものである,
請求項4に記載のイオン化装置。
【請求項6】
導電性探針の先端を試料に接触させて試料の一部を捕捉し,この後,
試料の一部を捕捉した上記探針の少なくとも先端部を真空中において冷却し,
冷却した上記探針先端部に溶媒ガスを吹き付け,上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化する,
イオン化方法。
【請求項7】
導電性探針の先端部の表面にマトリクスを塗布し,
マトリクスが塗布された上記探針先端を試料に接触させて試料を捕捉し,
試料を捕捉した上記探針の先端に上記マトリクスが吸収する波長のレーザ光を照射し,かつ上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して,上記探針先端の試料の分子を離脱,イオン化する,
イオン化方法。
【請求項8】
試料から離れた位置にある上記探針の先端付近にレーザ光を照射して試料のイオン化を促進する,請求項1請求項2請求項3および請求項6のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項9】
請求項1請求項2請求項3および請求項6ないし請求項8のいずれか一項に記載のイオン化方法によりイオン化された分子を分析するイオン化分析方法。
【請求項10】
請求項4または請求項5に記載のイオン化装置と,イオン化された分子を分析する分析装置とを備えたイオン化分析装置。
【請求項11】
導電性探針の先端をステージ上試料の方向に近づけて上記探針先端を試料表面に接触させ,上記探針先端が試料表面に接触したところから上記探針先端を試料中の所定の深さまで侵入させてステージ上の試料の一部を捕捉し,
その後,上記探針を上記ステージ上の試料から離れる方向に移動させ,
試料の一部を捕捉しかつ上記ステージ上の試料から離れた上記探針の先端に溶媒を供給し,上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化する,
イオン化方法。
【請求項12】
探針,
試料を保持する試料ステージ,
探針および試料ステージの少なくともいずれか一方を,これらが互いに接近離間する方向に移動させる変位装置,
少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針に高電圧を印加する電源装置,
少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針先端に溶媒を供給する溶媒供給装置,ならびに
探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことを検出する接触検出装置を備え,
上記変位装置は,探針を相対的に試料ステージの方向に近づけ,探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことが上記接触検出装置によって検出されると,その検出された位置から探針を試料中の所定の深さまで侵入させるように変位させるものである,
イオン化装置。
【請求項13】
導電性探針の先端をステージ上試料の方向に近づけて上記探針先端を試料表面に接触させ,上記探針先端が試料表面に接触したところから上記探針先端を試料中の所定の深さまで侵入させてステージ上の試料の一部を捕捉し,
その後,上記探針を上記ステージ上の試料から離れる方向に移動させ,
上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化する,
イオン化方法。
【請求項14】
探針,
試料を保持する試料ステージ,
探針および試料ステージの少なくともいずれか一方を,これらが互いに接近離間する方向に移動させる変位装置,
少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針に高電圧を印加する電源装置,ならびに
探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことを検出する接触検出装置を備え,
上記変位装置は,探針を相対的に試料ステージの方向に近づけ,探針先端が試料ステージ上の試料の表面に接触したことが上記接触検出装置によって検出されると,その検出された位置から探針を試料中の所定の深さまで侵入させるように変位させるものである,
イオン化装置。
【請求項15】
請求項11または請求項13に記載のイオン化方法によりイオン化された分子分析するイオン化分析方法。
【請求項16】
請求項12または請求項14に記載のイオン化装置と,イオン化された分子を分析する分析装置とを備えたイオン化分析装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
この発明は探針(プローブ)を用いた,特にエレクトロスプレーによる,イオン化方法および装置,ならびにイオン化分析方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料や,工業製品などを対象としたイメージング質量分析法は,大別して2つある。第1はマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI),第2は,二次イオン質量分析法(SIMS)である。これらの方法は,たとえば次のような文献に記載されている。
“Imaging mass spectrometry:a new tool to investigate the spatial organization of peptides and proteins in mammalian tissue sections”Current Opinion in Chemical Biology 2002,6,676-681
“Direct molecular imaging of Lymnaea stagnalis nervous tissue at subcellular spatial resolution by mass spectrometry”Anal.Chem.2005,77,735-741
MALDIによる試料調製法の一例を挙げれば,生体試料を-18℃程度に冷却し,ステンレスブレードなどによって15μmの生体試料切片を作成する。これを電導性のフィルムに載せ,試料を乾燥させる。さらに試料表面にマトリックスを薄く塗布してMALDI試料とし,これを真空チャンバーに挿入し,MALDIを行う。また,ポリエチレンフィルム上に生体試料を載せ,フィルムの裏側からレーザ光を照射して高分子フィルムを瞬間的に加熱して,接触界面の細胞をフィルムに転写する方法(laser capture microdissection)などもある。試料の脱離イオン化には,主に337nmの窒素レーザが使用される。
これらの方法では,レーザ光のビーム径を数10μm以下に絞るのが困難で,またアブレーションが広域にわたるので,空間分解能は50μmが限界である。また,MALDIの最大の特色であるマトリックスを使用することで,イオンの検出感度が飛躍的に増大するが,他方では,試料に塗布するマトリックスの結晶サイズが100μm以上になることから,空間分解能が制約される。
SIMS法では,点光源に近い金属イオン源(Ga,Auなど)などが実用化され,μm以下の空間分解能が達成されている。しかしながら,イオンのエネルギーが大きく(10~20keV),入射イオンが試料に数100オングストロームの深さにわたって侵入し,試料が損傷を受ける。このため,生体試料など分解し易い試料からのイオンの収率が時間とともに急速に低下する。脱離する試料は表面近傍の分子に限られるので,生体関連試料に対するイオンの検出感度が低い。
この欠点を解消することを目的に,クラスターSIMSが開発されてきた。たとえば,金クラスターイオン(Au)やC60イオンを入射イオンとして用いると,二次イオンの脱離効率が急増することが明らかとなった。
しかしながら,一次イオンビーム電流が小さいこと,イオンビーム径が数μm以上になることなどから,μm以下の空間分解能を得ることが困難である。これらのSIMS法は,いずれも生体高分子等の高質量分子には適用が難しい。
以上述べたようなMALDIやSIMSによるイメージング技術が,近年,ライフサイエンスの分野で普及しつつある。しかしながら,これらの方法はその原理的な制約によってμm以下の分解能を得ることは困難である。したがって,従来のMALDIまたはSIMS法にいかなる改良を加えたとしても,これらを基本技術とする限り,μm以下の分解能を実現することは困難である。
他方,従来エレクトロスプレーまたはナノレーザスプレーでは,試料液体がキャピラリー先端で円錐状の形状をなし(テイラー(Taylor)コーンと呼ばれる),円錐状の先端から微細な帯電液滴が生成する。この液滴は,液体の粘性のために,マイクロメートルないしはサブマイクロメートル以下のサイズにすることは原理的に不可能である。これは,テイラーコーンの先端が電場の力で引きちぎられて液滴が発生する際,液体の粘性によってテイラーコーンの先端径が自動的にサブマイクロメートルのサイズになってしまうからである。このように,エレクトロスプレーで生成できる液滴サイズは,自然発生的に決まってしまい,更なる極小化は困難である。
また,従来のエレクトロスプレーでは,ナノ化に伴い(ナノエレクトロスプレー),キャピラリーの径を細くする必要があり,目詰まり等,多くの制約がある。スプレーも発生させにくいし,取り扱いが煩雑である。さらに従来のエレクトロスプレーでは,塩濃度が高くなると,スプレーが困難になり,またイオンの気相への脱離効率が激減する。したがって,生理食塩水など,150mM程度のNaCl水溶液などには適用が難しい。
【発明の開示】
【0003】
この発明は,前処理なしの生体組織などを対象試料とすることができ,しかも大気圧下で試料イオンの脱離,イオン化が可能なイオン化方法および装置を提供するものである。
この発明はまた,目詰まり等を起こすことなく極微細な試料を取扱うことができ,しかも効率よくエレクトロスプレーを発生させることが可能な方法および装置を提供するものである。
この発明はさらに,液体状生体試料,塩濃度が高い試料に対してもエレクトロスプレー現象を起こすことができる方法および装置を提供するものである。
さらにこの発明は,ナノメートル(nm)オーダの分解能のイメージングも可能となるイオン化方法および装置を提供するものである。
この発明は試料分析のイメージングのために長い時間がかかって試料が乾いてしまっても,試料分子の脱離とイオン化を行うことができるようにするものである。
この発明はさらに試料の全量を使って有効にイオン化,分析を可能とするものである。
この発明はさらに効率の良い試料のイオン化と脱離が同時に起こるようにするものである。
この発明はさらに高感度な分析が可能な試料のイオン化方法を提供するものである。
この発明はさらに,上記のイオン化方法,装置を用いた質量分析方法および装置も提供する。
この発明によるイオン化方法は,導電性探針(プローブ)の先端を試料に接触させて探針先端に試料を捕捉し(ここでは,探針先端を試料内部に(わずかに)侵入させて捕捉することも含む),試料を捕捉した後試料から離れた上記探針の先端に溶媒を供給しながら,上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化するものである。
この発明によるイオン化装置は,探針,試料を保持する試料ステージ,探針および試料ステージの少なくともいずれか一方を,これらが互いに接近離間する方向に移動させる変位装置,少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針に高電圧を印加する電源装置,ならびに少なくとも探針の先端が試料ステージから離れた位置において探針先端に溶媒を供給する溶媒供給装置を備えているものである。
溶媒は試料を溶解または湿潤化するものであれば何でもよく,液体状でも気体状でもよい。たとえば,溶媒には,水,アルコール,酢酸,トリフロ酢酸,アセトニトリル,水溶液,混合溶媒,混合気体等がある。これらの溶媒を液体のまま,霧状にして,加熱蒸気にして,またはガス状で探針の先端に供給することができる。
測定中または分析中,常時,試料から離れた位置において溶媒を供給しておき,そこに至った探針先端部に溶媒を供給できるようにしてもよい。これにより溶媒供給制御が簡単になる。探針が試料から離れた位置に至ったときにのみ溶媒を探針先端に供給するようにしてもよい。試料は固体でも液体でもよいが,固体の場合に特に溶媒の供給が重要となる。
試料を浮遊電位にすることで,測定中または分析中,常時,探針にエレクトロスプレー電圧を印加しておくようにすることができる。これにより,高電圧印加の制御が簡単となる。もちろん,探針が試料から離れた後にパルス状の高電圧を探針とイオン導入路との間に印加してもよい。
探針が試料に接触することにより,少なくとも探針が試料に接触している間は探針と試料は同電位となるので,必ずしも積極的に同電位とするための操作または手段を講じなくてもよい(試料を電気的に浮かせておいてもよい)。もちろん,探針と試料(たとえば試料を載置する試料台や液体試料を供給するキャピラリー)とを強制的に同電位とするように結線してもよい。
この発明によると,導電性探針の先端に試料を捕捉して試料から離れた位置において,探針の先端に溶媒を供給しながら,探針にエレクトロスプレーのための直流高電圧を印加しているから,エレクトロスプレーにより試料の分子が試料から脱離し,かつイオン化する。また,溶媒の供給により,試料が乾燥して,または生体試料のように成分濃度が高い場合でも,エレクトロスプレーによる脱離とイオン化が促進される。さらに,極少量の微細な溶媒の供給により,緩慢なエレクトロスプレーを実現し,試料中の成分が選択性なく,あまねく分析できるようになる。
この発明によると,探針や試料を真空室内に配置する必要はなく,大気圧下(大気,他の不活性ガス中または飽和蒸気圧チャンバー内など)でイオン化を行うことができる。試料に前処理を加えることなくそのまま使用することができる。試料には生体試料を用いることが可能である。
この発明によると,試料を探針(プローブ)の先端に捕捉してエレクトロスプレーさせており,探針を用いるので目詰まりが起こらない。先端の鋭い探針を用いると,効率よくエレクトロスプレーを発生させることができる(電場の効果が極限的に高められる)。原子レベルの先端径をもつ探針を用いれば,針先端の径を極限にまでナノ化できる。この結果,塩濃度が高い試料に対しても,エレクトロスプレー現象を起こすことができる。
イオン化方法の一実施態様においては,上記探針を試料の方向に近づけて上記探針を試料表面に接触させ,上記探針が試料表面に接触したところから上記探針を試料中の所定の深さまで侵入(進入)させる。
イオン化装置の一実施態様では,探針先端が試料ステージ上の試料表面に接触したことを検出する接触検出装置をさらに備える。上記変位装置は,探針を相対的に試料ステージの方向に近づけ,探針先端が試料ステージ上の試料表面に接触したことが上記接触検出装置によって検出されると,その検出された位置から探針を試料中の所定の深さまで侵入させるように変位させる。
試料の表面に凹凸があっても,探針が試料の表面に接触したことを検出して,この表面接触を検出したところから探針を一定深さ試料中に侵入させているから,常に,試料表面から一定深さの試料部分の採取が可能となる。
生体試料のような液体を含む固体状の試料の場合には,特に,イメージングが可能となる。すなわち,探針の先端のサイズをnmオーダとし,かつ探針を試料表面に沿って変位させるときの最小変位量単位をnmオーダで制御すれば,試料表面においてnmオーダの分解能で探針により試料分子を捕捉することができる。したがって,試料表面の分子の分布をnmオーダで測定すること(2次元イメージング)が可能となる。試料の表面から一定深さの位置のみならず深さ方向のさまざまな位置において試料を捕捉すれば,3次元イメージングが可能となる。このようなイメージングでは多数点において試料部分の採取が行なわれるから時間がかかり,試料が乾燥することがある。そのような場合でもこの発明によると,溶媒の供給により確実な試料の測定,分析を続けることが可能となる。
この発明の一実施態様では,試料の捕捉に先だち,上記探針先端の表面を,所望の化合物を捕捉する分子で化学修飾する。これにより,試料中の特定の分子を選択的に捕捉できるようになる。
この発明の他の実施態様においては,探針の先端付近にレーザ光(紫外,赤外または可視光)を照射するレーザ装置を設け,試料から離れた位置の探針の先端付近または先端からわずかに離れた位置(下方に離れた位置)にレーザ光を照射する。これにより,エレクトロスプレーによる試料分子の脱離イオン化が増強される。
この発明による他のイオン化方法は,先端に試料を捕捉した導電性探針の少なくとも先端部を真空中において冷却し,冷却した上記探針先端部に溶媒ガスを吹き付けて溶媒ガスを吸着させ,その後,上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して上記探針先端の試料の分子をイオン化するものである。
探針に吸着された溶媒ガスは,探針表面に捕捉された生体試料にしみ込んで,生体試料の流動性を増す。この状態で,探針にエレクトロスプレーのための直流高電圧を印加すると,探針の先端に直流高電場が発生する。吸着ガスが試料に浸潤することで,試料に流動性が生じて,液状の試料が高電場の作用で探針先端に向かって輸送されて,先端からエレクトロスプレーが発生する。このエレクトロスプレーによって,試料中の分子がイオン化される。エレクトロスプレーが真空中で行われるので,大気圧エレクトロスプレーに比べて質量分析計へのイオンの輸送効率がきわめて高まり,高感度化につながる。
好ましい実施態様では,冷却探針に直流高電圧を印加した状態において,赤外レーザ光,紫外レーザ光または可視光レーザ光を照射し,探針の先端に捕捉した試料を脱離,イオン化させる。赤外レーザ光照射(溶媒分子の振動励起),または紫外,可視レーザ光照射によって,吸着ないしは凍結した溶媒固体が融解して流動性を増し,探針先端に捕捉された試料分子を溶解しつつ,これらを探針先端に輸送し,探針先端でのエレクトロスプレー現象でイオン化されて,真空に向かって脱離(スプレー)される。また,レーザ照射された金属表面に励起されたプラズモンによって,試料の脱離,イオン化が促進される効果もある。
この発明はさらに,上述したすべてのイオン化方法またはイオン化装置によりイオン化された試料を質量分析する分析方法および装置も提供するものである。
さらにこの発明は,導電性探針の先端部の表面にマトリクスを塗布し,マトリクスが塗布された上記探針先端を試料に接触させて試料を捕捉し(ここでは,探針先端を(わずかに)試料に侵入させて試料を捕捉することを含む),試料を捕捉した上記探針の先端に上記マトリクスが吸収する波長のレーザ光を照射し,かつ上記探針にエレクトロスプレーのための高電圧を印加して,上記探針先端の試料の分子を離脱,イオン化するイオン化方法を提供している。
直流高電圧が印加されている探針の先端がレーザ照射されると,マトリクスが溶融状態となり,試料との溶解/混合を起こし,探針先端からマトリクス支援レーザ脱離イオン化とエレクトロスプレーが複合したスプレーが発生する。これによって,効率のよい試料のイオン化と脱離が同時に起こる。この方法は,大気圧下,真空下のいずれで行ってもよい。
この発明はさらに,探針の先端が試料に接触する下至点(ここでは,探針先端が(わずかに)試料内に侵入した位置を下至点とすることを含む)と探針の先端が試料から離れた上至点との間で往復動可能に探針を保持し,上至点付近にある探針の先端の近傍に,試料イオンを分析装置に導くイオン導入路の先端部が位置するように上記イオン導入路を配置し,探針を下至点に向けて動かして探針先端を試料に接触させて試料を捕捉し(ここでは探針先端が(わずかに)試料内に侵入して試料を捕捉することを含む),探針と上記イオン導入路との間に常時エレクトロスプレーのための直流高電圧を印加しておくイオン化方法を提供している。探針が試料に接触している間は,この接触により探針と試料とを同電位に保たれる。その後,探針を上至点に向けて動かすと,探針が試料から離れたときに探針と上記イオン導入路との間にエレクトロスプレーのための高電圧がかかる。これによって探針先端に捕捉した試料がイオン化される。
エレクトロスプレーのための直流高電圧を常時印加しているのでその制御が簡便となる。
【図面の簡単な説明】
【0004】
第1図は第1実施例によるイオン化装置およびイオン化分析装置(分析装置)の全体構成を示すものである。
第2図は加熱キャピラリー装置(溶媒供給装置)の構成例を示す断面図である。
第3図は溶媒供給装置にシャッタを設けて溶媒の供給を制御する構成を示す断面図である。
第4図は第1実施例におけるイオン化装置の制御と動作の一例を示すタイムチャートである。
第5図は探針先端に試料を捕捉した様子を示す。
第6図はイオン化に基づく質量分析結果を示すマススペクトル(グラフ)であり,第6a図は充分な溶媒蒸気を供給した場合,第6b図は溶媒蒸気の供給を減少させた場合,第6c図は溶媒蒸気を供給しない場合である。
第7図は探針先端に化学装飾した様子を示す。
第8図は第2実施例におけるイオン化分析装置の構成を示す。
第9図は第8図における探針の取付状態を示す一部切欠き平面図である。
第10図は探針先端にマトリクスを塗布した上に試料を捕捉した様子を示す。
【実施例1】
【0006】
第1図は第1実施例によるイメージングが可能なイオン化装置およびイオン化分析装置の概略構成を示すものである。
イオン化分析装置は,イオン化装置10と質量分析装置(イオン分析装置)50とから構成される。
イオン化装置10によって試料から脱離,イオン化された試料イオンは質量分析装置50に導かれる。質量分析装置の例としては(直交型)飛行時間質量分析計を挙げることができるが,この発明は(リニア)イオントラップ装置,四重極質量分析装置,フーリエ変換質量分析装置等の質量分析装置にも適用可能である。質量分析装置50の内部は真空に保たれる。質量分析装置50はイオンサンプリング用スキマー(オリフィス)51を備え,その先端部にイオン導入孔(イオン導入路)51aがあけられ,この導入孔51aにより質量分析装置50の内部がイオン化装置10が配置された外界(大気圧)とつながっている。イオン導入路としてスキマーではなく,イオンサンプリング用キャピラリーを備える分析装置もある。そして,質量分析装置の種類によってはイオンサンプリング用キャピラリー(オリフィス)に電源装置によりイオン集束用電圧(正イオンモードの場合には+100V以下,負イオンモードの場合には-100V以下の比較的低い電圧)を印加するタイプのものもある。イオンサンプリング用キャピラリーは接地される場合もある。質量分析装置50の外壁は一般に接地される。
イオン化装置10は,導電性探針(プローブ)11,探針11の支持および駆動(Z方向駆動)のためのZステージ(装置)12,試料Sを保持する試料ステージ21,試料ステージ21(試料S)をZ方向に駆動するZステージ(装置)22およびXY方向に駆動するためのXYステージ(装置)23,溶媒を供給するための加熱キャピラリー装置(溶媒供給装置)31,探針11に印加するエレクトロスプレーのための直流高電圧を発生する高電圧発生装置41,探針11が試料ステージ21上の試料Sの表面に接触したことを検出する接触検知回路45,これらの各装置を制御する制御装置40等を備えている。試料のイオン化は大気圧下で行なわれる。
ここで駆動とは探針11または試料SをX,YまたはZ方向に移動(変位)させることを意味する。探針11の先端が向う方向(第1図で上下方向)(探針が変位する方向)がZ方向であり,Z方向に直交する2方向がX,Y方向である。Zステージ12,22が探針11および試料ステージ21の少なくともいずれか一方を,これらが互いに接近離間する方向(Z方向)に移動させる変位装置を構成する。この変位装置はZステージ12,22のいずれか一方で実現することもできる。XYステージ23は,試料Sの2次元イメージングのために,試料SをXY平面内(試料ステージ21の試料載置面内)で移動させるものである。試料Sのサンプリングは,XY平面内の一箇所につき1回(探針11の1回の上下往復動)でも,2回以上でもよい。この実施例ではXYステージ23にZステージ22が支持され,このZステージ22に試料ステージ21が設けられている。試料ステージ21は質量分析装置50の方向に延び,その先端部に試料Sを載せた基板24が固定される。
Zステージ12上には支持部材13が設けられ,この支持部材13上に絶縁体14を介して探針11が固定されている。探針11はこの実施例では直角に曲げられてその先端部が垂直下方(Z方向)を向くように配置されている。
これらの駆動装置12,22,23は,ピエゾ素子,モータ駆動または磁気駆動装置など機械的に再現性のよい運動機能を備えた装置を含み,各方向にnmオーダで変位量を制御できることが好ましい。特に,探針11をその長手方向に往復動させる装置12は,往復動(振動:1回の往復動を含む)の周波数,振幅および振動回数の制御ができるものであることが好ましい。
探針11が,その測定動作範囲内の上下動において,最も上方に位置したときに(この位置を上至点という),探針11の先端が質量分析装置50のスキマー51のイオン導入孔51aの前方近傍にあり,導入孔51aの高さと同じか,わずかに高いところに位置するようにあらかじめ調整される。この位置で探針11の先端に捕捉された試料の分子がイオン化されて導入孔51aから分析装置50内に導かれることになる。試料Sは探針11の先端の真下に位置する。
イオン・サンプリング用スキマー51と探針11との間には高電圧発生装置41により,数kV程度のエレクトロスプレーのための直流高電圧が印加される。探針11の電位は正の高電位(正イオン観測モードの場合),または負の高電位(負イオン観測モードの場合)である。試料S(および基板24,さらに必要であれば試料ステージ21)が絶縁性のものである場合には(試料Sは電気的に浮いている),測定動作中は,常時,上記の直流高電圧を印加しておくことができる。この場合には,探針11が試料Sに接触すると(探針11が試料S内に侵入しているときも含む),探針11と試料Sが同電位となる。探針11とスキマー51との間には直流高電圧が印加されているから,探針11が試料Sから離れて(探針11の先端には試料の一部が捕捉されている),探針先端がイオン導入孔51aに近づくと,探針先端の電場強度が大きくなり,導入孔51a近傍に達した探針先端からエレクトロスプレーが発生する。
上の条件において,探針11が試料Sの表面に接触すると,高電圧発生回路41の出力側と探針11との間に接続された抵抗(高抵抗体)にきわめて微弱な信号が現れる。これは,探針11が接地との間でキャパシタの一部を構成すると考えられ,試料Sとの接触によりそのキャパシタンスにわずかな変化が生じるものと推定されるからである。上の微弱な信号は接触検知回路45によって検知され,制御装置40に与えられる。この信号はたとえば高電圧発生回路41に供給される商用電源の周波数をもつもので,それを増幅器44で増幅した後,接触検知回路45内のフィルタで抽出し,レベル弁別することにより検知される。
加熱キャピラリー装置(溶媒供給装置)31の構成例が第2図に示されている。この装置31はブロック32(セラミックまたは金属製)内に溶媒送液用細管33が通っているとともに,ヒーター(ペンシルヒーター)34が設けられている。送液ポンプ42から溶媒が細管33に供給され,ヒーター34によって加熱されて細管33の先端から溶媒の高温の蒸気が噴霧(スプレー)される。溶媒蒸気が上至点に位置する探針11の先端に当るように,装置31が位置決めされ,かつ支持されている(支持体は図示略)。ヒーター34への加熱電流は電流制御装置43によってヒーター34が所望(所定)の温度となるように制御される。
溶媒としては,水,アルコール(メタノール,エタノール等),アセトニトリル,各種水溶液,各種混合溶媒(たとえばクロロホルムとメタノールの混合溶媒)等,試料の種類に応じて,試料を溶解するもの,または湿潤させるものであれば何でもよい。
顕微鏡(光学顕微鏡,長距離顕微鏡,走査プローブ顕微鏡(SPM=Scanning Probe Microscopy),走査型トンネル顕微鏡等)60は,探針11の先端に試料(生体試料など)Sを接触させかつわずかに突き刺して試料を捕捉した状態を観察するものであり,必ずしもなくてもよい。たとえば,第5図に示すように探針11の先端に極微量の試料(符号SAで示す)が捕捉される。探針11の先端径はμmオーダまたはそれ以下(nmオーダ)である。
上述したように,好ましくは,探針11に常時直流高電圧を印加しておく。詳細な動作例については後述するが,概略を説明しておくと次の通りである。
探針11を下降させて試料Sの所望の箇所に接触させ(探針11の先端が試料内に侵入することも含む),探針11の先端に試料を捕捉する(サンプリング)。探針11が試料Sに接触している間は両者は同電位である。この後,探針11を上方に移動させる。探針11が試料Sから離れて,イオン導入孔51aに接近すると,探針11と質量分析装置50のイオン・サンプリング・スキマー51との間に印加された電位差によって,探針11の先端からエレクトロスプレーが発生し,探針11の先端に捕捉された試料Sの分子が気相に脱離しイオン化する。このようにして生成された試料イオンはイオン・サンプリング・スキマー51のイオン導入孔51aから吸い込まれて,質量分析装置50内へ導入される。
この実施例では,探針11と試料Sが常に同電位であるので,探針11から試料Sに向かうエレクトロスプレーは発生しない。探針11が試料Sから離れて,イオン導入孔51aに近づくと,探針先端の電場強度が増大して,探針11の先端からイオン・サンプリング・スキマー51に向かってエレクトロスプレーが発生する。この場合,探針11の先端とイオン・サンプリング・スキマー51先端との間の距離を数mm以下まで接近させることができるので,エレクトロスプレーで発生したイオンを効率よく質量分析装置50内に導入できる。
探針11の上下動はZステージ12により,試料Sの上下動はZステージ22によりそれぞれ行うことができ,試料Sの表面の1箇所につき探針11を試料Sに1回侵入させてもよいし,複数回侵入させてもよい。後者の場合,侵入の深さ(Z方向位置)を変えてもよい。XYステージ23によって探針11を侵入させる試料Sの表面の位置(XY方向位置)を少しずつ変えることにより,試料S表面のイメージングを行うことが可能となる。
探針支持台(図示略)に多数の探針を設けておき(マルチプローブ),試料表面の多数箇所から同時にサンプリングをして分析のスループットを上げることができる。探針11の先端は,試料の保持(採取,捕捉)効率を高めるために,表面を粗く加工してもよい(たとえば探針11の先端にねじ溝のような溝を切っておく)。
第2図に示すように,試料SAを捕捉し,上至点付近に至った探針11の先端に,加熱キャピラリー装置31によって溶媒の高温蒸気を連続的に供給しながら,探針11に直流高電圧を印加してエレクトロスプレーを発生させる。これにより,探針先端部に捕捉された試料SAはゆっくりと(たとえば,数100ミリ秒から数秒くらいで)エレクトロスプレーされる。これにより試料全体の分子がイオン化されて質量分析装置に導かれ,分析される。
溶媒の供給にはいくつかの技術的意味がある。
一般に,生体試料は多くの成分からなるので,試料を捕捉した探針に高電圧を加えて直ちにエレクトロスプレーさせると,エレクトロスプレーされやすい疎水性の成分が選択的にエレクトロスプレーされて,親水性の成分が探針に取り残される場合がある。生体成分の全成分をあまねく検出するために,探針先端に極少量の微細な溶媒液滴を供給し,緩慢なエレクトロスプレーを実現させる。これにより,帯電液滴のサイズが微細化されて,試料中の成分が選択性なく,エレクトロスプレーされ易い成分から,されにくい成分にわたって順次エレクトロスプレーされるので,全成分を分析できるようになる。すなわち,試料を溶解しつつ(試料に流動性を与えて)探針先端から溶液状態となった試料がエレクトロスプレーされる。
溶媒供給によって,溶媒液体が探針表面の試料を溶解させながら表面流動して,探針先端からエレクトロスプレーが発生する。生成する帯電液滴サイズが数10nmオーダ以下となるので,1個の液滴内に存在できる試料イオンが1分子イオン(一個)以下になる。このため,試料中の分子イオンのすべてが検出されることになり,イオン検出効率が極限的に高まる。
一般に,エレクトロスプレーは極めて高感度で,探針先端に捕捉されたピコリットル以下の試料量で十分なイオン・シグナルを与える。この試料の全量を使って有効に分析するには,ゆっくりと試料をエレクトロスプレーさせる必要がある。この要求を満たすのが,この実施例の技術である。探針先端径は,好ましくは数10ないし数100nmであり,これが空間分解能を決める。すなわち,細胞一個(直径が10μm程度)が十分測定対象となり得る。これにより,1μm以下の空間分解能が達成できる。分子イメージング測定において,μm以下の空間分解能をもつ技術が実現する。
このような分子イメージング測定において,多数点(たとえば,1mm程度の範囲内で300点)のサンプリングを行うと,非常に長い時間がかかる(たとえば数時間)ので,試料が乾いてしまう。乾いた試料ではイオンがエレクトロスプレーしない。そこで,溶媒の(高温)蒸気を探針先端に吹きかけると試料がイオン化されてエレクトロスプレーされるようになる。
高温の溶媒蒸気(試料によって異なる,水の場合120℃~140℃くらい)を弱く(ソフトに)探針先端に吹きかける。高温の水蒸気が常温の針に凝縮して結露する。上述したように,加熱キャピラリー装置31には送液ポンプ42から水を供給し,ヒーター34で加熱し,蒸気にし,加熱蒸気を加熱キャピラリー装置31から常時吹き出しておく。
探針11は上至点と下至点(試料Sの表面との接触位置,または試料S内に侵入した位置でもよい)との間を往復する。探針11が上至点に至ったときに,その先端に高温蒸気が当るように位置決めする。探針11が下至点にあるときには,高温蒸気は探針の先端よりもやや上部の箇所に当るが問題はない。供給する溶媒は,一例としては,水で表現すると数マイクロリットル/分,水蒸気で表現するとその約1000倍で,数ミリリットル/分くらいの流量である。
このように,溶媒蒸気の供給は水分を多く含まない半乾燥状態の固体様試料について特に有効である。
第6a図から第6c図はマウスの脳の海馬を試料として用いたときの質量分析装置による分析結果を示すマススペクトル(グラフ)である。第6a図は充分な高温溶媒蒸気(溶媒は水で,数マイクロリットル/分程度)を供給したときに得られたグラフであり,第6b図は供給する高温溶媒蒸気の量を減少させたときに得られたグラフである。第6c図は溶媒蒸気を供給しなかったときに得られたグラフであり,イオンは全く検出されていない。このように,特に乾燥が進んだ試料のときには,溶媒蒸気を供給することにより,試料から分子が離脱しかつイオン化されていることが分る。
制御装置40は,あらかじめ定められたプログラム(探針11の往復動の周期,探針11の上下動距離,探針11を突き刺す深さ,2次元イメージング測定における測定点間隔,溶媒の流量,溶媒蒸気の温度,直流高電圧の値等)にしたがって,接触検知回路45からの接触検知信号に応答して,第4図に示すような一連の制御,すなわち,Zステージ12,22の制御,XYステージ23の制御,加熱キャピラリー装置31の制御,直流高電圧の印加制御を行う。
第4図を参照して,制御装置40による制御の一例を説明する。
探針11は上至点に位置している(時点t1)。探針11の下端と試料Sを載置した基板24の上面との間の距離Z1はたとえば数mmから十mm程度である。
Zステージ12の駆動により探針11は,たとえば基板24の上面から1mmから2mm程度(Z2で示す)の高さ位置まで下降し,停止する(この実施例では,この位置を下至点としている)(時点t2を経てt3)。
この後,Zステージ22の駆動により,試料ステージ21が上昇し,接触検知回路45から接触検知信号が出力されると(探針の先端が試料の表面に接触)(時点t4),この位置から一定深さ分(探針11を突き刺す深さ。たとえば数μm~数百μm)(深さZ3)上昇して停止する(時点t5)。
試料Sの表面には凹凸があるので,その表面を検出し(表面接触検知)してから一定深さ分(Z3)基板24を上昇させれば,探針11の先端が常に試料表面から一定の深さまで達することになり,その位置にある試料の部分が採取(捕捉)されることになる。
この後,探針11は上至点まで上昇し,試料Sは元の高さ位置まで下降する(時点t6を経てt7)。
探針11には常に直流高電圧が印加されており(Vで示す),かつ加熱キャピラリー装置31からは高温溶媒蒸気が供給されている。上述したように,探針11の先端が試料Sから離れ,探針先端がイオン導入孔51aに近づくとエレクトロスプレー発生が始まるが,探針11の先端が上至点に近づいた高さ位置で探針11の先端に溶媒蒸気が吹き付けられるので,試料の分子が離脱しかつイオン化して,その分析結果が得られる。
この間に,またはその後,XYステージ23によって,試料Sの位置がX方向またはY方向に微小距離移動する(時点t7~t11の間)。
再び探針11が下降していって(時点t11,t12),先に測定した箇所とわずかにずれた試料の箇所に探針11が突き刺さり,その試料部分を採取していき,同じように試料の分子の脱離とそのイオン化に基づいて分析が行なわれる。このようにして,試料Sの一定範囲内において,沢山の点についての部分の採取と分析が行なわれていくことになる(2次元イメージング)。試料上の同じ箇所,または異なる箇所で突き刺す深さZ3を変えれば3次元イメージングも可能となる。
第4図のタイムチャートにおいて,探針11に直流高電圧Vを常に(連続的に)印加している。また,溶媒蒸気も常に供給している。探針11が下降したときには溶媒蒸気は探針11の先端(最下端)ではなく,その上部にスプレーされるが,きわめて微量であるから支障が生じることはない。
他の実施態様としては,第4図に破線で示すように,探針11が試料Sから離れて,ある距離上昇した後(上至点の付近において),イオン・サンプリング・スキマー51と探針11との間に高電圧パルスを印加して,探針11の先端にエレクトロスプレーを発生させてもよい。この場合,探針11と試料Sの間に電位差が生じないように両者を同電位としておくことが望ましい。
溶媒蒸気の供給も,第4図に破線で示すように,間欠的に行ってもよい。好ましくは高電圧パルスの印加よりもわずかに早目に溶媒を供給する。しかしながら,高電圧印加と溶媒供給のタイミングを厳密に制御しなくてもよく,これらがほぼ同時に行なわれればよい。
溶媒の間欠的な供給は,第3図に示すように,加熱キャピラリー装置31の溶媒蒸気出射口と探針11との間(この間隔はたとえば数mm~十mm程度)に,シャッタ35を移動自在(進退自在)に設け,探針11が下降したときにシャッタ35を閉じ,シャッタ35によって溶媒蒸気が探針11にスプレーされるのを遮断するようにすればよい。
上記実施例では,溶媒を加熱してその蒸気を生成しているが,霧化器等により霧状の溶媒を生成してこれを探針に吹きかけてもよい。
上記の実施態様では試料ステージ21をXY方向に移動させているが,探針11をXY方向に移動させてもよい。また,第4図に示すタイムチャートにおいて,探針11が試料表面に接触したのち,試料を上昇させるのではなく,探針11を深さZ3分下降させるように制御してもよいのはいうまでもない。
さらに,レーザ装置(たとえばYAGレーザ)を設け,そのレーザ出射方向が探針11の先端部の方向に向くように配置することができる。このレーザ装置もXY方向およびZ方向に位置調整自在に支持されることが好ましい。
上至点位置にある探針11に,レーザ装置16によって横方向から,たとえば波長532nmのYAGレーザ光(2倍波)を照射する。探針11が最上部に引き上げられた位置(上至点位置)で,レーザビーム光が探針11の先端付近より数μm以内に照射されるように位置を調節する。レーザ光によって照射された金属(探針11)表面には,表面プラズモンが誘起される。この表面プラズモンは探針11表面を先端に向かって伝播し,先端付近の電場強度が数桁にも増強される。また,赤外レーザ光で照射した場合,試料で濡れた探針表面が急速加熱され,この加熱効果で,捕捉された試料の脱離が促進される。また,赤外レーザ加熱により,非共有結合性複合体などの生体試料のサブユニットへの選択的解離も観測できる。赤外レーザ光を探針先端に直接照射せず,探針先端から外れた近傍(たとえば少し下方)に照射する。これにより,探針先端からスプレーされた帯電液滴を加熱することができる。この加熱で帯電液滴中のイオンの気相への気化を促進させ,イオン・シグナルを増強することができる。
試料中から特定の分子(たとえば癌のマーカー分子など)を選択的に探針に捕捉するために,第7図に示すように,試料の捕捉に先だち,探針11の先端部の表面を,所望の分子(化合物)を捕捉する分子MOで化学修飾するとよい。
探針表面を化学修飾する分子としては,疎水性基修飾分子として-(CH1217-CHなどが,親水性基修飾分子として,-(CH10-NH,-(CH10-COOHなどがある。また,特定の抗原と結合する抗体を化学修飾することで,癌マーカー(抗原)の探索も可能となる。
このように,探針(金属)表面を種々の官能基をもつ分子で化学修飾し,ある特定の分子に対して特異的に親和性をもつようにし,これを生体試料などに接触させて,試料中の特定分子を選択的に探針先端に捕捉させることができる。
探針先端部のみを露出させ,その上部をテフロン等の高分子膜で覆って,探針先端部のみに試料が捕捉されるような構造の探針を用いることもできる。
【実施例2】
【0007】
第8図は第2実施例のイオン化分析装置の構成を示すものである。この装置は,イオン化装置と質量分析装置(直交飛行時間質量分析装置)とが一体化されたものである。
イオン化分析装置70は,質量分析装置部(直交飛行時間質量分析装置部)71とイオン化装置部72とから構成されており,その内部は真空に保持される。
イオン化装置部72には,探針保持兼冷却用ステージ73が設けられている。このステージ73はヘリウム循環型冷却機,その他の冷却装置76上に回転軸を介して回転自在に保持され,かつ冷却装置76により所定温度まで冷却される。冷却装置76上に断熱材を介して設けられたモータ77によって歯車78,79等による減速機構を介して,ステージ73の回転軸が回転される。
ステージ73上には,多数本の探針11がステージ73の回転軸を中心として水平方向に放射状に配置可能であり,これらの探針11は,ステージ73にねじ75によって固定されるリング74によって押さえつけられ,固定,保持される(第9図参照)。ステージ73の表面の少なくとも探針11を保持する部分には絶縁体(図示略)が設けられる。またリング74も絶縁体である。各探針11にはリング74にねじはめられた導電性接触子86が接触している。
レーザ装置(図示略)からのレーザ光は,ミラー82で反射して(必要なら光学系で集光され),窓81を通して装置70の内部に導かれる。ステージ73に保持された一つの探針11(イオン収束用レンズ83に最も近い位置にあり,質量分析装置部71の方向を向いた探針)の先端部がレーザ光により照射される。
レーザ光によって照射される位置にある探針11の先端部付近に溶媒ガスを導入しかつ吹きつけるための細管80が配置されている。また,この位置にある探針11に接触する接触子86には,直流高電圧を印加するための摺動子85が接触し,該探針11にエレクトロスプレーのための直流高電圧が印加される。
第1図に示すイオン化装置を用いて,もしくは他の装置を用いて,または装置を用いずに作業者が手操作により,大気圧下において探針11の先端に上記実施例と同じように試料(生体試料)を捕捉する。
先端に試料を捕捉した探針11を第8図に示すイオン化分析装置70内に入れ,ステージ73上に固定する。ステージ73上には多数の試料を捕捉した探針をセットすることができる。
イオン化分析装置70内を真空排気し,かつ冷却装置76を作動させて探針11(および捕捉された試料)を冷却する(たとえばマイナス200℃程度まで)。冷却温度は任意に設定することができる。
冷却した探針11の先端部に,細管80から溶媒ガス(水蒸気,アルコール,酢酸,トリフロオロ酢酸,またはこれらの混合ガス)を吹き付けて探針11の先端部に蒸着(吸着捕捉)させる,すなわち,探針11に捕捉された試料の表面に溶媒による薄い吸着薄膜層を形成させる。溶媒ガスを吸着させる際に,探針11に高電圧を印加すると,ガスが高電場が発生している探針先端部に選択的に吸着されやすくなる。この効果を利用して,探針先端にガスの吸着を促進させることができる。探針に高電圧を印加せずに溶媒ガスを探針先端付近に吸着させてもよい。
探針11に吸着された溶媒ガスは,探針(金属)表面に捕捉された生体試料にしみ込んで,生体試料の流動性を増す。この状態で,探針11にエレクトロスプレーのための直流高電圧(数ないし数10kV)を印加すると,探針11の先端に直流高電場が発生する。吸着ガスが試料に浸潤することで,試料に流動性が生じて,液状の試料が高電場の作用で探針先端に向かって輸送されて,先端からエレクトロスプレーが発生する。このエレクトロスプレーによって,試料中の分子がイオン化される。イオンは,収束レンズ83,イオン・ガイド84を経て質量分析装置部71に送られ,測定される。すなわち,試料イオンのマススペクトルが得られる。エレクトロスプレーが真空中で行われるので,大気圧エレクトロスプレーに比べて質量分析計へのイオンの輸送効率が1000倍程度高まり,高感度化につながる。
溶媒ガス吹き付けによるガスの吸着で(生体)試料の流動性を増し,またその脱離を支援することを目的として,冷却探針11に直流高電圧を印加した状態において,赤外レーザ光(10.6μm),紫外レーザ光(337nm(窒素レーザ)または355nm(YAG 3倍波)),または532nm(YAG 2倍波)の可視光パルスレーザ光を照射し,探針11の先端に捕捉した試料を脱離,イオン化させる。赤外レーザ光照射(溶媒分子の振動励起),または紫外,可視レーザ光照射(金属の表面プラズモン励起:分子の電子状態が励起される)によって,吸着ないしは凍結した溶媒固体が融解して流動性を増し,探針先端に捕捉された試料分子を溶解しつつ,これらを探針先端に輸送し,探針先端でのエレクトロスプレー現象でイオン化されて,真空に向かって脱離(スプレー)される。また,レーザ照射された金属表面に励起されたプラズモンによって,試料の脱離,イオン化が促進される効果もある。
溶媒分子として,水,アルコール,酸などを用いると,生体分子等のイオン化(プロトン化)が促進できる。532nmの可視レーザ光照射を併用してもよい。これにより,金属表面に表面プラズモンが発生し,捕捉された試料の脱離が促進される。
ステージ73上には多数の探針11を保持することができるので,ステージ73を回転させて,探針11を順次,レーザ光の照射位置(高電圧印加位置)にもたらせば,これらの探針11に捕捉した多くの試料を順次分析することができる。
上記のすべての実施例において,探針材質は,基本的に金属またはシリコンなどの半導体を用いるとよい。赤外光を照射する場合には,探針は赤外線を反射しやすい金,Pt/Irなどが望ましいが,タングステン,SUS等でもよく,材質を問わない。また,探針は,極微量試料をその先端に捕捉できるようないかなる形状のものでもよい。単に真直な型のもの,ピンセット型のもの,ねじを切ったものなど,試料捕捉を可能とするすべての形状のものを含む。
上記のすべての実施例によると,細胞など,μmオーダのサイズをもつ生体のnmオーダのイメージングが可能となる。また,大気圧下での操作では,生きた細胞などを対象とすることができる。探針先端に捕捉される試料の量は,ピコリットル(pL)以下なので,生きた細胞や生体組織を低侵襲で測定,観察できる。
上記すべての実施例では,エレクトロスプレーで試料分子が脱離イオン化し,試料分子イオンに過剰なエネルギーが与えられないので,フラグメンテーションが起こらない。これらはきわめてソフトなイオン化法である。
生体試料には,塩が多く含まれ,電界によるスプレーが発生しにくいという取り扱いにくさがある。しかしながら,上記第1,第2実施例によると,たとえば,メタノールを大気圧下,または真空下で探針に吹き付け,もしくは蒸着させることで,生体分子のみを選択的にメタノールに溶解させてスプレーイオン化できる。塩は,メタノールに溶解しないので,スプレーされず,試料スプレーに悪影響を及ぼすことがない。
第2実施例における真空下での操作においては,脱離,イオン化が真空下で行われるため,生成したイオンのほぼ全量が質量分析計の検出系に導入され,測定できるので,高検出能が保証される。特に第2実施例の装置を用いると,探針を数多く使用し,多点試料捕捉できる。これら多くの探針を連続的に分析にかけることができるので,高スループット処理が可能となる。
その他の実施例
第10図に示すように,導電性(金属製)探針11の先端部の表面に,MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization:マトリクス支援レーザ脱離イオン化)のマトリクスMXを薄く塗布する。たとえば,探針11をマトリクスを溶解した溶液に侵入させて探針表面を濡らし,引きだした後,乾燥させるなどの操作を行う。マトリクスの厚さは数μm以下が好ましい。マトリクスの塗布は大気圧下で行うことができる。
次に,マトリクスMXが塗布された探針11の先端を大気圧下において試料(生体試料)に接触させて,試料SAを先端に捕捉する。そして,探針11の先端部に,マトリクスが吸収帯をもつ波長のレーザ光を照射して,マトリクスを脱離させる。このとき,探針11に(探針11とイオン・サンプリング・スキマーまたはキャピラリーとの間に)直流高電圧を印加しておく。レーザ光は,マトリクスが大きな吸収を示す赤外レーザ光10.6μm,または紫外レーザ光337nmなどが好ましいが,マトリクスが吸収するものであれば,波長を問わない。
直流高電圧が印加されている探針11の先端がレーザ照射されると,マトリクスMXが溶融状態となり,試料との溶解/混合を起こし,探針先端からマトリクス支援レーザ脱離イオン化とエレクトロスプレーが複合したスプレーが発生する。これによって,効率のよい試料のイオン化と脱離が同時に起こる。この操作は,大気圧下,真空下のいずれで行ってもよい。発生したイオンはイオン・サンプリング・スキマー,キャピラリー等により質量分析装置内に導かれ,分析される。
探針11の先端部表面にMALDIを塗布する実施形態においては,第1図に示すイオン化装置およびイオン化分析装置を用いることができるが,溶媒蒸気の噴霧は必ずしも必要ないから,加熱キャピラリー装置31を除いてもよい。
さらに他の実施例として,第1図の構成において,加熱キャピラリー装置31,送液ポンプ42,電流制御回路43を省いて溶媒を供給しないイオン化装置およびイオン化分析装置がある。この装置の特徴は,探針と分析装置のイオン導入路との間に常時(計測または分析動作中)直流高電圧を印加しておくことである。これにより高電圧印加の制御が簡単になる。また,探針が試料に接触することにより,少なくとも探針が試料に接触している間は探針と試料は同電位となるので,必ずしも積極的に同電位とするための操作または手段を講じなくてもよい(試料を電気的に浮かせておいてもよい)。そして,探針が試料から離れて,イオン導入孔(イオン導入路)に接近すると,探針とイオン導入路との間に印加された電圧による電場が増強されて探針からイオン導入路に向ってエレクトロスプレーが発生する。この場合,探針の先端をイオン導入路の先端部にかなり(たとえば数mmまで)接近させることができる。エレクトロスプレーで発生した試料イオンを効率よく質量分析装置に導入することができる。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6a】
5
【図6b】
6
【図6c】
7
【図7】
8
【図8】
9
【図9】
10
【図10】
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