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明細書 :血液脳関門障害改善剤

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5648637号 (P5648637)
登録日 平成26年11月21日(2014.11.21)
発行日 平成27年1月7日(2015.1.7)
発明の名称または考案の名称 血液脳関門障害改善剤
国際特許分類 A61K  38/00        (2006.01)
A61P  25/00        (2006.01)
A61K  45/00        (2006.01)
A61P   9/00        (2006.01)
A61P   9/10        (2006.01)
A61P  35/00        (2006.01)
A61P  31/12        (2006.01)
A61P   7/04        (2006.01)
A61P   7/10        (2006.01)
C07K   7/06        (2006.01)
FI A61K 37/02 ZNA
A61P 25/00
A61K 45/00
A61P 9/00
A61P 9/10
A61P 35/00
A61P 31/12
A61P 7/04
A61P 7/10
C07K 7/06
請求項の数または発明の数 8
全頁数 24
出願番号 特願2011-526757 (P2011-526757)
出願日 平成22年8月9日(2010.8.9)
国際出願番号 PCT/JP2010/063501
国際公開番号 WO2011/019023
国際公開日 平成23年2月17日(2011.2.17)
優先権出願番号 2009185816
優先日 平成21年8月10日(2009.8.10)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成25年7月1日(2013.7.1)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
発明者または考案者 【氏名】植田 弘師
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100125070、【弁理士】、【氏名又は名称】土井 京子
【識別番号】100136629、【弁理士】、【氏名又は名称】鎌田 光宜
【識別番号】100121212、【弁理士】、【氏名又は名称】田村 弥栄子
【識別番号】100122688、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 健二
【識別番号】100117743、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 美由紀
【識別番号】100163658、【弁理士】、【氏名又は名称】小池 順造
【識別番号】100174296、【弁理士】、【氏名又は名称】當麻 博文
審査官 【審査官】安居 拓哉
参考文献・文献 国際公開第2004/064861(WO,A1)
UEDA,H.,Pharmacol Ther.,2009年 6月 3日,Vol.123, No.3,pp.323-33
調査した分野 A61K 38/00
A61P 25/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
配列番号6のアミノ酸配列で表されるポリペプチドを有効成分として含有してなる、血液脳関門障害改善剤。
【請求項2】
配列番号6のアミノ酸配列で表されるポリペプチドを有効成分として含有してなる、血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤。
【請求項3】
血液脳関門障害を伴う疾患が、アテローム性動脈硬化または高血圧による二次性の血管障害、一過性血流障害、高血圧性脳障害、頭蓋内外の動脈の塞栓症、血栓症に起因する梗塞、動脈瘤、動静脈奇形、脳動脈狭窄性病変、硬膜動静脈瘻、血管外傷、血管性腫瘍、ウィルス感染性脳炎、あるいは脳梗塞後の脆弱性血管新生による浮腫または出血疾患である、請求項に記載の剤。
【請求項4】
配列番号4~6のいずれかから選択されるアミノ酸配列を含むポリペプチドおよび血栓溶解成分を有効成分として含有する、脳虚血性疾患用治療剤。
【請求項5】
血栓溶解成分が、プラスミノーゲンアクチベータである、請求項に記載の治療剤。
【請求項6】
脳虚血性疾患が、脳梗塞である、請求項4または5に記載の治療剤。
【請求項7】
配列番号で表されるアミノ酸配列からなる、ポリペプチド。
【請求項8】
血液脳関門障害改善剤の製造のための、配列番号6のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの使用。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、プロサイモシンα由来のポリペプチドなどを有効成分として含有する血液脳関門障害改善剤、血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤などに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト脳では数百億個もの神経細胞が複雑なネットワークを構成しているが、数少ない神経幹細胞からの神経新生機構を考慮に入れないならば、基本的にはその細胞数は、生後ただ減少するばかりである。百数十年といわれる長い寿命の期間、様々な外来性、内因性のストレスに対して脳は様々な保護機構を駆使し、生存を維持している。脳自身のもつ保護機構には神経-グリアや神経-神経間に存在するコミュニティーが相互に影響しあってその高度な役割を維持すべく働いている。最もよく知られた神経保護メカニズムは神経栄養因子やサイトカインなどの分子によって機能されているものである。こうした神経栄養因子は様々なストレス条件下に見られるプログラム神経細胞死(アポトーシス)を抑制する働きを有するものとして知られている。もう一つのメカニズムは神経新生であり、最近の報告では脳虚血ストレス下に神経新生が亢進するとの報告はなされているが、大量に細胞死に陥る神経を補うには十分ではないことが予想される。
【0003】
脳虚血時には虚血中心部コアの部分で破壊的な細胞死であるネクローシスが観察されるが、この細胞死は細胞内容物を外部に放散するため、本来ならば細胞傷害作用は更に周囲に拡散するはずである。ところが数日の後には周囲のペナンブラと呼ばれる領域では、細胞の断片化や凝縮、ミクログリアなどによる貪食といったアポトーシスに特有の現象が観察される。このようなペナンブラにみられるアポトーシスは、傷害部位を限局させることにより脳全体の傷害を防止する一種の保護機構として機能するものであると考えられる(非特許文献1参照)。発明者は、上述した脳虚血時にみられるネクローシスからアポトーシスへの細胞死形態の変換が、プロサイモシンαが引き起こすものであることを初めて見出した(非特許文献2参照)。
【0004】
ところで脳卒中は日本人の死亡率第3位、寝たきりの病因で第1位の重要疾患であり、脳虚血が原因で生じる疾患である。脳卒中は予後を改善する意味で急性期治療が重要であるといわれている。現在注目されている主な治療方法はプラスミノーゲンアクチベータ(以下、「tPA」と記載する)をはじめとした血栓溶解剤であるが、その使用は3時間以内に限られ、その恩恵をうけることができる患者は十数パーセント程度にすぎない(非特許文献3参照)。これは脳卒中後の時間経過と共に血液脳関門が脆弱になるためであり、tPAなどの血栓溶解剤の使用により出血性脳卒中の危険性が増すからである。しかしながら、血栓溶解剤と共に用いることができるような、血液脳関門の脆弱化から血液脳関門を保護する作用を有する物質は未だ見出されていない。
【0005】
発明者は近年、プロサイモシンαが神経細胞死保護作用を有する物質であり、この神経細胞死抑制効果によって脳卒中障害を軽減することができる物質であることを初めて見出した(特許文献1参照)。また発明者らはプロサイモシンαがマウス、ラットにおいて脳卒中および虚血性緑内障を抑制する効果を有することも見出した(非特許文献4~6参照)。
【先行技術文献】
【0006】

【特許文献1】国際公開2004/064861号パンフレット
【0007】

【非特許文献1】植田弘師,濱邉和歌子,日薬理誌,119,79-88(2002)
【非特許文献2】Medical Bio,March 2008,pp.83-89
【非特許文献3】最新医療:医療:医療と介護:読売新聞オンライン 2005年10月25日付記事、「脳梗塞に新薬 tPA」、http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/20051025ik14.htm
【非特許文献4】Journal of Cell Biology(2007),176,853-862
【非特許文献5】Cell Death and Differentiation(2007),14,1839-1842
【非特許文献6】Cell Death and Differentiation(2009),16,349-358
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
脳虚血により生じうる血液脳関門の脆弱化を抑制し、血液脳関門を保護することのできる物質が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、プロサイモシンαが、従来知られていた神経細胞死保護作用とは別に、脳虚血により生ずる血液脳関門脆弱性を著明に抑制する機能を有することを見出した。プロサイモシンαは虚血時に脳内に移行することが確認されていること、神経細胞死を抑制することに由来する神経保護物質として機能することなどを考慮した上で、発明者は鋭意検討し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち本発明は、
[1]プロサイモシンα由来のポリペプチドまたはこれと実質的に同等の機能を有するポリペプチドを有効成分として含有してなる、血液脳関門障害改善剤;
[2]プロサイモシンα由来のポリペプチドが、配列番号4~6のいずれかから選択されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含む、[1]に記載の剤;
[3]プロサイモシンα由来のポリペプチドまたはこれと実質的に同等の機能を有するポリペプチドを有効成分として含有してなる、血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤;
[4]プロサイモシンα由来のポリペプチドが、配列番号4~6のいずれかから選択されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含む、[3]に記載の剤;
[5]血液脳関門障害を伴う疾患が、アテローム性動脈硬化または高血圧による二次性の血管障害、一過性血流障害、高血圧性脳障害、頭蓋内外の動脈の塞栓症、血栓症に起因する梗塞、動脈瘤、動静脈奇形、脳動脈狭窄性病変、硬膜動静脈瘻、血管外傷、血管性腫瘍、ウィルス感染性脳炎、あるいは脳梗塞後の脆弱性血管新生による浮腫または出血疾患である、[3]または[4]に記載の剤;
[6]プロサイモシンα由来のポリペプチドまたはこれと実質的に同等の機能を有するポリペプチド、ならびに血栓溶解成分を有効成分として含有する、脳虚血性疾患用治療剤;
[7]プロサイモシンα由来のポリペプチドが、配列番号4~6のいずれかから選択されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含む、[6]に記載の治療剤;
[8]血栓溶解成分が、プラスミノーゲンアクチベータである、[6]または[7]に記載の治療剤;
[9]脳虚血性疾患が、脳梗塞である、[6]~[8]のいずれか一に記載の治療剤;
[10]配列番号4~6のいずれかで表されるアミノ酸配列を含む、ポリペプチド;
[11]血液脳関門障害改善剤の製造のための、プロサイモシンα由来のポリペプチドまたはこれと実質的に同等の機能を有するポリペプチドの使用;
[12]プロサイモシンα由来のポリペプチドが、配列番号4~6のいずれかから選択されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含む、[11]に記載の使用;などに関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の血液脳関門障害改善剤は、脳虚血により生じうる血液脳関門の脆弱化を改善することができる。従って、本発明の剤は血液脳関門障害に起因する疾患の治療剤となり得る。
【0012】
本発明の血液脳関門障害改善剤は、血液脳関門障害を伴う疾患、すなわちアテローム性動脈硬化または高血圧による二次性の血管障害、一過性血流障害、高血圧性脳障害、頭蓋内外の動脈の塞栓症、血栓症に起因する梗塞、動脈瘤、動静脈奇形、脳動脈狭窄性病変、硬膜動静脈瘻、血管外傷、血管性腫瘍、ウィルス感染性脳炎、ならびに脳梗塞後の脆弱性血管新生による浮腫または出血疾患における予防、ならびにこれらの治療に有用である。
【0013】
脳虚血により血液脳関門が脆弱化した場合であって、従来では血栓溶解剤を適用できないと判断されるような場合であっても、血栓溶解剤に本発明の剤を併用することによって、血栓溶解剤による脳出血などの副作用を心配することなく脳虚血性疾患を治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1-1】図1-1は、ヒト、ラット、マウスなどの生物から実際に得られたプロサイモシンαのアミノ酸配列を示す図である(図1-1のアミノ酸配列の右端と図1-2のアミノ酸配列の左端がつながり、図1-2のアミノ酸配列の右端と図1-3のアミノ酸配列の左端がつながる)。
【図1-2】図1-2は、ヒト、ラット、マウスなどの生物から実際に得られたプロサイモシンαのアミノ酸配列を示す図である(図1-1のアミノ酸配列の右端と図1-2のアミノ酸配列の左端がつながり、図1-2のアミノ酸配列の右端と図1-3のアミノ酸配列の左端がつながる)。
【図1-3】図1-3は、ヒト、ラット、マウスなどの生物から実際に得られたプロサイモシンαのアミノ酸配列を示す図である(図1-1のアミノ酸配列の右端と図1-2のアミノ酸配列の左端がつながり、図1-2のアミノ酸配列の右端と図1-3のアミノ酸配列の左端がつながる)。
【図2】図2は、ヒト、ラット、及びマウス由来のプロサイモシンαのアミノ酸配列を示す図である。
【図3】図3は、プロサイモシンαの血液脳関門障害に対する抑制効果を示す図である。Contraは梗塞なし(虚血反対側)を、ipsiは梗塞あり(虚血同側)を示す。Vehはvehicleを、ProTαはプロサイモシンαを示す。スケールバーは100μm(20倍対物レンズ)である。
【図4】図4は、プロサイモシンαの活性部位を探索する目的で、プロサイモシンα由来のポリペプチドの皮質ニューロンに対する生存活性を調べた図である。図中、例えばΔ1-29は、112アミノ酸残基のラットプロサイモシンαのうち1番目から29番目のアミノ酸を欠失させたポリペプチドを示す。
【図5】図5は、皮質ニューロンに対する生存活性を指標として、ラットプロサイモシンαの49番目のアミノ酸から78番目のアミノ酸からなるポリペプチド(ProTα30)に対してアラニンスキャニングした結果を示す図である。
【図6】図6は、ProTα30の血液脳関門障害に対する抑制効果を示す図である。Cortexは大脳皮質を、Striatumは線条体を示す。スケールバーは100μm(20倍対物レンズ)である。
【図7】図7は、左中大脳動脈を梗塞して一過的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ProTα30を脳室内投与した場合の生存率や運動障害を評価した結果を示す図である。左中大脳動脈梗塞に続く運動障害は次に示す1~5の臨床スコアで表される。1:右前肢を完全に伸長することができない、2:右方向への旋回行動、3:体勢を保てず右方向に傾く、4:自発運動の消失、5:死
【図8】図8は、左中大脳動脈を梗塞して一過的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ProTα30を脳室内投与した場合の梗塞領域体積を評価した結果を示す図である。
【図9】図9は、左中大脳動脈を梗塞して一過的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ProTα30の投与量を変えて尾静脈内投与した場合の梗塞領域体積や運動機能を評価した結果を示す図である。DHA-ProTα30はドコサヘキサエン酸をN末端修飾したProTα30を示す。臨床スコアは、図7と同様である。*は、有意差を示す。
【図10】図10は、左中大脳動脈を梗塞して永久的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ProTα30を複数回尾静脈内投与した場合の梗塞領域体積を評価した結果を示す図である。
【図11】図11は、左中大脳動脈を梗塞して永久的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ProTαを尾静脈内投与した場合の、梗塞領域体積、生存率や運動障害を評価した結果を示す図である。臨床スコアは、図7と同様である。pMCAOは、永久脳虚血群を示す。Shamは、シャム手術対照群を示す。*は、有意差(P<0.05,vs.Vehicle)を示し、#は、有意差(P<0.05,vs.Sham)を示す。
【図12】図12は、左中大脳動脈を梗塞して永久的に脳虚血を生じせしめたSprague-Dawleyラットに対し、ProTαを尾静脈内投与した場合の、梗塞領域体積、生存率や運動障害を評価した結果を示す図である。臨床スコアは、図7と同様である。pMCAOは、永久脳虚血群を示す。Shamは、シャム手術対照群を示す。*は、有意差(P<0.05,vs.Sham)を示し、#は、有意差(P<0.05,vs.pMCAO-Vehicle)を示す。
【図13】図13は、左中大脳動脈を梗塞して一過的に脳虚血を生じせしめたC57BL/J6マウスに対し、ラットプロサイモシンαの52番目のアミノ酸ないし60番目のアミノ酸からなるポリペプチド(ProTα9)を尾静脈内投与した場合の梗塞領域体積を、他のポリペプチドを投与した場合と比較した結果を示す図である。DHA-ProTα30はドコサヘキサエン酸をN末端修飾したProTα30を示す。C-termは、ProTαのC末端を示す。
【図14】図14は、ProTα9の血液脳関門障害の抑制効果を示す図である。Aは微小血管のトマトレクチン染色を示し、Bは、Aで示される微小血管長の平均値を棒グラフにしたものである。tMCAOは一過的脳虚血群を示す。*は、有意差(P<0.05,vs.tMCAO無しControl)を示し、#は、有意差(P<0.05,vs.tMCAO Veh)を示す。Aにおけるスケールバーは100μm(20倍対物レンズ)である。
【図15】図15は、光誘発性中大脳動脈血栓(PIT)モデルマウスに対し、ProTα9等を尾静脈内投与した場合の、梗塞領域体積、臨床スコアを評価した結果を示す図である。臨床スコアは、図7と同様である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
プロサイモシンα(以下、「ProTα」と記載する場合がある)は既知のタンパク質であり、従来、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能を有することが知られていた。しかしながら本発明は、ProTαの作用として別途の機能である、「脳虚血性の血液脳関門脆弱化を顕著に抑制し、血液脳関門障害を改善する機能」を発見したことに基づき完成したものである。
ProTαの「脳虚血性の血液脳関門脆弱化を抑制する機能」、「血液脳関門障害の改善機能」は、本発明者によって初めて見出されたものである。

【0016】
血液脳関門とは、血液と脳の組織液との間の物質交換を制御する機構である。血液脳関門による物質交換の制御機構は、アミノ酸やグルコースをはじめとする神経活動のエネルギー源となる必須内因性物質を脳内に取り込むとともに、脳内の毒物や不要な異物などを血中に排出するといった積極的なメカニズムに支えられている。当該メカニズムは脳毛細血管内皮細胞に発現している多くのトランスポーター輸送系によってコントロールされ得る。また血液脳関門を解剖学的に見ると、血液脳関門を構成する脳毛細血管内皮細胞はタイトジャンクションを形成し、細胞間隙の透過性を制限していることがわかる。すなわち血液脳関門の存在により、中枢神経系の生化学的恒常性が高度に維持されている。したがって血液脳関門に異常を生じた場合、脳血管と脳内の選択的な物質透過性に異常が生じ、これらの異常が結果的に中枢神経系に影響を及ぼすこととなる。

【0017】
また脳梗塞時には、梗塞部位だけでなく血液脳関門にも虚血症状が生じる。虚血症状が生じた部分の血管は急激に弱くなるので、血液流が再開された場合、血液脳関門から出血する可能性が極めて高い。したがって脳梗塞治療に有用である血栓溶解剤は、梗塞後6時間(好ましくは3時間)以内に病態が確認できた場合でしか使用できない点で、ほとんどが適用外となってしまう。本発明で用いられるProTαはこのような状況でも血栓溶解剤を適用できるよう、血液脳関門の脆弱性を改善する目的で用いられるものである。

【0018】
本発明における「血液脳関門障害」とは、血液脳関門に何らかの異常を生ずることをいう。このような異常としては、血液脳関門における物質の選択的透過性の異常、脳毛細血管内皮細胞のタイトジャンクションの崩壊(細胞間隙の広がり)、脳毛細血管内皮細胞の減少およびそれに伴う発熱、脳浮腫などの脳炎症状に加えて、記憶・学習、食欲、睡眠障害や情動性疼痛などのありとあらゆる高次脳機能障害、および血圧、呼吸、消化器症状を伴う自律神経疾患などが挙げられる。本発明の血液脳関門障害改善剤は、このような血液脳関門の異常を改善し、血液脳関門の機能を回復させるものである。
血液脳関門の異常は、具体的には、例えば大脳皮質知覚領域における毛細血管の数量や長さによって確認することができる。すなわち、大脳皮質知覚領域における毛細血管が少なければ、脳梗塞に伴い血液脳関門の異常が発生していると判断することができるし、大脳皮質知覚領域における毛細血管が適量であれば、血液脳関門の異常は無いものと判断することができる。毛細血管の長さや量は自体公知の方法によって判別することができるが、そのような方法としては、「生体の科学;55(3)巻、266-272頁(森川俊一、江崎太一著)、2004年」に記載のレクチン(例、トマトレクチン)による血管内皮細胞の染色が挙げられる。

【0019】
以上の知見から、プロサイモシンαは、血液脳関門障害改善剤として利用することができる。血液脳関門障害改善剤に使用するプロサイモシンαは特に限定されず、ヒト由来のプロサイモシンα、ラット由来のプロサイモシンα、マウス由来のプロサイモシンαなどいずれの動物種のものも使用することができる。これらの動物種の組織から実際に得られたプロサイモシンαのアミノ酸配列について比較したものを図1-1~図1-3に示す。なお、図1-1のアミノ酸配列の右端と図1-2のアミノ酸配列の左端がつながり、図1-2のアミノ酸配列の右端と図1-3のアミノ酸配列の左端がつながる。

【0020】
また、これらのプロサイモシンαの中から特に3種類のプロサイモシンαのアミノ酸配列を配列番号1(ヒト由来)、配列番号2(マウス由来)、配列番号3(ラット由来)とし、更にこれらの配列を整列して比較したものを図2に示す。ヒト、ラット、マウス以外の動物種由来のプロサイモシンαとしては、ウシ由来のプロサイモシンα、カエル由来のプロサイモシンαなども使用することができる。これらのプロサイモシンαのアミノ酸配列は、GenBank等にそれぞれAccession No.TNBOA1、CAC39397として登録されている。

【0021】
プロサイモシンαの代わりに、プロサイモシンα由来のポリペプチド、またはこれと実質的に同等の機能を有するポリペプチドを使用することもできる。ここで「プロサイモシンα由来のポリペプチド」、または「これと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」は、プロサイモシンαが有する機能、例えば血液脳関門障害を保護、改善する機能(例、GLUT4の細胞膜表在化促進作用など)、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能(例、ネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能など)を持つポリペプチドである。

【0022】
「プロサイモシンα由来のポリペプチド」としては、ポリペプチドが上記プロサイモシンα全長のアミノ酸配列の一部または全部と同一のアミノ酸配列を有し、かつプロサイモシンαが有する機能、例えば血液脳関門障害を保護、改善する機能(例、GLUT4の細胞膜表在化促進作用など)、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能(例、ネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能など)などを持つ限り特に限定されない。
このようなポリペプチドとしては、例えば、配列番号1のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号2のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号3のアミノ酸配列で表されるポリペプチド(図2参照)、またはこれらのポリペプチドを含むポリペプチドが挙げられる。

【0023】
一方でこれらのポリペプチドは、創薬シーズへの適応目的でより短小化されることが望ましい。ポリペプチドの長さ(短小化の程度)としては上記プロサイモシンαが有する機能を保持し、創薬シーズとして適用可能である限り特に限定されないが、好適には30アミノ酸以下のポリペプチドが挙げられ、具体的には、例えば配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号5のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号6のアミノ酸配列で表されるポリペプチドおよび/またはこれらのポリペプチドを含むポリペプチドが挙げられる。
これらのポリペプチドも、後述する本発明の血液脳関門改善剤、血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤、脳虚血性疾患用治療剤の有効成分として好ましく用いることができる。

【0024】
なお配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドは、ラットプロサイモシンαの49番目のアミノ酸から78番目のアミノ酸からなるポリペプチド(本明細書中、「ProTα30」と記載する場合がある)である。ProTα30は、後述する実施例2で示されるように、プロサイモシンαの活性本体としての機能を有するポリペプチドである。
さらに配列番号6のアミノ酸配列で表されるポリペプチドは、ラットプロサイモシンαの52番目のアミノ酸から60番目のアミノ酸からなるポリペプチド(本明細書中、「ProTα9」と記載する場合がある)である。ProTα9は、後述する実施例3で示されるようにProTα30の中でもよりプロサイモシンαの活性に重要な部分である。
これらのポリペプチド、またはこれらのポリペプチドを含むポリペプチドは、血液脳関門障害を保護、改善する機能(例、GLUT4の細胞膜表在化促進作用など)、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能(例、ネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能など)などを有し、後述する本発明の血液脳関門改善剤、血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤、脳虚血性疾患用治療剤の有効成分として好ましく用いることができる。

【0025】
「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」としては、上記「プロサイモシンα由来のポリペプチド」と同様のプロサイモシンαが有する機能、例えば血液脳関門障害を保護、改善する機能(例、GLUT4の細胞膜表在化促進作用など)、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能(例、ネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能など)などを持ち、かつ「プロサイモシンα由来のポリペプチド」のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、付加、置換若しくは転位したポリペプチドが挙げられる。
ここで、欠失、付加、置換若しくは転位するアミノ酸の個数は、プロサイモシンαと同様の機能を有する限り特に限定されないが、通常は、20個以内であり、好ましくは10個以内であり、特に好ましくは5個以内であり、最も好ましくは3個以内である。
また、図1-1~図1-3中の配列番号4に対応するアミノ酸配列(図1-1~図1-3において、「ラット活性本体」のアミノ酸配列と同じ列に位置するアミノ酸配列)で表されるペプチドは、この「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」に含まれる。

【0026】
これらのポリペプチドは、自体公知のペプチド合成法によって製造することが可能である。またアミノ酸の欠失、付加、置換若しくは転位についても、自体公知の方法により行うことが可能である。

【0027】
さらに、これらのポリペプチドは、上記「プロサイモシンα由来のポリペプチド」と同様のプロサイモシンαが有する機能、例えば血液脳関門障害を保護、改善する機能(例、GLUT4の細胞膜表在化促進作用など)、神経細胞死からの保護機能・神経細胞死抑制機能(例、ネクローシス抑制機能、アポトーシス促進機能、間接的アポトーシス抑制機能など)などを持つ限り、ペプチド修飾されていてもよい。
ペプチドの修飾としては、例えばリン酸化(例、Ser(PO)、Thr(PO)、Tyr(PO)など)、硫酸化(例、Tyr(SOH)など)、アミノ基の修飾(例、アセチル化、スクシニル化、ビオチニル化、Z化、Dnp化、Dns化、ミリストイル化など)、チオール基の修飾(例、ファルネシル化、ゲラニル化など)、糖による修飾(例、Asn(GlcNAc)、Ser/Thr(GalNAc)、Ser/Thr(Gal-GalNAc)、Ser/Thr(GlcNAc)、Ser(Xyl)、Thr(Man)含有ペプチドなど)、ペプチド結合の修飾(例、還元型、スタチン型など)、蛍光標識(例、FITC化、Dns化、Nma化など)、その他の標識(例、ビオチン標識など)、脂肪酸による修飾(例、DHA修飾など)などが挙げられる。

【0028】
本発明の血液脳関門障害改善剤は、「プロサイモシンα由来のポリペプチド」、または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」を有効成分として含有してなるので、脳虚血により生じる血液脳関門の脆弱性を保護し、血液脳関門障害を改善することができる。従って本発明の血液脳関門障害改善剤は、それが有する神経保護作用によって血液脳関門を保護すると共に、脳血管障害により脆弱化した血液脳関門をも改善することができるので、脳虚血性の疾患全般、特に血液脳関門障害を伴う疾患の予防または治療に有用である。

【0029】
本発明における「血液脳関門障害を伴う疾患」とは、血液脳関門に異常を生ずることが知られている疾患全般(例えば血液脳関門のタイトジャンクション構造が物理的に脆弱になる疾患、血液脳関門における物質輸送が異常を来す疾患など)や、血液脳関門に異常を生ずることに起因する疾患などが挙げられる。このような疾患は、多くが脳虚血を伴う疾患であり、具体的には、アテローム性動脈硬化または高血圧による二次性の血管障害、一過性血流障害、高血圧性脳障害、頭蓋内外の動脈の塞栓症、血栓症に起因する梗塞、動脈瘤、動静脈奇形、脳動脈狭窄性病変、硬膜動静脈瘻、血管外傷、血管性腫瘍、ウィルス感染性脳炎、あるいは脳梗塞後の脆弱性血管新生による浮腫または出血疾患などのほか、脳卒中、外傷性脳障害、緑内障、糖尿病性網膜症又は網膜剥離治療時の圧迫性障害などが挙げられる。なお、ここでいう「治療」には、疾患を完治させる場合のみならず、病状を軽減させる場合や病状の悪化を阻止する場合なども含まれる。

【0030】
本発明の「血液脳関門障害改善剤」および「血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤」は、「プロサイモシンα由来のポリペプチド」または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」、あるいはこれらの両方のポリペプチドを、公知の方法に従い薬学的に許容される担体あるいは希釈剤と混合することにより製剤化される。適切な薬学的に許容される担体あるいは希釈剤としては特に限定されず自体公知の担体あるいは希釈剤を適用することが可能であるが、例えばRemington’s Pharmaceutical Sciences等に記載されたものが挙げられる。

【0031】
本発明の「血液脳関門障害改善剤」および「血液脳関門障害を伴う疾患の治療剤」の投与に関して、投与剤型は特に限定されることなく自体公知の投与剤型を適用可能であるが、公知の脳血管障害の治療用医薬と同様に、血管投与用、脳室内投与用の注射剤として調製されることが好ましい。より具体的に言えば、「プロサイモシンα由来のポリペプチド」または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」を、水、生理食塩水、等張化した緩衝液等の適当な溶媒に溶解することで注射剤とする。その際、ポリエチレングリコール、グルコース、各種アミノ酸、コラーゲン、アルブミン等を保護剤として添加して調製することが可能である。また、リボソーム等の封入体にポリペプチドを包埋させて投与することも可能である。

【0032】
「プロサイモシンα由来のポリペプチド」または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」を上述した疾患の治療に用いるとき、有効成分としてのその用量は特に限定されず、対象の年齢、体重、病状、および投与経路、その他の要素により異なるが、投薬する医師などが容易に適宜決定することができる。例えば脳卒中治療のために脳室内投与する場合には、1日量約0.012mg~1.2mgの投与であり、緑内障治療のために硝子体内投与する場合には、1回量約0.0012mg~0.012mgの投与である。

【0033】
「プロサイモシンα由来のポリペプチド」または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」の投与方法は特に限定されず、現在実際に行われている様々な投与方法を採用することができる。このような投与方法の一例として、大槽内投与を挙げることができる。大槽内投与は、脳実質を傷つけないという点で有利である。また非経口投与(例えば、血管内投与(例、静脈内投与)、脳室内投与など)、経口投与などにより投与してもよい。

【0034】
また、本発明の血液脳関門障害改善剤は、血栓溶解剤と併用することで、血栓溶解剤の適用範囲を広げることができる。
一般に血栓溶解剤は、脳梗塞急性期であって、血液脳関門をはじめとした従来の血管構造が保たれている発症後3時間以内の患者に適用が限定されており、CTやMRIで頭蓋内出血がない事を確認した上で用いることが求められている。これは、血液脳関門は脳虚血により脆弱化するので、発症初期の血液脳関門の構造が比較的維持されている状態でないと血栓溶解剤の効果により出血などの副作用が生じる危険性が高まるためである。
そこで本発明の血液脳関門障害改善剤を用いることにより、血液脳関門の構造が維持され、血栓溶解剤の副作用として考えられる脆弱血管からの出血の心配がなくなるので、血栓溶解剤の使用に際し本発明の剤を併用することにより、発症時期に左右されること無く血栓溶解剤を用いることができる。これにより効果的に脳虚血性疾患を治療できるようになる。

【0035】
従って、本発明は「プロサイモシンα由来のポリペプチド」または「プロサイモシンα由来のポリペプチドと実質的に同等の機能を有するポリペプチド」、ならびに血栓溶解成分を有効成分として含有する、脳虚血性疾患用治療剤を提供する。

【0036】
本発明で用いられる血栓溶解剤(血栓溶解成分)としては、具体的にはtPA、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、ナットウキナーゼ、プロウロキナーゼ、スタフィロキナーゼ、デスモテプラーゼ、APSACなど、あるいはこれらの血栓溶解成分に由来するポリペプチドが挙げられる。好ましくはtPAである。ここで「これらの血栓溶解成分に由来するポリペプチド」とは、上記血栓溶解成分が有する活性をそれぞれ有し、かつ各血栓由来成分(蛋白質)全長のアミノ酸配列の一部または全部と同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドを意味する。

【0037】
tPAは、市販されているものを用いてもよいし、また自体公知の方法で合成したものを用いてもよい。

【0038】
本発明の血液脳関門障害改善剤および脳虚血性疾患用治療剤は、他の脳血管障害治療剤と併用して用いることができる。他の脳血管障害治療剤としては脳血管障害を治療することができる限り特に限定されないが、上記血栓溶解剤の他に、例えばラジカルスカベンジャー(エダラボン)が挙げられる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【実施例】
【0040】
[実施例1] プロサイモシンαの血液脳関門障害に対する抑制効果
C57BL/J6マウス(雄性、体重21-26g)の左中大脳動脈を梗塞して作成した脳虚血モデルマウスを0.5あるいは1時間維持し、次いで再灌流した。再灌流の1時間後にvehicleまたはProTα(0.1mg/kg)を静脈内投与(i.v.)し、さらに再灌流24時間後にペントバルビタール50mg/kgを腹腔内投与することにより全身麻酔を施し、処置マウスを37℃に保温したベッドの上に静置し、PBSに溶解した1mg/mLのビオチン化トマトレクチン(SIGMA、Lot番号048K3786)100μLを2~3分かけてゆっくりと静脈内投与した。5分後パラホルムアルデヒド(PFA)により全身を灌流固定し、脳を取り出し、室温にてさらに3時間4%PFA処置した。その後25%蔗糖液に入れ4℃で一晩なじませた。脳はOCTコンパウンドにより凍結包埋し、大脳皮質知覚領S1(CS1)やS2(CS2)を含む面で50μmの厚さの切片を作製し、シランコーティングされたスライドガラス上で貼付し、一晩ヒーター上で乾燥させた。その後、Alexa Fluor488でラベルされたストレプトアビジン(2%BSA/PBST液にて300倍希釈)を用いてトマトレクチンの蛍光染色を行い、その後蛍光退色防止剤であるFluoromount(日本ターナー株式会社)で固定し、一晩暗所静置し、後に共焦点レーザー顕微鏡LSM5 PASCAL(Carl Zeiss)で観察した。蛍光シグナルはデコンボリューション法により、およそ30μmの範囲の蛍光全量を積算解析した。
0.5時間の中大脳動脈虚血(MCAO)後再灌流し、その1時間後のCS2領域のトマトレクチン染色は、虚血反対側では大凡30μm長のシグナルとして観察された(スケールバーは100μm、20倍対物レンズ)。これに対し、虚血同側ではそのシグナルは断片としてのみ観察され、脳血管破綻として評価できた。1時間のMCAO再灌流でもその蛍光シグナルはほぼ同等であったが、血管障害を示す脳領域の拡大として時間依存性が観察された(図3A)。
マウスリコンビナントProTα(0.1mg/kg)を虚血後1時間に投与したマウスでは、虚血側のCS2と線条体における脳血管破壊はほぼ完全に消失した(図3B)。
【実施例】
【0041】
[実施例2] プロサイモシンαの活性本体の探索
ラットプロサイモシンαの配列(図4A)を参照し、図4Bに示すようなラットプロサイモシンαの欠失変異体を作成した。次いでUeda等の方法(Ueda et al.,J.Cell.Biol.,176,pp.853-862,2007)を適用して、皮質ニューロンの生存率を指標にプロサイモシンαの活性本体の探索を行った。
17日胚のラット大脳皮質から得た2x10細胞/cmの神経細胞初代培養を無血清条件下で開始した。グルタチオンS-トランスフェラーゼを融合した、ラットプロサイモシンαの各欠失変異体(GST-ProTαフラグメント)を100nMとして培養初期からそれぞれ添加し、5%COインキュベーター(37℃)内で12時間培養を継続したのち、WST-8による生存活性を評価した。
その結果、49番目のアラニンから78番目のアスパラギン酸の30アミノ酸からなるポリペプチド(以下、「ProTα30」と記載する場合がある)が、プロサイモシンαの活性本体であることが確認できた。結果を図4Cに示す。
【実施例】
【0042】
[実施例3] ProTα30のアラニンスキャニング
実施例1で得られたプロサイモシンα活性本体の各アミノ酸残基(30個)について、N末端から順に各アミノ酸残基をアラニンに置換した変異ペプチドを作成した。次いでUeda等の方法(Ueda et al.,J.Cell.Biol.,176,pp.853-862,2007)を適用して、皮質ニューロンの生存率を指標に活性本体のProTα30のどの領域が活性発現に関連しているかを評価した。
その結果、ProTα30の中でも52-60に相当するEVDEEEEEG(配列番号6)の配列がその活性発現において重要な配列であることが分かった。結果を図5に示す。
【実施例】
【0043】
[実施例4] ProTα30の血液脳関門障害に対する抑制効果
実施例1に示したものと同様の実験をProTαと活性本体のProTα30を用いて行い、その効果を比較解析した。結果を図6に示す。
その結果、ProTα30は、ProTαと同様に脳血管破綻を抑制するものとして評価できた。したがって、ProTα30も血液脳関門障害の抑制効果を有することが観察された。
一方で有効性に関し、ProTα30はProTαより強力な血液脳関門障害の抑制効果を有するという結論は必ずしも得られなかったが、脳移行の可能性、経済性、誘導体化の可能性などの点において有望なサイズであることが明らかとなった。またProTα30も脳虚血急性期に生じうる神経細胞死を抑制する機能(ネクローシス抑制機能)を有することが明らかとなった。
【実施例】
【0044】
[実施例5] 一過性脳虚血モデルマウスに対するProTα30の効果(1)
C57BL/J6マウスの左中大脳動脈を梗塞して作成した脳虚血モデルマウスを1時間維持し、次いで再灌流した。再灌流の1時間後にvehicleまたはProTα30(10μg)を脳室内投与(i.c.v.)して24時間毎にマウスの経過を観察して運動機能とともに生存率を評価した。また、左中大脳動脈梗塞に続く運動障害を表す臨床スコアは、1:右前肢を完全に伸長することができない、2:右方向への旋回行動、3:体勢を保てず右方向に傾く、4:自発運動の消失、5:死、に対応して評価した。
その結果、虚血再灌流1時間後にProTα30(10μg)を脳室内投与したマウス(n=4)では、非投与群(n=4)において虚血再灌流の5日後には完全致死に至る生存率が、2週間後でも80%程度までに改善した(図7A)。また運動機能評価においては、虚血再灌流の3日後に自発運動の消失に至るものが、ProTα30(10μg)脳室内投与により多少の片麻痺は残るものの、有意に改善することが明らかとなった(図7B)。
一方、虚血再灌流の1時間後にProTα30(0μg(Veh)、0.1μgあるいは10μg)を脳室内投与し、同24時間後に取り出した全脳を、PBSに溶解した2%TTC(2,3,5-Triphenyltetrazolium chloride)染色液で処置し、PBS洗浄後、ブレグマから厚さ1mmの冠状断面切片を、前2mm及び後3mmで5枚作製した。TTC染色はミトコンドリアの還元反応に基づく細胞生存活性の指標で、障害されていない領域が赤く染色され、障害領域は染色されない。この実験によりProTα30の投与により脳梗塞が改善されるかを調べた。脳梗塞領域は以下の式に従って評価した。虚血側においてTTC染色(赤色)されない部分は白く抜けるが、その部分は同側の梗塞領域とみなす。同側全体積とは正中線から分割し虚血側の梗塞、非梗塞全領域を指し、反対側全体積とは非虚血側の全領域を指す。
【実施例】
【0045】
【数1】
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【実施例】
【0046】
その結果、溶媒のみの試料では48%梗塞が観察され(n=7)、0.1μgProTα30では44%(n=2)、10μgProTα30では38%(n=2)と用量依存的に梗塞を抑制した(図8Aおよび図8B)。
【実施例】
【0047】
[実施例6] 一過性脳虚血モデルマウスに対するProTα30の効果(2)
実施例5と同様の処置を行い、再灌流の1時間後にvehicle、ProTα30または脳移行性向上を目的としてドコサヘキサエン酸(DHA)をN末端修飾したProTα30(以下、「DHA-ProTα30」と記載する)をそれぞれ1mg/kg静脈内投与(i.v.)した。結果を図9A、図9Bおよび図9Cに示す。
その結果、溶媒による対照実験では48%梗塞が認められたが(n=7)、再灌流後1時間にProTα30を0.275(n=3)および1mg/kg(n=3)で一回投与した場合は、それぞれ39%および13%梗塞にまで用量依存的に抑制した。しかしDHA-ProTα30を0.3(n=2)および1mg/kg(n=3)投与した場合は、当初期待した梗塞領域抑制効果は認められなかった(図9A、図9B)。
一方、臨床スコアの解析においては、3程度の片麻痺(n=11)はProTα30の0.275mg/kg(i.v.、n=4)投与では効果が観察されないが、ProTα30の1mg/kg(i.v.、n=3)投与では有意に改善した(図9C)。同様な改善効果はDHA-ProTα30を1mg/kg(i.v.、n=3)投与した場合に観察されたが、0.3mg/kg(i.v.、n=4)では観察されなかった。DHA誘導化ペプチドが梗塞領域に対して有意な効果を持たなかったことは、この誘導化によるProTαに対する未知の障害作用が存在することを示唆している。
【実施例】
【0048】
[実施例7] 永久脳虚血モデルに対するProTα30の複数回投与の効果
C57BL/J6マウスの中大脳動脈を梗塞して作成した永久脳虚血モデルマウスに対し、再灌流することなく虚血開始から2時間後、4時間後にProTα30を静脈内投与(i.v.)した。次いで24時間後、上記方法と同様の方法で、梗塞領域体積を測定した。結果を図10Aおよび図10Bに示す。
その結果、溶媒による対照実験では60%梗塞が認められたが(n=3)、梗塞後2時間にProTα30を1mg/kg(i.v.)で1回投与(n=2)した場合、2時間と4時間の2回投与(n=1)した場合はそれぞれ、34%および27%梗塞にまで抑制した。しかしDHA-ProTα30を1mg/kg(i.v.、n=2)で1回投与した場合では、当初期待した梗塞領域抑制効果は認められなかった(図10A、B)。
【実施例】
【0049】
[実施例8] 永久脳虚血モデルマウスに対するProTαの効果
C57BL/J6マウスの中大脳動脈を梗塞して作成した永久脳虚血モデルマウスに対し、再灌流することなく虚血開始から2、7、あるいは12時間後に、100μg/kgでProTαを尾静脈内投与した。次に上記方法と同様の方法で、梗塞領域体積を測定した。その結果、永久脳虚血モデルマウスにおいても短時間であれば梗塞領域抑制効果が認められた(図11A)。また同じマウスで運動機能を評価した。運動機能障害を表す臨床スコアは、実施例5と同様の方法で評価した。その結果、永久脳虚血モデルマウスにおいても短時間であれば運動機能が改善することがわかった(図11C)。
一方、虚血開始から2および4時間後にvehicleまたはProTα(100μg)を尾静脈内投与(i.v.)し、24時間毎にマウスの経過を観察して運動機能とともに生存率を評価した。その結果、ProTα(100μg)を尾静脈内投与(i.v.)したマウス(n=5)では、非投与群(n=5)において虚血5日後には完全致死に至る生存率が、約2週間後でも60%程度までに改善した(図11D)。また運動機能評価においては、虚血1日後に自発運動の消失または死に至るものが、ProTαを投与することにより多少の片麻痺は残るものの、有意に改善することが明らかとなった(図11B)。
【実施例】
【0050】
[実施例9] 永久脳虚血モデルラットに対するProTαの効果
Sprague-Dawleyラットの中大脳動脈を梗塞して作成した永久脳虚血モデルラットに対し、再灌流することなく虚血開始から4時間後にProTαを尾静脈内投与(i.v.)した。次いで24時間後、上記方法と同様の方法で、梗塞領域体積を測定した。結果を図12Aおよび図12Bに示す。
その結果、溶媒による対照実験では40%梗塞が認められたが(n=5)、梗塞後4時間にProTαを100μg/kg(i.v.)で投与(n=5)した場合は、25%梗塞にまで抑制した。(図12A、B)。
さらに24時間毎にラットの経過を観察して運動機能とともに生存率を評価した。その結果、ProTα(100μg)を尾静脈内投与したラット(n=5)では、非投与群(n=5)において虚血後1日で50%に至ってしまう生存率が、約2週間後でも75%程度までに改善した(図12D)。また運動機能評価においては、虚血再灌流の2日後に自発運動の消失または死に至るものが、ProTαの投与により多少の片麻痺は残るものの、有意に改善することが明らかとなった(図12C)。
【実施例】
【0051】
[実施例10] 一過性脳虚血モデルマウスに対する、ProTα9の効果
実施例5と同様の梗塞領域体積の測定を、一過性脳虚血モデルマウスに対し0.3mg/kgの尾静脈内投与(i.v.)によるProTα9、活性本体のProTα30、DHA-ProTα30などを投与した場合についてそれぞれ行い、各ポリペプチドの効果を比較解析した。結果を図13に示す。
その結果、ProTα9は、ProTα30と同様に一過性の脳虚血に対する脳梗塞領域の抑制効果を有することが観察された。
【実施例】
【0052】
[実施例11] ProTα9の血液脳関門障害に対する抑制効果
C57BL/J6マウスの左中大脳動脈を梗塞して作成した脳虚血モデルマウスを1時間維持し、次いで再灌流した。再灌流の1時間後にvehicle、ProTα(100μg/kg)、ProTα30(1mg/kg)、ProTα9(0.3mg/kg)、C-term(アミノ酸配列TKKQKKTDEDD;0.3mg/kg)をそれぞれ尾静脈内投与(i.v.)した。さらに実施例1記載の方法と同様の方法によりトマトレクチンの蛍光染色を行い、微小血管の解析を行った。結果を図14に示す。
1時間の中大脳動脈虚血(MCAO)後再灌流した場合の大脳皮質知覚領域のトマトレクチン染色は、虚血反対側(Contra)では大凡30μm長のシグナルとして観察された。これに対し、虚血同側(ipsi)では、VehicleまたはC-termを投与した場合のシグナルは断片としてのみ観察され、脳血管破綻として評価できた(図14A)。
一方、ProTα、ProTα30(P30)、ProTα9(P9)を投与した場合においては、虚血同側において虚血反対側よりも長いシグナルを示した(図14B)。すなわちProTα9は、ProTα30と同様に脳血管破綻を抑制効果を有するものとして評価できた。したがって、ProTα9も血液脳関門障害の抑制効果を有することが観察された。
一方で有効性に関し、ProTα9はProTαやProTα30より強力な血液脳関門障害の抑制効果を有するという結論は必ずしも得られなかったが、脳移行の可能性、経済性、誘導体化の可能性などの点において有望なサイズであることが明らかとなった。
【実施例】
【0053】
[実施例12] 光誘発性中大脳動脈血栓(PIT)モデルマウスに対する、ProTα9の効果
C57BL/J6マウスの左中大脳動脈を硬膜下に露出し、光増感性色素であるローズベンガルを30mg/kg尾静脈内投与したのち一定波長の緑色光を10分間中大脳動脈に照射することで血栓を作成させ、この血栓による梗塞を引き起こした。光照射の1時間後にvehicle、ProTα(100μg/kg)、ProTα30(1mg/kg)、ProTα9(0.1mg/kg、0.3mg/kgおよび1mg/kg)を尾静脈内投与した。次に虚血24時間後、上記方法と同様の方法で梗塞領域体積を測定し、運動機能を評価した。結果を図15に示す。
溶媒による対照実験では48%梗塞が認められたが(n=17)、梗塞後1時間にProTαを100μg/kgで投与(n=6)した場合は、23%梗塞にまで抑制し、ProTα30を1mg/kg投与(n=4)した場合にも30%梗塞にまで抑制し、ProTα9(各用量n=2)を投与した場合、用量依存的に梗塞傷害領域が減少し、1mg/kg投与において30%梗塞にまで抑制した(図15A、B)。また運動機能評価においては、虚血24時間後には体勢が保てず傾くか自発運動が消失するものが、ProTα、ProTα30またはProTα9の投与により有意に改善することが明らかとなった(図15C)。
【実施例】
【0054】
本明細書中で述べられた全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の血液脳関門障害改善剤は、脳虚血により生じうる血液脳関門の脆弱化を改善することができる。従って、本発明の剤は血液脳関門障害に起因する疾患の治療剤となり得る。
本願は、日本で出願された特願2009-185816(出願日:2009年8月10日)を基礎としており、それらの内容は本明細書に全て包含されるものである。
【配列表フリ-テキスト】
【0056】
配列番号4は、共通するアミノ酸配列である。
配列番号6は、共通するアミノ酸配列である。
図面
【図1-1】
0
【図1-2】
1
【図1-3】
2
【図2】
3
【図4】
4
【図5】
5
【図11】
6
【図12】
7
【図14】
8
【図3】
9
【図6】
10
【図7】
11
【図8】
12
【図9】
13
【図10】
14
【図13】
15
【図15】
16