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明細書 :誘電泳動を利用する細胞識別方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2013-238463 (P2013-238463A)
公開日 平成25年11月28日(2013.11.28)
発明の名称または考案の名称 誘電泳動を利用する細胞識別方法
国際特許分類 G01N  33/53        (2006.01)
G01N  37/00        (2006.01)
G01N  33/543       (2006.01)
G01N  15/14        (2006.01)
G01N  27/22        (2006.01)
G01N  27/02        (2006.01)
FI G01N 33/53 Y
G01N 37/00 101
G01N 37/00 102
G01N 33/543 597
G01N 15/14 A
G01N 15/14 C
G01N 27/22 B
G01N 27/02 D
請求項の数または発明の数 5
出願形態 OL
全頁数 26
出願番号 特願2012-111134 (P2012-111134)
出願日 平成24年5月15日(2012.5.15)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第2項適用申請有り 発行者 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻北森研究室内 「化学とマイクロ・ナノシステム研究会」事務局 刊行物名 第24回 化学とマイクロ・ナノシステム研究会 講演要旨集 発行年月日 平成23年11月17日 集会名 兵庫県立大学大学院物質理学研究科物質科学専攻 平成23年度修士論文発表会 開催日 平成24年2月6日、平成24年2月7日
発明者または考案者 【氏名】安川 智之
【氏名】水谷 文雄
【氏名】畠中 啓伸
出願人 【識別番号】592216384
【氏名又は名称】兵庫県
個別代理人の代理人 【識別番号】110000556、【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
審査請求 未請求
テーマコード 2G060
Fターム 2G060AA07
2G060AA15
2G060AD06
2G060AE20
2G060AF03
2G060AF11
2G060AG10
2G060FA01
2G060FA10
2G060FA15
2G060KA10
要約 【課題】誘電泳動を利用する従来の細胞識別方法よりも、表面抗原を発現している細胞のマイクロバンドアレイ電極上への捕捉率が高い、新規な細胞識別方法を提供すること。
【解決手段】細胞懸濁液の導電率を200mS/m~500mS/mとし、交互くし型マイクロバンドアレイ電極のすべてのバンド電極と対向する導電性基板との間に50kHz以上500kHz以下の周波数と15Vpp以上20Vpp以下の振幅(印加電圧強度)とを有する交流電圧を印加する。その後、片側の電極への交流電圧印加を停止する。それにより、マイクロバンドアレイ電極表面に固定された抗体と反応せずに捕捉されなかった細胞だけを、片側のバンドアレイ電極上へと効率よく移動及び集積させることが可能となる。
【選択図】図8
特許請求の範囲 【請求項1】
マイクロ流路型デバイスを利用し、表面に特定抗原を発現している細胞を誘電泳動によって識別する細胞識別方法であって、
前記マイクロ流路型デバイスは、
基板と、
基板上に配置される交互くし型マイクロバンドアレイ電極と、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極が露出するように前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極上に配置される絶縁性薄膜と、
前記絶縁性薄膜上に配置されるスペーサーと、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極に対向するように前記スペーサー上に配置される導電性基板とを備え、
前記基板表面の少なくともバンド電極間には細胞表面に発現する抗原に対する抗体が固定化されており、
前記方法は、
細胞を含有する導電率200mS/m以上500mS/m以下の試料液を調製する工程Aと、
前記試料液を前記マイクロ流路型デバイスのバンド電極上に導入する工程Bと、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のすべてのバンド電極と前記導電性基板との間に50kHz以上500kHz以下の周波数と15Vpp以上25Vpp以下の振幅とを有する交流電圧を印加する工程Cと、
前記工程C後、交互くし型マイクロバンドアレイ電極を観察し、電極間ギャップに存在する細胞数を測定する工程E0と、
前記工程E0後、前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の印加を停止する工程Dと、
前記工程D後、交互くし型マイクロバンドアレイ電極を観察し、電極間ギャップに存在する細胞数を測定する工程Eと、
を順に有する方法。
【請求項2】
前記工程Dの前に、前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の振幅を、工程Cの振幅の85%~100%の間で周期的に変動させる工程D0をさらに有する、請求項1に記載の細胞識別方法。
【請求項3】
前記表面に特定抗原を発現している細胞が白血球であり、前記基板表面に固定される抗体が抗CD33抗体である、請求項1又は2に記載の細胞識別方法。
【請求項4】
前記導電性基板がインジウムスズ酸化物から構成される基板である、請求項1乃至3に記載の細胞識別方法。
【請求項5】
前記工程D0の実行時間が1秒以上30秒以下である、請求項2に記載の細胞識別方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電泳動による細胞操作技術を利用し、特定の抗原を表面に発現している細胞を、細胞群の中から簡便かつ迅速に識別する、細胞識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白血球細胞の表面抗原は、細胞表膜表面に存在するタンパク質であり、それぞれが固有の機能を有する。表面抗原の発現パターンは、細胞の種類、状態、成熟度又は分化度によって異なり、発現パターンを知ることは医学的及び生物学的に極めて重要な知見となる。細胞の表面抗原発現パターンを解析するイムノフェノタイピングには、抗体を使用した手法が有効である。
【0003】
イムノフェノタイピングに利用されるモノクローナル抗体は、CD分類(cluster of differentiation)されている。測定対象とする表面抗原に対する抗体を細胞に捕捉させれば、細胞群の中から抗体が反応した細胞を識別することが可能となる。例えば、イムノフェノタイピングにより細胞の成熟度又は分化度を知ることができ、細胞分化の基礎研究においては重要な指標となる。このように、臨床診断、特に白血病診断においては、CD抗体を用いたイムノフェノタイピングが不可欠となっている。
【0004】
これまでに、白血病の分類、進行度、又は白血病細胞の帰属を決定する際に指標となるCD抗原については、多くの知見が蓄積されている。CD33抗原もそのうちの1つである。CD33は、細胞間接着因子の一種であると推測されている67kDaの膜貫通型糖タンパク質であり、骨髄球性の細胞に発現するために骨髄性白血病の陽性マーカーとして用いられている。具体的には、イムノフェノタイピングを行い、CD33又はCD13が陽性でCD19及びCD20が陰性であれば、骨髄性白血病と診断される。
【0005】
イムノフェノタイピングの従来法としては、フローサイトメトリー(FCM)を利用する方法、磁気細胞分離装置(MACS)を利用する方法、抗体アレイを利用する方法が挙げられる(非特許文献1~6)。FCMを利用する方法は、免疫蛍光染色法に基づいた識別方法であり、細胞表面抗原を蛍光分子で標識した抗体によってラベルし、溶液中を流れる細胞にレーザー光を照射し、蛍光を発する細胞が光学的に計測される。表面抗原を異なる種類の蛍光分子でラベルすることにより、複数種の表面抗原を対象に同時計測が可能となる。FCMは、精密な分析結果が得られるために、イムノフェノタイピング手法の基準となっているが、免疫蛍光染色操作には1時間以上を要する。また、それぞれの抗体について濃度及び反応時間の最適化を行う必要があり、操作が煩雑である。さらに、フローサイトメーターは、大型の自動化機器であるため非常に高価な装置であり、熟練した技術者が操作する必要もある。
【0006】
MACSを利用する方法は、細胞表面抗原を磁性微粒子で標識し、強力な磁場のカラムに導入することにより、磁性微粒子で修飾された細胞の溶出を遅らせることにより、目的とする表面抗原を発現せず、磁気微粒子によって標識されていない細胞画分は、カラムを素通り早く溶出され、磁性微粒子で修飾された細胞は遅く溶出されるため、両者を分離することが可能となる。しかし、この方法では、発現細胞の存在比を知るためには、それぞれの画分の細胞濃度を計測する必要がある。また、分離の状況をリアルタイムで観測することはできず、複数種類の表面抗原への適用も困難である。
【0007】
抗体アレイを利用する方法では、ガラス上の金薄膜又はニトロセルロース膜のような基板に数十種類の抗体をそれぞれスポット状に固定化し、抗体アレイを作製する。その抗体アレイ上に細胞を播種し、30分程度のインキュベーションを行うことにより。細胞が基板表面にスポット固定された抗体と接触し、その場所に固定化された抗体に対応する表面抗原を発現している細胞は、免疫反応により基板表面に捕捉される。一方、対応する表面抗原を発現していない細胞は捕捉されず、後続する洗浄行程で基板表面から除去される。細胞の捕捉された位置情報及びスポット固定化された抗体の種類から、細胞群において、どのような表面抗原を発現している細胞がどのくらいの比率で存在しているかを知ることができる。
【0008】
抗体アレイを用いる方法は、簡便かつ安価で、パラレル化が容易な優れた方法である。しかし、抗体アレイ上に添加した細胞懸濁液中の細胞を積極的に移動させていないため、沈降した細胞の表面濃度とスポットの大きさとを最適化する必要がある。また、細胞が沈降し、細胞表面の抗原と基板表面の抗体とが免疫反応を起こすためには、30分程度のインキュベーション時間を要する。さらに、非捕捉細胞の除去は、手作業による洗浄操作によって行う必要があるために、操作に時間がかかるだけでなく、熟練した技術者が操作する場合でなければ、論文で発表されている70%~90%という高い細胞捕捉率を達成することは極めて困難である。
【0009】
そこで、本発明者等は、誘電泳動による細胞操作を用いることにより、細胞を迅速に識別できる方法を開発した(非特許文献7)。非特許文献7に開示されている細胞識別方法では、表面抗原としてCD33を発現しているHL60細胞を対象として、抗CD33抗体を固定化した交互くし型マイクロバンドアレイ電極を組み込んだマイクロ流路デバイスを用い、HL60細胞を正の誘電泳動による引力を利用して迅速にマイクロバンドアレイ電極表面に移動させる。これにより、細胞と抗体を強制的に接触させて、免疫反応による結合を促し、HL60細胞をマイクロバンドアレイ電極表面に不可逆的に捕捉する。
【0010】
次に、マイクロバンドアレイ電極に印加している交流電圧の周波数を切り替え、負の誘電泳動による電極からの斥力を利用して、免疫反応を起こさずにマイクロバンドアレイ電極表面に捕捉されなかったHL60細胞を、バンド電極間へと除去する。それによって、CD33を発現しているHL60細胞のみがバンド電極間の表面に保持される。このようにして、表面抗原発現細胞の識別と空間的な分離とが行われる。
【0011】
非特許文献7に開示される細胞識別方法は、わずか数分で表面抗原発現細胞を識別可能であり、均一な力で非捕捉細胞を除去できるために再現性にも優れる。また、蛍光ラベルが不要であり、操作が簡便で、所要時間も短いという特徴がある。
【先行技術文献】
【0012】

【非特許文献1】Alvin Y. Liu.,CANCER RESEARCH., 60, 2000, 3429-3434
【非特許文献2】Larissa Belov. et al.,CANCER RESEARCH., 61, 2001, 4483-4489
【非特許文献3】In KapKo. et al., Biomaterials., 26 (2005) 687-696
【非特許文献4】In KapKo. et al., Biomaterials., 26 (2005) 4882-4891
【非特許文献5】Koichi Kato. et al.,Anal. Chem., 2007, 79, 8616-8623
【非特許文献6】GulnazStybayeva et al., Anal. Chem., 2010, 82, 3736-3744
【非特許文献7】Hironobu Hatanaka, Tomoyuki Yasukawa, Fumio Mizutani, Anal. Chem., 2011, 83(18), 7207-7212.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、ほぼ100%のHL60細胞の表面にCD33抗原が発現しているにも関わらず、非特許文献7に開示される細胞識別方法では、マイクロバンドアレイ電極表面に捕捉される細胞は半数未満であった。そのため、細胞の診断方法として利用されることを考慮すると、測定精度が十分ではなく、さらなる細胞捕捉率の向上が必要とされた。
【0014】
本発明は、非特許文献7に開示されている細胞識別方法よりも、表面抗原を発現している細胞のマイクロバンドアレイ電極表面への捕捉率が高く、かつ、簡便な新規細胞識別方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
HL60細胞の誘電泳動挙動では、低周波数領域で負の誘電泳動、高周波数領域で正の誘電泳動が作用する。また、溶媒導電率の増加により、正の誘電泳動と負の誘電泳動の切り替わる周波数(交差周波数)が高周波数側へシフトし、正の誘電泳動力は減少する。このため、免疫反応が効果的に進行する200mS/m以上の導電率を有する溶媒を細胞懸濁液として用いた場合には、細胞に正の誘電泳動は作用せず、負の誘電泳動のみが作用することになる。
【0016】
本発明者等は、非特許文献7に開示されている細胞識別方法の改良について鋭意検討した結果、使用している細胞懸濁液の導電率が80mS/mであり、免疫反応が効果的に進行する導電率と比較して小さいことが、細胞捕捉率が低い原因であることを突き止めた。そして、細胞懸濁液の導電率を200mS/m~500mS/mとし、交互くし型マイクロバンドアレイ電極のすべてのバンド電極と対向する導電性基板との間に50kHz以上500kHz以下の周波数と15Vpp以上25Vpp以下の振幅とを有する交流電圧を印加する工程と、交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の印加を停止する工程とを順次行うことにより、上記課題を解決し得ることを見出した。
【0017】
また、本発明者等は、交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の振幅(印加電圧強度)を、すべてのバンド電極に印可する工程の振幅(印加電圧強度)の85%~100%の間で周期的に変動させる工程を行うことによって、さらに細胞捕捉率を向上させ得ることも見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
具体的に、本発明は、
マイクロ流路型デバイスを利用し、表面に特定抗原を発現している細胞を誘電泳動によって識別する細胞識別方法であって、
前記マイクロ流路型デバイスは、
基板と、
基板上に配置される交互くし型マイクロバンドアレイ電極と、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極が露出するように前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極上に配置される絶縁性薄膜と、
前記絶縁性薄膜上に配置されるスペーサーと、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極に対向するように前記スペーサー上に配置される導電性基板とを備え、
前記基板表面の少なくともバンド電極間には細胞表面に発現する抗原に対する抗体が固定化されており、
前記方法は、
細胞を含有する導電率200mS/m以上500mS/m以下の試料液を調製する工程Aと、
前記試料液を前記マイクロ流路型デバイスのバンド電極上に導入する工程Bと、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のすべてのバンド電極と前記導電性基板との間に50kHz以上500kHz以下の周波数と15Vpp以上20Vpp以下の振幅とを有する交流電圧を印加する工程Cと、
前記工程C後、交互くし型マイクロバンドアレイ電極を観察し、電極間ギャップに存在する細胞数を測定する工程E0と、
前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の印加を停止する工程Dと、
前記工程D後、交互くし型マイクロバンドアレイを観察し、電極間ギャップに存在する細胞数を測定する工程Eと、
を順に有する方法に関する。
【0019】
本発明の細胞識別方法は、非特許文献7に開示されている発明とは、使用されるマイクロ流路型デバイスは共通するが、細胞を含有する試料液(細胞懸濁液)の導電率が異なり、さらに、工程Cと工程Dの組み合わせにおいて、負の誘電泳動のみによって細胞を移動させる点でも異なる。
【0020】
前記工程Dの前に、前記交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、一つおきとなる半数のバンド電極と前記導電性基板との間の交流電圧の振幅(印加電圧強度)を、工程Cの振幅(印加電圧強度)の85%~100%の間で周期的に変動させる工程D0をさらに有することが好ましい。
【0021】
工程D0によって、細胞が振とうされ、細胞と基板表面に固定された抗体とが接触する機会が増し、細胞捕捉率の向上が図れる。
【0022】
前記表面に特定抗原を発現している細胞は白血球であり、前記基板表面に固定される抗体は抗CD33抗体であることが好ましい。
【0023】
前記導電性基板は、インジウムスズ酸化物から構成される基板(ITO基板)であることが好ましい。
【0024】
ITO基板は、透明であるため、一般的な透過型光学顕微鏡を用いて、工程Eを行うことが可能である。ただし、反射型光学顕微鏡を用いれば、ITO基板のように透明でない導電性基板を有しないマイクロ流路型デバイスであっても、交互くし型マイクロバンドアレイ電極上に存在する細胞の位置を観察することは可能である。
【0025】
前記工程D0の実行時間は、30秒以上120秒以下であることが好ましい。細胞の非特異的な吸着による発現していない細胞の捕捉が進行するからである。なお、前記工程D0の実行時間は、30秒以上60秒以下であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、特定の抗原を表面に発現している細胞を、非特許文献7に開示されている方法よりも高い捕捉率で、細胞群の中から簡便かつ迅速に識別することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】マイクロ流路型デバイスの構造(導電性基板以外)を説明する上面図である。
【図2】図1のX-X断面図である。
【図3】交互くし型マイクロバンドアレイ電極の作製方法を説明する概念図である。
【図4】作製された交互くし型マイクロバンドアレイ電極の光学顕微鏡写真を示す。
【図5】すべてのバンド電極と導電性基板との間に200kHzの交流電圧を印加電圧強度20Vppとなるように印加した場合の実験結果であり、(A)は上下電極間に発生している電気力線の状態を示し、(B)はバンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。
【図6】バンド電極a1及びa2と導電性基板との間に周波数200kHz、振幅(印加電圧強度)20Vppの交流電圧を印加し、バンド電極b1及びb2と導電性基板との間には交流電圧の印加を停止した場合の実験結果であり、(A)は上下電極間に発生している電気力線の状態を示し、(B)はバンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。
【図7】(A)は図5(A)に示される状態における電場強度解析結果を示す。(B)は図5(B)に示される状態における電場強度解析結果を示す。
【図8】本発明の細胞識別方法において、細胞を分離及び識別する原理を説明する概念図を示す。
【図9】(A)は、実施例1の工程Cにおけるバンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。(B)は、実施例1の工程D後におけるバンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。(C)は、抗CD33抗体の替わりに抗マウスIgG抗体を固定した場合におけるバンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。
【図10】(A)は、工程Cにおける印加電圧強度と細胞捕捉率の関係をプロットしたグラフを示す。(B)は、抗マウスIgG抗体を固定化し、電極aのバンド電極への印加電圧強度を15Vppとした場合における、バンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。
【図11】(A)は、試料液の工程細胞の混合比と、細胞捕捉率との関係をプロットしたグラフを示す。(B)は、実施例2の工程D後におけるバンド電極付近の蛍光顕微鏡写真を示す。
【図12】工程D0における電極aのバンド電極への印加電圧の振幅の変化を示す。
【図13】(A)は、電極aのバンド電極と電極bのバンド電極の印加電圧強度を、共に20Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。(B)は、電極aのバンド電極の印加電圧強度のみ18Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。(C)は、電極aのバンド電極の印加電圧強度のみ15Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。
【図14】(A)は、図12(A)の電圧印加状態におけるバンド電極部付近の光学顕微鏡写真を示す。(B)は、図12(B)の電圧印加状態におけるバンド電極部付近の光学顕微鏡写真を示す。(C)は、図12(C)の電圧印加状態におけるバンド電極部付近の光学顕微鏡写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施に形態について、適宜図面を参照しながら説明する。本発明は、以下の記載に限定されない。

【0029】
<マイクロ流路型デバイスの構造>
図1は、本発明で使用されるマイクロ流路型デバイスの構造を説明する上面図を示す。図2は、図1のX-X断面図である。図1では、最上部に設置される導電性基板は省略されている。マイクロ流路型デバイス1は、ガラス基板2、電極a(符号3)及び電極b(符号4)から構成される交互くし型マイクロバンドアレイ電極をベースとしている。電極aは、バンド電極a1~a4を有し、電極bは、バンド電極b1~b4を有している。電極a及び電極bの有するバンド電極の数は、4つに限定されない。電極aの接続部3c及び電極bの接続部4cには、リード線7a及びリード線7bがそれぞれ接続されている。リード線7a及びリード線7bは、それぞれ、交流電源発生装置に独立して接続されている。交互くし型マイクロバンドアレイ電極としては、電極間ギャップが細胞サイズ以上である市販の交互くし型マイクロバンドアレイ電極を使用し得る。

【0030】
交互くし型マイクロバンドアレイ電極の上には、バンド電極a1~a4及びバンド電極b1~b4が交差している部分が開口するように、絶縁性薄膜5が設けられている。図1では、絶縁性薄膜5は枠状となっているが、電極aのリード部3d及び電極bのリード部4dを覆っていれば足りる。絶縁性薄膜5の上部には、スペーサー6a及びスペーサー6bが設けられている。そして、スペーサー6a及びスペーサー6bの上部には、図2に示されるように、導電性基板8が設けられている。導電性基板8は、導電性薄膜8a及びガラス基板8bから構成されており、導電性薄膜8aが下向きとなるように配置される。導電性薄膜は、ITOであることが好ましい。導電性薄膜8aには、リード線9が接続されており、これはアースに接続されている。

【0031】
<交互くし型マイクロバンドアレイ電極の作製例>
図3は、交互くし型マイクロバンドアレイ電極の作製方法を説明する概念図である。まず、ITO薄膜(厚さ250nm、規格抵抗値7Ω/sq)が形成されたガラス基板(ITO基板)を、ガラスカッターを用いて切り出した(寸法:20mm×30mm)。切り出された基板を、アセトン、次いでイソパノール中で、それぞれ10分間超音波洗浄し、窒素ブロアを用いて乾燥させた(図3(A))。

【0032】
ITO基板のITO薄膜上に、ポジ型のフォトレジスト(Shipley社、S1818)をスピンコート(3000rpm、30秒)した(図3(B))。その後、ITO基板をホットプレート上で焼成(60℃で1分間、その後95℃で10分間)した後、室温で穏やかに除熱した。

【0033】
電極パターンを有するフォトマスクを通して、Hgランプ(6mW/cm2以上、30秒間)を照射した(図3(C))。基板をディベロッパ(Shipley社、Microposit(登録商標)MF CD-26)に30秒程度浸漬するとともにピペッティングし、電極パターンの現像(ディベロップ)を行った(図3(D))。イオン交換水で基板をすすぎ、自然乾燥させた。その後、さらに焼成(120℃、60分)した。

【0034】
フォトレジストで被覆されていない部分のITO薄膜を、ケミカルエッチングにより除去した。具体的には、透明導電薄膜用エッチング液(関東化学株式会社、混酸ITO-02)にITO基板を浸漬し、5~30分超音波処理することによって、ケミカルエッチングを行った(図3(E))。基板をイオン交換水ですすぎ、自然乾燥させた。その後、基板をアセトン及びイソパノール中でそれぞれ5分間超音波処理することによって、レジストを基板上から除去した(図3(F))。その後、窒素ブロアを用いて基板を乾燥させた。

【0035】
溶液と電極の不必要な接触は、予期せぬ対流現象や電気化学現象を生む可能性がある。このため、露出させる必要の無い導電部分を、ネガ型のフォトレジストによって被覆し、絶縁処理を行った。基板にネガ型のフォトレジスト(化薬マイクロケム株式会社、SU-8 3005)をスピンコート(3000rpm、50秒)した(図3(G))。その後、焼成(65℃で1分間、その後95℃で3分間)を行い、室温で穏やかに除熱した。

【0036】
次に、フォトマスクを通してHgランプ(6mW/cm2以上、30秒間)を照射した(図3(H))。焼成(65℃で1分間、その後95℃で2分間)を行った後、室温で穏やかに除熱した。基板を現像液(化薬マイクロケム株式会社、SU-8 Developer)に5分間浸漬させ、現像を行った(図3(I))。基板をイソプロパノールですすぎ、自然乾燥させた後、焼成(140℃、30分間)を行った。

【0037】
電極部分の接続部(図1の3c及び4c)にカーボンペーストを介して銅線(図1の7a及び7b)を接続し、140℃で30分間焼成した。最後に、接続部をアラルダイドで被覆し、室温で除熱した。

【0038】
図4は、作製された交互くし型マイクロバンドアレイ電極(ITO-IDA電極)のうち、バンド電極部周辺の光学顕微鏡写真を示す。バンド電極幅は12μm、電極間ギャップ(バンド電極間の距離)は50μm、バンド電極長は2mm、バンド電極数は片側の電極(電極a又は電極b)について5本である。

【0039】
<マイクロ流路型デバイスの作製例>
作製された交互くし型マイクロバンドアレイ電極は、図1示されるように、絶縁性薄膜5が上部に設けられている。この絶縁性薄膜5の上に、2枚のスペーサー(材質:ポリエステルフィルム、寸法:8mm×3mm、厚さ35μm、日東電工株式会社、型番5603)を、図1に示される位置へと貼り付けた。さらに、2枚のスペーサーの上に、リード線を接続したITO電極基板(導電性基板である対向ITO電極基板、寸法10mm×25mm、三容真空工業株式会社、硝子上ITO膜)を重ねた。交互くし型マイクロバンドアレイ電極のガラス基板と、ITO電極基板との隙間は、試料液を供給した際に、試料液が交互くし型マイクロバンドアレイ電極のガラス基板とITO電極基板との両方に接触した状態となるように調整されなければならない。

【0040】
<試料液(細胞懸濁液)の調製/工程A>
250mM スクロース水溶液と9.57mM PBS(Phosphate Buffered Saline)を混合し、誘電泳動用培地(DEP培地)を調製した。このDEP培地の誘電率は、400mS/mである。HL60細胞をこのDEP培地に懸濁させ(3.0×107cells/mL)、試料液とした。DEP培地の誘電率は、スクロース水溶液とPBSとの混合割合を変えることによって、調整可能である。なお、細胞表面抗原と抗体との反応結合性の理由から、DEP培地の誘電率は、200mS/m以上500mS/m以下とすることが好ましく、400mS/m以上500mS/m以下とすることがより好ましい。

【0041】
<試料液のマイクロ流路型デバイスへの導入/工程B>
試料液3μLをマイクロピペットに採取した。マイクロピペットの先端部を、図2に示されるバンド電極a1~b3と導電性基板8との間の隙間に差し込み、マイクロ流路型デバイスのバンド電極上へと試料液を供給した。試料液は、交互くし型マイクロバンドアレイ電極のガラス基板とITO電極基板との隙間に、両者に接触した状態で保持された。なお、導電性薄膜8aを酸素プラズマアッシング処理(100W、1分間)して親水化することにより、デバイス内への細胞懸濁液の導入が容易となる。

【0042】
(負の誘電泳動のみによる細胞の移動及び集積)
試料液を供給されたマイクロ流路型デバイスについて、まず上下電極間(図2における電極a1~b3と導電性基板8との間)に周波数100kHz、振幅(印加電圧強度)20Vppの交流電圧を印加した。図5(A)は、このときの上下電極間に発生している電気力線の状態を示す。また、図5(B)は、このときのバンド電極付近の光学顕微鏡写真(マイクロ流路型デバイスを上方から撮影した写真)を示す。

【0043】
交流電圧印加前は、HL60細胞は、上下電極間に保持されている試料液中に分散している。図5(A)に示されるように、すべてのバンド電極と導電性基板との間に、交流電圧を印加した場合には、隣り合うバンド電極間電極における電気力線が「疎」となる。その結果、HL60細胞は、図5(B)に示されるように、隣り合うバンド電極間に集積された。集積は、約3秒で完了した。

【0044】
次に、交互くし型マイクロバンドアレイ電極の片側への交流電圧の印加を停止し(印加電圧強度を0Vppに切り替え)、片側は振幅20Vppのままにして、上下電極間に交流電圧を印加した。図6(A)は、このときの上下電極間に発生している電気力線の状態を示す。また、図6(B)は、このときのバンド電極付近の光学顕微鏡写真(マイクロ流路型デバイスを上方から撮影した写真)を示す。図6(A)及び図6(B)では、a1及びa2のバンド電極に印加されている交流電圧は20Vpp、b1及びb2のバンド電極に印加されている交流電圧は0Vppとなっている。

【0045】
図6(A)に示されるように、一つおきとなる半数のバンド電極(図6(A)及び図6(B)では、電極bのバンド電極)と導電性基板との間の交流電圧の印加を停止した場合には、隣り合うバンド電極間電極に電気力線が発生し、交流電圧の印加を停止したバンド電極上方の電気力線が「疎」となる。その結果、HL60細胞は、図6(B)に示されるように、交流電圧の印加を停止したバンド電極上方に移動及び集積させられた。HL60細胞の移動及び集積は、約20秒で完了した。

【0046】
図7(A)は、図5(A)に示される状態における電場強度解析結果を示す。ここでいう電場強度は、バンド電極a1~b3に+10Vの電圧が印加された瞬間の電場強度を示している。電場強度の分布は、有限要素解析ソフト(COMSOL Multiphysics TM 3.2)を用いて計算した。隣り合う電極間の中央が最も電場強度の弱い領域となり、DEP培地が作用したHL60細胞は、この領域に集積すると考えられる。図7(A)に示される解析結果は、図5(B)に示される実験結果と一致していた。

【0047】
図7(B)は、図6(A)に示される状態における電場強度解析結果を示す。電極b1及びb2の上方が最も電場強度の弱い領域となり、DEP培地が作用したHL60細胞は、この領域に集積すると考えられる。図7(B)に示される解析結果は、図6(B)に示される実験結果と一致していた。

【0048】
ここで、細胞表面に発現している特定抗原に対する抗体をバンド電極間に固定化することにより、特定抗原を発現している細胞と、特定抗原を発現していない細胞とを分離及び識別することが可能となる。図8は、本発明の細胞識別方法において、細胞を分離及び識別する原理を説明する概念図を示す。

【0049】
図8(A)は、図5(A)及び図5(B)に示される状態において、CD33抗原を表面に発現している細胞(左側の細胞)が、バンド電極間に固定された抗CD33抗体によって捕捉される様子を説明する概念図である。交流電圧印加前、細胞は、上下電極間に保持されている試料液中に分散しているため、バンド電極間に固定された抗CD33抗体との結合はほとんど起こらない。図5(A)及び図5(B)に示される状態では、細胞は、隣り合うバンド電極間に集積されるため、CD33抗原を表面に発現している細胞は、バンド電極間に固定された抗CD33抗体によって捕捉される。CD33抗原を表面に発現していない細胞(右側の細胞)は、バンド電極間に固定された抗CD33抗体によって捕捉されない。

【0050】
次に、図6(A)及び図6(B)に示される状態にすると、左側の細胞は、抗CD33抗体によって捕捉されているために移動されず、右側の細胞だけがバンド電極b1上方に移動及び集積される。その結果、CD33抗原を表面に発現している細胞と、CD33抗原を表面に発現していない細胞とが分離される。その後、図8(A)に示された隣り合うバンド電極間に存在する細胞の位置と、図8(B)に示された交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極(電極bのバンド電極)上に存在する細胞の位置を観察し、その存在比率を求めることにより、細胞捕捉率を算出する。この細胞捕捉率によって、細胞集団の中における表面抗原を発現した細胞の割合を判断することが可能となる。

【0051】
ここで、細胞捕捉率とは、図8(A)の段階で隣り合うバンド電極間に存在する細胞の数に対する、図8(B)の段階で隣り合うバンド電極間に存在する細胞の割合を意味する。

【0052】
本発明の細胞識別方法では、細胞の集積及び異なる位置への移動及び集積に負の誘電泳動のみを利用している。電場に曝されることにより、細胞に何らかの影響が生じている可能性があるが、細胞への影響を考慮すると、低電場領域に細胞が集積する負の誘電泳動のみを用いる本発明の細胞識別方法は、正の誘電泳動と負の誘電泳動とを利用する非特許文献1に開示されている細胞識別方法よりも、細胞への影響が少ないといえる。また、細胞自身にとっても、より生体内の環境に近い高導電率(高塩強度)下におかれるほうが良いため、この意味においても、本発明の細胞識別方法は、正の誘電泳動と負の誘電泳動とを利用する非特許文献1に開示されている細胞識別方法よりも優れているといえる。

【0053】
[実施例1]
上述したマイクロ流路型デバイスについて、交互くし型マイクロバンドアレイ電極間の表面に抗CD33抗体を固定した。交互くし型マイクロバンドアレイ電極を、エポキシシランの一種である3-(glycidoxypropyl)trimethoxysilaneのエタノール溶液(2質量%)に浸漬し、1時間、室温で静置して、アミノ基と容易に反応するエポキシ基を交互くし型マイクロバンドアレイ電極の表面に導入した。電極基板をエタノールで洗浄した後、交互くし型マイクロバンドアレイ電極を抗CD33抗体の50mM炭酸バッファー(抗体濃度0.1 mg/mL、pH9.6)に浸漬し、16時間、4℃で静置し、交互くし型マイクロバンドアレイ電極表面に抗CD33抗体を固定化した。PBSで洗浄後、細胞の非特異吸着を抑制するために牛血清アルブミン(BSA)を含有する炭酸バッファー(BSA濃度10mg/mL)に交互くし型マイクロバンドアレイ電極を浸漬し、24時間、4℃で静置し、未反応のエポキシ基をブロッキングした。最後にリン酸緩衝液(PBS、pH7.4)で洗浄し、使用するまで交互くし型マイクロバンドアレイ電極をPBSに浸漬し、4℃で保存した。

【0054】
抗CD33抗体を固定化したマイクロ流路型デバイスを用いて、上記と同様にして工程A及び工程Bを行った。

【0055】
<交流電圧の一定な印加/工程C>
まず、マイクロ流路型デバイスを透過型光学顕微鏡にセットし、200倍の倍率でバンド電極部付近を観察した。その後、上下電極間に100kHz、20Vppの交流電圧を印加した。すなわち、図5(A)に示されるように、すべてのバンド電極とITO電極基板との間に、100kHz、20Vppの交流電圧を印加した。すると、負の誘電泳動が作用し、図9(A)に示されるように、電極間の中央付近にHL60細胞が集積した。この集積は5秒以内に完了したが、1分間この電圧印加を続けた。このとき、HL60細胞表面上のCD33抗原と、電極基板表面に固定化されている抗CD33抗体との免疫反応により、CD33発現細胞は、電極間ギャップの中央付近に固定化されたと考えられる。

【0056】
<バンド電極付近の観察/工程E0>
電極間ギャップに集積した細胞数を計測した。

【0057】
<一部電極への印加の停止/工程D>
次に、抗CD33抗体に捕捉されていない細胞を電極間ギャップから除去するために、図6(A)に示されるように、片側の電極(電極b)への交流電圧の印加を停止し、残りの電極(電極a)への交流電圧の印加は、振幅(印加電圧強度)20Vppのまま維持した。すると、図9(B)に示されるように、一部の細胞は、速やかに電極b(図9(B)ではb1及びb2)の上方に移動及び集積し、その他の細胞は電極間の中央付近に保持されたままであった。振幅(印加電圧強度)を切り替えてから20秒程度で細胞の移動及び集積は完了し、それ以上の挙動は示されなかった。

【0058】
一方、抗CD33抗体の代わりに、抗マウスIgG抗体を同様の方法によって固定化したマイクロ流路型デバイスを作製し、工程A~工程Dを行ったところ、図9(C)に示されるように、ほとんどの細胞が電極b(図9(C)ではb1及びb2)上に集積された。このように、表面にCD33抗体を発現していない細胞はバンド電極間に保持されないため、表面にCD33抗体を発現している細胞とは、明らかに挙動が異なることが確認された。

【0059】
<細胞捕捉率の算出/工程E>
工程D終了後、電極間ギャップに残っている細胞数を計測し、細胞捕捉率(%)を算出した。実施例1の細胞捕捉率は、68.3±3.2%であったのに対し、抗マウスIgG抗体を固定化した場合の細胞捕捉率は、4.2±1.4%であった。これらの結果から、本発明の細胞識別方法は、迅速かつ高い捕捉効率を持つ表面抗原発現細胞の検出方法であることが確認された。

【0060】
(工程C及び工程Dにおける印加電圧強度)
図10(A)は、工程Cにおける印加電圧強度と細胞捕捉率の関係をプロットしたグラフを示す。工程Dは、実施例1と同じ条件とした。電圧強度の増加に伴って細胞捕捉率が増加し、電圧強度15Vpp以上であれば、細胞捕捉率が50%以上となることが確認された。印加電圧強度20~25Vppにかけては、抗CD33抗体と抗マウスIgG抗体を用いた場合で、ほぼ同様に細胞捕捉率が増加した。これは、非特異吸着のみが増加していることを示している。このことから、細胞集積のための振幅(印加電圧強度)は15~25Vppとすることが好ましいと考えられた。工程Dにおける振幅を変化させて実験を繰り返した結果、細胞集積のための振幅は、18~22Vppとすることがより好ましいと考えられた。

【0061】
図10(B)は、抗マウスIgG抗体を固定化したマイクロ流路型デバイスを用い、実施例1と同様にしてHL60細胞を集積した後、電極aのバンド電極へ印加する交流電圧の振幅(印加電圧強度)を15Vppとし、電極bのバンド電極への交流電圧印加を停止することにより、非捕捉細胞の除去(工程Dに相当する工程)を行った際の、バンド電極付近の光学顕微鏡写真を示す。非捕捉細胞がバンド電極b1及びb2の周辺に、幅の広いラインパターンを形成しているために、電極間ギャップの中央付近に捕捉されている細胞と、電極上に存在する細胞とを識別しがたい。これは、印加電圧強度が小さく、誘電泳動力が小さいためである。

【0062】
一方、電極aのバンド電極へ印加する交流電圧の振幅(印加電圧強度)を20Vppとした場合には、捕捉細胞と非捕捉細胞とは、空間的に分離された。また、細胞の非特異的吸着量を表わす抗マウスIgG抗体を用いた際の細胞捕捉率は、4.2%とわずかな値であった。以上のことから、非捕捉細胞除去のために印加電圧強度25Vppよりも上昇させたとしても、抗CD33抗体を用いた際の特異的捕捉率が大きく下がり、もともと微小な非特異的吸着量は少し減少するのみであると推測される。

【0063】
[実施例2]
<工程A>
HL60細胞を1μg/mLの5(and6)-carboxyfluoresceindiacetate, succinimidyl ester (CFSE)で染色した。CFSEは、細胞内部を緑色に染める細胞遊走追跡用の蛍光試薬である。その後、HL60細胞を10μg/mLの抗CD33抗体で処理し(20分間、37℃)、CD33抗原が抗体によりブロックされたHL60細胞(緑色の蛍光を発する)を作製した。この蛍光標識HL60細胞は、CD33抗原が抗CD33抗体によって既に占有されているため、バンド電極間の基板に固定された抗CD33抗体には捕捉されないと考えられる。この蛍光標識HL60細胞(CD33陰性細胞)と、通常のHL60細胞(CD33陽性細胞)とを混合し、8種類の試料液を作製した。試料液の調製方法は、実施例1と同様とした。

【0064】
上記8種類の試料液について、実施例1と同様にして、工程B~工程Eを行った。

【0065】
図11(A)は、試料液の工程細胞の混合比と、細胞捕捉率との関係をプロットしたグラフを示す。図11(A)において、横軸の混合比は、通常のHL60細胞の混合比(%)を示している。CD33陽性細胞の混合比と細胞捕捉率との間には、比例関係が認められた。図11(B)は、混合比50%の場合のおけるバンド電極付近の蛍光顕微鏡写真を示す。緑色の蛍光を有していない通常のHL60細胞(CD33陽性細胞)は、その多くが電極間ギャップに捕捉されていた。一方、緑色の蛍光を有する蛍光標識HL60細胞(CD33陰性細胞)は、ほぼ全て電極bのバンド電極(図11(B)では電極b1及びb2)上に集積されていた。

【0066】
このように、本発明の細胞識別方法は、目的とする抗原を表面に発現している細胞と、発現していない細胞が混合されている場合であっても、両者を識別することが可能であった。

【0067】
[実施例3]
実施例1と同一条件で、工程A~工程E0を行った。

【0068】
<一部電極の印加電圧強度の周期的変動/工程D0>
交互くし型マイクロバンドアレイ電極のバンド電極のうち、片側の電極(電極bのバンド電極)については工程Cと同様に、ITO電極基板との間に、100kHz、20Vppの交流電圧を印加した。残りの半数の電極(電極aのバンド電極)については、ITO基板との間の交流電圧の振幅(印加電圧強度)を、工程Cの振幅(印加電圧強度)の90%と100%(18Vppと20Vpp)の間で周期的に変動させた。電極aのバンド電極の印加電圧強度の切り替えは、1分間の工程D0のうち、5秒毎に行った。

【0069】
工程D0の後、実施例1と同様にして、工程D及び工程Eを行った。その結果、実施例3の細胞捕捉率は、83.9±7.1%であった。また、抗CD33抗体の替わりに抗マウスIgG抗体を固定化した場合の細胞捕捉率は、4.3±1.3%であった。上述したように、実施例1の細胞捕捉率は、68.3±3.2%であったが、工程Dの前に工程D0を行うことによって、非特異的吸着量はほとんど増加せず、HL60細胞の細胞捕捉率のみ15.6%増加した。

【0070】
(誘電泳動による細胞振とう操作を利用した細胞捕捉率の向上)
HL60細胞のCD33抗原の発現率は99.9%以上であるが、実施例1における細胞捕捉率68.3%は、発現率と比較して20%以上低い。試料液の培地を400mS/mとした場合、導電率は最大に近い免疫反応の効率を与える。つまり、培地の導電率以外の因子によって、細胞捕捉が制限されていると考えられる。その原因としては、立体障害によって、細胞表面の抗原と基板表面に固定化された抗体とが接触していない可能性が挙げられる。

【0071】
図12は、工程D0における電極aのバンド電極への印加電圧の振幅の変化を示す。工程Cにおいては、電極bのバンド電極と同様に、電極aのバンド電極へ印加される交流電圧の振幅は+10V~-10Vである(20Vpp)。次に、P点以降は、電極aのバンド電極へ印加される交流電圧の振幅は+9V~-9Vである(18Vpp)。そして、Q点以降は、電極aのバンド電極へ印加される交流電圧の振幅は+10V~-10Vである(20Vpp)。すなわち、P点以前は、工程Cの振幅(印加電圧強度)の100%、P点からQ点までは工程Cの振幅(印加電圧強度)の90%、Q点以降は工程Cの振幅(印加電圧強度)の100%となっている。

【0072】
図13(A)は、電極aのバンド電極(a1及びa2)と電極bのバンド電極(b1~b3)へ印加される交流電圧の振幅(印加電圧強度)を、共に20Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。図13(B)は、電極aのバンド電極へ印加される交流電圧の振幅(印加電圧強度)のみ18Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。図13(C)は、電極aのバンド電極へ印加される交流電圧の振幅(印加電圧強度)のみ15Vppとした場合の電場強度領域の分布を示す。電極aのバンド電極に印加される交流電圧の印加電圧強度が低下するにつれて、形成される電場のパターンが変化し、最も弱い電場強度領域がバンド電極間ギャップの中央から電極a1及びa2側へと少しシフトした。その後、電極aのバンド電極と電極bのバンド電極へ印加される交流電圧の印加電圧強度を、共に20Vppに戻した場合、電場強度領域の分布も図13(A)の状態に戻った。

【0073】
図14(A)は、図12(A)の電圧印加状態におけるバンド電極部付近の光学顕微鏡写真を示す。写真中央の点線は、バンド電極間ギャップの中央を示している。図13(A)の状態では、HL60細胞はバンド電極間ギャップの中央に位置している。しかし、図13(B)の電圧印加状態では、HL60細胞はバンド電極間ギャップの中央よりも左側に移動しており、図13(C)の電圧印加状態では、図14(B)よりも、HL60細胞はさらに左側に移動していた。電極aのバンド電極の印加電圧強度を20Vppに戻すと、HL60細胞は、図14(B)及び図14(C)に示される位置から、図14(A)に示される位置(バンド電極間ギャップの中央)に戻った。なお、印加電圧強度変化に伴うHL60細胞の移動は、1~2秒程度で完了することが確認された。

【0074】
誘電泳動により基板表面に集積化されている細胞は、最初に基板表面に接触したときの状態を保っており動かないと予想される。このため、細胞と基板の最初の接触時に、表面抗原と固定化された抗体とが立体的な障害により接触しなかった場合、免疫反応による細胞捕捉は進行しないと予想される。そこで、工程D0において、基板表面に集積させた細胞を誘電泳動によって振とうし、細胞表面上の抗原と基板表面に固定化された抗体との接触機会を増やすことで、細胞捕捉率が増加したと推察された。

【0075】
[比較例1]
工程D0において、電極aのバンド電極とITO基板との間に印加される交流電圧の振幅(印加電圧強度)を、工程Cの振幅(印加電圧強度)の75%と100%(15Vppと20Vpp)の間で周期的に変動させる以外、すべて実施例3と同様の操作を行った。その結果、HL60細胞の細胞捕捉率は、44.5±6.0%であり、実施例1及び非特許文献7の細胞識別方法の細胞捕捉率よりも低い値となった。また、抗CD33抗体の替わりに抗マウスIgG抗体を固定化した場合には、HL60細胞の細胞捕捉率は3.6±0.8%であった。

【0076】
印加電圧強度が15Vppの場合、18Vppの場合に比べて、電場強度が最も低い領域が大きくシフトし、細胞が大きく移動する。すなわち、振とう操作中、細胞により大きな誘電泳動力が作用している。そのため、一旦基板表面に固定された抗体と結合した細胞が、基板表面から剥離された可能性がある。工程D0における印加電圧強度は、工程Cの印加電圧強度の85%と100%の間(工程Cが20Vppの場合には、17Vppと20Vppの間)で周期的に変動させることが好ましく、90%と100%の間(工程Cが20Vppの場合には、18Vppと20Vppの間)で周期的に変動させることがより好ましいと考察された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の細胞識別方法は、細胞識別に要する操作時間が2分間程度という短時間であり、30分以上を要する抗体アレイ法と比較し、極めて迅速であるといえる。また、操作が簡便で熟練を要さないため、再現性も非常に高い。さらに、細胞母集団中の、目的の表面抗原を発現している細胞のサブポピュレーションを知ることも可能である。
【0078】
本発明の細胞識別方法は、生化学、分子生物学又は臨床診断のような技術分野において有用である。
【符号の説明】
【0079】
1:マイクロ流路型デバイス
2:ガラス基板
3:電極a
a1~a4:電極aのバンド電極
3c:電極aの接続部
3d:電極aのリード部
4:電極b
b1~b4:電極bのバンド電極
4c:電極bの接続部
4d:電極bのリード部
5:枠状の絶縁性薄膜
6a,6b:スペーサー
7a,7b:リード線
8:導電性基板
8a:導電性薄膜
8b:ガラス基板
9:導電性基板のリード線
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図12】
3
【図4】
4
【図5】
5
【図6】
6
【図7】
7
【図8】
8
【図9】
9
【図10】
10
【図11】
11
【図13】
12
【図14】
13