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明細書 :歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5808053号 (P5808053)
登録日 平成27年9月18日(2015.9.18)
発行日 平成27年11月10日(2015.11.10)
発明の名称または考案の名称 歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法
国際特許分類 C12N   5/077       (2010.01)
C12N   5/00        (2006.01)
A61K  33/14        (2006.01)
A61P   1/02        (2006.01)
A61P  43/00        (2006.01)
FI C12N 5/00 202G
C12N 5/00 ZNA
A61K 33/14
A61P 1/02
A61P 43/00 105
A61P 43/00 111
請求項の数または発明の数 4
全頁数 12
出願番号 特願2011-541917 (P2011-541917)
出願日 平成22年11月16日(2010.11.16)
国際出願番号 PCT/JP2010/070330
国際公開番号 WO2011/062147
国際公開日 平成23年5月26日(2011.5.26)
優先権出願番号 2009262378
優先日 平成21年11月17日(2009.11.17)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成25年11月8日(2013.11.8)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
発明者または考案者 【氏名】山城 隆
【氏名】黒坂 寛
【氏名】川邉 紀章
個別代理人の代理人 【識別番号】100088904、【弁理士】、【氏名又は名称】庄司 隆
【識別番号】100124453、【弁理士】、【氏名又は名称】資延 由利子
【識別番号】100135208、【弁理士】、【氏名又は名称】大杉 卓也
【識別番号】100152319、【弁理士】、【氏名又は名称】曽我 亜紀
審査官 【審査官】原 大樹
参考文献・文献 特開2009-249344(JP,A)
特開平06-340555(JP,A)
国際公開第2008/120720(WO,A1)
WANG,C. et al.,Effect of Wnt6 on human dental papilla cells in vitro.,J. Endod.,2009年10月23日,Vol.36, No.2,pp.238-43,全文
SCHELLER,E.L. et al.,Wnt/beta-catenin inhibits dental pulp stem cell differentiation.,J. Dent. Res.,2008年 2月,Vol.87, No.2,pp.126-30,全文
YAMASHIRO,T. et al.,Wnt10a regulates dentin sialophosphoprotein mRNA expression and possibly links odontoblast different,Differentiation,2007年 6月,Vol.75, No.5,pp.452-62,全文
KLEIN,P.S. AND MELTON,D.A.,A molecular mechanism for the effect of lithium on development.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA.,1996年 8月 6日,Vol.93, No.16,pp.8455-9,全文
ORENA,S.J. et al.,Inhibition of glycogen-synthase kinase 3 stimulates glycogen synthase and glucose transport by disti,J. Biol. Chem.,2000年 5月26日,Vol.275, No.21,pp.15765-72,図9B
NEMOTO,E. et al.,Wnt signaling inhibits cementoblast differentiation and promotes proliferation.,Bone,2009年 1月14日,Vol.44, No.5,pp.805-12,第808頁右欄第2行~第4行
LIN,S. et al.,Norrin attenuates protease-mediated death of transformed retinal ganglion cells.,Mol. Vis.,2009年 1月12日,Vol.15,pp.26-37,図6
FRIEDMAN,M.S. et al.,Wnt11 promotes osteoblast maturation and mineralization through R-spondin 2.,J. Biol. Chem.,2009年 2月12日,Vol.284, No.21,pp.14117-25,要旨
CHEN,J. et al.,Wnt/beta-catenin signaling plays an essential role in activation of odontogenic mesenchyme during ea,Dev. Biol.,2009年 7月22日,Vol.334, No.1,pp.174-85,第175頁 左欄第27行~右欄第7行
SHORTKROFF,S. AND YATES,K.E.,Alteration of matrix glycosaminoglycans diminishes articular chondrocytes' response to a canonical W,Osteoarthritis and Cartilage,2007年 2月,Vol.15, No.2,pp.147-54,全文
調査した分野 C12N 5/00-5/28
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)

特許請求の範囲 【請求項1】
塩素酸ナトリウム、及び/又は塩化リチウムを用いることを特徴とする、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法。
【請求項2】
塩素酸ナトリウム及び/又は塩化リチウムからなる、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤。
【請求項3】
請求項に記載の分化誘導剤を有効成分とする覆髄材。
【請求項4】
さらにフィブロネクチンを含む、請求項に記載の覆髄材。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、象牙質の再生医療にかかわる分野に関する。具体的には、部位特異的に歯髄細胞を象牙芽細胞へ分化誘導する方法に関し、また歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤に関する。さらに、前記分化誘導剤を有効成分として含む覆髄材に関する。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願、特願2009-262378号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
従来、齲蝕(むし歯)の治療においては、齲蝕部分は切削によって取り除かれ、この削った部分にレジンやセメントが詰められて人工的に回復させ、治療する方法が採用されている。齲蝕によって発生する齲窩が大きい場合には、軟化象牙質を一部残したまま歯髄の切削をいったん中止し、水酸化カルシウムが覆髄材として用いられる。
【0004】
歯髄は、歯の内部にある歯髄腔という空洞を満たしている血管性の結合組織であり、中胚葉由来の歯乳頭より形成された非石灰化組織である。これに対し、象牙質は歯髄腔の周囲にある硬い石灰化組織である。従来から、歯髄は軟組織、象牙質は硬組織という構造的特徴から両者はまったく別のものとして取り扱われてきた。しかし近年、歯髄と象牙質は発生学的にも機能的にも相同の組織であり、臨床においても象牙質・歯髄複合体(Dentin-Pulp Complex)として捉えられている傾向が強い。
【0005】
歯が齲蝕に罹患すると、その程度により、歯髄を除去しないで保護する処置(直接歯髄覆罩)、歯髄の一部(冠部歯髄)のみを除去し、根部歯髄を保存する処置(生活歯髄切断)、歯髄の全部を除去して空洞を金属やレジンで封鎖する処置(抜髄)などが施される。しかしながら、歯髄除去後は、歯への栄養の供給が絶たれるため象牙質の脆弱化が起こり、また痛みを伝える神経がないため、再び齲蝕が進行した場合に自覚症状が得られず悪化するという問題がある。従って、近年では、歯の健康状態を維持するためにはできるだけ歯髄を保存するのが好ましいと考えられている。歯髄を保存し、その機能を維持するためには、象牙質の破損状態と歯髄の病理学的状態に応じて、間接覆髄材又は直接覆髄材が用いられる。間接覆髄材は、象牙質は破損しているが歯髄が露出していない状態に用いられ、直接覆髄材は、歯髄が露出している場合や治療により歯髄の一部を切断した場合に用いられる。直接覆髄材としては、従来、水酸化カルシウム製剤、ホルムクレゾール製剤が用いられている。しかしながら、水酸化カルシウムには、象牙芽細胞誘導作用はなく、象牙質形成促進は望めない。これまで、象牙質形成促進作用を有するものとして、ウシの血液抽出物(特許文献1)、N-アセチル-グルコサミンなどの多糖類(特許文献2)、骨形成因子(Bone Morphogenetic Protein: BMP)などが報告されている。
【0006】
水酸化カルシウムは三ヶ月程度で歯髄内の象牙芽細胞に刺激を与え、歯髄腔内の第二象牙質の生成を促す。その結果、軟化象牙質と歯髄の間に健全な象牙質が形成され、その後軟化象牙質が除去される。しかしこの方法では、水酸化カルシウムには歯髄細胞増殖促進作用や象牙芽細胞誘導作用がないため、水酸化カルシウムと接した歯髄面には強アルカリによる壊死層が生じる。また、この方法では歯髄組織を変性壊死させ、その後の修復機転で象牙質を再生させるため、時間を要し、効率が悪く、予後が不確定であることなどの問題点があった。
【0007】
象牙質は歯の大部分を占める硬組織で、内部の歯髄や周囲のエナメル質及びセメント質を支持する形で存在する。象牙質は、象牙芽細胞から合成・分泌された有機性基質が石灰化することで形成される。その有機性基質は、殆どがコラーゲンで、残りの約10%が非コラーゲン性タンパク質(noncollagenous protein:NCP)である。NCP中最も多いのが象牙質シアロリンタンパク質(dentin sialophosphprotein: Dspp、以下単に「Dspp」という。)で、象牙芽細胞にて合成後、このタンパク質から象牙質シアロタンパク(DSP)、象牙質糖タンパク(DGP)、象牙質リンタンパク(DPP)が生成することが知られている。
【0008】
歯髄細胞の象牙芽細胞への分化誘導方法及び象牙質の再生方法に関し、各種研究が進められている。水酸化カルシウムに代わるものとして、BMPを有効成分とする象牙質形成覆髄剤(材)について開示がある(特許文献3)。BMPなどの骨誘導因子の使用は、象牙質を形成する石灰化基質の成分が骨と非常に似ている点に注目し、象牙質の産生への応用に試みられたものである。しかし、BMPのような因子は既に分化した象牙細胞の石灰化基質の産生を促す点で効果があるというものの、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化を促進するものではないため、患部組織において象牙芽細胞を誘導するといった点で効果が非常に限定的であった。
【0009】
天然の象牙質を再生させて治療に使用する方法が提案され、検討が行なわれている。例えば、培養ヒト歯髄細胞をハイドロキシアパタイトとリン酸三カルシウムの複合体の粉体に播種した試料をヌードマウス皮下へ移植して6週間後に摘出し、摘出後のヘマトキシリン/エオシン染色像から硬組織の形成が確認されたことが報告されている(非特許文献1)。さらにこの試料から抽出したRNAを、RT-PCRを用いて評価したところ、象牙芽細胞の分化マーカーのmRNAが発現していること、すなわち、得られた硬組織が象牙質様組織であったことが報告されている。ただし、形成された硬組織の量は非常に少なく、臨床応用にはより多量の象牙質再生が求められる。
【0010】
象牙質再生に関するその他の技術として、コラーゲンを固定化したエチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物(A)及びバインダー(B)を含有してなる象牙質再生覆髄剤(材)について開示がある(特許文献4)。かかる象牙質再生用覆髄剤(材)は、象牙質を再生する能力を有する細胞が増殖する足場を確保する機能に優れている。さらに、象牙質を再生する方法としてヒト歯髄細胞を1,25(ジヒドロキシ)ビタミンD3、デキサメタゾン及びβ-グリセロホスフェートの存在下で培養することにより象牙芽細胞に分化させ、該細胞を担体等と一緒に培養及び/又は移植することにより象牙質を再生する方法について開示がある(特許文献5、6)。また、他の方法として、ポリリン酸を用いる象牙質形成覆髄剤(材)について開示がある(特許文献7)。しかし、いずれも象牙芽細胞から象牙質再生に係る技術を示すものであり、歯髄から象牙芽細胞への分化を誘導するものではない。
【0011】
歯の発生は、歯原性上皮と歯原性間葉組織の密接な相互作用により進行することが知られている。神経堤由来の間葉細胞は、外胚葉系の上皮組織からのシグナルを受け、歯髄細胞へと分化するが、その過程には様々な成長因子が関与していると考えられている。歯の発生に関わるシグナルとしては、BMP、線維芽細胞増殖因子(FGF)、Wnt、ソニックヘッジホッグ(Shh)等が知られている。また、成熟歯髄の象牙芽細胞分化には、TGF (transforming growth factor)-βの関与を示唆する報告もある。
【0012】
上皮と間葉組織の間には基底膜が存在し、この基底膜の構成要素の一つがプロテオグリカンである。最近の研究から、基底膜のプロテオグリカンの糖鎖が、Wntシグナルの伝達に重要な役割を果たすことが明らかにされている(非特許文献2)。発生の段階において、Wntが神経堤細胞において、Dsppの分泌を誘導することが報告されている(非特許文献3)。即ち非特許文献3では、歯の発生段階でのWntについては報告されているが、既に形成された歯において、Wntが歯髄細胞から象牙芽細胞への分化や再生に関与するという報告はない。
【0013】
マウスp14 下顎臼歯組織について[α-35S]UTP標識RNAプローブを用いてin situ hybridizationにて確認したところ、Wnt10aは基底膜に発現が認められ、象牙芽細胞に特異的な細胞外マトリクスであるDsppは、Wnt10aと同様に、基底膜に発現が認められたことが報告されている(非特許文献4:図1参照)。また、Wnt10aを未分化間葉系細胞であるC310T1/2に対して強制発現させ、マトリゲル(基底膜成分抽出物)で培養したところ、10日後にDspp mRNAの発現を示したことが報告されている(非特許文献4:図2参照)。
【0014】
Wntシグナルは生物種を超えて保存されており、発生初期における体軸形成や器官形成、細胞の増殖や分化を制御している。Wntシグナル伝達経路には、1)β-カテニンの細胞内蓄積を介して転写因子を制御するβ-カテニン経路、2)点分子量Gタンパク質であるRhoファミリーを介して平面内細胞極性(planar cell polarity)を制御するPCP経路、3)3量体Gタンパク質を介して細胞内でCa2+の動員を引き起こし、プロテインキナーゼC (PKC; protein kunase C)やCaMK II (Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II)などを活性化するCa2+経路の3種類が少なくとも存在することが公知である(非特許文献5)。しかしながら、歯髄細胞から象牙芽質細胞へ分化誘導させ、象牙質を形成する方法については、まだ解明されていない。
【先行技術文献】
【0015】

【特許文献1】特開2002-363084号公報
【特許文献2】特開平06-256132号公報
【特許文献3】特開平06-340555号公報
【特許文献4】特開2004-292433号公報
【特許文献5】特開2005-341961号公報
【特許文献6】特開2006-211957号公報
【特許文献7】特開2005-263681号公報
【0016】

【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(25), 13625-30 (2000)
【非特許文献2】J Cell Biol., 162(2), 341-51 (2003)
【非特許文献3】Differentiation, 75(5), 52-62 (2007)
【非特許文献4】European Cells and Materials, Vol.14,Suppl.2, 140 (2007)
【非特許文献5】蛋白質核酸酵素, Vol.49(10), 1421-1427 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、効率のよい歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法を提供することを課題とし、さらには効率よく象牙芽細胞へ分化誘導可能な分化誘導剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決するために、Wntシグナルの象牙芽細胞の分化への関与に着目し、鋭意研究を重ねたところ、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質、具体的には塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかを用いて歯髄細胞を培養すると、培養した歯髄細胞に、象牙芽細胞に特異的な細胞外マトリクスであるDsppが生成されることを初めて見出し、本発明を完成した。
【0019】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質を用いることを特徴とする、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法。
2.Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質が、直接的又は間接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質である、前項1に記載の分化誘導方法。
3.間接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質が、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとWntの相互作用を調節しうる物質である前項2に記載の分化誘導方法。
4.ヘパラン硫酸プロテオグリカンとWntの相互作用を調節しうる物質が、ヘパラン硫酸プロテオグリカンから硫酸基を除去しうる物質である前項3に記載の分化誘導方法。
5.Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質が、塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかである前項1~4のいずれか1に記載の分化誘導方法。
6.Wntが、Wnt10aである前項1~5のいずれか1に記載の分化誘導方法。
7.Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質からなる、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤。
8.Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質が、塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかである前項7に記載の分化誘導剤。
9.前項7又は8に記載の分化誘導剤を有効成分とする覆髄材。
10.さらにフィブロネクチンを含む、前項9に記載の覆髄材。
【発明の効果】
【0020】
Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質、具体的には塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかを用いると、歯髄由来の細胞株において、象牙芽細胞に特異的な細胞外マトリクスであるDsppの発現が有意に亢進する。この結果、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質、具体的には塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかは、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤となりうる。さらには、本発明の分化誘導剤を有効成分として含む覆髄材は、露出した歯髄面を保護するのみならず、歯髄から象牙芽細胞へ分化誘導させ、その後の象牙質形成を促進する作用を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】歯髄由来細胞株であるMEDP細胞に、各濃度の塩素酸ナトリウムを添加して培養したときの、Dsppの発現を示す図である。(実施例1)
【図2】歯髄由来細胞株であるMEDP細胞に、各濃度の塩化リチウムを添加して培養したときの、Dsppの発現を示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質を用いることを特徴とする、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導方法に関する。

【0023】
本発明者らは、Dsppの誘導は、Wnt10a発現細胞を基底膜成分から抽出した成分から作られたマトリゲル上で培養したときのみに限られていることを確認し、象牙芽細胞への分化にはWntシグナルと、同時に基底膜に含まれる何らかの成分による制御が必須であることを見出した。本発明者らは、この所見をもとに、硫酸基転移酵素であるSulf1とSulf2ダブルノックアウトマウス歯の表現型を観察したところ、ダブルノックアウトマウスの象牙質の形成は、野生型と比べると有意に抑制されることを確認した。

【0024】
上記の知見に基づき、本発明者らはWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質を歯髄由来細胞株に作用させ、象牙芽質への分化誘導作用について初めて確認した。その結果、象牙芽細胞から合成・分泌された有機性基質のうち、非コラーゲン性タンパク質として最も多く認められるDsppの生成が、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質を作用させた歯髄由来細胞株で認められた。

【0025】
本発明において、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質は、直接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質であってもよいし、あるいは間接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質であってもよい。直接的に活性化しうる物質としては、例えば塩化リチウム、Norrin及びR-Spondin2から選択されるいずれかが挙げられ、間接的に活性化しうる物質としては、例えば塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウムや硫酸基転移酵素が挙げられる。

【0026】
ここで、直接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質とは、古典的なWntシグナル伝達経路において作用する物質に直接作用し、Wntシグナル伝達経路を活性化する物質をいう。古典的なWntシグナル伝達経路、具体的にはWnt/β-カテニン経路は、脊椎動物及び無脊椎動物の発生における細胞運命決定を調節している。Wntリガンドは分泌性のFrizzled受容体に結合する糖タンパクであり、それによりシグナルカスケードを惹起し、結果としてAPC/Axin/GSK-3β複合体から多機能性キナーゼ:GSK-3βを解離させる。 ここでGSK-3は、Wntシグナル伝達経路において抑制的な役割を有することは公知である(Cell Research, 15(1):28-32 (2005))。塩化リチウムは、GSK-3を抑制する作用があるといわれている(J Biol Chem., 275(21):15765-72 (2000))。上記の観点から、直接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質としては、具体的には塩化リチウムが挙げられる。GSK-3は、Wntシグナル伝達経路において抑制的な役割を有することから、塩化リチウムを加えることで、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる。Norrin及びR-Spondin2は、いずれも直接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうるタンパク質といわれている。

【0027】
ここで、間接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質とは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとWntの相互作用を調節しうる物質が挙げられる。最近の研究から、基底膜のプロテオグリカンの糖鎖が、Wntシグナルの伝達に重要な役割を果たすことが明らかにされている。Wntはヘパラン硫酸プロテオグリカンの糖鎖に非常に強く結合しているが、硫酸基転移酵素によってヘパラン硫酸の硫酸基が外れるとWntに対する糖鎖の親和性が低下し、Wntがヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合からはずれWnt受容体へ受け渡される結果、Wntシグナルが活性化する。本発明において、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとWntの相互作用を調節しうる物質とは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとWntとの親和性を低下させうる物質が挙げられる。そのような物質として、ヘパラン硫酸プロテオグリカンから硫酸基を除去しうる物質が挙げられる。具体的には、塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウムや硫酸基転移酵素等が挙げられ、好ましくは塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウムである。塩素酸ナトリウムが、ヘパラン硫酸プロテオグリカンから硫酸基を除去しうる作用を有する(J Biol Chem., 263(26):12886-92 (1988))。ヘパラン硫酸プロテオグリカンから硫酸基を除去することで、Wntに対する糖鎖の親和性が低下し、その結果Wntがヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合からはずれ、Wnt受容体へ受け渡され、Wntシグナル伝達経路が活性化される。

【0028】
Wntは細胞間シグナル分子の1つであるが、Wntファミリーとしては現在17種以上が知られている。Wnt10aは基底膜に発現が認められ、Wnt10a以外のWnt分子では、Wnt5aとWnt10bとがエナメル芽細胞やセメント芽細胞に発現が認められている。本発明において、Wntシグナル伝達経路において活性化されるWntの種類は、特に限定されるものではないが、歯髄細胞から象牙芽細胞へ分化誘導するためには、Wnt10aを含む経路を活性化するのが特に好適である。

【0029】
歯は、歯胚から形成され、蕾状期、帽状期、鐘状期という過程を経て成長し、口腔内に萌出する。歯胚とは歯と歯周組織の原基であり、外胚葉性間葉組織由来である。また、歯胚はエナメル器、歯乳頭、歯小嚢の三組織に分けられる。歯は、エナメル質、象牙質、セメント質の3大硬組織から構成されている。これらの硬い組織の内部(歯髄腔)に歯髄があり、歯髄の外側に象牙質が存在する。歯髄は、歯小嚢細胞と由来を同じにする。ここで、歯小嚢細胞とは、発生期に認められる歯乳頭に由来する間葉組織であり、歯根膜・セメント質・歯槽骨などの歯周組織細胞に分化するといわれている。象牙芽細胞は歯髄の最外層に存在し、象牙芽細胞の分化は、上皮と間葉組織の境界部のみで生じている。

【0030】
すべての組織や器官の上皮にはそれを裏打ちする基底膜とよばれる特殊な細胞外マトリクス(ECM)がある。エナメル質などの上皮細胞層と間質細胞層(歯髄細胞層)などの間に基底膜がある。基底膜を構成する物質として、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。ヘパラン硫酸プロテオグリカンは、コアタンパク質と呼ばれる核となるタンパク質、例えばパールカン、シンデカン、グリピカン、アグリン等のプロテオグリカンに、ヘパラン硫酸が付加した形で存在する。ヘパラン硫酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸又はイズロン酸との二糖単位の繰り返し構造を持ち、糖鎖上の硫酸基の数により、多様性を示す。本発明において、ヘパラン硫酸プロテオグリカンはこのようなヘパラン硫酸が付加したグルコサミノグルカンの総称をいい、特に限定されない。

【0031】
本発明は、Wntシグナル経路を活性化しうる物質からなる歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤にも及ぶ。Wntシグナル経路を活性化しうる物質とは、上記説明したように、具体的には塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、塩化リチウム、硫酸基転移酵素、NorrinやR-Spondin2等が挙げられ、好ましくは塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム又は塩化リチウムである。

【0032】
本発明は、上述の分化誘導剤を有効成分とする覆髄材にも及ぶ。本発明の覆髄材は、露出した歯髄面を保護するのみならず、歯髄から象牙芽細胞へ分化誘導させ、かつ象牙質形成を促進する作用を有する。本発明の覆髄材は、通常の齲蝕処置、例えば、髄腔開拡、抜髄後の窩洞部歯髄切断面上に塗布又は充填することにより使用できる。本発明の覆髄材は、直接覆髄材又は間接覆髄材と併用して、その適用前又は適用後に適用しても、直接覆髄材又は間接覆髄材に混合して適用してもよい。本明細書において「直接覆髄材」とは、歯髄の一部が露出している場合に歯髄組織を保護する薬剤であり、例えば水酸化カルシウム製剤等が用いられている。「間接覆髄材」とは、象牙質が薄くなっているが歯髄が露出していない場合に外来刺激の遮断、殺菌等の目的で用いられる薬剤であり、例えば酸化亜鉛ユージノール製剤、酸化亜鉛クレオソート製剤等が用いられている。

【0033】
本発明の覆髄材における分化誘導剤、例えば塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム又は塩化リチウムの含有量は、特に限定はされない。塩素酸ナトリウム又は過塩素酸ナトリウムの場合は、例えば5~500mMが好適であり、好ましくは50~100mMである。また、塩化リチウムの場合は、例えば2~200mMが好適であり、好ましくは5~50mMであり、より好ましくは約50mMである。

【0034】
本発明の覆髄材における分化誘導剤、例えば塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム又は塩化リチウムは、それ単体で、あるいは薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した形態の各種製剤に製剤化することができる。本発明の覆髄材に適した製剤形態としては、例えば、注射剤、外用液剤(注入剤、塗布剤)、固形製剤(顆粒剤、細粒剤、散剤 、軟膏剤、錠剤)、軟膏剤などが挙げられる。本発明の分化誘導剤は、例えばフィブロネクチン(FN)を含ませることができる。

【0035】
薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、防腐剤、保存剤、分散剤、乳化剤、ゲル化剤、増粘剤粘着剤、矯味剤等を用いることができる。

【0036】
ゲル化剤は、例えば、歯の浸出液を吸収してゲル化するものでもよい。また、粉剤と液剤からなる形態として、用時混合及び混練して用いてもよい。本発明の覆髄材は、さらに、殺菌剤、抗生物質、抗炎症剤等の他の有効成分を含んでいてもよい。

【0037】
本発明の覆髄材は、薬剤の有効成分の患部への適用を容易にし、象牙芽細胞への分化誘導に十分な期間、有効成分を患部に保持することを可能にする上で、担体に担持されていてもよい。従って、本発明の覆髄材は、本発明の分化誘導剤、例えば塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム又は塩化リチウムを適当な補助剤と共にモノフィラメント、フィルム、繊維集合体、スポンジ、微小粒などの形状を有する構造体に固定化又は含浸させた歯科材料の形態であってもよい。

【0038】
本発明の覆髄材の用量は、特に限定はされず、患者の症状(齲歯の進行度)、年齢、剤形等により適宜調整される。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例の範囲に限定されることはない。
【実施例】
【0040】
(実施例1)塩素酸ナトリウム(NaClO3)を用いたときの象牙芽細胞への分化誘導
本実施例では、歯髄由来細胞株であるMEDP細胞を、NaClO3を含む系で培養したときの細胞におけるDsppの発現を確認した。Dsppの発現は、PCRにより確認した。
【実施例】
【0041】
MEDP細胞は、10 %v/v ウシ胎児血清(Fetal bovine serum; FBS)を含むDMEM培地を用いて培養した。細胞を細胞数3.7×105cells/mlとなるように上記培地に懸濁し、細胞浮遊液を径6 cmの培養容器に5 ml加え、培養した。培養は、フィブロネクチン(FN)をコーティングした培養容器を用いて、37±0.5℃で行なった。培養1日目に、最終濃度が50 mM又は100 mMとなるようにNaClO4を添加し、さらに7日間培養した。
【実施例】
【0042】
上記培養した細胞からRNeasy Mini KitTM(QIAGEN製)を用いてmRNAを抽出後、PrimeScript(R) Reverse Transcriptase(TAKARA製)を用いて逆転写を行いcDNAを得、これをPCR用試料とした。mRNAの抽出及びcDNAの調製は、各社の指示書に従い行なった。DSPP増幅用プライマーとして配列表の配列番号1及び2、コントロール遺伝子であるGADPHの増幅用プライマーとして、同配列番号3及び4に示す塩基配列からなるプライマーを用いた。PCRは、ライトサイクラー(R)(Roche製)を用いて行なった。DSPPの発現量は、DSPPの増幅産物をGADPHの増幅産物との相対比で確認した。
【実施例】
【0043】
A.DSPP増幅用プライマー
(配列番号1)forward 5'-AGCCGTGGAGATGCTTCTTA-3'
(配列番号2)reverse 5'-TCACTCTGGCTGTCACCATC-3'
B.GADPH増幅用プライマー
(配列番号3)forward 5'-TGCACCACCAACTGCTTAG-3'
(配列番号4)reverse 5'-GGATGCAGGGATGATGTTC-3'
【実施例】
【0044】
上記の結果、NaClO3を含む系で培養したときに、Dsppの発現が有意に亢進し、未分化歯髄細胞から象牙芽細胞へ分化を誘導していることが確認された。NaClO3投与は、ヘパラン硫酸プロテオグリカンの硫酸化を阻止し、Wntを細胞膜や基底膜からはずし、Wnt受容体に結合することができ、間接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる。その結果、未分化の歯髄細胞から象牙芽細胞への分化を促進させるものと考えられた(図1)。
【実施例】
【0045】
(実施例2)塩化リチウム(LiCl)を用いたときの象牙芽細胞への分化誘導
本実施例では、歯髄由来細胞株であるMEDP細胞を、LiClを含む系で培養したときの細胞におけるDsppの発現を確認した。Dsppの発現は、PCRにより確認した。
NaClO3の代わりにLiClを用い、培養1日目に、最終濃度が5 mM又は50 mMとなるようにLiClを添加した以外は、実施例1と同手法により分化誘導処理を行い、Dsppの発現を確認した。
【実施例】
【0046】
上記の結果、LiClを含む系で歯髄細胞を培養したときに、Dsppの発現が有意に亢進し、未分化歯髄細胞から象牙芽細胞へ分化誘導していることが確認された。LiClは、GSK-3を抑制する作用があるといわれている。GSK-3は、Wntシグナル伝達経路において抑制的な役割を有するが、LiClはGSK-3を抑制することで、直接的にWntシグナル伝達経路を活性化しうる。その結果、未分化の歯髄細胞から象牙芽細胞への分化を促進させるものと考えられた(図2)。
【実施例】
【0047】
(実施例3)過塩素酸ナトリウム(NaClO4)を用いたときの象牙芽細胞への分化誘導
本実施例では、歯髄由来細胞株であるMEDP細胞を、NaClO4を含む系で培養したときの細胞におけるDsppの発現を確認した。Dsppの発現は、PCRにより確認した。
【実施例】
【0048】
NaClO3の代わりにNaClO4を用いる以外は、実施例1と同手法により分化誘導処理を行い、Dsppの発現を確認する。
【実施例】
【0049】
(実施例4)Norrinを用いたときの象牙芽細胞への分化誘導
本実施例では、歯髄由来細胞株であるMEDP細胞を、Norrinを含む系で培養したときの細胞におけるDsppの発現を確認する。Dsppの発現は、PCRにより確認する。
NaClO3の代わりにNorrin(R&D systems社:catalog nNo.:3014-NR)を用いる以外は、実施例1と同手法により分化誘導処理を行い、Dsppの発現を確認する。Norrinの添加濃度については検討する。
【実施例】
【0050】
(実施例5)R-Spondin2を用いたときの象牙芽細胞への分化誘導
本実施例では、歯髄由来細胞株であるMEDP細胞を、R-Spondin2を含む系で培養したときの細胞におけるDsppの発現を確認する。Dsppの発現は、PCRにより確認する。
NaClO3の代わりにR-Spondin2(R&D systems社:catalog nNo.:3266-RS/CF)を用いる以外は、実施例1と同手法により分化誘導処理を行い、Dsppの発現を確認する。R-Spondin2の添加濃度については検討する。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上詳述したように、本発明のWntシグナル伝達経路を活性化しうる物質、具体的には塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム又は塩化リチウムを用いると、歯髄由来の細胞株において、象牙芽細胞に特異的な細胞外マトリクスであるDsppの発現が有意に亢進することが確認された。この結果、Wntシグナル伝達経路を活性化しうる物質は、歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤となりうる。さらには、本発明の分化誘導剤を有効成分として含む覆髄材は、露出した歯髄面を保護するのみならず、歯髄から象牙芽細胞へ分化誘導させ、かつ象牙質形成を促進する作用を有する。
【0052】
本発明の歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導剤は、歯髄に直接作用し歯髄細胞が象牙細胞への分化誘導を促進する効果がある。そのため、その臨床的には、当該分化誘導剤をう蝕の患部に直接塗布するか、あるいは、当該分化誘導剤を含んだ糊剤をう蝕の患部に
充填することで、う蝕の直下に象牙質が活発に再生されることが期待される。十分な二次(修復)象牙質の形成が確認された後、う蝕部位を削除し、レジンあるいは金属による修復処置が行われる。
図面
【図1】
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【図2】
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