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明細書 :基材と結合可能なイオン液体を含有する被覆剤、それから得られる被覆層および被覆基材、ならびにそれを用いた被覆方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6218133号 (P6218133)
公開番号 特開2014-156529 (P2014-156529A)
登録日 平成29年10月6日(2017.10.6)
発行日 平成29年10月25日(2017.10.25)
公開日 平成26年8月28日(2014.8.28)
発明の名称または考案の名称 基材と結合可能なイオン液体を含有する被覆剤、それから得られる被覆層および被覆基材、ならびにそれを用いた被覆方法
国際特許分類 C09D 183/04        (2006.01)
C09D 183/08        (2006.01)
C09D 183/06        (2006.01)
C09K   3/18        (2006.01)
B05D   7/24        (2006.01)
FI C09D 183/04
C09D 183/08
C09D 183/06
C09K 3/18 104
B05D 7/24 302Y
請求項の数または発明の数 9
全頁数 20
出願番号 特願2013-027639 (P2013-027639)
出願日 平成25年2月15日(2013.2.15)
審査請求日 平成28年1月7日(2016.1.7)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
発明者または考案者 【氏名】小野 努
【氏名】福田 剛大
個別代理人の代理人 【識別番号】110001070、【氏名又は名称】特許業務法人SSINPAT
審査官 【審査官】青鹿 喜芳
参考文献・文献 韓国公開特許第10-2010-0053277(KR,A)
国際公開第2010/021290(WO,A1)
特開2012-012546(JP,A)
特開平05-138020(JP,A)
Kazuya Yamaguchi, Chie Yoshida, Sayaka Uchida, and Noritaka Mizuno,Peroxotungstate Immobilized on Ionic Liquid-Modified Silica as a Heterogeneous Epoxidation Catalyst with Hydrogen Peroxide,Journal of the American Chemical Society,米国,2005年,127,530-531
調査した分野 C09D 1/00- 10/00
101/00-201/10
B05D 7/24
C09K 3/18
特許請求の範囲 【請求項1】
加水分解性シリル基と結合可能な官能基を有する基材と、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンと、その対アニオンとしてのPF6-とからなるイオン液体を含有する被覆層とからなり、
前記基材がポリジメチルシロキサン(PDMS)またはガラスであることを特徴とする被覆基材。
【請求項2】
前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、少なくとも一個の下記一般式(I)で表される置換基で窒素原子が置換されたものである、請求項1に記載の被覆基材。
-R10-SiR11n3-n (I)
式(I)中、nは0,1または2であり、R10は炭素原子数1~12のアルキレン基であり、R11はそれぞれ独立して炭素原子数1~12のアルキル基を表し、Wはそれぞれ独立して、-OR12[式中、R12は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]または-OR13-OR14[式中、R13は炭素原子数1~12のアルキレン基を表し、R14は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]で表される加水分解性基を表す。
【請求項3】
前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、一般式(II),(III),(IV)または(V)で表されるものである、請求項1または2に記載の被覆基材。
【化1】
JP0006218133B2_000015t.gif
式(II)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【化2】
JP0006218133B2_000016t.gif
式(III)中、R1は、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基である。
【化3】
JP0006218133B2_000017t.gif
式(IV)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【化4】
JP0006218133B2_000018t.gif
式(V)中、R1,R2,R3およびR4の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、それぞれ独立に、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【請求項4】
少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンと、その対アニオンとしてのPF6-とからなるイオン液体を含有する被覆剤を、ポリジメチルシロキサン(PDMS)またはガラスからなる基材と接触させる工程を含むことを特徴とする被覆方法。
【請求項5】
前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、少なくとも一個の下記一般式(I)で表される置換基で窒素原子が置換されたものである、請求項4に記載の被覆方法。
-R10-SiR11n3-n (I)
式(I)中、nは0,1または2であり、R10は炭素原子数1~12のアルキレン基であり、R11はそれぞれ独立して炭素原子数1~12のアルキル基を表し、Wはそれぞれ独立して、-OR12[式中、R12は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]または-OR13-OR14[式中、R13は炭素原子数1~12のアルキレン基を表し、R14は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]で表される加水分解性基を表す。
【請求項6】
前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、一般式(II),(III),(IV)または(V)で表されるものである、請求項4または5に記載の被覆方法。
【化5】
JP0006218133B2_000019t.gif
式(II)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【化6】
JP0006218133B2_000020t.gif
式(III)中、R1は、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基である。
【化7】
JP0006218133B2_000021t.gif
式(IV)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【化8】
JP0006218133B2_000022t.gif
式(V)中、R1,R2,R3およびR4の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、それぞれ独立に、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【請求項7】
前記被覆剤中のイオン液体の対アニオンを交換する工程をさらに含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の被覆方法。
【請求項8】
前記接触工程および/または前記対アニオン交換工程が、前記被覆剤および/または対アニオン交換処理液をマイクロ流路に送液することを含む、請求項4~7のいずれか一項に記載の被覆方法。
【請求項9】
前記接触工程の後に、加熱下にエージングする工程をさらに含む、請求項4~8のいずれか一項に記載の被覆方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は特徴的な化学構造を有するイオン液体の新規の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ガラス表面を疎水化するためには、主に有機シランカップリング剤を用いた表面処理が行われている。また、PDMSのような疎水性の基板の親水化においては、プラズマ処理や強酸を用いた化学処理法などが用いられている。
【0003】
また、イオン液体は、常温での溶融塩であり、カチオン種とアニオン種の組み合わせによって様々な分子構造のイオン液体を合成できる。イオン液体のなかには、水とも油とも相溶しない性質を有する液体もあり、特殊な溶媒として現在様々な分野で応用研究が展開されている(非特許文献1,非特許文献2)。
【0004】
特許文献1には、イオン(性)液体を含む表面処理組成物、具体的にはイオン液体を汚れに対する有効な溶媒として用いた洗剤等の組成物が記載されている(特許請求の範囲、段落0051等)。しかしながら特許文献1には、加水分解性シリル基を有するイオン液体や、それを用いてシラノール基を有する基材を処理することにより当該基材に親水性、疎水性等の性質を賦与することができることは、記載も示唆もされていない。
【0005】
特許文献2には、アニオンにシロキサン結合からなる長鎖(側鎖にメトキシ基またはエトキシ基を含みうる)を有するイオン(性)液体、および当該イオン液体の添加剤、界面活性剤、改質剤または軟化剤としての使用が記載されている(特許請求の範囲)。しかしながら、特許文献2に記載されているイオン液体は、本発明で用いられるカチオンに加水分解性シリル基を有するイオン液体と構造上明確に相違する。また特許文献2には、アニオンにシロキサン結合からなる長鎖を有するイオン液体については、具体性を有する実施例をもって開示されておらず、その特性や用途について全く詳細に記載されていない。さらに特許文献2に記載の発明は、アニオンにハロゲン化物イオンを有するイオン液体を問題視し、ハロゲンを含まずに特定の融点またはガラス転移点と粘度とを有し、改善された加水分解安定性を示すイオン液体を提供するためになされたものであり(段落0006、0007および0009)、アニオンにハロゲン化物イオンを有するイオン液体ないしそのハロゲン化物イオンを他のアニオンに置換したイオン液体の用途を否定している。
【0006】
非特許文献3には、銅などの金属触媒を担体としてのシリカ微粒子に固定化するための化合物として、イミダゾリウムカチオンに加水分解性シリル基が連結されている構造を有するイオン液体が合成されており、当該イオン液体の加水分解性シリル基とシリカ微粒子のシラノール基とを反応させてこれらを結合させた後、上記金属触媒(塩化物)を反応させて2つのイミダゾリウムイオンの間に固定化することが記載されている。
【0007】
非特許文献4にも、金属触媒であるパラジウムをシリカ微粒子に固定化するための化合物として非特許文献3と同様のイオン液体が合成されており、当該イオン液体と酢酸パラジウムとを反応させて複合体を形成した後、シリカ微粒子に固定化することが記載されている。
【0008】
しかしながら、非特許文献3および4におけるイオン液体を用いたシリカ微粒子の処理は金属触媒を固定化するためのものであり、そのため、最終的にシリカ微粒子の表面に必ず金属触媒が固定化されることになる。非特許文献3および4には、上記特定のイオン性液体を金属触媒と分離して単独で使用し、シリカ微粒子または他のシラノール基を有する基材にイオン液体のアニオンの作用によって親水性や親油性を賦与するという用途は、記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】特表2005-530910号公報
【特許文献2】特開2005-538039号公報
【0010】

【非特許文献1】M. J. Earle et al, Pure Appl. Chem., 72, 1391-1398 (2000)
【非特許文献2】K. Shimojo et al, Anal. Chem. 76, 5039-5044 (2004)
【非特許文献3】Chem. Commun., 2005, 2506-2508
【非特許文献4】Pure Appl. Chem., Vol.79, No.9, pp.1553-1559, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の技術では、材料表面の親水性および疎水性を制御するために、上述したような手法を用いて材料表面に親水基または疎水基を付与することが行われてきた。しかしながら、たとえばプラズマ処理によって基材に化学分解反応を引き起こし、水酸基を生じさせることで親水性を付与する方法では、長期間親水性を維持することは困難であり、時間と共に親水処理の効果は薄れてゆく。そのため、恒久的な表面処理技術が多くの応用分野において必要とされている。また、用途に応じて、材料表面の濡れ性(親水性-撥水性および親油性-撥油性)を変化させたい場合があるが、従来の技術ではそのような自在性がない。
【0012】
本発明は、材料表面に多様な濡れ性を賦与することができ、かつ安定的にその状態を保持することができる手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、カチオンの置換基として加水分解性シリル基(アルコキシ基のような加水分解性基を有するシリル基、後記一般式(I)に含まれる-SiR11n3-nで表される部位、いわゆるシランカップリング部位)を有するイオン液体を合成し、それをガラスやPDMS表面のシラノール基と穏和な条件で反応させることで、その表面にイオン液体部位を共有結合的に導入することに成功した。このとき、用いるアニオン種によって表面処理後の濡れ性を大きく変化させることができ、従来にはない水も油もはじく表面も調製することが可能になることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は一つの側面において、濡れ性を調整するために基材の表面処理に用いることのできる被覆剤を提供する。本発明は別の側面において、前記被覆剤を用いることにより得られる、基材の濡れ性を変化させる被覆層および当該被覆層で被覆された被覆基剤を提供する。本発明はさらなる側面において、前記被覆剤を用いた基材の被覆方法を提供する。かかる本発明には下記の各発明が包含される。
【0015】
[項1] 少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンとその対アニオンからなるイオン液体を含有することを特徴とする被覆剤。
【0016】
[項2] 前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、少なくとも一個の下記一般式(I)で表される置換基で窒素原子が置換されたものである、項1に記載の被覆剤。
-R10-SiR11n3-n (I)
式(I)中、nは0,1または2であり、R10は炭素原子数1~12のアルキレン基であり、R11はそれぞれ独立して炭素原子数1~12のアルキル基を表し、Wはそれぞれ独立して、-OR12[式中、R12は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]または-OR13-OR14[式中、R13は炭素原子数1~12のアルキレン基を表し、R14は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]で表される加水分解性基を表す。
【0017】
[項3] 前記含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンが、一般式(II),(III),(IV)または(V)で表されるものである、項1または2に記載の被覆剤。
【0018】
【化1】
JP0006218133B2_000002t.gif
式(II)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【0019】
【化2】
JP0006218133B2_000003t.gif
式(III)中、R1は、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基である。
【0020】
【化3】
JP0006218133B2_000004t.gif
式(IV)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【0021】
【化4】
JP0006218133B2_000005t.gif
式(V)中、R1,R2,R3およびR4の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、それぞれ独立に、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。
【0022】
[項4] 前記対アニオンが、Cl-,Br-,I-,CF3CO2-,CH3CO2-,BF4-,CF3SO3-,PF6-および(CF3SO22-からなる群より選ばれる少なくとも一種である、項1~3のいずれか一項に記載の被覆剤。
【0023】
[項5] 項1~4のいずれか一項に記載された被覆剤から形成された被膜を含むことを特徴とする、基材の濡れ性を変化させる被覆層。
[項6] 項5に記載の被覆層で被覆されていることを特徴とする被覆基材。
【0024】
[項7] 項1~4のいずれか一項に記載の被覆剤を、前記加水分解性シリル基と結合可能な官能基を有する基材と接触させる工程を含むことを特徴とする被覆方法。
[項8] 前記加水分解性シリル基と結合可能な官能基がヒドロキシ基である、項7に記載の被覆方法。
【0025】
[項9] 前記基材がポリジメチルシロキサン(PDMS)またはガラスである、項7または8に記載の被覆方法。
[項10] 前記被覆剤中のイオン液体の対アニオンを交換する工程をさらに含む、項7~9のいずれか一項に記載の被覆方法。
【0026】
[項11] 前記接触工程および/または前記対アニオン交換工程が、前記被覆剤および/または対アニオン交換処理液をマイクロ流路に送液することを含む、項7~10のいずれか一項に記載の被覆方法。
【0027】
[項12] 前記接触工程の後に、加熱下にエージングする工程をさらに含む、項7~11のいずれか一項に記載の被覆方法。
なお、上記の発明が、たとえば、前記被覆剤(の有効成分)として使用される前記イオン液体、前記被覆剤の調製における前記イオン液体の使用、前記被覆方法における前記イオン液体の使用、といった異なるカテゴリの発明に転換することができることは当業者にとって自明である。
【発明の効果】
【0028】
従来の表面処理技術では、基材表面の親水性と疎水性を制御するだけであったが、本発明によるイオン液体を用いたコーティングによって、親水性でも疎水性でもない、水にも油にも馴染まない、新規な濡れ性を有する表面を提供することができる。たとえば、PDMSは油によって膨潤するため、これまではPDMS基板(マイクロ流路)に対して油を使用することはできなかったが、本発明の被覆剤を用いてコーティングすることにより、流路壁面を保護し、水を溶媒とする流体のみならず、油を溶媒とする流体を送液することが可能となる。
【0029】
本発明の被覆剤に配合する所定の構造を有するイオン液体は、常温で比較的粘性が低い(十分な流動性を有する)液体として調製することができるため、ウェットコーティングを適用することができる。たとえば、マイクロ流路の内壁面やその他の管状の構造物の内部表面など、他の手法ではコーティングが難しい場所も、イオン液体を送液することで容易に均一にコーティングできる。また、このような被覆剤は溶液状態で安定的であるため、試薬として販売することにも問題はない。
【0030】
また、イオン液体のアニオン種を交換するだけで、容易に基材表面の濡れ性を制御することができる。イオン液体はカチオンが有する加水分解性シリル基によって基板に共有結合しており、その安定的な結合を損なうことなく、アニオン種のみを事後的に交換することが可能である。本発明で用いることのできるイオン液体は多種多様であるため、特異な機能性を賦与するコーティング技術への展開が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1は、実施例(比較実験)として行われた、PDMS基板(無処理またはUV処理)の大気中における水またはヘキサデカンとの接触角測定時の観察写真である。
【図2】図2は、実施例として行われた、PDMS基板(イオン液体処理)の大気中における水またはヘキサデカンとの接触角測定時の観察写真である。
【図3】図3は、実施例として行われた、PDMS基板の液中における接触角測定実験の模式図である。
【図4】図4は、実施例として行われた、PDMS基板(無処理、UV処理またはイオン液体処理)の液中における接触角測定時の観察写真である。A:ヘキサデカン中における水との接触角。B:水中におけるヘキサデカンとの接触角。
【発明を実施するための形態】
【0032】
-被覆剤-
本発明の被覆剤は、少なくとも1個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンとその対アニオンとを含むイオン液体を含有する。このような被覆剤は、イオン液体単独からなる物質として調製されていてもよいし、イオン液体および任意の他の成分を含む組成物として調製されていてもよい。イオン液体は、一種類の化合物単独からなるものであってもよいし、二種類以上の化合物の混合物であってもよい。

【0033】
<イオン液体>
本発明で用いられるイオン液体は、以下に述べるような特定のカチオンおよびその対アニオンからなる塩である。なお、カチオンの置換基にヒロドキシ基が存在する場合など、イオン液体が特定の構造を有する場合には、イオン液体(前記の塩)は、それと水素結合が可能な中性分子(グリセロール、クエン酸、尿素などの、中性プロトン供与体もしくは受容体)と複合体を形成していてもよい。また、本発明においてイオン液体は、最終的に基材と結合した状態において、金属触媒の担体として用いられる場合(非特許文献3および4)と異なり、金属ないし金属化合物が結合している必要はなく、金属ないし金属化合物が結合していないことが望ましい。

【0034】
イオン液体は一般的に、カチオンおよびその対アニオンの種類によって、粘度、融点、およびその他の性質を変化させることができる。本発明においても、被覆剤の用途を考慮しながら、そこに配合するイオン液体のカチオンおよびその対アニオンとして適切な種類のものを選択することができる。

【0035】
(カチオン)
本発明で用いられるイオン液体を構成するカチオンは、少なくとも1個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンである。加水分解性シリル基は、これらのカチオンに含まれる窒素原子の置換基として導入することができる。

【0036】
含窒素複素環カチオンおよび第四級アンモニウムカチオン(加水分解性シリル基を有する置換基以外の部位)は、公知のイオン液体を構成するものの中から選択することができ、特に限定されるものではない。

【0037】
含窒素複素環カチオンには、含窒素芳香族化合物から誘導されるカチオンおよび含窒素脂環式化合物から誘導されるカチオンが包含される。含窒素芳香族化合物から誘導されるカチオンとしては、たとえば、イミダゾリウムカチオン(一般式(II)参照)、ピリジニウムカチオン(一般式(III)参照)、ピラゾリウムカチオン、トリアゾリウムカチオンが挙げられる。含窒素脂環式化合物から誘導されるカチオンとしては、たとえば、ピロリジニウムカチオン(一般式(IV)参照)が挙げられる。

【0038】
加水分解性シリル基中の加水分解性基は、加水分解反応および縮合反応を介して基材が有する官能基と結合することができれば特に限定されるものではなく、一般的なシランカップリング剤が有するものを利用することができる。そのような加水分解性基としてはアルコキシ基が好適であるが、アシルオキシ基(たとえばアセトキシ基)などのその他の加水分解性基であってもよい。

【0039】
イオン液体が基材に結合するためには、イオン液体(カチオン)1分子あたり少なくとも1つの加水分解性シリル基が必要であり、また当該加水分解性シリル基1つあたり少なくとも1つの加水分解性基が必要である。基材との結合性を考慮しながら、イオン液体(カチオン)1分子あたりの加水分解性シリル基の数および加水分解性シリル基1つあたりの加水分解性基の数は、適宜調整することができる。たとえば、3つの加水分解性基を有する加水分解性シリル基を1つ有するイオン液体は、本発明における使用にとって好適である。

【0040】
上述したような含窒素複素環カチオンおよび第四級アンモニウムカチオンの具体例として、少なくとも一個の下記一般式(I)で表される置換基で窒素原子が置換されたものが挙げられる。式(I)中の-SiR11n3-nが本明細書で加水分解性シリル基と称する部分に相当し、W3-nで表される部分が加水分解性基に相当する。たとえば、Wが-OR12で表されるアルコキシ基である場合、一般式(I)で表される置換基は(加水分解性)アルコキシシリル基と称することができる。

【0041】
-R10-SiR11n3-n (I)
式(I)中、nは0,1または2であり、R10は炭素原子数1~12のアルキレン基であり、R11はそれぞれ独立して炭素原子数1~12のアルキル基を表し、Wはそれぞれ独立して、-OR12[式中、R12は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]または-OR13-OR14[式中、R13は炭素原子数1~12のアルキレン基を表し、R14は炭素原子数1~12のアルキル基を表す。]で表される加水分解性基を表す。

【0042】
加水分解性シリル基を構成するn、R11、Wは、当業者であれば、シランカップリング剤における一般的な実施形態の範囲において、被覆剤の用途やそのために必要等される基材に対する結合性(加水分解速度等)などを考慮しながら適切なものを選択することができる。

【0043】
nは0,1または2であるが、0または1である(3-nで表される加水分解性基の数が3または2になる)ことが好ましく、0である(加水分解性基の数が3になる)ことがより好ましい。

【0044】
10のアルキレン基は、直鎖状でも分岐状でもよく、また不飽和結合を含んでいてもよいが、通常は不飽和結合を含まない直鎖状である。このアルキレン基の炭素原子数は、通常1~12、好ましくは1~6である。たとえば、エチレン基(C2)、プロピレン基(C3)が好適である。

【0045】
11のアルキル基は、直鎖状でも分岐状でもよく、また不飽和結合を含んでいてもよいが、通常は不飽和結合を含まない直鎖状である。このアルキル基の炭素原子数は、通常1~12、好ましくは1~3である。たとえば、メチル基(C1)が好適である。

【0046】
Wが-OR12で表されるアルコキシ基である場合、R12のアルキル基は、直鎖状でも分岐状でもよく、また不飽和結合を含んでいてもよいが、通常は不飽和結合を含まない直鎖状である。このアルキル基の炭素原子数は、通常1~12、好ましくは1~3である。たとえば、メチル基(C1)およびエチル基(C2)が好適である。

【0047】
Wが-OR13-OR14で表されるアルコキシアルコキシ基である場合、R13のアルキレン基は、直鎖状でも分岐状でもよく、また不飽和結合を含んでいてもよいが、通常は不飽和結合を含まない直鎖状である。このアルキレン基の炭素原子数は、通常1~12、好ましくは1~3であり、たとえばメチル基(C1)およびエチル基(C2)が挙げられる。一方、R14のアルキル基は、直鎖状でも分岐状でもよく、また不飽和結合を含んでいてもよいが、通常は不飽和結合を含まない直鎖状である。このアルキル基の炭素原子数は、通常1~12、好ましくは1~3であり、たとえばメチル基(C1)が挙げられる。OR13-OR14で表される基全体としては、たとえば2-メトキシエトキシ基が挙げられる。

【0048】
上述したような含窒素複素環カチオンおよび第四級アンモニウムカチオンのさらなる具体例として、一般式(II)、(III)、(IV)または(V)で表されるものが挙げられる。これらのカチオンに含まれる、R1~R2がとりうる、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基は、公知の多種多様なイオン液体が有するものの中から選択することができる。

【0049】
【化5】
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式(II)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。

【0050】
【化6】
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式(III)中、R1は、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基である。

【0051】
【化7】
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式(IV)中、R1およびR2の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。

【0052】
【化8】
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式(V)中、R1,R2,R3およびR4の少なくとも一つは、前記式(I)で表される置換基であってもよい、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する置換基であり、それ以外は、それぞれ独立に、直鎖または分岐鎖の、置換または非置換の、アルキル基、アリール基、アルコキシアルキル基、アルキレンアリール基、ヒドロキシアルキル基またはハロアルキル基である。

【0053】
なお、本発明で用いられるイオン液体を構成する、少なくとも一個の加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンは、たとえば式(II)で表されるようなカチオンに由来する、構成単位の繰り返しを含むものであってもよい。たとえば、下記式(IIa)で表されるイオン液体は、イミダゾリウムカチオンに由来する繰り返し単位とその対アニオン(X-)を含んでおり、各繰り返し単位は式(II)中のR2と類似の2価の基Rを介して結合しており、右端のイミダゾリウムカチオンが式(II)中のR1に相当する基として-R10-SiW3(式(I)中、n=0)で表される加水分解性シリル基を有する。このような長いイオン液体の分子には正に荷電した(上記カチオンに由来する)部位が複数存在し、それぞれに対アニオンが結合する。

【0054】
【化9】
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【0055】
(アニオン)
本発明で用いられるイオン液体を構成するアニオンは、特に限定されるものではない。アニオンの選択によって、基材に多様な濡れ性を賦与することができる。被覆剤としての用途を考慮し、基材に所望の濡れ性(親水性-撥水性および/または親油性-撥油性)を賦与できるアニオンを用いればよい。

【0056】
対アニオンの具体例としては、たとえば、Cl-,Br-,I-,CF3CO2-,CH3CO2-,BF4-,CF3SO3-,PF6-および(CF3SO22-が挙げられる。
一般的に、Cl-,Br-,I-,CF3CO2-,CH3CO2-は親水的であり、PF6-,(CF3SO22-は疎水的であり、BF4-,CF3SO3-はその中間的な傾向を示すが、本発明において基材表面を修飾することによって賦与される濡れ性は様々である。たとえば、PDMS基材に対して、イオン液体の対アニオンとしてのCl-は、大気中、油中いずれにおいても強い親水性を示す一方、大気中では極めて弱い(無処理のPDMSに近い)撥油性を示し、逆に水中では極めて強い撥油性を示す濡れ性を賦与することができる。また、同じくPDMS基材に対して、イオン液体の対アニオンとしてのPF6-は、大気中においては弱い親水性および弱い撥油性しか示さない(つまり無処理のPDMSと比較したときの改質効果が弱い)一方で、油中における一定の親水性と水中における一定の撥油性とを示す(つまり、どちらについても無処理のPDMSに対する一定の改質効果が認められる)興味深い濡れ性を賦与することができる。

【0057】
(合成方法)
本発明で用いられるイオン液体の合成方法は公知である(たとえば非特許文献1および2参照)。含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンは一般的に、含窒素複素環またはアミンの窒素原子を四級化する、たとえばアルキル化試薬を用いてアルキル化することにより合成される。加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンは、そのような四級化の際に、加水分解性シリル基および前記窒素原子に結合しうる反応性官能基を有する分子を用いることによって合成することができる。本発明で用いられるイオン液体は、典型的には、上記の四級化のための分子としてシランカップリング剤を用いることにより合成することができる。

【0058】
また、一般的に、四級化の際の試薬に由来するアニオンが含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンの対アニオンとなる。上記の典型的な合成方法により得られるイオン液体では、反応性官能基としてハロゲン原子を有するシランカップリング剤に由来するハロゲン化物イオンが、加水分解性シリル基を有する含窒素複素環カチオンまたは第四級アンモニウムカチオンの対アニオンとなる。

【0059】
ただし、本発明で用いられるイオン液体は上記のような合成方法によって得られたものには限定されず、本発明で規定する所定の構造を有する限り、他の製造方法によって得られたものであってもよい。

【0060】
上述したような合成方法において用いられるシランカップリング剤は、一方の末端に加水分解性シリル基を有し、もう一方の末端に、置換基を導入しようとする含窒素複素環またはアミンの窒素原子に結合しうる反応性官能基を有し、それらの基を適切な長さの分子鎖が連結している構造を有するものであればよい。上記の反応性官能基としては、たとえばハロゲン基(塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子)が好ましい。このような構造を有するシランカップリング剤(たとえば、3-クロロプロピルトリメトキシシラン)は、Aldrich,信越化学工業株式会社などから製造販売されているものを購入することもできるし、公知の方法により合成することもできる(たとえば R. Wakabayashi et al, Angew. Chem. Int. Ed, 50, 10708-10711 (2011)参照)。

【0061】
また、シランカップリング剤を用いる合成方法において、カチオンの生成と同時に所望の対アニオンを生成させることができない場合は、さらなる工程において対アニオンを交換することができる。そのような対アニオンの交換はイオン液体について公知であり、本発明においても同様に行うことができる。たとえば、PF6-、(CF3SO22-などのアニオンへの交換は、それらのアルカリ金属塩と合成されたイオン液体とを反応させることにより行うことができる。また、所望のアニオンを有する陰イオン交換樹脂が充填されたカラムに合成されたイオン液体を通過させることによっても、アニオンの交換を行うことが可能である。

【0062】
<任意成分等>
本発明の被覆剤またはそれから形成される被膜ないし被覆層の実施形態を考慮して、必要に応じて、イオン液体以外の物質を任意成分として被覆剤に配合してもよい。たとえば、イオン液体とともに濡れ性に関与する物質、濡れ性以外の特性を基材に賦与するための物質、被膜ないし被覆層の強度などの物性に関与する物質などを、任意成分として配合することが可能である。

【0063】
任意成分を用いる場合は、それと前述したようなイオン液体とを一般的な手法で混合することにより、被覆剤を調製することができる。
また、後述するような本発明の被覆層の一実施形態において用いることのできる、イオン液体で表面処理されたシリカ微粒子と、必要に応じて配合される任意成分、たとえば当該シリカ微粒子処理物の分散性や基材への付着性を高めるための添加物ないし分散媒とを含有する組成物も、本発明の被覆剤として調製することができる。なお、このような被覆剤の実施形態においては、イオン液体は、あらかじめシリカ微粒子に結合した状態で、被覆材中に含有されているといえる。

【0064】
以上の本発明の被覆剤は、次に述べるように、基材の濡れ性を変化させる(それによって水および/または油に対する耐性を高める)被覆層を形成するために用いることができる。

【0065】
-被覆層および被覆基材-
本発明の被覆層は、上述したような本発明の被覆剤から形成された被膜を含むものであり、基材の濡れ性を変化させることができる。また、本発明の被覆基材は、上述したような被覆層で被覆されているものであり、無処理の状態の基材とは異なる濡れ性を有する。これらの被覆層および被覆基材は、次に述べるような被覆方法を用いて形成ないし製造することができる。たとえば基材の説明は、次の被覆方法における説明を参照することができる。

【0066】
被覆層は、被覆剤から形成された被膜のみから構成されるものであってもよいし、そのような被膜とそれ以外の物質とによって構成されるものであってもよい。後者の実施形態としては、たとえば、あらかじめイオン液体で表面処理をしたシリカ微粒子(シリカ微粒子の表面にイオン液体が結合している)を調製しておき、そのシリカ微粒子処理物でもってより広い平面を有する基材表面を被覆することが挙げられる。この場合、イオン液体で表面処理されたシリカ微粒子の分散液(必要に応じてさらに任意成分が配合されていてもよい。)が本発明の被覆剤に相当し、そのシリカ微粒子処理物(個々のシリカ微粒子の表面にイオン液体からなる被膜が形成されている)および必要に応じて配合される任意成分からなる層が本発明の被覆層に相当する。

【0067】
基材の濡れ性は、一般的に親水性-撥水性または親油性-撥油性と称される性質である。濡れ性は、任意の気体中または液体中において測定される、任意の液体との接触角によって評価することができるが、被覆基材が使用されると想定される条件に則した接触角によって評価することが適切である。代表的には、大気中における水または油(たとえばヘキサデカンのような有機溶媒)との接触角、水中における油との接触角、あるいは油中における水との接触角によって、親水性-撥水性または親油性-撥油性が評価される。なお、基材の濡れ性は、親水性-撥水性または親油性-撥油性のどちらか一方によって評価してもよいし、親水性-撥水性および親油性-撥油性の両方によって評価してもよい。被覆剤に配合するイオン液体のアニオン種によっては、基材表面を撥水性かつ撥油性にすることができる。

【0068】
水との接触角がどの程度であれば親水性または撥水性と定義するのか、あるいは油との接触角がどの程度であれば親油性または撥油性と定義するのかは一概に決められるものではないが、一般的には、接触角が40°以下の場合に親水性または親油性、10°以下の場合に超親水性または超親油性と称され、逆に接触角が90°以上の場合に撥水性または撥油性、120°以上150°未満の場合に高撥水性または高撥油性、150°以上の場合に超撥水性または超撥油性であると定義される。

【0069】
接触角の測定方法は特に限定されるものではなく、使用者の評価においては任意の測定方法を採用することができるが、一般的な手法として知られているθ/2法(算出される接触角は液滴の左右の平均値となる)または接線法(算出される接触角は左右別となり、固体表面の状態により、液滴左右の値にバラツキがある場合などはより有効な測定法となる)を用いることができる。

【0070】
-被覆方法-
本発明の被覆方法は、上述したような本発明の被覆剤を、加水分解性シリル基と結合可能な官能基を有する基材と接触させる工程(接触工程)を含み、必要に応じてさらに、後述するようなエージング工程やアニオン交換工程などを含んでいてもよい。

【0071】
基材が有する、前記加水分解性シリル基と結合可能な官能基は、そのような条件を満たすものであれば特に限定されるものではない。表面修飾しようとする基材に応じて、適切な加水分解性シリル基を有するイオン液体を選択すればよい。

【0072】
加水分解性シリル基と結合可能な官能基の代表例としてはヒドロキシ基が挙げられる。たとえば、加水分解性シリル基がアルコキシ基を有するものである場合、一般的に、大気中の水との加水分解反応により当該アルコキシ基から生成するヒドロキシ基(シラノール基)と、ガラス等の基材の表面に存在するヒドロキシ基とが、水素結合およびその後脱水縮合反応により形成される共有結合によって強固に結合する。

【0073】
換言すれば、被覆剤によって表面修飾しようとする基材は、その被覆剤が含有するイオン液体が有する加水分解性シリル基と結合可能な官能基を有するものであれば、特に限定されるものではない。たとえば、表面に適当な量のヒドロキシ基を存在させることができ、汎用的な素材として多用されているポリジメチルシロキサン(PDMS)およびガラスないしシリカ(SiO2)は、好適な基材となる。その他にも、シリコン(Si)など、一般的なシランカップリング剤が用いられている基材を対象とすることもできる。

【0074】
上記のような基材と被覆剤とを接触させる際には、一般的なシランカップリング剤を用いる場合と同様、あらかじめ(接触工程の前に)基材表面にヒドロキシ基を形成するための処理を行っておくことが好ましい。そのような処理として、一般的には紫外線処理、プラズマ処理などが用いられている。

【0075】
被覆剤と基材とを接触させる方法は、被覆剤中のイオン液体が有する加水分解性シリル基と基材が有する所定の官能基との間で結合反応が起きる限り、特に限定されるものではない。たとえば、一般的なウェットコーティング手法である、ディップコーティング、スピンコーティング、スプレー(インクジェット)コーティングなどの手法により、様々な形状の基材上面に温和な条件で被覆剤を塗布し、被膜を形成させることができる。

【0076】
また、接触工程の後に、被覆剤中のイオン液体の対アニオンを交換する工程(対アニオン交換工程)をさらに行ってもよい。この工程に用いられるアニオンの種類、試薬、交換方法などについては、所定のイオン液体に関するアニオンの項や合成方法の項において前述した記載を参照することができる。対アニオン交換工程は、たとえば、すでにある種類のイオン液体が結合している基材の表面に、対アニオン交換試薬(アルカリ金属塩等)の水溶液を、上記と同様のウェットコーティング手法を用いて塗布することによって行うことができる。このような対アニオン交換工程は、接触工程の後にさほど時間をおかずに連続して行ってもよいし(たとえば、所定のイオン液体を用いた一度の接触工程だけでは得られない、特定のアニオンを使用した被覆機材を含む製品を製造する場合)、接触工程の後に比較的長時間が経過してから行ってもよい(たとえば、ある種のイオン液体が結合している被覆基材を含む製品が製造されてから保管等により一定期間が経過した後、購入者が使用する段階になってから対アニオンを交換する場合)。

【0077】
本発明の好適な実施形態の一例として、接触工程を、たとえばPDMS製またはガラス製の基材の内部に形成されている、一辺ないし直径が数μm~数百μm程度のマイクロ流路に被覆剤を送液することにより、そのマイクロ流路の表面に被覆剤を接触させて被膜を形成する方法が挙げられる。必要に応じて行われるアニオン交換工程も同様に、そのための対アニオン交換処理液(たとえば所望のアニオンのアルカリ金属塩の水溶液)をマイクロ流路に送液することにより行うことができる。所定のイオン液体は、マイクロ流路について用いられている一般的な手段、たとえばシリンジポンプやペリスタポンプを用いて送液することができる。

【0078】
被覆剤に含まれる所定のイオン液体と基材との反応は、穏和な条件下で進行させることができる。通常、適切な湿度を有する常温の大気中において基材に被覆剤を接触させ(たとえば塗布し)、適切な時間反応させることにより、加水分解性シリル基から生じるシラノール基と、それと結合可能なヒドロキシ基等の官能基との間に十分な結合を生じさせることができる。必要に応じて、一般的なシランカップリング剤を無機材料に結合させる場合と同様に、反応を促進するため、または結合を安定化させるための工程ないし操作を追加してもよい。たとえば、接触工程の後に、加熱下にエージングする工程を設けてもよい。
【実施例】
【0079】
[合成例]
【実施例】
【0080】
【化10】
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上記スキームに従ってイオン液体を合成した(参考論文:K. Yamaguchi et al. J. Am. Chem. Soc., 127, 530-531 (2005))。すなわち、当量の化合物1と化合物2を一晩,無溶媒で撹拌しながら反応させ,反応物3を(収率85%程度)で得た。
【実施例】
【0081】
1.大気中における(一般的な付着ぬれ実験に基づく)材料表面の接触角
(1)無処理のPDMS表面、1時間、2時間および3時間のUV処理を行ったPDMS表面、ならびに3時間のUV処理を行った後一晩放置したPDMS表面について、大気中における水との接触角(A)および大気中におけるヘキサデカンとの接触角(B)を測定した。UV処理には、UV.TC.NA.003(BioForce Nanosciences社)を用いた。接触角は、水またはヘキサデカンをPDMS表面に滴下した後、接触角測定装置を用いた画像解析においてθ/2法により算出した。結果を表1および図1に示す。
【実施例】
【0082】
【表1】
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【実施例】
【0083】
(2)次に、アニオンとしてCl-を有するイオン液体で被覆されたPDMS表面、ならびにアニオン交換処理によりCl-がPF6-に交換されたイオン液体で被覆されたPDMS表面について、大気中における水との接触角(A)および大気中におけるヘキサデカンとの接触角(B)を測定した。前者のイオン液体によるPDMS表面の被覆は、合成例で得られたイオン液体中にPDMS基材を浸漬した後、引き上げたPDMS基材を95℃の恒温槽中に一晩静置することにより行った。後者のイオン液体によるPDMS表面の被覆は、合成例で得られたイオン液体中にPDMS基材を浸漬し、続いてLiPF6水溶液(濃度10~20wt%)に浸漬した後、引き上げたPDMS基材を95℃の恒温槽中に一晩静置することにより行った。接触角の測定方法は前述した通りである(θ/2法)。結果を表2および図2に示す。
【実施例】
【0084】
【表2】
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【実施例】
【0085】
まず、(1)の結果から分かるように、一般的にPDMS表面は比較的水をはじき、ヘキサデカンのような油に対しては馴染む性質を持つ。UV処理によってPDMS表面の親水性は増していくが、UV照射後一晩置くだけで親水性がかなり減ってしまう。また、表1の接触角Bの結果から分かるように、PDMSは油と親和性を有しており、従来PDMS基板が吸油性を示すために油を取り扱うことができないという欠点を表している。それゆえ、PDMS表面が油に対して耐性(撥油性)を示すだけでも、PDMS基板の油への適応を可能にするために実用上のメリットがあると言える。
【実施例】
【0086】
次に、(2)の結果から分かるように、加水分解性シリル基を有するイオン液体でコーティング処理をすることによりPDMS表面の濡れ性を変化させることが可能であり、しかも被覆剤そのイオン液体のアニオン種によって異なる濡れ性を賦与することができる。
【実施例】
【0087】
アニオンとしてCl-を用いた場合、水との接触角は著しく小さくなる、すなわちPDMS表面の親水性は大きく向上した。この濡れ性は大気中で3~4ヶ月保たれた。一方、ヘキサデカン(油)との接触角も小さくなり、本実験系では撥油性は示されなかった。これは、固体(PDMS)表面と空気(比較的疎水性)の間の相互作用の大きさ、および固体表面とヘキサデカン(油)の間の相互作用の大きさの相対的な関係によって、接触角が生まれていることに起因すると考えられる。
そこで、大気中ではなく液中(油中および水中)におけるPDMS表面の濡れ性を以下の実験で評価した。
【実施例】
【0088】
2.溶液中における材料表面の接触角
図3に示す実験系において、前記1(2)で作製した、アニオンとしてCl-を有するイオン液体で被覆されたPDMS表面、アニオン交換処理によりCl-がPF6-に交換されたイオン液体で被覆されたPDMS表面、および対照としての無処理のPDMS表面について、ヘキサデカン(0.773 g/cm3)(油)中における水との接触角(A)および水中におけるヘキサデカン(油)との接触角(B)を測定した。接触角の測定には前述した方法(θ/2法)または接線法(油滴下実験の場合)を用いた。結果を表3および図4に示す。
【実施例】
【0089】
【表3】
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【実施例】
【0090】
本実験結果から分かるように、PDMS表面は油中において強い撥水性を示すが、Cl-を用いたイオン液体コーティングによって高い親水性を賦与することができる。このとき、油滴はこの表面に全く馴染まず接触角の測定が不可能なほどの撥油性を示した。一方、PF6-を用いたイオン液体コーティングによって、一定の撥水性と同時に一定の撥油性を賦与することができるという興味深い結果を得た。そのようなイオン液体を含有する被覆剤を利用することにより、被覆剤PDMS表面に液中で水にも油にも馴染まない性質を賦与することが可能になり、従来にはない新しいコーティング技術になると考えられる。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3