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明細書 :融合微生物、その融合微生物を用いた発酵産物の製造方法及びその発酵産物

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2014-132835 (P2014-132835A)
公開日 平成26年7月24日(2014.7.24)
発明の名称または考案の名称 融合微生物、その融合微生物を用いた発酵産物の製造方法及びその発酵産物
国際特許分類 C12N   1/21        (2006.01)
C12P   7/54        (2006.01)
FI C12N 1/21
C12P 7/54
請求項の数または発明の数 10
出願形態 OL
全頁数 11
出願番号 特願2013-000843 (P2013-000843)
出願日 平成25年1月8日(2013.1.8)
発明者または考案者 【氏名】東 慶直
【氏名】波多野 裕美
出願人 【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100133798、【弁理士】、【氏名又は名称】江川 勝
審査請求 未請求
テーマコード 4B064
4B065
Fターム 4B064AD04
4B064CA02
4B064CA20
4B064DA16
4B065AA02X
4B065AA02Y
4B065AB08
4B065AC07
4B065BA08
4B065BB15
要約 【課題】高糖濃度耐性を有さないまたは低いAcetobacter属の菌株に、高糖濃度耐性の形質を導入した融合微生物を提供することを目的とする。
【解決手段】Acetobacter属の菌株の菌とAcetobacter属の菌株よりも高い高糖濃度耐性を有するAcetobacteraceae科に属するAcetobacter属以外の属の菌株の菌とを融合させることにより形成され、高濃度の糖を含む培養液に対する耐性が融合前のAcetobacter属の菌株よりも高いことを特徴とする融合微生物を得る。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
Acetobacter属の菌株の菌と前記Acetobacter属の菌株よりも高い高糖濃度耐性を有するAcetobacteraceae科に属するAcetobacter属以外の属の菌株の菌とを融合させることにより形成され、高糖濃度耐性が融合前の前記Acetobacter属の菌株よりも高いことを特徴とする融合微生物。
【請求項2】
前記Acetobacter属以外の属の菌株が、Tanticharoenia属,Asaia属,またはGluconacetobacter属の菌株である請求項1に記載の融合微生物。
【請求項3】
高温耐性及びエタノール耐性が融合前の前記Acetobacter属以外の属の菌株よりも高い請求項1または2に記載の融合微生物。
【請求項4】
前記高糖濃度耐性が、30質量%グルコース濃度を含む環境に対する耐性である請求項1~3の何れか1項に記載の融合微生物。
【請求項5】
前記Acetobacter属の菌株がAcetobacter pasteurianusである請求項1~4の何れか1項に記載の融合微生物。
【請求項6】
前記Acetobacter属以外の属の菌株がTanticharoenia sakaeratensisである請求項1~5の何れか1項に記載の融合微生物。
【請求項7】
酢酸発酵能を有する請求項1~6の何れか1項に記載の融合微生物。
【請求項8】
糖を含む発酵原料に、請求項1~7の何れか1項に記載の融合微生物を接種して発酵環境を形成する工程と、前記発酵環境で発酵を進行させる工程とを含むことを特徴とする発酵産物の製造方法。
【請求項9】
前記糖を含む発酵原料が20質量%以上のグルコースを含む請求項8に記載の発酵産物の製造方法。
【請求項10】
請求項1~7に記載の融合微生物を用いた発酵作用により産生されることを特徴とする発酵産物。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、融合微生物及びそれを用いた発酵産物の製造方法等に関する。詳しくは、Acetobacter(A.)属の菌株を用いて得られる、高糖濃度耐性を獲得させた融合微生物及びそれを用いた発酵産物の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
Acetobacteraceae科に属する細菌群には、様々なアルコール,糖,糖アルコールを酸に酸化する代謝能力を有する酢酸菌が存在し、このような酢酸発酵能を有する酢酸菌は世界中で食酢醸造に使用されている。酢酸発酵能を有する代表的な酢酸菌であるAcetobacter属の菌は自然界においては、エタノール発酵を行う酵母と共棲し、エタノールを酢酸等に代謝する。工業的には、Acetobacter属の菌は、エタノールを酢酸発酵させることによる酢酸の製造に広く用いられている。
【0003】
酢酸発酵能を有する酢酸菌を用いた工業的な酢酸発酵は、温度,基質濃度,pHなどの発酵環境を制御しながら行われる。酢酸菌の発酵産物である酢酸等の生産性が優位になる発酵条件は、生育限界に近いことが多い。生育限界を超える環境によるストレスは、酢酸菌の発酵能力を低下させたり、酢酸菌を死滅させたりすることがある。従って、工業的な酢酸発酵においては、通常、酢酸菌の発酵能力と生育限界とのバランスを考慮しながら、安定的に生産できる培養条件を選択している。しかしながら、培養条件が生育限界に近い場合には、適切な培養環境を維持しようとしても、意図せずに環境が変化して生育限界を超えることがあり、このような場合には酢酸菌を死滅させてしまうこともあった。
【0004】
酢酸発酵においては、正確な温度管理が重要であることが知られている。例えば、Acetobacter属の酢酸菌は、通常25~30℃程度の範囲に温度管理されて培養される。しかし、夏期には気温がしばしば30℃を超え、さらに発酵熱によっても温度が上昇するために、冷却しなければ、酢酸発酵が進むにつれて発酵槽が40~45℃以上となってしまうこともあった。温度が30℃を超えた場合には、通常、発酵能力が低下するとともに生育能力も低下する。
【0005】
従来、Acetobacter属の酢酸菌に高温耐性の形質を獲得させる方法はいくつか提案されている。例えば、下記特許文献1は、Acetobacter属に属する実用酢酸菌から、温度耐性に関与する新規な遺伝子をクローニングし、該遺伝子を他の酢酸菌に導入してなる形質転換株を得ることにより、顕著に高温耐性の形質を付与できたことを開示する。しかしながら、クローニングした遺伝子を酢酸菌に導入するような遺伝子工学的手法によって得られた菌株を食品産業に用いる場合にはべクターの安全性等を充分に確認する必要があるために、実用化には手間がかかる。
【0006】
また、下記特許文献2は、Acetobacter pasteurianus SKU 1108を段階的に培養温度を上昇させて繰り返し培養することにより、高温適応能力を付与されたAcetobacter pasteurianusの変異株を得る方法を開示する。
【0007】
また、下記非特許文献1は、高温耐性は有するが酢酸発酵能が低い酢酸菌株であるAcetobacter acetiと、酢酸発酵能は高いが高温耐性が低い酢酸菌株であるAcetobacter xylinusとを融合させる方法により、高温耐性を有し且つ酢酸発酵能を示す菌株が得られたことを開示している。
【0008】
ところで、特殊なストレス環境に存在する微生物は、そのストレスに対して高い抵抗性を示すことがある。例えば、下記非特許文献2に開示されているように、オーキッドフラワーから分離された病原性のない酢酸菌の一種であるTanticharoenia属(T.)の菌は、グルコース濃度30%の培養液中でも増殖する高糖濃度耐性を有することが知られている。しかし、Tanticharoenia属の菌はエタノール耐性も酢酸発酵能も低い。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】再表2004‐053122号公報
【特許文献2】特開2010‐110298号公報
【0010】

【非特許文献1】M. Fukaya., et al., Agric. Biol. Chem., 53(9), 2435-2440(1989)
【非特許文献2】H. Hadano., et al., Memory of The Faculty of B.O.S.T of KinkiUniversity NO.28,95-104(2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
Acetobacter属の菌株はグルコース濃度20%(質量%、以下同様)においては、増殖するものが知られている。しかし、例えば、グルコース濃度30%に近いような高糖濃度の環境に対する耐性は低く、通常、生育しない。そのために、例えば、イタリアの高級食酢であるバルサミコ酢は、高糖濃度であるブドウの濃縮果汁等を含むスターターを原料として生産するが、極めて長い醸造時間を掛けて発酵が行われている。
【0012】
高糖濃度耐性のような、特殊なストレスに対する微生物の耐性は、複数の遺伝子によって支配される多因子性形質であることが多い。高糖濃度耐性の場合には、糖代謝や細胞の浸透圧に影響する細胞壁構造等の複数の因子が関わっていると予想され、これらの各因子を発現させる遺伝子は通常ゲノムDNA上に分散している。従って、上述したような遺伝子工学的手法や繰り返し培養、あるいは同属異株の菌株に属する菌同士の細胞融合のような手法を用いても、Acetobacter属の菌に高糖濃度耐性を獲得させることは困難であった。
【0013】
例えば、Acetobacter属に属する酢酸菌に高糖濃度耐性の形質を獲得させるために、特許文献1に開示された技術のように、Acetobacter属に属する酢酸菌から高糖濃度耐性に関与する遺伝子をクローニングし、その遺伝子を他のAcetobacter属に属する酢酸菌に導入して形質転換株を得るような方法も考えられる。しかしながら、上述したように遺伝子工学的手法を用いた場合には安全性の観点から実用化に手間がかかるという問題があった。また、このような手法により形質転換を試みる場合には、通常、1つの遺伝子によって支配される形質のみの導入が可能であり、高糖濃度耐性の形質のような多くの遺伝子が関与する複雑な多因子性形質の導入は極めて困難であった。
【0014】
また、例えば、Acetobacter属に属する酢酸菌に高糖濃度耐性の形質を獲得させるために、特定のAcetobacter属の菌株を段階的に糖濃度を上昇させながら培養を繰り返すことにより、高糖濃度に対して適応能力を示す変異株を得るような方法も理論的には考えうる。このような方法により、Acetobacter属の菌株を長期間に亘って生育不可能ぎりぎりの糖濃度に曝露することにより、高糖濃度耐性を獲得したAcetobacter属の菌株が確立されるかもしれない。しかしながら、このような方法により目的とする形質が得られるかどうかは、偶然性によるところが大きく、目的とする形質が得られる確実性が低い。とくに、多くの遺伝子が関与する複雑な多因子性形質とされる高糖濃度耐性を獲得させることは困難であることが予想される。また、例え高糖濃度耐性が得られたとしても、酢酸発酵能が消失したりするような好ましくない形質転換を生じる可能性も考えられる。
【0015】
また、非特許文献1は、Acetobacter acetiとAcetobacter xylinusとを融合させる方法を開示するが、この技術はAcetobacter属の同属異株に属する菌株同士の融合細胞に関するものである。このような同属異株の菌株同士の細胞融合技術を用いるのみでは、複数の遺伝子によって支配される多因子性形質を獲得させることは難しいと思われる。
【0016】
本発明は、高糖濃度耐性の低いAcetobacter属の菌株に、多くの遺伝子が関与する多因子性形質と考えられる高糖濃度耐性の形質を獲得させて得られる融合微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、高糖濃度耐性に関わる多因子の遺伝子をAcetobacter属の菌に導入するために、高糖濃度耐性を有しないAcetobacter属の菌に、高糖濃度耐性を有するTanticharoenia属やAsaia属やGluconacetobacter属等の菌(以下、単に異属高糖濃度耐性菌とも称する)を属を超えて融合させることを試みたところ、驚くべきことに、Acetobacter属の菌株の酢酸発酵能を低下させることなく、高糖濃度耐性の形質を獲得させた新規な融合微生物の株が得られることを見出した。
【0018】
すなわち、本発明の融合微生物は、Acetobacter属の菌と異属高糖濃度耐性菌とを融合させることにより形成され、高糖濃度耐性が融合前のAcetobacter属の菌株よりも高いものである。また、その融合微生物は、好ましくは高温耐性及びエタノール耐性が融合前の異属高糖濃度耐性菌の株よりも高い。Acetobacter属の菌株とTanticharoenia属やAsaia属やGluconacetobacter属の菌株とは属が異なるために、ゲノムフュージョンあるいはゲノムシャッフリングさせることは困難であると思われた。しかし、Acetobacter属の菌株の菌とTanticharoenia属やAsaia属やGluconacetobacter属の菌株の菌とを融合させてみると、驚くべきことに属を超えて、ゲノムフュージョンあるいはゲノムシャッフリングを引き起こして、高糖濃度環境下において増殖及び発酵するような有用形質を獲得した融合微生物が得られた。
【0019】
また、本発明の発酵産物の製造方法は、糖を含む発酵原料に上記融合微生物を接種して発酵環境を形成する工程と、その発酵環境で発酵を進行させる工程とを含む。このような製造方法においては、例えば20%以上のグルコースを含むような高糖濃度の発酵原料をスターターとして用いても、酢酸発酵を効率的且つ安定的に持続させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高糖濃度耐性が低いAcetobacter属の菌株の酢酸発酵能を失わせることなく、高糖濃度耐性を獲得させた融合微生物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1はAcetobacter属の菌とTanticharoenia属の菌とを融合させる工程を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
〈融合微生物の製造方法〉
以下に本発明に係る融合微生物の製造方法の一実施形態を説明する。
本実施形態の融合微生物は、酢酸発酵能を有するが高糖濃度環境に対する耐性の低いAcetobacter属の菌と酢酸発酵能を有さないが高糖濃度耐性を有するTanticharoenia属等の高い高糖濃度耐性を有する異属高糖濃度耐性菌とを細胞融合させることにより形成され、高糖濃度環境において酢酸発酵能を有する融合微生物である。また、好ましくは、高温耐性及びエタノール耐性が融合前の異属高糖濃度耐性菌の株よりも高い融合微生物である。

【0023】
本実施形態の融合微生物の製造方法について、図1を参照しながら詳しく説明する。図1はAcetobacter属の菌とTanticharoenia属の菌とを融合させる工程を説明するための説明図である。なお、本実施形態においては、代表例として、Acetobacter属の菌とTanticharoenia属の菌との融合について詳しく述べるが、異属高糖濃度耐性菌としてTanticharoenia属の菌株の代わりに、Asaia属やGluconacetobacter属の菌株を用いても同様の工程で異属の菌株に属する菌同士を融合させた高糖濃度耐性と酢酸発酵能とを有する融合微生物が得られる。

【0024】
本実施形態の融合微生物の作成においては、はじめに、図1(a)に示すように、ゲノム1aを有するAcetobacter属の菌株1とゲノム2aを有するTanticharoenia属の菌株2とを準備する。そして、図1(b)に示すように2種の菌株の菌体をそれぞれ常法に従ってプロトプラスト化させて、プロトプラスト化されたAcetobacter属の菌3、及びプロトプラスト化されたTanticharoenia属の菌4(これらをプロトプラスト細胞とも称する)を得る。そして、図1(c)に示すようにプロトプラスト細胞3とプロトプラスト細胞4とを融合させて融合されたプロトプラスト細胞5を得る。そして、図1(d)に示すように、適切な培地で細胞壁を再形成させることにより、細胞壁が再生された融合微生物6を得る。そして、図1(e)に示すように、高糖濃度の選択培地で高糖濃度耐性を獲得した融合微生物をスクリーニングすることにより高糖濃度耐性を獲得した融合微生物7が得られる。

【0025】
Acetobacter属に属する菌は、通常、酢酸発酵能を有するが、高糖濃度耐性が低い菌である。Acetobacter属に属する菌株の具体例としては、例えば、Acetobacter calcoaceticus,Acetobacter cerevisiae,Acetobacter cibinongensis,Acetobacter estunensis,Acetobacter fabarum,Acetobacter ghanensis,Acetobacter indonesiensis,Acetobacter lovaniensis,Acetobacter malorum,Acetobacter nitrogenifigens,Acetobacter oeni,Acetobacter okinawensis,Acetobacter orientalis,Acetobacter orleanensis,Acetobacter papayae,Acetobacter pasteurianus,Acetobacter peroxydans,Acetobacter persicus,Acetobacter pomorum,Acetobacter senegalensis,Acetobacter aceti,Acetobacter syzygii,Acetobacter tropicalis等が挙げられる。一方、Acetobacter属の菌株よりも高い高糖濃度耐性を有するAcetobacteraceae科に属するAcetobacter属以外の属の菌株としては、Tanticharoenia属やAsaia属やGluconacetobacter属に属する菌株が挙げられる。これらの菌株は、酢酸発酵能を有さずまたは低く、エタノール耐性も低いが、高糖濃度耐性を有する菌である。Tanticharoenia属に属する菌株としては、例えば、Tanticharoenia sakaeratensisが挙げられ、Asaia属に属する菌株としては、例えば、Asaia bogorensis等が挙げられ、Gluconacetobacter属に属する菌株としては、例えば、Gluconacetobacter xylinus等が挙げられる。これらの中でも特に好ましい菌株の組み合わせの具体例としては、例えば、Acetobacter pasteurianusとTanticharoenia sakaeratensisとの組み合わせが例示できる。なお、各菌株は、(独)製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター生物遺伝資源部門(NBRC)から、例えば、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283,Tanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193,Asaia bogorensis NBRC16594,Gluconacetobacter xylinus NBRC3288等として入手できる。

【0026】
Acetobacter属の菌体及びTanticharoenia属の菌体は、酢酸菌の培養方法を用いて、前培養することにより準備される。これらの培養方法としては、従来から知られた酢酸菌の培養方法が特に限定なく用いられる。具体的には、例えば、各菌体をYPGD液体培地(酵母エキス0.2~0.5%、ポリペプトン0.2~0.5%、グリセロール0.2~1.0%、グルコース0~0.5%、水を含む液体培地)に無菌的に接種し、必要に応じてエタノールを加えて適切な温度で数時間培養して培養液を得る。なお、発酵により産生される酢酸等の発酵産物により培地のpHが培養中に低下することを抑制するために、培地に適当な緩衝剤や炭酸カルシウム等のアルカリ剤を添加したり、培地を連続的又は定期的に交換することが好ましい。

【0027】
培養温度は各菌株が効率的に増殖する温度が特に限定なく選択されるが、例えば、20~42℃、さらには30~32℃が好ましく選ばれる。また、各菌株の培養の際のpHは各菌株が効率的に増殖するpH範囲に適宜制御することが好ましく、例えば培地のpHが5~7の範囲になるように制御することが好ましい。

【0028】
このようにして得られた培養液から遠心分離により各菌体を集菌した後、緩衝液を添加することにより菌体懸濁液が調製される。緩衝液としては、例えば、トリス(Tris)とエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含むトリス塩酸緩衝液のようなTE系緩衝液が好ましく用いられる。また、緩衝液としては、TE系緩衝液にグリセロールを添加した、所謂、TGE緩衝液が、各菌株のプロトプラスト化を効率化し、菌株に与えるダメージを抑制できる点から好ましい。

【0029】
そして、準備されたAcetobacter属の菌株及びTanticharoenia属の菌株のそれぞれの菌体懸濁液にリゾチーム等の細胞壁溶解酵素を作用させて、例えば、4~30℃、好ましくは20~25℃の範囲で、10~60分間程度インキュベートすることにより、図1(b)に示したように各菌株のプロトプラスト細胞3,4が得られる。細胞壁溶解酵素の具体例としては、例えばリゾチームやN-acetyl-muramidase等が挙げられる。これらはそれぞれ単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中では、リゾチームがプロトプラスト化の効率に優れる点から好ましい。

【0030】
このようにして得られた、図1(c)に示すようなAcetobacter属の菌株及びTanticharoenia属の菌株のそれぞれのプロトプラスト細胞3,4は、一般的な細胞融合の手法を用いて融合される。具体的には、例えば、はじめに各菌株のプロトプラスト細胞の懸濁液を菌体数が実質的に等量になるように混合して菌体混合液を調製する。そして、調製された菌体混合液を用いて、ポリエチレングリコール(PEG)法や電気パルス法のような一般的な細胞融合法を用いてAcetobacter属の菌株のプロトプラスト細胞とTanticharoenia属の菌株のプロトプラスト細胞とを融合させることができる。これらの中では、融合率が高くなる点からPEG法がとくに好ましい。PEG法においては、例えば、各菌株のプロトプラスト細胞の菌体混合液に、PEGを添加したTGE緩衝液とグルコースを添加したYPGD液体培地等の栄養源とを添加し、20~30℃で1~30分間程度インキュベートすることにより、例えば、融合率0.1~10%程度で融合細胞が得られる。

【0031】
そして、図1(d)に示すように、融合させたプロトプラスト融合細胞を高張状態の再生培地で培養して細胞壁を再構築させることにより、細胞壁が再生された融合微生物6が得られる。再生培地としては、例えば10~30%、さらには15~25%のグルコースを添加したYPGD液体培地が好ましく用いられる。融合反応後のプロトプラスト菌体液を再生培地に添加し、例えば25~35℃の培養器でインキュベートすることにより、細胞壁が再生された融合微生物のコロニーが形成される。

【0032】
最後に、細胞壁が再生された融合微生物のコロニーから最も生育性の良かった融合微生物を種菌として選択して高糖濃度の選択培地で培養し、旺盛な生育を示すものをスクリーニングして分離する。ここで、高糖濃度の選択培地としては、例えば、グルコース20~40%、さらには25~35%含有するようなYPGD寒天培地が好ましく用いられる。また、培養温度は特に限定されないが、高温耐性を有する融合微生物を選択する観点からは、40~45℃程度であることが好ましい。そして、最も生育性の良かったコロニーの融合微生物を選択することにより、高糖濃度耐性を有する融合微生物をスクリーニングすることができる。このようにして得られた本実施形態の融合微生物は、通常、母細胞であるAcetobacter属の菌株の高温耐性、エタノール耐性、酢酸発酵能等の形質を失わない。

【0033】
そして、スクリーニングにより得られた融合微生物を種菌として、例えばYPGD寒天培地に接種し、継代培養して生育を安定させることにより、安定化した高糖濃度耐性に優れた融合微生物の株を確立することができる。このようにして得られた融合微生物は高糖濃度耐性に優れるために、高糖濃度下において増殖することが可能である。また、通常、母細胞のAcetobacter属の菌株の高温耐性、エタノール耐性、酢酸発酵能の有用形質も失わない。従って、後述するように、例えば、高糖濃度の培地を用いて、効率的且つ安定的に酢酸発酵を進行させることができる融合微生物が得られる。

【0034】
<酢酸発酵産物の製造法>
次に、本実施形態の融合微生物を用いた酢酸発酵産物の製造方法について詳しく説明する。本発明に係る酢酸発酵産物の製造方法は、糖を含む発酵原料に本実施形態で得られた融合微生物を接種して発酵環境(発酵培地)を形成する工程と、その発酵環境で発酵を進行させる工程とを備える。

【0035】
具体的には、はじめに、適切な菌濃度の融合微生物の培養液を調製する。融合微生物の培養液中の菌濃度はとくに限定されないが、例えば、OD600=0.5~0.8程度であることが好ましい。

【0036】
そして、このようにして調製された融合微生物の培養液を糖原料を含む発酵培地に接種する。糖原料を含む発酵培地としては、糖を含む炭素源、窒素源、無機物等の融合微生物の菌株が生育に要求する栄養源を適切に含有する培地であれば、合成培地でも天然培地でもよい。また、培地中には、エタノールを3~5%添加することが好ましい。

【0037】
糖原料としては人工または天然の糖原料が用いられる。人工の糖原料としてはグルコース、スクロース、フルクトース等の各種炭水化物が挙げられる。また、天然の糖原料としては糖を豊富に含有するブドウ等の果実や野菜またはこれらの果皮、またはブドウの濃縮果汁等の糖濃度の高い果汁等が挙げられる。また、窒素源としては、ペプトン、発酵菌体分解物などの天然窒素源を用いることができる。

【0038】
なお、糖原料を含む発酵培地中の糖濃度は特に限定されないが、本実施形態で得られた融合微生物は、高糖濃度耐性に優れているために、高糖濃度の状態、好ましくはグルコースを10%~40%、より好ましくは25%~35%を含むような発酵培地で発酵させることが発酵効率に優れ、また、雑菌の混入も防止できる点から好ましい。

【0039】
培養は、静置培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等の好気的条件下で行なうことができる。培養に用いられる発酵原料や容器は、はじめに水洗いまたは殺菌剤、例えば次亜塩素酸ソーダ等による殺菌処理、または、加熱処理による殺菌処理が行われることが好ましい。

【0040】
培養温度としては、融合微生物の形質に応じて適宜選択されるが、通常20~42℃、さらには30~32℃程度で行なうことが好ましい。また、培地のpHは通常5~7の範囲が好ましく、各種酸、各種塩基、緩衝液等によって調整することもできる。発酵時間は、発酵培地の種類や発酵度等の条件により調整するが、例えば、1~28日間、さらには2~7日間で行うことが好ましい。このような培養によって、発酵培地中に発酵産物である酢酸等を蓄積させることができる。なお、菌の増殖が確認されて発酵が開始された後、糖原料が消費された段階で、さらに糖原料を発酵液に添加することにより、より効率的に発酵を継続させてもよい。

【0041】
また、高温での酢酸発酵を効率的に行うためには、培地中に空気を吹き込むエアレーション(通気)することが好ましい。酢酸等の酢酸発酵産物は菌体をろ過することで回収することができる。
【実施例】
【0042】
次に本発明に係る融合微生物の製造及び酢酸発酵産物の製造方法について、実施例によりさらに具体的に説明する。なお、本発明の範囲は実施例の内容により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
[実施例1]
Acetobacter pasteurianus NBRC 3283のOD600=1~5の培養液を20mlのYPGD液体培地が入った500mlのフラスコに無菌的に接種してOD600=0.2に調整した。そして、そのフラスコを200rpmで振とうさせながら30℃で5時間前培養した。なお、YPGD液体培地としては、0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、10%グリセロール、0.5%グルコース、水を含む組成を用いた。またAcetobacter pasteurianus NBRC 3283の培養と同様の条件でTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193も前培養した。そして、各培養液を4℃に保ち、6000rpm、10分間の条件で遠心分離することにより各菌体を集菌した。そして、集菌された各菌体にTGE緩衝液を5ml添加することにより各菌体の菌懸濁液を調製した。なお、TGE緩衝液としては、0.1M トリス-塩酸(pH8)、0.55M グリセロール、1mM EDTAを含むものを用いた。
【実施例】
【0044】
次に、各菌懸濁液5mLにリゾチーム水溶液0.1mLを加え、酵素反応を開始させた。そして、25℃で15分間、微弱振とうを与えながら酵素反応を進行させることによりプロトプラスト化を行った。このようにして、各菌株のプロトプラスト細胞が得られた。
【実施例】
【0045】
そして、各菌株のプロトプラスト細胞をそれぞれ1mLずつ混合し、TGE緩衝液で洗浄した後、さらにTGE緩衝液に懸濁させることにより0.4mLの菌体混合液を調製した。
【実施例】
【0046】
そして、菌体混合液0.4mLに20%PEGを0.3mL添加し、25℃で1分間インキュベートし、グルコースを20%含有するYPGD液体培地を0.3mL添加することにより細胞融合を進行させた。このときの融合率は10%であった。そして、融合反応後のプロトプラスト菌体液0.1mLをグルコースを20%含有するYPGD液体培地に接種して30℃の培養器中で3日間インキュベートすることにより、細胞壁を再生させて融合株のコロニーを形成させた。そして最も生育性の良かったコロニーの菌を種菌として高糖濃度の選択培地を用いて41℃で培養した。なお、高糖濃度の選択培地としては30%のグルコースを含むYPGD寒天培地(0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%グリセロール、30%グルコース、2%アガロース)を用いた。そして、30℃で2日間の継代培養を数回繰り返すことにより生育を安定させて、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の菌とを融合させた融合微生物であって、高糖濃度耐性に優れた菌の株(菌株A)を得た。
【実施例】
【0047】
そして、得られた菌株A、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283、及びTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の3種の株について、下記の3つの培地のそれぞれで30℃または39℃で発酵培養させたときの、耐性(生育性)及び発酵産物の生産能を評価した。
【実施例】
【0048】
〈発酵培地〉
・高グルコースYPGD寒天培地(0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%グリセロール、30%グルコース、2%アガロース)
・含エタノール高グルコースYPGD寒天培地(0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%グリセロール、30%グルコース、1%エタノール、2%アガロース)
・低グルコースYPGD寒天培地(0.5%酵母エキス、0.5%ポリペプトン、0.5%グリセロール、0.5%グルコース、2%アガロース)
【実施例】
【0049】
なお、発酵産物の生産能については、発酵培地を中和するときに要したNaOH量から酢酸当量を求め、その酢酸当量に相当する酢酸濃度を算出することにより評価した。具体的には、濃度既知の酢酸を標準液として、フェノールフタレインを指示薬として用いて0.8N NaOH溶液でアルカリ滴定し、検量線を作製した。そして、発酵培地をフェノールフタレインを指示薬として用いて0.8N NaOH溶液でアルカリ滴定し、発酵培地の中和に要した0.8N NaOH溶液の滴定量を求めた。そして、中和に要した0.8N NaOH溶液の滴定量から検量線を用いて発酵培地中の酢酸当量を求め、そのときの酢酸当量に相当する酢酸濃度で表した。結果を表1に示す。
【実施例】
【0050】
【表1】
JP2014132835A_000003t.gif
【実施例】
【0051】
実施例1の結果から、母細胞であるAcetobacter pasteurianus NBRC 3283株は、グルコース濃度30%の高グルコースYPGD寒天培地及び含エタノール高グルコースYPGD寒天培地のいずれの培地においても生育せず、高糖濃度耐性を示さないことがわかる。また、母細胞であるTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株は、30℃の高グルコースYPGD寒天培地においてのみ生育し、エタノールを含む含エタノール高グルコースYPGD寒天培地や、39℃の環境においては生育せず、高温耐性やエタノール耐性を示さないことがわかる。また、Tanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の酢酸発酵は確認されなかった。
【実施例】
【0052】
一方、本発明に係るAcetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の菌とを融合させた融合微生物から選択された菌株Aは、高グルコースYPGD寒天培地及び含エタノール高グルコースYPGD寒天培地のいずれの培地においても、39℃においても生育し、酢酸発酵も確認された。
【実施例】
【0053】
以上の結果から、実施例1で得られたAcetobacter pasteurianus NBRC 3283株とTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株とを融合させて選択された融合微生物である菌株Aは、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の有用形質である、酢酸発酵能、エタノール耐性、高温耐性を失うことなく、Tanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の高糖濃度耐性を獲得していることがわかる。
【実施例】
【0054】
[実施例2]
実施例1において、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の菌とを融合させた融合微生物を得る代わりに、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とAsaia bogorensis NBRC 16594株の菌とを融合させた融合微生物を得、同様の選択培地でスクリーニングして高糖濃度耐性に優れた菌株(菌株B)を得た。この場合においても、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の有用形質である、酢酸発酵能、エタノール耐性、高温耐性を失うことなく、Asaia bogorensis NBRC16594株の高糖濃度耐性を獲得した菌株Bが得られ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。
【実施例】
【0055】
[実施例3]
実施例1において、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とTanticharoenia sakaeratensis NBRC 103193株の菌とを融合させた融合微生物を得る代わりに、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の菌とGluconacetobacter xylinus NBRC 3288株の菌とを融合させた融合微生物を得、同様の選択培地でスクリーニングして高糖濃度耐性に優れた菌株(菌株C)を得た。この場合においても、Acetobacter pasteurianus NBRC 3283株の有用形質である、酢酸発酵能、エタノール耐性、高温耐性を失うことなく、Gluconacetobacter xylinus NBRC3288株の高糖濃度耐性を獲得した菌株Cが得られ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の融合微生物によれば、従来困難であった果汁系スターターのような糖濃度の高い原料からの食酢発酵等の酢酸発酵が可能になる。また、発酵生産においては、糖濃度に対するロバスト化が可能になる。
【符号の説明】
【0057】
1 Acetobacter属の菌
1a Acetobacter属の菌のゲノム
2 Tanticharoenia属の菌
2a Tanticharoenia属の菌のゲノム
3 プロトプラスト化されたAcetobacter属の菌
4 プロトプラスト化されたTanticharoenia属の菌
5 融合されたプロトプラスト
6 細胞壁が再生された融合微生物
7 高糖濃度耐性を獲得した融合微生物

図面
【図1】
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