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明細書 :水不溶性シルクタンパク質

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2015-093857 (P2015-093857A)
公開日 平成27年5月18日(2015.5.18)
発明の名称または考案の名称 水不溶性シルクタンパク質
国際特許分類 C07K  14/435       (2006.01)
D01F   4/02        (2006.01)
FI C07K 14/435
D01F 4/02
請求項の数または発明の数 8
出願形態 OL
全頁数 25
出願番号 特願2013-234529 (P2013-234529)
出願日 平成25年11月13日(2013.11.13)
発明者または考案者 【氏名】塚田 益裕
【氏名】森川 英明
【氏名】山中 茂
【氏名】岸本 祐輝
出願人 【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
審査請求 未請求
テーマコード 4H045
4L035
Fターム 4H045AA10
4H045BA10
4H045CA51
4H045EA34
4H045FA71
4H045GA45
4H045HA30
4L035AA04
4L035BB02
4L035DD13
要約 【課題】フィブロイン膜あるいはフィブロインナノファイバーを、水に不溶化させ、試料が脆くならず、透明性かつ柔軟性を付与できるシルクタンパク質の提供。
【解決手段】本発明に係るシルクタンパク質は、水不溶性とともに柔軟性及び透明性を有することを特徴とし、シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒を乾燥固化させてなるシルクタンパク質膜、または、シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒をエレクトロスピニングしてなるシルクタンパク質ナノファイバーを、グリセリン/アルコール混合溶液で浸漬処理した後、グリセリン/アルコール混合溶液から取り出して標準状態で乾燥させてなることを特徴とする。
【選択図】図3
特許請求の範囲 【請求項1】
水不溶性とともに柔軟性及び透明性を有するシルクタンパク質
【請求項2】
家蚕あるいは野蚕に由来することを特徴とする請求1記載のシルクタンパク質
【請求項3】
膜状あるいはナノファイバー状の形態であることを特徴とする請求1または2記載のシルクタンパク質
【請求項4】
シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒を乾燥固化させてなるシルクタンパク質膜、または、シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒をエレクトロスピニングしてなるシルクタンパク質ナノファイバーを、
グリセリン/アルコール混合溶液で浸漬処理した後、グリセリン/アルコール混合溶液から取り出して標準状態で乾燥させてなることを特徴とする請求項1記載のシルクタンパク質。
【請求項5】
グリセリン/アルコール混合溶液から、シルクタンパク質膜またはシルクタンパク質ナノファイバーを取り出して標準状態で乾燥させた後、アルコール溶液に浸漬し、素材に含有されたグリセリンを除去してなることを特徴とする請求項4記載のシルクタンパク質。
【請求項6】
前記シルクタンパク質ナノファイバーを、組成比50/50~90/10のグリセリン/アルコール混合溶液で2~10分間浸漬処理した後、グリセリン/アルコール混合溶液から取り出して標準状態で乾燥させてなることを特徴とする請求項4または5記載のシルクタンパク質。
【請求項7】
前記シルクタンパク質膜を、組成比75/25~100/0のグリセリン/アルコール混合溶液で2~10分間浸漬処理した後、グリセリン/アルコール混合溶液から取り出して標準状態で乾燥させてなることを特徴とする請求項4または5記載のシルクタンパク質。
【請求項8】
シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒を乾燥固化させてなるシルクタンパク質膜、または、シルクタンパク質水溶液あるいはシルクタンパク質を含む有機溶媒をエレクトロスピニングしてなるシルクタンパク質ナノファイバーを、
ポリエチレングリコール/アルコール混合溶液、あるいはポリプロビレングリコール/アルコール混合溶液で浸漬処理した後、該混合溶液から取り出して標準状態で乾燥させてなることを特徴とする請求項1記載のシルクタンパク質。

発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、水不溶化及び柔軟化処理したシルクタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコ由来のシルクタンパク質(フィブロインあるいは単にシルクということもある)は、生体に対して安全性の高い材料であるため、我が国では生体に埋め込んで使用する外科用の縫合糸として利用されてきた。また、フィブロインを酵素や医薬品の固定化材料などとして用いることも可能である。カイコが作った繭糸あるいは絹糸状繊維を精練してセリシンを取り除いてできるフィブロイン繊維を中性塩の濃厚水溶液に溶解させ、それをセルロースの透析膜に入れて水と置換すると純粋なフィブロイン水溶液ができる。このフィブロイン水溶液を高分子膜表面に拡げて乾燥固化すると透明なフィブロイン膜が製造でき、フィブロイン膜を溶解した有機溶媒をエレクトロスピニングするとフィブロインのナノファイバーを製造することができる。
【0003】
フィブロイン繊維は、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウムなどの加熱した中性塩水溶液に溶解することができる。すなわち、加熱した濃厚な中性塩水溶液中にフィブロイン繊維を入れて溶解させてなるフィブロイン水溶液をセルロース透析膜に入れて、両端を縫糸でくくり、4-5日間、水道水または純水で置換し、中性塩に基づくイオンを除くことで純粋なフィブロイン水溶液が得られる。このフィブロイン水溶液を例えばポリエチレン膜の基質表面に拡げ、送風乾燥して、水分を蒸発せしめることにより、透明なフィブロイン膜を製造することができ、フィブロイン水溶液にアルコールを加えた後、凍結乾燥するとフィブロインスポンジが製造できる。また下記記載のとおり、フィブロインスポンジ、フィブロイン膜、あるいはフィブロイン繊維をトリフルオロ酢酸(TFA)で溶解してエレクトロスピニングするとフィブロインナノファイバー(シルクナノファイバーともいう)が製造できる。
【0004】
上記記載の方法で作製したフィブロイン膜、フィブロインスポンジ、あるいはフィブロインナノファイバーは水に溶解するため、これらのフィブロインの用途は限られている。各種産業資材として利用価値を高めるためにはフィブロイン素材を水に溶解しない水不溶化試料とするための処理が必要である。
フィブロイン素材を水不溶性にするには、フィブロイン素材をアルコール等の有機溶媒中に所定時間浸漬した後、室温で軽く乾燥する方法が採られる。この方法によれば、アルコール処理に伴いフィブロイン分子間の凝集性が高まり、その結果、フィブロイン素材は水に不溶性となる。しかし、アルコール処理では、フィブロイン素材にアルコールが浸入しフィブロイン分子間の凝集性が高まり、フィブロインが結晶化すると、後述する実験例3で述べるように、フィブロイン素材が堅くなり試料の柔軟性が失われ、少し引っ張っただけで試料膜が切断してしまう等の問題があるため各種用途でフィブロインを応用する上での問題であった。なお、アルコール処理で素材が脆くなる程度が特に顕著なのは、フィブロイン膜とフィブロインナノファイバーである。
【0005】
フィブロインナノファイバーはエレクトロスピニングにより製造できる。まず始めにエレクトロスピニングの原理を説明する。所定濃度のフィブロイン溶液を入れた貯蔵タンクに陽極電極を取り付けこの陽極電極から一定の距離を隔てて陰極板(コレクター)を設置する。陰極と陽極との間に高電圧を印加して両電極間に電気引力を生じさせる。この電気引力がポリマー溶液の表面張力以上になると、静電力により紡糸口のノズルから陰極板に向かって霧状態のポリマージェットが噴射され、陰極板上にナノファイバーが積層される。その結果、繊維径がナノ~マイクロメートルのオーダーの微細なフィブロインナノファイバーが製造できる。ナノファイバーの比表面積は極めて大きく、かくして製造できるフィブロインナノファイバーは、再生医療工学、創傷材料等のヘルスケアー分野、バイオテクノロジー分野、エネルギー分野で広範囲に利活用できる。
【0006】
エレクトロスピニングで製造した直後のフィブロインナノファイバーは空気中の水分を吸収しただけで溶解してしまう程、水に対する溶解性が高いため、各種用途で広く応用するにはナノファイバーを不溶化することが必要不可欠である。シルクを水に不溶化する最も単純で効果的な従来法は、シルクの貧溶媒であるエタノールまたはメタノール溶液に試料を浸漬し、アルコール溶液から試料を引き上げて室温で乾燥するとよい。実験例3で述べるように、アルコール溶液による浸漬処理により水不溶化するため、シルクナノファイバーをメタノール、エタノール浸漬処理すると、試料は脆くなるため、このことがシルクを応用する上で最も考慮すべき点であった。
【0007】
フィブロイン膜を水不溶化させる他の手法としては、フィブロイン水溶液にグリセリン
を加えることで試料膜を水に不溶化する技術が開示された(非特許文献1)。フィブロイン繊維を加熱した中性塩水溶液で溶解し、透析処理して製造したフィブロイン水溶液にグリセリン/エタノール混合溶液を所定量直接添加してなるフィブロイン混合溶液を乾燥固化する方法で水不溶化し、かつ柔軟度に富むシルク膜を製造する技術が開示されている(非特許文献2)。また、天然のタンパク質の吸水性を改変するため、ビーナッツタンパク質膜を可塑剤として作用し、pHの異なるグリセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングルコール水溶液に浸漬する方法で調製した試料膜の吸湿性の変化が検討されている(非特許文献4)。さらに、フィブロイン水溶液にグリセリンを所定量加えて乾燥固化してなる絹フィブロイン膜の強度・伸度測定により、フィブロイン膜が柔軟性となることを明らかにした(非特許文献5)。
【0008】
シルクフィルムを水不溶化する従来技術は、シルク水溶液に所定量のグリセリンを直接添加した後、試料を乾燥固化することで水不溶化したシルクフィルムを製造する点では共通した処理法であった(非特許文献1~5)。従来法によると、シルク水溶液に加えるグリセリン量が少ないと水不溶化の効果が無く、グリセリン量が多いと試料が水不溶化するものの、試料内外部に余分のグリセリンが付着してしまうことが問題であった。さらにシルク水溶液にグルセリンを直接添加すると、シルクとグリセリンとの相互作用が強いため、分子レベルでシルクが急激に凝固し、あるいはシルクが急激に変性してしまうため、その結果、フィブロインの成形性が劣悪となるという問題があった。シルクに加えるグリセリンを最小量にして、かつシルクを水不溶化するうえで最大効果を生むような適切なグリセリン量を添加することが必要であった。
【先行技術文献】
【0009】

【非特許文献1】Shenzhou Lu, Xiaoquin Wang, Qiang Lu, Xiaohi Zhang, Jonathan A.Kluge, Neha Uppal, Fiorenzo Omenetto, and David Kaplan, Insoluble and flexible silk films containing glycerol, Biomacromolecules,2010, 11, 143-150.
【非特許文献2】Mariana F.Silva, Mariana A. de Moraes, Grinia M. Nogueira, AndreaC.D. Rodas, Olga Z.Higa, Marisa M. Beppu, Glycerin and Ethanol asaddtiives on silk fibroin films: Insoluble and Malleable Films, Journal ofApplied Plymer Science, 2013,DOI: 10.1002/APP.38139.
【非特許文献3】A. Jangchuld and M.S. Chinnan, Properties of Peanut Protein Film:Sorption Isotherm and Plasticizer Effect, Lebensm.-Wiss.u-Technol., 32, 89-94 (1999)
【非特許文献4】堤一代、小川あかね、福田 翼、森田洋、フィブロイン膜の不溶化にわる諸要因の解明、日本食品工業会誌、Vol. 11, (2), 105-112 (2010)
【非特許文献5】平出真一郎、絹フィブロインフィルムの柔軟化、日蚕雑、66(2), 138-140 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記記載の技術公開によると、試料はすべて家蚕に由来するフィブロインであり、かつ水不溶化したフィブロイン膜を製造するには、フィブロイン水溶液に所定量のグリセリンを直接添加した後、例えば基質膜表面にそれを拡げて乾燥固化する方法を採用している。
すなわち、上記記載のとおり、フィブロイン水溶液にグリセリンを添加すると、グリセリンはフィブロイン分子と強い相互作用を持ちフィブロイン分子を凝固させ、あるいはフィブロイン分子間に水素結合を急激に形成し、その結果、ランダム形態のフィブロイン分子がβ構造へと急激に転移するため、水に溶解するタイプのフィブロイン膜が水に不溶化することになったのである。
【0011】
従来法でフィブロイン水溶液にグリセリンを直接添加する際、グリセリンの添加量が少なすぎるとフィブロインの変性程度が十分でなく、所望する水不溶化の効果が発揮でないか、あるいは、グリセリンの添加量が多すぎるとフィブロイン水溶液中でフィブロイン分子が凝固してしまい所望する特性のフィブロイン膜が製造できないか、またグリセリンの添加量が多すぎるとフィブロイン膜が水不溶化するが、粘性が高いグリセリンが過剰となりフィブロイン膜の内部と表面にグリセリンが含有することとなり応用を図る上で不都合である。
【0012】
本発明は、これらの課題を解消すべくなされたものであり、フィブロイン水溶液を先ず基質膜上に拡げて乾燥固化させてなるフィブロイン膜、あるいは絹糸を素材にして調製したフィブロインをエレクトロスピニングしてなるフィブロインナノファイバーを、グリセリン/アルコール混合溶液に浸漬することで所望される水不溶化されたフィブロイン素材を製造することができ、必要最小量のグリセリンを使用しながらフィブロインを水に不溶化させ、試料が脆くならず、かつ柔軟性を付与できるシルクタンパク質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明は、従来法とは異なる方法、すなわちフィブロイ膜あるいはフィブロインナノファイバーをまず製造した後、これらのフィブロイン試料をグリセリン/アルコール混合溶液に浸漬する新たな方法を発見して発明を完成させたものである。すなわち、家蚕又は野蚕フィブロイン水溶液あるいは家蚕又は野蚕絹フィブロイン繊維・フィブロインスポンジを溶解してなる有機溶媒を基質膜表面に拡げ乾燥固化してなるフィブロイン膜を試料として用いることができる。また野蚕フィブロイン水溶液あるいは家蚕又は野蚕絹フィブロイン繊維・フィブロインスポンジを溶解してなる有機溶媒をエレクトロスピニングして製造した家蚕あるいは野蚕フィブロインナノファイバーを対象にして、所定濃度のグリセリン/アルコール混合溶液に一定時間浸漬処理し、グリセリン/アルコール混合溶液から試料を取り出し室温で軽く乾燥することによりシルク膜あるいはシルクナノファイバーを水不溶化させることを特徴とする。
【0014】
本願発明では、水不溶化処理には、グリセリン/アルコールに加えて、ポリエチレングリコール/アルコール、あるいはポリプロピレングリコール/アルコールによる混合溶液を用いても所望する効果が得られるが、好ましくはグリセリン/アルコール混合溶液が簡便に利用できる。
グリセリン/アルコール混合溶液に浸漬することで試料内部あるいは表面に付着するグリセリン成分は、所望により、素材をアルコールに所定時間浸漬することで完全に除去することが可能である。
【0015】
本発明に係るシルクタンパク質は、水不溶性とともに柔軟性及び透明性を備えることを特徴とする。
柔軟性とは、試料を手で折り曲げた時に試料が柔軟性を示すかあるいは脆いため折り曲げ部位で試料にヒビが入るか、または破れるか、あるいは試料が十分に柔軟性を有し上手く折れ曲がるかを目視で評価した。
透明性とは、試料の透明度を目視により観察したものである、10.5ポイントで記載した明朝体の文字を印字した印刷物の上に試料を接触させて乗せた際、試料を通して文字が透き通って見えるか、試料が透明性でないため文字が見えないかの違いで評価した。
前記シルクタンパク質は、家蚕あるいは野蚕に由来するシルクを用いてなることを特徴とし、前記シルクタンパク質は、膜状あるいはナノファイバー状の形態であることを特徴とする。
【0016】
本発明において用いることのできるシルクタンパク質としては、家蚕(Bombyx mori)幼虫から得られる家蚕絹糸ならびに家蚕の絹繊維製品の他に、野蚕に属する柞蚕、天蚕、エリ蚕、ムガ蚕、シンジュ蚕の幼虫から得られる野蚕絹糸ならびに野蚕絹繊維製品の何れも使用できる。また、家蚕あるいは野蚕の幼虫体内の絹糸腺に蓄積されたシルクタンパク質であってもよい。
家蚕あるいは野蚕の繭糸の周囲には膠状のセリシンが付着しているので、セリシンを次のようにして除去した後、フィブロイン水溶液を製造するとよい。先ず、加熱したアルカリ水溶液による精練処理でセリシンを除去してなるフィブロイン繊維を中性塩水溶液中に溶解した後、セルロース製の透析膜を用い水と置換する透析処理でフィブロイン水溶液が製造できる。または家蚕あるいは野蚕のカイコ体内より取り出した絹糸腺内の水溶性のフィブロインであっても同様に利用できる。
【0017】
フィブロイン膜は、フィブロイン繊維あるいは繊維製品を塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム等の加熱した中性塩水溶液で溶解し、それをセルロース透析膜で透析処理してなるフィブロイン水溶液を調製後、ポリエチレン基質膜上に拡げて乾燥固化することで製造できる。
【0018】
中性塩化合物の中で、シルクの溶解性が高い臭化リチウムを例にして絹糸の溶解条件を説明する。臭化リチウムを用いてフィブロイン繊維を溶解するには、臭化リチウム濃度は8.0~9.8M程度であればよく、溶解温度は45~70℃程度であればよい。溶解温度は60℃以下が好ましい。溶解温度が過度に高温になると絹タンパク質の分子量が低下し、素材の高分子性が失われてしまう危険性がある。分子量が過度に低下するとシルクの成形性が劣悪となる。
フィブロイン繊維を中性塩水溶液で溶解する際、中性塩水溶液の温度が必要以上に高温となるとフィブロインの分子量が低下し、素材の高分子性が失われてしまうことが懸念されるため、溶解温度は必要以上に高温にしないか、溶解時間を余りに長くないことが必要である。フィブロイン繊維を効率よく溶解するには、中性塩の中でもフィブロイン繊維の溶解性に優れたリチウム塩が好ましく用いられ、特に臭化リチウムが好ましい。8M以上、好ましくは8.5M以上の臭化リチウムであれば、55℃で15分程度の処理でフィブロイン繊維を完全に溶解することができる。
【0019】
加熱した濃厚なこれらの中性塩水溶液中でフィブロイン繊維を溶解させ、これをセルロース透析膜に入れ両端を縫糸でくくり、室温の水道水または純水中に4-5日間入れ水溶液と置換し、中性塩に基づくイオンを完全に除くことで純粋なフィブロイン水溶液を得る。このフィブロイン水溶液をポリエチレン膜等の基質表面に拡げ、必要に応じて送風乾燥すると試料に水分が蒸発し透明なフィブロイン膜を調製することができる。前記のフィブロイン水溶液を凍結乾燥することでフィブロインスポンジが調製することができる。
【0020】
フィブロイン水溶液に塩酸、酢酸、蟻酸等の有機酸を添加してフィブロイン水溶液のpHを2.5に調整し、エタノールを添加することでフィブロインを凝固させ5℃で1週間静置してなるフィブロイン水溶液を凍結乾燥するとフィブロインスポンジができる。
フィブロインナノファイバーは、フィブロイン膜あるいはシルクスポンジをトリフルオロ酢酸(以下TFA)で溶解してなるフィブロインTFA溶液をエレクトロスピニングすることで製造できる。
【0021】
上記の方法で製造した直後のフィブロイン膜あるいはフィブロインナノファイバーは試料環境の湿度を吸収し溶解してしまう程水に溶解し易いため次のようにして水不溶化処理を行う。
すなわち、フィブロイン膜あるいはフィブロインナノファイバーを容積比で表示できる組成比(以下、単に組成比と略記する)が異なるグリセリン/アルコール、ポリエチレングリコール/アルコール、あるいはポリプロピレングリコール/アルコールの混合溶液に所定時間浸漬することによりフィブロイン膜あるいはフィブロインナノファイバーを水に不溶化させることができ、かくして試料膜あるいは試料ナノファイバーには柔軟性と透明性が付与できる。
【0022】
フィブロインを水不溶化させるために使用できるグリセリン/アルコール混合溶液を例にシルクタンパク質を水不溶化させる具体的な方法を説明する。
家蚕あるいは柞蚕フィブロイン膜であれば、組成比が75/25~100/0のグリセリン/アルコール混合溶液で2~10分、好ましくは3~8分浸漬処理をした後、混合液から取り出し、室温標準状態で20分以上放置し、試料の結晶化度を高めることで試料の水不溶性が確実に向上する。
野蚕あるいは野蚕フィブロインナノファイバーであれば、組成比が50/50~10/90のグリセリン/アルコール混合溶液に2~10分、好ましくは3~8分浸漬処理をした後、混合液から取り出し、室温標準状態で20分以上放置し、試料の結晶化度を高めることで試料の水不溶性が確実に向上する。
【0023】
フィブロインナノファイバーをグリセリン/アルコール混合溶液で浸漬処理する際、アルコール濃度が低すぎるとフィブロインナノファイバーは、グリセリン/アルコール混合溶液、例えば、100/0 グリセリン/アルコール混合溶液に浸漬すると短時間で試料が膨潤し、ドロドロ状態となり、グリセリン/アルコール混合溶液から試料を引き上げることができなくなってしまう。
【0024】
家蚕フィブロインから製造したフィブロイン膜や、エレクトロスピニングで製造できるナノファイバーをグリセリン/アルコール混合溶液に浸漬して水不溶化処理を施す際、グリセリン濃度が高いと試料表面にはグリセリンが過剰に付着し易い。水不溶化処理したフィブロインを応用するためには、グリセリン/アルコール混合溶液で浸漬する水不溶化処理の後、アルコール溶液に試料を短時間浸漬して試料に含まれるグリセリンを除去するとよい。試料に含有されているグリセリンを除去する方法としては、組成比40/60~100/0のアルコール/水の混合溶液に2~10分間浸漬する方法が好適である。さらに好ましくは、経済的な視点からすると組成比40/20~100/0のアルコール/水の混合溶液を使用し、浸漬時間 3-8分間がとするのがよい。
【0025】
本発明によれば、フィブロイン膜あるいはフィブロインナノファイバーをグリセリン/アルコール、ポリエチレングリコール/アルコール、あるいはポリプロピレングリコール/アルコール混合溶液に浸漬することで試料を水不溶化させることが可能となり、透明度と柔軟性とが付与できる。
グリセリン/アルコール混合溶液で処理すると試料には微量のグリセリンが含まれることになりこれを避けることができないが、フィブロインを産業材料として応用するには、所望により試料からはグリセリンをすべて除去する必要がある。そのためには、試料をグリセリン/アルコール混合溶液で2~10分間浸漬処理してなる水不溶化試料を、後処理の工程としてアルコール溶液に2~10分浸漬する必要があり、かくして試料に含まれるグリセリンを完全に除去することができる。
【0026】
本願発明によるグリセリン/アルコール混合溶液で浸漬処理して水不溶化した試料は、従来公知のアルコールで水不溶化処理した試料とは違い、柔軟であり、折り曲げても脆くはなく、かつ透明性も良好であるという特徴がある。フィブロインを体内に埋め込んでも抗原とはならず抗原抗体の反応も起こらず、体適合性素材であり、かつ体内の酵素の作用を受けると分解する生分解素材である等の生化学特性を有しているため、本願発明の水不溶性のフィブロイン素材は、外科手術時の臓器癒着分離膜としても利用できる。さらに、フィブロイン表面では、有用細胞が付着・増殖し易く、生分解性を持つため細胞シートを作るための素材として再生医療分野での先端材料として広く応用できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、フィブロイン膜(シルクタンパク質膜)ならびにフィブロインナノファイバー(シルクタンパク質ナノファイバー)をグリセリン/アルコール、ポリエチレングリコール/アルコール、あるいはポリプロピレングリコール/アルコールの混合溶液に浸漬することで試料を水不溶化させることが可能となり、透明性と柔軟性が付与できる。
フィブロインは、体適合性素材であり、生分解素材である等の生化学特性を有しているため、本願発明のシルクタンパク質は、外科手術時の臓器癒着分離膜としても利用でき、さらに、細胞シートを作るための素材等として再生医療分野での先端材料として広く応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】水不溶化処理を施した、家蚕フィブロイン水溶液をエレクトロスピニングして作成したフィブロインナノファイバーの粘弾性測定(DMA)結果を示すグラフである。
【図2】試料濃度22.4、27.3、47.1wt%の家蚕シルク水溶液から作成した家蚕フィブロインナノファイバーのSEM画像である。
【図3】グリセリンに浸漬処理する前のナノファイバーのSEM画像(a)、5分間グリセリンに浸漬し、乾燥処理を行った後のナノファイバーのSEM画像(b)である。
【図4】a:エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー、b:aをグリセリンで浸漬処理した試料、c:aをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理した試料、d:aをエタノールで浸漬処理した試料の写真である。
【図5】a:エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー、b:aをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理したもの、c:bをエタノールで浸漬処理したものについてのFTIRスペクトルである。
【図6】a エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比90/10)で5分浸漬処理、b エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で5分浸漬処理、cエレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比10/90)で5分浸漬処理、d エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリンに5分浸漬処理、e エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー、についてのFTIRスペクトルである。
【図7】a エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー、b エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比90/10)で浸漬処理後、エタノールで5分浸漬処理、c エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理後、エタノールで5分浸漬処理、d エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比10/90)で浸漬処理後、エタノールで5分浸漬処理、e グリセリン、についてのFTIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実験例により詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
実験例において使用した薬品及び測定方法と、使用した試料の作成方法について説明する。

【0030】
使用試薬:
使用試薬は全て和光純薬工業会部式会社製であり、Lot番号は下記の通りである。
・ポリエチレングリコール(PEG) Lot WEH1268 分子量20万
・グリセリン Lot CDE1348
・エチルアルコールLot AWQ4906
・炭酸ナトリウム Lot PDR6423
・塩化カルシウム Lot WEE4700

【0031】
機械的特性:
フィブロインナノファイバーの強度及び伸度は、試料を切断するまで延伸し、切断における試料強度と伸度により評価した。測定装置には(株)オリエンテック製万能材料試験機(RTC1250A)を使用した。測定条件は、試料のサイズ1cm×2cm、膜厚 45~72μm、引張り速度1mm/minである。

【0032】
フーリエ変換赤外吸収スペクトル:
パーキンエルマー社製のFTIR(フーリエ変換赤外吸収スペクトル)測定装置を用いて絹フィブロインナノファイバーの赤外線吸収スペクトルを観察した。測定波数は、2000~400cm-1、繰り返し測定回数は20回である。

【0033】
粘弾性測定(DVA):
DMA により試料の粘弾性特性である損失弾性率(E”)を測定した。DMAでは、温度分散測定によるガラス転移温度や弾性率の温度依存性が測定できる。E"は、分子運動に対応する特性が反映される。昇温速度は10℃/分であった。

【0034】
(1) 家蚕フィブロイン水溶液作製方法
家蚕繭糸を用い、繭糸表面に付着しているセリシンを煮沸したアルカリ水溶液で処理してセリシンを除去(これを精練処理という)してなるフィブロイン繊維を、80℃に加熱した60wt%の塩化カルシウム水溶液に1時間浸漬し、フィブロイン繊維を完全に溶解し、フィブロイン水溶液濃度が20wt/v%になるようにした。溶解後、セルロース透析膜に入れ、蒸留水と3日間置換して脱塩し、純粋な濃度6.8wt%のシルク水溶液を調製した。

【0035】
(2)家蚕フィブロイン水溶液の濃縮
上記の6.8wt%のシルク水溶液は実験例1で明らかなよう濃度が薄すぎてエレクトロスピニングができなかったので次のようにして濃度を高めた。セルロース透析膜に6.8wt%のシルク水溶液を30mL入れ、100mL 50wt%濃度のポリエチレングリコール(平均分子量2万、20000±5000)水溶液中にシルク水溶液が入ったセルロース透析膜を入れてポリエチレングリコール水溶液で置換することでフィブロイン水溶液を濃縮した。

【0036】
(3)フィブロイン膜
家蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.11%炭酸ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して繭糸の周囲を覆う絹セリシンを除去し、家蚕フィブロイン繊維を調製した。この家蚕フィブロイン繊維をチオシアン酸リチウム水溶液に溶解し、この水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫糸でくくって室温の水道水に2日間入れ、リチウムイオンを完全に除き、純粋な家蚕のフィブロイン水溶液を調製した。かくして調製した家蚕フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて透明な家蚕フィブロイン膜を調製した。

【0037】
(4)フィブロインスポンジ
家蚕のフィブロイン繊維を濃度0.07%炭酸ナトリウム溶液で1時間煮沸して絹セリシンを除去し、得られたフィブロイン繊維6.5gを、臭化リチウム水溶液に溶解し、5℃の蒸留水で4日間透析してリチウムイオンとブロムイオンを除去し、濃度1.8wt%のフィブロイン水溶液を得た。この濃度1.8wt%のフィブロイン水溶液300mLに99%メタノール20mLを加え室温で静置すると、フィブロイン水溶液がゲル化して沈殿を生ずる。これを凍結乾燥装置に入れて減圧下で乾燥することによりフィブロインスポンジを製造した。

【0038】
(5)家蚕フィブロインナノファイバーの製造
フィブロイン水溶液を用いてエレクトロスピニングするとフィブロインナノファイバーが製造できる。またフィブロインスポンジをTFAに溶解してなるフィブロインTFAをエレクトロスピニングするとフィブロインナノファイバーが製造できる。

【0039】
(6)柞蚕フィブロイン膜及び柞蚕フィブロインスポンジ
上記家蚕繭糸とは化学構造が全く異なる野蚕の柞蚕繭糸を繭糸重量に対して50倍量の0.1%過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して柞蚕繭糸の周囲を覆う絹セリシン及びタンニンを除去し、柞蚕フィブロイン繊維を調製した。セリシンやタンニンを予め除去した柞蚕フィブロイン繊維を60℃のシアン酸リチウム水溶液に完全に溶解して柞蚕フィブロイン水溶液を製造し、この水溶液をセルロース製の透析膜に入れて両端を縫糸で括って室温の水道水に4日間入れて置換し、リチウムイオンを完全に除き、純粋な柞蚕フィブロイン水溶液を調製した。かくして調製された柞蚕フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて柞蚕フィブロイン膜が製造した。また、この柞蚕フィブロイン水溶液を凍結乾燥させて、柞蚕フィブロインスポンジを製造した。柞蚕フィブロインをTFAに溶解し、それをエレクトロスピニングすると柞蚕フィブロインナノファイバーが製造できる。

【0040】
(7)エレクトロスピニング紡糸
上記記載の家蚕フィブロイン水溶液から調整した家蚕フィブロインスポンジおよび家蚕フィブロイン膜を溶解したトリフルオロ酢酸(THA)溶液を用いてカトーテック株式会社製のエレクトロスピニング装置を用いてフィブロインナノファイバーを製造した。テルモ株式会社製のテルモノンベベル針(22G×1 1/2”(0.70×38mm)を紡糸口用のノズルとして用いた。
ポリマー貯蔵タンクとしては、株式会社トップ製のロックタイプ・螺旋式の5mLトッププラスチックシリンジを使用した。
なお、実験例中、エレクトロスピニング条件の記載が無い場合は、下記の条件を採用した。紡糸電圧は20kv、紡糸速度は0.5mm/min、および紡糸距離は18cmであった。

【0041】
(8)ナノファイバーの平均繊維径
エレクトロスピニングで製造したフィブロインナノファイバーにイオンコーター装置を用いて金のイオンをスパッタリングして、厚さ300オングストロームの金のコーティングを施す。走査型電子顕微鏡により倍率5万倍で異なる10種類の視野のナノファイバー画像を撮影し、画像をプリンターで印刷する。画像に記載されたスケールを基に各視野につき10個所の繊維径を計測した。

【0042】
(実験例1)家蚕フィブロイン水溶液を用いたナノファイバー
家蚕繭糸を精練処理してセリシンを除去することで調製したフィブロイン繊維が20wt/v%の試料濃度となるようにして塩化カルシウム水溶液に入れ、90℃で1時間加熱して試料を完全に溶解する。続いてこれをセルロース透析膜(分画 1.4万)に入れて純水で3日間透析してフィブロイン水溶液を調製した。このフィブロイン水溶液の濃度を調製するため、セルロース透析膜に入れた後、50wt%のPEG水溶液(分子量 2万±5千)と置換した。PEGによる置換の時間を変えることでフィブロイン水溶液が濃縮できる。
なお、フィブロイン水溶液の濃度は次のようにして測定した。一定量のシルク水溶液の質量(g)を測り、105℃で完全に乾燥させ水分を完全に蒸発させ、乾燥固化物の質量(g)を測定する。乾燥固化物の質量(g)/シルク水溶液の質量(g)を求めて試料の濃度(wt%)を算出した。
エレクトロスピニングの条件は次の通りである。印加電圧 20kV、紡糸距離18cm、紡糸速度20μl/min、温度 30℃、相対湿度 10RH%であった。
かくして濃度が6.8から43.1wt%に調整したフィブロイン水溶液をエレクトロスピニングし、フィブロインナノファイバーが製造できるか検討した結果が表1である。
【表1】
JP2015093857A_000003t.gif

【0043】
表1の中でフィブロインナノファイバー製造時のエレクトロスピニング(ESともいう)時の状態を下記の2種類のカテゴリーで評価した。
×:エレクトロスピニング時、紡糸口から試料ジェットが噴出することは無く、コレクターには何も付着していない。
○:エレクトロスピニング時、紡糸口から試料ジェットが良好に噴出し、コレクターに微細繊維径のフィブロインナノファイバーが積層しES状態は良好であった。

【0044】
表1から次のことが確かめられた。フィブロイン水溶液濃度が14.5wt%以下ではエレクトロスピニングしてもフィブロインナノファイバーは製造できなかった。フィブロイン水溶液濃度が22.4wt%以上となるとエレクトロスピニングによりフィブロインナノファイバーが製造できた。得られたフィブロインナノファイバーの繊維径は800~900nmであった。シルク水溶液をエレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造するための好適なフィブロイン水溶液の濃度は22.4~43.1%であった。

【0045】
(実験例2)家蚕フィブロイン膜をTFAに溶解しエレクトロスピニング
家蚕絹糸から作ったフィブロイン膜あるいはフィブロインスポンジをTFAに室温で溶解して10wt%のフィブロインTFA溶液をエレクトロスピニングし、微細径のフィブロインナノファイバーが製造できた。得られたフィブロインナノファイバーの繊維径は300~400nmであった。次に、家蚕フィブロイン膜をTFAに溶解した8wt%あるいは12wt%のフィブロインTFAを用いてエレクトロスピニングし、紡糸状態を観察したところ、いずれの場合も、微細径のフィブロインナノファイバーが製造できた。
柞蚕フィブロイン繊維から製造した柞蚕フィブロイン膜あるいは柞蚕フィブロインスポンジをTFAに溶解した10wt%の柞蚕フィブロインTFAをエレクトロスピニングしたところいずれも微細径の柞蚕フィブロインナノファイバーが製造できた。得られたフィブロインナノファイバーの繊維径は200-250nmであった。

【0046】
(実験例3)家蚕フィブロイン水溶液から製造したフィブロインナノファイバーの水不溶化処理
実験例1記載の家蚕のフィブロイン水溶液をエレクトロスピニングしたところ紡糸直後
のフィブロインナノファイバーは水に溶解してしまう。ナノファイバーを広範な応用を拓くには、フィブロインナノファイバーを水に不溶化させることが必要不可欠である。そこで、シルクナノファイバーを室温で、異なる濃度のグリセリン/エタノール混合溶液に5分間浸漬し、その後、グリセリン/エタノールの混合溶液系から試料を取り出し、室温で20分間かけて軽く乾燥させた。かくして軽く乾燥したフィブロインナノファイバーを100%(0/100)エタノールに5分間浸漬することで試料に含まれるグリセリンを除去した。エタノール処理でグリセリンを除去する前(Gly除去前)と後(Gly除去後)のフィブロインナノファイバー表面の特徴と柔軟性を、それぞれ目視と触手観察で調べた。なお、グリセリン/エタノール混合溶液の組成比とはグリセリンとエタノールの体積比を意味する。調べた結果を表2に示す。

【0047】
【表2】
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【0048】
表2において、「Gly除去前」、「Gly除去後」とは、フィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液で水不溶化処理した後、エタノールでグリセリンを除去する処理の前(Gly除去前)と後(Gly除去後)を意味する。
表2における「試料の特徴」と「柔軟性」の項目は、次のカテゴリーで評価した。
試料の特徴:
+ :試料表面がベタベタする
± :試料表面が若干ベタベタする
- :試料表面がベタベタしない。
柔軟性:
+ :1cm×2cmの試料を半分に折り曲げ、折り曲げ線に沿って折り曲げると試料が破壊せずに折り曲げられ、十分な柔軟性を有する
-:1 cm×2cmの試料を半分に折り曲げ、折り曲げ線に沿って試料が脆性挙動を示す「パリパリ」状態となり一部破壊する。

【0049】
実験例2に記載の方法で製造した家蚕絹フィブロイン膜および家蚕絹フィブロインスポンジをTFAに溶解したフィブロインTFAをエレクトロスピニングしてなる絹フィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液に浸漬し水不溶化処理を行った。上述した方法と同様の方法により試料の特徴と柔軟性を評価したところ、家蚕フィブロイン水溶液から製造したフィブロインナノファイバーの水不溶化処理試料と同様な結果が得られた。

【0050】
表2に示すように、家蚕フィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液で水不溶化処理をする際、組成比が50/50 以上となりグリセリン濃度が増加すると、シルクナノファイバーの表面はグリセリンが付着し、ベタベタした状態となるが、組成比50/50以下であるとシルクナノファイバーの表面ではグリセリンによるベタ付とグリセリンの付着は見られなかった。
グリセリンを除去するためのエタノール処理の前後でもフィブロインナノファイバーの柔軟性は変化すること無く、処理後においても処理前と同様に柔軟性を保持していた。
実験例16に記載するとおりグリセリンに特徴的なFTIRスペクトルは1030cm-1に現れることから、グリセリン/エタノール混合溶液の組成比が50/50以上、すなわちグリセリン濃度が増加した混合溶液で処理したフィブロインナノファイバーのFTIRスペクトルには1030cm-1のピークが現れ、試料にはグリセリンが付着していることが確認できる。グリセリンを含む試料をアルコールに2~10分間浸漬するだけで試料に含まれるグリセリンは完全に除去できることが確認され、試料の表面がベタベタする感触は解消された。
なお、エタノール濃度が高い25/75、0/100のグリセリン/エタノール混合溶液で試料を浸漬処理しても試料の柔軟性は保持されていた。
また、フィブロインナノファイバーを100%(0/100)エタノールで処理すると水不溶化はするが試料の厚さが増加し脆性的となり脆くなり、本発明によるグリセリン/エタノール混合溶液による浸漬処理でフィブロインを水不溶化することに進歩性を主張することができる。

【0051】
(実験例4)PEGを用いた家蚕及び柞蚕フィブロイン膜の水不溶化処理:PEG/エタノール処理後、エタノール処理の有無による試料の特性変化
家蚕絹フィブロイン水溶液あるいは柞蚕のフィブロイン水溶液ならびに実験例1記載の家蚕のフィブロイン水溶液をポリエチレン膜の表面に拡げて蒸発乾燥固化することで家蚕あるいは柞蚕のフィブロイン膜を製造した。
分子量20万のポリエチレングリコール(PEG)を水に溶解して5wt%のPEG水溶液を調製し、それにエタノールを加え、PEGとエタノールの濃度が組成比で100/0、75/25、50/50、25/75、0/100のPEG/エタノール混合溶液を作り、柞蚕及び家蚕のフィブロイン膜を5分間浸漬した。その後、PEG/エタノール混合溶液から試料を取り出し、室温で20分間、軽く乾燥した。柞蚕及び家蚕のフィブロイン膜をPEG/エタノール(100/0)の混合溶液に浸漬すると試料膜は膨潤し、試料をPEG/エタノール(100/0)の混合溶液から取り出す際、試料の形態が失われてしまった。但し、柞蚕及び家蚕のフィブロイン膜を組成比 75/25、50/50、25/75のPEG/エタノール混合溶液から取り出して試料の形態が失われることはなかった。

【0052】
柞蚕フィブロイン膜をPEG/エタノール(0/100)に浸漬処理して水不溶化した柞蚕フィブロイン膜のFTIRスペクトルをすると水不溶化処理の試料と同様に1655cm-1にピークが出現しており、水不溶化処理をしても試料膜の分子形態には変化が見られなかった。PEG/エタノール(75/25、50/50、25/75)混合溶液に5分間浸漬処理すると、試料には1630cm-1にピークが認められ、柞蚕フィブロイン膜の分子形態はランダムコイル形態からβ型に変わり、かつ試料膜は水に不溶性となった。PEG/エタノール(75/25、50/50、25/75)に浸漬処理した柞蚕フィブロイン膜を、後処理で、試料に含まれるPEGを除去するためエタノール中で浸漬処理しても試料の分子形態はβ型に変わったままであった。
また、家蚕フィブロイン膜をPEG/エタノール(0/100)に浸漬処理しても試料の分子形態の変化は見られなかったが、PEG/エタノール(75/25、50/50、25/75)混合溶液に5分間浸漬処理すると試料の分子形態はランダムコイル形態からβ型に変わり、かつ試料膜は水に不溶性となった。PEG/エタノール(75/25, 50/50, 25/75)に浸漬処理した家蚕フィブロイン膜を、さらに、エタノールで処理して試料に含まれるPEGを除去したところ、試料の分子形態はβ型に変わったままであった。

【0053】
(実験例 5)柞蚕フィブロインナノファイバーの製造と水不溶化処理
野蚕である柞蚕絹糸を精練し、柞蚕のフィブロインスポンジを製造し、TFAに溶解し、エレクトロスピニングしてフィブロインナノファイバーを製造した。
エレクトロスピニングで製造した直後の柞蚕フィブロインナノファイバーは水に極めて溶解し易い。柞蚕フィブロインナノファイバーを水に不溶化処理するため、濃度の異なるグリセリン/エタノール混合溶液に5分間浸漬した後、グリセリン/エタノール混合溶液から試料を取り出し、室温で20分間軽く乾燥させる。こうして作成した野蚕フィブロインナノファイバーを100%(0/100)エタノールに5分間浸漬して試料に含まれるグリセリンを除去したグリセリンを除去する前(Gly除去前)と後(Gly除去後)のフィブロインナノファイバーの特徴と柔軟性を目視と触手観察で調べた。得られた結果が表3である。試料の特徴及び柔軟性の項目における+、-等の表記の意味は実験例3の表記と同一である。

【0054】
【表3】
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【0055】
表3に示すように、柞蚕フィブロインナノファイバーを水不溶化させるため、組成比が異なるグリセリン/エタノール混合溶液に浸漬したところ、グリセリン濃度が高くても柞蚕フィブロインナノファイバー表面はベタベタすることは無く、家蚕フィブロインナノファイバー表面ではベタベタしたことと対照的であった。
また、柞蚕フィブロインナノファイバーの柔軟性は、実験例3で示した家蚕フィブロインナノファイバーと同様に、水不溶化処理後、エタノール処理により試料に含まれたグリセリンを除去する処理前後の変化は認められず、処理後においても処理前と同様の柔軟性を保持していた。

【0056】
(実験例6)グリセリン/エタノール水溶液処理時における試料の膨潤状態
実験例1で作成した家蚕のフィブロインナノファイバー(BSF nf)を水不溶化処理するため、組成比が異なるグリセリン/エタノールの混合溶液に試料を5分間浸漬し、試料を引き上げる際、試料の膨潤状態を評価することで試料形状が崩れるかどうかを調べた。なお、対象試料として家蚕フィブロイン膜(BSF膜)、家蚕フィブロイン繊維(BSF繊維)についても同様の実験を行った。また、柞蚕フィブロインナノファイバー(TSF nf)、柞蚕フィブロイン膜(TSF 膜)、柞蚕フィブロイン繊維(TSF繊維)についても同様の実験を行った。
各種試料の膨潤程度の評価結果を表4に示す。

【0057】
【表4】
JP2015093857A_000006t.gif

【0058】
表4における膨潤状態は次の2種類のカテゴリーで評価した。
膨潤状態:
-: グリセリン/エタノール混合溶液中で試料が著しく膨潤し、グリセリン/エタノール混合溶液から試料を取り出し際試料の形が崩れてしまった。
+; グリセリン/エタノール混合溶液中で試料は膨潤することなく、グリセリン/エタノール混合溶液から試料が取り出せた。

【0059】
本願発明では、試料を水不溶化するため組成比が異なるグリセリン/エタノール混合溶液に試料を入れる処理が重要な発明の構成となっており、効率的に水不溶化試料を製造するには、グリセリン/エタノール混合溶液の組成比を制御することが重要である。シルクナノファイバーを組成比100/0のグリセリン溶液に入れると試料にグリセリンが入り込んで著しく試料が膨潤し、試料がドロドロ状態となり、グリセリン溶液から試料を引き上げることができなくなった。
表4から、家蚕及び柞蚕のフィブロイン繊維は、グリセリン濃度が異なっても試料形状が崩れることは一切なかった。
家蚕及び柞蚕のフィブロイン膜は、組成比100/0のグリセリン/エタノール混合溶液による処理では試料が膨潤し試料形状が崩れた。
家蚕ならびに柞蚕フィブロインナノファイバーは、75/25~100/0のグリセリン/エタノール処理で試料形状が崩れたため、家蚕ならびに柞蚕フィブロインナノファイバーの水不溶化処理は、組成比50/50~90/10のグリセリン/エタノール混合溶液で少なくもと2分、好ましくは3~8分浸漬処理するとよい。
家蚕ならびに柞蚕フィブロイン膜の水不溶化処理は、組成比75/25~100/0 のグリセリン/エタノール混合溶液で少なくもと2分、好ましくは3~8分浸漬処理するとよい。

【0060】
(実験例7)家蚕フィブロインナノファイバーの機械的性質
実験例1に記述した22.4wt%のフィブロイン水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーを、異なる濃度のグリセリン/エタノール混合溶液に5分間浸漬し水不溶化処理を行った。グリセリン/エタノール混合溶液から試料を取り出し、室温で20分間軽く乾燥させた。その後、試料表面に付着したグリセリンを除去するため100%濃度のエタノール溶液に5分間浸漬した。室温で試料を乾燥させたフィブロインナノファイバーの強度と伸度測定を行った。また、エレクトロスピニング直後のシルクナノファイバー(As spun)の強度・伸度測定も併せて行った。得られた結果を表5に示す。

【0061】
【表5】
JP2015093857A_000007t.gif

【0062】
表5に示すように、エレクトロスピニング直後のシルクノナノファイバーは、伸度は25.8%,強度は0.1Mpaであり中程度の優れた伸度特性を示すが、試料の強度は小さい値となった。
これに対して、グリセリン/エタノール混合溶液を用いて水に対する不溶化処理を行い、その後、エタノール処理により試料表面のグリセリンを除去した家蚕フィブロインナノファイバーの強度は、As-spunよりいずれの試料も増加した。
実験例2に記載の方法で、すなわち溶媒にTFAを用いエレクトロスピングして製造した家蚕絹フィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液に浸漬し、その後、室温で試料を20分間乾燥した試料の機械的な特性を測定したところ、実験例7に記載したフィブロイン水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーの測定結果と同様の傾向が見られた。
家蚕フィブロインナノファイバーの伸度は、グリセリンの組成比が10/90以上のグリセリン/エタノール混合溶液による処理で、As-spunよりも大きな値となった。グリセリンの組成比が10/90では、As-spun 試料の伸度が特異的に増加し76%となった。なお、組成比が100/0のグリセリンにAs-spunナノファイバーを浸漬するとグリセリンの粘度が高すぎて、ナノファイバーがドロドロ状態となりグリセリンから引き上げる際に試料が千切れてしまい測定できなかったので表5には記載しなかった。

【0063】
(実験例8)家蚕フィブロインナノファイバーのDMA測定
DMA により試料の粘弾性特性の測定を行った。ここでは、フィブロインナノファイバーの損失弾性率(E”)を測定した。測定温度領域は 20~240℃であった。DMAでは、温度分散測定によるガラス転移温度や弾性率の温度依存性が測定できる。E"では、分子運動に対応する特性が反映される。
実験例1の22.4wt%の家蚕フィブロイン水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーを、濃度の異なるグリセリン/エタノール混合溶液に5分間浸漬し水に対する不溶化処理を行った。その後、グリセリン/エタノール混合溶液から試料を取り出し、室温で20分間軽く乾燥させてなるフィブロインナノファイバーの粘弾性測定(DMA)を行った。得られた結果を図1に示す。

【0064】
図1から分かることは次のことである。エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー(a)のフィブロイン分子の運動は140℃以上で始まり、その分子運動は180℃で最高となる。試料(a)をグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬して水不溶化させた試料(b)は、120℃以上で分子運動が起こり始め、その運動が最高になるのが210℃である。(b)をエタノールで浸漬して試料に含有されたグリセリンを除去した試料(c)は、80℃と140℃で分子運動が起こり、その運動が最高になるのが209℃である。
エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー(a)より試料(b)あるいは試料(c)の分子運動が最高になる温度が30℃以上の高温となったことは、フィブロインナノファイバーがグリセリン/エタノール混合溶液による浸漬処理で結晶化すること、結晶化に伴い高い温度で熱分子運動がおこることを示唆し、すなわちフィブロインの構造が安定したことを意味する。

【0065】
(実験例9)家蚕フィブロインナノファイバーのSEM観察
濃度が22.4、27.3、47.1wt%の家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングした直後の家蚕フィブロインナノファイバーのSEM画像を図2に示す。この家蚕フィブロインナノファイバーは、実験例1で記述した家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングした直後のシルクナノファイバーである。
図2(a)、(b)、(c)は、それぞれ、試料濃度22.4、27.3、47.1wt%の家蚕シルク水溶液から作成した家蚕フィブロインナノファイバーのSEM画像であり、得られたシルクナノファイバーの平均繊維径は実験例10でも明らかなように、それぞれ、800、1000、1800nmであった。図2のSEM画像から、家蚕フィブロインナノファイバーの断面形状は、円形ではなく、扁平な「キシメン」状を呈するものが多かった。

【0066】
(実験例10)家蚕フィブロインナノファイバーの繊維径と試料濃度との関係
濃度が異なる家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングした直後、すなわちグリセリン/エタノール処理あるいはエタノール処理を全く施してないフィブロインナノファイバーのSEM画像に基づいて、フィブロインナノファイバーの繊維径を測定した。得られた結果を表6に示す。
【表6】
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【0067】
表6で、NTとあるのは、エレクトロスピニングすることが不可能であり、SEM測定をしなかったことを意味する。
表6から、フィブロインナノファイバーの繊維径は、シルク水溶液濃度が22.4wt%で800nmであり、シルク水溶液濃度が増加すると繊維径が増大し、シルク水溶液濃度が43.1wt%では、太い繊維径のマイクロスケールオーダーとなった。
一方、実験例2記載のシルクナノファイバー、家蚕絹フィブロイン膜をTFAに溶解しエレクトロスピニングしてなる家蚕絹フィブロインナノファイバーの繊維経は、200~250nmであった。

【0068】
(実験例11)グリセリン処理した家蚕フィブロインナノファイバーのSEM画像
試料濃度43.1wt%の家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングして得たナノファイバーを100%のグリセリンに10分間浸漬した。浸漬修了後、試料についているグリセリンをキムワイプで丁寧にふき取った。その後、24時間、室温に放置し乾燥したが、試料は湿っており、試料にグリセリンが微量残っていた。
図3(a)は、グリセリンに浸漬処理する前のナノファイバーのSEM画像、図3(b)はグリセリンに5分間浸漬し、乾燥処理を行った後のナノファイバーのSEM画像である。
家蚕フィブロインナノファイバーの繊維径は、グリセリンによる浸漬処理前後でも大きな変化は見られないが、浸漬処理後のシルクナノファイバー表面にはグリセリンによる極めて薄い皮膜が付着する傾向が見られた。

【0069】
(実験例12)グリセリンあるいはメタノール処理に伴う試料形態
22.4wt%の家蚕フィブロイン水溶液をエレクトロスピニングして製造した直後のフィブロインナノファイバーを5分間、100/0 グリセリン、グリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)、0/100エタノールにそれぞれ浸漬処理し、その後、各溶液から試料を引き上げて室温で軽く乾燥させた。フィブロインナノファイバーの乾燥後の状態を写真撮影した。得られた結果が図4である。
図4からわかること。フィブロインナノファイバー(a)は、100/0グリセリンで処理(b)すると試料の大きさ(サイズ)は変化しないが、やや透明になる。グリセリン/メタノール混合溶液処理(c)では試料サイズは変化しないがフィブロインナノファイバーの透明度が増加する。0/100メタノール処理(d)を行うとフィブロインナノファイバーのサイズは著しく収縮してしまい元の形態を保てなくなり、試料は脆くそして不透明となった。

【0070】
(実験例13)グリセリン/エタノール混合溶液あるいはメタノール処理した家蚕フィブロインナノファイバーの透明度
22.4wt%の家蚕フィブロイン水溶液をエレクトロスピニングした直後のフィブロインナノファイバー(ES直後)を、100%グリセリン(Gly)、グリセリン/エタノール混合溶液処理(Gly/E(50/50))、100%エタノール処理(E)を5分間行った試料の透明度を目視により観察した。観察結果を表7に示す。

【0071】
【表7】
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表7で、試料の透明度は次の3種類のカテゴリーで評価した。
+:透明で文字を印字したプリント用紙の文字が見える。
++:極めて透明度が高く印字したプリント用紙の文字が見える。
-:透明が低く文字を印字したプリント用紙の文字が見えない。

【0072】
表7に示すように、22.4wt%のシルク水溶液をエレクトロスピニングして得られたフィブロインナノファイバーと、0/100エタノール処理したフィブロインナノファイバーはいずれも不透明であったが、グリセリンあるいはグリセリン/エタノール(50/50)混合溶液で浸漬処理したフィブロインナノファイバーの透明度が増加した。
表7記載の各種処理による試料の透明度ならびに目視所見は次の通りである。
100%エタノール処理(E)した試料は、不透明でかつ試料が固くて脆くなり、乾燥する過程で折れ曲がってしまった。
100/0グリセリン(G)、Gly/E(50/50)処理により透明性が向上したフィブロインナノファイバーを、0/100エタノールに浸漬する処理を行った。下記の実験例15に記載したFTIRスペクトルの測定結果からも明らかなとおり、0/100エタノールに浸漬処理により試料に含まれるグリセリンが除去されたが、試料は不透明状態のままであった。

【0073】
(実験例14)グリセリン/エタノール混合溶液で処理した家蚕フィブロインナノファイバーの水不溶性
試料濃度が22.4、27.3、47.1wt%のシルク水溶液をエレクトロスピニングした直後の家蚕フィブロインナノファイバーを、濃度の異なるグリセリン/エタノールの混合溶液(組成比:90/10、70/30、50/50、30/70、10/90、0/100)に5分間浸漬する処理を行った後、0/100エタノールで処理した家蚕フィブロインナノファイバーの水に対する溶解性を調べた。
上記処理を施した試料のうち、グリセリン/エタノールの混合溶液(組成比0/100)に浸漬処理した試料をエタノール処理したフィブロインナノファイバーを室温の水に24時間浸漬させたところ初期重量の32%が減量してしまい、100/0グリセリン処理では試料が水不溶性にはならなかった。
一方、グリセリン/エタノールの混合溶液(組成比:90/10、70/30、50/50、30/70、10/90)にフィブロインナノファイバーを浸漬処理した試料は、室温の水に24時間浸漬させても試料の減量は全く起こらず、試料は水不溶化したことが確かめられた。水不溶化したフィブロインナノファイバーを組成比10/90~90/10のグリセリン/エタノールの混合溶液で浸漬処理しても、試料の大きさ(サイズ)の変化はなく、かつ試料に柔軟性が付与でき、透明度が増加した。こうした効果はグリセリン濃度10/90-90/10の処理がもっとも効率的であった。
なお、実験例3において使用したシルクナノファイバーを異なる濃度のグリセリン/エタノール混合溶液で2分浸漬処理した後、実施例14の方法と同様に水に24時間浸漬させたところ試料重量の減少は見られず試料が水不溶化していることが確認できた。

【0074】
(実験例15)グリセリン/エタノール混合溶液処理により試料付着のグリセリン
実験例1に記載した22.4wt%シルク水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーと、このフィブロインナノファイバーを100/0 グリセリンに浸漬する処理、あるいは0/100 エタノール溶液に5分間浸漬する処理を行ったフィブロインナノファイバーにグリセリンの付着があるかどうかを明らかにするため、FTIRスペクトルを測定した。図5は得られたFTIRスペクトルである。
エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー(a)をグリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理した試料(b)には、波数1030cm-1に明瞭なピークが現れており、これは実験例16の図6で論議するようにグリセリンによるピークである。一方、エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー(a)、ならびにナノファイバー(a)をエタノール処理した試料(c)には1030 cm-1のピークは一切観察されない。このことは、試料(a)をグリセリン/エタノール混合溶液で処理すると試料(a)にグリセリンが付着するか試料にグリセリンが含まれるようになるが、試料(b)をエタノール溶液に5分浸漬した試料(c)にはグリセリンが除去されたことを示唆する。なお、試料(b)をエタノール溶液に2分浸漬しても試料に含有するエタノールがすべて除去されたことが確認された。

【0075】
図5によると、エレクトロスピニングして製造した直後のフィブロインナノファイバー(a)については、アミドIバンドが1645cm-1、アミドIIバンドが1535cm-1に現れた。水不溶化処理後、エタノールで処理したフィブロインナノファイバー(c)は、アミドIバンドが1622cm-1、アミドIIバンドが1516cm-1に現れた。一方、グリセリン/エタノール混合溶液で処理したフィブロインナノファイバー(b)についてはアミドIバンドが1622cm-1、アミドIIバンドが1516cm-1ならびに試料に含まれるグリセリンに帰属するピークが1037cm-1に出現した。
エレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーはランダムコイル形態であるが、水不溶化処理後に続いてエタノール処理、あるいはグリセリン/エタノール混合溶液で処理したフィブロインナノファイバーの分子構造がβ構造を取ることがわかり、この処理の過程でフィブロインナノファイバーが結晶化したことが実験的に確かめられた。

【0076】
(実験例16)グリセリン/エタノール処理によるFTIRスペクトル
22.4wt%の家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバーを、グリセリン/エタノール混合溶液(組成比:90/10、50/50、10/90)に5分間浸漬し、グリセリン/エタノール混合溶液から引き上げた後、室温で1昼夜乾燥させた。図6は、a:エレクトロスピニングにより得られたフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比90/10)で浸漬処理したもの、b:グリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理したもの、c:グリセリン/エタノール混合溶液(組成比10/90)で浸漬処理したもの、d:エレクトロスピニングにより得られたフィブロインナノファイバーを100%グリセリンで浸漬処理したもの、e:エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバーの各試料についてFTIRスペクトルを測定した結果を示す。

【0077】
図6から、エレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバー(e)を組成比が異なるグリセリン/エタノール混合溶液を用いて処理した試料(a,b,c)のスペクトルには、対照区のフィブロインナノファイバー(e)のFTIRスペクトルには観察されない吸収ピークが1030cm-1に現れる。フィブロインナノファイバー(e)をグリセリン溶液に5分浸漬した試料(d)のFTIRスペクトルには1030cm-1にピークが極めて明瞭に現れているため、1030cm-1のピークはグリセリンに帰属するものと結論できる。そのため、グリセリン/エタノール混合溶液を用いて処理した試料(a,b,c)にはいずれもグリセリンが含まれることを示唆し、試料にグルセリンが含まれるか否かはFTIRスペクトル測定で1030cm-1におけるピークの有無で評価できる。

【0078】
(実験例17)グリセリン/エタノール処理によるFTIRスペクトル
22.4wt%の家蚕シルク水溶液をエレクトロスピニングして製造したフィブロインナノファイバー(a)を、濃度が異なるグリセリン/エタノール混合溶液(組成比:90/10、50/50、10/90)に浸漬して水不溶化処理を行い、さらにエタノールに5分間浸漬した試料について、FTIRスペクトルを測定した。図7にFTIRスペクトルを示す。図7において、a:エレクトロスピニング直後のフィブロインナノファイバー,b:エレクトロスピニングにより得られたフィブロインナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液(組成比90/10)で浸漬処理し、さらにエタノールに5分浸漬処理したもの、c:グリセリン/エタノール混合溶液(組成比50/50)で浸漬処理し、さらにエタノールに5分浸漬処理したもの、d:グリセリン/エタノール混合溶液(組成比10/90)で浸漬処理し、さらにエタノールに5分浸漬処理したもの、e:エレクトロスピニングにより得られたフィブロインナノファイバーを100/0グリセリンで5分浸漬処理したものである。

【0079】
図7によると、グリセリンのFTIRスペクトル(e)には1030cm-1のピークが極めて明瞭に現れる。エレクトロスピニング直後のシルクナノファイバーをグリセリン/エタノール混合溶液を用いて水不溶化処理した試料を、続いてエタノールで浸漬処理した試料(b,c,d)のFTIRスペクトルには、試料(a)と同様にグリセリンの吸収ピークが全く見られない。グリセリン/エタノール混合溶液を用いて水不溶化処理すると試料にはグリセリンが付着あるいは含浸するが、5分間のエタノールで浸漬処理によりグルセリンが試料から完全に除去できることが実証できた。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
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【図4】
3
【図5】
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【図6】
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【図7】
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