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明細書 :正常眼圧緑内障モデル非ヒト哺乳動物

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5938731号 (P5938731)
登録日 平成28年5月27日(2016.5.27)
発行日 平成28年6月22日(2016.6.22)
発明の名称または考案の名称 正常眼圧緑内障モデル非ヒト哺乳動物
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
A01K  67/027       (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
A01K 67/027
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
請求項の数または発明の数 17
全頁数 18
出願番号 特願2013-504766 (P2013-504766)
出願日 平成24年3月15日(2012.3.15)
国際出願番号 PCT/JP2012/056627
国際公開番号 WO2012/124752
国際公開日 平成24年9月20日(2012.9.20)
優先権出願番号 2011057926
優先日 平成23年3月16日(2011.3.16)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成27年2月6日(2015.2.6)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
発明者または考案者 【氏名】柏木 賢治
【氏名】加藤 梧郎
個別代理人の代理人 【識別番号】100092783、【弁理士】、【氏名又は名称】小林 浩
【識別番号】100120134、【弁理士】、【氏名又は名称】大森 規雄
【識別番号】100149010、【弁理士】、【氏名又は名称】星川 亮
【識別番号】100104282、【弁理士】、【氏名又は名称】鈴木 康仁
審査官 【審査官】鳥居 敬司
参考文献・文献 生化学, 2006, p.A10666(4P-C-081)
調査した分野 C12N 15/00-15/90
A01K 67/00-67/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAsp又はGluに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物の正常眼圧緑内障モデル又は網膜神経障害モデルとしての使用
【請求項2】
前記Serが、c-Srcタンパク質のN末端から74番目のアミノ酸残基である、請求項1記載の使用
【請求項3】
前記SerがAspと置換された、請求項1又は2記載の使用
【請求項4】
前記非ヒト哺乳動物が、変異型Src遺伝子をホモ接合で有する、請求項1~3のいずれか1項記載の使用
【請求項5】
前記非ヒト哺乳動物が次の条件:
1)その眼圧が正常範囲にあり、かつ
2)その網膜神経節の細胞数が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて減少している、
を満たしている、請求項1~4のいずれか1項記載の使用
【請求項6】
前記非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項1~5のいずれか1項記載の使用
【請求項7】
前記非ヒト哺乳動物が正常眼圧緑内障モデルとして用いられる、請求項1~6のいずれか1項記載の使用
【請求項8】
c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAsp又はGluに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物を用いた、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記Serが、c-Srcタンパク質のN末端から74番目のアミノ酸残基である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記SerがAspと置換された、請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
前記非ヒト哺乳動物が、変異型Src遺伝子をホモ接合で有する、請求項8~10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記非ヒト哺乳動物が次の条件:
1)その眼圧が正常範囲にあり、かつ
2)その網膜神経節の細胞数が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて減少している、
を満たしている、請求項8~11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
前記非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項8~12のいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
前記非ヒト哺乳動物が正常眼圧緑内障モデルとして用いられる、請求項8~13のいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
前記方法が、
1)前記非ヒト哺乳動物及び対照非ヒト哺乳動物に候補物質を投与すること、
2)前記各非ヒト哺乳動物において、投与前、及び投与してから一定期間後に、生存する視神経細胞の数量を検査すること、及び
3)前記各非ヒト哺乳動物の検査結果を比較して、候補物質の有効性を評価すること、
を含む、請求項8~14のいずれか1項記載の方法。
【請求項16】
前記生存する視神経細胞の数量の検査が、網膜神経節の神経細胞数を計数することである、請求項15記載の方法。
【請求項17】
前記対照非ヒト動物が、野生型非ヒト動物及び/又はc-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAlaに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物である、請求項15又は16記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、正常眼圧緑内障モデル非ヒト哺乳動物などに関する。
【背景技術】
【0002】
緑内障は、何らかの原因で視神経が損傷し、視野に欠損を生じる進行性の疾患であり、そのまま放置しておくと、最終的には失明にいたる可能性が高い。
【0003】
緑内障の1つである高眼圧緑内障は、前房中の房水の排泄が悪くなり眼圧(眼球内の水圧)が上昇することにより視神経が圧迫されて委縮し、そのため視機能が障害を受け、視野が狭くなる疾患である。
【0004】
正常眼圧緑内障は、その有病率の高さから、最近特に注目されている疾患である。日本人の緑内障患者は約400万人おり、そのうちの約3分の2が正常眼圧緑内障患者である。正常眼圧緑内障は、眼圧が正常(ヒトでは通常10~21mmHg)であるにもかかわらず、高眼圧緑内障と同様の所見(視神経の委縮及び視野欠損)を呈する病態であり、具体的には、(a)神経の炎症をともなわないこと、(b)障害部が網膜神経節細胞(RGC: retinal ganglion cell)に限定的であること、(c)経時的に神経障害が進行すること、(d)視神経乳頭部に特徴的な所見(陥凹)を有すること、(e)眼圧は正常のまま維持されること、などの特徴を示す。正常眼圧緑内障は、進行が緩やかで自覚症状も少ないため、早期発見が難しく、また現在のところ、更に眼圧を下げること以外、決めてとなる治療法がない。
【0005】
正常眼圧緑内障モデル非ヒト哺乳動物が得られれば、正常眼圧緑内障の治療に有効な治療薬の開発のために、その治療方法の確立のために、そしてまた該疾患の原因や発生機序の解明のために、極めて有益であると期待される。
【0006】
ここで、正常眼圧緑内障モデルマウスとして、房水の排出路をレーザーで焼灼したもの(非特許文献1)、前房中にビーズを入れたもの(非特許文献2)、房水の排出静脈を凝固させたもの(非特許文献3)、などが知られている。しかしながら、いずれのモデルも、眼圧の調整が困難であること、炎症を伴う場合があること、発生機序に矛盾があること、などの問題があった。
【0007】
また、GLAST遺伝子を欠損させた正常眼圧緑内障モデルマウスも知られている(非特許文献4、特許文献1)。GLASTは、神経情報伝達物質である代謝型グルタミン酸の回収機構として知られているトランスポーターである。
【0008】
正常眼圧緑内障モデルマウスとしては、症状の進行が緩やかであることなどを含め、実際のヒト正常眼圧緑内障と同様の発症メカニズムで同様の症状のものが求められている。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】WO2004/092371A1号パンフレット
【0010】

【非特許文献1】Neuroprotective effects of intravitreal mesenchymal stem cell transplantation in experimental glaucoma. Johnson TV, Bull ND, Hunt DP, Marina N, Tomarev SI, Martin KR. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2010 Apr;51(4):2051-9.
【非特許文献2】The microbead occlusion model: a paradigm for induced ocular hypertension in rats and miceThe microbead occlusion model: a paradigm for induced ocular hypertension in rats and mice. Sappington RM, Carlson BJ, Crish SD, Calkins DJ. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2010 Jan;51(1):207-16
【非特許文献3】Experimental mouse ocular hypertension: establishment of the model. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2003;44:4314-4320 Aihara M, Lindsey JD, Weinreb RN.
【非特許文献4】Takayuki Harada et al., “The potential role of glutamate transporters in the pathogenesis of normal tension glaucoma”, The Journal of Clinical Investigation, 117(7), pp1763-1770 (Jul. 2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記状況において、正常眼圧緑内障モデルとして使用し得る新たな非ヒト哺乳動物などが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAspに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変マウスが正常眼圧緑内障モデルとして使用し得ることを見出した。そして、さらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下に示す、遺伝子改変非ヒト哺乳動物、及び当該非ヒト哺乳動物を用いた、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法などを提供する。
[1] c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAsp又はGluに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物。
[2] 前記Serが、c-Srcタンパク質のN末端から74番目のアミノ酸残基である、上記[1]記載の非ヒト哺乳動物。
[3] 前記SerがAspと置換された、上記[1]又は[2]記載の非ヒト哺乳動物。
[4] 前記非ヒト哺乳動物が、変異型Src遺伝子をホモ接合で有する、上記[1]~[3]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物。
[5] 前記非ヒト哺乳動物が次の条件:
1)その眼圧が正常範囲にあり、かつ
2)その網膜神経節の細胞数が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて減少している、
を満たしている、上記[1]~[4]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物。
[6] 前記非ヒト哺乳動物がマウスである、上記[1]~[5]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物。
[7] 前記非ヒト哺乳動物が正常眼圧緑内障モデルとして用いられる、上記[1]~[6]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物。
[8] 上記[1]~[7]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物を用いた、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法。
[9] 前記方法が、
1)上記[1]~[7]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に候補物質を投与すること、
2)前記各非ヒト哺乳動物において、投与前、及び投与してから一定期間後に、生存する視神経細胞の数量を検査すること、及び
3)前記各非ヒト哺乳動物の検査結果を比較して、候補物質の有効性を評価すること、
を含む、上記[8]記載の方法。
[9-1] 前記方法が、
1)上記[1]~[7]のいずれか1項記載の非ヒト哺乳動物及び対照非ヒト哺乳動物に候補物質を投与すること、
2)前記各非ヒト哺乳動物において、投与前、及び投与してから一定期間後に、生存する視神経細胞の数量を検査すること、及び
3)前記各非ヒト哺乳動物の検査結果を比較して、候補物質の有効性を評価すること、
を含む、上記[8]記載の方法。
[10] 前記生存する視神経細胞の数量の検査が、網膜神経節の神経細胞数を計数することである、上記[9]記載の方法。
[10-1] 前記生存する視神経細胞の数量の検査が、網膜神経節の神経細胞数を計数することである、上記[9-1]記載の方法。
[11] 前記対照非ヒト動物が、野生型非ヒト動物及び/又はc-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAlaに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物である、上記[9-1]又は[10-1]記載の方法。
[11-1] 対照非ヒト動物における前記Serが、c-Srcタンパク質のN末端から74番目のアミノ酸残基である、上記[11]記載の方法。
[11-3] 対照遺伝子改変非ヒト哺乳動物が、変異型Src遺伝子をホモ接合で有する、上記[11]又は[11-1]記載の方法。
[12] c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAlaに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物。
[12-1] 前記Serが、c-Srcタンパク質のN末端から74番目のアミノ酸残基である、上記[12]記載の非ヒト哺乳動物。
[12-2] 前記非ヒト哺乳動物が、変異型Src遺伝子をホモ接合で有する、上記[12]又は[12-1]記載の非ヒト哺乳動物。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、正常眼圧緑内障モデルとして使用し得る新たな非ヒト哺乳動物が提供される。本発明の好ましい態様の非ヒト哺乳動物は、症状の進行が緩やかであるなど、実際のヒト正常眼圧緑内障と同様の症状を示す。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】SDマウスの網膜神経節細胞数の経時的な変化を示すグラフである。Wild: 野生型マウス、Hetero:ヘテロ接合体マウス、Homo:ホモ接合体マウス。
【図2】対照(SAマウス)の網膜神経節細胞数の経時的な変化を示すグラフである。Wild: 野生型マウス、Hetero:ヘテロ接合体マウス、Homo:ホモ接合体マウス。
【図3】SDマウス(a)および対照(SAマウス)(b)の眼圧を示すグラフである。ワイルド:野生型マウス、ヘテロ:ヘテロ接合体マウス、ホモ:ホモ接合体マウス。縦軸の単位はmmHgである。
【図4】SDマウス(ホモ接合体)から採取した網膜神経節細胞の培養細胞での生存率を示すグラフである。
【図5】対照(SAマウス(ホモ接合体))から採取した網膜神経節細胞の培養細胞での生存率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。なお、本明細書に記載した全ての文献及び刊行物は、その目的にかかわらず参照によりその全体を本明細書に組み込むものとする。

【0017】
1. 本発明の概要
本発明は、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAsp又はGluに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物を提供する。このような本発明の非ヒト哺乳動物では、変異型Src遺伝子が発現することでc-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位が恒常的にリン酸化された状態を疑似している。

【0018】
後述の実施例に示したように、本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物は、(a)神経の炎症をともなわないこと(表1)、(b)障害部が網膜神経節細胞(RGG: retinal ganglion cell)に限定的であること(表1)、(c)経時的に神経障害が進行すること(図1、表1)、(d)眼圧は正常のまま維持されること(図3、表1)、などのヒトの正常眼圧緑内障の症状と同様の特徴を示す。
このため、本発明の好ましい態様の非ヒト哺乳動物は、正常眼圧緑内障モデルとして使用することができる。

【0019】
本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物で、ヒトの正常眼圧緑内障の症状と同様の特徴を示す理由として、次の仮説が考えられる。ただし、本発明は、以下の仮説に拘束されるものではない。
神経シナプスにおける主たる興奮性神経伝達物質はグルタミン酸である。何らかの原因で過剰に細胞外に放出されたグルタミン酸は、網膜神経節細胞のNMDAレセプター等と結合し、細胞内へのCaイオンの流入を促進する。この結果、網膜神経節細胞の細胞死が誘発される。がん原遺伝子SrcのCdk5によってリン酸化される部位に上記のような点変異を導入することにより、網膜神経節細胞のNMDAレセプターの正常な制御が崩れてCaイオンの流入が促進され、網膜神経節細胞の細胞死が誘発されることにより緑内障が発症すると考えられる。

【0020】
さらに、本発明の好ましい態様の非ヒト哺乳動物を用いることで、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤をスクリーニングすることができる。

【0021】
2. 変異型Src遺伝子
c-Srcタンパク質は、がん原遺伝子であるSrc遺伝子にコードされている膜結合型タンパク質であり、通常の細胞でチロシンキナーゼとして機能する。例えば、マウスのc-Srcタンパク質は、配列番号:1に示す塩基配列を有するDNA鎖によってコードされ(NCBI Accession No. NM_009271.3)、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質である(NCBI Accession No. NP_033297.2)。また、ラットについては、c-Srcタンパク質をコードするDNA配列は、NCBI Accession No. NM_031977.1に示され、c-Srcタンパク質のアミノ酸配列は、NCBI Accession No. NP_114183.1に示されている。

【0022】
本発明の変異型Src遺伝子は、上記c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerが、Asp又はGluに変異した遺伝子である。c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、公知の方法で同定することができ、例えば、Shenoy, S. et al., “Purified maturation promoting factor phosphorylates pp60c-src at the sites phosphorylated during fibroblast mitosis”Cell 57, pp763-774、Kato,G. and Maeda, S., “Neuron-specific Cdk5 kinase is responsible for mitosis-independent phosphorylation of c-Src at Ser75 in human Y79 retinoblastoma cells”J. Biochem. 126, pp957-961 などに記載の方法又はこれに準ずる方法により同定することができる。
c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、例えば、マウスではN末端から74番目のアミノ酸残基、すなわち、配列番号:2のアミノ酸配列では、N末端から74番目のアミノ酸残基である。このアミノ酸残基は、配列番号:1の塩基配列では、5'末端から604番目~606番目のコドンに対応する。ここで、マウスc-Srcタンパク質におけるN末端から74番目のアミノ酸残基のSerは、ヒトの対応する75番目のSerでCdk5リン酸化部位であることが初めて明らかにされたことから一般に「Ser75」と呼ばれており、本明細書中でも「Ser75」という場合がある。
また、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、ラットでは、N末端から75番目のアミノ酸残基である。

【0023】
本発明では、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、Serのリン酸化状態を疑似できるアミノ酸と置換している。そのようなアミノ酸は、Asp又はGluであり、好ましくはAspである。
具体的には、発明の変異型Src遺伝子では、Src遺伝子の前記Serをコードするコドン「AGC」、「AGT」、「TCA」、「TCC」、「TCG」又は「TCT」が、Aspをコードするコドン「GAC」又は「GAT」、あるいはGluをコードするコドン「GAA」又は「GAG」に変異している。本発明のいくつかの態様では、Src遺伝子の前記Serをコードするコドン「TCC」が、Aspをコードするコドン「GAC」又は「GAT」に、好ましくは、コドン「GAC」に変異している。

【0024】
本発明の変異型Src遺伝子は、更にはそのゲノム配列が、その機能が維持される範囲内で上記Cdk5リン酸化部位のアミノ酸残基以外にも変異していること、例えば塩基やアミノ酸残基の置換、欠失、付加、又は挿入を受けていることもあり、本発明では、その様な変異体、例えば上記のコード核酸配列において、上記Cdk5リン酸化部位以外の部位で、例えば1~10個、好ましくは1~5個の塩基が置換、欠失、付加、又は挿入している変異体、あるいは上記アミノ酸配列において、上記Cdk5リン酸化部位以外の部位で、例えば1~10個、好ましくは1~5個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入している変異体なども、本発明の変異型Src遺伝子に含まれる。

【0025】
本発明において、Src遺伝子に変異が導入された遺伝子改変非ヒト哺乳動物は、1つの内在性Src遺伝子に変異が導入されているヘテロ接合型、及び2つの内在性Src遺伝子に変異が導入されているホモ接合型を包含するが、本発明では、ホモ接合型がより好ましい。

【0026】
この様な内在性Src遺伝子への変異の導入を、公知の遺伝子改変非ヒト哺乳動物の作製方法、例えば、ジーンターゲッティング法などにより達成することができる。

【0027】
3.本発明の非ヒト哺乳動物
本発明の非ヒト哺乳動物は、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAsp又はGluに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物である。本発明の非ヒト哺乳動物は、相同染色体上の1又は2つの内在性Src遺伝子が本発明の変異型Src遺伝子と置換されている。すなわち、本発明の非ヒト哺乳動物は、本発明の変異型Src遺伝子のヘテロ接合体又はホモ接合体であり、好ましくは、本発明の変異型Src遺伝子のホモ接合体である。

【0028】
本発明の変異型Src遺伝子を有する非ヒト哺乳動物は、Src遺伝子を有するヒト以外の哺乳動物であれば、いかなる哺乳動物でもよい。そのような哺乳動物としては、例えば、ウシ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット、サル等が用いられる。非ヒト哺乳動物のなかでも、病態動物モデル系の作製の面から個体発生及び生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易なげっ歯動物、とりわけマウス又はラットが好ましく、マウスがより好ましい。

【0029】
本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物は、1)その眼圧が正常範囲にあり、かつ2)その網膜神経節の細胞数が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて減少している。「野生型非ヒト哺乳動物」は、例えば、緑内障を患っていない非ヒト哺乳動物であり、好ましくは、変異型Src遺伝子のヘテロ接合体マウスの交配により得られた野生型(正常型)Src遺伝子を有する緑内障を患っていない非ヒト哺乳動物である。

【0030】
「その眼圧が正常範囲」とは、本発明の非ヒト哺乳動物の眼圧の測定値が、野生型非ヒト哺乳動物の眼圧の正常値の範囲内に収まることを意味する。例えば、野生型マウスの眼圧の正常値は、通常、10~21 mmHgであり、本発明のマウスでもまた、その眼圧は正常範囲内にあるのが好ましい。ただし、個体により、上記範囲を逸脱することもあるが、高眼圧といわれる範囲、例えば30mmHg以上にまで達するものではない。非ヒト哺乳動物の眼圧は、例えば電子眼圧計を用いて測定することができる。

【0031】
また、好ましくは、本発明の非ヒト哺乳動物では、その網膜神経節の神経細胞数が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて減少しており、例えば、野生型非ヒト哺乳動物に比べて、好ましくは少なくとも20%ほど、より好ましくは少なくとも40%ほど、さらに好ましくは50%ほど減少している。網膜神経節の神経細胞数の減少は、慣用的な組織化学的な手法により、例えば切片を用いたヘマトキシリン/エオシン染色により、顕微鏡下に測定することができる。

【0032】
また、好ましくは、本発明の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物から採取した網膜神経節の神経細胞をそれぞれ培養した時に、本発明の非ヒト哺乳動物の培養細胞生存率が、野生型非ヒト哺乳動物に比べて、低下しており、例えば、野生型非ヒト哺乳動物に比べて、好ましくは少なくとも20%ほど、より好ましくは少なくとも40%ほど、さらに好ましくは50%ほど低下している。

【0033】
この網膜神経節の神経細胞数の減少及び培養細胞生存率の低下は、神経変性又は神経細胞死ととらえることができる。一般に、正常眼圧緑内障を含む緑内障では、視神経乳頭部の萎縮や網膜神経繊維の欠損が認められており、現在では眼圧依存性にせよ非依存性にせよ緑内障の最終病像は、網膜神経節細胞死であると考えられている。

【0034】
従って、本発明の好ましい態様の非ヒト哺乳動物は、その眼の性状、すなわち眼圧が正常範囲にあること、及び網膜神経節の細胞数が減少していること、また、培養細胞生存率が低下していることを考慮すると、正常眼圧緑内障のモデル非ヒト哺乳動物として使用することができる。

【0035】
4. 本発明の非ヒト哺乳動物の作製
本発明は、本発明の非ヒト哺乳動物の作製方法を提供する。本発明の非ヒト哺乳動物は、例えば、標準的な方法で作製することができる。
当該方法は、
(a)遺伝子のターゲティングにより相同染色体上の内在性Src遺伝子を本発明の変異型Src遺伝子に変異させたES細胞を作製すること、
(b)ES細胞を用いて、キメラ非ヒト哺乳動物を作製すること、
(c)キメラ非ヒト哺乳動物を野生型非ヒト哺乳動物と交配してヘテロ接合体非ヒト哺乳動物を作製すること、
(d)ヘテロ接合体非ヒト哺乳動物同士を交配して、ホモ接合体非ヒト哺乳動物を作製すること、を含む。
以下、上記各工程について詳細に説明する。

【0036】
工程(a): 遺伝子ターゲティング
遺伝子ターゲティング法では、ES細胞内の染色体上のSrc遺伝子を本発明の変異型Src遺伝子に変異させるために、ターゲティングベクターを用いる。
Src遺伝子を本発明の変異型Src遺伝子に変異させるためには、Src遺伝子中のCdkリン酸化部位であるSerをコードする部分に、例えば、点変異を導入する。点変異の導入は、公知の部位特異的突然変異誘発法(例えば、Deng, W.P. et al., “Site-directed mutagenesis of virtually any plasmid by eliminating a unique site”, Anal. Biochem. 200, pp81-88に記載の方法、文献Ling, M.M. and Robinson, B.H., “Approaches to DNA mutagenesis: An overview”, Anal. Biochem. 254, pp157-178に記載の方法、又はそられに準じる方法等)により行うことができる。点変異の導入は、市販のキット、例えば、MutanTM-super Express Km(宝酒造(株))、MutanTM-K(宝酒造(株))等を用いて行うこともできる。

【0037】
また、ターゲティングベクターは、相同組換えを起こさせた後の組換え体のスクリーニングが容易となるように構築することが好ましい。例えば、ポジティブ-ネガティブ選択をするために、ベクターに薬剤耐性遺伝子又は毒素遺伝子などの選択マーカーを連結することができる。ポジティブ-ネガティブ選別法は、当分野において周知である。すなわち、ポジティブ選別は、選択マーカー遺伝子が組み込まれなかった細胞は、薬剤を含む培養液で培養すると、耐性遺伝子を含まないために死ぬことを利用するものであり、ネガティブ選別法は、組み込みがランダムに起こった細胞では、ネガティブ選別用遺伝子が発現するために、細胞が死ぬことを利用するものである。その結果、相同組換えを起こした細胞のみが生き残り、選別される。

【0038】
選択マーカー遺伝子は、ポジティブ選択用として例えばネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子などを使用することができ、ネガティブ選択用として例えばヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV-tk)、ジフテリア毒素A遺伝子などを使用することができる。

【0039】
上記の方法により作製したターゲティングベクターを用いて、相同組換えを行う。現在確立されている遺伝子ターゲティング法では、本発明の変異型Src遺伝子を有する非ヒト哺乳動物を作製する場合には、ES細胞を使用することが望ましい。ES細胞として、マウスの場合には、CCE、E14、J1、TT2、D3、BL/6-III等を適宜選択して使用することができる。

【0040】
相同組換えを起こさせるために、上記ターゲティングベクターを細胞中に導入する。ターゲティングベクターを細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、リポソーム法などを使用することができる。効率、作業の容易性などを考慮して、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。そして細胞中の目的とするゲノムDNA配列を、ターゲティングベクターの相同組換えによって置換する。

【0041】
その後、選択マーカー遺伝子は、除去するようにしてもよい。選択マーカーの除去は、Askew GR, Doetschman T, Lingrel JB. Site-directed point mutations in embryonic stem cells: a gene-targeting tag-and-exchange strategy. Mol Cell Biol. 1993;13(7):4115-24.、Wu H, Liu X, Jaenisch R. Double replacement: strategy for efficient introduction of subtle mutations into the murine Col1a-1 gene by homologous recombination in embryonic stem cells. Proc Natl Acad Sci U S A. 1994;91(7):2819-23.などに記載のdouble replacement/tag-and-exchange procedure; Giese KP, Fedorov NB, Filipkowski RK, Silva AJ. Autophosphorylation at Thr286 of the alpha calcium-calmodulin kinase II in LTP and learning. Science. 1998;279(5352):870-3.などに記載のCre/loxP procedure; Horie K, Maeda S, Nishiguchi S, Gottesman ME, Shimada K. A replacement vector used to introduce subtle mutations into mouse genes. Gene. 1995;166(2):197-204.などに記載のreplacement and excision procedure; などにより行うことができる。

【0042】
Src遺伝子がターゲティングされているか否かは、PCR法、サザンブロット法等により確認することができる。

【0043】
工程(b):キメラ非ヒト哺乳動物の作製
相同組換えの結果得られた組換えES細胞を、8細胞期又は胚盤胞の胚内に移植する。このES細胞移植胚を偽妊娠仮親の子宮内に移植して出産させることによりキメラ動物を作製する。
ES細胞を胚内に移植する方法として、マイクロインジェクション法、凝集法などの公知の手法を用いることができる。

【0044】
マウスの場合、まず、ホルモン剤により過排卵処理を施した雌マウスを、雄マウスと交配させる。その後、8細胞期胚を用いる場合には受精から2.5日目に、胚盤胞を用いる場合には受精から3.5日目に、それぞれ卵管又は子宮から初期発生胚を回収する。回収した胚に、相同組換えを行ったES細胞を注入し、キメラ胚を作製する。

【0045】
一方、仮親にするための偽妊娠雌マウスは、正常性周期の雌マウスを、精管結紮などにより去勢した雄マウスと交配することにより得ることができる。作出した偽妊娠マウスに対して、上述の方法により作製したキメラ胚を子宮内移植し、その後出産させることによりキメラマウスを作製することができる。

【0046】
マウス以外の非ヒト哺乳動物についても、上記と同様にして、キメラ非ヒト哺乳動物を作製することができる。

【0047】
工程(c):ヘテロ接合体非ヒト哺乳動物の作製
上記のようにして得たキメラ非ヒト哺乳動物の中から、ES細胞移植胚由来の雄キメラ非ヒト哺乳動物を選択する。マウスの場合、選択したES細胞移植胚由来の雄マウスが成熟した後、このマウスを純系マウス系統の雌マウスと交配させる。そして、誕生した子マウスに、ES細胞に由来するマウス(ES細胞に組み込まれたゲノムを有していたマウス)の被毛色が現れることにより、ES細胞がキメラマウスの生殖系列へ導入されたことを確認することができる。そして、胚内に移植された組換えES細胞が生殖系列に導入されたヘテロ接合体非ヒト哺乳動物を繁殖する。

【0048】
工程(d):ホモ接合体非ヒト哺乳動物の作製
上記のようにして得たヘテロ接合体非ヒト哺乳動物同士を交配させて、ホモ接合体非ヒト哺乳動物を得ることができる。

【0049】
工程(c)又は(d)においてヘテロ接合体又はホモ接合体非ヒト哺乳動物が得られたことの確認については、組織から染色体DNAを抽出しサザンブロット法やPCR法で行うことができる。さらに、組織からRNAを抽出し、ノーザンブロット解析により遺伝子の発現パターンを解析することもできる。本発明の変異Src遺伝子がコードするタンパク質に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行なってもよい。

【0050】
また、樹立した動物系統について、ヘテロ接合体非ヒト哺乳動物及びホモ接合体非ヒト哺乳動物の表現型を解析することもできる。表現型の解析は、肉眼的観察、解剖による内部の観察、各臓器の組織切片、X線撮影による観察、行動や記憶の観察、血液検査や血清生化学検査、眼圧検査、細隙灯検査、眼底検査などで行う。解析時期は、胎生期から成体までの任意の時期であってよく、特に限定されるものではない。

【0051】
さらに、上記の通りに作製したホモ接合体又はヘテロ接合体において、その眼圧が正常範囲にあること、及び網膜神経節の神経細胞が減少していることを確認する。
本発明の非ヒト哺乳動物が、マウスの場合、その眼圧は、通常約21mmHg以下、例えば約10~21mmHgである。用いたES細胞の起源であるマウスの系統、又はキメラ胚の作製に用いた正常胚の起源であるマウスの系統によって、この眼圧範囲は多少変動しうるが、それを考慮しても。30mmHg未満であるのが好ましい。眼圧の測定方法は、公知の慣用的な方法を用いて行うことができる。より具体的には、例えば、後述の実施例に記載の方法により行うことができる。

【0052】
本発明の非ヒト哺乳動物では、その網膜神経節の神経細胞数が、野生型マウスに比べて減少しており、例えば、少なくとも20%、より好ましくは少なくとも50%ほど減少している。網膜神経節細胞数の計測方法も、公知の慣用的な方法を用いて行うことができる。より具体的には、例えば、後述の実施例に記載の方法により行うことができる。

【0053】
5.正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法
本発明の非ヒト哺乳動物は、正常眼圧緑内障を予防及び/又は治療剤、特には網膜神経節の神経細胞を含む、視神経細胞の死若しくは変性、又はその機能の低下を抑制するために有効な薬剤、あるいは視神経細胞又はその機能を回復させるために有効な薬剤をスクリーニングするために用いることができる。

【0054】
従って、本発明は、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法であって、
1)本発明の非ヒト哺乳動物及び野生型非ヒト哺乳動物に候補物質を投与すること、
2)前記各非ヒト哺乳動物において、投与前、及び投与してから一定期間後に、生存する視神経細胞の数量を検査すること、及び
3)前記各非ヒト哺乳動物の検査結果を比較して、候補物質の有効性を評価すること、
を含んで成るスクリーニング方法を提供する。

【0055】
本発明の別のいくつかの態様は、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法であって、
1)本発明の非ヒト哺乳動物及び対照非ヒト哺乳動物に候補物質を投与すること、
2)前記各非ヒト哺乳動物において、投与前、及び投与してから一定期間後に、生存する視神経細胞の数量を検査すること、及び
3)前記各非ヒト哺乳動物の検査結果を比較して、候補物質の有効性を評価すること、
を含んで成るスクリーニング方法を提供する。

【0056】
前記対照非ヒト哺乳動物は、野生型非ヒト動物及び/又はc-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAlaに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物である。好ましくは、前記対照非ヒト哺乳動物は、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerをAlaに置換する変異をSrc遺伝子に導入した遺伝子改変非ヒト哺乳動物である。対照として前記遺伝子改変非ヒト哺乳動物を用いることで、Src遺伝子により特異的な正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤をスクリーニングすることができる。
c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、前記説明したのと同様である。前記対照非ヒト哺乳動物では、c-Srcタンパク質のCdk5リン酸化部位であるSerは、Serの非リン酸化状態を疑似できるアミノ酸と置換している。そのようなアミノ酸は、Alaである。
対照として用いられる前記遺伝子改変非ヒト哺乳動物は、前記本発明の非ヒト哺乳動物を作製する方法に準ずる方法により作製することができる。

【0057】
候補物質が、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療にとって有効であるか否かは、緑内障に特徴的な徴候を改善できるか否かを検査することのよって判定することができる。例えば、網膜神経節の神経細胞数を計数することにより、試験化合物の投与により、対照マウスに比べて、その数が少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも30%回復していれば、その試験化合物は、医薬上有効であると判定してよい。

【0058】
本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物は、出生後、月齢と共に網膜神経節の細胞数が徐々に低下していくことが判明している(図1)。従って、上記スクリーニング方法の1つの態様として、1)出生後直ぐに、1群の本発明の非ヒト哺乳動物には定期的に候補物質を投与し、もう1群の本発明の非ヒト哺乳動物には候補物質を投与せず、2)各月齢で、網膜神経節の細胞数を測定し、そして3)両者の比較から、網膜神経節の細胞数の経時的な低下を抑制する候補物質を選別することもできる。

【0059】
候補物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物の組織抽出液、血漿などが挙げられ、これら化合物は新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。これら候補物質は塩を形成していてもよく、候補物質の塩としては、生理学的に許容される酸(例えば、有機酸又は無機酸など)や塩基(例えば、金属酸など)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸など)との塩、或いは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸など)との塩などが用いられる。また、候補物質は、所望のタンパク質を発現するための遺伝子ベクターであってもよい。

【0060】
候補物質の投与経路も、候補物質の性質が許す限り、種々の方法を試みてよく、例えば点眼や経口投与によることもできる。投与期間や投与様式も、候補物質の効果を最大限にする様に選択される。この様な候補物質の種類や投与方法は、製薬分野又は医学分野における通常の方法に従ってもよい。

【0061】
更に、本発明の非ヒト哺乳動物を、他の種類の疾患モデル非ヒト哺乳動物と交配して、新たな疾患モデル非ヒト哺乳動物を作製することもできる。この様な、疾患モデル非ヒト哺乳動物の使用もまた本発明に含まれる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0063】
実施例1: SDマウス及びSAマウスの作製
(1) ES細胞(SD)及びES細胞(SA)の作製
Src遺伝子にCdk5リン酸化部位であるSer75をAspに置換する変異を導入したES細胞(「ES細胞(SD)」)、及び同リン酸化部位であるSer75をAlaに置換する変異を導入したES細胞(「ES細胞(SA)」)を次のように作製した。選択マーカー遺伝子や外来部位特異的組換え配列による内在遺伝子の発現や染色体構造への影響を排除するため、点変異のみを導入するためのベクターを作製した。即ち、HSV-tk遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子が直列に結合した塩基配列の両端に、内在性Src遺伝子の一部の塩基配列を順向きに接続した。この点変異導入用ターゲティングベクターをエレクトロポレーション法でES細胞へ移入した。G418(ネオマイシン)に耐性となった細胞より、相同組換えによって一方のアレルに点変異が導入された細胞(相同組換え体)を以下のように選択した。即ち、サザンブロット法で相同組換え型のゲノムを有する細胞を選択後、PCR-アレル特異的プローブドットハイブリダイゼーション法により目的の点変異が導入された細胞を選択した。更に、分子内相同組換えでマーカー遺伝子を欠失してFIAU(ウラシル誘導体)耐性、G418感受性となった細胞を単離し、サザンブロット法及びPCR-アレル特異的プローブドットハイブリダイゼーション法でヘテロ接合体変異ES細胞を選択した。
【実施例】
【0064】
(2) SDマウス(キメラ)及びSAマウス(キメラ)の作製
SDマウス(キメラ)及びSAマウス(キメラ)を次のように作製した。すなわち、発情期の雌のC57BL/6マウスと雄の同マウスを交配させ、膣栓形成したの雌マウスについて4日後に卵管から胚盤胞(3.5日胚)を回収した。この胚盤胞にヘテロ接合体変異ES細胞をマイクロマニュピレーターで注入し、あらかじめ準備した仮親の子宮に移植し仔を出産させた。仔の毛色によりES細胞の貢献率を推測した。
【実施例】
【0065】
(3) SDマウス(ヘテロ接合体)及びSAマウス(ヘテロ接合体)の作製
SDマウス(ヘテロ接合体)及びSAマウス(ヘテロ接合体)を次のように作製した。すなわち、50%以上の貢献率を呈した雄キメラマウスを雌のC57BL/6マウスと交配させ、生まれた仔の毛色(129マウス)によりES細胞がキメラマウスの生殖細胞に分化したことを確認した。更に、仔マウスの尾よりゲノムDNAを抽出後、PCR-アレル特異的プローブドットハイブリダイゼーション法により、Src遺伝子の一方のアレルに点変異をもつことを確認した。得られた生殖細胞のSrc遺伝子に目的の点変異を持つキメラマウスとC57BL/6マウスとを交配させ、生まれた仔の遺伝子型解析をPCR-アレル特異的プローブドットハイブリダイゼーション法で行い、ヘテロ接合体マウス株を樹立した。
【実施例】
【0066】
(4) SDマウス(ホモ接合体)及びSAマウス(ホモ接合体)の作製
SDマウス(ホモ接合体)及びSAマウス(ホモ接合体)を次のように作製した。すなわち、ヘテロ接合体マウス株同士を交配させ、生まれた仔の遺伝子型解析をPCR-アレル特異的プローブドットハイブリダイゼーション法で行い、目的の点変異が導入されたホモ接合体マウス株を確立した。
【実施例】
【0067】
上記のようにして得られたSDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)では、c-Srcタンパク質のSer75がAspに置換されており、この置換により、Ser75の恒常的なリン酸化状態を疑似している。一方、SAマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)では、c-Srcタンパク質のSer75がAlaに置換されており、この置換によりSer75でリン酸化が恒常的に起こらない。
【実施例】
【0068】
実施例2: 視神経の炎症、及び視神経の障害部分
実施例1で得られたSDマウス(ホモ接合体)及びSAマウス(ホモ接合体)について、視神経の炎症、及び視神経の障害部分を次のように観察した。
7か月、11か月、17か月、23か月齢時の各マウスから眼球を摘出し、光学顕微鏡にて観察し、炎症性細胞の浸潤や、出血、浮腫などの炎症性所見のないことを組織学的に確認した。
【実施例】
【0069】
その結果を下記の表1にまとめた。表1に示したように、SDマウス(ホモ接合体)では、視神経の炎症が見られず、視神経の障害部分は網膜神経細胞のみであった。一方、対照モデルのSAマウス(ホモ接合体)では、視神経の炎症が見られず、視神経の障害もなかった。
【実施例】
【0070】
実施例3: 網膜標本細胞数の測定
野生型正常マウス、並びに実施例1で得られたSDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)及びSAマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)について、網膜標本細胞数を次のように測定した。
各マウスから眼球を摘出し、網膜切片標本を作製した。視神経からの距離を各測定眼一定にして、遺伝子型をマスクした検者が網膜神経節細胞数を測定した。測定のばらつきや誤差をなくすために1つの眼球から、すべてのサンプルで同様な位置が選択されるように複数の測定点を選択した。
【実施例】
【0071】
その結果を、図1及び2、並びに下記表1に示す。
図1及び表1に示したように、SDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)では、6~7月齢時には、網膜神経節細胞(RGG)の数は野生型正常マウスと比較してほとんど変わらないが、16~23月齢時には、RGGの数が野生型正常マウスと比較して有意に低下していた。平均値で比較すると、SDマウス(ヘテロ接合体)及びSDマウス(ホモ接合体)では、野生型マウスと比較して、それぞれ、RGGの数の平均値が約20%及び20から40%減少していた。このことから、SDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)では、経時的に緑内障の症状が進行していることが分かる。
一方、図2及び表1に示したように、対照モデルのSAマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)では、6~7月齢時でも17~23月齢時でも、RGGの数は野生型正常マウスと比較してほとんど変わらなかった。
【実施例】
【0072】
実施例4: 眼圧の測定
野生型正常マウス、並びに実施例1で得られたSDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)及びSAマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)について、7か月、18か月齢時において眼圧を次のように測定した。マウスの眼圧が最も正確に測定可能であるリバウンド式の眼圧計を用いた。測定前にマウスには全身麻酔薬を腹腔内に注射して十分に麻酔が導入され眼圧測定に支障がない状態として測定した。測定においては測定器の自己信頼性判断結果が良好な値だけを採用し、3回繰り返した後、平均値を採用した。
【実施例】
【0073】
その結果を、図3及び表1に示す。図3及び表1に示したように、SDマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)の眼圧は、野生型正常マウスと比較してほとんど変わらず、正常値の範囲内であった。また、表1に示したように、SAマウス(ヘテロ接合体又はホモ接合体)の眼圧も、正常値の範囲内であった。
【実施例】
【0074】
実施例5: 培養細胞生存率
野生型正常マウス、並びに実施例1で得られたSDマウス(ホモ接合体)及びSAマウス(ホモ接合体)について、網膜神経節細胞の単離、単離した細胞の培養、及び培養細胞生存率の測定を、次のように行った。
先ず、野生型マウス、SDマウス(ホモ接合体型)及びSAマウス(ホモ接合体型)の各々から、網膜神経節細胞を次のようにして単離した。具体的には、Barres BA, Silverstein BE, Corey DP, Chun LLY. Immunological, morphological, and elecrtrophysiological variation among retinal ganglion calls purified by panning. Neuron. 1988; 1: 791-803.に記載の免疫学的手法であるtwo-step panning法を用いた。すなわち、マウス網膜神経節細胞(RGC)と交差反応をする細胞の除去のために第一段階ではマクロファージ抗体を用い第2段階においてRGCの特異的抗体であるThy1.2抗体を用いてRGCを単離した。
【実施例】
【0075】
次に、単離した細胞について、Barres BA, Silverstein BE, Corey DP, Chun LLY. Immunological, Morphological, and elecrtrophysiological variation among retinal ganglion calls purified by panning. Neuron. 1988; 1: 791-803.、Kashiwagi F, Kashiwagi K, Iizuka Y, Tsukahara S. Effects of brain-derived neurotrophic factor and neurotrophin-4 on isolated cultured retinal ganglion cells: evaluation by flow cytometry. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2000 Jul;41(8):2373-7.、及びKashiwagi K, Iizuka Y, Araie M, Suzuki Y, Tsukahara S. Effects of retinal glial cells on isolated rat retinal ganglion cells. Invest Ophthalmol Vis Sci.2001 Oct;42(11):2686-94.に記載の神経細胞培養のために開発した無血清培地を用いて培養を行った。
【実施例】
【0076】
そして、培養細胞の生存率を次のように測定した。生存細胞、死亡した細胞の鑑別のためにLive-dead assayを用いた(Kashiwagi F, Kashiwagi K, Iizuka Y, Tsukahara S. Effects of brain-derived neurotrophic factor and neurotrophin-4 on isolated cultured retinal ganglion cells: evaluation by flow cytometry. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2000 Jul;41(8):2373-7.、及びKashiwagi K, Iizuka Y, Araie M, Suzuki Y, Tsukahara S. Effects of retinal glial cells on isolated rat retinal ganglion cells. Invest Ophthalmol Vis Sci.2001 Oct;42(11):2686-94.)。これにより生存細胞、死亡細胞はそれぞれことなる蛍光染色を示すようになる。Assayで発色した細胞は、蛍光顕微鏡下で細胞条件をマスクして評価し生細胞、死細胞の評価を行い生存率を定量的に計測した。
【実施例】
【0077】
その結果を図4及び図5、並びに表1に示す。図4及び表1に示すようにSDマウス(ホモ接合体)では、野生型マウスと比較して、培養細胞生存率が有意に減少していた。平均値で比較すると、SDマウス(ホモ接合体)では、野生型マウスと比較して、培養細胞生存率の平均値が約50%減少していた。一方、図5に示すようにSAマウス(ホモ接合体)では、野生型マウスと比較して、培養細胞生存率が有意に上昇していた。
【実施例】
【0078】
上記実施例の結果を、下記表1にまとめた。
【実施例】
【0079】
【表1】
JP0005938731B2_000002t.gif
【実施例】
【0080】
以上の実施例で示したように、SDマウスは、神経の炎症をともなわないこと、障害部分が網膜神経節細胞に限定的であること、経時的に神経障害が進行すること、眼圧は正常なまま維持されることなどの条件を満たしており、ヒト正常眼圧緑内障と同様の症状を示す。よって、SDマウスは、正常眼圧緑内障モデルとして使用し得る。したがって、本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物は、正常眼圧緑内障モデル非ヒト哺乳動物として使用し得ることが分かる。
【実施例】
【0081】
一方、対照モデルとして用いたSAマウスは、正常眼圧緑内障の原因となる網膜神経節細胞の障害がおこらず、正常であった。SAマウスでは、癌原遺伝子c-SrcのCdk5リン酸化部位のリン酸化が恒常的に抑えられている。よって、癌原遺伝子c-SrcのCdk5リン酸化部位のリン酸化を抑制する薬剤は、正常眼圧緑内障の原因となる網膜神経節細胞の障害を抑制し得る。したがって、本発明のいくつかの態様の非ヒト哺乳動物は、正常眼圧緑内障の予防及び/又は治療剤のスクリーニング方法に使用し得る。
【配列表フリ-テキスト】
【0082】
[配列番号:1]マウスc-Srcタンパク質をコードする塩基配列である。
[配列番号:2]マウスc-Srcタンパク質のアミノ酸配列である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4