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明細書 :投射経路選択的な遺伝子発現制御

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2015-208308 (P2015-208308A)
公開日 平成27年11月24日(2015.11.24)
発明の名称または考案の名称 投射経路選択的な遺伝子発現制御
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
請求項の数または発明の数 19
出願形態 OL
全頁数 17
出願番号 特願2014-093463 (P2014-093463)
出願日 平成26年4月30日(2014.4.30)
発明者または考案者 【氏名】山中 章弘
【氏名】犬束 歩
出願人 【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100114362、【弁理士】、【氏名又は名称】萩野 幹治
審査請求 未請求
テーマコード 4B024
Fターム 4B024AA20
4B024BA07
4B024BA38
4B024BA80
4B024CA07
4B024DA02
4B024EA02
4B024EA04
4B024FA02
4B024FA20
要約 【課題】投射経路選択的に遺伝子を発現させることが可能なシステム及びその用途を提供することを課題とする。
【解決手段】部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片の連結体をコードする遺伝子を発現する第1アデノ随伴ウイルスベクターと、前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する第2アデノ随伴ウイルスベクターと、を備える、遺伝子発現システムが提供される。第1アデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に存在する神経細胞に感染させ、第2アデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させる。
【選択図】図3
特許請求の範囲 【請求項1】
部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片の連結体をコードする遺伝子を発現する第1アデノ随伴ウイルスベクターと、
前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する第2アデノ随伴ウイルスベクターと、
を備える、遺伝子発現システム。
【請求項2】
部位特異的DNA組換え酵素がCreリコンビナーゼである、請求項1に記載の遺伝子発現システム。
【請求項3】
前記Creリコンビナーゼが配列番号5に示す配列を含む、請求項2に記載の遺伝子発現システム。
【請求項4】
前記破傷風毒素C末断片が配列番号7に示す配列を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項5】
前記連結体が核移行シグナルペプチドを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項6】
前記第1アデノ随伴ウイルスベクターが、前記連結体をコードする遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持している、請求項1~5のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項7】
前記第1アデノ随伴ウイルスベクターが、自己開裂ペプチドをコードする配列を介して前記レポーター遺伝子と前記連結体をコードする遺伝子が連結された配列構造を備える、請求項6に記載の遺伝子発現システム。
【請求項8】
前記レポーター遺伝子が蛍光蛋白質遺伝子である、請求項6又は7に記載の遺伝子発現システム。
【請求項9】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターがLSL(LoxP-STOP-LoxP)配列又はFSF(FRT-STOP-FRT)配列を含み、該配列の下流に前記目的遺伝子が配置されている、請求項1~8のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項10】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記目的遺伝子を組み込んだFLEX(Flip-Excision)スイッチを備える、請求項1~8のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項11】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記目的遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持している、請求項1~10のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項12】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、自己開裂ペプチドをコードする配列を介して前記レポーター遺伝子と前記目的遺伝子が連結された配列構造を備える、請求項11に記載の遺伝子発現システム。
【請求項13】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターがLSL(LoxP-STOP-LoxP)配列又はFSF(FRT-STOP-FRT)配列を含み、該配列の下流に前記配列構造が配置されている、請求項12に記載の遺伝子発現システム。
【請求項14】
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記配列構造を組み込んだFLEX(Flip-Excision)スイッチを備える、請求項12に記載の遺伝子発現システム。
【請求項15】
前記ポーター遺伝子が蛍光蛋白質遺伝子である、請求項11~14のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
【請求項16】
請求項1~15のいずれか一項に記載の遺伝子発現システムを用いた遺伝子発現法であって、
前記第1アデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターを、前記第1領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
を含む遺伝子発現法。
【請求項17】
Creリコンビナーゼと破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
FLPリコンビナーゼと破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、第2領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
Creリコンビナーゼの存在下でのみ第1目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターと、FLPリコンビナーゼの存在下でのみ第2目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、前記第1領域及び前記第2領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
を含む遺伝子発現法。
【請求項18】
部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する遺伝子改変動物の特定領域に存在する神経細胞に、前記部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを感染させるステップ、を含む遺伝子発現法。
【請求項19】
請求項1に記載のシステムを構築するためのキットであって、
部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を保持する、第1アデノ随伴ウイルスベクタープラスミドと、
前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ発現可能な状態で目的遺伝子を保持する、第2アデノ随伴ウイルスベクタープラスミドと、
を含むキット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子発現制御に関する。詳しくは、経シナプス的逆行性輸送を用いた投射経路選択的な遺伝子発現制御を実現するシステム及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は様々な特徴を基に分類がされてきた。まずは解剖学的に分類された。例えば、中脳黒質緻密部(SNc)や新線条体(CPu)という分類である。その後、更に詳細に、神経伝達物質による分類が可能になった。例えば、ドーパミン神経やセロトニン神経という分類である。現在の主流は、この神経伝達物質による分類法である。しかし、同じ神経伝達物質を有する神経細胞であっても、投射経路によっては、異なる生理的機能を持っている場合がある。例えば、SNcに存在するドーパミン神経と腹側被蓋野(VTA)に存在するドーパミン神経とでは投射経路が異なり、生理的機能も異なっている。神経細胞の活動を投射経路選択的に制御できれば、神経回路の同定とその回路機能の解明が進む。
【0003】
ところで、従来、Creリコンビナーゼ存在下でのみ遺伝子発現誘導を可能にする遺伝子発現制御システムは存在した(例えば非特許文献1、2を参照)。しかし、特定の神経経路特異的に遺伝子発現を誘導する方法は限られていた。特定の神経経路特異的とは、ある神経細胞に入力する神経経路だけに遺伝子発現をさせることを意味する。特定の神経経路特異的な遺伝子発現には狂犬病ウイルスが用いられてきた。しかし、狂犬病ウイルスには毒性があり、感染神経細胞を殺してしまう。また、狂犬病ウイルスを用いるには、特別な施設(P2A)が必要なため、その使用には制限があり、あまり広く使われていなかった。
【0004】
尚、特許文献1には破傷風毒素のC末断片を利用した逆行性軸索輸送によるタンパク質の輸送と活性シナプスを可視化する方法が示されており、特許文献2には狂犬病ウイルスタンパク質の逆行性軸索輸送を利用した神経細胞への遺伝子導入手段が示されている。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特表2007-535316号公報
【特許文献2】特開2012-110290号公報
【0006】

【非特許文献1】J Neurosci. 2008 Jul 9;28(28):7025-30. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1954-08.2008.A FLEX switch targets Channelrhodopsin-2 to multiple cell types for imaging and long-range circuit mapping. Atasoy D1, Aponte Y, Su HH, Sternson SM.
【非特許文献2】Nat Biotechnol. 2003 May;21(5):562-5. Epub 2003 Mar 31. A directional strategy for monitoring Cre-mediated recombination at the cellular level in the mouse.Schnutgen F1, Doerflinger N, Calleja C, Wendling O, Chambon P, Ghyselinck NB.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ある神経細胞に入力する神経経路特異的(換言すれば投射経路選択的)に遺伝子発現を誘導することができれば、神経回路の同定や、その神経経路が担う生理機能を解明することが可能となる。そこで本発明は、投射経路選択的に遺伝子を発現させることが可能なシステム及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題に鑑み研究を進める中で本発明者らは、経シナプス的逆行性に移行する機能を部位特異的DNA組換え酵素(Creリコンビナーゼ)に付与するとともに、アデノ随伴ウイルスベクター(AAVベクター)を使用して遺伝子導入するという戦略を考えた。Creリコンビナーゼ自体は経シナプス逆行性に移行する機能は持たないが、経シナプス的逆行性に移行する機能を有する破傷風毒素の無毒化C末断片(TTC)とCreリコンビナーゼとを連結(融合)させることによって、シナプス的逆行性に移行する機能を有するCreリコンビナーゼ(Cre-TTC)とし、投射経路選択的な遺伝子発現を試みた。検証の結果、この戦略によると、Cre-TTCを保持するAVVベクターを感染させた神経細胞に直接入力している神経細胞(上流の神経細胞)にCreリコンビナーゼが移行し、そこでCreリコンビナーゼ特異的な遺伝子発現が可能であった。即ち、投射経路選択的な遺伝子発現に成功し、上記戦略が極めて有効であることが示された。以下の発明は、主として当該成果に基づく。
[1]部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片の連結体をコードする遺伝子を発現する第1アデノ随伴ウイルスベクターと、
前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する第2アデノ随伴ウイルスベクターと、
を備える、遺伝子発現システム。
[2]部位特異的DNA組換え酵素がCreリコンビナーゼである、[1]に記載の遺伝子発現システム。
[3]前記Creリコンビナーゼが配列番号5に示す配列を含む、[2]に記載の遺伝子発現システム。
[4]前記破傷風毒素C末断片が配列番号7に示す配列を含む、[1]~[3]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[5]前記連結体が核移行シグナルペプチドを含む、[1]~[4]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[6]前記第1アデノ随伴ウイルスベクターが、前記連結体をコードする遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持している、[1]~[5]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[7]前記第1アデノ随伴ウイルスベクターが、自己開裂ペプチドをコードする配列を介して前記レポーター遺伝子と前記連結体をコードする遺伝子が連結された配列構造を備える、[6]に記載の遺伝子発現システム。
[8]前記レポーター遺伝子が蛍光蛋白質遺伝子である、[6]又は[7]に記載の遺伝子発現システム。
[9]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターがLSL(LoxP-STOP-LoxP)配列又はFSF(FRT-STOP-FRT)配列を含み、該配列の下流に前記目的遺伝子が配置されている、[1]~[8]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[10]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記目的遺伝子を組み込んだFLEX(Flip-Excision)スイッチを備える、[1]~[8]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[11]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記目的遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持している、[1]~[10]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[12]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、自己開裂ペプチドをコードする配列を介して前記レポーター遺伝子と前記目的遺伝子が連結された配列構造を備える、[11]に記載の遺伝子発現システム。
[13]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターがLSL(LoxP-STOP-LoxP)配列又はFSF(FRT-STOP-FRT)配列を含み、該配列の下流に前記配列構造が配置されている、[12]に記載の遺伝子発現システム。
[14]前記第2アデノ随伴ウイルスベクターが、前記配列構造を組み込んだFLEX(Flip-Excision)スイッチを備える、[12]に記載の遺伝子発現システム。
[15]前記ポーター遺伝子が蛍光蛋白質遺伝子である、[11]~[14]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システム。
[16][1]~[15]のいずれか一項に記載の遺伝子発現システムを用いた遺伝子発現法であって、
前記第1アデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
前記第2アデノ随伴ウイルスベクターを、前記第1領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
を含む遺伝子発現法。
[17]Creリコンビナーゼと破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
FLPリコンビナーゼと破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、第2領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
Creリコンビナーゼの存在下でのみ第1目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターと、FLPリコンビナーゼの存在下でのみ第2目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを、前記第1領域及び前記第2領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させるステップと、
を含む遺伝子発現法。
[18]部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する遺伝子改変動物の特定領域に存在する神経細胞に、前記部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを感染させるステップ、を含む遺伝子発現法。
[19][1]に記載のシステムを構築するためのキットであって、
部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片との連結体をコードする遺伝子を保持する、第1アデノ随伴ウイルスベクタープラスミドと、
前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ発現可能な状態で目的遺伝子を保持する、第2アデノ随伴ウイルスベクタープラスミドと、
を含むキット。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】部位特異的DNA組換え酵素(Cre)依存的な遺伝子発現の説明。LSL:LoxP-STOP-LoxP(左)とFLEX:Flip-Excision-Excision(右)を利用してCre依存的に目的遺伝子(この図ではチャネルロドプシン(ChR2))を発現させる。LSLでは、Creリコンビナーゼによる部位特異的組換えが生じ、翻訳停止シグナル(STOP)が切り出され、目的遺伝子が発現する。FLEXでは、loxPとlox2272が逆向きの時、それに挟まれた配列が反転し(可逆的反応。(1)、(2))、loxPとlox2272が同じ向きの時、それに挟まれた配列が切り出される(不可逆的反応。(3)(4))。
【図2】多重選択による投射経路選択的な遺伝子発現の例。2種類の部位特異的DNA組換え酵素(Creリコンビナーゼ、FLPリコンビナーゼ(FLPe))を利用することにより、A領域とB領域に入力する細胞特異的な遺伝子発現が可能になる。
【図3】破傷風毒素C末断片(TTC)を利用したCreリコンビナーゼの経シナプス的逆行性輸送。TTCと連結したCreリコンビナーゼ(Cre-TTC)は、破傷風毒素の経シナプス的逆行性輸送機能によって、上流の神経細胞へと輸送される。
【図4】FLEXスイッチを利用したCre依存的遺伝子発現。Creリコンビナーゼ存在下(Cre-TTCの輸送先)でのみ部位特異的組換えが生じ、hrGFPが発現する。
【図5】Cre-TTC発現アデノ随伴ウイルスベクター(AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTC)の構造。CMVプロモーターの制御下にmCherry(配列番号1)をコードする配列(配列番号2)、2Aペプチド(配列番号3)をコードする配列(配列番号4)、Creリコンビナーゼ(配列番号5)をコードする配列(配列番号6)、破傷風毒素C末断片(TTC)(配列番号7)をコードする配列(配列番号8)が上流側から順に配置されている。
【図6】Cre依存的発現アデノ随伴ウイルスベクター(AAV-CMV-FLEX-hrGFPを参照)の構造。CMVプロモーターの制御下に、loxPの配列(配列番号9)とlox2272の配列(配列番号10)を組み合わせて構成したFLEXが配置されている。FLEX内に、反転した状態でhrGFP(配列番号11)をコードする配列(配列番号12)が組み込まれている。
【図7】ウイルスベクターの注入操作。AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを局所注入する領域(新線条体(CPu))と、AAV-CMV-FLEX-hrGFPの局所注入する領域(中脳黒質緻密部(SNc))を示す。
【図8】ウイルスベクターの注入操作。AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを局所注入する領域(側坐核(NAc))と、AAV-CMV-FLEX-hrGFPの局所注入する領域(腹側被蓋野(VTA))を示す。
【図9】ウイルスベクターの注入操作。AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを局所注入する領域(視床下部外側野(LHA))と、AAV-CMV-FLEX-hrGFPの局所注入する領域(扁桃体(CeA))を示す。
【図10】蛍光検出の結果。新線条体(CPu)の存在する切片において、赤色の蛍光を発している様子が観察される(左上)。赤色の蛍光を発している領域はAAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染領域を示しており、同領域においてCre-TTCが発現している(冠状断、スケールバーは1mm)。一方、中脳黒質緻密部(SNc)の存在する切片において、緑色の蛍光を発している様子が観察される(右下)。hrGFPが、CPuへ投射する神経経路選択的に発現している(冠状断、スケールバーは1 mm)。
【図11】蛍光検出の結果。側坐核(NAc)の存在する切片において、赤色の蛍光を発している様子が観察される(左上)。赤色の蛍光を発している領域はAAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染領域を示しており、同領域においてCre-TTCが発現している(冠状断、スケールバーは1mm)。一方、腹側被蓋野(VTA)の存在する切片において、緑色の蛍光を発している様子が観察される(右下)。hrGFPが、NAcへ投射する神経経路選択的に発現している(冠状断、スケールバーは1 mm)。
【図12】蛍光検出の結果。視床下部外側野(LHA)の存在する切片において、赤色の蛍光を発している様子が観察される(左上)。赤色の蛍光を発している領域はAAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染領域を示しており、同領域においてCre-TTCが発現している(冠状断、スケールバーは1mm)。一方、扁桃体(CeA)の存在する切片において、緑色の蛍光を発している様子が観察される(右下)。hrGFPが、LHAへ投射する神経経路選択的に発現している(冠状断、スケールバーは1 mm)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.投射経路選択的な遺伝子発現システム
本発明の第1の局面は遺伝子発現システムに関する。本発明の遺伝子発現システムによれば投射経路選択的に特定の遺伝子(目的遺伝子)を発現させることが可能になる。詳しくは、特定の神経細胞に直接入力している神経細胞(一段階上流の神経細胞)特異的な遺伝子発現が可能となる。本発明の遺伝子発現システムは大別して二つの要素、即ち、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片の連結体をコードする遺伝子を発現する第1アデノ随伴ウイルスベクターと、前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する第2アデノ随伴ウイルスベクターとを備える。

【0011】
(1)第1アデノ随伴ウイルスベクター
第1アデノ随伴ウイルスベクターは、経シナプス的逆行性に移行する部位特異的DNA組換え酵素を供給するものである。本発明のシステムを利用して遺伝子発現させる際には、入力を受ける神経細胞(投射先領域に存在する神経細胞)に当該ベクターを感染させることになる。第1アデノ随伴ウイルスベクターは、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C末断片の連結体をコードする遺伝子(以下、「連結体遺伝子」と呼ぶ)を発現可能な状態で保持する。本発明における「部位特異的DNA組換え酵素」は、標的となる細胞に対して外来性であり(即ち標的細胞に本来は存在しない酵素である)、特定のDNA配列を認識して組換え(部位特異的組換え反応)を起こす。部位特異的DNA組換え酵素は特に限定されず、例えばCreリコンビナーゼ又はFLPリコンビナーゼ(フリッパーゼ)を用いることができる。哺乳動物で良好に機能するように配列が改変された部位特異的DNA組換え酵素を使用するとよい。このような、配列の最適化を施した部位特異的DNA組換え酵素の例として、配列番号5に示すアミノ酸配列を有するCreリコンビナーゼを挙げることができる。

【0012】
破傷風毒素C末断片(TTC)は破傷風毒素の重鎖の一部であり、無毒である。破傷風毒素C末断片はシナプス後細胞からシナプスを超えてシナプス前細胞に輸送される。即ち、神経の投射とは逆向き(経シナプス的逆行性)に輸送される。TTCのアミノ酸配列の例を配列番号7に示す。当該アミノ酸配列は哺乳動物で良好に機能するように配列の改変が施されている。

【0013】
連結体遺伝子では、部位特異的DNA組換え酵素をコードする配列と、破傷風毒素C末断片をコードする配列がインフレームで連結されている。好ましくは、部位特異的DNA組換え酵素が上流側(5'側)に配置されるように当該二つの配列が連結される。当該二つの配列の間に他の配列(典型的にはスペーサー)が介在していてもよい。

【0014】
第1アデノ随伴ウイルスベクターは、連結体遺伝子を発現可能な状態で保持するために、プロモーターを含む。連結体遺伝子はプロモーターの制御下にある。プロモーターの例はCMVプロモーター、SV40後期プロモーター、レトロウイルスLTR(長い末端反復要素)、CAGプロモーター、EF1aプロモーター、シナプシンプロモーター等である。Tetオペレーター(TetO)配列を利用して発現調節することにしてもよい。また、第1アデノ随伴ウイルスベクターがプロモーター以外の調節エレメント(エンハンサー、ターミネーターなど)を保持していてもよい。

【0015】
好ましい態様では、連結体が核移行シグナルペプチドを含む。核移行シグナルペプチドは本発明のシステムの特異性(選択性)に関与する。即ち、核移行シグナルペプチドを用いることにより、Creが核に移行して局在するために、2次神経への取り込みが極度に抑制されて、一次神経のみにおいて作用することとなる。核移行シグナルペプチドは、例えば、Creリコンビナーゼのアミノ酸配列内に組み込まれている。

【0016】
転写産物の安定性を増すため、連結体遺伝子の上流にイントロン(例えばβ-グロビンイントロン)を配置したり、連結遺伝子の下流にWPRE(woodchuck hepatitis post- transcriptional regulatory element)配列を配置したりするとよい。また、通常、連結体遺伝子の下流にはポリA付加シグナル配列が配置される。ポリA付加シグナル配列の使用によって転写を終了させる。

【0017】
第1アデノ随伴ウイルスベクターが、連結体遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持していてもよい。このような構成の第1アデノ随伴ウイルスベクターを用いると、レポーター遺伝子の発現を指標として、標的細胞への第1アデノ随伴ウイルスベクターの感染及び遺伝子導入を確認することができる。レポーター遺伝子としては蛍光蛋白質遺伝子、ルシフェラーゼ(LUC)遺伝子、βガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子を挙げることができる。中でも蛍光蛋白質遺伝子は、高感度の検出が可能であること、ライブイメージングが可能であること、多波長での同時標識が可能であること等の利点を有し、特に好ましい。様々な蛍光蛋白質遺伝子が利用可能であり、具体例を挙げれば、GFP、hrGFP(アジレント社)、mCherry(クロンテック社)、mKate2(Wako)である。

【0018】
レポーター遺伝子は、例えば、自己開裂ペプチドをコードする配列を介して連結体遺伝子に連結されている。自己開裂ペプチドの例はThosea asigna virus由来の2Aペプチドであるが、これに限定されるものではない。自己開裂ペプチドとして蹄疫ウイルス(FMDV)由来の2Aペプチド(F2A)、ウマ鼻炎Aウイルス(ERAV)由来の2Aペプチド(E2A)、porcine teschovirus(PTV-1)由来の2Aペプチド(P2A)等が知られている。

【0019】
(2)第2アデノ随伴ウイルスベクター
第2アデノ随伴ウイルスベクターは、前記部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する。この機能を発揮するために、第2アデノ随伴ウイルスベクターには目的遺伝子とともに、使用する部位特異的DNA組換え酵素に対応する認識配列が保持されている。例えば、部位特異的DNA組換え酵素としてCreリコンビナーゼを採用した場合にはloxP配列又は変異型lox配列(lox7、lox66、lox511、lox2272等)が用いられる。同様にFLPリコンビナーゼを採用した場合には、FRT配列又は変異型FRT配列(FRT G、FRT H、FRT F3等)が用いられる。

【0020】
部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現させるためには、例えば、LSL(LoxP-STOP-LoxP)配列又はFSF(FRT-STOP-FRT)配列を利用することができる。前者は部位特異的DNA組換え酵素としてCreリコンビナーゼを採用したときに用いられ、後者は部位特異的DNA組換え酵素としてFLPリコンビナーゼを採用したときに用いられる。これらの配列を使用する場合、目的遺伝子はLSL配列又はFSF配列の下流(3'側)に配置されることになる。これらの配列を用いると、図1(代表としてLSL配列の場合)に示すように、部位特異的組換え酵素(Creリコンビナーゼ)が存在したときのみ、LoxP配列に挟まれた配列(STOP)が切り出され、目的遺伝子(ChR2)が発現するようになる。

【0021】
別の態様では、FLEX(Flip-Excision)スイッチが用いられる。FLEX(Flip-Excision)スイッチとは、2種類の認識配列を組み合わせたものであり、目的遺伝子は逆向きで組み込まれる(図1を参照)。図1には、部位特異的DNA組換え酵素としてCreリコンビナーゼを採用した場合のFLEXスイッチの構成が示される。この例では、2種類のlox配列(loxP及びlox2272)が使用され、5'上流側から3'下流側に向かって、順方向のloxP、順方向のlox2272、反転した目的遺伝子(ChR2)、逆方向のloxP、逆方向のlox2272が順に配置されている。部位特異的組換え酵素(Creリコンビナーゼ)が存在すると2段階の組換えが生じ、その結果、目的遺伝子が反転して発現する。尚、loxP及びlox2272の代わりにFLPリコンビナーゼの認識配列であるFRT及びF3配列を利用したdFRTスイッチ(目的遺伝子が反転して発現する)を用いることもできる。

【0022】
目的遺伝子とは、第2アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる細胞(第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる細胞に直接入力している神経細胞)において発現させる遺伝子である。様々な遺伝子を目的遺伝子として採用可能である。例えば、ライプイメージングを可能にする遺伝子(例えばGFP、ルシフェラーゼ、カメレオン、GCaMP)、組織学的に解析するために有用な遺伝子(例えばβ-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ)、細胞活動を制御する遺伝子(例えば、DREADD、ChR2、Arch、テタヌストキシン(TeNT)、ジフテリアトキシンA断片(DTA))、機能未知の遺伝子を目的遺伝子として用いることができる。

【0023】
第2アデノ随伴ウイルスベクターは、目的遺伝子の発現に必要なプロモーターを含む。部位特異的DNA組換え酵素による組換えが生じた際、目的遺伝子はプロモーターの制御下となり、発現する。プロモーターの例は第1アデノ随伴ウイルスベクターの場合と同様である。また、第2アデノ随伴ウイルスベクターがプロモーター以外の調節エレメント(、エンハンサー、ターミネーターなど)を保持していてもよい。

【0024】
第1アデノ随伴ウイルスベクターの場合と同様に、転写産物の安定性を増すため、目的遺伝子の上流にイントロン(例えばβ-グロビンイントロン)を配置したり、目的遺伝子の下流にWPRE配列を配置したりするとよい。また、通常、目的遺伝子の下流には、転写の終了に必要なポリA付加シグナル配列が配置される。

【0025】
第2アデノ随伴ウイルスベクターが、目的遺伝子に加え、レポーター遺伝子を発現可能な状態で保持していてもよい。このような構成の第2アデノ随伴ウイルスベクターを用いると、レポーター遺伝子の発現を指標として、標的細胞への第2アデノ随伴ウイルスベクターの感染及び遺伝子導入を確認することができる。レポーター遺伝子の例は第1アデノ随伴ウイルスベクターの場合と同様である。第1アデノ随伴ウイルスベクターに使用したレポーター遺伝子と異なるレポーター遺伝子を第2アデノ随伴ウイルスベクターに使用すれば、第1アデノ随伴ウイルスベクターが感染した細胞と、第2アデノ随伴ウイルスベクターが感染した細胞を区別しつつ検出できる。例えば特定の蛍光色の蛍光蛋白質遺伝子を第1アデノ随伴ウイルスベクターに使用するとともに、異なる蛍光色の蛍光蛋白質遺伝子を第2アデノ随伴ウイルスベクターに使用すれば、2色の蛍光によって識別しつつ感染細胞を標識することができる。

【0026】
レポーター遺伝子は、例えば、自己開裂ペプチド(2Aペプチド等)をコードする配列を介して、目的遺伝子に連結されている。レポーター遺伝子と目的遺伝子が連結された配列構造は、例えば、LSL配列又はFSF配列の下流に配置され、或いは、FLEXスイッチ内に組み込まれ、部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ発現可能な状態とされる。

【0027】
第1アデノ随伴ウイルスベクター及び第2アデノ随伴ウイルスベクターは、既報の方法に従い又は市販される専用のキット等を用いて作製することができる。典型的な作製方法を説明すると、まず、アデノ随伴ウイルス由来のITR(末端逆位配列)に挟まれるように発現カセットを配置したプラスミドを用意する(AAVベクタープラスミド)。一方、Rep遺伝子(複製蛋白をコードする遺伝子)およびCap遺伝子(ウイルスのカプシド蛋白をコードする遺伝子)を発現するプラスミド(カプシドプラスミド)と、アデノウイルス遺伝子であるE2A、E4及びVAの各遺伝子を発現するプラスミド(ヘルパープラスミド)を用意する。次に、これら3種のプラスミドを、E1遺伝子を発現するパッケージング細胞(例えばHEK293細胞)にコトラスフェクトする。トランスフェクション後の細胞から、アデノ随伴ウイルス粒子(第1アデノ随伴ウイルスベクター又は第2アデノ随伴ウイルスベクター)を回収する。尚、このような方法は専用のキット(例えば、AAVヘルパーフリーシステム(アジレント・テクノロジー社)、AAVヘルパーフリー発現システム(セルバイオラボ社))を用いて行うことができる。

【0028】
第1アデノ随伴ウイルスベクター及び第2アデノ随伴ウイルスベクターの血清型は特に限定されず、例えば、AAV1型(Sr1)、AAV2型(Sr2)、AAV5型(Sr5)、AAV6型(Sr6)、AAV7型(Sr7)、AAV8型(Sr8)、AAV9型(Sr9)、AAV10型(Sr10)、AAVDJ(SrDJ)、AAVDJ8(SrDJ8)として各ベクターを構築することができる。一方、DNAファミリーシャッフル(例えば、AAVヘルパーフリー発現システム(セルバイオラボ社)を利用できる)によってハイブリッドカップシドを備えた新たな血清型のアデノ随伴ウイルスベクターを調製することができる。このような新たな血清型のアデノ随伴ウイルスベクターとして第1アデノ随伴ウイルスベクター及び第2アデノ随伴ウイルスベクターを構築することも可能である。尚、アデノ随伴ウイルスベクターの血清型はCap遺伝子の種類によって決定される。

【0029】
2.遺伝子発現法
本発明の第2の局面は、本発明の遺伝子発現システムを用いた遺伝子発現法を提供する。本発明の遺伝子発現法では、第1アデノ随伴ウイルスベクターを特定の領域(説明の便宜上、「第1領域」又は「投射先領域」とも呼ぶ)に存在する神経細胞に感染させる(ステップ1)とともに、第2アデノ随伴ウイルスベクターを、第1領域に投射する領域に存在する神経細胞(即ち、第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる神経細胞に直接入力している神経細胞)に感染させる(ステップ2)。

【0030】
ステップ1の結果、第1領域に存在する感染細胞内において、第1アデノ随伴ウイルスベクターから、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C断片の連結体が発現する。第1アデノ随伴ウイルスベクターがレポーター遺伝子を保持している場合には、レポーター遺伝子も発現し、感染の有無及び遺伝子発現の有無を確認できる。上記連結体は、破傷風毒素C断片の機能によって、経シナプス的逆行性に輸送され、感染細胞に直接入力する神経細胞(上流の神経細胞)、即ち、第1領域に投射する領域に存在する神経細胞に取り込まれる。その結果、第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させた細胞に直接入力している細胞特異的に部位特異的DNA組換え酵素が発現することになる。

【0031】
一方、ステップ2によって、第1領域に投射する領域に存在する神経細胞に第2アデノ随伴ウイルスベクターが感染し、当該神経細胞は、部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子が発現する状態となる。従って、第2アデノ随伴ウイルスベクターが感染した神経細胞の内、第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させた細胞に直接入力しているものでは、部位特異的DNA組換え酵素の作用によって組換えが生じ、目的遺伝子が発現する。このように、ステップ1及び2を行うことによって、第1領域に存在する神経細胞に直接入力している神経細胞特異的に目的遺伝子を発現させることができる。即ち、投射経路選択的に遺伝子発現を誘導することが可能になる。例えば、目的遺伝子として神経細胞を活性化する遺伝子を採用すれば、特定の神経経路のみを活性化させることができる。これとは逆に、神経細胞の不活性化(抑制)を促す遺伝子を目的遺伝子とすれば、特定の神経経路を不活性化させることができる。また、蛍光蛋白質遺伝子等の標識化に有用なものを採用した場合には、特定の神経経路を標識することができ、神経経路の特定ないし同定を可能とする。

【0032】
第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させた細胞に直接入力している細胞において、部位特異的DNA組換え酵素が取り込まれた状態と、部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子が発現する状態が同時に形成される限りにおいて、ステップ1とステップ2の順序は問わない。しかしながら、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素無毒化C断片の連結体の輸送に要する時間を考慮すると、第1アデノ随伴ウイルスベクターの感染、即ちステップ1を先行させることが好ましい。尚、ステップ1及び2は、それぞれ、標的領域(ステップ1では第1領域、ステップ2では第1領域に投射する領域)へのベクター溶液の注入、滴下等の方法によって実施することができる。

【0033】
第1アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる第1領域の例は新線条体(CPu)、側坐核(NAc)、視床下部外側野(LHA)である。第2アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる領域は、上記の通り、第1領域に投射する領域であり、採用する第1領域に依存する。第1領域を新線条体(CPu)にした場合には例えば中脳黒質緻密部(SNc)に第2アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる。同様に、第1領域を側坐核(NAc)にした場合には例えば腹側被蓋野(VTA)に、第1領域を視床下部外側野(LHA)にした場合には例えば扁桃体(CeA)に、第2アデノ随伴ウイルスベクターを感染させる。

【0034】
基本的には生体に対して本発明の遺伝子発現法が適用されるが、生体から取り出された状態の組織ないし臓器に対して本発明の遺伝子発現法を適用することも可能である。ここでの生体の例は非ヒト哺乳動物(マウス、ラット、モルモット、ハムスター、小型霊長類(マーモセット等)、サル、チンパンジー)である。

【0035】
本発明は更に、二種類の部位特異的DNA組換え酵素を併用することにより、二つの領域に入力している神経細胞特異的に遺伝子発現させる方法を提供する。この方法では、Creリコンビナーゼと破傷風毒素C断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクター(「Cre-第1アデノ随伴ウイルスベクター」と呼ぶ)を、第1領域に存在する神経細胞に感染させるステップ(ステップI)と、FLPリコンビナーゼと破傷風毒素C断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクター(「FLP-第1アデノ随伴ウイルスベクター」と呼ぶ)を、第2領域に存在する神経細胞に感染させるステップ(ステップII)と、Creリコンビナーゼの存在下でのみ第1目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクター(「Cre-第2アデノ随伴ウイルスベクター」と呼ぶ)と、FLPリコンビナーゼの存在下でのみ第2目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクター(「FLP-第2アデノ随伴ウイルスベクター」と呼ぶ)を、前記第1領域及び前記第2領域に投射する領域に存在する神経細胞に感染させるステップ(ステップIII)を行う。この方法によれば(図2を参照)、二つの領域(図2ではA領域とB領域)へ入力している神経細胞において第1目的遺伝子と第2目的遺伝子が発現する。即ち、多重選択による投射経路選択的に遺伝子発現させることができる。第2目的遺伝子として、第1目的遺伝子と協働して機能するもの(例えば第1目的遺伝子の発現産物と複合体を形成することで機能する発現産物をコードする遺伝子)を用いれば、より複雑ないし複合的な遺伝子操作が可能となる。また、2種類の蛍光蛋白質遺伝子を用いることにすれば、特定の二つの領域へ入力している神経細胞を特異的に2種類の蛍光で標識することができ、神経経路に関する、より詳細な情報がもたらされる。尚、Cre-第2アデノ随伴ウイルスベクターとFLP-第2アデノ随伴ウイルスベクターに代えて、Creリコンビナーゼの存在下でのみ第1目的遺伝子の発現を可能とする発現カセットと、FLPリコンビナーゼの存在下でのみ第2目的遺伝子の発現を可能とする発現カセットの両方を搭載したアデノ随伴ウイルスベクターを利用することも可能である。

【0036】
ところで、現在、部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する遺伝子改変動物(TG動物)が利用可能な環境にある。このようなTG動物には、部位特異的DNA組換え酵素の認識配列を利用した発現カセットが導入されている。本発明の更なる局面では当該TG動物を用いた遺伝子発現法を提供する。具体的には、DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する遺伝子改変動物の特定領域(上記の第1領域に対応する。例えば新線条体(CPu)、側坐核(NAc)、視床下部外側野(LHA))に存在する神経細胞に、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C断片との連結体をコードする遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを感染させる。部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ目的遺伝子を発現する遺伝子改変動物は、常法に従い作製することができる。また、該当するTG動物が市販されており、市販のTG動物を用いることにしてよい。

【0037】
3.キット
本発明は更に、本発明のシステムの構築に利用するキットも適用する。本発明のキットは、部位特異的DNA組換え酵素と破傷風毒素C断片との連結体をコードする遺伝子を保持する第1アデノ随伴ウイルスベクタープラスミドと、部位特異的DNA組換え酵素の存在下でのみ発現可能な状態で目的遺伝子を保持する第2アデノ随伴ウイルスベクターが含まれる。キットに含めることが可能な他の要素として、ヘルパープラスミド、カプシドプラスミド、パッケージ細胞、各操作・反応(トランスフェクション、培養、回収など)に必要な各種試薬や装置、器具などを例示することができる。尚、通常、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。
【実施例】
【0038】
1.目的
投射経路選択的な遺伝子発現制御を実現するシステムの開発を目指し検討を行った。Creリコンビナーゼ自体は経シナプス逆行性に移行する機能は持たないが、経シナプス的逆行性に移行する機能を有する破傷風毒素の無毒化C末断片を結合させることにより、経シナプス逆行性に移行するCreリコンビナーゼとした(Cre-TTC)。アデノ随伴ウイルスベクター(AVV)を利用してCre-TTCを特定の領域の神経細胞に導入した。これによって、当該神経細胞に直接入力している神経細胞(上流神経細胞)にCreリコンビナーゼが取り込まれる(図3)。上流神経細胞の細胞体が存在する領域に、Cre依存的に遺伝子発現を行う別のAAVを感染させることで、経路特異的遺伝子発現を試みた。AAVの感染でCreを発現する神経細胞と、Creが移行して機能する神経細胞(上流神経細胞)を見分けるために、Cre-TTCと同時に赤色蛍光タンパク質を発現させることにした。AAVが感染した神経細胞ではCre-TTCと赤色蛍光タンパク質の両方が発現し、赤色の蛍光が生ずる。一方で、Cre-TTCが移行して機能した神経細胞(上流神経細胞)では、赤色の蛍光は見られず、Cre依存的な遺伝子発現による蛍光(緑色蛍光蛋白質を用いることにした)が観察されることになる(図4)。
【実施例】
【0039】
2.方法
(1)Cre-TTC発現アデノ随伴ウイルスベクター(AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTC、図5を参照)の調製
Cre-TTCと赤色蛍光タンパク質mCherryを発現するアデノ随伴ウイルスベクターを以下の方法で作製した。まず、pmCherry-N1(クロンテック社)を鋳型として用い、XhoI-koz-mCherry(-STP)-SalIをPCRで増幅し、pCR4(インビトロゲン社)にサブクローニングした(pCR4-mCherry)。一方、pAAV-MCS(アジレント社)を、MCSにあるSalIで切断した。尚、pAAV-MCSでは、上流側(5'側)から順にITR(末端逆位配列)、CMVプロモーター、β-グロビンイントロン、MCS(マルチクローニングサイト)、hGHポリA、ITRが配置されている。
【実施例】
【0040】
pCR4-mCherryからXhoI-koz-mCherry(-STP)-SalIを切り出し、SalIで切断後のpAAV-MCSにライゲーションした。得られたpAAV-CMV-mCherry(-STP)をSalI及びBglIIで切断し、人工遺伝子(2A-Cre-TTC)をインサートしたプラスミドからSalI及びBglIIで切り出したSalI-2A-Cre-TTC-BglIIをライゲーションすることにより、pAAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCとした。
【実施例】
【0041】
pAAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTC、ヘルパープラスミド(アジレント社)及びカプシドプラスミド(U.Penn vector core)でHEK293細胞をトランスフェクトした。培養後、凍結融解処理によってウイルス粒子(AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTC)を回収した(2×1012コピー/ml)。
【実施例】
【0042】
AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCはCMV(サイトメガロウイルス)プロモーターを搭載しており、広範な細胞種において発現可能である。感染細胞では赤色の蛍光を発するmCherryが発現する。TTC(破傷風毒素C断片)は、破傷風毒素の経シナプス的逆行性輸送機能のみを有する。TTCを連結したことにより、感染細胞に直接シナプスを有する上流の神経細胞へと、Creリコンビナーゼ(野生型マウスに存在しないタンパク)が経シナプス的逆行性に輸送される。
【実施例】
【0043】
(2)Cre依存的発現アデノ随伴ウイルスベクター(AAV-CMV-FLEX-hrGFP図6を参照)の調製
Cre依存的に緑色蛍光タンパク質hrGFPを発現するアデノ随伴ウイルスベクターを以下の方法で作製した。まず、pAAV-hrGFP(アジレント社)を鋳型として用い、SalI-koz-hrGFP-XhoIをPCRで増幅し、pCR4(インビトロゲン社)にサブクローニングした(pCR4-hrGFP)。一方、pAAV-MCS(アジレント社)に人工遺伝子(TetO-MCS1-FLEX-MCS2)をインサートしたプラスミドからEcoRlI及びBglIIで切り出したEcoRI-MCS1-FLEX-MCS2-BglIIをライゲーションすることにより、pAAV-CMV-MCS1-FLEX-MCS2を調製し、MCS2にあるXhoIで切断した。尚、pAAV-CMV-MCS1-FLEX-MCS2では、上流側(5'側)から順にITR、CMVプロモーター、β-グロビンイントロン、MCS1(マルチクローニングサイト1)、MSC2(マルチクローニングサイト2)を組み込んだFLEXスイッチ、hGHポリA、ITRが配置されている。
【実施例】
【0044】
pCR4-hrGFPからSalI-koz-hrGFP-XhoIを切り出し、XhoIで切断後のpAAV-CMV-MCS1-FLEX-MCS2にライゲーションし、pAAV-CMV-FLEX-hrGFPとした。
【実施例】
【0045】
pAAV-CMV-FLEX-hrGFP、ヘルパープラスミド(アジレント社)及びカプシドプラスミド(Upenn vector core)でHEK293細胞をトランスフェクトした。培養後、凍結融解処理によってウイルス粒子(AAV-CMV-FLEX-hrGFP)を回収した(2×1012コピー/ml)。
【実施例】
【0046】
AAV-CMV-FLEX-hrGFPはCMVプロモーターを搭載しており、広範な細胞種において発現可能である。このウイルスベクターでは、緑色の蛍光を発するhrGFPの遺伝子が、FLEX配列(loxP、lox2272配列の組み合わせ)に挟まれた状態で逆向きに配置している(図4)。従って、野生型マウス(Creリコンビナーゼ非存在下)の感染細胞ではhrGFPを発現しない。一方、Creリコンビナーゼが存在すると、FLEX配列選択的に遺伝子の組み換えが生じ、hrGFPの配列が正しい向きに組み換えられ、hrGFP遺伝子が発現する(図4)。
【実施例】
【0047】
(3)AAVベクターの局所注入及び免疫染色
生後8~10週齢の野生型マウス(C57BL/6J)の脳内の特定の領域に、脳定位固定装置を用いて、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを局所注入した。AVVベクターの注入箇所は以下の通りとした。
(a) AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを新線条体(CPu)に局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPを中脳黒質緻密部(SNc)に局所注入する(図7)。
(b) AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを側坐核(NAc)に局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPを腹側被蓋野(VTA)に局所注入する(図8)。
(c) AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを視床下部外側野(LHA)に局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPを扁桃体(CeA)に局所注入する(図9)。
【実施例】
【0048】
局所注入後、約3週間おいて灌流固定を行い、10%ホルマリンで固定した。固定した脳を30%スクロース含有PBS溶液に置換した後、包埋凍結し、クライオスタットで厚さ40μmの脳切片を作成した。そして、標識した神経細胞の種類を同定するため、脳切片を免疫染色した。
【実施例】
【0049】
3.結果
まず、ネガティブ・コントロールとしてAAV-CMV-FLEX-hrGFPを視床下部外側野(LHA)、青斑核(LC)及び扁桃体(CeA)に局所注入し、Creリコンビナーゼ非存在下ではhrGFPが全く発現しないことを確認した。その上で、ドーパミン神経の投射経路であるSNcからCPuへの投射を今回のシステムを用いて確認した。具体的には、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCをCPuに局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPをSNcに局所注入した(図7)。結果を図10に示す。新線条体(CPu)の存在する切片において、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染を示す赤色の蛍光が認められた。同領域ではCre-TTCが発現している。一方、中脳黒質緻密部(SNc)の存在する切片において緑色の蛍光が観察された。即ち、CPuへ投射する神経経路選択的にhrGFPが発現していることが確認された。
【実施例】
【0050】
黒質緻密部の近傍のVTAにはhrGFPが発現しなかったため、VTAのドーパミン神経はCPuに投射していないことが確認された。一方で、VTAのドーパミン神経は側坐核(NAc)に投射しているということが報告されており、今回の結果と非常によく一致した。このように、今回開発したシステムが正しく機能することが示された。
【実施例】
【0051】
一方、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを側坐核(NAc)に局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPを腹側被蓋野(VTA)に局所注入した場合には、側坐核(NAc)の存在する切片において、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染を示す赤色の蛍光が認められ、腹側被蓋野(VTA)の存在する切片において緑色の蛍光が観察された(図11)。
【実施例】
【0052】
また、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCを視床下部外側野(LHA)に局所注入し、AAV-CMV-FLEX-hrGFPを扁桃体(CeA)に局所注入した場合には、視床下部外側野(LHA)の存在する切片において、AAV-CMV-mCherry-2A-Cre-TTCの感染を示す赤色の蛍光が認められ、扁桃体(CeA)の存在する切片において緑色の蛍光が観察された(図12)。
【実施例】
【0053】
以上の通り、腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)への投射、及び扁桃体(CeA)から視床下部外側野(LHA)への投射ついても、投射経路選択的な標識が可能であった。
【実施例】
【0054】
4.まとめ
Cre-TTCの配列を有するウイルスベクターを用いることにより、感染細胞に直接シナプスを有する上流の神経細胞を特異的に標識することに成功した。この新システムでは、様々な遺伝子をFLEX配列に組み込むことによって、神経の活動を投射経路選択的に制御可能になる。このシステムを遺伝子改変マウスと組み合わせれば、Cre-TTCを発現させる神経を限定することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のシステムを用いれば、特定の神経細胞に入力する神経細胞(一段階上流の神経細胞)特異的に目的遺伝子を発現させることができる。従って、本発明のシステムは、特定の神経細胞が関わる投射経路の特定に極めて有効なツールとなる。また、本発明のシステムを利用すれば、特定の領域に投射する神経細胞のみに様々な遺伝子を発現させ、その活動を制御可能となる。従って、神経回路の同定とその回路機能の解明に貢献することが期待される。
【0056】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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