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明細書 :抑制性神経前駆細胞の増殖、分離、移植、およびこの細胞の増殖促進物質

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5970721号 (P5970721)
登録日 平成28年7月22日(2016.7.22)
発行日 平成28年8月17日(2016.8.17)
発明の名称または考案の名称 抑制性神経前駆細胞の増殖、分離、移植、およびこの細胞の増殖促進物質
国際特許分類 C12N   5/0797      (2010.01)
C12N   5/10        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
FI C12N 5/0797
C12N 5/10
C12Q 1/02
G01N 33/50 Z
G01N 33/15 Z
請求項の数または発明の数 5
全頁数 18
出願番号 特願2012-535097 (P2012-535097)
出願日 平成23年9月22日(2011.9.22)
国際出願番号 PCT/JP2011/072490
国際公開番号 WO2012/039513
国際公開日 平成24年3月29日(2012.3.29)
優先権出願番号 2010212133
優先日 平成22年9月22日(2010.9.22)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成26年9月19日(2014.9.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
発明者または考案者 【氏名】玉巻 伸章
【氏名】武 勝昔
【氏名】二宮 省悟
個別代理人の代理人 【識別番号】100093230、【弁理士】、【氏名又は名称】西澤 利夫
審査官 【審査官】上條 肇
参考文献・文献 SATOH M. et al.,Activin promotes astrocytic differentiation of a multipotent neural stem cell line and an astrocyte,Neurosci Lett.,2000年,Vol.284, No.3,p.143-146
NAKAGAITO Y. et al.,Establishment of an epidermal growth factor-dependent, multipotent neural precursor cell line.,In Vitro Cellular & Developmental Biology - Animal,1998年,Vol.34, No.7,p.585-592
調査した分野 C12N 5/0797
C12N 5/10
C12Q 1/02
A61K 35/30
A61L 27/00
A61P 25/00
G01N 33/15
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
BIOSIS(STN)
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
大脳皮質から単離した抑制性神経前駆細胞、もしくはES細胞またはiPS細胞から分化させた抑制性神経前駆細胞を増殖させる方法であって、Activin Aを含有する抑制性神経前駆細増殖溶液中で抑制性神経前駆細胞を培養し、当該細胞を2から4倍に増殖させることを特徴とする抑制性神経前駆細胞のin vitro増殖方法。
【請求項2】
培養条件下で増殖した神経細胞の集団からActivin A受容体Acvr1のみを発現している細胞を単離することを特徴とする抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞の分離方法。
【請求項3】
神経細胞の集団が、大脳皮質から単離培養した細胞集団である請求項の分離方法。
【請求項4】
神経細胞の集団が、ES細胞またはiPS細胞から分化させた細胞集団である請求項の分離方法。
【請求項5】
抑制性神経前駆細胞に対する選択的増殖促進物質のin vitroスクリーニング方法であって、
(a)分離した抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、
(b)Activin A受容体Acvr1に対する抗体、またはAcvr1の細胞内領域の活性を阻害する物質を予め接触させた抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、および
(c)工程(a)の細胞増殖が、工程(b)において消滅または有意に低下した被験物質を目的物質として選択する工程、
を含むことを特徴とする方法。
発明の詳細な説明
【発明を実施するための形態】

【0007】
発明(1)の抑制性神経前駆細増殖溶液は、神経系細胞用培養溶液にActivin Aを添加して製造することができる。神経系細胞用培養溶液中のActivin Aの含有量は、1g~100g/ml、好ましくは10g~40g/ml、さらに好ましくは15g~25gの範囲である。
Activin Aは、例えば、特許文献1-3に記載された方法等により得ることができる。
神経系細胞用培養溶液は、様々な神経系細胞の培養に用いられている公知の培養培地を使用することができ、例えば、basicfibroblast growth factor(bFGF)20g/mlおよびepidermal growthfactor(EGF)20g/mlを含有する塩溶液(NeurobasalMedium)などである。また、本発明の目的(抑制性神経前駆細胞の増殖)のためには、下記の「singlecell microarrayのデー」タに基づき、Insulin、Insulin-likegrowth factor 1、Insulin-like growth factor 2、Leukemia inhibitory factor(LIF)、AndrogenおよびEstrogenを添加することも望ましい。
発明(2)~(4)のin vitro増殖方法は、発明(1)の抑制性神経前駆細増殖溶液中で抑制性神経前駆細胞を培養し、細胞を増殖させることを特徴とする。
培養対象である抑制性神経前駆細胞は、例えば大脳皮質(脳表面近傍、脳室下帯など)の脳組織に含まれる細胞、あるいはES細胞やiPS細胞から公知の方法(例えば、非特許文献1、非特許文献2)により分化させた細胞である。
細胞培養は、公知の神経系細胞の培養と同様に行うことができる。本発明方法により、1週間程度の培養によって、抑制性神経前駆細胞を2~4倍程度に増殖させることができる。
発明(5)、(6)のin vivo増殖方法は、ActivinAを含有する溶液を脳の抑制性神経前駆細胞に接触させることを特徴とする。溶液それ自体は発明(1)の溶液と同一とすることができ、ActivinAの濃度は発明の(1)の溶液と同一またはそれより何倍かに増量することが好ましい。脳表面に注入する場合は、流動性をおさえて局所に滞留するように生体に影響の少ないヒトコラーゲン等の高分子ポリマーを混合して使用する。また、溶液をそのまま大脳皮質に注入する場合は、脳に接し浸透する時間を長くするようにする。脳室に注入する場合は溶液をそのまま注入する。この方法は、具体的には、カテーテル等を介して頭蓋腔内や脳室ないにActivinA含有溶液を注入することによって、脳表面近辺または脳室下帯に分布する抑制性神経前駆細胞を増殖させる。ActivinA含有溶液の注入量は、50ml~500ml程度を、30分~5時間掛けて注入する。
発明(7)~(9)は、培養条件下で増殖した神経細胞の集団からActivin A受容体Acvr1を発現している細胞を単離することによって、抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞の分離する方法である。神経系細胞の集団は大脳皮質から単離培養した細胞集団、またはES細胞やiPS細胞から分化させた細胞集団である。すなわち、ActivinAの受容体として数種類の遺伝子が知られているが、大脳皮質内では、Acvr1は抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞のみが発現している受容体であるので(図5-6)、Acvr1を発現している細胞を選択することによって、抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞を他の細胞から分離することができる。具体的には、例えば、Acvr1に対する抗体を介して目的細胞に磁気ビーズを結合し、磁石を用いて磁気ビーズを回収すれば、Acvr1を特異的に発現する抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞を分離することができる。あるいは、抗Acvr1抗体を蛍光色素等で標識すれば、蛍光発色セルソーター(FACS)によりAcvr1を特異的に発現する抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞を分離することができる。
発明(10)は、発明(7)~(9)の方法により分離した抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞を、脳表面に移植する方法である。分離した抑制性神経前駆細胞および軸索や樹状突起を形成する前の抑制性神経細胞は移動能力がある。生体に影響の少ないヒトコラーゲン等の高分子ポリマー液と抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞を混ぜ、流動性をおさえて局所に滞留するようにした細胞混合液を脳表面または大脳皮質溝に注入する。細胞混合液が脳表面に接している間に、移動能のある抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞は、軟膜を貫いて大脳皮質実質に進入して、抑制性神経細胞が欠落した領域に移動し生着して神経回路に組み込まれる。
発明(11)の方法は、以下の工程:
(a)抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、
(b)Activin A受容体Acvr1の細胞外被験物質と結合する領域に対する抗体、またはAcvr1の細胞内領域の活性を阻害する物質を予め接触させた抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、および
(c)工程(a)の細胞増殖が、工程(b)において消滅または有意に低下した被験物質を目的物質として選択する工程、
を含むことによって、抑制性神経前駆細胞に対する選択的増殖促進物質(すなわち、ActivinA-受容体Acvr1結合を介した増殖促進因子)をスクリーニングする方法である。すなわち、神経系前駆細胞の増殖促進物質は幾つかのものが知られており、これらの物質は抑制性神経前駆細胞を含め、数種類もの前駆細胞を増殖させる。しかしながら、例えば細胞集団の中の抑制性神経前駆細胞のみを選択的に増殖させるためには、ActivinAのように受容体Acvr1と結合して増殖活性を発揮する物質が必要となる。前記工程(a)で抑制性神経前駆細胞を増殖させる物質が得られたとしても、この物質がActivinA-受容体Acvr1結合を介した増殖促進物質であることを確認する必要がある。そこで、工程(b)において被験物質がAcvr1に結合することを阻害して被験物質の増殖促進の程度を測定することによって、最終的に工程(c)で被験物質がActivinA-Acvr1結合を介した増殖促進物質であることを確認することが可能となる。
(a)の工程では、抑制性神経前駆細胞の増殖の程度は、例えば下記の実施例に示したように、thymidinetriphosphateのアナログ(BrdUまたはEdU)の取り込みを指標として確認することができる。また被験物質としては、例えば、有機または無機の化合物(特に低分子量の化合物)、タンパク質、ペプチド等が含まれる。これらの物質は、機能や構造が公知のものであっても、未知のものであってもよい。あるいは「コンビナトリアルケミカルライブラリー」は、目的物質を効率的に特定するための候補物質群として有効な手段である。コンビナトリアルケミカルライブラリーは、化学合成または生物学的合成により、試薬などの多くの化学的「ビルディンクブロック」を結びつけることにより生成される種々の化学組成物のコレクションである。例えば、ペプチドライブラリーなどの直線的なコンビナトリアルケミカルライブラリーは、ビルディンクブロック(アミノ酸)のセットを、所与の化合物の長さ(すなわちペプチドのサイズ)について可能なすべての方法で結びつけることにより形成される。化学的なビルディングブロックについてのこのようなコンビナトリアルミキシングを通して、多数の化学組成物を合成することが可能である。例えば、100の可換的な化学的ビルディングブロックについての系統的なコンビナトリアルミキシングは、結果として1億個の4量体化合物または100億個の5量体化合物を生じる(例えば、Gallopet al.,(1994)37(9):1233-1250参照)。コンビナトリアルケミカルライブラリーの調製およびスクリーニングは、当該技術分野において周知である(例えば、米国特許第6,004,617号;5,985,365号を参照)。また各種の市販ライブラリーを使用することもできる。
(b)の工程では、目的は、特異的にAcvr1が被験物質と結合することを阻害することであり、特異的にAcvr1が被験物質と結合したことにより生じたAcvr1の細胞内領域の変化を特異的に阻害することにある。前者の阻害は、実施例(5)にあるように、ヒトAcvr1(SwissProt ID# Q04771)のN末から20~50アミノ酸のペプタイドに対してウサギで作った抗体を加えて、Acvr1が被験物質と結合するのを阻害することができる。抗体はポリクローナル抗体でもよいが、好ましくはモノクローナル抗体を使用する。また、後者の阻害は、Acvr1の細胞内領域の蛋白構造の隙間に入り込み、その変化を妨害する物質(例えば6-[4-(2-piperidin-1-ylethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-ylpyrazolo[1,5-a]pyrimidineなど)で予め抑制性神経前駆細胞を処理しておくと、被験物質とAcvr1が結合しても、シグナル伝達を阻害することができ(非特許文献12)、被験物質がActivinA-Acvr1結合を介した特異的な増殖促進物であるか否かを確認することができる。
(c)の工程では、(a)と(b)の工程で、増殖した抑制性神経前駆細胞に取り込まれたthymidinetriphosphateのアナログ(BrdUまたはEdU)の量の計測により、その差が大きいほど有望な特異的な抑制性神経前駆細胞の増殖促進物質であると判定できる。
以下、抑制性神経前駆細胞(GABA作動性神経前駆細胞)とActivin Aおよびその受容体との関係を調べるために行った実験、および実施例を示してこの出願の発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、この出願の発明は以下に限定されるものではない。
[実験1]
抑制性神経前駆細胞の性質を調べるために、GAD67(GABA合成酵素)の遺伝子の座にGFPを挿入したマウス、GAD67-GFPknockin mouse(非特許文献8)の生直後の大脳皮質のGFP陽性細胞を調べた(図1a)。その結果、GFP陽性で、複数の神経細胞マーカー(例えば、GAD67doublecortin)を発現している細胞が、細胞周期マーカー(PCNA,Ki-67,cyclinD1/2,cyclinE1/2,phospholirated-HistonH3)陽性でDNA合成期に伴いBrdUを取り込むことが明らかになった(図1b)。神経細胞マーカーと細胞周期マーカーを発現しているGFP陽性の細胞を抑制性神経前駆細胞と判定して、その分布を調べた。その結果、P0マウス大脳皮質の脳室下帯(sub-ventricularzone)、中間帯(intermediate zone)(非特許文献6)、加えて今回の実験により、皮質板(cortical plate)、辺縁層(marginalzone)、軟膜(pia mater)(図15,16)に多くの抑制性神経前駆細胞が存在することが分かった。
[実験2]
次にGAD67-GFP P0マウスの大脳皮質SVZの一部を取り出し、蛋白分解酵素(トリプシン)で細胞を分散し、10個の細胞をピックアップし、single-cellmicroarray analysisを行った[非特許文献7]。その結果、1-5番の細胞は細胞分裂を伴う状態にあり、特に2番はcyclinE1/E2、PCNA、多くのDNA合成関連遺伝子の発現状況から判断して細胞分裂のS期に、4番はcyclinD1/D2の発現からG1期にあると考えられた[非特許文献7]。そこで、これら10個の細胞が発現している、細胞増殖因子受容体というキーワードで候補遺伝子を650上げて、集めて図示した(図2)。その結果、それぞれの細胞の細胞周期の中のフェーズの違いにより、細胞増殖因子受容体の発現量が異なることが明らかになった。細胞1-5はNotch3が陰性で対称分裂を準備している可能性があり、6-10はNotch3が陽性で非対称分裂を準備しているか、非対称分裂を行った後の状態にある可能性がある。それ故、6-10の細胞は抑制性神経細胞である可能性がある。神経細胞に細胞増殖因子受容体が発現していても、細胞分裂に関わるものではなく、突起を伸ばしたり、細胞の成熟に関係するものと考えられる。それに対し、G1期はその後細胞分裂をやめて分化するか、再度分裂期に入るかを決める重要なチェックポイントの時期にある。それ故、G1期にある細胞4で発現していると判定された(PresentCall)細胞増殖因子受容体に結合する因子は、細胞分裂を調節する重要な役割を持つことが考えられる。それ故、細胞4で発現していると判定された細胞増殖因子受容体遺伝子リストに、S期にありDNAを複製している時期の細胞2で発現していると判定された細胞増殖因子受容体遺伝子リストを足して、図を作成した(図3)。
この図3を精査したところ、細胞4が特徴的な分子としてActivin A receptor type1(Acvr1:ALK2)を発現していたことが明らかになった。さらに、ActivinA受容体Acvr1以外に、basic fibroblast growth factor(bFGF),epidermalgrowth factor(EGF),Insulin,Insulin-likegrowth factor 1(AF440694),Insulin-like growth factor 2(AK011784),Leukemia inhibitory factor(LIF;AF065917),Androgen receptor,Estrogen receptorの受容体が検出され、これらの受容体活性が細胞増殖を維持するために必要であると考えられる。なお、特徴的な分子として着目した分子、ActivinA受容体は、図4にリストアップした。
[実験3]
Activin Aの受容体Acvr1が実際に抑制性神経前駆細胞で発現しているかどうかを確認した。ヒトAcvr1(SwissProt ID# Q04771)のN-末から20~50アミノ酸のペプチドを抗原としてウサギを免疫して作成した抗体を使用した。この抗体を用いてマウス大脳皮質を免疫染色した。その結果、幼若な抑制性神経細胞と抑制性神経前駆細胞が多く分布する大脳皮質脳室下帯にAcvr1免疫組織染色が集中していた(図5)。
さらに、高倍で3次元的に提示すると、GFP陽性細胞の表面一部に染色が局在していることが分かった(図6)。
次にAcvr1をGAD67陽性細胞でのみを欠落させる実験を実施した。全身でAcvr1を欠落したknock-outmouseは胎児の段階に致死で、適切な実験が出来ない。それ故、本実験では、Acvr1の遺伝子の第7エクソンの両側に、loxPと呼ばれるP1phage由来のDNAを挿入したマウス(conditional knock-out mouse)(非特許文献9)を米国Michigan Universityから入手し、GAD67-Cre knock-in mouse(非特許文献6)を新潟大学から入手し、両マウスを掛け合わせて、GAD67陽性細胞でのみでAcvr1の発現を欠落させた。その結果、原因はまだ不明であるが、出産後致死であった。それ故、出産前日、胎生18日目(E18)にGAD67陽性細胞でのみでAcvr1の発現を欠落させた胎児を取り出し、灌流固定を行って、大脳皮質のGABAに対する免疫組織を行ったところ、図7に示したようにGABAの免疫組織染色度が大きく下落した。
[実験4]
脳内で、抑制性神経前駆細胞が脳室周囲の脳室下帯に存在することは図1で示した。脳表面近傍での抑制性神経前駆細胞の分布を調べるために、幼弱(P7)GAD67-GFPknock-in mouseの軟膜を観察した。軟膜内にはGFP陽性の細胞が多く分布し、pia-progenitorと呼び習わしている。図8では軟膜はLaminin陽性(図14-C)で赤く示されている。
【実施例1】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、抑制性神経前駆細胞をin vivoおよびin vitroで増殖させるための溶液、抑制性神経前駆細胞および抑制神経細胞を細胞集団から分離する方法、分離した細胞の移植法、および抑制性神経前駆細胞を選択的に増殖させる物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高等脊椎動物の中枢神経は、多くの場合、一旦損傷を受けると再生することなく、機能障害も治癒することなく慢性化する。このような損傷を治療する目的で、embryonic stem(ES)細胞やinduced pluripotency stem(iPS)細胞から神経細胞を分化させて、移植する試みがなされようとしている(非特許文献1、2)。しかし、ES細胞やiPS細胞から神経細胞を分化させることができてもその数は少なく、またES細胞やiPS細胞と様々な神経系の細胞の混合物となる。移植のためには、特定の種の神経前駆細胞と神経細胞のみを準備することが重要であるが、抑制性神経細胞の場合においても難しく、これまでのところ純度の高い抑制性神経前駆細胞と発生中の抑制性神経細胞を得ることはできていない。
中枢神経系の神経細胞には興奮性の神経細胞と抑制性の神経細胞がある。両者が中枢神経の領域により異なる様々な比率で分布して情報処理が行われている。大脳皮質では抑制性神経細胞は神経伝達物質としてγ-aminobutyric acid(GABA)を使い、興奮性神経細胞はGlutamateを使う。大脳皮質の抑制性神経細胞は神経細胞の20%程度の比率で存在することにより、神経回路全体としては適度な活動度を維持することができ、スムーズな情報処理を営むことができる。しかしながら時として、全ての神経細胞が興奮し始め、結果として意識を失う癲癇発作が起きる。このような発作が起きる原因には、子供の間は脳の神経回路発達が未熟なために、発熱により神経細胞が興奮しやすくなって生じる熱性痙攣もあるが、多くは遺伝的背景があり、癲癇症患者の多くは神経細胞の興奮に関わるチャンネル分子にポイント変異があり、興奮しやすくなっていると考えられている。また細胞移動の分子メカニズムに異常がある場合には大脳皮質の灰白質部が二分してしまい、入出力関係がアンバランスになり癲癇様発作を繰り返す場合もある。いずれの場合も神経回路に生じたショート様の異常状態であり、過発火により多量のカルシウムが細胞体に流入することにより細胞死に至ることが考えられる。このようなショートの状態が起こるのを止める役目にある抑制性神経細胞が特に過大な入力を受け、他の興奮性神経細胞よりも先に死滅して行く。このような状態になると難治性の癲癇発作のフォーカスと呼ばれ、フォーカスにある抑制性神経細胞は激減し、繰り返し癲癇発作の発生元となる。このような状態にある難治性の癲癇症では治療薬では追いつかず、フォーカス領域を切除して癲癇発作の発生を抑える根治療法が行われる。しかし脳の一部を切除するため切除される脳が持っていた機能は失われる。このような癲癇発作フォーカスに抑制性神経前駆細胞と発生中の抑制性神経細胞を移植により供給して生着させることができたならば癲癇発作を抑えることが期待できる。
この出願の発明者はこれまでに、げっ歯類の大脳皮質抑制性神経細胞の起源は大脳基底核原基に起源を持つことを発見し、1997年11月1日に報告している(非特許文献3)。またこれとは別に、米国のAnderson S.も、1997年10月27日に同様の報告している(非特許文献4)。しかし大脳基底核原基以外に起源が無いのかの点は確認されていなかった。そのような中、人間では抑制性神経細胞の起源が大脳皮質にもあり、65%は大脳皮質で、35%は大脳基底核原基で作られるとする報告がある(非特許文献5)。この報告にある65%の大脳皮質由来のGABA作動性神経細胞前駆細胞は、脳室帯ないし脳室下帯にある神経幹細胞の分裂により供給され、Mash1陽性で特徴付けられると考えた。このような観察結果は、この出願の発明者が、げっ歯類での抑制性神経細胞の起源を調べた最新の研究での個々の観察結果と一部一致するものであるが(非特許文献6)、起源に関する解釈は発明者の解釈と大きく異なるものである。この出願の発明者のげっ歯類での研究によれば、大脳皮質に移動してくる細胞には、抑制性神経前駆細胞と発生中の抑制性神経細胞が含まれていて、前者が大脳皮質で新たに抑制性神経細胞を供給して、結果、抑制性神経細胞の起源は大脳基底核原基にあると言える。人間の場合も、大脳皮質の抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞は、大脳基底核原基に由来する可能性が高い。
このように、人抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞の由来も明らかになりつつあるが、未だ治療目的で移植するのに十分な量の抑制性神経前駆細胞と発生中の抑制性神経細胞を準備できる状況ではない。
Activin Aは、胚盤胞のころに背腹軸や腎臓の形成に関わる物質としてよく知られ、腎臓形成のための分子(特許文献1)、抑制性神経細胞の保護作用(特許文献2)、あるいはシナプス結合の可塑性の調節(特許文献3)についてそれぞれ特許出願されている。しかしながらActivin Aのこれらの作用はそれぞれ独立事象であり、Activin Aがそれぞれの細胞に作用するために結合する受容体分子は異なる。また、Activin Aが抑制性神経前駆細胞を選択的かつ高効率に増殖させることは知られていない。

【特許文献1】特表2008-505643
【特許文献2】特表2002-524402
【特許文献3】特開2003-130869
【特許文献4】特開2004-229523
【非特許文献1】Gaspard N,Bouschet T,Hourez R,Dimidschstein J,Naeije G,van den Ameele J,Espuny-Camacho I,Herpoel A,Passante L,Schiffmann SN,Gaillard A,Vanderhaeghen P.(2008)An intrinsic mechanism of corticogenesis from embryonic stem cells.Nature 455:351-357.
【非特許文献2】Takahashi K,Tanabe K,Ohnuki M,Narita M,Ichisaka T,Tomoda K,Yamanaka S.(2007)Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors.Cell 131,861-872.
【非特許文献3】Tamamaki N,Fnjimori K,Takauji R.(1997)Origin and route of tangentially migrating neurons in the developing neocortical intermediate zone.J Neurosci 17:8313-8323.
【非特許文献4】Anderson SA,Eisenstat DD,Shi L,Rubenstein JLR.(1997)Interneuron migration from the basal forebrain to the neocortex:dependence on Dlx genes.Science 278:474-476.
【非特許文献5】Letinic K,Zoncu R,Rakic P.(2002)Origin of GABAergic neurons in the human neocortex.Nature 417:645-649.
【非特許文献6】Wu S,Esumi S,Watanabe K,Chen J,Nakamura KC,Nakamura K,Kometani K,Minato N,Yanagawa Y,Akashi K,Sakimura K,Kaneko T,Tamamaki N.(2011)Tangential migration and proliferation of intermediate progenitors of GABAergic neurons in the mouse telencephalon.Development 138,2499-2509.
【非特許文献7】Esumi S,Wu SX,Yanagawa Y,Obata K,Sugimoto Y,Tamamaki N.(2008)Method for single-cell microarray analysis and application to gene-expression profiling of GABAergic neuron progenitors.Neurosci Res.60,439-451.
【非特許文献8】Tamamaki N,Yanagawa Y,Tomioka R,Miyazaki J,Obata K,Kaneko T.(2003)Green fluorescent protein expression and colocalization with calretinin,parvalbumin,and somatostatin in the GAD67-GFP knock-in mouse.J Comp Neurol.467,60-79.
【非特許文献9】Kaartinen V,Dudas M,Nagy A,Sridurongrit S,Lu MM,Epstein JA,(2004)Cardiac outflow tract defects in mice lacking ALK2 in neural crest cells.Development 131,3481-3490.
【非特許文献10】Ohira K,Furuta T,Hioki H,Nakamura KC,Kuramoto E,Tanaka Y,Funatsu N,Shimizu K,Oishi T,Hayashi M,Miyakawa T,Kaneko T,Nakamura S.Ischemia-induced neurogenesis of neocortical layer 1 progenitor cells.Nat Neurosci.2010 Feb;13(2):173-9.Epub 2009 Dec 27.
【非特許文献11】Imayoshi I,Sakamoto M,Ohtsuka T,Takao K,Miyakawa T,Yamaguchi M,Mori K,Ikeda T,Itohara S,Kageyama R.(2008)Roles of continuous neurogenesis in the structural and functional integrity of the adult forebrain.Nat Neurosci.11,1153-1161.
【非特許文献12】Yu PB,Hong CC,Sachidanandan C,Babitt JL,Deng DY,Hoyng SA,Lin HY,Bloch KD,Peterson RT.(2008)Dorsomorphin inhibits BMP signals required for embryogenesis and iron metabolism.Nat Chem Biol.4,33-41.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
人間の思考の中枢である大脳皮質は、興奮性(80%)の神経細胞と抑制性(20%)の神経細胞によって構成されている。人間に見られるいくつかの脳機能疾患の原因は抑制性神経細胞(GABA神経細胞)の脱落によるという可能性が示されている。このような脳機能疾患の治療には、治療効果を達成するのに十分な量の抑制性神経細胞を脳内の患部に移植する再生医療が有効であると考えられる。しかしながら前記のとおり、現状では十分な量の抑制性神経前駆細胞と発生中の抑制性神経細胞を準備できる状況ではない。その理由は、抑制性神経前駆細胞が増殖能を有するにも関わらず、この細胞を効果的に増殖する手段が確立されていないからである。そこでこの出願の第一の課題は、抑制性神経前駆細胞を効率よく増殖させることのできる新しい手段(すなわち、抑制性神経前駆細胞の増殖促進因子とその利用)を提供することにある。
また、前記第一の課題が解決された場合、患者の大脳皮質から少量採取した脳組織に含まれる抑制性神経前駆細胞を培養増殖して移植用の十分な量の細胞を得ることが可能となるが、この培養物は他の様々な神経系細胞を含む細胞混合物である。あるいは、ES細胞やiPS細胞から抑制性神経前駆細胞や抑制性神経細胞を分化させ場合にも、得られた細胞集団には未分化のES細胞やiPS細胞、あるいは他の種類に分化した神経系細胞が含まれる可能性がある。従って、このような細胞集団から移植に用いる抑制性神経前駆細胞や発生中の抑制性神経細胞を確実に分離する必要がある。この出願の第二の課題は、増殖した抑制性神経前駆細胞や抑制性神経細胞を細胞集団から確実に分離する方法を提供することである。
また、前記の第二の課題が解決されて、十分な量の移植用抑制性神経前駆細胞や抑制性神経細胞を分離することが出来たなら、脳を大きく侵襲することなく移植して、効率よく生着させることが必要である。この出願の第三の課題は、分離した抑制性神経前駆細胞や抑制性神経細胞を、脳に大きく侵襲することなく移植して、効率よく生着させる方法を提供することである。
さらに、前記第一課題の解決手段は、新たな抑制性神経前駆細胞の増殖促進因子を探索することによって、さらにその効果を向上させ、また新たな産業上利用可能な技術分野を拓く可能性がある。この出願の第四の課題は、抑制性神経前駆細胞の新たな増殖促進因子を探索するための手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
この出願の発明者らは、前記の課題を解決するために鋭意研究をおこなった結果、以下の新規な知見を得た。
(A)Activin Aが抑制性神経前駆細胞を選択的かつ高効率に増殖させること。
(B)Activin Aは抑制性神経前駆細胞にのみ発現するActivin A受容体Acvr1に結合して抑制性神経前駆細胞を増殖させること。
(C)Activin Aで活性化した移植用抑制性神経前駆細胞を脳表面に移植すると、自走的に脳内に移動すること。
(D)Activin A受容体Acvr1に対する特異抗体を抑制性神経前駆細胞に前処理することによって、Activin Aの抑制性神経前駆細胞増殖効果が減弱ないし消失すること。
すなわちこの出願は、前記の知見(A)に基づき、第一の課題を解決するものとして以下の発明(1)~(6)を提供する。
(1)Activin Aを含有する抑制性神経前駆細増殖溶液。
(2)前記発明(1)記載の抑制性神経前駆細増殖溶液中で抑制性神経前駆細胞を培養することを特徴とする抑制性神経前駆細胞のin vitro増殖方法。
(3)抑制性神経前駆細胞が大脳皮質から単離した細胞である前記発明(2)のin vitro増殖方法。
(4)抑制性神経前駆細胞がES細胞またはiPS細胞から分化させた細胞である前記発明(2)のin vitro増殖方法。
(5)Activin Aを含む溶液を脳の抑制性神経前駆細胞に接触させることを特徴とする抑制性神経細胞前駆細胞のin vivo増殖方法。
(6)抑制性神経前駆細胞が脳表面近傍または脳室下帯に分布する細胞である前記発明(5)のin vivo増殖方法。
またこの出願は、前記知見(B)に基づき、第二の課題を解決するものとして、以下の発明(7)~(9)を提供する。
(7)培養条件下で増殖した神経細胞の集団からActivin A受容体Acvr1を発現している細胞を単離することを特徴とする抑制性神経前駆細胞および抑制性神経細胞の分離方法。
(8)神経系細胞の集団が大脳皮質から単離培養した細胞集団である前記発明(7)の分離方法。
(9)神経系細胞の集団がES細胞またはiPS細胞から分化させた細胞集団である前記発明(7)の分離方法。
さらにこの出願は、前記知見(C)に基づき第三の課題を解決するものとして、以下の発明(10)を提供する。
(10)前記発明(7)から(9)のいずれかに記載の方法により分離された抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞を脳表面に移植する方法。
さらにこの出願は、前記知見(D)に基づき第四の課題を解決するものとして、以下の発明(11)を提供する。
(11)抑制性神経前駆細胞に対する選択的増殖促進物質のスクリーニング方法であって、
(a)抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、
(b)Activin A受容体Acvr1に対する抗体、またはAcvr1の細胞内領域の活性を阻害する物質を予め接触させた抑制性神経前駆細胞に被験物質を接触させて細胞の増殖の程度を測定する工程、および
(c)工程(a)の細胞増殖が、工程(b)において消滅または有意に低下した被験物質を目的物質として選択する工程、
を含むことを特徴とする方法。
前記の各発明において「抑制性神経細胞」とは、抑制性神経伝達物質を放出して他の神経細胞の興奮を抑制する神経細胞であり、大脳、間脳、中脳、脊髄ではGABA作動性神経細胞、延髄ではGABA作動性神経細胞とクリシン作動性神経細胞をさす。その「前駆細胞」とは、不等分裂により抑制性神経細胞を生み出す能力を有する細胞である。
「増殖」とは、等分裂によりその細胞の基本的な性質を保持した状態で、元の細胞数の2倍、好ましくは4倍程度に増加させることを意味する。また、不等分裂により、抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞、または、抑制性神経前駆細胞と2次抑制性神経前駆細胞等を生み出すことを意味する。また、人を含む哺乳類の中枢神経系組織から単離した抑制性神経前駆細胞を含む細胞集団、またはES細胞やiPS細胞から分化させた抑制性神経前駆細胞を含む細胞集団から、抑制性神経前駆細胞のみを選択的に増やし、最終的に抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞が大多数の集団とすることを意味する。
この発明におけるその他の用語や概念は、下記の実施形態の説明や実施例において説明する。
【発明の効果】
【0005】
発明(1)によれば、抑制性神経前駆細胞の新規な増殖促進因子であるActivin Aを含む抑制性神経前駆細胞の増殖溶液が提供される。
発明(2)~(4)によれば、前記発明(1)の溶液を用いることによって、大脳皮質から単離した、あるいはES細胞やiPS細胞から分化させた抑制性神経前駆細胞を大量にin vitro増殖させることが可能となる。
発明(5)、(6)によれば、Activin Aを含有する溶液を、脳表面近傍または脳室下帯に分布する抑制性神経前駆細胞に接触させることによって、抑制性神経前駆細胞を脳内(in vivo)で増殖させることが可能となる。この方法は、細胞移植手術に比べ、患者への負担を大幅に軽減することができる。
発明(7)~(9)によれば、様々な種類の細胞が含まれる可能性のある細胞集団から、移植用の抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞のみを確実に分離することが可能となる。
発明(10)によれば、前記発明(7)~(9)にて分離した移植用の抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞を脳表面に移植することにより、抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞は自走能により必要とされる脳の部位にまで移動するので、脳実質への細胞移植手術に比べ、患者への負担を大幅に軽減することができる。
発明(11)によれば、Activin Aと同様の機能(すなわち、受容体Acvr1に結合して抑制性神経前駆細胞を増殖させる機能)を有する新規な物質の探索が可能となる。このような物質は、例えば脳内注入用の薬剤の安全かつ効果的な有効成分となり得る可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1は、実施例1で確認したGAD67-GFP P0マウスの大脳皮質の写真像(a)と、SVZ層でのPCNA(赤)とGFP(緑)の共染色の写真像(b)である。二重染色される細胞が多く見られる。
図2は、実施例2において、single cell microarray analysis法(非特許文献7)により検出した遺伝子発現プロファイルの中で、Growth factor receptorでヒットした遺伝子プローブのシグナル強度を擬似カラーで示した結果である。
図3は、実施例2において、single cell microarray analysis法(非特許文献7)により検出した遺伝子発現プロファイルの中で、Growth factor receptorでヒットした遺伝子プローブで、細胞2、細胞4で発現していると判定された(Present Call)遺伝子の情報のみを集め、シグナル強度を擬似カラーで示した結果である。
図4は、実施例2において、single cell microarray analysis法(非特許文献7)により検出した遺伝子発現プロファイルの中で、Activin Aの受容体のシグナル強度を測定した結果である。緑の枠はPresent Call示す。
図5は、ヒトAcvr1(Swiss Prot ID# Q04771)のN末から20~50アミノ酸のペプタイドに対してウサギで作った抗体を利用して、Acvr1の分布を、新生児GAD67-GFPマウスの大脳皮質で調べた。{A}GAD67-GFPマウスP3の脳室下帯とRostral migratory streamに見られたGAD67-GFP陽性細胞。{B}同じ範囲のAcvr1の免疫染色された領域が赤く示されている。
図6は、コンフォーカル顕微鏡で調べて、Acvr1の免疫抗原性が、GFP陽性細胞の表面の一部に観察されることが分かった。
図7は、Acvr1-flox conditional knock-out mouseとGAD67-Cre knock-in mouseを掛け合わせた結果できたE18のAcvr1+/-,GAD-Cre+;Acvr1-/-,GAD-Cre+の胎児の大脳皮質で見られた、GABA免疫組織染色性。E18マウス胎児で正常なAcvr1を発現しているGAD67陽性細胞ではGABAの染色性は正常であるが、Acvr1を欠損しているGAD67陽性細胞ではGABAの染色性は激減していた。
図8は、幼弱(P7)GAD67-GFP knock-in mouseの軟膜内に分布するpia-progenitor。軟膜はLaminin陽性(図8-C)で赤く示されている。
図9は、実験3において、神経幹細胞用溶培養液にActivin AとBrdUを加えた培養液からBrdUを取り込んで細胞分裂したGFP,BrdU二重陽性細胞の写真像である。Activin Aを含まない神経幹細胞溶培養液でGFP陽性細胞を培養しても図9のような像は得られなかった。
図10は、実験3において、神経幹細胞溶培養液にActivin AとBrdUを加えた時(M+A)とBrdUのみを加えた時(M)の細胞分裂に伴うDNA量の増加をDNAに取り込まれたBrdU量で測定した結果である。神経幹細胞溶培養液にActivin Aを加えた時に格段に細胞分裂に伴うDNA量の増加が確認できた。
図11は、Activin Aの生体内での効果を確かめるために、Activin A 1μg/mlを1μl、生後3日目のGAD67-GFPマウスの片方の大脳半球の大脳皮質の表面に注入した。さらに、30分後にマウスの腹腔内に10mMの濃度のEdUを20μl注射した。その後、1週間飼育して、麻酔下に固定して組織観察した。結果、Activin A注入側の半球では(A-C)、GFP/EdUの二重染色された抑制性神経細胞(矢印)が反対半球(D-F)に比べ有意に多く観察された。また、注入側の軟膜の中には、多くのpia progenitorと考えられる細胞(元はGFP/EdU陽性であったと考えられる)がEdU陽性細胞として観察される。
図12は、マウスの小脳の尾側に大槽と呼ばれる、大きなくも膜下腔があり、そこにマイクロパーオキシダーゼ(microperoxidase)という酵素を注入して30分後にホルマリンにて固定し、酵素の分布をDAB反応(peroxidaseの反応)を介して、発色させて示した。マイクロパーオキシダーゼが通過できない場合は、脳血液関門(Blood Brain Barrier)に相当する障壁があるとみなされる。
図13は、抑制性神経前駆細胞と抑制性神経前駆細胞を他の細胞から分離するための方法を示す図である。方法:▲1▼新生児GAD67-GFPマウスから大脳皮質組織を切り出し、トリプシンで弱めに細胞表面の蛋白分子を分解して細胞を分散し、GAD67-GFP陽性細胞(抑制性神経前駆細胞と抑制性神経前駆細胞)を含む細胞懸濁液を得た。▲2▼Acvr1のN-末アミノ酸鎖に対するウサギ抗体を上記の細胞懸濁液に加た。▲3▼ウサギ抗体に結合する、biotin分子を結合させたヤギ抗体液を加える。▲4▼biotinに結合する、Streptavidin-magnetic beadの混濁液を加える。▲5▼結果、Acvr1のN-末アミノ酸鎖に、ウサギ抗体、ヤギ抗体、biotin分子、Streptavidinを介してmagnetic beadを結合させた。▲6▼液を入れたチューブを磁石に近づけ、Acvr1陽性細胞を分離する。
図14は、図13にある方法によりAcvr1陽性細胞を分離することが出来た。Hoechstの青蛍光は核内DNAを可視化していて全ての細胞を示す。GFPの緑蛍光は、選別された抑制性神経前駆細胞と抑制性神経前駆細胞をしめす。この写真の範囲では、両細胞は完全に一致していた。
図15は、GAD67-Creマウス胎児E14の大脳基底核原基にCAG-ImRFPIGFP-polyAのプラスミドDNAを電気穿孔法で導入し、大脳基底核原基から大脳皮質に移動してくるGAD67陽性細胞を標識した。移動細胞の一部は、増殖能を持った抑制性神経前駆細胞で(非特許文献6)軟膜の外表面で分裂をして(図15-A)pia-progenitorとなり、成長後も脳の表面、軟膜内に、様々な遺伝子発現は休止された状態で維持され続ける(図15-B,C)。MZ:辺縁層,Pia:軟膜,境界線:基底ラミナ。
図16は、Nestin-CreER/GFP成体マウスにタモキシフェンを投与し、一側の偏桃体に電極を挿入して脳を刺激し、kindlingを形成させて癲癇症マウスとした。電気刺激の都度、BrdUを腹腔内に注射し、Nestin陽性となって抑制性神経細胞を産生する抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞をGFPとBrdUで染色した図。矢印は軟膜表面にいたpia progenitorがBrdUを取り込み、Nestin陽性となり、分裂して脳表面から、辺縁層に移動して抑制性神経細胞に向けて分化している細胞である。
図17は、Activin Aの受容体Acvr1にActivin Aが結合することにより細胞増殖が進むが、Acvr1のActivin A結合部位に抗体を結合させてActivin Aの結合を妨げると、細胞増殖は進まなかったことを示す図。(A)セルソーターで新生児GAD67-GFPマウスの大脳皮質に含まれるGFP陽性細胞を分離して、神経幹細胞用の培養液「M」で2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化したもの。(B)神経幹細胞用の培養液に新生児マウス大脳皮質の組織を入れて一晩培養し、様々な増殖因子を分泌さてコンディションを整えた培養液「M+C」を準備した。準備した培養液で上記(A)にある細胞を2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化したもの。(C)上記(B)の条件に、anti-Activi A blocking antibodyを加えて、2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化したもの。(D)上記(B)の条件に、ヒトAcvr1(Swiss Prot ID# Q04771)のN末から20~50アミノ酸のペプタイドに対してウサギで作った抗体を加えて、2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化したもの。
【実施例1】
【0008】
GAD67-GFP P0マウスの大脳皮質を取り出し、蛋白分解酵素(トリプシン)で細胞を分散し、セルソーターによってGFP陽性細胞を取り出した。神経幹細胞用培養液(Neurobasal medium+5% B27 supplement,20ng/ml bFGF,20ng/ml EGF)にE18のマウス胎児脳組織を加えて一晩培養することによりコンディションをととのえ、その後細胞を除いて5・g/mlのBrdUを加え、セルソーターで取り出したGFP陽性細胞を2-7日間培養し、固定した。その結果、GFP陽性のGABA作動性神経前駆細胞の一部は、コンディションを整えた神経幹細胞溶培養液中でBrdUを取り込んで、細胞分裂することを確認した(図9)。胎児脳組織によりコンディションを整えていない神経幹細胞溶培養液でGFP陽性細胞を培養しても図9のような像は得られなかった。
以上の結果から、GABA神経前駆細胞は神経幹細胞用培養液では増殖できないが、必須増殖因子を神経幹細胞用の培養液中に加えると増える可能性が示されたので、必須増殖因子の検出系が確立できた。Activin Aを20ng/ml、神経幹細胞用培養液に加えた場合と加えなかった場合に、BrdUのDNAへの取り込みを調べたところ、有意な差が観察された(図10)。同結果により、G1期に発現しているActivin A受容体Acvr1(1448460-ALK2)は抑制性神経前駆細胞の細胞増殖を促進すると証明できた。1416787-ALK2は、10細胞のうちの多くでシグナルが高く、細胞5、細胞6でもPresent Callがでているが、プローブが異なるので、Acvr1の異なるsplicing variantsと考えられる。
【実施例2】
【0009】
Activin Aの効果をin vivoでも確認するために、生後3日目(P3)の幼若マウスの脳にActivin A溶液を直接注入した。加えて30分後に、EdUを腹腔内注射した。その後、1週間飼育して、麻酔下に固定して組織観察した結果、Activin A注入側の半球では(A-C)、GFP/EdUの二重染色された抑制性神経細胞(矢印)が反対半球(D-F)に比べ有意に多く観察された。また、注入側の軟膜の中には、多くのpia progenitorと考えられる細胞(元はGFP/EdU陽性であったと考えられる)がEdU陽性細胞として観察される(図11)。このことによりActivin Aを含む溶液を脳の抑制性神経前駆細胞に接触させることができれば、in vivoの抑制性神経前駆細胞を増殖させることが可能であることが示された。次に問題となるのが、脳の内部の抑制性神経前駆細胞にActivin Aを届ける方法である。その方法は、注射針で貫いて脳を損傷するようなことがない方法であることが好ましい。
抑制性神経前駆細胞は脳表面近傍または脳室下帯に多くが分布するとこは既に記載した。脳表面近傍または脳室下帯にActivin Aを届ける手法を確立するために、Activin Aそれ自身ではなく、検出が容易な蛋白でモニター実験を実施した。使用した蛋白は、チトクロームCを酵素分解したペプチドで、ヘムを含む部分を精製して作られたマイクロパーオキシダーゼ(microperoxidase)を使用した。マウスの小脳の尾側には大槽と呼ばれる、大きなくも膜下腔がありそこに、マイクロパーオキシダーゼを注入して30分後にホルマリンにて固定し、酵素の分布をDAB反応(peroxidaseの反応)を介して、発色させて示した。マイクロパーオキシターゼが通過できない場合は、脳血液関門(Blood Brain Barrier)に相当する障壁があると定義されている。図12にある実験結果では、マイクロパーオキシターゼの一部が、大槽から第四脳室に侵入し、第四脳室から第三脳室、そして側脳室(LV)に至り、側脳室表面から脳実質に浸透していることが示された。また、大槽から脳底部に回り込んだマイクロパーオキダーゼは、脳表面の軟膜から脳実質にも浸透していることが示された。つまりBBBに相当する障壁は、くも膜下腔と脳実質の間(境は軟膜)、脳室と脳実質の間(境は脳室帯)には無いことを意味している。また、マイクロパーオキシダーゼ(microperoxidase)に代えて、分子量の大きいホースラディッシュパーオキシダーゼ(Horse radish peroxidase)を使用しても同じ結果が得られた。つまり、Activin Aや他の細胞増殖因子を含む液を、脳表面(くも膜下腔)または脳室に注入する方法により、脳表面近傍、脳室下帯に分布する抑制性神経前駆細胞に、Activin Aや他の細胞増殖因子を接触させて作用させることが可能であることが示された。
【実施例3】
【0010】
Acvr1は膜蛋白で、細胞膜を貫き細胞外にActivin Aを結合する領域を持ち、細胞内に他の分子をリン酸化する機能を持った分子である。それゆえ、実験3で使用した抗Acvr1抗体は細胞が生きた状態でAcvr1に結合できる。Acvr1は抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞のみに発現しているので(図5、6)、図13に模式図を示した方法により抑制性前駆細胞と抑制性神経細胞を分離した。
結果は図14に示したとおりであり、GAD67-GFP陽性細胞(抑制性神経前駆細胞と抑制性神経前駆細胞)を主要な細胞として分離することが出来た。
【実施例4】
【0011】
抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞を脳の表面に触れさせる形で移植した。なお、移植の全ての工程を記載するのではなく、実証されている事柄に付いてはその根拠となる文献名を記載し、実証されていない工程に絞って記載する。
GAD67-Creマウス胎児E14の大脳基底核原基にCAG-ImRFPIGFP-polyAのプラスミドDNAを電気穿孔法で導入し、大脳基底核原基から大脳皮質に移動してくるGAD67陽性細胞系譜にある細胞をGFPで標識した。移動細胞の一部は、増殖能を持った抑制性神経前駆細胞で(非特許文献6)、脳表面に来た抑制性神経前駆細胞は、基底ラミナ層を貫いて軟膜内に入り(図15a-b)、Pia-progenitorとなって分裂を繰り返した(図15c)。つまり、抑制性神経前駆細胞は、基底ラミナ層を貫く能力を持つことが示された。基底ラミナ層には、極性があるという報告はなく、抑制性神経前駆細胞は脳から貫き出ることが出来、脳内に貫き入ることも出来る。
さらに大脳皮質深くまで脳表面に移植した抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞を届けることが好ましいが、脳の中には、脳表付近に存在する自身の前駆細胞を増殖させて、大脳皮質の深い層に送り届ける仕組みが備わっていることが報告されている(非特許文献10)。
本実施例では、大脳皮質脳室下帯の嗅球顆粒細胞(抑制性神経細胞)の産生の研究観察に用いられたNestin-CreERマウス(非特許文献11)を京都大学より供与を受けて実験に供した。このマウスとGFP Cre-reporterマウスと掛け合わせて、両方の遺伝子を持つマウスを準備した。同マウスにタモキシフェンを投与し、一側の偏桃体に電極を挿入して脳を刺激し、kindlingを形成させて癲癇症マウスとした。電気刺激の都度、BrdUを腹腔内に注射し、Nestin陽性となって抑制性神経細胞を産生する抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞をGFPとBrdUで染色した。脳の外表面には図16にあるような神経前駆細胞がBrdU陽性となっているが、他のマウスで時間が経過した状況を観察すると、辺縁層にBrdU+GFP二重陽性の細胞が現れる。その後もGFP陽性の細胞の分布は、深くなり、非特許文献10の報告内容が再確認できた。
以上の結果は、非特許文献10にある公知の事実と、抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞は基底ラミナを貫くことができると言う本願発明の新しい知見に基づき、脳表面への抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞の安全な移植法が実施可能であることを保証するものである。
【実施例5】
【0012】
Activin Aの受容体Acvr1にActivin Aが結合することにより細胞増殖が進むが、Acvr1のActivin A結合部位に抗体を結合させてActivin Aの結合を妨げると、細胞増殖は進まない(図17)。
(A)まず、セルソーターで新生児GAD67-GFPマウスの大脳皮質に含まれるGFP陽性細胞(抑制性神経前駆細胞と抑制性神経細胞)を分離して、神経幹細胞用の培養液(M)で2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させても、測定限界程度にしかEdUの取り込みは認められなかった(図17-A)。この状態は、完全にAcvr1にActivin Aが結合することを阻害した場合の状況となる。
(B)次に、神経幹細胞用の培養液に新生児マウス大脳皮質の組織を入れて一晩培養し、様々な増殖因子を分泌さてコンディションを整えた培養液(M+C)を準備して抑制性神経前駆細胞を培養し、上記(A)にあるようにDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化した(図17-B)。
(C)次に、上記の条件に、anti-Activi A blocking antibodyを加えて、2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて定量した(図17-C)。
(D)最後に上記(B)の条件にヒトAcvr1(Swiss Prot ID# Q04771)のN末から20~50アミノ酸のペプタイドに対してウサギで作った抗体を加えて、2日間培養したときに細胞のDNAに取り込まれたEdUをblotting membrane上で発色させて可視化した(図17-D)。
以上の結果を比較することにより、コンディションを整えた培養液(M+C)が、Activin Aを含み、Activin Aを抗体により除くと神経幹細胞用培養液と同じ状態となる。
ヒトAcvr1(Swiss Prot ID# Q04771)のN末から20~50アミノ酸のペプタイドに対してウサギで作った抗体を加えると、Activin Aが含まれていても、Activin AがAcvr1に結合できずに、抑制性神経前駆細胞が増殖できなくなったことが分かる。Activin AはAcvr1のリガンドであり、Activin Aに代わるリガンドも上記と同様の方法により特定することが可能である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図17】
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