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明細書 :接触物体が発生する力を可視化および/または定量化するための表面改質方法およびこれを用いたスクリーニング方法、ならびにこれら方法に用いるキット

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2016-042071 (P2016-042071A)
公開日 平成28年3月31日(2016.3.31)
発明の名称または考案の名称 接触物体が発生する力を可視化および/または定量化するための表面改質方法およびこれを用いたスクリーニング方法、ならびにこれら方法に用いるキット
国際特許分類 G01L   1/06        (2006.01)
G01L   1/00        (2006.01)
FI G01L 1/06
G01L 1/00 B
請求項の数または発明の数 12
出願形態 OL
全頁数 12
出願番号 特願2014-245641 (P2014-245641)
出願日 平成26年12月4日(2014.12.4)
優先権出願番号 2013271755
2014169119
優先日 平成25年12月27日(2013.12.27)
平成26年8月22日(2014.8.22)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
発明者または考案者 【氏名】出口 真次
【氏名】横山 奨
【氏名】松井 翼
出願人 【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
審査請求 未請求
要約 【課題】細胞等が発生する力を可視化および/または定量化するための、細胞等を被着あるいは接触させる高分子材料の表面改質方法。
【解決手段】高分子材料において、当該材料の表面を改質して弾性率を増大させ、当該改質した高分子材料の表面に物体を被着あるいは接触させ、当該高分子材料の表層に生じるシワを観察することにより、被着あるいは接触させる物体が発生する力を可視化および/または定量化するための表面改質方法であり、高分子材料の表面にマスクを付与して改質する部位を限定し、当該材料表面の変形を大きくする、あるいは前記高分子材料を予め加熱し、その間に、当該材料表面を改質して弾性率を増大させ、材料表面の限界座屈ひずみを下げてシワを発生しやすくする。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
高分子材料の表面に物体を被着あるいは接触させ、当該高分子材料の表層に生じるシワを観察することにより、被着あるいは接触させる物体が発生する力を可視化および/または定量化するための表面改質方法であって、当該高分子材料の表面を改質して弾性率を増大させて、前記シワを発生しやすくする表面改質方法。
【請求項2】
前記高分子材料がシリコーンである請求項1に記載の表面改質方法。
【請求項3】
前記被着あるいは接触させる物体が細胞である、請求項1または2に記載の表面改質方法。
【請求項4】
前記高分子材料を改質する方法が、プラズマ照射、コロナ放電照射、UV照射により行う請求項1~3のいずれかに記載の表面改質方法。
【請求項5】
前記高分子材料表面の炭化水素基の一部もしくは全てを、酸素を含む官能基に置換する、請求項1~4のいずれかに記載の表面改質方法。
【請求項6】
前記高分子材料の表面にマスクを付与して改質する部位を限定し、物体が被着あるいは接触したときの当該材料表面の変形を大きくしてシワ発生の感度を向上させる、請求項1~5のいずれかに記載の表面改質方法。
【請求項7】
前記マスクを付与して改質する部位の面積を、被着あるいは接触させる物体と同じ面積または10倍以下の面積とする請求項6に記載の表面改質方法。
【請求項8】
前記高分子材料を容器内で予め加熱して膨張させ、膨張を維持した状態で、当該高分子材料表面を改質してシワ発生の感度を向上させる、請求項1~5のいずれかに記載の計測方法。
【請求項9】
前記予め加熱する温度が35℃~75℃である、請求項8に記載の表面改質方法。
【請求項10】
前記高分子材料を改質する方法が、プラズマ照射、コロナ放電照射、UV照射により行う請求項8または請求項9に記載の表面改質方法。
【請求項11】
請求項1~10に記載の表面改質方法により、被着あるいは接触させる物体が発生する力を可視化および/または定量化するスクリーニング方法。
【請求項12】
請求項1~10に記載の表面改質した高分子材料を基台上の少なくとも1箇所に載せたキット。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は細胞あるいは管等の壁への液体の接触等において発生する応力の可視化等の計測等に利用できる。
【背景技術】
【0002】
骨格筋や心筋、平滑筋細胞などの筋肉細胞は力を発生し、隣接する他の細胞や、コラーゲンなどの生体繊維を変形させる。これらの筋肉細胞に限らず、およそ全ての細胞は力を発生する能力を備えており、運動することができる。例えば、腫瘍細胞は生体内を転移、すなわち自ら推進力を発生しながら運動して癌を促進する。また、一つの受精卵から多細胞の個体が形成される発生過程において、個々の細胞が発生する力の相互作用が正常な臓器形成のために重要な役割を果たしていることが明らかにされている。また、細胞が正常な力を発生するための機構に異常が生じた場合には、動脈硬化症など多くの深刻な疾患を引き起こすことが近年の研究から示唆されている。このように細胞が発生する力は細胞を評価するうえで重要な指標であり、生物学や医学分野においてその役割や発生機構について多くの研究が活発に行われている。例えば、癌などの病気の進行に伴い、細胞の発生力や、発生力と密接な関連のある力学的な硬さが個々の細胞において変化することが分かっている(非特許文献1参照)。つまり細胞の発生力を計測することは病気の進行度を測るための目安となりうるために、患者から取り出した個々の細胞の発生力を計測することは診断に利用できる可能性を有している。
【0003】
細胞が発生する微小力を定量評価する方法としてこれまでに様々な方法が提示されている。しかしコストパフォーマンスや実用性などの理由により、実質的に使用されているのは以下の3方式に限られ、そのうち最も普及している技術は、米国のDemboとWangらの方法である(非特許文献2参照)。この方法は、ポリアクリルアミド(PAA)ゲルという柔らかい物質の表面に細胞が付着できるようにSulfo-SANPAHなどを用いた化学処理を施し、一方多数の蛍光ビーズ(直径が1μm未満の微小球)をできる限り均一な空間分布となるようにPAAゲル内に埋め込む。そこで、PAAゲル表面に細胞を播種するとその表面に接着され、PAAゲルを変形させる。PAAゲルの変形に伴い、その中に埋め込まれた蛍光ビーズも動くために、この蛍光ビーズをマーカーとしてPAAゲルのひずみを計測する。別途、PAAゲルの弾性率を測定することにより、応力を高精度に計測できる。本方法は、しかし、蛍光ビーズは直径が小さいほど大変高価となり、また、同一平面内の蛍光ビーズの動きを正確に調べるためには、高価な共焦点レーザー顕微鏡が必要である。
【0004】
ところで、細胞生物学の研究では、細胞を観察する際に細胞内のタンパク質に蛍光タグを付けて蛍光観察を行う場合が多く、蛍光ビーズそのものの光の波長以外の蛍光波長を有するタグを用いる必要が生じ、実験を制限する。また、細胞自身がPAAゲル表面にある蛍光ビーズを飲み込んでしまい、細胞自身へのダメージになり、また観察精度を妨げる。また、同方法ではPAAゲル以外に、水を主成分とするハイドロゲルを用いることがあるが、このような水性ゲルの中には培養液成分が浸透してしまい、実験中に細胞を囲む培養液の性質が変わったり、溶液交換時に既に水性ゲル内にしみ込んでいた古い溶質がそのまま残る恐れがある。このように本方法は長時間の測定や、液交換を頻繁に行う実験には不向きである。また、観察を終了したあとに細胞をゲルから何らかの方法によってはがしとり、ひずみマーカーとなる蛍光ビーズの初期位置を正確に測る必要があり、これも実験を行ううえで制約となる。この点については、それを克服するためにあらかじめ蛍光ビーズなどのマーカーを規則的にゲル上に並べたものを用いることもある。
【0005】
二番目の方法は無数に並べたマイクロピラーを用いる方法である(非特許文献3参照)。これは微小で柔らかいマイクロピラーの上に細胞を培養し、細胞が力を発生するとピラーをたわませるので、ピラーのたわみを光学顕微鏡により測定して発生力を検出するものである。しかし、マイクロピラーを作製するには、微細加工が必要であり、材料費も含めてきわめて高価となる。また、通常マイクロピラーはPDMS(ポリジメチルシロキサン)から作られるが、同材料は疎水性であるために、実験に先立ち水溶液がマイクロピラーの根元にまで浸透させるためには、あらかじめ浸透させた別の溶液から実験で用いる培養液に完全に入れ替わるように繰り返し液交換をする必要がある。また、力を正確に測定するために、マイクロピラーの上側表面だけに細胞を接着させるための特殊なコーティングを行う必要があり、多くの工夫を要する。さらに、マイクロピラーの上側表面のみに細胞を接着するため、細胞接着タンパク質複合体が面積を広げる挙動を妨げる。このようにマイクロピラーの形状が細胞の性質に影響を及ぼしかねないために、細胞生物学の研究への適用は不向きである。
【0006】
三番目の方法は、マイクロパターニング技術を用いて細胞の発生力を計測する方法である。前二者に比べて新しい技術であるために普及度は比較的低いが、今後利用が進むと考えられる。ここで、マイクロパターニングとは細胞の接着領域を限定し、その結果、細胞の形態を人為的に操作するものである。例えば、特許文献1のFIGURE 4Eにあるように、細胞をPAAゲル上に、「いかり型」の形状にマイクロパターン化する。このとき、細胞の接着領域が、このいかり型形状の下側に局在することがわかっている。細胞が収縮力を発生すると、このいかり形状の下側を中心に向けて縮めようとする歪を生じる。一方、事前に、変形量と、細胞がPAAゲルに及ぼす応力の校正関係を求めておく。この校正関係には直線関係があることから、いかりの下側の変形量を調べることによって、細胞が発生する応力を測定することができるということである。ここで、細胞の形態をマイクロパターニングによって統一していることにより、校正関係が同一の傾きを有することを期待しているが、たとえ細胞の形態をマイクロパターニングによって統一するとしても、元々の細胞は同一の遺伝子を持っていても一般に異なるサイズを有しており、発生する力は個々の細胞ごとに異なる。従って校正関係も厳密には個々の細胞ごとに異なるかもしれず、同一の校正関係を用いることは不正確な測定結果を生じることにつながる可能性がある。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】EP2485050 A1
【0008】

【非特許文献1】S.E. Cross et al、Nature Nanotechnology 2, 780-783
【非特許文献2】Dembo、Wang、1999, Biophysical Journal 76, 2307-2316
【非特許文献3】Tan et al.、Proceedings of National Academy of Sciences, USA 100, 1484-1489, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、細胞が発生する微小な力等を可視化および/または定量化するための、細胞等が接触する表面の改質な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、細胞が被着する材料の表面を改質して、細胞との接着力を大きくし、かつ
表面を硬化させることにより、細胞の微小な力によって、前記材料表面にシワ(皺)が発生し、このシワを観察することにより、細胞が発生する微小な力を可視化および/または定量化できることを見出した。このシワは材料の内部全体に渡って発生するわけではなく、材料のごく表面近傍(1マイクロメートル以内)にのみ発生する表面限定座屈現象によって起こるものである。そして、細胞が接着していない状態、もしくは接着していたとしても薬剤処理によって細胞が力を発生することができないようにした状態ではシワが発生せずに、前記材料の表面は平面のままであることも確認した。すなわち、本発明によれば、細胞が発生する力等の計測方法を以下のようにして提供することができる。
【0011】
[1]高分子材料の表面に物体を被着あるいは接触させ、当該高分子材料の表層に生じるシワを観察することにより、被着あるいは接触させる物体が発生する力を可視化および/または定量化するための表面改質方法であって、当該高分子材料の表面を改質して弾性率を増大させて、前記シワを発生しやすくする表面改質方法。
【0012】
[2]前記高分子材料がシリコーンである前記[1]に記載の表面改質方法。
【0013】
[3]前記被着あるいは接触させる物体が細胞である、前記[1]または[2]に記載の表面改質方法。
【0014】
[4]前高分子材料を改質する方法が、プラズマ照射、コロナ放電照射、UV照射により行う前記[1]~[3]のいずれかに記載の表面改質方法。
【0015】
[5]前記高分子材料表面の炭化水素基の一部もしくは全てを、酸素を含む官能基に置換する、前記[1]~[4]のいずれかに記載の表面改質方法。
【0016】
[6]前記高分子材料の表面にマスクを付与して改質する部位を限定し、物体が被着あるいは接触したときの当該材料表面の変形を大きくしてシワ発生の感度を向上させる、前記[1]~[5]のいずれかに記載の表面改質方法。
【0017】
[7]前記マスクを付与して改質する部位の面積を、被着あるいは接触させる物体と同じ面積または10倍以下の面積とする、前記[6]に記載の表面改質方法。
【0018】
[8]前記高分子材料を容器内で予め加熱して膨張させ、膨張を維持した状態で、当該材料表面を改質してシワ発生の感度を向上させる、前記[1]~[5]のいずれかに記載の表面改質方法。
【0019】
[9]前記予め加熱する温度が35℃~75℃である、前記[8]に記載の表面改質方法。
【0020】
[10]前記高分子材料を改質する方法が、プラズマ照射、コロナ放電照射、UV照射により行う前記[8]または[9]に記載の表面改質方法。
【0021】
[11]前記[1]~[10]に記載の表面改質方法により、被着あるいは接触させる物体が発生する力を可視化および/または定量化するスクリーニング方法。
【0022】
[12]前記[1]~[10]に記載の表面改質した高分子材料を基台上の少なくとも1箇所に載せたキット。

【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】細胞が被着する高分子材料の表層の改質を局部的とすることにより、シワが生じやすくなることを示す模式的な図である。パターン化領域(表面変質した領域がパターン化された場合)がない場合は図1(A)であり、パターン化された場合は図1(B)である。
【図2】本発明の実施例3(予備加熱中のプラズマ照射)の基本メカニズムを示す模式図である。
【図3】本発明実施例1(マスク付与したプラズマ照射)により観察された、細胞が被着したシリコーンの変形を示す図である。5分おきに3日間撮影し、その一例を示すものである。
【図4】プラズマ照射前後のシリコーン(PDMS)の表面のX線光電子分光(XPS)による組成分析結果を模式的に示す図である。
【図5】本発明実施例2(マスク付与しない基板全体のプラズマ照射)により観察された、細胞が被着したシリコーンの変形を示す図(図5(A))と所定時間経過後シリコーンの変形がなくなったことを示す図(図5(B))である。
【図6】本発明実施例3の実施内容を示す図である。
【図7】本発明実施例3の位相差顕微鏡で撮影した細胞(U2OS細胞)とシワの発生の様子を示す図である。
【図8】気泡(画像の左下から右上方向に進む)が接着および拡大、移動したときに発生するシワを示す図である。
【図9】微小なガラス針を表面に軽く押し付け、横方向になぞることにより発生するシワを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。

【0025】
本発明の細胞等の被着材料は、母材に対する架橋材の含量や紫外線照射量などによって硬さの調節ができる高分子材料が好ましく、シリコーン、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂等が好ましく、なかでもシリコーンが好ましく、ポリジメチルシロキサンが特に好ましい。ただし,このシリコーン系材料は汎用的に利用されているものよりもそのヤング率は小さく、1MPa以下とすることが好ましい。そして、高分子材料の表面を改質してその弾性率を増大させて、当該改質した高分子材料の表面に細胞を被着させ、シリコーン系材料の表層に生じるシワを観察することにより、細胞が発生する微小な力を可視化および/または定量化する計測方法が提供される。高分子材料の表面改質には、プラズマ照射、コロナ放電照射、UV照射を用いることが好ましい。いずれも大気中、すなわち酸素を含む雰囲気で行われることが好ましい。なかでもプラズマ照射が好ましく、照射時間およびプラズマ発生電流を変更することにより、シリコーン材料の表層の硬さおよび接着物との接着親和性を調節することができる。改質とは、高分子材料表面の炭化水素基の一部もしくは全てを、酸素を含む官能基に置換することであり、たとえば、Si‐CH基をSi‐OH基、Si‐COOH基もしくはSi‐O基に置換することである。

【0026】
上記のように、測定したい対象(被着物)に合わせてシリコーン材料の硬さ、およびその表層の硬さを調整するが、さらに、細胞との接着可能領域を限定して、比較的柔らかい接着不可能領域を変形しやすくすることが、接着可能領域における材料の変形(シワ)を大きくする、あるいは発生力が小さくても変形しやすい点において好ましく、前記シリコーン系材料の表面にマスクを付与し、酸素を含むプラズマを照射して改質する部位を限定することが好ましい。図1は改質する領域を限定することによる作用効果を説明する図であり、全面に拡がった接着可能領域が硬いために平面内で変形しづらくシワが生成されにくいのに対して(図1(A))、接着可能領域が限定されると、軟らかい接着不可能領域の部分が変形しやすいことにより、接着可能領域にシワがより生成されやすい(図1(B))と考えられる。すなわち、同一の細胞種を用いたとしても、(A)ではシワが発生しない(つまり力の可視化を行うことができない)が、(B)ではシワが発生する(力の可視化ができる)。(B)では、細胞接着不可領域(比較的柔らかい)に囲まれた細胞接着可能領域(比較的硬い)の圧縮変形量が大きくなり、シワ発生の感度が高いために容易にシワが発生する。マスクを付与して改質する部位を限定する場合、改質する部位の面積を被着あるいは接触させる物体と同じ面積またはその10倍以下の面積とすることが好ましい。改質する部位の面積を小さくすればするほど、シワが発生する感度を高める(より小さい応力でも材料表面を変形させてシワを発生させる)ことができる。すなわち発生力の小さい非筋細胞に対しても適用することが可能となる。

【0027】
被着あるいは接触させる材料をより小さな応力で変形させる(シワの発生感度を高める)には、上記のマスクを付与して改質する方法の他に、下地の高分子材料を予め加熱し、加熱を保持した状態で、その後高分子材料表面を改質する方法があり、高分子材料自体の座屈を起こしやすくする点において好ましい。例えば細胞の発生力を調べる場合、細胞への栄養分を含む培養液内で測定を行う必要がある。 従って培養液を入れる容器内に前記高分子材料を設置する必要がある。この容器は、予熱を与えた後の高分子材料(例えばPDMSの熱膨張係数は5×10-4-1程度)の表面部における熱膨張を妨げるものであってはならない。例えばガラス(熱膨張係数は5×10-6-1程度)のみからなる容器を用いる場合、予熱を与えてもガラスはほとんど変形しないために、PDMSの熱膨張を妨げる。細胞培養容器としてしばしば用いるポリスチレン製ディッシュ(熱膨張係数は5×10-5-1程度)はPDMSの熱膨張をガラスよりは妨げないので好ましい。ポリスチレン容器の溶解変形を防ぐためには、35℃~75℃の予熱が好ましい。そして、この温度範囲に維持した状態でプラズマ照射することが好ましい。プラズマ照射後冷却する、すなわち、前記予熱を除去することにより、該材料表面の限界座屈ひずみを減少させる。この温度範囲では、次段落で説明する限界座屈ひずみをゼロまで減らすことができるために、細胞等の被着もしくは接着により速やかにシワが発生する、すなわちシワ発生の感度を高めることができる。また、細胞を高倍率の対物レンズで観察したいときには厚みの薄いガラス容器を用いる必要がある。その場合、細胞観察部のガラスの周囲にポリスチレン材料を設置することにより、予熱時にはポリスチレン部分が熱膨張するためにPDMSの熱膨張を妨げず、その結果予熱を与える効果を得ることができる。特に発生力の小さい細胞(非筋系の細胞種など)に対してはこの予備加熱方式を用いてシワの発生感度を高めることが有効であり、以下のメカニズムが推測できる。

【0028】
図2に示すように、板(高分子材料に対応)に圧縮歪を与え始めても(「1」の段階)、ある閾値すなわち限界座屈ひずみ(「2」の段階)までは座屈が生じず、それを超えると(「3」の状態)座屈が生じる。そこで、高分子材料の座屈を生じ易くするため、高分子材料を加熱して熱膨張させ、熱膨張させた状態を維持してプラズマ照射を行って高分子材料を冷却すると、熱膨張がなくなり、実質的に圧縮しているのと同じ状況が実現できる。また、下地の高分子材料のみではなく、ポリスチレンのように下地の高分子材料よりも熱膨張係数の大きい材料を下地の高分子材料と接合することにより、ポリスチレンが熱膨張して、室温に戻るときには下地の高分子材料をより大きく圧縮させるので、下地の高分子材料にシワが発生しやすくなるという効果もある。

【0029】
ところで、細胞生物学などの分野では、例えば96穴のプレートに細胞を培養し、各穴に様々な試薬を投与して、その影響をスクリーニングする。あるいはDNAチップなどでは様々な塩基配列が基盤上に固定されており、このDNAチップと反応させることにより、調べたい対象の塩基配列を調べる。これらと同様に、複数の穴や細胞培養部を含むプレートなどの基盤に同一、もしくは様々な硬さや限界座屈ひずみを有する上記の表面改質シリコーン材料を並べておき(あるいは並べることができるようにキット化し)、そこに、例えば細胞や微生物を播種して、発生力もしくは硬さを可視化および/または定量評価する。このように、力の発生や硬さを評価基準にしたスクリーニング作業に本発明は好適である。なお、生物以外にも微小物体の発生力や硬さのスクリーニング作業にも本発明を適用できる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定さ
れない。
【実施例】
【0031】
(実施例1:マスクを付与したプラズマ照射)
シリコーン材料のポリジメチルシロキサン(PDMS、Dow Corning製型番SYLGARD184)をあらかじめ、ヤング率を100kPaの硬さに調整して用意した。硬さの調整はシリコーン母材に対する架橋材の量を重量比として80:1にすることにより行った。なお、通常、汎用的に利用されているPDMSはシリコーン母材に対する架橋材の量は10:1の重量比で作製され、ヤング率はおよそ1.5MPaであり、このヤング率ではシワは発生しない。なお、45:1の重量比で作製して柔らかくしてもシワが発生しない。また、たとえ大きい力を発生することで知られる平滑筋細胞を用いたとしても、シワ(表面限定座屈現象)を発生させるには60:1程度の比率にして1MPa程度までヤング率を下げる必要がある。また、このような筋肉細胞とは異なる、より一般的なヒトのがん細胞(骨肉腫U2OS細胞)では、PDMSのヤング率を100kPa以下にして極めて軟らかくする必要がある。本実施例では、この軟らかいシリコーン材料を、細胞を培養可能なシャーレに入れて、スピンコートを行い平面状に延ばした。次に、マスクを付与して酸素プラズマを照射した。ここで、照射時間は3分間、プラズマ発生電流値を4ミリアンペア、500ボルトとした。以上の操作により作製されたPDMSの基盤に対して、細胞(通常のシャーレに培養したときの長径サイズが50μm、細胞の種類はラット動脈由来平滑筋細胞株A7r5細胞)を、マスクを付与しない改質したPDMSの表面に載せたところ、図3に示すように元々平面であった改質シリコーン材料表面にシワが発生し、そのシワの方向から力の方向を計測した。例えば、シワが横方向に入っている場合は、力の方向はそれに垂直となる縦方向である。シワの深さは、光学顕微鏡で観察する際に輝度の変化として現れると考えられるために、シワの輝度からシワの深さを読み取り、また、原子間力顕微鏡によりシワの振幅は200nm~800nmと見積もった。シワの深さと振幅、およびシリコーン材料表面の硬さより、細胞内の個々の接着分子複合体に作用する力の大きさは、約1kPaであると見積もった。ただし、この座屈現象がシリコーン系材料の内部に至るまで全体に渡って発生しているわけではなく、材料のごく表面に限定して発生していることを確認した。細胞の力の発生源であるミオシンタンパク質の機能を阻害するblebbistatin(ブレビスタチン、ミオシンのATP加水分解能を特異的に阻害する薬剤)を投与して細胞が力を発生できない状態にしたところ、それまで改質シリコーンの表面上に発生していたシワが消えたことから、このシワは細胞が発生する力の大きさを反映していることが確認され、0.01kPa~10kPaの大きさの応力が検出された。酸素を含むプラズマ照射(時間は3分間、プラズマ発生電流値を4ミリアンペア、500ボルト)前後のシリコーン(PDMS)の表面のX線光電子分光(XPS)による組成分析結果を図4に示す。プラズマ照射後は、酸素が相対的に多くなり、Si‐CH基がSi‐OH基もしくはSi‐COOH基、あるいは酸素を介したSi同士の結合(Si‐O基)等、酸素を含む官能基に置換されたことが示唆された。
【実施例】
【0032】
(実施例2:マスクを付与しない全面プラズマ照射)
実施例1と同じ条件でシリコーン表面全体を酸素プラズマ照射した。図5(A)に示すように、シリコーン表面に細胞がまだ接着していない領域があるうちはシワが発生する。矢印が発生したシワを示す。しかし、時間が経過するとともに初期には存在しなかった部分にも細胞が拡がって、細胞がシリコーン表面に対して特定方向に圧縮ひずみを与えづらくなり、その結果シワが発生しづらくなり、図5(B)のようにシワが見えなくなった。
【実施例】
【0033】
(実施例3:予備加熱中のプラズマ照射)
図2に示す原理にもとづき、極微小の圧縮力でも直ちに座屈が生じるように、高分子材料を加熱して熱膨張させ、熱膨張させた状態でプラズマ照射を行い、U2OSによるシワの発生を観察した。図6にその概念図を示す。一般的によく使用される細胞培養用ガラスボトムディッシュを用いた。底面には直径35mmのポリスチレンの円型ディッシュをベースとし、その内側に接着剤で直径12mm(もしくは27mm)の円形ガラス(厚みは170μmなど)が取り付けられている。ポリスチレンの部分は、側壁および底面の辺縁部分の土台をなす。ポリスチレンの変性温度(加熱したときに肉眼で見て溶解変形が現れる温度)はおよそ80℃である。このディッシュ底面にPDMSをコートする。コートする領域は、ガラス上部分だけでもよいが、辺縁ポリスチレン部を含むディッシュ底面全体を覆った方が効率よくシワを発生できる。このディッシュを加熱するが、加熱の方法はディッシュ全体をオーブンに置いてもよいし、ディッシュをヒーターの上に置いて底面だけを加熱してもよい。ただしポリスチレンの変性温度以下の70℃に加熱した。ポリスチレンの線膨張率はおよそ5×10-5-1であり、一方ガラスの線膨張率はその1/10のオーダーであり、ガラスに対してポリスチレンおよびPDMSの熱膨張係数が相対的に大きいために、加熱によるガラス自体の膨張変形は無視できる。このように、高倍率蛍光観察等のためにガラスを使用したいときには、ガラスよりも熱膨張係数の大きい材料(ポリスチレンなど)を容器内もしくは容器の壁に用いることが好ましい。加熱したオーブンから円形ディッシュを取りだし、冷めないうちに速やかにディッシュ底面に対して酸素プラズマ照射(気圧は20Pa以下の低真空で行う)を行った。プラズマ照射終了後にディッシュの温度を室温に戻す。その結果、熱膨張していたポリスチレンが元の形状に戻る。室温に冷却後は、熱膨張していた状態から実質的にPDMSを圧縮した状態となり、座屈が起こるまでのいわゆる遊びが無くなる、あるいは減ったことに相当する。この状態で微小物体を接着させると、遊びが減っているために、わずかな圧縮ひずみにより座屈を起こす。つまり、マスクを付与する場合よりも、より感度良く力の発生を検出することができる。位相差顕微鏡で撮影した細胞(U2OS細胞)とシワの発生の様子を図7に示す。この実施例では、U2OS細胞は力の発生量が小さい細胞種であるにも関わらず、また細胞が全面に拡がっているにもかかわらず、接着する高分子材料表面に数多く、また顕著なシワを発生させることができることを確認した。実施例2と同じ細胞種、同じ弾性率の高分子材料を用いており、実施例2ではプラズマ照射をシリコーン表面全面で行っても細胞接着のない部位があればシワが発生するが、時間が経過して細胞が全面に広がるとともにシワが消失したのに対して、加熱とプラズマ全面処理を併用する本方法では顕著なシワが細胞全面で発生している様子がわかる。このように本方法では、発生力の弱い細胞や微小な力に対しても応答性が上がる。その結果、実施例1で使用した平滑筋細胞株A7r5細胞に比べて1/5~1/2の微小な力を発生すると考えられるヒト骨肉腫U2OS細胞に対しても容易に適用できるようになった。なお、本方法ではプラズマ全面処理は必須ではなく、加熱とプラズマ局部処理を併用してもよい。
【実施例】
【0034】
(実施例4:細胞以外を対象とした計測)
上記のように細胞に限らず、同様の原理で、気泡がシリコーン材料に接着したときの気泡の表面張力を計測できる。図8にその様子を示す。また微小なガラス針(例えば先端直径が2μm程度)をシリコーン材料の表面に軽く押し付け、横方向になぞることによりシワが発生するので、その微小な針が発生する力を計測できる。図9にその様子を示す。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は細胞等が発生する微小力の計測等に利用できる。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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