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明細書 :走査型トンネル顕微鏡および観察画像表示方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第5593007号 (P5593007)
登録日 平成26年8月8日(2014.8.8)
発行日 平成26年9月17日(2014.9.17)
発明の名称または考案の名称 走査型トンネル顕微鏡および観察画像表示方法
国際特許分類 G01Q  30/04        (2010.01)
G01Q  60/10        (2010.01)
FI G01Q 30/04
G01Q 60/10
請求項の数または発明の数 9
全頁数 11
出願番号 特願2014-511006 (P2014-511006)
出願日 平成25年10月3日(2013.10.3)
国際出願番号 PCT/JP2013/076957
優先権出願番号 2012221324
優先日 平成24年10月3日(2012.10.3)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成26年3月5日(2014.3.5)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】齋藤 彰
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100084412、【弁理士】、【氏名又は名称】永井 冬紀
【識別番号】100078189、【弁理士】、【氏名又は名称】渡辺 隆男
審査官 【審査官】阿部 知
参考文献・文献 特開平08-285871(JP,A)
調査した分野 G01Q 10/00-90/00
要約 走査型トンネル顕微鏡は、探針と、探針と試料との間の距離を制御する制御部と、探針と試料との間に直流電圧を印加する電圧印加部と、直流電圧によって探針と試料との間に流れるトンネル電流を計測する計測部と、計測部により計測されたトンネル電流の瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出する抽出部と、抽出部により抽出された観察値に基づいて、試料の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む観察情報を生成する観察情報生成部とを備える。
特許請求の範囲 【請求項1】
探針と、
前記探針と試料との間の距離を制御する制御部と、
前記探針と前記試料との間に無変調の直流電圧のみを印加する電圧印加部と、
前記直流電圧によって前記探針と前記試料との間に流れるトンネル電流を計測する計測部と、
前記計測部により計測された前記トンネル電流の瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出する抽出部と、
前記抽出部により抽出された前記観察値に基づいて、前記試料の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む観察情報を生成する観察情報生成部とを備える走査型トンネル顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の走査型トンネル顕微鏡において、
前記抽出部は、前記トンネル電流の瞬時値のうち、50kHz未満のいずれかの周波数を上限とする周波数成分を前記観察値として抽出する走査型トンネル顕微鏡。
【請求項3】
請求項1または2に記載の走査型トンネル顕微鏡において、
前記抽出部は、前記トンネル電流の瞬時値のうち、0.01kHz以上のいずれかの周波数を下限とする周波数成分を前記観察値として抽出する走査型トンネル顕微鏡。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の走査型トンネル顕微鏡において、
前記観察情報生成部は、さらに前記計測部により計測された前記トンネル電流の時間平均値に基づいて、前記試料の表面の形状に関する第2の観察情報を生成する走査型トンネル顕微鏡。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の走査型トンネル顕微鏡において、
前記制御部は、前記計測部により計測された前記トンネル電流の時間平均値が一定となるように、前記探針と前記試料との間の距離を制御する走査型トンネル顕微鏡。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の走査型トンネル顕微鏡において、
前記制御部は、前記探針と前記試料との間の距離が一定となるように、前記探針と前記試料との間の距離を制御する走査型トンネル顕微鏡。
【請求項7】
探針と表示モニタとを備えた走査型トンネル顕微鏡を用いた観察画像表示方法であって、
前記探針と試料との間に無変調の直流電圧のみを印加したときに前記探針と前記試料との間に流れるトンネル電流を計測し、
前記計測されたトンネル電流の瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出し、
前記抽出された観察値に基づいて、前記試料の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む観察画像を前記表示モニタに表示する観察画像表示方法。
【請求項8】
請求項7に記載の観察画像表示方法において、
前記トンネル電流の瞬時値のうち、50kHz未満のいずれかの周波数を上限とする周波数成分を前記観察値として抽出する観察画像表示方法。
【請求項9】
請求項7または8に記載の観察画像表示方法において、
前記トンネル電流の瞬時値のうち、0.01kHz以上のいずれかの周波数を下限とする周波数成分を前記観察値として抽出する観察画像表示方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型トンネル顕微鏡および観察画像表示方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料表面の微細な形状を観察するために、走査型トンネル顕微鏡(STM)が広く利用されている。この走査型トンネル顕微鏡において、探針と試料の間に直流電圧と共に交流電圧を印加したときに流れる電流から交流成分を分離し、その交流成分の電流から探針と試料間のアドミタンスのコンダクタンス成分およびサセプタンス成分の周波数特性を計測することにより、試料表面における材料の種類や組成を分析するものが知られている(特許文献1参照)。
【0003】
また、所定の周波数で強度変調したレーザ光を試料表面に局所的に照射することで、光音響効果に基づく微小変位を試料表面に生じさせ、この微小変位を走査型トンネル顕微鏡を用いて観察することにより、試料の表面や内部の情報を検出する方法も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【0004】

【特許文献1】日本国特開平7-239337号公報
【特許文献2】日本国特許第3009199号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の走査型トンネル顕微鏡では、通常の走査型トンネル顕微鏡で用いられる直流電圧に加えて、さらに交流電圧を探針と試料の間に印加するための回路が必要である。したがって、既存の走査型トンネル顕微鏡を改修してこれを実現しようとしても、上記のような回路を追加するのに大規模な改修が必要であるため、容易ではない。また、特許文献1に記載の走査型トンネル顕微鏡を用いた場合、試料表面における材料の種類や組成の分析は可能かもしれないが、試料表面の化学状態や内部構造を観察することはできない。
【0006】
一方、特許文献2に記載の方法では、光音響効果に基づく微小変位を生じさせるために、所定の周波数で強度変調したレーザ光を試料表面に局所的に照射する必要がある。したがって、これについても、既存の走査型トンネル顕微鏡を改修して実現するのは容易ではない。また、特許文献2に記載の方法を用いた場合、試料の表面や内部の情報として、クラック等の欠陥や熱的インピーダンスの異なる微小領域に関する情報を得ることは可能かもしれないが、試料表面の化学状態や内部構造を観察することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によると、走査型トンネル顕微鏡は、探針と、探針と試料との間の距離を制御する制御部と、探針と試料との間に無変調の直流電圧のみを印加する電圧印加部と、直流電圧によって探針と試料との間に流れるトンネル電流を計測する計測部と、計測部により計測されたトンネル電流の瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出する抽出部と、抽出部により抽出された観察値に基づいて、試料の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む観察情報を生成する観察情報生成部とを備える。
本発明の第2の態様によると、第1の態様の走査型トンネル顕微鏡において、抽出部は、トンネル電流の瞬時値のうち、50kHz未満のいずれかの周波数を上限とする周波数成分を観察値として抽出することが好ましい。
本発明の第3の態様によると、第1または2の態様の走査型トンネル顕微鏡において、抽出部は、トンネル電流の瞬時値のうち、0.01kHz以上のいずれかの周波数を下限とする周波数成分を観察値として抽出することが好ましい。
本発明の第4の態様によると、第1乃至3のいずれか一態様の走査型トンネル顕微鏡において、観察情報生成部は、さらに計測部により計測されたトンネル電流の時間平均値に基づいて、試料の表面の形状に関する第2の観察情報を生成することが好ましい。
本発明の第5の態様によると、第1乃至4のいずれか一態様の走査型トンネル顕微鏡において、制御部は、計測部により計測されたトンネル電流の時間平均値が一定となるように、探針と試料との間の距離を制御することが好ましい。
本発明の第6の態様によると、第1乃至4のいずれか一態様の走査型トンネル顕微鏡において、制御部は、探針と試料との間の距離が一定となるように、探針と試料との間の距離を制御することが好ましい。
本発明の第7の態様によると、探針と表示モニタとを備えた走査型トンネル顕微鏡を用いた観察画像表示方法は、探針と試料との間に無変調の直流電圧のみを印加したときに探針と試料との間に流れるトンネル電流を計測し、計測されたトンネル電流の瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出し、抽出された観察値に基づいて、試料の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む観察画像を表示モニタに表示する。
本発明の第8の態様によると、第7の態様の観察画像表示方法において、トンネル電流の瞬時値のうち、50kHz未満のいずれかの周波数を上限とする周波数成分を観察値として抽出することが好ましい。
本発明の第9の態様によると、第7または8の態様の観察画像表示方法において、トンネル電流の瞬時値のうち、0.01kHz以上のいずれかの周波数を下限とする周波数成分を観察値として抽出することが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、試料表面の化学状態や内部構造を観察することのできる走査型トンネル顕微鏡を容易に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡の構成例を示すブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡により得られた従来の観察画像の一例である。
【図3】本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡により得られた新たな観察画像の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施の形態による走査型トンネル顕微鏡について以下に説明する。図1は、本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡1の構成例を示すブロック図である。図1に示す走査型トンネル顕微鏡1は、探針10、計測部11、観察値抽出部12、直流電源13、探針支持部14、探針制御部15、観察情報生成部16および画像表示部17を有している。なお、図1には、走査型トンネル顕微鏡1に試料2が観察対象として取り付けられている様子を示している。

【0011】
探針10は、金属等の導電性材料によって構成されており、探針支持部14に取り付けられている。探針10の先端部分は鋭く尖った形状を有している。この探針10の先端部分を試料2の表面から数Å程度の距離まで近づけ、直流電源13によって探針10と試料2との間に所定の直流バイアス電圧Vsを印加することにより、探針10と試料2との間にトンネル電流Itが流れる。

【0012】
計測部11は、上記のようにして探針10と試料2との間に流れるトンネル電流Itを計測する。計測部11によるトンネル電流Itの計測値は、計測部11から観察値抽出部12、探針制御部15および観察情報生成部16へ出力される。

【0013】
観察値抽出部12は、計測部11から出力されたトンネル電流Itの計測値(瞬時値)のうち特定の周波数成分を観察値として抽出する。この観察値抽出部12が観察値として抽出する周波数成分の範囲は、予め設定されていてもよいし、観察者が任意に設定可能としてもよい。観察値抽出部12により抽出された観察値は、観察値抽出部12から観察情報生成部16へ出力される。なお、観察値抽出部12は、たとえばスペクトラムアナライザ等を用いて実現可能である。

【0014】
探針10が取り付けられている探針支持部14は、探針制御部15の制御に応じて、試料2に対する探針10の位置を精密に変化させる。探針制御部15は、計測部11から出力されるトンネル電流Itの計測値に基づいて探針支持部14の動きを制御することにより、試料2に対する探針10の位置を制御する。これにより、探針10と試料2との間の距離をトンネル電流Itに基づいて制御すると共に、試料2の表面に沿って探針10を走査することができる。こうした探針制御部15による探針10の位置制御の結果は、探針制御部15から観察情報生成部16へ出力される。なお、探針支持部14は、たとえばピエゾ素子等によって構成することができる。

【0015】
観察情報生成部16は、探針制御部15が行う上記の位置制御により試料2の表面に沿って探針10を走査したときに、計測部11、観察値抽出部12および探針制御部15からそれぞれ出力される上記の各情報を取得する。すなわち、計測部11から出力されるトンネル電流Itの計測値と、観察値抽出部12によりトンネル電流Itから抽出されて観察値抽出部12から出力される観察値と、探針制御部15から出力される探針10の位置制御の結果とを取得する。そして、取得したこれらの情報に基づいて、試料2に関する2種類の観察画像を表すための画像情報を生成し、画像表示部17へ出力する。

【0016】
画像表示部17は、観察情報生成部16から出力された画像情報に基づいて、試料2に関する2種類の観察画像を同時に、またはいずれか一方を選択的に表示する。なお、画像表示部17は、たとえば液晶ディスプレイ等を用いた表示モニタによって構成することができる。

【0017】
画像表示部17に表示される一方の観察画像は、従来の走査型トンネル顕微鏡による観察画像と同様に、計測部11からのトンネル電流Itの計測値を所定の時間単位ごとに平均化した時間平均値に基づく画像である。この観察画像を、以下では「従来の観察画像」と称する。もう一方の観察画像は、従来の走査型トンネル顕微鏡による観察画像とは異なり、観察値抽出部12からの観察値、すなわちトンネル電流Itの瞬時値のうち特定の周波数成分を抽出したものに基づく画像である。この観察画像を、以下では「新たな観察画像」と称する。

【0018】
ここで、本発明に係る走査型トンネル顕微鏡の原理について説明する。探針10と試料2との間に流れるトンネル電流Itは、周知のように探針10と試料2との間の距離に大きく依存しており、原子半個分程度の距離でも大きく変化する。走査型トンネル顕微鏡1は、これを利用することで、試料2の表面の微細な形状を観察する。すなわち、トンネル電流Itを所定の時間単位ごとに平均化した時間平均値の大きさが一定となるように、探針制御部15により探針10と試料2との間の距離を制御しながら探針10を走査し、このときの試料2に対する高さ方向の探針支持部14の動きを観察することにより、試料2の表面の微細な形状を観察することができる。このような観察方法は、定電流モードと呼ばれている。

【0019】
また、試料2に対する探針10の高さを一定に保ちながら、探針制御部15により探針10を走査し、このときのトンネル電流Itを所定の時間単位ごとに平均化した時間平均値の大きさを観察することによっても、試料2の表面の微細な形状を観察することができる。このような観察方法は、一定高さモードと呼ばれている。

【0020】
画像表示部17に表示される前述の2種類の観察画像のうち、トンネル電流Itの時間平均値に基づく従来の観察画像は、上記のような周知の観察方法による観察結果を画像によって表したものである。すなわち、走査型トンネル顕微鏡1は、定電流モードの場合は、トンネル電流Itの時間平均値を一定としたときに探針制御部15から出力される探針10の位置制御の結果に基づいて、各走査位置における試料2に対する探針10の高さを表す画像を従来の観察画像として画像表示部17に表示する。また、一定高さモードの場合は、試料2に対する探針10の高さを一定としたときに計測部11から出力されるトンネル電流Itの計測値に基づいて、各走査位置におけるトンネル電流Itの時間平均値の大きさを表す画像を従来の観察画像として画像表示部17に表示する。

【0021】
他方、画像表示部17に表示されるもう一つの新たな観察画像は、前述のように、トンネル電流Itの瞬時値のうち特定の周波数成分を抽出したものに基づく画像である。すなわち、観察値抽出部12から出力される観察値に基づいて、各走査位置におけるトンネル電流Itの瞬時値のうち特定の周波数成分のスペクトルの大きさを表す画像を新たな観察画像として画像表示部17に表示する。これは、定電流モードと一定高さモードのいずれの場合においても同様である。

【0022】
こうした周波数成分の抽出により新たな情報が得られる理由は次の通りである。まずトンネル電流が試料(表面原子)-探針(探針先端原子)間を流れる際、表面原子の(もしくは探針先端原子も合わせた)系に量子的な局所振動が誘起され、それが(表面、および探針における)局所的な電子状態の高速変化をもたらす。その変化は当然、表面の原子レベルでの化学状態、内部構造を敏感に反映し、局所的な化学状態や内部構造を反映した固有の変化となる。その結果、局所振動は両者(試料と探針)の局所電子状態を反映して流れるトンネル電流に対し、高周波の変化となって現れる。こうした、表面原子-探針原子間における、高周波振動と電子状態のカップリングによる効果を、従来にない形で、トンネル電流の高周波成分として抽出することが本発明の前提となる。すなわち、観察値抽出部12によって抽出されるトンネル電流Itの周波数成分とは、トンネル電流Itが流れることで試料2の表面に生じる局所振動に応じた周波数成分である。

【0023】
したがって、本願では直流の電圧印加に対し、トンネル電流の高周波成分を抽出する形で議論を行っているが、上記の理由から、積極的に印加電圧を高周波の交流にして信号はそのまま(周波数分解しないで)見る、または、印加電圧を高周波の交流にして、信号も高周波で分解・抽出する、という手法も有効である。この点、特許文献1に記載された従来の電気工学的手法、すなわち、印加した交流成分の電流から交流成分を分離し、探針と試料間のアドミタンスのコンダクタンス成分およびサセプタンス成分の特性を計測する手法とは前提を異にしており、したがって周波数帯域や装置構成も異なっている。

【0024】
図2は、本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡1により得られた従来の観察画像の一例である。この観察画像は、試料2として、Au(111)基板の清浄表面上にCoの単原子層を蒸着することでCoナノアイランド列を形成したものを用いて、これを定電流モードにより観察して得られた従来の観察画像である。このときの測定条件として、直流バイアス電圧Vsを0.6V、トンネル電流Itを0.5nAとした。

【0025】
図2に示す従来の観察画像では、各走査位置における試料2に対する探針10の高さが画像のコントラストで表されている。すなわち、試料2の表面上で高くなっている部分は高コントラストの明るい色合いで示され、反対に低くなっている部分は低コントラストの暗い色合いで示されている。そのため、図2に示す従来の観察画像から試料2の表面形状を観察することができる。たとえば、左上から右下方向に向かって4列のCoナノアイランド列が形成されており、図の下部には他の部分よりも一段低いテラスが形成されていることが分かる。また中央右には大きく平坦な島が存在している(島全体の形状と平坦さ、エッジ形状とから、恐らくAuの島と思われる)。

【0026】
図3は、本発明の一実施形態による走査型トンネル顕微鏡1により得られた新たな観察画像の一例である。この観察画像は、図2と同じ試料2を用いて、同一の測定条件で同じ部分を観察することにより得られた新たな観察画像である。なお、このとき観察値抽出部12は、計測部11から出力されたトンネル電流Itの瞬時値のうち、0.01~50kHzの周波数成分を観察値として抽出した。

【0027】
図3に示す新たな観察画像では、各走査位置における観察値の大きさが画像のコントラストで表されている。すなわち、トンネル電流Itの瞬時値のうち観察値抽出部12で観察値として抽出された0.01~50kHzの周波数成分のスペクトルが大きい部分は高コントラストの明るい色合いで示され、反対に小さい部分は低コントラストの暗い色合いで示されている。

【0028】
図2に示した従来の観察画像と、図3に示した従来の観察画像とを比較すると、図2の従来の観察画像では、各Coナノアイランドの形状が鮮明ではなく、各アイランド周辺にも顆粒状の破片状の構造が見られる(探針の掃引によりアイランドが崩れたもの)。またその内部および周辺の構造も判然としない。これに対して、図3の新たな観察画像では、各Coナノアイランドの形状がコントラストの暗い色合いで鮮明に示されており、Coの分布が図2の白い部分(単に構造の高低で見た、高い部分)よりも実際には広いことがわかる。この事実は、原子レベルのCoがアイランド周辺にも分布していることを明らかにしており、各Coアイランドが探針の掃引で崩れた過程に鑑みて、極めて妥当な知見である(ただし、旧来の手法による図2ではこの情報はわからない)。さらにそのうち一部については内部構造も確認できることが分かる。

【0029】
また、図2の従来の観察画像では、画像下の部分に形成されているテラスが一段下のテラスに比べて高コントラストの明るい色合いで示されている。これに対して、図3の新たな観察画像では、テラスの上下は同程度のコントラストで示されている(同じAuであるため)。図2の中央右にある大きな島についても、高さのコントラスト(図2)では明るく見えるが、図3では島の周囲のテラスと同じ明るさであり、この島が周囲のテラスと同じAuであることを証明している(これも図2では分からない)。さらに、図3の新たな観察画像では、この大きな島の外周境界や画像下のテラスの境界部分に位置するステップに沿ってCoが吸着されているのを確認することができる。これは、図2の従来の観察画像では確認することができない。

【0030】
以上説明したように、図3の新たな観察画像には、試料2の表面における材料の種類や組成のみならず、その化学状態(元素状態)、すなわちテラス境界のステップに沿って吸着されているCoや、試料2の表面の内部構造(表面の化学種、化学状態、もしくは他の電磁的・構造的な要因に起因する極微細な表層分布)、すなわちCoナノアイランドの内部構造などが示されていることが分かる。これらの観察結果は、図2の従来の観察画像では得られないものである。また、図3の新たな観察画像によれば、トンネル電流によって生じる試料2の表面の量子的な局所振動から、試料2の表面の化学状態や内部構造を観察することができる。そのため、従来のように光音響効果等を用いて試料表面に微小振動を誘起する場合とは異なり、局所振動の誘起と試料の観察とを一つの系で同時に行うことができる。

【0031】
以上説明した実施の形態によれば、次の(1)~(3)のような作用効果を奏することができる。

【0032】
(1)走査型トンネル顕微鏡1において、探針制御部15は、探針10と試料2との間の距離を制御する。計測部11は、直流電源13により探針10と試料2との間に印加された直流電圧によって探針10と試料2との間に流れるトンネル電流Itを計測する。観察値抽出部12は、計測部11により計測されたトンネル電流Itの瞬時値のうち特定の周波数成分を観察値として抽出する。この観察値に基づいて、観察情報生成部16は、試料2の表面の化学状態や内部構造に関する情報を含む新たな観察画像を表すための画像情報を生成する。そして、図3のような新たな観察画像を画像表示部17に表示するようにした。これにより、試料2の表面の化学状態や内部構造を観察することのできる走査型トンネル顕微鏡1を容易に実現することができる。

【0033】
(2)観察情報生成部16はさらに、計測部11により計測されたトンネル電流Itの時間平均値に基づいて、試料2の表面の形状に関する従来の観察画像を表すための画像情報を生成する。そして、図2のような従来の観察画像を画像表示部17に表示するようにした。これにより、図3のような新たな観察画像を取得しつつ、それと同時に図2のような従来の観察画像も並行して取得することができる。

【0034】
(3)探針制御部15は、定電流モードの場合は、計測部11により計測されたトンネル電流Itの時間平均値が一定となるように、探針10と試料2との間の距離を制御する。また、一定高さモードの場合は、探針10と試料2との間の距離が一定となるように、探針10と試料2との間の距離を制御する。このようにしたので、試料2の種類や表面の形状、測定時の各種条件等に応じて、適切な方法により探針10と試料2との間の距離を制御することができる。

【0035】
なお、以上説明した実施の形態では、従来の観察画像として、図2のような観察画像を例示した。また、新たな観察画像として、試料2の表面の化学状態および内部構造が示されている図3のような観察画像を例示した。しかし、本発明に係る走査型トンネル顕微鏡によって得られる観察画像はこれらに限定されるものではない。たとえば、新たな観察画像として、試料2の表面の化学状態または内部構造のいずれか一方のみが示されている観察画像を取得してもよい。

【0036】
また、以上説明した実施の形態では、観察値抽出部12において、トンネル電流Itの瞬時値のうち0.01~50kHzの周波数成分を観察値として抽出する例を説明した。しかし、観察値抽出部12が抽出する周波数成分の範囲はこの例に限定されるものではない。たとえば、観察値として抽出する周波数成分の上限を50kHzよりも低くしたり、下限を0.01kHzよりも高くしたりすることで、その範囲をより狭く設定することができる。すなわち、50kHz未満のいずれかの周波数を上限とする周波数成分や、0.01kHz以上のいずれかの周波数を下限とする周波数成分を、トンネル電流Itの瞬時値から観察値として抽出することができる。このようにしても、抽出した観察値に基づいて図3に示したような新たな観察画像を得ることができる。あるいは、0.01~50kHz以外の範囲の周波数成分を観察値として抽出してもよい。試料2の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する観察情報を生成できるものである限り、トンネル電流Itの瞬時値からどのような範囲の周波数成分を観察値として抽出してもよい。

【0037】
さらに、上記の実施の形態では、観察情報生成部16において、取得した各情報に基づいて画像情報を生成し、その画像情報を画像表示部17へ出力することにより、図2に示したような従来の観察画像や、図3に示したような新たな観察画像を画像表示部17に表示する例を説明した。しかし、本発明に係る走査型トンネル顕微鏡は、こうした観察画像を表示するものに限定されない。たとえば、画像表示部17の代わりにプリンタを搭載し、このプリンタを用いて従来の観察画像や新たな観察画像を印刷してもよい。また、観察情報生成部16により生成された画像情報を外部に接続されたコンピュータや記憶装置へ出力してもよい。さらに、各走査位置における試料2に対する探針10の高さ(定電流モードの場合)またはトンネル電流Itの時間平均値(一定高さモードの場合)の情報と、各走査位置における観察値、すなわちトンネル電流Itの瞬時値のうち観察値抽出部12で抽出された特定の周波数成分のスペクトルの情報とを、画像情報以外の形式で観察情報生成部16が生成して出力するようにしてもよい。換言すると、観察情報生成部16は、計測部11により計測されたトンネル電流Itの時間平均値に基づいて、試料2の表面の形状に関する様々な観察情報を生成することができる。また、観察値抽出部12により抽出された観察値に基づいて、試料2の表面の化学状態および内部構造のいずれか少なくとも一つに関する情報を含む様々な観察情報を生成することができる。

【0038】
さらに、上記の実施形態以外でも、観察画像をプリンタや何らかの媒体で表示するだけでなく、観察画像にたよらずに化学状態、内部構造がわかる実施方法も可能である。この場合、探針を走査して画像を取得するのでなく、観察エリア上の1点で探針を止め、そこで直流印加電圧を走査し、その結果得られるトンネル電流Iの高周波成分についてI-Vスペクトルを取得する(Vは印加電圧)。このI-Vスペクトルは、探針先端の原子直下に固定した位置について、局所的な電子状態を反映した、より詳細な化学状態、内部構造を、印加電圧V(つまり観察している電子準位)に対応するトンネル電流Iの高周波成分という形で得ることができる。

【0039】
以上説明した実施の形態や各種の変形例はあくまで一例であり、発明の特徴が損なわれない限り、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。

【0040】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特許出願2012年第221324号(2012年10月3日出願)
【符号の説明】
【0041】
1 走査型トンネル顕微鏡
2 試料
10 探針
11 計測部
12 観察値抽出部
13 直流電源
14 探針支持部
15 探針制御部
16 観察情報生成部
17 画像表示部
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2