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明細書 :X線強度変調法及びX線偏光状態分析法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2016-045000 (P2016-045000A)
公開日 平成28年4月4日(2016.4.4)
発明の名称または考案の名称 X線強度変調法及びX線偏光状態分析法
国際特許分類 G21K   1/04        (2006.01)
G01N  23/20        (2006.01)
G21K   1/00        (2006.01)
FI G21K 1/04 P
G01N 23/20
G21K 1/00 X
請求項の数または発明の数 7
出願形態 OL
全頁数 16
出願番号 特願2014-167309 (P2014-167309)
出願日 平成26年8月20日(2014.8.20)
新規性喪失の例外の表示 申請有り
発明者または考案者 【氏名】安達 弘通
出願人 【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
審査請求 未請求
テーマコード 2G001
Fターム 2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001GA13
2G001NA06
2G001NA17
要約 【課題】自由度の高い強度パターンの作り込みや切り替えが可能なX線の強度変調機構と、その強度変調機構を利用したX線偏光分析技術を提供する。
【解決手段】磁性体1によるX線の回折強度が磁性体1の磁化状態に依存することを利用し、磁性体1の磁化状態や磁化方向を操作し、X線強度を変調する。また、磁性体1によるX線の回折強度が磁性体の磁化状態に依存する現象が、入射X線の偏光状態にも依存することを利用し、X線の偏光状態を分析する。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
X線強度変調方法であって、被変調X線を所望の磁化状態を有する磁性体に照射する入射工程と、前記磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する操作工程と、前記磁性体によって回折された被変調X線を出力する出力工程と、を含むことを特徴とするX線強度変調方法。
【請求項2】
前記操作工程が電気的方法または磁気的方法で行うものであることを特徴とする請求項1記載のX線強度変調方法。
【請求項3】
被変調X線を入射する入射部と、前記入射部から入射した被変調X線を所望の磁化状態を有する磁性体に照射する磁性体照射部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する磁性体操作部と、前記磁性体によって回折された被変調X線を出力する出力部と、を備えることを特徴とするX線強度変調装置。
【請求項4】
X線偏光状態分析方法であって、被測定X線を所望の磁化状態を有する1または2以上の磁性体に照射する入射工程と、前記磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する操作工程と、前記磁性体による被測定X線の回折強度を測定する測定工程と、前記操作工程による前記磁性体の磁化状態の操作に伴う前記測定工程によって測定される回折強度の変化、変化率の少なくとも1つを見積もるデータ処理工程と、を備えることを特徴とするX線偏光状態分析方法。
【請求項5】
前記測定工程に、前記磁性体を回転させることで、被測定X線の電場ベクトルの振動方向を該磁性体に対して相対的に回転させる回転工程を含むことを特徴とする請求項4記載のX線偏光状態分析方法。
【請求項6】
被測定X線を所望の磁化状態を有する1または2以上の磁性体に照射する磁性体照射部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する磁性体操作部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体による被測定X線の回折強度を測定する測定部と、前記磁性体操作部による磁性体の磁化状態の操作に伴う前記測定部によって測定される回折強度の変化、変化率の少なくとも1つを見積もるデータ処理部と、を備えることを特徴とするX線偏光状態分析装置。
【請求項7】
前記磁性体照射部が、該照射部に備えられた磁性体を回転させることで、被測定X線の電場ベクトルの振動方向を該磁性体に対して相対的に回転させることのできる機能を有する請求項6記載のX線偏光状態分析装置。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、X線の強度を変調する技術とX線の偏光状態を分析する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
X線は、物質に対する透過力が高く、また分子鎖を断ち切る作用が強いために、その取り扱いにあたっては適切な防護措置がとられなくてはならない。一方で、X線のこのような特性が、レントゲン撮影、放射線治療、リソグラフィー等の、様々なX線の医療応用、産業応用を可能にしている。従って、X線の強度を統御する技術は、X線の応用上きわめて重要なものである。
【0003】
X線の強度を変化させることは、X線発生装置の出力そのものを変化させるか、X線の行路にX線を減衰させるための吸収体や遮蔽物を出し入れすることによって、原理的には可能となる。しかし、X線の発生出力を迅速、任意に変化させることは実際的でない場合が多く、X線ビームのオン、オフを制御するシャッター、特定の領域だけにX線を照射させるためのマスク、X線の強度を減ずるためのアッテネーター等は、通常は後者の方法、即ち、X線の行路に吸収体や遮蔽物を配置することによって、その機能が達成されている。
【0004】
この方法によってX線の減衰率や照射領域を更に色々に変化させることは、吸収体や遮蔽物の移動、交換、追加挿入等によって原理的には可能となるが、こうした吸収体や遮蔽物の一つ一つは、X線の強度が所望の割合に減ずるよう予め設計されているものが殆どであり、減衰率や照射領域を臨機応変に変化させることと、ここで述べた従来型の強度制御技術の設計思想とは、本来相容れない。
【0005】
X線の照射領域をある程度可変にする技術としては、放射線治療用に開発、実用化されているマルチリーフコリメーターがある。これは上記の不適合を機械ロボット技術によってカバーしたものとみることができる。また、特許文献1及び特許文献2においては、磁気円二色性の原理とスピントロニクス技術を組み合わせたX線強度変調装置が考案され、リソグラフィーへの応用について記載がある。
【0006】
一方、X線の偏光状態を分析する既存の技術には、例えば、トムソン散乱の偏光依存性を利用して、適当な標的物質によるX線散乱の異方性を観測する方法や、光電子放出の偏光依存性を利用して、適当な標的物質によるX線吸収後の光電子放出の異方性を観測する方法等が知られている。
【0007】
これらの方法によって検知、分析できるのはX線の直線偏光であって、円偏光を検知、分析するにはまた別の方法が必要である。円偏光を分析する既存の技術としては、例えば、コンプトン散乱の電子スピン依存性を利用して、適当な磁性体を標的物質とし、標的物質の磁化反転に伴うコンプトン散乱の強度変化を観測する方法等が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【0008】

【特許文献1】特開2010-256305号公報
【特許文献2】特開2010-258379号公報
【特許文献3】特開平11-174002号公報
【0009】

【非特許文献1】H.Kawata et al., “A real-time circular-polarization monitor for magnetic Compton-scattering beamline”,AIP Conf. Proc. 705,549-552(2004)
【非特許文献2】M.C.Weisskopf et al., “Measurement of the x-ray polarization of the Crab Nebula”,Ap. J. 208,L125-L128(1976)
【非特許文献3】F.Smend et al., “A Compton polarimeter for synchrotron radiation in the x-ray energy range”,Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res. A241,290-294(1985)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は以上のような背景のもとになされたもので、その目的は、第一に、自由度の高い強度パターンの作り込みや切り替えが可能なX線の強度変調技術を提供すること、第二に、前記強度変調機構を利用して、新しいX線の偏光分析技術を提供すること、である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記第一の課題は、磁性体によるX線の回折強度が前記磁性体の磁化の状態に依存することを利用することによって解決することができる。なお、ここでは、いわゆる磁石のように、磁化をもち、外部磁界等によりその極性、方向を操作することができる物質を、単に「磁性体」と呼ぶ。
【0012】
磁性体によるX線の回折強度は、一般に、磁化に依存しない部分と磁化に依存する部分とから成ることが知られている。従って、磁性体によるX線の回折ビームを利用すれば、外部磁界等により磁性体の磁化状態や磁化の方向を操作することで、強度が変調されたX線ビームを得ることができる。
【0013】
この方法において、強度変調の際の強度の変化率を高め、実質的な強度変調を達成するには、更に次に述べる3つの科学的知見を考慮に入れることが肝要である。
【0014】
第一に、磁性体によるX線の回折強度のうち、磁化に依存しない部分と磁化に依存する部分は、一般に、入射X線の偏光状態や散乱角、散乱体の磁化の方向に対してそれぞれ違った依存性をもっている。従って、入射X線の偏光度や散乱の幾何学的な条件を工夫することによって、回折強度のうちの磁化に依存しない部分を抑制し、磁化に依存する部分の割合を高めることが可能である。
【0015】
第二に、物質によるX線の回折強度は、一般に、物質を構成している個々の原子による散乱X線どうしの干渉、即ちそれらの重なり具合によって、その大小が決まっている。一方、磁性体を構成する原子の中には、磁化に依存する散乱を強く引き起こすものもあれば、殆ど引き起こさないものもある。従って、磁性体がそうした異なるX線散乱能を有する原子で構成されている場合には、X線の回折強度のうちの磁化に依存しない部分については前記複数種の原子からの散乱波の干渉によって強度が大幅に弱められ、磁化に依存する部分については強度が維持されるような回折状況が存在し得る。そのような、磁性体、X線のエネルギー、回折の反射指数、の組み合わせを選択、採用すれば、磁性体によるX線の回折強度のうち、磁化に依存しない部分を抑制し、磁化に依存する部分の割合を高めることが可能となる。
【0016】
第三に、磁性体を構成する原子からのX線の散乱においては、共鳴磁気散乱と呼ばれる散乱過程によって、散乱強度のうちの磁化に依存する部分の割合を大きくできる可能性のあることが知られている。従って、この共鳴磁気散乱が回折強度に大きく寄与するような、磁性体、X線のエネルギー、回折の反射指数、の組み合わせを選択、採用することにより、磁性体によるX線の回折強度のうち、磁化に依存する部分の強度を高め、その割合を大きくできる可能性がある。共鳴磁気散乱による磁化に依存する散乱強度の増大は、鉄族元素や希土類元素のL吸収端、アクチナイド元素のM吸収端などで顕著であることが知られている。
【0017】
以上述べた3つの方策のうちの1つ乃至3つを適宜実施することによって、原理的には1(100%)に近い強度変化率を達成することができる。
【0018】
なお、第二の方策として述べた干渉効果の利用にあたっては、原子による散乱X線の振幅と位相が主としてX線のエネルギーによって変化する、所謂、分散効果が重要な役割をもつ場合もあり、これを積極的に活用することも可能であることに留意すべきである。分散の影響はエネルギー吸収端の近傍において顕著であることから、同じく吸収端で顕著である共鳴磁気散乱を利用した第三の方策を、干渉効果を利用した第二の方策と併用する場合には、この分散の影響を考慮に入れることが肝要である。
【0019】
<1>
即ち本発明は、X線強度変調方法であって、被変調X線を所望の磁化状態を有する磁性体に照射する入射工程と、前記磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する操作工程と、前記磁性体によって回折された被変調X線を出力する出力工程と、を含むことを特徴とするX線強度変調方法である。
【0020】
<2>
また別の本発明は、前記操作工程が電気的方法または磁気的方法で行うものであることを特徴とする請求項1記載のX線強度変調方法である。
【0021】
<3>
また別の本発明は、被変調X線を入射する入射部と、前記入射部から入射した被変調X線を所望の磁化状態を有する磁性体に照射する磁性体照射部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する磁性体操作部と、前記磁性体によって回折された被変調X線を出力する出力部と、を備えることを特徴とするX線強度変調装置である。
【0022】
さて、本発明が解決しようとする第二の課題である、新たなX線の偏光分析技術の提供は、これまでに述べた本発明のX線強度変調機構を利用することによって解決される。
【0023】
磁性体によるX線の回折強度のうち、磁化に依存しない部分と磁化に依存する部分は、先述のように、一般に、入射X線の偏光度や直線偏光の偏光方向に対してそれぞれ違った依存性を示す。従って、分析対象となるX線を磁性体に入射し、本発明のX線強度変調機構により生ずる回折X線の強度変化または強度変化率を測定し、その結果を理論による予測や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、偏光分析が可能となる。
【0024】
直線偏光の偏光方向を分析するには、更に次に述べる科学的知見を考慮に入れることが肝要である。
【0025】
入射X線ビームを回転の中心軸として標的散乱体である磁性体を回転させれば、磁性体によって回折されるX線ビームも入射X線ビームを軸として回転する。この操作は、磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)の方を固定し、入射X線ビームをそれ自身の光軸の周りに逆回転させることと相対的に等価である。この、入射X線ビームをそれ自身の光軸の周りに回転させるという操作は、入射X線が直線偏光度を有している場合、その偏光方向(偏光の主軸方向)を光軸の周りに回転させることを意味する。
【0026】
本発明のX線強度変調機構により生ずる回折X線の強度変化または強度変化率は、従って、入射X線が直線偏光度を有している場合、入射X線ビームを中心軸として標的散乱体である磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)を回転させる操作によって、あるいは磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)の方を固定して、入射X線ビームをそれ自身の光軸の周りに回転させる操作によって、変動する。
【0027】
一方、本発明のX線強度変調機構は一般に入射X線が円偏光成分を有している場合にも有効であるが、円偏光の効果は、入射X線ビームを回転の中心軸として標的散乱体である磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)を回転させる操作に対して、もしくは入射X線ビームをそれ自身の光軸の周りに回転させる操作に対して、不変である。
【0028】
以上のことから、入射X線ビームを中心軸として標的散乱体である磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)を回転させた複数の配置において、あるいは磁性体(とそこから発せられる回折ビーム)の方を固定して、入射X線ビームをそれ自身の光軸の周りに回転させた複数の配置において、本発明のX線強度変調機構により生ずる回折X線の強度変化または強度変化率を測定し、その結果を理論による予測や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、直線偏光の偏光方向を分析することができる。
【0029】
なお、上記の「入射X線ビームを中心軸として標的散乱体である磁性体を回転させた複数の配置」は、実際に単一の磁性体(標的散乱体)を回転させることにより経時的に達成されても構わないし、一つ乃至複数の磁性体(標的散乱体)による回折X線を複数の検出器で受けることにより同時的に達成されても構わない(例えば、特許文献3、非特許文献2及び3参照)。重要なことは、これら「複数の配置」を考える際、標的散乱体である磁性体の磁化状態もしくは磁化の方向は磁性体に付随して「回転」するのであって、例えば、磁化状態を操作するための外部磁界の方向が空間に対して固定されている中で、磁性体のみが(磁化の方向を置き去りにして)「回転」するのではないということである。
【0030】
<4>
即ち、別の本発明は、X線偏光状態分析方法であって、被測定X線を所望の磁化状態を有する1または2以上の磁性体に照射する入射工程と、前記磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する操作工程と、前記磁性体による被測定X線の回折強度を測定する測定工程と、前記操作工程による前記磁性体の磁化状態の操作に伴う前記測定工程によって測定される回折強度の変化、変化率の少なくとも1つを見積もるデータ処理工程と、を備えることを特徴とするX線偏光状態分析方法である。
【0031】
<5>
また別の本発明は、前記測定工程に、前記磁性体を回転させることで、被測定X線の電場ベクトルの振動方向を該磁性体に対して相対的に回転させる回転工程を含むことを特徴とする請求項4記載のX線偏光状態分析方法である。
【0032】
<6>
また別の本発明は、被測定X線を所望の磁化状態を有する1または2以上の磁性体に照射する磁性体照射部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体の磁化の方向、磁化の大きさ、磁区構造から選択される1以上の状態を操作する磁性体操作部と、前記磁性体照射部に備えられた磁性体による被測定X線の回折強度を測定する測定部と、前記磁性体操作部による磁性体の磁化状態の操作に伴う前記測定部によって測定される回折強度の変化、変化率の少なくとも1つを見積もるデータ処理部と、を備えることを特徴とするX線偏光状態分析装置である。
【0033】
<7>
また別の本発明は、前記磁性体照射部が、該照射部に備えられた磁性体を回転させることで、被測定X線の電場ベクトルの振動方向を該磁性体に対して相対的に回転させることのできる機能を有する請求項6記載のX線偏光状態分析装置である。
【発明の効果】
【0034】
本発明のX線強度変調法は、自由度の高い強度パターンが作り込まれたX線ビームの生成を可能にし、またその強度パターンの迅速、任意な作り替え、変調を可能にする、という効果を奏する。
【0035】
即ち、本発明のX線強度変調法は、磁性体によるX線の回折強度が磁性体の磁化の状態に依存することを利用し、標的散乱体である磁性体の磁化状態や磁化の方向を操作することによって、そこから発せられる回折X線の強度に変化を与えるものであるが、この方法によって達成可能な強度変化率(強度変調の相対振幅、コントラスト、消光比)には原理的な上限がなく、理論上、0から1(100%)までの任意の強度変化率を作り出すことが可能である。
【0036】
また、本発明のX線強度変調法によってX線ビームの中に作り込むことのできる強度パターンは、原理的に、標的散乱体である磁性体について作り出すことのできる、磁化状態や磁化方向のパターンによって決まっている。従って、標的散乱体である磁性体の磁化状態や磁化の方向を操作することによって、X線ビームのオン状態とオフ状態を迅速、任意に切り替えることが可能であるのみならず、例えば、標的散乱体である磁性体として、磁化の極性反転が高周波磁界に追随する軟磁性体を用いれば、X線ビームの中に当該周波数帯の強度変調信号を乗せることが可能であるし、また、磁気記録技術と同様に、適当な標的散乱体とその磁化状態を操作するためのヘッドの組み合わせを開発して用いれば、当該時空間分解能をもった強度パターンが作り込まれたX線ビームの生成が可能となる。なお、空間的に微細な強度パターンを作り込むには、平行性のよい入射X線ビームを用い、結晶性のよい標的散乱体(磁性体)を用いることが効果的である。結晶性のよい標的散乱体を用いる代わりに、出射側のスリット系を工夫することで回折ビームの角度発散を抑制してもよい。
【0037】
更に、磁性体の磁化状態や磁化方向の操作は、通常、電気的、磁気的方法によって達成され、従来技術であるマルチリーフコリメーターや機械式のX線シャッターのような装置、部品のメカニカルな動作を必ずしも要しない。即ち、本発明のX線強度変調法は、メカニカルな動作に起因する装置、部品の摩耗、劣化、誤動作等を低減する効果がある。
【0038】
一方、本発明のX線偏光分析法は、一般に、直線偏光、円偏光ともに感度を有するため、これら双方の見積もりを、統一された装置、手法によって可能にする、という特徴を有する。
【0039】
また、標的散乱体である磁性体の磁化操作のタイミングを調節することによって、位相敏感な分析が可能である点も、本発明のX線偏光分析法の作用効果として挙げることができる。磁性体の磁化反転に伴う回折ビームの強度変化または強度変化率から入射X線の偏光状態を分析する場合を例にとるならば、磁化反転の周期を適切に選択することで特定周波数のノイズの影響を回避することが可能であるし、また、分析対象となるX線が何らかの周期現象によって発生する脈動型(パルス状)のX線である場合には、磁化反転のタイミングを当該周期現象と同期させることによって、周期現象の位相をパラメーターとした偏光分析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】磁性体によるX線の散乱配置を示した図面である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
まず、本発明のX線強度変調法の実施の形態について説明する。
【0042】
図1は、磁性体1にX線2が入射し、回折X線3が出射しているようすを示した散乱配置図である。入射X線2を発生するためのX線発生装置、X線2及び3の行路に必要に応じて配置、調整される分光器、スリット等の光学素子、磁性体1の方位や磁化状態、温度等を制御するための装置類はここには描かれていない。
【0043】
後の説明のために、図のように散乱面(入射X線2と回折X線3を含む面)に垂直な方向をu軸、散乱ベクトルの方向(散乱面内の、反射面に垂直な方向)をu軸、散乱面内の、u軸に垂直な方向(u軸とu軸の双方に垂直な方向)をu軸とする。散乱角(入射X線2と回折X線3のなす角)を2θとすると、入射X線2及び回折X線3とu軸とのなす角はともにθとなる。このθを回折のブラッグ角と呼ぶ。
【0044】
さて、図1において、磁性体1の磁化状態を制御することにより、回折X線3の強度を変調することができる。磁化状態の制御は、永久磁石や電磁石(超電導磁石を含む)、それらを応用した、専用に開発されたヘッド等を利用して行う。あるいは、スピン注入、電流駆動による磁壁移動等、スピントロニクス技術を応用して行ってもよい。磁性体1の磁化をどのような状態に制御するのか、即ち、どちらの方向に磁化させるのか、またどの程度磁化させるのか、等については、理論の与える指針に基づき、実測により確認をとるのがよい。磁化方向について理論からどのような示唆が得られるかについては、後に具体例に基づく説明を加える。磁性体1に用いる物質とその構成は、磁化状態の制御方法、当該物質の化学的安定性、制御可能な温度等の環境変数、強度変調における所望の強度変化率及び時空間分解能、X線のエネルギー、等を勘案して選択する。
【0045】
十分な強度変化率(強度変調の相対振幅、コントラスト、消光比)を得るには、例えば次のようにするとよい。
【0046】
入射X線2として散乱面内に直線偏光したX線を用い、散乱角2θがほぼ90度になるような、磁性体1、X線のエネルギー、回折の反射指数、の組み合わせを選択、採用する。そうすることで、トムソン散乱等、磁化に依存しないX線散乱のうちの主要な部分を抑制することができ、磁性体1によるX線の回折強度のうちの磁化に依存する部分の割合を大きくすることができる。直線偏光した入射X線2は、加速器を利用した放射光X線源、X線偏光子等の光学素子によって用意することができる。
【0047】
干渉や分散、共鳴磁気散乱の効果を利用した強度変化率増強のための処方は、具体的な物質系及び反射指数に基づく説明が明瞭であるため、以下では、磁性体1にGdAlの単結晶を用い、その444反射の回折強度を前記化合物単結晶の磁化反転によって変調させる場合について述べる。ただし、本発明の磁性体及び反射指数の選択はこの例に限定されるものではない。
【0048】
GdAlは立方晶系の化合物であり、(111)面の面間隔はおよそ4.55オングストロームである。この結晶の444反射の結晶構造因子(8個のGd原子と16個のAl原子とから成るこの結晶の単位胞による散乱波;回折強度はその絶対値の2乗に比例する)は次式で与えられる。
【数1】
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GdとfAlはそれぞれGdとAlの原子散乱因子(原子による散乱波)である。数1から分かるように、GdAlの444反射は、Gdからの散乱波とAlからの散乱波の部分的な打ち消し合いによって構成されている。しかしながら、GdAlにおいて磁化を担っている元素は主としてGdであり、Alは磁化に依存する散乱を殆ど引き起こさない。従って、F444のうちの磁化に依存する部分に関しては、Alの散乱波による打ち消し合いは実質的に生じない(磁化に依存する部分に関しては、fAlは殆ど値をもたない)。このように、回折X線において、磁化に依存しない部分については干渉による打ち消し合いが生じ、磁化に依存する部分については干渉による打ち消し合いが生じないような反射指数を選択することで、回折強度のうちの磁化に依存する部分の割合を高めることができる。
【0049】
更に、444反射の回折X線が、GdのLまたはL吸収端近傍のエネルギーをもつ場合には、共鳴磁気散乱によってfGd中の磁化に依存する部分の振幅を増大させることができる。前述の各原子からの散乱波の干渉による効果(結晶構造因子の効果)に加えて、この共鳴磁気散乱の効果を利用することにより、強度変調における強度変化率を一層増大させることができる。このような共鳴磁気散乱の利用は、予め入射X線2のエネルギーを分光器によって当該エネルギーに調整して行ってもよいし、白色光(分光していない連続スペクトルをもったX線)を入射し、444反射の回折X線が当該エネルギーをもつように、GdAl単結晶の方位(ブラッグ角θまたは散乱角2θ)を調整して行ってもよい。
【0050】
GdのL吸収端のエネルギーはおよそ7.93keVであり、GdAlの444反射の回折X線がこのエネルギー値をもつ場合の散乱角2θはブラッグの法則よりおよそ87度となる。この場合、散乱角が90度に十分近いため、先述したように、入射X線2として散乱面内に直線偏光したX線を用いることにより、トムソン散乱等、磁化に依存しないX線散乱のうちの主要な部分を抑制することができる。即ち、GdAlの444反射の回折X線がGdのL吸収端近傍のエネルギーをもち、かつ入射X線2が散乱面内に直線偏光している場合には、各原子からの散乱波の干渉による効果(結晶構造因子の効果)と共鳴磁気散乱の効果と散乱の幾何学的条件の効果の全てが相俟って、強度変化率を十分に大きくすることができる。
【0051】
GdのL吸収端のエネルギーはおよそ7.24keVであり、GdAlの444反射の回折X線がこのエネルギー値をもつ場合の散乱角2θはブラッグの法則よりおよそ98度となる。この場合も、散乱角が90度に比較的近いため、入射X線2として散乱面内に直線偏光したX線を用いることにより、トムソン散乱等、磁化に依存しないX線散乱のうちの主要な部分を抑制することができる。また、L吸収端においては、分散効果の影響でF444のうちの磁化に依存しない部分がほぼ消滅する。即ち、GdAlの444反射の回折X線がGdのL吸収端近傍のエネルギーをもち、かつ入射X線2が散乱面内に直線偏光している場合には、各原子からの散乱波の干渉による効果(結晶構造因子の効果、とりわけ分散の影響による回折X線の擬消滅の効果)と共鳴磁気散乱の効果と散乱の幾何学的条件の効果の全てが相俟って、強度変化率を十分に大きくすることができる。なお、分散の影響によって回折X線の擬似的な消滅が起こるかどうかは、文献等で公表されている原子散乱因子と分散補正の数表を参照することでおよその見当をつけることができる。
【0052】
444反射の回折X線のエネルギーがGdのLまたはL吸収端近傍に調整され、fGd中の磁化に依存する部分の振幅が共鳴磁気散乱によって増強された場合の、GdAlの磁化反転に伴う回折X線の強度変化率Rは、近似的に次のように表すことができる。
【数2】
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【数3】
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【数4】
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数2、数3、数4はGdAlをそれぞれ図1のu、u、u軸に沿って磁化させ、その極性を反転させた場合の強度変化率の理論式であり、共鳴磁気散乱を、結晶場の無い空間における電気双極子遷移によって生ずる項で代表させた場合の近似式である。P(0≦P≦1)とP(-1≦P≦1)は入射X線2の直線偏光度及び円偏光度であり、P=P=0が完全無偏光状態、P=1が完全直線偏光状態、P=±1が完全円偏光状態を表す。φは直線偏光の偏光方向が散乱面となす角を表しており、φ=0が散乱面内に偏光している場合、φ=π/2(90度)が散乱面に垂直に偏光している場合を表す。FはF444のうちの磁化に依存しない部分、FはF444のうちの磁化に依存する部分、プライムとダブルプライムは複素数量の実数部分と虚数部分をそれぞれ表している。
【0053】
先に説明した強度変化率増強のための様々な工夫をこれらの表式に対応させて述べれば次のようになる。即ち、入射X線2として散乱面内に直線偏光したX線を用い、散乱角2θがほぼ90度になるような散乱条件を選択、採用する方法は、数2、数3、数4の右辺の分母に共通して見られるFの2乗の係数を0に近づける方法である。一方、干渉効果を利用して回折X線3のうちの磁化に依存しない部分を抑制する方法は、Fの2乗そのものを小さくする方法、共鳴磁気散乱によって回折X線3のうちの磁化に依存する部分を増強する方法は、分子に見られるFとFのクロスターム(干渉性散乱の強度)を大きくする方法である。
【0054】
数2、数3、数4において、物質系と反射指数の情報は全て結晶構造因子FまたはF(数1)の中に含まれている。即ち、数2、数3、数4自体は、GdAlの444反射に限定された表式ではなく、回折X線3のうちの磁化に依存する部分が共鳴磁気散乱によって増強され、その共鳴過程が結晶場の無い場合の電気双極子遷移によって近似できるような場合に一般に適用できるものである。そこでこれらの式を例として、磁性体1の磁化をどちらの方向に向けるべきかについて理論がどのように示唆を与えるのかを説明すれば次のようになる。
【0055】
例えば、θ→0の極限では数3と数4の強度変化率の値は幾何学的な因子のために0に近づく。このことから、磁性体1に磁性多層膜を用い、その超格子反射を利用する場合のように、θが小さく、前方散乱によって回折X線3を得なくてはならない場合には、磁性体1はu軸に近い方向に磁化させた方が有利であることが示唆される。同様に、θ→90度(散乱角2θ→180度)の極限では数2と数3の強度変化率の値が0に近づくため、後方散乱によって回折X線3を得なくてはならない場合には、u軸に近い方向に磁化させた方が有利であることが示唆される。なお、数2においてθ→0の極限をとったものと数4においてθ→90度の極限をとったものは、ともに
【数5】
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となり、上記二つの配置で強度変調を実施する場合には入射X線2に円偏光成分が含まれていることが必須であり、強度変化率は完全円偏光状態に近いほど大きく、入射X線2の直線偏光度には殆ど依存しない、といった予想を立てることができる。
【0056】
磁性体1の磁化をどのような状態に制御するのかについては、以上のような理論の与える指針に基づき、最終的には実測により確認をとるのがよい。
【0057】
次に、本発明のX線偏光分析法の実施の形態について説明する。
【0058】
先に述べたように、分析対象となるX線を磁性体に入射し、本発明のX線強度変調機構により生ずる回折X線の強度変化または強度変化率を測定し、その結果を理論による予測や予め用意した較正データと比較することによって偏光状態についての知見を得る、というのが本発明のX線偏光分析法の主旨である。実際上重要であることは、回折X線の強度変化が、入射X線自体の強度変動や系統誤差等の影響を含まない、真に磁性体の磁化状態の変化に起因したものでなくてはならないということである。一般に、入射X線の強度は、入射X線の行路に設置したイオンチャンバー等の透過型検出器の出力や、X線が入射することで磁性体自身において発生する蛍光X線等、問題としている回折X線以外の何らかの二次ビームの強度を測定することでモニターすることができる。その他の補正因子に関しては別途評価を行うことが必要である。それらの影響を考慮に入れて、真に磁性体の磁化状態の変化に起因した回折X線の強度変化を見積もることが重要である。
【0059】
磁性体の磁化反転に伴う回折X線の強度変化を測定する場合には、強度変化率(強度変化の割合、強度の相対変化)に着目することで、入射X線の強度変動その他の影響に対する補正を比較的容易に行うことができる。磁性体の磁化を反転させた際の回折X線の強度変化は一般に
【数6】
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と書くことができる。IとIは回折強度のうちの磁化に依存しない部分と磁化に依存する部分、+と-は磁化の向き(+と-は互いに逆向き)を表している。即ち、この場合、回折強度は互いに逆方向の関係にある磁化の向きに応じて、IとIの和もしくは差で表現することができる。先に数2、数3、数4に磁化反転に伴う回折X線の強度変化率の理論式の具体的な表式の例を示したが、磁化反転に伴う回折X線の強度変化率は上記の記号を使って一般に
【数7】
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と書くことができる。ここでIとIが実効的に同条件の下で測定されている場合には、入射X線の強度、磁性体によるX線の吸収、バックグラウンド、ノイズ、装置関数、系統誤差等、種々のものの影響が、数7の処理におけるIとIの除算によって、あるいはIとIの減算によって、相殺、補償される。なお、IとIの測定条件を実効的に等しく揃え、両者のデータ間に真に磁性体の磁化反転に起因した強度変化以外のバイアスが生じないようにするためには、磁化反転の周期、IとIの測定の切り替えのタイミングを適切に設定することが重要である。即ち、様々な測定条件、環境変数を一切不変に保ちながら測定を行うことは実際には不可能であり、磁化反転の周期を、測定条件のゆっくりとした変動、ドリフトに対してはその効果が無視できるほど十分に短く、小刻みな変動、揺らぎに対してはその効果を均して平滑化できるほど十分に長く、そして、周期的なノイズや環境の変動が想定される場合にはその影響がIとIのどちらか一方のデータのみに偏って反映されることのないように設定することが重要である。
【0060】
以下引き続き、図1の散乱配置図と磁性体の磁化反転に伴う数2、数3、数4の強度変化率の式を参照して、偏光状態の分析手続きの具体例を説明する。ただし、本発明は図1に示された散乱配置、数2、数3、数4の近似が成り立つ散乱過程を必須の要件とするものではなく、また本発明における磁性体の磁化状態または磁化方向の制御操作は磁化の反転操作に限定されるものではない。
【0061】
一般に、X線の偏光状態を記述するパラメーターは、X線の絶対強度を除いて3つある。例えば数2、数3、数4の中では、その3つのパラメーターがP、φ、Pとして表現されている。実際には3つのうちの1つ乃至2つが既知である場合も多く、その場合には、偏光状態の分析手続きもそれ相応に単純化される。例えば、X線の発生メカニズムまたは発生装置の幾何学的な構造から直線偏光の偏光方向が予め分かっている場合もしくは推定できる場合、φ=0となるように(図1においてu軸とu軸とで張られる散乱面に直線偏光の偏光方向がのるように)散乱配置を調整すれば、分析手続きは以下のように簡単になる。即ち、φ=0の場合、数2、数3、数4はそれぞれ
【数8】
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【数9】
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【数10】
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となり、磁性体1の磁化反転に伴う回折X線3の強度変化率を測定し、その結果をこれらの理論式や既知の偏光度をもつX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、PまたはPを分析することができる。
【0062】
直線偏光の偏光方向が分からない場合には、例えば、図1において、入射X線ビーム2を固定し、これを回転の中心軸として、u座標系の全体を磁性体1やその磁化制御装置諸共回転し、磁性体1の磁化反転に伴う回折X線3の強度変化または強度変化率がその回転角とともにどのように変化するかを調べることで直線偏光の偏光方向を分析することができる。
【0063】
磁性体1の磁化反転に伴う回折X線3の強度変化または強度変化率の上記回転角依存性から直線偏光の偏光方向を知るための具体的な手続きは、例えば、次のようなやり方が考えられる。まず、入射X線ビーム2のまわりの全周360度もしくは半周180度もしくは4分の1周90度の角度範囲において、等しい角度間隔だけ離れた有限個の測定方位を選定する。あるいは、検出器を配置もしくはスキャンすることによって、入射X線ビーム2のまわりの全周360度もしくは半周180度もしくは4分の1周90度の全角度範囲を測定し、データ処理の段階で測定角度範囲を有限個の領域に等分割し、各領域内のデータを積算する。上記の測定方位数または測定角度範囲の分割数は、90度にわたる回転角依存性が見て取れる程度に、かつ後者の分割、積算を行う方法(ビニング処理)においては分割後の角度領域一つ当たりの回折X線のカウント数が少なくなり過ぎない程度に設定する。以上のようにして定めた有限個の測定方位または角度領域における強度変化率のデータR(1),R(2),R(3),…を、数2、数3、数4等の理論式や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、直線偏光の偏光方向を含めて、入射X線2の偏光状態を分析することができる。ここでRの後ろに付した(i)(i=1,2,3,…)は、i番目の測定方位または角度領域のデータであることを表している。
【0064】
入射X線ビーム2のまわりの全周360度の角度範囲にわたって測定された、磁性体1の磁化反転に伴う回折X線3の強度変化または強度変化率は、入射X線2が直線偏光成分をもっているならば、偏光という物理量の性質から一般に180度周期(2回対称)の振る舞いを示す。このことは、数2、数3、数4においては、φがsin2φもしくはcos2φという形でのみ含まれていることに表れている。従って、全周360度の角度範囲にわたって測定を行った場合には、入射X線ビーム2を挟んで反対側に位置する、180度離れた2つの測定方位または角度領域のデータは、I(1)(i)=I(i)+I(n+i)、I(1)(i)=I(i)+I(n+i)(1≦i≦n)のように積算し、強度変化率を
【数11】
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として算出してよい。ここでnは180度当たりの測定方位または角度領域の数であり、上付きの(1)は上記の積算処理を行った結果得られたデータであることを示すために付した記号である。以上のようにして、2つの測定方位または角度領域のデータを束ねて180度の角度範囲に収めた強度変化率のデータR(1)(1),R(1)(2),…,R(1)(n)を、数2、数3、数4等の理論式や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、直線偏光の偏光方向を含めて、入射X線2の偏光状態を分析することができる。なお、以上の処理は積算によって統計精度を上げる効果を有する他、360度の周期性をもつ装置関数、系統誤差があった場合にその影響を減ずる効果を有する。
【0065】
直線偏光の偏光方向が予め分かっている場合、推定できる場合で、入射X線ビーム2を固定し、これを回転の中心軸として、u座標系の全体を磁性体1やその磁化制御装置諸共回転し、その回転角とともに磁性体1の磁化反転に伴う回折X線3の強度変化または強度変化率がどのように変化するかを調べることができる場合には、φ=0及びπ/2に関して対称な関係にある2つ乃至4つの測定方位または角度領域の強度変化率R(±φ)及びR(π±φ)(0≦φ≦π/2)を
【数12】
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【数13】
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とするデータ処理も有効である。ここでRもしくはR(1)の後ろに付した(φ)は、直線偏光の偏光方向と散乱面とのなす角の代表値がφの測定方位または角度領域のデータであることを表している。数2、数3、数4の強度変化率は、φに関して偶関数の成分と奇関数の成分の和で構成されているが、数12はそのうちの奇関数の成分を打ち消して偶関数の成分を残すデータ処理であり、上付きの(2e)はそのような処理によって得られたデータであることを表している。一方、数13は偶関数の成分を打ち消して奇関数の成分を残すデータ処理であり、上付きの(2o)はそのような処理によって得られたデータであることを表している。以上のようにして、2つ乃至4つの測定方位または角度領域のデータを束ねて0≦φ≦π/2の角度範囲に収めたR(2e)(φ)、R(2o)(φ)のデータを、最大90度の角度範囲にわたって理論による予測や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、PまたはPを分析することができる。なお、強度変化率のデータを差し引く数13の処理は、磁化方向(+,-)の逆転によって生ずる磁性体1の僅かな動きや計測機器の僅かな状態の変化に起因するオフセット信号の影響を減ずる効果も有する。
【0066】
強度変化率を算出せずとも測定条件もしくは回折強度の適切な規格化によってI(i)=I(i)+I(i)及びI(i)=I(i)-I(i)のデータセットからI、I各々のφ依存性を読み取ることができる場合には、I(i)、I(i)の各々から、直線偏光の偏光方向を含めて、入射X線2の偏光状態を分析することができる。この場合の直線偏光の分析手続きは、トムソン散乱の偏光依存性を利用したブラッグポラリメーター、コンプトンポラリメーター等の既存の直線偏光分析技術と基本的に同様である。一方、360度もしくは180度もしくは90度の角度範囲にわたる積算処理(この積算処理を行った結果得られたデータであることを上付きの(0)で示す)
【数14】
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【数15】
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によって直線偏光に由来する信号の寄与を打ち消すことが出来るため、I(0)とI(0)の比率を理論による予測や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することでPを分析することができる。その際、I(0)の中には、無偏光成分に由来する信号とPに由来する信号の他に、理論には含まれない、磁化方向(+,-)の逆転によって生ずる磁性体1の僅かな動きや計測機器の僅かな状態の変化に起因したオフセット信号が含まれる可能性があることを考慮に入れることが、とりわけPが小さな場合には重要である。なお、直線偏光に由来する信号の寄与は、数14、数15の積算処理の代わりに、90度だけ離れた2つの測定方位または角度領域のデータの積算によって打ち消すことも可能である。
【0067】
直線偏光の偏光方向が予め分かっている場合、推定できる場合で、強度変化率を算出せずとも測定条件もしくは回折強度の適切な規格化によってI(i)=I(i)+I(i)及びI(i)=I(i)-I(i)のデータセットからI、I各々のφ依存性を読み取ることができる場合には、数12、数13の処理に代えて次のデータ処理を行うことができる。
【数16】
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【数17】
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直線偏光の偏光方向が予め分かっている場合、推定できる場合で、強度変化率を算出せずとも測定条件もしくは回折強度の適切な規格化によってI(i)=I(i)+I(i)及びI(i)=I(i)-I(i)のデータセットからI、I各々のφ依存性を読み取ることができる場合には、0≦φ≦π/2の領域に折り畳まれた数16、数17のR(2e)(φ)、R(2o)(φ)や同右辺の分母、分子を、最大90度の角度範囲にわたって理論による予測や既知の偏光状態にあるX線ビームを入射させて実測したデータ(較正データ)と比較することにより、Pを分析することができる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明のX線強度変調法によれば、磁性体からの回折X線ビームに対して、様々な時間的、空間的強度変調を、様々な強度変化率で施すことが可能である。従って、本発明の方法によって強度変調が施されたX線は、透過力と直進性に優れた信号伝送に利用できる可能性があり、X線信号を利用したスイッチングや情報通信等への応用が考えられる。
【0069】
また、本発明の方法によって強度変調が施されたX線ビームを用いることで、マスクフリーのX線リソグラフィーまたはLIGAプロセスを実現できる可能性がある。同分野におけるX線マスクは、コスト、熱膨張、微細加工等、様々な技術課題を抱えている。マスクを用いることなく、時間的、空間的に強度変調可能なX線ビームを生み出すことのできる本発明の方法は、これらの課題を解決できる可能性がある。
【0070】
放射線治療のための医療機器への適用も考えられる。ここでは、病巣に対するX線の照射量を適切に確保すると同時に、いかにして健常組織に対する被爆量を少なく抑えるかが喫緊の課題であり、例えば、回転ガントリーと呼ばれる可動式のX線発生装置によって、照射X線ビームを腫瘍等の標的部位を中心に旋回させる。このような二次元照射と呼ばれる方法に加えて、近年ではマルチリーフコリメーターを用いてビーム形状を照射方向毎に変化させる三次元照射法が開発、実用化されている。マルチリーフコリメーターよりも高精細かつ電気的な(ノンメカニカルな)X線強度の時空間制御を可能にする本発明の方法は、強度変調放射線治療機器に実装できる可能性も考えられる。
【0071】
一方、本発明のX線偏光分析法は、X線偏光のセンシング技術として、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0072】
1 磁性体
2 入射X線
3 回折X線
図面
【図1】
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