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明細書 :網膜細胞への分化誘導方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 平成27年2月23日(2015.2.23)
発明の名称または考案の名称 網膜細胞への分化誘導方法
国際特許分類 C12N   5/0735      (2010.01)
C12N   5/071       (2010.01)
A61K  35/44        (2015.01)
A61P  27/02        (2006.01)
FI C12N 5/00 202C
C12N 5/00 202A
A61K 35/44
A61P 27/02
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 32
出願番号 特願2013-520588 (P2013-520588)
国際出願番号 PCT/JP2012/065285
国際公開番号 WO2012/173207
国際出願日 平成24年6月14日(2012.6.14)
国際公開日 平成24年12月20日(2012.12.20)
優先権出願番号 2011132712
優先日 平成23年6月14日(2011.6.14)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IS , JP , KE , KG , KM , KN , KP , KR , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LT , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT , TZ , UA , UG , US , UZ , VC , VN , ZA
発明者または考案者 【氏名】高橋 政代
【氏名】岡本 理志
出願人 【識別番号】503359821
【氏名又は名称】独立行政法人理化学研究所
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100125070、【弁理士】、【氏名又は名称】土井 京子
【識別番号】100136629、【弁理士】、【氏名又は名称】鎌田 光宜
【識別番号】100121212、【弁理士】、【氏名又は名称】田村 弥栄子
【識別番号】100122688、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 健二
【識別番号】100117743、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 美由紀
【識別番号】100163658、【弁理士】、【氏名又は名称】小池 順造
【識別番号】100174296、【弁理士】、【氏名又は名称】當麻 博文
審査請求 未請求
テーマコード 4B065
4C087
Fターム 4B065AA91X
4B065AC12
4B065BB10
4B065BB25
4B065BB34
4B065BC42
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB56
4C087NA14
4C087ZA33
要約 本発明は、レチノイン酸受容体アンタゴニストを含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること、及び培養物から網膜前駆細胞を得ることを含む、網膜前駆細胞の製造方法を提供する。
特許請求の範囲 【請求項1】
レチノイン酸受容体アンタゴニストを含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること、及び培養物から網膜前駆細胞を得ることを含む、網膜前駆細胞の製造方法。
【請求項2】
レチノイン酸受容体アンタゴニストが、少なくともRARαアンタゴニスト活性を有する化合物である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
多能性幹細胞を浮遊凝集体として培養する、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
培地が、レチノイン酸類を実質的に含まない、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
培地が、B27を実質的に含まない、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
培地が、更に細胞外マトリクスを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
培地が、更にアルブミン及び/又は脂質を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
培地が、更にNodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤を含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
(a)請求項1~8のいずれか1項に記載の方法により網膜前駆細胞を得ること、及び
(b)得られた網膜前駆細胞を含む培養物を、レチノイン酸受容体アンタゴニストを実質的に含まない培地中で培養して網膜前駆細胞に由来する細胞を得ること
を含む、網膜細胞の製造方法。
【請求項10】
(a)における培養に用いる培地が、細胞外マトリクスを含み、(b)の網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞又は網膜色素上皮細胞である、請求項9項記載の方法。
【請求項11】
(b)における培養に用いる培地が、神経培養用血清代替物、ガンマセクレターゼ阻害剤、及びbFGFから選択されるいずれかの因子を含み、且つ、網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞である、請求項9又は10記載の方法。
【請求項12】
視細胞が、桿体視細胞である、請求項10又は11記載の方法。
【請求項13】
(a)及び/又は(b)における培養に用いる培地が、Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤を含み、且つ網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞又は網膜色素上皮細胞である、請求項9記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜前駆細胞、桿体視細胞、網膜色素上皮細胞等の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢性黄斑変性症(age-related macular degeneration)、網膜色素変性症(retinitis pigmentosa)のような網膜変性疾患による失明に苦しむ患者の数が益々増加している。これらの疾患では視細胞の障害が失明の直接的な原因であるので、視細胞(又は視細胞前駆体)のインビトロでの産生が、これらの疾患の研究及びこれらの疾患の治療法の開発に大きく貢献し得る。
【0003】
本発明者らも含め、多くのグループが、虹彩組織(非特許文献1、2)、毛様体組織(非特許文献3)、又は胚性幹(ES)細胞(非特許文献4-6)から、視細胞を創生することを試みている。組織幹細胞と比較して、ES細胞は、無限に増殖する能力を有しており、研究及び治療のために十分な数の細胞を産生することが可能であるので、優れている。近年の研究により、網膜前駆細胞をES細胞からインビトロで効率的に産生できることが立証されている。
【0004】
本発明者らは、Dkk1、LeftyA、血清及びアクチビン処理を組み合わせたエンブリオイドボディ様凝集体の無血清浮遊培養(SFEB)系(SFEB/DLFA)(非特許文献7)を用いた、マウスES細胞からの神経網膜前駆細胞の効率的な誘導を示した。
【0005】
また、本発明者らは、多能性幹細胞をSFEB法で培養することにより多能性幹細胞を網膜前駆細胞へ分化させ、必要に応じて培養した細胞の中からRx(Rax)陽性等のマーカー発現に基づき網膜前駆細胞をソートし、単離された網膜前駆細胞をDAPT等を含む培地中で培養することにより網膜前駆細胞を視細胞へ分化させることを含む、視細胞の製造方法を開発している(特許文献1)。しかしながら、この方法では、網膜前駆細胞への分化効率が十分に満足できる程に高くはないので、分化した網膜前駆細胞のソーティングによる単離を要する場合がある。この場合、ソーティング操作の過程で細胞数が減少しやすいので、移植等の目的で大量の網膜前駆細胞や視細胞を調製することが困難である。
【0006】
マウスES細胞をトリプシンで解離した後、再集合させてスフィア(細胞塊)を作らせると、個々の細胞は様々な種類の細胞に分化する胚様体になることが知られている。また、この培養中にレチノイン酸を添加すると、神経分化が促進されることが知られている(非特許文献8及び9)が、この培養中には大脳皮質や網膜組織の細胞はほとんど生成されない。このため笹井らは、ES細胞から大脳皮質や網膜組織の細胞を誘導するために、レチノイン酸に頼らない別の方法(Dkk1及びLefty-A添加によるWntシグナル及びNodalシグナルの阻害)を用いた(非特許文献10)。
【0007】
一方、非特許文献11には、マウスES細胞を、接着状態で、RAR(レチノイン酸受容体)アンタゴニストであるAGN193109を含有する培地中で培養すると、神経分化が阻害され、中胚葉への分化が促進されることが開示されている。この報告によると、AGN193109の効果は、Dkk1及びSBの添加により弱められ、分化の方向をむしろ神経へと誘導する。更にサブnM濃度のレチノイン酸を添加すると、AGN193109により阻害されていた神経分化がレスキューされる。RARアンタゴニスト添加によって神経幹細胞マーカーSox1の発現が低下し、レチノイン酸を添加した場合では不添加の場合に比べてSox1発現のピークの時期が早くなる。
【0008】
AGN193109は、RARα、RARβ及びRARγに結合する公知のRARアンタゴニストである(特許文献2、非特許文献12)。
【先行技術文献】
【0009】

【特許文献1】国際公開第2008/087917号
【特許文献2】特許第4295357号公報
【0010】

【非特許文献1】Haruta, M. et al., Nat. Neurosci., 4, 1163-1164 (2001)
【非特許文献2】Sun, G. et al., Dev. Biol., 289, 243-252 (2006)
【非特許文献3】Tropepe, V. et al., Science, 287, 2032-2036 (2000)
【非特許文献4】Zhao, X., Liu, J. & Ahmad, I., Biochem. Biophys. Res. Commun. 297, 177-184 (2002)
【非特許文献5】Hirano, M. et al., Dev. Dyn., 228, 664-671 (2003)
【非特許文献6】Ikeda, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 11331-11336 (2005)
【非特許文献7】Engberg, N. et al., Stem Cells, 28(9), 1498-1509 (2010)
【非特許文献8】Bain, G. et al., Dev Biol., 168, 342-357 (1995)
【非特許文献9】Bain, G. et al., Biochem Biophys Res Commun., 223, 691-694 (1996)
【非特許文献10】Watanabe, K et al., Nat. Neurosci., 8, 288-296 (2005)
【非特許文献11】Engberg et al., Stem Cells, 28, 1498-1509 (2010)
【非特許文献12】Agarwal, C. et al., J. Biol. Chem., 271(21), 12209-12212 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記事情に鑑み、本発明は、哺乳動物の多能性細胞から網膜前駆細胞や桿体視細胞、網膜色素上皮細胞等の網膜細胞を効率的に産生する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、RARアンタゴニストは、多能性幹細胞の分化誘導初期段階で、網膜以外の神経細胞及び中胚葉への分化を抑制し、多能性幹細胞から網膜前駆細胞への分化の誘導を促進することを見出した。RARアンタゴニストを用いると、誘導培養により得られた細胞集団中に含まれる網膜前駆細胞の割合が高いため、ソーティング等により網膜前駆細胞を単離することなく、網膜前駆細胞に由来する細胞、特に視細胞を高い効率で誘導することができた。さらに、細胞外マトリクスを添加すると、多能性幹細胞から網膜前駆細胞をより早期に産生しうることを見出した。また、RARアンタゴニスト存在下で多量に産生された網膜前駆細胞は、多能性幹細胞から分化誘導される過程で厚みを有する層構造を形成し、形態的に生体内における網膜細胞の発生時と極めて類似した構造を呈するため、網膜前駆細胞に由来する細胞を効率よく製造することができた。特に、網膜前駆細胞に由来する細胞の中でも、視細胞及び網膜色上皮細胞の製造、特に細胞数の多い視細胞(より好ましくは桿体視細胞)の製造に有用であった。また、前記培養により得られた網膜前駆細胞を含有する細胞を、RARアンタゴニスト非存在下、ガンマセクレターゼ阻害剤を含有する培地中で培養することにより、高い効率で桿体視細胞が誘導された。更に、上述の網膜前駆細胞誘導培養において用いる無血清培地に、細胞外マトリクスを添加すると、網膜前駆細胞へ早期に分化した。
以上の知見に基づき、本発明が完成された。
【0013】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]レチノイン酸受容体アンタゴニストを含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること、及び培養物から網膜前駆細胞を得ることを含む、網膜前駆細胞の製造方法。
[2]レチノイン酸受容体アンタゴニストが、少なくともRARαアンタゴニスト活性を有する化合物である、[1]記載の方法。
[3]多能性幹細胞を浮遊凝集体として培養する、[1]又は[2]記載の方法。
[4]培地が、レチノイン酸類を実質的に含まない、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]培地が、B27を実質的に含まない、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]培地が、更に細胞外マトリクスを含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]培地が、更にアルブミン及び/又は脂質を含む、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]培地が、更にNodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9](a)[1]~[8]のいずれかに記載の方法により網膜前駆細胞を得ること、及び
(b)得られた網膜前駆細胞を含む培養物を、レチノイン酸受容体アンタゴニストを実質的に含まない培地中で培養して網膜前駆細胞に由来する細胞を得ること
を含む、網膜細胞の製造方法。
[10](a)における培養に用いる培地が、細胞外マトリクスを含み、(b)の網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞又は網膜色素上皮細胞である、[9]記載の方法。
[11](b)における培養に用いる培地が、神経培養用血清代替物、ガンマセクレターゼ阻害剤、及びbFGFから選択されるいずれかの因子を含み、且つ、網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞である、[9]又は[10]記載の方法。
[12]視細胞が、桿体視細胞である、[10]又は[11]記載の方法。
[13](a)及び/又は(b)における培養に用いる培地が、Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤を含み、且つ網膜前駆細胞に由来する細胞が、視細胞又は網膜色素上皮細胞である、[9]記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法を用いれば、高い効率で多能性幹細胞から網膜前駆細胞を誘導することができる。誘導培養により得られる細胞中に含まれる網膜前駆細胞の割合が高いため、ソーティング等により網膜前駆細胞を単離することなく、誘導培養後の細胞から高い効率で視細胞等の網膜細胞を誘導することができる。
本発明は、ヒト多能性幹細胞をベースとした、網膜疾患に対する移植療法の開発を大いに促進し得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】AGN193109存在下又は非存在下における、GFP陽性細胞の比率の経時変化を示す。
【図2】各試験例におけるコロニー数及びGFP陽性細胞の比率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、多能性幹細胞からの網膜前駆細胞、及び桿体視細胞等の視細胞、視細胞前駆体、網膜色素上皮細胞等の網膜前駆細胞に由来する細胞の改良された製造方法を提供する。以下、本発明の詳細を説明する。

【0017】
(1.多能性幹細胞)
「多能性幹細胞」とは、自己複製能と多能性を有する細胞であって、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成するすべての細胞に分化しうる多分化能を有する細胞をいう。

【0018】
多能性幹細胞としては、例えば温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等のげっ歯類、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギが挙げられる。

【0019】
多能性幹細胞には、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞が包含される。

【0020】
本発明の方法で用いられる胚性幹細胞(ES細胞)としては、例えば、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等の胚性幹細胞、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した胚性幹細胞、およびこれらの染色体上の遺伝子を公知の遺伝子工学の手法を用いて改変した胚性幹細胞が挙げられる。

【0021】
具体的には、胚性幹細胞としては、初期胚を構成する内部細胞塊や単一割球等より樹立された胚性幹細胞、始原生殖細胞から樹立されたEG細胞、着床以前の初期胚の多分化能を有する細胞集団(例えば、原始外胚葉)から単離した細胞、あるいはその細胞を培養することによって得られる細胞などが挙げられる。また、これらの胚性幹細胞は、公知の方法を用いて、分化マーカーをコードする遺伝子に標識遺伝子(例えばGFP等の蛍光タンパク質)をインフレームにノックインすることにより、標識遺伝子の発現を指標として対応する分化段階に達したことを識別可能とした細胞であってもよい。

【0022】
胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2 及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。

【0023】
ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。

【0024】
誘導多能性幹細胞(iPS細胞)は、リプログラム因子の導入により体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)をリプログラムして得られた細胞である。誘導多能性幹細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)にOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycからなるリプログラミング因子を導入する方法で初めて見出された(Cell, 126: p. 663-676, 2006)。その後、多くの研究者により、リプログラム因子の組み合わせや因子の導入法について様々な改良が進められており、多様な誘導多能性幹細胞の製造法が報告されている。本発明における誘導多能性幹細胞には、このような方法で製造された細胞も含まれる。

【0025】
多能性幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、臨床応用の観点では、多能性幹細胞の維持培養には、KnockoutTM Serum Replacement(KSR)などの血清代替物を用いた無血清培養や、無フィーダー細胞培養により維持することが好ましい。

【0026】
(2.網膜前駆細胞の製造)
本発明は多能性幹細胞から網膜前駆細胞を製造する方法(本発明の方法1)を提供する。本発明の方法1は、血清を含む又は含まない培地中で多能性幹細胞を培養すること、及び培養物から網膜前駆細胞を得ることを含む。以下、詳細に説明する。

【0027】
網膜細胞には、網膜前駆細胞、及びそこから分化誘導される前駆細胞(神経網膜前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞、視細胞前駆体等)並びに成熟細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、ミューラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞等)が包含される。視細胞には桿体視細胞及び錐体視細胞が包含される。網膜前駆細胞とは、神経網膜(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、ミューラーグリア細胞)、網膜色素上皮細胞、及びそれらの前駆細胞(神経網膜前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞又は視細胞前駆体)へ分化する能力を有する細胞をいう。

【0028】
得られた細胞が網膜前駆細胞であるか否かは、自体公知の方法、例えば、網膜前駆細胞マーカーの発現により確認できる。網膜前駆細胞マーカーとしては、公知のものを利用することができ、例えば、Rx(Rax)(retinal and anterior neural fold homeobox)、Pax6などが挙げられる。Rx(Rax)は、発生の後期に網膜に限局した発現パターンがみられ、眼の発生における最上流にある転写因子の一つで、網膜前駆細胞の増殖・分化に重要な役割を果たすことが示唆されている。

【0029】
網膜前駆細胞に由来する細胞のマーカーに関しては、公知のものを用いることができ、例えば、網膜視細胞マーカーとして、Otx2、Crxなど、桿体視細胞マーカーとしてNrl、ロドプシン、リカバリン、アレスチンなど、錐体視細胞マーカーとしてオプシンなどが挙げられる。網膜色素上皮前駆細胞マーカーとしてMitfなど、網膜色素上皮細胞マーカーとして、例えばPax6、RPE65、MERTK、CRALBP、BEST1などが挙げられる。そのほか、例えば、神経節細胞マーカーとしてBrn-3bなど、ミューラーグリア細胞マーカーとしてCRALBPなど、水平細胞マーカーとしてCalbindinなど、双極細胞のマーカーとしてPKCなどが挙げられる。

【0030】
多能性幹細胞の培養条件としては、網膜細胞への分化誘導法として公知の方法を用いることができ、例えば、接着培養法、浮遊培養法などの方法が挙げられる。接着培養法としては、例えば接着性の細胞培養器を用いる方法、多能性幹細胞をフィーダー細胞上に接着させた状態で培養する方法(例えばWO2001/088100)などが知られている。浮遊培養法とは、集合し塊を形成した多能性幹細胞群(浮遊凝集体)を、培養培地中において浮遊させた状態で培養する方法(例えばWO2008/087917、Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6)をいう。網膜前駆細胞への分化効率を向上させる観点から、好ましくは、多能性幹細胞を浮遊培養法により培養する。細胞を接着させるためのフィーダー細胞が不要なため臨床開発上優位であり、また大量の細胞を扱いやすくスケールアップしやすいなどの点で、浮遊培養法が好ましく用いられる。

【0031】
培地は、広く動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として利用することができる。このような培地は、多能性幹細胞から目的の網膜前駆細胞へ分化誘導可能であれば特に限定されない。市販されている基礎培地としては、例えば、Glasgow MEM(GMEM)、IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、DMEM、NeuroBasal medium、NeuroBasal-A medium、F12-Ham、Kaighn’s modified F12、などが挙げられ、これらを単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができるが、これらに特に限定されない。網膜前駆細胞をさらに分化誘導して網膜前駆細胞に由来する細胞を取得する場合には、目的の網膜前駆細胞に由来する細胞の種類や誘導効率などに応じて、基礎培地を選択することもできる。なかでも、多能性幹細胞から分化誘導する初期段階に用いられる培地が好ましく、具体的には、GMEM、及び神経細胞用基礎培地が好ましく、特に、GMEM、NeuroBasal medium、NeuroBasal-A mediumなどが好ましく用いられる。

【0032】
本発明の方法1においては、無血清培地又は血清を含む培地が用いられる。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。血清は、任意の動物、好ましくは哺乳動物に由来する血清を使用できる。血清が由来する哺乳動物は、多能性幹細胞が由来する哺乳動物(上述)と同様である。

【0033】
血清を含む培地を用いる場合、血清の濃度は、網膜前駆細胞を効率的に分化誘導し得る濃度である限り限定されないが、例えば約0.5~約30%(v/v)、好ましくは約1.0~約20%(v/v)、より好ましくは約3~約10%(v/v)、最も好ましくは約5%(v/v)であり得る。

【0034】
血清へのウイルス等の混入のリスクの回避、培養条件の制御による分化誘導の安定化、或いは網膜前駆細胞への分化効率の向上の観点から、好ましくは無血清培地中で培養が行われる。特に、移植細胞の製造を目的とする場合には、安全性の観点から、無血清培地が好ましい。血清存在下では、RARアンタゴニストによる網膜前駆細胞への分化誘導効率の向上効果が損なわれる傾向にあり、また、ヒトの細胞を用いる場合は血清の有無による分化誘導効率の有意差が認められにくいなどの理由から、無血清培地が好適に利用される。

【0035】
培地は、例えば、血清代替物を含んでいてもよい。血清代替物は、例えば、単離又は精製されたアルブミン(例えば、BSA、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン、微量元素、あるいはこれらの均等物や誘導体などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法1をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(KSR)、神経細胞培養用血清代替物であるN2、B27などが挙げられる。本発明の方法1に用いられる培地には、好ましくはKSRが含まれる。

【0036】
また、培地は、基礎培地や血清代替物の構成成分又は別途添加される成分として、単離又は精製されたアルブミン(例、BSA)、脂肪酸又は脂質(化学的に決定されたものが好ましい)、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、還元剤(2-メルカプトエタノール、1-チオグリセロールなど)、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、添加物等を含有できる。例えば、還元剤として用いる2-メルカプトエタノール又は1-チオグリセロールは、胚性幹細胞の培養に適する濃度で使用される限り限定されないが、例えば約0.05~約1.0mM、好ましくは約0.1~約0.5mM、より好ましくは約0.2mMの濃度で使用できる。本発明の方法1に用いられる培地には、好ましくは単離又は精製されたアルブミン(例、BSA)及び化学的に決定された脂質が含まれる。アルブミン(例、BSA)の濃度は、例えば0.1mg/ml~100mg/ml、好ましくは1mg/ml~20mg/ml程度で使用できる。脂質として、例えば化学的に決定された脂質の市販品の濃度は、例えば0.1×~10×、好ましくは0.5×~5×程度で使用できる。

【0037】
本明細書において、「単離又は精製」とは、目的とする成分以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。目的とする成分がタンパク質である場合、「単離又は精製された」当該目的タンパク質の純度(総タンパク質重量に占める目的タンパク重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは実質的に100%である。

【0038】
本発明の方法1に用いる培地には、レチノイン酸受容体(RAR)アンタゴニストが含まれる。RARアンタゴニストとは、all-trans-RA(ATRA)又は9-cis-RAのRARへの結合を阻害することにより、RARの下流のシグナル伝達を抑制する化合物を意味する。RARには、サブタイプとしてRARα、RARβ及びRARγが包含される。本発明に用いられるRARアンタゴニストは、RARα、RARβ及びRARγからなる群から選択される少なくとも1つのRARへのall-trans-RA(ATRA)又は9-cis-RAの結合を阻害する活性(アンタゴニスト活性)を有し、単独で又は複数を組み合わせて利用できる。アンタゴニスト活性やRARサブタイプ選択性は、例えばIC50値やKi 値、細胞を用いたレポーターアッセイ(例えば、Chem. Biol. 2009 16 479-489)など公知の方法を用いて比較できる。

【0039】
本発明においては、多能性幹細胞から網膜前駆細胞、視細胞、及び網膜色素上皮細胞(以下「網膜前駆細胞等」と称する場合がある)への分化誘導効率を向上できる点で、少なくともRARαアンタゴニスト活性を有する化合物が好ましく用いられる。少なくともRARαアンタゴニスト活性を有する化合物には、例えば、RARαアンタゴニスト活性が有意に高い化合物、RARα及びRARβに対するアンタゴニスト活性を有する化合物、RARα及びRARγに対するアンタゴニスト活性を有する化合物、RARα、RARβ及びRARγ全てに対するアンタゴニスト活性を有する化合物(pan-RARアンタゴニスト)、及びこれらの組み合わせが含まれる。なかでも、RARの下流のシグナル伝達を効率よく抑制しうる点で、2以上のRARサブタイプに対するアンタゴニスト活性を有する化合物が好ましく、特にpan-RARアンタゴニストが好ましく用いられる。さらに、pan-RARアンタゴニストの中でも、アンタゴニスト活性がより高い化合物ほど、多能性幹細胞から網膜前駆細胞等への分化誘導をより効率よく促進できる。

【0040】
RARアンタゴニストとしては、例えば、AGN193109;AGN194310;ER27191;Ro415253;3-(4-メトキシ-フェニルスルファニル)-3-メチル酪酸;6-メトキシ-2,2-ジメチルチオクロマン-4-オン、2,2-ジメチル-4-オキソ-チオクロマン-6-イルトリフルオロメタンスルホネート;4-((2,2-ジメチル-4-オキソ-チオクロマン-6-イル)エチニル)安息香酸エチル;4-((2,2-ジメチル 1-4-トリフルオロメタンスルホニルオキシ-2(H)-チオクロメン-6-イル)エチニル)安息香酸エチル;チオクロメン-6-イル]エチニル]ベンゾエート(イル);p-[(E)-2-[3’4’-ジヒドロ-4,4’-ジメチル-7’-(ヘプチルオキシ)-2’H-1-ベンゾチオピラン-6’イル]プロペニル]安息香酸1’1’-ジオキシド;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-ブトキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-プロポキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-ペントキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-ヘキソキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-ヘプトキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4-n-オクトキシフェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;(2E,4E,6E)-7-[3-t-ブチル-5-(1-フェニルビニル)-フェニル]-3-メチル-オクタ2,4,6-トリエン酸;2E,4E,6E-[7-(3,5-ジ-t-ブチル-4{[4,5-3H2]-n-ペントキシ}フェニル)-3-メチル]-オクタ2,4,6-トリエン酸;(2E,4E)-(1RS,2RS)-5-[2-(3,5-ジ-tert.ブチル-2-エトキシフェニル)シクロプロピル]-3-メチル-ペンタ-2,4-ジエン酸エチルエステル:(2E,4E)-(1RS,2RS)-5-[2-(3,5-ジ-tert.ブチル-2-エトキシフェニル)シクロプロピル]-3-メチル-ペンタ-2,4-ジエン酸;(2E,4E)-(1RS,2RS)-5-[2-(3,5-ジ-tert.ブチル-2-ブトキシフェニル)シクロプロピル]-3-メチル-ペンタ-2,4-ジエン酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-エトキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-ブチルオキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;4-(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレンカルボキサミド)安息香酸;(2E,4E)-3-メチル-5-[(1R,2S)-2-(5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8-テトラヒドロ-ナフタレン-2-イル)シクロプロピル]ペンタ-2,4-ジエン酸;p-[(E)-2-[3’,4’-ジヒドロ-4’,4’-ジメチル-7’-(ヘプチルオキシ)-2’H-1-ベンゾチオピラン-6’-イル]プロペニル]安息香酸;1’,1’-ジオキシド,4-(7,7,10,10-テトラメチル-1-ピリジン-3-イルメチル-4,5,7,8,9,10-ヘキサヒドロ-1H-ナフト[2,3-g]インドール-3-イル)安息香酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-メトキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-エトキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-ヘキシルオキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;(2E,4E,6Z)-7-[3,5-ジ-tert.ブチル-2-オクチルオキシフェニル]-3-メチル-2,4,6-オクタトリエン酸;および(2E,4E)-(1RS,2RS)-5-[2-(3,5-ジ-tert.ブチル-2-ブトキシフェニル)シクロプロピル]-3-メチル-ペンタ-2,4-ジエン酸、(2E,4E,6Z)-7-(3-n-プロポキシ-5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチルナフタレン-2-イル)-3-メチルオクタ-2,4,6-トリエン酸;4-(5H-2,3(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)-5-n-プロピルジベンゾ [b,e][1,4]ジアゼピン-11-イル)安息香酸;4-(5H-2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)-5-メチル-8-ニトロジベンゾ [b,e][1,4]ジアゼピン-11-イル)安息香酸;4-{[4-(4-エチルフェニル)2,2-ジメチル-(2H)-チオクロメン-6-イル]エチニル}安息香酸;4-[4-2メチル-1,2-ジカルバ-クロソ(closo)-ドデカボラン-1-イル-フェニルカルバモイル]安息香酸;4-[4,5,7,8,9,10-ヘキサヒドロ-7,7,10,10-テトラメチル-1-(3-ピリジルメチル)アントラ[1,2-b]ピロール-3-イル]安息香酸;(3-ピリジルメチル)-(5-チアアントラ[2,1-b]ピロール-3-イル)安息香酸;および(3-ピリジルメチル)アントラ[2m1-d]ピラゾール-3-イル)安息香酸等を挙げることができるが、これらに限定されない。また、臨床応用されているRARアンタゴニストとして、BMS189453、BMS204493などが知られている。

【0041】
更なる局面において、RARアンタゴニストには、BMS493(4-[(1E)-2-[5,6-ジヒドロ-5,5-ジメチル-8-(2-フェニルエチニル)-2-ナフタレニル]エテニル]安息香酸)、ER50891(4-[5-[8-(1-メチルエチル)-4-フェニル-2-キノリニル]-1H-ピロロ-2-イル]安息香酸)、LE135(4-[(7,8,9,10-テトラヒドロ-5,7,7,10,10-ペンタメチル-5H-ベンゾ[e]ナフト[2,3-b][1,4]ジアゼピン)-13-イル]安息香酸)、MM11253(6-[2-(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)-1,3-ジチオラン-2-イル]-2-ナフタレンカルボン酸)が包含される。

【0042】
本発明においては、細胞移植治療への適用の観点から、特に臨床に利用可能な化合物が好ましく用いられる。本発明に用いられるRARアンタゴニストとしては、pan-RARアンタゴニストが好ましく、例えば、以下の構造を有するAGN193109及びBMS493などが入手可能である。BMS493は、RARα、β、γのいずれに対するアンタゴニスト活性もAGN193109より優れ、しかもRARαに対する結合阻害活性はAGN193109の約2倍程度であることが知られおり(Chemistry & Biology(2009)16,479-489の481頁など)、網膜前駆細胞への分化誘導効率もAGN193109より優れている。一方、AGN193109は、比較的低濃度で使用した場合にも網膜前駆細胞等の分化誘導効率向上に寄与する点で好ましい。

【0043】
【化1】
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【0044】
RARアンタゴニストの濃度は、多能性幹細胞の網膜前駆細胞への分化促進を達成可能であるような濃度である。かかる濃度は、通常約0.1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約10μM、より好ましくは約100nM~約5μMである。例えばAGN193109については、通常約0.1nM~約10μM、好ましくは約1nM~約1μM、より好ましくは約10~約500nMである。

【0045】
RARアンタゴニストの添加回数は、1回でもよく、複数回にわたり連続的に又は断続的に添加してもよい。RARアンタゴニストの中には、培地中の半減期が半日以下であるものも知られており、RARアンタゴニストの効果を持続させるためには複数回の添加が有効である場合が多い。本発明においては、1回の添加でも網膜前駆細胞やその後の分化細胞(視細胞や網膜色素上皮細胞)の誘導を向上する効果を奏するが、2回又はそれ以上の回数添加することでその効果をさらに向上しうる場合がある。また、分化誘導開始初期にRARアンタゴニストが存在していることが好ましく、例えば、分化誘導開始時の培地としてRARアンタゴニストを含む培地を用いることができる。複数回添加する場合の添加間のインターバルは、多能性幹細胞の網膜前駆細胞への分化促進を達成可能である限り特に限定されないが、通常1~3日である。

【0046】
RARアンタゴニストの効果を確保するため、或いは増強するため、培地はレチノイン酸類を実質的に含まないことが好ましい。レチノイン酸類とは、レチノイン酸、その誘導体であるレチノイド、これらの前駆体を意味する。「レチノイン酸類を実質的に含まない」とは、レチノイン酸類を含まないか、レチノイン酸類濃度が、RARアンタゴニスト共存下では、神経網膜以外の神経細胞(Sox1陽性細胞、及びその分化細胞)への誘導効果を奏しない程度の濃度であることをいう。レチノイン酸類を実質的に含まない培地中のレチノイン酸類濃度は、通常1nM未満、好ましくは10pM未満である。最も好ましくは、培地はレチノイン酸類を全く含まない。

【0047】
RARアンタゴニストの効果を確保するため、或いは増強するため、培地はB27を実質的に含まないことが好ましい。通常市販されているB27には、一定量のレチノイン酸類が含まれ、神経誘導効果を奏するからである。「B27を実質的に含まない」とは、、B27(レチノイン酸類が除かれた製品を含む)を含まないか、B27の含有量が、神経誘導効果を奏しない程度の量であることをいう。最も好ましくは、培地はB27を全く含まない。

【0048】
網膜前駆細胞への分化効率を向上・安定化させるため、培養に用いる培地は、Nodalシグナル阻害剤及びWntシグナル阻害剤からなる群から選択されるいずれかの阻害剤、好ましくは双方の阻害剤を含んでいてもよい(WO2008/087917参照)。Nodalシグナル阻害剤とWntシグナル阻害剤の併用により、優れた分化効率向上効果が期待できる。

【0049】
Nodalシグナル阻害剤は、Nodalにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Nodalシグナル阻害剤としては、例えば、Lefty-A、Lefty-B、Lefty-1、Lefty-2、可溶型Nodal受容体、Nodal抗体、Nodal受容体阻害剤、SB-431542が挙げられる。Nodalシグナル阻害剤は、分化効率の安定性及び取扱性の点で、好ましくはLefty-A、SB-431542、より好ましくはSB-431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド又はその水和物)である。Nodalシグナル阻害剤は、多能性幹細胞の網膜前駆細胞への分化促進を達成可能であるような濃度で用いられる。

【0050】
Wntシグナル阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Wntシグナル阻害剤としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白、CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロ-イソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-{4-(2,3-ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン-6-イル)-5-ピリジン-2-イル-1H-イミイダゾール-2-イル}ベンズアミド)が挙げられる。Wntシグナル阻害剤は、分化効率の安定性及び取扱性の点で、好ましくはDkk1、CKI-7、より好ましくはCKI-7である。Wntシグナル阻害剤は、多能性幹細胞の網膜前駆細胞への分化促進を達成可能であるような濃度で用いられる。

【0051】
一態様において、多能性幹細胞の浮遊培養は、Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤の非存在下で行われる。RARアンタゴニストにより、網膜前駆細胞への分化が強力に促進されるので、Nodalシグナル阻害剤やWntシグナル阻害剤を添加しなくても、高い効率で網膜前駆細胞への分化が誘導される。

【0052】
一態様において、網膜前駆細胞への分化効率を向上・安定化させるため、或いは細胞死を抑制するために、培養に用いる培地は、ROCK(p160-Rho-associated coiled-coil kinase)阻害剤を含んでいてもよい。ROCK阻害剤は、細胞の分散の際に非常に強力な細胞死抑制作用を示す物質であり、例えば、Y-27632((R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・HO)、Fasudil(HA-1077)、Thiazovivinなどが知られている。ROCK阻害剤の濃度は、通常、約50nM~約10μMである。

【0053】
網膜前駆細胞への分化を促進する目的で、浮遊培養に用いる培地中にアクチビン(例えばアクチビンA)を添加してもよい(WO2008/087917参照)。浮遊培養に用いられるアクチビンの濃度は、網膜前駆細胞をより効率的に産生できる濃度であり得る。

【0054】
一態様において、浮遊培養で用いられる培地は、RARアンタゴニストに加えて、Nodalシグナル阻害剤(好ましくはLefty-A又はSB-431542)及びWntシグナル阻害剤(好ましくはDkk1又はCKI-7)の組み合わせを含む。

【0055】
一態様において、培地は、細胞外マトリクスを含む。本発明の方法1においては、細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞を培養すると、網膜前駆細胞の産生時期が早くなる傾向にあり、網膜前駆細胞の製造期間を短縮できる。従って、その後さらに分化誘導して得られる網膜前駆細胞に由来する細胞を取得するための培養期間をも短縮することができるという点で有利である。また、細胞外マトリクスを併用することにより、後述するRARアンタゴニストによる効果、すなわち、多能性幹細胞から分化誘導される過程で、多数の網膜前駆細胞を含む厚い層構造が形成され、その形態が、生体内における網膜細胞の分化誘導と類似の形態的特徴を有するために網膜前駆細胞へ誘導する効果をさらに増幅することができる。このように、細胞外マトリクスを含む培地を用いて本発明の方法1により網膜前駆細胞が産生される環境が、神経網膜を分化誘導する場として好適であるため、生体内の神経網膜にみられる細胞、特に細胞数の多い視細胞(より好ましくは桿体視細胞)の製造に特に有用である。また、網膜前駆細胞が多量に産生される結果、その後に分化誘導される網膜色素上皮細胞の産生量も向上する利点もある。

【0056】
細胞外マトリクスとしては、コラーゲン、エラスチン等の線維性タンパク質;ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸等のグルコサミノグリカンやプロテオグリカン;フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン等の細胞接着性タンパク質;エンタクチン、これらの混合物等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。なかでも、細胞外マトリクスとしては、基底膜を構成する成分が好ましく、例えば、ラミニン、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン又はニドジェン1を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。特に、ラミニン、エンタクチンが好ましい。また、これらの細胞外マトリクスとその他の成分を含む市販品を用いることもでき、例えば、マトリゲル(登録商標)(Becton, Dickinson and Company)は、ラミニン、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン及びニドジェン1を含む好適な細胞外マトリクス組成物として市販されている。

【0057】
細胞外マトリクスは、網膜前駆細胞の産生時期が早くなる効果を奏するような濃度で、培地へ添加される。

【0058】
細胞外マトリクスは、多能性幹細胞の培養開始当初から既に培地に添加されていてもよいが、浮遊培養開始から数日後(例えば、培養10日以内の時期)に培地に添加してもよい。細胞外マトリクスは、好ましくは培養5日以内の時期に、より好ましくは浮遊培養開始当初から培地に含まれる。

【0059】
多能性幹細胞を浮遊培養する場合、浮遊培養で用いられる培養器は、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されないが、培養器は細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていないものを使用できる。

【0060】
多能性幹細胞を接着培養する場合、細胞接着性の培養器、例えば、細胞外マトリックス等によりコーティング処理された培養器を使用することが好ましい。

【0061】
培養における培養温度、CO濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。また、CO濃度は、例えば約1~約10%、好ましくは約5%である。

【0062】
培養の期間は、網膜前駆細胞を効率的に産生できる長さであり得る。多能性幹細胞の培養開始から網膜前駆細胞が産生されるまでの期間の長さは動物種や分化誘導法等によって異なり、マウス細胞の場合は、例えば6日~20日、好ましくは9日~16日程度、ヒト細胞の場合は、例えば20日~40日、好ましくは25日~35日程度である。網膜前駆細胞の産生は、Rx陽性細胞の出現を指標として確認することができる。例えば、SFEB/DLFA法を用いて、マウスES細胞から培養9日目にRx陽性細胞を15%含む細胞集団として得ることができる(Nature Biotechnology 26,101-106,2008の215頁など)。

【0063】
培養終了後、培養物から網膜前駆細胞を単離してもよい。この単離は上述の網膜前駆細胞のマーカー(Rxなど)に対する抗体等を用いて、自体公知の方法(セルソーター等)により行うことができる。一方、十分量の網膜前駆細胞が産生されていれば、培養物から網膜前駆細胞を単離することなく、続けて視細胞や網膜色素上皮細胞へ分化誘導することができる。ここで、十分量の網膜前駆細胞とは、培養物中のRx陽性細胞が例えば10%以上、好ましくは20%以上である細胞集団を意味している。

【0064】
本発明の方法1により得られる培養物中には高頻度(含有量)に網膜前駆細胞が含まれる。本発明の方法1により得られる細胞は、高頻度、例えば5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、更に好ましくは30%以上、より更に好ましくは40%以上の頻度(コロニー頻度)でRx陽性(網膜前駆細胞のマーカー)である。

【0065】
本発明の方法1においては、培養物中に含まれる細胞における網膜前駆細胞マーカー(例、Rx)の発現をモニターしながら、培養を行ってもよい。例えば、培養物から、一部の細胞を単離し、フローサイトメーター、免疫組織学的染色等により、該細胞における網膜前駆細胞マーカー陽性細胞の割合を測定する。そして、網膜前駆細胞マーカー陽性細胞の割合が十分に高くなった段階(例えば5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、更に好ましくは30%以上、より更に好ましくは40%以上)で、培養物を回収することにより、高頻度(含有量)に網膜前駆細胞を含む培養物を得ることができる。

【0066】
本発明の方法1によれば、網膜前駆細胞を高い効率で製造することが可能となる。多能性幹細胞をRARアンタゴニスト存在下で培養すると、非存在下で培養した時と比較してSox1、goosecoidの発現抑制がみられた。このことから、理論には拘束されないが、RARアンタゴニストは、多能性幹細胞の分化誘導過程において、神経細胞への分化を抑制し、網膜前駆細胞への分化を促進するため、網膜前駆細胞を高濃度に含む細胞集団が得られたと考えられる。さらに、その後の分化誘導により、網膜前駆細胞に由来する細胞も効率よく得ることができる。このように、本発明の方法1は、公知の分化誘導法にRARアンタゴニストを添加するという簡易な方法で目的の細胞の収率を向上できるため、公知の方法と容易に組み合わせることができ、極めて有用である。

【0067】
本発明の方法1によると、網膜前駆細胞は、多能性幹細胞から分化誘導される過程で層構造を形成する。このような層構造は、生体内における網膜細胞の発生過程と類似の形態的特徴を示すことから、本発明の方法1は、網膜前駆細胞の誘導に適した「場」の形成を促し、形態的な側面からも網膜前駆細胞の産生増加への寄与があるものと推察される。細胞外マトリクスを併用した場合には、網膜前駆細胞の産生がより向上し、網膜前駆細胞がより厚い層構造を形成しうるためか、網膜前駆細胞がより早期に産生され、分化誘導期間を短縮する効果を奏する。細胞外マトリクスとKSRを併用すると、網膜前駆細胞の増殖と分化誘導時期の短縮の効果がより促進されるため好ましい。網膜前駆細胞が形成するこのような層構造は、また、生体内における神経網膜の発生過程と類似の形態的特徴を示すため、生体内の神経網膜にみられる細胞、特に神経網膜に占める細胞数の多い視細胞(より好ましくは桿体視細胞)への分化誘導に適している。例えば、下記に詳述する更なる培養に付すことにより、桿体視細胞を高効率で得ることが出来る。また、本発明の方法1により得られた網膜前駆細胞を公知の視細胞又はその前駆体分化条件下で培養することにより、視細胞及びその前駆細胞を得ることができる。本発明の方法1により得られる培養物中には、高頻度(含有量)に網膜前駆細胞が含まれるので、ソーティング等により網膜前駆細胞を単離することなく、当該培養物から視細胞やその前駆細胞を高い効率で誘導することができる。また、細胞外マトリクスを併用した方法により網膜前駆細胞が形成する層構造には、網膜色素上皮細胞の細胞集団も同時に形成されることが知られており(Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6)、当該方法は、網膜色素上皮細胞を効率よく産生する方法としても有用である。

【0068】
(3.網膜細胞の製造)
本発明は、
(a)上記本発明の方法1により網膜前駆細胞を得ること、及び
(b)得られた網膜前駆細胞を含む培養物を、レチノイン酸受容体アンタゴニストを実質的に含まない培地中で培養して網膜前駆細胞に由来する細胞を得ること
を含む、網膜細胞の製造方法を提供するものである(本発明の方法2)。本発明の方法1により得られた網膜前駆細胞を、さらに目的の細胞へ分化させるために適した公知の条件で培養することにより、網膜細胞を製造することができる。網膜細胞としては上記2の項に記載したものを挙げることができる。本発明の方法2は、上記本発明の方法1と、網膜前駆細胞から所定の網膜細胞へ分化誘導する公知の方法とを組み合わせることにより実施することができる。

【0069】
工程(b)に用いられる網膜前駆細胞は単離されていてもよい。本明細書において「単離された」とは、目的とする細胞の純度(割合)を、処理しない場合と比較して増加させるような操作がなされていることを意味する。単離された細胞の純度(全細胞における目的とする細胞の割合)は、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上(例えば100%)である。

【0070】
網膜前駆細胞の単離は、上述の網膜前駆細胞のマーカーに対する抗体等を用いて、自体公知の方法(セルソーター等)により行うことができる。

【0071】
尚、上記本発明の方法1により得られる培養物中には、高頻度(含有量)に網膜前駆細胞が含まれる。そのため、一態様において、ソーティング等により網膜前駆細胞を単離することなく、上記方法1により得られる網膜前駆細胞を含む細胞集団を、そのまま本発明の方法2の工程(b)に付すこともできる。

【0072】
工程(b)において、網膜前駆細胞を含む培養物は、RARアンタゴニストを実質的に含まない培地中で更に培養される。「実質的に含まない」とは、RARアンタゴニスト濃度が、そのRARアンタゴニスト活性(all-trans-RA(ATRA)又は9-cis-RAのRARへの結合を阻害することにより、RARの下流のシグナル伝達を抑制する活性)を発揮しない程度に十分に低いことを意味する。好ましい態様において、更なる培養に用いる培地は、RARアンタゴニストを含まない。

【0073】
工程(b)の培養で用いられる培地の基礎培地としては、本発明の方法1で例示した基礎培地と同様のものを利用することができ、上記本発明の方法1で用いる培地と同一であってもよく、異なっていてもよい。なかでも、NeuroBasal medium、NeuroBasal-A mediumなどの神経細胞用培地、特にNeuroBasal mediumが好ましく用いられる。

【0074】
工程(b)の培養においては、無血清培地又は血清を含む培地のいずれを用いてもよい。上記2の項において記載したのと同様の理由により、無血清培地が好ましく用いられる。

【0075】
工程(b)の培養において用いられる無血清培地は、例えば、血清代替物を含有するものであり得る。このような血清代替物として上記2の項に例示したものを利用できる。分化誘導する目的の細胞の種類に応じて、血清代替物を選択することもできる。なかでも神経培養用血清代替物、好ましくはB27などを利用できる。神経細胞培養用血清代替物を用いることにより、視細胞、網膜色素上皮細胞への分化誘導を促進することができる。

【0076】
工程(b)の培養で用いられる培地は、FGFを含んでいてもよい。FGFとしては、aFGF、bFGF等を挙げることができる。好ましくはbFGFが用いられる。FGFの濃度は、細胞増殖を促進し得る限り限定されないが、かかる濃度は、例えば約0.1~約1000ng/ml、好ましくは約1~約500ng/ml、より好ましくは約5~約50ng/mlである。網膜前駆細胞の産生が認められた後にFGFを添加すると、網膜前駆細胞を高い比率で含む細胞集団の全体的な細胞数を増加させることができる点で有利である。さらに、結果として、網膜前駆細胞の細胞を効率よく増殖させることもできる。網膜前駆細胞が産生される前にFGFを添加すると、網膜前駆細胞の含有率が低い細胞集団全体を増殖させる結果、網膜前駆細胞以外の不要な細胞が増殖され、網膜前駆細胞の収率は向上しにくい傾向にある。

【0077】
FGFを添加する期間は、一時的でもよく、培養期間中添加し続けてもよい。本発明においては、工程(a)において得られた網膜前駆細胞を、FGFを含む培地中で一旦培養し(以下、このFGFを含む培地中での培養をつなぎ培養と称する)、つなぎ培養で得られた細胞を、上述のRARアンタゴニストを含有しない培地中で更に培養すると、網膜前駆細胞に由来する目的の細胞の収率を向上することができる点で有利である。この際、目的の細胞の産生に適した組成の培地を用いることができ、例えば、ガンマセクレターゼ阻害剤を培地に添加することにより、視細胞、特に桿体視細胞を効率よく製造することができる。

【0078】
つなぎ培養の期間は、網膜前駆細胞に由来する目的の細胞への分化を促進し得る限り限定されないが、例えば1~10日間、好ましくは2~4日間、より好ましくは3日間である。

【0079】
つなぎ培養は、浮遊培養、接着培養のいずれであってもよいが、好ましくは浮遊培養である。

【0080】
つなぎ培養のその他の培養条件は、上記又は下記の工程(b)における更なる培養と同一である。

【0081】
また、工程(b)の培養で用いられる培地は、上記本発明の方法1と同様、アルブミン(例、BSA)、脂肪酸又は脂質(化学的に決定されたものが好ましい)等の添加物を含有できる。

【0082】
工程(b)の培養においては、網膜前駆細胞を含む培養物が、浮遊培養されるか、或いは接着条件下で培養される。浮遊培養及び接着培養の培養条件は、培地の成分を除き、上記本発明の方法1と同様である。

【0083】
(3-1.視細胞(桿体視細胞又は錐体視細胞)、網膜色素上皮細胞及びこれらの前駆細胞の製造)
本発明は、前記本発明の方法2の一態様として、上記本発明の方法1により得られた網膜前駆細胞を、RARアンタゴニストを実質的に含まない培地中で培養して、視細胞(桿体視細胞又は錐体視細胞)、網膜色素上皮細胞又はこれらの前駆細胞、特に桿体視細胞を得ることを含む、視細胞(桿体視細胞又は錐体視細胞)、網膜色素上皮細胞又はこれらの前駆細胞の製造方法を提供するものである。多能性幹細胞や網膜前駆細胞から、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、網膜色素上皮細胞及びこれらの前駆細胞を分化誘導する公知の方法としては、例えば、WO2001/088100、WO2008/087917、Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6などが知られている。本態様の方法は、上記本発明の方法1と、これら公知の方法とを組み合わせることにより、実施することができる。例えば、前記公知の方法において、多能性幹細胞から網膜前駆細胞が産生されるまでに用いる培地に、RARアンタゴニストを添加する方法等が挙げられる。とりわけ、本発明の方法1において、細胞外マトリクスの存在下で多能性幹細胞から誘導された網膜前駆細胞は、視細胞(好ましくは、桿体視細胞)へ早期に分化する能力を有するため、視細胞(好ましくは、桿体視細胞)の製造に有利である。

【0084】
一態様において、工程(b)に用いる培地には、Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤が含まれる(WO2008/987917)。これらの阻害剤は、工程(b)において網膜色素細胞又は視細胞を製造する際に好ましく用いられる。

【0085】
工程(b)において網膜色素細胞を製造する場合、工程(a)において得られた網膜前駆細胞を含む培養物を、網膜色素細胞誘導条件下、レチノイン酸受容体アンタゴニストを実質的に含有しない培地中で更に培養しすることにより、網膜色素細胞への分化を誘導する。

【0086】
工程(b)において視細胞(特に桿体視細胞)を製造する場合、工程(a)において得られた網膜前駆細胞を含む培養物を、視細胞(特に桿体視細胞)誘導条件下レチノイン酸受容体アンタゴニストを実質的に含有しない培地中で更に培養することにより、網膜前駆細胞から視細胞(特に桿体視細胞)への分化を誘導する。

【0087】
一態様において、工程(b)に用いる培地には、ガンマセクレターゼ阻害剤が含まれる。ガンマセクレターゼ阻害剤としては、例えば、N-[N-(3,5-ジフルオロフェンアセチル)-L-アラニル]-S-フェニルグリシン t-ブチルエステル(DAPT)を挙げることが出来る。

【0088】
工程(b)に用いられる培地中のガンマセクレターゼ阻害剤の濃度は、網膜前駆細胞から目的とする細胞(例、視細胞(好ましくは、桿体視細胞))への分化を促進し得る濃度であり得る。ガンマセクレターゼ阻害剤としてDAPTを用いる場合、かかる濃度は、例えば約0.1~約1000μM、好ましくは約1~約100μM、より好ましくは約30~約50μMである。

【0089】
ガンマセクレターゼ阻害剤は、更なる培養の開始時に既に培地に添加されていてもよく、或いは更なる培養開始から数日後(例えば、培養10日以内の時期)に培養物中に添加されてもよい。好ましくは、ガンマセクレターゼ阻害剤は、更なる培養開始から5日以内、より好ましくは3日以内の時期に培地に添加される。

【0090】
視細胞の中でも、特に桿体視細胞への分化を促進するため、更なる培養は、上記以外に、IGF-1、タウリン及びレチノイン酸からなる群から選択される少なくとも1つ(例えば2つ、好ましくは3つ)の因子を含む培地中で行ってもよい。

【0091】
一態様において、工程(b)は、FGF(aFGF、bFGF等)、shhシグナル促進剤(shh等)、レチノイン酸及びタウリンからなる群から選択される少なくとも1つ(例えば2つ、好ましくは3つ、より好ましくは4つ、最も好ましくは5つ)の因子を含む培地中で行われることが好ましい。本態様は、視細胞又はその前駆体の製造に有利である。特に、霊長類の視細胞又はその前駆体の製造においては、レチノイン酸及び/又はタウリンを含む培地中で培養が行われることが好ましい(WO2008/987917)。これらの因子の複数を併用することにより、さらに著しい効果が期待できる。

【0092】
視細胞又はその前駆体への分化を促進するため、更なる培養は、血清代替物(N2等)を含む培地中で行われることが好ましい。

【0093】
一態様において、更なる培養に用いる培地には、Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤が含まれる(WO2008/987917)。Nodalシグナル阻害剤及び/又はWntシグナル阻害剤としては、上述のものを挙げることができる。本態様は、視細胞又は網膜色素上皮細胞の製造に有利である。

【0094】
分化誘導期間は、目的とする細胞(例、視細胞(好ましくは、桿体視細胞))を効率的に産生できる長さであり得る。かかる期間の長さは、多能性幹細胞の分化誘導開始時から起算して、マウス細胞の場合は例えば約20日間以上、好ましくは約30~約50日間、ヒト細胞の場合は例えば60日以上、好ましくは約90~約150日間であり得る。

【0095】
網膜前駆細胞に由来する細胞の製造方法には、一種類の細胞に適した分化誘導法を適用した場合も、同時に複数種類の網膜細胞が誘導される場合も包含される。用途によってはこのような2種以上の細胞集団として製造されることが好ましい。例えば、Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6は、視細胞を立体的に培養しうる方法を報告されている。当該方法は、ガンマセクレターゼ阻害剤を使用するなど、視細胞の分化誘導に適した条件が用いられているが、同時に網膜色素上皮細胞の産生も認められ、両者は、生体内にあるときと同様の配置を有して産生されている。網膜色素上皮細胞と視細胞は、同時に移植すると治療効果がより向上することが期待されている組み合わせであることから、上記の方法はこれら2種の細胞を同時に得る方法としても有用である。本発明は、上記のような方法にも組み合わせることにより、網膜前駆細胞の産生を向上させ、結果として、視細胞と網膜色素上皮細胞など、網膜前駆細胞に由来する複数の細胞を同時に製造することができる。

【0096】
(3-2.水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、ミューラーグリア細胞、及びこれらの前駆細胞の製造)
本発明は、前記方法2の他の態様として、上記本発明の方法1により得られた網膜前駆細胞を、RARアンタゴニストを含まない培地中で培養して、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、ミューラーグリア細胞、又はこれらの前駆細胞を得る方法を提供するものである。多能性幹細胞から、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞、ミューラーグリア細胞を分化誘導する方法は、公知の方法を用いることができ、例えば、前記公知の方法において、多能性幹細胞から網膜前駆細胞が産生されるまでに用いる培地に、RARアンタゴニストを添加する方法が挙げられる。

【0097】
(4.細胞培養物、及び医薬としての使用)
本発明はまた、本発明の方法により得られる細胞培養物を提供する。本発明の細胞培養物は、例えば、多能性幹細胞の浮遊凝集体、浮遊凝集体を分散処理した細胞、分散処理細胞の培養により得られる細胞などであり得る。また、本発明は、かかる細胞培養物より被検体に投与し得る程度に単離・精製された均質な細胞、例えば、網膜前駆細胞、桿体視細胞、神経網膜前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞、視細胞前駆体、錐体視細胞を提供する。

【0098】
本発明の方法により得られた細胞は、加齢性黄斑変性症、網膜色素変性症、糖尿病性網膜症、及び網膜剥離のような網膜疾患の治療薬、又はその他の原因による網膜細胞損傷状態において当該細胞を補充するためなどに用いることができる。

【0099】
また、本発明の方法により得られた細胞を、網膜疾患の治療薬として用いる場合、当該細胞の純度を高めた後に被検体に移植することが好ましい。

【0100】
細胞の純度を高める方法は、公知となっている細胞分離精製の方法であればいずれも用いることができるが、例えば、フローサイトメーターを用いる方法(例えば、Antibodies- A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory (1988)、Monoclonal Antibodies: principles and practice, Third Edition, Acad. Press (1993)、Int. Immunol., 10, 275 (1998)参照)、パニング法(例えば、Monoclonal Antibodies: principles and practice, Third Edition, Acad. Press (1993)、Antibody Engineering, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1996)、J. Immunol., 141, 2797 (1988)参照)、ショ糖濃度の密度差を利用する細胞分画法(例えば、組織培養の技術(第三版),朝倉書店(1996)参照)が挙げられる。

【0101】
また、移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、患者の体細胞の核を核移植した胚性幹細胞、又は染色体上の遺伝子を改変した胚性幹細胞や、患者の体細胞から誘導した誘導性多能性幹細胞を用いることで当該問題を克服できる。

【0102】
また、体細胞の核を核移植した胚性幹細胞を用いて分化誘導することで、多能性細胞を提供した個体の網膜前駆細胞や、該網膜前駆細胞から更に分化した細胞(例えば、視細胞)を得ることができる。このような個体の細胞は、その細胞自身が移植医療として有効のみならず、既存の薬物がその個体に有効か否かを判断する診断材料としても有用である。

【0103】
多能性幹細胞から分化誘導された網膜前駆細胞や、該網膜前駆細胞から更に分化した桿体視細胞は、自体公知の方法により、患者の疾患部位に移植できる(例えば、Arch Ophthalmol. 122, 1159-1165 (2004)参照)。

【0104】
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。

【0105】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0106】
〔実施例1〕
(細胞)
Rx遺伝子のプロモーター制御下でGFP遺伝子を発現するマウスES細胞(Rx-GFPマウスES細胞)(Proc Natl Acad Sci U S A. 105:11796-11801, 2008)を用いた。
【実施例】
【0107】
(細胞培養)
上記細胞を0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、100ng/ml Dkk1、500ng/ml Lefty-Aを含有するマウスES分化培地(G-MEM,5% knockout serum replacement(KSR;GIBCO),0.1 mM nonessential amino acids,1mM pyruvate 及び 0.1mM 2-メルカプトエタノール)に、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals, A427000)を添加した培地で懸濁した後、30000個/wellずつ低細胞接着96wellマルチウェルプレート(LIPIDURE-COAT PLATE A-U96: 日油, 51011610)に播種した。5日目までAGN193109を含む以外は、Osakadaら(Nat. Biotechnology, 26:215-24, 2008)の培養方法に準じて浮遊培養をおこない、培養開始から7日後、9日後及び11日後にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率はそれぞれ3.6%、8.4%、8.3%であった。
【実施例】
【0108】
〔実施例2〕
実施例1において、DKK1及びLefty-Aの添加をなくしたところ、培養開始から7日後、9日後及び11日後のGFP陽性細胞の比率はそれぞれ3.7%、8.4%、8.9%であり、実施例1におけるGFP陽性細胞の比率とほとんど変わらなかった。
この結果から、RARアンタゴニストを添加した場合には、Wntシグナル阻害剤及びNodalシグナル阻害剤非存在下でも網膜前駆細胞を効率的に誘導できることが示唆された。
【実施例】
【0109】
〔比較例1〕
実施例2において、AGN193109の添加をなくしたところ、培養開始から7日後、9日後及び11日後のGFP陽性細胞の比率はそれぞれ0.9%、1.1%、0.8%であった。
【実施例】
【0110】
〔実施例3〕
(細胞培養)
実施例2において、細胞を懸濁する培地を5mg/ml BSA(Sigma,A4503)、1x Chemically defined lipid concentrates (Invitrogen,11905)、100 unit/ml Penicillin-100μg/ml Streptomycin(Sigma,P0781)、450μM 1-Thioglycerol(Sigma,M6145)、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals,A427000)を含むIscove’s modified Dulbecco’s Medium(Sigma,I3390)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地に変更して細胞播種をおこない、37℃、5%COインキュベーター内で9日間培養をおこなった後、FACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は22.5%であった。
【実施例】
【0111】
〔実施例4〕
実施例3において、Iscove’s modified Dulbecco’s Medium(Sigma,I3390)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地に代えてNeuroBasal(Invitrogen,21103)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地を用いた点以外は実施例3と同様の方法で9日間培養をおこなった後、FACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は12.9%であった。
【実施例】
【0112】
〔実施例5〕
実施例3において、Iscove’s modified Dulbecco’s Medium(Sigma,I3390)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地に代えてNeuroBasal(Invitrogen,21103)を用いた点以外は実施例3と同様の方法で9日間培養をおこなった後、FACSCantoII(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は35.1%であった。
【実施例】
【0113】
〔実施例6〕
実施例3において、Iscove’s modified Dulbecco’s Medium(Sigma,I3390)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地に代えてGMEM(Sigma,51492C)を用いた点以外は実施例3と同様の方法で9日間培養をおこなった後、FACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は10.0%であった。
【実施例】
【0114】
〔実施例7〕
実施例5において、AGN193109を添加した培地と、添加しなかった培地を用いて、それぞれ実施例5と同様の方法で培養をおこない、FACSCanto II(BD)で解析をおこなった。以下に、培養日数ごとのGFP陽性細胞の比率を示す。またグラフを図1に示す。この結果、RARアンタゴニストを添加したことにより、網膜前駆細胞が誘導される時期が早くなり、しかも網膜前駆細胞の比率が高くなる傾向が見られた。
【実施例】
【0115】
【表1】
JP2012173207A1_000003t.gif
【実施例】
【0116】
〔実施例8〕
(細胞)
Proceedings of the Japan Academy. Series B, Physical and biological sciences 85:348-362, 2009に記載の方法に準じて、センダイウイルス(DNAVEC)を用いて、Nrl遺伝子のプロモーター制御下でGFP遺伝子を発現するNrl-GFPトランスジェニックマウス(Cell Transplantation 16:493-503, 2007)由来の線維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc遺伝子を導入する方法で樹立したマウスiPS細胞(Nrl-GFPマウスiPS細胞)を用いた。
【実施例】
【0117】
(細胞培養)
上記細胞を0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、5mg/ml BSA(Sigma,A4503)、1x Chemically defined lipid concentrates (Invitrogen,11905)、100 unit/ml Penicillin-100μg/ml Streptomycin(Sigma,P0781)、450μM 1-Thioglycerol(Sigma,M6145)、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals,A427000)を含むNeuroBasal(Invitrogen,21103)培地で懸濁した後、30000個/wellずつ低細胞接着96wellマルチウェルプレート(LIPIDURE-COAT PLATE A-U96: 日油, 51011610)に播種した。5日目までAGN193109を含む以外は、Osakadaら(Nat. Biotechnology, 26:215-24, 2008)の培養方法に準じて浮遊培養をおこなった。培養9日目に同培地で全量培地交換をおこない、1xB27 (Invitrogen,10889-038)、100 unit/ml Penicillin-100ug/ml Streptomycin(Sigma,P0781)及び10uM DAPT(Wako,041-30983)を含むNeurobasal-A培地(Invitrogen,10888-022)を用いて培養を行った。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は31.7%であった。
また、培養開始から13日目~15日目に培養物を顕微鏡下で観察したところ、茶色~黒色の着色細胞の産生がみとめられた。このことから、本製造法において桿体視細胞のみならず、網膜色素上皮細胞も製造されることが確認された。
【実施例】
【0118】
〔実施例9〕
実施例8において、培養9日目に全量培地交換をした培地を構成するNeurobasal-A培地に代えて、NeuroBasal(Invitrogen,21103)を用いた点以外は実施例8と同様の方法で培養を行った。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は30.4%であった。
【実施例】
【0119】
培養開始から30日目に、抗ロドプシン抗体(Chemicon,CA,mouse anti-rhodopsin)及び抗リカバリン抗体(Chemicon,CA,rabbit anti-recoverin)を用いた免疫染色により、ロドプシン及びリカバリンを発現する細胞を検出できる。
【実施例】
【0120】
〔実施例10〕
実施例8において、培養9日目に全量培地交換をした培地を構成するNeurobasal-A培地に代えて、NeuroBasal(Invitrogen,21103)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地を用いた点以外は実施例8と同様の方法で培養を行った。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は14.8%であった。
【実施例】
【0121】
〔実施例11〕
実施例8において、培養9日目に全量培地交換をした培地を構成するNeurobasal-A培地に代えて、DMEM-HG(Sigma,D5796)及びF12-Ham(Sigma,N4888)の1:1混合培地を用いた以外は実施例8と同様の方法で培養を行った。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は9.6%であった。
【実施例】
【0122】
〔実施例12〕
実施例8において、培養9日目に全量培地交換をした培地を構成するNeurobasal-A培地に代えて、OPTI-MEMを用いた以外は実施例8と同様の方法で培養を行った。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は10.7%であった。
【実施例】
【0123】
〔実施例13〕
実施例8におけるNrl-GFPマウスiPS細胞を用いた。同細胞を0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、5mg/ml BSA(Sigma,A4503)、1x Chemically defined lipid concentrates (Invitrogen,11905)、100 unit/ml Penicillin-100μg/ml Streptomycin(Sigma,P0781)、450μM 1-Thioglycerol(Sigma,M6145)、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals,A427000)を含むNeurobasal-A培地(Invitrogen,10888-022)で懸濁した後、30000個/wellずつ低細胞接着96wellマルチウェルプレート(LIPIDURE-COAT PLATE A-U96: 日油, 51011610)に播種した。
【実施例】
【0124】
培養9日目に同培地で全量培地交換をおこない、さらに13日目に1xB27 (Invitrogen,10889-038)、100 unit/ml Penicillin-100μg/ml Streptomycin (Sigma,P0781)及び10ng/ml basic FGF(Wako,060-04543)を含むNeurobasal-A培地(Invitrogen,10888-022)に培地交換を行い、その3日後から3日毎に1xB27 (Invitrogen,10889-038)、100 unit/ml Penicillin-100μg/ml Streptomycin(Sigma,P0781)及び10μM DAPT(Wako,041-30983)を含むNeurobasal-A培地(Invitrogen,10888-022)に全量培地交換をおこなった。培養開始から30日目にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は45.9%であった。このことから、網膜前駆細胞が生成された後の一定期間をbFGF存在下で培養することにより、Nrl陽性細胞の収率が向上することが示された。
【実施例】
【0125】
〔実施例14〕
実施例8において、培養開始から9日目に、細胞を一部採取し、0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、氷冷メタノールで10分間固定をおこなった後、ウサギ抗Rx抗体 (abcam, ab23340)を添加して氷上1時間で静置し、PBS(-)で2回洗浄をおこなう。さらに、PE結合ヤギ抗ウサギ抗体 (BD, 732752)を添加して氷上1時間で静置し、PBS(-)で3回洗浄をおこなった後、FACSCanto II(BD)でGFP陽性細胞解析をおこなうことにより、Rx陽性細胞を指標として網膜前駆細胞の比率を求めることができる。
【実施例】
【0126】
〔実施例15〕
実施例1で用いたのと同様のRx-GFPマウスES細胞を、0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、マウスES分化培地(G-MEM,5% knockout serum replacement(KSR;GIBCO),0.1 mM nonessential amino acids,1mM pyruvate 及び 0.1mM 2-メルカプトエタノール)に、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals, A427000)を添加した培地、又はAGN193109を添加しない培地へ懸濁した後、3000個/wellずつ低細胞接着96wellマルチウェルプレート(LIPIDURE-COAT PLATE A-U96: 日油, 51011610)に播種し、培養を開始して1日後に最終濃度2%(v/v)マトリゲルを添加した以外は、Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6.に記載の方法に準じて浮遊培養をおこなった。その結果、培養開始から5日後の時点で、Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6.のLive imaging of optic-cup formationの項に記載された方法に従って、細胞を生きたまま顕微鏡下で観察したところ、AGN193109を添加しない培地で培養した細胞集団は、ごく少数のGFP陽性細胞が観察されたのに対し、AGN193109を添加した培地で培養した細胞集団は、非常に多くのGFP陽性細胞が観察された。このことから、AGN193109の添加により、Rx陽性細胞の産生時期が早まったことが示された。
【実施例】
【0127】
〔実施例16〕
実施例1で用いたのと同様のRx-GFPマウスES細胞を、0.25%トリプシン-1mM EDTAで解離し、マウスES分化培地(G-MEM,5% knockout serum replacement(KSR;GIBCO),0.1 mM nonessential amino acids,1mM pyruvate及び0.1mM 2-メルカプトエタノール)に、100nM AGN193109(Toronto Research Chemicals, A427000)を添加した培地へ懸濁した後、3000個/wellずつ低細胞接着96wellマルチウェルプレート(LIPIDURE-COAT PLATE A-U96: 日油, 51011610)に播種し、培養を開始して1日後に最終濃度2%(v/v)マトリゲルを添加した。培養開始から6日後にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、100nM AGN193109を添加した培地のGFP陽性細胞の比率は8.1%であった。結果を表2に示す。マトリゲルを用いる本実施例の方法では、実施例2と比較して、より早い時期に多くの網膜前駆細胞を分化誘導することができた。
【実施例】
【0128】
〔比較例2〕
実施例16において、AGN193109を添加しなかった点以外は実施例16と同様の方法で分化誘導を行い、培養開始から6日後にFACSCanto II(BD)で解析をおこなったところ、GFP陽性細胞の比率は0.9%であった。結果を表2に示す。
【実施例】
【0129】
〔実施例17~21〕
実施例16において、100nM AGN193109に代えて、1μM AGN193109、1μM BMS493(pan-RARアンタゴニスト;Tocris Bioscience)、1μM ER50891(RARα選択的アンタゴニスト;Tocris Bioscience)、1μM LE135(RARβ選択的アンタゴニスト;Tocris Bioscience)、1μM MM11253(RARγ選択的アンタゴニスト;Tocris Bioscience)を用いた点以外は実施例16と同様の方法で分化誘導を行い、培養開始から6日後にFACSCanto II(BD)で解析をおこなった。それぞれのGFP陽性細胞の比率を表2に示す。これらの結果、RARアンタゴニストの添加が網膜前駆細胞の誘導を促す効果がみられた。網膜前駆細胞を効率よく誘導しうる点で、pan-RARアンタゴニストが好ましく、実施例17~18より特にBMS493による誘導効率が高いこと、実施例19~21よりRARαアンタゴニスト活性を有する化合物が好ましいこと、実施例16~17よりAGN193109は使用濃度が1/10でもGFP陽性細胞の比率は0.5%の差に留まり、低濃度で十分な誘導活性が得られることが明らかとなった。
【実施例】
【0130】
【表2】
JP2012173207A1_000004t.gif

【実施例】
【0131】
〔実施例22〕 ヒト細胞
(培地)
・基本培地(GMEM培地(Invitrogen)、10%、15%、20% KSR(Invitrogen)、0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(INVITROGEN)、1mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1M 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、100U/ml ペニシリン-100μg/ml ストレプトマイシン(Invitrogen))
・第1次分化誘導培地(リプロステム培地(リプロセル)、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第2分化誘導培地(KSRを20%含む基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第3分化誘導培地(KSRを15%含む基本培地、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第4分化誘導培地(KSRを10%含む基本培地、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・解離液(PBS(Invitrogen)、0.25% トリプシン(SIGMA)、1mg/ml コラゲナーゼIV(Invitrogen)、20% KSR(Invitrogen)、1mM 塩化カルシウム(和光純薬))
(細胞)
Nature Biotechnology 26,101-106,2008に記載のヒトiPS細胞(253G1)を用いた。
(細胞培養)
上記細胞を解離液を用いて5-10細胞からなる細胞塊に解離し、第1次分化誘導培地(リプロステム培地含有)に100nM AGN193109を添加した培地で懸濁した後、2x10個ずつMPC処理された非接着性6cm培養皿(Nunc)に播種し、37℃、5% CO条件下で培養を開始した(Day0)。続けて、Day1及びDay3に培地の半量を第2分化誘導培地(20% KSR含有)と交換、Day3、7、9に培地の半量を第3分化誘導培地(15% KSR含有)と交換、Day11、13に培地の半量を第4分化誘導培地(10% KSR含有)と交換した。Day15、17に細胞を回収し、第4分化誘導培地(10% KSR含有)を用いてラミニン/フィブロネクチンコートチャンバースライド上へ播種し、細胞が培養皿に接着するまで培養した。Day9で見られた細胞塊は、比較例3より大きく、コロニー数も多かった。
細胞が培養皿に接着したDay20に細胞を4%パラホルムアルデヒド(和光純薬)で固定し、0.3%トリトンX-100(ナカライテスク)で処理した後、ウサギ抗ヒトRax抗体(abcam,ab23340)を添加して4℃で一晩静置し、PBS(-)で2回洗浄した。さらに、Alexa Fluor 488結合ヤギ抗ウサギIgG抗体(Invitrogen,A11034)及びDAPI(Invitrogen,D1306)を添加して室温で1時間静置し、PBS(-)で3回洗浄した後、蛍光顕微鏡(Axioplan2,ZEISS)で目視観察を行いコロニー数を数えたところ、Rax陽性細胞のコロニー数は、平均19.3/well(SD=10.5,n=18)であり、Rax陽性細胞コロニーの比率は、平均36.1%(SD=11.3,n=18)であった。図2にボックスプロットを、表3に対応する数値を示す。
【実施例】
【0132】
〔実施例23〕
実施例22において、Day1の培地交換時に、100nM AGN193109を添加した第2次分化誘導培地を用いた点以外は実施例22と同様の方法を用いて分化誘導を行った。Day9で現われた細胞塊は、実施例22より大きく、コロニー数も実施例22より多かった。
実施例22と同様の方法でDay20に細胞を回収し、抗体染色後に蛍光顕微鏡(Axioplan2,ZEISS)で目視観察を行いコロニー数を数えたところ、Rax陽性細胞のコロニー数は、平均27.7/well(SD=12.9,n=18)、Rax陽性細胞コロニーの比率は平均41.7%(SD=14.4,n=18)であった。図2にボックスプロットを、表3に対応する数値を示す。AGN193109を1回のみ添加した実施例22と比較して、2回添加した本実施例ではRax陽性細胞のコロニー数及び比率が向上していた。
【実施例】
【0133】
〔比較例3〕
実施例22において、AGN193109を添加しないで第1次分化誘導培地を用いた点以外は実施例22と同様の方法を用いて分化誘導を行った。Day9で現われた細胞塊は、実施例22より小さく、コロニー数も実施例22より少なかった。Day20に細胞を採取し、抗体染色後に蛍光顕微鏡(Axioplan2,ZEISS)で目視観察を行いコロニー数を数えたところ、Rax陽性細胞のコロニー数は、平均10.3/well(SD=7.3,n=18)、Rax陽性細胞コロニーの比率は平均25.6%(SD=13.5,n=18)であった。図2にボックスプロットを、表3に対応する数値を示す。
【実施例】
【0134】
【表3】
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【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明の方法を用いれば、高い効率で多能性幹細胞から網膜前駆細胞を誘導することができる。誘導培養により得られる細胞中に含まれる網膜前駆細胞の割合が高いため、ソーティング等により網膜前駆細胞を単離することなく、誘導培養後の細胞から高い効率で視細胞等を誘導することができる。
本発明は、ヒト多能性幹細胞をベースとした、網膜疾患に対する移植療法の開発を大いに促進し得る。
【0136】
本出願は日本で出願された特願2011-132712(出願日:2011年6月14日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図面
【図2】
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【図1】
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