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明細書 :白金ナノ粒子の物理蒸着を用いたイメージング質量分析方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 平成27年5月18日(2015.5.18)
発明の名称または考案の名称 白金ナノ粒子の物理蒸着を用いたイメージング質量分析方法
国際特許分類 G01N  27/62        (2006.01)
G01N  27/64        (2006.01)
FI G01N 27/62 F
G01N 27/62 V
G01N 27/64 B
G01N 27/62 Y
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 26
出願番号 特願2013-558757 (P2013-558757)
国際出願番号 PCT/JP2013/053743
国際公開番号 WO2013/122225
国際出願日 平成25年2月15日(2013.2.15)
国際公開日 平成25年8月22日(2013.8.22)
優先権出願番号 2012033258
優先日 平成24年2月17日(2012.2.17)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IS , JP , KE , KG , KM , KN , KP , KR , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LT , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT , TZ , UA , UG , US , UZ , VC
発明者または考案者 【氏名】荒川 隆一
【氏名】川▲崎▼ 英也
【氏名】小澤 智行
出願人 【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学工業株式会社
個別代理人の代理人 【識別番号】110000796、【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
審査請求 未請求
テーマコード 2G041
Fターム 2G041CA01
2G041DA04
2G041EA01
2G041EA20
2G041FA07
2G041FA10
2G041FA30
2G041GA16
2G041JA20
2G041MA04
要約 本発明は、試料のイオン化支援のためのマトリックスを用いるイメージング質量分析方法であって、イオン化効率が高く、マイグレーションや視覚情報の低減が抑制されており、マトリックス由来の妨害ピークがなく、高い空間分解能で解析が可能な、改善されたイメージング質量分析方法を提供する。
本発明は、具体的には、イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによって調製されたサンプルを用いることを特徴とするイメージング質量分析方法を提供する。
特許請求の範囲 【請求項1】
イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによって調製されたサンプルを用いることを特徴とするイメージング質量分析方法。
【請求項2】
前記白金ナノ粒子の平均粒子径は2~20nmである、請求項1に記載のイメージング質量分析方法。
【請求項3】
前記物理蒸着により形成される白金ナノ粒子層の厚さは2~50nmである、請求項1又は2に記載のイメージング質量分析方法。
【請求項4】
前記物理蒸着は、マグネトロンスパッタリングによる物理蒸着である、請求項1~3のいずれかに記載のイメージング質量分析方法。
【請求項5】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)イメージング質量分析装置を用いる、請求項1~4のいずれかに記載のイメージング質量分析方法。
【請求項6】
イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することを特徴とするイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
【請求項7】
前記白金ナノ粒子の平均粒子径は2~20nmである、請求項6に記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
【請求項8】
前記物理蒸着により形成される白金ナノ粒子層の厚さは2~50nmである、請求項6又は7に記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
【請求項9】
前記物理蒸着は、マグネトロンスパッタリングによる物理蒸着である、請求項6~8のいずれかに記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、白金ナノ粒子の物理蒸着を用いたイメージング質量分析方法に関する。
【0002】
具体的には、イメージング質量分析に供する試料の表面にイオン化支援マトリックスとして白金ナノ粒子を物理蒸着するサンプル調製方法、並びに、当該サンプルを用いたイメージング質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0003】
生化学、医療、ゲノム創薬等の分野においては、生体組織及び細胞内のタンパク質等の構造解析を行いたいという要求が強い。かかる要求に応える分析手段として、質量分析が挙げられる。この質量分析は、試料にレーザーを照射し、その試料に含まれる生体分子等をイオン化し、発生したイオンの質量を分析するものである(非特許文献1)。
【0004】
生体組織における目的物質の局在を解明することは、疾患時における異常物質の探索、薬物動態追跡等の分野で非常に価値がある。目的物質を直接発見し、同定する手法の一つが質量分析であるが、近年、二次元的に生体組織中の目的物質の同定、局在の解明を行うイメージング質量分析(IMS:imaging mass spectrometry)が提案されている(特許文献1~4、非特許文献2~3等)。
【0005】
二次元的に生体組織中の物質の分布の可視化及び同定が行えれば、病変部位の特定及び疾患関連物質(中間体含む)の解明など、in vivoでの情報が直接得られるため社会的貢献が大きい。また、近年、著しい高機能化が進む材料・ナノテク分野においても、高機能化をもたらす物質の分布・局在状態を分析することは、性能発現、製造条件、劣化状態等に大きな影響を及ぼすため、IMSにより得られる情報は極めて有用である。
【0006】
ところで、質量分析を行うには、試料をイオン化する必要があり、イオン化法として、イオン化支援剤(マトリックス)フリーの二次イオン質量分析法(SIMS)、マトリックスを用いることにより高分子物質も分析可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)等の利用が知られている。
【0007】
従来のIMSでも、これらのイオン化法が採用されているが、SIMSで質量分析できる範囲は、質量電荷比(m/z)がたかだか1000程度であり、しかも試料の大部分はイオン化過程で壊れてしまい(いわゆるフラグメント化)、混合物試料の場合にはスペクトルが複雑になり解析が困難となる問題がある。そのため、IMSにおけるイオン化法としては試料のフラグメント化が少ないMALDIが一般的であるが、既存のMALDIを用いたIMSには次のような問題がある。
【0008】
既存のMALDIでは、イオン化を支援するマトリックスとして、化学合成物質(有機マトリックス)、金属酸化物や金属ナノ粒子を溶媒に分散したもの(無機マトリックス)が知られている。そして、有機マトリックスとしては、1,8-dihydroxy-9(10H)-anthracenone (Dithranol)、2-(4-hydroxy phenylazo) benzoic acid (HABA)、2,5-dihydroxybenzoic acid (DHB)、α-cyano-4-hydroxycinnamic acid (CHCA)、sinapinic acid (SA)等があり、解析物質(タンパク質、ペプチド、合成高分子等)に応じて選択して使用されている。
【0009】
従来のIMSでは、全て既存のMALDI用の有機マトリックスが使用されているが、元来これらの有機マトリックスはIMS用に開発された物ではないため、イオン化効率は高いが、塩が混在するとマトリックス能が低下するか又は失われる。そのため、塩を含む生体組織のような生の試料を解析するIMSには不適である。また、有機マトリックス由来のイオンピークが低分子量域(m/z:700以下)に強く現れるため、目的物質が低分子量の薬物、添加剤等である場合には、正確な解析が困難である。
【0010】
また、既存の有機マトリックスをIMSで使用する際は、マトリックスは液体(溶液)状態で滴下又は噴射されて試料上に付着し、分析対象物質を取り込む。そして、乾燥されると分析対象物質を含んだ結晶粒が形成される。このときのマトリックスの結晶粒のサイズは一般に50μm程度以上である(非特許文献4)。分析対象物質はこのマトリックスの結晶粒中に分散しているため、イオン化のためのレーザー光の照射径を小さくしても、マトリックスの結晶粒径よりも高い空間分解能を得ることはできない。
【0011】
更に、液体のマトリックスを試料に付着させると、用いた液体により目的物質の物理的移動(いわゆるマイグレーション)が起こり、分析対象物質の分布情報が失われていく。しかも、液体のマトリックスを試料に付着させると、結晶粒が組織を被覆するために視覚情報が失われ、試料中の部位を特定し難くなる。IMSを行う際は、解析中に試料の像をCCDカメラ又は顕微鏡で観察できることが望ましいが、マトリックスの結晶粒が試料を被覆していると、どこの部位をイメージングしているのか判別が困難である。また、解析後にどこの部位から目的物質が得られたかを確認することも困難である。
【0012】
他方、金属ナノ粒子を溶液で分散した無機マトリックスを用いたとしても、ヘキサン、アルコール等の分散媒を使用するため、有機マトリックスの溶液を用いる場合と同様に、目的物質のマイグレーションが起こり、局在を正確に解析することは困難である。
【0013】
最近、液体のマトリックスを用いない手法として、金蒸着を用いたIMSが提案されている(非特許文献5)。この方法は、イオン化を支援するために試料の表面に金蒸着させることを特徴としている。しかしながら、この方法では、ナノ粒子化した金を蒸着するには特別な装置が必要な点、金由来のイオンピークがスペクトルに強く現れることで目的物質のピークが小さくなるか又は検出できなくなる点で更なる改善の余地がある。
【0014】
よって、試料のイオン化支援のためのマトリックスを用いるイメージング質量分析方法であって、イオン化効率が高く、マイグレーションや視覚情報の低減が抑制されており、マトリックス由来の妨害ピークがなく、高い空間分解能で解析が可能な、改善されたイメージング質量分析方法の開発が望まれている。
【0015】
なお、本発明に関連する他の従来技術として、特許文献5及び非特許文献6がある。これらの文献には、レーザー脱離イオン化法(LDI:Laser Desorption Ionization)用のLDIプレートであって、試料のイオン化を補助するイオン化補助粒子として白金粒子を有するLDIプレートが開示されている。しかしながら、これらの文献には、白金粒子を分散した分散液を用いて白金粒子をプレートに担持させることは記載されているが、白金を試料の表面に物理蒸着することやイメージング質量分析に適用することについては全く示唆されていない。
【先行技術文献】
【0016】

【特許文献1】特開2008-232842号公報
【特許文献2】特開2007-309860号公報
【特許文献3】特開2007-157353号公報
【特許文献4】特開2009-042206号公報
【特許文献5】特開2008-204654号公報
【0017】

【非特許文献1】内藤康秀、「生体試料を対象にした質量顕微鏡」、 J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., Vol. 53, No. 3, 2005, pp.125-132.
【非特許文献2】Ales Svatos、「Mass spectrometric imaging of small molecules」、Trends in Biotechnology、Vol. 28, 2010, pp.425-434.
【非特許文献3】Yuki Sugiura & Mitsutoshi Setou, 「Imaging Mass Spectrometry for Visualization of Drug and Endogenous Metabolite Distribution:Toward In Situ Pharmacometabolomes」、J Neuroimmune Pharmacol 、Vol.5, 2010, pp.31-43.
【非特許文献4】Yuki Sugiura, Shuichi Shimma, and Mitsutoshi Setou、「Two-Step Matrix Application Technique To Improve Ionization Efficiency for Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization in Imaging Mass Spectrometry」、Anal. Chem. Vol.78, 2006, pp.8227-8235.
【非特許文献5】Ho-Wai Tang, Wei Lu, Chi-Ming Che, and Kwan-Ming Ng、「Gold Nanoparticles and Imaging Mass Spectrometry: Double Imaging of Latent Fingerprints」、Anal. Chem. Vol.82, 2010, pp. 1589-1593.
【非特許文献6】Tetsu YONEZAWA, Hideya KAWASAKI, Akira TARUI, Takehiro WATANABE, Ryuichi ARAKAWA, Toshihiro SHIMADA, and Fumitaka MAFUNE,「Detailed Investigation on the Possibility of Nanoparticles of Various Metal Elements for Surface-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry」、ANALYTICAL SCIENCES 、VOL. 25、2009,pp.339-346.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、試料のイオン化支援のためのマトリックスを用いるイメージング質量分析方法であって、イオン化効率が高く、マイグレーションや視覚情報の低減が抑制されており、マトリックス由来の妨害ピークがなく、高い空間分解能で解析が可能な、改善されたイメージング質量分析方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによりサンプルを調製する場合には上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
即ち、本発明は、下記のイメージング質量分析方法及びイメージング質量分析用のサンプル調製方法に関する。
1.イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによって調製されたサンプルを用いることを特徴とするイメージング質量分析方法。
2.前記白金ナノ粒子の平均粒子径は2~20nmである、上記項1に記載のイメージング質量分析方法。
3.前記物理蒸着により形成される白金ナノ粒子層の厚さは2~50nmである、上記項1又は2に記載のイメージング質量分析方法。
4.前記物理蒸着は、マグネトロンスパッタリングによる物理蒸着である、上記項1~3のいずれかに記載のイメージング質量分析方法。
5.マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)イメージング質量分析装置を用いる、上記項1~4のいずれかに記載のイメージング質量分析方法。
6.イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することを特徴とするイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
7.前記白金ナノ粒子の平均粒子径は2~20nmである、上記項6に記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
8.前記物理蒸着により形成される白金ナノ粒子層の厚さは2~50nmである、上記項6又は7に記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
9.前記物理蒸着は、マグネトロンスパッタリングによる物理蒸着である、上記項6~8のいずれかに記載のイメージング質量分析用のサンプル調製方法。
【0021】
以下、本発明のイメージング質量分析方法及びイメージング質量分析用のサンプル調製方法について詳細に説明する。
【0022】
本発明のイメージング質量分析方法は、イメージング質量分析に供する試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによって調製されたサンプルを用いることを特徴とする。
【0023】
上記特徴を有する本発明のイメージング質量分析方法は、白金ナノ粒子が試料のイオン化支援のためのマトリックスとして作用し、高いイオン化効率と空間分解能が得られる。また、液体のマトリックスを使用しない点で試料のマイグレーションが抑制されている上、白金ナノ粒子の物理蒸着は試料表面の視覚情報の低減につながらないため、解析中にCCDカメラや顕微鏡で試料表面を観察することもできる。更に、白金ナノ粒子に由来の妨害ピークが実質的に観測されないため試料由来のピークを高精度で解析することができる。このような優れた効果は、物理蒸着により粒径の揃った白金ナノ粒子を試料表面に付着させることができることに基づくものと推測されている。そして、本発明のイメージング質量分析方法は、生化学、医療、ゲノム創薬、材料・ナノテク分野におけるイメージング質量分析に幅広く利用することができる。
【0024】
本発明のイメージング質量分析方法を適用できる試料は限定されず、例えば、生体組織又は細胞を含む生体標本が挙げられ、具体的には、動物や植物由来の組織切片や、平板上に付着培養された動物や植物や微生物の培養細胞などが挙げられる。例えば、植物であれば、樹木、草木、花、実、葉、根、茎等が挙げられる。また、動物であれば、臓器、脳、組織、皮膚、毛、細胞等が挙げられる。組織切片を作製する際は、生体組織を必要に応じて瞬間冷凍した後に薄くスライスし、真空乾燥後又はそのまま組織切片として用いることができる。培養細胞であれば、例えば、レーザーマイクロダイセクションを用いて準備することができる。そして、これらの生体標本に含まれる目的物質(分析対象物質)としては、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、糖、脂質等の生体物質や、生体に投与された農薬、医薬品等の合成低分子化合物、合成ポリマー、これらが生体組織中で代謝されることで生じる外因性代謝物等が挙げられる。
【0025】
また、試料として材料・ナノテク分野の試料を用いることもできる。当該試料としては、例えば、非鉄金属、セラミックス、機能性材料、電池材料、光学材料、炭素繊維、自動車材料、グラファイト、活性炭、層間絶縁膜、有機半導体材料、高分子材料、低分子材料、有機EL材料、添加剤、染料、インク等が挙げられる。
【0026】
本発明のイメージング質量分析方法は、上記試料の表面に白金ナノ粒子を物理蒸着することによって調製されたサンプルを用いる。ここで、物理蒸着(PVD:Physical Vapor Deposition)としては、真空容器中で白金を気化させて、基板上の試料表面に薄膜として堆積させる方法であれば限定されず、真空蒸着、分子線蒸着(MBE)、イオンプレーティング、イオンビーム蒸着、コンベンショナルスパッタリング、マグネトロンスパッタリング、イオンビームスパッタリング、ECRスパッタリング等の方法が挙げられる。これらの物理蒸着法の中でも、本発明ではマグネトロンスパッタリングが好ましい。
【0027】
マグネトロンスパッタリングは、従来、高分解能走査電子顕微鏡(HR-SEM)観察のための前処理として、絶縁物試料表面に導電性を持たせる用途に利用されており、例えば、既報(I. STOKROOS, D. KALICHARAN, J. J. L. VAN DER WANT, W. L. JONGEBLOED、Journal of Micrscopy, Vol. 189, 1998, pp.79-79.)に記載された方法を本発明で用いるマグネトロンスパッタリングとして利用することができる。
【0028】
物理蒸着により試料表面に堆積される白金ナノ粒子は、平均粒子径は2~20nmであることが好ましく、2~10nmであることがより好ましい。また、粒度分布は1~10であることが好ましく、1~5であることがより好ましい。堆積層(白金ナノ粒子層)の厚さは2~50nmであることが好ましく、10~30nmであることがより好ましい。そして、物理蒸着により堆積される上記白金ナノ粒子は、市販の白金ナノ粒子と異なり、粒子表面に保護剤(有機分子、高分子等)が付着していない純粋な白金ナノ粒子である。なお、本明細書における白金ナノ粒子の平均粒子径及び粒度分布並びに体積層の厚さは、電子顕微鏡観察により測定した値である。
【0029】
本発明では、物理蒸着を用いることにより試料表面に粒径の揃った白金ナノ粒子を堆積させることができる。上記範囲のナノオーダーの微粒子の堆積であれば、試料表面の視覚情報を低減させるおそれがない。また、液体のマトリックスの使用と異なり、試料のマイグレーションを抑制することができる。白金ナノ粒子は試料のイオン化支援のためのマトリックスとして作用するわけであるが、白金ナノ粒子自体はレーザー照射によりイオン化されることなく効率的に試料のイオン化を支援することができるため、高いイオン化効率と空間分解能が得られるとともに、マトリックス由来の妨害ピークの発生を回避することもできる。よって、本発明では検出信号のS/N比や感度が向上し、試料由来のピークを高精度で解析することができる。
【0030】
図1(a)はカーボン表面に物理蒸着法により白金を蒸着した際のSEM像であり、(b)は磁気テープ表面に物理蒸着法により金を蒸着した際のSEM像であり、(c)は従来のMALDI用有機マトリックス(有機マトリックスはシナピン酸である)をスプレー法により付着させた際のSEM像である。これらのSEM像を比較すると、白金を物理蒸着した場合に極めて粒径の揃ったナノ粒子を均一に堆積させることができることが分かる。これに対し、金を物理蒸着した場合には白金を物理蒸着した場合よりも粒径が大きく更に粒径にバラツキが多いことが分かる。後述の実施例5及び比較例1の結果から明らかなように、白金蒸着によるマトリックスの方が金蒸着によるマトリックスと比較してイメージング質量分析の精度が高いが、かかる結果の違いは、物理蒸着により得られる微粒子の均一性の相違に基づくものであると推測される。また、金蒸着の場合には、金粒子に由来する妨害ピークの発生が認められるため、この点からも本発明の白金蒸着の優位性が認められる。
【0031】
本発明では、上記手法により調製したサンプルによりイメージング質量分析を行うが、本発明はイメージング質量分析方法だけでなく、上記手法によるイメージング質量分析用のサンプル調製方法についても包含する。
【0032】
上記サンプルによりイメージング質量分析を行う際は、サンプルにレーザーを照射し、試料のイオン化を行う。レーザーの波長は250~600nm程度が好ましく、試料上での照射径が50μm以下となるように集光光学系により調整されることが好ましい。具体的には、分析対象の試料が細胞の場合には、レーザー光の照射径を10μm以下(数μm程度)にまで絞ることが望ましい。本発明では、白金ナノ粒子に微小径のレーザーが照射されると白金ナノ粒子がレーザーを吸収し、白金ナノ粒子と試料との相互作用(エネルギー転移)により試料分子がイオン化される。他方、白金ナノ粒子はイオン化されない。従って、本発明のイメージング質量分析方法によれば、分析対象物質に応じた既存のマトリックスの選択の手間を省いて、一律の方法で質量分析を実施することができるため、従来よりも操作が簡便である。
【0033】
試料をイオン化した後は、イオン化された分子を検出する。本発明では、上記イオン化、検出及びイメージングを一つのイメージング質量分析装置(例えば、MALDIイメージング質量分析装置:装置名「AutoFlex III」:Bruker社製)により行うことができるが、この装置に限定されず、市販のMALDIとイメージング装置とを組み合わせて使用することもできる。
【0034】
本発明では、サンプルの任意の位置で質量分析及び解析を行うことにより、目的物質のイメージング(2次元)質量分析を行うことができる。本発明では、試料表面に白金ナノ粒子を物理蒸着する手法であるため、試料のマイグレーションや視覚情報の喪失が回避されているため、分析中にCCDカメラや顕微鏡で試料表面を観察することもできる。観察に用いるCCDカメラや顕微鏡は、公知のものを常法に従って使用できる。
【発明の効果】
【0035】
本発明のイメージング質量分析方法は、白金ナノ粒子が試料のイオン化支援のためのマトリックスとして作用し、高いイオン化効率と空間分解能が得られる。また、液体のマトリックスを使用しない点で試料のマイグレーションが抑制されている上、白金ナノ粒子の物理蒸着は試料表面の視覚情報の低減につながらないため、解析中にCCDカメラや顕微鏡で試料表面を観察することもできる。更に、白金ナノ粒子に由来の妨害ピークが実質的に観測されないため試料由来のピークを高精度で解析することができる。このような優れた効果は、物理蒸着により粒径の揃った白金ナノ粒子を試料表面に付着させることができることに基づくものと推測されている。そして、本発明のイメージング質量分析方法は、生化学、医療、ゲノム創薬、材料・ナノテク分野におけるイメージング質量分析に幅広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】(a)はカーボン表面に白金を物理蒸着した際のSEM像であり、(b)は磁気テープ表面に金を物理蒸着した際のSEM像であり、(c)は従来のMALDI用有機マトリックス(有機マトリックスはシナピン酸である)をスプレー法により付着させた際のSEM像である。
【図2】実施例1において、スライドガラスの上に指を押し付けた後、白金ナノ粒子を物理蒸着した際に指紋が明確に浮かび上がったことを示す図である。
【図3】実施例1において、基板領域のマススペクトル(m/z)と指紋領域のマススペクトル(m/z)とを比較した図である。
【図4】実施例1において、指紋領域に存在する質量電荷比(m/z)が1000以上の物質のイメージングである。
【図5】(a)は実施例2において、帯状のカラー印刷(マゼンダ色)を行った領域と、UV照射により印刷を劣化させた領域(白く色抜け)とを示す図である。(b)は白金ナノ粒子を物理蒸着した後の状態(サンプル)を示す図である。
【図6】実施例2において、印刷領域、印刷領域(UV照射後)、紙領域、紙領域(UV照射後)の各領域でのマススペクトル(m/z)を示す図である。
【図7】実施例2において、UV照射により消失した物質のイメージングである。
【図8】実施例2において、UV照射により生じた分解物のイメージングである。
【図9】実施例2において、UV照射により消失しない物質のイメージングである。
【図10】実施例2において、紙領域に分布している物質のイメージングである。
【図11】(a)は実施例3において、TLC上で3種類の染料を展開させた状態を示す図である。(b)は白金ナノ粒子を物理蒸着した後の状態(サンプル)を示す図である。
【図12】実施例3において、質量分析により3種類の染料が全て検出されていることを示すマススペクトル(m/z)である。
【図13】実施例3において、解析された3種類の染料のイメージングである。
【図14】(a)は実施例4において、TLC上で3種類の糖を展開させた状態を示す図である。(b)は解析された3種類の糖のイメージングである。(c)、(d)及び(e)は、それぞれ質量分析により3種類の糖が全て検出された結果を示すマススペクトルである。
【図15】実施例4において、解析された3種類の糖の化学構造とTLC上で3種類の糖を展開させたイメージングである。
【図16】実施例5(白金蒸着)と比較例1(金蒸着)において、基板上に黒色インクで描いた“井”の字に由来するイオンピークの違いを相対的に示した図である。
【図17】実施例5(白金蒸着)と比較例1(金蒸着)において、白金蒸着の方が金蒸着よりもイメージング質量分析能が高いことを示す図である。
【図18】実施例6において、TLC上に、各種濃度のメチレンブルー溶液を滴下し、その上から白金ナノ粒子を物理蒸着した状態を示す図である。
【図19】実施例6において、質量電荷比(m/z)が372の物質のイオンピーク分布を画像化したイメージングである。
【図20】実施例6において、検出された各濃度における質量電荷比(m/z)が372の物質のピーク強度値を示す図である。
【図21】(a)は実施例7において、インクスポット上に白金ナノ粒子(平均粒径5nm)のメタノール分散液を塗布して得られたサンプルのIMSイメージングである。(b)はインクスポット上に白金蒸着して得られたサンプルのIMSイメージングである。
【図22】実施例8及び比較例2で得られたマススペクトルを示す図である。
【図23】実施例9及び比較例3で得られたマススペクトルを示す図である。
【図24】実施例10及び比較例4で得られたマススペクトルを示す図である。
【図25】実施例8~10及び比較例2~4におけるマススペクトルの強度を比較したグラフである。
【図26】実施例8及び比較例2のアセフェートの分布を視覚化したものである。アセフェート由来のm/z=206のピークを採用した。点線の丸は滴下した領域を示す。
【図27】実施例11及び比較例5で得られたマススペクトルを示す図である。
【図28】実施例11及び比較例5におけるマススペクトルの強度を比較したグラフである。
【図29】実施例12のアセタミプリドの分布を視覚化したものである。アセタミプリド由来のm/z=245のピークを採用した。点線の丸は滴下した領域を示す。
【図30】実施例13で得られたマススペクトルを示す図である。
【図31】実施例13の2種のアセタミプリドとチオファネートメチルの分布を視覚化したものである。アセタミプリド由来のm/z=245のピークとチオファネートメチル由来のm/z=365のピークを採用した。
【図32】実施例14で得られたマススペクトルを示す図である。
【図33】実施例14の葉のアセフェートの分布を視覚化したものである。アセフェート由来のm/z=206のピークを採用した。
【図34】実施例14の茎のアセフェートの分布を視覚化したものである。アセフェート由来のm/z=206のピークを採用した。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されない。

【0038】
実施例1(指の付着物のIMSによる直接分析)
クロムコートしたスライドガラスの上に指を押し付けた。その上にマグネトロンスパッタリング装置(装置名「E-1030」Hitachi製)によって平均粒子径3nmの白金ナノ粒子を厚さ20nmで薄く蒸着した。その結果、指紋が明確に浮かび上がった(図2参照)。

【0039】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、指紋のIMS測定と解析を行った。

【0040】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:60%
・測定間隔:100μm

【0041】
その結果、白金を蒸着したガラスからは、指紋由来の強い多数のシグナル群が質量電荷比(m/z)=100~300の間で得られた(図3参照)。他方、白金を蒸着しないガラスからは、指紋由来のピークは観測されなかった。

【0042】
測定されたピーク群は、14Daの間隔(CH=14)で現れることから、指紋中の脂肪族系化合物であると判断するのが妥当である。得られたピーク群の内、特に質量電荷比(m/z)=160.6のピークに注目してIMS分析したところ、指紋領域の分布と一致していた。一方、ガラス基板由来の質量電荷比(m/z)=210.9のピークは、指紋領域では検出されなかった。また、指紋領域の質量電荷比(m/z)が1000以上の高分子量物質(m/z=1111、1135、1187の3種類)についても指紋由来のピークが観測され、IMS分析したところ、指紋領域の分布と一致していた(図4参照)。

【0043】
白金蒸着することにより、ガラスに押し付けた指紋領域を高精度で質量分析できた。本手法は、犯罪捜査などの科学捜査に有効であると期待される。

【0044】
実施例2(印刷物のIMSによる直接分析と劣化評価)
インクジェット印刷により、紙の上に2mmの間隔で帯状のカラー印刷(マゼンダ色)を行った。次に、印刷物の劣化評価を行うために、印刷箇所のある一部分にUV照射を30分間行った。UV照射により、印刷物の劣化が生じて色が変色(白く色抜け)することが観察された(図5(a)参照)。

【0045】
その上にマグネトロンスパッタリング装置(装置名「E-1030」Hitachi製)によって平均粒子径3nmの白金ナノ粒子を厚さ20nmで薄く蒸着した(図5(b)参照)。

【0046】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、サンプルのIMS測定と解析を行った。一方、白金ナノ粒子を蒸着しなかったものをコントロールサンプルとした。

【0047】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:70%
・測定間隔:200μm

【0048】
その結果、UV照射していない箇所(印刷領域)からは、マゼンダ色の顔料成分であるm/z=602.8のピークが観察され(図6参照)、その分布は、帯状の印刷パターンと一致していた(図7参照)。

【0049】
一方、UV照射によって変色した箇所(印刷領域・UV照射後)からは、マゼンダ色の顔料成分であるm/z=602.8のピークは観測されなかった(図6参照)。代わりに、UV照射の箇所(印刷領域・UV照射後)からは、UV照射によって生じた分解生成物に由来するピークがm/z=187.9に新たに現れ(図6参照)、その分布は、UV照射の円形パターンと一致していた(図8参照)。

【0050】
更に、UV照射しても分解しないm/z=171.9の顔料成分(図9参照)、並びに紙領域に分布するUV照射しても分解しないm/z=393.1の成分(図10参照)が存在していることも判明した。

【0051】
なお、白金ナノ粒子を蒸着しないサンプルからは顔料や紙の成分を検出できなかった。白金ナノ粒子を蒸着することにより、マゼンダ色の顔料成分、紙の成分の分布、光劣化で生じる物質の分布と分析ができた。本手法は、印刷部や塗料など成分分布や劣化解析に有効であると期待される。

【0052】
実施例3(TLC分離物のIMSによる直接分析1)
薄層クロマトグラフィー(TLC:Thin-Layer Chromatography)用のプレート上に、染料3種類(ローダミンB:緑色、ローダミン123:赤色、クリスタルバイオレット:紫色)の混合溶液をスポットし、TLC上で展開させた。TLCプレート上で移動した染料スポットの目視観察では、3種類の染料のうち2種類(ローダミン123:赤色とクリスタルバイオレット:紫色)は確認できたが、残り1種類の染料(ローダミンB:緑色)は確認できなかった(図11(a)参照)。

【0053】
その上にマグネトロンスパッタリング装置(装置名「E-1030」Hitachi製)によって平均粒子径3nmの白金ナノ粒子を厚さ20nmで薄く蒸着した(図11(b)参照)。一方、白金ナノ粒子を蒸着しなかったものをコントロールサンプルとした。

【0054】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、サンプルのIMS測定と解析を行った。

【0055】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:40%
・測定間隔:200μm

【0056】
その結果、TLC上の染料スポットから、ローダミンB、ローダミン123、クリスタルバイオレットが3種類全て検出された(図12参照)。

【0057】
IMSによるイメージング分析により、目視では判別できなかった染料であるローダミンBが、他の染料のスポットと一部重なって存在することが確認できた(図13参照)。このため、目視ではローダミンBが確認できなかったことが判明した。

【0058】
なお、白金ナノ粒子を蒸着しなかったTLCプレートからは、いずれの染料成分も検出できなかった。白金ナノ粒子を物理蒸着することにより、TLC上で分離した試料の同定を行えるだけでなく、試料成分のスポットの重なりにより目視では判別できない試料の同定にも有効であることが実証できた。

【0059】
実施例4(TLC分離物のIMSによる直接分析2)
薄層クロマトグラフィー(TLC:Thin-Layer Chromatography)用のプレート上に、3種類の糖(グルコース、マルトース、マルトトリオース)の混合溶液をスポットし、TLC上で展開させた。TLCプレート上で移動した糖のスポットは、目視はできなかった(図14(a)参照)。その上にマグネトロンスパッタリング装置(装置名「E-1030」Hitachi製)によって平均粒子径3nmの白金ナノ粒子を厚さ20nmで薄く蒸着し、MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、サンプルのIMS測定と解析を行った。

【0060】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:50%
・測定間隔:300μm

【0061】
IMSによるイメージング分析により、TLC上に3種類のスポットA,B,Cが確認され(図14(b)参照)、それぞれの箇所のマススペクトルから、スポットA,B,Cがそれぞれグルコース、マルトース、マルトトリオースであることが判明した(図14(c)(d)(e)、及び図15参照)。

【0062】
IMSによるイメージング分析により、目視では判別できなかった糖の存在を確認できた。一般的に糖は有色でないため、TLC上で移動したスポットの位置を、糖の酸化や糖の化学修飾により発色させてスポット位置の確認を行う。IMSによるイメージング分析では、発色させるための操作をすることなく、糖を確認できることが判明した。

【0063】
なお、白金ナノ粒子を物理蒸着しなかったTLCプレートからは、いずれの糖成分も検出できなかった。白金ナノ粒子を蒸着することにより、TLC上で分離した試料の同定を行えるだけでなく、有色でないために目視では判別できない試料の同定にも有効であることが実証できた。

【0064】
実施例5及び比較例1(白金蒸着と金蒸着との相違)
インクジェットプリンターに使用される黒色インクで基板に“井”の字を描いた。その基板上に白金を物理蒸着したサンプル(実施例5)と金を物理蒸着したサンプル(比較例1)の二種類を用意した。これらの基板のイメージング質量分析を行った。イメージング質量分析は、MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AXIMA-CFRプラス」島津製作所製)により行った。

【0065】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:窒素レーザー(337nm)
・加速電圧:20kv
・リニアーモード測定(正イオンモード)
・レーザー半径:約100μm
・レーザー強度:60(装置の読み)
・測定間隔:100μm

【0066】
金蒸着に比べて、白金蒸着した基板で黒色インク由来のイオンピークが強く観測された(図16参照)。黒色インク成分由来のm/z=359と375のイオンピーク分布を画像化してイメージング像を作成すると、白金蒸着した基板では、”井”が映し出されたが、金蒸着した基板では、黒色インクで描かれた字のイメージング像は得られなかった(図17参照)。これは、金に比べて白金の高い検出感度によるものであると考えられる。

【0067】
実施例6(白金蒸着の濃度依存性)
TLCプレート上に、メチレンブルー(濃度:1mM、0.5mM、0.25mM、0.1mM、0.01mMの5種類)を滴下し、更に白金の物理蒸着を行った(図18参照)。次いで、イメージング質量分析を行った。イメージング質量分析は、MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AXIMA-CFRプラス」島津製作所製)により行った。

【0068】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:窒素レーザー(337nm)
・加速電圧:20kv
・リニアーモード測定(正イオンモード)
・レーザー半径:約100μm
・レーザー強度:60(装置の読み)
・測定間隔:100μm

【0069】
m/z=372のイオンピーク分布を画像化してイメージング像を作成すると、1~0.25mMの濃度では濃度に応じてピーク強度が減少し、0.1mMは局在的に検出され、0.01mMは検出されなかった(図19参照)。また、検出された各濃度におけるm/z=372のピーク強度値を図20に示す。

【0070】
以上の結果から、白金蒸着を行った本発明のサンプルでは、目的物質の濃度に応じてピーク強度及びイメージング像の濃さが段階的に推移することが分かる。

【0071】
実施例7(白金蒸着と白金ナノ粒子分散液との相違)
紙上に、黒色インクを用いて球状のインクスポットを描いた。インクスポット上に白金ナノ粒子のメタノール分散液を塗布したサンプルと白金を物理蒸着したサンプルの二種類を用意し、これらのイメージング質量分析を行った。イメージング質量分析は、MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AXIMA-CFRプラス」島津製作所製)により行った。

【0072】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:窒素レーザー(337nm)
・加速電圧:20kv
・リニアーモード測定(正イオンモード)
・レーザー半径:約100μm
・レーザー強度:60(装置の読み)
・測定間隔:100μm

【0073】
白金ナノ粒子のメタノール分散液に比べて、白金蒸着したインクスポットでは、黒色インク由来の球状のイメージング像が映し出されたが(図21(b)参照)、白金ナノ粒子分散液した場合では、黒色インクがメタノールに溶解したため、インクスポットの形状が得られなかった(図21(a)参照)。これは、白金ナノ粒子分散液の塗布に比べて白金蒸着の方が高い検出感度を発揮することに基づくものと考えられる。

【0074】
以上の結果から、白金蒸着を行った本発明のサンプルでは、溶媒による試料の位置変化をおこすことなく、イメージング像が得られることが分かる。

【0075】
実施例8~10及び比較例2~4(白金蒸着と既存の有機マトリックスとの相違)
(実施例8:アセフェート、白金蒸着)
アセフェート(農薬)の水溶液をビオラの葉に滴下し、乾燥した後に、マグネトロンスパッタリング装置(E-3010:日立製作所製)で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着してサンプルを調製した。
(実施例9:アセタミプリド、白金蒸着)
アセタミプリド(農薬)の水溶液をビオラの葉に滴下し、乾燥した後に、マグネトロンスパッタリング装置(E-3010:日立製作所製)で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着してサンプルを調製した。
(実施例10:ポリエチレングリコール、白金蒸着)
ポリエチレングリコール(合成ポリマー)の水溶液をビオラの葉に滴下し、乾燥した後に、マグネトロンスパッタリング装置(E-3010:日立製作所製)で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着してサンプルを調製した。
(比較例2:アセフェート、既存の有機マトリックス)
白金蒸着の代わりに、MALDIイメージング質量分析用のマトリックス噴霧装置(TM-sprayer:HTX Imaging製)を用いて2,5-Dihydroxybenzoic acid(DHB)の有機マトリックス層を形成した以外は、実施例8と同様にしてサンプルを調整した。
(比較例3:アセタミプリド、既存の有機マトリックス)
白金蒸着の代わりに、MALDIイメージング質量分析用のマトリックス噴霧装置(TM-sprayer:HTX Imaging製)を用いて2,5-Dihydroxybenzoic acid(DHB)の有機マトリックス層を形成した以外は、実施例9と同様にしてサンプルを調整した。
(比較例4:ポリエチレングリコール、既存の有機マトリックス)
白金蒸着の代わりに、MALDIイメージング質量分析用のマトリックス噴霧装置(TM-sprayer:HTX Imaging製)を用いて2,5-Dihydroxybenzoic acid(DHB)の有機マトリックス層を形成した以外は、実施例10と同様にしてサンプルを調整した。

【0076】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、各サンプルのIMS測定と解析を行った。

【0077】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:50%
・測定間隔:300μm

【0078】
(解析結果)
実施例8及び比較例2の結果を図22に示す。実施例9及び比較例3の結果を図23に示す。また、実施例10及び比較例4の結果を図24に示す。

【0079】
図22~24の結果からは、有機マトリックス層を形成した比較例2~4と比べて、白金蒸着を行った実施例8~10の方が、高感度に目的成分のピークが観測された。

【0080】
実施例8~10及び比較例2~4のピーク強度を図25に示す。白金蒸着を行った実施例8~10の方が、有機マトリックス層を形成した比較例2~4と比べて、3~100倍の感度増強効果が確認された。

【0081】
実施例8及び比較例2のアセフェートの分布を解析した結果、実施例8では、滴下した領域にアセフェートのピークが強く観測されているのに対して、比較例2では、観測されるアセフェートのピークが弱いことが示された(図26)。更に、比較例2では、有機マトリックス層の形成に使用した溶媒のマイグレーション効果により、滴下していない領域からもアセフェートのピークが観測された。葉の表面は、形状に凹凸があり、ワックス層が存在しているため、切片試料と比べて溶媒をはじきやすく、マイグレーション効果が発生しやすいが、実施例で用いた白金蒸着では、滴下した領域のみにピークが確認され、マイグレーション効果が抑制されていることが判明した。

【0082】
実施例11及び比較例5(白金蒸着と既存の有機マトリックスとの相違)
(実施例11:DOP及びDNP、白金蒸着)
ポリ塩化ビニル(PVC)製の壁紙に、マグネトロンスパッタリング装置(E-3010:日立製作所製)で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着してサンプルを調製した。ここで、PVCの中には、添加剤(可塑剤)としてフタル酸ジオクチル(DOP)及びフタル酸ジノニル(DNP)が含有されている。
(比較例5:DOP及びDNP、既存の有機マトリックス)
白金蒸着の代わりに、MALDIイメージング質量分析用のマトリックス噴霧装置(TM-sprayer:HTX Imaging製)を用いて1,8-dihydroxy-9(10H)-anthracenone (Dithranol)の有機マトリックス層を形成した以外は、実施例11と同様にしてサンプルを調製した。

【0083】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、各サンプルのIMS測定と解析を行った。

【0084】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:70%
・測定間隔:300μm

【0085】
(解析結果)
実施例11及び比較例5の結果を図27に示す。

【0086】
図27の結果からは、有機マトリックス層を形成した比較例5と比べて、白金蒸着を行った実施例11の方が、高感度に目的成分(DOP及びDNP)のピークが観測された。

【0087】
実施例11及び比較例5のピーク強度を図28に示す。白金蒸着を行った実施例11の方が、有機マトリックス層を形成した比較例5と比べて、3~4倍の感度増強効果が確認された。

【0088】
実施例8~11及び比較例2~5の結果からは、白金蒸着を行った実施例の方が、既存の有機マトリックス層(DHB、Dithranol等)を形成した場合よりも高感度に目的成分のピークが観測されることが分かる。

【0089】
実施例12(アセタミプリド、白金蒸着)
実施例9において、IMS測定条件を下記の通りに変更した。即ち、レーザー径を絞り、高空間分解能モードで測定をおこなった。

【0090】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約50μm(MINIMUMモード)
・レーザー強度:50%
・測定間隔:50μm

【0091】
測定間隔が50μmの高空間分解モードでアセタミプリドの分布を解析した結果、滴下した領域のみにアセタミプリドが存在していることが確認された(図29)。白金蒸着を行う本発明の質量分析方法は、マイグレーション効果が抑制されて、高空間分解モードのIMS測定に有効であることが判明した。

【0092】
実施例13(園芸用のスプレータイプの殺虫・殺菌剤農薬、白金蒸着)
園芸用のスプレータイプの殺虫・殺菌剤農薬をアイビーの葉に散布し、乾燥した後に、マグネトロンスパッタリング装置(E-3010:日立製作所製)で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着してサンプルを調製した。使用した農薬中には、有効成分としてアセタミプリド及びチオファネートメチルが含有されている。

【0093】
MALDIイメージング質量分析装置(装置名「AutoFlex III」Bruker社製)により、サンプルのIMS測定と解析を行った。

【0094】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:100%
・測定間隔:150μm

【0095】
マススペクトルを解析した結果、アセタミプリドが強く観測される領域とチオファネートメチルが強く観測される領域があることが判明した(図30)。アセタミプリド由来のm/z=245のピークとチオファネートメチル由来のm/z=365のピークの分布図を作成した結果、アセタミプリドは広範囲に広がっているのに対して、チオファネートメチルは局所的に凝集していることが分かり、農薬の種類の違いにより、広がり方が異なることが判明した(図31)。このことから、農薬の種類により、拡散が異なることが視覚的に理解でき、農薬製剤などの機能解析に有効であることを示している。

【0096】
実施例14(園芸用の粒剤タイプの殺虫剤農薬、白金蒸着)
園芸用の粒剤タイプの殺虫剤農薬をアイビーが植えてある土壌に散布し、4、8、11、14日後に土壌から約30mmの場所の葉を採取し、マグネトロンスパッタリング装置で白金ナノ粒子を10nmの厚さで蒸着して各サンプルを調製した。使用した粒剤の農薬中には、有効成分としてアセフェートが含有されている。

【0097】
各サンプルのIMS測定をおこなった。また、4日後の茎について、根から近い下部の茎と遠い上部の茎について、同じ条件でIMS測定をおこなった。

【0098】
IMSの測定条件を以下に示す。
・照射レーザー:Nd:YAGレーザー(355nm)
・加速電圧:19kv
・リフレクトロン電圧:21kv
・レーザー半径:約100μm(ULTRAモード)
・レーザー強度:100%
・測定間隔:150μm

【0099】
採取した葉のマススペクトルを解析した結果、4日後ではm/z=400~550の領域にワックス層のピークのみが確認されたのに対して、11日後ではアセフェート由来のピークも観測された(図32)。アセフェート由来のm/z=206のピークの分布図を作成した結果、4日後の葉はアセフェート分布が確認されなかったが、8日後には葉の付け根にアセフェートが確認され、11日後、14日後と経過するとアセフェートが葉の先端に広がっていく挙動が判明した(図33)。

【0100】
茎についてもIMSでアセフェートの分布図を作成した結果、農薬が散布された土壌に近い下部茎の下側ではアセフェートのピークが強く観測され、上にいくにつれて、アセフェートのピークが徐々に弱くなる挙動が見られた(図34)。

【0101】
白金蒸着を行う本発明の質量分析方法は、散布した農薬が植物中で浸透して分布していく挙動を視覚的に理解でき、本手法が植物中の農薬などの作用機構の解明に有効であることを示している。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15
【図17】
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【図18】
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【図19】
18
【図20】
19
【図21】
20
【図22】
21
【図23】
22
【図24】
23
【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
28
【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
32
【図34】
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