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明細書 :カビ毒低減機能を有する植物の作製方法およびその利用

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2015-139382 (P2015-139382A)
公開日 平成27年8月3日(2015.8.3)
発明の名称または考案の名称 カビ毒低減機能を有する植物の作製方法およびその利用
国際特許分類 A01H   1/00        (2006.01)
A01H   5/00        (2006.01)
A01N   3/00        (2006.01)
A01M  99/00        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
FI A01H 1/00 ZNAA
A01H 5/00 A
A01N 3/00
A01M 99/00
C12N 15/00 A
請求項の数または発明の数 8
出願形態 OL
全頁数 24
出願番号 特願2014-012581 (P2014-012581)
出願日 平成26年1月27日(2014.1.27)
発明者または考案者 【氏名】西内 巧
【氏名】浅野 智哉
【氏名】▲高▼原 浩之
出願人 【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
【識別番号】511169999
【氏名又は名称】石川県公立大学法人
個別代理人の代理人 【識別番号】110000338、【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
審査請求 未請求
テーマコード 2B030
2B121
4B024
4H011
Fターム 2B030AA02
2B030AB03
2B030AD20
2B030CA17
2B030CB03
2B030CD02
2B121AA20
2B121CC04
2B121CC39
2B121EA26
2B121FA13
2B121FA14
4B024AA08
4B024BA38
4B024CA04
4B024DA01
4B024EA04
4B024GA11
4B024HA14
4H011BB21
4H011CA04
4H011CB10
4H011DH11
要約 【課題】カビ毒低減機能を有する植物の作製方法およびその利用等を提供する。
【解決手段】本発明にかかるカビ毒低減機能を有する植物の作製方法は、植物において、(a)~(e)のいずれかの遺伝子を発現させる工程を含むことを特徴とする。
【選択図】なし
特許請求の範囲 【請求項1】
植物において、下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子を発現させる工程を含むことを特徴とするカビ毒低減機能を有する植物の作製方法:
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
請求項1に記載の作製方法により得られたことを特徴とするカビ毒低減機能を有する植物。
【請求項3】
上記植物がイネ科の穀物である、請求項2に記載の植物。
【請求項4】
上記イネ科の穀物がコムギ、オオムギ、エン麦またはトウモロコシである、請求項3に記載の植物。
【請求項5】
下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を用いて、カビ毒を低減させる方法:
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項6】
上記カビ毒が、トリコテセン系カビ毒である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
上記トリコテセン系カビ毒が、デオキシニバレノール(DON)またはニバレノール(NIV)である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を有効成分とする、カビ毒低減剤。
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、カビ毒低減機能を有する植物の作製方法およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌であるフザリウム・グラミネアラム(Fusarium graminearum)を原因菌とする麦類赤かび病は、コムギ、オオムギ、エン麦、トウモロコシ等の多くのイネ科主要穀物に感染する病害であり、最重要病害のひとつとして知られる。赤かび病菌は、ありふれた腐生菌で、世界中の麦作地帯に分布しており、特に開花期から登熟期に雨の多い地域で被害が大きい。この赤かび病菌が穂に感染することによって、粒の肥大の阻害や穂全体の枯れが引き起こされ、穀粒の商品価値が損なわれるのみならず、赤かび病菌が産生するトリコテセン系カビ毒が、食品の安全性の観点から問題とされている。
【0003】
トリコテセン系カビ毒は、pHの変化や熱に対して安定であるため無毒化することが困難であり、人畜が摂取すると吐き気、嘔吐、腹痛といった中毒症状を引き起こし、状況によっては死に至る極めて危険性の高い毒素である。トリコテセン系カビ毒は、非常に多様な分子種が存在し、その構造から大きく4つのグループに分けられる。赤かび病菌の中には数多くのstrainがあり、それぞれが産生するトリコテセン系カビ毒の分子種が決まっている。これらのうち、汚染の報告例が多いのはタイプAとタイプBの2つである。
【0004】
タイプAには、非常に毒性の強いT2トキシン等が含まれるが、汚染範囲が限られている。一方、タイプBのトリコテセン系カビ毒には、デオキシニバレノール(Deoxynivalenol;DON)やニバレノール(Nivalenol;NIV)等が含まれる。タイプBの毒性はタイプAほど強くないが、汚染範囲が広範であるため、被害はより深刻である。例えば、我が国においては、2002年5月、厚生労働省により小麦粒中に含まれるDONの濃度を1.1ppm以下とする暫定基準値が設けられている。
【0005】
このように、一定基準を超えてトリコテセン系カビ毒を含有する赤かび病罹病穀物は醸造、加工、飼料等いかなる形態でも利用することができず廃棄される。その一方で、食の安全性に対する意識が高まっているため、赤かび病発生を抑える農薬は極力使用しない栽培が求められている。
【0006】
このような環境のなか、赤かび病の抵抗性品種の開発が世界規模で解決すべき緊急の課題となっており、これまでに、本発明者らは、赤かび病菌、特にDONまたはNIV等のタイプBのトリコテセン系カビ毒を産出する赤かび病原菌に対する感受性または抵抗性に関与する遺伝子を複数見出し、上記遺伝子の発現を抑制するまたは増大させる工程を含むことで赤かび病抵抗性植物を作製する方法を開発している(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】特開2011-172562号公報(2011年9月8日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した技術は優れたものではあるが、これだけでは十全とはいえない。赤かび病原菌を死滅させたとしても、上述したように、トリコテセン系カビ毒は、pHの変化や熱に対して安定であるため無毒化することが困難であり、食品中にトリコテセン系カビ毒が残存するという問題がある。
【0009】
本発明は、上記の問題点を鑑みてなされたものであり、その目的は、トリコテセン系カビ毒を低減させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、トリコテセン系カビ毒の低減に対して有効な遺伝子および当該遺伝子にコードされるタンパク質を見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0011】
(1)植物において、下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子を発現させる工程を含むことを特徴とするカビ毒低減機能を有する植物の作製方法:
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0012】
(2)(1)に記載の作製方法により得られたことを特徴とするカビ毒低減機能を有する植物。
【0013】
(3)上記植物がイネ科の穀物である、(2)に記載の植物。
【0014】
(4)上記イネ科の穀物がコムギ、オオムギ、エン麦またはトウモロコシである、(3)に記載の植物。
【0015】
(5)下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を用いて、カビ毒を低減させる方法:
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0016】
(6)上記カビ毒が、トリコテセン系カビ毒である、(5)に記載の方法。
【0017】
(7)上記トリコテセン系カビ毒が、デオキシニバレノール(DON)またはニバレノール(NIV)である、(6)に記載の方法。
【0018】
(8)下記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を有効成分とする、カビ毒低減剤。
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子;
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子;
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、赤かび病のカビ毒、特にDONまたはNIV等のタイプBのトリコテセン系カビ毒を低減させる機能を有する植物が得られるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】赤かび病菌のPH-1菌株由来のTEH1タンパク質のアミノ酸配列(FG01737.1)、赤かび病菌のZEA1菌株由来のTEH1タンパク質(TEH1)であって、FG01737.1と相同性の高いアミノ酸配列を有するタンパク質の配列(TEH1)、およびFG01737.1とTEH1(ZEA1菌株由来)とに共通してみられる特徴的なアミノ酸配列を示す図である。
【図2】PH-1菌株由来のTEH1タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列(FG01737.1)、ZEA1由来のTEH1タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列(TEH1)、およびFG01737.1とTEH1とに共通してみられる特徴的な塩基配列を示す図である。
【図3】赤かび病菌のPH-1菌株由来のタンパク質(FG01737.1)のホモログタンパク質の一次構造を示す図である。
【図4】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体について、ハイグロマイシン100μg/mL添加PDA培地における各菌株の様子を示す図である。
【図5】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体について、SN培地における分生子の様子を示す図である。
【図6】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体について、SNA培地における気中菌糸の様子を示す図である。
【図7】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体のRT-PCRの結果を示す図である。
【図8】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体のWestern blottingの結果を示す図である。
【図9】DONの生合成に関与する遺伝子の発現解析の結果を示す図である。
【図10】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株の形質転換体における、カビ毒の質量分析の結果を示す図である。
【図11】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株を接種したシロイヌナズナの様子を示す図である。
【図12】野生型(WT)菌株およびTEH1過剰発現株を接種したシロイヌナズナにおいて、赤かび病菌のgDNA量を解析した結果示す図である。
【図13】DON含有MS寒天培地で育てた、播種後1週間のTEH1を発現する形質転換シロイヌナズナ株と野生株の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施の一形態について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上(Aを含みかつAより大きい)B以下(Bを含みかつBより小さい)」を意味する。

【0022】
<1.カビ毒低減機能を有する植物の作製方法>
本発明に係るカビ毒低減機能を有する植物の作製方法は、植物において、以下の(a)~(e)のいずれかの遺伝子を発現させる工程を含むものであればよく、その他の工程、条件、材料等については特に限定されない。
(a)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(c)配列番号1または2に記載されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(d)配列番号3または4に記載される塩基配列からなる遺伝子。
(e)上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつカビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。

【0023】
上記(a)~(e)の遺伝子は、カビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードしているため、植物においてこれらの遺伝子を発現させることにより、植物のカビ毒低減機能を付与または高めることができる。

【0024】
本発明のカビ毒低減機能を有する植物の作製方法によって、赤かび病のカビ毒、特にDONまたはNIV等のタイプBのトリコテセン系カビ毒を低減させる機能を有する植物を得ることができる。

【0025】
まず、上記(a)の遺伝子について具体的に説明する。

【0026】
配列番号1は、赤かび病菌(F.graminearum)のPH-1菌株由来のTEH1タンパク質のアミノ酸配列を示す(FG01737.1)。上記タンパク質は、403個のアミノ酸残基からなるタンパク質であるが、これまで機能については十分にわかっていなかった。今回、本発明者らは、本タンパク質がカビ毒を低減させる機能を有することを見出した。図1に配列番号1、2のアミノ酸配列を示す。配列番号2は、赤かび病菌の1つの菌株であるZEA1由来のTEH1タンパク質であって、配列番号1と相同性の高いアミノ酸配列を有するタンパク質の配列を示す(図中、「TEH1」と示す)。なお、図1のconsensusの配列は、配列番号1で示されるアミノ酸と配列番号2で示されるアミノ酸配列とに共通してみられる特徴的なアミノ酸配列を示す。

【0027】
上記(b)の遺伝子は、配列番号1または2で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質に関して、機能的に同等(同一および/または類似)である変異体、誘導体、バリアントまたはホモログ、オルソログ等を意図しており、カビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする限り、その具体的な配列については特に限定されない。ここで欠失、置換または付加されてもよいアミノ酸の数は、上記機能を失わせない限り、限定されてないが、部位特異的突然変異誘発法等の公知の導入法によって欠失、置換または付加できる程度の数をいい、通常は、30アミノ酸以内であり、好ましくは20アミノ酸以内であり、さらに好ましくは10アミノ酸以内であり、より好ましくは7アミノ酸以内、さらに好ましくは5アミノ酸以内(例えば、5、4、3、2または1アミノ酸)である。変異を導入したタンパク質が植物に所望の形質を付与するか否かは、当該タンパク質をコードする遺伝子を発現させて、その植物がカビ毒に対して低減機能を示すは否かを調べることによって判断することができる。また、明細書中において「変異」とは、部位特異的突然変異誘発法等によって人為的に導入された変位を主に意味するが、天然に存在する同様の変異であってもよい。

【0028】
変異するアミノ酸残基は、アミノ酸側鎖の性質が保存されている別のアミノ酸に変異されていることが好ましい。例えば、アミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(G、A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸およびアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ酸(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(H、F、Y、W)が挙げられる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字表記を表す)。あるアミノ酸配列に対する1または複数個のアミノ酸残基の欠失、付加および/または他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有するポリペプチドがその生物学的活性を維持することはすでに知られている。

【0029】
上記(c)の遺伝子は、配列番号1または2で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質に関して、機能的に同等である変異体、誘導体、バリアントまたはホモログ、オルソログ等を意図しており、カビ毒を低減させる機能を有するタンパク質をコードする限り、その具体的な配列については特に限定されない。アミノ酸配列の相同性とは、アミノ酸配列全体(または機能発現に必要な領域)で、少なくとも80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有することを意味する。アミノ酸配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215: 403-410, 1990) を利用して決定することができる。該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87:2264-2268, 1990, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877, 1993) に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore =100、wordlength =12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore =50、wordlength =3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25: 3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。比較対象の塩基配列またはアミノ酸配列を最適な状態にアラインメントするために、付加または欠失(例えば、ギャップ等)を許容してもよい。

【0030】
上記(d)の遺伝子について、配列番号3は、配列番号1で示されるアミノ酸配列のFG01737.1タンパク質(PH-1菌株由来TEH1タンパク質)をコードする遺伝子の塩基配列(Open Reading Frame:ORF)を示す。同様に、配列番号4は、配列番号2で示されるアミノ酸配列のTEH1タンパク質(ZEA1菌株由来)をコードする遺伝子の塩基配列(ORF)を示す。図2に配列番号3、4の塩基配列を示す。図2のconsensusの配列は、配列番号3で示される塩基と配列番号4で示される塩基配列とに共通してみられる特徴的な塩基配列を示す。

【0031】
上記(e)の遺伝子は、上記(a)~(d)のいずれかの遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子を意図する。

【0032】
ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる塩基配列に特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成され、非特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成されない条件をいう。換言すれば、相同性が高い核酸同士、例えば完全にマッチしたハイブリッドの融解温度(Tm値)から15℃、好ましくは10℃、更に好ましくは5℃低い温度までの範囲の温度でハイブリダイズする条件ともいえる。例えば、一例を示すと、0.25M Na2HPO4、pH7.2、7%SDS、1mM EDTA、1×デンハルト溶液からなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で16~24時間ハイブリダイズさせ、さらに20mM Na2HPO4、pH7.2、1%SDS、1mM EDTAからなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で15分間の洗浄を2回行う条件を挙げることができる。他の例としては、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)、50mM Hepes pH7.0、10×デンハルト溶液、20μg/mL変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほど、特異性の高いハイブリダイズとなる。ただし、上記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間等)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。このことは、例えば、Sambrookら、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(2001)等に記載されている。

【0033】
図3に、上記(b),(c),または(e)の遺伝子がコードするタンパク質の一例として挙げられる、配列番号1(FG01737.1)のホモログタンパク質の一次構造を示す。網掛している部分は、FG01737.1タンパク質のN末端モチーフを示す。

【0034】
本明細書中で使用される場合、用語「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。ここで、遺伝子は、DNAの形態(例えば、cDNAもしくはゲノムDNA)、またはRNA(例えば、mRNA)の形態にて存在し得る。DNAまたはRNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。また、遺伝子は化学的に合成してもよく、コードするタンパク質の発現が向上するように、コドンユーセージ(Codon usage)を変更してもよい。勿論、同じアミノ酸をコードするコドン同士であれば置換することも可能である。また、用語「タンパク質」は、「ペプチド」または「ポリペプチド」と交換可能に使用される。本明細書において使用される場合、塩基およびアミノ酸の表記は、適宜IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を使用する。

【0035】
また、本発明に利用する遺伝子・タンパク質を得る方法としては、通常行われるポリヌクレオチド改変方法を用いてもよい。すなわち、タンパク質の遺伝情報を有するポリヌクレオチドの特定の塩基を置換、欠失、挿入および/または付加することで、所望の組換えタンパク質の遺伝情報を有するポリヌクレオチドを作製することができる。ポリヌクレオチドの塩基を変換する具体的な方法としては、例えば市販のキット(KOD-Plus Site-Directed Mutagenesis Kit;東洋紡製,Transformer Site-Directed Mutagenesis Kit; Clontech製,QuickChange Site Directed Mutagenesis Kit; Stratagene製など)の使用、またはポリメラーゼ連鎖反応法(polymerase chain reaction:PCR)の利用が挙げられる。これらの方法は当業者に公知である。

【0036】
また、本発明に利用する遺伝子は、上記タンパク質をコードするポリヌクレオチドのみからなるものであってもよいが、その他の塩基配列が付加されていてもよい。付加される塩基配列としては、特に限定されないが、標識(例えば、ヒスチジンタグ、MycタグまたはFLAGタグなど)、融合タンパク質(例えば、ストレプトアビジン、シトクロム、GST、GFPまたはMBPなど)、プロモーター配列、およびシグナル配列(例えば、小胞体移行シグナル配列、および分泌配列など)をコードする塩基配列などが挙げられる。これらの塩基配列が付加される部位は特に限定されるものではなく、例えば、翻訳されるタンパク質のN末端であっても、C末端でもあってもよい。

【0037】
本発明の方法の対象となる植物としては、赤かび病に感染する植物であれば特に制限されないが、イネ科の穀物が好ましく、ムギ類植物がより好ましい。より具体的には、例えばイネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、トウモロコシ、エン麦、アワ、モロコシ、シロイヌナズナ等が挙げられ、これらの中でも、コムギ、オオムギ、エン麦またはトウモロコシがより好ましい。

【0038】
また、本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、例えば、根、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂、葯、花粉等の植物組織やその切片、細胞、カルス、それを酵素処理して細胞壁を除いたプロトプラスト等の植物細胞が挙げられるが、これらに限定されない。

【0039】
本明細書中において「カビ毒」とは、カビ菌が生産する二次代謝産物の中で、ヒトまたは家畜に対して中毒を引き起こす有毒物質であり、本明細書中においては特に赤かび病菌が生産する有毒物質を意図している。上記カビ毒の具体的な例としては、赤かび病菌が生産するタイプBのトリコテセンカビ毒が挙げられる。上記タイプBのトリコテセンカビ毒の中でも、本発明が対象とするカビ毒としては、デオキシニバレノール(Deoxynivalenol;DON)またはニバレノール(Nivalenol;NIV)が好ましい。本発明が対象とするカビ毒がDONまたはNIVである場合、本発明におけるカビ毒低減機能がより高い効果を示す。

【0040】
本明細書中「赤かび病」とは、フザリウム・グラミネアラムを原因菌とする麦類赤かび病を意図している。

【0041】
本明細書中において、カビ毒を「低減」させるとは、上記カビ毒の濃度を減少させることを意図している。カビ毒の減少には、いったん生成されたカビ毒を分解等することにより減少させる場合のほか、カビ毒の生合成に関与する遺伝子群の発現抑制等により、カビ毒の生成自体を阻害する場合も含まれる。

【0042】
本明細書中「遺伝子を発現させる工程」とは、対象とする植物内において、上記遺伝子がコードするタンパク質が産出されるか、または当該タンパク質の産出量を増加させる工程であればよく、結果として、上記遺伝子を発現させた植物が、カビ毒を低減させる機能を有すればよい。

【0043】
「遺伝子の発現させる」とは、対象とする植物内において、上記遺伝子がコードするタンパク質の産生量が増大すればよく、外部から遺伝子を形質導入する場合を含む。その増大の程度としても、特に制限はなく、結果として、上記遺伝子が発現した植物が、カビ毒を低減させる機能を有すればよい。

【0044】
外部から遺伝子を形質導入する場合であれば、公知の方法を利用でき、具体的な方法は限定されないが、例えば後述する組換えベクターを植物に導入し、本遺伝子を発現させることにより、カビ毒を低減させる機能を有する植物を作出することができる。

【0045】
「組換えベクター」とは、上記(a)~(e)のいずれかの遺伝子を含むものであればよいが、適当なプロモーター等も含み、植物内で本遺伝子を発現できるものであることが好ましい。この際、使用するプロモーターとしては、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターを例示できるが、それ以外にもノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来のPRタンパク質プロモーターなども使用できる。

【0046】
本発明のカビ毒低減機能を有する植物の作製方法では、上記組換えベクターを植物に導入し、上記遺伝子を発現させることにより、カビ毒を低減させる機能を有する植物を作出することができる。本発明のカビ毒低減機能を有する植物の作製方法において、組換えベクターを植物に導入する方法としては、従来公知の方法を利用でき、例えば、アグロバクテリウムを用いた手法を例示できるが、それ以外にも、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティカルガン法、マイクロインジェクション法などによっても、導入することができる。

【0047】
本発明のカビ毒低減機能を有する植物の作製方法は、カビ毒低減機能を有する植物を選抜する工程を含むことが好ましい。上記選抜する工程を含むことによって、得られる植物が、上記機能を有することを容易に確認することができる。上記選抜する工程は、上記遺伝子が発現されているか否かを判定するものであればよく、具体的な方法は特に限定されない。

【0048】
<2.カビ毒低減機能を有する植物>
本発明に係るカビ毒低減機能を有する植物とは、上述の方法にて得られる植物であればよく、その他の構成は特に限定されない。換言すれば、上記(a)~(e)のいずれかの遺伝子が発現している植物ともいえる。

【0049】
本発明のカビ毒低減機能を有する植物は、植物体全体、植物器官(例えば根、茎、葉、花弁、種子、果実等)、植物組織(例えば表皮、篩部、柔組織、木部、維管束等)、植物細胞、カルス等のいずれをも包含する。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。

【0050】
また、一旦、染色体内の上記(a)~(e)のいずれかの遺伝子が発現された形質転換植物が得られれば、上記植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。上記植物またはその子孫、あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に上記植物を量産することもできる。また、本発明のカビ毒低減機能を有する植物は、形質転換処理を施した再分化当代である「T0世代」やT0世代の植物の自殖種子である「T1世代」などの後代植物や、それらを片親にして交配した雑種植物やその後代植物を含む。

【0051】
<3.カビ毒を低減させる方法>
本発明に係るカビ毒を低減させる方法は、上記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を用いる方法であればよく、その他の構成は特に限定されない。

【0052】
本発明者らは、配列番号1等で示される赤かび病菌由来のタンパク質が、カビ毒を低減させる機能を有することを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。カビ毒は、その化学構造にエポキシ環を有する。これまで、上記エポキシ環に対してアセチル化またはグリコシル化を行うことによって当該エポキシ環を化学修飾しても、カビ毒の毒性をなくすことができなかった。本発明者らは、カビ毒を産出する赤かび菌自体が有する上記タンパク質が、カビ毒のエポキシ環を加水分解し、カビ毒を代謝していることを見出した。

【0053】
本発明の方法によって、カビ毒を低減させることができるため、カビ毒に侵されていない植物を提供する、あるいはカビ毒にいったん侵された植物からカビ毒を低減させることができる。また、本発明の方法によって、カビ毒の発生を予防することもできる。

【0054】
本発明の方法によって低減させるカビ毒は、上述の通り、トリコテセン系カビ毒であることが好ましく、トリコテセンカビ毒の中でも、タイプBのトリコテセンカビ毒で例えば、DON、NIVなどを挙げることができる。

【0055】
本発明の方法を用いることができる植物は、カビ毒を産出する赤かび病に罹病性のある植物であればよく、特に限定されず、上述した各種イネ科の穀物に対して好適に用いることができる。

【0056】
その他、<1.カビ毒低減機能を有する植物の作製方法>と共通する構成は、上記<1.カビ毒低減機能を有する植物の作製方法>の記載を援用する。

【0057】
<4.カビ毒を低減させる機能を有するタンパク質・遺伝子の利用>
本発明に係るカビ毒低減剤は、上記(a)~(e)のいずれかの遺伝子または当該遺伝子にコードされるタンパク質を有効成分とするものであればよく、その他の構成、形態はとくに限定されない。

【0058】
かかるカビ毒低減剤は、植物に適用されるものであり、植物成長調節剤等の公知の植物に適用される薬剤に許容される担体成分を含有する組成物として提供され得る。また、カビ毒低減剤は、上記遺伝子または当該遺伝子を含む組換え発現ベクターと、植物を形質転換するための各種試薬等とを含むキットの態様で提供されてもよい。また、本カビ毒低減剤は、上記<3>欄で説明した方法に用いることもできる。当該方法は、カビ毒低減剤の散布や植物への注入、また形質転換技術などにより行うことができる。

【0059】
本発明のカビ毒低減剤は、すでにカビ毒に侵されている植物に対して用いてもよいし、カビ毒に侵されていない植物に対して用いてもよい。カビ毒に侵されていない植物に対して、本発明のカビ毒低減剤を用いることによって、上記植物がカビ毒に侵される可能性を減少させることができる。

【0060】
その他、<1.カビ毒低減機能を有する植物の作製方法>と共通する構成は、上記<1.カビ毒低減機能を有する植物の作製方法>の記載を援用する。

【0061】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。

【0062】
また、本発明において、カビ毒低減機能を有することが実験的に確認されたのはシロイヌナズナだけであるが、本発明は、赤かび病に感染する植物一般、特にイネ科植物、さらにはムギ類植物に広く適用できると考えられる。これは以下の理由による。

【0063】
まず、赤かび病菌は、広くイネ科植物、特にムギ類植物に感染するが、シロイヌナズナにも感染する。そして、その感染形態・病徴は、ムギ類植物のコムギとシロイヌナズナとにおいてほぼ共通することが知られている(Urban et al., Plant J., 32: 961, 2002)。特に、赤かび菌が産生するタイプBのトリコテセン系カビ毒の作用として、タンパク質合成阻害や根の伸長阻害が知られているが、これらカビ毒の作用はシロイヌナズナとコムギにおいて同様に引き起こされる(Masuda et al., J. Exp. Bot. 58:1617, 2007)。

【0064】
また、本発明において、カビ毒を低減させる機能を有する遺伝子は、カビ毒由来の遺伝子である。そのため、シロイヌナズナにおいてカビ毒が低減することを実験的に確認していれば、カビ毒に侵されている植物がシロイヌナズナでなくても、カビ毒に対して同様の効果が得られることは当業者であれば容易に理解できる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例において、本発明における配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を「TEH1」、配列番号4で示される塩基配列からなるTEH1をコードする遺伝子を「teh1」と称する。
【実施例】
【0066】
<1.TEH1を用いて作製した形質転換体>
まず、赤かび病菌(F.graminearum)の菌株ZEA1のゲノムからクローニングしたteh1を赤かび病菌に導入し、TEH1を過剰発現する赤かび病菌の形質転換体(以下「TEH1過剰発現株」と称する。)を作製した。
【実施例】
【0067】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0068】
赤かび病菌(F.graminearum)の菌株ZEA1から全RNAを抽出し、逆転写PCRを行い、TEH1をコードするteh1遺伝子を増幅した。なお、TEH1のC末端部分にHAタグが付加された融合タンパク質が発現するように、9アミノ酸残基のHAペプチド配列をコードする塩基配列を組み込んだリバースプライマーを設計した。増幅した塩基配列を、pUC18をバックボーンとした糸状菌形質転換プラスミドに組み込んだ。組み込まれたteh1は、糸状菌で構成的に発現調節されるとされているAspergillus nidulans由来のトリプトファン合成酵素遺伝子プロモーターとターミネーターによって調節されている。また、形質転換体の選抜マーカーとして、ハイグロマイシン耐性遺伝子を用いた。このベクターをZEA1の菌体から調整したプロトプラストと混ぜ合わせ、PEG法を用いて形質転換を行った。
【実施例】
【0069】
図4は、形質転換体をハイグロマイシン100μg/mL添加したPDA培地における各菌株の生育の様子を示す図である。図4(A)は野生型WTの菌株の様子を示したものであり、図4(B)~図4(D)がTEH1過剰発現株の様子を示したものである。同図より、teh1を赤かび病菌に導入できたことがわかる。
【実施例】
【0070】
図5は、野生型およびTEH1過剰発現株のSN培地における分生子の様子を示す図である。図5(A)が、野生型の分生子の様子を示すものであり、図5(B)が、TEH1過剰発現株の分生子の様子を示すものである。同図より、TEH1を過剰発現させた形質転換体は、野生型と比べて、特に形態的な異常は認められないことがわかる。
【実施例】
【0071】
図6は、野生型およびTEH1過剰発現株のSNA培地における気中菌糸の様子を示す図である。図6(A)が野生型の気中菌糸の様子を示すものであり、図6(B)がTEH1過剰発現株の気中菌糸の様子を示すものである。同図に示すように、TEH1を過剰発現させた形質転換体は、野生型と比べて、外観上、特に差異は認められないことがわかる。
【実施例】
【0072】
<2.赤かび病菌中におけるTEH1の発現>
赤かび病菌(F.graminearum)のゲノムからクローニングしたteh1を赤かび病菌に導入し、作製した赤かび病菌の形質転換体中において、TEH1の過剰発現を確かめるために、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法およびWestern blottingによって確認した。
【実施例】
【0073】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0074】
PDA培地上で3日間生育した野生株とTEH1過剰発現株の菌体から全RNAを抽出し、オリゴdTプライマーを用いて逆転写を行った後、それぞれのプライマーを用いてPCRを行った。図7にRT-PCRの結果を示す。上段にTEH1遺伝子、下段にコントロールとして用いたβ-チューブリン遺伝子の結果を示す。WTは野生株であり、#1~#3はTEH1過剰発現株である。図7に示すように、形質転換体中において、TEH1のmRNAの高発現を確認することができた。
【実施例】
【0075】
PDA培地上で3日間生育した野生株とTEH1過剰発現株の菌体から全タンパク質を抽出し、SDS-PAGEによって展開後メンブレンに転写し、HAタグ配列を検出することで、TEH1タンパク質の発現を確認した。
【実施例】
【0076】
図8にWestern blottingの結果を示す。図8の上段は、HA抗体による検出の結果を示すものであり、矢印はTEH1の推定分子量(46.9kDa)を示す。図8の下段は、ポンソーS染色による検出の結果を示すものである。図8に示すように、teh1を赤かび病菌に導入し、作製した赤かび病菌の形質転換体中において、TEH1タンパク質が高発現していることを確認することができた。
【実施例】
【0077】
<3.赤かび病菌(DON)の生合成に関与する遺伝子に対するTEH1の影響>
TEH1過剰発現株において、TEH1が、DONの生合成に関与すると報告されている14種類の遺伝子に対する影響の有無を確認するために、RT-PCRを用いて、形質転換体における上記14種類の遺伝子の発現を解析した。
【実施例】
【0078】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0079】
PDA培地上で3日間生育した野生株とTEH1過剰発現株の菌体から全RNAを抽出し、オリゴdTプライマーを用いて逆転写を行った後、それぞれのプライマーを用いてPCRを行った。
【実施例】
【0080】
図9に結果を示す。WTは野生株、♯1-3は過剰発現体を示す。β-tubulinをコントロールとして用いた。図9の左側の7種類の遺伝子の結果が示すように、TEH1過剰発現株と野生株(WT)とを比較すると、TEH1過剰発現株では、DONの生合成経路に関与する遺伝子の多くの発現が低下していることがわかった。また、図9の右側の7種類の遺伝子の結果が示すように、positive regulatorの発現はやや抑制されており、negative regulatorの発現は増加していることがわかった。またtransporterであるTRI12の発現も抑制されていた。さらに、機能未知のTRI14,TRI9の発現も抑制されていることがわかった。この結果より、TEH1の過剰発現により、DONの生合成に関与する遺伝子の発現が低下することがわかる。
【実施例】
【0081】
<4.質量分析を用いたTEH1の機能評価>
TEH1がカビ毒を分解することを確認するために、野生株(WT)およびTEH1過剰発現株のそれぞれにおいて、カビ毒である3A-DONの質量分析を行った。
【実施例】
【0082】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0083】
図10に野生株(WT)およびTEH1過剰発現株のそれぞれについての質量分析の結果を示す。野生株及びTEH1過剰発現株をPDA培地上で1週間生育させ、菌糸を回収・破砕後、アセトニトリルと水からなる溶媒でカビ毒を抽出し、カラム(MycoPrep#227)を用いて精製し、質量分析計(MALDI TOF TOF)を用いて、分析を行った。図10Aが、野生株(WT)、図10Bが、TEH1過剰発現株の質量分析計での解析結果を示すものである。図10Aと図10Bとを比較すると、TEH1過剰発現株では、360~364m/zに確認される3アセチルデオキシニバレノール(3A-DON)由来のピークが減少していることが確認できた(図中、黒矢印で示すピーク)。一方、TEH1過剰発現株では、341m/z付近に新たなピークが確認できたが、本ピークは3A-DONの分解産物であると推定される(図中、白抜きの矢印で示すピーク)。この結果から、TEH1がカビ毒を分解することがわかる。
<5.シロイヌナズナを用いたTEH1の機能評価1>
赤かび病菌のTEH1過剰発現株と、コントロールとして緑色蛍光タンパク質(GFP)を導入した菌株のそれぞれを接種したシロイヌナズナの葉の様子を観察した。
【実施例】
【0084】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0085】
SN培地液体で3日間振とう培養したGFP株とTEH1過剰発現株から、ガーゼによって菌体を取り除き、遠心によって回収した分生子をPBSバッファーにて3回洗浄した。単離した分生子を100,000個/mlの濃度に再懸濁し、約4週間育てたシロイヌナズナの葉に針なしのシリンジを用いて注入接種を行った。接種後、密閉容器で3日間保湿した後、病徴の観察とリアルタイムPCRにより菌と植物のゲノム量を測定した。
【実施例】
【0086】
図11は、赤かび病菌分生子を葉に注入接種してから3日後のシロイヌナズナの葉の病徴を示す図である。図11Aが、GFPを導入した赤かび病菌を接種したシロイヌナズナの葉であり、図11Bが、TEH1過剰発現株を接種したシロイヌナズナの葉を示している。図11Aと図11Bとを比較すると、TEH1過剰発現株を接種したシロイヌナズナでは、赤かび病による病徴(赤かび病菌の増殖による枯死や気中菌糸の発生)を抑制されていた。この結果より、TEH1がカビ毒を分解することで、赤かび病菌の病原性が低下することがわかる。
【実施例】
【0087】
<6.シロイヌナズナを用いたTEH1の機能評価2>
緑色蛍光タンパク質(GFP)を導入した赤かび病菌とTEH1過剰発現株を接触させたシロイヌナズナのgDNA量を確認した。
【実施例】
【0088】
具体的な実験手順は以下の通りである。
【実施例】
【0089】
上記の病徴観察と同様に赤かび病菌を接種した植物試料を準備し、リアルタイムPCRにより赤かび菌のEF1α遺伝子と植物のACT2遺伝子を増幅することにより、接種サンプルに含まれる菌と植物それぞれのゲノム量を測定した。菌のgDNA量が多い程、シロイヌナズナでの高い増殖能、すなわち高い病原性を示すことになる。
【実施例】
【0090】
図12に結果を示す。図12の縦軸は、シロイヌナズナの葉の全gDNAにおける赤かび病菌のgDNAの割合である。GFPを導入した赤かび病菌(図中、ZEA1GFPと示す)を接種させたシロイヌナズナに比べて、TEH1過剰発現株(図中、#3と示す)を接種させたシロイヌナズナは、赤かび病菌のgDNA量が顕著に少ないことがわかる。これより、TEH1過剰発現株では、植物における増殖能(病原性)が低下していることがわかる。
【実施例】
【0091】
<7.TEH1を発現する形質転換シロイヌナズナを用いたTEH1の機能評価>
トリコテセン系カビ毒の中でも最も問題になっているデオキシニバレノール(DON)を含む培地にて、TEH1を発現する形質転換シロイヌナズナと野生型のシロイヌナズナを生育させ、TEH1の機能を評価した。
【実施例】
【0092】
赤かび病菌(ZEA菌株)由来のteh1遺伝子のコード領域をカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターの下流に置いた融合遺伝子を作製し、アグロバクテリウムを用いた、シロイヌナズナ(Columbia-0)へ形質転換を行った。遺伝子組換体をカナマイシン(50μg/ml)で選抜し、得られた耐性植物について、teh1遺伝子の導入を確認した。さらに、これらの複数の遺伝子組換え系統において、実際にteh1遺伝子が高発現していることを確認した。野生型(Col-0)とTEH1過剰発現株の種子を滅菌し、トリコテセンのDONを含むMS培地で生育させて、DON耐性について調べた。植物細胞でもTEH1によるDONの分解活性が見られれば、TEH1過剰発現株では、DONによる生育阻害が野生株よりも緩和されることが期待される。
【実施例】
【0093】
図13に、DON含有MS寒天培地で育てた、播種後1週間のTEH1を発現する形質転換シロイヌナズナ株と野生株の結果を示す。図13の左は写真を示し、右は各系統における根の長さの測定データをグラフ化したものである。なお、図中、THE1ox♯37及びTHE1ox♯33はTEH1を発現する形質転換シロイヌナズナ株であり、WTは野生型を示す。
【実施例】
【0094】
同図に示すように、TEH1を発現するシロイヌナズナは、野生型に比べて、根の伸長も2倍以上優れており、DONの影響を受けにくいことがわかる。これより、TEH1を発現する形質転換シロイヌナズナは、赤かび病菌の毒素が存在する場合でも生育できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、カビ毒が低減した安全性の高い植物を提供することができるため、農業、食品産業等に利用可能である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図10】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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