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明細書 :大脳基底核神経回路の神経伝達を解析する方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5728471号 (P5728471)
登録日 平成27年4月10日(2015.4.10)
発行日 平成27年6月3日(2015.6.3)
発明の名称または考案の名称 大脳基底核神経回路の神経伝達を解析する方法
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
A01K  67/027       (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
C12Q   1/68        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
A01K 67/027
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
C12Q 1/68 A
請求項の数または発明の数 13
全頁数 29
出願番号 特願2012-512542 (P2012-512542)
出願日 平成22年4月30日(2010.4.30)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 上原記念生命科学財団研究報告集Vol.23(平成21(2009)年12月22日)財団法人 上原記念生命科学財団発行第1-5頁に発表
国際出願番号 PCT/JP2010/003089
国際公開番号 WO2011/135632
国際公開日 平成23年11月3日(2011.11.3)
審査請求日 平成25年4月25日(2013.4.25)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
発明者または考案者 【氏名】疋田 貴俊
【氏名】中西 重忠
個別代理人の代理人 【識別番号】100088904、【弁理士】、【氏名又は名称】庄司 隆
【識別番号】100124453、【弁理士】、【氏名又は名称】資延 由利子
【識別番号】100135208、【弁理士】、【氏名又は名称】大杉 卓也
【識別番号】100152319、【弁理士】、【氏名又は名称】曽我 亜紀
審査官 【審査官】太田 雄三
参考文献・文献 WADA, N., et al.,Conditioned eyeblink learning is formed and stored without cerebellar granule cell transmission,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,2007年10月16日,Vol. 104, No. 42,pp. 16690-16695,Fig. 1
金子鋭ら,線条体コリン作動性インターニューロンによる基底核神経回路の可塑性の解析,臨床神経学,2001年11月 1日,第41巻、第11号,p. 860, P1-K-6
疋田貴俊,132.可逆的神経伝達阻止法による大脳基底核回路の制御機構の解明,上原記念生命科学財団研究報告集,2009年12月22日,Vol. 23,p. 1-5,全文
調査した分野 C12N 15/09
A01K 67/027
C12Q 1/68
G01N 33/15
G01N 33/50
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CiNii
WPIDS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
以下の工程を含む、薬物依存症または報酬学習に影響を与え得る物質の探索方法:
(a)トランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程であって、以下の(1)または(2)に記載の工程;
(1)線条体の間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程、または
(2)左右線条体の一側の線条体の直接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物において、他側の線条体に被験物質を投与する工程、ならびに、
(b)被験物質を投与した場合と投与していない場合とで、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標を比較し、当該指標に変化が生じた被験物質を、薬物依存症または報酬学習に影響を与え得る物質として選択する工程。
【請求項2】
線条体の間接路を遮断した前記トランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、かつ、線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有するトランスジェニック非ヒト動物であり、
左右線条体の一側の線条体の直接路を遮断した前記トランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、かつ、一側の線条体に線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有するトランスジェニック非ヒト動物である、
請求項1に記載の探索方法。
【請求項3】
以下の工程を含む、忌避学習に影響を与え得る物質の探索方法:
(a)トランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程であって、以下の(1)または(2)に記載の工程;
(1)線条体の直接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程、または
(2)左右線条体の一側の線条体の間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物において、他側の線条体に被験物質を投与する工程、ならびに
(b)被験物質を投与した場合と投与していない場合とで、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標を比較し、当該指標に変化が生じた被験物質を、忌避学習に影響を与え得る物質として選択する工程。
【請求項4】
線条体の直接路を遮断した前記トランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、かつ、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有するトランスジェニック非ヒト動物であり、
左右線条体の一側の線条体の間接路を遮断した前記トランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、かつ、一側の線条体において線条体に線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有するトランスジェニック非ヒト動物である、
請求項3に記載の探索方法。
【請求項5】
線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターがエンケファリンのプロモーターであり、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターがサブスタンスPのプロモーターである、請求項2または4に記載の探索方法。
【請求項6】
大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が行動である、請求項1~5のいずれか1に記載の探索方法。
【請求項7】
工程(a)において、前記トランスジェニック非ヒト動物に依存性薬物を投与した後、被験物質が投与される、請求項1~のいずれか1に記載の探索方法。
【請求項8】
前記トランスジェニック非ヒト動物に、神経回路の遮断を解除する物質を投与する工程を含む、請求項1~のいずれか1に記載の探索方法。
【請求項9】
線条体の間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物、または左右線条体の一側の線条体の直接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物を用いて、薬物依存症または報酬学習における脳神経回路の神経伝達について解析する方法。
【請求項10】
線条体の直接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物、または左右線条体の一側の線条体の間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物を用いて、忌避学習における脳神経回路の神経伝達について解析する方法。
【請求項11】
前記トランスジェニック非ヒト動物に、薬物を投与する工程を含む、請求項9または10に記載の解析方法。
【請求項12】
前記トランスジェニック非ヒト動物に、神経回路の遮断を解除する物質を投与する工程を含む、請求項9~11のいずれか1に記載の解析方法。
【請求項13】
薬物が依存性薬物であり、薬物依存症の病態を解析するために行われる、請求項11記載の解析方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、大脳基底核の神経回路の神経伝達について解析する方法、および大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大脳基底核は運動バランスの制御や報酬に基づく学習に重要な脳神経部位であり、その障害はパーキンソン病、ハンチントン病、薬物依存症などの精神神経疾患に至る。線条体投射神経細胞はGABA作動性中型有棘細胞であり、その投射先から直接路を構成する線条体黒質神経細胞と間接路を構成する線条体淡蒼球神経細胞に二分される。これらの2つの経路からの入力は黒質網様部/腹側被蓋野で統合され、大脳基底核-視床-皮質回路の動的バランスを制御している。
【0003】
近年、BACトランスジェニックマウスを用いた技術によって、線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞を標識することが出来るようになっており、2種類の細胞が異なる機能タンパク質や細胞内情報分子を発現していることが示されている(非特許文献1)。かかるBACトランスジェニックマウスではD1ドーパミン受容体あるいはD2ドーパミン受容体のプロモーターを、蛍光タンパク質などを発現させるために用いているが、目的の中型有棘細胞だけでなく線条体内のインターニューロンにも発現するなど特異性に欠ける。線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞は、線条体内に同数が混じり合って存在し、サイズ、形態、電気生理学的性質が似ているために、これらの2つの経路を介してどのように神経情報が処理統合されているかを解析することは不可能であった。
【0004】
小脳の顆粒細胞の神経伝達を選択的かつ可逆的に遮断する技術(非特許文献2、特許文献1)が開示されている。非特許文献2および特許文献1では、GABAA受容体α6サブユニットプロモーター下にテトラサイクリン活性型転写因子遺伝子(rtTA)を持つトランスジェニックマウスと、テトラサイクリン応答配列およびCMVプロモーターの下流に、緑色蛍光タンパク質GFPと破傷風菌毒素の融合遺伝子を持つトランスジェニックマウスが作製され、これらのマウスをかけ合わせることにより、ダブルトランスジェニックマウスが作製されている。
【0005】
このダブルトランスジェニックマウスにテトラサイクリンの誘導体であるドキシサイクリンを投与すると、GABAA受容体α6サブユニットプロモーターによって小脳顆粒細胞に選択的に発現するrtTAが活性化され、2番目の導入遺伝子上のテトラサイクリン応答配列に働き、GFPと破傷風菌毒素の融合タンパク質を発現する。破傷風菌毒素はシナプス開口分泌関連タンパク質VAMP2を切断し、神経伝達物質の放出を抑制する。ドキシサイクリンの投与を中止すると、rtTAは不活性化され、破傷風菌毒素の発現はなくなり、やがて新生したVAMP2によって神経伝達は再開される。この技術により、他の神経回路の神経伝達を阻害することなく、小脳顆粒細胞からの神経伝達を選択的にかつ可逆的に遮断することが出来た(非特許文献3)。同様の技術が海馬、網膜の神経回路へ適応されている(非特許文献4、5)。
【0006】
線条体内でより特異性の高いプロモーターとして、サブスタンスPとエンケファリンのプロモーターが知られているが、これらは大脳皮質や脊髄など他の脳部位でも広く発現するものである。大脳基底核の神経回路を特異的に遮断した系については、報告がされていない。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】特開2003-9888号公報
【0008】

【非特許文献1】Valjent E. et al., (2009) Trends Neurosci., 32, 538-547
【非特許文献2】Yamamoto, M., et al., (2003) J. Neurosci., 23, 6759-6767
【非特許文献3】Wada, N., et al., (2007) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 16690-16695
【非特許文献4】Nakashiba, T., et al., (2008) Science, 319, 1260-1264
【非特許文献5】Kerschensteiner, D., et al., (2009) Nature 460, 1016-1020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達について解析する方法および、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質の探索方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物を用いることにより、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達について解析すること、および脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質を探索することが可能であることを見出し、本発明を完成した。直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物は、具体的には、サブスタンスPおよびエンケファリンのプロモーターを有する遺伝子発現カセットを作製し、当該遺伝子発現カセットを神経毒素を発現可能なマウスの線条体に局所的に導入することにより、大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路が可逆的に遮断されたトランスジェニックマウスを作製可能であることを見出した。
【0011】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.以下の工程を含む、脳神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質の探索方法:
(a)大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程、ならびに、
(b)被験物質を投与した場合と投与していない場合とで、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標を比較し、当該指標に変化が生じた被験物質を、脳神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質として選択する工程。
2.前記トランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、かつ、線条体に線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターおよび/または線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有するトランスジェニック非ヒト動物である、前項1に記載の探索方法。
3.大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が行動である、前項1または2に記載の探索方法。
4.以下のいずれかである、前項1に記載の探索方法:
(i)脳神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質が、直接路の神経伝達に影響を与え得る物質であり、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が、薬物依存症や報酬学習に関する指標である;若しくは
(ii)脳神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質が、間接路の神経伝達に影響を与え得る物質であり、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が忌避学習に関する指標である。
5.工程(a)において、前記トランスジェニック非ヒト動物に依存性薬物を投与した後、被験物質が投与される、前項1~4のいずれか1に記載の探索方法。
6.前記トランスジェニック非ヒト動物に、神経回路の遮断を解除する物質を投与する工程を含む、前項1~5のいずれか1に記載の探索方法。
7.脳神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質が、精神神経疾患を治療もしくは予防し得る物質である、前項1~6のいずれか1に記載の探索方法。
8.大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物を用いて、脳神経回路の神経伝達について解析する方法。
9.前記トランスジェニック非ヒト動物に、薬物を投与する工程を含む、前項8に記載の解析方法。
10.前記トランスジェニック非ヒト動物に、神経回路の遮断を解除する物質を投与する工程を含む、前項8または9に記載の解析方法。
11.薬物が依存性薬物であり、薬物依存症の病態を解析するために行われる、前項9または10に記載の解析方法。
12.線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターおよび/または線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、その下流に刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有する、ウイルスベクター。
13.大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物が、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターおよび/または線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを、線条体に有する、トランスジェニック非ヒト動物。
14.線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターがサブスタンスPのプロモーターであり、線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターがエンケファリンのプロモーターである、前項13に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【発明の効果】
【0012】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、大脳基底核の直接路および/または間接路において、不可逆的な細胞死を誘導することなく、長期間の可逆的な神経伝達遮断を実現することが可能となり、神経ネットワークの制御機構にアプローチすることが可能となる。また本発明の解析方法では、大脳基底核の神経回路が関連する病態や神経回路における神経伝達のメカニズムを解析することが可能であり、これは大脳基底核の神経回路に関連する病態を治療もしくは予防するための創薬に直結し得る。さらに、本発明の探索方法によれば、大脳基底核の神経回路に関連する病態を治療もしくは予防するための候補化合物を容易かつ効果的にスクリーニングすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】サブスタンスPもしくはエンケファリンのプロモーター、破傷風菌毒素(TN)、テトラサイクリン発現調節システムを用いた、トランスジェニックマウスについて説明する図である(実施例1)。 Aは、本発明の一態様であるトランスジェニックマウスにおけるシステムの模式図である。上はアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターコンストラクトを示した図であり、下はトランスジェニックマウスにおけるシステムのメカニズムを示した図である。 Bは、AAVを注入したTNトランスジェニックマウスの線条体組織におけるGFP-TNの可逆的発現を示した図である。バンドはGFP抗体によるウエスタンブロッティングの結果を示す。 Cは、VAMP2抗体によるウエスタンブロッティングの結果を示す図である。12kDaのバンドは、切断されたVAMP2断片を示し、18kDaのバンドは、切断を受けていないVAMP2を示す。
【図2】大脳基底核神経回路の模式図である(実施例1)。 Sは線条体黒質神経細胞、Eは線条体淡蒼球神経細胞を示す。大脳基底核の直接路は線条体から直接、黒質網様部/腹側被蓋野(SNr/VTA)に入力する。大脳基底核の間接路は線条体から淡蒼球(GP)、視床下核(STN)を介して黒質網様部/腹側被蓋野(SNr/VTA)に入力する。Xは、本発明のトランスジェニック非ヒト動物にて遮断された神経回路の部位を示す。なお、白矢印は興奮性神経伝達、黒矢印は抑制性神経伝達を示す。
【図3】AAV注入されたトランスジェニックマウス線条体の組織像を示す図である(実施例2)。 AはNissl染色像を示す。 Bはドーパミントランスポーターに対する抗体を用いた免疫組織化学像を示す。 Cは35Sで標識されたSP cDNA全長もしくはEnk cDNA全長に対するRNAプローブを用いたin situハイブリダイゼーション組織化学像を示す。
【図4】細胞特異的な破傷風菌毒素の発現を示す二重免疫組織化学像を示す(実施例2)。 Aは、サブスタンスP(SP)プロモーターを担持するAAVコンストラクト(V-S-tTA)を注入したトランスジェニックマウスの線条体における二重免疫組織化学像を示す。PPTAはSPの前駆体に対する抗体を用いた免疫組織像である。横棒は10 μmのスケールを示す。 Bは、エンケファリン(Enk)プロモーターを担持するAAVコンストラクト(V-E-tTA)を注入したトランスジェニックマウスの線条体における二重免疫組織化学像を示す。PPEはEnkの前駆体に対する抗体を用いた免疫組織像である。横棒は10 μmのスケールを示す。
【図5】線条体インターニューロンに破傷風菌毒素が発現しないことを示す二重免疫組織化学像である(実施例2)。横棒は10 μmのスケールを示す。
【図6】V-S-tTAを注入したトランスジェニックマウスでの黒質網様部での直接路特異的な神経伝達遮断を示す図である(実施例3)。 Aは、V-S-tTAもしくはV-E-tTAを注入したトランスジェニックマウスの線条体を電気刺激した直後の黒質網様部での電気生理学的な反応を示す。矢印は線条体での電気刺激のタイミングを示す。 Bは、bicuculline感受性の短い潜時の電気生理学的反応の大きさを示す。棒グラフは、線条体刺激10ミリ秒以内での電気生理学的反応(4-5回分)の最大値の平均と標準誤差を示す。**は統計解析によるP<0.01の有意差、n.s.は統計上有意差無しを示す。【0014】
大脳基底核は運動制御や報酬系に基づく学習に重要な脳神経部位である。大脳基底核のでは、ドーパミンやアセチルコリンの入力を中型有棘細胞が受け、中型有棘細胞は線条体、側坐核の出力を担当する。出力の経路は、線条体黒質神経細胞より黒質網様部に投射する直接路と、線条体淡蒼球神経細胞より淡蒼球を介して出力する間接路に大きく二分されているにも関わらず、直接路と間接路の情報処理や制御機構について明らかにされていなかった。

【0015】
本発明者らは、大脳基底核の神経回路の制御機構を調べるために、大脳基底核の特定の神経回路において、テトラサイクリン依存的に破傷風菌毒素TNを発現させ、シナプス小胞開口分泌制御タンパク質VAMP2の機能を阻害し、シナプス活動を可逆的に阻害するシステムを構築した。具体的には、以下のようにして行った。

【0016】
まず、大脳基底核の線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞のそれぞれに特異的に発現するサブスタンスPおよびエンケファリンのプロモーターを用いてテトラサイクリン依存性転写因子を発現させる構造を持つ遺伝子を作製し、当該遺伝子を担持させたアデノ随伴ウイルスを作製した。このウイルスをテトラサイクリン応答配列と破傷風菌毒素を有するトランスジェニックマウス(非特許文献2)の線条体に注入し、ダブルトランスジェニックマウスを作製した。作製したダブルトランスジェニックマウスに、テトラサイクリン類似体であるドキシサイクリンを投与もしくは非投与することによって、大脳基底核の直接路と間接路の神経伝達が特異的かつ可逆的に遮断できることがわかった。

【0017】
さらに当該ダブルトランスジェニックマウスの片側線条体にウイルスを投与することにより、直接路および/または間接路の遮断による回転行動に与える影響を観察したところ、薬物依存症、報酬学習、忌避学習等において、直接路と間接路の神経伝達が異なる役割を有していることを見出した。すなわち、直接路は薬物依存症、報酬学習などに関与していることが示唆され、間接路が忌避学習に関与していることが示唆された(図2)。

【0018】
直接路と間接路の薬物依存症等における神経伝達の異なる役割は、これまで全く報告されていなかった。本発明者らは、上記ダブルトランスジェニックマウスを用いることにより、直接路および/または間接路の機能を区別して脳神経回路の制御機構を、より詳細に解明することが可能となることを見出した。かかるメカニズムの解明は薬物依存症等の治療薬・予防薬等の創薬に直結するものと考えられる。また本発明者らは、当該ダブルトランスジェニックマウスにより得られた直接路と間接路の神経伝達のメカニズムに着目して、脳の神経回路、特に直接路および/または間接路の神経伝達に影響を及ぼす物質を探索する方法を完成した。脳の神経回路、特に直接路および/または間接路の神経伝達に影響を及ぼす物質は、薬物依存症等の治療・予防薬となることが期待される。

【0019】
(トランスジェニック非ヒト動物)
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、大脳基底核の神経回路のうち、直接路および/または間接路を遮断したトランスジェニック非ヒト動物である。当該トランスジェニック非ヒト動物は、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有し、線条体に、サブスタンスPのプロモーターおよび/またはエンケファリンのプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子とを有する、トランスジェニック非ヒト動物またはその一部である。本発明におけるトランスジェニック非ヒト動物の一部とは、トランスジェニック非ヒト動物から得られた脳などの臓器のほか、線条体培養神経細胞、線条体スライスカルチャーなどが挙げられる。

【0020】
大脳基底核の直接路と間接路を構成する細胞は、それぞれ線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞である。これらの細胞は、線条体内に同数が混じり合って存在し、サイズ、形態、電気生理学的性質が似ているが、いくつかの機能タンパク質が線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞のそれぞれに特異的に発現することが知られている。これらのタンパク質をコードする遺伝子のプロモーターを、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターとして用いることができる。

【0021】
例えば、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターとしては、サブスタンスPのプロモーターやダイノルフィンのプロモーターが例示されるが、好ましくはサブスタンスPのプロモーターである。サブスタンスPのプロモーターは、マウスpreprotachykinin A遺伝子の-1525から+543領域(配列番号1); NCBI accession number NT_039340が例示されるが、プロモーターとしての活性を有するものであれば、1~数個の塩基が置換、欠失、付加および/または挿入されていてもよい。

【0022】
また線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターとしては、エンケファリンのプロモーターやA2Aアデノシン受容体のプロモーターが例示されるが、好ましくはエンケファリンのプロモーターである。エンケファリンのプロモーターは、マウスpreproenkephalin遺伝子の-1834から+148領域(配列番号2);NCBI accession number NT_039258が例示されるが、プロモーターとしての活性を有するものであれば、1~数個の塩基が置換、欠失、付加および/または挿入されていてもよい。

【0023】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子および刺激物質応答因子配列を用いることにより、特定の刺激物質により可逆的に特定の遺伝子の発現を制御するシステムを構築したものであり、発現が制御される特定の遺伝子は、神経回路の神経伝達を制御し得る物質をコードする遺伝子である。

【0024】
特定の刺激物質により可逆的に遺伝子の発現を制御するシステムとしては、抗生物質、例えばテトラサイクリン系抗生物質の有無によって制御するシステムや、ホルモンに対する応答性のあるプロモーターを使う方法(Lee, F., et al., (1981) Nature, 294, 228-232)などが例示される。テトラサイクリン系抗生物質の有無によって制御するシステムとしては、具体的にはテトラサイクリン発現調節システム(Gossen, M., and Bujard, H., (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 5547-5551)が例示される。

【0025】
刺激物質依存性転写因子タンパク質は、刺激物質もしくはその誘導体、類似体等の投与もしくは非投与により、刺激物質応答因子配列の支配下にある遺伝子の発現を誘導する因子であればよい。テトラサイクリン系抗生物質の有無によって制御するシステムを用いる場合は、刺激物質依存性転写因子タンパク質としてテトラサイクリン発現調節因子を用いることが好ましい。テトラサイクリン発現調節因子は、テトラサイクリン、またはその誘導体や類似体等の投与、あるいは非投与によりテトラサイクリン応答配列の支配下にある遺伝子発現を誘導する因子であればよく、具体的にはテトラサイクリン依存性転写因子(tTA)(Tetoracycline-controlled transactivator: Gossen, M., and Bujard, H., (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 5547-5551)、あるいはrtTA (Reverse tetracycline-controlled transactivator: Gossen, M., et al., (1995) Science, 268, 1766-1769)などが挙げられる。

【0026】
刺激物質応答因子配列は、刺激物質依存性転写因子タンパク質が結合でき、この結合により下流の遺伝子を発現させることができる配列であれば、いかなるものであってもよい。刺激物質応答因子配列の下流の遺伝子の発現は、刺激物質応答因子配列の下流に当該刺激物質応答因子配列によって制御されるプロモーターが連結されており、さらに当該プロモーターの制御下に発現が制御される遺伝子がおかれることが好ましい。テトラサイクリン系抗生物質の有無によって制御するシステムを用いる場合は、刺激物質応答因子配列は、テトラサイクリン応答配列であることが好ましく、具体的にはテトラサイクリンオペレータ(Gossen, M., and Bujard, H., (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 5547-5551)が例示される。刺激物質応答因子配列によって制御されるプロモーターとしては、それ自体では活性を有さず、刺激物質応答因子配列によって制御されるものであればいかなるものであってもよいが、具体的にはCMVミニマムプロモーター等が例示される。

【0027】
刺激物質応答因子配列の下流の遺伝子は、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、生体内に導入したり生体内から除去したときに、可逆的に神経伝達物質の放出を抑制もしくは促進することができるものであればいかなるものであってもよい。神経伝達阻止機能を有するタンパク質は例えば、神経毒素、神経毒素の感受性、代謝、局在などに影響を及ぼす因子等を用いることができるが、神経毒素を用いることが好ましい。

【0028】
神経毒素としては、破傷風菌毒素(TN)、あるいはボツリヌス菌(Clostridium botulinum)毒素(BoNT)等が挙げられる。また、必要に応じて該タンパク質のN末、又はC末等にマーカー、及びタグ配列を付加することもできるし、内部に挿入することもできる。例えば緑色蛍光タンパク質(GFP:Green Fluorescent Protein)、βガラクトシダーゼ、及びルシフェラーゼ、Flagタグ、HAタグ、Hisタグ等を用いることができる。

【0029】
本発明において、刺激物質もしくはその誘導体、類似体等は、神経回路の可逆的に制御する物質として作用すると考えられる。例えば、特定の刺激物質により可逆的に遺伝子の発現を制御するシステムが、テトラサイクリン発現調節システムである場合、刺激物質もしくはその誘導体、類似体等としてテトラサイクリンやテトラサイクリンの類似体のドキシサイクリンが挙げられる。

【0030】
例えば、テトラサイクリン系抗生物質の有無によって制御するシステム、サブスタンスPのプロモーターまたはエンケファリンのプロモーター、および、神経毒素を用いた場合の本発明のトランスジェニック非ヒト動物における神経伝達について説明する。
当該トランスジェニック非ヒト動物の線条体にて、サブスタンスPのプロモーターまたはエンケファリンのプロモーターが、目的の神経細胞で下流のテトラサイクリン発現調節因子を発現させる。テトラサイクリン発現調節因子はテトラサイクリン応答配列に結合し、下流のプロモーターを活性化して神経毒素を発現させる。神経毒素は直接路もしくは間接路において、シナプス小胞開口分泌制御タンパク質VAMP2を切断して、シナプス伝達を遮断する。さらに、当該トランスジェニック非ヒト動物に、テトラサイクリン類似体であるドキシサイクリン(DOX)を投与すると、テトラサイクリン発現調節因子は活性を失い、神経毒素の発現がなくなり、やがて新生したVAMP2によってシナプス伝達を再開することができる。このようにして本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、可逆的に神経伝達を阻害することができる。

【0031】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物の作製方法は、特に制限されないが、刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを既に有しているトランスジェニック非ヒト動物の線条体に、サブスタンスPのプロモーターおよび/またはエンケファリンのプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子を有する遺伝子発現カセットを導入することが好ましい。

【0032】
刺激物質応答因子配列と、神経伝達阻止機能を有するタンパク質をコードする遺伝子とを有する非ヒト動物(以下「宿主非ヒト動物」とも称する。)はいかなるものであってもよいが、例えば非特許文献2または特許文献1に記載の方法を用いて作製されたトランスジェニック非ヒト動物を用いることが好ましい。

【0033】
また、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーター、および/または、線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子を有する遺伝子発現カセットが導入される線条体の部位は、いかなる部位であってもよい。たとえば、腹側線条体である側坐核、外側背部線条体、内側背部線条体のそれぞれ一部、いくつかの組み合わせあるいは全部に当該遺伝子発現カセットを導入してもよい。

【0034】
宿主非ヒト動物に、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーター、および/または、線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子を有する遺伝子発現カセットを導入する手段は特に制限されないが、神経細胞に感染しうるアデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、レトロウイルスなどのウイルスベクターを用いたウイルス感染法やリポフェクション法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法などが挙げられる。

【0035】
宿主非ヒト動物に目的の遺伝子発現カセットが導入されているかを確認する方法は、それ自体公知の通常用いられる方法を用いることが出来る。例えば、線条体神経細胞を含む組織より調製したDNA、RNA、あるいはタンパク質抽出液等を用いて、サザンブロッティング、ノザンブロッティング、あるいはウエスタンブロッティング等を行うことにより確認できる。

【0036】
また、宿主非ヒト動物が刺激物質応答因子配列の支配下にマーカー遺伝子を持つ場合、マーカータンパク質の発現をウエスタンブロッティング、免疫組織化学などを用いて確認することが出来る。例えば、緑色蛍光色素(GFP)と破傷風菌毒素の融合タンパク質の目的神経細胞での発現を、GFPに対する抗体と目的の神経細胞マーカーに対する抗体を用いた二重免疫組織化学を用いて確認できる。可逆的なGFP-破傷風菌毒素融合タンパク質の発現制御は、テトラサイクリンあるいはその誘導体を投与・非投与した線条体組織に対するGFP抗体を用いたウエスタンブロッティングで確認できる。また破傷風菌毒素の機能発現はVAMP2のN末端に対する抗体を用いたウエスタンブロッティングにより確認できる。

【0037】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、ヒト以外の哺乳動物が挙げられ、例えば、ウシ、サル、ブタ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギ、ラット、マウスなどが挙げられる。特に、モルモット、ラット、マウスなどのげっ歯類の取扱いが容易であるため好ましく、中でもマウスが好ましい。

【0038】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、大脳基底核の関連する疾患、例えば大脳基底核の細胞が死滅する神経変性疾患であるパーキンソン病やハンチントン病、大脳基底核が障害される精神神経疾患である薬物依存症、統合失調症、うつ病、強迫神経症、チックなどの病態モデル動物として利用することができる。また、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を、その他の遺伝子解析動物や、特徴ある表現型を示す非ヒト動物と交配することによって、複数の遺伝子が関与する疾患の病態モデルを作製することが出来る。

【0039】
(脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達について解析する方法)
本発明のトランスジェニック非ヒト動物を利用することにより、神経伝達阻止機能を有するタンパク質の発現を可逆的に制御して、大脳基底核の特定の神経回路の神経伝達を可逆的に変化させ、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標を解析することができ、脳の神経回路、特に大脳基底核の特定の神経回路の神経伝達の役割を明らかにすることが出来る。

【0040】
大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標とは、神経細胞、神経回路、または個体等の表現型等を意味し、その解析方法は、通常用いられる既知の方法を適宜組み合わせて行うことが出来る。具体的には顕微鏡による形態観察、回転行動や条件付け場所嗜好性試験などの行動解析、細胞内外の電気活動を見る電気生理学的解析法、さらに生体機能分子についてのノザンブロッティング、ウエスタンブロッティング、RT-PCR、in situ ハイブリダイゼーション、DNAチップ、クロマトグラフィーなどを用いた分子生物学的解析法などにより、指標を解析することができる。ここで「生体機能分子」とは核酸、タンパク質、脂質、糖など、生体内に機能を発揮する物質を意味する。線条体のみならず、直接路と間接路が統合される黒質網様部、腹側被蓋野、視床、大脳皮質などでのそれぞれの神経回路の神経伝達の影響を解析することが出来る。

【0041】
より具体的には、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が、薬物依存症や報酬学習に関する指標である場合、かかる指標は条件付け場所嗜好性試験により観察可能である。また、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標が忌避学習に関する指標の場合、かかる指標は抑制性回避試験により観察可能である。

【0042】
また、線条体黒質神経細胞において特異的に活性化されるプロモーター、および/または、線条体淡蒼球神経細胞において特異的に活性化されるプロモーターと、刺激物質依存性転写因子タンパク質をコードする遺伝子を有する遺伝子発現カセットを導入する線条体の部位を調節したトランスジェニック非ヒト動物を用いることにより、線条体の各部位の役割を解析することが出来る。

【0043】
たとえば、腹側線条体である側坐核、外側背部線条体、内側背部線条体のそれぞれ一部、いくつかの組み合わせあるいは全部に当該遺伝子発現カセットを導入したトランスジェニック非ヒト動物を用いることによって、それぞれの部位の神経回路に限定して解析を行うことが出来る。また、左右線条体のうち、一方の線条体にのみ当該遺伝子発現カセットを導入した動物を用いることで、同一個体内の左右線条体の表現型の差を解析することができる。これによって、個体差を排した解析が可能となる。特に、in situ ハイブリダイゼーション組織化学、免疫組織化学、回転行動測定などを用いた解析で有用である。

【0044】
たとえば、直接路および/または間接路を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて、個体のある行動観察を行うことで、その目的の行動に関与する大脳基底核神経回路を同定することが可能である。すなわち、たとえば忌避学習を観察した場合、間接路を可逆的に遮断した非ヒト動物では障害されるが、直接路を可逆的に遮断した非ヒト動物では障害されないことから、忌避学習に間接路が必須であることが分かる。さらに直接路を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて解析を行う場合は、間接路への影響を確認することができ、忌避学習についての間接路での制御機構や分子機構を解析することが可能となる。間接路と直接路と両方を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて解析を行う場合は、間接路と直接路以外の神経回路の制御機構を解析することが可能となる。

【0045】
本発明の解析方法では、前記トランスジェニック非ヒト動物に、薬物を投与する工程を含むことが好ましい。薬物を投与した場合には、当該薬物の薬理活性の解析や、薬物依存症病態解析を行うことができる。薬物の投与回数は、単回であってもよいし、複数回であってもよく、投与経路は注射(静脈注射、筋肉内注射、皮下注射、動脈内注射、脊椎内注射、関節腔内注射、脳実質内注射、脳室内注射)、吸入、直腸内、舌下・その他粘膜内、外用、経皮吸収等の非経口投与、あるいは、経口投与等のいずれであってもよい。

【0046】
薬物は、機能が知られているものであってもよいし、未知のものであってもよい。機能が知られている薬物は依存性薬物であってもよい。機能が知られている薬物としては、例えばコカイン、メタンフェタミンなどの精神刺激薬、アポモルフィン、ハロペリドール、MK-801などの神経伝達物質受容体アゴニスト/アンタゴニスト、リチウム、FK-506などの細胞内情報伝達物質阻害薬が例示される。

【0047】
本発明の解析方法が、前記トランスジェニック非ヒト動物に、依存性薬物を投与する工程を含む場合は、単回投与における急性行動賦活反応や、複数回投与における行動増感反応、条件付け場所嗜好性、薬物自己投与などを指標に解析することができる。

【0048】
(脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質の探索方法)
本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、大脳基底核の直接路および/または間接路の神経伝達が遮断されているため、当該トランスジェニック非ヒト動物を用いて、脳の神経回路、特にこれらの神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質を探索することが可能となる。本発明の、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質を探索する方法は、好ましくは以下の工程を含む。
(a)本発明のトランスジェニック非ヒト動物に被験物質を投与する工程、および、
(b)被験物質を投与した場合と投与していない場合とで、大脳基底核の神経回路の神経伝達の指標を比較し、当該指標に変化が生じた被験物質を、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質として選択する工程。

【0049】
被験物質は、公知又は新規いずれであっても差し支えなく、その構造、由来、物性等にも特に制限はなく、天然化合物、合成化合物、高分子化合物、低分子化合物、ペプチド、核酸類似物のいずれでもよい。候補化合物としては、例えば別の特定の遺伝子、特定の遺伝子のアンチセンス、RNA干渉体、抗体、薬剤などが挙げられる。

【0050】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物を利用することで、大脳基底核に関連する疾患の病態モデル動物を作製することができ、本発明の探索方法においては、脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質を選択することができる。

【0051】
例えば、間接路を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて探索を行う場合は、被験物質の直接路への影響を確認することができ、薬物依存症や報酬学習といった直接路が関与する行動や病態に影響を与える物質を選択することができる。逆に、直接路を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて解析を行う場合は、被験物質の間接路への影響を確認することができ、忌避学習などの間接路が関与する行動や病態に影響を与える物質を選択することができる。間接路と直接路と両方を可逆的に遮断した非ヒト動物を用いて解析を行う場合は、間接路と直接路以外の神経回路に影響を与える物質を選択することが出来る。また、忌避学習など左右両側の線条体が必要な行動を観察する場合、左右線条体のうち一側の線条体の直接路および/または間接路を可逆的に遮断した非ヒト動物にたいして、他側の線条体に被験物質を投与することによって、行動や病態に影響を与える物質を選択することが可能である。

【0052】
脳の神経回路、特に大脳基底核の神経回路の神経伝達に影響を与え得る物質は、大脳基底核の細胞が死滅する神経変性疾患であるパーキンソン病やハンチントン病、大脳基底核が障害される精神神経疾患である薬物依存症、統合失調症、うつ病、強迫神経症、チックなどの治療薬もしくは予防薬の候補物質となり得る。

【0053】
また、本発明の探索方法の工程(a)においては、前記トランスジェニック非ヒト動物に依存性薬物を投与した後、被験物質を投与してもよい。依存性薬物とは、摂取することによって気分が変化し、依存をもたらす物質のことをいい、薬物依存症を引き起こす物質を意味する。依存性薬物としては、例えば、コカイン、メタンフェタミン、アルコール、ニコチン、モルヒネ、ヘロイン、フェンシクリジン、MDMAなどが挙げられる。

【0054】
依存性薬物を投与した場合は、主として薬物依存症および統合失調症などについての治療薬もしくは予防薬の候補物質を探索することが可能となる。

【0055】
薬物もしくは被験物質の投与回数は、単回であってもよいし、複数回であってもよく、投与経路は注射(静脈注射、筋肉内注射、皮下注射、動脈内注射、脊椎内注射、関節腔内注射、脳実質内注射、脳室内注射)、吸入、直腸内、舌下・その他粘膜内、外用、経皮吸収等の非経口投与、あるいは、経口投与等のいずれであってもよい。
【実施例】
【0056】
本発明の理解を深めるために、以下の実施例により更に詳細に本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことは明らかである。
【実施例】
【0057】
(実施例1)トランスジェニックマウスの作製
破傷風菌毒素を線条体黒質神経細胞あるいは線条体淡蒼球神経細胞に可逆的かつ選択的に発現可能なトランスジェニックマウスを作製した。
図1Aに作製するトランスジェニックマウスのスキームを示す。直接路および間接路の線条体神経細胞(それぞれ線条体黒質神経細胞と線条体淡蒼球神経細胞)では、各々特異的にサブスタンスP(以下「SP」とも称する)およびエンケファリン(以下「Enk」とも称する)が発現している(図2)。そこでSPあるいはEnkのプロモーターの下流にテトラサイクリン依存性転写因子tTAを挿入した組み換え遺伝子を持つアデノ随伴ウイルス(AAV)を作製した(図1A上)。
【実施例】
【0058】
具体的には、SPのプロモーター領域(マウスpreprotachykinin A遺伝子の-1525から+543領域(配列番号1); NCBI accession number NT_039340)あるいはEnkのプロモーター領域(マウスpreproenkephalin遺伝子の-1834から+148領域(配列番号2);NCBI accession number NT_039258)を、BACクローンDNA(RP24-166O20またはRP24-318J23, BACPAC resources, Children's Hospital Oakland Research Institute)よりPCR法にて取得した。これらのプロモーターのC末端に、kozac配列およびflag tag配列をN末端に付加したtTA遺伝子配列を挿入した。以下これらを、「S-tTA遺伝子発現カセット」あるいは「E-tTA遺伝子発現カセット」と称する。S-tTA遺伝子発現カセットまたはE-tTA遺伝子発現カセットをStratagene社のAAV Helper-Free Systemに含まれるpAAV-MCSベクターのmulti cloning sequenceに挿入し、アデノ随伴ウイルス(AAV)コンストラクトを完成させた(図1A上:以下これらを「V-S-tTA」または「V-E-tTA」と称する)。AAVはAAV Helper-Free Systemを用いてマニュアルに従い作製した。作製したウイルスはOmega-Tek社のViraTrap AAV Purification kitを用いて濃縮精製した。ウイルス濃度はPROGEN社のAAV2 Titration ELISAを用いて測定し、1 ml当たり1012粒子になるように調整した。
【実施例】
【0059】
精製されたAAVを、TNトランスジェニックマウス(図1A下)の線条体あるいは側坐核に注入した。TNトランスジェニックマウスは、テトラサイクリン応答配列の下流に、CMVプロモーターおよび、緑色蛍光タンパク質(GFP)と破傷風菌毒素軽鎖(TN)の融合遺伝子を導入遺伝子として持つトランスジェニックマウスである(非特許文献2)。注入されたAAVは神経細胞に感染し、SPあるいはEnkのプロモーター活性に従ってtTAを発現させると考えられる。すなわち、V-S-tTAを投与すると直接路神経細胞に、V-E-tTAを投与すると間接路神経細胞に、それぞれ選択的にtTAが発現する。tTAはテトラサイクリン応答配列に働き、GFP-TNの融合タンパク質を発現させる。破傷風菌毒素はシナプス小胞関連タンパク質であるVAMP2を切断し、シナプス小胞を介した神経伝達を遮断する。このマウスにテトラサイクリンあるいはその類似体であるドキシサイクリン(DOX)を与えると、tTAは不活性型となり、GFP-TNの発現は消失し、PEST配列を介して、GFP-TNは分解され、やがて新生したVAMP2によって神経伝達は再開する。DOXの投与は、DOXを6mg/g混入させた餌と2mg/mlのDOXと10%のsucroseを含有する水をマウスに与えることによって行った。
【実施例】
【0060】
GFP-TNの線条体組織内への可逆的な発現の確認は、GFP抗体に対するウエスタンブロット法を用いた(図1B)。TNトランスジェニックマウスの線条体にV-S-tTAあるいはV-E-tTAを注入し、2週間後に脳から線条体組織を摘出した。線条体組織のサンプル処理およびウエスタンブロット法は非特許文献2に記載の方法で行った。DOX非存在下では、AAV注入2週、4週、6週後までGFP-TNの発現が確認された。DOXを投与し続けるとDOX投与4週間後にGFP-TNの発現は完全に消失した。
【実施例】
【0061】
GFP-TNの機能発現の確認はVAMP2のN末端に対する抗体に対するウエスタンブロット法を用いた(図1C)。DOX非存在下では、AAV注入2週後および6週後で18-kDaの全長VAMP2のバンドに加えて、12-kDaのVAMP2断片のバンドが確認された。線条体においては直接路と間接路の神経細胞が1:1の割合で存在するため、2つのバンドの濃度比率から換算すると目的の細胞の7割以上においてVAMP2が切断されていることとなる。一方、DOXを4週投与すると、12-kDaのVAMP2断片は消失した。同胞野生型マウスにAAVを投与してもVAMP2の切断は観察されなかった。これらから、DOX依存性に可逆的なTN発現制御が可能であることを示した。
【実施例】
【0062】
(実施例2)トランスジェニックマウスを用いた脳の組織学的実験
線条体にV-S-tTAあるいはV-E-tTAを投与したTNトランスジェニックマウスについて、線条体を摘出し組織学的実験を行った。Kaneko, S., et al., (2000) Science, 289, 633-637に記載されている方法に従って、凍結脳組織から冠状断切片を作製し、Nissl染色、免疫組織化学、in situ ハイブリダイゼーション組織化学を行った。
【実施例】
【0063】
Nissl染色(図3A)、ドーパミントランスポーターに対する抗体を用いた免疫組織化学(図3B)では、TNトランスジェニックマウスにおいてAAVを投与した側と非投与側とで組織学的に変化は見られなかった。また、SPとEnkの全長cDNAから作製した35Sによって標識したRNAプローブに対するハイブリダイゼーションを、AAVを投与したTNトランスジェニックマウスおよび同胞野生型マウスの線条体に対して行い、シグナル濃度をBAS5000 imaging system (Fujifilm社)で確認したところ、シグナル濃度と組織像に差はなかった(図3C)。
【実施例】
【0064】
GFP-TNが目的の神経細胞に特異的に発現していることを確認するために、GFP抗体とそれぞれの神経細胞特異的なペプチドあるいはタンパク質に対する抗体を用いた二重免疫組織化学を行った(図4、図5)。
V-S-tTAを投与したTNトランスジェニックマウスの線条体では、SPの前駆体PPTA陽性である線条体黒質神経細胞でGFP-TNの発現が見られたが、Enkの前駆体PPE陽性である線条体淡蒼球神経細胞では見られなかった(図4A)。V-E-tTAを投与したTNトランスジェニックマウスの線条体では、GFPの共局在は逆に線条体淡蒼球神経細胞にのみ観察された(図4B)。
図5A,Bでは、GFP抗原性がコリンアセチルトランスフェラーゼ (ChAT)やパルブアルブミンが陽性のインターニューロンには観察されなかったことが示されている。大型細胞がインターニューロンであり、左パネルはChAT抗体を用いた場合である。ChAT抗体ではアセチルコリン産生細胞が染色されるが、GFP抗体では目的の中型有棘細胞のみが染色される。左パネルではGFP抗体での染色がされていない。すなわち、アセチルコリン産生細胞(インターニューロン)にはTNは発現されない。一方、右パネルではパルブアルブミン抗体でパルブアルブミン陽性GABA作動性インターニューロンが染色されるが、GFP抗体では染色されずTNは発現していない。
したがって破傷風菌毒素は、V-S-tTAあるいはV-E-tTAのTNトランスジェニックマウスの線条体への感染に依存して、線条体黒質神経細胞あるいは線条体淡蒼球神経細胞にそれぞれ選択的に発現していることがわかった。
【実施例】
【0065】
(実施例3)直接路特異的神経伝達遮断の黒質網様部における電気生理学的実験による確認
線条体と黒質網様部の間の神経伝達を、線条体刺激後の、麻酔下の動物(野生型マウス(wt)、線条体にV-S-tTAもしくはV-E-tTAを注入したTNトランスジェニックマウス)の黒質網様部での細胞外記録によって確認した。
野生型マウスの黒質網様部において、線条体刺激は速い単相性の反応を引き起こした(図6A)。この反応は、GABA受容体アンタゴニストであるbicuculline(bicuculline methochloride)(5 mM)を黒質網様部に還流することで阻害されたことから、線条体から黒質網様部へのGABAによる神経伝達であることが確認された。この線条体刺激による電気生理学的反応はV-S-tTAを注入したTNトランスジニックマウスではみられず、V-E-tTAを注入したTNトランスジェニックマウスでは野生型マウスと同様に確認された(図6A,B)。これらの結果はV-S-tTAを注入したTNトランスジェニックマウスで直接路の神経伝達が選択的に遮断されていることを示している。
【実施例】
【0066】
(実施例4)片側線条体の直接路あるいは間接路の神経伝達遮断による異常回転行動の可逆的出現
片側大脳基底核の出力の異常は回転行動によって感度良く検出することが出来る。回転行動の観察はKaneko et al., (2000) Science, 289, 633-637に記載されている方法に従った。V-S-tTAあるいはV-E-tTAを左線条体に注入し、2,4,6週間後に回転行動を観察した。
【実施例】
【0067】
DOX非存在下ではV-S-tTAを左線条体全体に投与したTNトランスジェニックマウスは投与側方向へ異常回転行動を示した(図7A)。それに対して、V-E-tTAを左線条体に投与したTNトランスジェニックマウスは投与側とは反対方向へ異常回転行動を示した(図7B)。これらの異常回転行動の観察結果から、大脳基底核神経回路の直接路と間接路が反対方向に行動バランスの制御を行っていることが分かる。これらの異常回転行動はDOXを投与すると、14日目には残存したが、28日目には消失した(図7A,B)。この時系列はGFP-TN発現の時系列と一致していた(図1C)。AAVを同胞野生型マウスの左線条体に投与しても、異常回転行動は示さなかった(図7A,B)。これらの実験から、V-S-tTAあるいはV-E-tTAにより、大脳基底核の直接路または間接路を選択的かつ可逆的に神経伝達を遮断できるこがわかった。
【実施例】
【0068】
(実施例5)精神刺激薬が惹起する急性反応における直接路と間接路の神経伝達の役割
メタンフェタミンやコカインといった精神刺激薬は大脳基底核のドーパミン系を刺激し、移所行動量増加などの急性反応を賦活する。
【実施例】
【0069】
(1)V-S-tTAあるいはV-E-tTAを左右両側の線条体全体に注入することによって直接路あるいは間接路を可逆的に神経伝達遮断したマウス(以下、「D-RNB」あるいは「I-RNB」と称する)における、メタンフェタミンによる急性行動賦活への影響を調べた(図8A,B)。
【実施例】
【0070】
2 mg/kgのメタンフェタミンあるいは生理食塩水を腹腔内投与直後より60分間の移所行動量を、赤外線モニター(MED Associates社製)を用いて測定した。
野生型マウスはAAV感染、DOX投与に関係なくメタンフェタミンによって高い移所行動量が誘導された。同様にAAV注入前にはTNトランスジェニックマウスにおいてもメタンフェタミンによって移所行動量増加が誘導された。しかし、AAV投与後ではD-RNBとI-RNBの両者において移所行動量増加は完全に抑制された。DOXを4週間投与すると、D-RNBおよびI-RNBにおいてメタンフェタミンによる移所行動量増加は再発した。
【実施例】
【0071】
(2)次にAAVの投与を線条体腹側部である側坐核に限定して注入し、コカインによる急性行動賦活への影響を調べた(図8C,D)。10 mg/kgのコカインあるいは生理食塩水を腹腔内投与直後より10分間の移所行動量を測定した。
野生型マウスがコカインによって移所行動量増加を示すのに対して、D-RNBもI-RNBもコカイン投与直後の移所行動量増加反応を示さなかった。これらの結果から、精神刺激薬による急性賦活反応において、直接路と間接路の神経伝達は共に必須であることが示された。
【実施例】
【0072】
(3)コカイン投与後の大脳基底核神経回路の活動性に対する直接路あるいは間接路の神経遮断による影響を測定した。10 mg/kgのコカインを腹腔内投与したD-RNB、I-RNB、野生型マウスから脳組織を摘出し、Kaneko, S., et al., (2000) Science, 289, 633-637に記載されている方法に従って、冠状断脳切片に対して35Sで標識されたc-fos cDNA全長に対するRNAプローブを用いてin situ ハイブリダイゼーション組織化学を行った。
間接路の中継核である淡蒼球では、野生型、D-RNBマウスでコカインによりc-fos mRNA陽性細胞数の増加がみられたが、I-RNBマウスの淡蒼球ではc-fos mRNA陽性細胞数の変化が観察されなかった(図8E)。一方、直接路と間接路の両者の入力が統合される黒質網様部/腹側被蓋野では、野生型マウスでc-fos mRNA陽性細胞の減少が見られたのに対して、D-RNB、I-RNBではc-fos mRNA陽性細胞数の変化が観察されなかった(図8F)。
【実施例】
【0073】
(実施例6)コカインによる適応反応への直接路と間接路の神経伝達による異なる影響
(1)コカインの反復投与はドーパミン系の長期変化を誘導し、移所行動量が次第に増加する行動量増感現象を引き起こす。コカイン反復投与に対する行動量増感への直接路あるいは間接路の神経遮断への影響を調べた(図9A,B)。
【実施例】
【0074】
(i)実施例5と同様にして、D-RNBもしくはI-RNBマウスを、腹腔内に生理食塩水を投与後に10分間、行動測定用チャンバーにいれ、慣れさせた。翌日より5日間(Day 1からDay 5)、10 mg/kgのコカインを腹腔内投与直後より10分間の移所行動量を測定した。
I-RNBはコカイン反復投与による行動量増感に遅れを生じたが、第3日から5日では同胞野生型マウスと同等の高い移所行動量に達した(図9B)。それに対して、D-RNBは初期の移所行動量抑制だけでなく、コカイン反復投与による行動量増感を大幅に抑制した(図9A)。
【実施例】
【0075】
(ii)コカイン慢性投与による適応反応はコカイン投与中断後であっても残存する。この長期に残存する適応反応を調べるために、5日間のコカイン投与の後に、第6日から33日までコカイン非投与の状態でDOXを与え続けて神経伝達を再開させた(図9A,B)。
第33日にコカイン投与を行ったところ、D-RNB, I-RNBは共に、野生型マウスと同等までの高い移所行動量を示した。このことは、コカイン連日投与による適応機構は神経伝達を阻害しても有効のままであることを示している。
【実施例】
【0076】
(2)2つの経路の適応行動への影響を、側坐核を介した連合学習である条件付け場所嗜好性試験を用いて解析した。条件付け場所嗜好性試験はHikida, T., et al., (2001) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 13351-13354に記載された方法に従った。野生型、D-RNB、I-RNBマウスは、視覚的触覚的に異なる2つのチャンバーのうちの1つに、コカイン反復投与によって条件付けされた(図9C,D)。条件付け前には2つのチャンバーに嗜好性なく滞在した。
10 mg/kgのコカインで3日間条件付けを行った後では、D-RNBでコカインによる条件付け場所嗜好性は有意に減少した(図9C)。それに対して、I-RNBでは野生型マウスと同等の条件付け場所嗜好性を示した(図9D)。
【実施例】
【0077】
行動量増感と条件付け場所嗜好性の両方から直接路の神経伝達がコカインによる増感適応行動において支配的な役割を担っていることが示された。
【実施例】
【0078】
(実施例7)報酬に基づく学習と忌避学習における直接路と間接路の神経伝達の役割
生来の欲求に基づく報酬学習への直接路と間接路の神経伝達の影響を、条件付け場所嗜好性試験を用いて調べた(図10A,B)。
【実施例】
【0079】
(1)あるチャンバーには普段の食餌を、他のチャンバーにはマウスの好むチョコレートと条件付けを行った。
3日間の条件付けの後、野生型とI-RNBマウスは統計的差なくチョコレートと条件付けした部屋に長く滞在した(図10B)。それに対して、D-RNBでは学習能力が著しく欠損していた(図10A)。生来の欲求に基づく報酬学習にみられる適応機構においても直接路の神経伝達が必須であることがわかった。
【実施例】
【0080】
(2)次に忌避学習における神経伝達遮断の影響を、一試行による抑制性回避試験を用いて調べた(図10C,D)。抑制性回避試験は、狭い明室と広い暗室を連結した装置を用いた。条件付け前には、マウスを明るい小部屋に入れると、マウスの好む環境である暗室に速やかに移動する。マウスが暗室に4つの脚全てを入れた時点で、2部屋を区切る扉を閉じ、床に0.5mA, 60 Hz, 1 secの電流を流すことで電気ショックを与えた。24時間後に忌避学習の保持を測定するために、電気ショック無しで同様の手順を行い、暗室に入るまでの時間を測定した。
野生型マウスは電気ショックを受けた暗室への入室時間が延長した。この忌避学習はD-RNBマウスにおいても保たれていた(図10C)。それに対して、I-RNBは忌避学習の保持が見られず、電気ショック前後で有意差なく暗室に入室した(図10D)。したがって、忌避学習には間接路の神経伝達が必須であることがわかった。
【実施例】
【0081】
(3)忌避学習の障害が恐怖行動の障害による可能性を除外するために、電気ショック直後のすくみ反応を、Masugi, M., et al., (1999) J. Neurosci., 19, 955-963に記載された方法に従って、測定した(図10E)。
1分間のインターバルで3回の電気ショックを与えると、野生型、D-RNB、I-RNBマウスはどれも程度やパターンに有意差なく、電気ショックの反復提示によって、電気ショック直後のすくみ反応のパーセンテージを増加させた。したがって、図10DでみられたI-RNBの障害は、恐怖行動の違いではなく、忌避学習の障害によるものであることが分かった。
【実施例】
【0082】
(4)コカイン反復投与はD2ドーパミン受容体を介して、線条体神経細胞への入力に対する長期抑圧を引き起こすことが報告されている(Goto, Y. and Grace, A.A., (2005) Neuron, 47, 255-266)。そこで野生型マウスに10 mg/kgのコカインを5日間投与し、3日間の休薬後、本実施例(2)の方法と同様にして、一試行による抑制性回避試験を行った(図10F)。
コカイン反復投与したマウスは、生理食塩水を投与した対照マウスと比較して、明らかに忌避学習が障害されていた。このことは、図10Dの結果と一致するため、コカイン反復投与は忌避学習に関与する間接路の神経伝達の適応機構を変化させることを示した。このように、直接路の神経伝達は報酬に基づく学習に、間接路の神経伝達は忌避学習にそれぞれ異なる役割を担っていることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のトランスジェニック非ヒト動物では、大脳基底核の直接路および/または間接路において、不可逆的な細胞死を誘導することなく、長期間、選択的かつ可逆的に神経伝達遮断を実現することが可能となり、神経ネットワークの制御機構にアプローチすることが可能となる。また本発明の解析方法では、大脳基底核の神経回路の関連する病態と神経回路における神経伝達のメカニズムを解析することが可能であり、これは大脳基底核の神経回路に関連する病態を治療もしくは予防するための創薬に直結し得、極めて有用である。本発明により、直接路と間接路の機能を区別して解析することが可能となり、報酬系や忌避学習といった大脳基底核神経回路による脳機能発現および薬物依存形成といった大脳基底核神経回路の機能異常において、直接路と間接路の神経伝達が異なる役割を有していることを明らかになった。この点を利用した本発明の探索方法によれば、大脳基底核神経回路の機能異常を治療もしくは予防するための候補化合物を容易かつ効果的にスクリーニングすることが可能であり、精神神経疾患等の治療もしくは予防に寄与することができる。
【符号の説明】
【0084】
SP サブスタンスP
Enk エンケファリン
tTA テトラサイクリン依存性転写因子
TN 破傷風菌毒素
AAV アデノ随伴ウイルス
DOX ドキシサイクリン
TRE テトラサイクリン応答配列
GFP 緑色蛍光タンパク質
CMV CMVプロモーター
wt 野生型マウス
E 線条体淡蒼球神経細胞
S 線条体黒質神経細胞
SNc/VTA 黒質緻密部/腹側被蓋野
SNr/VTA 黒質網様部/腹側被蓋野
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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