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明細書 :細胞培養装置、細胞培養長期観察装置、細胞長期培養方法、および細胞培養長期観察方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第5231684号 (P5231684)
登録日 平成25年3月29日(2013.3.29)
発行日 平成25年7月10日(2013.7.10)
発明の名称または考案の名称 細胞培養装置、細胞培養長期観察装置、細胞長期培養方法、および細胞培養長期観察方法
国際特許分類 C12M   3/00        (2006.01)
C12N   1/00        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
FI C12M 3/00 A
C12N 1/00 A
C12Q 1/02
請求項の数または発明の数 9
全頁数 26
出願番号 特願2012-552173 (P2012-552173)
出願日 平成24年7月13日(2012.7.13)
国際出願番号 PCT/JP2012/068005
優先権出願番号 2011156767
優先日 平成23年7月15日(2011.7.15)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成24年11月21日(2012.11.21)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】若本 祐一
【氏名】橋本 幹弘
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100093230、【弁理士】、【氏名又は名称】西澤 利夫
審査官 【審査官】清水 晋治
参考文献・文献 特開2002-153260(JP,A)
特開2008-199919(JP,A)
特開2006-000057(JP,A)
特開2005-333912(JP,A)
Current biology. 2010, Vol.20, No.12, p.1099-1103
調査した分野 C12M 1/00-3/10
C12N 5/10
C12Q 1/02
MEDLINE/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamII)
要約 培養細胞の加齢に伴う生理状態の変化を伴うことなく、均一な環境条件で連続的に細胞を培養・観察することができ、特定の細胞のヒストリー(系譜)を追跡することも可能な細胞培養装置、細胞培養長期観察装置、細胞長期培養方法、細胞培養長期観察方法を提供すること。
細胞培養基板と、半透膜と、培養液の供給手段とを有する細胞培養装置であって、細胞培養基板は、表面に、細胞を保持培養するための細い培養用溝と、この培養用溝内に保持培養された細胞を排出するための太い排出用溝を有するとともに、前記培養用溝の両端は、排出用溝に接続し、排出用溝は、培養用溝より太く、深いものであり、半透膜は、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆うように使用されるものであり、培養液の供給手段は、半透膜によって覆われた細胞培養基板に、培養液を連続的に供給できるものとする。
特許請求の範囲 【請求項1】
細胞培養基板と、半透膜と、培養液の供給手段とを有する細胞培養装置であって、
細胞培養基板は、表面に、細胞を保持培養するための細い培養用溝と、この培養用溝内に保持培養された細胞を排出するための太い排出用溝を有するとともに、2本の排出用溝の間に培養用溝が形成されている溝パターンであり、前記培養用溝の両端は、培養用溝に対する排出用溝の角度90°±15°の範囲で排出用溝の側面に接続し、排出用溝は、培養用溝より太く、深いものであり、
半透膜は、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆うように使用されるものであり、
培養液の供給手段は、半透膜によって覆われた細胞培養基板に、培養液を連続的に供給できるものであることを特徴とする細胞培養装置。
【請求項2】
前記半透膜は、ビオチン-アビジン結合を介して細胞培養基板を被覆可能とされていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項3】
前記培養液の供給手段は、送液パッドを有することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の細胞培養装置と、細胞培養基板上の細胞を観察可能な顕微観察手段とを備えることを特徴とする細胞培養長期観察装置。
【請求項5】
顕微観察手段は、倒立型顕微鏡であることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養長期観察装置。
【請求項6】
請求項1に記載の細胞培養装置によることを特徴とする細胞長期培養方法。
【請求項7】
所望の細胞を細胞培養基板の培養用溝内に保持する工程と、
半透膜で、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆う工程と、
供給手段によって培養液を連続的に細胞培養基板へ送り、細胞培養基板の培養用溝内に保持された細胞へ半透膜を介して培養液の供給を行うとともに、培養用溝の両端と接続する排出用溝を流れる培養液によって、培養用溝内の細胞の一部を排出用溝へ排出する工程と、
を含む請求項6に記載の細胞長期培養方法。
【請求項8】
請求項4に記載の細胞培養長期観察装置によることを特徴とする細胞培養長期観察方法。
【請求項9】
所望の細胞を細胞培養基板の培養用溝内に保持する工程と、
半透膜で、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆う工程と、
供給手段によって培養液を連続的に細胞培養基板へ送り、細胞培養基板の培養用溝内に保持された細胞へ半透膜を介して培養液の供給を行うとともに、培養用溝の両端と接続する排出用溝を流れる培養液によって、培養用溝内の細胞の一部を排出用溝へ排出する工程と、
顕微観察手段によって細胞培養基板上の細胞を観察する工程と、
を含む請求項8に記載の細胞培養長期観察方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養装置、細胞培養長期観察装置、細胞長期培養方法、および細胞培養長期観察方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ディッシュなどに細胞を入れ、顕微鏡下で細胞を観察する場合、時間経過とともに、細胞が栄養を消費し、老廃物が蓄積し、細胞周囲の環境が変化するため、何世代にも渡る細胞の連続的な培養・観察が困難であった。また、この場合、細胞が幾何級数的に増殖するため、特定の細胞を追跡して観察することが難しいという問題もあった。
【0003】
そこで、本発明者は、細胞を長期培養するための方法として、例えば、マイクロメーターサイズの容器に細胞を入れ、一部の細胞を光ピンセットなどの細胞ハンドリング技術を用いて計測系外に除去する方法を提案している(非特許文献1)。しかしながら、この方法は、一度に動かせる細胞の数が少なく、また実験者がひとつひとつの細胞を選別して除去する必要があるため、作業の負担が大きく、実際上、長くても10世代程度の連続培養が限界であった。
【0004】
一方、最近では、細胞を長期培養・観察するための方法として、「Mother machine」と呼ばれる方法が注目されている(非特許文献2)。この方法では、基板上に、幅大の溝(100μm幅)と、ひげ状に幅小の溝(1μm幅、25μm長)を形成している。そして、この幅小の溝に細胞を入れ、幅大の溝から培養液を流し、細胞増殖に伴って幅小の溝から幅大の溝に押し出されてきた細胞を培養液で洗い流すことで連続的に不要な細胞を除去して、幅小の溝内の細胞を200世代以上に渡って培養できるとされている。
【先行技術文献】
【0005】

【非特許文献1】Wakamoto, Y. et al. (2001) Fres' J Anal Chem; Wakamoto, Y. et al. (2005) Analyst
【非特許文献2】Current Biology, 22 June 2010, Pages1099-1103 「Robust Growth of Escheruchia coli.」Ping Wang et al.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、「Mother machine」では、ひげ状の幅小の溝の一方の端部が閉鎖されており、連続培養に不要な細胞が除去されても、この幅小の溝に残る細胞が必ず古い細胞(母細胞)になるように設計されている。すなわち、「Mother machine」においては、培養細胞の加齢に伴う生理状態の変化を抑制するという着想が存在せず、観察する細胞の加齢に伴う生理状態の変化が付随することが不可避となる問題がある。
【0007】
さらに、「Mother Machine」では、細胞周囲の培養環境は、幅大の溝からの拡散によって起こる幅小の溝内の培養液の交換によって行われている。この方法では幅小の溝の長さを長く形成した場合、幅小の溝内において、幅大の溝に近い領域と遠い領域では、環境条件が大きく変化するという問題がある。したがって、例えば、細胞の薬物等への応答を観察する場合には、環境条件の違いに起因して培養細胞の応答の結果にゆらぎが生じ、正確な検証が困難になることも考えられる。
【0008】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、培養細胞の加齢に伴う生理状態の変化を伴うことなく、均一な環境条件で連続的に細胞を長期培養・観察することができ、特定の細胞のヒストリー(系譜)を追跡することが、可能な細胞培養装置、細胞培養長期観察装置、細胞長期培養方法および細胞培養長期観察方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の細胞培養装置は、上記の課題を解決するため、細胞培養基板と、半透膜と、培養液の供給手段とを有する細胞培養装置であって、細胞培養基板は、表面に、細胞を保持培養するための細い培養用溝と、この培養用溝内に保持培養された細胞を排出するための太い排出用溝を有するとともに、前記培養用溝の両端は、排出用溝に接続し、排出用溝は、培養用溝より太く、深いものであり、半透膜は、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆うように使用されるものであり、培養液の供給手段は、半透膜によって覆われた細胞培養基板に、培養液を連続的に供給できるものであることを特徴としている。
【0010】
この細胞培養装置では、半透膜は、ビオチン-アビジン結合を介して細胞培養基板を被覆可能とされていることが好ましい。
【0011】
この細胞培養装置では、前記培養液の供給手段が送液パッドを有することがより好ましい。
【0012】
本発明の細胞培養長期観察装置は、前記の細胞培養装置と、細胞培養基板上の細胞を観察可能な顕微観察手段とを備えることを特徴としている。
【0013】
この細胞培養長期観察装置では、顕微観察手段は、倒立型顕微鏡であることが好ましい。
【0014】
本発明の細胞長期培養方法は、前記細胞培養装置によって細胞を長期培養する方法である。さらに、所望の細胞を細胞培養基板の培養用溝内に保持する工程と、半透膜で、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆う工程と、供給手段によって培養液を連続的に細胞培養基板へ送り、細胞培養基板の培養用溝内に保持された細胞へ半透膜を介して培養液の供給を行うとともに、培養用溝の両端と接続する排出用溝を流れる培養液によって、培養用溝内の細胞の一部を排出用溝へ排出する工程と、を含むことを特徴としている。
【0015】
本発明の細胞培養長期観察方法は、前記細胞培養長期観察装置によって細胞を長期培養し、観察する方法である。さらに、所望の細胞を細胞培養基板の培養用溝内に保持する工程と、半透膜で、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆う工程と、供給手段によって培養液を連続的に細胞培養基板へ送り、細胞培養基板の培養用溝内に保持された細胞へ半透膜を介して培養液の供給を行うとともに、培養用溝の両端と接続する排出用溝を流れる培養液によって、培養用溝内の細胞の一部を排出用溝へ排出する工程と、顕微観察手段によって細胞培養基板上の細胞を観察する工程と、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、長期連続培養を可能とし、培養細胞の加齢に伴う生理状態の変化を伴うことなく、均一な環境条件、もしくは制御された環境変化条件下で連続的に細胞を培養しながら、生育状態を長期観察することができ、特定の細胞の生育を長期にわたり追跡して観察することができるので、細胞サイズ頻度分布、成長率の頻度分布、世代時間の頻度分布、タンパク質発現量の自己相関関数の測定、細胞系譜の測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】(A)は、本発明の細胞培養装置を構成する細胞培養基板の一実施形態を例示した部分拡大図である。(B)は、図1(A)のA-A’断面図であり、(C)は、図1(A)のB-B’断面図である。
【図2】本発明の細胞培養装置を構成する細胞培養基板の別の実施形態を例示した部分拡大図である。
【図3】(A)は、本発明の細胞培養装置の一実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。(B)は、半透膜の使用方法を例示した概要図である。
【図4】半透膜で覆った細胞培養基板へ培養液を供給した際の細胞の状態を例示した模式図である。(A)は平面図で、(B)は断面図である。
【図5】本発明の細胞培養装置の別の実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。
【図6】本発明の細胞培養長期観察装置の一実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。
【図7】細胞培養基板上の培養用溝内に存在する細胞の様子を記録した連続画像の一部である。
【図8】画像解析により得られた、1細胞系列における55世代分の細胞サイズの変化、および細胞内部でのGFP発現量(細胞内濃度)の変化をプロットした図である。
【図9】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、観察された全ての時点の全ての細胞の細胞内GFP平均蛍光輝度を測定し、それをもとに推定したGFP発現量の頻度分布を測定した結果を示すグラフである(実施例4)。
【図10】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、細胞サイズの頻度分布を測定した結果を示すグラフである(実施例5)。
【図11】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、成長率の頻度分布を測定した結果を示すグラフである(実施例6)。
【図12】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、世代時間の頻度分布を測定した結果を示すグラフである(実施例7)。
【図13】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、タンパク質発現量の自己相関関数を測定した結果を示すグラフである(実施例8)。
【図14】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、細胞分裂齢の頻度分布を測定した結果を示すグラフである(実施例9)。
【図15】GFPを発現する大腸菌のタイムラプス観察を行い、ひとつの観察用溝内で観察された細胞系譜を測定した結果を示すグラフである(実施例10)。
【図16】(A)は、ガラス基板の表面に、溝深さが、細胞のサイズよりも小さい培養用溝を形成した場合の細胞の状態を示したガラス基板上方からの写真である。(B)は、ガラス基板の表面に、溝深さが細胞のサイズよりも2倍以上大きい培養用溝を形成した場合の細胞の状態を示したガラス基板上方からの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の細胞培養装置は、細胞培養基板と、半透膜と、培養液の供給手段とを有している。

【0019】
図1(A)は、本発明の細胞培養装置を構成する細胞培養基板の一実施形態を例示した部分拡大図である。図1(B)は、図1(A)のA-A’断面図であり、図1(C)は、図1(A)のB-B’断面図である。

【0020】
細胞培養基板は、表面に、細い培養用溝Lの両端が太い排出用溝Mに接続した格子状の溝パターンが形成されている。培養用溝Lと排出用溝Mは、略直角に交差している。

【0021】
培養用溝Lは、細胞を溝内に保持して連続的な培養を可能とする領域として機能し、排出用溝Mは、培養用溝L内に保持培養された細胞を適度に洗い出して排出することで、培養用溝L内の環境を調整する領域として機能する。

【0022】
本発明において、連続的な培養とは、複数世代に渡る細胞培養をいい、本発明では、細胞周囲の環境を制御することで200世代以上に渡る長期細胞培養を実現することができる。

【0023】
本発明の対象となる細胞は所望の細胞であってよく、細胞の種類は限定されない。具体的には、例えば、ヒトまたは非ヒト動物の組織から単離した幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞、筋細胞などや、植物細胞、昆虫細胞、大腸菌などの細菌細胞などの細胞が含まれ、これらのうちの1種または2種以上を培養することができる。

【0024】
培養用溝Lは、溝内に細胞を保持するためのものであることから、溝深さL1および溝幅L2が培養する細胞のサイズより大きいことが前提となる。具体的には、培養用溝Lの溝深さL1は、細胞のサイズより1倍~2倍、好ましくは1倍~1.5倍大きく設計することができる。また、培養用溝Lの溝幅L2は、細胞のサイズより1倍~3倍、好ましくは1倍~2倍大きく設計することができる。

【0025】
ここで、「細胞のサイズ」とは、略球形の細胞であれば細胞の直径(最大長さ)が基準とされる。また、例えば、細長の棒状などの球形以外の細胞であれば、細胞を基板上に載せた状態での細胞の厚さ(幅)に基づいて決定することができ、この場合、培養用溝Lの溝深さL1は、細胞の厚さ(幅)より1倍~2倍、溝幅L2は、細胞の厚さ(幅)より1倍~3倍大きく設計することができる。

【0026】
また、細胞のサイズは、文献などに記載の公知のサイズを参考にすることもできるし、実際に顕微鏡などで細胞のサイズを測定した結果に基づいて決定することもできる。

【0027】
培養用溝Lの溝深さL1および溝深さL2が前記の範囲であると、培養用溝L内に細胞を安定に保持することができ、細胞の連続的な培養・観察が可能となる。また、培養用溝Lの溝深さL1が細胞のサイズより2倍を超えて大きい場合は、細胞が培養用溝L内に留まらずに排出用溝Mへ流出するおそれがあり、培養用溝L内に細胞を保持して連続的に培養することが難しい。また、培養用溝Lの溝幅L2が細胞のサイズより3倍を超えて大きい場合には、半透膜が培養用溝内にも接着し、細胞を押しつぶす、または細胞が排出用溝に流れ出ていかないおそれがあり、連続的に培養することが難しい。

【0028】
また、培養用溝Lの長さは、細胞のサイズや培養用溝L内に保持培養すべき細胞の数などに応じて適宜設計することができる。具体的には、例えば、10μm~100μm程度の範囲、好ましくは30μm~100μm程度の範囲を例示することができる。

【0029】
一方、排出用溝Mは、培養用溝Lより太く、深く形成されている。すなわち、排出用溝Mの溝深さM1および溝幅M2は、培養用溝Lの溝深さL1および溝幅L2よりも大きく形成されている。ここで、「排出用溝Mの溝深さM1」とは、図1に示したように、培養用溝Lの溝底の高さ位置から排出用溝Mの溝底までの距離をいう。

【0030】
排出用溝Mの溝深さM1および溝幅M2は、培養用溝Lに保持培養する細胞のサイズや数、細胞培養基板上を流れる細胞培養液の速度に応じて、培養用溝L内の細胞を洗い出すことが可能な範囲で適宜設計することができる。一応の目安としては、排出用溝Mの溝深さM1は、細胞のサイズの3倍~50倍の大きさが好ましい。また、培養用溝Lとの関係では、培養用溝Lの溝深さL1の1.5倍~50倍の深さを例示することができる。具体的には、排出用溝Mの溝深さM1は、5μm~50μm程度の範囲を好ましく例示することができる。

【0031】
また、排出用溝Mの溝幅M2は、溝深さM1と同程度またはそれ以上の大きさを有していることが好ましい。培養用溝Lとの関係では、培養用溝Lの溝幅L2の10倍~100倍の長さを例示することができ、具体的には、10μm以上、好ましくは30μm以上の範囲を例示することができる。

【0032】
このように、培養用溝Lおよび排出用溝Mの溝深さ(L1、M1)および溝幅(L2、M2)は、培養する所望の細胞のサイズに応じて適宜設計することができる。具体例を示すと、例えば、大腸菌は、サイズがおよそ0.5μm~1.0μm(幅)×1.5μm~7.0μm(長さ)であることが知られている。本発明の細胞培養装置によって大腸菌を連続培養する場合には、例えば、細胞培養基板の培養用溝Lは、溝深さL1:1.0μm~1.5μm、溝幅L2:1.0μm~3.0μm、排出用溝Mは、溝深さM1:5μm~20μm、溝幅M2:20μm~100μmの範囲を好ましく例示することができる。

【0033】
細胞培養基板の材料は、例えば、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス等のガラスや、ポリスチレン等の樹脂やプラスチック、あるいはシリコン基板などを例示することができる。なかでも、ガラス基板は、加工性、取り扱い性に優れているため好ましい。

【0034】
細胞培養基板をガラスで製作する場合には、ガラス板の一方の面に対して、例えば、フォトリソグラフィー法により、培養用溝Lと排出用溝Mの形状をフォトレジストにパターニングし、公知の方法でエッチングすることにより培養用溝Lと排出用溝Mを形成して細胞培養基板を作成することができる。また、適宜、ガラス板にレーザ加工等を施すこともできる。また、パターニングとしては、フォトリソグラフィー法の他に、電子ビーム直接描画法等を用いることもできる。細胞培養基板は、その表面を表面処理剤によって処理しても良いし、物理的な表面加工処理をしても良い。例えば、細胞培養基板表面或いは表面の一部を、親水性、親油性、撥水性等機能を付与する処理が出来る。例えば、シリコンコート、官能基コート、例えばアミノ基、イソシアネート基、エポキシ基、カルボキシル基、水酸基、SH基、シラノール基、等官能基を表面付与することができる。また、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン等のいずれかで表面を修飾したものが好ましい。或いは、コラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン等の細胞接着基質で細胞培養基板の表面をコートすることもできる。

【0035】
培養用溝Lと排出用溝Mとの溝パターンは、図1で例示した形状に限定されるものではない。細胞培養基板は、培養用溝Lと排出用溝Mとは、略直角な角度で接続していればよく、例えば、図2に例示したような、2本の排出用溝Mの間に1本の培養用溝Lが形成されている溝パターンを有する形態であってもよい。また、培養用溝L内の細胞を適当に洗い流すことができれば、培養用溝Lに対して排出用溝Mが厳密に直角に接続していなくてもよく、具体的には、培養用溝Lに対する排出用溝Mの角度は、90°±15°の範囲程度は許容し得る。さらに、培養用溝Lおよび排出用溝Mは直線状であることが好ましいが、部分的に屈曲した領域を有していてもよい。また、図1では、培養用溝Lと排出用溝Mの断面形状が方形に形成されているが、この形状に限定されるものではなく、例えば、溝の底部が湾曲した形状であってもよい。

【0036】
本発明の細胞培養装置の有する半透膜とは、細胞培養基板の培養用溝および排出用溝を覆うように使用される。半透膜としては、例えば、セルロース膜などの公知のものを採用することができる。半透膜は、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジンのうちのいずれかで修飾されていることが好ましく、この場合、細胞培養基板も、基板の表面が、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジンのうちのいずれかで修飾されていることが好ましい。細胞培養基板がビオチンで修飾されている場合には、アビジンまたはストレプトアビジンで修飾された半透膜を利用し、細胞培養基板がアビジン、ストレプトアビジンで修飾されている場合には、ビオチンで修飾された半透膜を利用することで、ビオチン-アビジン結合によって、細胞培養基板の培養用溝Lおよび排出用溝Mを上方からシールすることができる。この半透膜により新鮮な培養液が上面から常に細胞に供給することが出来る。

【0037】
半透膜で細胞培養基板の上面を覆う場合、例えば、以下の方法を例示することができる。まず、細胞培養基板の上面に、シリコン、あるいは酸化シリコン、あるいはクロム、あるいはアルミニウム、あるいは鉄、あるいはチタン等の、シラノール基とシランカップリングする素材の薄膜を蒸着あるいはスパッタリングする。そして、この薄膜の表面に、例えば、片端にシラノール基を持ち、他端にアミノ基あるいはカルボキシル基あるいはSH基を持つ二価性試薬等によってアミノ基あるいはカルボキシル基あるいはSH基を導入し、ビオチンを共有結合させる。そして、セルロース等膜などの半透膜をアビジンまたはストレプトアビジンで修飾し、この半透膜と薄膜を接触させ、ビオチン-アビジン結合させることで細胞培養基板の上面をシールすることができる。なお、細胞培養基板の薄膜の表面にアビジンまたはストレプトアビジンを、半透膜にビオチンを結合させることもできる。なお、半透膜は、細胞培養基板の排出用溝および培養用溝を上方から、良好な密着性をもって被覆可能であればよく、必ずしもビオチン-アビジン結合を利用する形態に限定されない。

【0038】
次に、本発明の細胞培養装置の一実施形態について説明する。図3(A)は、本発明の細胞培養装置の一実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。図3(B)は、半透膜の使用方法を例示した概要図である。さらに、図4は、半透膜で覆った細胞培養基板へ培養液を供給した際の細胞の状態を例示した模式図で(A)が平面図、(B)が断面図である。

【0039】
細胞培養装置1は、細胞培養基板2と、半透膜3と、培養液の供給手段4とを有している。

【0040】
上述したように、細胞培養基板2には、培養用溝Lおよび排出用溝Mが形成され、この上面が半透膜3で覆われている。図3(B)に例示したように、半透膜3は、少なくとも培養用溝Lの上方域で覆われていればよい。排出用溝Mの両端部側は、半透膜3で覆わずに開放された状態とすることで、排出用溝Mの一端から培養液を供給し、他端から培養液を排出することができる。そして、半透膜3で覆われた培養用溝L内には細胞が保持されている。

【0041】
培養用溝Lおよび排出用溝Mの周囲には、細胞培養基板2の表面にフレームシールSが配設されている。フレームシールは、適度な厚さがあり、表裏面に接着性を有するものであるものを好ましく例示することができるが、特に限定されるものではない。

【0042】
培養液の供給手段4は、送液ポンプ41(シリンジ)と、送液パッド42と、廃液タンク43とを有している。

【0043】
送液ポンプ41は送液パッド42の一端の貫通孔と送液管で接続しており、細胞のための培養液を送り出し、細胞培養基板2へ培養液を供給することができる。

【0044】
送液パッド42は、細胞培養基板2の上に配置されて、培養用溝L、排出用溝M、および半透膜3を覆い、かつ培養用溝L、排出用溝M、および半透膜3を含む範囲の周囲でフレームシールSを介して密着し封止されるように配置される。また、送液パッド42は、その一方の端部に培養液の流入する貫通孔と、他方の端部に廃培養液を外部に排出する貫通孔とを少なくとも1ヶ所ずつパッド面を貫通するように設けられている。これらの各貫通孔は、送液パッド42と細胞培養基板2との間に形成され培養液が満たされる空間において、培養液流入用貫通孔から排出用貫通孔に培養液が流れるようにそれぞれ配置されれば良い。

【0045】
すなわち送液パッド42は、細胞培養基板2上に新鮮な培養液を常に保持する機能を有する。

【0046】
送液パッド42は、ガラス、アクリル等の硬質材料や、ゴム、エラストマー等の柔軟材料を特に制限なく用いて得ることができる。また送液パッド42の透明性については、細胞培養装置1の上面からの透過光を顕微鏡観察に必要とする場合は透明な材料が適しているが、蛍光観察など、透過光を必要としない場合には、必ずしも透明である必要はない。

【0047】
この実施形態では、図3(A)に示すように、送液パッド42は、フレームシールSを介して細胞培養基板2の上方に接着されている。細胞培養基板2と送液パッド42との間には空間が形成されており、培養時には、送液ポンプから供給された培養液でこの空間が満たされる。そして、細胞培養基板2上を通過した培養液は、送液パッド42の前記の貫通孔でこの送液パッド42と接続する廃液タンク43へと送り出される。送液パッド42は、例えば、PDMS(ポリジメチルシロキサン)によって形成された透明なものを好ましく例示することができる。PDMSによる送液パッド42は、例えば、シリコンウェハ上にフォトレジストを塗布して、リソグラフィー法により溝を反転した凸型の鋳型を製作し、その鋳型にPDMS樹脂を流し込んで加熱して成型することにより箱蓋形に作成することができる。また、送液パッド42には、例えば、培養液中の泡を除去する泡トラップ溝などを箱蓋内面底に設けることもできる。

【0048】
そして、図3(A)においては、培養液の供給手段4は、送液ポンプ41から細胞培養基板2へと供給される培養液の供給方向が、細胞培養基板2の排出用溝Mの長さ方向と一致するように配置されている。

【0049】
さらに図6のように、本発明の細胞培養装置1は、細胞培養基板2上の細胞を観察可能な顕微観察手段5と共に、細胞培養長期観察装置を構成することができる。顕微観察手段5としては、例えば、観察対象の細胞の像を拡大するレンズ等の光学系を備えた装置を挙げることができ、具体的には、倒立型顕微鏡、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、ビデオ録画装置、カメラなどを例示することができる。また、これらの顕微観察手段をパソコンなどと接続して画像処理を行うこともできる。また、細胞の観察を容易にするための光照射装置とともに用いてもよい。

【0050】
次に、本発明の細胞培養装置を利用した細胞長期培養方法、細胞培養長期観察方法の一実施形態について説明する。

【0051】
図3,図5の供給手段4の送液ポンプ41を駆動させ、細胞培養基板2上に培養液を送る。送液ポンプ41から細胞培養基板2への培養液の送液方向が、細胞培養基板2の排出用溝Mの方向と一致しているため、送液ポンプ41から供給された培養液は、排出用溝Mの一端からスムーズに流入し、送液パッド42と細胞培養基板2との間の内部空間を満たしながら細胞培養基板2上を通過する。例えば、培養液の送液は、送液速度0.5ml/hr~200ml/hr程度の範囲で行うことができる。

【0052】
このとき、細胞培養基板2の上面が半透膜3で覆われていることによって、細胞培養基板2に培養液を流した際に、培養用溝L内で保持培養された細胞が流出するのを抑制すると共に培養液を供給することができる。細胞培養基板2は、細い培養用溝Lの両側に太い排出用溝Mが接続しているため、例えば、対向する2本の排出用溝Mを流れる培養液の流速がわずかに異なる場合などがある。このため、半透膜3を使用しない場合には、培養用溝L内に培養液が速い流速で流れ込んで培養用溝L内から排出用溝Mへ細胞が流れ出てしまう恐れがある。細胞培養基板2の培養用溝Lを半透膜3で覆うことによって、排出用溝Mから培養用溝Lへの培養液の流入を抑制し、培養用溝L内の細胞を安定に保持することができる。

【0053】
さらに、培養用溝L内に保持された細胞に対しては、半透膜3の上側を流れる培養液が半透膜3を介して透過、拡散することによって供給される。このため、例えば、培養用溝Lを30μm以上に長く形成した場合にも、培養用溝L内は、安定かつ均一な環境条件が維持される。また、培養環境が均一であることで、細胞の薬物などへの応答をより正確に検証することが可能となる。

【0054】
図4は、半透膜で覆った細胞培養基板へ培養液を供給した際の細胞の状態を例示した模式図である。なお、図4においては、培養用溝Lと排出用溝Mの接続部の境界線の図示は省略している。図4(A)は平面図で、図4(B)は断面図である。

【0055】
半透膜3を介した培養液の供給によって、培養用溝L内の細胞は安定に培養され、幾何級数的に増殖する。そして、細胞が培養用溝L内を満たす状態となると、培養用溝Lの両側で略直角な角度で接続する排出用溝Mを流れる培養液によって、培養用溝Lの両端(排出用溝Mと培養用溝Lの接続部)付近に位置する細胞の一部は、排出用溝M内へ洗い出され、培養液とともに排出されて廃液タンク43へ回収される。このため、培養用溝L内の細胞の数を所定の数に維持することができ、従来、時間経過とともに生じていた細胞の栄養消費、老廃物の蓄積、細胞周囲の環境の変化などの問題を解消することができ、顕微観察手段5を用いた細胞培養長期観察装置により、200世代以上にも渡る細胞の連続的な培養・観察を行うことができる。これによって、一細胞系列による成長速度や遺伝子発現量のゆらぎの大きさ、自己相関関数といった情報を、これまでにない長期間の時系列データをもとに計測することが可能となる。そして、100世代以上にも渡る時間は、遺伝子型の変化を伴う進化状態が起こる時間スケールに相当することから、本発明の細胞培養装置、細胞培養長期観察装置は、これまで実験的な実証、検証が難しかった進化研究への応用が可能となる。

【0056】
そして、本発明の細胞培養装置を構成する細胞培養基板は、培養用溝Lの両端で排出用溝Mが接続しているため、培養用溝L内の細胞には流動性があり、従来の「Mother machine」のように、母細胞が培養用溝Lに残ることが避けられる。したがって、培養用溝L内の細胞に加齢に伴う生理状態の変化を伴うことが抑制される。

【0057】
また、培養用溝L内に残っている細胞は、培養用溝L内に存在した細胞(母細胞)から分裂したものであることから、顕微観察手段5やコンピュータによる画像解析などを行うことで、特定の細胞のヒストリー(系譜)を追跡して細胞培養長期観察装置による観察、解析をすることができる。

【0058】
さらに、本発明の細胞培養装置、細胞培養長期観察装置は、遺伝子変異の検出にも用いることができる。具体的には、フレームシフト変異、点変異などの遺伝子変異が、ある特定の部位に生じたときに、その部位に配置された蛍光タンパク質が、正しい配列で発現するように設計された細胞株を用いることで、培養用溝内に存在する細胞において、当該変異が生じた場合、蛍光タンパク質の発現により細胞が蛍光を発し始めるという形で、細胞を殺さずに変異が生じたことを検出できる。この細胞を、細胞培養装置内で長期間連続観察することにより、当該遺伝子変異の発生頻度、分裂周期の中での発生タイミング等の情報を取得することができる。

【0059】
図5は、本発明の細胞培養装置の別の実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。図3、図4で示した形態と共通する部分についての説明は省略する。

【0060】
図5に例示した細胞培養装置1では、複数の送液ポンプ41が送液パッド42に接続され、半透膜3で覆われた細胞培養基板2に、それぞれの送液ポンプから培養液の供給が可能とされている。この実施形態では、例えば、それぞれの送液ポンプ41に異なる成分の培養液を入れ、連続培養における適宜なタイミングで、使用する送液ポンプを切り替えることで、細胞培養基板2の培養用溝Lに保持された細胞に様々な環境条件の変化を与えることができ、環境条件の変化が与える細胞への影響を長期に渡って検証することができる。

【0061】
図6は、本発明の細胞培養長期観察装置の一実施形態を例示した全体図であり、一部を断面で示している。図3、図5で示した実施形態と共通する部分についての説明は省略する。

【0062】
図6に例示した細胞培養長期観察装置1aは、細胞培養装置1と、顕微観察手段5とを備えている。

【0063】
この実施形態では、上述したような細胞の成長速度や蛍光タンパク質の発現などの経時観察に適した顕微観察手段5として、蛍光顕微鏡の機能を備えた倒立型電動顕微鏡を用いている。

【0064】
倒立型電動顕微鏡(顕微観察手段5)は、明視野観察光源51a、蛍光観察用光源51b、自動シャッター52a、自動シャッター52b、コンデンサーレンズ53、ダイクロイックミラー54、対物レンズ55、およびXYステージ56を備えている。XYステージ56は開口部Aを有し、細胞培養装置1の細胞培養基板2は、細胞が保持される培養用溝Lが開口部Aに位置するようにXYステージ56上に載置される。

【0065】
培養用溝Lに保持された細胞は、電動モータで駆動されるXYステージ56によって、自動で観察したい位置に移動できるようになっている。XYステージ56の開口部Aの下方には対物レンズ55が隣接して配置されている。XYステージ56の光軸を横切るX、Y軸方向に個別に移動させ、また対物レンズ55をZ軸方向に上下方向に移動させることによって、XYステージ56と対物レンズ55との相対的な位置の調整が可能である。また、XYステージ56を、X、Y軸方向に加えて、Z軸方向に独立して移動させて、これにより対物レンズ55との相対的な距離を調整することもできる。

【0066】
倒立型電動顕微鏡は、不図示の本体ケースの内部に、明視野透過照明系、落射照明系、撮像系を備えている。明視野透過照明系は、XYステージ56の高さ位置よりも上に配置され、落射照明系および撮像系は、XYステージ56の高さ位置よりも下に配置されている。

【0067】
明視野透過照明系は、透過光による観察を行うために用いられる。明視野透過照明系は、明視野観察光源51a、自動シャッター52a、コンデンサーレンズ53を含む。明視野観察光源51aには、ハロゲンランプなどを用いることができる。この明視野観察光源51aから出射された光は、自動シャッター52aが開いた状態で、コンデンサーレンズ53を通過し、垂直方向下方に向かってXYステージ56上に載置された細胞培養基板2の培養用溝Lに保持された細胞を照射する。

【0068】
落射照明系は、蛍光による観察を行うために用いられる。落射照明系は、蛍光観察用光源51b、自動シャッター52b、ダイクロイックミラー54を含む。蛍光観察用光源51bには、水銀ランプなどを用いることができる。落射照明系は、その他に、熱吸収フィルタ、コレクターレンズや、蛍光観察用光源51bからの光を特定の短い波長帯域の励起光にするための励起フィルタなどの光学系を備えることができる。この蛍光観察用光源51bから出射された光は、自動シャッター52bが開いた状態で、ダイクロイックミラー54および対物レンズ55を通過し、垂直方向上方に向かって、XYステージ56上に載置された細胞培養基板2の培養用溝Lに保持された細胞を開口部Aから照射する。

【0069】
撮像系は、ダイクロイックミラー54に臨んで取り付けられたカメラ57を含む。カメラ57は、例えば、CCDカメラを用いることができる。

【0070】
さらに倒立型電動顕微鏡は、電源ユニット、モータ駆動回路基板などが搭載されている。電源ユニットは、明視野観察光源51aの電源、倒立型電動顕微鏡に組み込まれたモータなどのシステムを制御するための電源、蛍光観察用光源51bの電源などを含む。モータ駆動回路基板は、例えば、XYステージ56をX、Y軸方向に駆動するためのモータ、撮像系の電動ズーム機構を駆動するためのモータ、水銀ランプなどの蛍光観察用光源51bの絞りを駆動するためのモータなどを制御する。

【0071】
倒立型電動顕微鏡は、パーソナルコンピュータなどのコンピュータ58によって、キーボードやマウスを用いてユーザが各種の操作や設定を行うことができる。

【0072】
透過照明系と落射照明系とは選択的に用いられる。透過照明系が選択されたときには、明視野観察光源51aからの透過照明光によって得られた培養用溝Lに保持された細胞の像は、開口部Aから対物レンズ55を通過しダイクロイックミラー54で反射され、水平方向に向けて配置されたカメラ57に取り込まれる。

【0073】
一方、落射照明系が選択されたときには、蛍光観察用光源51bからの励起光の照射によって得られた培養用溝Lに保持された細胞の蛍光による像は、開口部Aから対物レンズ55を通過しダイクロイックミラー54で反射され、水平方向に向けて配置されたカメラ57に取り込まれる。

【0074】
さらに、図示はしないが、倒立型電動顕微鏡は、細胞を眼で観察するための接眼レンズと、接眼レンズと対物レンズ55とを光学的に結合する光学系を備えている。この光学系は、ミラー、リレーレンズ、光路切り換えプリズムを含む。例えば、カメラ57で観察する場合は、光路切り換えプリズムが観察光軸上に挿入され、対物レンズ一次像は光路切り換えプリズムで反射され、カメラ57で観察できるようになっている。一方、眼で観察する場合は、光路切り換えプリズムが観察光軸から外され、対物レンズ一次像はミラーにより接眼レンズへ向けて反射される。さらに対物レンズ一次像はリレーレンズによりリレーされ、接眼レンズにより眼で観察できるようになっている。

【0075】
以上のような構成の細胞培養装置1を用いて、次のような細胞観察を行うことができる。

【0076】
図3、図5の実施形態と同様に、培養液の供給手段4によって、フレームシールSを介して細胞培養基板2の上方に接着された送液パッド42と、細胞培養基板2との間に培養液を供給する。なお、この実施形態では、送液パッド42には、上述した、培養液中の泡を除去する溝である泡トラップ用溝44を設けている。

【0077】
この実施形態では、顕微観察手段5として倒立型電動顕微鏡を使用することで、顕微観察手段5の観察位置が細胞培養装置1の下に位置していることが重要である。

【0078】
これによって、送液パッド42と細胞培養基板2との間に供給された培養液中の泡は、細胞培養基板2の上方の泡トラップ用溝44により上方に除去され、これとは反対側の細胞培養基板2の下方から、XYステージ56の開口部Aを通じて対物レンズ55より、培養用溝L内に保持された細胞の拡大像を得ることができる。

【0079】
そのため、細胞培養装置1内に生じた泡が顕微観察手段5による観察を邪魔することが防止され、長期連続細胞観察、例えば、200世代の長期連続細胞観察も可能となる。

【0080】
半透膜3を介した培養液の供給によって、培養用溝L内の細胞は安定に培養され、幾何級数的に増殖する。そして、細胞が培養用溝L内を満たす状態となると、培養用溝Lの両側で略直角な角度で接続する排出用溝Mを流れる培養液によって、培養用溝Lの両端付近に位置する細胞の一部は、排出用溝M内へ洗い出され、培養液とともに排出される。

【0081】
このようにして培養用溝L内で培養された細胞は、透過照明系と落射照明系のいずれかを照射し、対物レンズ55を用いて拡大した像として、カメラ57または接眼レンズによって観察することができる。

【0082】
透過照明系による観察では、具体的には、上述したような細胞のサイズ、特に一つの細胞系列における細胞サイズの変化や成長速度などを観察することができる。

【0083】
落射照明系による蛍光観察では、具体的には、上述したような細胞内部での蛍光タンパク質の発現量とその変化や、染色した細胞の蛍光画像とその変化などを観察することができる。

【0084】
すなわち、培養用溝L内に残っている細胞は、培養用溝L内に存在した細胞(母細胞)から分裂したものであることから、顕微観察手段5やコンピュータ58による解析などを行うことで、特定の細胞のヒストリーを追跡して観察、解析をすることができる。

【0085】
例えば、蛍光タンパク質の蛍光画像などを経時でカメラ57により取得し、これをコンピュータ58に記録することで、タイムラプス計測を行うことができる。このタイムラプス画像を専用の画像解析ソフトを用いてコンピュータ58で解析することにより、取得画像に含まれる細胞のサイズ、内部の蛍光輝度の平均などについての時系列情報を取得することができる。これによって、一細胞系列による成長速度や遺伝子発現量のゆらぎの大きさ、自己相関関数といった情報を、これまでにない長期間の時系列データをもとに計測することが可能となる。

【0086】
本発明は以上の実施形態に限定されることはない。その細部について様々な形態が可能であることは言うまでもない。
【実施例】
【0087】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>細胞培養基板の作成
大腸菌を連続的に培養するための細胞培養基板として、ガラス基板(60mm(長さ)×24mm(幅)×0.17mm(厚さ))に、培養用溝L(溝深さL1:1.0μm、溝幅L2:3.0μm、長さ30μm、50本)、排出用溝M(M1:溝深さ17μm、M2:溝幅60μm、長さ5000μm、20本)を格子状に設けた(図1参照)。
<実施例2>半透膜による被覆
実施例1で作成した細胞培養基板の表面をビオチンで修飾した。一方、半透膜として幅1mm×長さ1mmのセルロース製半透膜を使用し、表面をストレプトアビジンで修飾した。そして、細胞培養基板の表面の培養用溝L、排出用溝Mの上方から大腸菌を含む培養液を1μl滴下した後、細胞培養基板の培養用溝Lおよび排出用溝Mの上方の中央部分の一部の領域を半透膜でシールした。
<実施例3>細胞の培養・観察
本発明の細胞培養装置によって、細胞を連続的に培養・観察した。具体的には、両面テープである四角枠形状をしたフレームシール(バイオラッド社製:SLF-0201)を培養用溝および排出用溝を取り囲む形で細胞培養基板上にシールし、さらにフレームシール上面にPDMS製の送液パッドを貼付けた。PDMS製の送液パッドに取付けてある2本のシリコン製チューブのうち1本をシリンジ(送液ポンプ)に連結し、もう1本を廃液タンク内に導入した(図3参照)。シリンジにより、2ml/hの流速で、0.2%重量比のグルコースを栄養源として含む、大腸菌培養用M9最小培地を連続的に流し続けた。この細胞培養装置を、倒立型電動顕微鏡のステージ上に配置することによって図6に示すような細胞培養長期観察装置を構成し、培養用溝内の細胞を倍率100倍位相差対物レンズを用いて、2分間隔でタイムラプス観察した。
【実施例】
【0088】
観察に用いた大腸菌は、具体的にはW3110株であり、rpsL遺伝子のプロモーターに制御される形で蛍光タンパク質(GFP)を発現するプラスミドを有するものである。
【実施例】
【0089】
タイムラプス計測では、細胞のGFPの蛍光画像を取得し、これをPC上に記録した。画像解析ソフトImageJ(http://rsbweb.nih.gov/ij/)を用いて、このタイムラプス画像を解析することにより、取得画像に含まれる細胞のサイズ、内部の蛍光輝度の平均(GFPの細胞内濃度に相当)についての時系列情報を取得した。
【実施例】
【0090】
図7は、細胞培養基板上の培養用溝内に存在する細胞の様子を記録した連続画像の一部である。
【実施例】
【0091】
図7に示したように、細胞培養基板に培養液を供給して連続培養すると、培養用溝内に存在する細胞のうち、培養用溝の両端に存在する細胞の一部が適度に排出用溝へ洗い流され、画面から消えている様子が確認される。また、細胞培養基板の溝形状および半透膜によって、培養用溝L内に細胞が安定に保持され培養されていることも確認される。さらに、半透膜を介した細胞への培養液の供給によって、培養用溝L内は、安定かつ均一な環境下が維持されている。
【実施例】
【0092】
培養用溝の両端に存在する細胞が適度に排出用溝へ洗い流されることで、培養用溝L内の細胞の数を所定の数に維持することができ、従来、時間経過とともに生じていた細胞の栄養消費、老廃物の蓄積、細胞周囲の環境の変化などの問題を解消することができ、細胞の連続的な培養・観察を行うことができることが確認された。また、母細胞が培養用溝Lに残ることが避けられ、加齢に伴う生理状態の変化を伴わずに、培養用溝L内の細胞を長期培養することができることも確認された。
【実施例】
【0093】
図8は、画像解析により得られた、一つの細胞系列における55世代分の細胞サイズの変化、および細胞内部でのGFP発現量(細胞内濃度)の変化をプロットした図である。
【実施例】
【0094】
図8に示したように、本発明の細胞培養装置によって、長期に渡る細胞の連続的な培養が可能であることが確認された。これによって、一細胞系列による成長速度(細胞サイズの変化)や遺伝子発現量のゆらぎの大きさなどの情報を、これまでにない長期間の時系列データをもとに計測することが可能となることが確認された。
<実施例4>タンパク質発現量の頻度分布
実施例3と同様の細胞培養基板、PDMS製の送液パッド、シリンジ(送液ポンプ)、および廃液タンクを有する細胞培養装置を倒立型電動顕微鏡のステージ上に配置し、培養用溝内の蛍光タンパク質GFPを発現する大腸菌をタイムラプス観察した。シリンジにより、2ml/hの流速で、0.2%重量比のグルコースを栄養源として含む、大腸菌培養用M9最小培地を連続的に流し続けた。観察時の培養温度は37℃に維持し、培養用溝内の細胞を1分間隔で5000分にわたってタイムラプス観察した。
【実施例】
【0095】
観察された全ての時点の全ての細胞の細胞内GFP平均蛍光輝度を測定し、それをもとに推定したGFP発現量の頻度分布を測定した。その結果を図9に示す。
<実施例5>細胞サイズの頻度分布
実施例4のタイムラプス観察において、細胞サイズの頻度分布を測定した。その結果を図10に示す。
<実施例6>成長率の頻度分布
実施例4のタイムラプス観察において、成長率の頻度分布を測定した。1細胞の成長率は分裂から分裂までの細胞サイズの変化を指数関数C×2ktでフィッティングし、その指数kを各細胞の成長率とした。ただし、Cは定数、tは時間を表す。その結果を図11に示す。
<実施例7>世代時間分布
実施例4のタイムラプス観察において、世代時間の頻度分布を測定した。世代時間とは、各細胞が分裂から次の分裂にまで要する時間である。その結果を図12に示す。
<実施例8>タンパク質発現量の自己相関関数
実施例4のタイムラプス観察において、タンパク質発現量の自己相関関数を測定した。ある時点tでのタンパク質発現量をx(t)とすると、時間t離れた時点との自己相関A(t)は次式を計算することで求めた。
【実施例】
【0096】
【化1】
JP0005231684B1_000002t.gif

【実施例】
【0097】
ただし、E[ ]、V[ ]はそれぞれ期待値と分散を表す。その結果を図13に示す。この図はA(τ)をτに対してプロットしたものである。
<実施例9>細胞分裂齢の分布
実施例4のタイムラプス観察において、細胞分裂齢の頻度分布を測定した。細胞分裂齢とは、直前の分裂から現在までの時間を表す。その結果を図14に示す。
<実施例10>ひとつの観察用溝内で観察される細胞系譜
実施例4のタイムラプス観察において、ひとつの観察用溝内で観察された細胞系譜を測定した。その結果を図15に示す。系列の枝分かれは細胞分裂を表し、系列の途切れているところは細胞が洗い流されたことを示している。
<実施例11>
実施例3と同様の細胞培養基板、PDMS製の送液パッド、シリンジ(送液ポンプ)、および廃液タンクを有する細胞培養装置を倒立型電動顕微鏡のステージ上に配置し、培養用溝内の細胞をタイムラプス観察した。実施例3の大腸菌をマウスES細胞に代えて、シリンジポンプにより2ml/hの流速で、大腸菌培養用M9最小培地に代えて未分化維持用無血清培地ESF7を連続的に流し続けた。前記ガラス基板表面は、マウスES細胞のへの接着を促進するため、コラーゲンもしくは、Eカドヘリン-Fcをコートした。培養用溝内のマウスES細胞は、倒立型電動顕微鏡で倍率20倍位相差対物レンズを用い、タイムラプス観察を15分間隔で行った。
【実施例】
【0098】
その結果、細胞培養基板に培養液を供給して連続培養すると、培養用溝内に存在するマウスES細胞のうち、培養用溝の両端に存在するマウスES細胞の一部が適度に排出用溝へ洗い流されていく様子が確認された。
【実施例】
【0099】
また、細胞培養基板の溝形状および半透膜によって、培養用溝L内にマウスES細胞が安定に保持され培養されていることも確認された。
【実施例】
【0100】
半透膜を介したマウスES細胞への培養液の供給によって、培養用溝L内は、安定かつ均一な環境下が維持され、培養用溝の両端に存在するマウスES細胞が適度に排出用溝へ洗い流されることで、培養用溝L内のマウスES細胞の数を所定の数に維持することができ、細胞の連続的な培養・観察を行うことができることが確認された。また、母細胞が培養用溝Lに残ることが避けられ、加齢に伴う生理状態の変化を伴わずに、培養用溝L内のマウスES細胞を長期培養することができることも確認された。
<比較例1>
ガラス基板の表面に、溝深さL1が細胞のサイズよりも小さい培養用溝Lを形成し、大腸菌の培養が可能であるか検討した。具体的には、培養用溝L(L1:溝深さ0.5μm、L2:溝幅2.0μm、長さ30μm、50本)、排出用溝M(M1:溝深さ17μm、M2:溝幅60μm、長さ5000μm、20本)を格子状に設けた。
【実施例】
【0101】
そして、実施例2と同様に細胞培養用基板を半透膜で覆い、実施例3と同様の装置構成で細胞培養基板に培養液を供給し、細胞を観察した。
【実施例】
【0102】
結果は、図16(A)に示したように、培養用溝L内の細胞Cは、半透膜により押しつぶされて変形し、正常状態での観察はできなかった。
<比較例2>
ガラス基板の表面に、溝深さL1が細胞サイズ(厚さ)の2倍を超えて大きい培養用溝Lを形成し、大腸菌の培養が可能であるか検討した。具体的には、培養用溝L(L1:溝深さ2.0μm、L2:溝幅2.0μm、長さ30μm、50本)、排出用溝M(M1:溝深さ17μm、M2:溝幅60μm、長さ5000μm、20本)を格子状に設けた。
【実施例】
【0103】
そして、実施例2と同様に細胞培養用基板を半透膜で覆い、実施例3と同様の装置構成で細胞培養基板に培養液を供給し、細胞を観察した。
【実施例】
【0104】
結果は、図16(B)に示したように、培養用溝L内の細胞Cは安定に保持されず、培養用溝Lから排出用溝Mへ流出してしまい、連続培養が困難であることが確認された。
【符号の説明】
【0105】
1 細胞培養装置
1a 細胞培養長期観察装置
2 細胞培養基板
3 半透膜
4 供給手段
5 顕微観察手段
41 送液ポンプ
42 送液パッド
43 廃液タンク
44 泡トラップ用溝
51a 明視野観察光源
51b 蛍光観察用光源
52a 自動シャッター
52b 自動シャッター
53 コンデンサーレンズ
54 ダイクロイックミラー
55 対物レンズ
56 XYステージ
57 カメラ
58 コンピュータ
L 培養用溝
M 排出用溝
A 開口部
S フレームシール
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15