TOP > 国内特許検索 > iPS細胞の腫瘍化を抑制することが可能な分化誘導方法 > 明細書

明細書 :iPS細胞の腫瘍化を抑制することが可能な分化誘導方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5935224号 (P5935224)
登録日 平成28年5月20日(2016.5.20)
発行日 平成28年6月15日(2016.6.15)
発明の名称または考案の名称 iPS細胞の腫瘍化を抑制することが可能な分化誘導方法
国際特許分類 C12N   5/10        (2006.01)
C12N   5/071       (2010.01)
C12N   5/02        (2006.01)
A61K  35/12        (2015.01)
FI C12N 5/10 ZNA
C12N 5/071
C12N 5/02
A61K 35/12
請求項の数または発明の数 16
全頁数 35
出願番号 特願2013-551827 (P2013-551827)
出願日 平成24年12月27日(2012.12.27)
国際出願番号 PCT/JP2012/083945
国際公開番号 WO2013/100080
国際公開日 平成25年7月4日(2013.7.4)
優先権出願番号 2011286906
優先日 平成23年12月27日(2011.12.27)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成26年6月20日(2014.6.20)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
発明者または考案者 【氏名】江草 宏
個別代理人の代理人 【識別番号】100124431、【弁理士】、【氏名又は名称】田中 順也
【識別番号】100156845、【弁理士】、【氏名又は名称】山田 威一郎
【識別番号】100124039、【弁理士】、【氏名又は名称】立花 顕治
【識別番号】100112896、【弁理士】、【氏名又は名称】松井 宏記
【識別番号】100174160、【弁理士】、【氏名又は名称】水谷 馨也
審査官 【審査官】吉門 沙央里
参考文献・文献 国際公開第2011/022070(WO,A2)
国際公開第2006/024026(WO,A2)
Takashi Ochiai et al.,Cholesterol-independent, MAPK/ERK signal-mediated simvastatin potentiation of nerve growth factor-in,福岡大学薬学集報,2008年,第8巻,第146-159頁
Kyoko Miura et al.,Variation in the safety of induced pluripotent stem cell lines.,Nature Biotechnology,2009年,27(8),pp.743-745
Sang Kyu Lee et al.,Stabilization and translocation of p53 to mitochondria is linked to Bax translocation to mitochondri,Biochem. Biophys. Res. Comm.,2010年,Vol.391,pp.1592-1597
川本章代ほか,骨芽細胞用細胞の増殖・移動・ゲル収縮に対するヒアルロン酸の効果,歯科医学,2006年,第69巻,第182-183頁
調査した分野 C12N 5/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
特許請求の範囲 【請求項1】
腫瘍化を抑制しながらiPS細胞を分化誘導する方法であって、
下記一般式(A)で表わされるスタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程を含む、iPS細胞の分化誘導方法。
【化1】
JP0005935224B2_000016t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化2】
JP0005935224B2_000017t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化3】
JP0005935224B2_000018t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項2】
前記スタチンが、シンバスタチン、フルバスタチン、ロバスタチン、及びプラバスタチンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の分化誘導方法。
【請求項3】
前記スタチンと前記分化誘導剤とを含む培地中でiPS細胞を培養することにより、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる、請求項1又は2に記載の分化誘導方法。
【請求項4】
前記スタチンを含む培地でiPS細胞を培養した後に、更に前記分化誘導剤を含む培地で培養することにより、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる、請求項1~3のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項5】
前記スタチンの濃度が0.01~10μMである、請求項1~4のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項6】
前記iPS細胞が口腔粘膜の上皮細胞又は口腔粘膜の線維芽細胞由来である、請求項1~5のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項7】
スタチンと、iPS細胞を骨芽細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を骨芽細胞に分化させる、請求項1~6のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項8】
腫瘍化が抑制された分化細胞を含む細胞製剤の調製方法であって、
下記一般式(A)で表わされるスタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘 導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程、及び
前記工程で得られた分化細胞を用いて細胞製剤を調製する工程を含む前記方法。
【化4】
JP0005935224B2_000019t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化5】
JP0005935224B2_000020t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化6】
JP0005935224B2_000021t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項9】
前記分化細胞が骨芽細胞である、請求項に記載の細胞製剤の調製方法。
【請求項10】
下記一般式(A)で表わされるスタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤を含有する、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るために使用される培地。
【化7】
JP0005935224B2_000022t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化8】
JP0005935224B2_000023t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化9】
JP0005935224B2_000024t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項11】
iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るために使用される培地の製造のための下記一般式(A)で表わされるスタチンの使用。
【化10】
JP0005935224B2_000025t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化11】
JP0005935224B2_000026t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化12】
JP0005935224B2_000027t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項12】
iPS細胞から分化細胞に分化させる際に腫瘍化を抑制する方法であって、下記一般式(A)で表わされるスタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程を含む、腫瘍化抑制方法。
【化13】
JP0005935224B2_000028t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化14】
JP0005935224B2_000029t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化15】
JP0005935224B2_000030t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項13】
iPS細胞の腫瘍化を抑制する方法であって、下記一般式(A)で表わされるスタチンの存在下でiPS細胞を培養する工程を含む、iPS細胞の腫瘍化抑制方法。
【化16】
JP0005935224B2_000031t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化17】
JP0005935224B2_000032t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化18】
JP0005935224B2_000033t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項14】
下記一般式(A)で表わされるスタチンを有効成分として含む、iPS細胞の腫瘍化抑制剤。
【化19】
JP0005935224B2_000034t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化20】
JP0005935224B2_000035t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化21】
JP0005935224B2_000036t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【請求項15】
iPS細胞を骨芽細胞に分化させる際に使用される、請求項14の腫瘍化抑制剤。
【請求項16】
iPS細胞の腫瘍化抑制剤の製造のための下記一般式(A)で表わされるスタチンの使用。
【化22】
JP0005935224B2_000037t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)又は(2)で示される基を表す。
【化23】
JP0005935224B2_000038t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
【化24】
JP0005935224B2_000039t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、iPS細胞の腫瘍化を抑制して目的の分化細胞に分化させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトのiPS細胞が樹立され(例えば、非特許文献1及び特許文献1を参照)、その再生医療への応用が期待されている。iPS細胞とは、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称される分化多能性を獲得した細胞のことであり、体細胞(例えば、線維芽細胞など)に分化多能性を付与する数種類の転写因子、例えば、Octファミリー(Oct3/4)、Soxファミリー(Sox2、Sox1、Sox3、Sox15及びSox17など)、Klfファミリー(Klf4、Klf2など)、Mycファミリー(c-Myc、N-Myc、L-Mycなど)、Nanog、LIN28などをコードする遺伝子を導入することによって、分化多能性を獲得した細胞のことである。
【0003】
分化多能性を有する細胞は、iPS細胞のほかにES細胞がよく知られているが、ES細胞はその起源が発生初期の胚であることから生命倫理の問題があり、再生医療を目的として使用するには問題があった。一方、iPS細胞は比較的採取が容易な皮膚や血液から樹立することが可能であるため、このような問題を回避することができる。しかも、治療を必要とする患者自身の組織からiPS細胞を得ることができるため、免疫拒絶の問題がなく、再生医療を大きく前進させるものと期待されている。
【0004】
近年、歯科や整形外科の領域において、iPS細胞を分化誘導させて骨芽細胞を得て、歯槽骨や軟骨の再生に利用する試みがなされてきた。例えば歯科領域であれば、歯を失った患者は顎が痩せてしまうために歯科インプラント治療や義歯治療が困難となるケースが多い。このような場合に、顎の骨欠損部位に骨芽細胞を移植して歯槽骨を再生させることによってインプラント埋入等を行うことが可能となる。iPS細胞を患者本人の体細胞から樹立し、これを分化誘導させて得られた骨芽細胞は、免疫拒絶を懸念する必要もない。しかも、口腔内上皮細胞や口腔内線維芽細胞を利用するとiPS細胞の樹立効率が非常に高いことが本発明者らによって確認されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0005】
しかしながら、iPS細胞はその多能性ゆえに、移植後に腫瘍化することが大きな問題となっている。この課題を解決するために現在、iPS細胞の腫瘍形成マーカーを指標に腫瘍形成細胞をソーティングで除去する方法や(例えば、非特許文献2を参照)、試験管内で目的組織に方向付けされたiPS細胞をFACSなどで細胞ソーティングすることによって、目的の細胞を選択し、これを移植に用いる方法が提案されている。ただし、これらの技術には細胞数の確保が困難であることや、コンタミネーションの危険性が伴うという欠点がある。
【0006】
このように、iPS細胞は再生医療への応用が非常に期待されているにも関わらず、上記のような問題があるため未だ実用化されていないのが現状である。すなわち、iPS細胞の臨床応用のため腫瘍化抑制という課題を克服することが強く望まれていた。
【0007】
一方、HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)は、コレステロール合成阻害作用を介した高脂血症治療薬として広く臨床で使用されている。近年、スタチンは種々の細胞の分化、増殖に対して多彩な薬理作用が確認されている。しかしながら、iPS細胞をスタチンの存在下で培養すると腫瘍化が抑制されることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【0008】

【非特許文献1】Takahashi K., et al. (2007). "Inductionof Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors". Cell 131: 861-872.
【非特許文献2】Tang C et al, An antibody against SSEA-5 glycan on human pluripotent stem cells enables removal of teratoma-forming cells. Nat Biotechnol. 2011; 29(9):829-34.
【0009】

【特許文献1】WO2007/069666
【特許文献2】WO2011/024550
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、iPS細胞の腫瘍化を抑制して目的の分化細胞に分化誘導させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、スタチンの存在下でiPS細胞を培養することにより、iPS細胞の腫瘍化を抑制できることを見出した。そして、本発明者は、スタチンと分化誘導剤を用いて、iPS細胞を分化細胞に分化誘導させることにより、腫瘍化が抑制された分化細胞が得られることを確認した。本発明は、このような知見に基づき、さらに研究を重ねた結果完成されたものである。すなわち、本発明は下記態様の方法、腫瘍化抑制剤、培地、腫瘍化が抑制されたiPS細胞、組織再生方法等を提供する。
【0012】
項1.腫瘍化を抑制しながらiPS細胞を分化誘導する方法であって、
スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程を含む、iPS細胞の分化誘導方法。
項2.前記スタチンが下記一般式(A)で表わされる化合物である、請求項1に記載の分化誘導方法:
一般式(A):
【化1】
JP0005935224B2_000002t.gif
一般式(A)中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよく、
Riは下記一般式(1)~(6)のいずれかで示される基を表す。
一般式(1):
【化2】
JP0005935224B2_000003t.gif
一般式(1)中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である;
一般式(2):
【化3】
JP0005935224B2_000004t.gif
一般式(2)中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である;
一般式(3):
【化4】
JP0005935224B2_000005t.gif
一般式(3)中、
R3aは、ハロゲン置換フェニル基、
R3bは、C35のシクロアルキル基である;
一般式(4):
【化5】
JP0005935224B2_000006t.gif
一般式(4)中、
R4aは、ハロゲン置換フェニル基、
R4b及びR4cは、同一又は異なって、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R4dは、C14のアルキルスルホニル基である;
一般式(5):
【化6】
JP0005935224B2_000007t.gif
一般式(5)中、
R5aは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R5b、R5c及びR5dは、同一又は異なって、フェニル基又はハロゲン置換フェニル基である

一般式(6):
【化7】
JP0005935224B2_000008t.gif
一般式(6)中、
R6a及びR6dは、同一又は異なって、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R6bは、C15のアルコキシ基、
R6cは、ハロゲン置換フェニル基である。
項3.前記スタチンが、シンバスタチン、フルバスタチン、ロバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン、プラバスタチン及びロスバスタチンからなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の分化誘導方法。
項4.前記スタチンと前記分化誘導剤とを含む培地中でiPS細胞を培養することにより、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる、項1に記載の分化誘導方法。
項5.前記スタチンを含む培地でiPS細胞を培養した後に、更に前記分化誘導剤を含む培地で培養することにより、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる、項1に記載の分化誘導方法。
項6.前記スタチンの濃度が0.01~10μMである、項1に記載の分化誘導方法。
項7.前記iPS細胞が口腔粘膜の上皮細胞又は口腔粘膜の線維芽細胞由来である、項1に記載の分化誘導方法。
項8.スタチンと、iPS細胞を骨芽細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を骨芽細胞に分化させる、項1に記載の分化誘導方法。
項9.腫瘍化が抑制された分化細胞を含む細胞製剤の調製方法であって、
スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程、及び
前記工程で得られた分化細胞を用いて細胞製剤を調製する工程を含む前記方法。
項10.前記分化細胞が骨芽細胞である、項9に記載の細胞製剤の調製方法。
項11.スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤を含有する、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るための培地。
項12.iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るための培地の製造のためのスタチンの使用。
項13.iPS細胞から分化細胞に分化させる際に腫瘍化を抑制する方法であって、スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程を含む、腫瘍化抑制方法。
項14.iPS細胞の腫瘍化を抑制する方法であって、スタチンの存在下でiPS細胞を培養する工程を含む、iPS細胞の腫瘍化抑制方法。
項15.スタチンを有効成分として含む、iPS細胞の腫瘍化抑制剤。
項16.iPS細胞を骨芽細胞に分化させる際に使用される、項15の腫瘍化抑制剤。
項17.iPS細胞の腫瘍化抑制剤の製造のためのスタチンの使用。
項18.iPS細胞をスタチンの存在下で培養することにより得られる、腫瘍化が抑制されたiPS細胞。
項19.iPS細胞の腫瘍化を抑制するために使用されるスタチン。
項20.iPS細胞を分化誘導する際に、未分化な性質を有するiPS細胞に対してアポトーシスを誘導するために使用される、スタチンを有効成分とするアポトーシス誘導剤。
項21.スタチンと、骨芽細胞へと分化誘導する分化誘導剤との存在下でiPS細胞を培養することにより得られた骨芽細胞を含む、骨再生剤。
項22.下記工程を含む組織再生方法:
(i)スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程、
(ii)前記工程で得られた分化細胞を用いて細胞製剤を調製する工程、及び
(iii)前記工程(ii)で得られた細胞製剤を、組織再生を必要とする患者に投与する工程。
【発明の効果】
【0013】
本発明において使用されるスタチンは、すでにコレステロール低下薬として広く普及しており、その薬物動態や人体への影響について詳細に解析されている。iPS細胞を用いた再生医療の実現に向けた重要な課題のひとつは、iPS細胞が移植先で引き起こす腫瘍化をどのように防ぐかである。本発明によれば、この腫瘍化の問題を解決することが可能である。すなわち、スタチンと、目的の分化細胞に分化誘導させる分化誘導剤とを用いてiPS細胞を分化させることによって、移植後の腫瘍化が顕著に抑制された分化細胞を得ることができ、この細胞を移植しても生体内で奇形腫を形成(腫瘍化)する心配がない。従って、本発明はiPS細胞を用いた再生医療の実現に大いに寄与し得るものである。
【0014】
また、スタチン及び骨芽細胞への誘導剤の存在下でiPS細胞の分化誘導を行うことによって得られる骨芽細胞は、移植後の腫瘍化が抑制されており、骨組織の再生医療において実用性の高い骨芽細胞を提供することができる。また、このような方法によれば、iPS細胞の骨芽細胞への分化を十分に方向付けられることから、均一に分化した細胞を得るための細胞ソーティングなどの煩雑な手技を経ることなく、腫瘍化が抑制された骨芽細胞を効率よく得ることができる。
【0015】
更に、本発明は、スタチンの存在下で分化誘導剤によってiPS細胞を分化誘導し、得られた分化細胞を含む細胞調製剤の調製方法を提供し、当該方法によって得られた細胞調製剤は生体内において腫瘍化が抑制された安全性の高いものである。また、本発明はこのような細胞製剤を患者に投与する工程を含む組織再生方法を提供する。その他、スタチンと分化誘導剤を含むiPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るための培地や、iPS細胞から分化細胞に分化させる際に腫瘍化を抑制する方法、iPS細胞の腫瘍化抑制方法、iPS細胞の腫瘍化抑制剤、腫瘍化が抑制されたiPS細胞等を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】A:骨芽細胞への分化誘導を行わずに移植したマウスiPS細胞が、移植28日後に形成した腫瘍(破線丸で示される)を示す。摘出した移植片(白丸)の周辺に著明な腫瘍が形成されていることが確認された(Bar:1 cm)。B:上記Aの腫瘍から得られた組織切片をヘマトキシリン&エオシン(H&E染色)により観察した結果を示す。腫瘍が、三胚葉に由来する様々な組織を含んだ奇形腫であることが確認された。C:iPS細胞を骨芽細胞分化誘導培地中で20、30、40又は50日間分化誘導して得た細胞が、移植28日後に形成した腫瘍(破線丸で示される)を示す。摘出した移植片(白丸)の周辺に著明な腫瘍が形成されていることが確認された(Bar:1 cm)。D:iPS細胞から骨芽細胞への分化誘導を50日間行った細胞の移植片周辺には骨組織の形成が認められた。
【図2】シンバスタチンによるiPS細胞由来腫瘍形成の抑制効果を示す。マウスiPS細胞をシンバスタチン含有骨芽細胞分化誘導培地(+)中で30~50日間分化誘導した後に移植して28日間飼育した結果、移植片による腫瘍形成を認めなかった。一方で、骨芽細胞分化誘導培地のみ(-)で分化誘導したiPS細胞移植片は著明な腫瘍形成を示した(Bar:1 cm)。
【図3】シンバスタチン及び骨芽細胞誘導剤の存在下でiPS細胞を培養することにより、移植後の腫瘍化が抑制されることを示す。A:マウスiPS細胞を骨芽細胞分化誘導培地(シンバスタチン非含有)中で30日間分化誘導した後に移植し、28日後に摘出した移植片のH&E染色による組織像を示す。移植した細胞の集合体(*)の周辺には奇形腫に特有な様々な組織像が認められた。B:マウスiPS細胞をシンバスタチン含有骨芽細胞分化誘導培地中で30日間分化誘導した後に移植し、28日後に摘出した移植片のH&E染色による組織像を示す。移植した細胞の集合体(*)の周辺には、骨様硬組織の形成および線維性の未熟骨のみが認められた。
【図4】マウスiPS細胞を、シンバスタチンを添加した骨芽細胞分化誘導培地中で20日、30日、40日又は50日間に亘り培養した後にマウス背皮下に移植し、移植28日後に摘出した移植体のH&E染色の写真を示す。
【図5】マウスiPS細胞を、シンバスタチンを添加した骨芽細胞分化誘導培地中で30日、40日又は50日間に亘り培養した後にマウス背皮下に移植し、移植28日後に摘出した移植体のメチレンブルー&フォンコッサ染色の写真を示す。
【図6】iPS細胞を、シンバスタチンを添加した骨芽細胞分化誘導培地中で30日間に亘り培養した後にマウス背皮下に移植し、移植後3カ月又は6カ月に摘出された移植体のH&E染色の写真を示す。
【図7】iPS細胞を、親油性スタチン、親水性スタチン又はフェナミルを添加した骨芽細胞分化誘導培地中で30日間に亘り培養した後にマウス背皮下に移植し、移植後28日におけるマウスの写真、及び摘出された移植体の写真を示す。
【図8】iPS細胞を、親油性スタチン、親水性スタチン又はフェナミルを添加した骨芽細胞分化誘導培地中で30日間に亘り培養した後にマウス背皮下に移植し、移植28日後に摘出された移植体のH&E染色の写真を示す。
【図9】シンバスタチン(0~1000nM)の存在下で骨芽細胞へ分化誘導したiPS細胞のアザリン染色の写真を示す。
【図10】シンバスタチン(0~10μM)の存在下で骨芽細胞へ分化誘導したiPS細胞における骨芽細胞分化に特異的な遺伝子の発現量を示すグラフである。
【図11】シンバスタチンの存在下又は非存在下で、非誘導培地において培養されたiPS細胞集合体をマウス背皮下に移植し、移植後28日におけるマウスの写真、及び摘出された移植体の写真を示す。
【図12】シンバスタチンの存在下又は非存在下で、非誘導培地又は骨芽細胞誘導培地において培養されたiPS細胞の培養上清中の浮遊細胞数を示すグラフを示す。また、下段には各培養上清中の細胞をトリパンブルーで染色した写真を示す。
【図13】シンバスタチンの存在下又は非存在下で、非誘導培地又は骨芽細胞誘導培地において培養されたiPS細胞の生死をLIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Assayにより評価した写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.iPS細胞の分化誘導方法
本発明は、スタチンと、目的の分化細胞に分化誘導するための分化誘導剤とを用いて、腫瘍化を抑制しながらiPS細胞を目的の分化細胞に分化させることを特徴とする、iPS細胞の分化誘導方法を提供する。以下、本方法について詳述する。

【0018】
[スタチン]
スタチンは、HMG-CoA還元酵素のはたらきを阻害することによって、血液中のコレステロール値を低下させる化合物の総称であり、高コレステロール血症の治療薬として使用されることがある。

【0019】
本発明において使用されるスタチンは、以下の一般式で表わされる。
一般式(A):
【化8】
JP0005935224B2_000009t.gif
式中、
カルボキシル基は、3位のヒドロキシル基との間で環状構造を形成してもよい。
また、Riは下記一般式(1)~(6)のいずれかで示される基を表す。

【0020】
一般式(1):
【化9】
JP0005935224B2_000010t.gif
式中、
R1a及びR1bは、同一又は異なって、水素、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、R1c及びR1dは、同一又は異なって、水素、ヒドロキシル基又はC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基を表す。

【0021】
前記C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基が例示される。一般式(1)において好ましくはメチル基である。

【0022】
一般式(1)において、好ましくはR1aが水素又はメチル基;R1bが水素、メチル基又はイソプロピル基;R1cが水素、ヒドロキシル基又はメチル基;R1dが水素又はメチル基であり、具体的化合物としては、プラバスタチン(pravastatin)、ロバスタチン(lovastatin)、シンバスタチン(simvastatin)、メバスタチン(mevastatin)が例示される。

【0023】
一般式(2):
【化10】
JP0005935224B2_000011t.gif
式中、
R2aは、ハロゲン置換フェニル基、
R2bは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基である。

【0024】
R2aで表わされるハロゲン置換フェニル基としては、同一または異なったハロゲン原子で置換されたフェニル基である。ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素等が挙げられ、好ましくはフッ素である。また、ハロゲン原子の置換数は1以上であり、好ましくは1である。ハロゲン原子で置換される炭素の位置としては、2~6位のいずれか、好ましくは2~5位いずれか、より好ましくは4位である。ハロゲン置換フェニルとして好ましくは、2-フルオロフェニル基、4-フルオロフェニル基等が挙げられ、より好ましくは4-フルオロフェニル基である。

【0025】
R2bで表わされる、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基は上記一般式(1)で定義されるとおりであり、好ましくはイソプロピル基である。

【0026】
一般式(2)において、好ましくはR2aが4-フルオロフェニル基、R2bがイソプロピル基である。このような具体的化合物としては、フルバスタチン(fluvastatin)が例示される。

【0027】
一般式(3):
【化11】
JP0005935224B2_000012t.gif
式中、
R3aは、ハロゲン置換フェニル基、
R3bは、C35のシクロアルキル基である。

【0028】
R3aで表わされるハロゲン置換フェニル基としては、上記一般式(2)で定義される通りであり、好ましくは4-フルオロフェニル基である。

【0029】
R3bで表わされる、C35のシクロアルキル基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基が挙げられ、好ましくはシクロプロピル基である。

【0030】
一般式(3)において、好ましくはR3aが4-フルオロフェニル基、R3bがシクロプロピル基である。このような具体的化合物としては、ピタバスタチン(pitavastatin)が例示される。

【0031】
一般式(4):
【化12】
JP0005935224B2_000013t.gif
式中、
R4aは、ハロゲン置換フェニル基、
R4b及びR4cは、同一又は異なって、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R4dは、C14のアルキルスルホニル基である。

【0032】
R4aで表わされるハロゲン置換フェニル基としては、上記一般式(2)で定義される通りであり、好ましくは4-フルオロフェニル基である。

【0033】
R4b又はR4cで表わされる、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基は上記一般式(1)で定義されるとおりであり、好ましくはメチル基又はイソプロピル基である。

【0034】
R4dで表わされる、C16のアルキルスルホニル基としては、メチルスルホニル基、エチルスルホニル基、プロピルスルホニル基、イソプロピルスルホニル基、ブチルスルホニル基、イソブチルスルホニル基、sec-ブチルスルホニル基、tert-ブチルスルホニル基等が挙げられ、好ましくはメチルスルホニル基である。

【0035】
一般式(4)において、好ましくはR4aが4-フルオロフェニル基、R4bがイソプロピル基、R4cがメチル基、R4dがメチルスルホニル基である。このような具体的化合物としては、ロスバスタチン(rosvastatin)が例示される。

【0036】
一般式(5):
【化13】
JP0005935224B2_000014t.gif
式中、
R5aは、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R5b、R5c及びR5dは、同一又は異なって、フェニル基又はハロゲン置換フェニル基である。

【0037】
R5aで表わされるC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基は、上記一般式(1)で定義される通りであり、好ましくはイソプロピル基である。

【0038】
R5b、R5c及びR5dで表わされるフェニル基又はハロゲン置換フェニル基のうち、ハロゲン置換フェニル基としては、上記一般式(2)で定義される通りであり、好ましくは4-フルオロフェニル基である。一般式(5)においては、R5b及びR5cとしてはフェニル基が好ましく、R5dとしては4-フルオロフェニル基が好ましい。

【0039】
一般式(5)において、好ましくはR5aがイソプロピル;R5b及びR5cがフェニル基;R5dが4-フルオロフェニル基である。このような具体的化合物としては、アトルバスタチン(atorvastatin)が挙げられる。

【0040】
一般式(6):
【化14】
JP0005935224B2_000015t.gif
式中、
R6a及びR6dは、同一又は異なって、C15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基、
R6bは、C15のアルコキシ基、
R6cは、ハロゲン置換フェニル基である。

【0041】
R6a及びR6dで表わされるC15の直鎖又は分岐鎖状のアルキル基は、上記一般式(1)で定義される通りであり、好ましくはイソプロピル基である。

【0042】
R6bで表わされるC15のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、n-ブトキシ基、イソプロポキシ基、イソブトキシ基、tert-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基等が挙げられ、好ましくはエトキシ基である。

【0043】
R6cで表わされるハロゲン置換フェニル基としては、上記一般式(2)で定義される通りであり、好ましくは4-フルオロフェニル基である。

【0044】
一般式(6)において、好ましくはR6a及びR6dがいずれもイソプロピル基、R6bがエトキシ基、R6cが4-フルオロフェニル基である。このような具体的化合物としては、セリバスタチン(Cerivastatin)が例示される。

【0045】
これらのスタチンは、物理化学的特性および薬物動態学的特性に従って親油性、又は親水性の2つのタイプに分けられる。親油性スタチンとして具体的には、シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン等が例示される。また、親水性スタチンとして具体的には、ロバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチン等が例示される。本発明においては親水性又は親油性のいずれのスタチンを使用してもよい。

【0046】
本発明の方法により調製された細胞製剤をヒト生体に用いる場合は、既に高脂血症治療剤として市販されており、毒性の観点からの安全性が確認されているシンバスタチン、フルバスタチン、ロバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチン等を特に好適に用いることができ、好ましくはシンバスタチン、フルバスタチン、ロバスタチン、プラバスタチン、メバスタチンであり、より好ましくはシンバスタチン、フルバスタチン、ロバスタチンが挙げられる。また、これらの中でもシンバスタチンが更に好ましいものとして例示される。

【0047】
上記一般式で表わされる化合物は、薬学的に許容される塩の形態で使用されてもよく、水和物の形態で使用されてもよい。あるいは、上記一般式で表わされる化合物の誘導体の形態で使用されてもよい。

【0048】
「薬学的に許容される塩」としては、本発明の効果を損なわない限り特に限定されず、適宜選択され得るが、例えばナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、バリウム、アンモニウムなどのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等が包含される。この他、上記塩には、上記一般式で表わされる化合物と適当な有機酸又は無機酸との反応による酸付加塩も包含され得る。酸付加塩としては、例えば塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、硼酸塩、乳酸塩、リン酸塩、クエン酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、コハク酸塩、酒石酸塩、スルホン酸塩、グリコール酸塩、アスコルビン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩などが例示される。これらの塩は、当業界で周知の方法により調製することができる。これらの塩の中のうち、アルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩を好適に例示することができ、ナトリウム塩やカルシウム塩がより好ましいものとして例示される。

【0049】
また、「誘導体」には、上記一般式に示される基本骨格を維持しつつ、置換基の位置を変更したもの、ある分子を別の分子に置換したもの、特定の置換基を付加したもの、特定の置換基を取り除いたもの等が包含される。本発明において使用可能な誘導体は、iPS細胞に作用するものであれば特に限定されないが、例えばラクトンやエステルが好ましい。

【0050】
本発明においては、これらのスタチンを1種単独で使用してもよく、2種類以上を併用してもよい。

【0051】
[分化誘導剤]
iPS細胞を分化細胞に分化誘導させる分化誘導剤は公知であり、本発明においては、目的の分化細胞に応じて分化誘導剤を適宜選択し用いることができる。

【0052】
例えば、骨芽細胞への分化誘導剤としては、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸、デキサメタゾン、BMP-2、ヘミコハク酸ヒドロコルチゾン、レチノイン酸等;神経細胞への分化誘導剤としては、NGF(Nerve growth factor)、Brain Derived Nervegrowth Factor(BDNF)、レチノイン酸等;肝細胞への分化誘導剤としては、ヘキサクロロフェン、ケルセチン、イオノマイシン等;脂肪細胞への分化誘導剤としては、アリルイソチオシアネート、シンナムアルデヒド、アイシリン等;心筋細胞への分化誘導剤としては、BMP-4、BMP-5、FGF-10、シクロスポリンA、アスコルビン酸等;上皮細胞への分化誘導剤としては、ASK1(apotosis signal-regulating kinase 1)等;網膜色素上皮細胞への分化誘導剤としてはレチノイン酸、タウリン等が挙げられる。なお、骨芽細胞への分化誘導剤において、アスコルビン酸は、アスコルビン酸-2-リン酸又はその塩であってもよい。また、骨芽細胞への分化誘導剤において、デキサメタゾンに代えてヘミコハク酸ヒドロコルチゾンを使用することもできる。これらの各分化細胞への分化に使用される分化誘導剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。

【0053】
本発明で使用される分化誘導剤の好適な一例として、骨芽細胞への分化誘導剤、特に、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸及びデキサメタゾンを含む、骨芽細胞への分化誘導剤が挙げられる。

【0054】
[iPS細胞]
「iPS細胞」とは、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称される分化多能性を獲得した細胞のことであり、体細胞(例えば、線維芽細胞など)へ分化多能性を付与する数種類の転写因子(以下、「初期化因子」と呼ぶ)を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞のことである。

【0055】
初期化因子
iPS細胞の樹立に使用される初期化因子としては、様々な種類が知られており、その組み合わせも多数存在している。本発明においては、iPS細胞が樹立され得るものであれば従来公知の初期化因子のいずれを使用してもよく、特に限定されない。また、今後発見される初期化因子及び初期化因子の組み合わせを採用してもよい。

【0056】
初期化因子として具体的には、Oct3/4、Oct1A、Oct6、Klf4、Klf1、Klf2、Klf5、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Lin28b、Sox1、Sox2、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、Sox18、Fbx15、Nanog、Eras、ECAT15-2、TclI、β-catenin、TERT、SV40 Large T antigen(SV40LT)、HPV16 E6、HPV16 E7、Bmil、Lin28、Lin28b、Esrrb等が挙げられ、これらの中から1種以上を選択して用いることができる。

【0057】
初期化因子の組み合わせの例としては、従来公知のものから適宜選択して用いることが可能であり、例えば、(1)Oct3/4、Klf4、c-Myc;(2)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2;(3)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、Fbx15、Nanog、Eras、ECAT15-2、TclI、β-catenin;(4)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、TERT、SV40LT;(5)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、TERT、HPV16 E6;(6)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、TERT、HPV16 E7;(7)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、TERT、HPV6 E6、HPV16 E7;(8)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、TERT、Bmil;(9)Oct3/4、Klf4、Sox2;(10)Oct3/4、Sox2、Nanog、Lin28;(11)Oct3/4、Sox2、Nanog、Lin28、hTERT、SV40LT;(12)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、Nanog、Lin28;(13)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、SV40LT;(14)Oct3/4、Klf4;(15)Oct3/4、c-Myc;(16)Oct3/4、Sox2;(17)Oct3/4、Sox2、Nanog;(18)Oct3/4、Sox2、Lin28;(19)Oct3/4、Sox2、c-Myc、Esrrb;(20)Oct3/4、Sox2、Esrrb;(21)Oct3/4、Klf4、L-Myc;(22)Oct3/4、Nanog;(23)Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2、Nanog、Lin28、SV40LT;(24)Sox2、Klf4、L-Myc、Lin28等が挙げられる。なお、前記初期化因子の組み合わせにおいて、Sox2はSox1、Sox3、Sox15、Sox17又はSox18で置換可能であり、Klf4はKlf1、Klf2又はKlf5で置換可能であり、c-Mycは、N-Myc又はL-Mycで置換可能であり、EsrrbはEsrrgで置換可能である。これらの初期化因子の組み合わせの中で好ましくは前記(2)、(9)、(24)の組み合わせが例示される。

【0058】
上記初期化因子をコードする遺伝子、mRNA、タンパク質のいずれかの形態で体細胞に導入することによって体細胞の初期化を行うことができる。各初期化因子をコードする遺伝子のcDNA配列情報は、それぞれNCBI等の公知のデータベースから取得でき、従来公知の方法に従って所望の配列のcDNAを単離することができる。

【0059】
上記初期化因子は、野生型遺伝子又はその遺伝子産物以外に、その遺伝子産物のアミノ酸配列における数個(例えば、1~10個、好ましくは1~6個、より好ましくは1~4個、更に好ましくは1~3個、特に好ましくは1又は2個)のアミノ酸が、置換、欠失、及び/又は挿入されており、且つ野生型の遺伝子産物と同等の機能を有する変異遺伝子産物、又は当該変異遺伝子産物をコードしている変異遺伝子であってもよい。例えば、c-MycのT58A活性型変異体、β-cateninのS33Y等の変異遺伝子産物や、これらをコードする変異遺伝子が挙げられる。

【0060】
体細胞
本発明においてiPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、マウスまたはヒト)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよい。このようなiPS細胞作製のための体細胞は、例えば、皮膚、粘膜、筋肉、神経等のあらゆる組織から得ることができる。また、これらの組織から得られる細胞の分化の程度は特に制限されず、体性幹細胞を包含する未分化な前駆細胞等を用いることもできる。ここで、未分化な前駆細胞としては、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞(骨髄、脂肪、歯髄、歯根膜等に由来する間葉系幹細胞)が挙げられる。

【0061】
これらの細胞はいかなる組織又は臓器由来であってもよいが、口腔粘膜由来の細胞を用いた場合、iPS細胞の樹立効率が飛躍的に向上することから、口腔粘膜の線維芽細胞、口腔粘膜の上皮細胞等であることが好ましく、より具体的には、歯肉線維芽細胞及び歯肉上皮細胞であることが好ましく、歯肉線維芽細胞がさらに好ましいものとして例示される。口腔粘膜由来の細胞は、高効率でiPS細胞の樹立が可能であるのみならず、継代培養後のiPS細胞の樹立効率も低下することがなく、利便性に優れ、臨床への実用性がきわめて高いという利点がある。

【0062】
得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。

【0063】
初期化因子の導入
上記体細胞への初期化因子の導入は、初期化因子をコードする遺伝子(核酸分子)又は遺伝子産物(タンパク質)のいずれを使用してもよいが、iPS細胞の樹立効率を高めるという観点より、遺伝子であることが好ましい。初期化因子の導入は、細胞へのトランスフェクションにおいて通常使用される公知の方法により実施することができる。

【0064】
初期化因子をコードする遺伝子を使用する場合であれば、初期化因子をコードする遺伝子を含む発現ベクターにより細胞に導入することができる。例えば、発現ベクターとしてウイルスベクターを用いる場合、初期化因子をコードする遺伝子を含むプラスミドを、適当なパッケージング細胞(例えば、Plat-E細胞等)や相補細胞株(例えば、293細胞等)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。ウイルスベクターとしては、アデノウイルス、レトロウイルス等を使用することができる。

【0065】
一方、発現ベクターとしてプラスミドベクター、エピゾーマルベクター等の非ウイルスベクターを用いる場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。

【0066】
上記初期化因子の遺伝子産物(タンパク質)である場合の体細胞への導入は、従来公知の方法に従って行うことができ、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。また、初期化因子(タンパク質)をポリアルギニンやCPPsと共に導入する手法を用いることもできる。

【0067】
iPS細胞の樹立効率を向上させるため、上記初期化因子に加え、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、スベロイラニリド・ハイドロザミック酸等のヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤;5'-azacytidine等のDNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤;BIX-01294等のG9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤等の低分子化合物を用いることができる。

【0068】
培養方法
出発材料となる体細胞は、初期化に先立って、細胞の種類に応じ公知の培地で前培養してもよい。そのような培地としては、例えば、約5~20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、これらに限定されない。

【0069】
細胞を、初期化因子(及び前記iPS細胞の樹立効率を向上させる低分子化合物)を接触させた後、ES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。例えば、マウス細胞の場合、前記に例示される前培養の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行うことができる。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、幹細胞因子(SCF)等を添加することが望ましい。通常、初期化された細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞(MEF)の共存下で培養されるが、フィーダーフリーの状態で培養することも可能である。

【0070】
樹立されたiPS細胞の選択は、従来公知の方法に従って実施され得るが、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanog又はOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用いて薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択する方法;目視による形態観察で選択する方法(例えば、Takahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)を参照)等が挙げられる。

【0071】
未分化及び多能性の確認
上記方法により得られたiPS細胞が未分化な性質を有していること、及び多能性であることを確認することが望ましい。本明細書において「iPS細胞が未分化な性質を有している」、又は「多能性である」とは、iPS細胞が何らの特定の細胞にも分化していない状態であることを指し、このようなiPS細胞は生体内で腫瘍化する(奇形種を形成する)リスクを有している。ここで、腫瘍化とは、後述するiPS細胞の多能性を確認する方法に関して記載されているように、モデル動物(SCIDマウス等)にiPS細胞を移植し、奇形腫などの腫瘍を形成することを指す。奇形腫が形成された場合、奇形腫内に三胚葉に由来した細胞集団(組織)の形成が確認される。

【0072】
得られたiPS細胞が未分化であることを確認する方法は特に限定されず、従来公知の未分化マーカー(例えば、内在性のアルカリホスファターゼ、Oct3/4、Sox2、Nanog、Eras、Esg1等)等を指標とし、これらのmRNAを検出する方法が挙げられる。また、これらの指標を、免疫化学的手法(例えば、免疫染色法、ウエスタンブロット法、ELISA法等)を利用して確認してもよい。

【0073】
また、得られたiPS細胞の多分化能の確認方法についても特に限定されないが、例えば、免疫不全モデル動物(SCIDマウス等)にiPS細胞を移植し、奇形腫形成の有無を確認する方法が挙げられる。奇形腫内に三胚葉に由来した細胞集団(組織)の形成が確認されれば、得られたiPS細胞が多分化能を有していると判断できる。

【0074】
iPS細胞から目的の分化細胞に分化誘導し、これを移植する場合、分化誘導を行う前に予めiPS細胞の集合体を形成し、目的の細胞に分化誘導して移植する方法を採用してもよい。iPS細胞の集合体を形成する方法としては、例えば、Sasakiら:Tissue Eng Part A, 16 (8): 2497-504,2010に記載の方法に従って、直径0.5~2mm程度の凹みを有する温度応答性高分子poly N-isopropylacrylamide(pNIPAAm)ゲルを調製し、この凹みにiPS細胞を播種して所望のサイズのiPS細胞の集合体を得る方法が挙げられる。iPS細胞の集合体を利用して分化誘導を行うことにより、スキャフォールド(細胞培養基材)に頼ることなく、所望のサイズに調整された細胞の集合体として移植することができることから、利便性がよく、効率的に目的組織の再生を行うことができる可能性が高い。

【0075】
[目的の分化細胞へのiPS細胞の分化]
スタチンと、分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させることにより、移植先での腫瘍化が抑制された分化細胞が得られる。

【0076】
本発明の分化誘導方法において、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るには、スタチンと分化誘導剤を順次又は同時にiPS細胞に接触させて培養を行えばよい。具体的には、(1)スタチンと分化誘導剤を含む培地中でiPS細胞を培養し、目的の分化細胞に分化させる方法;或いは(2)スタチンを含む培地でiPS細胞を培養し、得られたiPS細胞を分化誘導剤を含む培地で培養し、目的の分化細胞に分化させる方法等が挙げられる。腫瘍化が抑制された分化細胞を一層効率的に得るという観点から、前者の(1)の方法が好ましい。

【0077】
iPS細胞をスタチンと接触させる際のスタチン濃度(即ち、培地中のスタチン濃度)としては、腫瘍化抑制が十分になされる濃度であれば特に限定されないが、通常10-2~102μM、好ましくは0.01~10μM、より好ましくは0.1~10μM、更に好ましくは0.5~10μM、更に好ましくは1~10μM、更に好ましくは1~5μMが挙げられる。例えば、iPS細胞を骨芽細胞へと分化誘導させることを目的とする場合、前記濃度範囲でスタチンを使用することにより、効率的に骨芽細胞への分化を誘導しながら、得られた骨芽細胞を移植した場合の腫瘍化をより一層効果的に抑制することができる。

【0078】
iPS細胞を分化誘導剤と接触させる際の分化誘導剤の濃度(即ち、培地中の分化誘導剤濃度)については、使用する分化誘導剤の種類や目的の分化細胞の種類等に応じて適宜設定すればよい。例えば、骨芽細胞への分化誘導剤を使用する場合であれば、通常、10-3~106μM、好ましくは10-2~105μM、より好ましくは10-2~104μMが挙げられる。より具体的には、骨芽細胞への分化誘導剤として、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸及びデキサメタゾンを組み合わせて使用する場合、アスコルビン酸1~103μM、β-グリセロリン酸103~106μM、デキサメタゾン10-3~1μMが挙げられる。

【0079】
スタチンと分化誘導剤を同時に接触させてiPS細胞を分化させる場合には、前述する濃度のスタチンと分化誘導剤を共に含む培地を使用してiPS細胞の培養を行えばよい。また、スタチンと分化誘導剤を順次に接触させてiPS細胞を分化させる場合には、前述する濃度のスタチンを含む培地を使用してiPS細胞を培養した後に、更に、前述する濃度の分化誘導剤を含む培地に代えて培養を行えばよい。

【0080】
スタチンと分化誘導剤を順次又は同時に接触させて培養する際のiPS細胞の濃度については、特に制限されないが、通常、1×105~1×107個/mL、好ましくは1×106~5×106個/mL、より好ましくは4×106個/mLが挙げられる。

【0081】
スタチンと分化誘導剤が各々又は同時に添加される培地については、iPS細胞が生育可能である限り特に制限されないが、例えば、10%ウシ胎児血清、100 units/mlペニシリン、100 μg/mlストレプトマイシン、250 ng/mlアンホテリシンβ含有Minimum Essential Medium Eagle、Alpha Modification(α-MEM培地)が挙げられる。

【0082】
iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる培養条件については、目的の分化細胞の種類等に応じて適宜設定される。例えば、スタチンと分化誘導剤を同時にiPS細胞に接触させて培養する際には、スタチンと分化誘導剤を同時に含む培地を用いて、iPS細胞を1~50日程度、好ましくは10~30日程度培養すればよい。また、例えば、スタチンと分化誘導剤を順次にiPS細胞に接触させて培養する際には、スタチンを含む培地を用いてiPS細胞を1~20日程度、好ましくは3~10日程度培養した後に、更に分化誘導剤を含む培地を用いて1~50日程度、好ましくは10~30日程度培養すればよい。

【0083】
特に、iPS細胞を骨芽細胞へと分化誘導させる場合の好適な例として、iPS細胞を骨芽細胞誘導剤及びスタチンを含有する培地中で10~50日程度、好ましくは15~50日程度、より好ましくは15~40日程度、さらに好ましくは20~30日程度培養する条件が挙げられる。

【0084】
なお、スタチンと分化誘導剤を順次又は同時にiPS細胞に接触させて培養する際には、iPS細胞がディッシュへ付着するのを防ぐため、シーソー型バイオリアクター等を用いて、ディッシュを揺らしながら培養してもよい。

【0085】
斯してスタチンと分化誘導剤を用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させることにより、移植先での腫瘍化が抑制された分化細胞が得られる。

【0086】
目的の分化細胞が得られたことについては、細胞形態、各分化細胞の表面マーカー等に基づいて確認できる。例えば、目的の分化細胞が骨芽細胞である場合には、アルカリホスファターゼ(ALP)活性が陽性であること、フォン・コッサ(von・Kossa)染色又はアリザリンレッド染色により細胞外基質の石灰化を認めること、RT-PCR解析等により骨芽細胞特異的な遺伝子(collagen 1、osteocalcin、BSP、osterixなど)の発現を認めること等を指標として確認することができる。また、骨芽細胞を移植後、バイオプシー(生体組織診断)により移植箇所の組織を採取し、石灰化した骨組織の形成を確認することで、骨芽細胞による骨再生の確認を行うことができる。骨組織の形成は、フォン・コッサ染色、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色等の従来公知の確認方法に従って行うことができる。

【0087】
本発明の分化誘導方法が適用できる分化細胞としては、特に制限されず、例えば、骨芽細胞、神経細胞、肝細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、心筋細胞、上皮細胞、網膜色素上皮細胞、樹状細胞等の免疫細胞等が挙げられる。とりわけ、本発明の分化誘導方法は、骨芽細胞への分化に好適に適用される。

【0088】
[得られる分化細胞の用途]
本発明の分化誘導方法により得られる分化細胞は、その分化細胞の種類に応じて、種々の再生医療に応用することができる。本発明の分化誘導方法により得られる分化細胞は、移植後に腫瘍化を抑制できるので、臨床分野において実用性に優れている。

【0089】
例えば、分化細胞が骨芽細胞である場合には、骨再生を目的とする形成外科、歯科等の領域の治療において好適に使用される。骨再生には、軟骨、歯槽骨、大腿骨等の再生が包含される。歯科領域において、歯を失った患者は顎の骨が痩せてしまい、歯科インプラント治療や義歯治療が困難となるが、本発明の分化誘導方法により得られた骨芽細胞を骨欠損部分に移植することにより歯槽骨を再建することができ、インプラントの埋入等を行うことが可能になる。得られた骨芽細胞の移植方法は、従来公知の方法に従えばよく、移植場所の形状や状態によって適宜選択され得る。このとき、目的の移植場所に骨芽細胞やそのコロニーを直接移植することも可能であるが、骨芽細胞の移植場所への生着率を高めるため、例えば、本発明の分化誘導方法で得られた骨芽細胞とフィブリノーゲンを混合し、その後トロンビンを添加してゲル化させ、これを骨再生が必要とされる場所に移植する方法が挙げられる。また、骨芽細胞を移植する方法として、骨芽細胞をハイドロキシアパタイトやβ-TCP(β-リン酸三カルシウム)で構成される骨補填剤等に混合して移植する方法も挙げられる。

【0090】
2.腫瘍化が抑制された分化細胞を含む細胞製剤の調製方法
本発明は、腫瘍化が抑制された分化細胞を含む細胞製剤の調製方法であって、スタチンと分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程、及び前記工程で得られた分化細胞を用いて細胞製剤を調製する工程を含む、細胞製剤の調製方法を提供する。

【0091】
本調製方法において、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。また、本調製方法において、細胞製剤を調製する工程は、iPS細胞から分化した目的の分化細胞を回収し、細胞製剤として調製することにより行われる。分化細胞の回収方法は特に限定されず、トリプシン等の酵素を用いる方法、遠心分離による方法等、従来公知の方法から適宜選択して行うことができる。

【0092】
本発明の方法により調製される細胞製剤は、腫瘍化が抑制された分化細胞そのものであってもよいが、細胞の組織再生能及び自己増殖能を損なわない限りにおいて、任意にアルブミン等のタンパク質、その他の添加剤を加えた培養培地、等張液、PBS(リン酸緩衝溶液)等に分化細胞が懸濁された状態のものであってもよい。また、このように調製された分化細胞をバイアル等の容器に入れて細胞製剤としてもよい。また、本発明の方法により調製される細胞製剤の用途については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0093】
本発明の細胞製剤の調製方法によって、腫瘍化が抑制された分化細胞を含む細胞製剤が得られる。このようにして得られた細胞製剤は、その分化細胞の種類に応じて、種々の再生医療に応用することができる。本発明の細胞製剤の調製方法の一態様として、iPS細胞を、スタチンと骨芽細胞へと分化誘導する分化誘導剤との存在下で培養することによって骨芽細胞に分化させ、これを細胞製剤として調製する方法が挙げられる。そして、このようにして得られた細胞製剤を骨再生剤として用いることができる。

【0094】
3.iPS細胞を分化細胞に分化させる際に腫瘍化を抑制する方法
本発明は、スタチンと前記分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程を含む、iPS細胞から分化細胞に分化させる際に腫瘍化を抑制する方法を提供する。当該腫瘍化抑制方法において採用されるiPS細胞、スタチン、分化誘導剤、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる際の条件等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0095】
4.iPS細胞の腫瘍化抑制方法
さらに、本発明は、スタチンの存在下でiPS細胞を培養する工程を含む、iPS細胞の腫瘍化を抑制する方法を提供する。本腫瘍化抑制方法によって、iPS細胞自体に腫瘍化抑制効果を付与することができる。当該腫瘍化抑制方法は、スタチンを含む培地でiPS細胞を培養することにより行われる。当該腫瘍化抑制方法で、使用されるiPS細胞、スタチン、スタチンを含む培地での培養条件等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0096】
5.iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るために使用される培地
本発明は、スタチンと前記分化誘導剤とを含有する、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るための培地を提供する。当該培地は、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るために好適に使用されるものである。また、本発明は、iPS細胞から腫瘍化が抑制された分化細胞を得るための培地の製造のためのスタチンの使用をも提供するものである。当該培地の種類、培地に含まれるスタチン及び分化誘導剤等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0097】
6.iPS細胞の腫瘍化抑制剤
本発明は、スタチンを有効成分として含むiPS細胞の腫瘍化抑制剤を提供する。当該腫瘍化抑制剤を、iPS細胞を培養する際に培地に添加することにより、腫瘍化が抑制されたiPS細胞を得ることが可能である。

【0098】
また、当該腫瘍化抑制剤を所定の分化誘導剤と共存させた状態でiPS細胞から所望の細胞へと分化誘導することにより、移植後の腫瘍化が抑制された分化細胞を得ることができる。当該腫瘍化抑制剤の使用方法等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」におけるスタチンの使用方法等と同様である。更に、本発明は、iPS細胞の腫瘍化抑制剤の製造のためのスタチンの使用を提供する。ここで、スタチン、スタチンの濃度等については前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0099】
7.腫瘍化が抑制されたiPS細胞
更に、本発明は、iPS細胞をスタチンの存在下で培養することにより得られる、腫瘍化が抑制されたiPS細胞をも提供する。腫瘍化が抑制されたiPS細胞を得るための培養条件等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0100】
8.組織再生方法
更に、本発明は下記工程を含む組織再生方法を提供する。
(i)スタチンと、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる分化誘導剤とを用いて、iPS細胞を目的の分化細胞に分化させる工程、
(ii)前記工程で得られた分化細胞を用いて細胞製剤を調製する工程、及び
(iii)前記工程(ii)で得られた細胞製剤を、組織再生を必要とする患者に投与する工程。

【0101】
本発明の組織再生方法において使用されるiPS細胞、スタチン、スタチンの濃度、培養条件等については、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」等に記載の通りである。工程(iii)においては、治療的有効量の細胞製剤を、組織再生を必要とする患者に投与する。投与形態は特に限定されず、再生が期待される組織の種類、位置、範囲、患者の年齢等に応じて従来公知の方法から適宜選択することができる。例えば、分化細胞の集合体を再生を期待する部位に移植する方法、分化細胞を細胞懸濁液として再生を期待する部位に注入する方法、担体となる生体材料と混ぜて再生を期待する部位に注入する方法が挙げられる。

【0102】
9.その他
本発明においてスタチンは、iPS細胞の腫瘍化を抑制するために使用される。即ち、本発明は、iPS細胞の腫瘍化を抑制するためのスタチンの使用をも提供するものである。スタチンの使用について、iPS細胞、スタチン、スタチンの濃度等は、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。

【0103】
本発明の限定的な解釈を望むものではないが、スタチンがiPS細胞を分化誘導する際に選択的に未分化細胞にアポトーシスを誘導すると推測されることから、本発明は、iPS細胞を分化誘導する際に未分化細胞にアポトーシスを誘導するために使用される、スタチンを有効成分とするアポトーシス誘導剤をも提供する。アポトーシス誘導剤において、スタチン、スタチンの濃度等は、前記「1.iPS細胞の分化誘導方法」に記載の通りである。
【実施例】
【0104】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0105】
試験例1.マウスiPS細胞の調製及び骨芽細胞への分化
(1)マウスiPS細胞の作製
10週齡雄C57BL/6Jマウスから採取した口蓋粘膜組織片(0.5cm四方)を、0.1%ゼラチンコート処理した組織培養プレート上に密着させて置き、MF-start培地(Toyobo)を加えて5%CO2存在下、37℃で静置した。組織片から線維芽細胞が十分に遊走・増殖したことを目視で確認できた時点で1回継代培養し、培地をFP培地〔10%ウシ胎仔血清(Sigma)、50 units/ml penicillin、50 μg/ml streptomycin(invitrogen)含有Dulbecco's modified Eagle medium(DMEM培地、sodium pyruvate非含有:ナカライテスク)〕に交換して7日~14日間培養を続けた。
【実施例】
【0106】
この線維芽細胞を用いて、Egusaらの報告〔PLoS ONE, 5 (9): e12743, 2010〕に従ってiPS細胞株を樹立した。初期化誘導には、Oct3/4、Sox2およびKlf4遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクター(pMXs-IRES-puro:Addgene)およびPlatinum-Eパッケージング細胞のシステム〔Takahashiら:Nat Protoc, 2 (12): 3081-9, 2007〕を用いた。樹立したiPS細胞株は、ES培地〔15%ウシ胎児血清(invitrogen)、2 mM L-Glutamine(invitrogen)、1 × 10-4 M nonessential amino acids(invitrogen)、1 × 10-4 M 2-mercaptoethanol(invitrogen)、50 U penicillin、50 μg/ml streptomycin(invitrogen)含有DMEM培地(ナカライテスク)〕を用い、mitomycin Cで処理したSNLP76.7-4フィーダー細胞上で18~20回継代しながら維持・培養した。ここで、iPS細胞が樹立されたことの確認は、Egusaら:PLoS ONE, 5 (9): e12743, 2010に記載される方法に従って行った。
【実施例】
【0107】
(2)マウスiPS細胞集合体の作製
iPS細胞集合体の作製には、温度応答性高分子poly N-isopropylacrylamide(pNIPAAm)ゲルの細胞容器〔Sasakiら:Tissue Eng Part A, 16 (8): 2497-504, 2010〕を用いた。容器の作製にあたり、三次元モデリングソフトウェア(Free Form, Sensable, MA)および三次元プリンティングシステム(Eden, Objet, Israel)を用いて表面に直径1.5 mmの凸部を有したモールドを作製した。
【実施例】
【0108】
次に、ヘキサンを用いて精製したN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)(和光純薬)を超純水に溶解して調製した7 mmol/lのNIPAAm溶液と、架橋材であるポリエチレングリコールジメタクリレート(Sigma)の混合溶液に、重合開始剤である過硫酸アンモニウム(APS)(最終濃度1.6 mg/ml:ナカライテスク社)及びN,N,N,N-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)(最終濃度1 μl/ml:ナカライテスク社)を添加し、作製したモールドに流し込んだ。これを、4℃で8時間静置することで、表面に直径1.5mmの凹みを有したpNIPAAmゲルの細胞容器を得た。このゲルを超純水、70%エタノールおよびリン酸緩衝生理食塩水(PBS)の順で洗浄し、iPS細胞を播種するまで4℃にて保管した。
【実施例】
【0109】
一方で、組織培養6ウェルプレート(0.1%ゼラチンコート処理)上に約0.5×105~0.5×106個/mlの濃度で播種したマウスiPS細胞(18~20回継代培養したもの)を、0.25%トリプシン処理によって回収した。このマウスiPS細胞懸濁液(約1×104~1×105個/ml)を、ES培地を含む低接着性培養10 cmディッシュに移し、更に2日間浮遊培養を行った。培養3日目に、遠心操作(300 rpm,2分間)にてiPS細胞を回収し、1 μMレチノイン酸(all-transretinoic acid:Sigma)含有ES培地を用いて低接着性培養ディッシュ上に播種した(1×104~1×105個/ml)。更に2日間の浮遊培養後、遠心操作(同上)にて回収した4×106個のiPS細胞をES培地(0.1~10ml)に懸濁し、用意したpNIPAAmゲルの凹みに播種した。更に2日間培養することによりiPS細胞の凝集を誘導した後、周囲温度を25℃に低下させることによってゲルを膨張させ、球状の三次元細胞集合体を採取した。
【実施例】
【0110】
(3)マウスiPS細胞集合体の骨芽細胞への分化誘導
作製したiPS細胞集合体を、スタチン(1 μM シンバスタチン:Sigma社製)を添加した骨芽細胞分化誘導培地〔10%ウシ胎児血清(invitrogen)、0.1 μMデキサメタゾン(Sigma)、10 mM β-グリセロリン酸(Sigma)および50 μg/mlアスコルビン酸-2-リン酸(Sigma)、100units/mlペニシリン、100 μg/mlストレプトマイシン、250 ng/mlアンホテリシンB(invitrogen)含有Minimum Essential Medium Eagle、Alpha Modification(α-MEM培地:ナカライテスク)〕を含む組織培養60 mmディッシュ上に播種し、ディッシュへの付着を防ぐためにシーソー型バイオリアクター(30°傾斜、周期0.5 Hz、振幅12.5mm)上で揺らしながら、37℃、5%CO2存在下で20日、30日、40日又は50日間培養して骨芽細胞に分化誘導されたiPS細胞集合体を得た。また、対照として、スタチンを含有しない骨芽細胞分化誘導培地でiPS細胞集合体を培養した。
【実施例】
【0111】
(4)マウスiPS細胞集合体による腫瘍形成
骨芽細胞に分化誘導したiPS細胞集合体10個を、20 mg/mlフィブリノーゲン溶液(Sigma)(0.05~1ml)に混ぜ、同量の12.5 U/mlトロンビン溶液(Sigma)を加えた後に、5%CO2存在下、37℃で30分静置してゲル化を誘導した。
【実施例】
【0112】
5週齡の雄の免疫不全マウス(C.B-17 SCID:日本クレア)にジエチルエーテル吸入による麻酔を施し、作製したiPS細胞集合体含有フィブリンゲルを背皮下に移植した。その後、マウスを特定病原体未感染の条件のもと、飲水及び摂食が自由な状態で飼育した。
【実施例】
【0113】
移植28日後に移植片を摘出し、その大きさにより腫瘍形成を評価した。結果を図1及び2に示す。さらに、移植片を10%中性緩衝ホルマリン溶液で浸漬固定した後に脱灰し、パラフィン包埋した試料から3μmの厚さの切片を作製した。切片試料にヘマトキシン及びエオシン(H&E)染色又はメチレンブルー&フォンコッサ染色を施し、組織学的観察を行った。H&E染色の結果を図3(分化誘導期間30日間)及び図4(分化誘導期間20、30、40又は50日間)に示し、メチレンブルー&フォンコッサ染色の結果を図5(分化誘導期間30、40又は50日間)に示す。
【実施例】
【0114】
また、iPS細胞集合体をシンバスタチン(1μM)存在下で30日間分化誘導を行って骨芽細胞を得て、これをマウス背皮下に移植した。移植から3か月又は6か月後に摘出した移植体を採取して、前記と同様の方法によりパラフィン包埋し、3μmの厚さの組織切片を作製した。このようにして得た組織切片にH&E染色を施し、組織学的観察を行った。結果を図6に示す。
【実施例】
【0115】
(5)結果
iPS細胞の移植が惹起する腫瘍の形成
上記「(4)マウスiPS細胞集合体による腫瘍形成」に記載の方法において、iPS細胞を骨芽細胞に分化誘導して得た細胞に代えて、上記(2)で得られたiPS細胞集合体(すなわち、骨芽細胞への分化誘導が行われていないiPS細胞集合体)をマウスに移植し、移植28日後に腫瘍形成を評価するため組織学的観察を行った。骨芽細胞への分化誘導を行わずに移植された細胞は、移植28日後に移植片の周囲に著明な腫瘍を形成した(図1A)。組織学的観察の結果、この腫瘍内には様々な外胚葉系組織(表皮組織、神経組織)、中胚葉系組織(軟骨組織)、内胚葉系組織(腸管上皮組織)が含まれており(図1B)、この腫瘍が移植時の未分化なiPS細胞に由来する奇形腫であることが示された。
【実施例】
【0116】
また、上記(3)において、iPS細胞をシンバスタチンを含有しない骨芽細胞分化誘導培地中で20日、30日、40日又は50日間分化誘導した後に移植した場合にも、同様の腫瘍の形成を認めた(図1C)。
【実施例】
【0117】
iPS細胞から骨芽細胞への分化誘導を50日間行った細胞を移植した場合、移植片周辺には骨組織の形成が認められ(図1D)、腫瘍の大きさが小さくなる傾向を示した(図1C)。しかしながら、分化誘導を50日間行った場合でも腫瘍の形成は避けられないことが示された。
【実施例】
【0118】
シンバスタチンによるiPS細胞由来腫瘍形成の抑制
マウスiPS細胞をシンバスタチン含有骨芽細胞分化誘導培地中で30日、40日又は50日間分化誘導した後に移植して28日間飼育した結果、細胞移植片による腫瘍形成は全く認められなかった(図2中+で示される)。一方で、骨芽細胞分化誘導培地のみ(シンバスタチン非添加)で分化誘導した細胞移植片は著明な腫瘍形成を示した(図2中-で示される)。
【実施例】
【0119】
H&E染色による組織学的観察の結果、骨芽細胞分化誘導培地のみで分化誘導した細胞移植片の周囲には、奇形腫に特有な様々な組織像を認めたが(図3Aの*印周辺)、シンバスタチン含有骨芽細胞分化誘導培地中で分化誘導した場合には、移植片の周囲には骨様硬組織の形成および線維性の未熟骨のみを認めた(図3Bの*印周辺)。また、図4に示されるように、分化誘導期間が20日間の移植体周囲には線維性の未成熟骨(*印)の形成が認められた。更に、分化誘導期間が30、40、50日間の移植体周囲には成熟した骨組織の形成が認められた。いずれの分化誘導期間においても、骨組織以外の組織の存在(腫瘍化)は認められなかった。
【実施例】
【0120】
更に、メチレンブルー&フォンコッサ染色による組織学的観察の結果、30~50日間のいずれの分化誘導期間においても、iPS細胞を骨芽細胞に分化誘導して得た細胞を移植した箇所の周辺には石灰化を示す骨組織(矢印)が認められた(図5)。一方、骨組織以外の組織の存在(腫瘍化)は認められなかった。
【実施例】
【0121】
また、図6に示されるように、30日間分化誘導を行った骨芽細胞を移植した場合、移植後3カ月又は6カ月いずれの時期においても、移植体(*)周囲に成熟した骨組織の形成が認められた。一方、いずれの場合も骨組織以外の組織の存在(腫瘍化)は認められなかった。
【実施例】
【0122】
以上の結果より、シンバスタチンの存在下でiPS細胞集合体を分化誘導させて得られた骨芽細胞は、シンバスタチンの非存在下で分化誘導された骨芽細胞に比べて、明らかに移植後の腫瘍形成が抑制されていることが示された。
【実施例】
【0123】
試験例2.スタチンによる腫瘍形成抑制効果
前記試験例1.(1)及び(2)に記載される方法に従ってiPS細胞集合体を調製し、スタチンの存在下で骨芽細胞分化誘導培地を用いて骨芽細胞へと分化誘導した。分化誘導の条件は試験例1.(3)に記載される条件で行い、スタチンとして親油性スタチン(シンバスタチン若しくはフルバスタチン)又は親水性スタチン(ロバスタチン)を用いた(いずれも1μM:Sigma社製)。スタチンは、骨芽細胞分化誘導促進化合物としても知られ、iPS細胞を骨芽細胞へと分化する作用を有している。比較対照としてスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害剤)ではない骨芽細胞分化誘導促進化合物(phenamil:フェナミル 1μM)の存在下で分化誘導して得た骨芽細胞を使用した。
【実施例】
【0124】
スタチン又はフェナミルの存在下で30日間分化誘導を行って得た骨芽細胞をマウス背皮下(両側)に移植した。図7に結果を示す。図7中、上段は移植後28日目のマウスの写真であり、下段は摘出した移植体の写真である。また、移植後28日目に摘出した移植体における組織切片のH&E染色像を図8に示す。
【実施例】
【0125】
図7に示されるように、親油性および親水性スタチンは腫瘍抑制作用が認められたが、非スタチン化合物(フェナミル)では腫瘍が形成された。また、図8に示されるように、いずれの化合物の場合にもiPS細胞移植体(*)周囲に成熟した骨組織の形成が認められた。しかし、親油性及び親水性スタチンで分化誘導した移植体周囲には骨組織以外の組織の存在(腫瘍化)は認めないが、非スタチン化合物(フェナミル)では骨組織以外の組織の形成(奇形腫)が認められた。
【実施例】
【0126】
本試験例の結果で示されるように、フェナミルのような他の骨芽細胞分化誘導促進化合物では腫瘍形成の抑制作用が認められなかった。即ち、腫瘍形成抑制は、骨芽細胞分化誘導促進化合物の中でもスタチンに特徴的に認められる作用であることが示された。
【実施例】
【0127】
試験例3.シンバスタチンによる骨芽細胞の分化、及び骨芽細胞分化に特異的な遺伝子の発現
試験例1.(1)に記載される方法に従って得られたマウスiPS細胞を、試験例1.(3)に記載される骨芽細胞分化誘導培地を用いて、シンバスタチン(0.1~1000 nM)存在下で骨芽細胞へ14~28日間分化誘導した。分化誘導後、細胞外基質の石灰化をアリザリン染色を用いて観察した。アリザリン染色はPagkalosらの方法(Pagkalos J. et al. Journal of Bone and Mineral Research, Vol. 25, No. 11, pp 2470?2478)に準じて行った。石灰化された細胞外基質はアザリン染色により赤く染まる。染色を行った細胞の写真を図9に示す。図9より、シンバスタチンの濃度依存的に赤色に染色された部分が増加し、マウスiPS細胞の骨芽細胞への分化を促進していることが示された。
【実施例】
【0128】
また、試験例1.(1)に記載される方法に従って得られたマウスiPS細胞を、試験例1.(3)に記載される骨芽細胞分化誘導培地を用いて、シンバスタチン(0.1~10 μM)の存在下で骨芽細胞へ28日間分化誘導し、骨芽細胞分化に特異的な遺伝子(Osterix、Collagen I、Runx2、Osteocalcin)の発現をSYBR GreenリアルタイムRT-PCR法(Thunderbird(登録商標) SYBR(登録商標) qPCR Mix、TOYOBO)で解析した。
【実施例】
【0129】
SYBR Green リアルタイムRT-PCR法に用いたプライマーの塩基配列は以下の通りである。
Osterix forward primer: 5'-CTCGTCTGACTGCCTGCCTAG-3'(配列番号1)
Osterix reverse primer: 5'-GCGTGGATGCCTGCCTTGTA-3'(配列番号2)
Collagen I forward primer: 5'-TGTCCCAACCCCCAAAGAC-3'(配列番号3)
Collagen I reverse primer: 5'-CCCTCGACTCCTACATCTTCTGA-3'(配列番号4)
Runx2 forward primer: 5'-CGGGCTACCTGCCATCAC-3'(配列番号5)
Runx2 reverse primer: 5'-GGCCAGAGGCAGAAGTCAGA-3'(配列番号6)
Osteocalcin forward primer: 5'-CCGGGAGCAGTGTGAGCTTA-3'(配列番号7)
Osteocalcin reverse primer: 5'-AGGCGGTCTTCAAGCCATACT-3'(配列番号8)
【実施例】
【0130】
また、内部標準としてGAPDHを利用した。GAPDHに対するプライマーの塩基配列は以下の通りである。
GAPDH forward primer: 5'- TGCACCACCAACTGCTTAG -3'(配列番号9)
GAPDH reverse primer: 5'- GGATGCAGGGATGATGTTC -3'(配列番号10)
【実施例】
【0131】
各遺伝子の発現量を図10のグラフに示す。骨芽細胞分化に特異的な遺伝子のmRNA発現量は、GAPDHのmRNAの発現量に対する比として表わされる。図10に示されるように、シンバスタチンは濃度依存的にこれら骨芽細胞分化特異的遺伝子の発現を促進することが明らかとなった。
【実施例】
【0132】
以上の結果より、シンバスタチンは濃度依存的にiPS細胞に由来する骨芽細胞における細胞外基質の石灰化、及び骨芽細胞の分化に特異的な遺伝子の発現を促進し、iPS細胞の骨芽細胞分化促進作用を有していることが示された。
【実施例】
【0133】
試験例4.シンバスタチンによる非誘導iPS細胞集合体の腫瘍形成抑制
In vivoにおける非誘導iPS細胞の腫瘍形成抑制
試験例1.(1)及び(2)に記載される方法に従って得られたマウスiPS細胞集合体を、シンバスタチン(1μM)存在下あるいは非存在下の非誘導培地(ES培地;組成は試験例1.(1)に記載される)を用いて20日間培養した。これらのiPS細胞集合体をマウス背皮下(左側:シンバスタチン非存在下で培養、右側:シンバスタチン存在下で培養)に移植した。移植後28日目のマウスの写真(左図)及び摘出した移植体(右図)の写真を図11に示す。
【実施例】
【0134】
図11より、非誘導培地を用いて培養したiPS細胞はシンバスタチンの有無にかかわらず腫瘍を形成したが、シンバスタチン存在下で培養することでこの腫瘍形成はより小さなものとなった。即ち、シンバスタチンは非分化誘導系においてもiPS細胞の腫瘍抑制作用を発揮することが示された。
【実施例】
【0135】
シンバスタチンによるiPS細胞の細胞死
シンバスタチンが培養iPS細胞の細胞死に及ぼす影響について検討するため、試験例1.(1)に記載される方法に従って得られたマウスiPS細胞を、シンバスタチン(1μM)存在下若しくは非存在下の非誘導培地(ES培地)、又は骨芽細胞分化誘導培地において10日間培養した。2日毎に培地交換を行い、その際に培養上清中に存在する細胞の数を細胞計数分析装置(Z1D:Beckman Coulter社)で測定した。各培養上清中の細胞数を縦軸、培養日数を横軸としてグラフに示す(図12を参照)。
【実施例】
【0136】
図12のグラフに示されるように、非誘導培地(ES培地)ではiPS細胞は比較的剥離することなく接着した状態を保っていた。一方、骨芽細胞分化誘導培地で培養した場合、又はシンバスタチンを添加した培地で培養することにより接着していたiPS細胞は2日以内に剥離し、培養上清中に移行する傾向を示した。骨芽細胞分化誘導培地にシンバスタチンを添加することによって骨芽細胞へと分化が進んだiPS細胞では、4日後には細胞の剥離は他の条件よりも少なくなっていた。
【実施例】
【0137】
また、培養上清中の細胞の生死をトリパンブルー染色にて検討した結果、いずれの条件においても90%以上の細胞が死んでいることが確認された(図12下段の写真)ことから、培養上清中の細胞は死に至ることにより剥離した細胞であると考えられた。これらの結果より、シンバスタチンは未分化なiPS細胞(即ち、腫瘍形成能をもつ万能幹細胞)に対しては細胞死を引き起こすことにより腫瘍抑制効果を示し、残ったiPS細胞の骨芽細胞分化を促進している可能性が示唆された。
【実施例】
【0138】
未分化iPS細胞におけるシンバスタチンによるアポトーシスの誘導
マウスiPS細胞をシンバスタチン(1μM)存在下あるいは非存在下の非誘導培地(ES培地)あるいは骨芽細胞分化誘導培地で10日間培養し、細胞の生死をLIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Assay (Invitrogen社)を用いて検討した。LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Assayは、Egusaらの報告(Egusa H. et al., Tissue Eng. 2007;13(10):2589-2600.)に準じて行い、生細胞を緑、死細胞を赤に染め分けた。染色後の細胞の写真を図13に示す。
【実施例】
【0139】
図13より、シンバスタチンの存在下では,分化誘導の有無にかかわらず,未分化なiPS細胞が多く存在する細胞凝集塊の中心部位に多くの死細胞の存在を認めた(矢印)。この結果は、シンバスタチンが自己複製能を有する未分化iPS細胞(腫瘍形成能をもつ万能幹細胞)を選択的にアポトーシスに導くことにより、腫瘍抑制作用を有している可能性を示している。
【実施例】
【0140】
以上の試験例1~4の結果より、シンバスタチン及び骨芽細胞誘導剤の存在下でiPS細胞を分化させて得た骨芽細胞は、移植後の腫瘍化が抑制されていることが明らかとなった。すなわち、スタチンがiPS細胞から得られる分化細胞の腫瘍形成の抑制に有効に作用することが示された。また、このような腫瘍形成抑制の効果は、公知の骨芽細胞誘導剤のなかでもスタチンに特徴的に認められる作用であることが示された。更に、本発明の限定的解釈を望むものではないが、シンバスタチンは自己複製能を有する未分化なiPS細胞を選択的にアポトーシスへと導くことによって腫瘍抑制効果を示し、残ったiPS細胞の骨芽細胞分化を促進していると推測される。
【配列表フリ-テキスト】
【0141】
配列番号1は、Osterixフォワードプライマーを示す。
配列番号2は、Osterixリバースプライマーを示す。
配列番号3は、Collagen I フォワードプライマーを示す。
配列番号4は、Collagen Iリバースプライマーを示す。
配列番号5は、Runx2フォワードプライマーを示す。
配列番号6は、Runx2リバースプライマーを示す。
配列番号7は、Osteocalcin フォワードプライマーを示す。
配列番号8は、Osteocalcin リバースプライマーを示す。
配列番号9は、GAPDHフォワードプライマーを示す。
配列番号10は、GAPDHリバースプライマーを示す。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12