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明細書 :イオンセンサ用触媒およびこれを用いたイオンセンサならびに定量法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B1)
特許番号 特許第5804484号 (P5804484)
登録日 平成27年9月11日(2015.9.11)
発行日 平成27年11月4日(2015.11.4)
発明の名称または考案の名称 イオンセンサ用触媒およびこれを用いたイオンセンサならびに定量法
国際特許分類 G01N  27/49        (2006.01)
G01N  27/416       (2006.01)
FI G01N 27/46 306
G01N 27/46 301G
請求項の数または発明の数 11
全頁数 22
出願番号 特願2015-529364 (P2015-529364)
出願日 平成27年2月4日(2015.2.4)
国際出願番号 PCT/JP2015/053112
優先権出願番号 2014024895
2014229330
優先日 平成26年2月12日(2014.2.12)
平成26年11月11日(2014.11.11)
優先権主張国 日本国(JP)
日本国(JP)
審査請求日 平成27年6月10日(2015.6.10)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
発明者または考案者 【氏名】盛満 正嗣
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】110000475、【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
審査官 【審査官】黒田 浩一
参考文献・文献 特開2012-201925(JP,A)
特開2013-60621(JP,A)
特開昭62-220858(JP,A)
Josimar Ribeiro et al.,Characterization of RuO2-Ta2O5 Coated Titanium Electrode Microstructure, Morphology, and Electrochem,Journal of Electrochemical Society,2004年,Vol.151, No.10,D106-D112
調査した分野 G01N 27/26-27/49
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
要約 本発明は、水中のリン酸水素イオンを検出し、その酸化電流密度からリン酸水素イオン濃度を決定できるイオンセンサ用触媒において、従来よりも検出感度が高く、また高い検出感度を幅広いリン酸水素イオンの濃度範囲において維持できるとともに、濃度と酸化電流密度に比例関係が成り立つことで、濃度範囲に関わらず精度よく濃度を決定することが可能で、かつ酸化電流が短時間で定常値に達して電流密度の決定までの時間が短く、したがってリン酸水素イオンを定量するまでの時間が短時間であり、リン酸水素イオンの酸化に対して繰り返し安定に応答する安価なイオンセンサ用触媒、イオンセンサ、定量法を提供することを課題とする。
この課題を解決するために、本発明のイオンセンサ用触媒は、水中のリン酸水素イオンを電気化学的に酸化するイオンセンサ用触媒であって、酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むことを特徴とする。
特許請求の範囲 【請求項1】
水中のリン酸水素イオンを電気化学的に酸化するイオンセンサ用触媒であって、酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むことを特徴とするイオンセンサ用触媒。
【請求項2】
前記混合酸化物におけるルテニウムとタンタルのモル比が30:70~80:20であることを特徴とする請求項1に記載のイオンセンサ用触媒。
【請求項3】
前記混合酸化物が非晶質の酸化ルテニウムを含むことを特徴とする請求項1または2に記載のイオンセンサ用触媒。
【請求項4】
水中のリン酸水素イオンを定量するためのイオンセンサであって、請求項1~3のいずれか1項に記載のイオンセンサ用触媒を用いた検知極を備えたことを特徴とするイオンセンサ。
【請求項5】
前記検知極によりリン酸水素イオンの酸化電流を検出する検出部と、前記検出部と電気的に接続され、前記検出部で検出した前記酸化電流から前記リン酸水素イオンの濃度を算出し、前記算出の結果を表示する制御部とを備えたことを特徴とする請求項4に記載のイオンセンサ。
【請求項6】
前記検出部が、前記検知極および対極からなるか、または前記検知極、対極および参照極からなることを特徴とする請求項5に記載のイオンセンサ。
【請求項7】
1つの絶縁性基体をさらに備え、前記検出部における前記検知極と前記対極、または前記検出部における前記検知極と前記対極と前記参照極とが、前記絶縁性基体上に形成されたことを特徴とする請求項6に記載のイオンセンサ。
【請求項8】
リン酸水素イオンを含む試料水のpH及び/または温度を測定する機能を備えたことを特徴とする請求項4~7のいずれか1項に記載のイオンセンサ。
【請求項9】
水中のリン酸水素イオン及び/または全リンの濃度を決定するための定量法であって、請求項1~3のいずれか1項に記載のイオンセンサ用触媒を検知極に用いて、前記水中のリン酸水素イオンを酸化してその酸化電流を測定する電流測定工程と、前記電流測定工程で測定した酸化電流からリン酸水素イオンまたは全リンの濃度を決定する濃度決定工程と、を備えたことを特徴とする定量法。
【請求項10】
前記電流測定工程において、リン酸水素イオンを含む溶液を前記検知極の周辺で流動または前記検知極に送液することを特徴とする請求項9に記載の定量法。
【請求項11】
前記電流測定工程において、リン酸水素イオンを含む溶液を前記検知極に垂直方向から送液することを特徴とする請求項10に記載の定量法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、水中のリン酸水素イオンを定量するためのイオンセンサ用触媒,およびこのイオンセンサ用触媒を用いたリン酸水素イオンを定量するイオンセンサ、ならびに上記イオンセンサ用触媒を用いてリン酸水素イオン濃度及び/または全リン濃度を定量する定量法に関する。
【背景技術】
【0002】
リンは岩石中に存在し、あらゆる動植物やその排泄物などにも含まれている。また、リンは肥料、農薬、合成洗剤などにも含まれており、環境水(河川水、海水、湖沼など)中のリンの増加は、家庭排水、し尿、生活排水、工場排水、農業排水、畜産排水などの混入に由来する場合が多い。例えば、通常の排水処理(二次処理まで)ではリンはほとんど除去されないため、し尿処理場や下水処理場からの放流水が、環境水中のリンを増加させる原因となる場合がある。リンは生物の栄養素の一つであるが、リンの濃度が増加すると、河川・湖沼・海域・水産用水などの富栄養化を促進し、結果としてプランクトンの大量発生や赤潮などの環境問題を生じる。したがって、環境水、工場排水、農業排水、家庭排水、生活排水、畜産排水、排水処理水、養殖用などの水産用水、し尿や下水処理場などからの放流水などに含まれるリンの濃度を測定することは環境保全の面で重要かつ必要である。
一方、生体系において、リンはリン酸イオンやDNAやRNAをはじめとした様々なリン酸エステル体として存在する。リンの化合物は、生体系環境における重要な制御因子であり、生物のエネルギー代謝に不可欠なATPやDNAは、リン酸を分子の一部に含むヌクレオチドからできており、生物の現存量は環境中から得られるリン酸の量から大きく制約を受けている。さらに、血液中のリン濃度も重要であり、成人の血しょう無機PO濃度の基準範囲は2.5~4.5mg/dLとされ、これよりも低いと低リン酸血症と呼ばれ、筋力低下、呼吸不全、心不全、けいれんや昏睡を生じる場合があり、反対に高い場合には高リン酸血症と呼ばれ、慢性腎不全、副甲状腺機能低下症などによって生じる。
【0003】
ここで、リン化合物の形態は、無機態と有機態に区別され、さらに無機態リンはオルトリン酸態リン、重合リン酸態リンに分けられる。水中に存在するオルトリン酸態リンは、pHによって存在状態が変化し、亜リン酸HPO(pHが2以下)、リン酸二水素イオンHPO(pHが2~7)、リン酸水素イオンHPO2-(pHが7~12)、リン酸イオンPO3-(pHが12以上)が各pH領域での主な形態となる。重合リン酸態リンとしては、ピロリン酸(P4-)などがあるが、これらは加水分解などによって、リン酸水素イオンに変化する。また、有機態リンには、前述の他、エステル類やリン脂質など様々な含リン有機化合物がある。例えば、合成洗剤に含まれていたトリポリリン酸塩や下水処理剤も有機態リンの例として挙げられる。
【0004】
わが国では、生活環境の保全に関する環境基準や水質汚濁防止法による排水基準において、リン濃度の基準値および許容限度を定めている。ここでのリン濃度とは、一般に「全リン」として規定されるリン濃度であり、これは濃度測定の対象となる試料水中に存在するリン化合物を、強酸あるいは他の酸化剤、または加水分解などによって、すべてオルトリン酸態リンに分解した後に、所定の方法で求めた試料水1L中に含まれるリンの重量であり、通常mg/Lの単位で表示される。このような全リン濃度の測定方法として、ペルオキソ二硫酸カリウム、または硝酸および硫酸によって、試料水中の有機態リンや重合リン酸態リンを分解し、すべてをオルトリン酸態リンとした後に、モリブデンブルー法と呼ばれる方法で着色し、その吸光度から全リンの濃度を求める方法がある。この方法では、試料水を化学処理した後、リン酸イオンとモリブデン酸を反応させ、さらにアスコルビン酸のような還元剤を加えてモリブデン青を生成させて着色する工程と、吸光光度計を用いて吸光度を測定する工程が必要である。また、オルトリン酸態リンのみの濃度の決定については、上記のような化学処理ではなく、試料水のpHをリン酸イオンが存在するpH範囲に調整し、モリブデンブルー法と吸光光度法を組み合わせた上記の方法によるか、またはイオン交換樹脂を用いたイオンクロマトグラフィーでリン酸イオンを分離し、その濃度を電気伝導度測定または紫外線吸収測定によって求める方法がある。上記に述べた全リンおよびリン酸イオンの定量は、JIS K 0102にも規定されている。また、このほかに(特許文献1)および(特許文献2)には、リン酸イオンの濃度を測定する方法が開示されているが、いずれも試料水中のリン酸イオンと複数の試薬を反応させて発色または着色させてから、吸光度または透過率を測定するという方法で、前述のJISに規定されているものと類似の方法である。
なお、前述のように、環境基準や排水基準で定められているのは「全リン」の濃度であり、オルトリン酸態リンに関する環境基準や排水基準はない。また、これらの方法では、オルトリン酸態リンは、試料水のpHを調整することでPO3-として存在しており、有機態リンおよびオルトリン酸態リン(無機態リン)はすべて、PO3-の形で測定される。したがって、環境中のオルトリン酸態リンについて、その存在形態ごとに濃度を求めることは行われていない状況であり、またこのように存在形態ごとに濃度を決定できる方法は開発されていない。
【0005】
ここで、わが国ではリンに関する排水基準として、水質汚濁防止法の排水基準の有害項目に有機リン化合物を挙げ、その許容限度を1mg/Lとし、また特定地下浸透水が有害物質を含む要件として全リンの濃度を0.1mg/Lと定め、これに該当する特定地下浸透水を地下に浸透させてはならないとしている。また、排水基準の生活環境項目では、リン含有量として全リンの濃度16mg/L(日間平均8mg/L)を許容限度としている。なお、生活環境項目での基準は、環境大臣が定める湖沼、海域、およびこれらの流入する公共用水域に排出される排出水に適用される。さらに、暫定基準ではあるが、畜産農業については30mg/L(日間平均24mg/L)、リン化合物製造業では40mg/L(日間平均10mg/L)としている。一方、環境基準では「人の健康の保護に関する環境基準」にはリンの規定はないが、「生活環境の保全に関する環境基準」では湖沼に関する基準値が設けられており、全リン濃度で0.1mg/L以下となっている。
上記の全リンの濃度範囲は、リンのモル濃度(mmol/L)で表わすと、10-3mmol/L~10mmol/Lの範囲となる。なお、環境基準は「健康を保護し及び生活環境を保全するうえで維持することが望ましい基準」であることから、排水基準よりも低い値に設定されている。上記のように、現在の全リンやリン酸イオンの定量には、試料水に化学処理を行い、すべてのリンをリン酸イオンの形態に変えたのち、リン酸イオンを着色・分光分析する方法か、リン酸イオンをイオンクロマトグラフィーで分離した後、リン酸イオンを含む溶液の電気伝導度を測定するか、または紫外吸収を測定する方法となっており、作業が煩雑で試料水の処理から最終的に濃度を求めるまで時間がかかっていた。また、これらの方法ではリンはすべてPO3-に変わるため、これ以外のオルトリン酸態リンの濃度については、個別に測定する手段がなかった。
【0006】
一方、前述の方法とは異なり、例えば(特許文献3)では、芳香族酸および/又は芳香族誘導体から選択される少なくとも一種の化合物とリン酸水素イオンを接触させたのち、これを含む溶液について、紫外可視吸光光度法、蛍光りん光発光法、または核磁気共鳴分析法を用いて、リン酸水素イオンを定量するリン酸水素イオンセンサおよびその定量法が開示されている。このリン酸水素イオンセンサおよびその定量法は、前述のような環境中のリン濃度だけでなく、生体内のシグナル伝達系で、リン酸化タンパク質やリン脂質のリン酸基を介して、種々の情報伝達の制御が行われていることから、このような生体内のリン酸水素イオンを検出するセンシングシステムへの応用も意図したものとなっている。しかし、(特許文献3)に開示された発明においても、分光法または核磁気共鳴法といった大型の分析機器を必要とし、測定に時間がかかるとともに、芳香族酸、芳香族誘導体といった分析用試薬を必要とするものであった。すなわち、これまでに述べた従来の技術は、リン酸イオン(PO3-)、リン酸水素イオン(HPO2-)のいずれの場合でも、対象とするイオンのみを直接検出できる方法ではなかった。
【0007】
これに対して、電気化学的な方法で、リンを検出する方法が研究されてきた。例えば、(特許文献4)にはフッ素化合物とリン酸化合物の濃度測定方法として、試料水の電気伝導度とフッ素イオン電極で測定したフッ素イオン濃度とともに、超音波伝搬度またはpHの測定値をあらかじめ作成されたデータテーブルと比較することで、間接的にリン酸化合物の濃度を決定する方法が開示されている。また、(特許文献5)には、リン酸イオンをリン酸イオンと反応して酸化物となる基質とこの酸化物を生成するための反応を触媒する酸化還元酵素の存在下で反応させるに際し、酸化型メディエーターを共存させることにより生じた還元型メディエーターをさらに酸化することにより生じた電流を測定することを特徴とするリン酸イオンの定性・定量法が開示されている。さらに、(非特許文献1)には、リン酸イオンを多段階の酵素反応で反応させ、最終的に生じる過酸化水素(H)を電極上で酸化して流れる電流から、間接的にリン酸イオンの濃度を定量する方法が開示されている。
【0008】
また、リン酸イオン以外にも、電気化学的にリン酸水素イオン濃度を検出する方法が、(非特許文献2)乃至(非特許文献4)に開示されている。これらの方法では、試料水のリン酸水素イオンの濃度によって変化する電極の酸化電流またはインピーダンスを測定することによって、得られた酸化電流またはインピーダンスからリン酸水素イオンを定量している。これらの(非特許文献2)乃至(非特許文献4)では、リン酸水素イオンを電気化学的に検出する検知極の触媒として、ぺロブスカイト型酸化物、スピネル型酸化物、パイロクロア型酸化物といった複合酸化物(2種類以上の金属元素が酸素とともに原子レベルで固溶した状態にある酸化物)を用い、リン酸水素イオンを含む試料水で、この検知極の酸化電流またはインピーダンスを測定し、リン酸水素イオンの対数と検出された酸化電流またはインピーダンスの関係について報告している。
【0009】
一方、本発明の発明者は、二酸化イリジウム(IrO)を検知極材料として、リン酸水素イオンを含む試料水での電気化学反応を検討した結果、この酸化物上でリン酸水素イオンの酸化電流が生じ、またリン酸水素イオンの濃度と酸化電流が比例することをすでに明らかにし、この時の酸化電流密度(検知極の単位面積当たりの電流)が(非特許文献2)乃至(非特許文献4)に開示されている値よりも、同一の濃度範囲で100~1000倍程度大きく、また安定した酸化電流が得られるまでの時間(検出時間)が短いことを明らかにしていたが、二酸化イリジウムを触媒とする検知極では、酸化電流と比例する濃度範囲が狭く(1mmol/L~10mmol/L)、定量できる濃度が限定されていた。
【先行技術文献】
【0010】

【特許文献1】特開2006-84451号公報
【特許文献2】特開2005-99014号公報
【特許文献3】特開2007-40760号公報
【特許文献4】特開2005-265501号公報
【特許文献5】再公表特許WO2005/73399号公報
【0011】

【非特許文献1】八尾俊男,和田瑞穂,和佐 保,BUNSEKI KAGAKU,Vol.42,pp.397-400(1993).
【非特許文献2】清水陽一,高瀬聡子,荒木孝司,ソルト・サイエンス研究財団報告書No.0605(2008).
【非特許文献3】S.Takase,T.Matsumoto,Y.Shimizu,Electrochemistry,Vol.78,No.2,pp.150-152(2010).
【非特許文献4】Y.Shimizu,A.Ishikawa,K.Iseki,S.Takase,J.Electrochem.Soc.,Vol.147,No.10,pp.3931-3934(2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述のように、環境中や生体内に存在するリンの濃度を定量することは重要かつ必要であり、特にリン酸水素イオンを、触媒を用いて電気化学的に直接定量できることができれば、いずれの場合にも適用できる方法となる。しかし、現在までのところ、リン酸水素イオンに限らず、有機態リンと無機態リンのいずれの形態においても、酸化型メディエーターや還元型メディエーターなどを介さず、電気化学的にこれらを直接、電極反応によって定量するセンサや定量法は実用化されていない。仮に、リン酸水素イオンを電気化学的に定量できれば、全リンの濃度は、試料水の酸化処理とpH調整のみを行ってリン酸水素イオンとし、その後に触媒上で電気化学的に酸化することによって、その電流値から直接求めることが可能となる。また、生体試料のリン濃度についても、同様な方法によって、分光装置や核磁気共鳴装置などの大型機器なしに、決定することが可能となる。また、このような触媒を用いる検知極を備えたイオンセンサは、携帯可能な程度まで小型化することが可能であり、環境測定、医療業務、様々な分析業務などの幅広い応用分野において、現場での測定や継続的なモニタリングを容易に行うことができるようになる。
【0013】
このようにリン酸水素イオンを電気化学的に検出し、濃度を決定できるイオンセンサの開発が期待される状況のなかで、水中のリン酸水素イオンの濃度を測定する従来の技術については、以下のような課題があった。
(1)例えば、(非特許文献2)乃至(非特許文献4)に記載のような、複合酸化物を触媒として試料水のリン酸水素イオンの酸化電流密度を測定する場合、検出される酸化電流密度が小さく、定量できる濃度範囲が広い触媒については、二酸化イリジウムを触媒として用いた場合の1/1000程度の検出感度しかないという課題があった。
(2)また、濃度と酸化電流密度の間には比例関係がなく、これらの関係において直線で近似できる検量線が得られないという課題があった。
(3)一方、前述のように、二酸化イリジウムは測定できる濃度範囲が狭いという課題があった。
(4)また、これまで述べた従来の電気化学的にリン酸水素イオンを検出するいずれの方法も、検出感度がいまだ小さく、また幅広い範囲において、高い検出感度でかつ濃度と酸化電流密度が比例して、高濃度から低濃度まで精度よく濃度を決定できるような触媒がないという課題があった。
【0014】
本発明は上記課題を解決するものであり、水中のリン酸水素イオンを検出し、その酸化電流密度からリン酸水素イオン濃度を決定できるイオンセンサ用触媒において、従来よりも検出感度が高く、また高い検出感度を幅広いリン酸水素イオンの濃度範囲において維持できるとともに、濃度と酸化電流密度に比例関係が成り立つことで、濃度範囲に関わらず精度よく濃度を決定することが可能で、かつ酸化電流が短時間で定常値に達して電流密度の決定までの時間が短く、したがってリン酸水素イオンを定量する時間が短時間であり、リン酸水素イオンの酸化に対して繰り返し安定して応答する安価なイオンセンサ用触媒を提供すること、またこの触媒を用いることで、リン酸水素イオンを幅広い濃度範囲で、高い検出感度で精度よく短時間で定量することができ、携帯可能な大きさで低原価で量産でき、同時に測定の安定性や再現性に優れたリン酸水素イオン測定用のイオンセンサおよび、これを用いる全リンおよびリン酸水素イオンの高感度で再現性の高い定量法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者は、前述の課題を解決するために種々検討した結果、酸化ルテニウム(RuO)と酸化タンタル(Ta)の混合酸化物を含む触媒、およびこれを検知極に用いたイオンセンサならびに定量法によって、上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
すなわち、上記課題を解決するための本発明のイオンセンサ用触媒およびこれを用いたイオンセンサならびに定量法は、以下の構成を有している。
本発明のイオンセンサ用触媒は、水中のリン酸水素イオンを電気化学的に酸化する触媒であって、酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含む構成を有している。
この構成により、
(1)酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物は、水中でのリン酸水素イオンの電気化学的酸化に対して、リン酸水素イオンの幅広い濃度範囲において、選択的に高い触媒活性を示し、高い酸化電流密度を生じるという作用を有する。これによって、本発明のイオンセンサ用触媒は、他の触媒に比べてリン酸水素イオンを高い検出感度で検出し、その濃度を決定することができる。
(2)リン酸水素イオンの濃度と酸化電流密度に比例関係が成り立つことで、濃度範囲に関わらず精度よく濃度を決定することが可能で、かつ酸化電流が短時間で定常値に達して電流密度の決定までの時間が短く、したがってリン酸水素イオンを定量する時間が短時間であり、リン酸水素イオンの酸化に対して繰り返し安定して応答することができ、測定の安定性、再現性に優れるという作用を有する。
(3)従来技術における複合酸化物や二酸化イリジウムに比べて、本発明のイオンセンサ用触媒は高い検出感度を有し、定量可能な濃度範囲も二酸化イリジウムに比べて非常に広いことなどから、高精度で信頼性に優れるという作用を有する。
(4)ルテニウムはイリジウムに比べて1/10程度の価格であり、タンタルはルテニウムの1/10程度の価格であることから、従来技術に対して、より安価な材料で、高い触媒活性と検出感度、および幅広い濃度範囲におけるリン酸水素イオンの定量を可能にすることができ、省資源性、実用性、測定の安定性に優れるという作用を有する。
(5)本発明の触媒は、リン酸二水素イオンや塩化物イオンのような他の陰イオンや陽イオンの酸化を生じないことから、リン酸水素イオンのみを選択的に検出して、その濃度を決定することができ、測定の確実性、信頼性に優れるという作用を有する。
【0017】
ここで、本発明のイオンセンサ用触媒(以下、本発明の触媒)は、以下のような方法で合成ならびに利用することができる。本発明の触媒は、リン酸水素イオンを酸化し、その酸化電流を検出するためのものであり、検出された電流を外部に出力するための導電部と接続される必要があるが、例えば、導電性基体上に本発明の触媒を形成すれば、導電性基体を電流の外部出力用の導電部とした検知極として利用することができる。また、絶縁性基体の一部に導電部を形成し、その導電部の一部に本発明の触媒を形成し、これを検知極としてもよい。なお、リン酸水素イオンを電気化学的に酸化するためには、本発明の触媒を形成した上記のような検知極とともに、少なくとも何らかの還元が生じる別の電極(対極)が必要である。また、検知極を所定の電位に制御してリン酸水素イオンを酸化するような場合には、検知極の電位を制御するために参照極が必要である。
【0018】
導電性基体を用いる場合には、検知極と対極、または検知極、対極、参照極は、同一の導電性基体上で電極が相互に導通しないような構造にする必要があるが、絶縁性基体を用いる場合には、本発明の触媒を形成した導電部と対極、または対極および参照極を、電気的に絶縁した状態とすることで、同一の絶縁性基体上に検知極と対極、または検知極、対極、参照極を形成することが可能である。
導電性基体および導電部には、導電性を持つ種々の材料、例えば、金属、合金、種々の炭素材料(導電性ダイヤモンド、グラフェン、フラーレンなどを含む)、導電性プラスチック、導電性酸化物などの化合物、銀などを含む金属ペーストなどが利用可能であるが、これらに限定されるものではない。絶縁性基体には、アルミナなどの種々の絶縁性の酸化物、炭化物、窒化物や、ダイヤモンド、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、シリコン、プラスチックや樹脂などの有機材料などが利用可能であるが、これらに限定されるものではない。
これらの導電部、導電性基体、絶縁性基体は、板状、網状、棒状、シート状、管状、線状、らせん状、多孔板状、多孔質状、真球状、かご状、粒子を結合させた三次元多孔体等の種々の形状をとることができる。また、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、またはこれらを規則的に配置したカーボンファイバーアレイ、カーボンナノチューブアレイなども導電部、導電性基体として利用可能である。さらに、本発明の触媒または本発明の触媒を表面に担持した触媒担体を、上記のような種々の形状の導電部、または導電性基体上に担持、または混合して、本発明の触媒の単位質量あたりの表面積が増加するように工夫するなどしてもよい。
【0019】
本発明の触媒を導電性基体または絶縁性基体上の導電部の上に形成する方法には、ルテニウムとタンタルを含む前駆体溶液を導電性基体または導電部の上に塗布した後、所定の温度で熱処理する熱分解法の他、スパッタリング法やCVD法など各種の物理蒸着法や化学蒸着法で直接形成する方法、ゾルゲル法やその他の前駆体焼成法などであらかじめ本発明の触媒を合成し、それを導電性基体または導電部上に塗布、焼き付け、接着、溶着、吸着などの様々な方法で形成する方法、などを用いることが可能である。
ここで、例として、熱分解法によって本発明の触媒を、導電性基体の一例であるチタン板上に形成する方法について述べる。例えば、無機化合物、有機化合物、イオン、錯体などの様々な形態でよいが、ルテニウムおよびタンタルを溶解した前駆体溶液をチタン板上に塗布し、これを200~600℃で熱分解すると、チタン板上に酸化ルテニウムと酸化タンタルからなる混合酸化物が形成される。
例えば、三塩化ルテニウム水和物と五塩化タンタルを溶解したブタノール溶液を前駆体溶液として、これをチタン板上に塗布して熱分解する。このとき、ルテニウムとタンタルの好適なモル比の範囲は熱分解温度等によって適宜、選択することができる。ただし、ルテニウムとタンタルの総量に対するルテニウムの割合が1%よりも小さくなるにつれ、本発明の触媒自体の導電性が低下し易くなって、検出される酸化電流が小さくなる傾向があり、ルテニウムとタンタルの総量に対するタンタルの割合が1%よりも小さくなるにつれ、ルテニウム酸化物をタンタル酸化物と混合することにより発揮されるリン酸水素イオンに対する高い触媒活性が失われ易くなる傾向があり、いずれも好ましくない。
【0020】
なお、上記に示した温度範囲において熱分解法で得られる本発明の触媒では、酸化タンタルは非晶質であるが、酸化ルテニウムは熱分解温度によって非晶質、結晶質、或いは非晶質と結晶質の混合状態のいずれかとなる。本発明の触媒については、酸化ルテニウムはいずれの結晶構造でもよい。このような結晶構造の違いは、X線回折法で得られる酸化ルテニウムの回折線の強度から相対的に判断することが可能で、酸化ルテニウムの結晶性が低くなると回折線の強度は低下し、完全に非晶質になると回折線は消失する。なお、上記の例では酸化タンタルが非晶質の場合を述べたが、酸化タンタルは結晶質であってもよい。
上記に述べた熱分解法の例は、ブタノール溶媒の使用、ルテニウムとタンタルのモル比やこれに関連した熱分解温度の範囲に限定されたものではなく、上記の条件はあくまでその一例であり、本発明の触媒を得る方法は、上記に示した以外のあらゆる方法において、酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物が得られるものであればよい。
【0021】
本発明のイオンセンサ用触媒は、前記混合酸化物におけるルテニウムとタンタルのモル比が30:70~80:20であることが好ましい。
この構成により、さらに以下の作用が得られる。
(1)混合酸化物におけるルテニウムとタンタルのモル比が30:70~80:20であることにより、リン酸水素イオンに対して、特に高い触媒活性が幅広い濃度範囲で得られるという作用を有する。
ここで、ルテニウムの割合が30%よりも小さくなるにつれ、混合酸化物の導電性が低くなり、リン酸水素イオンに対する酸化電流密度が小さくなる傾向があり、ルテニウムの割合が80%よりも大きくなるにつれ、酸化タンタルとの混合による効果が得られにくくなり、リン酸水素イオンに対する酸化電流密度が小さくなる傾向があり、いずれも好ましくない。
【0022】
本発明のイオンセンサ用触媒は、さらに、前記混合酸化物が非晶質の酸化ルテニウムを含むことが好ましい。
この構成により、さらに以下の作用が得られる。
(1)混合酸化物が非晶質の酸化ルテニウムを含むことにより、酸化ルテニウムが全て結晶質である場合に比べて、触媒の反応表面積が増加し、これによって同じ濃度のリン酸水素イオンに対する酸化電流密度が増加することによって、検出感度が大きくなるとともに、定量できる濃度範囲がより広くなるという作用を有する。
ここで、すでに記したように、このような結晶構造の違いは、X線回折法で得られる酸化ルテニウムの回折線の強度から相対的に判断することが可能で、非晶質の酸化ルテニウムを含む混合酸化物では、酸化ルテニウムに対する回折線の強度は低下する。混合酸化物に含まれる酸化ルテニウムがすべて非晶質または混合酸化物が非晶質の酸化ルテニウムと酸化タンタルからなる場合には、酸化ルテニウムに対する回折線は消失する。
【0023】
また、本発明のイオンセンサは、水中のリン酸水素イオンを定量するためのイオンセンサであって、上記イオンセンサ用触媒を用いた検知極を備えている。
この構成により、
(1)酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むイオンセンサ用触媒を検知極に用いて、リン酸水素イオンを酸化する際に流れる電流からリン酸水素イオンの濃度を決定することによって、高い検出感度で、かつ幅広い濃度範囲に対して、リン酸水素イオンを選択的に、かつ精度よく短時間で定量することが可能になるという作用を有する。
(2)本発明のイオンセンサの作動には大型の装置や大電力は不要であり、イオンセンサを携帯可能な大きさまで小型化することが可能で、省エネルギー性、コンパクト性、実用性に優れるという作用を有する。
(3)本発明のイオンセンサに必要なイオンセンサ用触媒やその他の部品は安価に作製することが可能で省資源性、量産性に優れ、リン酸水素イオン濃度の測定に対して、安定性や再現性に優れた定量が可能となるという作用を有する。
(4)本発明のイオンセンサは、検知極上でリン酸二水素イオンや塩化物イオンのような他の陰イオンや陽イオンの酸化を生じないことから、リン酸水素イオンのみを選択的に検出し、その濃度を決定することができ、測定の確実性、信頼性に優れるという作用を有する。
【0024】
ここで、イオンセンサは、リン酸水素イオンの酸化電流を検出する検出部と、検出部に配置される検知極と対極、または検知極と対極と参照極のいずれかの構成に対して、検知極と対極間に所定の電圧を印加するか、検知極と対極と参照極において参照極に対して検知極に所定の電位を印加し、検知極で生じた酸化電流を測定して、演算処理などを介して、最終的にリン酸水素イオン濃度を算出し、算出の結果を表示する制御部を備えている。なお、制御部の構成や機能については、既存の化学センサや電気化学センサで利用されている様々な構成や機能を追加することが可能であり、上記に限定されるものではない。また、制御部は、検知極と対極の間に所定の電圧を、または検知極と対極と参照極において参照極に対して検知極に所定の電位を印加する機能と、検知極で生じる電流を測定する機能を有することが少なくとも必要であるが、これら以外の機能については、前述の通り、既存の化学センサや電気化学センサで利用されている様々な構成や機能を追加することが可能である。したがって、ここでは、本発明のイオンセンサにおける検知部の構成と機能についてさらに述べる。
【0025】
検知部は、すでに述べたように、検知極と対極、または検知極と対極と参照極のいずれかの構成からなる。これらのいずれに対しても、各電極はそれぞれ個別に配置されていてもよいし、同一の絶縁性基体上に電気的接触がない状態で一体に配置されていてもよい。検知極は、本発明の触媒とともにすでに述べたような材料と構成を持ち、リン酸水素イオンを酸化し、生じた酸化電流を制御部へ流す。対極では、何らかの還元反応が生じるが、試料水で生じる還元反応としては水の還元が一般に知られている。対極の材料としては白金、銀、その他の金属、導電性酸化物をはじめとする導電性化合物、導電性プラスチックなど電気化学センサやその他の電極材料として用いられている様々な材料、さらには本発明の触媒などを用いることができる。但し、還元生成物がリン酸水素イオンと急激に反応しないような電極反応を生じることができる材料を対極に用いることが好ましい。例えば、白金や銀を用いれば、上記のような水の還元が生じる。
【0026】
検知部に、検知極と対極を配置した構成の場合、制御部によって、検知極でリン酸水素イオンの酸化反応が生じるのに適した電圧が、検知極と対極の間に印加される。このとき、印加する電圧の波形は、一定電圧であっても、経時的に変化する電圧波形であってもよい。このような電圧波形としては、例えば矩形の電圧パルスや、段階的に電圧を変化させるようなものでもよい。いずれの場合においても、リン酸水素イオンの酸化電流は、その値が最も高くなるような電圧を印加した状態で測定されることが望ましい。試料水中に存在する共存イオンが、検知極上でのリン酸水素イオンの継続的な酸化を阻害するような作用を有する場合に、例えば、検知極と対極の間に印加する電圧の極性を反転させ、一時的に検知極でリン酸水素イオンの酸化が起こらないような電圧にして、このような阻害作用を防止するような電圧波形を印加してもよい。このような周期的に電圧を反転させる方法や必要な回路については、電気化学センサ、電気めっき、工業電解、電池などの電気化学分野で一般に知られている。
【0027】
次に、検知部に、検知極と対極と参照極を配置した構成の場合、制御部によって、参照極に対して検知極でリン酸水素イオンの酸化反応が生じるのに適した電位が印加される。なお、電気化学の用語では、2つの電極間の電位差を一般に電圧と呼ぶが、参照極のようにそれ自身の電位は変化しない基準電極を用いて、対象とする電極との電位差を定義する場合は、電圧ではなく電位として表現する。参照極には、例えば銀-塩化銀電極、水銀-酸化水銀電極など、一般に知られた参照極を用いることができる。検知極と対極と参照極を配置した構成の場合、印加する電位の波形は、一定の電位であっても、経時的に変化する電位波形であってもよい。このような電位波形としては、例えば矩形の電位パルスや、段階的に電位を変化させるような波形でもよい。いずれの場合においても、リン酸水素イオンの酸化電流は、その値が最も高くなるような電位を印加した状態で測定されることが望ましい。試料水中に存在する共存イオンが、検知極上でのリン酸水素イオンの継続的な酸化を阻害するような作用を有する場合に、例えば、参照極に対する検知極の電位を試料水中での自然電位(浸漬電位とも呼ぶ)よりも低い値とし、一時的に検知極でリン酸水素イオンの酸化が起こらないようにして、このような阻害作用を防止するような電位波形を印加してもよい。このような周期的に電位を変化させる方法や必要な回路については、電気化学センサ、電気めっき、工業電解、電池などの電気化学分野で一般に知られている。
【0028】
上記の検知部でリン酸水素イオンを検出する際には、検知部を試料水中に浸漬する、試料水が検知部に接触するように検知部上に試料水を所定量滴下するなどして、上記の電圧または電位を印加し、リン酸水素イオンの酸化電流を生じさせる。また、フローインジェクション法により、試料水が検知部へ送液されている条件で酸化電流を生じさせる方法や、一定容量の容器中で試料水を撹拌により流動させながら、検知部を試料水に浸漬した状態で酸化電流を生じさせる方法でもよい。また、これらの方法においては、リン酸水素イオンの酸化を妨害しない成分を含み、かつ酸化電流を測定できる程度の導電率を有する基本液を調製し、これに所定量の試料水を加えたものを測定のための対象としてもよい。試料水の測定の前には、あらかじめ濃度が既知の2種類または3種類の校正液により、リン酸水素イオンの濃度と検出される酸化電流の関係を取得し、これをもとに試料水中のリン酸水素イオン濃度を決定する検量線法、または試料水に濃度既知の校正液を所定量、数回添加し、その際の添加したリン酸水素イオン濃度と酸化電流から試料水中のリン酸水素イオン濃度を求める標準添加法などによって、リン酸水素イオン濃度を決定することができる。
【0029】
本発明のイオンセンサは、さらに、リン酸水素イオンを含む試料水のpH及び/または温度を測定する機能を備えている。
この構成により、さらに以下の作用が得られる。
(1)リン酸水素イオンだけでなく、リン酸水素イオンを含む試料水のpH及び/または温度を同時に測定することができる。
(2)これによって、pHや温度といった試料水の特性値をリン酸水素イオン濃度とともに同時に得ることができる。
(3)さらに、定量されたリン酸水素イオンの濃度に対して、pHや温度が通常値とは異なることによって生じる可能性がある検出異常などの問題の発生の有無を知ることができる。
【0030】
また、本発明の定量法は、水中のリン酸水素イオンまたは全リンの濃度を決定するための定量法であって、上記イオンセンサ用触媒を検知極に用いて、前記水中のリン酸水素イオンを酸化してその酸化電流を測定する電流測定工程と、前記電流測定工程で測定した酸化電流からリン酸水素イオンまたは全リンの濃度を決定する濃度決定工程と、を備えた構成を有している。
この構成により、
(1)酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むイオンセンサ用触媒を用いて、リン酸水素イオンを酸化する際に流れる電流から選択的にリン酸水素イオンの濃度を決定できることで、リン酸水素イオンまたは全リンの濃度を、高い検出感度で、かつ幅広い濃度範囲に対して、かつ精度よく短時間で定量することが可能になるという作用を有する。(2)本発明の定量法に用いるイオンセンサは作動に大型の装置や電力が不要であることから、携帯可能な大きさまで小型化することが可能であり、その場で使用する場合或いは測定時に移動が必要な場合など様々な状況の中で定量することが可能となり、汎用性、取扱い性、機能性、量産性に優れるという作用を有する。
(3)本発明の定量法に用いるイオンセンサに必要なイオンセンサ用触媒やその他の部品は安価であり、従来技術のような特定の溶媒や試薬を用いる必要がなく、低コストで安定性や再現性に優れた定量が可能となり、省資源性、実用性に優れるという作用を有する。
(4)本発明の定量法では、検知極上でリン酸二水素イオンや塩化物イオンのような他の陰イオンや陽イオンの酸化を生じないことから、リン酸水素イオンのみを選択的に検出して、その濃度を決定することができ、測定の確実性、信頼性に優れるという作用を有する。
【0031】
ここで、リン酸水素イオンの濃度を決定する場合には、まず試料水のpHをリン酸水素イオンが存在するpHに調整するか、または試料水自身がそのようなpH範囲にある場合は試料水をそのまま用いて、本発明の触媒を用いた検知極で、リン酸水素イオンを酸化し、その電流からリン酸水素イオン濃度を決定する。この際に必要な検知極およびこれを含むイオンセンサの構成や、それを用いたリン酸水素イオン濃度の決定方法は、前述のものと同じである。本発明で対象とする試料水は、例えば環境水のように、pHが中性(pH=7)から弱アルカリ性のものが多いと考えられるため、試料水を前処理することなく、リン酸水素イオン濃度を決定することも可能である。また、pHの調整はアルカリ性化合物またはその溶液を添加する、または緩衝液を使用するなどして容易に行うことができるが、リン酸系緩衝液は、それ自身にリン酸水素イオンを含むことから使用しないほうがよい。一方、全リンの濃度を決定する場合は、従来技術に記載した全リンの濃度決定方法のように、有機態リンを酸化処理した後、pHを調整して、全てのリンをリン酸水素イオンの形態とし、これを試料水として、上記に述べた方法によりリン酸水素イオン濃度を決定し、これを全リンの濃度とすることができる。
本発明の定量法によれば、試料水の前処理を行うか、行わないかの違いのみで、リン酸水素イオン又は全リンの濃度を決定することが可能となる。
【0032】
本発明の定量法は、リン酸水素イオンを含む溶液を前記検知極の周辺で流動または前記検知極に送液することが好ましい。
この構成により、さらに以下の作用が得られる。
(1)リン酸水素イオンを含む溶液を検知極の周辺で流動または検知極へ送液することによって対流および拡散が促進され、同じ濃度のリン酸水素イオンに対して、これらを行わない場合に比べて酸化電流密度が増加し、したがってさらに検出感度が向上するという作用を有する。
(2)また、検知極での酸化反応が促進されることによって、安定した電流が観察されるまでの時間が短縮され、測定に必要な時間がさらに短くなるという作用を有する。
【0033】
ここで、リン酸水素イオンを含む溶液とは、環境水や生体液などの試料水そのものだけでなく、これらを測定に適した基本液に添加したような試験液である。このような基本液は通常水溶液であり、例えば塩化カリウム水溶液などが挙げられるがこれに限定されるものではない。ただし、リン酸水素イオンはリン酸二水素イオンやリン酸イオンと緩衝作用を持つため、リン酸二水素イオンやリン酸イオンを含むような水溶液は基本液として好ましくない。また、基本液のpHはすでに記したようなリン酸水素イオンが存在可能なpH範囲(pH=7~12)が好ましく、したがって、強酸性や強アルカリ性の水溶液を基本液に用いることは好ましくない。また、リン酸水素イオンの形態を他の形態に変化させる作用がなければ、上記のリン酸水素イオンを含む溶液には、水溶液以外の非水系溶媒を用いることも可能である。
【0034】
本発明の定量法は、さらに、リン酸水素イオンを含む溶液を前記検知極に垂直方向から送液することが好ましい。
この構成により、さらに以下の作用が得られる。
(1)リン酸水素イオンを含む溶液を検知極周辺で流動させる場合や、検知極に対して水平方向に送液する場合に比べて、対流および拡散がより促進され、同じ濃度のリン酸水素イオンに対して酸化電流密度が増加し、したがってさらに検出感度が向上するという作用を有する。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば下記の効果が得られる。
1)一般に知られた簡単な方法でリン酸水素イオンを検出するための触媒を合成することが可能であり、かつイオンセンサの用途、使用頻度、使用環境などに合わせた形状、寸法を有するイオンセンサ用検知極およびこれを用いたイオンセンサを提供できるという効果を有する。
2)また、携帯または持ち運び可能な程度の大きさのイオンセンサが可能となることから、環境分析などにおいて試料水を実験室に持ち帰る必要がなく、現場での即時測定やモニタリングが可能になるという効果を有する。
3)また、本発明によれば、従来に比べて、低濃度のリン酸水素イオンまたは全リンや、排出基準を上回るような高濃度の全リンを、短時間で正確に決定できるようになるという効果を有する。
4)また、同じイオンセンサによって、リン酸水素イオンと全リンの両方の濃度を簡単に測定できるという効果を有する。
5)また、従来に比べてリン酸水素イオンに対する感度が高く、また幅広い濃度範囲でも定量の精度が高いことから、測定者のイオンセンサの使用に関する熟練度によらず、様々な状況や目的において、リン酸水素イオンまたは全リンの濃度を正確に測定することができるという効果を有する。
6)また、短時間でリン酸水素イオンの濃度を決定することができることから、環境または生体内のリン酸水素イオンおよび全リンの測定にかかる時間が短縮され、種々の分析業務、医療業務などの中で測定者の負担を軽減し、測定の効率化を図ることができるという効果を有する。
7)また、本発明によれば、少量の試料水で定量が可能で、かつリン酸水素イオンを処理するための特別な試薬や溶媒を必要としないことから、リン酸水素イオンの定量において、環境負荷の原因となる廃液や排水を低減できるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明のイオンセンサ用触媒を用いたイオンセンサの一例を示す模式図
【図2】実施例1におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図3】実施例1におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【図4】実施例2におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図5】実施例2におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【図6】実施例3におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図7】実施例3におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【図8】実施例4におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図9】実施例4におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【図10】実施例5におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図11】実施例5におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【図12】実施例6におけるリン酸水素イオン濃度と酸化電流密度の関係を示す図
【図13】実施例6におけるリン酸水素イオン濃度の対数と酸化電流密度の対数の関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明のイオンセンサ用触媒を用いたイオンセンサの一例について、図面を参照しながら説明する。尚、本発明の技術的範囲はこの一例に限定されるものではない。
図1は本発明のイオンセンサ用触媒を用いたイオンセンサを示す模式図である。
図1中、1は本発明のイオンセンサ用触媒を用いたイオンセンサ、2はアルミナなどの種々の絶縁性の酸化物、炭化物、窒化物や、ダイヤモンド、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、シリコンなどで形成された絶縁性基体、3は絶縁性基体2上に導電性を持つ金属、合金、種々の炭素材料(導電性ダイヤモンド、グラフェン、フラーレンなどを含む)、導電性プラスチック、導電性酸化物などの化合物、銀などを含む金属ペーストなどで線状に形成された3箇所の導電部、4は中央の導電部3の一端部に酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むイオンセンサ用触媒を形成して作製された検知極、5は他の1つの導電部3の一端部に白金、銀、その他の金属、導電性酸化物をはじめとする導電性化合物、導電性プラスチックなど電気化学センサやその他の電極材料として用いられている様々な材料、さらには本発明の触媒などを用いて形成された対極、6は他のもう1つの導電部3の一端部に銀-塩化銀電極、水銀-酸化水銀電極などを用いて形成された参照極、7は検知極4と対極5と参照極6で構成された検知部である。
イオンセンサ1は参照極6に対して検知極4に所定の電位を印加し、検知極4で生じた酸化電流を測定して、演算処理などを介して、最終的にリン酸水素イオン濃度を算出し、算出の結果を表示する制御部8を備えている。

【0038】
以上のように構成されたイオンセンサ1の使用方法について説明する。
検知極4は、リン酸水素イオンを酸化し、生じた酸化電流を導電部3を通して制御部8へ流す。
制御部8によって、参照極6に対して検知極4でリン酸水素イオンの酸化反応が生じるのに適した電位が印加される。
検知極4と対極5と参照極6を配置した構成の場合、印加する電位の波形は、一定の電位であっても、経時的に変化する電位波形であってもよい。このような電位波形としては、例えば矩形の電位パルスや、段階的に電位を変化させるような波形でもよい。いずれの場合においても、リン酸水素イオンの酸化電流は、その値が最も高くなるような電位を印加した状態で測定されることが望ましい。
試料水中に存在する共存イオンが、検知極4上でのリン酸水素イオンの継続的な酸化を阻害するような作用を有する場合に、例えば、参照極6に対する検知極4の電位を試料水中での自然電位(浸漬電位とも呼ぶ)よりも低い値とし、一時的に検知極4でリン酸水素イオンの酸化が起こらないようにして、このような阻害作用を防止するような電位波形を印加してもよい。

【0039】
上記の検知部7でリン酸水素イオンを検出する際には、検知部7を試料水中に浸漬する、試料水が検知部7に接触するように検知部7上に試料水を所定量滴下するなどして、上記の電圧または電位を印加し、リン酸水素イオンの酸化電流を生じさせる。また、フローインジェクション法により、試料水を検知部7へ送り、試料水が流動している条件で酸化電流を生じさせる方法や、一定容量の容器中で試料水を撹拌しながら、検知部7を試料水に浸漬した状態で酸化電流を生じさせる方法でもよい。また、これらの方法においては、リン酸水素イオンの酸化を妨害しない成分を含み、かつ酸化電流を測定できる程度の導電率を有する基本液を調製し、これに所定量の試料水を加えたものを測定のための対象としてもよい。試料水の測定の前には、あらかじめ濃度が既知の2種類または3種類の校正液により、リン酸水素イオンの濃度と検出される酸化電流の関係を取得し、これをもとに試料水中のリン酸水素イオン濃度を決定する検量線法、または試料水に濃度既知の校正液を所定量、数回添加し、その際の添加したリン酸水素イオン濃度と酸化電流から試料水中のリン酸水素イオン濃度を求める標準添加法などによって、リン酸水素イオン濃度を決定することができる。

【0040】
上記一例ではイオンセンサ用触媒を用いた検知極4、対極5、参照極6を同一の絶縁性基体2上に配置した場合について説明したが、各電極はそれぞれ個別に絶縁性基体上又は導電性基体上に配置してもよい。例えば、導電性基体上に本発明の触媒を形成すれば、導電性基体を電流の外部出力用の導電部とした検知極として利用することができる。
尚、検知部7は検知極4と対極5からなる構成としてもよい。この場合、制御部8によって、検知極4でリン酸水素イオンの酸化反応が生じるのに適した電圧が、検知極4と対極5の間に印加される。

【0041】
以上のように構成されたイオンセンサ1によれば、以下のような作用が得られる。
(1)酸化ルテニウムと酸化タンタルの混合酸化物を含むイオンセンサ用触媒を検知極に用いて、リン酸水素イオンを酸化する際に流れる電流からリン酸水素イオンの濃度を決定することによって、高い検出感度で、かつ幅広い濃度範囲に対して、リン酸水素イオンを選択的に、かつ精度よく短時間で定量することが可能になるという作用を有する。
(2)本発明のイオンセンサの作動には大型の装置や電力は不要であり、イオンセンサを携帯可能な大きさまで小型化することが可能で、省エネルギー性、コンパクト性、実用性に優れるという作用を有する。
(3)本発明のイオンセンサに必要なイオンセンサ用触媒やその他の部品は安価に作製することが可能で省資源性、量産性に優れ、水中でのリン酸水素イオンの電気化学的酸化に対して、リン酸水素イオンの幅広い濃度範囲において、選択的に高い触媒活性を示し、高い酸化電流密度を生じるため、濃度範囲に関わらず精度よく濃度を決定することができ、リン酸水素イオン濃度の測定に対して、安定性や再現性に優れた定量が可能となるという作用を有する。
(4)本発明のイオンセンサは、検知極上でリン酸二水素イオンや塩化物イオンのような他の陰イオンや陽イオンの酸化を生じないことから、リン酸水素イオンのみを選択的に検出し、その濃度を決定することができ、測定の確実性、信頼性に優れるという作用を有する。

【0042】
以下、本発明を実施例、比較例を用いて詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
市販のチタン板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1mm)を10%のシュウ酸溶液中に90℃で60分間浸漬してエッチング処理を行った後、水洗し、乾燥した。次に、6vol%の濃塩酸を含むブタノール(n-COH)溶液に、ルテニウムとタンタルのモル比が80:20で、ルテニウムとタンタルの合計が金属換算で70g/Lとなるように三塩化ルテニウム三水和物(RuCl・3HO)と五塩化タンタル(TaCl)を溶解して塗布液を調製した。この塗布液を上記乾燥後のチタン板に塗布し、120℃で10分間乾燥し、次いで500℃に保持した電気炉内で20分間熱分解した。この塗布、乾燥、熱分解を計7回繰り返し行い、導電性基体であるチタン板上に実施例1の触媒を形成して検知極を作製した。

【0043】
実施例1の触媒をX線回折法により構造解析したところ、X線回折像にはRuOに相当する鋭い回折ピークは見られたが、Taに相当する回折ピークは見られなかった。また、SEM(走査型電子顕微鏡)およびEDX(エネルギー分散型X線分析法)によればRuO粒子がTaをマトリックス相として分散して形成されていた。これらの結果と、XPS(X線光電子分光法)によるルテニウム、タンタル、酸素の化学状態の分析結果から、実施例1の触媒はRuOとTaの混合物であることが判った。すなわち、実施例1では、チタン板上に結晶質の酸化ルテニウムと非晶質の酸化タンタルからなる混合酸化物の触媒が形成されていた。
市販の塩化カリウム(KCl)試薬を蒸留水に溶解し、KClの濃度を0.05mmol/Lとした溶液を調製し、これにリン酸水素二ナトリウム(NaHPO)試薬を蒸留水に溶解して所定の濃度としたリン酸水素二ナトリウム溶液を所定量添加することによって、種々のリン酸水素イオンの濃度の試料水を調製した。なお、この試料水のpHは上記のリン酸水素イオンの濃度範囲において、pH=8~9であった。前述の検知極をポリテトラフルオロエチレン製ホルダーに埋設し、ビーカーに入れた試料水に接触する電極面積を1cmに規制した状態で、白金板を対極として、ともに試料水中で所定の距離をおいて配置した。また、試料水とは別の容器に塩化カリウム飽和水溶液を入れ、これに市販の銀-塩化銀電極を参照極として浸漬した。この塩化カリウム飽和水溶液と試料水を塩橋とルギン管を用いて接続し、3電極式の電気化学測定セルを作製した。なお、測定中は試料水をスターラーで撹拌した。

【0044】
上記の3電極式電気化学セルを用いて、参照極に対する検知極の電位を一定速度で走査しながら電流を測定するサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1の触媒を形成した検知極を用いると0.95V付近に酸化電流がピークを示す酸化波が観察され、リン酸水素イオンが酸化されていることが判った。また、このピークよりも高い電位では水の電気分解(試料水全体の分解)で生じる酸素発生による電流増加が見られたが、これ以外には酸化や還元を示す電流は見られず、実施例1の触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されていることが判った。次に、検知極の電位を参照極に対して1.05Vに設定し、各濃度の試料水について酸化電流密度を測定した。ここで、酸化電流密度(mA/cm)とは検知極を流れた酸化電流(mA)を電極面積で割った値であるが、上記の通り、実施例1における電極面積は1cmであるため、実際には酸化電流と酸化電流密度の値は同じである。また、酸化電流は、リン酸水素イオンがない状態で流れる残余電流を差し引いて求めた。検知極に電位を印加してから10~20秒でほぼ一定の電流密度を示した。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図2および図3に示した。実施例1の触媒を用いることで、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は209A・cm/molとなった。

【0045】
(実施例2)
実施例1に記した触媒の形成方法の中で、塗布液中のルテニウムとタンタルのモル比を30:70としたことを除いて、他は実施例1と同じ方法で、実施例2の触媒を形成して検知極を作製した。この触媒を分析した結果、実施例1と同様にRuOとTaの混合物からなることが判った。すなわち、実施例2では、チタン板上に結晶質の酸化ルテニウムと非晶質の酸化タンタルからなる混合酸化物の触媒が形成されていた。この検知極を用いて実施例1と同様にサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1とほぼ同じ電位にリン酸水素イオンの酸化電流のピークが見られ、その他には酸素発生電流以外に酸化電流、還元電流いずれも見られなかったことから、実施例2の触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されることが判った。また、実施例1と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定した結果、検知極に電位を印加してから10~20秒でほぼ一定の電流密度を示した。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図4および図5に示した。実施例2の触媒を用いることで、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は182A・cm/molとなった。

【0046】
(比較例1)
市販のチタン板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1mm)を10%のシュウ酸溶液中に90℃で60分間浸漬してエッチング処理を行った後、水洗し、乾燥した。次に、6vol%の濃塩酸を含むブタノール(n-COH)溶液に、金属換算で70g/Lとなるように塩化イリジウム酸六水和物(HIrCl・6HO)を溶解して塗布液を調製した。この塗布液を上記乾燥後のチタン板に塗布し、120℃で10分間乾燥し、次いで470℃に保持した電気炉内で20分間熱分解した。この塗布、乾燥、熱分解を計7回繰り返し行い、導電性基体であるチタン板上に二酸化イリジウムを形成して検知極を作製した。なお、形成された二酸化イリジウムは、X線回折法により同定した。この検知極を用いて実施例1と同様にサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1とほぼ同じ電位にリン酸水素イオンの酸化電流のピークが見られ、その他には酸素発生電流以外に酸化電流、還元電流いずれも見られなかったことから、比較例1の二酸化イリジウム触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されることが判った。また、実施例1と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定した結果、検知極に電位を印加してから10~20秒でほぼ一定の電流密度を示した。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係から検出感度を算出した結果、実施例1の触媒を用いた場合の検出感度の0.30倍、実施例2の触媒を用いた場合の検出感度の0.36倍であった。

【0047】
本発明の触媒でのリン酸水素イオンの酸化、および酸化電流密度と濃度の関係については、これまでに報告された例がなかったが、実施例1及び実施例2の結果から、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で、酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度に比例関係があることが明らかになり、本発明の触媒がリン酸水素イオンを定量する触媒として機能することも明らかになった。また、検出される酸化電流密度は、従来技術である複合酸化物を用いた場合に対して1000倍程度大きいことも明らかになった。
そして、上記の結果から、本発明の触媒を用いた場合、従来技術である二酸化イリジウムを用いた場合に比べて、同じ濃度範囲、同じ測定条件において、検出感度が2.8倍~3.3倍に向上することがわかった。また、本発明の触媒で得られた検出感度を、(非特許文献4)に記載の値(2.5A・cm/mol~85A・cm/mol)と比較すると、本発明の触媒を用いたほうが最大で83倍も検出感度が高くなることがわかった。

【0048】
(実施例3)
実施例1に記した触媒の形成方法の中で、チタン板の代わりにチタンディスク(直径4mm,厚み4mm)を用いたことを除いて、他は実施例1と同じ方法で実施例3の触媒を形成して検知極を作製した。この触媒を分析した結果、実施例1と同様に、結晶質のRuOと非晶質のTaの混合物であることがわかった。すなわち、実施例3では、チタンディスク上に実施例1と同様に結晶質の酸化ルテニウムと非晶質の酸化タンタルからなる混合酸化物の触媒が形成されていた。この検知極を用いて実施例1と同様にサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1とほぼ同じ電位にリン酸水素イオンの酸化電流のピークが見られ、その他には酸素発生電流以外に酸化電流、還元電流いずれも見られなかったことから、実施例3の触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されることが判った。また、実施例1と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定したが、実施例1では測定中はビーカー内の試料水をスターラーで撹拌したのに対して、実施例3では回転円盤電極装置を用いて、検知極を回転させた状態で測定した。回転円盤電極装置を用いて検知極を回転させた以外は、実施例1と同じ電気化学測定セルの構成とした。これによって、実施例1では検知極と平行な方向に試料水が流動していたが、実施例3では検知極の回転によって検知極に垂直な方向から試料水が検知極に向かって送液された。なお、このような送液は検知極を回転させる方法以外にも、フローインジェクション法などで用いられるような装置で、静止した検知極に対して垂直な方向から試料水を検知極に向かって流すことによっても同様に行うことが可能である。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図6および図7に示した。その結果、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は471A・cm/molとなった。すなわち、実施例3で試料水の供給方法を変えることによって同じ触媒を用いた場合にも、実施例1に比べて検出感度が2.2倍となった。

【0049】
(実施例4)
実施例1に記した触媒の形成方法の中で、チタン板の代わりにチタンディスク(直径4mm,厚み4mm)を用い、260℃に保持した電気炉内で20分間熱分解したことを除いて、他は実施例1と同じ方法で、実施例4の触媒を形成して検知極を作製した。この触媒を分析した結果、実施例1では結晶質のRuOと非晶質のTaの混合物であったが、実施例4では非晶質のRuOと非晶質のTaの混合物からなることが判った。すなわち、実施例4では、チタンディスク上に非晶質の酸化ルテニウムと非晶質の酸化タンタルからなる混合酸化物の触媒が形成されていた。この検知極を用いて実施例1と同様にサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1とほぼ同じ電位にリン酸水素イオンの酸化電流のピークが見られ、その他には酸素発生電流以外に酸化電流、還元電流いずれも見られなかったことから、実施例4の触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されることが判った。また、実施例3と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定した結果、検知極に電位を印加してから10~20秒でほぼ一定の電流密度を示した。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図8および図9に示した。その結果、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は624A・cm/molとなった。すなわち、実施例4では触媒の酸化ルテニウムが非晶質であることによって、触媒のルテニウムとタンタルの組成比が同じである実施例3に比べて、検出感度は1.3倍となった。また、実施例1と比較すると、酸化ルテニウムが非晶質となり、かつ送液方向を検知極に垂直とすることによって、検出感度は3倍となった。さらに、実施例4ではリニアスケール(図8)、両対数スケール(図9)のいずれでも直線となり、10-2mmol/Lから10mmol/Lの3桁におよぶ幅広い濃度範囲において、検出感度が変わらないことが判った。すなわち、実施例3と比較すると、触媒の酸化ルテニウムが非晶質となることで、検出感度が増加し、さらに定量できる濃度範囲が拡大して、いずれの濃度域においても高い検出感度でリン酸水素イオンを定量できることが示された。

【0050】
(実施例5)
実施例4に記した触媒の形成方法の中で、塗布液中のルテニウムとタンタルのモル比を50:50としたことを除いて、他は実施例4と同じ方法で、実施例5の触媒を形成して検知極を作製した。この触媒を分析した結果、実施例4と同じように、非晶質のRuOと非晶質のTaの混合物からなることが判った。すなわち、実施例5においても、チタンディスク上に非晶質の酸化ルテニウムと非晶質の酸化タンタルからなる混合酸化物の触媒が形成されていた。この検知極を用いて実施例1と同様にサイクリックボルタメトリーを行った結果、実施例1とほぼ同じ電位にリン酸水素イオンの酸化電流のピークが見られ、その他には酸素発生電流以外に酸化電流、還元電流いずれも見られなかったことから、実施例5の触媒上でリン酸水素イオンが選択的に酸化されることが判った。また、実施例4と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定した結果、検知極に電位を印加してから10~20秒でほぼ一定の電流密度を示した。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図10および図11に示した。その結果、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は685A・cm/molとなり、実施例4の触媒よりもさらに高い感度が得られた。また、実施例1と比較すると、酸化ルテニウムが非晶質となり、かつ送液方向を検知極に垂直とすることによって、検出感度は3.3倍となった。さらに、実施例5ではリニアスケール(図10)、両対数スケール(図11)のいずれでも直線となり、4×10-2mmol/Lから10mmol/Lの3桁におよぶ幅広い濃度範囲において、検出感度が変わらないことが判った。すなわち、いずれの濃度域においても高い検出感度でリン酸水素イオンを定量できることが示された。

【0051】
(実施例6)
実施例4に記した触媒の形成方法と同じ方法で、実施例6の触媒を形成して検知極を作製した。また、実施例4と同様に、検知極を一定の電位に保持して、種々の濃度のリン酸水素イオンを溶解した試料水での酸化電流密度を測定した。ただし、この測定の際には、電位を印加した状態であらかじめ5分間保持し、残余電流が十分に減衰した状態から、リン酸水素二ナトリウムを添加した。リン酸水素二ナトリウムを添加した後、20秒程度で酸化電流密度はほぼ一定の値となった。このようにして得られた酸化電流密度とリン酸水素イオンの濃度の関係を図12および図13に示した。その結果、低濃度から高濃度までの幅広い濃度範囲で比例関係が見られた。また、濃度と酸化電流密度の直線の傾きから求めた検出感度は562A・cm/molとなった。また、実施例6ではリニアスケール(図12)、両対数スケール(図13)のいずれでも直線となり、加えて10-3mmol/Lから10mmol/Lの4桁におよぶ幅広い濃度範囲において、検出感度が変わらないことが判った。すなわち、測定時における残余電流を十分に小さくしたことによって、実施例4に比べてさらに広い濃度範囲での定量が可能となり、同時にいずれの濃度域においても高い検出感度でリン酸水素イオンを定量できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、水中のリン酸水素イオンを検出し、その酸化電流密度からリン酸水素イオン濃度を決定できるイオンセンサ用触媒において、従来よりも検出感度が高く、また高い検出感度を幅広いリン酸水素イオンの濃度範囲において維持できるとともに、濃度と酸化電流密度に比例関係が成り立つことで、濃度範囲に関わらず精度よく濃度を決定することが可能で、かつ酸化電流が短時間で定常値に達して電流密度の決定までの時間が短く、したがってリン酸水素イオンを定量する時間が短時間であり、リン酸水素イオンの酸化に対して繰り返し安定して応答する安価なイオンセンサ用触媒の提供、またこの触媒を用いることで、リン酸水素イオンを幅広い濃度範囲で、高い検出感度で精度よく短時間で定量することができ、携帯可能な大きさで、低原価で量産でき、同時に測定の安定性や再現性に優れたリン酸水素イオン用のイオンセンサおよび、これを用いる全リンおよびリン酸水素イオンの高感度で再現性の高い定量法の提供を行い、環境測定、医療業務、様々な分析業務などの幅広い応用分野における全リンおよびリン酸水素イオンの測定、モニタリングの作業の効率化、信頼性向上等に貢献することができる。
【符号の説明】
【0053】
1 イオンセンサ
2 絶縁性基体
3 導電部
4 検知極
5 対極
6 参照極
7 検知部
8 制御部
図面
【図2】
0
【図3】
1
【図4】
2
【図5】
3
【図6】
4
【図7】
5
【図8】
6
【図9】
7
【図10】
8
【図11】
9
【図12】
10
【図13】
11
【図1】
12