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明細書 :表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2015-210128 (P2015-210128A)
公開日 平成27年11月24日(2015.11.24)
発明の名称または考案の名称 表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置
国際特許分類 G01N  21/65        (2006.01)
B82Y  15/00        (2011.01)
FI G01N 21/65
B82Y 15/00
請求項の数または発明の数 6
出願形態 OL
全頁数 15
出願番号 特願2014-090392 (P2014-090392)
出願日 平成26年4月24日(2014.4.24)
発明者または考案者 【氏名】山口 明啓
【氏名】内海 裕一
【氏名】福岡 隆夫
出願人 【識別番号】513099603
【氏名又は名称】公立大学法人兵庫県立大学
個別代理人の代理人 【識別番号】110000556、【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
審査請求 未請求
テーマコード 2G043
Fターム 2G043AA01
2G043BA16
2G043CA04
2G043EA03
2G043FA02
2G043JA01
2G043KA01
2G043KA09
要約 【課題】 三次元ナノ空間を容易に形成し、かつ、高い検出感度を得ることができる表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置を提供する。
【解決手段】非金属微粒子2に貴金属のナノ粒子3を被覆したナノシェル構造体1を生成し、ナノシェル構造体1と測定試料Sとを、一対の電極7間に交流電圧を印加して誘電泳動させることにより、一対の電極7うちの少なくとも一方の電極上または周囲においてナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物を凝集させ、電極上または周囲において凝集した混合物の表面増強ラマンスペクトルを測定する。
【選択図】 図3
特許請求の範囲 【請求項1】
非金属微粒子に貴金属のナノ粒子を被覆したナノシェル構造体を生成し、
前記ナノシェル構造体と測定試料とを、一対の電極間に交流電圧を印加して誘電泳動させることにより、前記一対の電極うちの少なくとも一方の電極上または周囲において前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させ、
前記電極上または周囲において凝集した前記混合物の表面増強ラマンスペクトルを測定する、表面増強ラマン測定方法。
【請求項2】
前記ナノシェル構造体の前記非金属微粒子は、所望の検出物質に応じて定められた官能基が接続されている、請求項1に記載の表面増強ラマン測定方法。
【請求項3】
前記一対の電極のそれぞれは、幹電極部と、前記幹電極部から延び、それぞれが互いに平行な複数の枝電極部と、を含む櫛歯電極構造を有し、前記一対の電極のうちの一方の電極における前記複数の枝電極部が、他方の電極における前記複数の枝電極部間に配置される、請求項1または2に記載の表面増強ラマン測定方法。
【請求項4】
前記非金属微粒子は、ポリスチレンであり、前記貴金属は、金である、請求項1から3の何れかに記載の表面増強ラマン測定方法。
【請求項5】
非金属微粒子に貴金属のナノ粒子を被覆したナノシェル構造体を含む溶液を収納する収納部と、
前記収納部内に配置された一対の電極と、
前記一対の電極近傍の所定領域に所定の光を照射する光照射部と、
前記所定領域で生じる表面増強ラマンスペクトルを測定する測定部と、
制御部と、を備え、
前記制御部は、前記収納部に前記ナノシェル構造体および測定試料を収納した状態で、前記一対の電極間に所定の周波数を有する交流電圧を印加して前記ナノシェル構造体と前記測定試料とを誘電泳動させることにより、前記一対の電極のうちの少なくとも一方の電極上または周囲において前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させるように構成された、表面増強ラマン測定装置。
【請求項6】
前記制御部は、前記一対の電極に印加する交流電圧の周波数を変更することにより前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させる位置を制御可能に構成される、請求項5に記載の表面増強ラマン測定装置。

発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分析、環境分析、食衛生分析等の分野で微量分子を検出するための方法として、表面増強ラマン(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)効果を用いる方法が研究されている。表面増強ラマンを測定するために、貴金属のナノ粒子に囲まれた三次元ナノ空間が用いられる。所定領域に形成された三次元ナノ空間に測定試料を吸着させた上で当該測定試料(を含む三次元ナノ空間)に光を照射することで、表面増強ラマンスペクトルを測定することができる。すなわち、測定試料に含まれる所定の検出物質からのラマン散乱が三次元ナノ空間に存在する貴金属の表面プラズモンと吸着した分子との相互作用により増強されることにより、検出物質の検出が容易に行えるものである。
【0003】
このように、表面増強ラマン測定においては、三次元ナノ空間の安定的な形成が不可欠である。いままでに知られている三次元ナノ空間の形成態様としては、例えばコロイド粒子を利用して貴金属ナノ構造を形成するコロイド型の形成態様(例えば非特許文献1参照)や、基板上に予め三次元ナノ構造を形成するチップ型の形成態様(例えば非特許文献2参照)等が知られている。
【先行技術文献】
【0004】

【非特許文献1】M. Moskovits, “Surface-enhanced spectroscopy”, Rev. Mod. Phys. 57 (1985) 783.
【非特許文献2】T. Kondo, K. Nishio and H. Masuda, “Surface -Enhanced Raman Scattering in Multilayered Au Nanoparticles in Anodic Porous Alumina Matrix”, Appl. Phys. Exp. 2 (2009) 032001.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記形成態様では、光照射領域における三次元ナノ空間の安定的な形成が十分にできない問題がある。例えばコロイド型の三次元ナノ空間を用いる場合、測定試料を流通させる流路内の光照射領域に当該コロイド型の三次元ナノ空間を固定するために、コロイド粒子を利用した貴金属ナノ構造を凝集剤と混合する工程が必要である。さらに、コロイド粒子により三次元ナノ空間を形成した後で流路形成を行う必要が生じる。このため、コロイド粒子により、流路の形成が複雑化する。また、流路形成時に既に形成されたコロイド粒子による三次元ナノ空間を破壊してしまうおそれもあり、光照射領域に凝集するコロイド粒子の量を定量的に制御することが難しい。また、例えばチップ型の三次元ナノ空間を用いる場合、形成されたナノ空間において表面増強ラマンが活性化する部位であるホットスポットの割合がコロイド型に比べて低いため、高い検出感度を得ることができないおそれがある。また、チップ型の三次元ナノ空間を用いる場合、測定試料を三次元ナノ空間に上から滴下して乾燥させるドロップアンドドライ法による測定が一般的である。より簡単な構成でより容易に測定するためには、溶液中での測定が好ましい。溶液中での表面増強ラマン散乱測定は、生体内の化学反応過程に直結するためバイオセンサーとしての活用が期待されている。また、環境分析においても、液体状態での分析は、その場検出や実際の化学反応過程に近い条件で分析が行えることから、溶液中での表面増強ラマン分光は非常に重要な測定技術であると考えられている。
【0006】
本発明は、以上のような課題を解決すべくなされたものであり、三次元ナノ空間を容易に形成し、かつ、高い検出感度を得ることができる表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る表面増強ラマン測定方法は、非金属微粒子に貴金属のナノ粒子を被覆したナノシェル構造体を生成し、前記ナノシェル構造体と測定試料とを、一対の電極間に交流電圧を印加して誘電泳動させることにより、前記一対の電極うちの少なくとも一方の電極上または周囲において前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させ、前記電極上または周囲において凝集した前記混合物の表面増強ラマンスペクトルを測定するものである。
【0008】
上記方法によれば、ナノシェル構造体および測定試料を一対の電極を用いて誘電泳動させることにより、ナノシェル構造体および測定試料の混合物が一対の電極近傍に凝集される。したがって、特別な工程を要することなく高い検出感度を得ることができる三次元ナノ空間を所定の領域上に形成することができる。また、一対の電極に印加する交流電圧の周波数に応じて誘電泳動を容易に制御できるため、ナノシェル構造体による三次元ナノ空間を測定者の技量によらず容易かつ安定的に形成することができる。
【0009】
前記ナノシェル構造体の前記非金属微粒子は、所望の検出物質に応じて定められた官能基が接続されていてもよい。これにより、測定試料に複数の物質が含まれている場合であっても、測定対象となる物質を吸着し易い官能基をナノシェル構造体の非金属微粒子に接続することにより、所望の検出物質による表面増強ラマンスペクトルのみを優先的に計測することができる。
【0010】
前記一対の電極のそれぞれは、幹電極部と、前記幹電極部から延び、それぞれが互いに平行な複数の枝電極部と、を含む櫛歯電極構造を有し、前記一対の電極のうちの一方の電極における前記複数の枝電極部が、他方の電極における前記複数の枝電極部間に配置されていてもよい。一対の電極として櫛歯電極構造を採用することにより、ナノシェル構造体をより安定的に電極上または周囲に凝集させることができる。
【0011】
前記非金属微粒子は、ポリスチレンであり、前記貴金属は、金であってもよい。
【0012】
本発明の他の態様に係る表面増強ラマン測定装置は、非金属微粒子に貴金属のナノ粒子を被覆したナノシェル構造体を含む溶液を収納する収納部と、前記収納部内に配置された一対の電極と、前記一対の電極近傍の所定領域に所定の光を照射する光照射部と、前記所定領域で生じる表面増強ラマンスペクトルを測定する測定部と、制御部と、を備え、前記制御部は、前記収納部に前記ナノシェル構造体および測定試料を収納した状態で、前記一対の電極間に所定の周波数を有する交流電圧を印加して前記ナノシェル構造体と前記測定試料とを誘電泳動させることにより、前記一対の電極のうちの少なくとも一方の電極上または周囲において前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させるように構成されたものである。
【0013】
上記構成によれば、ナノシェル構造体および測定試料を収納部内で一対の電極を用いて誘電泳動させることにより、ナノシェル構造体および測定試料の混合物が一対の電極近傍に凝集される。当該混合物が凝集された領域に光照射部からの光を照射することにより、ナノシェル構造体表面に吸着した検出物質によって表面増強ラマンスペクトルが発生し、これを測定部で計測することにより、測定試料中の検出物質が計測される。このように、ナノシェル構造体を誘電泳動により一対の電極近傍に凝集させることにより、特別な工程を要することなく高い検出感度を得ることができる三次元ナノ空間を収納部内の所定の領域上に形成することができる。また、一対の電極に印加する交流電圧の周波数に応じて誘電泳動を容易に制御できるため、ナノシェル構造体による三次元ナノ空間を測定者の技量によらず容易かつ安定的に形成することができる。
【0014】
前記制御部は、前記一対の電極に印加する交流電圧の周波数を変更することにより前記ナノシェル構造体および前記測定試料の混合物を凝集させる位置を制御可能に構成されてもよい。制御部により一対の電極に印加する交流電圧の周波数を変更することで、一対の電極近傍に凝集されるナノシェル構造体を容易に制御することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上に説明したように構成され、三次元ナノ空間を容易に形成し、かつ、高い検出感度を得ることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は本発明の一実施形態に係る表面増強ラマン測定方法に用いられるナノシェル構造体の概要を示す概念図である。
【図2】図2は図1に示すナノシェル構造体のSEM画像を示す図である。
【図3】図3は図1に示すナノシェル構造体を用いた表面増強ラマン測定装置の概略構成を示す模式図である。
【図4】図4は交流電圧を印加した電極近傍にナノシェル構造体が凝集する様子を示す図である。図4(a)は、電極への電圧印加前の様子を示し、図4(b)は、電極への電圧印加後の様子を示す。
【図5】図5は電極に印加する交流電圧の周波数変化によるナノシェル構造体の凝集態様の変化を示す図である。
【図6】図6は一対の電極のより具体的な構成例を示す平面図である。
【図7】図7は本実施例における測定に利用した装置の概要を示す図である。図7(a)は側面図であり、図7(b)は平面図である。
【図8】図8は図7に示す装置を用いて測定した表面増強ラマンスペクトルを示すグラフである。
【図9】図9は図7に示す装置を用いて測定した表面増強ラマンスペクトルの測定試料の濃度による変化を示すグラフである。
【図10】図10は図9に示すグラフにおける各濃度の1600cm-1での表面増強ラマンスペクトルのラマン強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。

【0018】
図1は本発明の一実施形態に係る表面増強ラマン測定方法に用いられるナノシェル構造体の概要を示す概念図であり、図2は図1に示すナノシェル構造体のSEM画像を示す図である。図1に示すように、本実施形態における表面増強ラマン測定に用いるナノシェル構造体1は、非金属微粒子2に貴金属のナノ粒子3を被覆した構造を有している。非金属微粒子2は、例えばポリスチレン粒子である。また、非金属微粒子2に被覆される貴金属のナノ粒子3は、例えばコロイド状の金粒子である。さらに、非金属微粒子2には、官能基4が接続されている。官能基4は、所望の検出物質に応じて定められる。例えば、検出物質が4bpy(4, 4’-ビピリジン:4, 4’-bipyridine)である場合、官能基4は、例えばアミジン(amidine)が用いられる。なお、図1は見易くするため各分子の縮尺は正確ではない。

【0019】
本実施形態におけるナノシェル構造体の作製方法について以下説明する。官能基4としてアミジンが接続されたポリスチレンの非金属微粒子2を用意する。例えば、このポリスチレンの粒子径は1000nm、粒子個数は7.28×10個/μlである。さらに、貴金属のナノ粒子3として金のナノ粒子(コロイド粒子)を用意する。例えば金のナノ粒子の粒子径は20nm、粒子個数は1.17×10個/μlである。

【0020】
この金のナノ粒子を予め50倍に濃縮する。この結果、金のナノ粒子の粒子個数は5.85×1010μlとなる。この後、非金属微粒子2と貴金属のナノ粒子3とを混合し、非金属微粒子2に貴金属のナノ粒子3が被覆されたナノシェル構造体1を形成する。非金属微粒子2は、表面がプラスにチャージされている一方、貴金属のナノ粒子3は、表面がマイナスにチャージされている。したがって、これらを混合すると両者の間でクーロン力およびファンデルワールス力が働き、非金属微粒子2の表面に貴金属のナノ粒子3が吸着し、被膜される。なお、非金属微粒子2は、官能基4によってチャージ状態を制御することができる。また、貴金属のナノ粒子3は、その作製過程においてチャージ状態を制御することができる。

【0021】
被覆率に応じて非金属微粒子2と貴金属のナノ粒子3との混合比が適宜調整される。被覆率100%の場合、図1に示すように、1つのポリスチレン粒子に対して複数層の金のナノ粒子を被覆する必要があり、結果として約25000個の金のナノ粒子が必要となる。このため、例えば被覆率100%のナノシェル構造体1を形成するために、ポリスチレンに対する金の混合比をAu/PS=100/1とする。なお、被覆率は、複数のナノ粒子3により形成されるナノ粒子間ギャップとナノシェル構造体1に吸着する検出物質との関係に応じて適宜設定される。また、貴金属のナノ粒子3の粒子個数が少ないと非金属微粒子2同士が凝集するため、貴金属のナノ粒子3の混合率は被覆率に基づいて計算される理論値より多くなるようにすることが好ましい。これにより、1つの非金属微粒子2に複数層の貴金属のナノ粒子3が被覆され、検出物質が吸着するホットスポットの数を増やしたり、ナノシェル構造体1をより安定的に形成することができる。

【0022】
なお、非金属微粒子2は、ポリスチレンに限られない。例えば、非金属微粒子2として、シリカ(SiO2)、アルミナ(Al2O3)、カーボン、フラーレン、グラファイト、酸化チタン(TiO2)、チタン酸バリウム(BaTiO3)、チタン酸鉛PbTiO3、ヒドロキシアパタイト、ポリマーラテックス、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、酸化カルシウム(CaO)、酸化マグネシウム(MgO)、ダイアモンド、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)等を採用可能である。また、貴金属のナノ粒子3も金粒子に限られない。例えば、銀や銅等の粒子も採用可能である。

【0023】
また、官能基4は、アミジンに限られない。例えば、官能基4として、Poly(anetholesulfonic acid, sodium salt)、Poly(sodium 4-styrenesulfonate)、Poly(4-styrenesulfonic acid), Poly(allylamine hydrocholoride)、Poly(diallydimethylammonium chloride)、ポリエチレンイミン(Polyethylenimine)、ポリエチレングリコール(Poly(ethyleneglycol)、PEG)、PEG-aniIgG、ポリ(γ-メチル-L-グルタメート-co-L-グルタミン酸)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)、bis-4,4’-(dithiobutylbenzeyl)-N,N,N’,N’-tetraethylamine(TBA)、ペプチド鎖、DNAまたはRNA、レドックス反応を起こす官能基を接続したDNAまたはRNA、チオール基等を採用可能である。例えば、刺激応答性のポリペプチドは、周囲の条件により、α—へリックス構造、βシート構造、ランダムコイル構造をとることが知られており、周囲にある環境との相互作用による表面増強ラマンスペクトルの変化が期待される。

【0024】
上記非金属微粒子2および官能基4を適宜組み合わせることにより、ナノシェル構造体1を形成することができる。例えば、上記ポリスチレンにアミジンが接続されたナノシェル構造体1の他に、負帯電のシリカにカチオン性高分子電解質であるポリエチレンイミンが接続されたナノシェル構造体1を形成することができる。

【0025】
図3は図1に示すナノシェル構造体を用いた表面増強ラマン測定装置の概略構成を示す模式図である。図3に示すように、本実施形態の表面増強ラマン測定装置5は、図1に示すナノシェル構造体1を含む溶液を収納する収納部6と、収納部6内に配置された一対の電極7と、一対の電極7近傍の所定領域に所定の光を照射する光照射部8と、所定領域で生じる表面増強ラマンスペクトルを測定する測定部9と、制御部10と、を備えている。収納部6には、ナノシェル構造体1および測定試料Sを含む溶液が収納される。この溶液の溶媒は例えば超純水等、表面増強ラマンに影響を与えない液体が用いられる。光照射部8は、例えば近赤外の波長を有するレーザ(例えば785nmの波長を有し、出力30mWのレーザ)等が適用できる。測定部9は、例えば顕微ラマン分光器等のラマン分光器等が適用できる。

【0026】
制御部10は、一対の電極7への交流電圧の印加の実行を制御するよう構成される。さらに、制御部10は、交流電圧の周波数を設定可能に構成される。制御部10は、マイクロコンピュータ等が適用できる。制御部10は、収納部6にナノシェル構造体1および測定試料Sを収納した状態で、一対の電極7間に所定の周波数を有する交流電圧を印加することにより、ナノシェル構造体1と測定試料Sとを誘電泳動させる。これにより、一対の電極7のうちの少なくとも一方の電極上または周囲においてナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物が凝集する。

【0027】
一対の電極7近傍におけるナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物の凝集態様は、測定試料Sの電気的特性と一対の電極7へ印加する交流電圧の周波数とに関連して変化する。図4は交流電圧を印加した電極近傍にナノシェル構造体が凝集する様子を示す図である。図4(a)は、電極への電圧印加前の様子を示し、図4(b)は、電極への電圧印加後の様子を示す。何れの図においても明るい部分が電極7であり、電極7上の黒い影がナノシェル構造体1である。図4(a)に示す状態から100kHzの交流電圧を電極7に印加すると、図4(b)に示すように、ナノシェル構造体1が電気泳動により泳動し、電極7上の中央部にナノシェル構造体1が凝集する様子が観察できる。

【0028】
さらに、制御部10は、一対の電極7に印加する交流電圧の周波数を変更することによりナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物を凝集させる位置を制御可能に構成される。図5は電極に印加する交流電圧の周波数変化によるナノシェル構造体の凝集態様の変化を示す図である。図5においても明るい部分が電極7であり、電極7上の黒い影がナノシェル構造体1である。ナノシェル構造体1は上述したポリスチレンに金ナノ粒子が被覆されたものを使用した。

【0029】
図5の状態aは、電極7への電圧印加前の状態を示している。状態aにおいては、ナノシェル構造体1は電極7の両端部に位置している。まず、電極7に1KHzの交流電圧を印加すると、状態bに示すように、電極7の両端部に位置していたナノシェル構造体1が電極7の中央部に向かって誘電泳動し、最終的に状態cに示すように、電極7の中央部にナノシェル構造体1が凝集する。状態cから電極7に印加する交流電圧の周波数を10KHzに変更すると、状態dに示すように、電極7の中央部に凝集していたナノシェル構造体1が電極7の一端部に向かって誘電泳動し、最終的に状態eに示すように、電極7の一端部においてナノシェル構造体1が凝集する。状態eから再び電極7に印加する交流電圧の周波数を1KHzに戻すと、ナノシェル構造体1が電極7の中央部に向かって誘電泳動し、最終的には状態cと同様に電極7の中央部においてナノシェル構造体1が凝集する。

【0030】
このように、制御部10により一対の電極に印加する交流電圧の周波数を変更することで、一対の電極7近傍に凝集されるナノシェル構造体1を容易に制御することができる。

【0031】
上記構成の表面増強ラマン測定装置5によれば、ナノシェル構造体1および測定試料Sを収納部6内で一対の電極7を用いて誘電泳動させることにより、ナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物が一対の電極7近傍に凝集される。この際、ナノシェル構造体1に測定試料Sが吸着される。当該混合物が凝集された領域に光照射部8からの光を照射することにより、ナノシェル構造体1の表面に吸着した検出物質によって表面増強ラマンスペクトルが発生し、これを測定部8で計測することにより、測定試料S中の検出物質が計測される。

【0032】
すなわち、本実施形態によれば、三次元ナノ空間を所定の位置に予め固定された構造物とするのではなく、測定試料Sを吸着し得るナノシェル構造体1を電極7に印加される交流電圧を用いて誘電泳動させることにより、当該電極7の近傍に三次元的に凝集させることにより、電極7の近傍に三次元ナノ空間が構築される。

【0033】
したがって、誘電泳動を利用してナノシェル構造体1を電極7上またはその周囲に凝集させることにより、特別な工程を要することなく高い検出感度を得ることができる三次元ナノ空間を収納部6内の所定の領域(すなわち、光照射部8による光照射領域)上に形成することができる。また、一対の電極7に印加する交流電圧の周波数に応じて誘電泳動を容易に制御できるため、ナノシェル構造体1による三次元ナノ空間を測定者の技量によらず容易かつ安定的に形成することができる。

【0034】
なお、周波数に加えて電極7に印加される電圧または電流の大きさを変えることによって、電極7に凝集するナノシェル構造体1の位置をより複雑に制御することも可能である。

【0035】
図6は一対の電極7のより具体的な構成例を示す平面図である。図6に示す例において、一対の電極7のそれぞれは、幹電極部11と、幹電極部11から延び、それぞれが互いに平行な複数の枝電極部12と、を含む櫛歯電極構造を有している。一対の電極7のうちの一方の電極における複数の枝電極部12が、他方の電極における複数の枝電極部12間に配置される。一対の電極7として上記のような櫛歯電極構造を採用することにより、ナノシェル構造体1をより安定的に電極上または周囲に凝集させることができる。枝電極部11の幅は例えば50~150μmである。一対の電極7の作製方法は、例えばガラス製の収納部6上に、フォトレジストを塗布し、電極形成用のマスクを用いてフォトレジストを露光及び現像し、その上にクロム(Cr)等の密着層および金(Au)等の導電層をそれぞれスパッタにより形成した上で、フォトレジストならびにフォトレジスト上の密着層および導電層を除去することにより、櫛歯状の電極構造を形成する。

【0036】
<実施例>
以下に、ナノシェル構造体1を誘電泳動を用いて電極近傍に凝集させることによる表面増強ラマン測定の効果についての評価実験の結果を示す。図7は本実施例における測定に利用した装置の概要を示す図である。図7(a)は側面図であり、図7(b)は平面図である。図7に示すように、本実施例においては、櫛歯電極構造を有する一対の電極7をスライドガラス13上に作製し、当該電極7の設置領域を含むスライドガラス13の所定領域上に、超純水にナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物を含む溶液を滴下した。さらに、混合物を含む溶液が乾燥によって濃度変化しないようにカバー部材14で所定領域を覆った。なお、本実施例において、ナノシェル構造体1として、上記実施形態で示したポリスチレンに金のナノ粒子が被覆されたものを使用し、測定試料Sとして、1mMの4bpyを使用した。ナノシェル構造体1と測定試料Sとは、ナノシェル構造体:4bpy=4:1となるように混合した。混合物の滴下量は10μlとした。カバー部材14はPDMS(poly(dimethylsiloxane))で作製した。図7(b)に示すように、誘電泳動が生じる電極7上の領域A1と電極7がない領域A2とにそれぞれ光を照射して表面増強ラマンスペクトルを計測した。

【0037】
図8は図7に示す装置を用いて測定した表面増強ラマンスペクトルを示すグラフである。図8に示すように、電極7上の領域A1においては、電極7がない領域A2に比べて4bpyに由来するシャープなスペクトルが得られた。したがって、ナノシェル構造体1および測定試料Sの混合物の誘電泳動により、電極7上の領域において粒子の凝集が生じ、表面増強ラマンスペクトルの感度が高くなったことが示された。

【0038】
さらに、測定試料Sである4bpyの濃度を低くして同様に表面増強ラマンスペクトルを計測した。図9は図7に示す装置を用いて測定した表面増強ラマンスペクトルの測定試料の濃度による変化を示すグラフである。図9は(1)が100nMのときのスペクトルを示し、(2)が10nMのときのスペクトルを示し、(3)が1nMの時のスペクトルを示し、(4)が100pMの時のスペクトルを示す。また、比較例として測定試料Sが存在しない場合(超純水のみの場合)に計測されたスペクトルを破線で示す。また、図10は図9に示すグラフにおける各濃度の1600cm-1での表面増強ラマンスペクトルのラマン強度を示すグラフである。

【0039】
図9に示すように、4bpyに由来する1600cm-1の表面増強ラマンスペクトルは、検体濃度が100pMであっても確認できている。図10に示すように、測定試料Sが存在しない場合に測定される1600cm-1における表面増強ラマンスペクトルのラマン強度は、約20である一方、測定試料Sが存在する場合に測定される1600cm-1における表面増強ラマンスペクトルのラマン強度は、最も低い濃度(100pM)であっても約150以上あった。測定試料Sが存在しない場合のラマン強度(図9の破線で示すスペクトル分布)はノイズとみなせるので、100pMの測定試料Sであっても、当該ノイズより十分大きい強度を検出することができ、測定試料Sが4bpyであることを十分に同定可能と言える。

【0040】
以上より、本実施例の測定装置において、測定試料Sにおける検出物が非常に低い濃度であっても、表面増強ラマンスペクトルを計測することが可能であることが示された。したがって、本実施例の測定装置において表面増強ラマンスペクトルを高感度に測定できることが示される結果となった。

【0041】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変更、修正が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の表面増強ラマン測定方法および表面増強ラマン測定装置は、三次元ナノ空間を容易に形成し、かつ、高い検出感度を得るために有用である。
【符号の説明】
【0043】
1 ナノシェル構造体
2 非金属微粒子
3 ナノ粒子
4 官能基
5 表面増強ラマン測定装置
6 収納部
7 電極
8 光照射部
9 測定部
10 制御部
11 幹電極部
12 枝電極部
図面
【図1】
0
【図3】
1
【図6】
2
【図7】
3
【図8】
4
【図9】
5
【図10】
6
【図2】
7
【図4】
8
【図5】
9