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明細書 :脊髄におけるシナプス形成ニューロンを誘導する中枢神経系前駆細胞

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3763749号 (P3763749)
公開番号 特開2002-281962 (P2002-281962A)
登録日 平成18年1月27日(2006.1.27)
発行日 平成18年4月5日(2006.4.5)
公開日 平成14年10月2日(2002.10.2)
発明の名称または考案の名称 脊髄におけるシナプス形成ニューロンを誘導する中枢神経系前駆細胞
国際特許分類 C12N   5/06        (2006.01)
A61K  35/24        (2006.01)
A61K  45/00        (2006.01)
A61P  25/00        (2006.01)
C12N   5/02        (2006.01)
C12Q   1/02        (2006.01)
FI C12N 5/00 E
A61K 35/24
A61K 45/00
A61P 25/00
C12N 5/02
C12Q 1/02
請求項の数または発明の数 13
全頁数 11
出願番号 特願2001-093881 (P2001-093881)
出願日 平成13年3月28日(2001.3.28)
審査請求日 平成15年1月28日(2003.1.28)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】岡野 栄之
【氏名】小川 祐人
個別代理人の代理人 【識別番号】100107984、【弁理士】、【氏名又は名称】廣田 雅紀
審査官 【審査官】田村 明照
参考文献・文献 The Journal of Neuroscience, Vol.18,No.2,pp.763-778 (1998)
Science, Vol.255,pp.1707-1710 (1992)
神経進歩、2001.02.10、第45巻第1号第45-53頁
細胞工学、2000.02.22、Vol.19、No.3、p.392-397
現代医療、1999.12.10、Vol.31、No.12、p.3011-3017
Nature Medicine, Vol.5, pp.1410-1412 (1999)
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.96, pp.4089-4094 (1999)
Science, Vol.285, pp.754-756 (1999)
Cell, Vol.96,pp.25-34 (1999)
J.Neurosci., Vol.20,pp.8727-8735 (2000)
Journal of Neuroscience Research, Vol.69,pp.925-933 (2002)
調査した分野 C12N 5/00
BIOSIS/WPI(DIALOG)
PubMed
JSTPlus(JOIS)
特許請求の範囲 【請求項1】
ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することにより得られるニューロスフィアに由来する中枢神経系前駆細胞であって、かつ、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンを誘導することができる中枢神経系前駆細胞。
【請求項2】
ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することにより得られるニューロスフィアに由来する中枢神経系前駆細胞であって、かつ、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞。
【請求項3】
脊髄が、損傷脊髄であることを特徴とする請求項1又は2記載の中枢神経系前駆細胞。
【請求項4】
脊髄が、ヒト脊髄であることを特徴とする請求項1~3のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞。
【請求項5】
ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することによりニューロスフィアを得ることを特徴とする、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンを誘導することができる中枢神経系前駆細胞の調製方法。
【請求項6】
ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することによりニューロスフィアを得ることを特徴とする、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞の調製方法。
【請求項7】
損傷脊髄内で誘導することができる請求項5又は6記載の中枢神経系前駆細胞の調製方法。
【請求項8】
ヒト脊髄内で誘導することができる請求項5~7のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞の調製方法。
【請求項9】
少なくとも脊髄内で、請求項1~4のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞又は該細胞から誘導されるニューロンと、被検物質とを接触させ、前記中枢神経系前駆細胞から誘導されたニューロンにおけるシナプス形成の程度を評価することを特徴とするシナプス形成促進物質又は抑制物質のスクリーニング方法
【請求項10】
請求項1~4のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を有効成分とすることを特徴とする神経損傷又は神経機能改善治療薬
【請求項11】
脊髄内に導入して用いることを特徴とする、請求項10に記載の神経損傷又は神経機能改善治療薬
【請求項12】
請求項1~4のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を脊髄に移植して用いることを特徴とする、請求項10に記載の神経損傷又は神経機能改善治療薬
【請求項13】
請求項1~4のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を有効成分とすることを特徴とする、ニューロン、オリゴデンドロサイト又はアストロサイトのいずれかの脊髄内誘導剤
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロン等を誘導することができる中枢神経系前駆細胞(CNS-NPC)や、かかる中枢神経系前駆細胞の調製方法や、かかる中枢神経系前駆細胞等を用いたシナプス形成促進物質又は抑制物質のスクリーニング方法などに関する。
【0002】
【従来の技術】
脊髄損傷は外傷により脊髄組織が損傷され、脊髄機能が障害される疾患である。この疾患に対する治療法は現在のところ、外傷を受けた直後に生じる化学的な二次的損傷を最小限とどめることを目的としたステロイド大量投与療法と、残存機能を最大限に活用することを目的としたリハビリテーション療法や筋移行術等の手術療法などが行われている。ステロイド剤の中ではメチルプレドニゾロンの大量投与が脊髄損傷に伴う神経症状の改善に有効であると報告されている(J.Spinal Disord. 5(1), 125-131, 1992)が、ステロイド剤の大量投与は全身的副作用も強く発現し、コントロールが難しいことに加えて、感染症を伴う脊髄損傷では感染防御機能低下をきたすという問題点がある。また、さらに現在ステロイド大量投与療法の有効性についてさえ議論されている。現在、脊髄損傷に対する治療法は、急性期の組織傷害を最小限にとどめるための治療法と残存機能を最大限に活用する治療法が行われているが、傷害により失われたニューロンの再生や断列した軸索の再伸長を認めない成人脊髄においては、損傷脊髄の再生を目的とした治療法は未だ確立されていない。
【0003】
その他、脊髄損傷の治療方法として報告されているものは、インビトロで炎症関連サイトカインにより前処理された神経膠星状細胞を中枢神経系(CNS)中の損傷部位に、治療上有効な量を移植する方法(特表2000-503983号公報)や、同種の単核貪食細胞(単球、マクロファージ等)を、損傷または疾患部位に、あるいはその近傍の中枢神経系(CNS)に投与することにより、哺乳動物CNSにおける神経軸索再生を促進する方法(J. Mol. Med. 77, 713-717, 1999、J. Neurosci. 19(5), 1708-16, 1999、Neurosurgery 44(5), 1041-5, 1999、Trends. Neurosci 22(7), 295-9, 1999)(特表平11-513370号公報)などがある。また、明確な機序は不明であるが、spinal cord homogenateによるvaccinationや髄鞘蛋白質であるmyelin basic proteinに特異的なT細胞を投与することにより、脊髄損傷後の運動維持の回復を促進させたという報告もなされている(Neuron 24, 639-647, 1999、Lancet 354, 286-287, 2000)。
【0004】
一方、培養細胞を用いた脊髄損傷に対する移植実験としては、マウスES細胞より分化させた中枢神経系前駆細胞(CNS-NPC)を脊髄損傷モデルラットに移植し機能改善が得られたとの報告がある(Nat. Med. 5, 1410-1412, 1999)。しかし、この方法はES細胞を用いている点で倫理的な問題があり、またCNS-NPCへのES細胞からの分化誘導についても未だ充分には確立されているとはいえず移植部位での奇形種の発生が危惧されている。また、脊髄再生を目的とし胎児脊髄を移植する実験はラットや猫の脊髄損傷モデルを用いて行われており、移植による損傷脊髄機能の改善が報告されている(J. Neurosci. 18, 763-778, 1998、Brain Pathol. 5, 451-457, 1995他)が、臨床応用へは至ってはいない。この原因の一つとして、一度の移植に対し複数の胎児からの脊髄が必要となるためにドナーとなる胎児脊髄の確保が困難であることが挙げられる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
脊髄損傷を含む中枢神経系の損傷は極めて治療困難な疾患で、前記のように現在まで有効な治療法がなく、新たな治療法の開発が強く望まれている。また近年交通事故の増大や高齢化に伴い、脊髄損傷に罹患する患者数は増加する傾向にあり、大きな社会問題となっている。本発明の課題は、損傷又は機能が失われた脊髄に移植することにより、シナプス形成能を有するニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイト等を誘導することができる中枢神経系前駆細胞や、かかる中枢神経系前駆細胞の調製方法や、かかる中枢神経系前駆細胞等を用いた、シナプス形成促進物質若しくは抑制物質のスクリーニング方法又は神経損傷若しくは神経機能改善治療薬等を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために、本発明者らは、文献(Science 255, 1707-1710, 1992)記載の方法によりラット胎生14.5日目の胎児脊髄組織を培養することによって獲得した中枢神経系前駆細胞(CNS-NPC)を、脊髄損傷モデルラットに損傷後9日目で損傷部に直接注入することにより、損傷部に移植細胞由来のニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイト等を誘導することができ、さらに、かかる移植細胞由来のニューロンの軸索にミエリンが形成され、シナプスを形成することによって脊髄機能が改善されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、(1)ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することにより得られるニューロスフィアに由来する中枢神経系前駆細胞であって、かつ、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンを誘導することができる中枢神経系前駆細胞や、(2)ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することにより得られるニューロスフィアに由来する中枢神経系前駆細胞であって、かつ、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞や、(3)脊髄が、損傷脊髄であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の中枢神経系前駆細胞や、(4)脊髄が、ヒト脊髄であることを特徴とする上記(1)~(3)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞に関する。
【0008】
また本発明は、(5)ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することによりニューロスフィアを得ることを特徴とする、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンを誘導することができる中枢神経系前駆細胞の調製方法や、(6)ヒト胎児の脊髄組織から得られた細胞をFGF-2、EGF及び白血病阻害因子を添加した培地中で浮遊培養することによりニューロスフィアを得ることを特徴とする、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞の調製方法や、(7)損傷脊髄内で誘導することができる上記(5)又は(6)記載の中枢神経系前駆細胞の調製方法や、(8)ヒト脊髄内で誘導することができる上記(5)~(7)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞の調製方法に関する。
【0009】
さらに本発明は、(9)少なくとも脊髄内で、上記(1)~(4)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞又は該細胞から誘導されるニューロンと、被検物質とを接触させ、前記中枢神経系前駆細胞から誘導されたニューロンにおけるシナプス形成の程度を評価することを特徴とするシナプス形成促進物質又は抑制物質のスクリーニング方法や、(10)上記(1)~(4)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を有効成分とすることを特徴とする神経損傷又は神経機能改善治療薬や、(11)脊髄内に導入して用いることを特徴とする、上記(10)に記載の神経損傷又は神経機能改善治療薬や、(12)上記(1)~(4)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を脊髄に移植して用いることを特徴とする、上記(10)に記載の神経損傷又は神経機能改善治療薬や、(13)上記(1)~(4)のいずれか記載の中枢神経系前駆細胞を有効成分とすることを特徴とする、ニューロン、オリゴデンドロサイト又はアストロサイトのいずれかの脊髄内誘導剤に関する。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の中枢神経系前駆細胞としては、脊髄内、特に脊髄が損傷しているヒト等の脊椎動物の脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロン、好ましくは該シナプス形成能を有するニューロンに加えて、オリゴデンドロサイト、アストロサイト等を誘導することができる脊椎動物由来の中枢神経系前駆細胞であれば特に制限されるものではなく、上記脊椎動物としては、ヒト、ラット、ネズミ、ネコ、サル、ヤギ、ウサギ、イヌ、ウシ、ヒツジ、ゼブラフィッシュ、メダカ、サメ、カエル等の脊椎動物を具体的に挙げることができるが、これらに限定されるものではない。そして、中枢神経系前駆細胞がヒト中枢神経系前駆細胞の場合、無制限に移植細胞を獲得することが可能で、かつドナー不足を解消することができるという点から、中絶した胎児由来の脊髄から調製したものがより好ましい。
【0011】
本発明の、脊髄内で、好ましくは損傷脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンを誘導することができる中枢神経系前駆細胞や、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞の調製方法としては、脊髄由来の神経幹細胞をサイトカインの存在下で培養する方法であれば特に制限されるものではなく、サイトカインの存在下で培養した脊髄由来の神経幹細胞を損傷脊髄内に導入・移植することにより、損傷脊髄内でニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトに誘導することができる。また、損傷脊髄の由来と神経幹細胞の由来は同一あるいは相異なっていてもよいが、ヒト由来の損傷脊髄やヒト脊髄由来の神経幹細胞を用いることが好ましい。例えばヒト脊髄由来の神経幹細胞をラット損傷脊髄内に導入・移植することができる。そして、ヒト脊髄由来の神経幹細胞を用いる場合は、中絶したヒト胎児における脊髄由来の神経幹細胞を用いることが好ましい。
【0012】
脊髄由来の神経幹細胞をサイトカインの存在下で培養する培養方法としては、特に制限されないが、採取した脊髄を常法に従ってトリプシン処理した後ピペッティング等により細胞を分散し、これらの細胞を、神経幹細胞の選択的培養法であるニューロスフェア(Neurosphere)法(Science 255, 1707-1710, 1992)により、37℃で、7~10日間浮遊培養する方法を好適に例示することができる。この浮遊培養法により、神経幹細胞を多く含む細胞集団であるニューロスフェア(Neurosphere)と呼ばれる細胞塊が得られるが、このマリモのようなニューロスフェアをピペッティング等により細胞ひとつひとつに分け、再び同条件で浮遊培養してニューロスフェアを得る継代培養を2~4回繰り返すことにより、移植用の神経幹細胞を充分量確保することができる。浮遊培養用の培養液としては、無血清のDMEM/F12培地が好ましく、また上記培養液に用いるサイトカインとしては、IL-12、IL-1α、IL-1β、IFN-γ、TNF-α、FGF-2、GM-CSF、IL-4等を具体的に例示することができ、また、これらのサイトカインから選ばれる1種又は2種以上の組み合わせであってもよいが、中でもFGF-2(塩基性繊維芽細胞増殖因子)が好ましい。また、サイトカインと併せて、EGF(上皮増殖因子)や、NGF(神経成長因子)や、PDGF(血小板由来増殖因子)や、神経ペプチドや、白血病阻害因子などを用いてもよい。
【0013】
本発明の中枢神経系前駆細胞を用いると、シナプス形成促進物質又はシナプス形成抑制物質をスクリーニングすることができる。かかるシナプス形成促進物質又は抑制物質のスクリーニング方法としては、例えば、少なくとも脊髄内で、本発明の中枢神経系前駆細胞又はかかる細胞から誘導されるニューロンと、被検物質とを接触させ、前記中枢神経系前駆細胞から誘導されたニューロンにおけるシナプス形成の程度を評価する方法を挙げることができ、前記中枢神経系前駆細胞又はかかる細胞から誘導されるニューロンと被検物質との接触方法としては、中枢神経系前駆細胞と被検物質との混合物を損傷脊髄内に移植する方法や、被検物質を経口投与した後、中枢神経系前駆細胞を損傷脊髄内に移植する方法や、中枢神経系前駆細胞を損傷脊髄内に移植し、誘導されたニューロンに被検物質を注入する方法などを具体的に例示することができる。また、シナプス形成の程度を評価する方法としては、電子顕微鏡的観察や、シナプトフィジーに対する免疫組織学的解析による方法などを例示することができる。そして、かかるスクリーニング方法により得られるシナプス形成促進物質としては、例えば、BDNF、NT-3、NGF等を具体的に挙げることができ、シナプス形成抑制物質としては、セマフォリン、Nogo、MAG等を例示することができるが、本発明におけるシナプス形成促進物質やシナプス形成抑制物質は、シナプス形成促進作用やシナプス形成抑制作用が従前知られていない物質を意味する。
【0014】
本発明の神経損傷又は神経機能の改善治療薬としては、前記中枢神経系前駆細胞を有効成分とするものや、前記中枢神経系前駆細胞及び上記シナプス形成促進物質を有効成分とするものであればどのようなものでもよい。かかる中枢神経系前駆細胞やシナプス形成促進物質を神経損傷又は神経機能不全疾患治療薬として用いる場合は、薬学的に許容される通常の担体、免疫抑制剤、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張剤などの各種調剤用配合成分を添加することができる。またかかる治療剤は、例えば溶液、乳剤、懸濁液等の剤型にしたものを注射の型で非経口的に脊髄損傷部位等の局所に投与することができる。
【0015】
本発明の神経損傷又は神経機能疾患の改善治療方法としては、上記神経損傷又は神経機能改善治療薬を脊髄内に導入する方法や、前記中枢神経系前駆細胞を脊髄内に注入・移植する方法を挙げることができ、かかる治療方法により、中枢神経系前駆細胞から誘導されたニューロンにおけるシナプス形成が生起し、神経損傷又は神経機能疾患の改善を図ることができる。また、本発明のニューロン、オリゴデンドロサイト又はアストロサイトのいずれかの脊髄内誘導方法としては、本発明の中枢神経系前駆細胞を脊髄に直接注入して移植する方法であり、これにより損傷部脊髄組織内に中枢神経系を構成する主な細胞であるニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトを誘導することが可能となる。また、本発明は、本発明の中枢神経系前駆細胞を脊髄に移植することにより誘導されたニューロンに形成されたシナプスに関する。かかるシナプス形成によって、損傷により傷害された脊髄機能の改善が認められる。
【0016】
【実施例】
以下に、実施例を揚げてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
参考例1(ラット胎児脊髄由来の移植用細胞の調製)
スプラーグ-ダウリー(Sprague-Dawley)ラットの胎生14.5日目の胎児より脊髄を採取し、かかる脊髄を常法に従ってトリプシン処理した後ピペッティングにより細胞を分散し、これらの細胞を、神経幹細胞の選択的培養法であるニューロスフェア法により培養した。上記培養は、増殖因子として塩基性繊維芽細胞増殖因子(FGF-2)を含む無血清DMEM/F12培地を使用し、37℃で1週間浮遊培養し、神経幹細胞を多く含む細胞集団であるニューロスフェアと呼ばれる細胞塊を得た。このニューロスフェアをピペッティングにより細胞一つひとつに分け、再び同条件で浮遊培養してニューロスフェアを得た。かかる継代培養を2~4回繰り返し、移植用の神経幹細胞を充分量獲得した。得られた細胞を赤色の蛍光を発する蛍光物質であるブロモデオキシウリジン(Bromodeoxyuridine;BrdU)でラベルした。
【0017】
参考例2(脊髄損傷モデルラットへの神経幹細胞の移植)
脊髄損傷モデル成体ラット(SDラットの雌、体重200~230gを使用)は、Holtzらの方法(Surg. Neurol. 31, 350-360,1989)に従い重錘圧迫法を用いて作製した。具体的には第4、5頸椎(C4、C5)椎弓切除後、35gの重錘を第4、5頸椎高位で脊髄背側から脊髄上に15分間静置することにより作製した(図1:参考写真1参照)。損傷後9日目に、脊髄損傷部に生じた空洞内へマイクロシリンジを用いて手術用顕微鏡下に、参考例1で得られた神経幹細胞を5~10×10個/ml含む培養液30μlを注入することにより移植した。
【0018】
移植後5週間目に移植したラットをパラホルムアルデヒドで還流固定し、移植部脊髄を取り出して組織学的検討を行った。その結果を図2(参考写真2参照)に示す。図2aは、培地だけを移植した脊髄損傷動物の損傷部位を示し、損傷により空洞形成が生じていることがわかる。図2b-1は、BrdUで前標識した神経幹細胞を移植した脊髄損傷動物の損傷部位を示し(スケールバー250μm)、b-2はb-1の拡大図である(スケールバー100μm)。図2cは、ニューロンに分化したドナー細胞(茶色:ニューロンマーカーのHu、灰色:BrdU)を示し、図2dは、オリゴデンドロサイトに分化したドナー細胞(茶色:オリゴデンドロサイトマーカーのCNP、灰色:BrdU)を示し、図2eは、アストロサイトに分化したドナー細胞(茶色:アストロサイトマーカーのGFAP、灰色:BrdU)を示す。これらの結果から、移植部に移植細胞由来のニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトが存在していることが確認できた。ニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトの確認には、それぞれ抗Hu抗体、抗2′3′-cyclic nucleotide 3′-phosphohydrolase抗体、抗Glial fibrillary acidic protein抗体を用いた。また、ニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトに分化した細胞が、移植した神経幹細胞に由来することは、ブロモデオキシウリジン標識により確認した。
【0019】
一方、移植後5週間目で、前肢で小さな餌を取りこれを口にもっていくという動作について機能評価を行った(図3:参考写真3参照)。図3aはペレット検索テスト(pellet retrieval test)の様子を示しており、2.5cmの直方体のボックスを4列3段に並べ、鉄の棒で仕切ることにより、前足でしかボックス中に置かれた小さなペレット状の餌を取れない装置を作製した。各ボックスに5個ずつペレット状の餌を入れ、15分間で取れた餌の数を記録した。かかるテストのプロトコールとしては、餌を制限しながら1週間プレトレーニングを行い、その後前記重錘圧迫法による手術を行い、移植後4週間再度同様なプレトレーニングを行い、5週目に2日間連続してテストするというものである。結果を図3bに示す。図3bに示されるように、脊髄損傷のない対照動物群(ope(-);n=10)80.30±0.84、脊髄損傷を加えて移植を行っていない群(SCI;n=8)47.12±5.76、脊髄損傷を加えて培地だけを移植した群(SCI+med;n=9)50.11±4.19、脊髄損傷を加えて神経幹細胞を移植した群(SCI+TP;n=13)67.85±2.02であり、移植を行わなかった対照群に比べ移植群で、統計学的に有意な機能改善が認められた(Mann-Whitney U-test)。かかる前肢の巧緻運動の結果から、移植により機能改善が認められることが確認できた。
【0020】
実施例1(脊髄損傷モデルへのラット胎児脊髄由来CNS-NPCの移植実験における移植細胞由来ニューロンのホスト神経回路網への導入の確認)
ニューロンで特異的にEYFP(enhanced yellow fluorescent protein)を発現するトランスジェニックラット由来の移植細胞を調製し、参考例2と同様の方法で移植を行い、移植後5週間目に移植部脊髄を取り出した。上記EYFPを発現するトランスジェニックラットは、文献(Sawamoto et al. J.Neurosci. in press)記載の方法に準じて作製した。すなわち、神経系において発現するTα-1チューブリン遺伝子の1.1kbのプロモーター因子の制御下にあるFYFPcDNAを文献(J. Neurosci. 14, 7319-7330, 1994)記載の方法により精製し、このcDNAをラット受精卵の前核にマイクロインジェクションした後、かかる受精卵を仮親のSDラットに戻し、トランスジェニックラットを作製した。かかるトランスジェニックラットは、ラットの尾よりゲノムDNAを抽出し、導入したEYFPcDNAに特異的なプライマーを用いてPCR法により同定した。移植細胞由来のニューロンがホスト脊髄内で分化・生存していることの確認は、移植部脊髄を抗EYFP抗体で染色することにより行った。結果を図4a~dに示す(参考写真4参照)。図4aは、すべてのEYFP発現細胞が、Hu陽性のニューロンであることを示している(スケールバー5μm)。図4bは、移植後にホスト脊髄内でドナー細胞が分裂し、ニューロンへと分化した状態を示している(スケールバー5μm)。図4cから、EYFP陽性のドナー由来のニューロンが、ホスト脊髄内の長軸方向へ軸索を伸ばしていることが観察される(スケールバー50μm)。図4dから、EYFP陽性のドナー由来のニューロンの周辺にSynaptophysin陽性のシナプス小胞の集積がみられる(スケールバー5μm)。
【0021】
また、この組織を抗EYFP抗体で染色した後に、電子顕微鏡で検索した結果を図4e~hに示す(参考写真4参照)。図4eは、免疫電顕的解析で、EYFP陽性のドナー由来のニューロンの軸索の一部が、ホスト脊髄内で一部有髄化していることを示している(スケールバー0.1μm)。図4fは、EYFP陽性のドナー由来のニューロン(*印)がシナプス前細胞として、ホストのニューロンとシナプス形成していることを示している(スケールバー0.5μm)。図5gは、EYFP陽性のドナー由来のニューロンがシナプス後細胞として、ホストのニューロン(*印)とシナプス形成していることを示している(スケールバー0.2μm)。図5hは、損傷レベルのホストの運動ニューロンとEYFP陽性のドナー由来のニューロンがシナプス形成していることを示している(スケールバーh-1;2μm、h-2;0.5μm)。図4e~hから、EYFP陽性の細胞すなわち移植細胞由来のニューロンの軸索にミエリン形成が認められ、移植細胞由来のニューロンとEYFP陰性のニューロンすなわちホストのニューロンとの間にシナプスが形成されていることが確認された。これにより、移植に用いた神経幹細胞が、脊髄内で、シナプス形成能を有するニューロンの他に、オリゴデンドロサイト及び/又はアストロサイトを誘導することができる中枢神経系前駆細胞であることが確認された。
【0022】
実施例2(ヒト中絶胎児由来CNS-NPCの脊髄損傷モデルラットへの移植実験)
ヒト胎生9週目の中絶胎児より脊髄を採取し、増殖因子としてFGF-2と上皮成長因子(EGF)を使用し、さらに白血病阻害因子を添加した培養液を用いる以外は、参考例1と同様にして移植用細胞を充分量獲得した。また、ラット脊髄損傷モデルは、圧迫圧を35gとしたTatorの方法(J. Neuropathol. Exp. Neurol. 58:489-498,1999)によりラット脊髄損傷モデルを作製し、損傷後9日目に上記得られた移植細胞を脊髄損傷部に生じた空洞内へマイクロシリンジを用いて手術用顕微鏡下で注入した。なお、かかるラット脊髄損傷モデルにおいては、移植日の前日より連日、免疫抑制剤としてシクロスポリン(Cyclosporine A)を体重1gあたり10μg腹腔内に投与した。移植後5週間目における脊髄移植部を抗ヒト細胞核特異抗原に対する抗体で染色したところ移植細胞は移植部に生着していることが確認できた(図5:参考写真5参照)。
【0023】
【発明の効果】
本発明によると、脊髄由来の中枢神経系前駆細胞を損傷脊髄に移植することによってシナプス形成能を有するニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトを誘導することができ、障害された脊髄機能に改善が認められることがラット脊髄損傷モデルを用いた実験で確認された。ヒト胎児脊髄由来の培養中枢神経系前駆細胞を脊髄損傷モデルラットに移植し生着させることも可能となった。これらの技術をさらに発展させることで、脊髄損傷に対する脊髄再生を目的とした新規の治療法が開発されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】 重錘圧迫法によるラット頚椎レベルにおける脊髄損傷モデルの作製の説明図である。
【図2】 移植神経幹細胞のホスト脊髄内における分化を示す図である。
【図3】 神経幹細胞移植に伴う前肢巧緻行動の試験方法(a)とその回復結果(b)を示す図である。
【図4】 ドナー細胞のホスト脊髄内におけるニューロン分化とシナプス形成を示す図である。
【図5】 移植ヒト神経幹細胞のホスト脊髄損傷ラットにおける生着を示す図である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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