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明細書 :脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板、およびその製造方法と用途

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6128554号 (P6128554)
公開番号 特開2015-024936 (P2015-024936A)
登録日 平成29年4月21日(2017.4.21)
発行日 平成29年5月17日(2017.5.17)
公開日 平成27年2月5日(2015.2.5)
発明の名称または考案の名称 脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板、およびその製造方法と用途
国際特許分類 C03C  19/00        (2006.01)
G01N  33/68        (2006.01)
FI C03C 19/00 A
G01N 33/68
請求項の数または発明の数 8
全頁数 12
出願番号 特願2013-155692 (P2013-155692)
出願日 平成25年7月26日(2013.7.26)
審査請求日 平成28年6月2日(2016.6.2)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
発明者または考案者 【氏名】老木 成稔
【氏名】岩本 真幸
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100125070、【弁理士】、【氏名又は名称】土井 京子
【識別番号】100136629、【弁理士】、【氏名又は名称】鎌田 光宜
【識別番号】100121212、【弁理士】、【氏名又は名称】田村 弥栄子
【識別番号】100122688、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 健二
【識別番号】100117743、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 美由紀
【識別番号】100163658、【弁理士】、【氏名又は名称】小池 順造
【識別番号】100174296、【弁理士】、【氏名又は名称】當麻 博文
審査官 【審査官】宮崎 大輔
参考文献・文献 国際公開第2011/043008(WO,A1)
特開2003-197811(JP,A)
特開2003-020257(JP,A)
特開平03-247528(JP,A)
国際公開第2010/023848(WO,A1)
特開平07-241512(JP,A)
特開平07-256521(JP,A)
調査した分野 C03C15/00-23/00
C03B23/00-35/26,
40/00-40/04
B01J10/00-12/02,
14/00-19/32
G01N33/48-33/98
特許請求の範囲 【請求項1】
脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板の製造方法であって、
ガラス基板素材の一方の主面である第1面に、該面を覆う耐ブラスト性のレジスト層を設けるレジスト層配置工程を有し、該レジスト層には、ガラス基板素材に形成すべき貫通孔の位置に開口部が設けられ、該開口部内にはガラス基板素材の第1面が露出しており、
前記ガラス基板素材に対して、前記レジスト層の上から投射材を吹き付けるショットブラストを行い、該ガラス基板素材に対して該レジスト層の開口部の位置に脂質平面膜形成用の貫通孔を形成するショットブラスト工程を有し、かつ、
該貫通孔の開口の周囲に対して高電圧パルス放電処理を施し、それにより、上記ショットブラストに起因して該貫通孔の開口の周囲に生じていたバリを除去する工程を有する、
前記ガラス基板の製造方法。
【請求項2】
前記のバリを除去する工程よりも後に、前記ガラス基板素材の該貫通孔の開口の周囲を疎水性材料で被覆する工程を更に有する、請求項に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ショットブラスト工程で形成される貫通孔の両端の開口のうち、前記レジスト層の上からのショットブラストの適用に起因して、前記ガラス基板素材の他方の主面である第2面側の開口の形状が、前記第1面側の開口の形状よりも小さい形状となっている、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ガラス基板素材の厚さが150~250μmであり、貫通孔の第1面側の開口の形状が直径100~200μmの円形であり、貫通孔の第2面側の開口の形状が、第1面側の開口の直径の20~60%の直径を持った円形である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
貫通孔の数が複数である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1および3のいずれか1項に記載の製造方法によって得られた、脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板。
【請求項7】
該貫通孔の開口の周囲が疎水性材料で被覆されている、請求項6に記載のガラス基板。
【請求項8】
請求項6または記載の貫通孔を有するガラス基板を用いて膜蛋白質の機能を解析する方法であって、
(i)前記ガラス基板の貫通孔に、膜蛋白質が組み込まれた脂質平面膜を形成する工程、
(ii)該脂質平面膜に組み込まれた状態の該膜蛋白質に、予め定められた刺激を与える工程、および
(iii)前記で与えた前記刺激に対する応答を該脂質平面膜から出力として受け取り、該出力に基いて膜蛋白質の機能を解析する工程
を有する、膜蛋白質の機能解析方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質平面膜を形成するために用いられる貫通孔を持ったガラス基板の製造方法、該製造方法により得られる脂質平面膜形成用のガラス基板、および該基板の用途である膜蛋白質の機能解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質平面膜法は膜蛋白質の機能測定に不可欠な方法であるが、膜蛋白質を膜に再構成するには安定な脂質平面膜(人工膜)を形成する必要がある。例えば、非特許文献1には、ガラス板に金イオンビームを照射して微細孔を形成し、形成された微細孔領域に脂質平面膜を形成する方法が開示されている。また、非特許文献2には、シャープな先端部を有する直径50μm程度のステンレス棒の先端部を加熱し、それをテフロンやポリスチレン等の種々の素材の基板に突き刺して基板を陥入させ、更に陥入部分を基板の反対面に沿って剃刀等により切断することで穴を形成する方法が開示されている。
【0003】
しかし、安定な脂質平面膜の形成は技術的に決して誰にでもできるような容易なものではなかった。特に、低ノイズ記録の前提となる小面積の脂質平面膜を再現性よく形成することは世界中でも限られた研究室でしか実現できなかった。また、たとえ膜が形成されても長時間の実験に耐えられず、大きな膜電位を負荷すると破れる、というように安定な膜の形成は極めて困難であった。
本発明者らの研究によれば、安定な脂質平面膜の形成が技術的に困難である理由は、脂質平面膜を保持するための理想的な形状の微細孔を再現性よく形成させることが困難である点に起因する。
小面積の脂質平面膜を再現性よく形成するような上記研究室では、この問題を試行錯誤を繰り返して微細孔作成技術を確立し、それを研究室の伝統の手技として代々の構成員が継承することによって克服しているが、そのような克服方法には、微細孔の形成に熟練した研究者と多くの時間を要するという問題が付帯する。
【先行技術文献】
【0004】

【非特許文献1】N. Fertig et al., Physical Review E, 2001, 64, 040901
【非特許文献2】W. F. Wonderlin et al., Biophysical Journal, 1990, 58, 289-297
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は当該技術分野における上記の現状に鑑み為されたものであり、長時間安定で、高電位負荷に対する高い耐性を有し、かつ小面積(例えば、直径約50μm)の脂質平面膜を誰にでも再現性よく形成することを可能とするガラス基板の新たな製造方法、およびそれにより得られるガラス基板を提供することを目的とする。本発明はまた、該ガラス基板を用いて行う膜蛋白質の機能解析方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その過程で、本発明者らは、これまで脂質平面膜法のための基板の貫通孔の形成方法として使用された報告がないショットブラスト法をガラス製基板に適用し穿孔することを着想した。
尚、ショットブラスト法によりガラス基板に形成された貫通孔には、加工に起因するバリ(加工に起因して、貫通孔の開口部周囲の縁部においてガラス基板の材料がはみ出した余分な部分)が開口部に生じている場合があり、それによって、安定な膜形成が阻害される場合がある。そこで本発明者らは更に、穿孔後のガラス基板を高電圧パルス放電処理に供したところ、表面に突き出たバリを平滑化することができることを見出した。本発明者らはまた、上記のバリの平滑化後にガラス表面をシリコン処理し、疎水化することによって、形成される脂質平面膜を安定化することを着想した。そして、そのようにして製造されたガラス基板上に脂質平面膜を形成したところ、形成された膜は、より長時間にわたって安定するものであった。
本発明者らはこれらの知見に基づいて更に検討を行い、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は以下を提供する。
[1]脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板の製造方法であって、
ガラス基板素材の一方の主面である第1面に、該面を覆う耐ブラスト性のレジスト層を設けるレジスト層配置工程を有し、該レジスト層には、ガラス基板素材に形成すべき貫通孔の位置に開口部が設けられ、該開口部内にはガラス基板素材の第1面が露出しており、
前記ガラス基板素材に対して、前記レジスト層の上から投射材を吹き付けるショットブラストを行い、該ガラス基板素材に対して該レジスト層の開口部の位置に脂質平面膜形成用の貫通孔を形成するショットブラスト工程を有する、
前記ガラス基板の製造方法。
[2]前記ショットブラスト工程よりも後に、該貫通孔の開口の周囲に対して高電圧パルス放電処理を施し、それにより、上記ショットブラストに起因して該貫通孔の開口の周囲に生じていたバリを除去する工程を更に有する、上記[1]に記載の製造方法。
[3]前記のバリを除去する工程よりも後に、前記ガラス基板素材の該貫通孔の開口の周囲を疎水性材料で被覆する工程を更に有する、上記[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]前記ショットブラスト工程で形成される貫通孔の両端の開口のうち、前記レジスト層の上からのショットブラストの適用に起因して、前記ガラス基板素材の他方の主面である第2面側の開口の形状が、前記第1面側の開口の形状よりも小さい形状となっている、上記[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記ガラス基板素材の厚さが150~250μmであり、貫通孔の第1面側の開口の形状が直径100~200μmの円形であり、貫通孔の第2面側の開口の形状が、第1面側の開口の直径の20~60%の直径を持った円形である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]貫通孔の数が複数である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法によって得られた、脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板。
[8]上記[7]記載の貫通孔を有するガラス基板を用いて膜蛋白質の機能を解析する方法であって、
(i)前記ガラス基板の貫通孔に、膜蛋白質が組み込まれた脂質平面膜を形成する工程、
(ii)該脂質平面膜に組み込まれた状態の該膜蛋白質に、予め定められた刺激を与える工程、および
(iii)前記で与えた前記刺激に対する応答を該脂質平面膜から出力として受け取り、該出力に基いて膜蛋白質の機能を解析する工程
を有する、膜蛋白質の機能解析方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の重要な特徴は、ガラス基板の製造方法において、ガラス基板素材に対する貫通孔の形成方法としてショットブラストを採用した点にある。従来、ショットブラストは、ガラスなどの硬質な基板に対しては、すりガラスの形成に代表されるように表面加工法として用いられており、脂質平面膜形成のための微細な貫通孔を形成する方法としては着目されたことはなかった。
ショットブラストによるガラス基板への穿孔により、従来使用していた薄い(50μm)テフロンシートで発生する高い静電容量を低減させることができ、容量性電気ノイズを著明に減少させることができる。また貫通孔の形状をテーパー状とすることによって、同一の膜面積であっても円柱孔に比べ膜に対する直列抵抗を低減させることができ、これにより抵抗性ノイズを減少できる。
ショットブラストは、従来のようなイオンビーム照射とは異なり、貫通孔の形成において、金属イオンの蒸着(これによって膜の安定性が著明に低下する)が避けられ、さらにショットブラストにより自然なテーパーが生まれ、膜形成を促進するという、格別なる作用効果が得られる。この作用効果は、基板の材料をガラスとしたことによって、最も顕著となる。その理由は、ガラスのシリコンによる疎水化が容易であり、平滑なガラス表面を有機溶媒が移動しやすく薄膜化が促進されるからである。またガラス素材として通常のボロシリケートよりも誘電損失の少ないクオーツガラスを用いれば、ノイズのさらなる低減が可能となる。
【0009】
ショットブラストによって脂質平面膜形成のための微細な貫通孔を形成したことにより、本発明によって得られたガラス基板の貫通孔に形成した脂質平面膜は、長時間安定で、高電位負荷に対する高い耐性を有し、かつ小面積(例えば、直径約50μm)でありながら膜形成の再現性が良好である。それにより、膜蛋白質機能の基礎研究用の高精度測定のための汎用的手段が確立される。また、そのようなガラス基板は、多チャンネル機能測定系への基本要素技術となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明の製造方法を示した概略図である。
【図2】図2は、本発明の製造方法によって得られたガラス基板の貫通孔の寸法を説明するための図である。
【図3】図3は、ショットブラストに起因して貫通孔の開口周囲に形成されたバリとその処理を説明するための図である。
【図4】図4は、本発明のガラス基板の貫通孔に、膜蛋白質が組み込まれた脂質平面膜が形成された様子を説明する断面図である。
【図5】本発明のガラス基板を用いた匂いセンサデバイスの構造を示す図である。図5(a)は分解組立図、図5(b)は断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
先ず、本発明の製造方法とそれによって得られるガラス基板を詳細に説明する。
本発明の製造方法は、脂質平面膜を形成するための貫通孔を有するガラス基板の製造方法であって、先ず、図1(a)に示すように、貫通孔形成前のガラス基板であるガラス基板素材1の一方の主面である第1面1aに、該面を覆うレジスト層2を設けるレジスト層配置工程を有する。
レジスト層は、所謂マスキングであって、後工程のショットブラスト工程におけるショットブラスト加工からガラス基板素材を保護し得る耐ブラスト性を有するものであればよい。
該レジスト層2には、ガラス基板素材1に形成すべき貫通孔の位置に開口部2hが設けられ、該開口部内にはガラス基板素材1の第1面1aが露出している。
本発明の製造方法は、次に、図1(b)に示すように、前記ガラス基板素材1に対して、前記レジスト層2の上から投射材を吹き付けるショットブラストを行い、該ガラス基板素材に対して該レジスト層の開口部の位置に貫通孔1hを形成するショットブラスト工程を有する。
レジスト層は、その後、除去すればよく、また、該レジスト層が付帯したままのガラス基板を完成品として利用してもよい。図1(c)は、レジスト層を除去したガラス基板である。

【0012】
ガラス基板素材は、貫通孔が形成される前のガラス基板である。よって、以下のガラス基板素材の材料や外形に関する説明は、ガラス基板の材料や外形に関する説明でもある。
本発明の方法においては、基板素材の材料(=基板の材料)としてガラスが用いられる。これは、一般に、脂質平面膜形成用の基板には、絶縁性が高く、有機溶媒および強酸に対して耐性があるといった特性が求められ、ガラスはこれらの特性において優れているためである。また、ガラスは、可視光に対する高い透過性により顕微鏡観察下での操作性を容易にするという点でも有利である。
ガラスは、ケイ酸塩(二酸化ケイ素を含む)を主原料とする一般的なものであってよく、機械的強度、耐薬品性、光学的な特性など、必要な性質に応じて種々の添加物を加えたものであってもよい。ガラス素材の中でも硼珪酸ガラスのみならずクオーツガラス(石英ガラス)も使用可能であり、この場合、強度のみならずノイズの低減が期待できる。

【0013】
ガラス基板素材は、目的に応じて湾曲したものや、厚さが局所的に変化したものであってもよいが、厚さが均一な平板が汎用的で好ましい。
ガラス基板素材の外周形状としては、使用箇所に適合する任意の形状であってよく、例えば、長方形(正方形を含む)、円形、楕円形、多角形、異形などが挙げられる。
ガラス基板素材の外周形状は、ガラス基板の使用目的、即ち、装置へのセットに必要な外形や、ガラス基板に形成される貫通孔の個数等に応じて変動するが、例えば、長方形の場合、その1辺の長さは、5mm~15mm程度が挙げられる。

【0014】
ガラス基板素材の厚さは、特に限定はされないが、ショットブラストによって貫通し得る厚さである点や、ガラス基板に必要な十分な強度を得る点から、100μm~300μm、好ましくは150μm~250μm、より好ましくは約200μmである。ガラス基板素材の厚さが100μmを下回ると、ガラス基板に必要な十分な強度が得られないため好ましくない。一方、ガラス基板の厚さが300μmを上回ると、ショットブラストによって貫通することが困難となるため好ましくない。ただし、クオーツガラスなどでは強度が高く、さらに薄いものも使用可能である。

【0015】
本発明の方法により製造されたガラス基板は、脂質平面膜を形成するための少なくとも1つの貫通孔を有する。貫通孔の個数に特に制限はない。例えば、後述するように、複数種類の膜蛋白質をガラス基板内の異なる貫通孔に形成された脂質平面膜に組み込む系のために、貫通孔は複数であってもよい。

【0016】
形成される脂質平面膜の安定性は、膜を支持する構造物に大きく依存するため、貫通孔のサイズ、形状、化学的性質等の条件を適切に設定することは重要である。以下にこれらの条件について説明する。

【0017】
本発明の方法では、ショットブラスト工程において、ガラス基板に対してレジスト層の上から投射材と呼ばれる粒体(研磨粒子など)を吹き付けることにより貫通孔を形成する。該加工法に起因して、図2に示すように、ガラス基板素材(図2ではガラス基板1A)の他方の主面である第2面1b側の貫通孔の開口の形状は、第1面1a側の開口の形状よりも小さいものとなっている。よって、貫通孔はテーパー状となる。
このテーパー状の貫通孔が、好ましい脂質平面膜の形成に寄与する。即ち、脂質平面膜形成時には、通常、デカンなどの有機溶媒に溶解したリン脂質溶液を微細孔の片側から塗り付けるが、テーパー状の微細孔であれば脂質平面膜は必ず孔が最も狭くなったガラス基板表面付近に形成する。これに対し、ストレート形状の微細孔では脂質平面膜が形成する位置が定まらず、形成した膜も長時間安定ではない。加えて膜に対して直列となる電気抵抗(これを直列抵抗と呼ぶ)がテーパー型の方が低減する。直列抵抗はノイズ源のみならず膜電位固定において膜に実際に負荷される電圧を規定するものであり、可能な限り小さい直流抵抗が高精度測定には不可欠である。

【0018】
貫通孔の開口形状は、安定な脂質平面膜を得るには真円であることが望ましい。
ガラス基板に対して、脂質平面膜は、通常、貫通孔の両端の開口のうち、第2面1b側の開口に形成される。一般に、開口径が小さければ小さい程、脂質平面膜の形成後の実験においてノイズを低減できるが、脂質平面膜を張りにくくなる。このような点から、貫通孔の第2面1b側の開口の口径は、円形の場合、通常20~120μm、好ましくは25~100μm、より好ましくは30~70μm、更により好ましくは40~50μmである。開口形状が円形以外の形状の場合には、該円形と同等の面積とすればよい。
また、そのような第2面1b側の開口(円形)を得るためには、前記ガラス基板素材の厚さが150~200μmである場合、貫通孔の第1面側の開口は、直径100~200μm、好ましくは100~150μmの円形であればよい。この場合、貫通孔の第2面側の開口の直径は、第1面側の開口の直径の20~60%となる。

【0019】
貫通孔の第2面側の開口のエッジ部(図2の符号eで示す部分)は、先端が鋭く尖っていればいる程、また、鋭角であるほど、形成される脂質平面膜が速やかに薄くなるので好ましい。そのため、貫通孔の形状は、テーパー状であることが好ましい。図2に示したテーパーの開き角度θは、通常50°~100°、好ましくは60°~100°、より好ましくは70°~100°である。なお、後述の高電圧パルス放電処理は開口のエッジ部の鋭利さを損なわない。
テーパーの開き角度θは、後述のショットブラストにおいて、レジストの開口部径、ガラスの厚さ、ブラスト時間等によってコントロールすることができる。また、脂質平面膜を好ましく形成するために有効な貫通孔の要素は、第2面側の開口の口径、開口のエッジ部の角度である。これらも後述のショットブラストにおいて、レジストの開口部径、ガラスの厚さ、ブラスト時間等によってコントロールすることができる。

【0020】
脂質二重膜の支持を安定化するために、貫通孔は疎水性の表面を有することが好ましい。疎水性表面は、後述する通り、ガラス基板の製造の仕上げにおいて疎水化処理を行うことにより実現できる。

【0021】
レジスト層配置工程では、少なくとも1つの開口部を有する耐ブラスト性のレジスト層がガラス基板素材の第1面に設けられる。レジスト層の開口部の位置を除いて、ガラス基板素材の全体がレジストにより被覆されることが好ましい。
レジスト層の材料としては、投射材(研磨粒子)の吹き付けに対する耐性を有する限り任意のものを用いることができ、例えば、レジスト用の各種ドライフィルム、ステンレス鋼等が挙げられる。
レジスト層の厚さは特に制限されず、該レジスト層の材料によっても異なるが、例えばオーディル(光硬化性樹脂層とポリエチレンテレフタレート樹脂表面層とからなるドライフィルムレジスト;東京応化工業株式会社)であれば、50~100μmのものが好ましい。

【0022】
ガラス基板素材にレジスト層を被覆したときに、レジスト層の開口部の位置は、ガラス基板中で貫通孔が形成されるべき位置に対応する。レジストの開口部の開口径は、通常、上記した製造後のガラス基板の入り口の開口径に一致するため、それに従って適切に設定される。

【0023】
ショットブラスト工程では、ガラス基板素材に対して、レジスト層の上からショットブラストが適用され、投射材が吹き付けられる。
ショットブラストは、機械式(インペラーと呼ばれる耐磨耗合金製の羽根車の遠心力により投射材を吹き付ける手法)、空気式(圧縮空気により投射材を吹き付ける手法)、湿式(液体に投射材を混合噴射して加工を行う手法)など、公知の技術を用いて行えばよく、特にガラス加工に用いられる手法が好ましい。
投射材としては、ショットブラストのために当該技術分野において一般に用いられるものを使用することができ、例えば、炭化ケイ素、アランダム、カーボランダム、ガーネット、鉄粉等が挙げられる。
投射材の個々の粒子径は、顕微鏡(透過型電子顕微鏡、光学顕微鏡を含む)によって得られる粒子像のフェレー(Feret)径(粒子を挟む一定方向の二本の平行線の間隔)を、粒子径(定方向径とも呼ばれる)の測定法として採用すればよい。
本願発明に利用可能な粒子径(前記フェレー径)は、特に限定はされないが、5μm~50μm程度が好ましく、10μm~20μm程度がより好ましい。

【0024】
投射材の吹き付けは、ショットブラスト加工用の市販の装置を使用して行うことができ、投射材の流速としては、通常80~100m/s程度とすることができる。
投射材の吹き付けにより、レジストの開口の位置においてガラス基板に貫通孔を形成させる。

【0025】
貫通孔の第2面側の開口のエッジ部(図2の符号eで示す部分)には、ショットブラストでの投射材の突き付けと貫通に起因するバリ(余分な盛り上がり)が形成される場合がある。
図3(a)は、ショットブラストに起因して第2面側の開口の周囲のバリを示した顕微鏡写真図である。このような開口の周囲のバリは、安定な脂質平面膜の形成を阻害することがある。そのため、ガラス基板を更に図3(b)に示すように、高電圧パルス放電処理に供し、それにより、図3(c)に示す顕微鏡写真図のように、ガラス孔表面のバリやガラスエッジ剥落による鋭角部分が取り除かれ表面が平滑化している。このように平滑な表面が安定な膜形成に不可欠である。

【0026】
高電圧パルス放電処理は、図3(b)に示すように、ガラス基板1Aの貫通孔1hを間において、1つの電極を対向させ、電極間に高電圧を印加することにより行うことができる。高電圧パルス放電では、孔のエッジの先端を電流によって溶融させることが目的であるため、対向させた一対の電極のどちら側を放電の起点としてもよい。印加される電圧としては、通常6000~10000V程度であり、好ましくは7000~8000Vである。
また、高電圧パルス放電は、パルス回数を1回から数回まで負荷する。数回放電するときは周波数1Hz~10Hz程度の直流電圧による放電である。
放電の種類としては、バリの除去という所望の目的を達成できる限り特に制限されず、例えば、火花放電、グロー放電、アーク放電、コロナ放電等が挙げられる。

【0027】
上述の通り、貫通孔における安定した脂質平面膜の形成を促進するために、上記の工程により得られたガラス基板に対して疎水化処理を行うことが好ましい。疎水化処理は、シランカップリング剤(例:トリオクチルシラン等)等の公知の試薬を用いて行うことができる。

【0028】
(ガラス基板)
本発明はまた、本発明の方法により得られるガラス基板(以下、本発明のガラス基板ともいう)を提供する。本発明のガラス基板は、長時間安定で、高電位負荷に対する高い耐性を有し、かつ小面積(例えば、直径約50μm)の脂質平面膜を誰にでも確実に形成することを可能とする。また、本発明のガラス基板に形成された脂質平面膜では漏れ電流が微小(数百GΩ)である。

【0029】
(膜蛋白質の機能解析方法)
本発明はまた、本発明のガラス基板を用いる膜蛋白質の機能解析方法(以下、本発明の解析方法ともいう)を提供する。本発明の解析方法は、(i)前記ガラス基板の貫通孔に、膜蛋白質が組み込まれた脂質平面膜を形成する工程、(ii)該脂質平面膜に組み込まれた状態の該膜蛋白質に、予め定められた刺激を与える工程、および、(iii)前記で与えた前記刺激に対する応答を該脂質平面膜から出力として受け取り、該出力に基いて膜蛋白質の機能を解析する工程を有する。

【0030】
上記の(i)の工程は、通常、先ずガラス基板の貫通孔に脂質平面膜を形成した後、形成された脂質平面膜に膜蛋白質を組み込むことにより行われる。
図4は、ガラス基板1Aの貫通孔1hに形成された脂質平面膜Pに、膜蛋白質Qが組み込まれた状態を示す図である。ガラス基板の貫通孔における脂質平面膜の形成は、刷毛塗り法(Nature, 194, 979 (1962年))や張り合わせ法(モンタール法)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69, 3561 (1972年))等の自体公知の方法を用いて行うことができる。一方、形成された脂質平面膜への膜蛋白質の組み込みは、例えば、ベシクル融合法(Methods Enzymol., 207, 447 (1992年))、直接挿入法等の自体公知の方法を用いて行うことができる。一つの貫通孔に形成される脂質平面膜に組み込まれる膜蛋白質は、1つまたは複数であってよい。単一の膜蛋白質を脂質平面膜に組み込むことは、単一の膜蛋白質の機能解析を可能とするため、好ましい。

【0031】
脂質平面膜に組み込まれる膜蛋白質は特に制限されず、実験の目的に応じて決定される。例えば、膜蛋白質としては、イオンチャネル、受容体等が挙げられる。

【0032】
上記(ii)の工程では、予め定められた刺激が、膜蛋白質を組み込んだ脂質平面膜に与えられる。該刺激は実験の目的に応じて決定され、例えば、膜電位に対応する電位差の印加、化学的もしくは生物学的物質による膜蛋白質の処理等が挙げられる。

【0033】
上記(iii)の工程では、上記の刺激後に脂質平面膜からの出力が受け取られる。出力としては、例えば、電気信号、蛍光強度等が挙げられる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例等により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等により限定されない。
【実施例】
【0035】
厚さ200μm、大きさ10mm×10mmの硬質ガラス(硼珪酸ガラス)基板の中心にショットブラストにより第1面150μm、第2面50μmのサイズのテーパー状微細孔を形成した。ガラス基板の微細孔に対して8000Vの高電圧パルス放電を5回行い、開口部のバリを除去し平滑化した。続いて10%(v/v)トリオクチルシランのベンゼン溶液でガラス基板表面および微細孔内部の疎水化処理を行った。
ガラス基板によって2つのコンパートメントに仕切られるテフロン製のチェンバーを組み立て、各コンパートメントに塩溶液を満たした。一方のコンパートメントには基準電極を、もう一方には作用電極を設置した。あらかじめ調製しておいた脂質溶液(ジフィタノイルホスファチジルコリンのデカン溶液、20mg/mL)をごく少量(数μL程度)ガラスピペットで吸い、微細孔開口部の第2面に面したコンパートメント側から開口部に対して吹き付けた。電位固定モードでランプ波を微細孔に負荷し、キャパシタンスを経時的にモニターした。抵抗の増大(数100GΩ)で脂質溶液が微細孔を塞いだことがわかり、キャパシタンス(膜容量)の増大(0.3~0.6μF/cm)で脂質平面膜の薄膜化が進んだことを確認した。形成した脂質平面膜は少なくとも数時間は安定で、±500mVの電圧印加にも耐えた。
【実施例】
【0036】
匂いセンサデバイス
本発明のガラス基板を用いて、図5に示すように、匂いセンサデバイスを構成することができる。該デバイスでは、平坦なベースプレート(例:プラスチック板等)11、スペーサ(例:ポリジメチルシロキサン製)12、本発明による貫通孔を有するガラス基板1A、スペーサ(例:ポリジメチルシロキサン製)13、および、水不透過性かつ気体透過性のシート(例:Gore-Tex(登録商標)シート等)14が積層されている。シート14でカバーすることによりデバイスとしての機械的強度が増している。
スペーサが配置された領域は電解質溶液で満たされている。溶液量としては、50μl程度とすることができる。ここで、刺激を受け取る側の電解質溶液層(即ち、スペーサ13に対応する電解質溶液層)を薄くして(例えば、厚さ10~20μm)、膜蛋白質までの拡散距離を最小化することが好ましい。嗅細胞に発現している受容体蛋白質を抽出・精製し、それを本発明のガラス基板に形成された脂質平面膜に組み込む。この時にG蛋白質とG蛋白質活性化Kチャネル(GIRK)も組み込む。
この系では匂い物質の刺激により受容体が活性化し、それに伴うG蛋白質に応答してGIRKチャネルが開口し、膜電位が変化する。この系で嗅受容体は必須だが、G蛋白質よりも下流のシグナル伝達経路は生理的に嗅細胞で使われているものを適用していないところがユニークである。より少数の分子種(嗅細胞では少なくとも4種類。本申請では3種類)で実現できる全く新規なシグナル伝達系である。
以上の通りに構成されたデバイスを用い、気体(匂い分子)を上記のシートを透過させて膜蛋白質に作用させ、生じた電気信号を測定する。
このような密閉型のシステムは、従来の開放型システム(溶液量1.5ml程度)が有する、種々のノイズに弱い、機械的刺激で膜が破れる等の問題がなく、ノイズの減少や可搬性等の利点を有する。
【実施例】
【0037】
多チャンネル匂いセンサデバイス
上記の匂いセンサデバイスと概して同じであるが、ガラス基板は複数の貫通孔を有する。各貫通孔に形成された脂質平面膜に対して、ヒトの約400種類の嗅受容体蛋白質をランダムに組み込む。上記の匂いセンサデバイスと同様にして匂い分子の刺激を膜に与え、刺激に対する各膜からの出力を記録する。各膜からの電流強度等のパターンを「匂い」と認識する。様々な匂い物質に対する応答のパターン認識と学習を研究する。
この多チャンネル匂いセンサデバイスでは、1箇所だけ嗅覚情報処理と異なる戦略が使われている。嗅細胞では1個の細胞に1種類の受容体しか発現していないが、このデバイスでは複数の受容体の発現を許している。これは味覚情報処理で採用されている戦略である。この多チャンネル匂いセンサデバイスは、生体化学情報処理(嗅覚・味覚)の最新の成果を取り入れたものである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の製造方法により得られるガラス基板は、長時間安定で、高電位負荷に対する高い耐性を有し、かつ小面積(例えば、直径約50μm)の脂質平面膜を誰にでも確実に形成することを可能とする。それにより、膜蛋白質機能の基礎研究用の高精度測定のための汎用的手段が確立される。また、そのようなガラス基板は、多チャンネル機能測定系への基本要素技術となり得る。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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