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明細書 :気体分離膜の設計方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2015-093207 (P2015-093207A)
公開日 平成27年5月18日(2015.5.18)
発明の名称または考案の名称 気体分離膜の設計方法
国際特許分類 B01D  67/00        (2006.01)
B01D  69/00        (2006.01)
B01D  71/28        (2006.01)
FI B01D 67/00
B01D 69/00
B01D 71/28
請求項の数または発明の数 4
出願形態 OL
全頁数 20
出願番号 特願2013-231961 (P2013-231961)
出願日 平成25年11月8日(2013.11.8)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第2項適用申請有り 発行者名 公益社団法人 高分子学会 刊行物名 高分子学会予稿集第62巻第1号 発行年月日 平成25年5月14日 集会名 第62回高分子学会年次大会 開催日 平成25年5月31日 発行者名 公益社団法人 高分子学会 刊行物名 高分子学会予稿集第62巻第2号 発行年月日 平成25年8月28日 集会名 第62回高分子討論会 開催日 平成25年9月11日 発行者名 ACS Publications 刊行物名 ACS Macro Letters Volume 2,Issue 9,834-838 発行年月日 平成25年9月5日
発明者または考案者 【氏名】玉井 良則
出願人 【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100111855、【弁理士】、【氏名又は名称】川崎 好昭
審査請求 未請求
テーマコード 4D006
Fターム 4D006GA41
4D006MB04
4D006MC24
4D006PA04
4D006PB19
4D006PB64
要約 【課題】本発明は、規則正しい空孔構造を有する高分子材料に応力を印加することで、空孔構造を設計して気体から一部の気体分子を選択的に透過させることを可能とする気体分離膜の設計方法を提供することを目的とする。
【解決手段】高分子鎖に沿う軸方向に気体を透過する空孔が形成されたε型結晶からなるシンジオタクチックポリスチレンに対して軸方向と直交する方向から圧縮応力を印加することで、S-I型結晶に構造転移させる。S-I型結晶には、気体分子を収容可能に形成されるとともにジグザグ状に配置された多数の空隙と、空隙よりも狭く形成されるとともに隣接配置された空隙同士を順次連結する多数の連通路とを有する空孔が形成されて、気体の一部の気体分子が選択的に透過するように空孔を設計することができる。
【選択図】図8
特許請求の範囲 【請求項1】
高分子材料からなる気体分離膜の設計方法であって、高分子鎖に沿う軸方向に気体を透過する空孔が形成された結晶構造を有する高分子材料に対して当該軸方向と直交する軸方向の圧縮応力を印加することにより結晶構造を転移させることで、気体の一部の気体分子が選択的に透過するように空孔を設計する気体分離膜の設計方法。
【請求項2】
前記高分子材料としてε型結晶からなるシンジオタクチックポリスチレンを用いて、S-I型結晶に構造転移させることで、気体中の二酸化炭素分子が選択的に透過するように空孔を設計する請求項1に記載の気体分離膜の設計方法。
【請求項3】
設計される前記空孔は、前記気体分子を収容可能に形成されるとともにジグザグ状に配置された多数の空隙と、前記空隙よりも狭く形成されるとともに隣接配置された前記空隙同士を順次連結する多数の連通路とを有している請求項1又は2に記載の気体分離膜の設計方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の設計方法により設計された気体分離膜。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料からなる膜を用いて気体中の一部の気体分子を選択的に透過させる気体分離膜の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料からなる膜は、特有の気体透過性を有しており、気体中から一部の気体分子を透過させて分離することができる。こうした膜による気体の分離技術は、必要なエネルギーが少なく、装置が小型化できるとともにメンテナンスが容易になるといった利点がある。
【0003】
気体分離膜としては、酢酸セルロース、シリコンゴム、ポリスルホン、ポリアミドといった種々の高分子材料を素材としたものが知られている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、高分子材料からなる膜を二酸化炭素ガスの分離膜として用いた場合、実用化を図る上で「高い分離係数」及び「十分な透過量」という相反する性能を向上させる必要があり、従来の高分子材料からなる気体分離膜ではこうした性能を十分に備えることができなかった。
【0004】
高分子材料は、様々な種類のものが様々な用途に開発されてきており、その性能に関する物性値は、実際に製造したものに対して材料試験を行うことで確認されていたが、近年、計算機を用いた分子シミュレーションによって高分子材料の物性値を予測する技術が提案されている。こうした予測技術を用いることで、高分子材料を実際に製造したり、材料試験を行うことなく、高分子材料の評価を行うことができるようになり、設計・製造のコストや時間を低減させることができる。そして、精度が向上した分子シミュレーションを用いて、所定の要求性能を満たすような高分子材料を発見する、あるいは高分子材料を設計することが試みられている。
【0005】
分子シミュレーションとしては、分子動力学法(Molecular Dynamics Simulation)が提案されており、高分子材料を構成するすべての原子間に働く相互作用(力)を計算して、それらを網羅した運動方程式を解くことで、原子の運動を追跡することが可能となる。そのため、実際の高分子材料の分子構造が解明されている場合には、その分子構造に対応する運動方程式を作成して、原子レベルでの挙動を再現することができる。例えば、特許文献2では、ガス状有機汚染物質の除去を目的とする高性能の吸着材フィルタを製作するために、分子動力学解析法による有機分子の吸着材細孔内の吸着特性を求め、特定汚染物質に対して優れた吸着性を有する吸着材を設計する方法が記載されている。こうした分子動力学法を用いることで、選択された特定の汚染物質に対する吸着材の吸着特性をシミュレーションによって定量的に把握することが可能となり、煩雑な実験を行うことなしに特定の汚染物質に対する優れた吸着性能を有する吸着材を設計することができるようになっている。
【0006】
気体分離膜は、高分子材料の内部構造に気体分子が選択的に透過する空孔構造が形成されており、こうした高分子材料の1つとして、シンジオタクチックポリスチレン(syndiotactic polystyrene;以下「s-PS」と略称する)が知られている。s-PSは、多様な結晶多形を示し、5種類の主な多形体(α、β、γ、δ及びε)が挙げられる。主鎖コンホメーションは、α型結晶及びβ型結晶ではTTTT(伸び切り鎖)であり、γ型結晶、δ型結晶及びε型結晶ではTTGG(ヘリックス)である。δ型結晶は溶媒との共結晶であり、溶媒を取り除くことで内部に分子サイズの空孔が形成されたδe型結晶になる。例えば、特許文献3には、シンジオタクチックポリスチレンがゲスト分子と形成するδ型結晶からなる構造物を、ゲスト化合物と置換して取り除く溶剤を含む溶媒、例えばケトンでゲスト分子を置換する工程と、置換した溶剤をゲスト分子により形成されたキャビティ構造を保持して抽出する溶剤、例えばメタノールにより抽出する工程との2段工程の溶剤処理をするゲスト化合物のキャビティ構造を有する高分子構造物を製造する方法が記載されている。また、特許文献4には、シンジオタクチックポリスチレン系重合体と可塑剤を混合し、重合体の結晶相内に可塑剤を導入後、可塑剤又は可塑剤とは異なる可塑剤に機能性の低分子を溶解させた溶液を混合し、重合体の結晶相内に機能性の低分子を導入する機能性高分子材料の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【0007】

【特許文献1】特開2011-235227号公報
【特許文献2】特許第3995403号公報
【特許文献3】特開2004-75733号公報
【特許文献4】特開2006-111759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
s-PSの多様な多形体は、温度、応力印加、溶媒処理等により相互に構造転移することが知られている。例えば、δ型結晶を加熱することによりγ型結晶が得られ、さらに高温にすることでα型結晶が得られる。また、高密度のβ型結晶に引張応力を加えることで低密度のα型結晶が得られることが実験により示されている。これらの転移メカニズムを分子レベルから理解することは、結晶を気体分離の機能性材料をして用いる場合の安定性の評価及び結晶構造の効率的な生成経路を探索することにつなげることができる。
【0009】
しかしながら、実験では、今のところ結晶化度が高い試料を得ることが難しいため、本発明者は、単結晶モデルを用いた分子動力学法によりシミュレーションを行い、空孔(キャビティ)が形成されたδ型結晶が昇温によりγ型に転移することを再現したことを報告している(Y. Tamai et al, "Thermally induced phase transition of crystalline syndiotactic polystyrene studied by molecular dynamics simulation", Macromolecular Rapid Communications, 2002, 23, 15, pp.891-895.参照)。そして、本発明者は、同様のシミュレーションによる手法を用いて、空孔が規則正しく形成されているε型結晶に応力を印加することで、構造変化が生じて空孔構造が変化することを解明した。
【0010】
そこで、本発明は、規則正しい空孔構造を有する高分子材料に応力を印加することで、空孔構造を設計して気体から一部の気体分子を選択的に透過させることを可能とする気体分離膜の設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る気体分離膜の設計方法は、高分子材料からなる気体分離膜の設計方法であって、高分子鎖に沿う軸方向に気体を透過する空孔が形成された結晶構造を有する高分子材料に対して当該方向と直交する軸方向の圧縮応力を印加することにより結晶構造を転移させることで、気体の一部の気体分子が選択的に透過するように空孔を設計する。さらに、前記高分子材料としてε型結晶からなるシンジオタクチックポリスチレンを用いて、S-I型結晶に構造転移させることで、気体中の二酸化炭素分子が選択的に透過するように空孔を設計する。さらに、設計される前記空孔は、前記気体分子を収容可能に形成されるとともにジグザグ状に配置された多数の空隙と、前記空隙よりも狭く形成されるとともに隣接配置された前記空隙同士を順次連結する多数の連通路とを有している。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、空孔構造を制御して気体から一部の気体分子を選択的に透過させる気体分離膜を効率よく設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】δe型結晶、ε型結晶及びγ型結晶に関する基本セルの諸元及び密度の算出結果に関する表である。
【図2】δe型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。
【図3】温度600Kでの基本セルの各軸方向の辺の長さ及び角度の時間的推移を示すグラフである。
【図4】結晶に圧縮応力及び引張応力をそれぞれ印加した場合のシミュレーション結果を応力-歪み曲線として示すグラフである。
【図5】ε型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。
【図6】S-I型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。
【図7】b軸方向の圧縮応力を410MPaに設定した場合の基本セルの各軸方向の辺の長さ及び角度の時間的推移を示すグラフである。
【図8】ε型結晶及びS-I型結晶の空孔の配置を示す説明図である。
【図9】ε型結晶の内部の空孔の構造を示す模式図である。
【図10】S-I型結晶の内部の空孔の構造を示す模式図である。
【図11】S-I型結晶の結晶単位に関する構成図である。
【図12】図11に示す結晶単位のうちa軸方向に2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。
【図13】図11に示す結晶単位のうちb軸方向に2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。
【図14】図11に示す結晶単位のうち斜め方向に配列された2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。
【図15】δe型結晶の溶解度に関する上述したシミュレーション結果及び実験結果を示す表である。
【図16】溶解度S、拡散係数Dc及び透過係数Pcの算出結果に関する表である。
【図17】透過係数Pcの比から算出した分離係数を示す表である。
【図18】CO2の拡散過程に関する説明図である。
【図19】S-I型結晶と類似する結晶に関するc軸方向からみた模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。以下の説明では、上述した本発明者の知見に基づいて、気体分離膜に用いる高分子材料として、s-PSを例に説明する。気体から一部の気体分子を選択的に透過させる場合、様々な気体分子についてこれまで研究開発が進められているが、その中でも二酸化炭素は、温暖化の要因の1つとして考えられており、火力発電所や製鉄所において排出される排気ガスからの二酸化炭素の分離回収が要請されている。こうした大量に排出される二酸化炭素を分離回収するためには、現在の10倍以上の分離係数と100倍程度の透過係数を両立した気体分離膜が必要となる。

【0015】
s-PSからなる気体分離膜を用いて二酸化炭素を分離回収する機能を持たせる構造設計を検討する場合、分子動力学法によるシミュレーションが適用できる。以下にシミュレーション方法について説明する。

【0016】
<ポテンシャル関数とパラメータ>
分子動力学法では、高分子材料の全ポテンシャルエネルギーは、原子間に働く相互作用の総和として、以下の式1で表わされる(岡崎進 外1名、コンピュータ・シミュレーションの基礎:分子のミクロな性質を解明するために、化学同人、第2版、2011年)。
【数1】
JP2015093207A_000003t.gif
ここで、右辺の第1項は結合長ポテンシャルであり、第2項は結合角ポテンシャルであり、第3項は二面角ポテンシャルであり、第4項はImproper torsion角ポテンシャルであり、第5項はレナードジョーンズポテンシャルであり、第6項は静電ポテンシャルである。また、各記号は、以下のものを表わす。
【数2】
JP2015093207A_000004t.gif
そして、結合長、結合角、二面角、Improper torsion角及び原子間距離が変数となっており、それ以外は、原子種の組み合せにより決定される定数(ポテンシャルパラメータ)である。s-PS及び気体分子に用いられるポテンシャルパラメータについては、これまでに報告されている力場モデルに基づいて設定することができる。具体的には、以下の通りである。
・ポリスチレン[(CH(C65)CH2n
W. D. Cornell et al., "A second generation force field for simulation of proteins, nucleic acids, and organic molecules", Journal of the American Chemical Society, 1995, 117, 19, pp.5179-5197.
この論文に示す力場モデル(AMBER)は、タンパク質を中心とする高分子に広く用いられている。なお、電荷については、以下の論文に基づいて設定することができる。
G. D. Smith et al., "Conformations of 2,4-diphenylpentane: a quantum chemistry and gas-phase molecular dynamics simulation study", The Journal of Physical Chemistry A, 1998, 102, 24, pp.4694-4702.
・水素[H2
Q. Yang et al., "Molecular simulation of carbon dioxide/methane/hydrogen mixture adsorption in metal-organic frameworks", The Journal of Physical Chemistry B, 2006, 110, 36, pp.17776-17783.
この論文に示す力場モデルは、四極子を考慮したモデルである。
・窒素[N2]、二酸化炭素[CO2
J. J. Potoff et al., "Vapor-liquid equilibria of mixtures containing alkanes, carbon dioxide, and nitrogen", AIChE Journal, 2001, 47, 7, pp.1676-1682.
この論文に示す力場モデル(TraPPE)は、低分子の気-液平衡を再現するように作られたモデルであり、四極子を考慮している。
・酸素[O2
N. Hansen et al., "New force fields for nitrous oxide and oxygen and their application to phase equilibria simulations", Fluid Phase Equilibria, 2007, 259, 2, pp.180-188.
この論文に示す力場モデル(TraPPE)は、低分子の気-液平衡を再現するように作られたモデルであり、四極子を考慮している。
・メタン[CH4
G. kaminski et al., "Free energies of hydration and pure liquid properties of hydrocarbons from the OPLS all-atom model", The Journal of Physical Chemistry, 1994, 98, 49, pp.13077-13082.
炭化水素の熱力学量をよく再現ように作られたモデルである。

【0017】
<シミュレーションに用いる手法について>
式1に示すポテンシャル関数を原子の座標に対して微分することにより、各原子に働く力を算出することができる。そして、算出された力を用いてニュートンの運動方程式を解くことにより、分子集合体における各原子の運動を再現することができる。

【0018】
実際のシミュレーションでは、本発明者が開発したプログラムを用いて行うことができる(Y. Tamai et al., "Molecular simulation of permeation of small penetrants through membranes. 1. diffusion coefficients", Macromolecules, 1994, 27, 16, pp.4498-4508.参照)。このプログラムでは、三次元周期境界条件を用いることにより、基本となる1辺数ナノメートル程度のセルが無限に繰り返された構造に対してシミュレーションを行う。こうした構造を設定することで、表面の影響を除いてバルクの状態をシミュレーションすることができ、結晶の場合には無限に拡がった単結晶構造に設定されることになる。また、このプログラムでは、以下の通り条件設定している。
・結合長は、SHAKE法を用いて平衡結合長に拘束する。
・Lennard-Jonesポテンシャルは9オングストロームで滑らかにカットオフし、エネルギー及び圧力に対して長距離補正を加える。
・長距離力である静電相互作用は、Ewald法を用いて無限遠まで考慮する。
・運動方程式は、ベルレ法を用いて、時間刻み幅1フェムト秒で数値積分する。
・温度を能勢の方法により、応力をパリネロ-ラーマン法により制御することで、実験系と同様の、NPTアンサンブル(温度・圧力一定)で計算する。
・外部応力の印加にも対応可能とする。
そして、実験で得られている結晶構造を初期構造として与えてシミュレーションを開始し、系が十分に平衡に達した後にサンプリングを行う。

【0019】
<シミュレーションによる物理量の算出について>
温度、圧力、密度、比熱、拡散係数、赤外スペクトル等の熱力学量や物理量は、実験における測定と同様に算出することができる。また、拡散係数Dについては、平均二乗変位(Mean Square Displacement;MSD)により計算する。気体の種別ごとに独立して、気体12~24分子を結晶構造内の空孔に挿入し、シミュレーションを実行する。それぞれ、10ナノ秒(1000万ステップ)のサンプリングを3回行い、平均値をとることで拡散係数Dを算出した。また、テスト粒子挿入法を用いて、高分子材料中における気体の過剰化学ポテンシャルを計算し、その値から溶解度Sを計算する。そして、溶解-拡散モデルに基づき、透過係数Pは、P=D・Sにより算出することができる。

【0020】
<s-PSの結晶多形体のシミュレーションについて>
s-PSの結晶構造については、X線回折実験で得られている結晶多形体の構造を初期構造として与えて、シミュレーションを行う。三次元周期境界条件により、無限に拡がった単結晶のモデルを設定する。基本セル(1辺約4~5ナノメートル)内の総原子数は9,216個であり、高分子鎖はc軸方向に無限に連結されているものとする。また、c軸方向と直交する方向にa軸及びb軸を設定する。そして、応力テンソルの各軸方向の成分について、a軸方向はxx成分、b軸方向はyy成分、c軸方向はzz成分と表記する。

【0021】
温度については、能勢の方法により制御しシミュレーションを行う。応力については、パリネロ-ラーマン法を用いて制御し、応力テンソルS及び対称テンソルΣの各成分を変化させて、結晶に応力を印加する。なお、対称テンソルΣは、応力テンソルSと以下の式で関係づけられる量である。
【数3】
JP2015093207A_000005t.gif
ここで、hはセルの稜ベクトルを成分とする行列、pは静水圧、Vは体積であり、下付きの0は基準状態を示している。実際のシミュレーションでは、対称テンソルΣの各成分を指定して計算を行い、シミュレーションの結果として応力テンソルSが算出される。

【0022】
<s-PSの結晶多形体の構造再現性について>
δe型結晶、ε型結晶及びγ型結晶をそれぞれ初期構造として、温度300Kで200ピコ秒のサンプリングを行い、基本セルの諸元(各軸方向の辺の長さa~c、a軸及びb軸のなす角度γ)及び密度(d)を算出した。算出結果を図1に示す。比較のため、実験結果により求められた値を示す。なお、実験結果については、以下の論文を参照した。
ε型結晶;V. Petraccone et al., "Nanoporous Polymer Crystals with Cavities and Channels", Chemistry of Materials, 2008, 20, 11, pp.3663-3668.
δe型結晶;C. De Rosa et al., "Crystal structure of the emptied clathrate form (δe form) of syndiotactic polystyrene", Macromolecules, 1997, 30, 14, pp.4147-4152.
γ型結晶;Y. K. Wang et al., "Morphological study of phase transition behavior in syndiotactic polystyrene", Macromolecules, 1992, 25, 14, pp.3659-3666.
シミュレーションにより算出した値と実験値とを比較すると、ほぼシミュレーションにより再現されていることがわかる。したがって、シミュレーションに用いたモデルは、s-PSの結晶構造に適用することに関して十分な信頼性を備えている。

【0023】
<s-PSのδe型結晶の構造転移について>
δe型結晶を初期構造として、温度を制御して、300K~1000Kの範囲で、130ピコ秒毎に50Kずつ昇温してシミュレーションを行った。図2は、δe型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。δe型結晶では、トルエン等の分子を取り込めるサイズの空孔がc軸方向にジグザグに連結されて形成されている。

【0024】
図3は、温度600Kでの基本セルの各軸方向の辺の長さ(a~c)並びにa軸及びb軸のなす角度(γ)の時間的推移を示すグラフである。温度が550K以下では、図2に示すδe型結晶の構造が保たれていたが、600Kに昇温した場合に構造転移が生じてγ型結晶に転移している。δe型結晶は、370K~400K以上の温度で空孔が消失してγ型結晶に転移することが実験で確認されている(E. B. Gowd et al., "Structural phase transitions of syndiotactic polystyrene", Progress in Polymer Science, 2009, 34, 3, pp.280-315. 参照)が、上述したシミュレーションにより再現できることを示している。

【0025】
<結晶弾性率の再現性について>
s-PSのε型結晶の応力に対する応答について、結晶にxx成分、yy成分及びzz成分の圧縮応力及び引張応力をそれぞれ印加した場合のシミュレーション結果を図4に示す。図4は、応力-歪み曲線を示しており、縦軸に応力をとり横軸に歪みをとっている。Sxx(comp.)はa軸方向の圧縮応力を印加した場合の歪みのxx成分を示し、Sxx(ext.)はa軸方向の引張応力を印加した場合の歪みのxx成分を示している。同様に、Syy(comp.)はb軸方向の圧縮応力を印加した場合の歪みのyy成分を示し、Syy(ext.)はb軸方向の引張応力を印加した場合の歪みのyy成分を示しており、Szz(comp.)はc軸方向の圧縮応力を印加した場合の歪みのzz成分を示し、Szz(ext.)はc軸方向の引張応力を印加した場合の歪みのzz成分を示している。そして、歪みが急激に変化する区間(グラフのデータ間隔が大きく拡がった区間;具体的には、Syy(comp.)において10%~25%及び30%~50%変化した区間、及び、Szz(ext.)が10%~30%変化した区間)で応力が解放されており、構造転移が生じたことを示している。

【0026】
こうしたε型結晶の応力の応答に関しては、これまで実験報告はされていないが、ε型結晶と同様の非極性で螺旋コンホメーションを備えた類似の高分子結晶に対する実験報告と比較して精度よく再現されていることが確認できる。具体的にヤング率についてみてみると、c軸方向のSzz成分について初期勾配から計算したヤング率Ecは18.3GPaとなるが、報告されているアイソタクチックポリプロピレン(i-PP)の実験値(34GPa)及びアイソタクチックポリスチレン(i-PS)の実験値(11.8GPa)(I. Sakurada et al., "Relation between the polymer conformation and the elastic modulus of the crystalline region of polymer", Journal of Polymer Science Part C: Polymer Sympoia, 1970, 31, 1, pp.57-76. 参照)と比較して妥当な値が得られている。また、c軸に直交するa軸方向及びb軸方向のそれぞれの歪みSxx成分及びSyy成分について初期勾配から計算したヤング率Ea及びEbはそれぞれ7.3GPa及び3.7GPaとなり、報告されているi-PPの実験値(3.0GPa)及びポリエチレン(PE)の実験値(3.7GPa)(I. Sakurada et al., "Elastic moduli of the crystal lattices of polymers", Journal of Polymer Science Part C: Polymer Sympoia, 1966, 15, 1, pp.75-91. 参照)とEbがほぼ一致しており、精度よく再現されていることがわかる。

【0027】
<s-PSのε型結晶の構造転移について>
ε型結晶を初期構造として、b軸方向の圧縮応力を制御して、対称テンソルの値を-50~50kJ/モル・オングストロームの範囲で、130ピコ秒毎に1kJ/モル・オングストロームずつ変化させることで、シミュレーションを行った。a軸方向及びc軸方向の応力は0、静水圧は大気圧に設定し、温度は300Kに設定した。図5は、ε型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。ε型結晶では、c軸方向に沿った毛細管状の空孔が形成されている。そして、b軸方向の圧縮応力を加えて対称テンソルの値を15kJ/モル・オングストローム(応力410MPaに相当)に設定したところ、構造転移が生じて応力が280MPaに緩和されるとともに図6に示す結晶構造が得られた。この構造は、対称テンソルの値が36kJ/モル・オングストローム(応力540MPaに相当)以下で存在し、それ以上では高密度の結晶に転移した。一方、対称テンソルのyy成分を25kJ/モル・オングストローム(応力410MPaに相当)から減少させたところ、ヒステリシス類似の現象が見られ、1kJ/モル・オングストローム(応力20MPaに相当)以上で結晶構造が保持され、応力を開放するとγ型結晶に転移した。これ以降の解析では、対称テンソルのyy成分が10kJ/モル・オングストローム(応力180MPaに相当)における結晶構造を用いた。以後この結晶構造をS-I型と称する。

【0028】
図6は、S-I型結晶に関するc軸方向からみた模式図である。図6では、図面の左右方向がa軸方向、上下方向がb軸方向に設定されている。結晶構造に対して上下から圧縮応力を印加した状態にすることで、S-I型結晶が平衡状態を保持している。

【0029】
図7は、b軸方向の圧縮応力を410MPa(対称テンソル15kJ/モル・オングストローム)に設定した場合の基本セルの各軸方向の辺の長さ(a~c)並びにa軸及びb軸のなす角度γの時間的推移を示すグラフである。このグラフをみると、a軸方向の長さが著しく伸長しており、図6に示すように、ε型結晶の空孔の上下にある高分子鎖が空孔に落ち込むことで構造変化が生じたものと考えられる。

【0030】
b軸方向の圧縮応力を180MPa(対称テンソル10kJ/モル・オングストローム)に設定してシミュレーションを行い、密度を算出したところ、S-I型結晶の密度は0.965g/cm3となり、ε型結晶(0.999g/cm3、実験値では0.98g/cm3)よりも密度が低下しており、内部に新たな空孔構造が形成されている。また、b軸方向の圧縮応力を開放して大気圧に戻したところ、S-I型結晶は、γ型結晶に構造転移することが確認された。このことは、ε型結晶がγ型結晶の構造転移により生じることを考慮すれば、γ→ε→S-I→γという構造転移のサイクルが考えられるようになり、S-I型結晶の存在を示すものである。

【0031】
<構造転移に伴う空孔の変化について>
図8は、ε型結晶及びS-I型結晶の空孔の配置を示す説明図である。図では、図6と同様にそれぞれのc軸方向からみた模式図が描かれており、ε型結晶では、左側の図に○印で囲んだ部位にc軸方向に延びる空孔が形成されている。また、S-I型結晶では、右側の図に○印で囲んだ部位に空孔が形成されている。空孔の構造の解析には、自由体積のクラスター解析の手法(高分子を構成する原子を剛体球で近似し、これらと重なることなく特定サイズのプローブ球を挿入可能な空間を抽出し、クラスター解析により定量化する方法)を用いることができる(Y. Tamai et al., "Molecular simulation of permeation of small penetrants through membranes. 2. Solubilities", Macromolecules, 1995, 28, 7, pp.2544-2554. 参照)。図9は、ε型結晶の内部の空孔の構造を示す模式図であり、図10は、S-I型結晶の内部の空孔の構造を示す模式図である。図9において、左上の図が空孔の構造をa軸方向(図8では左側)からみた図であり、右上の図が空孔の構造をc軸方向(図8では上側)からみた図であり、右下の図が空孔の構造をb軸方向(図8では正面側)からみた図である。図10においても同様の3つの図を示している。

【0032】
ε型結晶の空孔は、c軸方向に管状の通路がほぼ直線状に形成されており、有機溶媒が透過しやすい構造となっている。S-I型結晶の空孔は、c軸方向にジグザグ状に延びており、気体分子を収容可能に形成されるとともにジグザグ状に配置された多数の空隙と、空隙よりも狭く形成されるとともに隣接配置された空隙同士を順次連結する多数の連通路とを有する構造となっている。c軸方向に連通する1つの空孔については、S-I型結晶の方がε型結晶よりも容積が小さいが、空孔の本数は、S-I型結晶の方がε型結晶よりも多いため、S-I型結晶の密度はε型結晶よりも小さくなる。

【0033】
図11は、S-I型結晶の結晶単位に関する構成図である。左上がc軸方向からみた図で、4本の螺旋状の高分子鎖が結晶単位を構成している。左下がb軸方向からみた図で、c軸方向に6単位分連結して構成しており、2本の高分子鎖が配列されている。右下がa軸方向からみた図で、2本の高分子鎖が配列されている。図12は、図11に示す結晶単位のうちa軸方向に2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。b軸方向からみた左下の図では、鎖間にc軸方向に沿って空隙が連通路でジグザグに連結された空孔の構造がみられ、気体分子が通過して拡散することができるようになっている。図13は、図11に示す結晶単位のうちb軸方向に2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。密にパッキングされた鎖がb軸方向の圧縮応力を支えており、鎖間に気体分子が通過する空隙はなく、気体分子が拡散することはない。図14は、図11に示す結晶単位のうち斜め方向に配列された2本の高分子鎖が配列した状態を示す部分構成図である。2本の鎖のベンゼン環が接触して結晶構造を支えている。b軸方向の圧縮応力を開放すると、鎖がab面内で回転してベンゼン環が空孔に落ち込むことで、高密度のγ型結晶に構造転移するようになる。

【0034】
<結晶に対する気体の収着及び透過の再現性について>
一般に、結晶中の空孔に対する気体の溶解量Cは、ラングミュアの吸着等温式によれば、次の式4で表わされる。
【数4】
JP2015093207A_000006t.gif
ここで、C'Hは飽和収着量、bは気体-高分子間の親和性を表す定数、pは気体の分圧である。低圧では、ヘンリーの法則によれば、Cは、式5に示すように、pの一次式で表わされる。
【数5】
JP2015093207A_000007t.gif
ここで、kHはヘンリー定数である。上述したシミュレーションでは、テスト粒子挿入法(ウイダム法)を用いており、計算される溶解度Sは、ヘンリー定数kHに対応する。

【0035】
δe型結晶に対する気体(N2、O2、CO2)の収着及び透過に関する実験結果が報告されており(D. Laobina et al., "Gas sorption and transport in syndiotactic polystyrene with nanoporous crystalline phase", Polymer, 2004, 45, 2, pp.429-436.参照)、報告された実験では、結晶化度18%の試料を用いて行われ、測定値からアモルファス部分の影響を除くことで、結晶部分の気体の溶解度S及び透過係数Pが求められている。測定された圧力範囲(上限1気圧)において、溶解量の少ないN2及びO2は上述した式5に従っており、ヘンリー則に従う。一方、溶解量の多いCO2は低圧では式5に従うが、圧力が増加するにつれて直線からのずれがみられ、式4に従うようになる。発電プラント等のCO2の分離プロセスでは、一般にCO2の分圧は約0.5気圧以下となることから、上述した式5が適用される範囲にあると考えられ、テスト粒子挿入法を用いて溶解度を算出しても高精度で再現可能と考えられる。

【0036】
図15は、δe型結晶の溶解度に関する上述したシミュレーション結果及び実験結果を示す表である。この表をみると、実験値は、シミュレーション値の半分程度の値となっている。これは、実験から求められる飽和収着量C'Hでは、空孔1個当り0.85個のCO2しか収着されておらず、CO2と構造がほぼ同じCS2がδe型結晶に空孔1個当り最大2個収着されることを考慮すれば、溶解度は実験値の2倍程度の値とするのが妥当と考えられる。また、気体の種類による溶解度の相対的な比及び温度依存性に関しては、シミュレーション値は、実験値とよく対応しており、シミュレーションは、気体の収着及び透過に関して十分な再現性を備えているといえる。

【0037】
<ε型結晶及びS-I型結晶の気体の溶解度及び拡散について>
ε型結晶及びS-I型結晶の気体の溶解度S及びc軸方向の拡散係数Dcを上述したシミュレーションにより算出し、溶解度S及び拡散係数Dcを掛け合わせてc軸方向の透過係数Pcを求めた。図16は、溶解度S、拡散係数Dc及び透過係数Pcの算出結果に関する表である。結晶中に空孔が形成されているため、いずれの気体の溶解度Sもかなり高くなっており、その大小関係は、主に気体と高分子材料との間の引力相互作用を反映したものとなっている。各結晶ともc軸方向に空孔が連続して通路状に形成されているため、結晶中の気体の拡散はほぼc軸方向の一次元拡散となる。ε型結晶では、管状の空孔により拡散係数Dcが大きくなるが、気体間の差は小さい。これに対して、S-I型結晶では、気体の種類により拡散係数Dcが非常に大きく異なっている。そのため、ε型結晶は、気体の一部の気体分子のみ透過させる気体分離は難しいが、S-I型結晶は、気体分子サイズに近いサイズの空孔の構造を備えているため、高精度の気体分離を効率よく行えることを示している。

【0038】
図17は、透過係数Pcの比から算出した分離係数を示す表である。CO2に関する他の気体に対する分離係数は、S-I型結晶では極めて高い値となっている。そして、図16に示すように、S-I型結晶では、CO2の透過係数Pcが10000Barrerを超えていることから、S-I型結晶は、透過量及び分離精度を両立させる十分な性能を備えていることがわかる。従来の気体分離膜では、透過係数を10000Barrerに設定した場合に、CO2/N2系の分離係数が20以下となっており、逆に、分離係数200を達成するためには透過係数は10Barrerにまで低下してしまう(L. M. Robenson, "The upper bound revisited", Journal of Membrane Science, 2008, 320, 1, pp.390-400. 参照)。S-I型結晶からなる気体分離膜は、相反する物性値を高次元で両立する極めて高い性能を有している。

【0039】
図18は、CO2の拡散過程に関する説明図である。上述したように、S-I型結晶の空孔は、断面が略楕円形状の空隙を狭い連通路でジグザグに連結した構造となっている。図18では、対となる空隙100を連通路101で連結した部分を模式化して示している。図18(a)は、1つのCO2分子が連通路101を通り、空隙100間をジャンプするように移動する様子を示している。CO2分子は、1個の炭素原子の両側に2個の酸素原子が結合しており、酸素原子が配列された方向が長くなっている。酸素原子が配列された方向を長軸方向とし、長軸方向と直交する方向を短軸方向とすると、連通路101の内径は、長軸方向の長さよりも狭く、短軸方向の幅よりも広くなるように形成されている。そのため、CO2分子は、長軸方向が連通路101の通過方向に一致したときのみ空隙100間を移動することができる。図18(b)は、CO2分子が空隙100内に収容された様子を示している。空隙100は、長手方向がCO2分子の長軸方向の長さよりも長く形成されているが、短手方向がCO2分子の長軸方向の長さよりも短く形成されているため、CO2分子の空隙100内における回転運動(配向緩和)は、O2やN2のような二原子の分子と比べて約100倍遅くなる。そのため、CO2分子を包み込むように配置された高分子の分子運動が力積によりCO2分子に効率的に伝達されるため、連通路101を通過するように運動する確率が高くなる。したがって、CO2分子は、空隙100をジャンプするように順次移動して拡散していくようになる。これに対して、O2やN2のような二原子の分子では、空隙100内で回転するようになるため、連通路101を通過するような運動がなされる確率が低くなり、CO2分子のように効率的に拡散することはない。

【0040】
<シミュレーションの適用可能範囲について>
分子シミュレーションで実用的に扱える空間スケールの上限は数ナノメートル程度で、時間スケールの上限は数十ナノ秒程度であるが、結晶の構造転移及び結晶中の気体の透過挙動を観察するには十分な大きさである。なお、上述のシミュレーションでは、三次元周期境界条件を用いているので、無限に広がった単結晶を扱っている。

【0041】
気体の拡散挙動に関しては、時間スケールの上限により制限を受ける。拡散係数Dを算出するためには、シミュレーション時間内に気体が系内を十分に移動する必要があるため、拡散係数Dが概ね10-8cm2/秒以上であることが条件となる。10-7cm2/秒以上であれば、拡散係数Dを精度よく計算することができる。S-I型結晶中のN2、O2及びCO2の拡散係数Dは、この条件を満たしている。CH4の拡散係数Dは下限に近いが、シミュレーション時間を長くすれば対応可能である。

【0042】
なお、高分子は、主鎖運動の緩和時間が極めて長く、アモルファス高分子の場合には、シミュレーション時間内に平衡構造が得られない場合が多い。本発明では、結晶を対象としており、実験で得られている構造を初期構造として用いているため、平衡化の問題は生じない。また、S-I型結晶への構造転移の過程で、主鎖のコンホメーションは変化しないため、主鎖運動の緩和時間による制限を受けない。

【0043】
また、構造転移に関する上述したシミュレーションでは、シミュレーションセルによる拘束があること、周期境界条件により高分子鎖がc軸方向に無限に連結されていること、所定の温度・応力状態での保持時間が実験条件と比べて非常に短いことを考慮すれば、転移温度又は転移応力(降伏応力)の絶対値が実際より高くなる可能性がある。しかしながら、こうした点は、上述した実際の構造転移の再現性からみて、構造転移の経路や転移後に得られる結晶構造の妥当性に影響を与えるものではないと考えられる。

【0044】
<S-I型結晶の存在可能性について>
S-I型結晶のように高圧下においてのみ存在する結晶構造は、鉱物をはじめとして自然界に広く存在している。高分子材料においても、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリテトラメチレンサクシネート(PTMS)、ポリエチレンサクシネート(PES)等の応力が印加した状態でのみ安定して存在する結晶構造が知られている。s-PSに関しては、多形体間の構造転移が応力によって誘起される例が知られており、溶媒との共結晶や中間構造も含めて多岐にわたる多形を示すことから、S-I型結晶のように応力を印加した状態において安定した結晶構造が存在する可能性は高い。

【0045】
上述したシミュレーションの結果をみても、s-PSの結晶多形体間の構造転移を再現しており、ε型結晶からS-I型結晶を経由してγ型結晶へ転移する過程が観察されている。ε型結晶及びγ型結晶について、実験において確認されている結晶構造を再現していることからみて、S-I型結晶を経由する経路は現実に存在し得ると考えられる。さらに、γ型結晶を溶媒で処理することでε型が得られることから、循環可能な転移経路(γ→ε→S-I→γ)が形成されることになり、S-I型結晶を経由する転移経路の存在を示唆している。

【0046】
結晶中に空孔を有するδe型結晶は、溶媒との共結晶状態にあるδ型結晶から溶媒を含まないγ型結晶へ転移する過程で生じる準安定な中間構造であると考えられる。S-I型結晶についても準安定な結晶構造である可能性が高く、現実系における存在可能性を検討するためには、安定性について検討することが必要である。結晶の安定性は、昇温過程のシミュレーションを行って変形(崩壊)温度を求めることにより検討することができる。シミュレーションでは変形温度が高くなる傾向があるが、異なる結晶形に対して同一条件でシミュレーションを行うことで、結晶間の相対的な比較を行うことができる。δe型結晶、S-I型結晶及びε型結晶について求められた変形温度は、それぞれ600K、700K及び800Kであった。したがって、S-I型結晶は、δe型結晶とε型結晶との間の中間の安定性を有することになり、δe型結晶が実験では400K以下で存在することからみてS-I型結晶は、それ以上の温度で存在することが可能であることを示している。

【0047】
図19は、S-I型結晶と同様の主鎖構造をもつδ型(オルトジクロベンゼン(o-DCB)との共結晶)結晶、δe型結晶及びγ型結晶のc軸方向からみた模式図である。図では、図面の左右方向がa軸方向、上下方向がb軸方向に設定されている。S-I型結晶は、他の結晶と座標軸を合わせるために右に90°回転して表示している。これらの結晶は、いずれも、右巻き螺旋(図中Rで示した鎖)及び左巻き螺旋(図中Lで示した鎖)からなり,結晶セルのa軸及びb軸のなす角度γが順に異なった構造となっている。S-I型結晶は、δe型結晶及びγ型結晶の中間の構造である。o-DCBとの共結晶は、図19中の破線で示した直方体の結晶セル(斜方晶)をとることもできるが、この場合、R鎖の直上にL鎖が配置されており、S-I型結晶とは、上の鎖の列がちょうど鎖1つ分だけ左にずれた構造とみることもできる。このように、実験的に知られている既存の結晶構造と比べて、S-I型結晶の構造は不自然なものではなく、実際に存在し得るものと考えられる。

【0048】
以上説明したように、上述したシミュレーションにより、これまで報告された実験データが再現されていることから、シミュレーションから得られたS-I型結晶は、現実に存在する可能性が高く、圧縮応力が印加された状態で安定して存在し得るものと考えられる。

【0049】
<気体分離膜の形成について>
リソグラフィー技術を応用することにより、シリコン等の基板上に疎水性及び親水性の自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer;SAM)(例;アルカンチオール、フェニルトリクロロシラン、及び、これらの誘導体)からなる、マイクロメートル~ナノメートルのスケールのパターンを形成し、これを結晶成長面として用いる。そして、s-PSを溶媒(例、トルエン)に溶解させた溶液を基板表面に付与してクロロホルムにより処理することで、疎水性の結晶成長表面上にε型結晶を膜状に成長させることができる。こうして単結晶膜を形成した基板に対して両面から平板状の押圧体で挟み込むように配置して、基板表面の単結晶膜を押圧して圧縮応力を印加することで、ε型結晶をS-I型結晶に転移させて気体分離膜を形成することができる。

【0050】
また、形状記憶合金からなる挟持体の間において、上述したようにε型結晶の単結晶膜を形成した後記憶された形状に戻すことで単結晶膜を挟み込んで圧縮するように設定し、単結晶膜に所定の圧縮応力を印加することでε型結晶をS-I型結晶に転移させて気体分離膜を形成することができる。また、多層フィルム中に形成された微小空間内にε型結晶を成長させておき、多層フィルムを圧縮することで、ε型結晶に所定の圧縮応力を印加してS-I型結晶に転移させて多層フィルムに気体分離機能を持たせるようにすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係る設計方法により設計された気体分離膜は、気体の一部の気体分子の透過及び分離に関する性能に優れており、排気ガス中のCO2等の回収システム、様々な分析システム、精密反応システムといったシステムに適用することが期待される。
【符号の説明】
【0052】
100・・・空隙、101・・・連通路
図面
【図1】
0
【図3】
1
【図4】
2
【図7】
3
【図15】
4
【図16】
5
【図17】
6
【図18】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図19】
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