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明細書 :シリサイド膜の製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2016-079488 (P2016-079488A)
公開日 平成28年5月16日(2016.5.16)
発明の名称または考案の名称 シリサイド膜の製造方法
国際特許分類 C25D   9/08        (2006.01)
H01L  21/288       (2006.01)
H01L  21/28        (2006.01)
FI C25D 9/08
H01L 21/288 E
H01L 21/28 301S
請求項の数または発明の数 4
出願形態 OL
全頁数 14
出願番号 特願2014-214488 (P2014-214488)
出願日 平成26年10月21日(2014.10.21)
発明者または考案者 【氏名】佐々木 秀顕
【氏名】前田 正史
出願人 【識別番号】801000049
【氏名又は名称】一般財団法人生産技術研究奨励会
個別代理人の代理人 【識別番号】100064908、【弁理士】、【氏名又は名称】志賀 正武
【識別番号】100108578、【弁理士】、【氏名又は名称】高橋 詔男
【識別番号】100089037、【弁理士】、【氏名又は名称】渡邊 隆
【識別番号】100094400、【弁理士】、【氏名又は名称】鈴木 三義
【識別番号】100108453、【弁理士】、【氏名又は名称】村山 靖彦
審査請求 未請求
テーマコード 4M104
Fターム 4M104BB21
4M104BB24
4M104BB26
4M104BB38
4M104DD52
4M104HH15
4M104HH20
要約 【課題】簡便かつ低コストで安全にシリサイド膜の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】シリコン酸化物と前記シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴1と、電解浴1に接液する対向電極2と、電解浴1に接液し、かつシリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質からなる作用電極3と、を用いて電気分解を行い、作用電極3表面にMeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜であって、相互拡散係数が1.0×10-15-1以上であるシリサイド膜を形成するシリサイド膜の製造方法。
【選択図】図1
特許請求の範囲 【請求項1】
シリコン酸化物と前記シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴と、
前記電解浴に接液する対向電極と、
前記電解浴に接液し、かつシリコンの溶解度、またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有する作用電極と、を用いて電気分解を行い、
作用電極表面にMeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜であって、相互拡散係数が1.0×10-15-1 以上であるシリサイド膜を形成するシリサイド膜の製造方法。
【請求項2】
前記溶融酸化物が、塩基性酸化物を二種類以上含むことを特徴とする請求項1に記載のシリサイド膜の製造方法。
【請求項3】
前記作用電極がモリブデン、ニオブ、ニッケルからなる群のいずれか一つであることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のシリサイド膜の製造方法。
【請求項4】
前記電気分解の処理温度が、前記溶融酸化物が溶融する温度より100℃以上高い温度であり、1500℃以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のシリサイド膜の製造方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、シリサイド膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリサイドは、金属とシリコンよりなる化合物であり、高い硬度と高い耐酸化性の面において特に優れる。そのため、高温の厳しい環境下で長時間使用可能な機器部材用構成材料、つまり耐熱材料等として注目が集まっている。
またシリサイドは、電気的特性の面でも利用価値が高い。例えば、半導体素子の半導体と電極の間に、シリサイド膜を形成することで、半導体-電極界面の接触抵抗を抑制することができる。このようにシリサイドは、特異な性質を有するため高い注目が集められている。
【0003】
従来、シリサイドの製造方法として種々の方法が提案されてきた。例えば、シリサイドの塊や粉末を形成する方法として、金属原料とシリコン原料をアーク溶解することでシリサイドを形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。他にも、金属粉末とシリコン粉末を加圧環境下で焼結し、シリサイドを形成する方法も提案されている(例えば、特許文献2)。
【0004】
シリサイド膜の製造方法としては、化学的気相成長法(CVD)や、物理気相成長法(PVD)であるイオンプレーティング等を用いた方法が提案されている(例えば、特許文献3~5)。この他にも、塩化物やフッ化物の溶融塩を用いて電気分解する方法も提案されている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特開2006-241484号公報
【特許文献2】特開2013-7102号公報
【特許文献3】特開2012-204655号公報
【特許文献4】特開2001-226761号公報
【特許文献5】特開2007-51635号公報
【0006】

【非特許文献1】上田剛史、後藤琢也、伊藤靖彦、溶融塩電気化学プロセスによるSiの注入とシリサイドの形成、表面技術、vol.46(1995)1173.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の方法では、安全かつ低コストにシリサイド膜を製造できるとは言えなかった。
例えば、特許文献1のようにアーク溶解を用いる方法は、そのアーク溶解の温度が2000℃以上と非常に高温である。そのため、2000℃の高温を実現でき、かつその温度に耐えうる設備が必要である。すなわち、簡便かつ低コストにシリサイドを作製できるとは言えなかった。
特許文献2の粉末を焼結する方法は、加圧が必要である。そのため、加圧のための設備が必要であり、この方法でも簡便かつ低コストにシリサイドを作製することができなかった。
【0008】
特許文献3~5のシリサイド膜の製造方法は、比較的低温でシリサイド膜を形成することができるが、真空中での処理を必要とする。そのため、真空設備等の大掛かりな設備が必要である。またシリサイドターゲットは、それ自体が高価である。すなわち、特許文献3~5のシリサイド膜の製造方法でも、簡便かつ低コストにシリサイド膜を形成することができなかった。
【0009】
これに対し、特許文献6の塩化物やフッ化物の溶融塩の電気分解を用いたシリサイド膜の製造方法は、比較的低温、常圧化でシリサイド膜を形成することができる。そのため、特許文献1~5のシリサイド膜の製造方法と比較して、大掛かりな設備が不要である点において優れている。
しかしながら、塩化物やフッ化物は毒性を有し、またハンドリングが難しいという欠点を有しており、簡便かつ低コストで安全にシリサイド膜を形成することができなかった。
【0010】
このため、簡便かつ低コストで安全にシリサイド膜を形成できるシリサイド膜の製造方法が求められていた。
本発明者らは、鋭意検討の結果、塩化物やフッ化物を用いずに、酸化物の溶融物を電解浴として用いることで、簡便かつ低コストで安全なシリサイド膜を形成することを実現できるのではないかと考えた。そして、SiO-LiO-MgO系およびSiO-NaO-LiO系の酸化物を、800℃~1100℃で溶融した電解浴として用い、電気分解を行うことで、Fe電極上にシリサイド膜を形成する検討を行い、わずかなシリコンを金属膜中に取り込むことには成功した(日本金属学会秋期講演大会要旨,2013)。
しかしながら、化学式(MeSi(Meは金属、x及びyは自然数))で表すことができるシリサイド膜を形成することができなかった。
【0011】
このため、簡便かつ低コストで安全にシリサイド膜を形成できるシリサイド膜の製造方法が切に求められていた。
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、簡便かつ低コストで安全にシリサイド膜を形成できるシリサイド膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前述の方法をさらに鋭意検討した結果、シリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有する作用電極を用いることで、MeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜を製造することができることを見出した。またこのとき、電解浴は、シリコン酸化物とシリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴を用いた。
このような条件下で電気分解を行うことで、簡便かつ低コストで安全に作用電極表面にMeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜を形成できるという非常に優れた効果を見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0013】
(1)本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法は、シリコン酸化物と前記シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴と、前記電解浴に接液する対向電極と、前記電解浴に接液し、かつシリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有する作用電極と、を用いて電気分解を行い、作用電極表面にMeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜であって相互拡散係数が1.0×10-13-1以上であるシリサイド膜を形成する。
【0014】
(2)上記(1)に記載のシリサイド膜の製造方法は、前記溶融酸化物が、塩基性酸化物を二種類以上含んでもよい。
【0015】
(3)上記(1)または(2)のいずれかに記載のシリサイド膜の製造方法は、前記作用電極がモリブデン、ニオブ、ニッケルからなる群のいずれか一つであってもよい。
【0016】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載のシリサイド膜の製造方法は、前記電気分解の処理温度が、溶融酸化物が溶融する温度より100℃以上高い温度であり、1500℃以下であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法は シリコン酸化物と前記シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが小さい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴と、前記電解浴に接液する対向電極と、前記電解浴に接液し、かつシリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有する作用電極と、を用いて電気分解を行う。このような条件下で電気分解を行うことで、簡便かつ低コストで安全に作用電極表面にMeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法に用いたシリサイド膜の製造装置を模式的に示した図であり、図示左側はシリサイド膜の製造装置の全体図であり、図示右側は電気分解反応が生じる部分を拡大した拡大図である。
【図2】実験例1の電気分解におけるサイクリックボルタモグラムを示す。
【図3】実験例1において電位(-0.4V,-0.6V、-0.8V)を固定し、電気分解を行った際の電流値変化を示す。
【図4】上図はMoシートを1時間電気分解した後の断面電子顕微鏡(SEM)画像であり、下図は断面電子顕微鏡画像中のAnalyzed areaの各位置での元素分析結果を示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.6Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.8Vの還元電位を印加した際の結果である。
【図5】一定電圧を1時間印加した後のMoシート表面のX線回折パターンを示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.6Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.8Vの還元電位を印加した際の結果である。
【図6】実験例2の電気分解におけるサイクリックボルタモグラムを示す。
【図7】実験例2において電位(-0.2V,-0.3V、-0.4V)を固定し、電気分解を行った際の電流値変化を示す。
【図8】上図はFeシートを1時間電気分解した後の断面電子顕微鏡(SEM)画像であり、下図は断面電子顕微鏡画像中のAnalyzed areaの各位置での元素分析結果を示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.2Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.3Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果である。
【図9】一定電圧を1時間印加した後のFeシート表面のX線回折パターンを示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.2Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.3Vの還元電位を印加した際の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用したシリサイド膜の製造方法について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。

【0020】
本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法は、シリコン酸化物とシリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する電解浴と、電解浴に接液する対向電極と、電解浴に接液し、かつシリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有する作用電極とを用いる。対向電極と作用電極間に通電し、電気分解を行うことによりシリサイド膜を形成する。
ここで、「シリサイド」とは、広義にはシリコンと金属の化合物を示すが、本発明においては、化学式MeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表すことができるシリコンと金属の化合物を意味し、金属中にわずかにシリコンを含むシリコン合金は含まない。また「接液」とは、電極のいずれかの部分が電解浴に接触していることを意味し、電極全体が浸漬されている場合に限らない。
また「酸化物の生成自由エネルギー」は、金属と酸素が結合する前後における自由エネルギーの変化である。一般に、常圧の酸素共存下で安定な酸化物については生成自由エネルギーの符号がマイナスとなるよう標準値が定義されている。マイナスの数値の絶対値が大きいことを「負に大きい」と表現し、生成自由エネルギーが負に大きいことは、より安定性が高いことを表す。例えば 1300KにおいてSiO、LiO および MgOの標準生成自由エネルギーは、それぞれ-679kJ/mol、-426kJ/mol、-458kJ/molである。言い換えればSi+O→SiOの標準自由エネルギー変化が-679kJ/mol、2Li+1/2・O→LiO の標準自由エネルギー変化が-426kJ/molであり、Si+2LO→SiO+4Liの標準自由エネルギー変化は正となる。これはSiとLiOが反応してLiを生じることはないことを示唆する。

【0021】
図1は、本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法に用いたシリサイド膜の製造装置を模式的に示した図である。図示左側はシリサイド膜の製造装置の全体図であり、図示右側は電気分解反応が生じる部分を拡大した拡大図である。
図1に示すシリサイド膜の製造装置10は、電解浴1を保持する対向電極2を兼ねた坩堝と、電解浴1に浸漬する作用電極3を有する。またシリサイド膜の製造装置10は、反応電位の指標となる参照電極4を有していてもよい。参照電極4は、電気分解反応に直接影響を及ぼすことはないが、電解浴1に浸漬することで電気分解反応の電位測定の指標として機能する。
対向電極2および作用電極3が電気的に電解浴1と接続することで、電気分解反応が可能となる。すなわち、図1では対向電極2が坩堝を兼ねた構成として図示したが、坩堝内に保持した電解浴1中に、対向電極2、作用電極3、参照電極4のそれぞれを浸漬してもよい。

【0022】
対向電極2、作用電極3、参照電極4のそれぞれは、配線5に接続され、反応空間6外部の外部電源(図視略)に接続されている。外部電源から印加された電圧によって電解浴1中で電気分解を行う。坩堝に保持された電解浴1は、加熱手段7によって加熱することができ、その際の温度は熱電対8を用いて測定することができる。反応空間6は、ガス供給・排出口9によって、反応空間6内の雰囲気を変更することができる。

【0023】
本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法において、電解浴1は、シリコン酸化物とシリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物とが溶融した溶融酸化物を少なくとも有する。
溶融酸化物は、酸化物であり、毒性を有さない。そのため、従来の塩化物を含むシリサイド膜の製造方法(例えば、非特許文献1)と比較しても、安全にシリサイド膜を形成することができる。

【0024】
溶融酸化物は、シリコン酸化物と塩基性酸化物を有する。シリコン酸化物単体では、溶融してもほとんど伝導性を示さない。これに対し、溶融酸化物が塩基性酸化物を同時に含むと、シリコン酸化物及び塩基性酸化物のそれぞれのイオン化が促進され、伝導性を高めることができる。イオン化は、塩基性酸化物としてリチウム酸化物を用いた場合を用いて具体的に示すと、以下の反応式(1)に従い生じる。
2LiO+SiO=4Li+SiO4- ・・・(1)

【0025】
イオン化が促進されることで、溶融酸化物の融点を下げることができる。シリコン酸化物の融点は1650℃であるが、塩基性酸化物を加えると融点を低下させることができる。具体例を挙げると、例えばシリコン酸化物に、リチウム酸化物をモル比で50%加えるとその融点は1200℃まで下げることができる。すなわち、溶融酸化物がシリコン酸化物と塩基性酸化物を有することで、より低温で電気分解を実現することができ、簡便かつ低コストにシリサイド膜を形成することができる。

【0026】
溶融酸化物は、さらに塩基性酸化物を二種類以上含むことが好ましい。溶融酸化物が塩基性酸化物を二種類以上含むと、さらにイオン化反応が促進され、電解浴1の伝導性をより高めることができる。また溶融酸化物の融点も、さらに100℃~200℃程度低下させることができ、より簡便かつ低コストにシリサイド膜を形成することができる。

【0027】
塩基性酸化物は、水と反応して塩基を生じる、または酸と反応して塩を生じる金属酸化物であり、アルカリ金属元素やアルカリ土類金属元素の酸化物が一般的である。溶融酸化物は、この塩基性酸化物のうち、シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが小さい塩基性酸化物を含む。シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが小さい塩基性酸化物としては、例えばリチウム酸化物、マグネシウム酸化物、カルシウム酸化物、アルミニウム酸化物等が挙げられる。

【0028】
溶融酸化物が、シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物を含むのは、以下の理由による。
溶融酸化物を用いた電気分解反応において、作用電極表面では還元反応が生じる。そのため、塩基性酸化物の生成自由エネルギーがシリコン酸化物の生成自由エネルギーより数値として大きいと、シリコンよりも塩基性酸化物の金属が先に還元される。例えば、塩基性酸化物として酸化物の生成自由エネルギーがシリコン酸化物より大きいナトリウム酸化物を用いると、シリコンよりもナトリウムが先に還元され、シリサイドの生成が困難となる。
これに対し、溶融酸化物がシリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが負に大きい塩基性酸化物を含むと、還元反応において選択的にシリコンの還元反応が生じる。そのため、作用電極表面では、シリサイド膜を形成することができる。

【0029】
溶融酸化物は、シリコン酸化物と、シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが小さい(負に大きい)塩基性酸化物を含んでいればよく、その他の化合物を含んでいてもよい。上述した還元反応は、シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが数値として大きい塩基性酸化物が僅かでも含まれると全く生じなくなるということはない。そのため、シリサイド化反応が進む程度においては、シリコン酸化物より酸化物の生成自由エネルギーが数値として大きい塩基性酸化物を含んでいてもよい。また反応に寄与しない化合物は、当然含んでいてもよい。

【0030】
対向電極2は、電解浴1に接液し、電気分解反応を生じることができれば特に限定されない。例えば、対向電極2が坩堝を兼ねる場合は、グラファイト坩堝等を用いることができる。坩堝を兼ねない場合は、グラファイト、プラチナ等、公知のものを用いることができる。

【0031】
作用電極3は、電解浴1に接液し、かつシリコンの溶解度が鉄より小さい物質を有する。作用電極3は、シリコンの溶解度またはシリコンを固溶した際の相互拡散係数が鉄より小さい物質を有していればよく、その他の不純物等を有していてもよい。
鉄中には、シリコンが約30%まで固溶することができ、形成される固溶体中の相互拡散係数は1273Kで1.0×10-13-1である。相互拡散係数は、異種の原子が相互に拡散して溶体もしくは化合物を形成する際の速度の指標となる数値である。鉄中にシリコンは拡散浸透しやすいため、作用電極として鉄を用いると、電気分解により表面に導入されたシリコンは電極内部へ広がり固溶体が形成される。電極内部全体までシリコンを導入するほど電気分解を長時間続ければ、理論上は30%以上シリコンが固溶されたシリコン合金を形成することは出来るが、実際にはこのようなシリコン合金を形成することは出来なかった。また出来たとしても、現実的な生産時間内では簡便にシリサイド膜を形成することはできない。
これに対し、シリコンの溶解度が鉄より小さい物質、または低濃度で固溶したシリコンの拡散係数が小さい物質を作用電極として用いると、シリコンは作用電極内に取り込まれにくくなる。換言すると、電気分解により還元されたシリコン原子は作用電極表面に留まり、その表面でシリコン含有量が高い化合物が生じ、MeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるシリサイド膜が形成される。

【0032】
このとき形成されるシリサイド膜の相互拡散係数は、1.0×10-15-1 以上であることが好ましい。相互拡散係数がこれより小さいと、数ミクロンのシリサイド膜を形成するために電気分解を施す時間が1時間よりも長くなることが予想され、生産性が低い。
電極表面でシリコンが還元される速度と比較して、生成するシリサイド膜の相互拡散係数が大きすぎると、生成する膜の組成に大きな勾配が生じることが予想される。このためシリサイドの相互拡散係数は1.0×10-10-1以下であることが好ましい。

【0033】
シリコンの溶解度が鉄より小さく、かつ形成されたシリサイド膜の相互拡散係数が上述の範囲となる物質としては、モリブデン、ニッケル、ニオブ等が挙げられる。これらの金属は融点が高く、高温用の構造材料として利用されている。高温での耐酸化性を高めるために、表面にシリサイドを形成させる簡便な方法が求められている。
例えば、MoSiの相互拡散係数は、3.4×10-13-1である。また、モリブデンにシリコンはほぼ固溶しない。そのため、モリブデン電極をもちいてシリコンを還元すると、シリサイド(MoSi)膜の生成が可能となる。

【0034】
本発明の一態様にかかるシリサイド膜の製造方法は、上述の電解浴1、対向電極2、作用電極3を用いて、電気分解を行うことで作用電極3の表面にシリサイド膜を形成する。
電気分解を行う温度は、電解浴1の溶融酸化物が溶融する温度より100℃以上高い温度であり、1500℃以下であることが好ましい。電気分解を行う温度が、溶融酸化物が溶融する温度より100℃以上であれば、溶融酸化物の溶融状態が安定的となり、電気分解反応の安定性が上がる。また1500℃以下では、その温度を実現するために大掛かりな設備が不要となり、生産性の観点において優れる。

【0035】
電気分解反応の雰囲気(反応空間6の雰囲気)は、不活性ガス雰囲気であることが好ましい。不活性ガス雰囲気であれば、電極等の酸化などの不要な反応を抑制することができる。電極等の酸化はシリサイド膜の製造装置の劣化を促進するため、長期間に渡り、安定的にシリサイド膜を形成するためには、不活性ガス雰囲気中であることが好ましい。
なお、シリサイド膜の製造装置10において反応空間6の雰囲気は、ガス供給・排出口9を介して変更することができる。

【0036】
電気分解反応の反応時間は、その反応時間に応じてシリサイド膜が形成されている膜厚が厚くなるため、必要に応じて変化させることができる。またシリサイドの高い耐熱性、耐酸化性を実現するためには、数μm程度のシリサイド膜を形成することが好ましい。そのため、処理する電圧にもよるが1時間以上処理を行うことがより好ましい。また生産性の観点からは、反応時間は24時間以内であることが好ましい。

【0037】
電気分解反応の印加電圧は、用いる作用電極および目的とするシリサイド組成によって変化するため、必要に応じて変えることが好ましい。例えば、作用電極としてモリブデンを用いた場合は、プラチナの標準電位に対して-0.4V~-0.8Vの電圧を印加することが好ましく、プラチナの標準電位に対して-0.5~-0.7Vの電圧を印加することがより好ましく、プラチナの標準電位に対して-0.6Vの電圧を印加することがさらに好ましい。
印加電圧が大きすぎると、シリサイド化の反応以外の副反応も生じてしまうため好ましくない。印加電圧が小さすぎると、反応に時間がかかりすぎるため効率的ではない。また印加電圧が小さすぎると、シリコン含有量が低い合金膜のみが電極表面に生成可能となる場合があり、十分なシリサイド膜が形成することが難しくなる。

【0038】
参照電極4、配線5、加熱手段7、熱電対8は、一般に用いることができるものであれば特に限定されない。参照電極4には、耐酸化性が高く、酸化物の溶融温度でも耐えることができるため白金等が好ましい。配線5は良導体であり、耐熱性も高いNi等を用いることが好ましい。

【0039】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は以下の実験例1に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【実施例】
【0041】
(実験例1)
まず、SiO(JIS特級:関東化学株式会社)を40g、LiCO(99.95%:関東化学株式会社)を19.8g、MgO(99.99%:関東化学株式会社)を5.3g、グラファイト坩堝に投入し、Ar雰囲気下で1373Kまで加熱した。このとき、不要な酸化炭素は除去され、二酸化窒素(SiO)75wt%、酸化リチウム(LiO)15wt%、酸化マグネシウム(MgO)10wt%の構成比の溶融酸化物を含む電解浴を得た。このSiO-LiO-MgO溶融酸化物の融点は、1203K~1273Kであった。
作用電極は0.5×5cmのサイズで厚さ0.5mmのMoシート(99.5%、株式会社ニラコ)とした。この作用電極はNi配線で、溶融酸化物中に浸漬した。対向電極は、電解浴を保持するグラファイト坩堝が兼ね、参照電極はPtシートとした。Ptシートは、作用電極と同様にNi配線で溶融酸化物中に浸漬した。
作用電極、対向電極、参照電極は、それぞれポテンショスタット(HZ-5000、北斗電工)に接続され、1273Kの温度条件で電気分解を行った。
【実施例】
【0042】
図2は、実験例1の電気分解におけるサイクリックボルタモグラムを示す。このときスキャンレートは20mVs-1とした。電位は、Ptに対して-0.8Vまで掃引した。このとき、Ptに対する電位が-0.4V、-0.6V、-0.8Vで3つのピークA,B,Cを確認した。
【実施例】
【0043】
図3は、実験例1においてピークが発生した電位(-0.4V,-0.6V、-0.8V)で固定し、電気分解を行った際の電流変化を示す。
また、一定電圧を1時間印加した後のMoシートの断面電子顕微鏡(SEM)画像および元素分析結果を図4に示す。図4の上図は電気分解後の断面電子顕微鏡(SEM)画像であり、下図は断面電子顕微鏡画像中のAnalyzed areaの各位置での元素分析結果を示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.6Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.8Vの還元電位を印加した際の結果である。電子顕微鏡画像はJEOL社のJSM-5600LVを用いて撮影し、元素分析はエネルギー分散型X線分析(EDS;JEOL社、JED2200)を用いて測定した。
さらに、図5は、一定電圧を1時間印加した後のMoシート表面のX線回折パターンを示す。X線回折パターンは、X線回折装置(RINT-2000;株式会社リガク)を用いて測定した。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.6Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.8Vの還元電位を印加した際の結果である。
【実施例】
【0044】
図4において各写真の右側が、Moシートの電解浴側の表面である。特に図4(b)、(c)において、その表面が変質していることが断面SEM画像から見ることができる。また元素分析の結果では、それぞれ電解浴側の表面から一定の領域でSiの構成比が63~65%となっており、MeSi(Meは金属、x及びyは自然数)で表されるようなSiが高い比率で混合したシリサイド膜を形成することができた。また形成されたシリサイドの膜厚が薄すぎるため、断面SEM画像では十分な確認できなかったが、図4(a)の場合でもシリサイド膜が形成されていることが元素分析の結果から確認することができた。
【実施例】
【0045】
このときPt参照電極に対し-0.6Vの還元電位を印加した場合のシリサイド膜が形成された膜厚は4.9μmで、Pt参照電極に対し-0.8Vの還元電位を印加した場合のシリサイド膜が形成された膜厚は3.8μmであった。図3において、Pt参照電極に対し-0.8Vの還元電位を印加した場合の方がより多くの電流が流れているにも関わらず、膜厚が薄くなるという結果となった。これは、シリサイド膜形成以外の副反応が同時に生じたためと考えられる。シリサイド膜を形成するためには、14.9C/cmを要することがファラデー則(モリブデンの密度は6.26g/cmとした)から導き出せるが、-0.6Vを印加した場合に電極を通過した電子は実測値で15.3C/cmであり、100%に近い反応効率を実現できていることがわかる。これに対し、-0.8Vを印加した際の反応効率は22%程度であった。
【実施例】
【0046】
またシリサイド膜が形成されていることは、図5のX線回折パターンからも読み取ることができる。図5(b)および(c)では、明白なα-MoSiのピークが確認できる。これに対し、図5(a)では、明白なα-MoSiのピークは確認できなかった。これは、-0.4Vの場合は得られたシリサイド膜はMoSiが主であるためと考えられる。MoSiに対するシリコンの相互拡散係数は二桁程度低いため、シリコンが十分拡散しない。そのため、-0.4Vの場合は十分なシリサイド膜厚を得ることができなかったものと考えられる。
【実施例】
【0047】
(実験例2)
実験例2は、作用電極を0.5×5cmサイズで厚さ1.0mmのFeシート(99.5%、株式会社ニラコ)とした点のみが、実験例1と異なる。その他の構成は、実験例1と同様とした。
【実施例】
【0048】
図6は、実験例2の電気分解におけるサイクリックボルタモグラムを示す。このときスキャンレートは20mVs-1とした。電位は、Ptに対して-0.4Vまで掃引した。実験例1では、Ptに対して-0.8Vまで掃引しているのに対し、実験例2では-0.4Vまでしか掃引していないのは、同一電位で比較した場合に作用電極がFeの場合により大きな電流が流れるためである。
【実施例】
【0049】
図7は、実験例2において電位(-0.2V、-0.3V、-0.4V)を固定し、1時間電気分解を行った際の電流変化を示す。このとき、図7では時間と共に流れる電流量が減少している。すなわち、時間と共に反応の進行が低下している。
【実施例】
【0050】
この一定電圧を1時間印加した後のFeシートの断面電子顕微鏡(SEM)画像および元素分析結果を図8に示す。図8の上図は電気分解後の断面電子顕微鏡(SEM)画像であり、下図は断面電子顕微鏡画像中のAnalyzed areaの各位置での元素分析結果を示す。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.2Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.3Vの還元電位を印加した際の結果で、(c)はPt参照電極に対し、-0.4Vの還元電位を印加した際の結果である。測定は実験例1と同様の方法で行った。
さらに、図9は、一定電圧を1時間印加した後のFeシート表面のX線回折パターンを示す。X線回折パターンは、実験例1と同様の方法で測定した。このとき、(a)はPt参照電極に対し、-0.2Vの還元電位を印加した際の結果で、(b)はPt参照電極に対し、-0.3Vの還元電位を印加した際の結果である。
【実施例】
【0051】
図8において各写真の右側が、Feシートの電解浴側の表面である。断面SEM画像では、表面が僅かに変質している。しかしながら元素分析の結果から、3~7%程度のSiはFeシート中に固溶されているが、シリサイド膜の形成は確認できなかった。
また図9に示すX線回折パターンからも、α-Feのピークが確認できるだけであり、シリサイド膜の形成は確認されなかった。
【実施例】
【0052】
このように、作用電極としてFeを用いた場合は、シリサイド膜を形成することができなかった。これは、Fe中のSiの固溶度が大きく、その拡散係数が大きいため、作用電極内にシリコン原子が拡散し、作用電極表面に高濃度にSiが取り込まれたシリサイド膜が形成されなかったものと考えられる。
【符号の説明】
【0053】
1…電解浴、2…対向電極、3…作用電極、4…参照電極、5…配線、6…反応空間、7…加熱手段、8…熱電対、9…ガス供給・排出口、10…シリサイド膜の製造装置
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
2
【図5】
3
【図6】
4
【図7】
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【図9】
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【図4】
7
【図8】
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