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明細書 :筋萎縮性側索硬化症治療剤

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2016-065044 (P2016-065044A)
公開日 平成28年4月28日(2016.4.28)
発明の名称または考案の名称 筋萎縮性側索硬化症治療剤
国際特許分類 A61K  31/7004      (2006.01)
A61K  31/7012      (2006.01)
A61P  21/02        (2006.01)
FI A61K 31/7004
A61K 31/7012
A61P 21/02
請求項の数または発明の数 3
出願形態 OL
全頁数 19
出願番号 特願2015-179049 (P2015-179049)
出願日 平成27年9月11日(2015.9.11)
優先権出願番号 2014189145
優先日 平成26年9月17日(2014.9.17)
優先権主張国 日本国(JP)
発明者または考案者 【氏名】加藤 信介
【氏名】内藤 善哉
【氏名】田中 信之
【氏名】加藤 雅子
出願人 【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
個別代理人の代理人 【識別番号】110000084、【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
【識別番号】100077562、【弁理士】、【氏名又は名称】高野 登志雄
【識別番号】100096736、【弁理士】、【氏名又は名称】中嶋 俊夫
【識別番号】100117156、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 正樹
【識別番号】100111028、【弁理士】、【氏名又は名称】山本 博人
審査請求 未請求
テーマコード 4C086
Fターム 4C086AA01
4C086AA02
4C086EA01
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA94
要約 【課題】新たな筋萎縮性側索硬化症治療剤の提供。
【解決手段】デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸、グルクロン酸等の還元糖類縁体を有効成分とする筋萎縮性側索硬化症治療剤。
【選択図】なし
特許請求の範囲 【請求項1】
還元糖類縁体を有効成分とする筋萎縮性側索硬化症治療剤。
【請求項2】
還元糖類縁体が、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸及びグルクロン酸から選ばれる1種又は2種以上である請求項1記載の筋萎縮性側索硬化症治療剤。
【請求項3】
還元糖類縁体が、2-デオキシ-D-グルコースである請求項1又は2記載の筋萎縮性側索硬化症治療剤。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)は、有効な治療法確立が強く希求されている致死的神経変性疾患の代表で、日本においては厚生労働省の特定難病疾患に指定されている。ALSの有病率は10万人口当たり約3人から5人とされ、現在日本では約4,000から5,000人の患者がいると考えられている(非特許文献1)。尚かつ、本疾患は働き盛りである中年以降に発症する。従って、ALSの新規治療法の開発は、極めて重要である。
【0003】
歴史的には、ALSは1869年にJean-Martin CharcotとAlexis Joffroyにより記載された一つの疾患単位である(非特許文献2)。主に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両者が障害される進行性の原因不明の疾患であり呼吸筋麻痺により死亡する運動ニューロン疾患として位置づけられる(非特許文献3)。この疾患が初めて記載されて以来、約145年経過した現在尚、その有効な治療法は確立していない。ALS治療剤として神経栄養因子、神経保護効果、カスパーゼ抑制、銅キレート作用、グルタミン酸抑制作用等に基づいた薬剤の効果についての検討がなされている(特許文献1、非特許文献4)。しかし、現在、ALS治療薬として販売されているのは、グルタミン酸受容体のアゴニストとしてグルタミン酸抑制作用のあるリルゾール(商品名リルテック、CAS登録番号1744-22-5)のみである(特許文献1)。当該リルゾールを使用しても、国外治験では運動機能改善は認められておらず、寿命を3か月延長させたのみで、延命させることができる生存期間は僅かであった(非特許文献5~7)。日本でおこなった治験では有効性を証明できなかった。しかし、ALSは致死的神経変性疾患であるために当該治療薬が強く希求されている臨床現場を考慮して、国外治験結果の重要性と基礎・臨床の橋渡し試験を重要視することにより承認されている(非特許文献8、9)。
【0004】
ALSのうち約5から10%は家族性筋萎縮性側索硬化症(FALS)である(非特許文献10、11)。ALSの病因解明の一つの糸口として、1993年にFALSのうち約20%に、銅・亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ(copper/zinc superoxide dismutase; SOD1)遺伝子に異常を持つ家系が存在することが報告された(非特許文献12、13)。この発見に基づいて、ヒト変異SOD1遺伝子を高発現するトランスジェニックマウスが遺伝子工学的に開発されている(非特許文献14)。このSOD1の遺伝子異常については、その後の遺伝子解析により100以上のSOD1遺伝子突然変異が報告されている。それに伴って、ALSモデル動物が複数種類開発されてきている(非特許文献15)。当該ALSモデル動物のなかでも、最も症状の進行が早く、早期に四肢麻痺・呼吸筋を呈し、死に至る激烈な系統が、今回本発明者が有効性を確認したALSモデル動物G1H-G93Aトランスジェニックマウス(非特許文献15)である。このため、最も激烈な当該系統において、臨床・病理学的にALSに対しての有効性が認められたならば、他のどの系統での有効性の証明よりALS治療効果は高いと考えられる(非特許文献15)。現在ALS治療薬として唯一承認されているリルゾールでさえ、G1H-G93Aトランスジェニックマウスにおいては有効性を示さない(非特許文献16)。このG1H-G93AトランスジェニックマウスはヒトSOD1 遺伝子のG93A-SOD1という点突然変異が25コピー数遺伝子導入された系統で、発症は生後100日前後、生存期間は125日前後である。一方、G1L-G93Aトランスジェニックマウスは、G1H-G93Aトランスジェニックマウスと同じ変異遺伝子G93A -SOD1を18コピー数遺伝子導入されたものである。しかし、G1H-G93AトランスジェニックマウスとG1L-G93Aトランスジェニックマウスとは臨床・病理学的観点からは、大きく異なる。G1L-G93Aトランスジェニックマウスは、臨床学的には、ALS症状の進行は緩やかで、230日経過した後に症状が顕在化し、300日前後頃まで生存する(非特許文献15)。病理学的には、G1H-G93Aトランスジェニックマウスの運動脊髄前角細胞死の程度は、G1L-G93Aトランスジェニックマウスの運動脊髄前角細胞死の程度より高度である(非特許文献15)。その他、G85R、H46R などの変異SOD1遺伝子が遺伝子導入されたモデルマウスが存在するが、当該マウスの症状進行はヒトの症状進行と同様緩やかで、生存期間も長い。このため、薬剤の有効性を判断する際に、生存日数や病悩期間の日数は、ALSモデル動物の系統が異なると単純に比較は出来ない。これら従来のトランスジェニックマウスは、SOD1遺伝子の変異ごとの違いによる臨床・病理学的な差異は存在するが、G1H-G93Aトランスジェニックマウスは、ヒトALSと同様に運動ニューロン障害による運動障害症状を呈し、やがて四肢麻痺、最終的には呼吸筋麻痺を惹起させ瀕死状態に陥り、ALS死する(非特許文献15)。尚かつ病理学的にもヒトと同様の運動ニューロン死の病理組織像を示す(非特許文献15)。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】特許第2713384号公報
【特許文献2】特許第5317055号公報
【0006】

【非特許文献1】永井正規(編). 電子入力された臨床調査個人表に基づく特定疾患治療研究医療受給者調査報告書. 2005; 133
【非特許文献2】Charcot JM & Joffroy A.Arch Physiol(Paris)1869;2:744-760
【非特許文献3】Kato Sら.Neurodegeneration:The Molecular Pathology of Dementia and Movement Disorders.ISN Neuropath Press,2003:pp350-368
【非特許文献4】森若文雄、田代邦雄:神経治療、17:326,2000.
【非特許文献5】Bensimon G,Lacomblez L,Meininger V. N Engl J Med.1994;330:585-591
【非特許文献6】Lacomblez L,Bensimon G,Leigh PN,Guillet P,Meininger V. Lancet.1996;347:1425-1431
【非特許文献7】Lacomblez L,Bensimon G,Leigh PN,Guillet P,Powe L,Durrleman S,Delumeau JC,Meininger V. Neurology.1996;47:S242-250
【非特許文献8】柳沢信夫,田代邦雄,東儀英夫. 医学の歩み.1997;182:851-866
【非特許文献9】柳沢信夫,田代邦雄,東儀英夫. 医学の歩み.1997;182:867-878
【非特許文献10】Hudson AJ.Brain 1981;104:217-247
【非特許文献11】Juneja Tら.Neurology 1997;48:55-57
【非特許文献12】Deng HXら.Science 1993;261:1047-1051
【非特許文献13】Rosen DRら.Nature 1993;362:59-62
【非特許文献14】Gurney MEら. Science 1994;264: 1772-1775
【非特許文献15】Kato S. Acta Neuropathologica 2008;115:97-114
【非特許文献16】Scott Sら.Amyotrophic Lateral Sclerosis 2008;9:4-9
【非特許文献17】Kirino T.Brain Research 1982;239: 57-69
【非特許文献18】Kilic E ら、Neuroscience 2004;128:356-364
【非特許文献19】Ryberg H ら、Acta Neural Scand 2003;108:1-8
【非特許文献20】Cudkowicz MEら、 Lancet Neurol 2014,;13:1083-1091
【非特許文献21】Ahmad IMら,Cent Eur Biol 2010;5:739-748
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように未だ有効なALS治療剤は開発されておらず、本発明の課題は、新たなALS治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は、最も激烈な系統であるG1H-G93A変異SOD1(G93A)過剰発現トランスジェニックALSモデルマウスを使用し、種々の薬物についてのALS治療作用を検討してきたところ、全く意外にも、還元糖類縁体が優れたALS治療作用を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔12〕を提供するものである。
【0010】
〔1〕還元糖類縁体を有効成分とする筋萎縮性側索硬化症治療剤。
〔2〕還元糖類縁体が、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸及びグルクロン酸から選ばれる1種又は2種以上である〔1〕記載の筋萎縮性側索硬化症治療剤。
〔3〕還元糖類縁体が、2-デオキシ-D-グルコースである〔1〕又は〔2〕記載の筋萎縮性側索硬化症治療剤。
〔4〕筋萎縮性側索硬化症治療剤製造のための、還元糖類縁体の使用。
〔5〕還元糖類縁体が、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸及びグルクロン酸から選ばれる1種又は2種以上である〔4〕記載の使用。
〔6〕還元糖類縁体が、2-デオキシ-D-グルコースである〔4〕又は〔5〕記載の使用。
〔7〕筋萎縮性側索硬化症を治療するための還元糖類縁体。
〔8〕デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸及びグルクロン酸から選ばれる1種又は2種以上である〔7〕記載の還元糖類縁体。
〔9〕2-デオキシ-D-グルコースである〔7〕又は〔8〕記載の還元糖類縁体。
〔10〕還元糖類縁体を投与することを特徴とする筋萎縮性側索硬化症の治療方法。
〔11〕還元糖類縁体が、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸及びグルクロン酸から選ばれる1種又は2種以上である〔10〕記載の方法。
〔12〕還元糖類縁体が、2-デオキシ-D-グルコースである〔10〕又は〔11〕記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、還元糖類縁体を有する物質を投与することにより、優れたALS症状の進行防止効果及び延命効果が得られ、ALSの治療が可能となる。
【0012】
ALSの症状は、突然に、持っている物を落としたり、足がもつれたり、ろれつが回らなくなることで気づかれるが、患者によっては外傷等の契機で発症することもしばしばである。ALSの基本的症状は、筋肉の線維束性収縮症状、筋萎縮・筋力低下症状、球麻痺症状、錐体路症状である。筋肉の線維束性収縮症状は筋肉のピクツキとして認められる。筋萎縮・筋力低下症状に関しては、上肢や下肢の遠位部の筋萎縮・筋力低下から始まり、やがて両肢の近位部筋の障害に及ぶ。初期は握力低下(持っている物を落とす等)、足底の挙上困難(足首が上がらない等)であるが、やがて上肢挙上困難や歩行障害(足のもつれ・転倒等)を来たし、日常生活動作が困難・不可能になり、寝たきり状態となる。寝たきり状態になるとさらに筋肉を動かさなくなり、二次的な筋肉の廃用萎縮を来たし、筋萎縮・筋力低下を加速する。球麻痺症状とは咽喉頭筋・舌・咬筋・顔面筋等の筋萎縮・筋力低下徴候によるもので、発声・発語障害に基づく言語障害(言葉の不明瞭性等)や嚥下困難をきたす。やがて経口摂取困難状態になる。錐体路症状に関しては、両肢において筋肉の緊張が強くなり、つっぱって動かし難い等の異常筋緊張亢進を伴う運動麻痺(痙性麻痺)を生ずる。ALSではそれぞれの症状の程度と進展は様々であるが、予後はきわめて不良で、病期の進行は比較的速く、最終的には呼吸筋麻痺による呼吸不全を来たし、人工呼吸器を用いなければ通常2~3年で死亡する。現在では気管切開後の人工呼吸器使用による呼吸管理により、生命そのものの延命は可能となったが、患者の生活の質(Quality of Life,QOL)の高度の低下、経済的な保障不安、在宅療養での介護者(マンパワー)の不足等の問題要素があり、患者のみならず家族全員・家族全体に重大な社会的障害と苦痛を与える。しかも、患者の意識は最後まで正常で、一般に知能も障害されないため、患者は常に死の恐怖と向き合わなければならない過酷な状況となる。
本発明の治療剤を用いれば、ALSにおけるこれらのALS臨床症状が改善され、人工呼吸器装着までの期間を顕著に延長でき、患者のQOLを維持できる期間が長くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】薬剤投与スケジュールを示す。第一治療実験系では、ALS発症から終末期(人道的エンドポイント)まで、治療群には2-デオキシ-D-グルコースを、プラセボ投与群にはマウス用飲料水を連日経口投与した。終末期において、組織をサンプリングし解析した。第二治療実験系として、2-デオキシ-D-グルコース治療群とプラセボ投与群の110日齢時点で組織をサンプリングした。具体的には、G1H-G93Aトランスジェニックマウスに、発症日より2-デオキシ-D-グルコースまたはプラセボであるマウス用飲料水を連日1日1回経口投与し、終末期に至る前の臨床症状に差の見られる110日齢の時点で、組織をサンプリングした。図1の下段の写真は、後肢麻痺を示すG1H-G93Aトランスジェニックマウスである。正常コントロールとして、野生型同腹仔マウスには、マウス用飲料水を110日齢当日まで、連日経口投与した。
【図2】2-デオキシ-D-グルコースの有効性の解析結果を示す。左上は病悩期間、右上は発症日、左下は生存期間を示す。
【図3】プラセボであるマウス用飲料水を投与した終末期に相当した日数の野生型同腹仔マウスの腰髄組織におけるクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色像を示す。上段は弱拡大の腰髄組織像であり、下段は強拡大の腰髄組織像を示している。プラセボであるマウス飲料水を投与した110日齢の野生型同腹仔マウスにおいても、同一病理像を示していた。
【図4】プラセボであるマウス用飲料水を投与した終末期のG1H-G93Aトランスジェニックマウスの腰髄組織におけるクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色像を示す。上段は弱拡大の腰髄組織像であり、下段は強拡大の腰髄組織像を示している。
【図5】2-デオキシ-D-グルコースを投与した終末期のG1H-G93Aトランスジェニックマウスの腰髄組織におけるクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色像を示す。上段は弱拡大の腰髄組織像であり、下段は強拡大の腰髄組織像を示している。
【図6】腰髄における25μm以上の直径を持つ脊髄前角細胞数を示す。 上段:プラセボであるマウス用飲料水を投与した終末期に相当した日数の野生型同腹仔マウス。プラセボであるマウス飲料水を投与した110日齢の野生型同腹仔マウスにおいても、同一脊髄前角細胞数を示した。 中段:プラセボであるマウス用飲料水を投与した終末期のG1H-G93Aトランスジェニックマウス 下段:2-デオキシ-D-グルコースを投与した終末期のG1H-G93Aトランスジェニックマウス
【図7】プラセボであるマウス用飲料水を投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウスの、生後110日齢時点での腰髄組織におけるクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色像を示す。
【図8】2-デオキシ-D-グルコースを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウスの生後110日齢時点での腰髄組織におけるクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のALS治療剤の有効成分は、還元糖類縁体である。

【0015】
ここで還元糖とは、アルデヒド基を含む糖質を言う。2-デオキシ-D-グルコースは、水溶液中では形状が変わって鎖状構造となり、一部の2-デオキシ-D-グルコースはアルデヒド基が存在するようになる。2-デオキシ-D-グルコースは、還元能を調べるフェーリング試薬とも反応し、陽性を呈する。還元糖類縁体には、還元糖の4個のヒドロキシ基及びヒドロキシメチル基の1~5個が、水素原子に置換されているか、他の置換基に置換されている化合物が含まれる。ここで他の置換基としては、カルボキシル基、アミノ基、アセトアミノ基、グリコリルアミノ基、グリセリル基等が挙げられる。
還元糖類縁体の例としては、デオキシ還元糖、イズロン酸、グルクロン酸等が挙げられ、このうちデオキシ還元糖がより好ましい。

【0016】
デオキシ還元糖には、デオキシ還元単糖、デオキシ還元二糖等が含まれるが、デオキシ還元単糖が好ましい。デオキシ還元単糖としては、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、及びデオキシマンノースから選ばれる1種又は2種以上が挙げられる。このうち、デオキシグルコースが好ましい。

【0017】
デオキシ還元糖のデオキシ(ヒドロキシ基が水素原子に置換)の位置は、六員環上の1、2、3、4及び6位のいずれでもよく、1又は2以上でもよいが、2位又は6位が好ましい。すなわち、2-デオキシグルコース、2-デオキシフルクトース、2-デオキシガラクトース、2-デオキシマンノース、フコースがより好ましい。さらに、単糖部は、D-体でもL-体でもよいが、D-体であるのが好ましい。従って、D-フコース、フコース、2-デオキシ-D-グルコース、2-デオキシ-D-フルクトース、2-デオキシ-D-ガラクトース、2-デオキシ-D-マンノースがより好ましい。このうち、特に2-デオキシ-D-グルコースが好ましい。

【0018】
より好ましい還元糖類縁体の具体例としては、デオキシグルコース、デオキシフルクトース、デオキシガラクトース、デオキシマンノース、イズロン酸、ノイラミン酸、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸、グルクロン酸が挙げられる。

【0019】
これらのデオキシ還元糖は、既に知られており、市販品として入手可能である。例えば、2-デオキシ-D-グルコースは、ホスホグルコースイソメラーゼを競合的に、またヘキサナーゼを非競合的に阻害することが知られており、がん治療薬やてんかん治療薬として有用である可能性が報告されている(特表2006-515883号公報等)。また、2-デオキシグルコースの標識体、例えば18F-フルオロデオキシグルコースは腫瘍組織の画像診断に利用されている。しかし、2-デオキシ-D-グルコースとALSの関係については一切報告されていない。2-デオキシ-D-グルコースとALSとの直接的関連性を記載した文献は検索した限りは見いだせず、本発明は全く新しい発想に基づくものである。ただ唯一、2-デオキシ-D-グルコースがALSとは全く無関係の脳虚血モデルマウスにおいて、グルタミン酸の放出を抑制したという記載があるのみである(特許文献2)。しかも、この文献には、2-デオキシ-D-グルコースがALSに有効であるとの記載は一切ない。脳虚血後再灌流モデルにおける脳虚血後の遅発性の神経細胞死の機序は、グルタミン酸の過剰によるとされているが、この場合障害される細胞は、記憶・情動を司る大脳の海馬の神経細胞である(非特許文献17)。ALSで障害される運動神経細胞と脳虚血後再灌流モデルで障害される神経細胞は全く別の細胞である。しかも、ALSと脳虚血との間には関連はないことも報告されている(非特許文献18)。つまり、グルタミン酸の放出を抑制したことは、ALSとは基本的には全く関連性はない。しかも、グルタミン酸は興奮性アミノ酸であるので、このグルタミン酸放出を抑制する物質には、抗てんかん薬のラモトリギン、レベチラセタム、ガバペンチン、鎮痛剤のプレガバリン、抗炎症剤フルファサラジン等の数多くの物質が存在する。このようにグルタミン酸誘発興奮性を抑える薬剤としては、種々の薬剤が存在し、これらの薬剤においてALSの有効性が検討されてきているが、現時点でALSで有効性が認められているものはない(非特許文献19、20)。

【0020】
後述の実施例に示すように、還元糖類縁体は、最も症状の進行が速く、生存期間も短いALS症状の激烈な系統であるG1H-G93A変異SOD1(G93A)過剰発現トランスジェニックALSモデルマウスにおいて、ALS発症後の経口投与で、その症状の進行を顕著に抑制し、生存期間も延長させた。従って、本発明のALS治療剤を、ALS発症後に投与すれば、人工呼吸器装着までの期間を顕著に延長でき、患者のQOLを維持できる期間が長くなる。
また、還元糖類縁体、例えば2-デオキシ-D-グルコースの毒性は、LD50が2g/kg以上という報告があり(非特許文献21)、有効量に対しての安全性も高く、長期間継続して投与可能である。

【0021】
本発明の医薬の投与経路は特に限定されず、経口的又は非経口的に投与することができる。非経口投与としては髄腔内、静脈内、動脈内、筋肉内、皮下又は皮内等への注射、吸入、直腸内、鼻腔内投与及び点鼻、点耳、点眼、外用投与等が挙げられる。

【0022】
本発明の医薬としては、有効成分である還元糖類縁体をそのまま患者に投与してもよいが、好ましくは、還元糖類縁体と薬学的に許容し得る添加物とを含む医薬組成物の形態の製剤として投与すべきである。薬学的に許容し得る添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を用いることができる。

【0023】
経口投与に適する製剤の例としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、又はシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する製剤としては、例えば、注射剤、点滴剤、坐剤、吸入剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、又は外用剤(貼付、軟膏、クリーム、ゲル、ローション、スプレーなどを含む)などを挙げることができる。

【0024】
経口投与に適する製剤には、添加物として、例えば、ブドウ糖、乳糖、D-マンニトール、デンプン、又は結晶セルロース等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、デンプン、又はカルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ポリエチレングリコール、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤を用いることができる。注射、又は点滴用に適する製剤には、注射用蒸留水、生理食塩水、プロピレングリコール等の水性あるいは用時溶解型注射剤を構成し得る溶解剤又は溶解補助剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D-マンニトール、グリセリン等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基又は有機塩基等のpH調節剤等の製剤用添加物を用いることができる。坐剤に適する製剤には、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、脂肪酸トリグリセリド等の基剤、及び必要に応じて非イオン界面活性剤のような界面活性剤等の添加物を用いることができる。

【0025】
貼付剤に適する製剤としては、通常の支持体に前記軟膏、クリーム、ゲル、ペースト等を常法により塗布したものが挙げられる。支持体としては、綿、スフ、化学繊維からなる織布、不織布や軟質塩化ビニル、ポリエチレン、ポリウレタン等のフィルムあるいは発泡体シートが適当である。

【0026】
本発明の医薬の投与量は、疾患の進行状況、又は症状の程度、患者の年齢や体重などの諸条件に応じて適宜選択可能である。薬剤の血中濃度は、体表面積と相関する(Gamelin Eら、J Clin Oncol 2008;26(13):2099-2105)ことから、還元糖類縁体量として、一般的には成人に対して1日当たり0.03~3 mg/体表面積1cm、即ち50kg体重であれば体表面積15000cmに相当するので、0.45~45 gを経口的に投与するのが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【実施例】
【0028】
I.材料及び方法
1.薬剤
2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)を使用した。
【実施例】
【0029】
2.投与方法
1)マウスの体表面積1cm当たりの2-DGのマウスへの投与量は、これまでの炎症疾患モデルマウスへの投与量を参考として0.263mg/cmと決定した。例えば、体重20gのマウスの体表面積は76cmである。つまり、体重20gのマウスの場合、1匹当たり薬剤投与量は20mgとなる。微量の薬剤・溶剤の計量は誤差が大きくなるため、ある程度の量を秤量し、薬剤を準備した。500mgの2-DGを5mlマウス用飲料水に溶解し、体重20gのマウスであれば、そのうち0.2mlを投与すればよいことになる
【実施例】
【0030】
2)プラセボとしては、溶剤としてのマウス用飲料水を使用した。すなわち、薬剤投与マウスの溶剤と等容量を1日1回経口投与した。
3)経口投与の方法は、プラスチックシリンジにて個々のマウスの体重に相当する薬剤を含有する容量を正確に測量し、プラスチックシリンジに直接マウス用胃ゾンデをつなげ、経口・経食道的に確実に投与した。
【実施例】
【0031】
3.実験動物
ALSモデル実験動物には、G93A点変異のヒト変異SOD1遺伝子を高コピー数(20-30コピー)過剰発現させた雄トランスジェニックマウスB6SJL-TgN[SOD1-G93A]1Gur(G1H-G93A,JR2726;Hemizygote)をJackson Laboratory(Bar Harbor,米国)から購入し、使用した。同時に、その雄の野生型同腹仔マウスB6SJL-TgN[SOD1-G93A]1Gur(Wild type)もJackson Laboratoryから購入し、使用した。
【実施例】
【0032】
4.プラセボ、2-DG投与方法による実験グランドデザイン:
第一治療実験群(終末期解析実験群)と第二治療実験群(110日齢解析実験群)
自然定着の微生物を保有するマウスにおける感染症等を排除し、可能な限り、個体差を最小限にさせる目的で、当該G1H-G93Aトランスジェニックマウス及び野生型同腹仔マウスを、Jackson Laboratoryから購入後、個別に3週間隔離し、SPF(specific pathogen free:特定病原体のいない微生物制御状態)であることを再度確認する。実験は、SPFを再度確認した後、当該Jackson Laboratoryの雄G1H-G93Aトランスジェニックマウスの2群に分けた。即ち、第一段階の第一治療実験群(終末期解析実験群)では、コントロール群(n=5)であるマウス用飲料水投与群と治療群である2-DG治療投与群(n=5)の2群である。野生型同腹仔マウス(n=10)を正常コントロール群として用いた。第二段階の第二治療実験群(110日齢解析実験群)では、コントロール群(n=2)であるマウス用飲料水投与群と治療群である2-DG治療投与群(n=4)の2群である。野生型同腹仔マウス(n=3)を正常コントロール群として用いた。
【実施例】
【0033】
G1H-G93AトランスジェニックマウスにおけるALSとしての自然臨床経過は、ほぼ単一的自然臨床経過で以下のごとくのALS臨床経過をとった。即ち、G1H-G93Aトランスジェニックマウスは、しばらくの間は、野生型同腹仔と同一俊敏性の行動が認められている。しかし、生後100日齢を過ぎた頃より、個体により、多少の差はあるものの、次のような臨床症状を呈し始める。即ち、不活発性・小刻みなふるえ(jittering/tremor)・尻尾挙上不全(limp tail)・俊敏性の欠如した緩徐歩行・一側性の極めて軽度の後肢不完全麻痺のいずれか一つ以上の臨床症状を呈する。これらの臨床症状の一つ以上を認めた場合をステージ1度の臨床症状と定義づける。それ以後のG1H-G93Aトランスジェニックマウスにおける自然臨床経過は、前肢は麻痺のない正常にもかかわらず、明らかな一側あるいは両側の後肢不完全麻痺を呈する臨床症状を示し始める(ステージ2度)。その後,前肢はほぼ正常のまま、後肢は高度の両側麻痺を呈するようになる(ステージ3度)。そして、両側後肢高度麻痺を呈したまま、一側あるいは両側の前肢不完全麻痺を発症し始める(ステージ4度)。やがて、全てのG1H-G93Aトランスジェニックマウスは終末期を迎えることになる。即ち、G1H-G93Aトランスジェニックマウスは高度四肢麻痺もしくは瀕死状態の臨床症状を示し始める(ステージ5度)。また、野生型同腹仔マウスは、1歳齢まで観察しても、ALS臨床症状を発症しなかった。
当該研究の実験グランドデザインは、ALSが発症をもって治療薬の投与を開始する実際のヒトにおける臨床治験方法を考慮して、G1H-G93Aトランスジェニックマウスの投与方法をグランドデザイン化した。
【実施例】
【0034】
1)プラセボ投与実験群:
同一出生日のG1H-G93Aトランスジェニックマウス5匹と野生型同腹仔マウス10匹とを使用した。G1H-G93Aトランスジェニックマウス5匹のそれぞれの個体が、ALS症状の発症後、即ち、臨床症状ステージ1度を確認の後、この時点を含む日よりプラセボであるマウス用飲料水を経口投与した。野生型同腹仔マウス10匹全例は、ALS症状は認めないために、野生型同腹仔マウスは10匹全例100日齢から投与した。経口投与期間は、G1H-G93Aトランスジェニックマウス5匹においては、臨床症状ステージ1度を確認した日から、ステージ5度の臨床症状を確認した期間まで連日投与した。野生型同腹仔マウス10匹は、プラセボであるマウス用飲料水を100日齢から、2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群のマウス個体のうち、最長延命可能であったマウス個体の最長日齢まで連ステージ5度の臨床症状を確認した期間まで連日投与した(図1)。
【実施例】
【0035】
当該研究の実験グランドデザインは、ALSが発症をもって治療薬の投与を開始する実際のヒトにおける臨床治験方法を考慮して、G1H-G93Aトランスジェニックマウスの投与方法をグランドデザイン化した。ALS症状の発症後、即ち、臨床症状ステージ1度を確認の後、この時点を含む日より2-DG投与治療実験群には0.263 mg 2-DG/マウス体表面積1cmを胃ゾンデにて連日経口投与した。マウス用飲料水のプラセボ投与群にはマウス用飲料水のみを、体表面積あたり2-DG投与量と等量になるように、胃ゾンデを用いて連日経口投与した。
【実施例】
【0036】
図1の下段写真は、当該実験に使用したALSモデル動物である。即ち、G93A点変異のヒト変異SOD1遺伝子を高コピー数(25コピー)過剰発現させた雄トランスジェニックマウスB6SJL-TgN[SOD1-G93A]1Gur(G1H-G93A,JR2726;Hemizygote)G1H-G93Aトランスジェニックマウスである。矢印は当該マウスの後肢を示していて、高度の両側後肢麻痺を呈しているが、前肢の運動評価はほぼ正常であるステージ3度を表している。
【実施例】
【0037】
5.実験動物のサンプリング方法
第一段階での第一治療実験系(終末期解析実験系):
第一段階の2-DG治療実験系として、2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群、マウス用飲料水投与G1H-G93Aトランスジェニックマウスプラセボ投与のコントロール群、マウス用飲料水投与野生型同腹仔マウス正常対照群の各群のそれぞれの個体について、上述してある2-DGあるいはマウス用飲料水投与期間についての当該実験最終日において、実験動物のサンプリングを実施した。即ち、2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群の5匹、マウス用飲料水投与G1H-G93Aトランスジェニックマウスプラセボ投与のコントロール群の5匹、マウス用飲料水投与野生型同腹仔マウス正常対照群の10匹の合計20匹を当該研究の実験動物として採用した。
【実施例】
【0038】
第一段階での治療実験系では、2-DGのALS進行の抑制、生存の延長効果を見るために、G1H-G93Aトランスジェニックマウスの終末期の時点まで、治療群には2-DGを、プラセボ投与のコントロール群にはマウス用飲料水を投与した。2-DG治療群では、進行の抑制、生存期間の延長、終末期の遅延が予想される。長期間生存を示す2-DG治療群も短期間生存を示すプラセボ投与のコントロール群の2群とも、ともに終末期の時点での臨床症状はステージ5度の終末期の臨床症候を示し、同一臨床症状となってしまう。即ち、両群とも、高度四肢麻痺、呼吸筋麻痺の状態であり、生存期間の長短とは無関係に、終末期臨床症状を示してしまった脊髄の病理組織像は同程度の像を呈することは想像に難くない。
【実施例】
【0039】
第二段階での第二治療実験系(110日齢解析実験系):
第二段階での2-DG治療実験系では、2-DGのALS進行抑制効果を病理組織学的に実証するために、ALS症状の終末期ではなく、110日齢の時点での病理組織像の解析を行った。第二段階の治療実験系として、治療群(n=4)には2-DGを、プラセボ投与のコントロール群(n=2)にはマウス用飲料水を第一段階治療実験系と同様に発症と同時に同一投与量で経口投与を開始し、終末期に至る前の臨床症状に差のみられる110日齢の時点で組織をサンプリングし、病理組織像を解析した。加えて、110日齢の時点の野生型同腹仔マウス(n =3)もサンプリングし、病理組織像を解析した。
【実施例】
【0040】
終末期の2-DG治療群(n=5)と対照のマウス用飲料水のプラセボ投与群(n=5)のG1H-G93Aトランスジェニックマウスと、終末期に相当する日数の野生型同腹仔マウス(n=10)、および110日齢時点での2-DG治療群(n=4)と対照のマウス用飲料水のプラセボ投与群(n=2)と、110日齢の野生型同腹仔マウス(n =3)の各個体の臓器組織のサンプリング方法は、以下のごとく実施した。
16匹のG1H-G93Aトランスジェニックマウス及び13匹の野生型同腹仔マウスは個体体重1g当たり1mLのペントバルビタールナトリウム(商品名ネンブタール、CAS登録番号57-33-0、大日本住友製薬、大阪)の腹腔内注射にて、全身麻酔を施行した。完全に麻酔下にあることを確認した。その後、麻酔下にある各個体は更に二酸化炭素処理による安楽死後、開腹・開胸を行った。左心室の大動脈経由により、生理的食塩水にて全身臓器の血液を除去した。その後直ちに、大脳の右前頭葉の一部分、脊髄の一部分、心臓の左右両心室の一部分、右肺の一部分、肝臓の一部分、左右腎臓の一部分、左精巣の各新鮮臓器を採取し、ドライアイスにて瞬間凍結させた。その後、各新鮮臓器は-80℃の超低温フリーザーに保存した。各新鮮臓器の瞬間凍結操作と同時並行操作として、各新鮮臓器として採取した部分を除く残存臓器部分と他の全ての臓器は、4%パラホルムアルデヒド、0.1Mカコジル酸緩衝液(pH7.3)にて、直ちに浸潤固定した。
【実施例】
【0041】
6.G1H-G93Aトランスジェニックマウスと野生型同腹仔マウスの臓器組織のパラフィン包埋とパラフィン切片の作製
大脳・小脳・脳幹・脊髄をはじめとする全臓器はパラフィンに包埋してミクロトームで薄切した。即ち、臓器組織の処理は、臓器組織の固定、脱水、脱エタノール、パラフィン浸透、パラフィン包埋、パラフィン切片作製の6ステップの操作方法にて実施した。
1)臓器組織の固定は、各組織を4%パラホルムアルデヒド・0.1Mカコジル酸緩衝液(pH7.3)にて浸潤固定した。
2)臓器組織の脱水は、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate buffered saline:PBS)で3回洗浄した。その後、水道水の流水にて一晩洗浄後、70%エタノールにて12時間室温、80%エタノールにて12時間室温、90%エタノールにて12時間室温、99.5%エタノールにて12時間室温、再度99.5%エタノールにて12時間室温、100%エタノールにて12時間室温、無水エタノールにて12時間室温にて浸透させ、臓器組織の水分をエタノールに完全に置換した。
3)臓器組織の脱エタノールは、脱水用のエタノールを除去するために、クロロホルムにて置換した。クロロホルム置換は、クロロホルム槽内にて室温で2時間3回浸透させた。
4)臓器組織のパラフィン浸透工程は、臓器組織をクロロホルム槽から60℃パラフィン槽に移すことにより実施した。
5)60℃パラフィン槽内にて、2時間4回浸透させることにより、完全にクロロホルムを抜き、臓器組織にパラフィン浸透を完全に実施した。その後、包埋用パラフィンにて、臓器組織をパラフィン内に包埋した。
6)パラフィン切片の作製は、パラフィン包埋された臓器組織のパラフィンブロックを、ミクロトームにて5μm厚で薄切した。
【実施例】
【0042】
7.組織化学的染色
1)パラフィン切片の組織化学的染色に先立ち、以下の脱パラフィン・親水操作を行った。即ち、脱パラフィン操作として、パラフィン切片をキシレン槽内に5分間4回入れ、次に親水操作として、脱パラフィン切片を100%エタノール槽内に5分間2回、95%エタノール槽内に5分間1回、90%エタノール槽内に5分間1回、80%エタノール槽内に5分間1回入れた。その後、水道水の流水にて洗浄を5分間行った。
【実施例】
【0043】
2)組織化学的染色は、ヘマトキシリン・エオシン(hematoxylin and eosin:HE)染色とクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色を行った。HE染色及びKB染色操作後の切片は、脱水・透徹・封入の各工程を実施した。まず脱水工程を以下の手順で行った。50%エタノール5分間3回、70%エタノール5分間3回、80%エタノール5分間3回、90%エタノール5分間3回、95%エタノール5分間3回、100%エタノール5分間5回、無水エタノール5分間5回である。透徹工程は、キシレン5分4回浸透させた。封入工程は、封入剤(New M・X;松浪硝子工業株式会社、大阪)をカバーグラスに少量たらし、空気を入れないように組織切片を覆った。
【実施例】
【0044】
8.定量的解析法
定量的解析のための各マウス個体の脊髄からの標本作製部位は腰髄膨大部から2カ所の切り出しを実施した。異なる2カ所の腰髄膨大部から切り出されパラフィンブロック化したブロックから、5μm厚パラフィン切片として連続26パラフィン切片を薄切した。連続26パラフィン切片のうち1番目、7番目、13番目、19番目、25番目の5μm厚パラフィン切片のそれぞれをHE染色に供した。そして、2番目、8番目、14番目、20番目、26番目の5μm厚パラフィン切片のそれぞれをクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色に供した。即ち、HE染色及びクリューバー・バレラ(Kluver-Barrera)染色における各5μm厚パラフィン切片の間隔が25μm間隔となるように標本作成した。
脊髄における運動神経細胞である脊髄前角細胞の細胞数を計測するために、連続26パラフィン切片のうちの1番目、7番目、13番目、19番目、25番目の各5μm厚パラフィン切片のそれぞれのHE染色の脊髄前角領域、特に、脊髄におけるレキシード分類(Parent A. Spinal cord:regional anatomy and internal structure.Carpenter’s Human Neuroanatomy,9th ed.Philadelphia,PA:Lippincott Williams & Wilkins,1996:325-67)の領域VII、領域VIII、領域IXの各領域の写真を撮影した。写真撮影及び写真撮影後の画像イメージ解析は、画像イメージ解析ソフト(FLVFS-LS Ver.1.12:オリンパス、東京、日本)搭載の3CCDデジタルカメラシステム(FX380:オリンパス,東京、日本)装備の光学顕微鏡(BX41:オリンパス,東京、日本)にて、写真撮影と共に画像イメージ解析を実施した。
マウス脊髄における運動神経細胞である脊髄前角細胞の定義は次のごとくに決定した。即ち、25μm以上の直径を持つ細胞質を有するレキシード分類の領域VII、領域VIII、領域IXに存在する神経細胞を脊髄前角細胞とした。(Klivenyi P,Ferrante RJ,Matthews RT,et al.Neuroprotective effects of creatine in a transgenic animal model of amyotrophic lateral sclerosis.Nat Med 1999;5:347-50、Kong J,Xu Z.Massive mitochondrial degeneration in motor neurons triggers the onset of amyotrophic lateral sclerosis in mice expressing a mutant SOD1.J Neurosci 1998;18:3241-50、Stephens B,Navarrete R,Guiloff RJ.Ubiquitin immunoreactivity in presumed spinal interneurone in motor neuron disease.Neuropathol Appl Neurobiol 2001;27:352-61、Sumi H,Nagano S,Fujimura H,et al.Inverse correlation between the formation of mitochondria-derived vacuoles and Lewy-body-like hyaline inclusions in G93A superoxide-dismutase-transgenic mice.Acta Neuropathol 2006;112:52-63)。
【実施例】
【0045】
9.統計解析法
病悩期間日数(発症日を含め、臨床ステージ5度に至るまでの日数)・生存期間日数(臨床ステージ5度に至るまでの日数)及び脊髄前角細胞数の定量的数値は、平均値±標準偏差で表示した。すべての統計解析はマッキントッシュソフトウエアのStatview(Ver.5.0,SAS Institute Inc.,カリフォルニア、米国)を用いて実施した。有意差検定にはKaplan-Meier法のLog-rank検定とMann-WhitneyのU検定を用い、危険率P<0.05を持って統計的有意差が有ると判定した。
本研究は鳥取大学動物実験委員会の承認を得ている(承認番号12-Y-34)。
【実施例】
【0046】
II.結果
1.プラセボ投与野生型同腹仔マウス実験群の臨床結果:
マウス用飲料水投与野生型同腹仔マウスは、ALS臨床症状を発症しなかった。
【実施例】
【0047】
2.プラセボ投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス実験群の臨床結果:
マウス用飲料水投与実験群におけるG1H-G93Aトランスジェニックマウスの発症日は、105.2±0.4日、生存期間は、123.0±3.7日、病悩期間18.8±3.6日であった。
【実施例】
【0048】
3.2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス実験群の臨床結果:
2-DG投与実験群におけるG1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群の発症日は、105.2±0.4日、生存期間137.6±3.4日、病悩期間33.2±3.1日であった。
【実施例】
【0049】
4.プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群との比較による2-DGの有効性の解析結果:
G1H-G93Aトランスジェニックマウスに、ALS発症と同時に、0.263mg2-DG/1cm体表面積を連日経口に投与することにより、Kaplan-Meier法のLog-rank検定による解析を施行したところ、マウス用飲料水投与プラセボ群より、病悩期間を有意に延長させる病悩期間延長効果(P<0.05)と生存期間を有意に延長させる生存期間延長効果(P<0.05)を認めた(図2)。即ち、2-DG経口投与によって、病悩期間延長効果と生存期間延長効果の各効果の明らかな有効性を認めた。
【実施例】
【0050】
G1H-G93Aトランスジェニックマウスに、ALS発症と同時に、0.263mg2-DG/マウス体表面積1cmを連日経口に投与することにより、マウス用飲料水投与プラセボ群より、病悩期間を有意に延長させる病悩期間延長効果(P<0.05)と生存期間を有意に延長させる生存期間延長効果(P<0.05)を認めた。
【実施例】
【0051】
5.プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群の終末期の神経病理学組織像に関する結果:
プラセボであるマウス用飲料水を投与した野生型同腹仔マウスの腰髄組織においては、HE染色及びKB染色共に腰髄組織像としては、正常マウスの腰髄組織像と同一組織像を示した(図3)。
プラセボであるマウス用飲料水を投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウスの腰髄組織(図4)及び2-DGを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウスの腰髄組織(図5)において、プラセボであるマウス用飲料水を投与した野生型同腹仔マウスの腰髄組織に比較して、HE染色及びKB染色共に腰髄に存在する25μm以上の直径を持つ細胞質を有する神経細胞である脊髄前角運動神経細胞は明らかに減少していた。ヒト遺伝性ALSにおいてはSOD1遺伝子異常が存在していた場合、両親のうちのいずれかからの遺伝で有り、1コピーの変異遺伝子導入といえる。しかるに、当該実験に使用したALSモデルマウスは、G93A点変異のヒト変異SOD1遺伝子を20コピーから30コピーも遺伝子導入させたG1H-G93Aトランスジェニックマウスである。ヒト変異SOD1遺伝子を20-30コピーも遺伝子導入させたG1H-G93Aトランスジェニックマウスのごとくの高コピー数においてさえ、2-DG経口投与により生命予後を有意に延命させた(図2)。G1H-G93AトランスジェニックマウスはALSモデルマウスという観点から異常遺伝子に基づいてALSで有り続けるようにデザインされた動物であることを考慮した場合、たとえ、2-DG経口投与により生命予後を有意に極長期に延命したとしても、運動麻痺により終末期を迎えた状態においては、最終的には、その運動を司る25μm以上の直径を持つ腰髄前角運動神経細胞は減少することが判明した。
【実施例】
【0052】
6.プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群の終末期の定量的残存前角細胞数解析に関する結果: 第一段階での第一治療実験系(終末期解析実験系)の2-DG治療実験系として、プラセボ投与群と2-DG投与実験群の人道的エンドポイントとした生存限界を確認したために、病理組織像の解析のための組織を採取した時期は、治療群ではプラセボ投与群よりも有意に延長した長い生存日数の時点であった。いずれの群も終末期つまり、臨床症状からは、四肢麻痺・呼吸筋麻痺で、臨床症状には差のない状態であり、病理組織学的にも、残存脊髄前角細胞数に有意差がないことは、容易に想像できた。しかしながら、極長期に生存しても、短期生存しても、臨床徴候が同一終末期であれば、真に病理組織像は同一であるという事柄を証明するためにも、ALS発症の病理組織学的根拠として、脊髄前角の残存神経細胞数を解析した。
25μm以上の直径を持つ細胞質を有する脊髄前角細胞数は、プラセボであるマウス用飲料水投与G1H-G93Aトランスジェニックマウスコントロール群では12.4±4.8であった。2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群では12.8±5.8であった。終末期の直径25μm以上の脊髄前角細胞数には両群に統計的に有意差は認められなかったことは当然の帰結であった(p=0.9163,Mann-Whitney U test)(図6)。
【実施例】
【0053】
ALSの神経病理学的所見の本質は、脊髄前角細胞が変性し萎縮することである。ヒトのALS剖検例における神経病理学的解析では、ヒトのALS剖検例において変性し萎縮した残存脊髄前角細胞は一回り小型化したsmall-sized neuronsとして同定される。つまり、脊髄前角細胞が残存していたとしても、ヒトにおいては、運動麻痺により終末期を迎えた状態においては、すべての脊髄前角細胞はALSの病態により、正常サイズを維持することが困難となる。このことはG1H-G93AトランスジェニックALSモデルマウスにもあてはまり、プラセボを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウス(図4)に比較して、2-DGを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウス(図5)は、25μm以上の直径を持つ脊髄前角細胞は、統計的には有意差を認めなかったものの、25μm未満の直径を持つ脊髄前角細胞数は残存していた(図4,図5)。即ち、病理組織学的には、終末期においてさえ、2-DGを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウス(図5)の方が、プラセボを投与したG1H-G93Aトランスジェニックマウス(図4)より、脊髄運動神経細胞死を抑制していたと判定できた。
【実施例】
【0054】
7.プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群の110日齢時点の病理学的組織像に関する結果:
終末期の臨床症状は、高度四肢麻痺・呼吸筋麻痺の状態で、プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群のG1H-G93AトランスジェニックALSモデルマウスの生存期間には有意差があるものの、最終的な終末期の臨床像はほぼ同一となってしまう。これはつまり、病理組織学的にも、プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群のG1H-G93AトランスジェニックALSモデルマウスでは、同程度の病理像を呈することを意味する。実際、25μm以上の直径を持つという基準を満たす残存脊髄前角細胞数に関しては、終末期においては統計学的有意差は認められなかった。但し、マウス用飲料水を投与したコントロール群と比較して、2-DG投与実験群のG1H-G93AトランスジェニックALSモデルマウスにおいては、やや小型萎縮した脊髄前角細胞は残存する傾向が見られた。このため、終末期に至る前の、コントロール投与実験群と2-DG投与実験群の間で臨床症状に差の見られた時点、つまり110日齢時点での病理組織像を解析した。
【実施例】
【0055】
第二段階での第二治療実験系(110日齢解析実験系)として、コントロール群と2-DG投与実験群いずれも110日齢の時点の脊髄前角には、コントロール群と2-DG投与実験群の終末期(図4,5)と比較して、HE染色及びKB染色において、直径25μm以上の基準を満たす細胞が多く残存していた(図7,8)。また25μm以上の直径を持つという基準を満たさない脊髄前角細胞も終末期のHE染色及びKB染色と比べて比較的多く観察された。プラセボであるマウス用飲料水を投与した110日齢の野生型同腹仔マウスの脊髄前角細胞数は、プラセボであるマウス用飲料水を投与した終末期に相当する野生型同腹仔マウスの脊髄前角細胞数と同一であった。G1H-G93AトランスジェニックALSモデルマウスにおける前角神経細胞は、100日齢の発症後、110日齢を過ぎてから、急激のその数を減じていくことが,終末期の病理組織像との比較より判明した。マウス用飲料水であるプラセボ投与実験群(図7)と2-DG投与実験群(図8)の110日齢の脊髄前角の病理組織像の比較では、2-DG投与実験群で残存脊髄前角細胞数は有意に多かった。
【実施例】
【0056】
マウス用飲料水であるプラセボ投与実験群(図7)では、細胞質が萎縮し濃縮した脊髄前角細胞が3個みられる。一方、2-DG投与実験群では、まだ、比較的大きさの保たれていて、萎縮を示していない正常な脊髄前角細胞が6個確認される。2-DG投与実験群では、脊髄前角細胞の変性、萎縮、消失がマウス用飲料水であるプラセボ投与実験群と比べて有意に抑制され、有意な運動前角細胞死抑制が確認された。
【実施例】
【0057】
6.プラセボ投与実験群と2-DG投与実験群の110日齢時点の定量的残存前角細胞数解析に関する結果:
1切片あたり25μm以上の直径を持つ細胞質を有する脊髄前角細胞数は、プラセボであるマウス用飲料水投与G1H-G93Aトランスジェニックマウスコントロール群では2.3±2.0であった。2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群では10.6±4.7であった。既に、110日齢の時点の直径25μm以上の脊髄前角細胞数には両群に統計的に有意差が認められ、2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群では脊髄前角細胞は有意な残存が認められた(p<0.0001,Mann-Whitney U test)。この結果は、最も症状の進行が早く、生存期間の短い最も症状の激烈なALSモデルマウスにおいて、2-DGによるALS進行抑制、生存期間の延長というALSに対する有効性を実証するものである。しかも、2-DGは、1日1回、経口投与で有効であることが判明し、ヒトへの応用が容易である。更に、生後110日齢の時点の病理組織像の解析から、2-DG投与群では、プラセボであるマウス用飲料水投与群に比べて、有意に残存脊髄前角細胞数が多く、有意に脊髄前角細胞死を抑制した。ALSに対する有効性は、110日齢の時点の2-DGの病理組織像からも実証された。また、2-DG投与G1H-G93Aトランスジェニックマウス治療実験群では、重大な有害な副作用を、臨床症状的にも、病理組織学的にも示さず安全性も確認した。
図面
【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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