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明細書 :分化多能性幹細胞の製造方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5987063号 (P5987063)
登録日 平成28年8月12日(2016.8.12)
発行日 平成28年9月6日(2016.9.6)
発明の名称または考案の名称 分化多能性幹細胞の製造方法
国際特許分類 C12N   5/10        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C07K  14/47        (2006.01)
FI C12N 5/10
C12N 15/00 ZNAA
C07K 14/47
請求項の数または発明の数 11
全頁数 52
出願番号 特願2014-544531 (P2014-544531)
出願日 平成25年10月29日(2013.10.29)
国際出願番号 PCT/JP2013/079311
国際公開番号 WO2014/069479
国際公開日 平成26年5月8日(2014.5.8)
優先権出願番号 2012237734
優先日 平成24年10月29日(2012.10.29)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成27年12月3日(2015.12.3)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
発明者または考案者 【氏名】加藤 英政
【氏名】森山 陽介
【氏名】平木 啓子
【氏名】奥田 晶彦
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100100549、【弁理士】、【氏名又は名称】川口 嘉之
【識別番号】100126505、【弁理士】、【氏名又は名称】佐貫 伸一
審査官 【審査官】鳥居 敬司
参考文献・文献 国際公開第2011/075627(WO,A1)
特開2013-126412(JP,A)
Yufei Xu et al.,Genome-wide Regulation of 5hmC, 5mC, and Gene Expression by Tet1 Hydroxylase in Mouse Embryonic Stem,Molecular Cell,2011年,42(4),pp.451-464
加藤英政ほか,TET1は現行のヒトiPS細胞の欠陥を補って細胞分化効率を飛躍的に上昇させる,再生医療,2013年 3月 6日,第12回日本再生医療学会総会プログラム,第232頁、O-64-3
Hackett JA et al.,Germline DNA demethylation dynamics and imprint erasure through 5-hydroxymethylcytosine.,Science,2013年 1月,339(6118),pp.448-452
Yael Costa et al.,NANOG-dependent function of TET1 and TET2 in establishment of pluripotency.,Nature,2013年 3月,Vol.495,pp.370-374
Meelad M. Dawlaty et al.,Tet1 Is Dispensable for Maintaining Pluripotency and Its Loss Is Compatible with Embryonic and Postn,Cell Stem Cell,2011年,9(2),pp.166-175
Gao Y. et al.,Replacement of Oct4 by Tet1 during iPSC induction reveals an important role of DNA methylation and hydroxymethylation in reprogramming.,Cell Stem Cell. ,2013年 3月14日,12(4),p.453-69
調査した分野 C12N 5/00-5/28
C07K 14/00-14/825
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
WPIDS/WPIX(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
分化能が向上したヒト分化多能性幹細胞の製造方法であって、
下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子を、ヒト分化多能性幹細胞に導入する工程を含む、分化能が向上したヒト分化多能性幹細胞の製造方法
(a)そのN末端から2番目のアミノ酸残基が、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質であって、i)正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のセリン残基が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質、およびii)正常型TET1タンパク質のN末端から1番目と2番目のアミノ酸残基間に1~50個のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質からなる群より選択され、前記正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上した、変異型TET1タンパク質
(b)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸
(c)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
【請求項2】
前記変異型TET1タンパク質は、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基またはアスパラギン酸残基に置換したヒトTET1タンパク質である、請求項1に記載の分化能が向上したヒト分化多能性幹細胞の製造方法。
【請求項3】
前記変異型TET1タンパク質は、さらに、配列番号:2に記載のアミノ酸配列においては、1611~2074番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:4に記載のアミノ酸配列においては、1640~2103番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:6に記載のアミノ酸配列においては、809~1272番目のアミノ酸からなる領域である、ジオキシゲナーゼ領域を欠失しているTET1タンパク質である、請求項1または2に記載の分化能が向上したヒト分化多能性幹細胞の製造方法。
【請求項4】
ヒト分化多能性幹細胞の製造方法であって、
下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子を、ヒト分化多能性幹細胞に誘導するためのヒト体細胞に導入する工程を含む、ヒト分化多能性幹細胞の製造方法
(a)そのN末端から2番目のアミノ酸残基が、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ
酸配列からなるタンパク質である正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質であって、i)正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のセリン残基が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質、およびii)正常型TET1タンパク質のN末端から1番目と2番目のアミノ酸残基間に1~50個のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質からなる群より選択され、前記正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上した、変異型TET1タンパク質
(b)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸
(c)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
【請求項5】
前記変異型TET1タンパク質は、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基またはアスパラギン酸残基に置換したヒトTET1タンパク質である、請求項に記載のヒト分化多能性幹細胞の製造方法。
【請求項6】
変異型TET1タンパク質であって、そのN末端から2番目のアミノ酸残基が、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基とは異なり、i)正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のセリン残基が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質、およびii)正常型TET1タンパク質のN末端から1番目と2番目のアミノ酸残基間に1~50個のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列を有するTET1タンパク質からなる群より選択され、前記正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上している、変異型TET1タンパク質。
【請求項7】
前記変異型TET1タンパク質は、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基またはアスパラギン酸残基に置換したヒトTET1タンパク質である、請求項に記載の変異型TET1タンパク質。
【請求項8】
さらに、配列番号:2に記載のアミノ酸配列においては、1611~2074番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:4に記載のアミノ酸配列においては、1640~2103番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:6に記載のアミノ酸配列においては、809~1272番目のアミノ酸からなる領域である、ジオキシゲナーゼ領域が欠失している、請求項6または7に記載の変異型TET1タンパク質。
【請求項9】
請求項6~8のいずれか一項に記載の変異型TET1タンパク質をコードする核酸。
【請求項10】
請求項に記載の核酸が挿入されているベクター。
【請求項11】
下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子が導入されている、ヒト分化多能性幹細胞又は該細胞に誘導するためのヒト体細胞
(a)請求項6~8のいずれか一項に記載の変異型TET1タンパク質
(b)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸
(c)前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、分化多能性幹細胞の製造方法に関し、より詳しくは、分化能を向上させた分化多能性幹細胞の製造方法に関する。また、本発明は、当該製造方法に利用されるタンパク質にも関する。
【背景技術】
【0002】
分化多能性幹細胞は、自己とは異なる複数系統の種類の細胞に変化することができる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経ても自己と同じ能力を有する細胞を娘細胞として創出できる能力(自己複製能)とを備えている細胞であると定義されており、胚性幹細胞(ES細胞)や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)等がこの定義に該当する細胞であると考えられている。そして、かかる能力を有しているが故に、ES細胞やiPS細胞等は、再生医療や創薬開発の分野において重要な役割を果たすことが強く期待されている。
【0003】
しかしながら、最近、マウス分化多能性幹細胞とヒト分化多能性幹細胞とは、基本性質が異なっており、こと分化能に関しては、ヒト分化多能性幹細胞がマウス分化多能性幹細胞より劣っているということが報告されている。
【0004】
マウス分化多能性幹細胞に関しては、実験的に分化多能性を比較的正確に評価することができる。例えば、マウスES細胞を胚盤胞の腔内に注入すると、内部細胞塊と細胞同士とが混ざり合い、ES細胞由来の細胞が胚内で正常な発生を呈する場合があり、これをキメラ形成と呼んでいる。マウスES細胞にとって、このように発生時期が同等の内部細胞塊と発生の進行を同期できるかどうかは、分化多能性の良き指標になる。この場合、更に発生が進むと、これらES細胞の一部が生殖細胞系列に動員されることも知られている。この生殖細胞移行(germ line transmission)が起こることは、ES細胞由来の遺伝情報が次世代に渡されることを意味しており、この意味においてより広い意味での正常細胞としての適合性を示すことが可能である。またさらに“究極”とも言える分化多能性の証明方法が存在する。マウス受精卵の細胞分裂を一時的に阻害した後にこれを培養皿で培養すると、4倍体(tetraploid)の胚盤胞が形成される。この4倍体胚盤胞に含まれる内部細胞塊は、一見性質は正常に見えるが、その後の胚発生が進行することはない。このため、この4倍体胚盤胞をそのまま偽妊娠させた母親マウスの子宮に戻しても個体は得られない。しかし、この4倍体胚盤胞に対して、分化多能性を持った幹細胞を注入し、前述のキメラ形成を行わせると、この場合は注入した細胞のみが正常な核型を持ち、発生に貢献できる。こうすることで、単一世代で、注入した分化多能性幹細胞に完全に由来する個体が発生する。この方法は一般には4倍体補完(tetraploid-complementation)アッセイと呼ばれ、その際生まれたマウスを、注入した由来細胞にちなんでall-iPSCマウスと呼ぶ。このように、マウスにおいては、分化多能性を幾重にも検証することが可能であり、これまでに多くの証左によって、マウスiPS細胞も厳密な意味で分化多能であることが示されている。
【0005】
一方、ヒト分化多能性幹細胞に関しては、当然のことながら、倫理的な観点から上述の検証法はヒトでは用いる事ができない。その代用法としてよく用いられるのはテラトーマ形成である。ヌードマウスの皮下に幹細胞を移植すると、宿主となるマウスの血行に支えられて移植した細胞が“ランダム”に分化して組織化する。この腫瘍片を生長させ、その病理標本から外・中・内胚葉を探し出すことで、一応の分化多能性が示される。しかし、テラトーマ形成法によって分化多能性を評価する上で大きな問題が存在する。それは、本法においては、例え元の幹細胞の分化効率が悪くても、三胚葉への組織が確認された段階で分化多能性ありと判断される点である。これでは、腫瘍内に発生の全く進んでいない未分化な細胞が残留していても多くの場合これを無視して分化多能性を評価してしまうことになる。テラトーマ形成では、元の幹細胞集団に真の分化多能性細胞が数個存在すれば、他の細胞は全く何でもよくなり、評価方法としては全く定量性がない。例えば、マウスiPS細胞でもc-Mycを用いて作製されたものは、テラトーマ形成では三胚葉分化能が認められるものの、キメラ形成を行うと、ほとんどの場合、iPS細胞に由来する自然発生的な腫瘍を形成してしまう。次善の策として、実際に三胚葉に個別に分化誘導し、それを評価する方法も考えられる。これは、分化プロトコールに左右され、やはり定量的な実験は難しいことが予想される。
【0006】
さらに、ヒト分化多能性幹細胞に関しては、もっと根源的な問題点がある。それは、全ての細胞系譜に均等に分化する潜在能力を有する理想的なヒト分化多能性幹細胞が存在しないことである。長船らの報告によると、ヒトES細胞は遺伝子発現レベルでどれ2つとして同一のものは存在せず、それを受けて個々のES細胞株は、どれか特定の胚葉への分化誘導性に偏っていること、ひいては、ヒトES細胞は、定量的な点において、十分な“分化多能性”を持っていないことが示唆されている(非特許文献1)。
【0007】
また、マウスのES細胞が樹立されてから、ヒトのES細胞が樹立されるまで17年という時間がかかっている。これは、マウスES細胞の樹立方法ではヒトES細胞が樹立出来なかったために他ならない。マウスES細胞の自己複製培養には白血病抑制因子(以下「LIF」とも称する)が必要であるが、ヒトES細胞はLIF添加培地では自己複製させることができない。ThomsonらがヒトES細胞の維持に必要だと見出したのは、FGFとアクチビン(Activin)/Nodalとであった(非特許文献2)。さらに、マウスES細胞はJAK/STATシグナルを介するのに対し、ヒトES/iPS細胞ではSMAD2/3シグナルを介するという双方で異なるシグナル系を介してそれぞれの分化多能性幹細胞が自己複製することが明らかになっている。また、ヒト分化多能性幹細胞において、SMAD2/3を介した細胞内シグナルは、NANOGの発現上昇に関わるとの見方が優勢である。一方で、SMAD2/3シグナルは、哺乳類の発生では中内胚葉分化に必要なシグナル伝達経路であり、実際、これらの細胞系譜を目指して分化誘導を施すためには高濃度のActivinAを用いる。よって目的は異なるが、現状で多く用いられているヒト分化多能性幹細胞の自己複製シグナルは、同細胞の中内胚葉系への分化シグナルと重なっている。
【0008】
ヒトES細胞もマウスES細胞も、胚盤胞から樹立する点は共通している。しかしながら、前述の培養条件の違いからか、それらの性質は異なる。これまでの知見を総合すると、マウスES細胞は胚盤胞の内部細胞塊の遺伝子発現プロファイルを踏襲していることが判明しているが、ヒトES細胞は、胚盤胞が少し発達して形成されるエピブラスト内の原始外胚葉に最も性質が似ているということである。その後、マウスエピブラストから直接エピブラスト幹細胞(EpiSC)がヒトES細胞と同様の培養条件にて樹立されたことを受けて(非特許文献3及び4)、分化多能性を大きく2つに分けて考えるようになった。1つはマウスES細胞やマウスiPS細胞に代表される胚盤胞型の分化多能性を持つ幹細胞であり、もう1つはヒトES細胞、ヒトiPS細胞、マウスEpiSC等のエピブラスト型幹細胞であり、前者の性質はナイーブ(naive)と、後者の性質はプライム(primed)と称されるようになった(非特許文献5)。
【0009】
以上の通り、ナイーブ型の分化多能性幹細胞もプライム型の分化多能性幹細胞も共に三胚葉への分化能を有し、ヌードマウスに移植すればテラトーマが形成される点においては共通している。しかしながら、ナイーブ型の分化多能性幹細胞は、発生段階において受精卵に近い初期状態(胚盤胞)の性質を反映しているため、樹立等が容易であり、さらには、この細胞に完全に由来する個体を発生させることができる程の完全な分化多能性を有している。一方、プライム型の分化多能性幹細胞は、胚盤胞より発生の段階が進んでいるエピブラストの性質を反映していることもあり、樹立等が容易ではない。また、この細胞においては、前述の通り、分化多能性に偏りがあることも明らかになっている(非特許文献1)。さらに、プライム型の分化多能性幹細胞は、生殖細胞移行能やキメラ形成能を有しておらず、分化多能性を含め分化能の点において、プライム型の性質を有するヒト分化多能性幹細胞等は、ナイーブ型の性質を有するマウス分化多能性幹細胞より劣っていることが明らかになっている。
【0010】
再生医療の実用化や創薬開発において、多種多様な細胞、組織、臓器等を提供し得る程の高い分化能を備えることが、ことヒト分化多能性幹細胞には求められている。そのため、プライム型の性質を有するヒト分化多能性幹細胞等の分化能を向上させる方法が強く求められているが、かかる方法は未だ開発されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【0011】

【非特許文献1】Osafune,K.ら、Nat Biotechnol、2008年、26巻3号、313~315ページ
【非特許文献2】Thomson,J.A.ら、Science、1998年、282巻、5391号、1145~7ページ
【非特許文献3】Brons,I.ら、Nature、2007年、448巻、7150号、191~195ページ
【非特許文献4】Tesar,P.J.Nature、2007年、448巻、7150号、196~199ページ
【非特許文献5】Nichols,J.ら、Cell Stem Cell、2009年、4巻、6号、487~492ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、分化能を向上させた分化多能性幹細胞の製造方法、並びに当該製造方法に有用な物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、マウス分化多能性幹細胞とヒト分化多能性幹細胞との性質の差異について鋭意研究を進めた。
【0014】
マウス分化多能性幹細胞は、着床前の胚盤胞の内部細胞塊に近い性質を有している。一方、ヒト分化多能性幹細胞は、着床後のエピブラスト内の原始外胚葉に最も性質が似ている。そして、この発生段階の差により、分化多能性の点において、ヒト分化多能性幹細胞はマウス分化多能性幹細胞よりも劣っていることが想定される。
【0015】
また、発生過程において、初期化には2種類あると考えられている。受精直後から着床初期に生じる「初期胚における初期化」と、着床後に生殖細胞の形成過程で生じる「生殖系列における初期化」とである。この点を鑑み、本発明者らは、着床前の胚盤胞から着床後のエピブラストまでの記憶を消去すべく、「生殖系列における初期化」において発現している多種の因子を精査し、その中でTET1に着目した。
【0016】
TET1タンパク質は、5-メチル化シトシンのメチル基をヒドロキシル化し、5-ヒドロキシメチルシトシンに変換する作用を有する酵素であることが明らかになっている。また、近年、このタンパク質に関しては、前記5-ヒドロキシメチルシトシンから更にシトシンが生成される、すなわち脱メチル化が生じることが推測されている。さらに、DNMT1、DNMT3a、DNMT3b等のDNAメチル化酵素とDNAメチル化部位との結合を、TET1タンパク質が競合的に阻害することにより、DNAの低メチル化状態が維持されていることも想定されている。故に、TET1タンパク質はDNAの脱メチル化又は低メチル化状態維持の機構に関与していることが強く示唆されている。さらに、TET1タンパク質に関しては、マウスにおいて、受精卵から胚盤胞までの初期胚の発生過程や、始原生殖細胞、胚盤胞から樹立されるES細胞等において、その発現が認められている。したがって、前記DNAの脱メチル化等と併せ、TET1タンパク質は、細胞の「初期化」に関与していることも強く示唆されている。しかしながら、ヒトにおけるTET1タンパク質の発現は解析されていなかった。
【0017】
そこで、ヒトiPS細胞におけるTET1の発現を転写レベル及び翻訳レベルにて調べた。その結果、ヒトiPS細胞においてもマウスES細胞等同様にTET1mRNAは豊富に発現していることが確認された。また、その際ヒトiPS細胞において検出された2種類のTET1mRNA(cDNA)の配列は、いずれも従前知られていたものとは一部のエクソンの有無の点において異なっていたため、新たなTET1のスプライシングバリアントを見出すことにも本発明者らは成功した。
【0018】
しかしながら、その一方で驚くべきことに、ヒトiPS細胞においてTET1タンパク質の発現を検出することは、マウスES細胞等とは異なり出来なかった。そして、このTET1タンパク質の発現の有無が、マウス分化多能性幹細胞とヒト分化多能性幹細胞との分化能の差異を生じさせていると想定し、このTET1タンパク質をヒト分化多能性幹細胞において発現させる方法について鋭意検討した。その結果、天然型のTET1タンパク質のアミノ末端(N末端)にペプチドタグを付加することによって、当該タンパク質をヒト分化多能性幹細胞において安定的に発現させることを見出した。さらに、驚くべきことに、N末端から2番目のアミノ酸を異なるアミノ酸に置換するだけでも、当該タンパク質の発現が安定化することも明らかになった。
【0019】
次に、このようなヒト分化多能性幹細胞において安定的に発現することのできる変異型TET1タンパク質(改変TET1タンパク質)をヒトiPS細胞において発現させたところ、従前のヒト分化多能性幹細胞においては発現が認められた、中内胚葉への分化傾向を示すT、SOX17の発現は消失していることが見出された。したがって、改変TET1タンパク質によりヒトiPS細胞におけるこのような分化誘導の偏り(分化誘導の偏向性)が解消できることが明らかになった。
【0020】
また、改変TET1タンパク質を導入したヒトiPS細胞を神経系(外胚葉)に分化誘導したところ、分化誘導の抑制因子であるOCT3/4及びNANOGの発現は速やかに消失することが明らかになった。特にNANOGの発現は、殆どの細胞種への分化誘導の阻害要因となっていることが知られているため、改変TET1タンパク質の導入により、分化多能性幹細胞におけるこの因子による分化誘導に対する抵抗性が解消され、該細胞の分化多能性を確実に発揮させることができることも明らかになった。一方、改変TET1タンパク質の導入により、神経発生の必須因子であるSOX2や、SOX1等の神経マーカーの発現は、神経系への分化誘導過程において亢進されることも明らかになった。特にSOX1の発現量は、TET1タンパク質が導入されず作製された従前のiPS細胞の分化誘導過程と比べて約60倍に上昇していたため、当該タンパク質の導入により、分化多能性幹細胞における神経系への分化能も約60倍向上していることが想定される。
【0021】
そして、これら転写因子の増減を反映しているかのように、従来のTET1タンパク質が発現していないヒトiPS細胞では神経細胞への分化が僅かにしか認められなかった分化誘導の条件下においても、改変TET1タンパク質を導入したヒトiPS細胞においては、ほぼ100%の細胞が神経細胞に分化できることも見出した。また、かかる外胚葉系への分化のみならず、改変TET1タンパク質の導入により、分化多能性幹細胞の内胚葉系への分化能も向上されることも確認した。
【0022】
さらに、驚くべきことに、このような分化能の向上は、N末端から2番目のアミノ酸を異なるアミノ酸に置換し、さらにジオキシゲナーゼ領域を欠失させた改変TET1タンパク質によっても達成されることが明らかになった。すなわち、かかる分化能の向上においては、ジオキシゲナーゼ領域が担う脱メチル化活性は必要ではなく、TET1タンパク質のDNA結合能が維持されていれば十分であることが示された。
【0023】
また、前述の改変TET1タンパク質を、所謂リプログラミング因子(Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc)と共に体細胞に導入することによって、得られるiPS細胞の分化能の向上のみならず、該iPS細胞の誘導効率(製造効率)も高めることができることも明らかになった。
【0024】
さらに、TET1タンパク質が導入されず作製された従前のiPS細胞においては、癌関連マーカー(GPC4、GAGE2B及びGAGE7)が高発現している一方で、TET1タンパク質を導入して作製されたiPS細胞においては、これら癌関連マーカーの発現は抑制されていることを見出し、TET1タンパク質を導入することによって得られるiPS細胞は、分化能及び該iPS細胞の誘導効率(製造効率)の向上のみならず、その安全性を高めることができることも明らかにした。
【0025】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものであり、分化能を向上させた分化多能性幹細胞の製造方法を提供するものである。また、本発明は、当該製造方法において有用な変異型TET1タンパク質及び該変異型タンパク質の材料となる新規TET1タンパク質、並びにこれらタンパク質をコードする核酸を提供するものである。より詳しくは、本発明は以下を提供するものである。
<1> 分化多能性幹細胞の製造方法であって、
下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子を、分化多能性幹細胞又は該細胞に誘導するための体細胞に導入する工程を含む方法
(a)TET1タンパク質
(b)TET1タンパク質をコードする核酸
(c)TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
<2> 前記TET1タンパク質は、変異型TET1タンパク質であって、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているタンパク質である、<1>に記載の製造方法。
<3> 前記変異型TET1タンパク質は、そのアミノ末端から2番目のアミノ酸残基が正常型TET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質である、<2>に記載の製造方法。
<4> 前記変異型TET1タンパク質は、さらにジオキシゲナーゼ領域を欠失しているTET1タンパク質である、<2>又は<3>に記載の製造方法。
<5> 前記TET1タンパク質は、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である、<1>に記載の製造方法。
<6> 変異型TET1タンパク質であって、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているタンパク質。
<7> アミノ末端から2番目のアミノ酸残基が正常型TET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸残基とは異なる、<6>に記載のタンパク質。
<8> さらにジオキシゲナーゼ領域が欠失している、<7>に記載のタンパク質。
<9> 配列番号:4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
<10> <6>~<9>のうちのいずれか一に記載のタンパク質をコードする核酸。
<11> <10>に記載の核酸が挿入されているベクター。
<12> 下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子が導入されている、分化多能性幹細胞又は該細胞に誘導するための体細胞
(a)TET1タンパク質
(b)TET1タンパク質をコードする核酸
(c)TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、分化多能性幹細胞の分化能を向上させることが可能となる。さらには、iPS細胞を効率良く製造することも可能となる。また、腫瘍形成能が抑制された、安全性の高い分化多能性幹細胞を製造することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】プロテアソーム阻害剤(MG132)存在下又は非存在下において、ヒトiPS細胞株(#58、#237及び#105)におけるTET1タンパク質の発現量を、ウェスタンブロット法により分析した結果を示す写真である。
【図2】MG132存在下又は非存在下において、ヒトiPS細胞株(#58、#237及び#105)におけるTET1mRNAの発現量を、定量的RT-PCR法により分析した結果を示すグラフである。なお、図中縦軸は、同一サンプルに対して3つの反応を行い、その平均値を求め、GAPDH遺伝子を内部標準として標準化した相対的な値を示す。また、それぞれのカラムにおける誤差バーは標準誤差を示している(図5、8~23において同じ)。
【図3】ヒトiPS細胞において発現している3種類のTET1遺伝子産物の構造を示す概略図である。上段に、Refseqとして既に公知となっているTET1遺伝子のコーディング領域(CDS)及び該CDSがコードするタンパク質の構造を示す。中段及び下段に、本発明者らが今回新たに見出した2種のTET1遺伝子スプライスバリアントのCDS及び該CDSがコードするタンパク質の構造を示す。
【図4】N末にFLAGタグを配したTET1を強制発現したヒトiPS細胞株(NFLAG TET1OE)と、C末にFLAGタグを配したTET1を強制発現した株(CFLAG TET1OE)と、ベクターのみを発現したコントロールヒトiPS細胞株(pCAG-IP)とにおけるTET1タンパク質の発現量を、ウェスタンブロット法により分析した結果を示す写真である。
【図5】NFLAG TET1OEと、CFLAG TET1OEと、pCAG-IPとにおけるTET1mRNAの発現量を、定量的RT-PCR法により分析した結果を示すグラフである。
【図6】改変TET1タンパク質の改変部位と安定性との相関を分析するために用いた、改変TET1タンパク質の構造を示す概略図である。図中、上から一段目はヒトTET1遺伝子(バリアント2)のCDS及び該CDSがコードするタンパク質の構造を示す。上から二段目はヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質(♯93)の構造を示す。上から三段目は、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質(♯94)の構造を示す。上から四段目は、N末にFLAGタグを付加したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質(♯95)の構造を示す。
【図7】図6に示した構造を有するGFP融合TET1タンパク質(♯93、♯94及び♯95)を各々導入したヒトiPS細胞をFACSにて分析した結果を示すヒストグラムである。なお、図中「ヒトiPS細胞」で示されるヒストグラムは、ネガティブコントロールとしてGFPを発現しないiPS細胞を分析した結果を示す。
【図8】ヒトiPS細胞(図中「hiPSC」)と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞(図中「TET1o/e-hiPSC」)とを、神経細胞に分化誘導した際の、TET1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。図中の横軸は、神経細胞への分化誘導を開始してからの日数を示す(図9~23において同様)。
【図9】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、DNMT3A mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図10】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、DNMT3B mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図11】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、NANOG mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図12】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、OCT3/4 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図13】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、SOX2 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図14】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、SOX1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図15】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、NEUROGENIN1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図16】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、NEUROGENIN2 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図17】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、NEUROD1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図18】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、ASCL1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図19】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、PAX6 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図20】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、ZNF521 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図21】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、OTX2 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図22】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、T mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図23】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、神経細胞に分化誘導した際の、SOX17 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図24】ヒトiPS細胞を12日間かけ神経細胞に分化誘導した後、ラミニンをコートした培養皿に播種し直し、更に14日間培養した細胞を観察した結果を示す顕微鏡写真である。図中の矢印は、神経細胞の細胞体の塊が認められた箇所を示す。
【図25】N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞を、12日間かけ神経細胞に分化誘導した後、ラミニンをコートした培養皿に播種し直し、更に14日間培養した細胞を観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【図26】ヒトiPS細胞(図中「hiPSC」)と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞(図中「TET1o/e-hiPSC」)とを、内胚葉系に分化誘導した際の、NANOG mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。図中の縦軸は、ヒトiPS細胞での分化誘導前の状態における発現量を1とした場合の相対量を示し、横軸は、内胚葉系への分化誘導を開始してからの日数を示す(図27~29において同様)。
【図27】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、内胚葉系に分化誘導した際の、SOX17 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図28】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、内胚葉系に分化誘導した際の、HNF4A mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図29】ヒトiPS細胞と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞とを、内胚葉系に分化誘導した際の、FOXA2 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図30】空ベクターを導入したヒトiPS細胞(図中「pCAG-IP」)、ヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞(図中「♯93」)、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞(図中「♯94」)、及び、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質(全長)を強制発現させたヒトiPS細胞(図中「TET1o/e」)を、各々神経細胞に分化誘導した際の、NANOG mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。図中の縦軸は、pCAGIPの分化前の値を1とした相対値を示す(図32において同様)。図中の横軸は、神経細胞への分化誘導を開始してからの日数を示す(図31及び32において同様)。
【図31】空ベクターを導入したヒトiPS細胞、ヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞、及び、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質(全長)を強制発現させたヒトiPS細胞を、各々神経細胞に分化誘導した際の、SOX1 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。図中の縦軸は、空ベクターを導入したヒトiPS細胞(pCAGIP)の分化前の値が測定感度以下であったため、任意の相対値を示す。
【図32】空ベクターを導入したヒトiPS細胞、ヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞、及び、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質(全長)を強制発現させたヒトiPS細胞を、各々神経細胞に分化誘導した際の、OTX2 mRNAの発現量の経時的変化を示すグラフである。
【図33】質の良いiPS細胞から構成されるコロニー(図中「Frcs」)及び質の悪いiPS細胞から構成されるコロニー(図中「Prcs」)の外観の例を示す顕微鏡写真である。
【図34】モックベクターが導入されたヒトiPS細胞(「mv-iPSC」とも称する、図35及び36においても同じ)と、N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞(「TET1-iPSC」とも称する、図35及び36においても同じ)との細胞増殖曲線を示すグラフである。図中、横軸は日数を示す。
【図35】mv-iPSC及びTET1-iPSCの細胞周期についてFACSにて解析した結果を示すヒストグラムである。図中、各ヒストグラムの下にG1、S及びG2期における細胞数の割合も併記する。
【図36】DNAマイクロアレイ解析において、TET1-iPSCと比較してmv-iPSCにおいて発現の異なる遺伝子を示す、散布図である。DNAマイクロアレイ解析は、Agilent社製 SurePrint G3 Human GE 8x60K v2 1カラープラットフォームを用い、75パーセンタイルシフト方法にて行った。
【図37】マウスES細胞のナイーブ段階からプライム段階への移行過程を示す、概略図である。すなわち、ナイーブ段階のおいては、白血病阻止因子(LIF)及びナイーブ段階への移行を促進するその他の物質を除外した培地にてマウスES細胞を維持し、該細胞をFGF2及びアクチビンA(TGFβ/Nodalシグナル伝達のアゴニスト)を添加した培地に移すことでプライム段階への移行を誘導させたことを示す、概略図である。
【図38】qPCRによる解析結果において、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程において、エピブラストマーカーの発現が亢進していることを示す、グラフである。図中、各マーカーの発現を示す棒グラフにおいては、左から順に、プライム段階への移行の誘導を開始してから0時間、24時間、48時間後の結果を示す(時間に関する表記については、図40~54において同様)。
【図39】Tet1ノックダウン(Tet1-KD)マウスES細胞からエピブラスト様幹細胞(EpiLC)に至る過程を示す概略図である。Tet1-KDマウスES細胞は、Tet1 shRNAを導入し、ピューロマイシン耐性を指標として選択することにより、樹立した(K.Williams et al.,Nature 473,343(May 19,2011) 参照)。
【図40】マウスES細胞のナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Tet1ノックダウンによる影響を定量的RT-PCRにより解析した結果を示すグラフである。図中、「Tet1KD」は、Tet1をノックダウンさせたマウスES細胞の結果を示す。「GFPKD」は、Tet1KD細胞のコントロールとして、GFPを標的とするshRNAを導入したマウスES細胞の結果を示す。「ICM」はICM/ナイーブ型マーカーの転写レベルを解析した結果であることを示す。
【図41】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程において、Tet1-KDマウスES細胞(Tet1KD)及びそのコントロール(GFP-KD)における、Tet1、エピブラストマーカー(Epi)及び原始内胚葉マーカー(PE)についての転写レベルをqPCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【図42】Tet1-KDマウスES細胞(Tet1KD)及びGFP-KDマウスES細胞(GFP-KD)における、Tet1、Tet2、ICMマーカー及びエピブラストマーカーのタンパク質発現レベルを、ウェスタンブロットにより解析した結果を示す、写真である。なお、ナイーブ型因子(特に、Nanog、Esrrb、Tbx3及びStat3)のタンパク質レベルの発現は、Tet1-KD EpiLCにおいて維持されていた。
【図43】JAK阻害剤の存在下(JAKi +)又は非存在下(JAKi -)において、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるStat3、Dnmt3a及びDnmt3bについてのタンパク質発現レベルを、ウェスタンブロットにより解析した結果を示す写真である。JAK阻害剤としてJAKインヒビターI(Calbiochem社製、培地への添加濃度:1μM)を用いた。また、Dnmt3aに関しては、ウェスタンブロッティングにより2つのバリアント(v1及びv2)を検出した。
【図44】JAK阻害剤の存在下(JAKi +)又は非存在下(JAKi -)において、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるGata6転写レベルをqPCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【図45】MG132存在下(MG132+)又は非存在下(MG132-)において、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるマウスES細胞のTet1 mRNAの発現レベルを示す、グラフである。
【図46】MG132存在下(MG132 +)又は非存在下(MG132 -)において、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるマウスES細胞のTet1タンパク質の発現レベルを、ウェスタンブロットにより解析した結果を示す、写真である。図中の数値は、アクチンの発現量を基準に補正した、Tet1タンパク質の発現量を示す。
【図47】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるTcl1のメチル化可変領域(DMR)をバイサルファイトシークエンシングにより解析した結果を示す図である。図中、黒丸はメチル化(ヒドロキシメチル化)されたCpG部位を示し、白丸は非メチル化CpG部位を示す。バイサルファイトシークエンシングは、H.Wu et al.,Nature 473,389(May19,2011)に記載を参照して行った。
【図48】Tet1/Prdm14ダブルノックダウンマウスES細胞の、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程に至る過程を示す概略図である。
【図49】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Tet1/Prdm14ダブルノックダウンマウスES細胞のOtx2 mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。「GFPKD GFPKD」は、GFPを標的とするshRNAを導入して樹立した細胞株(コントロール)の結果を示し、「GFPKD P14KD♯1~3」は、GFPを標的とするshRNA及びPrdm14を標的とするshRNAを導入して樹立した各細胞株における結果を示し、「Tet1KD GFPKD」は、GFPを標的とするshRNA及びTet1を標的とするshRNAを導入して樹立した細胞株における結果を示し、「Tet1KD P14KD♯1~3」は、Tet1を標的とするshRNA及びPrdm14を標的とするshRNAを導入して樹立した各細胞株における結果を示す(図中の細胞株表記については、図50~52においても同様)。
【図50】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Tet1/Prdm14ダブルノックダウンマウスES細胞のDnmt3a mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【図51】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Tet1/Prdm14ダブルノックダウンマウスES細胞のDnmt3b mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【図52】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Tet1/Prdm14ダブルノックダウンマウスES細胞のGata6 mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【図53】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Dnmt3a1過剰発現マウスES細胞(3a1OE)、Dnmt3a2過剰発現マウスES細胞(3a2OE)及びDnmt3b過剰発現マウスES細胞(3bOE)のOtx2 mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。「GFPKD pCAG-IH」は、モックベクター(pCAG-IH)及びGFPを標的とするshRNAを導入して樹立した細胞株(コントロール)の結果を示し、「GFPKD 3a1OE」は、GFPを標的とするshRNAとDnmt3a1をコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示し、「GFPKD 3a2OE」は、GFPを標的とするshRNAとDnmt3a2をコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示し、「GFPKD 3bOE」は、GFPを標的とするshRNAとDnmt3bをコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示す。また、「Tet1KD pCAG-IH」は、モックベクター及びTet1を標的とするshRNAを導入して樹立した細胞株(コントロール)の結果を示し、「Tet1KD 3a1OE」は、Tet1を標的とするshRNAとDnmt3a1をコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示し、「Tet1KD 3a2OE」は、Tet1を標的とするshRNAとDnmt3a2をコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示し、「Tet1KD 3bOE」は、Tet1を標的とするshRNAとDnmt3bをコードするpCAG-IHベクターとを導入して樹立した各細胞株における結果を示す(図中の細胞株表記については、図54においても同様)
【図54】ナイーブ段階からプライム段階への移行過程における、Dnmt3a1過剰発現マウスES細胞(3a1OE)、Dnmt3a2過剰発現マウスES細胞(3a2OE)及びDnmt3b過剰発現マウスES細胞(3bOE)のGata6 mRNA発現レベルを、定量的RT-PCRにより解析した結果を示す、グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
<本発明の分化多能性幹細胞の製造方法>
本発明は、分化多能性幹細胞の製造方法であって、下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子を、分化多能性幹細胞又は該細胞に誘導するための体細胞に導入する工程を含む方法を提供するものである
(a)TET1タンパク質
(b)TET1タンパク質をコードする核酸
(c)TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。

【0029】
そして、該製造方法によれば、分化能を向上させた分化多能性幹細胞を製造することができる。また、前記製造方法によれば、TET1タンパク質等を前記体細胞に導入することにより、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を効率良く製造することもできる。さらに、前記製造方法によれば、腫瘍形成能が抑制された、安全性の高い分化多能性幹細胞を製造することも可能となる。

【0030】
本発明において、「分化多能性幹細胞」とは、自己とは異なる複数系統の種類の細胞に変化することができる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経ても自己と同じ能力を有する細胞を娘細胞として創出できる能力(自己複製能)とを備えている細胞を意味する。

【0031】
本発明において、「分化能」とは、自己とは異なる種類の細胞に変化することができる能力を意味する。また「分化能の向上」とは、異なる種類の細胞への分化を誘導する因子(例えば、神経細胞への誘導におけるSOX2)や異なる種類の細胞の分化マーカー(例えば、神経細胞における、SOX1、NEUROGENIN1、NEUROGENIN2、NEUROD1、ASCL1、PAX6、ZNF521及びOTX2)の発現亢進といった単なる分化誘導の促進のみならず、分化誘導に偏りをもたらす因子(例えば、外胚葉系への分化誘導時におけるT及びSOX17)の減衰(分化偏向性の解消)や、NANOG等の分化誘導を阻害する因子の減衰(分化抵抗性の解消)も含む意である。後述の実施例において示す通り、分化多能性幹細胞においては通常、分化偏向性や分化抵抗性によって、その分化多能性が抑制されている。これに対し、本発明によれば、かかる分化偏向性及び分化抵抗性を解消することにより、当該細胞の分化多能性を確実に発揮させることができる。したがって、本発明における「分化能の向上」には分化多能性の改善も含まれる。

【0032】
本発明によって分化能が向上される「分化多能性幹細胞」としては、例えば、ES細胞、エピブラスト幹細胞(EpiS細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、多能性生殖細胞(mGS細胞)、MUSE細胞(Kuroda Y.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.、2010年、107巻、19号、8639~8643ページ 参照)等の生体から採取され得る細胞が挙げられる。さらに、当該細胞にはiPS細胞等のように、生体から採取された体細胞から人工的に分化多能性等を持たせるよう誘導された細胞も含まれる。

【0033】
また、これら細胞の由来となる生体については特に制限はなく、ヒト及び非ヒト動物(マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、トリ等)の体が挙げられる。

【0034】
また、分化多能性幹細胞は、発生段階において受精卵に近い初期状態(胚盤胞)の性質を反映しているナイーブ型の分化多能性幹細胞と、胚盤胞より発生の段階が進んでいるエピブラストの性質を反映しているプライム型の分化多能性幹細胞とに分けることができ、前者より後者の方が分化能の点において劣っていることが明らかになっている。したがって、本発明の製造方法は、プライム型の分化多能性幹細胞に対してより有効であり、かかるプライム型の性質を有する分化多能性幹細胞としては、例えば、ヒト、サル、ブタ、ヒツジ、イヌ又はウシに由来するES細胞及びiPS細胞、並びにヒト及び前記非ヒト動物細胞に由来するエピブラスト幹細胞が挙げられる。

【0035】
本発明の製造方法において、このような分化多能性幹細胞又は後述の分化多能性幹細胞に誘導するための体細胞に導入される、「TET1タンパク質」としては、変異型TET1タンパク質が好ましい。

【0036】
本発明において「変異型TET1タンパク質」は、分化多能性幹細胞に導入されることにより、該細胞の分化能を向上させる機能を有する限り、後述の正常型TET1タンパク質に人工的に変異が導入されているタンパク質であってもよく、自然界において(すなわち、非人工的に)後述の正常型TET1タンパク質に変異が生じたタンパク質であってもよい。分化能を向上させる機能を有しているか否かは、後述の通り、例えば、TET1タンパク質等を分化多能性幹細胞等に導入し、当該細胞から異なる細胞への分化誘導過程において、異なる種類の細胞への分化を誘導する因子、分化マーカー、分化誘導に偏りをもたらす因子、分化誘導を阻害する因子の発現量を測定することによって判断することができる。

【0037】
変異型TET1タンパク質としては、プライム型の分化多能性幹細胞において、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているタンパク質であることが好ましい。タンパク質が正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているか否かは、後述の実施例において示すように、当業者であればウェスタンブロット等の公知のタンパク質の検出法を用いて評価することができる。

【0038】
「正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上している変異型タンパク質」の好適な例としては、そのアミノ末端から2番目のアミノ酸残基が正常型TET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質が挙げられる。

【0039】
N末端から2番目のアミノ酸が、正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質は、以下のように、正常型TET1タンパク質において、人工的に変異を導入することにより得ることができる。また、同様な変異が自然界において生じた変異タンパク質として得ることもできる。

【0040】
TET1タンパク質のアミノ酸置換体に関しては、例えば、正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基(ヒト由来のTET1タンパク質であればセリン残基)を異なるアミノ酸(例えば、グリシン残基)に置換したTET1タンパク質が挙げられる。正常型TET1タンパク質のN末端から2番目のアミノ酸残基を置換する方法としては特に制限はないが、例えば、部位特異的変異誘発(site-directed mutagenesis)法(Kramer,W.&Fritz,HJ.,Methods Enzymol,1987,154,350.)が挙げられる。

【0041】
TET1タンパク質のアミノ酸挿入体及びアミノ酸付加体に関しては、正常型TET1タンパク質のN末端から1番目と2番目とのアミノ酸残基間に1又は複数のアミノ酸が挿入されているTET1タンパク質や、正常型TET1タンパク質のN末端に直接1又は複数のアミノ酸が付加されているTET1タンパク質が挙げられる。かかる場合において、複数のアミノ酸としては特に制限はなく、例えば、2~100個のアミノ酸(好ましくは、2~50個のアミノ酸、2~10個のアミノ酸)が挙げられる。かかるアミノ酸の挿入、付加を行う方法としては特に制限はなく、例えば、後述の実施例において示すように、挿入又は付加するアミノ酸又はポリペプチドをコードするオリゴヌクレオチドを含むプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)が挙げられる。

【0042】
TET1タンパク質のアミノ酸欠失体に関しては、正常型TET1タンパク質のN末部分において、1又は複数のアミノ酸が欠失しているTET1タンパク質が挙げられる。かかる場合において、前記DNA結合ドメインを損なうことなく、TET1タンパク質の機能が維持されるという観点から、正常型TET1タンパク質のN末端から1~584番目の領域において1又は複数のアミノ酸が欠失していることが好ましい。また、TET1タンパク質のアミノ酸欠失体における複数のアミノ酸としては特に制限はなく、例えば、2~100個のアミノ酸(好ましくは、2~50個のアミノ酸、2~10個のアミノ酸)が挙げられる。かかるアミノ酸の欠失を行う方法としては特に制限はなく、例えば、かかる欠失領域のTET1タンパク質をコードするDNAをPCRによって増幅する方法が挙げられる。

【0043】
また、後述の実施例9において示す通り、TET1タンパク質において、脱メチル化酵素活性は必要ではなく、DNA結合能が維持されていれば、分化多能性幹細胞の分化能を向上させることができる。そのため、変異型TET1タンパク質は、DNA結合ドメイン(CXXCドメイン)よりカルボキシル末端側(C末端側)の領域が欠失しているものであってもよく、例えば、ジオキシゲナーゼ領域が欠失している変異型TET1タンパク質、システインリッチ領域及びジオキシゲナーゼ領域が欠失している変異型TET1タンパク質が挙げられる。

【0044】
本発明において、TET1タンパク質のDNA結合ドメインとしては、例えば、ヒトTET1タンパク質(配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質)においては、585番目のリシンから613番目のリシンまでのアミノ酸配列からなるドメインである。ジオキシゲナーゼ領域としては、例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列においては、1611~2074番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:4に記載のアミノ酸配列においては、1640~2103番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:6に記載のアミノ酸配列においては、809~1272番目のアミノ酸からなる領域である。また、システインリッチ領域としては、例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列においては、1418~1610番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:4に記載のアミノ酸配列においては、1418~1608番目のアミノ酸及び1638~1639番目のアミノ酸からなる領域であり、配列番号:6に記載のアミノ酸配列においては、657~777番目のアミノ酸及び807~808番目のアミノ酸からなる領域である。

【0045】
以上、本発明の変異型タンパク質の好適な例について説明したが、分化多能性幹細胞に導入されることにより、該細胞の分化能を向上させる機能を有する限り、正常型TET1タンパク質に他の変異が導入されているTET1タンパク質であってもよい。例えば、TET1タンパク質とTET2タンパク質又はTET3タンパク質とにおいて、酵素活性部位(ジオキシゲナーゼ領域)はその酵素活性の点において同等であるという観点から、TET1タンパク質のジオキシゲナーゼ領域の代わりに、TET2タンパク質又はTET3タンパク質のジオキシゲナーゼ領域が導入されているタンパク質、TET1タンパク質のDNA結合ドメインを含むタンパク質とTET2タンパク質又はTET3タンパク質のジオキシゲナーゼ領域とが間接的又は直接的に結合してなるタンパク質が挙げられる。

【0046】
本発明の製造方法において、分化多能性幹細胞等に導入されるTET1タンパク質として、正常型TET1タンパク質を利用することも考えられる。「正常型TET1タンパク質」とは、典型的には、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、又は該タンパク質の天然のホモログであり、かつプライム型の分化多能性幹細胞において分解されるタンパク質を意味する。正常型TET1タンパク質を利用する場合には、分化多能性幹細胞等におけるタンパク質分解能を越える程の過剰な量を当該細胞に導入することが好ましい。また、分化多能性幹細胞等においてこれらタンパク質の分解を抑制するという観点から、TET1タンパク質のデコイをさらにに導入してもよい。デコイとしては、例えば、正常型TET1タンパク質のN末端部分のポリペプチドが挙げられる。

【0047】
後述の実施例において示す通り、分化多能性幹細胞の分化能を向上させるためには、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質のDNA結合ドメインの機能が維持されていることが必要である。したがって、配列番号:2、4又は6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質の天然のホモログとしては、当該タンパク質のDNA結合ドメイン(CXXCモチーフ)のアミノ酸配列において70%以上(例えば、75%、80%、85%、90%、95%、97%、99%以上)の相同性を有する天然のタンパク質が好ましい。かかる天然のタンパク質としては、XP_003359270、XP_004777901、XP_005602635、XP_002805756、XP_003928828、XP_002735044、XP_005168673、CG43444等のアクセッション番号にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。

【0048】
本発明における「アミノ酸配列の相同性」は、比較するアミノ酸配列間において、完全に一致したアミノ酸、及び、塩基性・酸性等の物理化学的性質の点で一致したアミノ酸(類似アミノ酸)の割合(%)を意味し、BLASTPのプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403-410,1990)等を利用して決定することができる。該プログラムは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,87:2264-2268,1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:5873-5877,1993)に基づいている。より具体的には、NCBIのBLASTホモロジー検索ページ(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)において、「タンパク質blast」又は「blastx」等のプログラムを、これらのデフォルトパラメーターを用いて解析することによって、相同性を決定することができる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。

【0049】
なお、本発明の変異型TET1タンパク質が、プライム型の分化多能性幹細胞において分解されるタンパク質である場合においても、正常型TET1タンパク質同様に、過剰な量を導入することによって、又は、デコイをさらに導入することによって、本発明の製造方法に利用することができる。

【0050】
変異型TET1タンパク質の調製方法に関し、上述においては、正常型TET1タンパク質をコードする核酸を改変する方法を挙げた。そして、当業者であれば、例えば、前記変異型TET1タンパク質をコードする核酸を、バキュロウィルスを介して、Sf9細胞等の昆虫細胞に導入することにより、本発明の変異型TET1タンパク質を調製することができる。また、かかる遺伝子レベルでの改変以外に、本発明の変異型TET1タンパク質は、そのアミノ酸配列に基づき、市販のポリペプチド合成機によって化学的に合成することもできる。

【0051】
また、正常型TET1タンパク質の調製方法に関しては、当業者であれば、TET1タンパク質を発現しているヒト又はヒト以外の動物の組織等から調製したcDNAのライブラリー又はゲノムDNAのライブラリーから、公知のハイブリダイゼーション技術を利用して、正常型TET1タンパク質をコードする核酸を単離し、そして、前述の変異型TET1タンパク質の調製と同様にして、単離した核酸を昆虫細胞に導入等することにより、調製することができる。また、配列番号:2に記載のアミノ酸配列等の情報に基づき、市販のポリペプチド合成機によって化学的に合成することによって、正常型TET1タンパク質を調製することもできる。

【0052】
前記TET1タンパク質をコードする核酸を、分化多能性幹細胞又は後述の分化多能性幹細胞に誘導するための体細胞に導入する方法としては特に制限はなく、例えば、TET1タンパク質をコードする核酸(例えば、cDNA)を、各細胞にて機能するプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入し、該発現ベクターを感染、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法にて細胞に導入することができる。

【0053】
このような発現ベクターとしては、例えば、レンチウィルス、レトロウィルス、アデノウィルス、アデノ随伴ウィルス、ヘルペスウィルス、センダイウィルス等のウィルスベクター、エピソーマルベクター、PiggyBacトランスポゾンベクター等の動物細胞発現プラスミドが挙げられる。これらの中では、TET1タンパク質をコードする核酸が導入された細胞のゲノムに挿入されないという観点から、エピソーマルベクター又はセンダイウィルスを用いることが好ましい。また、前記核酸が前記ゲノムに一旦は挿入されるものの、トランスポナーゼによって当該核酸を当該ゲノムより除去できるという観点から、PiggyBacトランスポゾンベクターを用いることが好ましい。

【0054】
かかる発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばCAGプロモータ-、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター、RSVプロモーター、HSV-TKプロモーター等が挙げられる。また、かかるプロモーターは薬剤(例えば、テトラサイクリン)の有無等によって、該プロモーターの下流に挿入された遺伝子の発現を制御できるものであってもよい。発現ベクターは、さらに、プロモーターの他に、エンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子(例えば、ピューロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子)、SV40複製起点等を含有していてもよい。

【0055】
また、上述の方法にて分化多能性幹細胞等に導入された核酸がコードするTET1タンパク質の発現としては、一過性の発現であってもよく、誘導的な発現であってもよく、恒常的な発現であってもよいが、分化誘導の抑制因子であるNANOG等の発現を消失させ、また本発明の方法によって製造された分化多能性幹細胞から他の細胞に分化している過程において、TET1タンパク質による所謂初期化のシグナルが残存していると、当該分化の妨げとなるという観点から、一過性又は誘導的な発現であることが好ましい。かかる発現の期間としては、本発明の方法によって製造された分化多能性幹細胞を他の細胞への分化誘導開始の1日前から当該分化誘導を開始してから4日以内の期間であることが好ましい。

【0056】
TET1タンパク質を各細胞に導入する場合においては、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)を当該改変タンパク質に付加した融合タンパク質を用いる方法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法が挙げられる。

【0057】
また、TET1タンパク質、該タンパク質をコードする核酸又は該核酸が挿入されているベクターを細胞に導入する際、またはその後の培養条件としては特に制限はなく、当業者であれば核酸等を導入する細胞に合わせ、培地の組成、培養温度、培養湿度、二酸化炭素及び酸素等の濃度を適宜設定することができる。また、TET1タンパク質によるヒドロキシル化反応を効率良く行うという観点から、鉄、α-ケトグルタル酸塩又はアスコルビン酸(ビタミンC)が培地に含まれていてもよい。

【0058】
本発明の製造方法において、TET1タンパク質等が導入される「分化多能性幹細胞に誘導するための体細胞」としては特に制限はなく、例えば、線維芽細胞、上皮細胞、血球系細胞、動物検体由来の任意の細胞が挙げられる。また、かかる体細胞から分化多能性幹細胞(特にiPS細胞)への誘導は、通常、体細胞の細胞記憶を消去することのできる「リプログラミング因子」を体細胞に導入することにより行うことができる。

【0059】
かかる「リプログラミング因子」としては、体細胞に導入されることにより、単独で、又は他のリプログラミング因子と協働して該体細胞に分化多能性を付与できる因子であれば特に制限されることはないが、OCT3/4、c-MYC、L-MYC、N-MYC、SOX2、KLF4、KLF5、KLF2、LIN28、NANOG、ECAT1、ESG1、FBX15、ERAS、ECAT7、ECAT8、GDF3、SOX15、ECAT15-1、ECAT15-2、Fthl17、SALL1、SALL4、REX1、UTF1、TCL1、STELLA、β-カテニン、ESRRB、PRDM14、TBX3、STAT3、GATA3及びGRB2等のタンパク質、並びにmiR-199a-3p、miR-291-3p、miR-294、miR-295(miR-290クラスター)及びmiR-302クラスター等のマイクロRNAからなる群から選択される少なくとも一種の因子であるであることが好ましい。さらにこれらの因子の中では、少ない因子で効率良くiPS細胞を樹立できるという観点から、OCT3/4、c-MYC、SOX2及びKLF4(所謂山中4因子)を体細胞に導入することがより好ましい。また、得られる分化多能性幹細胞の癌化のリスクを抑えるという観点からは、前記4因子においてc-MYCの代わりにL-MYCを体細胞に導入すること又は、OCT3/4、SOX2及びKLF4(3因子)を体細胞に導入することが望ましい。さらに、分化多能性幹細胞の誘導効率の点から、OCT3/4、L-MYC、SOX2、KLF4及びLIN28、さらに後述のp53の機能を阻害する化合物若しくは核酸又はp21の機能を阻害する化合物若しくは核酸を体細胞に導入することが望ましい。また、「リプログラミング因子」としては、前述のタンパク質等ではなくともよく、これらの機能を代替する、またはこれらの発現を誘導する低分子化合物であってもよい。かかる低分子化合物としては、例えば、バルプロ酸(VPA)等のヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤、CHIR99021等のGSK-3β阻害剤、616452等のTGF-β1型受容体阻害剤、トラニルシプロミン(Tranylcypromine)等のヒストン脱メチル化酵素阻害剤、フォルスコリン(Forskolin)等のcAMP産生促進剤、3-デアザネプラノシ(DZNep)等のヒストンメチル化酵素阻害剤、及びこれらの組み合わせが挙げられる。

【0060】
本発明において、リプログラミング因子を体細胞に導入する方法としては特に制限はなく、前記TET1タンパク質等と同様に、公知の手法を適宜選択し、タンパク質であればタンパク質の形態又は該タンパク質をコードする核酸の形態にて体細胞に導入することができ、またマイクロRNAであれば核酸の形態にて体細胞に導入することができるが、リプログラミング因子が作製した分化多能性幹細胞において残存してしまうと、当該細胞は他の細胞への分化誘導に対して抵抗性を示し、新たな細胞記憶の定着が困難となるという観点から、リプログラミング因子をコードする核酸をエピソーマルベクター、センダイウィルス、PiggyBacトランスポゾンベクターを用いて体細胞に導入する方法が好ましい。

【0061】
かかるリプログラミング因子の導入は、TET1タンパク質又は該タンパク質をコードする核酸の導入前であってもよく、導入と同時であってもよく、導入後であってもよい。

【0062】
また、リプログラミング因子を導入してからの体細胞の培養方法としては特に制限はなく、当業者であれば公知の培養方法を適宜選択して利用することができる。かかる公知の培養方法としては、例えば、フィーダー細胞上にて、当初は体細胞の培養に適した培地にて培養し、徐々に分化多能性幹細胞に適した培地に交換していく培養方法が挙げられる。

【0063】
「フィーダー細胞」としては、分化多能性幹細胞の増殖や維持に用いることができる細胞であればよく、例えば、MEF(マウス胎児線維芽細胞)、OP-9細胞、PA6細胞、NIH3T3細胞、M15細胞、10T/2細胞、STO細胞、SNL細胞が挙げられる。また、これらの細胞においては抗生物質処理(マイトマイシンC等による処理)、放射線処理等により、細胞増殖が抑制されていることが望ましい。

【0064】
「体細胞の培養に適した培地」としては、当業者であれば公知の情報に基づき、体細胞の種類に合わせて適宜調製することができる。例えば、基礎培地としては、ロズウェルパーク記念研究所(RPMI)1640培地、最小必須培地(α-MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、F12培地が挙げられ、この基礎培地に、ヒト血清、サイトカイン、培養に必要なアミノ酸(例えば、L-グルタミン)、抗生物質(例えば、ストレプトマイシン、ペニシリン、ピューロマイシン)を適宜添加することにより、「体細胞の培養に適した培地」を調製することができる。

【0065】
「分化多能性幹細胞に適した培地」としては、由来とする動物の種類に合わせて、公知の培地から適宜選択して用いればよく、例えば、ヒト由来の分化多能性幹細胞の培養に適した培地としては、ノックアウト血清代替物(KSR)、L-グルタミン、非必須アミノ酸、2-メルカプトエタノール、FGF2等を含有する、DMEM/F12培地が挙げられる。

【0066】
以上のような、フィーダー細胞との共培養による分化多能性幹細胞への誘導並びにその後の維持培養法は、未分化状態を維持し易いという観点からは好適である。しかしながら、分化多能性幹細胞を神経系等の外胚葉系に分化誘導する効率を高めるという観点から、さらに分化誘導を行う上で必要な細胞密度の制御をし易くするという観点から、フィーダー細胞を用いない分散培養法が、本発明にかかる分化多能性幹細胞においては好適である。かかるフィーダー細胞を用いない分散培養は、例えば、以下に示す方法にて行うことができる。

【0067】
先ず、リプログラミング因子を導入した体細胞は、ThomsonらによるE8培地(Chen,G.ら、Nat Methods、2011年、8巻、5号、424~429ページ)にて培養する。そして、この培養においてコロニーの形成が認められた段階で、KSR、FGF2、アクチビンA、ROCK阻害剤及びフィブロネクチンを含む培地に当該コロニーの分化多能性幹細胞を分散させた後、コラーゲンタイプIコート培養皿に播種し直すことにより、フィーダー細胞を用いない分散培養を行うことができる。

【0068】
かかる分散培養に用いられる培地において、KSR、FGF2及びアクチビンA等が添加される基礎培地としては、例えば、DMEM/F12培地、CDM培地が挙げられる。また、かかる基礎培地に添加するKSR、FGF2及びアクチビンAの濃度として、各々、好ましくは15~25%、4~100ng/ml及び0.01~20ng/mlであり、特に好ましくは20%、15ng/ml及び10ng/mlである。また、これらKSR等以外に、他の成分、例えば、L-グルタミン、非必須アミノ酸、抗生物質(例えば、ストレプトマイシン、ペニシリン、ピューロマイシン)を適宜添加してもよい。

【0069】
また、分化多能性幹細胞への誘導効率をより高めるために、フィーダー細胞を用いる、用いないに関わらず、上述の培養方法においては、HDACの機能を阻害する化合物(VPA、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC1293、M344等の低分子阻害剤等)、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼの機能を阻害する化合物(BIX-01294等の低分子阻害剤等)、p53の機能を阻害する化合物(Pifithrin-α(PFT-α)等の低分子阻害剤等)を、p21の機能を阻害する化合物を、let-7クラスター、miR-17-92、miR-21、miR-29a、miR-106a-363又はmiR-106b-25といったマイクロRNAの機能を阻害する化合物を、体細胞にリプログラミング因子を導入する際、又はその後において、培地に添加しておくことが好ましい。また、各因子の機能を阻害することにより、分化多能性幹細胞への誘導効率をより高めるという前記同様の観点から、HDAC、G9a、p53、p21又はlet-7クラスター等のマイクロRNAの機能を阻害する核酸(siRNA、shRNA、アンチセンス、アプタマー等)を公知の遺伝子導入手法により、前記体細胞に導入してもよい。

【0070】
さらに、上述の培養方法において、その他の培養条件(培養温度、酸素及び二酸化炭素の濃度等)について、当業者であれば適宜設定することができるが、分化多能性幹細胞への誘導効率を向上させるという観点から、低酸素(酸素濃度:5%)条件下での培養が好ましい。

【0071】
以上、本発明の分化多能性幹細胞の製造方法について説明したが、かかる製法によって作製された分化多能性幹細胞が、TET1タンパク質が導入されていない分化多能性幹細胞と比較して、その分化能が向上しているか否かは、後述の実施例7に記載の通り、所望の細胞への分化誘導の効率(例えば、分化誘導後の所望の細胞数/分化誘導前の分化多能性幹細胞)を指標として判断することができる。また、例えば、後述の実施例5及び6に記載の通り、所望の細胞への分化誘導過程における、分化マーカー(例えば、神経細胞における、SOX1、NEUROGENIN1、NEUROGENIN2、NEUROD1、ASCL1、PAX6、ZNF521及びOTX2)、異なる種類の細胞への分化を誘導する因子(例えば、神経細胞への誘導におけるSOX2)、分化誘導に偏りをもたらす因子(例えば、外胚葉系への分化誘導時におけるT及びSOX17)、分化誘導を阻害する因子(例えば、NANOG、OCT3/4)の発現量を測定し、得られた発現量を、前記分化能の向上の可否の1指標として用いることができる。さらに、後述の実施例11において示す通り、TET1タンパク質が導入されていない従前のヒトiPS細胞において、FOXA2、LHX1、LIM2、SOX17、EOMES及びT等の分化マーカー、並びにGPC4、GAGE2B及びGAGE7等の未分化マーカーも高発現している。したがって、これらマーカーの発現量も、前記分化能の向上の可否の1指標として用いることができる。

【0072】
なお、これらマーカーの内、GPC4、GAGE2B及びGAGE7は癌関連マーカーとしても知られているため、本発明は、GPC4、GAGE2B及びGAGE7から選択される少なくとも1の癌関連マーカーの発現を指標として、分化多能性幹細胞の安全性(腫瘍形成能の有無)を評価する方法をも提供することができる。

【0073】
<本発明のタンパク質、核酸、ベクター及び細胞>
上述の通り、本発明の分化多能性幹細胞の製造方法においては、プライム型の分化多能性幹細胞において分解されないTET1タンパク質が有用である。したがって、本発明は、変異型TET1タンパク質であって、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているタンパク質を提供するものであり、好ましくは変異型TET1タンパク質であって、そのアミノ末端から2番目のアミノ酸残基が正常型TET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるTET1タンパク質も提供するものである。

【0074】
また、配列番号:4又は6に記載のアミノ酸配列からなるTET1タンパク質は、本発明者らによって初めて見出されたTET1タンパク質であり、正常型TET1タンパク質として本発明の製造方法において利用する上でも、また前述の変異型TET1タンパク質の調製においても有用である。然るに、本発明はこれらTET1タンパク質も提供するものである。

【0075】
さらに、前述の通り、変異型TET1タンパク質であって、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上しているTET1タンパク質を分化多能性幹細胞において発現させるために、当該タンパク質をコードする核酸は有用である。また、当該変異型TET1タンパク質及び該タンパク質をコードする核酸を調製する点においても、さらには正常型TET1タンパク質をコードする核酸として本発明の製造方法において利用する上でも、配列番号:4又は6に記載のアミノ酸配列からなるTET1タンパク質をコードする核酸は有用である。したがって、本発明はこれら核酸も提供するものである。

【0076】
また、前述の通り、核酸を体細胞等に導入する上で、当該核酸はベクターに挿入されていることが好ましい。したがって、本発明は、正常型TET1タンパク質と比較して安定性が向上している変異型TET1タンパク質をコードする核酸又は配列番号:4又は6に記載のアミノ酸配列からなるTET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクターも提供するものである。

【0077】
さらに、本発明の製造方法によれば、前述の通り、分化能が向上している分化多能性幹細胞を得ることができる。したがって、本発明は、下記(a)~(c)からなる群から選択される少なくとも一つの分子が導入されている、分化多能性幹細胞又は該細胞に誘導するための体細胞も提供するものである
(a)TET1タンパク質
(b)TET1タンパク質をコードする核酸
(c)TET1タンパク質をコードする核酸が挿入されているベクター。
【実施例】
【0078】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例において用いた実験方法は以下の通りである。
【実施例】
【0079】
<エピゾーマルDNAベクターを用いたヒトiPS細胞の作製>
本実施例において用いたヒトiPS細胞は、「Okita,K.ら、Nat Methods、2011年、8巻、5号、409~412ページ」に記載の方法に沿って作製した。すなわち、p53に対するショートヘアピンRNA(shp53)及びPOU5F1(OCT3/4)、SOX2及びKLF4、L-MYC及びLIN28、これら3種の組み合わせにて、shRNA又は各タンパク質をコードするDNAをエピソーマルベクター pCXLEに挿入し、3種類のベクターDNAを調製した。
【実施例】
【0080】
なお、かかるiPS細胞の作製過程において、通常、体細胞の細胞記憶を消去する「リプログラミング」には、所謂 山中4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-Myc)を強制的に体細胞に発現させることによって行われる。本実施例においては、これらリプログラミング因子において、iPS細胞の腫瘍化を抑制するという観点から、c-MYCの代わりに腫瘍原性の低いリプログラミング因子であるL-MYCを利用した。また、これら因子の他、ヒトiPS細胞の誘導効率を向上させる因子として知られているLIN28も体細胞に導入した。さらに、p53はリプログラミングに対して抑制的に働くため、shp53によるRNA干渉(RNAi)を体細胞内において生じさせ、p53の発現を抑制することにより、ヒトiPS細胞の誘導効率を向上させた。
【実施例】
【0081】
また、かかるiPS細胞の作製過程において、リプログラミング因子の発現が作製したiPS細胞において残存してしまうと、当該iPS細胞は神経細胞等の他の細胞への分化誘導に対して抵抗性(分化抵抗性)を示し、新たな細胞記憶の定着が困難となることが懸念される。そのため、本実施例においては、リプログラミング因子が細胞のゲノムDNAに挿入され、iPS細胞への誘導終了後もリプログラミング因子が発現し続けることにない、エピソーマルベクターを用いた遺伝子導入法を本実施例において選択した。
【実施例】
【0082】
次に、前記3種のベクターDNA各1μgずつを、遺伝子導入試薬(ヒト皮膚線維芽細胞用ヌクレオフェクターキット)及び遺伝子導入装置(ヌクレオフェクター:登録商標)(共にLonza社製)を用いて、1.0x10個のヒト新生児由来線維芽細胞細胞に導入した。次いで、フィーダー細胞を用いずにiPS細胞への誘導が可能であることが示されているThomsonらによるE8培地(Chen,G.ら、Nat Methods、2011年、8巻、5号、424~429ページ)にて、前記ベクターDNA導入後の細胞を培養した。この際、前記ベクターDNAを導入してから5~10日は、線維芽細胞の増殖促進のためヒドロコルチゾンを100nMの濃度で添加し、以降はヒドロコルチゾンを加えず、さらにTGFβも除いたE8培地にてiPS細胞への誘導を行った。また、培地交換は1~2日に一回行い、さらに、この誘導には低酸素培養装置を用い、酸素濃度5%、二酸化炭素濃度5%にて細胞の培養を行った。
【実施例】
【0083】
そして、かかる培養により、前記ベクターDNAを導入してから25~30日程度に、複数のiPS細胞のコロニーの出現が確認された。次いで、後述の通り、ノックアウト血清代替物(KSR)、線維芽細胞成長因子2(FGF2)、アクチビンA、ROCK阻害剤及びフィブロネクチン等を添加した培地を用いて、コラーゲンタイプIコート培養皿に個別に播種、培養することにより、iPS細胞株を取得した。具体的には、YMhiPSC058、YMhiPSC105及びYMhiPSC237等と各々名を付けた、安定して培養することができるヒトiPS細胞株が取得できた。
【実施例】
【0084】
さらに、これら細胞株よりサブクローンを取得し、それらの分化能を指標に評価を加えたところ、図には示さないが、これらiPSサブクローンはそれぞれ性質が異なることが見出され、前述のような方法にて樹立されたiPS細胞株は、少なくとも分化能の点において「均質性」を維持できていないことが明らかになった。本実施例においては、取得した細胞株の内、現時点で最も分化能に偏りがないと判断したYMhiPSC058sbc6亜株について解析した結果を提示する。
【実施例】
【0085】
<フィーダー細胞を用いない、ヒトiPS細胞の分散培養方法>
本実施例において、ヒトiPS細胞の培養は、20%KSR(Invitrogen社製)、15ng/ml ヒトFGF2(Peprotech社製)、10ng/ml アクチビンA(R&D Systems社製)、1ng/ml ヘパリン硫酸(SIGMA社製)、0.03% L-グルタミン(MP Biochemicals社製)、1x 非必須アミノ酸(Invitrogen社製)、1xペニシリン(Invitrogen社製)及び1xストレプトマイシン(Invitrogen社製)を添加したDMEM/F12培地(コージンバイオ社製)(以下、この組成の培地を「KFA培地」とも称する)を用い、フィーダー細胞を用いずに行った。
【実施例】
【0086】
また、継代時には、0.01% トリプシン/0.1mM EDTAにて、ヒトiPS細胞を単一細胞にまで解離させ、2μM ROCK阻害剤(チアゾゾビン、WAKO社製)及び5μg/ml ヒトフィブロネクチン(BD Biosciences社製)を更に添加したKFA培地に分散させた後、コラーゲンタイプIコート培養皿に播種した。
【実施例】
【0087】
なお、かかるヒトiPS細胞の非フィーダー細胞・分散培養系は、本発明者らによって今回初めて確立されたものである。すなわち、本発明者らは、本実施例に先立ち、先ず、かかる非フィーダー細胞・分散培養系におけるヒトiPS細胞の適正条件の検討を行った。かかる検討を行った理由は、現在もっとも広く用いられているヒトES細胞及びヒトiPS細胞の培養方法であるマウスフィーダー細胞を用いた培養法では、未分化な状態を維持するのは比較的容易である。しかしながら、その後の分化、特に神経外胚葉系への分化が抑制されることを本発明者らは独自に見出していたからである。また現在難しいとされる継代時の分散操作は、正確に分化誘導を行う上で必要な細胞密度の制御に欠かせない手技となるからである。
【実施例】
【0088】
そして、ヒト皮膚線維芽細胞にレトロウイルスにてリプログラミング因子(POU5F1、SOX2、KLF4及びc-MYC)を強制発現して作製したヒトiPS細胞株(rvhiPSC08)を用い、以下の2項目について主に検討した
(1) 培養液に加える増殖因子の種類とその濃度、
(2) トリプシンを用いて継代する際に用いたシグナル阻害剤や細胞外基質の組み合わせ。
【実施例】
【0089】
それまでの標準的なヒト分化多能性幹細胞(PSC)の培養方法としては、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)上に、Invitrogen社製のKSRを主な添加物とした基礎培地にヒトFGF2を4~5ng/ml添加したもので培養することが多かった。この際、様々な文献や独自の研究成果(未発表データ)より鑑みて、MEFの果たす役割として、まずは細胞外基質を提供し、PSCの定着を促進すると共に、一部、生体内におけるFGF2及びNODALの活性を補填していることが考えられた。そこで本発明者らは、培養液に加える添加物をKSRに加えて、FGF2と、NODAL様活性を持つアクチビンAとに絞って検討した。その際、ヒトiPS細胞の未分化状態を示すPOU5F1、SOX2やNANOGの発現量に加え、分化細胞にて認められる中内胚葉系の遺伝子マーカーであるT(BRACHYURY)や、神経外胚葉のマーカーであるSOX1等を指標にFGF2とアクチビンAとの濃度を検定した。その結果、かかる培養系ではFGF2は終濃度15ng/ml、アクチビンAは終濃度10ng/ml辺りがもっとも安定して細胞が増殖することを見出し、本発明者らは、前述のKFA培地を用いて、簡便に、フィーダー細胞なしで、ヒトiPS細胞を培養することに成功した。
【実施例】
【0090】
次に、ヒトiPS細胞は、通常コロニーを軽く酵素処理にてはがし、物理的に数十個程度の細胞塊として継代されているところ、上述の観点から、単一細胞に分散して培養することを試みた。かかる分散倍培養に関しては、ヒトES細胞がROCK阻害剤を用いることで分散培養が可能となる報告が存在している(Watanabe,K.ら、Nat Biotechnol、2007年、25巻、6号、681~686ページ、Lin,T.ら、Nat Methods、2009年、6巻、11号、805~808ページ)。ただし、これら文献等において開示されている培養方法においては、培養皿をMatriGel等の人工的細胞外基質でコーティングすることが要求されており、必ずしも利用勝手の良いものではなかった。そこで、別の知見にて、細胞外基質の1つであるフィブロネクチンを培養液中に添加して継代すると、ROCK阻害剤による分散培養が助けられるとした報告(Kitajima,H.ら、Biochem Biophys Res Commun、2010年、396巻、4号、933~938ページ)を見出した。そして、これら知見を合わせることにより、継代時にKFA+ROCK阻害剤+フィブロネクチン培地に、トリプシン分散した細胞を懸濁し、コラーゲンタイプIコート培養皿に播種することで、良好なヒトiPS細胞の非フィーダー細胞・分散培養系が確立できた。
【実施例】
【0091】
<定量的RT-PCR法>
RNeasyミニキット(QIAGEN社製)を用いてRNA抽出を行った。ゲノムDNAの混入を防ぐため、RNase-フリーDNaseセット(QIAGEN社製)にてDNase処理も行った。抽出した全RNA 1μgを鋳型とし、オリゴdTプライマー(TOYOBO社製)及びRevertra Ace(TOYOBO社製)を用いて逆転写(RT)反応を行い、cDNAを調製した。このように調製したcDNAを20倍に希釈し、ABI機器、ファストSYBRグリーンマスターミックス(ABI社製)及び表1に記載のプライマーを用いてqPCRを行った。また、同一サンプルに対して3つの反応を行い、その平均値を求め、GAPDH遺伝子を内部標準としてそれぞれ標準化した値をグラフ化した(図2、5、8~23 参照)。
【実施例】
【0092】
【表1】
JP0005987063B2_000002t.gif
【実施例】
【0093】
<ウェスタンブロット法>
TET1タンパク質を再現性よくウェスタンブロッティングで検出するために、まずはその抽出方法の予備検討を行った。その結果、Tet1分子はDNAに強固に結合していることを突き止め、核を分画し、NER溶液(PIERCE社製)にて溶出することにより、定量的にTET1タンパク質を検出できるようになった。なお、TET1タンパク質はDNAに強固に結合していることが知られており、このような特別な抽出方法が必要であったと考えられる。
【実施例】
【0094】
ウェスタンブロット法においては、先ず、このようにして抽出したタンパク質をSDS-PAGEにて分画し、さらにゲル中の分画されたタンパク質をPVDFメンブレンに転写した。また、抗ヒトTET1抗体(SIGMA社製)及び抗ヒトβ-アクチン抗体(SANTA CRUZ社製)を、0.3%Triton-X100、3%BSA及び1%正常ヒツジ血清を添加したPBS(-)(抗体希釈液)にて1000倍希釈した。次いで、このようにして得られたメンブレンと前記1次抗体とを4℃で一晩反応させ、洗浄した後、当該メンブレンとHRP標識2次抗体とを室温にて1時間反応させた。そして、洗浄した後、当該メンブレン上のHRPとECL(GE Healthcare社製)とを反応させることにより、発色させ、フィルム現像を行った。
【実施例】
【0095】
<ヒトiPS細胞の神経分化誘導法>
ヒトiPS細胞から神経細胞への分化誘導は、本発明者らが以前に見出した、マウスES細胞から効率良く神経細胞を分化誘導するプロトコール(Bouhon,I.ら、Brain Res Bull、2005年、68巻(1-2)、62~75ページ)に改良を施して行った。具体的には以下の通りである。
【実施例】
【0096】
(1) 適応培養
先ず、KFA培地にてフィーダー細胞を用いずに培養したヒトiPS細胞を、分化誘導に供する直前に一度、CDM培地を基調とした培地にて同様に継代し、適応培養を行った。この適応培養に用いたCFA培地は、CDM培地を基調に、40ng/mlのヒトリコンビナントFGF2及び2ng/mlのヒトリコンビナントアクチビンAを含む新規培地であり、本発明者らによって、ヒト分化多能性幹細胞を維持培養から神経細胞への分化誘導に切り替えるために開発された培地である。CDM培地の組成については、Bouhon,I.ら、Brain Res Bull、2005年、68巻(1-2)、62~75ページ参照のこと。また、このCFA培地での培養において、細胞は空気中に含まれる酸素による酸化ストレスに十分に耐えられないため、この適応培養は低酸素COインキュベーター内で行った(低酸素培養:酸素濃度5%)。
【実施例】
【0097】
(2) ヒトiPS細胞から神経前駆体細胞への分化誘導
このCFA培地での培養にてコンフルエントになったヒトiPS細胞を、前記同様にトリプシン処理にて細胞を解離させ、CDM培地に再懸濁した後に、5x10細胞/mlとなるよう、10μM Y27632(ROCK阻害剤)を添加したCDM培地に希釈し、低接着培養皿(バクテリア培養用のペトリ皿)に播種した。
【実施例】
【0098】
播種して4日後に、細胞同士が接着して形成した細胞塊(以下「スフェア」とも称する)を回収し、これをアキュターゼ(BD Biosciences社製)により、再度細胞同士を解離させた。次いで、このようにして解離した細胞を、神経誘導培地(10μM SB431542、30nM IWR-1endo及び10μM Y27632を添加したCDM培地)に再懸濁し、前記同様にぺトリ皿に播種した。そして、その4日後、同様の懸濁操作を施し、10μM SB431542及び10μM Y27632を添加したCDM培地に播き込んだ。
【実施例】
【0099】
なお、SB431542及びIWR-1endoは、マウスES細胞とヒト分化多能性幹細胞との分化多能性の差異を考慮し、CDM培地に添加して、ヒトiPS細胞の培養を行った。すなわち、naiveと評されるマウスES細胞から、原始内胚葉細胞が誘導可能であり、本発明者らの以前の報告でも、この原始内胚葉が神経誘導過程で一過性に「登場」することで、神経誘導を阻害するTGFβ/NodalやWNT等のシグナル伝達に拮抗する阻害因子が発現していることが明らかになっている。一方、ヒト分化多能性幹細胞には、この原始内胚葉への分化能が通常存在しないため、マウスES細胞のプロトコールをそのままヒト分化多能性幹細胞に適用しても神経への分化誘導は起こらないことが想定された。そこで、本実施例において、TGFβ/Nodalシグナル伝達を阻害することが知られている低分子化合物 SB431542、WNTシグナル伝達を阻害することが知られている低分子化合物であるIWR-1endoをCDM培地に添加して、ヒトiPS細胞の培養を行った。
【実施例】
【0100】
そして、SB431542及びY27632を添加したCDM培地における培養以降は、同様な間隔にて、10μM Y27632を添加したCDM培地に継代するか、次に示す神経細胞の成熟プロトコールに供した。なお、CDM培地における継代培養において、神経細胞は成熟せず、殆どが増殖可能な神経前駆体細胞として継代される。
【実施例】
【0101】
(3) 神経細胞の成熟
神経細胞は、もはや細胞分裂しない分裂終了(post-mitotic)細胞である。前述の神経分化誘導プロトコールでは、ヒト分化多能性幹細胞から神経前駆体細胞までが誘導された。その状態から更に神経突起を持ち、機能を発揮するpost-mitoticな神経細胞を誘導するためには、前述のようなスフェア状態から、個々の細胞が培養皿の底面等の基質に接着して維持される必要がある(この培養皿内で人工的に神経細胞を誘導する過程を「神経細胞成熟培養」とも称する)。
【実施例】
【0102】
神経細胞成熟培養において、具体的には、神経細胞が接着しやすいように、播種する培養皿を前述のぺトリ皿から、コラーゲンタイプIV(IWAKI社製)にてコートしたものに変更した。そして、培養には、この培養皿の底面をさらにポリオルニチン(Sigma社製)及びリコンビナントラミニン(BD Biosciences社製)にて一定時間コーティングしたものを用いた。また、播種する際のスフェアからの細胞の解離は、前述のようにアキュターゼにより行った。さらに、この成熟培養は、3μM CHIR99021、10μM DAPT及び10μM forskolinを添加したCDM培地にて行った。そして、この培養条件にて、2日に一度の培地交換を継続することにより、約一週間で明瞭な神経突起を有する神経細胞の出現が観察された。
【実施例】
【0103】
(実施例1)
<ヒト分化多能性幹細胞における内因性TET1の動態>
マウス分化多能性幹細胞は、着床前の胚盤胞の内部細胞塊に近い性質を有している。一方、ヒト分化多能性幹細胞は、着床後のエピブラスト内の原始外胚葉に最も性質が似ている。そして、この発生段階の差により、分化多能性の点において、ヒト分化多能性幹細胞はマウス分化多能性幹細胞よりも劣っていることが想定される。そこで、本発明者らは、ヒト分化多能性幹細胞の分化多能性を向上させるために、当該細胞をエピブラスト(プライム)の状態から胚盤胞(ナイーブ)の状態に脱分化(初期化)することを試みた。
【実施例】
【0104】
発生過程において、初期化には2種類あると考えられている。受精直後から着床初期に生じる「初期胚における初期化」と、着床後に生殖細胞の形成過程で生じる「生殖系列における初期化」とである。この点を鑑み、本発明者らは、着床前の胚盤胞から着床後のエピブラストまでの記憶を消去すべく、「生殖系列における初期化」において発現している多種の因子を精査し、その中でTET1に着目した。
【実施例】
【0105】
哺乳類動物におけるTet1/TET1の発現様式に関しては、マウスに関してのみ報告されている。それによると、マウスTet1は、初期発生においては受精卵から胚盤胞まで細胞核に存在していることが知られている(Ito,S.ら、Nature、2010年、466巻、7310号、1129~1133ページ)。また別の報告では、生殖細胞が規定される始原生殖細胞に限定して本因子の発現が認められている(Hajkova,P.、Science、2010年、329巻、5987号、78~82ページ)。さらに、Tet1の発現が認められる胚盤胞より樹立されるマウスES細胞においても、このタンパク質の豊富な発現が確認されている。しかしながら、これまではヒトのTET1の発現動態に関しては一切知られていなかった。
【実施例】
【0106】
そこで、本発明者らは、ヒトiPS細胞におけるTET1mRNA及びタンパク質の発現を調べた。特に、Tet1タンパク質の発現に関しては、マウスES細胞を用いた予備実験の結果、前述の通り、TET1タンパク質はDNAに強固に結合していることを突き止め、独自に工夫を施したタンパク質抽出方法を駆使することにより、ウェスタンブロット法により定量的に検出することに初めて成功した。得られた結果を図1及び2に示す。
【実施例】
【0107】
図1及び2に示した結果から明らかなように、TET1はヒトiPS細胞において十分に転写されているにも関わらず、通常ではそのタンパク質は検出できず、マウスES細胞における状況と異なっていることが明らかになった。
【実施例】
【0108】
そこで、タンパク質分解の主要経路であるプロテアソームの機能を、プロテアソーム阻害剤(低分子化合物:MG132)にて一時的に阻害してやり、ウェスタンブロット法にて検出を試みた。すなわち、KFA培地にて培養した各ヒトiPS細胞株(#58、#237及び#105)を定法で培養した後、回収の7時間前に0.1%DMSOに溶解したMG132を5μM添加し、回収した核抽出物をウェスタンブロッティングした。また、コントロールとして、0.1%DMSOのみを添加して回収した核抽出物についてもウェスタンブロッティングを行った。
【実施例】
【0109】
その結果、図1及び2に示す通り、TET1は、ヒトiPS細胞において積極的に転写されるものの、そのタンパク質は速やかにプロテアソーム系によって分解されていることが判明した。なお、MG132を添加すると、若干TET1の転写レベルも上昇するが、明らかに図1において示されるタンパク質レベルでの上昇を裏付けるものではなかった。このように通常条件で維持されるヒト分化多能性幹細胞にはTET1はタンパク質レベルでは存在していないか、その存在がウェスタンブロット法における検出感度以下であることが明らかになった。
【実施例】
【0110】
(実施例2)
<ヒトTET1遺伝子構造の決定>
実施例1において明らかになった通り、ヒト分化多能性幹細胞においてはTET1タンパク質が安定して存在しないことが判明した。さらに、ヒトのiPS細胞誘導を考えると、TET1が安定的に発現しうる胚盤胞や生殖系列に似た環境内で十分時間経過したことは考えにくく、結果としてその生成過程において十分にTET1の活性がゲノムに作用していないことが想像される。さらに、このTET1タンパク質のゲノムへの作用の有無によって、ナイーブ型の性質を有するマウス分化多能性幹細胞とプライム型の性質を有するヒト分化多能性幹細胞との分化能における差異が生じていることが想定される。
【実施例】
【0111】
そこで、ヒト分化多能性幹細胞において、TET1タンパク質を強制的に発現させるべく、コード領域の全長をRT-PCRにて増幅することにより、ヒトTET1のcDNA配列の取得を試みた。すなわち、ヒトiPS細胞株(rvhiPSC08)から、PrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を用いたRT-PCR法により、TET1cDNAを増幅した。この際、報告されているTET1cDNAの配列(Refseq:NM_030625)に基づき、N末又はC末にFLAGタグが付加された形でTET1タンパク質が発現できるように、以下に示す配列を有するプライマーを設計し、RT-PCRに用いた。
(N末FLAGタグプライマー)
XhoI-Flag-hTet1-S:
GCAAGAATTCCTCGAGCCACCATGGACTACAAAGACGATGACGACAAGTCTCGATCCCGCCATGCAAG(配列番号:7)
XhoI-hTet1-AS:
GAGTGAATTCCTCGATCAGACCCAATGGTTATAGGGCC(配列番号:8)
(C末FLAGタグプライマー)
XhoI-hTet1-S:
GCAAGAATTCCTCGAGCCACCATGTCTCGATCCCGCCATGC(配列番号:9)
XhoI-hTet1-Flag-AS:
GAGTGAATTCCTCGATTACTTGTCGTCATCGTCTTTGTAGTCGACCCAATGG(配列番号:10)。
【実施例】
【0112】
その結果、図3に示す通り、2つのPCR産物が得られ、ともにTET1のバリアントであったが、Refseqの配列(ヒトTET1,バリアント1)とは異なるものであり、分化多能性幹細胞において初めて明らかになったバリアントであった。
【実施例】
【0113】
長い方のバリアント(ヒトTET1,バリアント2)は、Refseqに登録されている配列に比べると、第7エクソンと第8エクソンの間にさらに87塩基対の配列を持つものであり、該配列は、ゲノムとの比較により、単一のエクソンに相当することが明らかになった。また、この部位は、結晶構造解析から予想される本分子の活性部位(ジオキシゲナーゼ)のN末側に位置する領域である。興味深いことに、マウスのTet1配列では、このエクソンに相当する配列が認められる。
【実施例】
【0114】
もう一つの短い方のバリアント(ヒトTET1、バリアント3)に関しては、興味深いことに第3エクソン~第5エクソンを欠失するものであった。第3~5エクソンは2493塩基対で構成されているため、この欠失はインフレーム(in-frame)欠失であることが想定される。このバリアント3で欠失している部分には、バリアント1及び2では核移行シグナルが2つ存在することが知られている。
【実施例】
【0115】
また、図には示さないが、RT-PCR分析により、これらバリアントについて、ヒトiPS細胞における転写レベルを評価したところ、バリアント2の豊富な発現が確認された一方で、バリアント1については若干ではあるが、その発現が確認された。また、バリアント3の発現量が低いことが明らかになった。さらに、図には示していないが、マウスにおいても、これら3つのバリアントに相当するmRNAの発現を確認している。
【実施例】
【0116】
なお、配列表において、ヒトTET1のバリアント1の塩基配列を配列番号:1に示し、当該バリアントがコードするアミノ酸配列を配列番号:2に示す。ヒトTET1のバリアント2の塩基配列は配列番号:3に示し、当該バリアントがコードするアミノ酸配列は配列番号:4に示す。ヒトTET1のバリアント3の塩基配列は配列番号:5に示し、当該バリアントがコードするアミノ酸配列は配列番号:6に示す。
【実施例】
【0117】
(実施例3)
<改変TET1タンパク質の発現1>
実施例2にて増幅したヒトTET1(バリアント2)を、以下に示す方法にて、ヒト分化多能性幹細胞に導入し、該細胞内におけるTET1タンパク質の発現を試みた。
【実施例】
【0118】
先ず、前述の通り、N末又はC末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質をコードするcDNAを、ヒトiPS細胞のcDNAを鋳型とし、RT-PCRにより増幅した。そして、このように調製した2種類の改変型TET1cDNAを、哺乳類細胞発現ベクター(pCAG-IRES-Puro、理研CDB 丹羽研究室より受領)のXhoIにイン-フュージョンHDクローニングキット(Takara社製)を用いて各々挿入した。
【実施例】
【0119】
次に、ヌクレオフェクターを用い、これらベクターを前記ヒトiPS細胞株(YMhiPSC058sbc6亜株)に各々トランスフェクションした。このトランスフェクションにおいては、iPS細胞を、ヒト幹細胞ヌクレオフェクターキット1(Lonza社製)にて懸濁し、ヒトiPS細胞に対して最も高い遺伝子導入効率を示したヌクレオフェクターのプログラム:B-016にて電気パルスをかけた。
【実施例】
【0120】
このようにして前記ベクターを導入したヒトiPS細胞を、ピューロマイシン(1μg/ml)にてセレクションをかけながら培養することにより、N末-、C末-FLAGタグTET1を強制発現した安定株を各々数クローン取得した。そして、これら改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株における、TET1mRNA及びタンパク質の発現を調べた。得られた結果を図4及び5に示す。
【実施例】
【0121】
図4及び5に示した結果から明らかなように、いずれの末端にタグを配した強制発現株においても、TET1の転写量は有意に上昇していた(図5)。しかし、大変興味深いことに、N末にFLAGを配したTET1安定発現株のみで、ウェスタンブロットにて明瞭にTET1タンパク質の発現が認められた(図4)。したがって、TET1タンパク質の場合、N末部分の配列に、本タンパク質を不安定にする配列が存在することが示唆された。
【実施例】
【0122】
(実施例4)
<改変TET1タンパク質の発現2>
実施例3に示した結果に基づき、TET1タンパク質を不安定にする配列を同定すべく、以下に示す方法にて、改変TET1タンパク質の安定性について評価した。
【実施例】
【0123】
先ず、TET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸)のC末側に、GFPタンパク質を融合させた改変TET1タンパク質を調製し、ヒトiPS細胞において、前記同様に、ヌクレオフェクターを用いて強制的に発現させた。なお、ここで用いたGFPタンパク質(Tag-GFP、evrogen社製)は、通常のGFPタンパク質と比較して、翻訳から発色までの時間が短縮されており、融合させた目的のタンパク質の発現及び消失をリアルタイムに観測することができる。
【実施例】
【0124】
具体的には、図6に示す通り、野生型TET1タンパク質のN末部分にTag-GFPを融合させたもの(#93)、試験的にN末端から2番目のアミノ酸(S:セリン)をG:グリシンに置換したTET1タンパク質のN末部分にTag-GFPを融合させたもの(#94)、実施例3に記載の通りTET1タンパク質を安定的に発現させることのできる、N末端にFLAGタグを付加したTET1タンパク質のN末部分にTag-GFPを融合させたもの(#95)を個別に作製し、別々にiPS細胞において発現させた。なお、これら細胞において、導入された各改変TET1タンパク質とTag-GFPとからなる融合タンパク質が発する蛍光は細胞の核内に限局していることは確認している。そして、この蛍光シグナルを個々の細胞レベルで、かつ、定量的に解析する目的で、各改変TET1タンパク質を強制発現しているヒトiPS細胞をFACS解析した。得られた結果を図7に示す。
【実施例】
【0125】
図7に示した結果から明らかなように、ネガティブコントロールとしてGFPを発現しないiPS細胞にて自家蛍光のシグナル値を測定したところ、その相乗平均値は7.2であった。また、野生型TET1タンパク質のN末部分にGFPタグを融合させたもの(#93)が導入されているiPS細胞を解析したところ、その値は26.3であった。これに対し、興味深いことに、2番目のアミノ酸をセリンからグリシンに変換しただけで、蛍光強度が有意に上昇した(蛍光強度:31.6、図6の♯94参照)。さらには、実施例3の結果から予想されるように、TET1タンパク質の第1メチオニンを欠失させ、そのN末端側にFLAGタグを付加した場合にも、有意に値が上昇した(蛍光強度:37.7、図6の♯95参照)。
【実施例】
【0126】
したがって、TET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸:セリンが、このタンパク質の安定性を規定する上で必須であることが明らかになった。また、この結果に基づき、実施例3及び4において示された、N末端にFLAGタグを付加したTET1タンパク質の安定性は、N末端から2番目のアミノ酸がセリンから、FLAGタグのN末端から2番目のアミノ酸であるアスパラギン酸に変更されたことにより、得られたことが明らかになった(FLAGタグのアミノ酸配列を示す配列番号:46 参照)。
【実施例】
【0127】
(実施例5)
<改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株(TET1-hiPSC)の未分化状態における検討>
実施例1に示す通り、いわゆるエピブラストに相当する状態を保つとされるヒトの分化多能性幹細胞には、通常TET1タンパク質はほとんど存在していなかった。したがって、実施例3にて作製した、改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株(TET1-hiPSC)は、おそらくは発生過程では存在しない細胞状態であることが考えられる。
【実施例】
【0128】
しかし奇妙なことに、図には示さないが、TET1-hiPSCはKFA培地を用いて未分化な状態で維持している間は、その形態や増殖速度等、通常の改変TET1タンパク質が発現していないヒトiPS細胞と一切見分けが付かない。そこで、TET1-hiPSCに関し、一般に分化多能性幹細胞の性質に強く関わるとされる所定の転写因子のmRNAレベルでの発現を定量的RT-PCRにて評価した。得られた結果を図8~23の日数:0に示す。
【実施例】
【0129】
図8に示した結果から明らかなように、分化誘導前(日数:0)のTET1-hiPSCにおけるTET1mRNAの発現は、コントロールとして用いたpCAG-IPベクターのみを発現したhiPSCに比べると、約4倍強となっており、通常状態の約3倍の発現が強制発現分であることが判った。それを踏まえた上で、未分化状態で分化多能性幹細胞の自己複製能に関わる諸因子、OCT3/4、NANOG及びSOX2のmRNA発現レベルは、TET1強制発現の有無で大差が無いことが判った(図11~13の日数:0 参照)。
【実施例】
【0130】
エピブラストに相当するプライム型の性質を有する分化多能性幹細胞は、その後外胚葉か中内胚様へと分化する能力を備えていることが知られている。この点に関し、興味深いことに、外胚葉への分化傾向を示すマーカー(神経細胞のマーカー:SOX1、NEUROGENIN1、NEUROGENIN2、NEUROD1、ASCL1、PAX6、ZNF521及びOTX2)に関しては、TET1強制発現の影響が殆ど無いことが明らかになった(図14~21の日数:0 参照)。
【実施例】
【0131】
さらに、中内胚葉への分化傾向を示すマーカー:T及びSOX17に関しては、発現の様相がTET1強制発現の有無で大きく異なっていた。すなわち、改変TET1タンパク質を強制的に発現していないhiPSCにおいては、これらマーカーの発現が認められたのに対し、同一の培地で培養維持しているにも関わらず、TET1-iPSCではこれらマーカーの発現は低く抑えられていた(図22及び23の日数:0 参照)。
【実施例】
【0132】
一般にTやSOX17は、すでに分化したことを示すマーカーとされており、原則として未分化な幹細胞では発現していないはずである。このことは、定法に従って作製された従前のヒトiPS細胞が、培地中に含まれている、中内胚葉への誘導に必要なNODALと同じ機序で働くアクチビンAに過剰に反応し、未分化な状態を通り越して、中内胚葉へ分化していたことを示唆している。換言すれば、従前のヒト分化多能性幹細胞は、中内胚葉へ多少分化した細胞であり、厳密な意味で“未分化”でなかった可能性がある。
【実施例】
【0133】
(実施例6)
<TET1-hiPSCの神経分化誘導性の検証1>
脊椎動物の初期発生で広く保存されている現象に、デフォルトとして神経系の細胞に分化誘導すること(default neurogenesis)が知られている(Levine,A.J.ら、Dev Biol、2007年、308巻、2号、247~256ページ)。すなわち、初期胚の細胞を単離すると、他の誘導刺激が入らない場合、その細胞は神経系に分化するというものである。これまでにマウスES細胞もこのdefault neurogenesisに従うことが報告されてきた(Smukler,S.R.ら、J Cell Biol、2006年、172巻、1号、79~90ページ)。また、本発明者らが以前にマウスES細胞から神経細胞を誘導しうるプロトコールを提案した際も、このデフォルトな経路にES細胞を“乗せる”ことを主眼においてきた(Bouhon,I.A.ら、Brain Res Bull、2005年、68(1-2)、62~75ページ)。しかしこれまで、ヒトの分化多能性幹細胞を用いた場合のデフォルトが何であるのかに関しては報告がない。
【実施例】
【0134】
そこで、TET1-hiPSCの分化能を検証する一例として、マウスES細胞でdefault neurogenesisが起こる状況に似せて、ヒトiPS細胞のデフォルトな分化を観察した。すなわち、前述の通り、KFAで維持培養したTET1-hiPSC又はhiPSCを、発生分化に中性なCDM培地で4日維持し、後は神経誘導に有利な条件であるアクチビンA/Nodalを阻害した状況に供した。そして、かかる神経系へのデフォルトな分化誘導を開始してから12日間、4日間おきにこれらヒトiPS細胞における転写因子のmRNA発現を分析した。得られた結果を図8~23に示す。
【実施例】
【0135】
神経が誘導される際には、OCT3/4とNANOGは速やかにそれらの発現が減弱することが必要であることが明らかになっている(Zheng Wnagら、Cell Stem Cell、2012年、10巻、440~454ページ)。この点に関し、図11及び12に示した結果から明らかなように、分化誘導を開始してから最初の4日間で既に、OCT3/4及びNANOGの発現に対してTET1強制発現の影響が強く発揮されていた。特にNANOGの発現性に関し、TET1-hiPSCでは、4日間でその発現が100分の1以下に減少していた。これに対し、従来のヒトiPS細胞(hiPSC)では、デフォルトな状態ではこれら因子の発現が減少するどころか、上昇していることが確認された。さらに、図には示さないが、これら従来のヒトiPS細胞においては、OCT3/4及びNANOGの発現はこの後約1ヶ月をかけてようやく初期値の10分の1ぐらいになるのみであった。
【実施例】
【0136】
また、図13に示す通り、TET1-hiPSCにおけるSOX2の発現は、分化誘導を開始してから経時的に上昇していくことが明らかになった。SOX2は未分化な分化多能性幹細胞で発現する転写因子の1つであるが、同時に神経の発生に必須の因子であることが知られている。そのため、TET1-iPSCを神経系に分化させた時に、SOX2の発現が減少しないのが、後で示す効率良い神経分化に向かわせた一因であると考えられる。一方、従来のヒトiPS細胞(hiPSC)では、SOX2の転写量は逆に減少する傾向を示していた。
【実施例】
【0137】
また、図14~21に示した結果から明らかなように、神経分化マーカー(SOX1、NEUROGENIN1、NEUROGENIN2、NEUROD1、ASCL1、PAX6、ZNF521及びOTX2)に関しては、これらマーカーの顕著な発現誘導がTET1-iPSCにおいて認められた。一方、従来のヒトiPS細胞(hiPSC)では、これら神経分化マーカーの殆どにて発現は誘導されなかった。また特に、分化誘導開始後12日目のTET1-hiPSCにおけるSOX1の発現量は、TET1タンパク質を発現していないヒトiPS細胞(hiPSC)におけるそれの約60倍であった。これから類推するに、TET1タンパク質の強制発現により、ヒトiPS細胞は60倍も神経細胞に分化しやすくなったことが示された。
【実施例】
【0138】
また、default neurogenesisにおいて誘導される神経細胞は、前脳(forebrain)の性質を持つことが知られている。この点に関し、図21に示す通り、前脳のマーカーであるOTX2が、TET1タンパク質の強制発現により、著明に発現誘導されることが明らかになった。したがって、TET1タンパク質を導入することにより、デフォルトで前脳型の神経細胞に誘導可能であることが示された。
【実施例】
【0139】
さらに、前述の通り、TET1タンパク質の強制発現によって、NANOGの発現は速やかに消失することが明らかになった。NANOGの抑制は、前述の神経系への分化に限らず、殆どの細胞種に分化させる場合に抑制されることが必要であることが知られている。したがって、実施例6においては神経系(外胚葉系)への分化誘導を例にTET1タンパク質の有効性を明らかにしたが、後述の実施例8においても示す通り、本発明の方法又はタンパク質によって得られる効果は、外胚葉系の分化に限定されるわけではない。すなわち、TET1タンパク質の強制発現によって、NANOGの発現の速やかな消失が生じ、分化誘導の抑制要因が解消されることにより、万能性幹細胞の分化多能性は向上される。
【実施例】
【0140】
(実施例7)
<TET1-hiPSCの神経分化誘導性の検証2>
実施例6にて分化誘導して得られた神経前駆体細胞を、前述の通り、ラミニンコートした培養皿に播種し直し、神経突起形成等の成熟過程を観察した。得られた結果を図24及び25に示す。
【実施例】
【0141】
図25に示した結果から明らかなように、TET1-hiPSCからの分化誘導においては、神経細胞以外の細胞は一切認められず、ほぼ100%のTET1-hiPSCが神経細胞に分化していることが認められた。これに対し、従来のヒトiPS細胞(hiPSC)からは、図24中に矢印で示した箇所に神経細胞の細胞体の塊が認められたが、それ以外は全て増殖性の非神経細胞であり、神経細胞の占める割合は極めて限定的であった(図24 参照)。
【実施例】
【0142】
(実施例8)
<TET1-hiPSCの内胚葉系への分化誘導性の検証>
哺乳類の初期発生は、単純化すると、神経系や皮膚等の外胚葉系の細胞系譜に分化するか、それとも、その他の中胚葉(血液、筋、骨格系)や内胚葉(肺、消化器系臓器)等の共通の祖先細胞系譜である中内胚葉系の細胞系譜に分化するかの二者択一である。そこで、前述において実証されたTET1タンパク質による外胚葉系への分化誘導性の向上に加え、TET1タンパク質によって内胚葉系への分化誘導性も向上されることを以下に示す方法にて確認した。
【実施例】
【0143】
<ヒトiPS細胞の内胚葉系分化誘導法>
内胚葉系の臓器には、糖尿病発症と関わる膵臓や、代謝・解毒の中枢臓器である肝臓があるため、これらの細胞系譜への分化誘導プロトコールの開発は比較的進んでいる。そのため今回は、膵臓のインスリン産生細胞であるβ細胞への分化プロトコールを改変し、すなわち、Kevin A D’Amourら、Nat Biotech.、2006年、24巻、1392~1401ページに記載のプロトコールを改変し、内胚葉までの分化決定を実施した。
【実施例】
【0144】
なおプロトコールの改変部分は、該論文に記載のプロトコールに用いられている基本培地RPMIを、本発明者らが神経誘導等に用いている前記CDM培地に置換した点と、誘導物質としてWnt3aタンパク質を用いるのではなく、細胞に対して同様の活性を有する、すなわち同じシグナル伝達機構に働く低分子化合物CHIR99021を用いた点と、内胚葉系細胞の内、特に膵臓細胞を誘導する場合に用いるCyclopamine(Hedgehogシグナル伝達の阻害剤)を用いなかった点とにある。また、かかる改変により、ヒトiPS細胞は、肝臓に近い細胞種へと分化することが想定される。
【実施例】
【0145】
以下に、本分化誘導方法をステージ別に説明する。
【実施例】
【0146】
ステージ1:内胚葉系細胞への決定(4日間)
KFA培地等にて未分化状態に維持したヒトiPS細胞(実施例3にて作製した、改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株(TET1-hiPSC)又はYMhiPSC058sbc6亜株)を定法に従いトリプシン溶液にて解離する。すなわち、十分時間トリプシンを作用させた後に、トリプシン阻害剤にてその酵素反応を停止させる。その後、CDM培地にActivin A(100ng/ml)、CHIR99021(3μM)及びROCK阻害剤(Y27632;10μM)を加えた分化培地に懸濁し、低接着の培養皿に播種することで、平均約2000個の細胞塊を形成させる。48時間後、形成された細胞塊を回収し、Activin A(100ng/ml)を添加したCDM培地に再度細胞塊を浮遊させる。さらに48時間培養することにより、細胞は内胚葉系への決定がなされ、definitive endoderm(胚体内胚葉、マーカー:SOX17)が形成されることが想定される。
【実施例】
【0147】
ステージ2:原始腸管形成(4日間)
前記方法にて、一度内胚葉に細胞運命が固定した細胞を、次に消化器系臓器の原始形態である腸管を目指した分化培養に供する。すなわち、ステージ1から回収した細胞塊を、FGF10(50ng/ml)を添加したCDM培地に置換し、そのまま4日間分化を継続させる。その結果、細胞は原始腸管と呼ばれる細胞(マーカー:HNF4A)に分化することが想定される。
【実施例】
【0148】
ステージ3:前腸形成(4日間)
原始腸管の細胞は、頭に近い位置では甲状腺や肺等の臓器、より後部では消化器系臓器へと分化する。この内、消化器系臓器の共通の祖先細胞が前腸である。
ステージ2より回収した細胞塊を、FGF10(50ng/ml)及びオ—ルトランス・レチノイン酸(2μM)を添加したCDM培地に置換し、そのまま4日間分化を継続させる。その結果、細胞は前腸細胞(マーカー:FOXA2)の性質を呈することが想定される。
【実施例】
【0149】
以上に記載の分化誘導方法に、従来のヒトiPS細胞と、TET1-iPSCとを供し、各細胞由来のサンプルを4日おきに採取し、RNAを抽出した。そして、そのRNAを鋳型としてqPCRを行い、各分化ステージを表す前記マーカー遺伝子の発現量を定量した。また、NANOGの発現量を細胞の未分化性を表す指標として定量した。得られた結果を図26~29に示す。
【実施例】
【0150】
定法に従って作製された従来のヒトiPS細胞は、図26~29に示すように、TET1を導入せずとも、この細胞株においてもある程度の内胚葉分化誘導が確認された。一方、TET1タンパク質を導入したヒトiPS細胞株においては、NANOGの発現抑制と共に、内胚葉系分化マーカー遺伝子(SOX17、HNF4A及びFOXA2)の顕著な発現誘導が認められた。すなわち、これらマーカー遺伝子の発現量から、TET1-hiPSCは、従来のiPS細胞株と比して、全ステージを通し、内胚葉系への誘導効率が約3倍に亢進していることが示された。したがって、前述の外胚葉系への分化能同様に、TET1タンパク質の導入により、分化多能性幹細胞の内胚葉系への分化能も亢進されることが確認された。
【実施例】
【0151】
(実施例9)
<改変TET1タンパク質についての検証>
上述の通り、本発明の変異型TET1タンパク質として、TET1タンパク質(全長)のN末にFLAGタグを付加したタンパク質を用い、その効果について検証してきた。そこで、本発明の変異型TET1タンパク質の別の態様(図6に示す、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質(♯94))についても、分化多能性幹細胞の分化能を向上させることが可能となることを、以下に示す方法にて確認した。
【実施例】
【0152】
先ず、下記4種のヒトiPS細胞を調製した。
TET1o/e:N末にFLAGタグが付加されたTET1タンパク質(全長)を、強制発現させたYMhiPSC058sbc6亜株(実施例3にて作製した、改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株)、
♯93:図6に示すヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)とGFPタグとを融合させたタンパク質を、強制発現させたYMhiPSC058sbc6亜株、
♯94:図6に示すN末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分(670アミノ酸からなるタンパク質)を、強制発現させたYMhiPSC058sbc6亜株、及び
pCAG-IP:pCAG-IP(空ベクター)を導入し、薬剤耐性のみを持たせたYMhiPSC058sbc6亜株(コントロール細胞株)。
【実施例】
【0153】
なお、♯93、♯94又はpCAG-IPは、実施例3に記載の方法と同様の方法にて、各改変TET1タンパク質をコードするpCAG-IPベクター又はpCAG-IP(空ベクター)を作製し、そして、得られたベクターをヌクレオフェクターによりYMhiPSC058sbc6亜株に導入し、薬剤耐性によるセレクションをかけて培養することにより調製した。
【実施例】
【0154】
次に、これらヒトiPS細胞を前述の神経分化誘導に供し、この分化誘導過程(8日間)における各マーカー遺伝子の発現量を前述の方法に沿って解析した。得られた結果を、図30~32に示す。
【実施例】
【0155】
図30~32に示した結果から明らかな通り、TET1タンパク質(全長)のN末にFLAGタグを付加したタンパク質(TET1o/e)同様に、本発明の変異型タンパク質の別の態様である、N末端から2番目の位置においてセリン残基をグリシン残基に置換したヒトTET1タンパク質のN末部分とGFPタグとを融合させたタンパク質(♯94)を導入することによっても、ヒトiPS細胞の神経分化誘導能を向上できることが確認された。したがって、TET1タンパク質導入による分化多能性幹細胞の分化能の向上においては、TET1タンパク質のC末端部分のジオキゲナーゼが担う脱メチル化活性は必要ではなく、DNA結合ドメインを含むTET1タンパク質のN末端部分が担うDNA結合能が維持されていれば十分であることが示された。
【実施例】
【0156】
(実施例10)
<改変TET1タンパク質によるiPS細胞の生産効率向上についての検証>
iPS細胞への誘導、特にヒトiPS細胞への誘導は極めて効率の悪いプロセスである。そのため、質の良いiPS細胞、すなわち、顕微鏡下にて辺縁がシャープであるコロニーを形成するiPS細胞を入手することが難しい。なお、このような形態の良いコロニーを形成するiPS細胞は、分化多能性を担う転写因子(OCT3/4やSOX2)の発現が高いこと、並びにその後の増殖においても細胞の性質が安定していることが経験上知られている。
【実施例】
【0157】
そこで、所謂リプログラミング因子をiPS細胞に誘導するための体細胞に導入する際に、併せて本発明の変異型TET1タンパク質を導入することにより、iPS細胞の生産効率が向上するか否かを以下に示す方法にて解析した。
【実施例】
【0158】
すなわち、沖田らの開発したエピゾーマルベクター系を用いた以外は、前記同様に6因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、L-MYC、LIN28及びshp53)を導入してiPS誘導を行った。その際、N末にFlagタグを配した全長TET1を同じベクターに挿入したものを別個に作製し、この有無にて、iPS細胞を誘導した。
【実施例】
【0159】
そして、得られたiPS細胞コロニーを観察し、それらの数を計測した。得られた結果を表2に示す。表2に記載の「6因子」は前記6因子導入によるiPS細胞誘導の結果を示し、「6因子+Flag-TET1」は前記6因子と本発明の変異型TET1タンパク質との導入によるiPS細胞誘導の結果を示す。「Frcs」は質の良いiPS細胞から構成されるコロニーの数を示し、「Prcs」は質の悪いiPS細胞から構成されるコロニーの数を示す。「Frcs」及び「Prcs」の外観の例を図33に示す。
【実施例】
【0160】
【表2】
JP0005987063B2_000003t.gif
【実施例】
【0161】
表2に示す通り、従来のTET1タンパク質を導入しないiPS細胞誘導法と比較し、本発明のTET1タンパク質を導入するiPS細胞誘導法によって、iPS細胞コロニーの出現率を向上させること(コロニー数を22個から47個に向上させること)ができることが明らかになった。さらには、従来のiPS細胞誘導法ではFrcsもPrcsもほぼ同程度出来ていたのが、本発明のiPS細胞誘導法によって、Frcsの出現率も向上させることができること(Frcsの出現率が10/22から40/47に向上すること)も明らかになった。
【実施例】
【0162】
したがって、本発明のTET1タンパク質を導入する分化多能性幹細胞の製造方法によれば、得られる分化多能性幹細胞の分化能を向上させることのみならず、該分化多能性幹細胞も効率良く製造できることが明らかになった。
【実施例】
【0163】
(実施例11)
<改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株(TET1-hiPSC)の未分化状態における検討2>
実施例3にて作製した、改変TET1タンパク質を強制発現させたヒトiPS細胞株(TET1-hiPSC)の未分化状態の性状に関し、増殖性、網羅的な遺伝子発現の観点から、さらに解析した。
【実施例】
【0164】
TET1-hiPSCの増殖性に関し、図には示さないが、樹立後20回継代することができ、当該細胞は安定していることが明らかになった。また、モックベクター発現系統(mv-iPSC)と比較して、増殖速度は遅いことも明らかになった(図34)。さらに、細胞周期に関し、mv-iPSCと比較したところ、TET1-iPS細胞はG2期における時間は短く、S期における時間が長くなっていた(図35)。このように、TET1-iPS細胞の細胞周期は、S期における細胞存在比率が高く、G1/G2/Mにおいては低いという、典型的な幹細胞様の細胞周期を連想させるものであった。
【実施例】
【0165】
また、TET1-hiPSCのトランスクリプトームに関し、マイクロアレイを用いたグローバルな解析を行った結果、当該細胞の転写プロフィールはナイ—ブ型よりもプライム型であることが示された(図36)。例えば、TET1-hiPSCにおいて、ナイ—ブ型の因子の発現は亢進していないものの、プライム型を決定する因子であるDNMT3B及びOTX2の発現が亢進していた。また、SOX2の発現亢進及びNANOGの僅かな発現低下を除外すれば、多能性に関する遺伝子の発現は大きく変化していなかった。さらに、図には示さないが、TET1-hiPSCをLIFによって処理しても、ナイーブ段階に復帰することはなかった。
【実施例】
【0166】
また、全体的にみると、TET1-hiPSCにおける遺伝子のグローバルな発現プロファイルは、コントロールであるmv-iPSCにおけるそれよりも、未分化であることが明らかになった。すなわち、TET1の発現により、NODAL、その直接的な制御対象(LEFTY1及びLEFTY2)、並びに中内胚葉マーカー(T、SOX17、MIXL1、EOMES、LHX1、LIM2及びFOXA2)の発現は、顕著に低下していた。また、TET1導入によってNODALの発現は劇的に45分の1程度に低下しており、上述の通り、TET1が導入されていない従前のヒトiPS細胞は、中内胚葉系統への分化傾向を示していることが確認された。なお、図には示さないが、TET1-hiPSCにおけるDNMT3Bの発現亢進及び中内胚葉マーカーの有意な低発現は、定量的RT-PCRにより確認した。また、TET1-hiPSCと比較して、癌関連マーカー(GPC4、GAGE2B及びGAGE7)は、mv-iPSCにおいて高発現しており、TET1タンパク質が導入されていない従前のヒトiPS細胞は、腫瘍形成能を有していることが示唆された(図36)。また、TET1-hiPSC及びmv-iPSCの双方において、神経外胚葉マーカーであるSOX1は発現していなかったが、TET1-iPSCにおいて、DNMT3B、SOX2及びOTX2の発現が亢進しており、該細胞の神経分化能が増強していることが示唆された。
【実施例】
【0167】
(実施例12)
<Tet1ノックダウンマウスES細胞のプライム段階への移行性についての検証>
上述の通り、TET1タンパク質を導入することによって、ヒトiPS細胞の分化能を向上させることができた。そこで、TET1のこの機能について、マウスにおけるナイーブ型多能性段階からプライム型多能性段階へのインビトロ移行モデルを用いて解析した。すなわち、「K.Hayashi,H.Ohta,K.Kurimoto,S.Aramaki,M.Saitou,Cell 146,519(Aug19,2011)」及び「G.Guo et al.,Development 136,1063(Apr,2009)」の記載に沿って、培養条件を切り替えることにより、48時間以内に、ナイーブ型の多能性段階にあるマウスES細胞を、プライム型の多能性段階にあるエピブラスト様細胞(EpiLCs)に誘導できるインビトロモデルを用いた(図37)。実際、このように誘導して得られたEpiLCsは、Fgf5、Dnmt3a及びDnmt3bの発現が亢進しているという原始外胚葉細胞の特性を示し(図38)、一連のナイーブ型因子の発現は消失していた(図40)。
【実施例】
【0168】
そして、多能性の確立におけるTet1の役割を探るため、全てのTet1転写産物を対象とするショートヘアピンRNA(shRNA)を用い、前記インビトロモデル系において、Tet1の発現を低減させた(図39、K.Williams et al.,Nature 473,343(May 19,2011) 参照)。
【実施例】
【0169】
Tet1ノックダウン(KD)マウスES細胞において、図には示さないが、多能性マーカーであるOct3/4(Pou5f1)、Sox2及びNanogの発現レベルは変わっていなかった。また、細胞周期に関しても、上記同様に典型的な幹細胞様の細胞周期を示し、従前からの報告の通り、Tet1はマウスES細胞の自己複製においては重要でないということが確認できた(K.Williams et al.,Nature 473,343(May 19,2011)、K.P.Koh et al.,Cell Stem Cell 8,200(Feb 4,2011)、G.Ficz et al.,Nature 473,398(May 19,2011)、M.M.Dawlaty et al.,Cell Stem Cell 9,166(Aug 5,2011)及びM.M.Dawlaty et al.,Dev Cell 24,310(Feb 11,2013) 参照)。
【実施例】
【0170】
しかしながら、Tet1-KDマウスES細胞は、未処理の細胞同様に、プライム型の多能性段階にあるEpiLCsに変化することはなかった。代わりに、エピブラスト段階において高発現していることが知られている遺伝子、特にde novo DNAメチルトランスフェラーゼ(Dnmt3a及びDnmt3b)の発現レベルは、Tet1-KD EpiLCsにおいてかなり低くなっていた(図41~43)。
【実施例】
【0171】
さらに、ナイーブ型因子(Nanog、Prdm14、Esrrb、Rex1/Zfp42、Tcl1、Tbx3、Klf2、Klf4及びStat3)の発現は、Tet1-KD EpiLCsにおいて維持されていた(図42及び図40)。
【実施例】
【0172】
概して、プロテオーム及びトランスクリプトームにおけるTet1-KD EpiLCsは、初期の多能性段階の発現プロファイルを示しており、また、マウスES細胞は、Tet1が発現していないと、48時間以内にプライム型の多能性段階に達することができないということが明らかになった。
【実施例】
【0173】
さらに、Tet1-KD EpiLCsにおいて、原始内胚葉細胞における典型的な転写因子シグナル(Gata6及びSox17の発現)が確認された。このシグナルは、着床前の胚盤胞ICMのナイーブ型の細胞に由来する原始内胚葉において確認されるものである。また、ナイーブ段階での状態維持に関与するJAKシグナルを阻害し、Tet1-KD EpiLCsをより積極的にエピブラスト(プライム段階)に誘導することを試みても、その誘導をかけてから48時間後のTet1-KD EpiLCsにおいて、(エピブラスト型)原始外胚葉への分化能は損なわれたままであった(図44)。
【実施例】
【0174】
(実施例13)
<プライム型の多能性におけるTET1の分解>
ナイーブ型からプライム型の移行過程におけるTet1の発現プロファイルを解析した結果、「S.Ito et al.,Nature 466,1129(Aug26,2010)」にて報告されている通り、Tet1は未分化のマウスES細胞において高発現していた(図45、図46及び図41)。しかし、プライム段階への移行に際して、Tet1のmRNAレベルが維持されているにも関わらず、それらのタンパク質レベルは有意に下がっていた(図45、図46、図41及び図42)。一方、プロテアソーム阻害剤MG132によってEpiLCsにおけるタンパク質分解を阻害することによって、Tet1タンパク質の発現レベルを回復させることができた(図46)。一方、ナイーブ型の未分化ES細胞において、Tet1のタンパク質レベルに関し、このようなプロテアソーム阻害処理による影響は見られなかった。
【実施例】
【0175】
なお、上述の通り、TET1タンパク質はヒトiPS細胞において殆ど検出されず、表現型上、プライム型にあるマウスEpiLCs内と同様のタンパク質動態制御下にあると考えられた。また、ヒトiPS細胞におけるTET1タンパク質の発現レベルは、MG132処理によって顕著に亢進した(図1)。
【実施例】
【0176】
したがって、ナイーブ型の分化多能性幹細胞と同程度に、プライム型の分化多能性幹細胞はTET1タンパク質を安定化することができないことが明らかになった。また、インビトロモデルにおけるナイーブ段階からプライム段階への移行においてTet1タンパク質の発現が低下することは、胚盤胞からエピブラストへのインビボ移行段階において、Tet1タンパク質の発現が発生的に低下するように制御されていることを反映していることが示唆される。
【実施例】
【0177】
(実施例14)
<Tet1によるDnmt3の発現制御についての検証>
Tet1は脱メチル化を促進するため、Tet1-KDマウスES細胞又はEpiLCのゲノムは高メチル化状態にあることが予測される。
【実施例】
【0178】
しかしながら、ナイーブ型の因子であるTcl1のメチル化可変領域(DMR)について解析した結果、Tet1の喪失は、マウスES細胞におけるTcl1のDMRのメチル化状態に影響を与えることはなかった。なお、Tcl1のDMRは、着床後の胚盤胞からエピブラストへの移行過程におけるゲノムワイドなメチル化の一環として、de novoのメチル化が有意に導入される領域として報告されている(J.Borgel et al.,Nat Genet 42,1093(Dec,2010) 参照)。また、コントロールのTcl1 DMRは、EpiLCsへの移行の過程においてメチル化され始めるものの、Tet1-KD EpiLCsにおいては、低メチル化のまま維持されていた(図47)。
【実施例】
【0179】
したがって、Tet1は、脱メチル化活性によってTcl1 DMRのメチル化に直接影響は与えていないものの、Tet1がまだ高発現しているナイーブ段階において、ゲノムのグローバルな再メチル化において重要であることが知られている、de novo DNAメチルトランスフェラーゼ(Dnmt3a及びDnmt3b)の発現を制御することによって間接的に影響を与えていることが考えられる。実際、図41に示す通り、Tet1-KD EpiLCsにおいて、これらDNAメチルトランスフェラーゼの発現レベルは、きわめて低い。
【実施例】
【0180】
そこで、次に、Tet1-KD EpiLCsにおいて見られる、グローバルな低メチル化状態及びDnmt3a/bの調節異常は、Dnmt3bプロモータ-における異常なメチル化状態によって説明できるかどうかを調べた。すなわち、バイサルファイトシークエンシングにより、Dnmt3bの全ての推定上DMRのメチル化状態を解析した結果、図には示さないが、転写開始部位から-866~-576の間に位置する一つの領域に関し、Tet1-KDマウスES細胞において高メチル化していることが明らかとなり、この高メチル化状態は、Tet1の脱メチル化活性の喪失と一致しているように思われる。
【実施例】
【0181】
しかしながら、このメチル化状態の差異はささやかなものであったため、Dnmt3a/bの異常調節を説明するための、デオキシゲナーゼ非依存的な分子機構について調べた。
【実施例】
【0182】
ナイーブ型因子であるPrdm14は、Dnmt3bの発現を抑制することによって、マウスES細胞における多能性の確保に部分的に関与していることが知られている(Z.Ma,T.Swigut,A.Valouev,A.Rada-Iglesias,J.Wysocka,NatStruct Mol Biol 18,120(Feb,2011)及びM.Yamaji et al.,Cell Stem Cell 12,368(Mar 7,2013) 参照)。そこで、このPrdm14のナイーブ段階からプライム段階への移行過程における発現を解析した。
【実施例】
【0183】
その結果、ナイーブ段階からプライム段階への移行過程において、Prdm14 mRNAの発現レベルは、マウスES細胞において高いが、EpiLCsにおいて低くなっていた。しかしながら、Tet1をノックダウンすることによって、EpiLCにおけるPrdm14発現抑制は解除されることが明らかになった(図40)。このように、Tet1はPrdm14の発現抑制を担っており、結果として、マウスES細胞からEpiLCに分化する際のDnmt3a/bの発現亢進に寄与することが示唆され、さらには、この発現抑制は、Tet1-KD EpiLCにおけるDnmt3a/bの発現抑制とも一致する。
【実施例】
【0184】
次に、Prdm14及びTet1を共にノックダウン(Tet1/Prdm14-double KD)することにより、Tet1喪失によるEpiLCにおけるDnmt3bの発現低下が無効となるかどうか調べた(図48)。
【実施例】
【0185】
Tet1-KDと比較して、Tet1/Prdm14-double KD EpiLCにおいて、プライム段階を決定する因子Otx2、Dnmt3a及びDnmt3bの発現は増強され、(胚体外)原始内胚葉マ—カーであるGata6の発現は抑制されていた(図49~52)。
【実施例】
【0186】
以上の通り、Tet1-KDのナイーブ段階からプライム段階への移行過程におけるDnmt3a及びDnmt3bの発現低下の誘導、並びにTet1-KD EpiLCにおける低メチル化状態の維持には、Tet1デオキシゲナーゼ依存的な機構のみならず、非依存的な機構が関与していることが示唆される。
【実施例】
【0187】
次に、ナイーブ段階からプライム段階への移行において、Dnmt3アイソフォームの役割を個別に解析するため、Tet1-KD細胞にDnmt3の様々なアイソフォームを個々に導入した。
【実施例】
【0188】
その結果、Tet1-KDにおけるOtx2の発現は、Dnmt3a2の異所発現によって野生型のそれと同レベルにまで回復した(図53)。一方、Tet1-KDにおけるGata6の発現亢進は、Dnmt3bの異所発現によって無効となった(図54)。
【実施例】
【0189】
したがって、Tet1は、Dnmt3a/bを制御することによって、積極的にマウスES細胞をナイーブ段階からプライム型の多能性段階へと導くことが示唆された。
【実施例】
【0190】
以上、実施例1~9及び11において示した通り、アミノ末端から2番目の位置において、天然のTET1タンパク質のアミノ末端から2番目のアミノ酸残基とは異なるアミノ酸残基を有する変異型TET1タンパク質をヒト分化多能性幹細胞に導入することにより、その分化能を顕著に向上できることが明らかになった。ひいては、通常TET1タンパク質が積極的に分解されているヒト分化多能性幹細胞等において、当該タンパク質を発現させることができれば、該細胞の分化能を顕著に向上できることが明らかになった。さらに、かかる分化能の向上によって、従来のヒトiPS細胞において認められた分化誘導の偏り(例えば、実施例5において認められた中内胚葉への多少の分化)を解消できることも明らかになった。さらにまた、かかる分化能の向上は、N末端から2番目のアミノ酸を異なるアミノ酸に置換し、ジオキシゲナーゼ領域を欠失させた変異型TET1タンパク質によっても達成されることが明らかになった。すなわち、分化能の向上においては、ジオキシゲナーゼ領域が担う脱メチル化活性は必要ではなく、TET1タンパク質のDNA結合能が維持されていれば十分であることが示された。
【実施例】
【0191】
また、実施例10において示した通り、本発明によれば、得られる分化多能性幹細胞の分化能の向上のみならず、iPS細胞の誘導効率(製造効率)も高めることができることも明らかになった。
【実施例】
【0192】
また、前述の通り、TET1タンパク質は、受精卵から胚盤胞までのナイーブな状態にて発現していることが知られている。このことと、本実施例において明らかになった、ヒト分化多能性幹細胞(プライムな状態)においてTET1タンパク質が発現していないこと、並びにTET1タンパク質導入による分化能の向上とを併せ考えるに、初期発生においては、胚盤胞(ナイーブ)からエピブラスト(プライム)、さらには各胚葉への分化をスムーズに起こすために、TET1タンパク質は機能していることが考えられる。実際、実施例12~14において示した通り、TET1タンパク質は、Dnmt3a/bの発現を制御することによって、積極的にマウスES細胞をナイーブ段階からプライム型の多能性段階に導くことが、本発明において明らかになった。
【実施例】
【0193】
したがって、かかる各細胞種への分化誘導を速やかに行わせるための潤滑油としての作用、換言すれば、発生進行における頑強性(ロバストネス)を付与する機能を有しているのがTET1タンパク質であり、本実施例において明らかになったTET1タンパク質による分化多能性幹細胞における分化能の向上は、この分化誘導におけるロバストネスが増強されたことにより生じたものであると強く示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0194】
以上説明したように、本発明によれば、通常TET1タンパク質が積極的に分解されているヒト分化多能性幹細胞等において、当該タンパク質を安定的に発現させることによって、分化誘導の抑制因子であるNANOG等の発現を速やかに消失させる。また、その一方で、分化誘導に関わる因子の発現を促進させることにより、分化多能性幹細胞の分化能を向上させることが可能となる。
【0195】
したがって、本発明のTET1タンパク質等及び該タンパク質等を利用する分化多能性幹細胞の製造方法は、該細胞における、NANOG等の発現による分化誘導に対する抵抗や、中内胚葉マーカーであるT及びSOX17等の発現による分化誘導の偏りを解消でき、ひいては目的とする細胞のみを極めて高い効率にて得ることができるという点において優れている。そのため、本発明は、多種多様な細胞、組織、臓器等の提供が強く求められている再生医療や創薬開発、並びに生殖医療等において有用である。
【配列表フリ-テキスト】
【0196】
配列番号:7~44
<223> 人工的に合成されたプライマーの配列
配列番号:45及び46
<223> FLAGタグの配列
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10
【図12】
11
【図13】
12
【図14】
13
【図15】
14
【図16】
15
【図17】
16
【図18】
17
【図19】
18
【図20】
19
【図21】
20
【図22】
21
【図23】
22
【図24】
23
【図25】
24
【図26】
25
【図27】
26
【図28】
27
【図29】
28
【図30】
29
【図31】
30
【図32】
31
【図33】
32
【図34】
33
【図35】
34
【図36】
35
【図37】
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【図38】
37
【図39】
38
【図40】
39
【図41】
40
【図42】
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【図43】
42
【図44】
43
【図45】
44
【図46】
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【図47】
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【図48】
47
【図49】
48
【図50】
49
【図51】
50
【図52】
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【図53】
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【図54】
53