TOP > 国内特許検索 > スピンバルブ素子 > 明細書

明細書 :スピンバルブ素子

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第5645181号 (P5645181)
登録日 平成26年11月14日(2014.11.14)
発行日 平成26年12月24日(2014.12.24)
発明の名称または考案の名称 スピンバルブ素子
国際特許分類 H01L  29/82        (2006.01)
B81B   1/00        (2006.01)
FI H01L 29/82 Z
B81B 1/00
請求項の数または発明の数 6
全頁数 13
出願番号 特願2014-517923 (P2014-517923)
出願日 平成25年10月31日(2013.10.31)
国際出願番号 PCT/JP2013/079599
国際公開番号 WO2014/073452
国際公開日 平成26年5月15日(2014.5.15)
優先権出願番号 2012246581
優先日 平成24年11月8日(2012.11.8)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成26年4月16日(2014.4.16)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
【識別番号】500116351
【氏名又は名称】ユニヴァーシティー オブ ヨーク
【氏名又は名称】UNIVERSITY OF YORK
発明者または考案者 【氏名】廣畑 貴文
早期審査対象出願または早期審理対象出願 早期審査対象出願
個別代理人の代理人 【識別番号】100088155、【弁理士】、【氏名又は名称】長谷川 芳樹
【識別番号】100124291、【弁理士】、【氏名又は名称】石田 悟
【識別番号】100161425、【弁理士】、【氏名又は名称】大森 鉄平
審査官 【審査官】小山 満
参考文献・文献 特開2012-174323(JP,A)
特開2012-049403(JP,A)
特開2010-113788(JP,A)
国際公開第2011/118374(WO,A1)
特開2012-227439(JP,A)
特開2012-128899(JP,A)
特開2012-069218(JP,A)
調査した分野 H01L 29/82
B81B 1/00
特許請求の範囲 【請求項1】
強磁性体からなるスピン注入子と、
強磁性体からなるスピン検出子と、
非磁性体からなるチャネル部と、
を有するスピンバルブ素子であって、
前記スピン検出子は、前記スピン注入子から離間した位置に配置され、
前記チャネル部は、前記スピン注入子及び前記スピン検出子に直接又は絶縁層を介して接続され、前記チャネル部には、前記スピン注入子の接合位置と前記スピン検出子の接合位置との間に、スピン流に直交する方向の断面積が拡大されたスピン拡散部が複数形成され
前記スピン拡散部は、スピン注入子からスピン検出子へ向かう第1方向の経路のスピン抵抗が、スピン検出子からスピン注入子へ向かう第2方向の経路のスピン抵抗よりも小さくなるように形成されているスピンバルブ素子。
【請求項2】
前記スピン拡散部は、前記断面積が最大となる先端部を有し、
前記スピン流に直交する方向の前記スピン拡散部の断面積の変化率は、前記スピン注入子側から前記先端部へ向かう場合の方が、前記先端部から前記スピン検出子側へ向かう場合に比べて小さい請求項1に記載のスピンバルブ素子。
【請求項3】
前記スピン注入子、前記スピン検出子及び前記チャネル部は、基板上に形成されており、
前記スピン注入子及び前記スピン検出子が基板の主面と平行な方向に互いに離間して配置される請求項1又は2に記載のスピンバルブ素子。
【請求項4】
前記スピン拡散部は、前記基板の上面からみて、前記断面積が最大となる先端部を通り、前記スピン流に直交する方向に伸びる線を基準として非対称に形成されている請求項に記載のスピンバルブ素子。
【請求項5】
前記スピン拡散部は、前記基板の上面からみて、前記チャネル部の軸線を基準として対称に形成されている請求項に記載のスピンバルブ素子。
【請求項6】
非局所的手法を用いて電圧を検出する請求項1~の何れか一項に記載のスピンバルブ素子。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、スピンバルブ素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スピンエレクトロニクスの分野では、電子のスピン状態を利用したスピンバルブ素子が用いられている(例えば、特許文献1参照。)。このスピンバルブ素子は、強磁性体からなるスピン注入子及びスピン検出子と、スピン注入子及びスピン検出子を橋渡しした非磁性体からなるチャネル部を備えており、いわゆる非局所的手法により、スピン注入子とスピン検出子との間のチャネル部に電荷の流れを伴わないスピン流を発生させ、スピン検出子とチャネル部との界面に発生するスピン蓄積電圧を検出する。また、スピンバルブ素子において、スピン流すなわち電子の角運動量の流れは、スピン注入子からの距離とスピンの拡散長とに依存して指数関数的に減衰することが知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【0003】

【特許文献1】特開2012-151307号公報
【特許文献2】特開2009-158554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スピンバルブ素子を設計するにあたっては、上記スピン流の減衰を考慮してスピン注入子とスピン検出子との間の長さを設定する必要がある。すなわち、スピン注入子とスピン検出子との間の長さは減衰後のスピン流が検出可能である長さでなければならないという一定の制約があるため、スピン注入子及びスピン検出子の配置の自由度に制限があるとともに、上記制約を満たすことができる加工技術が要求される。このため、本技術分野ではスピン流の減衰を抑制することができるスピンバルブ素子が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面に係るスピンバルブ素子は、強磁性体からなるスピン注入子と、強磁性体からなるスピン検出子と、非磁性体からなるチャネル部と、を有するスピンバルブ素子であって、スピン検出子は、スピン注入子から離間した位置に配置され、チャネル部は、スピン注入子及びスピン検出子に直接又は絶縁層を介して接続され、チャネル部には、スピン注入子の接合位置とスピン検出子の接合位置との間に、スピン流に直交する方向の断面積が拡大されたスピン拡散部が複数形成され、スピン拡散部は、スピン注入子からスピン検出子へ向かう第1方向の経路のスピン抵抗が、スピン検出子からスピン注入子へ向かう第2方向の経路のスピン抵抗よりも小さくなるように形成されている。
【0006】
このように構成することで、強磁性体からなるスピン注入子と非磁性体からなるチャネル部とに電流又は電圧を印加すると、チャネル部にスピン検出子へ向けてスピン流が生じる。チャネル部の一部には、スピン流に直交する方向の断面積が拡大されたスピン拡散部が形成されているため、チャネル部に発生したスピン流は、スピン拡散部にてスピン流に直交する方向に拡散させられる。このように、スピン拡散部の形状によってスピン流の拡散を制御することができるため、例えば、スピン拡散部の形状を、スピン注入子からスピン検出子へ向かうスピン流の方が、スピン検出子からスピン注入子へ向かうスピン流よりも流れやすい形状とすることが可能となる。すなわち、スピン拡散部の形状を制御することによって、所望の方向のスピン流の減衰を抑制することができる。よって、スピン流の減衰が抑制されることから、スピン注入子とスピン検出子との間を拡大させることができるため、設計の自由度が向上する。また、チャネル部にスピン拡散部が複数形成されているため、より効率的にスピンを拡散することができる。さらに、このように構成することで、第1方向の経路のスピン抵抗は第2方向の経路のスピン抵抗より低くなる。このため、チャネル部を第1方向へ流入するスピン流の拡散と、第2方向へ流入するスピン流の拡散とに差が生じるため、例えば第1方向のスピン流の減衰を抑制することができる。
【0009】
一実施形態では、スピン拡散部は、断面積が最大となる先端部を有し、スピン流に直交する方向のスピン拡散部の断面積の変化率は、スピン注入子側から先端部へ向かう場合の方が、先端部からスピン検出子側へ向かう場合に比べて大きくされていてもよい。
【0010】
このように構成することで、スピン注入子側から拡散部の断面積が最大となる先端部まで流れるスピン流の拡散の程度と、先端部からスピン検出子側へ流れるスピン流の拡散の程度とが同一とならず、スピン注入子からスピン検出子へ向かうスピン流を流れやすくすることができる。よって、スピン流の減衰を抑制することが可能となる。
【0011】
一実施形態では、スピン注入子、スピン検出子及びチャネル部は、基板上に形成されており、スピン注入子及びスピン検出子が基板の主面と平行な方向に互いに離間して配置されていてもよい。このように、いわゆる面内スピンバルブ構造において、スピン流の減衰を抑制することができる。
【0012】
一実施形態では、スピン拡散部は、基板の上面からみて、前記断面積が最大となる先端部を通り、スピン流に直交する方向に伸びる線を基準として非対称に形成されていてもよい。このように、先端部を通る線を基準としてスピン拡散部を非対称とすることで、スピン注入子からスピン検出子へ流れるスピン流の拡散の程度と、スピン検出子からスピン注入子へ流れるスピン流の拡散の程度とが同一とならず、例えばスピン注入子からスピン検出子へ向かうスピン流を流れやすくすることができるため、スピン流の減衰を抑制することが可能となる。
【0013】
一実施形態では、スピン拡散部は、基板の上面からみて、チャネル部の軸線を基準として対称に形成されていてもよい。スピン流はチャネル部の軸線方向に沿って発生する。上記構成とすることで、スピン流の伝搬が軸線方向を基準に対称となるため、軸線方向へのスピン流を流れやすくすることができる。
【0015】
一実施形態では、非局所的手法を用いて電圧を検出してもよい。このように構成することで、電荷の流れを伴わないスピン偏極電子の流れやすさを制御することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明の一側面及び実施形態によれば、スピン流の減衰を抑制することができるスピンバルブ素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係るスピンバルブ素子の斜視図である。
【図2】一実施形態に係るスピンバルブ素子の上面図である。
【図3】スピン拡散部の変形例を示す概要図である。
【図4】シミュレーションにおけるスピンバルブ素子と注入されるスピンの関係を示す概要図である。
【図5】シミュレーションにおいて用いたモデルを示す概要図である。
【図6】スピン流が伝搬するシミュレーション結果を示す概要図である。
【図7】スピン流が伝搬するシミュレーション結果を示す概要図である。
【図8】スピン流の電流密度のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図9】スピン拡散部の先端部の大きさと、スピン流の電流密度の変化との関係をあらわすシミュレーション結果のグラフである。
【図10】スピン拡散部の断面積の大きさと、スピン流の電流密度の変化との関係をあらわすシミュレーション結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して本発明の一実施形態について具体的に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明のものと必ずしも一致していない。

【0019】
一実施形態に係るスピンバルブ素子は、例えばいわゆる面内スピンバルブ構造を有する素子として好適に採用されるものである。図1は、一実施形態に係るスピンバルブ素子10の斜視図である。図2は本実施形態に係るスピンバルブ素子10の上面図である。

【0020】
図1及び図2に示すように、スピンバルブ素子10は、基板20上に形成された、スピン注入子12、チャネル部14及びスピン検出子16を備えている。基板20は、例えばSi,GaAs,MgO基板などの半導体や絶縁体基板が用いられる。スピン注入子12、チャネル部14及びスピン検出子16は、チャネル部14がスピン注入子12及びスピン検出子16を橋渡しするようにスピン注入子12及びスピン検出子16に接続された面内スピンバルブ構造を形成している。

【0021】
スピン注入子12は、チャネル部14へスピンを注入する端子であり、例えば線形部材である。スピン注入子12は、その軸線方向が面内方向(基板面に平行な方向)と一致するように基板20上に配置されている。スピン注入子12は、所定方向に磁化された強磁性体からなり、例えばFe、NiFe等により形成される。図1に示すスピン注入子12中の破線矢印は、スピン注入子12の磁化方向をあらわしている。スピン注入子12の線幅は、例えば10μm以下とされる。また、スピン注入子12の線幅は、例えば、0.1μm以上であってもよい。スピン注入子12及びチャネル部14は、互いに接触(直接的に接合)している。スピン注入子12の一端部には、電流又は電圧印加用の端子部12aが形成されていてもよい。なお、スピン注入子12は、チャネル部14上に配置されていてもよい。また、スピン注入子12とチャネル部14とは、絶縁層を介して接合していてもよい。

【0022】
スピン検出子16は、チャネル部14からスピンを検出する端子であり、例えば線形部材である。スピン検出子16は、基板20上であって、基板20の主面と平行な方向にスピン注入子12と離間して配置されている。スピン検出子16は、その軸線方向が面内方向と一致するように基板20上に配置されている。スピン検出子16は、所定方向に磁化された強磁性体からなり、例えばFe、NiFe等により形成される。磁化方向は、スピン注入子12の磁化方向と平行又は反平行とされる。図1に示すスピン検出子16中の破線矢印は、スピン検出子16の磁化方向をあらわしており、例えば、スピン注入子12の磁化方向と平行な磁化方向をあらわしている。スピン検出子16の線幅は、例えば10μm以下とされる。また、スピン検出子16の線幅は、例えば、0.1μm以上であってもよい。スピン検出子16及びチャネル部14は、互いに接触(直接的に接合)している。なお、スピン検出子16は、チャネル部14上に配置されていてもよい。また、スピン検出子16とチャネル部14とは、絶縁層を介して接合していてもよい。

【0023】
チャネル部14は、線形部材であって、その軸線L1の方向が面内方向と一致するように配置されている。チャネル部14は、スピン注入子12及びスピン検出子16に直接又は絶縁層を介して接続されている。スピン注入子12及びスピン検出子16の接合位置は、チャネル部14の両端部から離間した位置とされている。チャネル部14は、非磁性体からなり、例えばSiもしくはヒ化ガリウム(GaAs)などの半導体材料、又は、AgもしくはCu等の非磁性金属により形成される。チャネル部14の一端部(両端部のうちスピン注入子12に近い端部)には、電流又は電圧印加用の端子部14aが形成されている。チャネル部14は、例えば基板20上に積層させた半導体層をメサ状に加工することによって形成されていてもよい。チャネル部14の線幅は、例えば10μm以下とされる。また、チャネル部14の線幅は、例えば、0.1μm以上であってもよい。

【0024】
チャネル部14の一部には、チャネル部14に発生するスピン流を制御するためのスピン拡散部が形成されている。ここでは、一例として、チャネル部14に5つのスピン拡散部30~34が形成されている。具体的には、スピン拡散部30~34は、スピン注入子12の接合位置とスピン検出子16の接合位置との間に形成されている。スピン拡散部30~34は、チャネル部14に発生するスピン流において、スピン注入子12からスピン検出子16へ向かう第1方向L1の経路のスピン抵抗が、スピン検出子16からスピン注入子12へ向かう第2方向L2の経路のスピン抵抗よりも小さくなる形状で形成されている。

【0025】
各スピン拡散部30~34は、ここでは同一の形状を有しているため、スピン拡散部30を例にして説明する。スピン拡散部30は、スピン注入子12と接する接合部からスピン検出子16と接する接合部へ流れるスピン流に直交する方向のチャネル部14の断面積を他の箇所のチャネル部14の断面積よりも拡大させることで形成されている。例えば、スピン拡散部30は、チャネル部14の軸線M1を基準としてチャネル部14の断面積を幅方向に対称に拡大させることで形成されている。スピン拡散部30の幅方向の形状を対称とすることで、スピン流の伝搬が軸線方向を基準に対称となるため、第1方向L1又は第2方向L2へのスピン流に与える影響を少なくしつつ、幅方向へのスピン流に影響を与えることができる形状とすることができる。また、スピン拡散部30は、例えばスピン流に直交する方向の断面積が最大となる先端部30aを有している。そして、スピン拡散部30は、基板20の上面からみて、先端部30aを通り、スピン流に直交する方向に伸びる線M2を基準として非対称に形成されている。例えば、スピン拡散部30は、スピン注入子12側から先端部30aへ向かう場合の断面積の変化率の方が、先端部30aからスピン検出子16側へ向かう場合の断面積の変化率に比べて大きくなるような形状とされる。例えば、チャネル部14の両側部が幅方向外側へ拡大されており、該拡大された部分が基板20の上面からみて先端部30aを頂点とした直角三角形状とされている。スピン拡散部30のスピン流に沿った方向の長さが、スピン拡散部が形成されていないチャネル部14の部分のスピン流に直交する方向の長さの3倍のとき、上記断面積は、スピン拡散部が形成されていないチャネル部14の部分のスピン流に直交する方向の断面積の1.2倍から3.0倍に形成されていてもよい。なお、先端部30aは、スピン拡散部31~34の先端部31a~34aに対応している。

【0026】
上記構成を有するスピンバルブ素子10は、以下のように動作する。ここでは、以下に示す非局所的手法によって電圧を検出する。非局所的手法は、電流の流れている部分に生じる電圧を測定する局所的手法と異なり、電流の流れていない部分にスピンの拡散伝導を生じさせスピン分極によって発生する電位差を測定する手法である。

【0027】
まず、図1に示すように、スピン注入子12の端子部12aとチャネル部14の端子部14aとの間に電流が印加される(図1中白矢印)。これにより、スピン注入子12の磁化方向と反平行となるスピンがチャネル部14へ注入される。チャネル部14に注入されたスピンは、チャネル部14の両端部へ伝搬する。すなわち、スピン注入子12とスピン検出子16との間においては、第1方向L1へスピンが伝搬する。このとき、第1方向L1へ伝搬するスピンを打ち消す方向(第2方向L2)に、第1方向L1へ伝搬するスピンとは反平行のスピンが流れる。即ち、例えば、図1に示すように、第1方向L1へ上向きスピンが伝搬した場合、第2方向L2に下向きスピンが流れる。このため、スピン注入子12とスピン検出子16との間においては、電荷の流れは存在しないが、第1方向L1へのスピン流と、第2方向へのスピン流が生じる。言い換えれば、スピン注入子12とスピン検出子16との間には、電荷の流れを伴わないスピン流が発生する。

【0028】
ここで、対比のために従来のスピンバルブ素子のチャネル部に発生するスピン流を概説する。従来のスピンバルブ素子では、第1方向L1へのスピン流と、第2方向L2へのスピン流とは同一の伝搬の速度で流れ、両者はスピンが伝搬する距離に応じて指数関数的に減少する。上向きスピンの逆方向への移動は下向きスピンの順方向への移動とみなすことができるため、第1方向L1へのスピン流と第2方向L2へのスピン流との差で表される、トータルのスピン流としても、伝搬する距離に応じて指数関数的に減少する。

【0029】
これに対して、チャネル部14を伝搬するスピンは、第1方向及び第2方向に伝搬するだけでなく、スピン拡散部30によって幅方向へ拡散させられる。スピン拡散部30の形状は、第1方向L1へのスピン流の拡散の度合いと、第2方向L2へのスピン流の拡散の度合いが異なるように形成されている。ここでは、第1方向L1へのスピン流の拡散の度合いの方が、第2方向L2へのスピン流の拡散の度合いよりも大きくされている。すなわち、第1方向L1のスピン抵抗が第2方向L2のスピン抵抗よりも小さくされている。このため、第2方向L2へのスピン流は、スピン拡散部30を設けない場合に比べて伝搬しにくくなり、他方、第1方向へのスピン流は、スピン拡散部30を設けない場合に比べて伝搬しやすくなる。すなわち、第1方向へのスピン流の減衰が抑制される。このため、本実施形態に係るスピンバルブ素子10では、第1方向L1へのスピン流と、第2方向L2へのスピン流とはスピンが伝搬する距離に応じて指数関数的に減少するものの、第1方向L1へのスピン流の減衰が抑制されていることから、第1方向L1へのスピン流の方が第2方向L2へのスピン流よりも相対的にスピン拡散長が長くなる。よって、トータルのスピン流としても減衰が抑制され、結果としてスピン流が増大する。

【0030】
以上、本実施形態に係るスピンバルブ素子10によれば、チャネル部14の一部にスピン流に直交する方向の断面積が拡大されたスピン拡散部30が形成されており、該スピン拡散部30の形状は、スピン注入子12からスピン検出子16へ向かう第1方向L1のスピン流の方が、スピン検出子16からスピン注入子12へ向かう第2方向L2のスピン流よりも流れやすい形状とされているため、第1方向L1のスピン流の減衰を抑制することができる。よって、チャネル部14の全体のスピン流の減衰が抑制されることから、結果としてスピン流を増大することが可能となる。このため、スピン注入子とスピン検出子との間を拡大させることができるため、設計の自由度が向上する。また、スピン拡散長の制御をチャネル部の材料によって制御するのではなく、形状によって制御することができるため、材料に捕らわれない素子設計が可能となる。また、基板20上に積層・エッチング等を行うことによりスピンバルブ素子10を製造することができるため、従来の半導体技術で容易に製造可能である。

【0031】
上述した実施形態は、本発明に係るスピンバルブ素子の一例を示すものである。本発明に係るスピンバルブ素子は、実施形態に係るスピンバルブ素子10に限られるものではなく、変形し、又は他のものに適用したものであってもよい。

【0032】
例えば、上述した実施形態では、スピン拡散部30の形状として、チャネル部14の両側部が幅方向外側へ拡大され、該拡大された部分が基板20の上面からみて先端部30aを頂点とした直角三角形状(ラチェット形状)となる例を説明したが、先端部30aを通る線M2を基準として非対象であれば、他の形状であってもよい。例えば、鋭角三角形や、鈍角三角形であってもよい(図3の(A)参照)。また、面内方向に限られず三次元的に非対称な形状を有していても良い。

【0033】
また、上述した実施形態では、スピン拡散部30の形状として、チャネル部14の軸線を基準として対称である例を説明したが、チャネル部14の軸線を基準として非対称であってもよい。例えば、図3の(B)に示すように、チャネル部14の両側部のうち一方の側部のみが幅方向外側へ拡大されていてもよい。

【0034】
また、上述した実施形態では、スピン拡散部30~34が1つのスピン拡散部を構成している例を説明したが、図3の(C)に示すようにスピン拡散部30のみであってもよいし、5つ以外の複数のスピン拡散部30を有していてもよい。チャネル部14は、両側部のうち一方の側部にスピン拡散部30を1つ以上有していてもよい。

【0035】
また、上述した実施形態では、スピン拡散部30~34は同一の形状を有する例を説明したが、図3の(D),(E)に示すように同一でなくてもよい。例えば、図3の(D)に示すように、スピン拡散部30~34は、基板20の上面からみて、先端部30aを頂点とする三角形状が小さくなる傾向にあることを特徴としてもよい。また、例えば、図3の(E)に示すように、スピン拡散部30~34は、基板20の上面からみて、先端部30aを頂点とする三角形状が大きくなる傾向にあることを特徴としてもよい。

【0036】
また、スピンバルブ素子10の各構成部材の大きさは、特に限定されず、マイクロオーダーの部材であってもよいし、ナノオーダーの部材であってもよい。

【0037】
さらに、上述した実施形態では、面内スピンバルブ構造を有するスピンバルブ素子10を例に説明したが、例えば積層方向にスピン注入子及びスピン検出子がチャネル部を挟んだ構造であってもよい。
【実施例】
【0038】
以下図4から図7を用いて、上記効果を説明すべく本発明者が実施した実施例及び比較例について述べる。
【実施例】
【0039】
(減衰抑止効果の確認)
(実施例1)
まず、図4の(A)及び図5の(A)に示すモデル140を用いてシミュレーションを行った。モデル140によりスピンバルブ素子10のチャネル部14を数値的に再現し、注入したスピンの拡散について有限要素法により計算した。なお、シミュレーションにおいては、スピンの拡散を電子の拡散と置き換え、電流密度を計算した。
【実施例】
【0040】
モデル140の一端Ipは印加点とし、印加点Ipから下向きスピンSdを注入した。モデル140は、図中左から右へ発生する下向きスピンSdのスピン流をシミュレーションするためのモデルである。長手軸方向の長さLを2500nmとし、長手軸方向と垂直な方向の幅Wを100nmとし、厚さを1nmとした。印加点Ipからスピン拡散部300が形成される距離liは100nmとした。各スピン拡散部300から340の幅bは100nmとし、高さhは50nmとした。印加点Ipからスピン検出子側に最も遠いスピン拡散部の端点b0から測定点Mpまでの距離lmを50nmとした。また材料は銅を仮定し、スピンの緩和の時定数τを12psとした。
【実施例】
【0041】
上記モデル140において、印加点Ipから、下向きスピンSdを注入した。結果を図6に示す。図6では、スピン流の変化を図6の(a)から(e)で時系列に示している。図6に示すように、下向きスピンSdは時間の経過に従い図中左から右へ伝搬するとともにスピン拡散部にて幅方向へ拡散することが確認された。そして、測定点Mpで下向きスピンSdの個数を計算し、電流密度を求めた。
【実施例】
【0042】
次に、図4の(B)及び図5の(B)に示すモデル142を用いてシミュレーションを行った。モデル142は、図中右から左へ発生する上向きスピンSuのスピン流をシミュレーションするためのモデルであり、モデル140と比較して、スピンの印加点Ipと、測定点Mpとが反対となっている点が相違する。なお、モデル140のスピン拡散部の形成位置とモデル142のスピン拡散部の形成位置とが異なっているが、これは測定点Mp以降の経路においてスピン流の反射等が起こることによるノイズを無くすためのものであり、実質的な差異ではない。モデル142を用いて、スピンバルブ素子10のチャネル部14に対して、スピンの印加点Ipと、測定点Mpとが反対側に配置した構造を数値的に再現した。
【実施例】
【0043】
上記モデル142において、印加点Ipから、上向きスピンSuを注入した。結果を図7に示す。図7では、スピン流の変化を図7の(a)から(e)で時系列に示している。図7に示すように、上向きスピンSuは時間の経過に従い図中右から左へ伝搬するとともにスピン拡散部にて幅方向へ拡散することが確認された。さらに、その拡散の程度は、モデル140でシミュレーションした場合と異なることが確認された。すなわち、上記実施形態で説明したスピン拡散部を備えることで、スピン注入子からスピン検出子へ向かうスピン流と、スピン検出子からスピン注入子へ向かうスピン流との拡散の程度に変化を付けることができることが確認された。そして、測定点Mpで上向きスピンSuの個数を計算し、電流密度を求めた。
【実施例】
【0044】
(比較例1)
高さhが0である点以外は、実施例と同一のシミュレーションを行った。
【実施例】
【0045】
以上より、実施例1のシミュレーション結果及び比較例1のシミュレーション結果を得た。評価は、測定点Mpで計測した上向きスピンと下向きスピンの個数との差から電流密度の値とした。図8に結果を示す。
【実施例】
【0046】
図8において、実施例1のシミュレーション結果を示した。図8により、実施例1と比較例1の電流密度の時間変化をあらわした。図8の縦軸は、下向きスピンSdの個数から上向きスピンSuの個数を減算することで得られる電流密度の差を表した。図8の横軸は、シミュレーションにおける時間経過を示した。
【実施例】
【0047】
図8に示すように、実施例1の電流密度の差は、有限の値を示した。すなわち、スピン注入子からスピン検出子へ向かうスピン流の伝搬と、スピン検出子からスピン注入子へ向かうスピン流の伝搬とに差が生じていることが確認された。さらに、比較例1の電流密度の差は0であった。このことから、拡散部の形状を制御することで、スピン流の減衰を抑制することが可能であることが確認された。
【実施例】
【0048】
(拡散部の最適値の検証)
(実施例2)
幅bが300nm、高さhが、10nm、20nm、30nm、40nm、50nm、60nm、70nm、75nm、80nm、90nm、及び100nmである点以外は、実施例1と同一のシミュレーションを行った。
【実施例】
【0049】
以上より、実施例2のシミュレーション結果を得た。評価は、測定点Mpで計測した上向きスピンと下向きスピンの個数との差から電流密度の値とした。図9に結果を示す。
【実施例】
【0050】
図9において、実施例2のシミュレーション結果を示した。図9により、実施例2の電流密度の時間変化をあらわした。図9の縦軸は、下向きスピンSdの個数から上向きスピンSuの個数を減算することで得られる電流密度の差を表した。図9の横軸は、シミュレーションにおける時間経過を示した。また、図9の挿入図は、時間が6.30ps付近における拡大図である。
【実施例】
【0051】
図9に示すように、実施例2における各高さhの電流密度差は、有限の値を示した。このため、幅bが幅Wの3倍のとき、スピン拡散部の断面積は、スピン拡散部が形成されていないチャネル部の部分のスピン流に直交する方向の断面積の1.2倍から3.0倍に形成されていてもよい。即ち、スピン拡散部がチャネル部の上面からみて先端部を頂点とした直角三角形状とした場合、直角三角形状のチャネル部と平行な一辺の長さが、チャネル部のスピン流に直交する方向の長さの3倍のとき、スピン拡散部の断面積を1.2~3.0倍になるように上記スピン拡散部を拡大してもよいことが確認された。
【実施例】
【0052】
(実施例3)
幅bが100nm、150nm、200nm、250nm、300nm、350nm、400nm、450nm、高さhが、50nm、60nm、70nm、75nm、80nmである点以外は、実施例1と同一のシミュレーションを行った。
【実施例】
【0053】
以上より、実施例3のシミュレーション結果を得た。評価は、測定点Mpで計測した上向きスピンと下向きスピンの個数との差から電流密度の値とした。図10に結果を示す。
【実施例】
【0054】
図10において、実施例3のシミュレーション結果を示した。図10の各軸は、軸bはスピン拡散部の幅を示し、軸hはスピン拡散部の高さを示し、軸Energy Differenceは、下向きスピンSdの個数から上向きスピンSuの個数を減算することで得られる電流密度の差を示した。
【実施例】
【0055】
図10は、各高さhと幅bにおいて、電流密度の差が最大になる高さhと幅bの組み合わせを示した。またその時の電流密度の差の値を示した。このことから、スピン拡散部の高さと底辺の長さを変化させた場合、スピンの拡大領域がチャネル部に存在することにより、上向きスピン及び下向きスピンの流れに有意な差が生じることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
スピンバルブ素子10は、産業上、以下のような利用可能性を有している。例えば、ナノスケールの回路における抵抗素子として、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)や、NEMS(Nano Electro Mechanical Systems)などの分野で利用することができる。またスピンバルブ素子10は、電子・電気分野、医療関係分野等の機器部品、素子として使用できる。
【符号の説明】
【0057】
10…スピンバルブ素子、12…スピン注入子、12a…端子部、14…チャネル部、14a…端子部、16…スピン検出子、20…基板、30、31、32、33、34…スピン拡散部、30a、31a、32a、33a、34a…先端部、140、142…モデル、300、310、320、330、340、302、312、322、332、342…スピン拡散部、Su…上向きスピン、Sd…下向きスピン。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9