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明細書 :炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の検出方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6226334号 (P6226334)
登録日 平成29年10月20日(2017.10.20)
発行日 平成29年11月8日(2017.11.8)
発明の名称または考案の名称 炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の検出方法
国際特許分類 G01N  33/68        (2006.01)
C07K  14/47        (2006.01)
FI G01N 33/68 ZNA
C07K 14/47
請求項の数または発明の数 6
全頁数 15
出願番号 特願2014-548612 (P2014-548612)
出願日 平成25年11月21日(2013.11.21)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第2項適用 第36回日本神経科学大会(Neuro2013)、平成25(2013)年6月21日ポスター発表
国際出願番号 PCT/JP2013/081385
国際公開番号 WO2014/080979
国際公開日 平成26年5月30日(2014.5.30)
優先権出願番号 2012256701
優先日 平成24年11月22日(2012.11.22)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成28年8月23日(2016.8.23)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
発明者または考案者 【氏名】竹居 光太郎
【氏名】高橋 慶太
【氏名】鈴木 ゆめ
【氏名】五嶋 良郎
個別代理人の代理人 【識別番号】110001656、【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
審査官 【審査官】草川 貴史
参考文献・文献 米国特許出願公開第2010/0081136(US,A1)
国際公開第2012/067151(WO,A1)
特開2010-215618(JP,A)
特開2008-189615(JP,A)
Hammack BN、外6名,Proteomic analysis of multiple sclerosis cerebrospinal fluid.,Mult Scler.,2004年 6月,Vol.10,No.3,Page.245-260
Kurihara Y, Arie Y, Iketani M, Ito H, Nishiyama K, Sato Y, Nakamura F, Mizuki N, Goshima Y, Takei K.,The carboxyl-terminal region of Crtac1B/LOTUS acts as a functional domain in endogenous antagonism t,Biochem Biophys Res Commun.,2012年 2月,Vol.418,No.2,Page.390-395
調査した分野 G01N 33/48-33/98
C07K 14/47
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
被検者から分離された試料中のCrtac1Bタンパク質を測定することを含む、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患(ただし脳梗塞を除く)の検出方法であって、前記神経疾患は、多発性硬化症、視神経脊髄炎、ギランバレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、髄膜炎、髄膜脳炎、及び神経サルコイドーシスから選択される少なくとも1種であり、前記試料中のCrtac1Bタンパク質量の測定値が健常者集団の試料中のCrtac1Bタンパク質量平均値よりも有意に低い場合に前記神経疾患の存在が検出される、方法。
【請求項2】
前記試料が血液又は脳脊髄液である請求項記載の方法。
【請求項3】
前記試料中のCrtac1Bタンパク質量の測定値がカットオフ値未満であった場合に前記神経疾患が検出され、該カットオフ値は、正常コントロール群由来の試料中のCrtac1Bタンパク質濃度の平均値を1とした相対濃度で0.6~0.8の間の値である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記試料中のCrtac1Bタンパク質量の測定値がカットオフ値未満であった場合に前記神経疾患が検出され、前記試料は脳脊髄液であり、該カットオフ値は、11.5μg/dL~16.0μg/dLの間の値、又は8.7μg/dL~12.0μg/dLの間の値である、請求項2記載の方法。
【請求項5】
前記神経疾患の再発を検出する方法である請求項1ないしのいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記神経疾患の経過又は治療効果をモニタリングする方法である請求項1ないしのいずれか1項に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多発性硬化症(MS)の確定診断マーカーとして、現在、脳脊髄液中に含まれるオリゴクローナルバンド、または血清中および髄液中のIgGの量的変化を評価するIgGインデックスが用いられている。しかしながら、これらはいずれもMS特異性はなく、臨床的にMSと診断される患者でも陰性である症例も少なくないため、これらの診断マーカーだけでは十分な診断に至らない(非特許文献1)。かつてはMSに包含されていた視神経脊髄炎(NMO: 現在では別病態として認定)患者の血清中に抗アクアポリン4抗体の抗体価が高値であること(非特許文献2)も病態関連マーカーとして存在するが、現在では別の病気として扱われている上、抗体陰性であっても診断基準を満たすこともあれば、抗体陽性であっても診断基準を満たさないこともあるため、更なる診断マーカーとの複合的な判定による診断が強く望まれている。上記以外に、多発性硬化症・視神経脊髄炎の鑑別診断にはMRI所見が参考にされる。また、髄膜炎・髄膜脳炎・脳炎・脳症においては、脳脊髄液に細胞(単球・多核球等)が認められることやグルコース量の低下(細菌性・結核性・真菌性髄膜炎等)などが主たる診断基準であるが、これらの検査所見が乏しい髄膜炎・髄膜脳炎・脳炎・脳症も多数見られ、また分子マーカーによる診断は存在しない。
【0003】
一方、多発性硬化症・視神経脊髄炎の多くは確定診断後も再発と緩解を繰り返しながら機能障害が増悪し、一部には活動性が治まらず持続的に機能障害が増悪する経過を辿る。急性的に発症する再発または活動性亢進時にこれらの病態を評価・診断して速やかに治療を行うことが機能障害の増悪を防ぐ主たる急性期治療となるが、これらの病態を評価する方法としてMRIを用いることが一般的である。しかし、MRI検査が可能な施設は限られており、また設備があったとしても緊急的に検査施行できる施設はより限られている。また、MRI検査以外には、髄液中のミエリン塩基性タンパク質(MBP)の検出が再発の診断に用いられることがあるが(非特許文献3)、特異性に欠けるために診断には至らない。髄膜炎においては病勢を診断する客観的な指標は存在しない。
【0004】
特許文献1には、血漿中のCrtac1タンパク質の低値を指標として脳梗塞の検出や脳梗塞の病型判別を行なう方法が記載されている。しかしながら、多発性硬化症等の炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患を早期に確定診断するための方法は全く開示されていない。
【先行技術文献】
【0005】

【特許文献1】国際公開第2012/067151号
【0006】

【非特許文献1】Chris H. Polman et al., Ann Neurol 69:292-302,2011
【非特許文献2】Lennon VA et al., Lancet 364: 2106-2112, 2004
【非特許文献3】Cohen SR et al. Ann Neurol 8:25-31, 1980
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、多発性硬化症や視神経脊髄炎等の炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の確定診断に有用な新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、多発性硬化症の再発例において正常コントロールよりもCrtac1Bタンパク質の量が有意に低下していること、視神経脊髄炎やギラン・バレー症候群、慢性炎症性脱髄多発神経炎、髄膜炎・髄膜脳炎、神経サルコイドーシスにおいても同様のCrtac1Bタンパク質レベルの低下が認められること、従ってCrtac1Bタンパク質量の低値を指標として炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴うこれらの神経疾患を検出可能であることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、被検者から分離された試料中のCrtac1Bタンパク質を測定することを含む、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患(ただし脳梗塞を除く)の検出方法であって、前記神経疾患は、多発性硬化症、視神経脊髄炎、ギランバレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、髄膜炎、髄膜脳炎、及び神経サルコイドーシスから選択される少なくとも1種であり、前記試料中のCrtac1Bタンパク質量の測定値が健常者集団の試料中のCrtac1Bタンパク質量平均値よりも有意に低い場合に前記神経疾患の存在が検出される、方法を提供する。


【発明の効果】
【0010】
本発明により、多発性硬化症をはじめとする炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の確定診断に有用な新たな客観的指標が提供される。Crtac1Bの減少を伴う患者は、オリゴクローナルバンドが陰性であったり、IgGインデックスが正常であったりと、従来の診断指標では結果が陰性であったとしても、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患を罹患している可能性が高いと判断することができ、診断誤差を大幅に低下することができる。MRI検査が施行できる施設は限られているが、被検者由来の試料中のCrtac1Bタンパク質量の測定は大掛かりな装置等を必要とせず簡便に実施することができ、一般的に広く行なうことができる有用な検査となる。また、本願発明者らにより明らかにされたCrtac1Bの変動と病勢の相関性から、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の治療効果や経過を診る上でもCrtac1Bの低値は重要な客観的指標となる。本発明が提供するCrtac1Bの低値という新たな客観的指標は、医師による炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の発症、再発、経過等の診断を補助する有用な指標となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例における検量線の作成方法について説明する図である。
【図2】正常コントロール群及び各疾患群に由来する脳脊髄液試料中のCrtac1B(LOTUS)タンパク質濃度を測定した結果を示す散布図である。MS; 多発性硬化症、NMO; 視神経脊髄炎、ALS; 筋萎縮性側索硬化症、MSA; 多系統萎縮症。*はP<0.05で有意差あり。【0012】
本発明で検出対象となる「炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患」とは、疾患のいずれかの過程において、典型的には発症の早期段階において、炎症若しくは脱髄又はその両者を生じる神経疾患である(ただし脳梗塞を除く)。そのような神経疾患の具体例としては、多発性硬化症及び視神経脊髄炎などの中枢性脱髄性神経障害;髄膜炎、髄膜脳炎、脳炎、脳症などの中枢性炎症性神経障害;ギラン・バレー症候群及び慢性炎症性脱髄性多発神経炎などの末梢性脱髄性神経障害;神経サルコイドーシスなどの、自己免疫疾患に合併する急性中枢神経障害、などが包含される。髄膜炎、髄膜脳炎、脳炎及び脳症は、病原体感染やがんの中枢神経浸潤、自己免疫、代謝障害等の様々な原因で生じるが、本発明においては、ウイルス性、細菌性、結核性、真菌性、がん性、自己免疫性、代謝性など、原因の種類を問わず全ての髄膜炎、髄膜脳炎、脳炎及び脳症が包含される。神経変性疾患に分類される神経疾患(例えば筋萎縮性側索硬化症、多系統萎縮症など)は、炎症が生じず脱髄も起こらない神経疾患であり、本発明で検出対象となる「炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患」には包含されない。

【0013】
Crtac1Bタンパク質をコードする軟骨酸性タンパク質1(cartilage acidic protein 1; Crtac1)遺伝子(NCBI Geneデータベース、Gene ID: 55118)には、Crtac1AとCrtac1Bの2つの転写バリアントが知られており、それぞれNCBIのGenBankにアクセッション番号NM_018058(タンパク質はNP_060528.3)及びNM_001206528(タンパク質はNP_001193457.1)で登録されている。配列表の配列番号1及び2には、NM_001206528(NP_001193457.1)で登録されているCrtac1Bの遺伝子配列及びこれにコードされるアミノ酸配列を示す。Crtac1Aタンパク質とCrtac1Bタンパク質は、第1番~第606番アミノ酸の領域が同一であり、これ以降の領域がそれぞれのバリアントに特徴的な領域である。もっとも、上記したGenBankに登録されている配列は野生型配列の一例であり、遺伝子配列における多型等の結果、少数(例えば1~数個)のアミノ酸が置換し、欠失し、挿入され又は付加されたアミノ酸配列を有するCrtac1Bタンパク質も天然に存在し得る。本発明でいうCrtac1Bには、このような天然の変異体も包含される。

【0014】
本発明では、被検者から分離された試料中のCrtac1Bタンパク質量を測定する。試料としては、血液試料(全血、血清、血漿)、及び脳脊髄液試料を好ましく用いることができる。下記実施例では脳脊髄液試料を用いているが、脳脊髄液は静脈に流れ込んでいるため、血液試料でも本発明の方法は実施可能である。

【0015】
試料の分析方法は特に限定されず、試料中に存在するCrtac1Bタンパク質を定量的に測定できる方法であればいかなる方法を用いてもよい。例えば、質量分析法、クロマトグラフィー法(液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等)、電気泳動法(キャピラリー電気泳動等)、抗体を用いた免疫測定法など、様々な技術が確立しており、また抗体に代えてアプタマーを用いる方法も挙げることができるが、これらに限定されない。

【0016】
質量分析法としては、例えば、レーザーイオン化飛行時間型質量分析法 (Laser-Desorption/Ionization Time Of Flight/Mass Spectrometry:LDI-TOF/MS)、及びエレクトロスプレーイオン化質量分析法(Electro-Spray Ionization Mass Spectrometry:ESI-MS)を挙げることができる。いずれも分析装置が市販されており、当業者であれば容易に実施することができる。

【0017】
免疫測定法の場合、反応形式に基づいて分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウエスタンブロット法等があり、また、標識に基づいて分類すると、ラジオイムノアッセイ、蛍光イムノアッセイ、酵素イムノアッセイ(EIA)、ビオチンイムノアッセイ等があるが、これらのいずれもが「免疫測定」に包含され、Crtac1Bタンパク質の測定に用いることができる。特に限定されないが、具体例を挙げると、ELISA、免疫比濁法(TIA法)、ラテックス免疫凝集法(LATEX法)、電気化学発光免疫測定法(ECLIA法)、イムノクロマトグラフィー等の手法を用いることができる。また、ガラスやポリマー基板に抗体を固定化して目的タンパク質を検出するプロテインチップ法を用いることもできる。

【0018】
免疫測定には、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でも使用可能であるが、再現性等の観点からはモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片が好ましい。本発明においてCrtac1Bタンパク質を免疫測定する場合、市販のCrtac1抗体を用いてもよいし、またCrtac1Bタンパク質に結合する抗体又はその抗原結合性断片を作製して用いてもよい。

【0019】
抗体及びその抗原結合性断片の作製方法も周知であり、例えばハイブリドーマ法により抗体を作製することができる。具体的には、例えば、化学合成又は遺伝子工学的手法により調製したCrtac1Bタンパク質又はその断片を免疫原として、適宜アジュバントと共に動物(ヒトを除く)を免疫し、該動物体内でCrtac1Bに対する抗体を誘起する。該動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を回収し、これをミエローマ細胞等の不死化細胞と融合させることにより、ハイブリドーマを作製することができる。スクリーニング抗原として検出目的のCrtac1Bタンパク質を使用して、該ハイブリドーマからCrtac1Bタンパク質と特異的に結合するハイブリドーマを選択し、これを増殖させて培養上清からCrtac1Bタンパク質に対するモノクローナル抗体を得ることができる。Crtac1Bタンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列は上述した通り公知であるので、免疫原として用いるCrtac1Bタンパク質ないしはその断片は、当業者であれば常法により容易に調製することができる。なお、本発明では主としてヒト被検者由来の試料中のCrtac1Bタンパク質を測定するため、その免疫測定に用いる抗体の作製においては、通常、ヒトのCrtac1Bのアミノ酸配列に基づいて調製した免疫原を用いるが、測定すべきCrtac1Bタンパク質との結合性を有する抗体を取得できる限り、マウス等ヒト以外の動物種のCrtac1Bのアミノ酸配列に基づいて調製した免疫原を用いてもよい。

【0020】
「抗原結合性断片」は、もとの抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している限り、いかなる抗体断片であってもよい。具体例としては、Fab、F(ab')2、scFv等を挙げることができるが、これらに限定されない。FabやF(ab')2は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。scFv(single chain fragment of variable region、単鎖抗体)の作製方法も周知であり、例えば、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、該ベクターで大腸菌を形質転換してscFvを発現させ、これを大腸菌から回収することにより、scFvを得ることができる。

【0021】
免疫測定を簡便・迅速に行うためには、Crtac1Aタンパク質には実質的に結合しない、Crtac1Bタンパク質への特異性が高い抗体又はその抗原結合性断片を用いて免疫測定を行なうことが好ましい。そのようなCrtac1Bタンパク質への特異性が高い抗体(抗Crtac1B抗体)は、例えば、Crtac1Aには存在せずCrtac1Bに特徴的な領域である第607番アミノ酸以降のC末端領域を免疫原として使用して抗体を作製し、スクリーニング抗原としてCrtac1Aタンパク質及びCrtac1Bタンパク質を用いて、Crtac1Aに結合せず且つCrtac1Bに結合する抗体を選択することにより得ることができる。もっとも、下記実施例に記載するように、ウエスタンブロット法などの検出したタンパク質の分子量も確認できる手法の場合には、Crtac1AとCrtac1Bを分子量の違いで判別できるので、Crtac1A及びCrtac1Bの両者に結合する抗体であってもCrtac1B量の測定が可能である。

【0022】
抗Crtac1B抗体を用いたサンドイッチ法による測定は、例えば次のようにして実施できる。抗Crtac1B抗体をプレートや粒子等の固相支持体に固定化し、固相抗体として用いる。一方、Crtac1A及びCrtac1Bの両者に結合する抗Crtac1抗体に標識物質(酵素、蛍光物質、化学発光物質、放射性物質など)を結合させ、標識抗体として用いる。固相抗体を試料と接触させることにより、試料中のCrtac1Bと固相抗体を特異的に結合させ、固相抗体を介してCrtac1Bを支持体上に捕捉する。支持体を洗浄後、標識抗体と反応させる。支持体を洗浄して未反応の標識抗体を除去した後、標識物質からのシグナルを適当な方法で測定する。標識物質として酵素を用いる場合、該酵素に対応した発色基質、蛍光基質又は発光基質等の基質を該酵素と反応させ、その結果生じるシグナルを測定すればよい。

【0023】
シグナルの検出は、標識物質の種類に応じて適宜選択される。例えば、シグナルが発色であれば比色計や吸光光度計を、蛍光であれば蛍光光度計を、発光であればフォトンカウンターを、放射線であれば放射線測定装置をそれぞれ用いればよい。Crtac1Bを種々の濃度で含む濃度既知の標準試料について免疫測定を実施してCrtac1B量を測定し、標識物質からのシグナルの量と標準試料中のCrtac1B濃度との相関関係をプロットして検量線を作成しておき、Crtac1B濃度が未知の試料について同じ測定操作を行なって標識からのシグナル量を測定し、測定値をこの検量線に当てはめることにより、試料中のCrtac1Bを定量することができる。

【0024】
ウエスタンブロット法によりCrtac1B量を測定する方法は、下記実施例に詳述される通りである。Crtac1Bは分子量70kDのバンドとして検出されるので、Crtac1Aにも結合する抗Crtac1抗体を1次抗体として用いてもよい。2次抗体としては、標識物質が結合された抗免疫グロブリン抗体が用いられ、一般には酵素標識された抗体が用いられる。Crtac1Bを種々の濃度で含む濃度既知の標準試料を被検試料と共に電気泳動分離し、メンブレンに転写後、1次抗体及び標識された2次抗体と順次反応させ、洗浄後、標識物質が酵素の場合にはさらに適当な基質と反応させ、バンドの検出を行なう。メンブレン上のバンドの強度は、市販のイメージアナライザー等を用いて数値化することができる。標準試料のバンド強度から検量線を作成し、被検試料のバンド強度をこの検量線に当てはめることにより、被検試料中のCrtac1Bを定量することができる。

【0025】
下記実施例に具体的に記載されるように、多発性硬化症等の炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の再発例では、Crtac1Bタンパク質量が再発なしの患者(疾患の確定診断後に該疾患が治癒ないしは寛解して再発が認められない患者)及び正常コントロールよりも有意に低値であり、再発なしの患者におけるCrtac1Bタンパク質量は正常コントロールと同レベルである。従って、Crtac1Bタンパク質量の低値を指標とすることで、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の存在(初発、再発)を検出することができる。下記実施例では、多発性硬化症及び視神経脊髄炎については再発例と正常コントロールとの間でCrtac1Bタンパク質量の有意差を確認しているが、再発例とは、一旦該疾患が治癒ないしは寛解した後に新たに病変が生じた症例であるから、初発例と本質的に差異はなく、従って本発明の方法によれば炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の再発のみならず初発例の検出も可能である。臨床症状及びMRI等の客観的検査の所見からは該疾患の存在をはっきり確定できない場合でも、被検者由来の試料中のCrtac1Bタンパク質量が健常者より低値であった場合には、該被検者が炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患を発症(初発)又は再発している可能性が高いと判断し、治療的処置の開始を積極的に検討することができる。また、現に炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患が生じている患者においてCrtac1Bタンパク質量が低値であり、治癒・寛解している患者においてはCrtac1Bタンパク質量が正常コントロールと同レベルに戻っているということは、Crtac1Bタンパク質量に基づいて上記神経疾患の経過や治療効果のモニタリングも可能であることを示している。つまり、本発明の方法は、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の経過又は治療効果のモニタリングにも使用することができる。

【0026】
本発明において、「Crtac1Bタンパク質量の低値」とは、対象の試料におけるCrtac1Bタンパク質量の測定値が、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患を罹患していない健常者集団の試料中Crtac1Bタンパク質量平均値よりも有意に低いことを意味する。この低値であるか否かの判断に際し、本発明では、Crtac1Bタンパク質量のカットオフ値を予め設定しておき、このカットオフ値とCrtac1Bタンパク質量の測定値を対比してもよい。測定値がカットオフ値未満であった場合に炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患を検出することができる。

【0027】
カットオフ値の設定は、当業者であればルーチンな調査により適切に決定することができる。具体的には、例えば、既知の患者群及び健常者群から複数の試料を得て(できる限り多数であることが好ましい)Crtac1Bタンパク質量を測定し、望ましい感度又は特異度で両群を判別できる値をカットオフ値として設定することができる。より具体的には、両群に由来する複数の試料中のCrtac1B濃度からROC曲線を描き、最も予測能・診断能が低い独立変数のROC曲線、すなわちAUC = 0.500となる斜点線から最も遠い距離のポイントを取るか、又は感度100%、疑陽性0%のポイントから最も近い距離のポイントを取ってカットオフ値とするのが一般的である。

【0028】
検査の種類や目的に応じて、特異度が低くても高い感度を達成できるカットオフ値を用いたり、あるいは特異度の高さを優先してカットオフ値を選択することがある。本発明においては、感度及び特異度が共にバランスよく高値となるように、あるいは正答率が最も高くなるようにカットオフ値を設定してよい。

【0029】
なお、感度及び特異度とは、診断分野で周知の通りであり、例えば下記の表に基づいて説明すると、感度はa/(a+b)、特異度はd/(c+d)である。また、正答率は(a+d)/(a+b+c+d)である。

【0030】
【表1】
JP0006226334B2_000002t.gif

【0031】
本発明で用いられ得るカットオフ値は、正常コントロール群由来の試料中のCrtac1Bタンパク質濃度の平均値を1とした相対濃度で0.6~0.8の間の値、例えば0.7程度であり得る。絶対濃度でいうと、カットオフ値は11.5μg/dL~16.0μg/dLの間の値、例えば13.7μg/dL程度であり得る。このような値をカットオフ値として採用した場合には、多発性硬化症を含む各種の炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患の検出を良好な感度及び特異度で検出することができる。

【0032】
もっとも、カットオフ値は上記に限定されるものではなく、上述した通り、検査の種類や目的に応じてカットオフ値を設定することができる。患者の見落としを少なくすることを優先すべき場合には、カットオフ値をより高めの値に設定すればよく、あるいは、偽陽性の発生を減らすことを優先すべき場合には、カットオフ値をより低めの値に設定すればよい。例えば、8.7μg/dL~12.0μg/dLの間の値(例えば10.23μg/dL程度)にカットオフ値を設定すると、炎症及び脱髄の少なくとも一方を伴う神経疾患のない被検者や寛解患者を該疾患ありと誤診する可能性を低めることができる。

【0033】
また、ある目的に最も適したカットオフ値は、母集団の数や人種等によっても変動する可能性がある。上記に例示したカットオフ値の具体例は、数十人の日本人患者を対象とした調査の結果得られた数値である(下記実施例参照)。当業者であれば、本明細書においても詳述した一般的な手順により適切なカットオフ値を定めることができる。従って、本発明で使用し得るカットオフ値は、本明細書に例示したカットオフ値の具体例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
検体
横浜市立大学附属病院等において多発性硬化症(MS)と診断され、通院中の症例を対象とした。MSの確定診断は、国際標準になっているマクドナルドの診断基準に従い、臨床症状及びMRIを中心とした客観的所見に基づき、MSの代表的な所見が2回以上確認された場合にMSと確定診断した。後述する再発診断基準に従い、MS患者計65症例を、再発(35症例)、再発疑い(20症例)、再発なし(10症例)の3群に分類し、各症例から脳脊髄液(CSF)検体を採取した。
【実施例】
【0036】
また、MS以外の疾患例として、横浜市立大学附属病院等において視神経脊髄炎(NMO)もしくはNMO関連疾患と診断され、通院中の症例を対象とした。NMOの確定診断は、Wingerchukらにより提唱され広く利用されている診断基準に基づき行われた(Wingerchuk, D. M., V. A. Lennon, et al. (2006). "Revised diagnostic criteria for neuromyelitis optica." Neurology 66(10): 1485-1489.)。また、上記診断基準を満たさない症例であっても患者の血清中に抗アクアポリン4抗体(抗AQP4抗体)の存在が一度でも認められた場合には、NMOと同様の病態が存在すると考えられており、NMO関連疾患(NMO spectrum disorder)と称されNMOに準じた扱いとなる。本研究においてはNMO関連疾患についてもNMOと同様の病態と考え、NMO及びNMO関連疾患につき解析を行なった。後述する再発診断基準に従い、NMO患者(NMO関連疾患の患者も含む)計20症例を、再発(13症例)、再発疑い(4症例)、再発なし(3症例)の3群に分類し、各症例から脳脊髄液(CSF)検体を採取した。
【実施例】
【0037】
さらなる疾患例として、ギラン・バレー症候群(GBS)10症例、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)6症例、髄膜炎・髄膜脳炎12症例、神経サルコイドーシス4症例より脳脊髄液検体を採取した。疾患コントロールとして、筋萎縮性側索硬化症(ALS)22症例、多系統萎縮症(MSA)10症例から、また正常コントロールとして、神経系疾患のない個体29例から脳脊髄液検体を採取した。
【実施例】
【0038】
MS・NMO患者の再発診断は以下の通りに行なった。
(1) まず医師が診察し、病歴・診察所見に基づき再発の有無につき判断した。再発ありと診断された患者を「臨床的に再発あり」とし、再発なしと診断された患者を「臨床的に再発なし(寛解)」とした。
(2) 次に、客観的に再発の有無を確認できる検査(造影MRI、単純MRI、電気生理学的検査、眼科的検査)を必要に応じて施行した。電気生理学的検査として、視覚誘発電位(VEP; visual evoked potential), 体性感覚誘発電位(SEP; somatosensory evoked potential), 運動誘発電位(MEP; motor evoked potential)の測定を行なった。
(3) 「臨床的に再発あり」と診断された患者において、検査においても再発所見を認めた患者を再発確実とした。「臨床的に再発あり」と診断された患者において、検査においては再発所見が認められなかった患者を再発疑いとした(この患者群には実際に再発している患者と再発していない患者が含まれ得る)。「臨床的に再発なし」と診断された患者において、検査においても再発所見が認められなかった患者を再発なしとした。「臨床的に再発なし」と診断された患者において、検査においては再発所見が認められた患者は存在しなかった。
【実施例】
【0039】
ウエスタンブロッティング
6%アクリルアミドゲルを用いたSDS-PAGEで検体中のタンパク質を分離し、ウエスタンブロッティングによりCrtac1B(以下、LOTUSということがある)を検出した。1次抗体として使用する抗体は、マウスLOTUSの516-546番目のアミノ酸領域(配列番号3)を免疫原として使用し、常法のハイブリドーマ法により作製した。2次抗体としてラビット標識抗ヒトIgG抗体(HRP-conjugated anti-rabbit antibody, NA934, GE Healthcare社製)を使用した。分子量70kDのバンドをCrtac1Bのバンドとして検出した。
【実施例】
【0040】
検体中Crtac1B濃度の定量のための検量線は以下の通りに作成した。分子生物学的手法を用いて培養細胞よりヒトCrtac1Bを精製した。精製後のヒトCrtac1B試料の濃度を測定し、適当な濃度に段階的に希釈した検量線用サンプルを4種準備した。脳脊髄液検体でSDS-PAGEを行う際に、希釈した4種のサンプルも同一ゲル上に流してウェスタンブロッティングを行なった(図1, a)。Crtac1Bのバンドの強度を測定し(図1, b)、4種の検量線用サンプルの濃度と測定されたバンド強度の相関関係をプロットして検量線を作成した(図1, c)。
【実施例】
【0041】
同一ゲル上で泳動した検体のCrtac1Bのバンド強度を測定し、検量線に当てはめて検体中のCrtac1B濃度(mmol/L)を算出した。さらに、髄液中のタンパク濃度の表記に一般的に用いられる単位であるg/dlに単位変換を行い測定濃度の結果とした。この結果を基にROC曲線を作成した。
【実施例】
【0042】
結果
正常コントロール群では脳脊髄液中のLOTUS濃度の平均値が19.21μg/dlであるのに対し、MS再発群では平均値は9.13μg/dlであり、MS再発患者において約50%の濃度低下が確認された(図2)。ALS及びMSAは神経変性疾患に分類される疾患であり、炎症も脱髄も生じないが、これらの疾患では試料中のLOTUS濃度は低下しておらず、正常コントロールと同レベルであった(図2)。また、MS再発疑いとMS再発なしの各群についても脳脊髄液中のLOTUS濃度を調べたところ、図3の通りとなり、MS再発なし(寛解)と診断された患者ではLOTUS濃度も正常コントロール群と同程度に高いことが確認された。また、MS再発疑い群にはMSを再発している患者と再発のない患者の両者が含まれていると考えられるが、MS再発疑い群のLOTUS濃度にはばらつきがあり、MS再発疑い群の各患者の再発の有無をLOTUS濃度に基づいて判定できることが示唆された。
【実施例】
【0043】
ROC曲線によるMS再発群と正常コントロール群の鑑別の感度及び特異度は下記表2の通りであった。カットオフ値は相対濃度と絶対濃度(括弧内)で示した。
【実施例】
【0044】
【表2】
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【実施例】
【0045】
NMO再発例、並びにGBS、CIDP、髄膜炎・髄膜脳炎及び神経サルコイドーシス症例についても同様に試料中LOTUS濃度を調べたところ、MS再発例と同様のLOTUS濃度の低下が確認された(図2~6)。NMO症例についても、再発疑いと再発なし(寛解)の両群で試料中LOTUS濃度を調べたところ、図3の通りとなった。NMO再発疑いと診断された4症例は、LOTUS濃度からいずれもNMOを再発している可能性が高いといえる。
【実施例】
【0046】
ROC曲線によるGBS群と正常コントロール群の鑑別の感度及び特異度を表3に、CIDP群と正常コントロール群の鑑別の感度及び特異度を表4に、髄膜炎・髄膜脳炎群と正常コントロール群の鑑別の感度及び特異度を表5に、神経サルコイドーシス群と正常コントロール群の鑑別の感度及び特異度を表6に示す(カットオフ値は相対濃度)。
【実施例】
【0047】
【表3】
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【実施例】
【0048】
【表4】
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【実施例】
【0049】
【表5】
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【実施例】
【0050】
【表6】
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【実施例】
【0051】
本発明のバイオマーカーを既存のバイオマーカー(IgGインデックス、オリゴクローナルバンド(OCB)、ミエリン塩基性タンパク質(MBP))と比較した結果を下記表7及び表8に示す。OCBは脳脊髄液を等電点電気泳動法により解析し、γ-グロブリン領域において2本以上のバンドが出現した場合を陽性と判定した。MBPは31.2pg/ml以上を陽性と判定した。
【実施例】
【0052】
LOTUSのカットオフ値は2通りで検討したが、いずれも既存のバイオマーカーよりも良好な診断結果が得られた。LOTUSのカットオフ値を13.7とすると、非常に高い診断率でMS再発例を診断できた。LOTUSのカットオフ値を12.0とすると、MS再発例の診断率は若干低下したが、再発なしの寛解例や正常コントロールでの誤診をさらに低く抑えることができた。
【実施例】
【0053】
【表7】
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【実施例】
【0054】
【表8】
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図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
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【図4】
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【図5】
4
【図6】
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