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明細書 :ラマン分光法を用いた生体分子の解析方法及び装置

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 平成28年7月28日(2016.7.28)
発明の名称または考案の名称 ラマン分光法を用いた生体分子の解析方法及び装置
国際特許分類 G01N  30/78        (2006.01)
G01N  30/74        (2006.01)
G01N  30/72        (2006.01)
G01N  30/88        (2006.01)
G01N  27/62        (2006.01)
G01N  27/447       (2006.01)
G01N  21/65        (2006.01)
C07K   7/06        (2006.01)
C07K   1/16        (2006.01)
C07K   1/26        (2006.01)
FI G01N 30/78 ZNA
G01N 30/74 Z
G01N 30/72 G
G01N 30/88 J
G01N 30/88 D
G01N 30/88 N
G01N 30/88 E
G01N 27/62 V
G01N 27/62 X
G01N 27/62 G
G01N 27/26 331E
G01N 21/65
C07K 7/06
C07K 1/16
C07K 1/26
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 61
出願番号 特願2014-530555 (P2014-530555)
国際出願番号 PCT/JP2013/071844
国際公開番号 WO2014/027652
国際出願日 平成25年8月13日(2013.8.13)
国際公開日 平成26年2月20日(2014.2.20)
優先権出願番号 2012181140
優先日 平成24年8月17日(2012.8.17)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IS , JP , KE , KG , KN , KP , KR , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LT , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT , TZ , UA , UG , US , UZ
発明者または考案者 【氏名】袖岡 幹子
【氏名】安藤 潤
【氏名】淺沼 三和子
【氏名】▲ど▼▲ど▼ 孝介
【氏名】藤田 克昌
出願人 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100118773、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 節
【識別番号】100169579、【弁理士】、【氏名又は名称】村林 望
【識別番号】100182992、【弁理士】、【氏名又は名称】江島 孝毅
審査請求 未請求
テーマコード 2G041
2G043
4H045
Fターム 2G041CA01
2G041DA04
2G041DA05
2G041DA18
2G041EA04
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2G041FA12
2G041HA01
2G041HA02
2G041HA04
2G041JA02
2G041JA06
2G043BA16
2G043DA01
2G043EA03
2G043EA18
2G043EA19
2G043FA02
2G043GA07
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2G043JA02
2G043KA01
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2G043KA05
2G043KA09
2G043LA03
4H045AA10
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4H045GA30
要約 本発明は、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部を有する装置を提供する。また本発明はラマン分光分析と質量分析を組み合わせた、生体分子を特定する方法、及び生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法を提供する。さらに本発明は感度の改善された表面増強ラマン分光法を提供する。
特許請求の範囲 【請求項1】
低分子化合物と結合する生体分子を特定するため、又は、低分子化合物と生体分子との結合部位を同定するための装置であって、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部を有し、該試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部がこの順序で連結されている前記装置。
【請求項2】
試料分離部が液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動装置である、請求項1記載の装置。
【請求項3】
液体クロマトグラフが、順相、逆相、分子ふるい、及びイオン交換クロマトグラフからなる群より選択されるいずれか1種の高速液体クロマトグラフである、請求項2記載の装置。
【請求項4】
ラマン分光部が、ラマン励起用レーザー光を照射するレーザー部及びラマン散乱光をスペクトル解析するスペクトル解析部を有する線形又は非線形ラマン分光装置である、請求項1~3のいずれか1項記載の装置。
【請求項5】
質量分析部が、イオン化方式としてマトリックス支援レーザー脱離イオン化法、エレクトロスプレーイオン化法又は大気圧化学イオン化法を用いる質量分析計を含む、請求項1~4のいずれか1項記載の装置。
【請求項6】
低分子化合物が、生体分子と識別可能なラマンピークを与える、請求項1~5のいずれか1項記載の装置。
【請求項7】
低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、請求項1~6のいずれか1項記載の装置。
【請求項8】
生体分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、請求項1~7のいずれか1項記載の装置。
【請求項9】
請求項1に記載の装置に用いるための、清浄化された面を有するプレート。
【請求項10】
清浄化された面が撥水面を含む、請求項9に記載のプレート。
【請求項11】
金属、ガラス、石英、フッ化カルシウム、又はフッ化マグネシウム製である、請求項9または10記載のプレート。
【請求項12】
生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法であって、以下の工程、
(1)分画された、低分子化合物と結合した生体分子の断片をラマン分光分析に供すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること、
を含み、
ラマン分光分析により生体分子断片と結合した低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物由来ラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、生体分子内の前記低分子化合物の結合部位を同定する前記方法。
【請求項13】
低分子化合物と結合した生体分子を断片化し、分画することにより、前記分画された、低分子化合物と結合した生体分子断片を用意する、請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記低分子化合物と結合した生体分子が、無細胞条件下で低分子化合物と生体分子とを混合することにより得られたものである、請求項12又は13記載の方法。
【請求項15】
タンパク質分解酵素、ペプチド分解酵素、核酸分解酵素、糖分解酵素及び脂質分解酵素からなる群より選択される酵素又は化学的分解により生体分子を断片化する、請求項13記載の方法。
【請求項16】
低分子化合物と結合する生体分子を特定するスクリーニング方法であって、以下の工程、
(1)低分子化合物と結合した生体分子を含む画分をラマン分光分析に供すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること、
を含み、
ラマン分光分析により低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物に由来するラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、前記低分子化合物に結合する生体分子を特定する前記方法。
【請求項17】
低分子化合物と結合した生体分子を含む試料を分画して、前記低分子化合物と結合した生体分子を含む画分を用意する、請求項16記載の方法。
【請求項18】
前記低分子化合物と結合した生体分子を含む試料が、(A)細胞に低分子化合物を取り込ませ、細胞内の生体分子と結合させ、該細胞を破砕することにより、又は(B)細胞を破砕し、細胞破砕液に低分子化合物を加え、細胞内の生体分子と結合させることにより、調製されたものである、請求項17記載の方法。
【請求項19】
低分子化合物が、生体分子と識別可能なラマンピークを与える、請求項12~18のいずれか1項記載の方法。
【請求項20】
低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、請求項12~19のいずれか1項記載の方法。
【請求項21】
生体分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、請求項12~20のいずれか1項記載の方法。
【請求項22】
分画を液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動により行う、請求項13又は17記載の方法。
【請求項23】
分画された前記画分を、そのままの液滴とし又は溶媒と混合した液滴とし、前記液滴を清浄化された面を有するプレート上に配列すること、及び前記液滴に含まれる溶媒を蒸発させることによりラマン分光分析に供するスポットを調製することを含む、請求項12~22のいずれか1項記載の方法。
【請求項24】
プレートの前記清浄化された面が撥水面を含む、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
プレートが金属、ガラス、石英、フッ化カルシウム、又はフッ化マグネシウム製である、請求項23又は24記載の方法。
【請求項26】
プレートに金、銀、プラチナ、パラジウム、アルミニウム、チタン及び銅からなる群より選択される金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を用いる、請求項23~25のいずれか1項記載の方法。
【請求項27】
分画された画分を、金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を含む溶液と混合し、そのままラマン分光分析に供する請求項23に記載の方法。
【請求項28】
分画された画分に、金属ナノ粒子又は金属ナノ構造と生体分子及び低分子化合物が結合した生体分子との均一な凝集体の形成を促進させる有機酸を添加する請求項26及び27の方法。
【請求項29】
有機酸が、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリクロロメタンスルホン酸、ジクロロメタンスルホン酸、3,3,3-トリクロロプロピオン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、及びこれらの組合せからなる群より選ばれる、請求項28の方法。
【請求項30】
生体分子に結合する低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、請求項26~29のいずれか記載の方法。
【請求項31】
(1)目的分子と有機酸とを含む溶液に金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を添加し、形成される目的分子と金属ナノ粒子又は金属ナノ構造との複合体を凝集させる工程、及び
(2)前記凝集体について表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う工程、
を含む表面増強ラマン分光分析方法。
【請求項32】
(1)有機酸を含む溶液に金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を添加して金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を凝集させる工程、
(2)前記凝集体に、目的分子を含む溶液を添加する工程、
(3)工程(2)により得られた金属ナノ粒子又は金属ナノ構造と目的分子との複合体について表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う工程、
を含む表面増強ラマン分光分析方法。
【請求項33】
目的分子が、生体分子、生体分子の断片、サイレント領域にラマンピークを有する低分子化合物と結合した生体分子、又はサイレント領域にラマンピークを有する低分子化合物と結合した生体分子断片である、請求項31又は32に記載の方法。
【請求項34】
該生体分子はタンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、請求項33に記載の方法。
【請求項35】
有機酸が、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸、メタンスルホン酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリクロロメタンスルホン酸、ジクロロメタンスルホン酸、3,3,3-トリクロロプロピオン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、及びこれらの組合せからなる群より選ばれる、請求項31~34のいずれか1項の方法。
【請求項36】
生体分子に結合する低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、請求項33~35のいずれか1項に記載の方法。
【請求項37】
目的分子を含む溶液が、液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動により分画された画分である、請求項31~36のいずれか1項に記載の方法。
【請求項38】
表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う前に、凝集体を含む溶液の液滴を、清浄化された面を有するプレート上に配列すること、及び前記液滴に含まれる溶媒を蒸発させることにより表面増強ラマン分光分析に供するスポットを調製することを含む、請求項31~37のいずれか1項に記載の方法。
【請求項39】
請求項31~38のいずれか1項に記載の表面増強ラマン分光(SERS)分析法に供した溶液又は画分の全部又は一部を、さらに質量分析に供することを含む分析方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、低分子化合物と結合する生体分子、特に細胞内若しくは細胞外の生体分子を特定し、又は生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する解析方法及び装置に関する。より詳細には、本発明は、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部を含む装置及びラマン分光分析と質量分析を組み合わせた生体分子を特定する方法、及び生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法に関する。また、本発明は表面増強ラマン分光法に関する。
【背景技術】
【0002】
毒性や薬効を有する低分子化合物(薬剤等)は、生体内でタンパク質等の生体分子に作用して生物活性を示す。低分子化合物に対する標的生体分子の生体内或いは細胞内での分布を調べ、その標的生体分子を特定し、作用する特異部位を解析して生物活性が発現する仕組みを解明することは、有効な治療法及び治療薬の開発やそれらの基盤となる生命研究においてきわめて重要である。
【0003】
標的生体分子の生体内又は細胞内での分布を調べる方法については、放射性化合物、りん光化合物や蛍光化合物を用いる分子イメージング、並びに生体分子自身の散乱光を検出するラマンイメージングが知られている。生体又は細胞内での分子イメージングは、疾病の状態や薬剤の動態等を理解するために重要な技術であり、近年急速に開発が進んでいる。ラマンイメージングでは、ラマン分光法を利用し、試料に照射したレーザーのラマン散乱光を検出し、その分布をイメージ化する。ラマンイメージングは、放射性化合物、りん光化合物や蛍光化合物を用いる分子イメージングに対し、非放射性で標的分子に対する影響が小さい低分子化合物を用いるため、細胞の動的状態をありのまま簡便に調べることができる。この場合、炭素—炭素三重結合を有するアルキン等を標識に用いると、標的分子に対する影響を最小限に抑えたまま、より高感度のイメージングが得られることが報告されている(非特許文献1)。非特許文献1は、核酸類似体である5-エチル-2’-デオキシウリジン(EdU)を細胞に取り込ませ、これが細胞核に取り込まれたことをラマン顕微鏡でのイメージングにより確認したことを記載している(非特許文献1、第6103頁図2、図4参照)。非特許文献1では、標識に特有のラマンピークが得られる波数でラマン像を得る。したがって得られるイメージは特定の波数のラマンピークの空間的な強度分布である。
【0004】
薬剤等の低分子化合物と当該化合物が標的とする生体分子を探索し、結合部位を同定する方法については、液体クロマトグラフと質量分析計を組み合わせたLC-MSが用いられている。LCで試料を分画し、分画試料を順次網羅的にMS、MS/MS解析に供して標的生体分子の特定や、結合部位の同定を行う。MS解析においては、低分子化合物の結合に由来する質量シフトを元に、標的となる生体分子を探索する。さらに、MS/MS解析により、ペプチドのアミノ酸配列等の情報を取得し、結合部位を同定できる。
【0005】
LC-MS等の分析法により、細胞中の標的生体分子を識別するには、(1)細胞に低分子化合物を取り込ませ、低分子化合物を細胞内の標的生体分子と結合させる、(2)細胞を破砕する、(3)細胞破砕液から標的生体分子を検出する、(4)標的生体分子を分析し、特定する過程、又は、(1)細胞を破砕する、(2)細胞破砕液に低分子化合物を混合し、標的生体分子と結合させる、(3)細胞破砕液を分画する、(4)標的生体分子を分析し、特定する、の一連の過程が必要とされる。また、生体分子と低分子化合物との結合部位を特定・同定する方法については、(1)低分子化合物を生体分子に結合する、(2)低分子化合物と結合した生体分子を断片化する、(3)結合断片を検出する、及び(4)結合断片を分析し、結合部位を同定する過程が求められる。
【0006】
しかしながら、上記の過程を経て得られる複雑な試料に対し、LC-MSを用いて網羅的に生体分子の探索を行い、配列決定や結合部位の特定を行うには、膨大な時間を要し、かつ誤りも出やすい。また、低分子化合物と生体分子の間の結合の様式が不明である場合、想定される質量シフトを元にした標的分子の探索は原理的に不可能となる。液体クロマトグラフの代わりにキャピラリー電気泳動装置を用いる方法(CE-MS)も考案されているが、LC-MSと同様に、網羅的に検出せざるをえないため、解析対象がきわめて多く、長時間の複雑な解析操作が要求される。
【0007】
細胞内標的分子を選択的に質量分析等の解析に供する手法として、低分子化合物を結合した担体を用いてアフィニティ精製し、標的分子を分離精製する方法が開発され、広く用いられている。また、標的生体分子と反応性の官能基を利用して共有結合を生成した後に、予め低分子化合物に導入された放射性、リン光又は蛍光性化合物等を調べることにより、結合した標的生体分子を特定する方法も用いられている。標的分子の結合部位を特定・同定する技術に関しても、蛍光団を低分子化合物に導入して観察する方法が広く用いられている。例えば、標識した薬剤とタンパク質との結合部位を特定・同定する方法に関し、蛍光団としてキサンチン色素(ローダミン、フルオレセイン又はロドール)、シアニン色素、クマリン色素又は複合色素を薬剤の標識として用いる方法が報告されている(特許文献1)。
【0008】
しかしながら、低分子化合物として放射性化合物を用いた場合、放射性同位体の化学的性質は基本的に同一であり標的分子の活性に対する影響はないが、使用できる設備が放射線管理施設に制限されること、さらに、結合部位を同定する過程等に使用法の制約が大きく、簡便な方法とは言いがたい。分子量の大きなりん光化合物や蛍光化合物を直接標的分子に結合する方法では、放射性化合物と異なり、使用制限は殆どないが、蛍光団の分子量が、低分子化合物と比較して大きくなることにより、低分子化合物の活性又は結合特性に影響を及ぼしうるという問題点がある。例えば抗癌剤の一種であるフルオロウラシル(5-FU)は分子量が130であるのに対して、典型的な蛍光団であるRhodamine 6Gの分子量は479である。5-FUをRhodamine 6Gで標識した場合、蛍光標識による抗癌剤5-FUの生理活性に影響が生じうる。また、Aglaiaという植物から抽出された抗癌剤フラバグリン(flavagline)では、癌細胞特異的に細胞増殖を阻害し、かつ抗癌剤は副作用を起こしにくいことから生体内での作用機序の解明が求められているが、蛍光団で標識すると薬剤活性が1/40以下に低下してしまうことが報告されている。非特許文献2の第5180頁右欄によると、フラバグリンが細胞増殖を50%抑制する濃度であるIC50は3 nMであるのに対して、蛍光標識したフラバグリンでのそれは130 nMまで低下する。さらに、非特許文献3においても、標的タンパク質に結合する分子16F16を蛍光団で修飾すると、その活性が消失することを報告している(非特許文献3、第901頁右欄13-17行)。
【0009】
上記の標識法の改良法として、まずアルキニル基を官能基として含む低分子化合物(アルキン)を標的生体分子に結合し、その後クリック反応により蛍光団を導入し、標的生体分子を酵素等により分解、断片化する方法が報告されている(非特許文献3、第902頁図3参照)。この方法を用いた場合、標的タンパク質の活性消失等の弊害は減少するが、操作が複雑であること、非特異的な結合反応があること、銅などの触媒が必要であること、並びに反応操作により標的分子のロスが生じることが問題となる。そのため、試料の量が十分でない場合などに、実用的に適用するには限界がある。細胞内でのタンパク質の翻訳後修飾を探索する方法に関しても、クリック反応を用いた例としてはパルミトイル脂質を細胞に取り込ませ、その後これを、クリック反応を用いて蛍光団で修飾し、蛍光分析により当該脂質に結合するタンパク質を特定する報告例(非特許文献4)や、ファルネシル脂質にクリック反応でビオチンタグを導入し、ストレプトアビジンで検出する報告例がある(非特許文献5)。しかしながらこれらの方法もクリック反応に伴う上記の問題を内包する。
【0010】
放射性物質や蛍光団による標識を介して標的分子を探索する手法と比較して、ラマン分光法は、分子振動情報を元に、標的分子を無標識で検出することができる。利用施設の制限もなく、低分子化合物の活性や結合特性への影響もないことから、ラマン分光法とLC-MSの組み合わせは、前述の種々の課題を克服する、新しい検出手法となりうる。これまでに、ラマン分光装置とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計を組み合わせ、リゾチームを解析した例が報告されている(特許文献2、第27欄、図31及び請求項21)。しかしながら、特許文献2に記載の発明が解決しようとする課題は、ラマン分光分析の感度を高めることにあり、そのために試料を隔離された状態で凝集させる手法が開示されている。また、特許文献2で質量分析計が使用されているのは、ラマン分光で確認された結果を別の方法により再確認するためであり、低分子化合物と結合する生体分子の特定、結合部位の同定を目的とした本発明とは、基本的に異なる。
【先行技術文献】
【0011】

【特許文献1】特開2009-192543号公報
【特許文献2】米国特許第7,283,228号明細書
【0012】

【非特許文献1】H. Yamakoshi et al., JACS, 133, 6102 (2011).
【非特許文献2】F. Thuaud et al., J. Med. Chem. 52, 5176 (2009).
【非特許文献3】B. G. Hoffstrom et al., Nature Chemical Biology, 6, 900 (2010).
【非特許文献4】Brent R Martinら, Nature Methods 9, 84-89, (2012)
【非特許文献5】Yoonjung Khoら, Proc Natl Acad Sci U S A. 2004; 101(34): pp. 12479-12484
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
生体細胞に含まれる多種多様な生体分子の中のある生体分子に結合する標的分子を特定し、その結合部位を同定することは、各種疾病の有効な治療薬開発等においてきわめて重要な技術であるが、実用的かつ簡便な方法及びその解析装置は知られていない。
【0014】
従来技術のLC-MSやCE-MSは確立された技術であるが、網羅的に生体分子を探索し、配列決定や結合部位の特定を行うため、膨大な時間がかかり、かつ誤りが出やすい。
【0015】
生体分子と標的分子との質量スペクトルデータのin silico解析については、例えば、薬剤があるタンパク質に作用することが判明しているが、当該タンパク質中の当該薬剤が結合(作用)するアミノ酸残基の種類が特定されていない場合、既存の検索エンジン(例えば、Mascot. Matrix Science Inc. www.matrixscience.com 又はElectrophoresis, 20, (18), 3551-67 (1999))を用いたのでは、タンパク質結合部位の特定及び同定は非常に困難とされている。
【0016】
また、放射性同位体を含む分子やりん光化合物又は蛍光化合物が結合した分子を標識薬剤として用いる場合には、分子量の大きな蛍光団の導入により標的分子の活性(結合能)が低下又は消失しうること、並びに、りん光化合物や蛍光化合物が結合した分子は、クロマトグラフィー操作において非特異的にカラムに強固に結合し単離・回収が困難になりうるといった様々な問題がある。
【0017】
したがって、本発明は、実用的かつ簡便な方法で生体分子と結合する標的分子を特定し、その結合部位を同定する方法及び装置を提供することを課題とする。
【0018】
また、本発明は、感度を高めた表面増強ラマン分光(SERS)法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記の従来技術の問題点を解決するため鋭意検討した結果、分画された試料をラマン分光分析に供し、その後質量分析に供することで低分子化合物と結合する生体分子を特定できること、及び低分子化合物と生体分子との結合部位を特定できることを見出し、本発明を完成させた。また凝集促進剤を用いることによりSERSの感度を増強できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0020】
[1] 低分子化合物と結合する生体分子を特定するため、又は、低分子化合物と生体分子との結合部位を同定するための装置であって、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部を有し、該試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部がこの順序で連結されている前記装置。
【0021】
[2] 試料分離部が液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動装置である、[1]記載の装置。
【0022】
[3] 液体クロマトグラフが、順相、逆相、分子ふるい、及びイオン交換クロマトグラフからなる群より選択されるいずれか1種の高速液体クロマトグラフである、[2]記載の装置。
【0023】
[4] ラマン分光部が、ラマン励起用レーザー光を照射するレーザー部及びラマン散乱光をスペクトル解析するスペクトル解析部を有する線形又は非線形ラマン分光装置である、[1]~[3]のいずれか記載の装置。
【0024】
[5] 質量分析部が、イオン化方式としてマトリックス支援レーザー脱離イオン化法、エレクトロスプレーイオン化法又は大気圧化学イオン化法を用いる質量分析計を含む、[1]~[4]のいずれか記載の装置。
【0025】
[6] 低分子化合物が、生体分子と識別可能なラマンピークを与える、[1]~[5]のいずれか記載の装置。
【0026】
[7] 低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、[1]~[6]のいずれか記載の装置。
【0027】
[8] 生体分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、[1]~[7]のいずれか記載の装置。
【0028】
[9] [1]に記載の装置に用いるための、清浄化された面を有するプレート。
【0029】
[10] 清浄化された面が撥水面を含む、[9]に記載のプレート。
【0030】
[11] 金属、ガラス、石英、フッ化カルシウム、又はフッ化マグネシウム製である、[9]または[10]記載のプレート。
【0031】
[12] 生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法であって、以下の工程、
(1)分画された、低分子化合物と結合した生体分子の断片をラマン分光分析に供すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること、
を含み、
ラマン分光分析により生体分子断片と結合した低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物由来ラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、生体分子内の前記低分子化合物の結合部位を同定する方法。
【0032】
[13] 低分子化合物と結合した生体分子を断片化し、分画することにより、前記分画された、低分子化合物と結合した生体分子断片を用意する、[12]記載の方法。
【0033】
[14] 前記低分子化合物と結合した生体分子が、無細胞条件下で低分子化合物と生体分子とを混合することにより得られたものである、[12]又は[13]記載の方法。
【0034】
[15] タンパク質分解酵素、ペプチド分解酵素、核酸分解酵素、糖分解酵素及び脂質分解酵素からなる群より選択される酵素又は化学的分解により生体分子を断片化する、[13]記載の方法。
【0035】
[16] 低分子化合物と結合する生体分子を特定するスクリーニング方法であって、以下の工程、
(1)低分子化合物と結合した生体分子を含む画分をラマン分光分析に供すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること、
を含み、
ラマン分光分析により低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物に由来するラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、前記低分子化合物に結合する生体分子を特定する方法。
【0036】
[17] 低分子化合物と結合した生体分子を含む試料を分画して、前記低分子化合物と結合した生体分子を含む画分を用意する、[16]記載の方法。
【0037】
[18] 前記低分子化合物と結合した生体分子を含む試料が、(A)細胞に低分子化合物を取り込ませ、細胞内の生体分子と結合させ、該細胞を破砕することにより、又は(B)細胞を破砕し、細胞破砕液に低分子化合物を加え、細胞内の生体分子と結合させることにより、調製されたものである、[17]記載の方法。
【0038】
[19] 低分子化合物が、生体分子と識別可能なラマンピークを与える、[12]~[18]のいずれか記載の方法。
【0039】
[20] 低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、[12]~[19]のいずれか記載の方法。
【0040】
[21] 生体分子が、タンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、[12]~[20]のいずれか記載の方法。
【0041】
[22] 分画を液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動により行う、[13]又は[17]記載の方法。
【0042】
[23] 分画された前記画分を、そのままの液滴とし又は溶媒と混合した液滴とし、前記液滴を清浄化された面を有するプレート上に配列すること、及び前記液滴に含まれる溶媒を蒸発させることによりラマン分光分析に供するスポットを調製することを含む、[12]~[22]のいずれか記載の方法。
【0043】
[24] プレートの前記清浄化された面が撥水面を含む、[23]に記載の方法。
【0044】
[25] プレートが金属、ガラス、石英、フッ化カルシウム、又はフッ化マグネシウム製である、[23]又は[24]記載の方法。
【0045】
[26] プレートに金、銀、プラチナ、パラジウム、アルミニウム、チタン及び銅からなる群より選択される金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を用いる、[23]~[25]のいずれか記載の方法。
【0046】
[27] 分画された画分を、金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を含む溶液と混合し、そのままラマン分光分析に供する[23]に記載の方法。
【0047】
[28] 分画された画分に、金属ナノ粒子又は金属ナノ構造と生体分子及び低分子化合物が結合した生体分子との均一な凝集体の形成を促進させる有機酸を添加する[26]及び[27]の方法。
【0048】
[29] 有機酸が、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリクロロメタンスルホン酸、ジクロロメタンスルホン酸、3,3,3-トリクロロプロピオン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、及びこれらの組合せからなる群より選ばれる、[28]の方法。
【0049】
[30] 生体分子に結合する低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、[26]~[29]のいずれか記載の方法。
【0050】
[31] (1)目的分子と有機酸とを含む溶液に金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を添加し、形成される目的分子と金属ナノ粒子又は金属ナノ構造との複合体を凝集させる工程、及び
(2)前記凝集体について表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う工程、
を含む表面増強ラマン分光分析方法。
【0051】
[32] (1)有機酸を含む溶液に金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を添加して金属ナノ粒子又は金属ナノ構造を凝集させる工程、
(2)前記凝集体に、目的分子を含む溶液を添加する工程、
(3)工程(2)により得られた金属ナノ粒子又は金属ナノ構造と目的分子との複合体について表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う工程、
を含む表面増強ラマン分光分析方法。
【0052】
[33] 目的分子が、生体分子、生体分子の断片、サイレント領域にラマンピークを有する低分子化合物と結合した生体分子、又はサイレント領域にラマンピークを有する低分子化合物と結合した生体分子断片である、[31]又は[32]に記載の方法。
【0053】
[34] 該生体分子はタンパク質、ペプチド、核酸、糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種の生体分子である、[33]に記載の方法。
【0054】
[35] 有機酸が、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリクロロメタンスルホン酸、ジクロロメタンスルホン酸、3,3,3-トリクロロプロピオン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、メタンスルホン酸、及びこれらの組合せからなる群より選ばれる、[31]~[34]のいずれかの方法。
【0055】
[36] 生体分子に結合する低分子化合物が、分子内にラマンスペクトルのサイレント領域に散乱スペクトルを有するアルキニル基、ニトリル基、ジアゾニオ基、イソシアン酸エステル基、イソニトリル基、ケテン基、カルボジイミド基、チオシアン酸エステル基、アジド基、ジアゾ基、アルキンジイル基及び重水素からなる群より選択される少なくとも1種の置換基を含む、[33]~[35]のいずれかに記載の方法。
【0056】
[37] 目的分子を含む溶液が、液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動により分画された画分である、[31]~[36]のいずれかに記載の方法。
【0057】
[38] 表面増強ラマン分光(SERS)分析を行う前に、凝集体を含む溶液の液滴を、清浄化された面を有するプレート上に配列すること、及び前記液滴に含まれる溶媒を蒸発させることにより表面増強ラマン分光分析に供するスポットを調製することを含む、[31]~[37]のいずれかに記載の方法。
【0058】
[39] [31]~[38]のいずれかに記載の表面増強ラマン分光(SERS)分析法に供した溶液又は画分の全部又は一部を、さらに質量分析に供することを含む分析方法。
【0059】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2012-181140号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0060】
本発明に係る液体クロマトグラフィー-ラマン分光-質量分析(LC-R-MS)又はキャピラリー電気泳動-ラマン分光-質量分析(CE-R-MS)装置は、従来知られていない新規の生体分子解析装置であり、網羅的に生体分子を探索し、配列決定や結合部位の特定を行う従来の液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)やキャピラリー電気泳動-質量分析(CE-MS)装置等に比べ、処理時間を短縮でき、かつ精度が高い優れた解析装置である。また、本発明に係る方法を用いると、ラマン分光分析及び質量分析により測定対象に関する相補的な情報を取得することができ、より迅速かつ確実に標的となる生体分子を特定できる。さらに、本発明の凝集促進剤を用いたSERS法は、測定感度が上昇しており検出限界が改善されている。また本発明の凝集促進剤を用いたSERS法では、測定する試料の量とSERSシグナル強度との相関性が向上しており、測定のばらつきが抑制されている。
【0061】
本発明に係るラマン分光部は、試料を改変せずに、非破壊的に非接触でラマン分光装置により測定を行うことができる。本発明は特徴的なラマンピークを有するラマン標識により、低分子化合物を選択的に高感度で検出することができる。例えば生体にはアルキン分子のような三重結合を有する化合物や重水素はほとんど存在しないことから、アルキンや重水素をラマン標識として用いた場合、細胞破砕液のような複雑な混合物中から低分子化合物と結合した目的の生体分子を特定することができる。サイレント領域にラマンピークを有する他種のラマン標識についても同様である。
【0062】
本発明に係るラマン分光分析を行うと、低分子化合物のみならず生体分子由来の分子振動情報も得られるため、低分子化合物と生体分子との共存を確認できるという利点がある。従来の蛍光標識法では、単一チャネルの蛍光強度から低分子化合物の有無を確認するのに対し、本発明に係るラマン分光法では、多次元の振動分光情報が得られるため、複数の散乱ピーク強度から、低分子化合物及び生体分子両者の共存の有無を確認することができ、さらに、ペプチド等の場合にはスペクトルの形状から骨格構造や側鎖の情報を得ることもできる。
【0063】
本発明に係る方法は、低分子化合物をそのまま用いるか、又は分析対象化合物に付加するタグの分子量を低く抑えることができることから、大きな蛍光団を使用する従来の蛍光標識法と比較して、低分子化合物の生化学的特性を変化させずに、標的となる生体分子を特異的に識別・検出でき、特定できる。すなわち、本発明のラマン標識を用いた場合は、蛍光団と比較して修飾によるアーティファクトが小さい。また、質量分析部でタンパク質やペプチドの質量スペクトルを取得し、これに基づいて低分子化合物と標的生体分子との結合部位を同定することができる。また、MS/MS分析法を用いた質量分析によりタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列を決定することもできる。さらに、タンパク質翻訳後修飾の解析も可能である。
【0064】
従来のアルキンタグをクリック反応と組み合わせた方法(非特許文献2等)では、クリック反応操作に関連する目的化合物のロスがあり、また非特異的反応が生じるという問題もあった。これに対し、本発明に係る方法では、分析対象化合物をそのまま低分子化合物としてラマン分光法に用いるか、又は分析対象化合物にアルキンタグを付加したものを低分子化合物とし、これをそのままラマン分光法に供するため、従来法が内包していた問題は解消されている。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る試料分離部の一例を示す図である。
【図2】本発明に係るラマン分光部の一例を示す図である。この図では顕微ラマン分光装置を示した。
【図3】本発明に係る質量分析部の一例を示す図である。
【図4】ラマン分光法で取得した薬剤のラマンスペクトルを示す図である。低分子化合物(パクリタキセル)自身の分子振動がピークとして検出される。
【図5】本発明に係るLC-R-MS装置を示す図である。
【図6】アルキン標識ペプチドと非標識ペプチドのラマンスペクトルを示す図である。スペクトル中にはペプチド由来のラマンピークの帰属を示す。(1)がアルキン標識されたペプチドであり、(2)が非標識のペプチドである。
【図7】アルキン標識ペプチドと非標識ペプチドの質量スペクトルを示す図である。
【図8-1】アルキン標識ペプチドの検出について示す図である。
【図8-2】図8-1Cに対応する各画分のラマンスペクトルである。
【図9-1】アルキン標識ペプチドと非標識ペプチドの分離、ラマン分光、及び質量分析について示す図である。AのUVクロマトグラムを拡大したものがBである。Cは各画分のラマンスペクトル(図9-3G)から得られたアルキンのピークを示す。
【図9-2】Dは画分番号4の質量スペクトル、Eは画分番号12の質量スペクトルを示す。Fは画分1~16の1211.5m/zと1229/6m/zの強度を示す。
【図9-3】図9-1Cに対応する各画分のラマンスペクトルである。
【図10】オンラインでのラマン測定とオフラインでのラマン測定を比較した図である。Aがオンラインラマン検出法であり、Bがオフラインラマン検出法である。
【図11】本発明の一態様に係る装置を示す図である。
【図12】SERSの効果について示す図である。RAT8-AOMKのSERSおよびラマンスペクトル(曝露時間10秒)を見ると、直径40nmの銀ナノ粒子を用いた場合、RAT8-AOMKのラマン強度が103以上増大した。
【図13】マルチスポット金属基板とスポッティングした試料を示す図である。上段中央の模式図のように分画試料のスポッティングを行う。右上は384マルチスポット金属基板である。右下には基板上の液滴が乾燥するに伴い溶液中のペプチドが凝集する写真を示す。
【図14】本発明に係る装置に使用可能なプレートの例を示す図である。左上は顕微鏡用の基板固定プレートである。左下はラマン顕微鏡試料ステージである。右下の模式図のようにラマンスクリーニングを行う。
【図15-1】本発明に係る質量分析装置を示す図である。左がMALDI-LTQ-Orbitrapである。ラマン分光法でスクリーニングした試料をそのままMALDIイオン源搭載型質量分析計で解析しうる。
【図15-2】384ウェルプレート上に配置されたスポットのアルキン強度分布を示す。
【図16】ラマン計測に有利な石英基板をそのままMALDI-MS測定に利用できることを示す図である。
【図17】全面が石英でできたマルチスポット基板を示す図である。これによりラマン計測を高感度化し、かつ試料をそのままMALDI-MSI計測に用いることができる。石英は磁石で固定する。
【図18】本発明に係る装置の構成を示す図である。
【図19-1】カテプシンBとRAT8-AOMKの結合解析を示す図である。
【図19-2】384ウェルプレート上に配置されたスポットのアルキン強度分布を示す。
【図20】UVクロマトグラムとラマンクロマトグラムの対応関係を示す図である。上段のAはUVクロマトグラムを示す。右下のBはラマンクロマトグラムであり、画分番号は上段と対応している。左下のCはプレート上のスポッティングの順序を示す。
【図21】画分番号35~94のラマンスペクトルを示す図である。画分番号57~66では特徴的なラマンピークが2106 cm-1付近に観察された。
【図22-1】ラマン分光後のスポットについての質量分析結果を示す図である。ラマンピークが得られたスポットから、ラマン標識を有する低分子化合物が結合したペプチドが検出された。Aは画分番号62、Bは60、Cは57である。
【図22-2】図22-2では、Aに画分番号62に対応する実験値と計算値を示す。Bは画分番号60に対応する実験値と計算値を示す。Cは画分番号57に対応する実験値と計算値を示す。
【図23-1】RAT8-AOMK自身のラマンスペクトルと、画分番号35-75のスペクトルの比較をAに示す。
【図23-2】Cでは1609 cm-1及び2107 cm-1でのラマンピーク強度を示す。点線がフェニル環由来の1609 cm-1の強度であり実線がアルキン由来の2107 cm-1の強度である。
【図24】RAT8-AOMK標識されたペプチドと非標識のペプチドの分布を示す図である。図24の下にはRAT8-AOMKのカテプシンBとの結合の前後の構造と分子量を示す。
【図25】RAT8-AOMKのラマンスペクトルを示す図である。2100(cm-1)付近にアルキン由来のラマンピークが観察された。
【図26】RAT8-AOMK結合カテプシンBのラマンスペクトルを示す図である。下段のスペクトルの2800~3100(cm-1)にはタンパク質由来のラマンピークが見られ、2100(cm-1)付近にはアルキン由来のラマンピークが見られる。アルキン由来のラマンピークの拡大図を右上に示す。
【図27】94の試料スポットの明視野像を示す図である。
【図28】画分番号56-60番(ペプチドA-2)のMALDI質量スペクトルを示す図である。縮尺は4E6に固定した。ペプチドA-2(切断ミスなし, + RAT8-AOMK), m/z 2435.0067。
【図29】画分番号58-62(ペプチドB-1)のMALDI質量スペクトルを示す図である。縮尺は2E7に固定した。ペプチドB-1(切断ミス1ヶ所, + RAT8-AOMK + CAM), m/z 2890.2559。
【図30】画分番号60-65(ペプチド A-1)のMALDI質量スペクトルを示す図である。縮尺は2E7に固定した。ペプチドA-1(切断ミスなし, + RAT8-AOMK + CAM), m/z 2492.0282。
【図31】図27-29の結果をまとめた図である。画分番号50-69の標的ペプチドのイオンカウント数を示す。横軸は画分番号であり、縦軸がイオンカウント数である。
【図32】HeLa細胞のラマンスペクトルを示す図である。サイレント領域が1800-2800 cm-1に確認された。励起波長は532 nmとした。
【図33】RAT8-AOMK結合ペプチドA-1のMS/MSスペクトルを示す図である。
【図34】金ナノ粒子を用いた場合のRAT8-AOMKのSERSスペクトルを示す。励起波長は660nmとした。上のスペクトルは金ナノ粒子ありの場合、下のスペクトルは金ナノ粒子無しの場合である。
【図35】銀ナノ粒子の分散液をアルキン標識・非標識ペプチドの水溶液と混合してSERS測定した結果を示す。上のスペクトルはアルキン標識ペプチドのものであり、下のスペクトルは通常のペプチドのものである。
【図36】クリック反応で蛍光団を導入する場合とラマン分光の場合を比較した結果を示す。図の下段のUVクロマトグラム(1)が本発明のラマン分光の場合であり、UVクロマトグラム(2)がクリック反応で蛍光団を導入した場合である。クリック反応の場合、57.5~74.2%のサンプルの減少が見られた。
【図37】クリック反応で蛍光団を導入する場合とラマンの場合を比較した結果を示す。黒塗りの丸がラマンクロマトグラムの場合、白抜きの丸がクリック反応で蛍光団を導入したUVロマトグラムの場合である。
【発明を実施するための形態】
【0066】
以下、図面を参照しながら本発明を詳細に説明する。

【0067】
1. 本発明に係る装置
本発明に係る装置は、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部を有する。試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部はこの順序で連結されている。試料分離部の例を図1に、ラマン分光部の例を図2に、質量分析部の例を図3に示す。これらについてそれぞれ説明する。

【0068】
1.1 試料分離部
本発明に係る試料分離部は、試料中の様々な分子を互いに分離することができるものである。試料分離部の具体例としては、限定するものではないが、液体クロマトグラフ及びキャピラリー電気泳動装置等が挙げられる。また試料分離部を等電点電気泳動装置とすることもできる。試料とは、測定対象の化合物を含む可能性のあるサンプルをいう。本発明に係る試料分離部の一例を図1に示す。まず試料注入部1から分画部3へと送液ライン2により試料が送液される。次いで分画部3にて分画が行われる。分画部3は、各種クロマトグラフィーカラム、液体クロマトグラフィーカラムや電気泳動用キャピラリーを有しうるがこれらに限られない。次いで分画された画分は送液ライン4中を送液されて検出部5に送られる。検出部5は、例えば紫外(UV)光検出器であり得る。検出部5での検出手段は非破壊検査であることが好ましい。図1では分離された画分はさらに次のラマン分光部へと連結されていることを右向きの矢印で示してある。本発明に係る装置では、試料分離部で分画された試料を、ラマン分光分析により検出することも可能であるため、図1における検出部5は省略することも可能である。すなわち図1は単なる例示であり、検出部5は試料分離部に必須の構成要素ではない。

【0069】
1.1.1 液体クロマトグラフ
液体クロマトグラフとは、移動相として液体を使用するクロマトグラフをいう。液体クロマトグラフにおいて、移動相中に含まれる物質は、固相担体との相互作用の程度の違いに基づき異なる速度で固相担体が充填されたカラムから溶離又は溶出する。この溶離速度の違いを利用して移動相中に含まれる特定の物質を他の物質から分離する。液体クロマトグラフ分離の原理はどのようなものであってもよく、例えば分配、吸着、分子排斥、分子ふるい、イオン交換等が挙げられる。またクロマトグラフは順相であっても逆相であってもよい。好ましくは、液体クロマトグラフは、移動相として高圧に加圧した液体を用いる高速液体クロマトグラフィー(HPLC)である。液体クロマトグラフにおいては移動相として、溶質を溶解するものであればどのような溶媒を用いてもよく、水、水溶液、塩類を含む水溶液、有機溶媒、メタノール、エタノールやイソプロパノール,n-プロパノール等のアルコール、アセトニトリル、ジクロロメタン、トリクロロメタン、酢酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、アセトン、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、イソオクタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、ジエチルエ-テル、シクロヘキサン、トルエン、テトラヒドロフラン、ベンゼン、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等及びこれらの適当な組合せが挙げられる。

【0070】
液体クロマトグラフの移動相として水を主成分とする水溶液を用いる場合、当該水溶液に含まれる塩基性化合物はカラムに存在する残存シラノールに吸着し、クロマトグラムのピークがテーリングすることがある。これを防止するために、トリフルオロ酢酸等の酸を添加して分離を行うことがある。このような酸は、下記に説明するように、液体クロマトグラフ後、分離操作に用いた溶媒を除去することにより、次の工程に供される試料中から除くことができる。

【0071】
本発明では溶媒の有無にかかわらずラマン測定を行うことができるが、溶媒を除去し乾燥した状態で生体成分のラマン測定を行う場合(オフラインラマン測定)には、ラマン測定前に用いられる溶媒、例えばクロマトグラムの移動相の溶媒の主成分として低沸点極性溶媒の使用が望ましい。このような低沸点極性溶媒は蒸発させることで容易に除去できるからである。低沸点極性溶媒としては、沸点が低く、なおかつ極性を有する溶媒をいい、例えばアセトニトリル、メタノール、ジクロロメタン、トリクロロメタン等が挙げられる。したがって液体クロマトグラフに用いる移動相としては低沸点極性溶媒が好ましい。移動相として物理化学的性質の異なる複数種の溶媒を組み合わせ、それらの混合比を変化させることにより分離溶液に濃度勾配をもたらし、これにより試料の分離能を高めることもできる。液体クロマトグラフ後に、分離操作に用いた溶媒を蒸発させることにより、ラマン測定に供する試料からは、液体クロマトグラフに用いた溶媒を除くことができる。当業者であれば分離する試料に応じて、適宜、分離溶媒やかける濃度勾配といった条件を設定することができる。

【0072】
1.1.2 キャピラリー電気泳動
キャピラリー電気泳動法とは、電気泳動を十分に細い毛細管の中で行い、試料中に含まれる物質を分離する方法をいう。毛細管を用いることで対流の発生を抑制でき、通常の電気泳動と比較して物質の分離能を高めることができる。キャピラリー電気泳動装置は、典型的には毛細管及び電圧印加部を有する。通常は毛細管の一方が試料注入部であり、他方は試料溶出部である。例えば図1の試料分離部で説明すると、試料は試料注入部1から注入され、分画部3のキャピラリーにて分離され、検出部5に送液される。試料溶出部は適宜、検出部及び/又はフラクションコレクターに連結されていてもよい。このキャピラリー電気泳動には、キャピラリーゾーン電気泳動(CZE)、ミセル導電クロマトグラフィー(MEKC)、キャピラリーゲル電気泳動(CGE)やキャピラリー等電点電気泳動(cIEF)等も含まれる。当業者であれば、キャピラリー電気泳動に用いる溶媒やキャピラリーの種類、印加電圧などの運転条件を適当に設定することができる。キャピラリー電気泳動により分画した画分は、上記液体クロマトグラフと同様に、溶媒を蒸発させ、乾燥状態で次の工程に供することができる。

【0073】
1.2 ラマン分光部
本明細書にいうラマン分光部とは、ラマン励起用レーザー光を照射するレーザー部とラマン散乱光をスペクトル解析するスペクトル解析部を含む線形又は非線形ラマン分光装置である。図2に本発明に係るラマン分光部の一例として顕微ラマン分析装置を示す。試料台10の上に試料9を配置し、これをラマン顕微装置で分析する。レーザー部6からラマン励起用レーザー光が照射され、これがダイフロイックフィルター7で反射されて対物レンズ8により焦点を合わせた試料9に照射される。ラマン散乱光は分光器11により分光され、検出部12において電荷結合素子(CCD)のような検出機構により検出される。スペクトル解析部は、図2のラマン散乱スペクトルを取得するための分光器11、検出部12及び任意の電子計算部を有する。図2では集光されるラマン散乱光を分光器11に入る上向きの矢印で示してある。集光には適宜入射スリットやレンズが使用され得る。図2はあくまで一例であり、本発明に係るラマン分光部は顕微ラマン分析装置に限らず、分散型レーザーラマン分光分析装置、FT-ラマン分光分析装置等の公知のあらゆるラマン分光分析装置を包含する。例えば本発明に係るラマン分光部に含まれるスペクトル解析部は、ラマン散乱光を分光器の代わりに干渉計で検出する機器を備えていてもよい。また、ラマン散乱光の検出部に透過波長帯を限定したフィルターを使用し、フィルターを透過してきた散乱光を、分光器等を介さず、直接CCDのような検出機構により検出する構成でもよい。この場合、波長可変フィルターを用いれば、透過波長帯を走査することでラマンスペクトルの取得も可能となる。さらに、ラマン励起用レーザーに波長可変レーザー光源を用い、励起レーザー光の波長を走査することで、ラマンスペクトルを取得する構成でもよい。分光器であれ干渉計であれ、フィルターであれ、また励起レーザー光の走査であれ、いずれの構成でもラマン散乱光を検出することで、対象試料における特定のラマンピークの強度や、ラマンスペクトルの情報を得ることができる。また、図2に示されるように試料を試料台に載せる構成とは別に、試料を送液ラインで送液し、いわゆる「オンライン」で測定を行うこともできる。当業者であれば、得られたラマンスペクトルのパターン(プロファイル)から、適宜、試料中の目的分子の存在/不在を解析することができる。解析は手作業で又は電子計算機の補助により行うこともできる。ラマン励起用レーザーとしては、半導体レーザー、ダイオード励起固体(DPSS)レーザー、ガスレーザー、液体レーザー等を用いることができるが、これらに限定されない。

【0074】
1.2.1 ラマン分光分析
ラマン分光分析は当技術分野において周知の技術であり、例えば浜口宏夫、平川暁子 編 ラマン分光法(日本分光学会出版、測定法シリーズ17)にその原理が解説されている。簡単に説明すると、ラマン分光法は、化学物質にレーザー光などの光を入射したときに、散乱光の中の入射光の波長とは異なる波長の光が発生する、いわゆる「ラマン効果」を利用して行う分光分析法である。ラマン散乱光の振動数と入射光の振動数の差をラマンシフトという。ラマンシフトは分子の構造に特有であるため、ラマンシフトを測定することで分子構造に関する知見が得られる。また、化学構造が解明されている分子のラマンスペクトルを予め測定してプロファイルを取得しておき、ある試料中に当該分子が存在するか否かをその試料のラマンスペクトルパターンと前記プロファイルとを比較することにより検出することができる。検出するとは、ある試料中にある化合物が存在することを確認することをいう。ラマン分光法には非破壊分析法であるという利点がある。線形ラマン分光とは、入射光強度に比例する強度をもつラマン散乱分光、別名自発ラマン散乱分光ともいう。非線形ラマン分光とは、高次の非線形光学効果によるラマン分光で、入射光の強度の2次以上に比例する強度をもつラマン散乱分光をいう。ラマン分光法としては、誘導ラマン散乱、ハイパーラマン散乱、コヒーレント・反ストークスラマン散乱などの非線形ラマン分光法が挙げられる。ラマンスペクトルの一例を図4に示す。図4に示されているように、パクリタキセル自身の分子振動がピークとして検出される。この例でのラマン分光分析はJ.Ling et al., Applied Optic, 41, (28), 6006(2002).に記載されている。Renishaw Model 2000ラマン分光システム、Ti:サファイアレーザーを用いて測定した。試料は粉体であり、20倍レンズ、 30秒露光にて測定を行った。

【0075】
1.2.2 表面増強ラマン分光(SERS)
本発明は、ある実施形態において、表面増強ラマン分光(SERS)を用いたラマン分光分析法を提供する。ある実施形態において本発明の表面増強ラマン分光(SERS)は本発明に係る装置又は方法に用いることができる。ラマン分光法では、散乱光が弱いため一般的に長時間の測定が必要とされることがあるが、SERSを用いるとラマンシグナルを増強でき、迅速な測定が可能となる。SERSはラマン分光法の1つとして知られており、金属粒子コロイド又は金属を含む基材を用いてラマン分光分析を行う。このとき、金属の表面プラズモンがレーザーにより励起され、その結果、金属を取り囲む電磁場が増大し、電磁場に比例して生じるラマンシグナルを増強する。さらに、金属表面近傍の分子と金属間には、電子の授受を含む化学的な相互作用を生じ、ラマンシグナルを増強する。上記の電磁気学的・化学的増強メカニズムのいずれか、又は両方が作用することにより、測定されるラマンシグナルが大幅に増強される。SERSに用いる金属としては、鉄、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、ゲルマニウム、銅、銀、金、プラチナ、パラジウム、アルミニウム、チタン、ルテニウム等が挙げられるが、これらに限られない。金属は金属ナノ粒子、金属ナノ構造又は金属ナノ構造物とすることができる。また、試料に金属膜を被覆する処理を行うこともできる。この被覆処理は独立に行うこともでき、又は前記被覆処理を行う処理室を本発明に係るラマン分光部の一部とすることもできる。SERSの効果の一例を図12に示す。図12には直径40 nmの銀ナノ粒子を用いるとRAT8-AOMKのラマンピークの強度が103以上増大したことが示されている。露光時間は10秒であった。図12左において下のスペクトルが銀粒子を使用しなかったものであり、上のスペクトルが銀粒子を使用したときに得られたものである。図12中央も同様である。別の例として図34に金ナノ粒子を用いた場合のSERSスペクトルを示す。図34の下のスペクトルが金ナノ粒子無し、上のスペクトルが金ナノ粒子を使用した結果である。このように本発明のSERS効果は銀ナノ粒子に限られず、金ナノ粒子等、金属ナノ粒子全般を用いた場合にラマンシグナルが増強すると考えられる。SERS試料は、市販の銀ナノ粒子分散水溶液を清浄化した基板にスポッティング後乾燥し、その上から試料を重層するか、試料溶液に銀ナノ粒子分散水溶液を混合するか、又は混合した試料をスポッティング後乾燥することにより調製できる。さらに、基板としては、スピンコート法等機械的塗布法で銀ナノ粒子分散水溶液を基板一面に塗布、乾燥したものを用いることができる。また、金属ナノ粒子の径は、特に制限なく、小さい方が好ましい。ここで、粒子の直径(径)とは、当該粒子と同じ容積を有する球体の直径に等しい長さとする。また、直径40 nmの粒子とは多数の粒子の前記のようにして得られる直径を平均した値が40 nmであることをいう。金属ナノ構造には、ナノロッド、ナノワイヤ、ナノキューブ、ナノプリズム、シェル構造等様々な形状があり、それらの大きさも同様に小さい方が好ましい。金属ナノ構造の大きさは、当該構造の長手方向の長さをいうものとする。また金属ナノ構造のサイズが40 nmであるとは、種々の金属ナノ構造の大きさの平均が40 nmであることをいう。金属粒子、金属ナノ構造又は金属ナノ構造物のサイズは光によって金属中で振動する電子の平均自由行程以下であることが好ましく、具体的には金属粒子の場合には当該粒子の直径が、金属ナノ構造又は金属ナノ構造物の場合には当該ナノ構造の長さが200 nm以下であり、より好ましくは100 nm以下、さらに好ましくは50 nm以下である。

【0076】
このようにSERS効果を利用するとラマンスペクトルのシグナルが増強され、実用的なレベルの感度でシグナルを検出することができる。

【0077】
1.2.2.1 凝集促進剤
SERS測定をする際に、金属ナノ粒子又は金属ナノ構造と生体分子及び低分子化合物に結合した生体分子との均一な凝集体の形成を促進させるために有機酸を添加することができる。有機酸添加に起因して、均一に分布した凝集体が形成されると、SERS効果が高まるとともに、ラマン分光測定に用いるレーザーの焦点設定操作が容易となり測定時間を大幅に短縮することができる。そのため、自動測定に極めて有利となる。本明細書では、このようなSERS効果を高めるために添加する酸のことを便宜上、凝集促進剤、又は添加剤と呼ぶことがある。

【0078】
本発明に用いる凝集促進剤(有機酸)としては、分子中にフッ素又は塩素原子を含むハロゲン化有機酸、例えばトリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸又は3,3,3-トリフルオロプロピオン酸等の含フッ素有機酸やトリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリクロロメタンスルホン酸、ジクロロメタンスルホン酸又は3,3,3-トリクロロプロピオン酸等の含塩素有機酸、ギ酸、酢酸、メタンスルホン酸、プロピオン酸等の炭化水素系の有機酸を用いることができるが、これらの中で、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ジフルオロメタンスルホン酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸又はメタンスルホン酸が好ましい。臭素又ははヨウ素原子を分子中に含む有機酸は、含フッ素や含塩素化合物に比べ分解性がより高く、分解生成物とアルキニル基等との反応のためSERSに対し殆ど効果を示さないか、むしろ阻害効果があると考えられるので好ましくない。また、本発明の凝集促進剤(有機酸)の添加量としては、均一な凝集体の形成が促進されればよく、例えば、0.001~10 mol%、0.01~1 mol%、好ましくは0.05~0.5 mol%である。

【0079】
当業者であれば、種々の有機酸を目的分子と共に含む複数の溶液又は種々の濃度の有機酸を目的分子と共に含む複数の溶液を用意し、これらを金属ナノ粒子と混合し、該溶液を液滴としてプレート上に配列し、その明視野像を顕微鏡観察することにより凝集体の形成やその均一性を容易に確認できる。これにより本発明に用いることのできる有機酸を確認し得る。また適当な有機酸の添加量を決定し得る。このようなスクリーニングは、プレート上に多数のスポットを調製することによりルーチンな作業のみで、例えば自動化された装置を用いて、ハイスループットで行うことができる。

【0080】
本発明の凝集促進剤は次のように使用することができる。ある実施形態では、本発明の凝集促進剤及び目的分子を含む水溶液を金属ナノ粒子と混合し、その後、目的分子-金属ナノ粒子複合体を凝集させる。別の実施形態では本発明の凝集促進剤を含むが目的分子を含まない水溶液を金属ナノ粒子と混合し、その後、金属ナノ粒子を凝集させる。次いで目的分子を添加し、目的分子と凝集金属ナノ粒子とを相互作用させる。本発明の凝集促進剤は、SERS測定の検出限界を高めるのみならず、SERSシグナルを発する試料の注入量とSERSシグナル強度との相関性を高める効果があることを本発明者らは確認した。すなわち、本発明の凝集促進剤はSERS測定を安定化させる効果を有する。

【0081】
本発明の凝集促進剤の作用は、特定の論理に拘束されることを望まないが、次のような機序によるものと考えられる。本発明の凝集促進剤(有機酸)及び目的分子を含む溶液に金属ナノ粒子を添加し混合すると、目的分子-金属ナノ粒子複合体が形成され、金属ナノ粒子が目的分子を巻き込みながら凝集すると考えられる。この機序の裏付けとして、本発明の凝集促進剤(有機酸)を使用しない場合であっても凝集体の形成は観察されるが、凝集体の分布は不均一でありSERS測定結果にばらつきが生じたことが挙げられる。これに対して本発明の凝集促進剤(有機酸)を使用すると均一に分布した凝集体が形成されSERS効果が高まった(実施例12参照)。また、目的分子がペプチドの場合、ペプチドが過剰量存在するとこれが本発明の凝集促進剤(有機酸)の凝集化作用を上回り、凝集体の形成が観察されなかった、という結果が挙げられる。

【0082】
1.2.2.2 本発明の凝集促進剤を用いた表面増強ラマン分光(SERS)
本発明の凝集促進剤はSERS測定を行うことが可能で有れば、どのような試料に対して使用してもよい。すなわち、本発明の凝集促進剤は、生体分子を含み得る試料や、液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動により分離された試料に対して使用できるのはもちろんのこと、SERS測定を行うことのできる他のあらゆる試料についても使用できる。つまり本発明の凝集促進剤を用いたSERS測定は、上記1.の装置を用いる場合に限定されず、あらゆる表面増強ラマン分光(SERS)法に用いることができる。ただし、分析する目的分子はSERSシグナルを発するものである必要がある。また、目的分子は好ましくは金属ナノ粒子と一緒に混合すると凝集するか、又は予め凝集させた金属ナノ粒子と相互作用するものである。この場合、目的分子は例えばSERSシグナルを発する生体分子、SERSシグナルを発する生体分子の断片、SERSシグナルを発する低分子化合物と結合した生体分子、又はSERSシグナルを発する低分子化合物と結合した生体分子の断片であり得る。目的分子は、予め上記1.1の試料分離部により、例えば液体クロマトグラフィーやキャピラリー電気泳動により分画された画分に含まれ得る。

【0083】
RAT8-AOMKについては下記2.2.4に説明する。

【0084】
1.2.3 オンラインラマン検出及びオフラインラマン検出
本発明に係るラマン分光法は、試料分離部からの試料を送液しながら測定を行う、いわゆる「オンライン」分析が可能である。また、本発明に係るラマン分光法は、試料分離部からの試料を送液後、プレートにスポッティングし、そのスポットについて測定を行う、いわゆる「オフライン」分析も可能である。図10にオンラインラマン検出法(A)とオフラインラマン検出法(B)の特徴を比較して示す。図10の左(A)が送液をそのままラマン計測するオンライン検出であり、右(B)が送液を一旦プレート上にスポッティングし、次いでこれをラマン計測するオフライン検出である。例えばオンラインで測定を行った場合にラマンピークの強度が十分でないときは、測定をオフラインで行ってもよい。一般にオンラインでのラマン分光法の測定感度はmM単位であるが、オフラインであれば感度はμM単位(ペプチドで数pmol)である。また、測定をオンラインで行う場合には溶媒の背景光が混入するという問題があるのに対して、オフラインであれば、プレート上のスポットの溶媒を乾燥させて蒸発させることで背景光の問題を回避できる。オンライン測定の場合は、プレート上へのスポッティングの必要がなく、装置の構成が簡便ですむという利点がある。当業者であれば、ラマンスペクトルの測定をオンラインで行うのが好ましいか、オフラインで行うのが好ましいか、試料濃度や測定条件に応じて適宜判断することができる。また、これに応じて装置の構成を適宜変更することができる。

【0085】
本発明に係る装置の一態様を図11に例示する。この態様では、混合試料を試料分離部に導入し、試料分離部では液体クロマトグラフにより分画を用い、得られた画分をプレート上にスポッティングする。プレート上で各スポットを乾燥させて試料を凝集させることにより、ラマン分光分析の測定感度を向上させることができる。乾燥、凝集を行わなかった場合(溶解状態)と比較して、測定感度は約3桁以上向上する。また、ラマン分光分析をオフラインで行うため、液体クロマトグラフに用いる溶媒の背景光による影響がなく、さらに送液速度による制限を受けることなく測定を行うことができる。ラマン分光分析後、ラマンピークを示した一部のスポット又は全部のスポットを質量分析(MS)に供する。

【0086】
1.2.4 サイレント領域
細胞破砕液を分画せずにそのままラマン分光分析すると、ピークが検出される領域と検出されない又はほとんど検出されない領域が現れる。細胞破砕液をラマン分光分析したときに、ラマンピークが検出されない又はほとんど検出されない領域のことを本明細書において「サイレント領域」という。例えばタンパク質のラマンピークは主に800~1800 cm-1及び2800~3000 cm-1付近に見られ、1800~2800 cm-1にはほとんど検出されない。これらのラマンピークはいずれも特定のアミノ酸残基に帰属されている。例えばトリプトファン由来のピークは1011 cm-1 及び1554 cm-1付近に、アミド由来のピークは1250 cm-1及び1660 cm-1付近に、CH2由来のピークは1430 cm-1付近に、CH3由来のピークは2933 cm-1付近に現れる(図6参照)。しかしながら、1800~2800 cm-1という波長領域では、生体分子由来のラマンピークはほとんど観察されない。したがって、本明細書でいうサイレント領域とは、1800~2800 cm-1でありうる。また、ラマン分光分析は、500 cm-1以上、700 cm-1以上、1000 cm-1以上、1200 cm-1 以上、1400 cm-1以上1600 cm-1以上又は1800 cm-1以上、3000 cm-1未満、2900 cm-1未満、2800 cm-1 未満、2700 cm-1 未満、又は2600 cm-1未満の領域で行うことができる。サイレント領域は用いる生体材料によらず、基本的に同一である。

【0087】
1.3 質量分析部
質量分析部とは、適当なイオン化法により試料中に含まれる分子をイオン化し、当該分子の質量スペクトルを測定する装置をいう。図3に本発明に係る質量分析部の一例を示す。試料部、分離部、分析部を合わせた質量分析計が本発明に係る質量分析部を構成する。試料部ではまず試料ステージ13に試料14を載せる。次に試料を適当なイオン化手段によりイオン化し、静電力によって装置内を飛行させる。図3ではイオン化手段としてレーザー部15を例示してある。加速電極16により加速させて飛行するイオンを分離部において電気的又は磁気的な作用等により質量電荷比に応じて分離し、その後それを分析部におけるイオン検出器17で検出することで、質量スペクトルを得ることができる。イオン検出器17は好ましくは信号処理部18に接続されており、得られた信号は好ましくは電子計算機により処理される。本明細書では、イオン検出器17、信号処理部18及び任意の電子計算機を合わせて質量分析器の「分析部」という。分析部で信号を処理して得られる質量スペクトルは通常、質量電荷比(m/z)を横軸、検出強度を縦軸として表す。質量分析のためのイオン化方式としては、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(ACPI)法、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法等が挙げられる。当業者であれば、これらのイオン化手段に応じて適宜、質量分析装置の構成を変更し、適合化することができる。一例としてMALDI法では、芳香族有機化合物などのマトリックス中に試料を混合して結晶を作製し、これにレーザーを照射することでイオン化を行う。用いるマトリックスとしては、特に限定するものではないが、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)、シナピン酸(SA)、trans-4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸(フェルラ酸)、3-ヒドロキシピコリン酸(HPA)、1,8-ジヒドロキシ-9,10-ジヒドロアントラセン-9-オン(ジスラノール)及び2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)等が挙げられる。MALDI法はタンパク質などの高分子化合物であっても分子を破壊することなく安定してイオン化することができるという利点がある。

【0088】
1.3.1 質量分離部
質量分析に用いる分離部ではイオン化された試料を分離する。分離部の種類としては、飛行時間型、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型及びフーリエ変換型等が挙げられる。飛行時間型(TOF)の分離部を備えた質量分析では、イオン化した試料をパルス的に加速し、検出器に到達するまでの時間差を検出する。この時間差から質量を算出することができる。この場合、図3に示す加速電極16はイオンが飛行する空間の一部のみに配置されることでパルス的に加速が行われ、イオンが飛行する空間の大部分では電場・磁場はかけられていない。これらの分離部は上記イオン化法のいずれと組み合わせてもよいが、特にMALDIとTOFの組合せが好ましい。このような構成をMALDI-TOF型質量分析器と呼ぶことがある。

【0089】
1.3.2 MS/MS分析
本発明のある実施形態において、質量分析は、MS/MS分析とすることができる。MS/MS分析では質量分析をタンデムに行う。この方法では第一の分離部で特定のイオンだけを取り出し、これを解裂させ、生じたフラグメントイオンを第二の分離部で分析する。フラグメントイオンの分析は単一の装置でも行うことができ、又は異なる2つの装置で行ってもよい。例えばタンパク質をプロテアーゼで消化してペプチドを取得し、当該ペプチド断片についてMS/MS分析を行うと、ペプチドが順次フラグメント化されたピークが検出され、それらのピークの質量情報からペプチドのアミノ酸配列を決定することができる。MS/MS分析は当技術分野で周知の手法である。例えば、A. K. Shukla et. al., J. Mass Spectrom. 35, 1069 (2000)等を参照されたい。

【0090】
1.4 本発明に係る装置の構成について
ある実施形態において、本発明に係る装置は、液体クロマトグラフ、ラマン分光装置及び質量分析計(LC-R-MS)を有する。その一例を図5に示す。混合試料を液体クロマトグラフ(LC)により分画し、ラマン分光法により低分子化合物(薬剤)が存在する画分を絞り込む。さらにラマンピークを示した画分を質量分析計(MS)で分析し、低分子化合物と結合する生体分子を特定することができる。別の実施形態において、本発明に係る装置は、キャピラリー電気泳動装置、ラマン分光装置及び質量分析計(CE-R-MS)を有する。この場合も試料の分離をキャピラリー電気泳動装置(CE)により行う他はLC-R-MSの場合と同様であり、本発明の基本的な原理は同じである。これらの他、試料分離部として液相等電点電気泳動等を使用することもでき、試料分離部が他の分離手段による場合についても同様である。

【0091】
本発明に係る装置では、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部は、この順序で連結されている。連結とは、試料の受け渡しができるように装置の機器どうしが接続されていることをいう。試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部がこの順序で連結されているとは、具体的には試料分離部で分離された試料はラマン分光部に導入され、次いでラマン分光分析を行った試料は質量分析部に導入される、という順番で試料が受け渡されるよう装置が構成されていることをいう。試料分離部からラマン分光部、及びラマン分光部から質量分析部への試料の受け渡しは手動で又は自動化された装置により行うことができる。試料の受け渡しは送液ラインで連続的に行うこともでき、又は試料を一旦プレート等にスポッティングしたり、フラクションコレクターで個別の画分に分離することで断続的に行うこともできる。

【0092】
したがって試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部は物理的に各々独立した装置であってもよく、試料分離部から分離された試料(画分)が手動又は自動化された装置によりラマン分光部に導入され、ラマン分光部からの分析された試料(画分)が手動又は自動化された装置により質量分析部に導入されるシステムも本発明に係る装置又は方法に包含される。あるいは本発明に係る装置を、試料分離部、ラマン分光部及び質量分析部が組み込まれ一体化された装置とすることもできる。このような構成を有する本発明に係る装置は、先行技術が内包する問題点を克服することができる。

【0093】
2. 本発明に係る方法
本発明は、本発明に係る装置を用いて生体分子を特定する方法、及び生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法を提供する。

【0094】
すなわち、本発明に係る方法によれば、煩雑な前処理等を必要とすることなく、ラマン分光法によって識別可能な低分子化合物が結合した生体分子又はその断片を、試料分離部により分画し、それぞれ分画された画分(液滴等)をプレート上に配列し、乾燥し凝集した生体分子又はその断片をそのままラマン分光部で測定することができる。その後、全ての画分又はラマンピークを有することが特定された一部の画分を特段の処理をせずにそのまま質量分析部にて解析することができる。

【0095】
2.1 生体分子
本発明に係る装置又は方法は生体分子を分析するものである。本明細書でいう「生体分子」とは、細胞外又は細胞内に存在する、タンパク質、ペプチド、核酸、糖又は脂質をいう。本明細書でいう生体分子はどのような生体又は生物に由来するものであってもよく、例えばウイルス、原核生物、真核生物、真菌類、植物、高等植物、動物、昆虫、高等動物、哺乳動物、マウスやラット等のげっ歯類、サルやチンパンジー等の霊長類、ヒト、又はこれらの培養細胞や培養組織由来であってもよい。本明細書でいう生体分子に包含されるタンパク質及びペプチドは、天然及び/又は合成アミノ酸がペプチド結合により結合している高分子化合物をいう。本明細書でいう生体分子に包含される核酸は、少なくとも10、好ましくは50、300、500、又は1000以上の塩基を含む、一本鎖又は二本鎖の核酸をいい、好ましくは特定の低分子化合物と相互作用するものである。核酸はDNAであってもよく、又はRNAであってもよい。RNAにはtRNAやリボソームRNA、リボザイムも含まれる。核酸はプロモーター領域、エンハンサー領域、サイレンサー領域、ターミネーター領域を含むものであり得る。これらは好ましくは特定の転写調節因子、転写開始因子などと結合するものである。本明細書でいう生体分子に含まれる糖は、多糖類を包含し、この多糖類は好ましくは特定の低分子化合物と相互作用するものである。糖の例としては、ヒアルロン酸、キチン、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、シアル酸、コンドロイチン硫酸等のプロテオグリカン或いはプロテオグリカン類縁体が挙げられる。本明細書でいう生体分子に含まれる脂質は、上記に例示した生物に含まれる脂質を包含し、好ましくは特定の低分子化合物と相互作用するものである。脂質の例としては、スフィンゴリン脂質、グリセロリン脂質等のリン脂質、スフィンゴ糖脂質、グリセロ糖脂質等の糖脂質、リポタンパク脂質、スルホ脂質又はガラクト脂質等の細胞外或いは細胞膜を形成する複合脂質が挙げられる。

【0096】
2.2 低分子化合物
本発明に係る低分子化合物とは、分子量が低く、特定の生体分子に結合する化合物又は結合する可能性がある候補化合物をいう。ある実施形態において本発明に係る低分子化合物は生体分子と比較して分子量が低い。ある低分子化合物が特定の生体分子に結合する場合、低分子化合物からみた生体分子のことを標的と呼ぶことがある。低分子化合物、又は低分子化合物の基となる化合物(分析対象化合物ともいう)には、薬剤、薬剤候補化合物、生理活性物質、代謝物質、ビタミン、ホルモン、特定の受容体タンパク質に結合するリガンド、タンパク質のアゴニスト、タンパク質のアンタゴニスト、タンパク質翻訳後修飾機構によりタンパク質に結合する化合物等も含まれる。これらには、天然に存在する化合物及びそれらと化学構造が類似するアナログ(類似体)が含まれる。本発明に係る低分子化合物は、ラマン分光において、生体分子と識別可能な散乱ピークを与えるもの、またはラマン標識により生体分子と識別可能な散乱ピークを与えるものであれば、いかなる化合物でもよい。

【0097】
2.2.1 低分子化合物のラマンピーク
特徴的なラマンピークや、細胞中や混合物中に共存する生体分子、特に低分子化合物の標的となる生体分子と識別できるようなラマンピークを有する化合物であれば、これをそのまま低分子化合物として本発明に使用することができる。このような低分子化合物は、そのままラマン分光により検出できるため、蛍光団等による修飾の必要がないという利点がある。また、500~1800 cm-1の範囲で、化合物に由来するラマンピークが認められる領域を「フィンガープリント(指紋)領域」ということがある。

【0098】
2.2.2 ラマン標識
また、特徴的なラマンピークを有しない化合物については、当該化合物に導入しても生体分子との結合に対する影響がきわめて小さい置換基を導入し、これを本発明に係る低分子化合物として使用することができる。このような置換基をラマン標識ともいい、好ましくは前記置換基又はラマン標識はサイレント領域に散乱スペクトルを有するものである。サイレント領域は上記に説明したとおり、生体分子由来のラマンスペクトルにおいてシグナルがほとんど又は全く観察されない波数領域である。前記置換基又はラマン標識はラマン散乱光が比較的強く、標的低分子化合物を検出する際に生体分子由来のラマンピークと異なる波数域に特徴的なピークを示すため、標的である低分子化合物を高感度かつ選択的に検出するのに好都合である。これらは蛍光団等で修飾する必要がなくそのままラマン分光法で検出できる。サイレント領域に散乱スペクトルを有する置換基としては、アルキニル基、ニトリル基(-C≡N)、重水素(C-D、C-D2、C-D3)、ジアゾニオ基(-N+≡N)、イソシアン酸エステル基(-N=C=O)、イソニトリル基(-N+≡C-)、ケテン基(>C=C=O)、カルボジイミド基(-N=C=N-)、チオシアン酸エステル基(-N=C=S)、アジド基(-N=N+=N-)、ジアゾ基(>C+=N-=N)、アルキンジイル基、エチニレン基(-C≡C-)、1,3-ブタジイニレン(-C≡CC≡C-)等を含む化合物が挙げられるがこれらに限定されない(浜口宏夫、平川暁子 編 ラマン分光法(日本分光学会 測定法シリーズ17)も参照されたい)。アルキニル基としては、エチニル基(CH≡C-)、プロパルギル基(CH≡CCH2-、2-プロピニル基ともいう)、ブタ-3-イン-1-イル基(HC≡CCH2CH2-)、ブタ-2-イン-1-イル基(CH3-C≡CCH2-)などが挙げられるがこれらに限定されない。これらはいずれも本発明のラマン標識となり得る。本発明に係る低分子化合物は、好ましくはアルキニル基、ニトリル基、又は重水素を有する。

【0099】
2.2.3 スペーサー
ラマン標識は目的の化合物に直接導入してもよく、又は適当なスペーサー分子を介して目的の化合物に結合させることもできる。例えば目的の化合物にアルキニル基を導入したい場合、アルキニル基を直接導入してもよく、又はフェニル基と結合したアルキニル基(ethynylphenyl基)として導入することもできる。この場合、スペーサー分子はフェニル基である。したがって特定の生体分子に結合するが特徴的なラマンピークを有しない又は生体分子と識別できるようなラマンピークを有しない化合物は、上記置換基を導入することによりラマン標識して、本発明に係る装置又は方法に使用することができる。当業者であれば、適当なスペーサー分子を用いて化合物をラマン標識することができる。スペーサー分子としては、メチレン基(-CH2-)、エチレン基(-CH2CH2-)、プロパン-1,3-ジイル基(-CH2CH2CH2-)、フェニレン基(-C6H4-)、オキシエチレン基(-OCH2CH2-)、オキシプロピレン基(-OCH2CH(CH3)-)等が挙げられるがこれらに限られない。

【0100】
2.2.4 ラマン標識方法
当業者であれば、化合物の構造に鑑み、どの位置にどのようなラマン標識を導入すればよいか、適宜選択することができる。また、有機合成の分野における通常の技術を有する当業者であれば、適宜、ラマン標識された化合物を合成し、本発明に係る低分子化合物とすることができる。具体例を用いて説明すると、当業者であれば、有機合成の分野における通常の技術を用いてカテプシンBの阻害剤であるアシルオキシメチルケトン(AOMK)をアルキンでラマン標識し、AOMK誘導体(以下、RAT8-AOMKともいう)を合成することができる。このRAT8-AOMKはカテプシンBに結合し、その酵素活性を阻害する。RAT8-AOMKのカテプシンB阻害活性はIC50=0.3 μMである。RAT8-AOMK合成は、N-Boc-AOMK(IC50=0.05 μM)を4-ニトロフェニル-4-エチニルベンジルカルボネートと反応させることにより得ることができる。アシルオキシメチルケトン(AOMK)はシステインプロテアーゼ阻害剤として知られている。その原理は、AOMKにより酵素タンパク質の活性中心のシステイン残基が修飾され、プロテアーゼとしての活性が失われる、というものである(図24参照)。
【化1】
JP2014027652A1_000003t.gif

【0101】
そこで当業者であれば、AOMK化合物中のメチルケトン基から離れた部位にラマン標識を導入すれば、システイン残基修飾反応に対してさほど影響を及ぼさないと考え、ラマン標識を導入する位置を決定することができる。また、網羅的に化合物中の任意の位置にラマン標識を導入した「ラマン標識化合物ライブラリー」を作製し、当該ラマン標識化合物ライブラリーについて、所定の生体分子結合活性、例えばタンパク質阻害活性を有するか否かスクリーニングすることにより、種々の候補化合物の中からラマン標識が導入され、かつ標的タンパク質と結合する化合物を選択し、本発明に係る低分子化合物とすることができる。

【0102】
2.2.5 低分子化合物の例
生体分子がタンパク質又はペプチドである場合、本発明に係る低分子化合物としては、そのようなタンパク質又はペプチドに結合する、薬剤、薬剤候補化合物、抗生物質、農薬等の生理活性物質、代謝物質、補酵素等のビタミン、ホルモン、特定の受容体タンパク質に結合するリガンド、タンパク質のアゴニスト、タンパク質のアンタゴニスト、タンパク質翻訳後修飾機構によりタンパク質に結合する化合物等が挙げられる。このような低分子化合物は、好ましくはラマン標識されているか、又は他の生体分子と識別可能な特徴的なラマンスペクトルを有する。一例として、タンパク質カテプシンBに結合する化合物N-Boc-AOMKは、4-ニトロフェニル-4-エチニルベンジルカルボネートによりラマン標識の一種であるアルキン基を導入し、本発明に係る低分子化合物RAT8-AOMKとすることができる。

【0103】
生体分子が核酸である場合、本発明に係る低分子化合物としては、そのような核酸に結合する、プロフラビン、アクチノマイシンD等の二重鎖核酸に対するインターカレート型薬剤、ネトロプシン、デスタマイシン等のグループ結合型の薬剤、カリケミシン等のDNA切断薬剤等が挙げられる。このような低分子化合物は、好ましくはラマン標識されているか、又は他の生体分子と識別可能な特徴的なラマンスペクトルを有する。

【0104】
生体分子が糖である場合、低分子化合物としてはプラディマイシンA、B、C、D,E、FA-1、FA-2,ベナノマイシンA等のレクチン様活性を示す低分子の抗生物質が挙げられる。

【0105】
このような低分子化合物は、好ましくはラマン標識されているか、又は他の生体分子と識別可能な特徴的なラマンスペクトルを有する。

【0106】
また、必ずしも分子量が低いわけではないが、そのような糖に結合する本発明に係る物質としては、R型レクチン、カルネキシン、カルレティキュリン、セレクチン、コレクチン等のC型レクチン、ガレクチン、豆科レクチン、L型レクチン、P型レクチン、アネキシン、シグレック等のI型レクチンからなるレクチン類や糖鎖の特異抗体等が挙げられる。このような物質も、生体分子に結合することから、本発明でいう低分子化合物に包含される。糖に結合する特異抗体は、遺伝子工学的にアルキン修飾されたアミノ酸をタンパク質に組み込むことによりによりアルキン基を導入することができる。

【0107】
生体分子が脂質である場合、本発明に係る低分子化合物としては、そのような脂質に作用する、モネンシン、ラサロシッド、サリノマイシン等のポリエーテル系抗生物質、イソフルラン、セボフラン、デスフルラン等の麻酔剤、ビタミンA(レチノイド)、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等の脂溶性ビタミン等が挙げられる。このような低分子化合物は、好ましくはラマン標識されているか、又は他の生体分子と識別可能な特徴的なラマンスペクトルを有する。

【0108】
ある実施形態において、本発明に係る低分子化合物はラマン標識されたアミノ酸である。別の実施形態において、本発明に係る低分子化合物はラマン標識されたアミノ酸を有する低分子量ペプチドである。図6にアルキン標識ペプチドの一例とそのラマンスペクトルを示す。アミノ酸配列がEQWPQCPTXK(配列番号4)において、Xがイソロイシンであるペプチド(以下、ペプチド1という。図6では(2)。)とXがプロパルギルグリシンであるペプチド(以下、アルキンペプチド1という。図6では(1)。)のラマンスペクトルを示す。アルキン化されたペプチドのスペクトルでは2123 cm-1にアルキン固有のラマンピークが観察されたのに対して、非標識ペプチドではこの領域にラマンピークは観察されなかった。このように本発明に係るラマン分光部は両ペプチドを明確に識別することができる。この原理を利用すれば以下のような態様が可能となる。生理活性のある低分子量ペプチドに着目し、そのうちの1以上のアミノ酸をラマン標識するか、ラマン標識されたアミノ酸で置換したペプチドを用意する。このラマン標識された低分子量ペプチドを使用すると、本発明に係る装置又は方法により、当該ペプチドと結合する生体分子を特定することができる。また、当該ペプチドと生体分子の結合部位を同定することができる。つまり生理活性を有する低分子量ペプチド(例えばペプチドホルモン)の標的を探索でき、その作用部位を同定できる。アルキン化されたペプチドは、固相合成(Fmoc)法により調製することができる。上記の例で説明すると、固相合成法によりリジン(K)の次に付加するアミノ酸をプロパルギルグリシン(X)とし、さらにアミノ酸配列がTPCQPWQEをC末端から順に付加すれば、結果的にアルキン化されたペプチドを得ることができる。別の例として固相合成法でペプチドを合成しておき、当該ペプチド中の任意の側鎖官能基をアルキン化してもよい。

【0109】
2.3 低分子化合物と生体分子との結合
本明細書において低分子化合物と生体分子とが「結合した」という場合、結合には、共有結合、配位結合及び相互作用が含まれ、低分子化合物による生体分子中の特定の部位への結合をいう。共有結合とは、複数の原子が互いの電子を共有することによる化学結合をいう。配位結合とは、結合に関与する原子の一方からのみ電子が提供される化学結合をいう。相互作用とは、2つの分子の間に働く分子間力に基づく作用をいい、イオン間相互作用、水素結合による作用、双極子相互作用、疎水性相互作用、及びこれらの組合せが挙げられる。

【0110】
3. 生体分子と低分子化合物との結合部位の同定方法
生体分子と低分子化合物との結合部位を「同定する」とは、低分子化合物が生体分子のどこに結合しているか、又はどこと相互作用するか、を決定することをいう。本発明に係る装置を使用すると生体分子と低分子化合物との結合部位を同定することができる。

【0111】
生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法は、次の工程を含む。
(1)分画された、低分子化合物と結合した生体分子断片をラマン分光分析に供すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること。

【0112】
この方法では、ラマン分光分析により生体分子断片と結合した低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物由来ラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、生体分子内の前記低分子化合物の結合部位を同定する。

【0113】
この方法の前段階としてまず低分子化合物と生体分子とを結合させ、次いで低分子化合物と結合した生体分子を断片化し、分画することができる。このような分画を上記工程(1)に用いることができる。低分子化合物と生体分子とを結合させるには、例えば無細胞条件下で低分子化合物と生体分子とを混合することが好ましい。

【0114】
3.1 生体分子の断片
本明細書において生体分子の断片とは、高分子化合物である生体分子の結合を1以上の箇所で切断し、より分子量の低い単位にしたものをいう。例えば生体分子がタンパク質である場合、これをプロテアーゼ処理に供してペプチド結合が切断された断片(ペプチド)を得ることができる。プロテアーゼとしては、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、システインプロテアーゼ等が挙げられるがこれらに限定されない。また、臭化シアン、N-ブロモサクシンイミド、ヒドロキシルアミン等により生体分子を化学的に分解することもできる。生体分子がペプチドである場合についても同様である。生体分子がトリグリセリド脂質を含む場合は、これをリパーゼ等の脂質分解酵素での処理に供して分解された断片(脂肪酸)を得ることができる。リパーゼとしてはトリアシルグリセリドリパーゼ、ホスホリパーゼ、リポタンパクリパーゼ、エステラーゼ等が挙げられるがこれらに限定されない。他種の生体分子についても同様である。生体分子が糖であれば、糖を分解する酵素が使用可能であり、α-アミラーゼ、β-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、イソアミラーゼ、プルラナーゼ、マルトトリオヒドロラーゼ、α-グルコシダーゼ、シクロデキストリン、グルカノトランスフェラーゼ、アミログルコシダーゼ、デキストラナーゼ、β‐ガラクトシダーゼ、シアリダーゼ、セルラーゼ、α—マンノシダーゼ、β—マンノシダーゼ等が挙げられるが、これらに限定されない。生体分子が核酸であれば、二重鎖DNAを特異的に切断する制限酵素等のデオキシリボヌクレアーゼ、一重鎖RNA切断酵素のリボヌクレアーゼ等の核酸分解酵素で処理し、核酸断片を得ることができる。断片化とは、適当な分解酵素や物理的又は化学的処理により生体分子をより分子量の低い断片に分解することをいう。断片化は上記のような酵素処理や化学的処理により行うことができる。当業者であれば適宜、用いる酵素や化合物等を選択し、処理条件を決定することができる。

【0115】
3.2 生体分子と低分子化合物との結合部位を同定するための構成
生体分子と低分子化合物との結合部位を同定するための装置の例を図18に示す。装置の構成としては、HPLCがUV検出器に連結され、これがスポッターに連結され、次にこれがラマン分光部に連結され、次いでこれが質量分析部に連結されている。この装置は、本発明に係る生体分子と低分子化合物との結合部位を同定する方法に使用することができる。この方法について図18を参照しながら説明すると、まず生体分子(例えばタンパク質)を低分子化合物と結合させる。次いでこれを適当なプロテアーゼ処理により断片化(消化)する。得られた断片(ペプチド)の混合物を試料分離部のHPLCで分画し、UV検出器で検出してUVクロマトグラムを得る。次にそれぞれの画分をMALDI用プレート上にスポッティングする。配列されたペプチドアレイをラマン分光分析に供し、ラマン強度にしたがってマッピングする。ラマンシグナルを示した画分をMALDI-MSに供して質量分析を行うことで、低分子化合物が結合したペプチドが特定でき、これにより低分子化合物と生体分子との結合部位が同定できる。

【0116】
3.2.1 カテプシンBとRAT8-AOMKの結合解析
結合部位の同定について具体例を用いて説明する。本発明者らは3.の方法を用いて生体分子カテプシンBと低分子化合物RAT8-AOMKの結合部位を解析した。RAT8-AOMKはアルキン標識されたカテプシンB阻害剤である。図19-1上段では結合解析の手順を模式化した。図19-1上段に示すように、まずRAT8-AOMKをカテプシンBに結合させ、次いでこれをプロテアーゼ処理により断片化(消化)する。HPLC分画を経て、プレートに画分をスポッティングし、スポットを乾燥させた後、ラマン分光分析を行う。図19-2の左にアルキン強度の分布が模式的に示されており、強度の高い画分を質量分析に供する。質量分析により種々のペプチドの質量スペクトルが得られ、これを解析することで、どのペプチド断片にRAT8-AOMKが結合しているか特定でき、これによりRAT8-AOMKがカテプシンBに結合している部位を同定できる。

【0117】
また、スクリーニングは低分子化合物自身のラマンピークでも可能である。本発明に係る装置又は方法では、低分子化合物自身のラマンピークでスクリーニングが可能であり、どの画分に低分子化合物が含まれているか検出できる。したがって図18をはじめ、本明細書及び図面において便宜上試料分離部がUV検出器を有する構成を例示したが、試料分離部のUV検出器は本発明に係る装置又は方法に必須ではなく、低分子化合物の検出はラマン分光部でも可能である。

【0118】
3.3 質量分析結果と生体分子に関する質量情報との照合
本明細書において質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と「照合」して、生体分子内の前記低分子化合物の結合部位を同定する、とは、タンパク質の例で説明すると、取得されたペプチド断片の質量スペクトル結果が、当該ペプチドが由来するタンパク質の一部に相当する領域の計算上の質量と一致するか否か判断することにより、低分子化合物がタンパク質中のどこに結合しているか結合部位を同定することをいう。当業者であれば、必要に応じてタンパク質、ペプチド、核酸、脂質や糖のような生体分子に関する情報をDDBJ / NIG、EMBL / EBI、GenBank / NCBI、NIAS DNA Bank、PIR、SWISS-PROT & TrEMBL、GenPept、PRF、日本糖鎖科学統合データベース(JCGGDB)、LipidBank等の適当な公知のデータベースから取得することができる。また、アミノ酸配列が一致しているか否かはMascot(Matrix Science Inc.)等のソフトウエアを用いて決定することができる。さらに、MS/MS解析により、低分子化合物の結合アミノ酸を確認することもできる。

【0119】
4. 低分子化合物と結合する生体分子を特定するスクリーニング方法
本発明に係る装置を使用すると、低分子化合物と結合する生体分子を特定することができる。本発明に係る低分子化合物と結合する生体分子を特定するスクリーニング方法は、以下の工程を含む。
(1)低分子化合物と結合した生体分子を含む画分をラマン分光分析に供し、前記低分子化合物と結合した生体分子を含む画分を検出すること、及び
(2)ラマン分光分析に供した画分の全部又は一部を質量分析に供すること。

【0120】
この方法ではラマン分光分析により低分子化合物由来のラマンピークを有する画分を検出し、低分子化合物に由来するラマンピークを有する画分の質量分析結果を取得し、これを生体分子の質量情報と照合して、前記低分子化合物に結合する生体分子を特定する。

【0121】
例えば工程(1)の前段階として、まず目的の生体分子を含む混合物に低分子化合物を添加して低分子化合物と生体分子とを結合させ、次いでこれを試料分離手段により分画することができる。分離されたこのような画分を工程(1)に使用できる。

【0122】
4.1 生体分子について
本発明に係るスクリーニング方法及び結合部位同定方法は、タンパク質、ペプチド、核酸、糖、脂質を含む種々の生体分子に用いることができる。

【0123】
4.1.1 タンパク質について
本発明に係るスクリーニング方法はタンパク質のスクリーニングに使用することができる。例えば全ゲノムの塩基配列が解読されている生物又はウイルスについて、ある薬剤活性を有する低分子化合物が、当該生物又はウイルス中のどのタンパク質と結合し作用するかスクリーニングする場合、上記方法を実施すると、前記低分子化合物と結合するタンパク質の質量分析結果が得られる。また、前記低分子化合物と結合するタンパク質を、プロテアーゼ処理により分解し、ペプチドに断片化した後質量分析を行うと、当該ペプチド断片の質量情報が得られる。さらに、MS/MS分析にかけることで、ペプチドのアミノ酸配列が決定できる。得られたアミノ酸配列を、解読されている全ゲノム配列中にコードされているあらゆるタンパク質の配列情報と照合し、前記低分子化合物と結合するタンパク質を特定することができる。ペプチドについても同様である。さらに、上記「3.生体分子と低分子化合物との結合部位の同定方法」を用いると、その結合部位を同定することもできる。他の生体分子、例えば核酸、糖又は脂質についても同様であり、ある試料中に含まれる種々の核酸、糖又は脂質について網羅的な質量情報がある場合に本発明に係る上記方法を実施すると、低分子化合物と結合する核酸、糖又は脂質の質量分析結果が得られ、これを前記網羅的な質量情報と照合して、低分子化合物と結合するものを特定することができる。以下、これらについて説明する。

【0124】
4.1.2. 核酸について
本発明に係る方法は核酸に使用することもできる。例えばある細胞の種々の核酸分子の情報がある場合において、低分子化合物がどの核酸分子と結合するか決定したいときは、本発明に係る方法を実施して、前記低分子化合物と結合する核酸分子の質量情報を得ることができる。またMS/MS分析を行うことによって核酸を順次分解したものの質量スペクトルを得ることもでき、これを前述の質量情報と照合して前記低分子化合物がどの核酸分子と結合するか特定できる。また、結合した核酸を特定した後、本発明に係る方法を実施してその結合部位を決定することもできる。

【0125】
4.1.3 糖について
本発明に係る方法は糖に使用することもできる。例えばある病原菌の複数の莢膜多糖類の構造が解明されている場合において、低分子化合物がどの莢膜多糖類と結合するか決定したいときは、本発明に係る方法を実施して、前記低分子化合物と結合する莢膜多糖類の質量情報を得ることができる。またMS/MS分析を行うことによって多糖類を順次分解したものの質量スペクトルを得ることもでき、これを前述の質量情報と照合して前記低分子化合物がどの莢膜多糖類と結合するか特定できる。また、結合した莢膜多糖類を特定した後、本発明に係る方法を実施してその結合部位を決定することもできる。

【0126】
4.1.4 脂質について
本発明に係る方法は脂質にも使用可能である。例として、細胞の脂質二重膜を構成する分子に関する網羅的な情報がある場合に、低分子化合物がどの脂質分子と結合するか決定したいときは、本発明に係る方法を実施して、前記低分子化合物と結合する脂質分子の質量スペクトルを得ることができる。これを前記脂質に関する網羅的な情報と照合して、前記低分子化合物がどの脂質分子と結合するか特定できる。また、結合した脂質分子を特定した後、本発明に係る方法を実施して、その結合部位を決定することもできる。

【0127】
本明細書では低分子化合物としてRAT8-AOMKを使用し、生体分子としてタンパク質カテプシンBを使用した系を代表的な実施例として記載した。しかしながら、本発明に係る装置及び方法の適用対象となる生体分子は、その原理上、タンパク質に限定されない。なぜならば細胞の他の構成要素である核酸、糖、脂質についても、サイレント領域は基本的に同一であり、よって適当なラマン標識を低分子化合物に用いれば、原理的に、サイレント領域を有する核酸、糖、脂質の混合物中から、低分子化合物と結合した核酸、糖、脂質をラマン分光分析により識別することが可能だからである。ここで、HeLa細胞のラマンスペクトルを図32に示す。1800~2800 cm-1という領域にラマンピークは特に見られず、サイレント領域は細胞破砕液においても同一の範囲であることがわかる。非特許文献1も参照されたい。

【0128】
より具体的に説明すると、生体内には炭素-炭素三重結合はほとんど存在せず、よってサイレント領域に出現するアルキンのラマンピークはサンプルが生体由来であればどのような測定対象であっても検出可能である。したがって本発明に係る装置及び方法は、アルキンのようなサイレント領域にピークを有する基をラマン標識として使用すると、核酸、糖、脂質といった生体分子にも適用可能である。

【0129】
4.2 分析する低分子化合物と結合した生体分子の調製
低分子化合物と結合した生体分子を含む溶液は、細胞に低分子化合物を取り込ませ、細胞内の生体分子と結合させ、該細胞を破砕することにより調製することができる。また、低分子化合物と結合した生体分子を含む溶液は、細胞を破砕し、次いで細胞破砕液に低分子化合物を加え、細胞内の生体分子と結合させることにより調製することもできる。

【0130】
4.3 液体クロマトグラフを利用した分画
本発明に係る方法に用いる試料は、分離溶媒として低沸点極性溶媒及び水を用いる液体クロマトグラフにより分画したものであってもよい。低沸点極性溶媒は1.1.1に記載したとおりである。

【0131】
4.4 プレートを利用したスポットの調製とスポッティングの効果
本発明に係る方法に関し、ラマン分光分析しようとする画分は、そのままの液滴とし又は溶媒と混合した液滴とし、前記液滴を適当なプレート上に配列すること、及び前記液滴に含まれる溶媒を蒸発させることによりラマン分光分析に供するスポットを調製することができる。溶媒の蒸発によりスポットを調製すること、及びラマン分光分析をラマン顕微鏡にて行うことから、プレートは清浄化された面を有することが好ましい。プレートの面が清浄化されているとは、ラマン分光分析の支障となるような液体、固体汚染物、無機、有機不純物、指紋、ゴミ、曇り、キズなどが面の上にないことをいう。清浄化は、水、界面活性剤を含む水性洗浄剤、又は有機溶媒によりプレート表面を洗浄し、その後プレートを乾燥させることにより行うことができる。また、用いるプレートは好ましくは、撥水面を有する。プレートの撥水面が清浄化されていればさらに好ましい。撥水とは水をはじくことをいい、プレートの撥水面とは、プレートの水をはじく面をいう。撥水面は、例えばプレートにフッ素系撥水剤やシリコーン系撥水剤のような水より著しく表面張力の小さい撥水剤を塗布する処理により実現することができる。撥水面を有するプレートは金属、ガラス、石英、フッ化カルシウム又はフッ化マグネシウム製のプレートであってもよく、好ましくはラマン分光分析及び質量分析の結果に影響をほとんど又は全く及ぼさないものである。液滴のプレート上への配列は、マイクロピペットを用いて行うことができる。この操作は手動で又は自動化された装置により行うことができる。プレートとしては当技術分野で広く用いられている96ウェルプレートや384ウェルプレート等が挙げられるが、これらに限られない。プレート上への分画試料のスポッティングの例を図13に示す。図13左では、HPLCで分画した溶液を送液し、これをプレート上にスポッティングする。スポッティングの順番はあくまで一例である。図13右下に示すように、基板上の液滴が乾燥するに伴い、溶液中のペプチドが環状に凝集する。このリング部分をラマン顕微鏡で分析すると効率よく、高感度でラマンスペクトルを得ることができる。

【0132】
4.4.1 ラマン顕微鏡用プレート
ラマン分光分析及び質量分析は、市販のプレートを用いて行ってもよいが、ラマン顕微鏡の試料ステージに適合する顕微鏡用基板固定プレートを作製して用いることもできる。図14及び図15-1に本発明に係る装置に使用可能なプレートの例を示す。図14の左上には顕微鏡用基板固定プレートを示す。写真はマルチスポット金属基板を背面からみたものである。図14の左下はラマン顕微鏡の試料台を示す。図14の右は試料台に顕微鏡用基板固定プレートを装着した状態である。この状態でラマン分光分析を行う。目的のラマンピークを有するスポットを検出することをラマンスクリーニングともいう。

【0133】
本発明に係る装置及び方法では、ラマン分光分析を行った試料の画分は、次に質量分析に供されるため、ラマン分光分析に用いたプレートは、そのまま質量分析計で解析できるものであることが好ましい。そこで本発明者らはスポットされた試料のラマン分光、質量分析をスムーズに行うプレートを開発した。その一例を図15-1~図17に示す。このプレートを用いると、ラマン分光部でスクリーニングした試料をそのまま質量分析部で解析することができる。図16ではラマン計測に有利な石英基板をそのままMALDI-MS測定に利用できることを確認した。図16の左上では、左のスポットがアルキンペプチド1であり、右のスポットがペプチド1である。図16の左下では左の矢印がアルキンペプチドのスポットを指しており、右の矢印がペプチド1のスポットを指している。図16右上はアルキンペプチド1及びペプチド1のラマンスペクトルであり、2123 cm-1におけるラマンピークの有無により両試料を識別することができる。また図16右下がMALDI-MS測定結果であり、アルキンペプチド1と、非標識のペプチド1の質量差がスペクトルから確認でき、計算上の値とよく一致する。この結果は図6及び7に対応する。図7及び図16右下の質量スペクトルからは、同一試料をラマン分光分析した後、そのままMALDI法で分析できることが確認された。図17には全面が石英でできたマルチスポット基板を示す。基板は塩酸、硫酸または硝酸等により処理後、水洗により酸除去し、アセトン等低沸点溶媒により洗浄、乾燥する。基板は、表面の清浄性が必要であるが、さらに生体物質が高密度で凝集できるように撥水性であることが好ましく、ラマンスペクトルのサイレント領域にシグナルが認められないジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン等のシリコーン系撥水剤やフッ素系撥水剤等により撥水処理を行い、製造することができる。基板は、図17左下に示すように、磁石で台座に固定する。このプレートは、本発明に係る方法及び装置に用いることができる。

【0134】
5. 本発明の利用法
本発明において、試料を試料分離部の液体クロマトグラフ又はキャピラリー電気泳動装置により分画後、その試料を直接ラマン分光部に用いることが従来の技術にない特徴であり、これにより、特定の生体分子或いは断片を容易に検出又は分離し特定することができる。さらに、ラマン分光部は質量分析部と連結されているため、ラマン分光分析により特定された画分をそのまま後続する質量分析計により解析することができ、これにより生体分子の配列決定や低分子化合物との結合部位の同定が簡便にできる。配列決定とは、例えば生体分子がタンパク質又はペプチドの場合はアミノ酸配列の決定をいい、生体分子が多糖類の場合は多糖類を構成する糖の配列の決定をいう。

【0135】
本発明に係る装置又は方法は、タンパク質の翻訳後修飾の解析にも使用することができる。例えばあるタンパク質が翻訳された後、ファルネシル基やパルミトイル基のような脂質により特定の部位で(例えばパルミトイル基であればシステイン残基で)修飾される場合、前記脂質をラマン標識して本発明に係る低分子化合物とし、これを本発明に係る装置又は方法に用いると、ラマン標識された脂質と結合するタンパク質を特定することができ、さらにその結合部位も特定できる。ラマン標識された脂質は細胞に取り込ませて標的タンパク質と結合させてもよく、又は細胞破砕液に加えて標的タンパク質と結合させることもできる。従来法では、脂質を蛍光団で修飾すると、タンパク質翻訳後修飾の細胞メカニズムでは当該蛍光修飾脂質が認識されず、その後の分析ができないという問題があった。改良法として脂質を細胞に取り込ませ、その後これをクリック反応を用いて蛍光団で修飾し、蛍光分析により当該脂質に結合するタンパク質を特定する報告例(非特許文献4)や、脂質にクリック反応でビオチンタグを導入し、ストレプトアビジンで検出する報告例もある(非特許文献5)。しかしながらこれらの方法では複雑なハンドリングや非特異的反応の問題、反応操作による標的タンパク質のロスの問題があった。これに対して本発明に係る装置又は方法を用いると、タンパク質翻訳後修飾の細胞メカニズムにほとんど又は全く影響を及ぼさないラマン標識された脂質を使用し、前記ラマン標識脂質と結合する生体分子を特定でき、その結合部位を同定できる。タンパク質翻訳後修飾が糖による修飾の場合も同様である。

【0136】
6. 本発明の有利な効果
以上をまとめると、本発明に係る装置及び方法は、網羅的に生体分子を探索して低分子化合物と結合するものを特定し、又は生体分子と低分子化合物との結合部位の同定を行うことができる。本発明は化合物自身のラマンピーク、又はアルキニル基等特徴的なラマンピークを有するラマン標識により、低分子化合物を選択的に高感度で検出することができる。

【0137】
本発明に係る方法では、低分子化合物をそのまま用いるか、又は分析対象化合物に付加するタグの分子量を低く抑えることができ、大きな蛍光団を使用する従来の蛍光標識法と比較して、低分子化合物の生化学的特性を変化させずに、標的となる生体分子を特異的に識別・検出でき、特定できる。また本発明に係るラマン分光分析を行うと、低分子化合物のみならず生体分子由来の分子振動情報も得られるため、低分子化合物と生体分子との共存を確認できるという従来技術にはない利点がある。

【0138】
さらに、従来のアルキンタグをクリック反応と組み合わせた方法(非特許文献2等)では、クリック反応操作に関連する目的物質のロスがあり、また非特異的反応が生じる等の問題があった。これに対し、本発明に係る方法ではアルキンタグ自身をラマン分光法で分析できることから、従来法が内包していた目的物質のロスや非特的反応等の問題は解消される。

【0139】
さらに、本発明の凝集促進剤を用いたSERS法は、測定感度が上昇し、検出限界が改善されるという特徴を有する。また、本発明の凝集促進剤を用いたSERS法では、凝集体の分布が均一化されるため、測定する試料の量とSERSシグナルとの相関性が向上しており、測定のばらつきが抑制され、ラマン測定の弱点である長時間の測定を短縮化することができる。
【実施例】
【0140】
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0141】
材料及び方法について説明する。他の材料や試薬は特に断らない限り、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
【実施例】
【0142】
[材料]
液体クロマトグラフィーでの試料分離のためのトリフルオロ酢酸(TFA)は和光純薬工業株式会社から、0.1 %ギ酸を含有する蒸留水、及び0.1 %ギ酸(FA)を含有するアセトニトリル(MeCN)は関東化学株式会社から入手した。なお、セミマイクロHPLCのためのアセトニトリル及び蒸留水については、ナカライテスク社から入手した。
【実施例】
【0143】
[実験手法]
<液体クロマトグラフィー>
液体クロマトグラフィーの一例は次のとおりである。試料を用意し、UV検出器を備えたHPLC (Ultimate3000、 DIONEX)に注入し、フラクションコレクター(Probot、 DIONEX)で分画した。流速は50 μl/分とした。必要に応じて、分離溶媒に0.1 % TFAを含む蒸留水—アセトニトリル混合溶媒を用い、アセトニトリル濃度勾配をかけた。
【実施例】
【0144】
<ラマン分光分析>
測定条件の一例は次のとおりである。波長:532 nm、 レーザー強度: 30 mW、 露光時間: 30秒、対物倍率: 40倍、開口数:0.75、乾燥空気中、 照射: 点照射。レーザーの焦点は、ペプチドが高度に濃縮されているリング領域(乾燥・凝集して粉体の状態)に合わせる。各スポットについて5回反復してスペクトルを取得し、平均化して1つのスペクトルを得た。
【実施例】
【0145】
<MALDI-Orbitrap>
MALDI質量スペクトルは、MALDIイオン源を備えたLTQ Orbitrap XL (Thermo Fisher Scientific社)を用いて取得した。サンプルは、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)又は2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB) (Bruker社)と混合した。MALDI質量スペクトルはFTモードにより取得した(分解能30,000又は60,000)。こうしたスペクトルは手動で取得した。パラメーターは次のとおりである。スキャン範囲: m/z 800-4000、 レーザーエネルギー(μJ): (CHCAについては)2-4又は(DHBについては)6-8。
【実施例】
【0146】
<ナノフローHPLC-エレクトロスプレーイオン化質量分析(ナノLC-MS)>
本発明に係るLC-R-MSと比較するために、LC-MSを次の手順で行う。ナノLC-MS及びMS/MSは、ESIイオン源を備えたLTQ Orbitrap XL(Thermo Fisher Scientific)を用いて取得した。ナノHPLCシステム(Ultimate 3000, DIONEX), トラップカラム(ZORBAX 300SB C18 (内径0.3 × 5 mm), Agilent)及びtip column (NTCC-360、内径0.075 mm、日京テクノス)を用いた。移動相Aは、0.1%ギ酸、4%アセトニトリルを含む蒸留水であり、移動相Bは0.1%ギ酸を含むアセトニトリルであった。サンプルを0.1% TFA又は適当な濃度の n-デシル-β-D-グルコピラノシド (DG) (MP Biomedicals)で希釈し、200 nL/分の流速で移動相Bが0-80%/30分のグラジエント法を用いて溶出させた。ESI質量スペクトルはFTモードで取得し(分解能60,000)、MS/MSスペクトルはイオントラップモードで取得した。
【実施例】
【0147】
タンパク質又は修飾されたペプチドを同定するためのデータベース検索は、ペプチド配列決定プログラム(Protein Discoverer, Thermo Fisher Scientific)を用いてデータベースMS/MSイオン検索(MatrixScience社のmascot検索エンジン)により行った。
【実施例】
【0148】
[実施例1]
ラマン標識を有する低分子化合物のラマン分光分析
アミノ酸配列がEQWPQCPTXK(配列番号4)である低分子量ペプチドにおいて、XがイソロイシンであるペプチドとXがプロパルギルグリシンであるペプチドを合成した。以下、本実施例において前者をペプチド1、後者をアルキンペプチド1と呼ぶ。ペプチド1は、固相合成(Fmoc)法により合成した。同様にアルキンペプチド1も固相合成法により合成した(いずれのペプチドも(独)理化学研究所脳科学総合研究センターにおいて合成)。プロパルギルグリシンは市販品を用いた。これらの構造を図6の上段に示す。
【実施例】
【0149】
アルキンペプチド1を液体クロマトグラフで分画した後、ラマン分光分析に供した結果を図8-1、図8-2に示す。液体クロマトグラフィーとラマン分光分析は上記[実験手法]に記載した手法及び条件で行った。まず液体クロマトグラフィーで保持時間に応じて試料を分画した。これをUV検出器で測定した結果が図8-1のAである。この結果を拡大した図8-1のBでは28~29分にUVピークが見られ、ペプチドが検出された。図8-2のDに画分番号1~17のラマンスペクトルを示す。画分番号7~8にアルキンに特徴的なラマンピークが観察された。このようにUV分光分析とラマン分光分析の結果は一致しており、ラマン分光分析によりアルキン標識ペプチドを検出できることが示された。
【実施例】
【0150】
次に、ペプチド1とアルキンペプチド1を個別にラマン分光分析し、そのスペクトルを重ね合わせた結果を図6下段に示す。実験条件は、上記[実験手法]に記載したとおりであった。また、試料は粉体であった。図6下段を見ると、アルキンペプチド1のスペクトル(1)では2123 cm-1にアルキン固有のラマンピークが観察されたのに対して、非標識のペプチド1ではこの領域にラマンピークは観察されなかった((2))。このようにペプチド1とアルキンペプチド1のラマンスペクトルは明確に区別できた。
【実施例】
【0151】
次に、ラマン分光分析に供した上記のペプチド1とアルキンペプチド1の試料をそのまま質量分析法により解析できることを確認した。実験条件は、上記[実験手法]に記載したとおりであった。ラマン分光分析に供した試料の質量分析結果を図7に示す。m/z 1211付近にアルキンペプチド1のピークが検出され、m/z 1229付近にペプチド1のピークが検出された。
【実施例】
【0152】
次に混合物中に含まれるアルキンペプチド1と非標識のペプチド1を分離できるか確認した。図9に、本発明に係る方法を用いて混合物中からアルキン標識ペプチドと非標識ペプチドを分離した結果を示す。まず液体クロマトグラフィーで保持時間に応じて試料を分画した。これをUV検出器で測定した結果が図9-1Aである。この結果を拡大した図9-1BではUV(280 nm)ピークが31分と33.2分に観察された。これらの画分をラマン分光した結果を図9-3Gに示す。画分3、4ではラマンピークが観察され、画分12、13では有意のピークは観察されなかった。したがって図9-1Bにおける31分のピーク(画分3、4)がアルキン標識ペプチドに帰属され、33.2分のピーク(画分12、13)が非標識ペプチドに帰属される。これらの結果は、画分4及び12の質量分析の結果(それぞれ図9-2D及びE)とも合致する。実験条件は、上記[実験手法]に記載したとおりであった。
【実施例】
【0153】
[実施例2] 低分子化合物RAT8-AOMKの調製
(S)-3-(2-((((4-エチニルベンジル)オキシ)カルボニル)アミノ)-3-フェニルプロパンアミド)-2-オキソプロピル2,6-ジメチルベンゾエート)(以下、RAT8-AOMKという)は、次の手順により調製した。
【実施例】
【0154】
NBoc-AOMK合成
メチルエチル2-(2-((tert-ブトキシカルボニル)アミノ)-3-フェニルプロパンアミド)アセテート (2.0 g, 5.7 mmol)のTHF(29 ml)及びメタノール(29 ml)溶液に19 mlの10%水酸化ナトリウムを加え、10℃で10分間撹拌した。反応後7.5% 塩酸で中和し、ジクロロメタンで6回抽出した。減圧下に溶媒除去後THF (27 ml)溶液とし、N-メチルモルホリン(970 μl, 8.8 mmol)及びクロロギ酸イソブチル(1.05 ml, 8.1 mmol)を加え、10℃、30分間撹拌後、ジアゾメタン/ジエチルエーテルを加えた。3時間以上室温にて撹拌し、33% HBrの酢酸 (10.5 ml) 及び水 (10.5 ml)溶液を滴下し、0 ℃、10 分間撹拌した。反応を水飽和のNaHCO3及び酢酸エチルで停止し、酢酸エチルで2回抽出し、硫酸マグネシウムで乾燥した。有機層を減圧下で濃縮後、酢酸エチル/ヘキサン(2/1)溶媒を用いてシリカゲルカラムで精製し、無色、非結晶状のブロモメチルケトン(1.55 g、 57%)を得た。
【実施例】
【0155】
ブロモメチルケトン(1.5 g、3.76 mmol)/DMF (9.4 ml)溶液に、KF(874 mg、 15.0 mmol)及び2,6-ジメチル安息香酸(733 mg、 4.89 mmol)を加え、室温で24時間撹拌反応した。DMFを減圧留去後、ジクロロメタン及び水を加え、分離後水層をジクロロメタンで2回抽出した。有機層を減圧下で濃縮後、酢酸エチル/ヘキサン(2/1)溶媒を用いてシリカゲルカラムで精製し、無色、非晶質のNBoc-AOMK (952 mg、54%)を得た。
【実施例】
【0156】
[α]D26- 3.03 (c 0.760, CHCl3)
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ: 7.31-7.19 (6H, m), 7.04 (2H, d, J = 7.7 Hz), 6.83 (1H, brs), 5.11 (1H, d, J = 7.8 Hz), 4.88 (2H, s), 4.47 (1H, brs), 4.21 (2H, m), 3.10 (2H, m), 2.37 (6H, s), 1.39 (9H, s)
13C-NMR (100 MHz, CDCl3) δ: 198.6, 171.8, 168.9, 155.4, 136.4, 135.5, 132.1, 129.8, 129.2, 128.6, 127.7, 127.0, 80.3, 66.6,
55.6, 46.6, 38.2, 28.2, 19.8
MS (ESI) m/z値: 491 [(M+Na)+]
HRMS (ESI) 計算値 C26H32N2O6Na: 491.2153(実測値: 491.2165)。
【実施例】
【0157】
RAT8-AOMK合成
N-Boc-AOMK (83 mg、177 μmol)のジクロロメタン (0.75 ml)溶液にトリフルオロ酢酸を加え30分間撹拌した。溶媒を減圧除去し、THF(0.74 ml)溶液として4-ニトロフェニル-4-エチニルベンジルカルボネート(35 mg、118 μmol)、 N,N-ジイソプロピルエチルアミン(160 μl、1.6 mmol)及び4-ジメチルアミノピリジン(14 mg、0.12 mmol)を加えて室温で2時間撹拌した。反応後、水及び酢酸エチルを加え、水層と有機層を分離し、水層を2回酢酸エチルで抽出し、硫酸マグネシウムで乾燥した。有機層を減圧下で濃縮後、シリカゲルカラムで精製した。続いてゲルろ過し、無色、非晶質のRAT8-AOMK (34.7 mg、 56 %)を得た。
【実施例】
【0158】
[α]D23+ 0.66 (c 0.915, CHCl3)
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ: 7.43 (2H, d, J = 8.3 Hz), 7.28-7.16 (8H,m), 7.04 (2H, d, J = 7.8 Hz), 6.75 (1H, brs), 5.50 (1H, brd, J = 7.2 Hz), 5.06 (1H, d, J = 12.7 Hz), 5.00 (1H, d, J = 12.7 Hz), 4.86(2H, s), 4.53 (1H, m), 4.17 (2H, m), 3.09 (2H, m), 3.09 (1H, s), 2.36 (6H, s)
13C-NMR (100 MHz, CDCl3) δ: 198.6, 171.3,169.0, 155.8, 136.8, 136.1, 135.6, 132.2, 132.1, 129.9, 129.2, 128.7, 127.7, 127.7, 127.1, 121.9, 83.2, 77.6, 66.6, 66.5, 56.0, 46.5,38.4, 19.9
MS (ESI) m/z値: 549 [(M+Na)+]
HRMS (ESI) 計算値C31H30N2O6Na: 549.1996(実測値: 549.2012)。
【実施例】
【0159】
[実施例3] RAT8-AOMKによるカテプシンBの標識
RAT8-AOMK標識されたカテプシンBを含む試料ロットFL-S10は次の手順で調製した。カテプシンB (6 μg, 約200 pmol, CALBIOCHEM カタログ番号219362)を300 μlの標識バッファー(50 mM酢酸(pH 5.6), 5 mM MgCl2, 2 mM ジチオトレイトール(DTT))中に溶解させた。これを室温で15分静置した後、3.0μlのジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した2 mM RAT8-AOMKを3 μl加えた。この混合物を37℃で3時間インキュベートした後、タンパク質(カテプシンB)をTCA沈殿法により沈殿させた。得られた沈殿を20 μlの変性バッファー(7 M グアニジン塩酸塩(GuHCl)), 1M Tris-HCl (pH 8.5))に溶解させ、37℃で1時間インキュベートした。DTT及びヨードアセトアミド(IAA)による還元とアルキル化の後、1.5 μlのトリプシン(100 ng/μl)を試料に添加し、37℃で数時間インキュベートした。ロットFL-S10を下記で、最終サンプルとよぶことがある。最終サンプルの9/10をスポッティング実験に使用した。
【実施例】
【0160】
[実施例4] RAT8-AOMK及びRAT8-AOMK標識カテプシンBのラマンスペクトルの測定
調製したRAT8-AOMK試料そのもの、及びRAT8-AOMK標識カテプシンBを含む試料そのもののラマンスペクトルを測定した。
【実施例】
【0161】
ラマン分光はラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社、Raman-11)を用いて行った。レーザー光源は波長532 nmのレーザーを用いた。レーザーの強度は、対物レンズ透過後の試料面で30 mWであり、露光時間は30秒であった。倍率40倍、開口数0.75の対物レンズを用いた。レーザーの照明パターンはポイント照明を選択した。710~3100 cm-1の波数範囲のラマンスペクトルを取得した。
【実施例】
【0162】
SERSのために40 nm銀ナノ粒子Silver: 25 μl of silver colloids (40 nm、 EMSC40、ブリティシュ バイオセル インターナショナル製) を使用した。
【実施例】
【0163】
ラマン分光分析の結果を図25及び図26に示す。RAT8-AOMK自身のラマンスペクトルを分析したところ、図25の右上に示されるように、アルキン由来のラマンピークが2100 cm-1付近に観察された。図25下段では、種々の試料濃度でのラマンスペクトルを示す。また、RAT8-AOMK標識カテプシンBのラマンスペクトルを分析したところ、図26の右上に示されるように、アルキン由来のラマンピークが2109 cm-1付近に観察された。また、図26下段には、種々の試料濃度でのラマンスペクトルを示すが、アルキン由来のピークの他、タンパク質由来のラマンピークも同時に確認された。
【実施例】
【0164】
銀ナノ粒子を用いたSERSの結果を図12に示す。直径40 nmの銀ナノ粒子を用いるとRAT8-AOMKのラマンピークの強度が103以上増大した。露光時間は10 秒であった。図12左において強度の低いスペクトルが銀粒子を使用しなかったものであり、強度の強いスペクトルが銀粒子を使用したときに得られたものである。図12中央も同様である。銀ナノ粒子は、EMSC40(ブリティシュ バイオセル インターナショナル製)を使用した。これと等重量のエタノールとを混合した混合液0.5 μlをガラス基板に滴下し、乾燥後その上にDMSOに溶解したRAT8-AOMK溶液0.5 μlを滴下し、SERS測定を行った。
【実施例】
【0165】
[実施例5] 液体クロマトグラフィー
<ナノLC-Probot>
上記の方法で調製した試料ロットFL-S10を凍結乾燥させ、26 μlの水に溶解させた。試料26 μl中の25 μlをUV検出器 (MU701、 GL science)を備えたナノLC(NanoFrontier nLC、 Hitachi社製)に注入し分画した。流速は250 nL/分とした。画分はフラクションコレクター(Probot、 Dionnex)を用いて20 秒/スポットというスポッティング速度でMALDI用プレート(ITOP plate, Thermo)にスポッティングした。UVクロマトグラムの結果を図20のAに示す。図20のCは画分をスポッティングした順番を示す。図20Aに示されているとおり画分番号35~75にUV吸収が観察された。この範囲について、次にラマン分光分析及び質量分析を以下の手順で行った。
【実施例】
【0166】
[実施例6] スポッティングした濃縮RAT8-AOMK標識カテプシンBのMALDI質量スペクトル分析
濃縮RAT8-AOMK標識カテプシンB(ロットFL-S10)を含む溶液をナノLC-UV-probotによりMALDI用プレートにスポッティングした(250 nl/分、20 秒/ウェル、約200 pmol)。図27にMALDI用プレートにスポッティングした画分番号1~94の明視野像を示す。スポットでは乾燥工程により溶媒を蒸発させ、試料を濃縮した。この濃縮されたRAT8-AOMK標識カテプシンBを含む試料ロットFL-S10をラマン分光法により測定した。複数のスポットからアルキンシグナルが検出されたので、MALDI-Orbitrap装置を用いて同じ標的プレートから質量スペクトルを手動で取得した。
【実施例】
【0167】
<ラマン分光分析>
ラマン分光分析は、実施例5に記載のように行った。結果は図21及び23に示す。
【実施例】
【0168】
<MALDI MS分析>
マトリクス: DHB
質量範囲: m/z800-4,000
質量スペクトル取得モード: フーリエ変換(FT)、分解能30,000、レーザーエネルギー 5~8μJ
<LCによる試料の分離及びUVでの検出>
ナノLC-UV-probotを用いてRAT8-AOMK標識カテプシンBの断片を含む試料を分画した。ナノLCに注入した試料のUVクロマトグラム結果を図20Aに示す。便宜上、保持時間30分~60分の領域を拡大して示す。UV検出は214 nmにて行った。使用した溶媒は水-アセトニトリルであった。この実験ではアセトニトリル濃度(勾配)を60分で5%から80%へと線形に増大させた。カテプシンBの出発量は200 pmol (3 μg)であった。最終サンプル(ロットFL-S10)の9/10をナノLCに注入した。これらの画分をMALDI用プレートにスポッティングした。LCでの溶出時間が30分である時点から開始して、20秒間隔で画分を回収し、これらの画分をスポッティングした。合計の画分数は94であった。図20AではUVクロマトグラムでの保持時間と画分番号の関係を示す。その下にアルキン(2107 cm-1)のピーク強度をプロットしたラマンスペクトルを対応して示す(図20B)。画分番号57-66についてアルキンシグナルが得られ、RAT8-AOMK標識されたペプチドの存在が示された。
【実施例】
【0169】
<ラマン分光分析の手法及び結果>
ラマン分光はラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社、Raman-11)を用いて行った。レーザー光源は波長532 nmのレーザーを用いた。レーザーの強度は、対物レンズ透過後の試料面で30 mWであり、露光時間は30秒であった。倍率40倍, 開口数0.75の対物レンズを用いた。レーザーの照明パターンはポイント照明を選択した。710~3100 cm-1の波数範囲のラマンスペクトルを取得した。銀ナノ粒子は使用しなかった。
【実施例】
【0170】
画分番号35-94から得られたラマンスペクトルを図21に示す。各スポットについて5回反復してラマンスペクトルを取得し、平均したラマンスペクトルを示す。また、画分番号35-75のアルキンピーク強度を図20Cに示す。
【実施例】
【0171】
図27にMALDI用プレート上の94の試料スポットの明視野像を示す。ラマン測定は凝集部にラマン顕微鏡の焦点を合わせて行った。画分番号35はUVピーク強度が増大し始める開始点と一致する。ラマン測定の後、各スポットについてMALDI質量分析を以下の手順で行った。
【実施例】
【0172】
上記のようにラマン測定した各スポットに関して、質量分析を行った結果を図28-図31に示す。図28は画分番号56-60の質量スペクトルである。ペプチドA-2(DQGSCGSCWAFGAVEAISDR+RAT8-AOMK)の理論上のm/z値を図28の最下段に示す。この理論上のペプチドA-2のスペクトル(最下段)と対応する領域を最上段の括弧で示す。画分番号57で最も強いピークが検出された。図29は画分番号58-62の質量スペクトルである。ペプチドB-1(EIRDQGSCGSCWAFGAVEAISDR+カルバミドメチル+RAT8-AOMK)の理論上のm/z値を図29の最下段に示す。図30は画分番号60-65の質量スペクトルである。ペプチドA-1(DQGSCGSCWAFGAVEAISDR+カルバミドメチル+RAT8-AOMK)の理論上のm/z値を図30の最下段に示す。これらの結果を重ね合わせたものを図31に示す。ペプチドA-2は画分番号57に、ペプチドB-1は画分番号60に、ペプチドA-1は画分番号62に最も多く見られた(画分番号はMALDI用プレート上でのウェルの番号である)。
【実施例】
【0173】
このように主として3種のAOMK標識されたペプチドを検出した。それぞれが異なる保持時間を示したことから、アルキンピークは比較的広い範囲に観察された。3種のペプチドを以下にまとめる。
画分番号56-60 [57]: ペプチドA-2、DQGSCGSCWAFGAVEAISDR (+RAT8-AOMK)
画分番号59-67 [60]: ペプチドB-1、EIRDQGSCGSCWAFGAVEAISDR (+RAT8-AOMK, +カルバミドメチル)
画分番号61-69 [62]: ペプチドA-1、DQGSCGSCWAFGAVEAISDR (+RAT8-AOMK, +カルバミドメチル)
([]内の番号は最も強いイオンピークが観察された画分である)。
【実施例】
【0174】
図22は、ラマンスクリーニングにより検出されたスポットについて得られたMALDI質量スペクトルを示す。図22-1の左のアルキンピーク強度マップは、図20のピーク強度プロファイルに対応する。アルキンシグナルが得られた画分の質量スペクトルでは、AOMK標識ペプチドのピークが観察された(図22-1のA、B、C)。図22-2では、それぞれの実験結果と計算上の値を比較して示す。ラマンピークを示した画分番号からは、低分子化合物RAT8-AOMKが結合したペプチド断片の計算上の質量とよく一致する質量スペクトルが得られた。例えば画分番号62の質量スペクトルはm/z 2492等にピークを有するスペクトルを示し、これはペプチドA-1 (DQGSCGSCWAFGAVEAISDR+カルバミドメチル+RAT8-AOMK)に帰属された。C109 H150 N28O36 S2の計算上の質量電荷比(m/z)は2492.0282 Daである。画分番号60の質量スペクトルは、ペプチドB-1 (EIRDQGSCGSCWAFGAVEAISDR+カルバミドメチル+RAT8-AOMK)に帰属された。C126 H180 N34O41 S2の計算上のm/zは2890.2559 Daである。画分番号57の質量スペクトルはペプチドA-2 (DQGSCGSCWAFGAVEAISDR+RAT8-AOMK)に帰属された。C107 H147 N27 O35 S2の計算上のm/zは2435.0067である。
【実施例】
【0175】
アルキンシグナルが観察されなかったスポット(画分番号50)について質量分析を行ったところ、非標識のペプチド断片が確認された(ペプチドNGPVEGAFSVYSDFLLYK、配列番号5、2004.98 Da)。このことは、MALDI質量スペクトル分析を標識化ペプチドのみならず非標識ペプチドについて行うことができることを示す。MALDI質量分析によりAOMK標識されたペプチドと非標識のペプチドが観察されたスポットを図24に大まかに示す。画分番号50ではペプチドのみが検出された。画分番号57-66付近ではAOMK標識されたペプチドが検出された。
【実施例】
【0176】
さらに、AOMK標識されたペプチドをスクリーニングするために、異なるラマンピークを使用できるか調査した。そのままのRAT8-AOMK(neat)は2つの固有のラマンピークを有する(図23Aの下段)。1つのピークは2106 cm-1でありこれはアルキンの振動に帰属される。もう一つのピークは1610 cm-1におけるフェニル環による振動である。図23Aの上段及び中段では、そのままのRAT8-AOMK(neat)と画分番号35-75のラマンスペクトルを対応して示す。画分番号57-66では1609 cm-1にピークが観察できた。図23Cは2107 cm-1及び1609 cm-1でラマンスペクトルを測定したときのピーク強度プロファイルを示す。アルキン及びフェニル環のラマンピークの両方が画分番号57~66付近で重なって出現した。フェニル環のラマンピークは、強度はいくぶん低いものの、アルキンと類似するプロファイルを示す。このことは、アルキンのみならず、アルキン標識されていない元の化合物のフェニル環に由来するラマンピークもラマンスクリーニングに使用できることを示す。ただし、アミノ酸の一種であるフェニルアラニンは1602 cm-1にラマンピークを示すことが知られている。したがって、フィンガープリント領域でタンパク質/ペプチド由来のラマンシグナルがバックグラウンドに現れるため、それらの存在に注意を払う必要がある。
【実施例】
【0177】
MALDI-Orbitrap分析では、CHCAもしくはDHBをマトリクスとして使用した。一般に、CHCAは、均一な共結晶を形成するのが容易であり、高感度でスペクトルを得ることができるため、自動分析に適している。他方、DHBの共結晶は均一ではなく針状であるが、多くの場合、タンパク質のペプチドカバレージ(包含範囲)が増大する。したがって解析試料の性質や測定の目的に応じてマトリクスを選択することが重要である。以下に、各ペプチドの理論上の質量を記載する。上記の実験結果はこれらの理論上の値とよく一致した。
【実施例】
【0178】
<理論上のカテンプシンBのトリプシン分解ペプチド:アミノ酸配列と元素組成/質量>
ペプチドA, 切断ミス:なし
DQGSCGSCWAFGAVEAISDR; C85 H127N25 O31 S2
*モノアイソトピック質量2057.857 Da, 平均質量2059.197 Da
(* モノアイソトピック質量は対象分子を構成する各元素の主同位体のみに基づく質量をいう。)
ペプチドB, 切断ミス:1ヶ所
EIRDQGSCGSCWAFGAVEAISDR; C102 H157N31 O36 S2
モノアイソトピック質量2456.085 Da, 平均質量2457.654 Da
<各修飾による増加>
カルバミドメチル(Cys)
モノアイソトピック質量57.021464 Da, 平均質量57.0513 Da
組成H3 C2 N O
RAT8-AOMK (Cys)
モノアイソトピック質量376.142307 Da, 平均質量376.4052 Da
組成C22 H20 N2O4
<計算されたm/z>
ペプチドA系列
ペプチドA-1
DQGSCGSCWAFGAVEAISDR ; C109 H150 N28 O36 S2
カルバミドメチル(Cys); RAT8-AOMK (Cys)
モノアイソトピックm/z 2492.0282
ペプチドA-2
DQGSCGSCWAFGAVEAISDR ; C107 H147 N27 O35 S2
RAT8-AOMK (Cys)
モノアイソトピックm/z 2435.0067
ペプチドB系列
ペプチドB-1
EIRDQGSCGSCWAFGAVEAISDR; C126 H180N34 O41 S2
カルバミドメチル (Cys); RAT8-AOMK (Cys)
モノアイソトピックm/z 2890.2559。
【実施例】
【0179】
[実施例7] スポッティングした濃縮RAT8-AOMK標識カテプシンBのMALDI-MS/MSスペクトル分析
実施例6で示した濃縮RAT8-AOMK標識カテプシンBと同様の実験条件でMALDI用プレートにスポッティングした試料をラマン分光法により測定し、アルキンシグナルが検出された画分に対して、MALDI-Orbitrap装置を用いてMS/MS分析を行った。図33は、ペプチドA-1 (DQGSCGSCWAFGAVEAISDR +カルバミドメチル+RAT8-AOMK)が検出された画分から得られたMS/MSスペクトルを示す。得られたフラグメントイオンを解析したところ、ペプチドのC末端から数えて12番目トリプトファン残基のN末端で開裂したC末端側フラグメントイオン (y12)と、13番目システイン残基のN末端側で開裂したC末端側フラグメントイオン(y13)の間に、RAT8-AOMKの質量に相当する376.1 Daとシステイン残基に相当する103.0 Daの和から、脱水による18.0 Daを引いた質量数の差が見られることが分かった。一方、C末端から数えて15番目グリシン残基のN末端で開裂したC末端側フラグメントイオン(y15)と、16番目システイン残基のN末端側で開裂したC末端側フラグメントイオン(y16)の間に、カルバミドメチルの質量に相当する57.0 Daとシステインに相当する103.0 Daの和に相当する質量数の差が見られることが分かった。上記の結果から、ペプチド DQGSCGSCWAFGAVEAISDRに含まれる2つのシステイン残基のうち、C末端から数えて13番目のシステイン残基が、RAT8-AOMKによる修飾を受けていることが決定された。
<MALDI MS/MS分析>
マトリクス: CHCA
質量範囲: m/z200-3,000
質量スペクトル取得モード:フーリエ変換(FT)、分解能15,000、レーザーエネルギー 5~8 μJ
MS/MS方式: HCD (higher energy collision dissociation)
<MS/MS分析に供するペプチド>
ペプチドA-1
[実施例8] 金属基板及び石英基板
本発明者らは、スポットされた試料のラマン分光及び質量分析をスムーズに行うプレートを開発した。図14にスポットされた試料のラマン分光及び質量分析をスムーズに行うプレートを示す。図14の左上には顕微鏡用基板固定プレートを示す。写真はマルチスポット金属基板を背面からみたものである。図14の左下はラマン顕微鏡の試料台を示す。図14の右は試料台に顕微鏡用基板固定プレートを装着した状態である。この状態でラマンスクリーニング(ラマン分光分析)を行う。マルチスポット金属基板は、MALDI用金属プレート(Thermo社製)を、表面の清浄化を確認し用いた。
【実施例】
【0180】
ラマン計測には石英基板が有利である。石英基板は、合成石英(Starbar Japan製、φ25 mm×0.17 mm)を、表面の清浄化を確認し用いた。これはMALDI-MS測定にそのまま使用することができる。図16の左にラマン計測に有利な石英基板を示す。この基板にペプチドとアルキンペプチドをスポッティングし、ラマン分光分析を行った結果を図16の右上に示す。アルキンペプチドでは2123 cm-1にアルキン固有のラマンピークが観察されたのに対して、ペプチドではこの領域にラマンピークは観察されなかった。また、図16の右下には、この石英基板をそのままMALDI-MS測定に使用した結果を示す。m/z 1211付近にアルキンペプチドのピークが検出され、m/z 1229付近にペプチドのピークが検出された。このように本発明に係る石英基板を用いると、ラマン分光に供した試料をそのまま質量分析に供することができ、両ペプチドを明確に識別することができた。用いた材料はアミノ酸配列がEQWPQCPTXK(配列番号4)であるペプチドにおいて、Xがイソロイシンであるペプチド、とXがプロパルギルグリシンであるアルキンペプチドである。図6のラマンスペクトルは図16右上に対応し、図7の質量スペクトルは図16右下に対応する。
【実施例】
【0181】
図17には全面が石英でできたマルチスポット基板を示す。この石英基板は図17下に示すように、磁石で台座に固定した。
【実施例】
【0182】
[実施例9] 金ナノ粒子を用いたSERS測定
直径50 nmの金ナノ粒子分散液(EMGC50, BBI)をガラス基板に滴下し、乾燥させた。乾燥した金ナノ粒子凝集体の上に、DMSOに溶解した6mM RAT8-AOMKを1 μl滴下した。比較のために、金ナノ粒子のないガラス基板上にも、同様にDMSOに溶解した6mM RAT8-AOMKを1 μl滴下した。それぞれの液滴に対して、ラマン測定を行った。ラマン分光は、ラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社, Raman-11)を用いた。レーザー光源は波長660nmのレーザーを用いた。レーザーの照明パターンはライン照明を選択した。レーザーの強度は、対物レンズ透過後の試料面で3.5 mWであり、露光時間は10秒であった。対物レンズには開口数0.75、倍率40倍の対物レンズを用いた。ラインに沿って得られた400点のラマンスペクトルを平均して、それぞれの液滴に対するスペクトルとした。1250~2400cm-1の波数範囲のラマンスペクトルを取得した。結果を図34に示す。金ナノ粒子の使用によりラマンシグナルの増強が確認された。
【実施例】
【0183】
[実施例10] 銀ナノ粒子分散液と混合した場合のSERS測定
直径40 nmの銀ナノ粒子分散液(EMSC50, BBI) 15 μlと、アルキンペプチド1を10 pmol溶解した水15 μlとを混合し、ガラスボトムウェル(EzView 384ウェル ガラス底アッセイプレート、AGCテクノグラス)の内の1区画に注入した。同様に、銀ナノ粒子と非標識のペプチド1を10pmol溶解した溶液も、同一ウェルプレートの異なる区画に注入した。ウェルプレートにテープで蓋をして、冷蔵庫(4℃)で1日保存した後、ラマン測定を行った。ラマン分光は、ラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社, Raman-11)を用いた。レーザー光源は波長532nmのレーザーを用いた。レーザーの照明パターンはライン照明を選択した。レーザーの強度は、対物レンズ透過後の試料面で240 mWであり、露光時間は1秒/ラインで、1サンプルにつき25ライン測定した。対物レンズには開口数0.75、倍率40倍の対物レンズを用いた。ラインに沿って得られた1 line 400点× 25 lineの10000個のラマンスペクトルを平均して、それぞれの溶液に対して、710~3100cm-1の波数範囲のラマンスペクトルを取得した。結果を図35に示す。
【実施例】
【0184】
[実施例11及び比較例]
本発明のラマン分光法を用いた場合と、従来法のクリック反応を介して蛍光団を導入する場合の比較
試料調製
カテプシンB (10 μg, CALBIOCHEM, カタログ番号219362)を100 μlのBogyoバッファー(50 mM酢酸(pH5.6)、5 mM MgCl2、2 mM DTT)に溶解させた。これを室温で15分静置し、1.0 μlのDMSO中20 mM RAT8-AOMKと混合した。この混合物を37℃で3時間インキュベート後、該タンパク質を氷上で3時間インキュベートしてTCA沈降により沈降させた。沈殿物を取得するために、20000 G、20分の遠心分離を行った。上清を除いた後、1 mlのアセトンを加え、遠心分離を20000 Gにて15分行った。遠心分離とアセトン処理は3回反復して行った。真空下で30秒にわたりアセトンを除去した後、該沈殿物を10μlの変性バッファー(7M GuHCl, 1M Tris-HCl (pH 8.5))に溶解させた。
【実施例】
【0185】
クリック反応には、Click-iTタンパク質反応バッファーキット(C10276, Invitrogen)を使用した。100 μlの40 μM Alexa Fluor 488 アジドを加えた。水を50μl加え、5秒ボルテックス撹拌した。10 μlのCuSO4 (成分B)を加え、5秒ボルテックス撹拌した。10 μlのClick-iT反応バッファー添加物1溶液(additive 1 solution)を加え、5秒間ボルテックス撹拌した。これを3分静置した。20 μlのClick-iT反応バッファー添加物2溶液(additive 2 solution)を加え、5秒間ボルテックス撹拌した。
【実施例】
【0186】
次いでこれを回転機を用いて20分にわたりエンド-オーバー-エンド(end-over-end)回転させる。600 μlのメタノールを添加し、ボルテックス撹拌を短時間行った。150 μlのクロロホルムを添加し、ボルテックス撹拌を短時間行った。400 μlの精製水を添加し、ボルテックス撹拌を短時間行った。18000 Gにて5分遠心分離を行い、上清を除いた。メタノールを450 μl加え、ボルテックス撹拌を短時間行った。18000 Gにて5分遠心分離を行った。上清を廃棄した。メタノールを450 μl加え、ボルテックス撹拌を短時間行った。18000 Gにて5分遠心分離を行い、次いで上清を廃棄した。ペレットを15分間、空気乾燥させ、10 μlの変性バッファー(7M GuHCl, 1M Tris-HCl (pH 8.5))を加えた。各サンプルについて、10 μlの変性バッファー(7M GuHCl, 1M Tris-HCl (pH 8.5))を添加し、合計溶液を20 μlとした。クリック反応有り及び無しの両方について、20 μl中の19 μlを37℃で1時間に渡りインキュベートした。DTT及びIAAによる還元とアルキル化の後に、サンプルを37℃で6時間インキュベートした。次いで水を加え27 μlの0.1 % DGを添加することによりサンプル溶液を266 μlとした。3.0 μlのトリプシン(100ng/μl)をサンプルに加え、37℃で一晩静置した。
【実施例】
【0187】
UVクロマトグラム取得
上記のように調製した100 μlのペプチド混合物を凍結乾燥させ、50 μlの水に溶解させた。50 μl溶液をナノ-LCシステム(nanoFrontier, Hitachi)に注入した。実験条件は、クリック反応無しでのラマン分光分析については、250 nl/分の流速、20 s/spot (Probot, Dionnex)で、384ウェルガラス底プレート (EzView 384 ウェルガラス底アッセイプレート、AGCテクノグラス)での測定というものであり、クリック反応有りでの蛍光分析については、250 nl/分の流速、20 s/spot (Probot, Dionnex)で、384ウェル撥水性MALDIプレート(ITOP, Thermo)での測定というものであった。1画分当たり1.5 μlの水をプロボット(probot)のサイドポートから加えることで、ガラスウェルプレート上の水滴が安定して分配されるよう補助した。UVクロマトグラムはUV検出器(MU701, GL science)を215 nmにて使用して取得した。勾配は、0分 5 %、60分 80 %、60.01分 95 %、75分 95 %、75.01分 0 %、90分 0 %というものであった。合計画分数は192であった。図中には20~85 分での保持時間を示した。図36上段に示すUVクロマトグラムにおけるピーク高を比較するために、41~57.5 分の保持時間のチャートを図36下段に拡大した。図36の下段に示されるように、比較例としてクリック反応を用いた場合(2)は、クリック反応を用いない本発明の場合(1)と比較して、57.5~74.2 %のサンプル喪失が観察された。
【実施例】
【0188】
ラマンクロマトグラムの取得
384ウェルガラス底プレート上の液滴が乾燥するのを待って、ラマン測定を行った。ラマン分光はラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社, Raman-11)を用いた。レーザー光源は波長532 nmのレーザーを用いた。レーザーの照明パターンはポイント照明を選択した。レーザーの強度は、対物レンズ透過後の試料面で180 mWであり、露光時間は30秒であった。対物レンズには開口数0.75, 倍率40倍の対物レンズを用いた。1サンプルにつき5回、ペプチド凝集体上の異なる位置でスペクトルを取得し、その平均をとった。192ウェル全てについて同様の測定をおこなった。710~3100 cm-1の波数範囲のラマンスペクトルを取得した。得られたスペクトルに対して移動平均によるスムージングをかけた。アルキン由来のラマンピークのピークトップ2108 cm-1から、ピーク底部の2091 cm-1の値を引き算して、各ウェルにおけるアルキンのラマン強度を算出し、ラマンクロマトグラムとして強度プロファイルを作成した。
【実施例】
【0189】
蛍光クロマトグラムの取得
384ウェル撥水性 MALDIプレート上の液滴が乾燥するのを待って、蛍光測定を行った。蛍光測定は、蛍光イメージャー(Pharos FX, Biorad)を用いて行った。励起波長は488 nmを選択した。分解能は50 μmを選択した。得られた蛍光画像において、各スポット位置における蛍光強度の最大値を192点算出し、蛍光クロマトグラムとして強度プロファイルを作成した。
【実施例】
【0190】
ラマンクロマトグラムと蛍光クロマトグラムのプロファイルの違いを図37に示す。図37下段では保持時間40~60分を拡大して示す。特徴的な3本のピークについて、蛍光クロマトグラムの場合、蛍光シグナルは47.5~51.0分に見られ、一方、ラマンクロマトグラムの場合、ラマンシグナルは49.5~52.0分のより狭い範囲に見られた。また、蛍光クロマトグラムではこれら3本のピークの前後に多くの非特異的シグナル(ノイズ)が認められた。これらのことは、大分子量の蛍光団を用いてクリック反応を行いUVクロマトグラフィーで試料を分離した場合(比較例)よりも、蛍光団を用いない本発明のラマンクロマトグラフィーで分離した場合の方が、目的試料の分離に対する特異性が高いことを示す。
【実施例】
【0191】
[実施例12] TFA添加系及びTFA無添加系アルキン標識ペプチドのSERS測定
15 μlの40 nm銀ナノ粒子(EMSC40、ブリティシュ バイオセル インターナショナル製)を所定濃度にした15 μlのアルキン標識ペプチド(アルキンペプチド1; EQWPQCPTXK; X=プロパギルグリシン)/0.3 %TFA水溶液に加え、4℃で1日放置した。この試料を用いてSERS測定を行った。
【実施例】
【0192】
SERS測定は、532 nm励起レーザーを用いたラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社、Raman-11)を使用し自動測定した。対物レンズ後のレーザー出力は240 mW、露光時間は1~3秒であった。倍率40倍、開口数0.75の対物レンズを用いた。レーザーの照明パターンはライン照明を選択した。アルキン強度は1958 cm-1の波数から取得した。その結果、TFA添加系のSERSのアルキン検出感度はペプチドベースで100 fmol(フェムトモル)であった。
【実施例】
【0193】
TFA無添加系については、試料調製においてTFAを添加しない以外は上記TFA添加系と同様の操作にて試料を調製し、SERS測定を行った。その結果、SERSの検出感度はペプチドベースで3 pmol(ピコモル)であった。ただし、TFA無添加系では、アルキンペプチド1の注入容量はSERS強度と必ずしも相関しなかった。
【実施例】
【0194】
TFA添加系では、TFA無添加系の検出感度に比べ、アルキンの検出感度は30倍程度高く、またSERS強度も4~5倍程度増大し、SERS測定の操作性において大幅な向上が認められた。さらにTFA添加系では、100 fmol~100pmolというダイナミックレンジにおいて、アルキンペプチド1の注入容量とSERS強度とが良好に相関し、測定系が安定化した。これは、本発明の凝集促進剤(有機酸)により、凝集体が均一に分布したためと考えられる。
【実施例】
【0195】
[実施例13] TFA添加系RAT8-AOMK標識カテプシンBのSERS測定
実施例3と基本的に同様の操作でRAT8-AOMKによるカテプシンBの標識試料を調製し、トリプシン消化した。以下に示す手順に従って、ナノLC-UV-probotを用いてRAT8-AOMK標識カテプシンBの断片を含む試料をTFA添加したウェルに分画した後、銀ナノ粒子と混合、凝集しSERS測定を行った。
【実施例】
【0196】
試料の分画は、調製した100 μlのペプチド混合物を凍結乾燥し、50 μl溶液に溶解し、全試料をナノLC-UV-Probotに注入して行った。
【実施例】
【0197】
ナノLC-UV-Probotによるペプチドの分離は、次のような条件で行った:
流速: 250 nl/min
分画: 384ウェルガラスガラス底プレート (EzView 384 ウェルガラス底アッセイプレート、AGCテクノグラス)
上、スポットあたり20秒
UVクロマトグラム: 215 nm
濃度勾配: 0分 5 %、60分 80 %/60.01分 95 %、75分 95 %/ 75.01分 0 %、90分 0 %
分画: ウェルあたり20秒
予め25 μlの0.1 %TFA水溶液を含むガラスボトムウェルプレートに試料を分画した。分画された試料は、それぞれSERS用に15 μl、質量分析用に10 μl分別した。SERS用試料には15 μlの40 nm銀ナノ粒子を加え、4℃で1日放置後SERS測定を行った。
【実施例】
【0198】
SERS測定は、ライン照明で532 nm励起レーザーを用いたラマン顕微分光装置(ナノフォトン株式会社、Raman-11)を使用し、HTSソフトウェアを用いて自動測定を行った。対物レンズ後のレーザー出力は130 mW、露光時間は1~3秒であった。倍率40倍、開口数0.75の対物レンズを用いた。レーザーの照明パターンはライン照明を選択した。アルキン強度は1981~1900 cm-1の波数から取得した。
【実施例】
【0199】
SERS測定時間は、TFA添加によりペプチド及び銀ナノ粒子の凝集体の分布が均一になり、レーザー焦点の設定操作が容易になったため、38分/192ウェルと大幅に短縮された。
【実施例】
【0200】
続いて、分画した試料のうち、SERS測定でアルキンシグナルが認められたもう一方の試料の質量分析を行い、RAT8-AOMKにより標識されたカテプシンB断片を確認した。
【産業上の利用可能性】
【0201】
本発明に係る装置及び方法は、低分子化合物と結合する生体分子を特定することができ、また、低分子化合物と生体分子との結合部位を同定することができる。したがって本発明に係る装置及び方法を用いて、創薬分野において薬剤の標的となるタンパク質を探索することができ、また当該タンパク質中の薬剤結合部位を同定することができる。さらに、本発明により生物学分野においてタンパク質翻訳後修飾の解析が可能となる。また、本発明に係る装置又は方法を用いて特定されたタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列の全部又は一部をMS/MS分析により決定することができる。さらに、本発明により高感度のSERS測定が可能となる。
【符号の説明】
【0202】
1:試料注入部
2:送液ライン
3:分画部
4:送液ライン
5:検出部
6:レーザー部
7:ミラー
8:対物レンズ
9:試料
10:試料台
11:分光器
12:検出部
13:試料ステージ
14:試料
15:レーザー部
16:加速電極
17:検出部
18:信号処理部
【配列表フリ-テキスト】
【0203】
配列番号1:ヒトカテプシンB
配列番号2:ペプチドA-2
配列番号3:ペプチドB-1
配列番号4:ペプチド1
配列番号5:非標識のペプチド断片
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図面
【図1】
0
【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8-1】
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【図8-2】
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【図9-1】
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【図9-2】
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【図9-3】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15-1】
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【図15-2】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19-1】
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【図19-2】
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【図20】
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【図21】
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【図22-1】
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【図22-2】
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【図23-1】
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【図23-2】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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