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明細書 :幹細胞の増殖と分化の光遺伝学的制御方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 再公表特許(A1)
発行日 平成29年3月2日(2017.3.2)
発明の名称または考案の名称 幹細胞の増殖と分化の光遺伝学的制御方法
国際特許分類 C12N   5/10        (2006.01)
C12N  15/09        (2006.01)
C07K  19/00        (2006.01)
FI C12N 5/10
C12N 15/00 A
C07K 19/00
国際予備審査の請求 未請求
全頁数 25
出願番号 特願2015-537928 (P2015-537928)
国際出願番号 PCT/JP2014/074458
国際公開番号 WO2015/041219
国際出願日 平成26年9月17日(2014.9.17)
国際公開日 平成27年3月26日(2015.3.26)
優先権出願番号 2013193582
優先日 平成25年9月18日(2013.9.18)
優先権主張国 日本国(JP)
指定国 AP(BW , GH , GM , KE , LR , LS , MW , MZ , NA , RW , SD , SL , ST , SZ , TZ , UG , ZM , ZW) , EA(AM , AZ , BY , KG , KZ , RU , TJ , TM) , EP(AL , AT , BE , BG , CH , CY , CZ , DE , DK , EE , ES , FI , FR , GB , GR , HR , HU , IE , IS , IT , LT , LU , LV , MC , MK , MT , NL , NO , PL , PT , RO , RS , SE , SI , SK , SM , TR) , OA(BF , BJ , CF , CG , CI , CM , GA , GN , GQ , GW , KM , ML , MR , NE , SN , TD , TG) , AE , AG , AL , AM , AO , AT , AU , AZ , BA , BB , BG , BH , BN , BR , BW , BY , BZ , CA , CH , CL , CN , CO , CR , CU , CZ , DE , DK , DM , DO , DZ , EC , EE , EG , ES , FI , GB , GD , GE , GH , GM , GT , HN , HR , HU , ID , IL , IN , IR , IS , JP , KE , KG , KN , KP , KR , KZ , LA , LC , LK , LR , LS , LU , LY , MA , MD , ME , MG , MK , MN , MW , MX , MY , MZ , NA , NG , NI , NO , NZ , OM , PA , PE , PG , PH , PL , PT , QA , RO , RS , RU , RW , SA , SC , SD , SE , SG , SK , SL , SM , ST , SV , SY , TH , TJ , TM , TN , TR , TT , TZ , UA , UG , US
発明者または考案者 【氏名】影山 龍一郎
【氏名】磯村 彰宏
【氏名】今吉 格
出願人 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
個別代理人の代理人 【識別番号】100080791、【弁理士】、【氏名又は名称】高島 一
【識別番号】100125070、【弁理士】、【氏名又は名称】土井 京子
【識別番号】100136629、【弁理士】、【氏名又は名称】鎌田 光宜
【識別番号】100121212、【弁理士】、【氏名又は名称】田村 弥栄子
【識別番号】100117743、【弁理士】、【氏名又は名称】村田 美由紀
【識別番号】100163658、【弁理士】、【氏名又は名称】小池 順造
【識別番号】100174296、【弁理士】、【氏名又は名称】當麻 博文
審査請求 未請求
テーマコード 4B024
4B065
4H045
Fターム 4B024AA20
4B024CA07
4B024DA02
4B024FA02
4B024GA11
4B024HA20
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA60
4H045AA30
4H045BA41
4H045CA40
4H045EA60
4H045FA74
要約 本発明は、光遺伝学的な遺伝子発現調節系を用いて、光照射によって神経分化決定因子の発現を調節することにより、神経前駆(NPC)細胞を増殖・維持させるか、神経幹細胞から神経系細胞への分化を誘導するかを制御する方法を提供する。本発明は、Ascl1、Hes1、Olig2等の神経分化因子は、NPCでは周期的に発現振動しているが、運命決定の際にはそれらのいずれかの発現が支配的になることの発見と、標的遺伝子の発現を周期的に発現振動させ得る遺伝子発現系の構築に基づくものである。即ち、本発明は、青色光に応答して活性化(二量化)する転写活性化因子(GAL4-Vivid-p65 fusion protein; GAVPO)をコードする核酸と、該転写活性化因子が結合するシス配列を含むプロモーターの下流に標的神経分化決定因子をコードするDNA及びmRNAを不安定化する3’-UTRを繋いだ核酸とをNPCに導入し、該NPCに青色光を、周期を変えて短時間照射することにより、標的因子を発現振動させてNPCを維持増幅するか、あるいは標的因子の持続的発現を誘導して該因子により運命づけられる神経系細胞への分化を誘導する方法を提供する。
特許請求の範囲 【請求項1】
維持・増殖又は所望の細胞への分化を光制御し得る幹細胞であって、
1)転写因子のDNA結合領域、特定波長の光により二量化するタンパク質及び転写因子の転写活性化領域が連結された融合タンパク質をコードするDNAを含む発現ベクター、及び
2)発現振動することにより該幹細胞の未分化状態を維持し、持続的に発現することにより所望の細胞への分化を誘導する標的タンパク質をコードするDNAと、該DNAの上流に配置した上記DNA結合領域が結合し得るシス配列及び上記転写活性化領域の作用により転写活性を発揮する基本プロモーターと、標的タンパク質をコードするDNAの下流に配置した該DNAから転写されたmRNAを不安定化する3’非翻訳領域とを含む発現ベクター、
が導入された該幹細胞。
【請求項2】
前記融合タンパク質において、転写因子のDNA結合領域が酵母GAL4由来であり、特定波長の光により二量化するタンパク質がアカパンカビ由来のVividであり、転写因子の転写活性化領域がNF-κB p65である、請求項1記載の幹細胞。
【請求項3】
融合タンパク質をコードするDNAのコドンが、幹細胞の由来する哺乳動物において使用頻度の高いコドンに置換されている、請求項1又は2記載の幹細胞。
【請求項4】
幹細胞が神経幹/前駆細胞である、請求項1~3のいずれか一項に記載の幹細胞。
【請求項5】
標的タンパク質がAsclファミリー、Hesファミリー又はOligファミリーのメンバーである、請求項4記載の幹細胞。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の幹細胞に、該幹細胞に内在の標的タンパク質の発現振動周期と同等の時間間隔をおいて、前記特定波長の光を照射することにより、前記標的タンパク質の発現を振動させることを特徴とする、該幹細胞の維持・増幅方法。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載の幹細胞に、前記特定波長の光を1時間以下の間隔をおいて照射することにより、前記標的タンパク質を持続的に発現させることを特徴とする、該幹細胞から所望の細胞への分化誘導方法。
【請求項8】
特定波長の光が約400~約500nmの波長の青色光である、請求項6又は7記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞の増殖と分化を光遺伝学的に制御する方法に関する。より詳細には、本発明は、幹細胞における分化決定因子の発現を人為的に操作し、発現振動させるか、あるいは持続発現させるかによって、幹細胞を維持増殖させるか、あるいは幹細胞から分化細胞を誘導するかを制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性ヘリックス-ループ-ヘリックス(bHLH)型転写因子であるAscl1/Mash1(以下、「Ascl1」と表記する。)、Hes1及びOlig2は、神経幹/前駆細胞からそれぞれ神経細胞、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトへの分化を誘導する。一方で、これらの因子は神経幹/前駆細胞で共発現しており、神経幹/前駆細胞の増殖・維持にも関与している。しかし、この相反する機能がどのように制御されているのかはこれまで不明であった。
【0003】
本発明者らは以前、Hes1の発現が、神経幹/前駆細胞を含む多くの細胞で、ネガティブフィードバックにより2-3時間周期で振動しているのに対して、分化しつつある神経細胞では発現が消失していることを見出した(非特許文献1、2)。しかしながら、Ascl1等の他の神経分化決定因子の発現が、神経幹/前駆細胞や分化細胞でどのような発現パターンを示すかについては知られておらず、これらの因子の発現がどのように関連して、神経幹/前駆細胞の維持増殖と、神経幹/前駆細胞から各種神経系細胞への分化が制御されているかについては不明のままであった。
【先行技術文献】
【0004】

【非特許文献1】H. Hirata et al., Science 298, 840-843 (2002).
【非特許文献2】H. Shimojo, T. Ohtsuka, R. Kageyama, Neuron 58, 52-64 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、Ascl1、Hes1、Olig2等の神経幹/前駆細胞の維持増殖と、神経幹/前駆細胞から神経系細胞への分化という、相反する事象の両方に関与する因子の制御機構を解明し、当該機構を利用してこれらの因子の発現を調節することにより、神経幹/前駆細胞の維持・増幅と神経系細胞への分化誘導とを制御する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決のために、鋭意検討を重ねた結果、Hes1だけでなく、Ascl1、Olig2等の他の神経分化決定因子も、神経幹/前駆細胞では周期的に発現振動していることを見出した。さらに、これらの因子は、運命決定の際にはそれらのいずれかの発現が支配的になることを見出した。そこで、本発明者らは、これらの因子の発現を人為的に操作し、発現振動させるか、あるいは持続発現させるかによって、神経幹/前駆細胞を維持増殖させたり、あるいは種々の神経系細胞に分化させたりすることができると考え、光遺伝学的に遺伝子発現を制御できるGAVPOシステムに着目した。このシステムは、N56KとC71Vの変異を導入したアカパンカビ由来のフラビンタンパク質Vividに、酵母由来の転写因子Gal4のDNA結合ドメインと、p65の転写活性化ドメインをつないだ融合タンパク質(GAVPO)を利用するものである。Vividは青色光に反応して二量体を形成し、二量化したGAL4ドメインは、プロモーター内のUASG配列に結合して下流の遺伝子発現を活性化する。GAVPOおよびUASG配列を持つ標的遺伝子を導入した哺乳動物細胞において、青色光によって200倍の遺伝子発現誘導が可能となる。しかし、青色光によって活性化されたGAVPOの半減期は約2時間であり、また、標的遺伝子は比較的安定に発現されるため、2-3時間周期の発現振動や1時間刻みの任意の時間の持続発現を誘導することは困難であった。このように、既存の遺伝子発現システムでは、上記の仮説を検証することが不可能であった。
そこで、本発明者らは、光照射を止めると迅速に遺伝子発現が消失するように標的遺伝子の下流に不安定なmRNAの3’非翻訳領域をつないだ。また、青色光によって活性化されるGAVPOの哺乳動物細胞内での発現効率を上げるためにコドンをヒト化した(hGAVPO)。この改良によって、青色光の1分間照射で標的遺伝子発現が1時間以内に数倍から10倍以上増加し、その後1時間以内に消失した。青色光1分間照射を2時間以上の任意の周期で繰り返し行うと、その周期での遺伝子発現振動が可能になった。一方、青色光1分間照射を30分周期で繰り返すと標的遺伝子発現が数倍から10倍以上増加した状態で維持でき、照射を止めると1時間以内に消失した。したがって、青色光の照射パターンを変えることによって、2時間以上の任意の周期の遺伝子発現振動や1時間刻みの任意の時間の持続発現が可能になった。
この改良GAVPOシステムを用いて、神経幹/前駆細胞においてAscl1を発現振動させたところ、細胞は未分化状態を維持したままで増殖を続けた。一方、Ascl1を持続発現させると、神経細胞に分化した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
[1]維持・増殖又は所望の細胞への分化を光制御し得る幹細胞であって、
1)転写因子のDNA結合領域、特定波長の光により二量化するタンパク質及び転写因子の転写活性化領域が連結された融合タンパク質をコードするDNAを含む発現ベクター、及び
2)発現振動することにより該幹細胞の未分化状態を維持し、持続的に発現することにより所望の細胞への分化を誘導する標的タンパク質をコードするDNAと、該DNAの上流に配置した上記DNA結合領域が結合し得るシス配列及び上記転写活性化領域の作用により転写活性を発揮する基本プロモーターと、標的タンパク質をコードするDNAの下流に配置した該DNAから転写されたmRNAを不安定化する3’非翻訳領域とを含む発現ベクター、
が導入された該幹細胞。
[2]前記融合タンパク質において、転写因子のDNA結合領域が酵母GAL4由来であり、特定波長の光により二量化するタンパク質がアカパンカビ由来のVividであり、転写因子の転写活性化領域がNF-κB p65である、上記[1]記載の幹細胞。
[3]融合タンパク質をコードするDNAのコドンが、幹細胞の由来する哺乳動物において使用頻度の高いコドンに置換されている、上記[1]又は[2]記載の幹細胞。
[4]幹細胞が神経幹/前駆細胞である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の幹細胞。
[5]標的タンパク質がAsclファミリー、Hesファミリー又はOligファミリーのメンバーである、上記[4]記載の幹細胞。
[6]上記[1]~[5]のいずれかに記載の幹細胞に、該幹細胞に内在の標的タンパク質の発現振動周期と同等の時間間隔をおいて、前記特定波長の光を照射することにより、前記標的タンパク質の発現を振動させることを特徴とする、該幹細胞の維持・増幅方法。
[7]上記[1]~[5]のいずれかに記載の幹細胞に、前記特定波長の光を1時間以下の間隔をおいて照射することにより、前記標的タンパク質を持続的に発現させることを特徴とする、該幹細胞から所望の細胞への分化誘導方法。
[8]特定波長の光が約400~約500nmの波長の青色光である、上記[6]又は[7]記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、種々の増殖因子や化学物質を用いることなく、光照射のパターンを変化させるだけで、幹細胞を維持・増殖させたり、あるいは所望の細胞へと分化誘導したりすることができる。本発明の方法は、神経幹細胞に限らず、分化決定因子が持続発現するか発現振動するかによって増殖か分化かが制御されているあらゆる幹細胞の分化制御に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】(図1A-H)腹側終脳の神経幹/前駆細胞におけるbHLH因子の発現レベルの変動を示す。周産期の腹側終脳におけるHes1、Ascl1及びOlig2の発現を、免疫組織化学的に調べた。図1E-Hは、図1Dの四角で囲んだ部分の拡大図である。多くの細胞は3つのbHLH因子(Hes1、Ascl1及びOlig2、矢頭)すべてについて陽性であり、他の細胞のほとんどは2因子について陽性であった。(図1I-K)レポーターマウスの腹側終脳のスライス培養におけるLuc2-Hes1(図1I、J)及びLuc2-Ascl1(図1K)発現の生物発光イメージング及び定量結果を示す。スケールバーは50 μmを示す(図1A-D、I)。
【図2】腹側終脳由来の自己複製している神経幹/前駆細胞におけるbHLH因子の発現振動を示す。図2A-Fは、Luc2-Hes1(図2A、D)、Luc2-Ascl1(図2B、E)及びLuc2-Olig2(図2C、F)レポーター発現の定量及び生物発光像を示す。図2G-Iは、生物発光測定から導かれたHes1、Ascl1及びOlig2の振動周期の分布を示す(各因子につき、神経幹/前駆細胞数n>25)。図2Jは、単一の神経幹/前駆細胞において、Hes5発現がHes1発現と同調して振動することを示す。2種類のルシフェラーゼレポータープラスミドを神経幹/前駆細胞にヌクレオフェクションにより同時トランスフェクトし、Hes1及びHes5の発現を同時に発光観察して解析した。
【図3】分化しつつある神経細胞におけるAscl1の持続発現を示す。Luc2-Ascl1(図3A、B、C、D、E)及びLuc2-Hes1(図3E’)発現の生物発光を定量した。図3A、C、C’、D及びD’は、分化しつつある神経細胞においてAscl1発現が蓄積した(図3A、検量線;図3C、D、**)。初期神経細胞マーカーDoublecortin (Dcx)をDCX-DsRedでモニタリングした。細胞分裂前にAscl1の一過的な発現上昇が起こった(図3C、D、*)。図3Bは、時刻0で神経幹/前駆細胞又は神経細胞を生じる分裂をした直後のNS細胞におけるLuc2-Ascl1発現の変化を示す(太線:平均値、網掛:標準誤差;各分裂についてn>19)。分裂様式効果:p=0.0022;分裂様式と時刻との交互作用:p<0.0001;反復測定分散分析。図3Eは、急性解離した神経幹/前駆細胞が非対称に細胞分裂したことを示す。最初の細胞分裂の後、Ascl1は両方の娘細胞に等しく分配された。Ascl1発現は娘神経細胞で蓄積したが(Neuron、Cell-3)、 娘神経幹/前駆細胞では振動を再開し(Progenitor)、2回目の細胞分裂をした(Cell-1、Cell-2)。図3E’は、Hes1発現が非対称な細胞分裂前に抑制されたことを示す(***)。Hes1発現の抑制は娘神経細胞で維持されるのに対し(Neuron)、娘神経幹/前駆細胞ではHes1振動が再開した(Progenitor)。【図5】神経幹/前駆細胞における光誘導性のAscl1の発現振動/持続発現を示す。図5A-Cは、青色光により誘導された、細胞集団(図5A)及び単一細胞(図5B、C)での遺伝子発現の微速度撮影像(図5C)及び定量結果(図5A、B)を示す。図5D-Kは、神経細胞分化を阻害する条件であるbFGF及びEGFの存在下で培養したAscl1-null神経幹/前駆細胞において、Ascl1の発現振動(図5D-G)及び持続発現(図5H-K)が誘導されたことを示す。実験に用いた光強度は1.11μmol/m2/sである。Ascl1の発現振動は、βIII-tubulin陽性の神経細胞形成を誘導せず(図5D)、分裂細胞(PH3陽性)の割合を顕著に増大させた(図5E-G)。Ascl1の持続発現は、βIII-tubulin陽性の神経細胞形成を顕著に増大させた(図5H、J、K)。*p<0.05、**p<0.01;両側Student’s t-検定。図5L-Pは、露光スケジュールを変えて、神経幹/前駆細胞において、示された時間の間のみAscl1の持続発現を誘導し、神経細胞形成を調べた。*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001;一元配置分散分析後のTurkey事後検定。スケールバーは12.5μm (図5F、G、J、K、M-P)を示す。【図7】神経幹/前駆細胞における光誘導性のAscl1の発現振動/持続発現を示す。図7Aはヒト化GAVPO(hGAVPO)を用いた光誘導性遺伝子発現のストラテジーを示す。図7Bは、図5D-Kの実験に用いた露光スケジュールを示し、Ascl1-null神経幹/前駆細胞においてAscl1の発現を誘導した。3時間の間隔で青色光を反復照射すると振動発現となり、30分の間隔で青色光を反復照射すると持続発現となる。図7Cは、図5L-Pの実験の露光スケジュール(光強度1.11μmol/m2/s)を示し、神経幹/前駆細胞においてAscl1の持続発現を一定時間のみ誘導した。図7D-Gは、図7Bの露光スケジュールに従って、Ascl1-null神経幹/前駆細胞でAscl1の発現が誘導されたことを示し、振動発現及び持続発現誘導時におけるAscl1タンパク質の発現をそれぞれt=250分及び360分で調べた。免疫組織化学の代表的な像(図7D)及びその定量結果(図7E)、ウエスタンブロット(図7F)及びその定量結果(図7G)を示す。定量結果(平均±SEM)は、野生型コントロールに対する倍率変化として示す。ウエスタンブロットにおいては、Ascl1タンパク質レベルを抗tubulinを用いて正規化した。光誘導性のAscl1の振動ピークレベル及び持続発現レベルは、神経幹/前駆細胞の内因性の平均レベルよりも、それぞれ3~6倍及び約8倍以上高かった(図7E及びG)。内因性Ascl1発現ピークは、神経幹/前駆細胞の平均レベルよりも数倍高く、これらの光誘導レベルは、神経幹/前駆細胞及び分化した神経細胞における内因性ピークレベルに匹敵する。*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001、****p<0.0001;両側Student’s t-検定。2/sを示し、++が1.11μmol/m2/sを示す。細胞分裂の割合は、抗PH3抗体を用いた免疫染色により測定した。本研究におけるPH3免疫陽性フラクションには、核に点状シグナルを有する細胞を含む。*p<0.05、**p<0.01、one-way ANOVAとそれに続くボンフェローニpost hocテスト。【図10】Ascl1-null神経幹/前駆細胞において、低レベルのAscl1持続発現が神経細胞の分化を誘導することを示す。図10Aは、1%LEDによる30分間隔での反復照射が、7%LEDによる3時間間隔での青色光照射により得られる振動ピークと同程度の発現レベルで持続発現が起こることを示す。図10Bは、露光スケジュール(光強度:+=0.16μmol/m2/s、++=1.11μmol/m2/s)を示し、神経細胞分化を阻害する条件であるbFGF及びEGFの存在下で培養したAscl1-null神経幹/前駆細胞において、Ascl1の発現が誘導されたことを示す。(図10C-F)Ascl1の振動発現が、βIII-tubulin陽性の神経細胞形成を誘導せず(図10C)、分裂細胞(PH3陽性)の割合を顕著に増大させたことを示す(図10D)。低レベルでのAscl1の持続発現は、βIII-tubulin陽性の神経細胞形成を有意に増大したが(図10E)、分裂細胞(PH3陽性)の割合には影響を及ぼさなかった。**p<0.01;両側Student’s t-検定。2/s)を示し、bFGF及びEGFの存在下で培養した野生型神経幹/前駆細胞において、Ascl1の発現が誘導されたことを示す。図11C-Fは、3時間間隔での光刺激が、これらの細胞の神経細胞形成又は増殖に有意な影響を及ぼさなかったことを示す(図11C、D)。対照的に、72時間、低レベルでのAscl1の持続発現は、βIII-tubulin陽性の神経細胞形成を有意に増大したが(図11E)、分裂細胞(PH3陽性)の割合には影響を及ぼさなかった(図11F)。*p<0.05;両側Student’s t-検定。【0010】
本発明は、維持・増殖又は所望の細胞への分化を光制御し得る幹細胞(以下、「本発明の光制御型幹細胞」と略記する場合がある。)を提供する。本発明の光制御型幹細胞は、分化決定因子が持続発現するか発現振動するかによって増殖か分化かが制御されている、いかなる幹細胞であってもよく、多能性幹細胞、多分化能を有する幹細胞、単能性幹細胞のいずれであってもよい。好ましくは、神経幹/前駆細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞等が挙げられるが、それらに限定されない。

【0011】
本発明の光制御型幹細胞を作製するための幹細胞は、ヒト及び他の哺乳動物の組織から(例えば、マウス、ラット、サル、イヌ、ブタ、ウシ、ウサギ、ヒツジ、ヤギなど)、自体公知の方法で単離・調製することができる。例えば、神経幹/前駆細胞はPLoS Biol. 3, e283 (2005)に記載の方法等を用いて調製することができる。あるいは、これらの幹細胞は、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞から、自体公知の方法により分化誘導することによっても調製することができる。例えば、多能性幹細胞から神経幹/前駆細胞を分化誘導する方法としては、EB形成法(Okabe S et al. Mech. Dev. 59 89-102 (1996); Lee SH et al. Nature Biotech. 18 675-9 (2000))、レチノイン酸法(Bain G et al. Dev. Biol. 168 342-57 (1995))、SDIA(stromal cell-derived inducing activity)法(Kawasaki H et al. Neuron 28 31-40 (2000))、無血清単層接着培養法(Ying QL et al. Nature Biotech. 21 183-186 (2003); Ying QL and Smith AG Methods Enzymol. 365 327-41 (2003))、SFEB(serum-free floating culture of embryonic body-like aggregation)法(Watanabe K et al. Nature Neurosci. 8 288-96 (2005))、AMED(amniotic membrane matrix-based ES cell differentiation)法(Ueno M et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103 9554-9 (2006))、NSS(neural stem sphere)法(Nakayama T et al. Neurosci. Res. 46 241-9 (2003))等が挙げられるが、これらに限定されない。

【0012】
本発明の光制御型幹細胞は、上記のようにして得られる幹細胞に、光活性化型転写アクチベーターをコードする発現ベクターと、該転写アクチベーターが結合して下流の遺伝子の転写を活性化し得るプロモーターに、分化決定因子をコードするDNAが連結された発現ベクターとを、導入することにより作製される。

【0013】
光活性化型転写アクチベーターは、(1)転写因子のDNA結合領域、(2)特定波長の光により二量化するタンパク質及び(3)転写因子の転写活性化領域、が連結された融合タンパク質である。
転写因子のDNA結合領域としては、二量化することにより標的DNA配列への結合活性が増大する転写因子のDNA結合領域であれば特に制限はなく、例えば、酵母由来のGAL4、大腸菌由来のTetR、哺乳類由来のホメオドメイン、ジンクフィンガー、塩基性ヘリックスループヘリックス、塩基性ロイシンジッパーなどを持つ転写因子等のDNA結合領域が挙げられる。好ましくは酵母GAL4由来のDNA結合領域である。これらのDNA結合領域は、バックグラウンドを低くするために、二量化能が減弱したもの(例えば酵母GAL4の場合、1~147位のDNA結合ドメインのうち、二量化ドメインを除去した1~65位の領域)を用いることができる。
特定波長の光により二量化するタンパク質としては、例えば、アカパンカビ(Neurospora crassa)由来のフラビンタンパク質Vividが挙げられるが、これに限定されない。Vividは青色光(波長約400~約500nm)に反応して二量体を形成する。これらのタンパク質は、二量体の安定性を増強し、光非照射時のバックグラウンドを低下させる変異体を用いることもできる。例えば、Vividの場合、71位のCysがValに(C71V)、56位のGlnがLysに(N56K)置換された変異体が好ましく用いられる。
転写因子の転写活性化領域としては、哺乳動物細胞の基本プロモーターであるTATAボックスに結合して該プロモーターを活性化するものであれば特に制限はないが、二量化することにより転写活性化活性が増大するものが好ましい。例えば、哺乳動物由来のNF-κB p65サブユニット(p65)、ヘルペスウイルス由来のVP16活性化ドメイン等が用いられるが、好ましくはp65である。
好ましい融合タンパク質の組み合わせとして、GAL4のDNA結合領域、Vividタンパク質、及びp65が連結された融合タンパク質(Nat. Meth. 9, 266-269 (2012))が挙げられる。

【0014】
上記転写アクチベーターをコードするDNAは、自体公知の方法で、(1)転写因子のDNA結合領域、(2)特定波長の光により二量化するタンパク質及び(3)転写因子の転写活性化領域をコードする各DNA断片をクローン化し、適当な制限酵素及びDNAリガーゼを用いて各DNA断片をインフレームに連結することにより調製することができる。
化学的にDNA鎖を合成するか、もしくは合成した一部オーバーラップするオリゴDNA短鎖を、PCR法を利用して接続することにより、融合タンパク質の全長をコードするDNAを構築することも可能である。化学合成もしくはPCR法との組み合わせで全長DNAを構築することの利点は、遺伝子を導入する宿主に合わせて使用コドンを遺伝子全長にわたり設計できる点にある。同一のアミノ酸をコードする複数のコドンは均一に使用されるわけではなく、生物種によってその使用頻度が異なる。一般にある生物種において高発現する遺伝子に含まれるコドンは、その生物種において使用頻度の高いコドンを多く含んでおり、逆に発現量の低い遺伝子は使用頻度の低いコドンの存在がボトルネックとなって高発現を妨げている例が少なくない。異種遺伝子の発現に際し、その遺伝子配列を宿主生物において使用頻度の高いコドンに置換する改変は、異種遺伝子発現量の増大に効果があると期待される。上記の理由から、転写アクチベーターをコードするDNAは、それが導入される幹細胞により適したコドン(即ち、該幹細胞において使用頻度の高いコドン)に改変することができる。各哺乳動物のコドン使用頻度のデータは、例えば(公財)かずさDNA研究所のホームページに公開されている遺伝暗号使用頻度データベース(http://www.kazusa.or.jp/codon/index.html)を用いて入手することができる。入手したデータと導入しようとする遺伝子配列を参照し、転写アクチベーターのコード配列に用いられているコドンの中で幹細胞の由来する哺乳動物において使用頻度の低いものを、同一のアミノ酸をコードし使用頻度の高いコドンに置換すればよい。

【0015】
光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAは、宿主となる幹細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
用いるベクターの種類は、該幹細胞もしくはそれを分化誘導して得られる細胞の用途に応じて適宜選択することができる。

【0016】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。

【0017】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。

【0018】
光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAを含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを幹細胞に感染させる。該幹細胞を再生医療のための細胞ソースとして利用する場合、光活性化型転写アクチベーターの染色体への挿入は、幹細胞由来の分化細胞から再生された組織における発癌リスクを高める可能性があるので、光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAは細胞の染色体に組み込まれず、一過的に発現することが好ましい。かかる観点からは、染色体への組込み頻度が低く、細胞毒性や炎症惹起作用も低いアデノ随伴ウイルスベクターの使用が好ましい。また、センダイウイルスベクターは染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。センダイウイルスベクターについては、J. Biol. Chem., 282, 27383-27391 (2007) に記載のものを用いることができる。

【0019】
レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いる場合は、いったん導入遺伝子のサイレンシングが起こったとしても、後に再活性化される可能性があるので、例えば、Cre/loxPシステムを用いて、不要となった時点で光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAを切り出す方法が好ましく用いられ得る。即ち、該DNAの両端にloxP配列を配置しておき、所望の細胞に分化誘導された後で、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞にCreリコンビナーゼを作用させ、loxP配列に挟まれた領域を切り出すことができる。また、LTR U3領域のエンハンサー-プロモーター配列は、挿入突然変異によって近傍の宿主遺伝子を上方制御する可能性があるので、当該配列を欠失、もしくはSV40などのポリアデニル化配列で置換した3’-自己不活性化(SIN)LTRを使用して、切り出されずゲノム中に残存するloxP配列より外側のLTRによる内因性遺伝子の発現制御を回避することがより好ましい。

【0020】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。

【0021】
別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる。

【0022】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピゾーマルベクターが挙げられる。エピゾーマルベクターとしては、例えばエプスタイン・バーウイルス(EBV)の複製起点oriPと、複製開始点に結合して複製を制御する蛋白質EBNA-1をコードする核酸を含むプラスミドなどが挙げられる。

【0023】
本発明の光制御型幹細胞の作製のために幹細胞に導入される第2の発現ベクターは、(1)発現振動することにより該幹細胞の未分化状態を維持し、持続的に発現することにより所望の細胞への分化を誘導する標的タンパク質をコードするDNAと、(2)該DNAの上流に配置した、光活性化型転写アクチベーターのDNA結合領域が結合し得るシス配列及び該転写アクチベーターの転写活性化領域の作用により転写活性を発揮する基本プロモーターと、(3)標的タンパク質をコードするDNAの下流に配置した該DNAから転写されたmRNAを不安定化する3’非翻訳領域とを含む。
標的タンパク質は、対象とする幹細胞の種類に応じて適宜選択される。例えば幹細胞が神経幹/前駆細胞の場合、神経細胞への分化決定因子であるAsclファミリーのメンバー(例、Ascl1、Ascl2、Ascl3、Ascl4、Ascl5)、好ましくはAscl1、アストロサイトへの分化決定因子であるHesファミリーのメンバー(例、Hes1、Hes2、Hes3、Hes4、Hes5、Hes6、Hes7)、好ましくはHes1又はHes5、オリゴデンドロサイトへの分化決定因子であるOligファミリーのメンバー(例、Olig1、Olig2、Olig3)、好ましくはOlig2が標的タンパク質として挙げられる。例えば、マウスでは、Ascl1とHes1とは、神経幹/前駆細胞において、約2~約3時間の周期で発現振動している。一方、Olig2は、マウス神経幹/前駆細胞では、約4.5~約8時間の周期で発現振動している。

【0024】
各標的タンパク質のアミノ酸配列及びそのcDNA配列は公知であり、当業者は当該配列情報をもとに、自体公知の方法により容易に標的タンパク質をコードするDNAを単離・調製することができる。

【0025】
光活性化型転写アクチベーターのDNA結合領域が結合し得るシス配列は、該DNA結合領域の種類に応じて適宜選択されるが、例えば、該DNA結合領域が酵母GAL4由来である場合、シス配列としてGALの上流活性化配列(UAS)が挙げられる。UAS配列は1個でもよいが、2~10個、好ましくは5~10個をタンデムに連結して用いることが望ましい。該シス配列の下流に配置される基本プロモーターとしては、哺乳動物細胞に共通のTATAボックスを用いることができる。光活性化型転写アクチベーターが光照射を受けて二量化するとDNA結合領域が、シス配列に結合して転写活性化領域がTATAボックスからの転写を活性化する。前記標的タンパク質をコードするDNAは、TATAボックスの活性化により転写が開始されるように、その下流に機能的に連結される。

【0026】
標的タンパク質をコードするDNAから転写されたmRNAを不安定化する3’非翻訳領域(UTR)としては、光照射を止めると迅速に遺伝子発現が消失し、標的タンパク質の発現振動を誘導できる程度にmRNAを不安定化し得る限り、いずれのmRNAの3’-UTRであってもよいが、好ましくは、Ascl1やHes1のmRNAの3’-UTRが挙げられる。

【0027】
標的タンパク質をコードするDNA、光活性化型転写アクチベーターのDNA結合領域に対応するシス配列を含むプロモーター、及び3’-UTRは、適当な制限酵素及びDNAリガーゼを用いて各DNA断片を連結することにより調製することができる。

【0028】
上記のようにして得られた発現カセットは、上記光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAを含む発現ベクターと同様にして、発現ベクター中に搭載され、幹細胞に導入される。光活性化型転写アクチベーターをコードするDNAを担持する発現ベクターと、標的タンパク質をコードするDNAを担持する発現ベクターは、同時に導入されてもよいし、別々に順次導入されてもよい。標的タンパク質をコードするDNAを含む発現ベクターは、内在の標的タンパク質をコードする遺伝子の位置にターゲッティングして、内在遺伝子と置換することもできるが、内在遺伝子が残存していても、幹細胞の維持増殖又は分化を光制御することはできる。

【0029】
このようにして得られた本発明の光制御型幹細胞は、光活性化型転写アクチベーターを二量化し得る特定波長の光を照射することにより、種々の増殖因子や化学物質を培地に添加せずとも、未分化状態を維持したまま、幹細胞として増殖させることもできるし、あるいは標的タンパク質によって指示される方向に分化誘導することもできる。
したがって、本発明はまた、本発明の光制御型幹細胞に特定波長の光を照射することによる該幹細胞の維持増殖方法、又は所望の細胞への分化誘導方法を提供する。

【0030】
本発明の光制御型幹細胞を維持・増殖させる場合は、光活性化型転写アクチベーターを二量化し得る特定波長の光を、該幹細胞に、該幹細胞に内在の標的タンパク質の発現振動周期と同等の時間間隔をおいて照射することにより、前記標的タンパク質の発現を振動させる。例えば、マウスのAscl1とHes1とは、神経幹/前駆細胞において、約2~約3時間の周期で発現振動している。したがって、標的タンパク質がマウスAscl1又はHes1の場合には、約1.5~約5時間、好ましくは約2~4時間の間隔をおいて、光照射すればよい。光照射から次の光照射までの間隔が短すぎると(例えば、1時間以下)、標的タンパク質が持続的に発現して分化が誘導され、長すぎると(例えば、6時間以上)、発現振動が起こらず効果がない。他の哺乳動物におけるAscl1及びHes1の振動周期や、他の分化決定因子の振動周期は、例えば、目的の分化決定因子の遺伝子に、該遺伝子の発現を可視化できるレポーター遺伝子を繋いだ融合タンパク質をコードするターゲッティングベクターを導入して、ノックインレポーター細胞を作製し、該レポーター遺伝子の発現周期を分析することにより、容易に決定することができる。

【0031】
用いる光源は、光活性化型転写アクチベーターを二量化し得る特定波長の光を含む限り、単一波長の光を発生するものであっても、白色光のようなものであってもよい。例えば、光活性化型転写アクチベーターの二量化ドメインとしてVividが用いられる場合には、波長約400~約500nmの青色光を含む光を発生し得る光源を用いることができる。1回の照射時間は短すぎると十分な転写活性化が起こらず、また長すぎると標的タンパク質の発現を振動させることができないので、例えば約15~約180秒、好ましくは約30~約120秒照射すればよい。

【0032】
光照射は、幹細胞を培養しながら行うことができる。幹細胞の培養に用いる培養器は、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。培養器は、細胞非接着性であっても細胞接着性であってもよい。細胞接着性の培養器は、培養器の表面が、細胞(幹細胞またはフィーダー細胞)との接着性を向上させる目的で、細胞支持用基質でコーティングされたものであり、そのような細胞支持用基質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、マトリゲル、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチンが挙げられる。
培養は、例えば、CO2インキュベーター中、約1~約10%、好ましくは約2~約5%のCO2濃度の雰囲気下、約30~約40℃、好ましくは約37℃で行うことができる。

【0033】
培養に用いる基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば、特に限定されない。該培地は、血清含有培地であっても無血清培地であってもよいが、異種成分の排除による細胞移植の安全性の確保という観点から、無血清培地が好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整または未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。かかる無血清培地としては、例えば、市販のKNOCKOUTTM SR(KSR)を適量(例えば、1-20%)添加した無血清培地、インスリンおよびトランスフェリンを添加した無血清培地(例えば、N2B27[50% DMEM/F12、50% Neurobasal medium (Gibco)、25μg/mL インスリン、100μg/mL アポトランスフェリン、6ng/mL プロゲステロン、16μg/mL プトレシン、5.2ng/mL 亜セレン酸ナトリウム、1×B27 (Gibco)、0.1% BSA、2mM グルタミン]、CHO-S-SFM II(GIBCO BRL社製)、Hybridoma-SFM(GIBCO BRL社製)、eRDF Dry Powdered Media(GIBCOBRL社製)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社製)、UltraDOMATM(BioWhittaker社製)、UltraCHOTM(BioWhittaker社製)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社製)、ITPSG培地(Cytotechnology, 5, S17 (1991))、ITSFn培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 457 (1980))、mN3培地(Mech. Dev. 59, 89 (1996) など))などが挙げられる。該培地は、必要に応じて、幹細胞の分化抑制剤(例、LIF、SCF、BMP、Wnt、細胞外マトリクス、TGF-β、フィーダー細胞)やその他の成分、例えば、アミノ酸、ピルビン酸、2-メルカプトエタノール、サイトカイン、増殖因子等を適切な濃度で含有していてもよい。

【0034】
一方、本発明の光制御型幹細胞から所望の細胞への分化を誘導する場合は、光活性化型転写アクチベーターを二量化し得る特定波長の光を、該幹細胞に、1時間以下、好ましくは30分以下の間隔をおいて照射することにより、前記標的タンパク質を持続的に発現させればよい。光照射から次の光照射までの間隔の下限は特になく、連続照射しても持続発現は得られるが、1時間以下の間隔をおいて短時間(例えば、上記発現振動させる場合と同様の照射時間で)照射を行うだけで持続発現を誘導し得る。

【0035】
所望の細胞への分化を誘導するのに必要な標的タンパク質の持続発現時間は、標的タンパク質及び幹細胞の種類や、動物種等によっても異なるが、例えばマウスAscl1の場合、神経幹/前駆細胞から神経細胞への分化誘導に必要な持続発現の時間は約6時間以上、好ましくは8時間以上である。他の哺乳動物における神経細胞分化に要するAscl1持続発現の時間や、他の分化決定因子における分化決定に必要な持続発現時間は、例えば、前記のノックインレポーター細胞を用いて、所望の細胞に分化しつつある段階での細胞分裂後に標的タンパク質が蓄積し始めてから、所望の細胞の分化マーカーが発現する迄の時間を調べることにより、予測することができる。

【0036】
本発明の方法により光制御型幹細胞から得られる分化細胞は、種々の目的、例えば、細胞移植療法や、治療薬の薬効や毒性のin vitro評価系に好適に用いることができる。さらに原因が未解明の疾患の病理学的研究のツールとしても好ましく用いられ得る。

【0037】
本発明の光制御型幹細胞の再生医療における使用については、まず光制御型幹細胞において標的タンパク質を発現振動させて幹細胞を大量増幅させた後、持続発現を誘導して所望の細胞への分化を誘導することにより、効率よく移植材料となる分化細胞を調製することができる。例えば、幹細胞が神経幹/前駆細胞の場合、該神経幹/前駆細胞から分化誘導された神経系細胞により治療し得る疾患の例としては、例えば、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、アルツハイマー病、虚血性脳疾患(例えば、脳梗塞)、てんかん、脳外傷などの前脳神経細胞の障害または終脳神経細胞の障害による疾患;脊髄小脳変性症、アルコール性小脳変性症、小脳部の外傷などの、小脳神経細胞の障害に基づく疾患;脊髄損傷、運動神経疾患、神経変性疾患、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症、内耳性難聴、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、神経毒物の障害に起因する疾患などが挙げられるが、これらに限定されない。

【0038】
ハンチントン病をはじめとする遺伝性神経疾患の治療用の神経細胞としては、患者とHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から誘導された神経幹/前駆細胞から分化誘導した神経細胞が好ましく使用される。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該神経幹/前駆細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。

【0039】
別の一実施態様においては、遺伝性神経疾患治療用の神経細胞として、患者本人由来の神経幹/前駆細胞から分化させた神経細胞を用いることも可能である。この場合、患者由来の神経幹/前駆細胞は原因遺伝子に異常を有するので、神経幹/前駆細胞に正常な遺伝子を導入する。あるいは、神経幹/前駆細胞の内因性DNA修復機構や相同組換えを利用して、原因遺伝子の変異部位を修復することもできる。即ち、変異部位を正常にした配列を有するキメラRNA/DNAオリゴヌクレオチド(chimeraplast)を導入し、標的配列に結合させてミスマッチを形成させ、内因性DNA修復機構を活性化して遺伝子修復を誘導する。あるいは、変異部位に相同な400-800塩基の一本鎖DNAを導入して相同組換えを起こさせることにより遺伝子修復を行なうこともできる。このようにして得られる、疾患原因遺伝子が修復されたiPS細胞を上記工程(a)および(b)を経て神経細胞に分化誘導することにより、患者本人由来の正常な神経細胞を製造することができる。あるいはまた、ハンチントン病などのポリグルタミン病では、RNAi法により異常蛋白質の産生を抑制する遺伝子治療が提唱されており、患者由来の神経幹/前駆細胞に原因遺伝子に対するsiRNAを発現するベクターを導入することによっても、異常蛋白質の蓄積が抑制された患者由来の神経幹/前駆細胞を得ることができ、本発明の方法を通じて神経細胞に分化させることができる。

【0040】
一方、非遺伝性神経疾患の場合、患者本人から誘導した神経幹/前駆細胞から分化させた神経細胞は、正常な細胞である可能性があるので、そのまま患者への移植に用いることが可能な場合がある。

【0041】
多くの神経疾患では、ある特定の細胞種が特異的に脱落しているため、対象疾患に応じて必要な神経系細胞を誘導した後に、当該細胞を移植することもまた好ましい。例えば、パーキンソン病の場合、ドーパミン産生ニューロンが、筋萎縮性側索硬化症の場合、運動性ニューロンが、ハンチントン病の場合、GABA作動性ニューロンが、小脳変性症の場合、プルキンエ細胞が、脳梗塞、脊髄損傷の場合、大脳神経細胞およびオリゴデンドロサイトが、多発性硬化症の場合、オリゴデンドロサイトが、アルツハイマー病の場合、大脳神経細胞が、網膜色素変性症の場合、網膜神経細胞が、特異的脱落細胞として挙げられる。
したがって、例えばAscl1、Hes1及びOlig2のいずれかを標的タンパク質とする本発明の光制御型幹細胞から、それぞれ神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを分化誘導することにより、各種神経系疾患に応じた好ましい神経系細胞を提供することができる。

【0042】
本発明の光制御型幹細胞から誘導された神経系細胞は、常套手段にしたがって医薬上許容される担体と混合するなどして、非経口製剤、好ましくは、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造される。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液を挙げることができる。本発明の剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などと配合しても良い。
本発明の剤を水性懸濁液剤として製剤化する場合、上記水性液に約1.0×106-約1.0×107細胞/mLとなるように、神経系細胞を懸濁させればよい。
このようにして得られる製剤は、安定で低毒性であるので、ヒトなどの哺乳動物に対して安全に投与することができる。投与方法は特に限定されないが、好ましくは注射もしくは点滴投与であり、静脈内投与、動脈内投与、患部局所投与などが挙げられる。本発明の剤の投与量は、投与対象、治療標的部位、症状、投与方法などにより差異はあるが、通常、パーキンソン病患者(体重60kgとして)においては、例えば、静脈内注射の場合、1回につき神経細胞量として約1.0×105-約1×107細胞を、約1-約2週間隔で、約4-約8回投与するのが好都合である。

【0043】
さらに、本発明の光制御型幹細胞は光照射により増殖か分化を制御することができるので、インビボ分化誘導による再生医療への応用が可能である。即ち、幹細胞の状態で患者に移植し、まず移植部位を短時間間隔で光照射することにより、十分な量となるまで幹細胞を増殖させた後、長時間間隔で光照射することにより、所望の細胞に分化させることができる。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
参考例1 神経幹/前駆細胞におけるbHLH型転写因子の発現レベルの変動
Ascl1、Hes1及びOlig2は、マウス発生の周産期に神経細胞、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトを生じる腹側終脳の神経幹/前駆細胞で発現している(EMBO J. 23, 4495-4505 (2004); J. Neurosci. 25, 8311-8321 (2005); J Neurosci. 27, 4233-4242 (2007); Mol. Cell. Neurosci. 38, 595-606 (2008); Neuron 55, 417-433 (2007); J. Neurosci. Res. 48, 83-94 (1997); J. Neurosci. 22, 9821-9830 (2002))。そこで、Venus-Hes1融合ノックインマウスの周産期の腹側終脳におけるHes1、Ascl1及びOlig2の発現を、免疫組織化学的に調べた。その結果、これらの転写因子の発現レベルは細胞間で変動した(図1A-H)。多くの細胞は3つのbHLH因子(Ascl1、Hes1及びOlig2)すべてにつき陽性だったが、2因子のみを発現する細胞もあった(図1E-H)。対照的に、分化中の神経細胞、オリゴデンドロサイト及びアストロサイトは、遅いステージではそれらのうちの1因子のみ(それぞれ、Ascl1、Olig2及びHes1)を発現している (Neuron 55, 417-433 (2007); Dev Dyn, 226, 675-689 (2003); Cell Death Differ. 11, 196-202 (2004))。
これらのbHLH因子の発現を調べるために、本発明者らは、蛍光物質(VenusもしくはmCherry)又はホタルルシフェラーゼ(Luc2)cDNAがBACクローン中のbHLH遺伝子の5’領域にインフレームに挿入されたトランスジェニックマウスを作製し、各bHLH因子のタンパク質発現をVenus、mCherry又はLuc2により可視化できるようにした。本発明者らはまた、Hes1のイメージングのために、VenusがHes1遺伝子の5’領域にインフレームに挿入されたノックインマウスを、Hes5のイメージングのために、Venus又はルシフェラーゼ(Eluc)がHes5遺伝子の5’領域にインフレームに挿入されたノックインマウスを、それぞれ作製した。さらに、Luc2-Sox2融合タンパク質を発現するSox2レポーターマウス(BAC Tg)を作製した。レポーターアッセイの結果、これらのマウスにおけるレポーター発現は、内因性の発現と類似していた。レポーター発現はまた、神経幹/前駆細胞における内因性タンパク質の発現と相関した。Venus-Hes1融合ノックインマウスのホモ接合体を含むこれらのレポーターマウスの脳の構造と神経幹/前駆細胞の能力は外見上正常であった。
本発明者らは、レポーターマウスの腹側終脳由来の脳切片の微速度撮影により、Hes1及びAscl1発現が神経幹/前駆細胞において振動していることを発見した(図1I-K)。
【実施例】
【0046】
参考例2 神経幹/前駆細胞におけるbHLH因子の発現振動
次に、本発明者らは周産期のレポーターマウス(野生型、Ascl1-KO、Hes1-KO及びOlig2-KO)の腹側終脳より神経幹/前駆細胞を調製した。神経幹/前駆細胞として、急性解離した細胞と、EGF及びbFGFの存在下で少なくとも10世代インビトロで維持した細胞(「NS細胞」という。)(PLoS Biol. 3, e283 (2005); Cereb. Cortex 16, i112-i120 (2006))とを用いた。これらのNS細胞を維持培地及び分化培地でそれぞれ培養し、神経幹/前駆細胞マーカー(Nestin)及び各種神経分化マーカー(βIII-tubulin、CNPase及びGFAP)について、免疫染色を行った。その結果、どちらの細胞種も前駆細胞段階及び分化決定段階において類似した発現振動を示した。野生型の神経幹/前駆細胞は、Ascl1、Olig2及びHes1を可変レベルで発現し、分化培地に移すと、GABA作動性ニューロン(βIII-tubulin陽性)、オリゴデンドロサイト(CNPase陽性)及びアストロサイト(GFAP陽性)を生じた。神経細胞及びオリゴデンドロサイトを生じる能力は、それぞれAscl1及びOlig2の非存在下で顕著に低下した。また、神経幹/前駆細胞は、Hes1の非存在下でアストロサイトを生じる能力が低下した。これらのbHLH因子と比較して、神経幹/前駆細胞特異的因子であるSox2は、比較的一定レベルで発現した。
本発明者らは、微速度撮影を用いてbHLH因子の発現パターンを解析した。Hes1タンパク質の発現は、レポーターマウスから調製した神経幹/前駆細胞において振動していた (平均周期 149.9 ± 12.3分)(図2A、D、G及びH)。2種類のルシフェラーゼレポーターを用いて、単一の神経幹/前駆細胞におけるHes1及びHes5発現について調べたところ、Hes5発現はHes1発現と同調して振動していた (図2J)。Ascl1の発現も神経幹/前駆細胞において振動していた (平均周期 175.4 ± 29.5分)(図2B、E、G及びI)。Ascl1タンパク質レベルは、いくつかの細胞でS/G2期に増加し (約30%)、細胞分裂の後、いずれの娘細胞も等量のAsc11レベルを示し、発現振動は未分化状態を維持する細胞で再開した (図6A)。Olig2タンパク質の発現振動は、Hes1やAscl1よりもゆっくりであった (平均周期375.5 ± 105.8 min) (図2C、F及びG)。これらの因子の発現は細胞周期を通じて振動するが、平均発現レベルはG1期とS/G2/M期とで異なっていた。対照的に、神経幹/前駆細胞に特徴的な2つの因子Sox2とNestinは恒常的に発現した。Hes1発現とAscl1発現とは逆相関しており、Hes1は、Ascl1プロモーターに結合してAscl1発現を抑制する (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94, 5355-5360 (1997))。振動するHes1は周期的にAscl1発現を抑制することにより、Ascl1の発現振動を駆動すると考えられる。実際、Hes1の非存在下ではAscl1の発現振動は失われた (図6B)。一方、Olig2の発現は、Ascl1及びHes1非依存的に変動した。
次に、本発明者らは、bHLH因子の発現レベルにおける振動により分化能にバイアスが生じるかを調べた。即ち、蛍光レポーターマウスの神経幹/前駆細胞を、Hes1高発現フラクション、Hes1低発現フラクション、Asc11高発現フラクション、Ascl1低発現フラクション、Olig2高発現フラクション及びOlig2低発現フラクションに分離した。NS培地中で維持すると、2日以内にすべての細胞フラクションが元の多様なレベルのHes1、Ascl1及びOlig2発現に戻り、この多様なレベルにより発現振動の異なる相が具現されていることが示唆された。すべての細胞が同様の効率でニューロスフェアを生じた。ソーティング後、各細胞集団を分化培地で培養した。Hes1高発現細胞及びHes1低発現細胞は、それぞれアストロサイト及び神経細胞に選択的に分化しやすかった。Ascl1高発現(及びOlig2低発現)並びにOlig2高発現(及びAscl1低発現)細胞は、それぞれ神経細胞及びオリゴデンドロサイトに選択的に分化しやすかった。これらの結果は、bHLH因子の異なる発現レベルが神経幹/前駆細胞の分化決定にバイアスをかけていることを示唆している。しかし、そのような一過性の高発現は、分化決定の必要条件でも十分条件でもなく、Ascl1、Olig2及びHes1のいずれかを高発現する神経幹/前駆細胞は3つの細胞種のいずれにも分化することができた。
【実施例】
【0047】
参考例3 細胞の運命決定の際のbHLH因子の持続的発現
次に、本発明者らはこれらのbHLH因子の発現が細胞の運命決定の際にどのように変化するかを調べた。神経細胞分化の間、神経幹/前駆細胞における発現振動とは対照的に、Ascl1タンパク質は細胞分裂後に蓄積し(図3A-D)、6-8時間後には初期神経細胞マーカーであるDoublecortin (DCX) が発現した (図3A、C-D’)。Ascl1発現は多くの細胞で増加し続けたが (76.7%、図3A-C)、DCX発現の開始後は増加していない細胞もあり (23.3%、図3D)、G1期の6-8時間にわたるAscl1の蓄積が神経細胞分化のための最低条件である可能性がある。
腹側終脳からの急速解離培養においては、多くの神経幹/前駆細胞は非対称に細胞分裂し、1つの娘細胞は未分化状態を保持するのに対し、他方の娘細胞は神経細胞に分化した。これらの神経幹/前駆細胞では、Ascl1発現が細胞分裂前に平均の2倍以上に増加しており、両方の娘細胞に等分されたようである(図3E)。娘神経細胞では、細胞分裂後にAscl1発現が蓄積するのに対し、娘神経幹/前駆細胞では発現振動が再開した(図3E)。一方もしくは両方の娘細胞が神経細胞に分化する細胞分裂の前に、多くの場合Ascl1の発現は一過的に増加し(平均の2倍以上)、母細胞の約90%が細胞分裂前にそのような一過的なAscl1の発現上昇を示した。しかし、母細胞の約30%では、2つの娘神経幹/前駆細胞を生じた際にも、同様の発現上昇が見られた。したがって、細胞分裂前のAscl1の一過的な発現上昇は決定的ではなく、単に神経細胞への運命決定の方向にバイアスをかけるのみである。
娘細胞が神経細胞に分化した神経幹/前駆細胞では、Hes1発現は細胞分裂前に抑制されるが(図3E’)、両方の娘細胞が神経幹/前駆細胞のままである場合には抑制されなかった。Hes1発現の抑制は娘神経細胞で維持されるのに対し (図3E’)、娘神経幹/前駆細胞ではHes1振動が再開した(図3E’)。したがって、細胞分裂前のHes1発現の一過的な低下と、付随的なAscl1の発現上昇とが、神経幹/前駆細胞の神経細胞への分化を指示し、細胞分裂後のAscl1の持続的発現により、不可逆的な神経細胞への分化が決定すると考えられる。
アストロサイト分化の間、Hes1タンパク質発現は、平均値と底値は高いものの、依然として振動していた (図4A、B)。12-24時間後、アストロサイトマーカーであるGFAPが発現し始めた。Ascl1及びOlig2の発現はアストロサイト分化の間に10時間以内に検出できなくなった。オリゴデンドロサイト分化の間、Olig2タンパク質の発現は、底値は高いものの振動していた (図4C、D)。オリゴデンドロサイト分化誘導から2日後、Olig2発現は低下し、成熟オリゴデンドロサイトマーカーである2',3'-サイクリックヌクレオチド-3'-ホスホジエステラーゼ (CNPase)の発現が上昇した (図4E)。この期間中、Ascl1とHes1の発現は低下した。したがって、bHLH分化決定因子は、神経幹/前駆細胞において振動しながら共発現するが、分化決定段階になると、1つの因子が蓄積して他の2因子が消失する。複数の分化決定因子の発現振動が神経幹/前駆細胞の多分化能の基礎となっており、細胞分化の際に、この発現振動パターンから1つの因子の安定かつ支配的な発現に移行する。
【実施例】
【0048】
実施例1 発現パターンの光誘導性制御
発現振動又は持続的発現パターンの機能的な重要性を示すために、本発明者らは、Neurospora crassa光受容体Vivid を、GAL4 DNA結合ドメインと、p65活性化ドメインとに融合させた人工タンパク質(GAVPO)(Nat. Meth. 9, 266-269 (2012))を用いた光遺伝学的遺伝子発現システムを採用した。コドン使用を哺乳動物細胞に対して最適化し、発現効率を増大させ、かつマウスAscl1 mRNAの3’-非翻訳領域を導入することにより標的mRNAを不安定化した(図7A)。このシステムを用いれば、内在レベルに匹敵する遺伝子発現を誘導することができる(図7D-G)。3時間間隔で繰り返し青色光に露光することにより、3時間周期での発現振動を生じるのに対し、30分間隔で繰り返し露光すると、細胞集団レベル(図5A) でも、単一細胞レベル(図5B、C)でも、持続的発現を生じた。
Ascl1は神経幹/前駆細胞の細胞周期の進行を促進する一方で、神経幹/前駆細胞の細胞周期離脱や神経細胞分化も促進することが知られているので (Genes Dev. 25, 930-945 (2011))、本発明者らは、これらの相反するAscl1の機能が異なる発現パターンによって制御されているのかどうかを調べた。即ち、神経細胞を産生せず、野生型のNS細胞よりゆっくりと増殖するAscl1-null NS細胞(Genes Dev. 25, 930-945 (2011))に、Ascl1誘導システムを導入した。Ascl1-null NS細胞は分裂細胞の割合が低いのに対し (4-5%; PH3+) (図5E)、野生型NS細胞はPH3+ 分裂細胞の割合が14-15%である(図8C)。しかし、光誘導性のAscl1の発現振動により、Ascl1-null NS細胞における分裂細胞の割合が約10% PH3+ (図5E-G)に増大した。このことは、Ascl1の発現振動が神経幹/前駆細胞の増殖を増強したことを示唆している。これらのNS細胞は、3日後でさえ神経細胞(βIII-tubulin+)に分化しなかった (図5D)。6時間周期では神経幹/前駆細胞の増殖に影響がなかったことから、振動周期は重要である (図9)。対照的に、光誘導性のAscl1の持続発現はAscl1-null NS細胞の神経細胞(βIII-tubulin+)への分化を増大させた (Fig. 5H-K)。Ascl1の持続発現のレベルが高いほど、神経細胞への分化効率が増大した (図5Hと図10Eとを比較)。しかし、Ascl1の発現振動は、振幅を大きくしても神経細胞への分化を誘導せず (図10A-C)、増殖する神経幹/前駆細胞の数を増やした (図10D)。対照的に、同等の持続的なAscl1発現は神経細胞への分化を増大させた (図10E)。これらの結果は、発現レベルではなく、Ascl1の発現パターンが増殖か分化かの決定に重要であることを示している。
本発明者らは、内因性のAscl1発現が振動している野生型のNS細胞においてAscl1誘導システムを用いた(図8)。3時間間隔での周期的な光刺激は、この細胞の神経発生や増殖に影響しなかった (図8A-I及び図11A-D)。対照的に、72時間の持続的なAscl1発現は、神経発生を阻害する条件であるbFGF及びEGFの存在下でさえ、神経細胞の形成を増大させた (図8J-Q及び図11E)。神経細胞の生成には、少なくとも6-8時間の持続的なAscl1発現が必要であり (図5L-P)、このことは、神経細胞分化のための最低条件に関する上記知見と一致した。この経過時間の要件は、G1初期で捕捉されたNS細胞が、Ascl1の光誘導性発現によって神経細胞発生に再指向され得ることを示唆している。また、Ascl1誘導システムを、通常は非常に低レベルのAscl1しか発現しない背側終脳に導入した。Ascl1の発現振動は、脳室帯で、神経細胞分化を誘導せず、Nestin+ の神経幹/前駆細胞を維持したのに対し、 Ascl1の持続発現は、脳室帯から移動したβIII-tubulin+ の神経細胞の数を増大させた。このように、Ascl1の遺伝子発現を操作することにより、 Ascl1発現が振動するか持続的かによって、増殖か分化かの決定を強制的に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、種々の増殖因子や化学物質を用いることなく、光照射のパターンを変化させるだけで、幹細胞を維持・増殖させたり、あるいは所望の細胞へと分化誘導したりすることができる。本発明の方法は、神経幹細胞に限らず、分化決定因子が持続発現するか発現振動するかによって増殖か分化かが制御されているあらゆる幹細胞の分化制御に適用可能である。
本出願は、日本でされた特願2013-193582(出願日:平成25年9月18日)を基礎としており、その内容はすべて本明細書に包含されるものとする。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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