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明細書 :スズメバチ科ハチ忌避剤

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 公開特許公報(A)
公開番号 特開2017-088548 (P2017-088548A)
公開日 平成29年5月25日(2017.5.25)
発明の名称または考案の名称 スズメバチ科ハチ忌避剤
国際特許分類 A01N  31/04        (2006.01)
A01P  17/00        (2006.01)
A01P   7/04        (2006.01)
A01N  53/06        (2006.01)
A01N  53/02        (2006.01)
A01N  53/08        (2006.01)
A01N  53/04        (2006.01)
A01N  31/14        (2006.01)
A01N  25/02        (2006.01)
A01N  25/00        (2006.01)
A01N  37/02        (2006.01)
FI A01N 31/04
A01P 17/00
A01P 7/04
A01N 53/00 506Z
A01N 53/00 502C
A01N 53/00 508A
A01N 53/00 504B
A01N 53/00 504E
A01N 53/00 508C
A01N 31/14
A01N 25/02
A01N 25/00 102
A01N 37/02
請求項の数または発明の数 7
出願形態 OL
全頁数 24
出願番号 特願2015-221379 (P2015-221379)
出願日 平成27年11月11日(2015.11.11)
発明者または考案者 【氏名】金 哲史
【氏名】市川 俊英
【氏名】中島 修平
出願人 【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
【識別番号】515314199
【氏名又は名称】市川 俊英
【識別番号】515314203
【氏名又は名称】中島 修平
個別代理人の代理人 【識別番号】100075409、【弁理士】、【氏名又は名称】植木 久一
【識別番号】100129757、【弁理士】、【氏名又は名称】植木 久彦
【識別番号】100115082、【弁理士】、【氏名又は名称】菅河 忠志
【識別番号】100125243、【弁理士】、【氏名又は名称】伊藤 浩彰
審査請求 未請求
テーマコード 4H011
Fターム 4H011AC01
4H011AC06
4H011BB03
4H011BB06
4H011BB15
4H011DA13
4H011DD07
4H011DE15
要約 【課題】本発明は、ミツバチ科ハチには害を及ぼさない一方で、スズメバチ科に属する有害なハチには、その攻撃性を抑制したり、その接近や営巣を阻害することができるという選択性を有する忌避剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るスズメバチ科ハチの忌避剤は、下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含むことを特徴とする。
JP2017088548A_000023t.gif
[式中、R1は水素原子などを示し;XはC1-4アルキレン基などを示し;αは置換基を示し;nは、0以上、5以下の整数を示す。]
【選択図】なし
特許請求の範囲 【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含むことを特徴とするスズメバチ科ハチの忌避剤。
【化1】
JP2017088548A_000022t.gif

[式中、
1は、水素原子、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基βを有していてもよいC2-4アルケニル基、または、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基を示し;
Xは、置換基γを有していてもよいC1-4アルキレン基、または、置換基γを有していてもよいC2-4アルケニレン基を示し;
αは、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基δを有していてもよいC2-4アルケニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルコキシ基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基から選択される1以上の置換基を示し;
置換基β、γおよびδは、独立して、C1-4アルコキシ基、C1-4アルキル-カルボニル基、C1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基からなる群より選択される1以上の置換基を示し;
nは、0以上、5以下の整数を示す。]
【請求項2】
上記スズメバチ科ハチがスズメバチ亜科ハチである請求項1に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【請求項3】
さらに、ピレスロイド系殺虫成分を含む請求項1または2に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【請求項4】
上記ピレスロイド系殺虫成分が、メトフルトリン、プラレトリン、モンフルオロトリン、レスメトリン、フタルスリン、エトフェンプロックス、シフェノトリン、プロフルトリン、シフルトリンおよびテトラメトリンからなる群より選択される1種以上である請求項3に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【請求項5】
スズメバチ科ハチの攻撃性を抑制するための方法であって、
請求項1~4のいずれかに記載のスズメバチ科ハチの忌避剤であって液状のものをスズメバチ科ハチに噴霧する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害するための方法であって、
請求項1~4のいずれかに記載のスズメバチ科ハチの忌避剤を、スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害すべき場所またはその周辺に置くか或いは塗布する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害すべき場所がミツバチの巣である請求項6に記載の方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、スズメバチ科に属する有害なハチの攻撃性を抑制したり、その接近や営巣を阻害することができる忌避剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スズメバチは、一説によると雀ほどの大きさがあるハチとして名付けられたともされており、大型である。また、スズメバチは非常に好戦的な昆虫であり、巣に近付いたのみで攻撃してくる場合がある。8月から10月にかけては特に危険であり、巣の防御の他、樹液を分泌するクヌギなどの餌場を独占するために他の生物を攻撃することもある。その毒は、セロトニンやアセチルコリンなどの神経毒、炎症作用を示すヒスタミン、アナフィラキシーショックを引き起こすペプチド、細胞膜やタンパク質を分解する酵素などの混合物であり、極めて毒性が高い上に、スズメバチの毒針は返し構造を有さないためにミツバチの毒針のように一回の攻撃で抜けるということはなく複数回の攻撃が可能である。よって、その攻撃性をもって、スズメバチは攻撃対象に対して毒液が続く限り何度も毒針を刺し続ける傾向がある。
【0003】
スズメバチは森林中の木のうろの中や、土の中に営巣することが多いが、民家の軒下や天井裏に営巣することもある。よって、人の居住圏とスズメバチの活動範囲が重複し、事故も起こっている。また、スズメバチの巣がある森林中やその近くでハイキングやバーベキューなどを楽しむ人のアルコール飲料やジュースなどに寄ってきて、それに気付かぬまま手を伸ばした人を刺すこともある。
【0004】
実際、スズメバチによる死亡例は、熊や毒蛇など他の有害生物によるものよりもはるかに多く、日本国内でも毎年数十名が亡くなっており、2000年以降の死亡例は比較的少なくなっているものの、それでも毎年10~30名が死亡している。
【0005】
スズメバチ科には、スズメバチ亜科に加えてアシナガバチ亜科も分類されている。アシナガバチの攻撃性や毒性はスズメバチに比べて小さいものの、民家に営巣することがあり、また、それに刺されることによる死亡例もあり、有害生物である点でスズメバチと同様である。そこで、スズメバチ科ハチに対する対策が望まれている。
【0006】
特許文献1には、殺虫性天然油と極性芳香族溶媒とを含む殺虫性組成物が開示されており、この極性芳香族溶媒としてベンジルアルコールが挙げられており、対象となる有害生物としてハチ目(Hymenoptera)昆虫が挙げられている。
【0007】
ベンジルアルコールやβ-フェニルエチルアルコール(2-フェニルエタノール)は、特許文献2において、繊維害虫の成虫の忌避剤成分として挙げられている。一方、特許文献3には、スズメバチ捕殺用合成誘引剤の補助的な添加成分としてフェネチルアルコール(フェニルエタノール)が例示されている。
【先行技術文献】
【0008】

【特許文献1】特表2014-534184号公報
【特許文献2】特開平7-126110号公報
【特許文献3】特開2003-221302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、スズメバチ科ハチは毎年多数の死亡者を出す有害昆虫であり、対策が望まれている。しかし、ピレスロイド系殺虫剤を含むハチ用殺虫剤は市販されているものの、実際の対策としては民家に作られた巣を専門業者に除去してもらうのがせいぜいであり、死亡例を無くすことはできていない。また、攻撃性の高いスズメバチは、巣に近付くのみで集団で襲ってくることもあり、殺虫剤ではその噴霧から作用が表れるまでの間に攻撃性が失われる保証はなく、攻撃を完全に防ぐことは極めて難しい。
【0010】
上記特許文献1には、殺虫性組成物の成分の一つとしてベンジルアルコールが挙げられており、対象となる有害生物としてハチ目昆虫が挙げられているが、実際に試験されている昆虫はシラミのみでありハチは試験に付されていないし、殺虫剤ではスズメバチ科ハチに対する対策として不十分であることは上記の通りである。また、特許文献2の忌避剤の対象は繊維害虫の成虫であり、ハチへの対策はまったく認識されていない。かえって特許文献3には、フェネチルアルコール(フェニルエタノール)がスズメバチを忌避するものではなく誘引するための薬剤の補助的な添加成分として挙げられている。
【0011】
また、ハチの中でもミツバチは、蜂蜜を製造するために利用される益虫として知られているが、スズメバチはミツバチの幼虫や蛹を餌とするために巣を襲い、養蜂業に打撃を与えることが知られている。しかしハチ用の殺虫剤はミツバチにも害を及ぼすので、ミツバチの巣を襲っているスズメバチには使うことができない。
【0012】
そこで本発明は、ミツバチ科ハチには害を及ぼさない一方で、スズメバチ科に属する有害なハチには、その攻撃性を抑制したり、その接近や営巣を阻害することができるという選択性を有する忌避剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、ベンジルアルコールおよびその類縁体といったシンプルな構造を有する化合物が、スズメバチ科ハチの攻撃性を速やかに奪い、忌避させる一方で、ミツバチ科ハチにはそのような害を与えないという優れた選択性を示すことを見出して、本発明を完成した。
【0014】
以下、本発明を示す。
【0015】
[1] 下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含むことを特徴とするスズメバチ科ハチの忌避剤。
【0016】
【化1】
JP2017088548A_000002t.gif

[式中、
1は、水素原子、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基βを有していてもよいC2-4アルケニル基、または、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基を示し;
Xは、置換基γを有していてもよいC1-4アルキレン基、または、置換基γを有していてもよいC2-4アルケニレン基を示し;
αは、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基δを有していてもよいC2-4アルケニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルコキシ基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基から選択される1以上の置換基を示し;
置換基β、γおよびδは、独立して、C1-4アルコキシ基、C1-4アルキル-カルボニル基、C1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基からなる群より選択される1以上の置換基を示し;
nは、0以上、5以下の整数を示す。]
【0017】
[2] 上記スズメバチ科ハチがスズメバチ亜科ハチである上記[1]に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【0018】
[3] さらに、ピレスロイド系殺虫成分を含む上記[1]または[2]に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【0019】
[4] 上記ピレスロイド系殺虫成分が、メトフルトリン、プラレトリン、モンフルオロトリン、レスメトリン、フタルスリン、エトフェンプロックス、シフェノトリン、プロフルトリン、シフルトリンおよびテトラメトリンからなる群より選択される1種以上である上記[3]に記載のスズメバチ科ハチの忌避剤。
【0020】
[5] スズメバチ科ハチの攻撃性を抑制するための方法であって、
上記[1]~[4]のいずれかに記載のスズメバチ科ハチの忌避剤であって液状のものをスズメバチ科ハチに噴霧する工程を含むことを特徴とする方法。
【0021】
[6] スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害するための方法であって、
上記[1]~[4]のいずれかに記載のスズメバチ科ハチの忌避剤を、スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害すべき場所またはその周辺に置くか或いは塗布する工程を含むことを特徴とする方法。
【0022】
[7] スズメバチ科ハチの接近および営巣を阻害すべき場所がミツバチの巣である上記[6]に記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る忌避剤は、スズメバチ科ハチの攻撃性を速やかに奪うことができる。よって、スズメバチ科ハチの巣があると考えられる場所に足を踏み入れる際に液状の本発明剤を携帯してその防除に役立てたり、或いは巣を除去する際に攻撃を抑制するために用いることができる。また、スズメバチ科ハチは本発明に係る忌避剤を非常に嫌うことから、本発明剤を置いたり塗布したりすることにより、その場への接近や営巣を継続的に阻害することができる。また、本発明に係る忌避剤は、ミツバチ科ハチには害を及ぼさない。よって、ミツバチ科ハチの巣箱などの巣自体やその周辺に本発明剤を散布、静置または塗布することにより、益虫であるミツバチ科ハチに悪影響を与えることなく、スズメバチ科ハチの接近や攻撃を防ぐことが可能である。従って、本発明は、最も危険な有害生物であり、ミツバチ科ハチの巣を襲って全滅させて養蜂業に経済的なダメージを与えるのみでなく、ヒトを直接襲って死亡させることもあるスズメバチ科ハチの防除に極めて有効なものであるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、試験液を噴霧した黒球を用いてオオスズメバチの巣を刺激した場合における黒球に対する攻撃状況を記録したビデオ映像の画像である。図1Aは蒸留水を用いた場合の画像、図1Bは2-フェニルエタノールを用いた場合の画像、図1Cはベンジルアルコールを用いた場合の画像である。
【図2】図2は、試験液を噴霧した黒球を用いてキイロスズメバチの巣を刺激した場合における黒球に対する攻撃状況を記録したビデオ映像の画像である。図2Aは蒸留水を用いた場合の画像、図2Bは2-フェニルエタノールを用いた場合の画像、図2Cはベンジルアルコールを用いた場合の画像である。
【図3】図3は、試験液を噴霧した黒球を用いてコガタスズメバチの巣を刺激した場合における黒球に対する攻撃状況を記録したビデオ映像の画像である。図3Aは蒸留水を用いた場合の画像、図3Bは未使用の黒球にベンジルアルコールを噴霧した場合の画像、図3Cは警報フェロモンが付着した黒球にベンジルアルコールを噴霧した場合の画像である。
【図4】図4は、スズメバチ誘引トラップを利用した後記の実施例5における誘引トラップの設置状況を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明に係る忌避剤は、スズメバチ科(Vespidae)に属するハチを防除対象とするものである。スズメバチ科ハチとしては、スズメバチ亜科(Vespinae)およびアシナガバチ亜科(Polistinae)に属するハチを挙げることができる。

【0026】
スズメバチ亜科に属するハチとしては、例えば、オオスズメバチ、キイロスズメバチ、ヒメスズメバチ、コガタスズメバチ、モンスズメバチ、チャイロスズメバチ、クロスズメバチ、シダクロスズメバチ、ヤドリスズメバチなどを挙げることができる。

【0027】
アシナガバチ亜科に属するハチとしては、例えば、キアシナガバチ、セグロアシナガバチ、フタモンアシナガバチ、ヤマトアシナガバチ、キボシアシナガバチ、コアシナガバチ、ヤエヤマアシナガバチ、ムモンホソアシナガバチ、ヒメホソアシナガバチなどの土着種を挙げることができる。これら土着種に加えて、ごく最近、対馬や北九州市に侵入したツマアカスズメバチも挙げることができる。

【0028】
本発明に係る忌避剤は、特に、攻撃性が強く危険なスズメバチ亜科ハチを防除対象とする。なお、オスバチは毒針を有さないので、本発明に係る忌避剤の防除対象は、メスバチであるワーカー(働きバチ)と、ワーカーが羽化する前の初夏に巣外活動することが多い女王バチである。

【0029】
本発明に係るスズメバチ科ハチの忌避剤は、下記一般式(I)で表される化合物(以下、「化合物(I)」と略記する)を有効成分として含むことを特徴とする。

【0030】
【化2】
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[式中、
1は、水素原子、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基βを有していてもよいC2-4アルケニル基、または、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基を示し;
Xは、置換基γを有していてもよいC1-4アルキレン基、または、置換基γを有していてもよいC2-4アルケニレン基を示し;
αは、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基δを有していてもよいC2-4アルケニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルコキシ基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基から選択される1以上の置換基を示し;
置換基β、γおよびδは、独立して、C1-4アルコキシ基、C1-4アルキル-カルボニル基、C1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基からなる群より選択される1以上の置換基を示し;
nは、0以上、5以下の整数を示す。]

【0031】
本発明において「C1-4アルキル」および「C1-4アルキル基」は、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチルを挙げることができ、好ましくはC1-3アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、最も好ましくはメチルである。

【0032】
「C2-4アルケニル基」は、炭素数が2以上、4以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニル(ビニル)、1-プロペニル、2-プロペニル(アリル)、イソプロペニル、2-ブテニル、3-ブテニル、イソブテニルなどを挙げることができ、好ましくはエテニル(ビニル)または2-プロペニル(アリル)である。

【0033】
「C1-4アルキレン基」は、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチレン、メチルメチレン、ジメチルメチレン、エチレン、1-メチルエチレン、2-メチルエチレン、直鎖プロピレン、1-メチルプロピレン、2-メチルプロピレン、3-メチルプロピレン、直鎖ブチレンを挙げることができる。好ましくは直鎖C1-3アルキレン基または直鎖部分が直鎖C1-3アルキレン基である分枝鎖C1-4アルキレン基であり、より好ましくは直鎖C1-3アルキレン基または直鎖部分が直鎖C1-2アルキレン基であり側鎖置換基としてメチル基を有する分枝鎖C1-3アルキレン基であり、最も好ましくはメチレンである。

【0034】
「C2-4アルケニレン基」は、炭素数2以上、4以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニレン(ビニレン)、1-メチルエテニレン、2-メチルエテニレン、1-プロペニレン、2-プロペニレン、1-ブテニレン、2-ブテニレン、3-ブテニレンを挙げることができる。好ましくはC2-3アルケニレン基であり、より好ましくは1-プロペニレンまたは2-プロペニレンである。

【0035】
「C1-4アルコキシ基」とは、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素オキシ基をいう。例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、n-ヘキソキシなどであり、好ましくはC1-2アルコキシ基であり、より好ましくはメトキシである。

【0036】
「ハロゲノ基」としては、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基およびヨード基を挙げることができ、クロロ基、ブロモ基またはヨード基が好ましい。

【0037】
上記一般式(I)におけるフェニル基は、1以上、5以下の置換基αにより置換されていてもよい。当該置換基αの数、即ちnとしては、3以下または2以下の整数が好ましく、0または1がより好ましく、0がよりさらに好ましい。nが2以上の整数である場合、複数の置換基αは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。

【0038】
アルキル基などの置換基である置換基β、γ、δの数は、置換可能である限り特に制限されないが、例えば、1以上、5以下とすることができ、4以下または3以下が好ましく、1または2がより好ましく、1がさらに好ましい。置換基数が2以上である場合、複数の置換基β、γ、δは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。

【0039】
化合物(I)は、比較的シンプルな化学構造を有するため、市販のものがあればそれを利用すればよいし、或いは、当業者であれば市販化合物から容易に合成することが可能である。

【0040】
本発明に係るスズメバチ科ハチの忌避剤は化合物(I)を有効成分として含むものであり、スズメバチ科ハチに対する忌避作用を示す限り、化合物(I)以外の成分を含んでいてもよい。

【0041】
例えば、化合物(I)は基本的に常温常圧で液状であり、高濃度であるほど効果は高いと考えられることから、化合物(I)をそのままスズメバチ科ハチに対する忌避剤として用いることができる。但し、化合物(I)単独では低温で固化する場合や、粘度が高い場合には、溶媒に溶解して溶液としてもよい。溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶媒;ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒;エチレングリコール、グリセリンなどの多価アルコール系溶媒;オレガノ油、ニーム油、タイム油、クローブ油、シナモン油、ゼラニウム油、ペパーミント油、ラベンダー油、アニス油、ライム油などの液状天然油脂を挙げることができる。

【0042】
常温常圧で液状である化合物(I)や、化合物(I)の溶液は、メタン、エタン、プロパン、ブタンなどの高圧ガスと共に容器に封入し、化合物(I)を噴霧可能なスプレー剤とすることも可能である。
また、化合物(I)を固形化剤や増粘剤と混合して固形状またはゲル状とすることもできる。かかる固形剤またはゲル状剤からは、化合物(I)が徐放されることにより、スズメバチ科ハチに対する忌避作用が持続的に維持されることになる。なお、本発明において「固形状」とは、常温常圧で形状が維持されるものである限り厳密な意味で固体である必要はなく、また、「ゲル状」とは、粘度の高い不定形の流動物であれば、溶媒への溶解性の有無は問わないものとする。

【0043】
或いは、化合物(I)をマイクロカプセルに封入してもよい。化合物(I)を含むマイクロカプセルは、それ自体が化合物(I)の徐放性を示し、固形剤のみならず液状剤やゲル状剤にも配合可能であり、徐放性の液状剤またはゲル状剤とすることができる。マイクロカプセルの形態は特に制限されず、所望の徐放期間などに応じて、単核型、多核型、マトリックス型のいずれにもすることができる。化合物(I)をマイクロカプセル状にするためのマイクロカプセル化の手法としては、ポリウレア、ポリウレタン、ポリアミド、メラミン樹脂、尿素樹脂、アルギン酸カルシウムなどを用いた化学的手法;ゼラチン、アラビアゴム、低沸点有機溶剤に溶解したポリマーなどを用いた物理化学的手法;乾燥被膜ポリマー、ゼラチン、でんぷん、ワックス、ポリビニルアルコール、ポリエチレンなどを用いた機械的・物理的手法などを挙げることができる。

【0044】
本発明に係る忌避剤を固形状にするための固形化剤としては、例えば、寒天;ゼラチン;キサンタンガム、アルギン酸塩、カラギーナンなどの増粘性多糖類;平均分子量が3000以上、25000以下程度のポリエチレングリコール;ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース塩などのセルロース誘導体;ポリビニルアルコール;ポリビニルピロリドンなどを挙げることができる。

【0045】
また、本発明に係る忌避剤をゲル状にするためのゲル化剤としては、例えば、上記固形化剤の高濃度水溶液;平均分子量が1000以上、2000以下程度のポリエチレングリコールなどを挙げることができる。

【0046】
さらに、本発明に係る忌避剤には、防腐剤、酸化防止剤、着色剤など、一般的な添加剤を配合してもよい。

【0047】
その他、本発明に係る忌避剤には、一般的なハチ用殺虫剤の有効成分であるピレスロイド系殺虫成分を配合してもよい。従来のハチ用殺虫剤の中には、確かにスズメバチ科ハチに対する殺傷能力があるものもあったが、速やかに攻撃性を奪ったり神経系統を麻痺させることができるとは限らず、薬剤が作用を示すまでの間に使用者が攻撃を受け続けるおそれがあった。一方、本発明に係る化合物(I)は、スズメバチ科ハチの攻撃性を速やかに奪うことができるが、本発明者らが実験的に確認している限りでは、殺傷能力まではないと考えられる。そこで、本発明に係る忌避剤に、スズメバチ科ハチに対して有効なピレスロイド系殺虫成分を配合することにより、スズメバチ科ハチの攻撃性を速やかに奪いつつ、さらに殺傷し得るものとなる。かかるピレスロイド系殺虫成分は、スズメバチ科ハチに対して有効なものであれば特に制限されないが、例えば、除虫菊エキス;ピレトリン、シネリン、ジャスモリンなどの天然ピレスロイド;プラレトリン、アレスリン、テトラメトリン、レスメトリン、フラメトリン、フェノトリン、ペルペトリン、シフェノトリン、べラトリン、エトフェンプロックス、シフルトリン、テフルトリン、ビフェントリン、シラフルオフェン、トランスフルトリン、フタルスリン、メトフルトリン、モンフルオロトリン、エトフェンプロックス、プロフルトリン、シフルトリンなどの合成ピレスロイドなどを挙げることができ、これらの中でも、メトフルトリン、プラレトリン、モンフルオロトリン、レスメトリン、フタルスリン、エトフェンプロックス、シフェノトリン、プロフルトリン、シフルトリン、テトラメトリンからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。

【0048】
本発明に係る忌避剤における化合物(I)の濃度は、スズメバチ科ハチに対する忌避作用が発揮される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、1質量%以上とすることが好ましい。当該濃度が1質量%以上であれば、スズメバチ科ハチに対する忌避作用がより確実に発揮される。当該濃度としては、5質量%以上がより好ましく、10質量%以上がさらに好ましい。一方、当該濃度の上限は特に制限されず、100質量%であってもよい。

【0049】
また、本発明に係る忌避剤へスズメバチ科ハチに有効なピレスロイド系殺虫成分を配合する場合、忌避剤全体に対するピレスロイド系殺虫成分の濃度としては、例えば、0.01質量%以上、10.0質量%以下とすることができ、0.02質量%以上、2.0質量%以下が好ましい。

【0050】
なお、特許文献3には、フェネチルアルコール(フェニルエタノール)を含む組成物にオオスズメバチおよびキイロスズメバチに対する誘引作用があった旨のデータが示されている。その理由は必ずしも明らかではないが、当該組成物がスズメバチ科ハチに対する誘引作用のある脂肪酸エチルエステルを主成分として含んでいることが考えられる。よって、本発明に係る忌避剤は、特許文献3でスズメバチに対する誘引作用があるとされている脂肪酸エチルエステル、具体的には、乳酸エチル、ヘキサン酸エチル、オクタン酸エチル、ノナン酸エチル、デカン酸エチル、アントラニル酸エチル、ウンデカン酸エチル、ドデカン酸エチル、ミリスチン酸エチルおよびパルミチン酸エチルを含まないことが好ましい。但し、本発明者らによる実験的知見から、また、特許文献3で実験に付されている具体的な組成物のスズメバチ誘引作用が対照である発酵ジュースより劣ることからも、少なくとも2-フェニルエタノールはスズメバチ科ハチに対して忌避作用を示すことは事実であると考えられる。

【0051】
本発明に係る忌避剤は、スズメバチ科ハチに対して忌避作用を示す。具体的には、触角で匂いとして感知した本発明に係る化合物(I)を回避するためのものと考えられる羽ばたき行動に引き続く飛翔逃亡、或いは即座の飛翔逃亡を発現する。たとえ攻撃性の高いスズメバチ亜科ハチであっても、かかる羽ばたき行動中に刺激をしても、攻撃行動を示すことはなく、羽ばたき行動を継続するか、或いは飛翔逃亡してしまう。よって本発明に係る液状の忌避剤を噴霧器に挿入し携帯すれば、例えば森林中で集団のスズメバチ科ハチに襲われたとしても、ハチに対して、または肌の露出部分に忌避剤を噴霧することにより即座に攻撃性を喪失させることができ、殺虫剤に比べて有効な対処が可能である。また、スズメバチ科ハチの巣の除去の際や、スズメバチ科ハチの集団によりミツバチ科ハチの巣が襲われている際にも、スズメバチ科ハチの攻撃性を抑制するのに便利である。

【0052】
また、スズメバチ科ハチを誘引する糖分を含むジュースがあっても、本発明に係る忌避剤が共存するとスズメバチ科ハチは近付かないことが本発明者らによる実験的知見により確認されている。よって、民家などスズメバチ科ハチの接近や営巣を阻害したい場所に、固形状の本発明忌避剤を静置したり、ゲル状またはマイクロカプセル化された化合物(I)を含む液状の本発明忌避剤を塗布するなどして化合物(I)を徐放させることにより、スズメバチ科ハチの接近や営巣を継続的に阻害することが可能になる。

【0053】
さらに、本発明に係る忌避剤は、ミツバチ科ハチに対しては無害であることが実験的に確認されている。よって、ミツバチ科ハチの巣箱や巣自体またはその周辺に、本発明に係る忌避剤を噴霧したり、静置したり、塗布することによって、スズメバチ科ハチの接近や攻撃からミツバチ科ハチの巣を継続的に保護することも可能である。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0055】
実施例1: 噴霧されたベンジルアルコールおよびその類縁体に対する樹液採取中オオスズメバチワーカーの反応
本実験は、香川県高松市の香川県公渕森林公園にある樹液滲出中のクヌギに飛来して樹液を採取中のオオスズメバチ(Vespa mandarinia japonica Radoszkowski)のワーカーを対象にして、2014年の6月から10月にかけて、および2015年の6月から7月にかけて実施した。
【実施例】
【0056】
具体的には、蒸留水100mLを注入した容量200mLのプラスチック製噴霧器を対照区スプレーとし、ベンジルアルコール100mLを注入した同材質同容量の噴霧器を被験液区スプレーとした。先ず、クヌギ樹幹の樹液滲出箇所に静止して樹液採取中のオオスズメバチワーカー1個体ずつ、合計10個体に対して対照区スプレーで蒸留水を一吹き噴霧し、1分間ワーカーの行動を観察した。次いで、被験液スプレーでベンジルアルコールを一吹き噴霧し、その後1分間を限度として同一ワーカーの行動を観察した。2-フェニルエタノール、3-フェニルプロパノール、1-フェニル-2-プロパノールおよび酢酸ベンジルについても、同様の方法でクヌギ樹液採取中のオオスズメバチワーカーに対する噴霧試験を行った。結果を表1に示す。
【実施例】
【0057】
【表1】
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【実施例】
【0058】
表1に示す結果のとおり、対照区として蒸留水をオオスズメバチワーカー各個体に噴霧した場合には、各個体の行動に目立った変化はなく、いずれも噴霧前と同様に樹液滲出箇所で樹液を採取し続けた。次に、ベンジルアルコール、2-フェニルエタノール、3-フェニルプロパノール、1-フェニル-2-プロパノールまたは酢酸ベンジルを噴霧した場合には、10個体はいずれもその直後に羽ばたきを開始し、それとほぼ同時あるいは数秒後に樹液滲出箇所から飛翔離脱した。かかる羽ばたきは、触覚で匂いとして感知した各試験液を回避するための行動であると考えられる。
【実施例】
【0059】
なお、蒸留水と各試験液との間で反応の有無につきMcNemar検定を行ったところ、p<0.01で有意差があった。また、上記の各被験液を噴霧した直後、被験ワーカーから1m以内で作業する実験者の体に飛来して止まる個体もいたが、毒針による攻撃行動を発現する個体は皆無であった。
【実施例】
【0060】
以上の結果から、試験を実施した5種の被験液はいずれもオオスズメバチワーカーに対する強い忌避作用を示し、攻撃抑制作用も有することが確認された。
【実施例】
【0061】
実施例2: 営巣場所周辺におけるオオスズメバチワーカーの攻撃性に及ぼす2-フェニルエタノールおよびベンジルアルコールの影響
(1)実験1
本実験は、香川県高松市の香川県公渕森林公園内の雑木林で発見されたオオスズメバチの巣を利用して2014年10月24日に実施した。なお、巣は地中に作られていたため、巣の入口周辺以外は見えない状態であった。
【実施例】
【0062】
黒色ラッカーを全面に塗布した直径13cmのビニール製ボール(以下、「黒球」と略記する)を長さ11mの釣竿の先端に吊るし、表面全体に蒸留水を噴霧した後、この黒球で巣入口周辺を攪乱した。巣の攪乱は、巣入口手前約50cm内外の空中で黒球を10秒間ほど振動させるという方法、或いは巣入口に接触させた黒球を10秒間ほど振動させるという方法で行なった。両方法とも10秒間程振動させた後、黒球を巣入口手前約1mの空中に移動し、黒球に対するオオスズメバチワーカーの行動をビデオカメラで2分間撮影・記録した。この際、両方法で使用した黒球はいずれもオオスズメバチの攻撃を受け、警報フェロモンが付着したと考えられる。次いで、オオスズメバチが全て離れるまで黒球を巣から遠ざけ、その表面全体に2-フェニルエタノールを噴霧し、同様に黒球に対するワーカーの行動を観察した。黒球の振動中、ビデオ映像により観察可能なその半球面側の表面に掴まり攻撃しているワーカーの延べ数を表2に示す。
【実施例】
【0063】
【表2】
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【実施例】
【0064】
蒸留水を噴霧した黒球を巣入口手前で振動させた場合も、巣入口に接触させて振動させた場合も、黒球に飛来・着地して攻撃するワーカーが認められたが、その総計は後者の場合が多かった。スズメバチ類のワーカーが外敵を攻撃する場合、毒針で刺すと共に外敵攻撃の指標として機能する警報フェロモンを付着させることが知られている。このため、警報フェロモンを付けられた外敵には多数のワーカーが集中攻撃を加えることになる。本実験で対照区として使用し攻撃を受けた後の黒球も確実に警報フェロモンが付いているため、未使用の場合に比べてより一層ワーカーの攻撃を受けやすい状態であったはずである。しかし、警報フェロモンが付着している黒球に2-フェニルエタノールを表面に噴霧した場合、上記いずれの攪乱方法で巣を攪乱しても、黒球に飛来接近するワーカーは観察されたが、いずれも黒球表面から10cm内外の距離で方向を変えて飛び去り、ワーカーの攻撃を一度も受けなかった。
【実施例】
【0065】
以上のような試験結果から、2-フェニルエタノールはオオスズメバチワーカーに対する忌避物質として作用するだけでなく、同種ワーカーに対する強い誘引力を発揮してその攻撃行動を誘発する警報フェロモンの効力を失効させる攻撃抑制物質としても機能することが分かった。
【実施例】
【0066】
(2)実験2
上記実験1で、黒球を巣から離れた空中で振動させるよりも巣入口に接触させた状態で振動させる方がワーカーの攻撃行動をより強く誘発する傾向が認められた。そこで、2014年10月31日、上記実験1と同一のオオスズメバチの巣の入口に接触させた黒球を30秒間振動させることによるワーカーの攻撃状況について調査した。具体的には、被試験液の場合も警報フェロモンが付着した黒球は使わずに未使用の黒球を使用し、被試験液として2-フェニルエタノールまたはベンジルアルコールを用い、黒球を巣入口に接触させた状態で30秒間振動させて巣を攪乱した以外は上記実験1と同様にして、ワーカーの攻撃行動を観察した。
【実施例】
【0067】
その結果、蒸留水を噴霧した黒球にはほとんど中断することなく振動の終了から150秒間ワーカーの攻撃を受け続け、攻撃個体数は上記実験1の場合よりも明らかに多いことから、黒球に飛来・着地して攻撃したワーカーの延べ個体数の把握が困難であった。そこで、巣入口攪乱終了後から30秒間隔でビデオ映像から観察可能な黒球の半球表面に攻撃中のワーカー個体を計数した。結果を表3に示す。また、巣入口攪乱終了から145秒後におけるビデオ映像の写真を図1に示す。図1Aは蒸留水を用いた場合の画像、図1Bは2-フェニルエタノールを用いた場合の画像、図1Cはベンジルアルコールを用いた場合の画像である。
【実施例】
【0068】
【表3】
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【実施例】
【0069】
図1Aの白丸内には、黒球の半球面側上に飛来・着地して攻撃中のワーカー6個体が認められる。なお、試験時間終了後、竿を巣から5m以上離しても黒球に対する攻撃は止まらず、巣から8m以上離れて静止していた試験実施者も飛来突進したワーカーの攻撃を受けた。
【実施例】
【0070】
一方、2-フェニルエタノールまたはベンジルアルコールを全面噴霧した場合では、巣入口の攪乱を強化したにもかかわらず、いずれも黒球に飛来・着地して攻撃したワーカーは150秒間の試験時間中に1個体も観察されなかった。図1Bでは、黒球に飛来・接近したものの方向を変えて飛び去る直前のワーカー1個体が認められ(白丸内)、図1Cにも、同様の1個体と既に方向を変えて巣入口に向かって飛去するワーカー5個体が認められる(白丸内)。統計的にも、黒球に対する攻撃ワーカー個体数は、2-フェニルエタノールおよびベンジルアルコールを用いた場合ともに、蒸留水を用いた対照区に比べて有意に少ないという結果であった(t検定でp<0.05)。
【実施例】
【0071】
以上の結果から、2-フェニルエタノールとベンジルアルコールのオオスズメバチワーカーに対する忌避作用は非常に強いことが分かった。
【実施例】
【0072】
実施例3: 営巣場所周辺におけるキイロスズメバチワーカーの攻撃性に及ぼす2-フェニルエタノールおよびベンジルアルコールの影響
(1)実験1
本実験も、上記実施例2と同様に、香川県高松市の香川県公渕森林公園内の雑木林で発見されたキイロスズメバチ(Vespa simillima xanthoptera Cameron)の巣を利用して2014年10月24日に実施した。なお、この巣も地中に作られており、巣の入口周辺以外は見えない状態であった。
【実施例】
【0073】
上記実施例2(1)において、黒球を巣入口に接触させて10秒間振動することにより攪乱し、実験を行った。蒸留水を用いた対照区の黒球を攻撃するワーカーの個体数は、オオスズメバチの対照区と比べてはるかに多く、しかも動きが非常に速いため、攻撃個体の総数を把握することができなかった。このため、ビデオ映像を巣入口攪乱終了後から30秒ごとに静止させ、黒球の半球面に着陸して攻撃している個体を計数した。結果を表4に示す。調査した120秒の間、黒球に飛来・着陸して攻撃するワーカーが途絶えることはなく、その個体数が減少することもないため、黒球は激烈な攻撃を受け続けた。なお、このような攻撃は竿の先端を巣から5m以上離れた場所に移動させた試験終了後も続行され、攻撃が観察されなくなったのは試験終了後20分程経過してからであった。次に、キイロスズメバチの攻撃を受けた黒球に2-フェニルエタノールを噴霧した被験液区でも巣入口を攪乱した。しかし、黒球への接近を試みるワーカーは観察されたが、最接近した個体でも黒球表面から10~20cm程離れた空中で方向を変えて飛去したため、黒球表面に飛来・着地して攻撃するワーカーは1個体も確認されなかった。
【実施例】
【0074】
【表4】
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【実施例】
【0075】
以上のような試験結果から、キイロスズメバチの場合も2-フェニルエタノールはワーカーに対して忌避物質として作用するだけでなく、警報フェロモンの効力を失効させる攻撃抑制物質としても機能することが分かった。
【実施例】
【0076】
(2)実験2
2014年10月31日、上記実験1と同一のキイロスズメバチの巣に対して、上記実施例2(2)と同様の実験を行った。ビデオ映像から30秒毎に計数した黒球半球面上のワーカー数を表5に、115秒後におけるビデオ映像の写真を図2に示す。図2Aは蒸留水を用いた場合の画像、図2Bは2-フェニルエタノールを用いた場合の画像、図2Cはベンジルアルコールを用いた場合の画像である。
【実施例】
【0077】
【表5】
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【実施例】
【0078】
上記実験1の対照区と同様に、対照区の黒球はワーカーの激烈な攻撃を間断なく受け続け、150秒間の試験時間中に攻撃個体数が減少する傾向は認められなかった。図2Aには飛来・着地して攻撃中のワーカー7個体に加え、飛来・接近して着地寸前のワーカーが少なくとも3個体認められる。一方、2-フェニルエタノールまたはベンジルアルコールを用いた場合では、オオスズメバチの場合と同様に巣入口の攪乱を強化したにもかかわらず、巣の攪乱終了時点から30秒経過した時点で2-フェニルエタノールを噴霧した黒球に止まった1個体だけであった。黒球に飛来・接近するワーカーの姿が見られない図2Bと図2C両画面のような状況は試験時間中を通じて観察された。統計的にも黒球に対する攻撃ワーカー個体数は、2-フェニルエタノールを用いた場合(t検定でp<0.01)もベンジルアルコールを用いた場合(t検定でp<0.001)も、対照区に比べて有意に少ないという結果であった。
【実施例】
【0079】
以上の結果から、2-フェニルエタノールとベンジルアルコールのキイロスズメバチワーカーに対する忌避作用と攻撃抑制作用は、オオスズメバチワーカーに対する作用と同等あるいはそれ以上に強いことが分かった。
【実施例】
【0080】
実施例4: 営巣場所周辺におけるコガタスズメバチワーカーの攻撃性に及ぼす2-フェニルエタノールおよびベンジルアルコールの影響
本実験は、高松市飯田町に所在する民家の軒下に作られていたコガタスズメバチ(Vespa analis insularis (Fabricius))の巣を利用して2015年9月9日に実施した。
【実施例】
【0081】
(1)実験1
黒球を長さ11mの釣竿の先端に吊るし、黒球の表面全体に蒸留水を噴霧し、約10秒に1回、この釣竿の先端で巣の表面を叩きながら黒球に対するワーカーの行動を5分間ビデオカメラで撮影・収録した。巣を叩いている時の黒球は接触するほど巣に近接状態であり、叩かない時の黒球は巣表面から50cm内外離れた空中に静止させておいた。このように実施された試験で収録されたビデオ映像を再生して、黒球の半球表面に飛来・着地して攻撃するワーカー個体を計数した。また、未使用の黒球の表面全体にベンジルアルコールを噴霧したもの(被験液区1)と、対照区として使用しワーカーの攻撃を受けて警報フェロモンが付着した黒球の表面全体にベンジルアルコールを噴霧したもの(被験液区2)についても同様の実験を行った。計数結果を表6に示す。また、攪乱開始から234秒経過後におけるビデオ映像の写真を図3に示す。図3Aは蒸留水を用いた対照区の画像、図3Bは被験液区1の画像、図1Cは被験液区2の画像である。
【実施例】
【0082】
【表6】
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【実施例】
【0083】
図3Aに示されているように、蒸留水を噴霧した未使用の黒球は、300秒間の試験時間を通じて間断なく複数ワーカーの攻撃を受け続けた。一方、図3B、図3Cおよび表6のとおり、未使用の黒球にベンジルアルコールを噴霧した場合(被験液区1)でも、直前の対照区で多数のワーカーの攻撃を受け続けて警報フェロモンが付着した黒球にベンジルアルコールを噴霧した場合(被験液区2)でも、時折攻撃が見られたものの、対照区に比べてその頻度ははるかに低く、攻撃個体数も対照区に比べて有意に少なかった(t検定でp<0.05)。さらに、個体数は記録していないが、巣を断続的に叩くという物理的刺激によって対照区の試験中に巣穴から巣表面に一斉に出てきていた多数のワーカーは、その直後に実施した被験液区1および被験液区2の試験中に巣表面から減少し続け、終了時点では翅の状態が異常で飛ぶことができない1個体を残すのみであった。
【実施例】
【0084】
以上の結果から、ベンジルアルコールは、オオスズメバチおよびキイロスズメバチのみならずコガタスズメバのワーカーに対しても攻撃行動発現の抑制作用を有するとともに強い忌避作用を有することが明らかであった。
【実施例】
【0085】
(2)実験2
上記実験1の終了後、長さ1.5mのノズルを備えた噴霧器を用い、同一のコガタスズメバチの巣表面全体にベンジルアルコールを断続的に3回噴霧して、巣表面に止まっている成虫、巣穴から出入りするワーカーおよび巣に飛来接近するワーカーをビデオカメラで撮影し、ワーカーの巣に対する定着性および帰巣状況を調査した。試験は14時1分30秒に開始、14時10分に終了し、終了直後に巣表面に止まっている成虫と巣内に残留している成虫の個体数を確認した。巣内の成虫数は、巣全体を紙袋に密閉収容した後、巣を解体して調査した。結果を表7に示す。
【実施例】
【0086】
【表7】
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【実施例】
【0087】
第1回目のベンジルアルコール噴霧直後、15個体のワーカーが巣出入り口から次々に出てきたが、いずれも巣表面に一瞬も留まることなく飛び出して巣から離脱した。また、巣入口周辺に着地した6個体中の5個体が巣入口から巣内に戻った。第2回目のベンジルアルコール噴霧直後にはさらに10個体のワーカーが巣の出入口から出てきたが、それらも飛び出すと留まることなく巣から離脱した。第3回目のベンジルアルコール噴霧から試験終了時点までの5分30秒の間に巣内から飛び出したワーカーは2個体で、このワーカーもそのまま巣を離脱した。また、巣の周辺を飛んでいたワーカーの中で59個体が巣表面に飛来接近したが、巣の表面に着地したのはそれらの中で4個体だけであった。それら4個体も巣の表面に一瞬留まっただけで巣から離脱し、出入口から巣内に入る個体は第2回目の噴霧時点以降皆無であった。14時10分の試験終了時点で成虫はすべて巣から離脱しており、巣内に残っていたのは各巣室内で飼養されていた蛹、前蛹、幼虫および卵であった。女王も不在であったことから、女王は離脱ワーカー中の1個体として計数されていたものと考えられる。
【実施例】
【0088】
実施例5: 野外誘引トラップを利用したスズメバチ類ワーカーに対する2-フェニルエタノールの忌避効果とその持続性に関する検討
香川県公渕森林公園内の4箇所で試験を行なった。試験は2013年に10月11日~11月4日と11月4日~12月7日の2回、2014年に10月1日~10月31日と10月31日~12月9日の2回、計4回実施した。
【実施例】
【0089】
先ず、容量2Lのペットボトルの側面に2cm角の孔を4ヵ所開けて、500mLのブドウジュースを入れ、対照区のスズメバチ類誘殺トラップを作製した。また、当該トラップのブドウジュース中に、25mL、5mLまたは1mLの2-フェニルエタノールを加えたものを作製し、被験液区とした。対照区と被験液区の環境条件の差を最小限に抑えるために、図4に示すとおり、1本の対照区トラップの最近接場所に必ず1本の被験液区トラップを配置して両区1対とし、各試験箇所で対照区トラップと被験液区トラップの設置数が各々5本になるようにした。試験実施箇所はいずれも低山地で樹木の多い傾斜地であり、各トラップを生立木の枝に吊るさざるを得なかったことから、両区1対間の水平距離を一定にすることができず、その範囲は1~8.5mであった。誘引トラップ内で誘殺されたスズメバチ類の中にはワーカーとオスが含まれていたが、ここでは刺傷事故の原因になるのと同時に営巣活動においても主要な役割を果たすスズメバチ類ワーカーの誘殺個体数に基づいて、対照区と被験液区の結果を比較した。設置トラップ数と、スズメバチ類ワーカーを誘殺したトラップの数を表8に示す。表8中、「*」は、Yatesの補正を適用したχ2検定においてp<0.01で有意差がある場合を示し、「**」は同検定においてp<0.001で有意差がある場合を示す。また、2013年の1回目の実験の結果を表9に、2回目の実験の結果を表10に、2014年の1%2-フェニルエタノール液を用いた1回目の実験の結果を表11に、2回目の実験の結果を表12に、2014年の0.1%2-フェニルエタノール液を用いた1回目の実験の結果を表13に、2回目の実験の結果を表14に示す。表9~14において、「*」は、t検定においてp<0.05で有意差がある場合を示し、「**」は同検定においてp<0.01で有意差がある場合を示し、「***」は同検定においてp<0.001で有意差がある場合を示す。
【実施例】
【0090】
【表8】
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【実施例】
【0091】
【表9】
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【実施例】
【0092】
【表10】
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【実施例】
【0093】
【表11】
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【実施例】
【0094】
【表12】
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【実施例】
【0095】
【表13】
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【実施例】
【0096】
【表14】
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【実施例】
【0097】
2013年の実験の結果
第1回目試験、第2回目試験を通じて、被験液区にはブドウジュース500mLに2-フェニルエタノール25mLを加えたトラップ(5% 2-フェニルエタノール)を使用した。
【実施例】
【0098】
第1回目試験の結果、香川県内に生息することが知られている5種のVespa属スズメバチ類のワーカーの中で、対照区トラップで誘殺された種はキイロスズメバチを除く4種、即ちオオスズメバチ、モンスズメバチ(V.crabro flavofasciata Cameron)、ヒメスズメバチ(V.ducalis pulchra Buysson)およびコガタスズメバチであった。また試験期間中の原因不明事故でペットボトル内のブドウジュースが消失してしまった2本を除く対照区トラップ18本中の各トラップには、少なくとも1種、最多4種のスズメバチ類ワーカーが誘殺されていた。一方、事故を免れた対照区トラップに対応する被験液区トラップ18本の中にスズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップは1個もなく、スズメバチ類ワーカー誘殺トラップ個数は被験液区の方が有意に少なかった(p<0.001)。スズメバチ類全種ワーカーの誘殺個体数も被験液区(平均値:0,SD:0)の方が対照区(平均値:6.00,SD:6.07)に比べて有意に少ない結果となった(p<0.001,)。
【実施例】
【0099】
第2回目試験の時期はスズメバチ類の活動が終了する時期に差し掛かっていたが、対照区トラップではヒメスズメバチを除く4種のスズメバチ類のワーカーが誘殺された。ただし、対照区トラップ18本の中で少なくとも1種のスズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップ数は第1回目試験の半分である9本に減少し、対照区各トラップにおけるスズメバチ類ワーカー誘殺個体数(平均値:0.67,SD:0.84)も、第1回目試験の対照区における誘殺個体数(平均値:6.00,SD:6.07)に比べて大きく減少した。一方、被験液区では第1回目試験と同じく、スズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップは1個もなかった。このため、スズメバチ類ワーカーの誘殺トラップ個数は被験液区の方が対照区に比べて有意に少なかった(Yatesの補正を適用したχ2検定,p<0.01)。また、被験液区トラップのスズメバチ類ワーカー誘殺個体数(平均値:0,SD:0)も、対照区トラップの誘殺個体数(平均値:0.67,SD:0.84)に比べて有意に少ない結果となった(p<0.01)。
【実施例】
【0100】
2014年の実験の結果
第1回目試験、第2回目試験を通じて、ブドウジュース500mLに2-フェニルエタノール5mLを加えたトラップ(1% 2-フェニルエタノール)と、ブドウジュース500mLに2-フェニルエタノール0.5mLを加えたトラップ(0.1% 2-フェニルエタノール)各々合計10本を2種類の被験液区トラップとして試験を実施した。
【実施例】
【0101】
1% 2-フェニルエタノールトラップを用いた場合、第1回目試験では対照区トラップ10個中の9個でスズメバチ類ワーカーが誘殺されており、それらの中には5種のワーカーが含まれていた。一方、被験液区トラップ10個の中でスズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップは1本もなく、スズメバチ類ワーカー誘殺トラップ数は対照区に比べて被験液区の方が有意に少なかった(Yatesの補正を適用したχ2検定,p<0.001)。被験液区トラップのスズメバチ類全種ワーカー誘殺個体数(平均値:0,SD:0)も、対照区トラップの誘殺個体数(平均値:3.30,SD:2.58)に比べて有意に少ない結果となった(p<0.001)。
【実施例】
【0102】
第2回目試験においても、第1回目試験と同様、被験液区トラップではスズメバチ類ワーカーが1個体も誘殺されなかった。一方、スズメバチ類ワーカーが誘殺された対照区のトラップ数は第1回目試験の9本から大きく減少して3本となり、スズメバチ類ワーカー誘殺トラップ個数に両区の間で有意差はなかった。スズメバチ類ワーカー誘殺個体数にも対照区(平均値:0.40,SD:0.70)と被験液区(平均値:0,SD:0)の間で有意差は認められなかった。
【実施例】
【0103】
0.1% 2-フェニルエタノールトラップを用いた場合、第1回目試験の結果は5% 2-フェニルエタノール(2013年)あるいは1% 2-フェニルエタノール(2014年)を被験液区として実施した第1回目試験の結果と大きく異なっていた。即ち、被験液区でも対照区と同じく、設置した10個のトラップすべてでスズメバチ類ワーカーが誘殺されており、わずか1個体ではあるが、対照区で誘殺されなかったキイロスズメバチも含んで5種ワーカーのすべてが誘殺されていた。誘殺された全種ワーカーの総個体数は対照区の方が多い傾向であったが、その差は有意ではなかった。また、種別に両区の誘殺個体数を比較すると、対照区の方が被験液区に比べて有意に多かったのはモンスズメバチだけであった(p<0.01)。
【実施例】
【0104】
第2回目試験でスズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップは被験液区の1個だけで、誘殺されていた3個体はすべてオオスズメバチワーカーであった(表14)。
【実施例】
【0105】
結果の考察
この野外試験では、スズメバチ類の調査用あるいは駆除用として広く利用されているペットボトル製誘引トラップにブドウジュースを注入したものを対照区として利用し、スズメバチ類に対するブドウジュースの誘引効果に対する2-フェニルエタノールの阻害性の有無を3種類の濃度別に分析した。2013年、2014年の両年とも、1ヵ月内外のトラップ設置期間で2回の実験を行なったが、営巣活動期間の長い種でもその末期に近い11月が主体であった2回目の誘殺個体数は全般に少なく、この期間だけの結果から2-フェニルエタノールの影響の有無を確定することは難しい状況であった。このため、従来の知見から営巣期間の短いヒメスズメバチを除く4種スズメバチ類の営巣活動が活発であったと考えられる第1回目試験の結果を中心に、第2回目試験の結果はその補完資料として2年間の結果をまとめて考察する。
【実施例】
【0106】
2013年に実施した第1回目試験では、対照区トラップで四国に生息する5種スズメバチ類中4種に亘る多数のワーカーが誘殺されたが、その結果と対照的に本実験で設定した最高濃度の5% 2-フェニルエタノール区トラップでは1個体のワーカーも誘殺されなかった。同年の第2回目試験でも対照区トラップで少数ながら4種のワーカーが誘殺されたのに対して、5% 2-フェニルエタノール区トラップでは第1回目試験と同じく1個体のワーカーも誘殺されなかった。2014年に実施した1% 2-フェニルエタノール区の結果も5% 2-フェニルエタノール区の結果と同様で、第1回目試験の対照区で5種に亘る多数のワーカーが誘殺されたのに対して、1% 2-フェニルエタノール区では1個体のワーカーも誘殺されなかった。第2回目試験でも対照区トラップでは少数ながらスズメバチ類ワーカーが誘殺されていたのに対して、1% 2-フェニルエタノール区トラップで誘殺された個体数は0であった。結果に示した通り、以上5% 2-フェニルエタノール区と1% 2-フェニルエタノール区において誘殺トラップ個数にも誘殺個体数にも対応する対照区との間で統計的な有意差が認められたことから、スズメバチ類ワーカーを誘引する効果のあるブドウジュースに対して1~5%の2-フェニルエタノールを加えれば、その誘引効果を無効化して5種スズメバチ類ワーカーの接近を妨害しうるものと結論される。以上2種類の濃度の2-フェニルエタノール区の全トラップでスズメバチ類5種の誘殺個体が0となった結果から、2-フェニルエタノールの誘引阻害効果は非常に強大であるとともに、その効果は広範囲のスズメバチ類に及んで発揮されるものと考えられる。なお、2014年に実施した0.1% 2-フェニルエタノール区の第1回目試験において、この被験液区で対照区とほぼ同様に5種に亘る多数のワーカーが設置した全トラップで誘殺されたことから、ペットボトル製誘引トラップに収容した状態にあるブドウジュースのスズメバチ類ワーカーに対する誘引効果を阻害しうる2-フェニルエタノールの閾値濃度は1%~0.1%の範囲内にあることもわかる。
【実施例】
【0107】
2013年と2014年の第2回目試験の結果をみると、スズメバチ類ワーカーが誘殺されたトラップ個数も誘殺個体数も第1回目試験の結果に比べて大きく減少していた。しかし、第2回目試験でも誘殺個体数が0になった訳ではなく、野外活動ワーカー個体数が多かったと考えられる2013年には対照区トラップでかなり多数が誘殺されて、誘殺個体数0であった被験液区との間で誘殺トラップ個数、誘殺個体数ともに有意差が認められる程であった。このような第2回目の試験結果から、両年とも第1回目試験期間中は常にいずれかの種のワーカーが野外で活動し続けていたものと考えられる。このため、約1ヶ月間の第1回目試験の途中で2-フェニルエタノールの誘引阻害効果が大きく低下する事態が生じていれば、被験液区(5% 2-フェニルエタノール区および1% 2-フェニルエタノール区)でもスズメバチ類ワーカーが誘殺されていた筈である。両被験液区トラップの誘殺個体数が0であったことから、ブドウジュース中に混入した状態の2-フェニルエタノールは少なくとも1か月程度その効力を維持し続けていたことがわかる。このような本実験の結果から、2-フェニルエタノールはその急激な消失を防ぐための手段を講じることによって、スズメバチ類に対する長期間の忌避効果を持続させうることがわかる。
【実施例】
【0108】
実施例6: 噴霧されたベンジルアルコールに対するセグロアシナガバチワーカーおよびフタモンアシナガバチワーカーの反応
本実験は、セグロアシナガバチ(Polistes jokahamae jokahamae Radoszkowski)に関して、高知県南国市物部乙200に所在する高知大学農学部構内で発見された巣の外壁に止まっているワーカー集団、および香川県高松市伏石町内の民家に植栽されたケヤキの樹幹のクマゼミ成虫吸汁痕から滲出する樹液を採取中の個体を対象として、それぞれ2015年7月13日および2015年7月19~22日に実施した。また、フタモンアシナガバチ(P.chinensis antennalis P▲e▼rez)に関して、香川県高松市伏石町に所在する野田池の堤防に植栽されたトベラの枝で発見された巣の外壁に止まっているワーカー集団を対象として2015年7月30日に実施した。
【実施例】
【0109】
試験方法はオオスズメバチワーカーに対して実施した上記実施例1(1)の方法に準じ、試験対照集団または試験対象個体に対照区スプレーとして蒸留水、試験液区スプレーとしてベンジルアルコールを順次噴霧器で噴霧して、各々噴霧直後から1分後までの行動を記録した。
【実施例】
【0110】
セグロアシナガバチに対する結果
巣盤表面のワーカー集団に対する結果を表15に、樹液採取中のワーカー個体に対する結果を表16に示す。
【実施例】
【0111】
【表15】
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【実施例】
【0112】
【表16】
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【実施例】
【0113】
試験開始直前、巣盤表面に止まっている11個体のワーカー集団に対して蒸留水を1回噴霧した結果、巣盤表面を離れる個体は認められなかった。蒸留水の噴霧から1分後にベンジルアルコールを1回噴霧すると、その直後から10秒以内に集団の各個体はほぼ一斉に巣から飛去し、1分後巣に残留していた個体は0となった。
【実施例】
【0114】
ケヤキ樹液を採取中のワーカーに蒸留水を噴霧した場合、その直後に飛び立った1個体も5秒以内に元に戻り、その他は特に行動に変化なくそのまま樹液採取を続行した。蒸留水スプレーの30秒後、各個体にベンジルアルコールをスプレーすると、1秒以内に羽ばたき行動の後に飛翔逃亡するか、羽ばたき行動もなく飛翔逃亡した。このような結果は、本試験の対象とした10個体に共通であった。
【実施例】
【0115】
フタモンアシナガバチに対する結果
フタモンアシナガバチに対する実験結果を表17に示す。
【実施例】
【0116】
【表17】
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【実施例】
【0117】
フタモンアシナガバチの巣はトベラの枝葉に囲まれた場所に作られており、1回の噴霧で巣全体に噴霧液が揮散しない可能性があるため、蒸留水の噴霧とその1分後のベンジルアルコールの噴霧はいずれも巣の上面と下面にそれぞれ2回ずつ合計4回行なった。7月30日午前9時前後に行なった実験では、巣盤に止まっていた32個体の中で蒸留水の噴霧からその1分後まで巣盤上で異常な行動を発現する個体も巣を離脱する個体もいなかった。続いてベンジルアルコールを噴霧すると、上記セグロアシナガバチの場合と同様に、スプレー直後に全個体が巣から飛び去ってしまい、1分後の残留個体は0となった。なお、ベンジルアルコール噴霧直後に巣から離脱した個体の中には隣接するトベラの枝や葉に止まる個体もいたが、いずれも止まったままでずっと羽ばたき続け、その場から飛び立っても巣に戻ることなく、すべて行方不明となった。
【実施例】
【0118】
比較例1: 噴霧されたベンジルアルコールに対するセイヨウミツバチの反応
本実験は、香川県高松市伏石町内に所在する野田池の堤防に植栽されたアベリアの花に飛来して吸蜜活動中のセイヨウミツバチワーカーを対象として、2015年7月22~24日に実施した。
【実施例】
【0119】
試験方法は吸蜜中あるいは花間を移動中のワーカーに対して、まず噴霧器で蒸留水を1回噴霧してその行動を30秒間観察した後、同一ワーカーに対して同質同容量の噴霧器で試験液としてベンジルアルコール、2-フェニルエタノールあるいは酢酸ベンジルを1回噴霧し、30秒を限度としてその行動を観察した。観察時間中に通常の訪花活動と異なる行動を発現した場合に噴霧された試験液に反応有りと判定した。結果を表18に示す。
【実施例】
【0120】
【表18】
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【実施例】
【0121】
表18に示す結果のとおり、吸蜜活動中のセイヨウミツバチのワーカーに蒸留水を噴霧した場合、その行動に変化は認められず、そのまま緩慢な飛翔と訪花・吸蜜を繰り返す一連の吸蜜活動が続行された。そのような状況下でベンジルアルコールを噴霧した場合もワーカーの行動に変化は認められず、吸蜜活動はさらに続行された。このような結果は試験対象とした10個体に共通であり、ベンジルアルコールがワーカーの行動に悪影響を及ぼすことはないと判断された。2-フェニルエタノールあるいは酢酸ベンジルを試験液として実施した場合の試験結果も上記ベンジルアルコールの試験結果と同様であった。このように本発明に係る忌避剤は、益虫であるミツバチに対しては害を及ぼさないことが明らかになった。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3