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明細書 :MusashiによるNumbタンパク質発現抑制剤

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3566941号 (P3566941)
公開番号 特開2002-371005 (P2002-371005A)
登録日 平成16年6月18日(2004.6.18)
発行日 平成16年9月15日(2004.9.15)
公開日 平成14年12月26日(2002.12.26)
発明の名称または考案の名称 MusashiによるNumbタンパク質発現抑制剤
国際特許分類 A61K 38/00      
A61K 48/00      
A61P 25/00      
A61P 43/00      
C12N  5/06      
C12N 15/09      
FI A61K 37/02
A61K 48/00
A61P 25/00
A61P 43/00 107
C12N 5/00 E
C12N 15/00 ZNAA
請求項の数または発明の数 7
全頁数 26
出願番号 特願2001-164412 (P2001-164412)
出願日 平成13年5月31日(2001.5.31)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用申請有り Molecular and Cellular Biologyのウェブサイト(http://mcb.asm.org/(Molecular and Cellular Biology,June 2001,Vol.21,No.12,p.3888-3900))に2001年5月19日に発表
審査請求日 平成14年8月16日(2002.8.16)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人 科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】今井 貴雄
【氏名】徳永 暁憲
【氏名】吉田 哲
【氏名】御子柴 克彦
【氏名】中福 雅人
【氏名】岡野 栄之
個別代理人の代理人 【識別番号】110000084、【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
審査官 【審査官】内田 俊生
調査した分野 A61K 38/00 - 38/58
A61K 48/00
C12N 5/00 - 5/28
C12N 15/00 - 15/90
BIOSIS(STN)
MEDLINE(STN)
EMBASE(STN)
CAplus(STN)
特許請求の範囲 【請求項1】
ムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とするNumbタンパク質発現抑制剤。
【請求項2】
ムサシ蛋白質がムサシ1(Musashi1)である請求項1記載のNumbタンパク質発現抑制剤。
【請求項3】
ムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とするNotch情報伝達活性増強剤。
【請求項4】
ムサシ蛋白質がムサシ1(Musashi1)である請求項3記載のNotch情報伝達活性増強剤。
【請求項5】
請求項3又は4記載のNotch情報伝達活性増強剤を有効成分とするNotch情報伝達系の異常に基づく神経幹細胞の自己複製および/又は生存不全の治療薬。
【請求項6】
ムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とする神経幹細胞増殖活性増強剤。
【請求項7】
ムサシ蛋白質がムサシ1(Musashi1)である請求項6記載の神経幹細胞増殖活性増強剤。
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明はニューロン分化調節機能やNotch拮抗作用を有するNumbタンパク質の発現を抑制し、Notch情報伝達系の異常に基づく疾患の治療薬として有用な医薬及び神経幹細胞増殖活性増強剤に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】
Numbタンパク質(Wakamatsu et al., Neuron 23(1999):71-81)は哺乳類中枢神経細胞幹細胞の自己複製活動に必要なNotchタンパク質のシグナル伝達カスケードを阻害することが知られている(Ohtsuka et al., EMBO J.18(1999):2196-2207及びNakamura et al., J. Neurosci.20(2000):283-293)。
【0003】
そしてNotchタンパク質を介した情報伝達系は、神経幹細胞の自己複製および/又は生存等に関与している。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、哺乳類の中枢神経経系の幹細胞に強く発現することが知られているムサシ蛋白質(Musashi)に着目し、その機能について検討してきたところ、ムサシ蛋白質がNumbタンパク質の発現を翻訳段階で抑制すること、さらにNotch情報伝達の活性を増強する作用を有し、Notch情報伝達活性の異常に基づく疾患の治療薬として有用であることを見出した。また、本発明者はムサシ蛋白質の機能を検討する目的でムサシ蛋白質遺伝子を欠損させた動物を用いて検討したところ、ムサシ蛋白質が神経幹細胞の増殖活性を増強することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明はムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とするNumbタンパク質発現抑制剤を提供するものである。
また本発明はムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とするNotch情報伝達活性増強剤を提供するものである。
また、本発明は、ムサシ蛋白質、ムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有し、かつNumbタンパク質発現抑制活性を有するポリペプチド、又はそれらのポリペプチドをコードする遺伝子を有効成分とする神経幹細胞増殖活性増強剤を提供するものである。
【0006】
【発明の実施の形態】
本発明の医薬の有効成分であるムサシ蛋白質は、哺乳類の中枢神経系幹細胞で強く発現するRNA結合タンパクである。そして、ムサシ蛋白質にはムサシ1(Musashi1又はMsi1)及びムサシ2(Musashi2又はMsi2)の2つがあることが知られている(Sakakibara, S. et al., Dev. Biol. 176(1996):230-242)。これらのムサシ蛋白質のうち、ムサシ1(Msi1)が特に好ましい。
【0007】
これらのムサシ蛋白質は、それが存在する細胞から分離することもできるが、ムサシ蛋白質をコードする遺伝子がすでにクローニングされているので、DNA組み換え技術、すなわち、当該遺伝子を用いて調製した発現ベクターを利用し、形質転換した細胞を用いて調製してもよい。
【0008】
またムサシ蛋白質は、神経幹細胞で発現している蛋白質そのものでもよいが、同様の性質を有する限り、その一部のアミノ酸配列が改変されたものでもよい。例えばムサシ蛋白質のアミノ酸配列の1又は複数個が置換、欠失、付加もしくは挿入されたアミノ酸配列を有するポリペプチドも使用し得る。これらの置換、欠失、付加もしくは挿入の程度及びそれらの位置は、改変されたポリペプチドがムサシ蛋白質と同様の性質、すなわちNumbタンパク質発現抑制活性を有するものであれば特に制限されない。これらの改変ポリペプチドもまた、ムサシ蛋白質同様にDNA組み換え技術により調製できる。
【0009】
また、ムサシ蛋白質又は上記改変ポリペプチドをコードする遺伝子を投与し、体内で当該蛋白質又は改変ポリペプチドを生成させてもよい。
【0010】
後記実施例に示すようにムサシ蛋白質は、哺乳類のnumb遺伝子のmRNAと結合し、numb遺伝子の発現を翻訳段階で調節し、Numbタンパク質の発現を抑制する。
また、ムサシ蛋白質の発現によって、Numbタンパク質の発現が抑制される結果、Notch情報伝達の活性が増強される。従って、ムサシ蛋白質は、Notch情報伝達系の異常に基づく疾患、すなわち神経幹細胞の自己複製および/又は生存不全の治療薬として有用である。
また、Msi1遺伝子欠損マウス由来の神経幹細胞において、Msi2遺伝子の発現を減弱させると、ニューロスフェア形成能が著しく減少することから、ムサシ蛋白質は神経幹細胞の増殖活性を増強させる。
【0011】
本発明の医薬をヒトを含む哺乳類に投与するには、前記有効成分に薬学的に許容される担体を加えて、種々の投与形態の医薬組成物とすることができる。かかる投与形態としては注射用製剤が好ましい。また薬学的に許容される担体としては、蒸留水、溶解補助剤、安定化剤、乳化剤、緩衝剤等が挙げられる。また、これら医薬の投与量は、疾患、性別、体重等により変化するが、ムサシ蛋白質量として0.1μg~10mg/日程度であろう。
【0012】
【実施例】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0013】
実施例1
A.材料と方法
(1)Msi1融合タンパク質の調製
マウスのMsi1融合タンパク質(Msi1-2TR)を調製するために、musashi-1 cDNAのコード領域の一部(アミノ酸残基7~192に相当)をpET21a発現ベクター(Novagene)に挿入し、プラスミドベクターpET21a-msi12TRを構築した。このプラスミドは大腸菌BL21(DE3)/pLysSに導入して増幅した。融合タンパク質の発現とアフィニティ精製は文献の方法で行った(Kaneko et al., Dev. Neurosci. 22(2000):138-152)。
【0014】
(2)Msi1のリガンドであるRNAの選択
RNAの選択は、基本的に文献の方法で行った(Buckanovich et al., Mol. Cell. Biol., 17(1997):1197-1204、Tsai et al., Nucleic Acids Res.19(1991):4931-4936)。プライマー結合部位の間に50bpのランダム配列をはさむオリゴヌクレオチド(5’-GGGAAGATCTCGACCAGAAG-N50-TATGTGCGTCTACATGGATCCTCA-3’)をDNA合成装置(Nissinbo)で合成した。このオリゴヌクレオチドは、T7プロモーター配列を含むフォワードプライマー(5’-CGGAATTCTAATACGACTCACTATAGGGAAGATCTCGACCAGAAG-3’)とリバースプライマー(5’-TGAGGATCCATGTAGACGCACATA-3’)を用いてPCR法で増幅した。ライブラリーDNAは、T7RNAポリメラーゼと[α-32P]UTP(Amersham Pharmacia Biotech)を用いてin vitroで転写した。得られたRNAは、ニッケルアフィニティ樹脂を充填したカラムに添加した。このカラムにはあらかじめ100μgのヒスチジンタグをもつ精製Msi1融合タンパク質を吸収させておいた。binding bufferには0.5M LiCl, 20mM Tris-HCl[pH7.5], 1mM MgClを用いた。次にビーズを10 mlのbinding bufferで洗浄し、結合RNAはelution buffer(20mM Tris-HCl[pH7.5],1Mイミダゾール)でカラムから溶出し、フェノールで抽出してエタノールで沈殿させた。このRNAをモロニーマウス白血病ウイルスの逆転写酵素(Gibco BRL)で逆転写して得られたcDNAをPCRに用いた。上記のフォワードおよびリバースのプライマーを用いて、94℃1分間、59℃1分間、72℃1分間を15サイクル行いDNAを増幅した。PCR産物は次回のRNA選択に用いた。以上の手順を、さらに7回繰り返して行ったあとに、増幅産物をpUC119ベクター(Clontech)にサブクローニングした。RNAの二次構造は、市販の配列解析ソフトウェアDNASIS(Hitachi Software Engineering Inc.)のプログラムを使用し、Zuker-Stiegler法で予測した。
【0015】
(3)ゲルシフト法
ゲルシフト法は、Msi1融合タンパク質の量を変えて16 μlのKNET緩衝液を用いて行った(Levine et .al., Mol. Cell. Biol., 13(1993):3494-3504)。1分あたり1万カウント(約4 fmol)の32P標識選択RNAリガンド(S8-13とS8-19)を、Msi1融合タンパク質を含む溶液に加えた。競合試験の場合は未標識RNAを32P標識RNA添加前に加えた。タンパク質とRNAのサンプルは、室温に30分静置して平衡化させた。保温後に混合液を8%または15%のポリアクリルアミドゲル(0.5×Tris-ホウ酸-EDTA緩衝液、5%グリセロール)に直ちに添加して電気泳動で分離した。ゲルを乾燥してXARオートラジオグラフィーフィルムを感光させた(Kodak)。
【0016】
(4)m-numb遺伝子の3’UTRを用いたin vitro結合試験
35S]メチオニン標識した完全長のMsi1タンパク質を、プラスミドベクターpRSETb-msi1(Sakakibara et al., Dev. Biol., 176(1996):230-242)、pET21a-msi12TR、pRSETb-C17(C末端半分)、T7RNAポリメラーゼを含む網状赤血球溶解液(Promega)を用いてin vitro転写翻訳系で調製した。Msi1タンパク質は、ビオチン-14-CTPで標識したm-numb RNAとともにbinding buffer(150 mM NaCl, 50 mM Tris-HCl[pH8.0], 0.05% NP-40, 0.1%アジ化ナトリウム)中で30分間保温した。次にMsi1とm-numb RNAの混合液を、あらかじめbinding bufferに再懸濁しておいたストレプトアビジン-アガロースビーズに添加した。ビーズは1mlのbinding bufferで5回洗浄した。ビーズペレットを、ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE用)添加液に再懸濁し、5分間沸騰後に遠心した。上清を15%SDSポリアクリルアミドゲルに添加して電気泳動で分離した。電気泳動後にゲルを乾燥させ、Fuji RX-Uフィルムを-80℃で1.5~8時間感光させた。
【0017】
(5)細胞培養とin vivo結合試験
NIH 3T3細胞は、10%子ウシ血清を加えたダルベッコ改変イーグル培地(Nissui)を用いて培養した。培養には60 mmのシャーレ(Falcon)を用いた(10細胞/シャーレ)。翌日、図11の通りに1μgのMsi1発現構成体(pcDNA3-FLAGMsi1HAT, pcDNA3-FLAGMsi1mutR1HAT, pcDNA3-FLAGMsi1)を、Effective transfection reagent(Qiagen)を用いて細胞に導入した。2日後に導入細胞を1 mlのNET-Triton緩衝液に懸濁し、ホモジナイズして微量遠心機で遠心した。RNase阻害剤(Promega)の存在下(0.5U/μl)、上清に含まれるヒスチジンアフィニティタグ(HAT)をつけたMsi1-RNA複合体を、Talon樹脂(Clontech)と共沈させた。沈殿したRNAの抽出、DNaseIによる処理、逆転写は文献の方法で行った(Bacckanovich et al., Mol. Cell. Biol., 17(1999):3194-3201)。続いてm-numb遺伝子に特異的なプライマー(5’-ATGAGCAAGCAGTGTTGTCCTGG-3’と5’-CAAGTAGCTGCAACTGGCTGG-3’)を用いて、94℃30秒、60℃30秒、72℃30秒の32サイクルの条件で、また、β-アクチンに特異的なプライマー(5’-CTTCCTCCCTGGAGAAGAGCTATGAGC-3’と5’-GCCTAGAAGCACTTGCGGTGCACG-3’)を用いて、94℃30秒、60℃30秒、72℃30秒の25サイクルの条件でPCRを行った。
【0018】
(6)ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイと、ノーザンELISA系によるレポーターmRNAの定量
NIH 3T3細胞(1回の試験につき3×10細胞/ml)を、0.2μgのホタルルシフェラーゼレポーターベクター、20ngの対照用ウミシイタケ(Renilla)ルシフェラーゼベクターpRL-TK(Toyo Ink)、0.3μgのpEGEP-N3ベクター(Clontech)とともに、pcDNA3ベクター(Invitrogen)とpCDNA3-T7Msi1またはpCDNA3-T7Msi1mutR1発現ベクターを組み合わせ(全体として1.5μg)、Fugene 6 transfection reagent(Roche)を用いて導入した。2日間保温した後に細胞をルシフェラーゼレポーターアッセイ用lysis buffer(Toyo Ink)に溶解した。ホタルルシフェラーゼ(レポーター)活性とRenillaルシフェラーゼ活性(対照)は、メーカーから入手した反応基質混合液中で、Berthold Lumat LB9507ルミノメーターで測定した。相対発光量で表したレポーターのルシフェラーゼ活性を、対照となるRenillaルシフェラーゼ活性で割った比を元にレポーターのルシフェラーゼ値を標準化した。
【0019】
NIH 3T3細胞は、上述のレポーターアッセイで導入・培養した。2日後に細胞を回収して、Trizol試薬(Gibco BRL)を用いて総RNAを抽出した。DNaseI処理後、各2μgのRNAを用いて、レポータールシフェラーゼRNAの定量と、対照としてエンハンスド緑色蛍光タンパク質(EGFP)RNAの定量を、ノーザン酵素結合免疫吸着検定(ELISA)システム(Rosh Diagnostics)で行った。ジゴキシゲニン標識検出用プローブの調製には、基質としてジゴキシゲニン-11-2’-デオキシ-ウリジン-三リン酸を、また鋳型として10ngのプラスミドDNA(pGV-P2; Promega, pEGFP-N3;Clontech)を用いたPCRを行った。条件は、94℃30秒、52℃30秒、72℃30秒の25回のサイクル(最終伸張反応を2分間)とし、Ex Taq DNAポリメラーゼ(Takara)、ルシフェラーゼ遺伝子特異的プライマーおよびEGFP特異的プライマーを用いた。ルシフェラーゼ遺伝子のフォワードプライマーは5’-GAGGTCCTATGATTATGTCCGG-3’、リバースプライマーは5’-GTTGGAGCAAGATGGATTCC-3’とし、EGFPのフォワードプライマーは5’-CAGAAGAACGGCATCAAGG-3’、リバースプライマーは5’-TGCTCAGGTAGTGGTTGTCG-3’とした。NIH 3T3細胞中におけるルシフェラーゼ-m-numb 3’-UTRキメラmRNAと対照EGFP mRNAの発現レベルは、ペルオキシダーゼと3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジンを用いて測光強度(450nmの吸光値)から決定した。
【0020】
(7)組換えアデノウイルスの調製と感染実験
pAdex1pCAwベクターを元に組換えアデノウイルスAdex-FLAGMsi1を調製した。手順はほぼ文献通りにしたがった(Hasimoto et al., Hum. Gene Ther. 7(1996):149-158)。高力価の組換えアデノウイルス株(Adex-FLAGMsi1, 3×1010PUF/ml; Adex-NLLacZ, 3×1010PUF/ml)を入手して-80℃で保管した。 NIH 3T3細胞(2.5×10細胞)に、1000倍希釈したアデノウイルス溶液を、5%のウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地5 ml中で感染させた。2日後にlysis buffer(Buckanevich et al., Mol. Cell. Biol., 17(1999):3194-3201)で細胞を溶解し、ウェスタンブロットによる解析を文献の方法で行い(Kaneko et al., Dev. Neurosci., 22(2000):138-152)、続けてノーザンブロットとショ糖密度勾配遠心法による分析を行った。マウスとニワトリのタンパク質でエピトープとして完全に保存されているアミノ酸配列を認識するウサギの対ニワトリNumbポリクローナル抗体(Wakamatsu et al., Neuron 23(1999):71-81)(アフィニティ精製)、抗FLAG-M2マウスモノクローナル抗体(Sigma)、抗チューブリンマウスモノクローナル抗体(Sigmaクローン番号1A2)は、それぞれ1:500、1:1000、1:1000に希釈して、リン酸緩衝食塩水で3%に希釈したスキムミルク中でイムノブロットを行った。それぞれの免疫反応性はジアミノベンジジンで検出した。シグナルはNIH Imageプログラム(version 1.62, NIH)で定量した。
【0021】
(8)ノーザンブロットによるRNAの定量
総RNAは、Trizol試薬(Gibco BRL)を用いて、上記の方法でAdex-FLAGMsi1を感染させたNIH 3T3細胞から抽出してエタノールで沈殿させた。このRNAを、モルホリノプロパンスルホン酸-ホルムアルデヒド-アガロースゲルで泳動した後にHybond N+ナイロンメンブレン(Amersham Pharmacia Biotech)に移し、32P標識m-numb cDNAとβアクチンのcDNAをプローブとしてハイブリッドを形成させた。ハイブリッド形成シグナルは、XARオートラジオグラフィー用フィルム(Kodak)で検出し、BAS5000(Fuji)で定量した。βアクチンmRNAのハイブリッド形成シグナルに対するm-numb遺伝子のmRNAのシグナルの比を算出し、m-numb遺伝子のmRNAレベルの標準量とした。2回の独立した実験を行って平均値を算出した。
【0022】
(9)ショ糖密度勾配遠心法
ショ糖密度勾配遠心法は文献の方法で行った(Siomi et al., Mol. Cell. Biol., 16(1996):3825-3832)。Adex-FLAGMsi1を上述の方法で感染させたNIH 3T3細胞を遠心して回収し、冷リン酸緩衝食塩水で洗浄し、緩衝液A(10mM酢酸カリウム、2mM酢酸マグネシウム、1mMジチオスレイトール、5mM HEPES[pH7.3]、2μg/mlロイペプチン、2μg/mlペプスタチン、0.5%アプロチニン)に再懸濁して氷中に10分間静置した。ニードルを通して細胞を破砕し、2500gで10分間遠心してペレットと上清を得た。後者を細胞質溶解液と命名した。KCl濃度は、この時点で100mMに調節した。細胞質溶解液は、100mM KCl、10mM酢酸カリウム、2mM酢酸マグネシウム、1mMジチオスレイトール、5mM HEPES[pH7.3]、1mlあたり2μgのロイペプチン、1mlあたり2μgのペプスタチン、0.5%のアプロチニンを含む直線型ショ糖密度勾配(5~30%)溶液に溶解した。この溶液をHitachi P40St1286ローターに据えて、40000rpmで150分間4℃で遠心した。遠心後、ピストン・グラジェント・フラクショネーター(Biocomp, Inc.)を用いて、画分を勾配の最上部から回収した(1画分あたり300μl)。一画分について30μlをウェスタンブロット法による分析に用いた。RNAをフェノールを用いて画分から抽出し、エタノールで沈殿させた後にA254を測定した。
【0023】
(10)HES1プロモータのトランス活性化試験
HES1プロモータ活性を測定するために、0.2μgのpHES1p-ルシフェラーゼ(Jarriault et al., Nature, 377(1995):355-358)単独、これに0.025μgのpEF-BOS-FCDN1(Notch1細胞内領域発現プラスミド[FCDN1, aa1747~2531])(Nofziger et al., Development, 126(1999):1689-1702)を加えたもの、または、pcDNA3-T7Msi1とpEF-BOSneo-R218H(Kato et al., Development, 124(1997):4133-4141)をさまざまな量で組み合わせたもの、または、1μgのpCDNA3-HAmNumbを量を変えて組み合わせたものをNIH 3T3細胞に導入した。この際、100ngのSV40-LacZ融合遺伝子または20ngの対照用RenillaルシフェラーゼベクターpRL-TK(Toyo Ink)を、個々の導入様式について内部標準として用いた。独立した実験を3回行った。ルシフェラーゼ活性は導入してから48時間後にルミノメーターLumat LB9507(Berthold)で測定し、βガラクトシダーゼ活性またはRenillaルシフェラーゼ活性に対して標準化した。
【0024】
B.結果
(1)Msi1に対する高親和性RNAリガンドのin vitro選択
Msi1の標的となるRNA配列を特定するために、アフィニティ溶出に基づくRNA選択(SELEX)を行った。32P標識したRNAプールを、50ヌクレオチドの不完全なランダム配列を鋳型としたPCRで増幅したオリゴヌクレオチドライブラリを用いてin vitroで合成した。合成したRNAプールを、あらかじめMsi1融合タンパク質Msi1-2TRを吸収させておいたニッケル製アフィニティカラムに添加した。Msi1-2TRには、2か所のタンデムRRM型(Burd et al., EMBO J., 13(1994):1197-1204)RNA結合ドメイン(RBD)(aa17~192)のほかに、C末端にヒスチジンタグが、また、N末端にT7タグを含む(図1)。洗浄してMsi1-2TR融合タンパク質と結合しなかったRNAを除去した後に、Msi1-2TR融合タンパク質-RNA複合体を、1Mイミダゾールを含む緩衝液中に溶出した。初回選択の溶出プロファイルを図1Bに示す。RNAとタンパク質の溶出は、放射能をカウントして、またSDS-PAGEを行ってそれぞれモニタリングした(図2)。結合したRNAを各サイクル後に抽出し、SELEX用リバースプライマーを用いて逆転写後に最初のcDNA鎖を得た。選択されたRNA配列をコードするcDNAはPCRで増幅して、次の結合サイクルおよび増幅用のRNA合成の鋳型として再び用いた。アフィニティRNA-リガンド選択を繰り返すことで、Msi1に結合するRNA画分が初期RNAプールにおける0.2%から、8回の選択サイクル後には60%まで上昇することが明らかとなった(図3)。以上の手順で、Msi1と強く結合するRNA配列が高濃度に含まれるRNAプールを得た。
【0025】
次に、8回の選択サイクルで得た独立した50個のcDNAクローンの配列を決定し、その情報を元にMsi1が結合するRNAコンセンサス配列を特定した(図4)。20個の代表的なクローンを図4に示す。いずれのクローンにもAまたはAGをはさむ1~6塩基の短いUの連続がみられた。ここに示していない他の30個のクローンについても、同じコンセンサス対応配列がみられ、一部は重複しており、図4に挙げたクローンの一部と同じRNA配列が認められた。選択クローンの大半には、特に(G/A)UAGUモチーフが認められた(図4の下線部;多くの場合nは1~3)。ウリジンに富む配列は2~3回繰り返すことが多かった。Uの出現回数(n)は、n=1が31%、n=2が40%、n=3が21%、n=4が5%、n=5が2%であった。興味深いことに配列は多くの場合、ステムループ構造のループ領域内にみられた(図5)。これは、Zuker-Stiegler法に基づく市販の配列解析ソフトウェア(DNasis, Hitachi Software Engineering Inc)で予測した。
【0026】
(2)RNA-タンパク質結合試験
反復(G/A)UAGUモチーフが、Msi1-RNA相互作用に不可欠な配列であることを詳しく調べるために、Msi1-2TR融合タンパク質と、最も多く選択されたクローン—選択コンセンサスモチーフに対応する配列をそれぞれ2個または3個含むS8-13とS8-19(図6A)—のRNA配列を用いて結合試験を行った。4 fmolの標識RNAと、さまざまな量のMsi1-2TRタンパク質を保温してゲルシフト法で解析した。各試験で認められた遅延バンドの数は、選択クローンにみられるコンセンサス配列モチーフ(G/A)UAGUと対応する配列数と一致した。S8-13 RNAには2つのコンセンサスモチーフがあり、S8-19RNAには3つのモチーフがある。Msi1タンパク質は、選択コンセンサス配列を含まないNC-4と命名したRNAは認識しなかった(図6A)。Msi1タンパク質が選択RNAに特異的に結合するか否かを調べるために、Msi1選択コンセンサス配列、または、完全なコンセンサス配列のない非特異的競合配列を含む未標識RNAを用いて競合結合試験を行った(図6B)。4fmolの32P標識RNA(S8-13またはS8-19)を100fmolのMsi1タンパク質と10、100、1000倍過剰量の非標識RNAと保温後にゲルシフト法で解析した(それぞれ図6Bのレーン13~15、レーン18~20、レーン23~25、レーン28~30に対応)。タンパク質-RNA複合体を示す遅延バンドの強度は、競合配列としてMsi1認識配列(標識RNAと同じ配列)を含む過剰な未標識RNAを加えることで減衰した。しかしこの強度は、Msi1認識配列(NC-4)を含まないRNAを添加しても減衰した。以上の結果から、Msi1タンパク質がin vitroで選択したコンセンサス配列に対応した配列を含むRNAを特異的に認識することがわかった。Msi1に対する選択RNA配列の結合親和性は、ゲルシフト法におけるRNA-Msi1複合体を示す遅延バンドの強度から決定した。解離定数Kは、RNAの50%が結合するタンパク質濃度に等しい。図6Aのレーン4とレーン9では、RNAの50%がタンパク質と結合していることがデンシトメトリーによる評価から明らかとなった。KはS8-13とS8-19について約4nMと算出された。したがってMsi1は、高い親和性でコンセンサス配列モチーフと対応する配列を含むRNAと結合することがわかった。
【0027】
(3)in vitroおよびin vivoにおける、Msi1はm-numb遺伝子のmRNAとの結合
Msi1タンパク質に対する下流標的遺伝子群の候補を、in vitro選択試験結果を元に探索した。Msi1は未分化のニューロン前駆細胞で強く発現するので、神経分化を(正または負に)調節する遺伝子群のmRNAがMsi1の標的の下流にある可能性が高い。Notch拮抗物質をコードするm-numb遺伝子は、以下に挙げる事実からMsi1標的遺伝子の候補と言える。第一に、m-numb遺伝子のmRNAの3’未翻訳領域(UTR)には、Msi1結合のコンセンサス配列モチーフが含まれる。第二に、m-numb遺伝子が発現する領域は、神経管の脳室帯の神経上皮細胞でmsi1遺伝子が発現する領域と重複する。第三に、m-numbはニューロン分化の調節に関与する。
【0028】
Msi1がin vitroでm-numb遺伝子のmRNAの3’-UTRと結合するか否かについて調べた。この目的のため、m-numb遺伝子のmRNAの各部分(N1,N2,N3)を、ビオチン-14 CTPの存在下でin vitroで合成した(図7)。Msi1結合部位はN2内にあると考えられた。完全長のMsi1タンパク質、Msi1の2か所のタンデムRBDを含む短縮型タンパク質(SELEXに使用したMsi1-2TR)、Msi1のC末端部分を含む短縮型タンパク質の3種を対象に、対N2結合能力を調べた(図9と10)。完全長Msi1タンパク質とMsi1-2TRは、生理的環境に近い中程度のイオン強度(150mM NaCl)でN2と結合することがわかった(図10)。[35S]メチオニンで標識した完全長のMsi1タンパク質は、N2と結合したビーズと共沈した一方で、m-numbのRNAのN1とN3部分は、完全長のMsi1タンパク質との間で相互作用がみられなかった(図8)。UV架橋試験を行ったところ、Msi1-2TRがN2のみと結合することが明らかとなり、完全長Msi1と、2か所のタンデムRBDを含む短縮型タンパク質(Msi-2TR)の両方が、in vitroにおいてm-numb遺伝子のmRNAの3’-UTR内でN2領域と強く結合することを示していた。したがってm-numb遺伝子のmRNAは、in vivoにおけるMsi1タンパク質の標的である可能性があることが判明した。
【0029】
Msi1が、numb遺伝子のmRNAの3’-UTRにin vivoで結合するか否かを判定するために、文献の方法を用いた(Buckanovich et al., Mol. Cell. Biol., 17(1997):3194-3201、Levine et al., MoL. Cell. Biol., 13(1993):349-3504、Steltz et al., Methods Enzymol., 180(1989):468-481)。一連のMsi1発現ベクターをあらかじめ導入したNIH 3T3細胞溶解液からMsi1-RNA複合体を沈殿させた(図11)。NIH 3T3細胞では、m-numb遺伝子は内在的に発現するが、Msi1は発現しない。そこで、HATタグをつけたMsi1タンパク質(図12)-これはNIH 3T3細胞内でTalon金属キレート化アフィニティ樹脂(Clontech)と極めて選択的に結合する—を導入して発現を誘導し(図12)、HATタグをもつMsi1が、m-numb遺伝子のmRNAに結合するか否かを調べた。上記の手順で導入した細胞に由来する細胞溶解液を、Talon金属キレート化アフィニティ樹脂(Clontech)に添加してMsi1-RNA複合体を精製した。次に、HATタグをもつMsi1タンパク質に結合したRNAをフェノールで抽出し、逆転写後にm-numb遺伝子または多くの細胞種で大量に発現するβアクチン遺伝子(内部標準として使用)に特異的なプライマーを用いてPCRで増幅した。HATタグをもつMsi1タンパク質に結合したRNAの逆転写(RT)-PCR産物は、m-numb遺伝子用プライマーを使用時には得られたものの、βアクチン遺伝子用プライマー使用時には認められなかった(図13、レーンH[RT(+)])。Msi1タンパク質のRNA結合における必要条件を明らかにするために、RNA結合に不可欠な3つの芳香族アミノ酸を置換した(63F→L、65F→L、68F→L)変異型Msi1タンパク質FLAG-Msi1mutR1-HAT(図11)についても、内在性m-numbの対RNA結合能力を調べた。その結果、変異型Msi1タンパク質(FLAG-Msi1mutR1-HAT)では、m-numbのmRNAに対する結合がみられず(図13、レーンA)、アフィニティ樹脂上にm-numbのRNAが保持されることが、Msi1タンパク質のRNA結合能力に必要であることを意味していた。別の対照試験として、HATアフィニティタグのないMsi1タンパク質FLAG-Msi1(図11)をNIH 3T3細胞で発現させて同じ結合試験を行ったところ、m-numbのmRNAが樹脂上に保持されていることは検出できなかった(図13、レーンF)。以上の結果は、Msi1が内在性のm-numbのRNAとin vivoで結合することを示している。
【0030】
(4)Msi1によるm-numb遺伝子の発現抑制(内在性m-Numbの発現とレポーターアッセイ)
Msi1タンパク質が内在性m-Numbタンパク質発現におよぼす作用を調べるために、組換えアデノウイルスベクターを用いてMsi1をNIH 3T3細胞で異常に発現させた(図14と15)。NIH 3T3細胞には、Adex-FLAGMsi1またはAdex-NLlacZアデノウイルスを細胞に無毒な条件下で感染させた。Adex-FLAGMsi1ベクターを感染させたところ、サイトメガロウイルス(CMV)-1Eエンハンサーと修飾ニワトリβアクチンプロモーターの融合プロモーターであるCAGプロモーターの制御下で高量のFLAGタグをもつMsi1タンパク質が発現した。Msi1発現はチューブリンの発現レベルに影響しなかったことから、チューブリンを内部標準として、m-Numbタンパク質の発現レベルにMsi1がおよぼす作用を評価した。Msi1を過剰に発現させると、内在性m-Numbタンパク質レベルがAdex-NLlacZを感染させてLacZを発現する対照細胞におけるレベルと比べて32%低下した(図14と15)。しかし、内在性m-numb遺伝子のmRNAレベルは、Msi1とLacZを異常に発現させても変わらなかった(図14と15)。以上の結果から、Msi1タンパク質は、m-Numbタンパク質発現の翻訳段階を抑制することがわかる。
【0031】
次に、Msi1タンパク質がin vivoで標的配列の発現を調節する機構を調べるために、多様なルシフェラーゼ合成遺伝子を含むレポーターアッセイ系を構築した。ホタルのルシフェラーゼレポータープラスミドとMsi1発現プラスミドを、Msi1が内在的に発現していないNIH 3T3細胞に一時的に同時導入した。m-numb遺伝子の1.4kbの3’-UTR全体とつなげたルシフェラーゼレポーター遺伝子はSV40プロモーターの制御下においた(図16)。レポーター遺伝子の発現レベルは、ルシフェラーゼの発光レベルを元に定量した。野生型msi1遺伝子とその非RNA結合変異体(msi1mutR1)は、CMVプロモーターの制御下に置いた。図17に示すように、ルシフェラーゼの酵素活性レベルは、導入して発現させた野生型Msi1の存在下で用量依存的に低下した。これと対照的に、RNA結合活性を欠くMsi1mutR1では、ルシフェラーゼ酵素レベルの低下は認められなかった(図17)。また、レポーター遺伝子にm-numbの3’-UTRがないものや、m-numb遺伝子の3’-UTRと逆向きに結合してMsi1結合部位を除くと、野生型Msi1はルシフェラーゼレポーター活性を低下しなかった(図17)。したがって、レポーター遺伝子発現の抑制にはMsi1のRNA結合活性が介在することがわかった。
【0032】
またMsi1は、ルシフェラーゼ-m-numb遺伝子の3’-UTRキメラレポーター遺伝子の発現を定常状態のRNAレベルで調節するのではなく翻訳段階で抑制するようである。ノーザンブロットによるRNAの定量では、NIH 3T3におけるmsi1遺伝子産物レベルの上昇が、レポーター-numb遺伝子3’-UTR融合mRNAの相対量に影響しないことが各試験から判明している(図18)。
【0033】
Msi1タンパク質による翻訳段階での抑制が起こる可能性をさらに調べるために、Msi1タンパク質の細胞内における局在について、Adex-FLAGMsi1を感染させたNIH 3T3細胞の細胞質溶解液を直線型ショ糖密度勾配(5~30%)で分離することで調べた。各画分のA254を元に、リボソームとリボソームサブユニットをサイズマーカーとして観察した。リボソームサブユニットの分類は、総RNAを個々の画分から抽出して確認した。Msi1タンパク質の有無は、抗FLAGモノクローナル抗体を用いてウェスタンブロットで各画分について判定した。2mMのMgClの存在下でMsi1タンパク質は、ポリソーム、80Sモノソーム、60Sリボソームサブユニット、40Sリボソームサブユニットに対応する位置に移動した(図19)。この結果は、Msi1タンパク質がリボソームと直接的または間接的に結合することを示している。
【0034】
これらすべてを考えあわせると、m-numb遺伝子のmRNAが、Msi1のin vivoにおける標的のひとつであることがわかる。Msi1は、m-numb遺伝子のmRNAの3’-UTRと直接結合してm-Numbタンパク質の発現を翻訳段階で抑制する。
【0035】
(5)Notch情報伝達の活性に対するMsilの増強作用
Msi1タンパク質によるm-numb遺伝子の翻訳段階における発現抑制の生物学的意義を調べるために、HES1プロモーターを用いてルシフェラーゼレポーターアッセイを行った。極めて短いHES1プロモーター配列には、2か所のRBP-Jκ結合部位があり、Notch情報伝達の誘導に伴いトランスに活性化される。Msi1を導入すると、HES1プロモーター活性が若干上昇した(基底状態から5.1倍の活性化)(図20)。Msi1によるこのわずかな上方制御は、内在性Notchの活性化によるものと解釈できる。Notchの優性活性型のひとつであるNotch1の細胞内ドメイン(FCDN1)のトランス活性化が、Msi1をNIH 3T3細胞に導入することでどのように変化するかについて検討した。Notch1の活性化型を単独で発現させると、HES1プロモーターが基底状態と比べて24.5倍活性化した(図20)。この活性化は、標的となるDNAに対して結合部位をもたず、Notch情報伝達の活性化を妨げるRBP-Jκ優性抑制型(R218H、図20のDN-RBP-Jκ)の発現に伴い阻害される。また、Notch1優性活性型とともにMsi1を導入して発現させると、HES1プロモーターの活性は、優性活性化型のNotch1単独で引き起こされる活性化に対してさらに2.7倍上昇した(基礎レベルの66倍の活性化)(図20)。Msi1の発現がHES1プロモーター活性を、優性活性型のNotch1の活性と相乗的に高めることを見出した(図20)。Msi1によるHES1プロモーターをもつルシフェラーゼレポーター活性の増強は、DN-RBP-Jκを発現させても抑制される(図20)。したがって、Msi1によるHES1プロモーターの誘導は、DN-RBP-Jκ依存性経路を介したNotch情報伝達の活性化によると考えられる。その一方で、Notch1によるHES1プロモーターのトランス活性化がm-Numbタンパク質の過剰発現によって阻害されることがわかった(図21)。これらすべてを考えあわせると、NIH 3T3細胞におけるMsi1の異所的過剰発現が、内在性のm-Numbタンパク質レベルを、mRNAレベルに影響することなく低下させること(図14と15)と、m-NumbがNIH 3T3細胞においてNotch情報伝達の拮抗物質として作用することがわかる(図21)。したがってMsi1は、m-Numbを翻訳段階で抑制してRBP-Jκ依存性経路を介してNotch情報伝達の活性化にかかわっている。
【0036】
(6)アンチセンスPNA
msi2 asPNAはPE Biosystem社で常法にて合成、精製したものである。msi2 asPNAの配列は、翻訳開始コドン(5’CTCCATAGCGGAGCC3’-Lys)またはコード領域(5’ACCTAATACTTTATCT3’-Lys)と一致している。PNA(Aldrian-Herrada et al., Nac. Acids. Res. 26(1998):615-621)の自己会合を防ぐためにリジンを3’端に添加した。これらの2つのasPNAsはニューロスフェア形成に同様の作用を有している。
【0037】
(7)ニューロスフェアの培養(神経幹細胞の培養)
ニューロスフェア形成および分化アッセイの標準的手法、ならびにEGF 20ng/mlおよびbFGF 10ng/mlを含む基礎培地の作製は、既述の方法(Nakamura et al. J. Neurosci. 20(2000):283-293)に従った。すなわち、神経幹細胞が自己複製して生じる1次球塊(primary sphere) 形成(細胞5×10個/5ml/ウェル、6ウェルプレート)には、E14.5の終脳の前半部位の細胞を用いた。1次球塊の細胞を個々の細胞に分離した時点で培地に(図24)に図示してある量(0-10μM)のmsi2 asPNAを添加し、2次球塊形成用プレート(細胞500個/200μl/ウェル、96ウェルプレート)上に細胞を移し、培養した。継代の4日後に、2次球塊の数を数えた。Msi2の半定量的RT-PCRおよび免疫細胞化学的解析に使用する細胞は、20μMのmis2 asPNAで24時間処理後、採集した。
【0038】
(8)半定量的RT-PCR
msi2 asPNAを添加して、または添加せずに24時間インキュベートした細胞を収集した(1.5×10個)。TRIzol試薬(Gibco-BRL)を用いて単離した全RNAはDNaseI(Gibco-BRL)で処理し、第1鎖(first-strand)cDNAをSuperScript II逆転写酵素(Gibco-BRL)を用いて合成した後、RNase H(Takara)で処理した。PCR反応は、msi2(5’プライマー5’GTCTGCGAACACAGTAGTGGAA3’および3’プライマー5’GTAGCCTCTGCCATAGGTTGC3’,340bp)およびg3pdh(5’プライマー5’ACCACAGTCCATGCCATCAC3’および3’プライマー5’TCCACCACCCTGTTGCTGTA3’,452bp)のプライマーセットを用いて、Extaq DNAポリメラーゼ(Takara)により、変性(94℃、45秒間)、プライマーのアニーリング(54℃、1分間)、およびDNA伸長反応(72℃、2分間)を35または38サイクル繰り返した。鋳型cDNAの量は、内部標準遺伝子として使用したg3pdhの量に従って基準化した。連続的に希釈したcDNAサンプルを、g3pdhプライマーセットを用いてPCRを33サイクル繰り返して増幅した。独立に3回調整した細胞サンプルを用いて、上の実験を3回繰り返した。PCR産物を、5%ポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動で分離し、SYBR Green(Takara)により染色後、FMBIO IIマルチビュー(Takara)を用いて可視化を行い、定量した。
【0039】
CNS幹細胞の機能に対するMsiファミリーのタンパク質の関与を直接検討するためには、Musashi1,Musashi2の2遺伝子の二重ノックアウトが有意義であると考えられた。こうした目的のために、msi2遺伝子に特異的なアンチセンス化合物を、msi1-/-胚または同腹仔から調製したCNS幹細胞培養に添加し、得られたニューロスフェアの数を測定した。msi2の翻訳開始領域またはコード領域(16または17mer)のアンチセンスオリゴヌクレオチドをPNAとして合成した(msi2 asPNA)。PNAは同形のペプチドを骨格とする新しいタイプのDNA構造類似体であり、このため、標的DNAおよびRNAへの配列特異性が高く、プロテア-ゼおよびヌクレアーゼに対して安定性が高く、さらに細胞毒性が低くなっている。胎仔前脳に由来する培養細胞にmsi2 asPNAを投与すると、Msi2抗体に関する半定量的RT-PCR解析および免疫細胞化学的検出により示されたように(図22、23)、転写産物およびタンパク質の両者のレベルでmsi2発現の特異的かつ著明な低下が生じた。msi1-/-培養細胞において、msi2 asPNAの存在下でニューロスフェア形成アッセイを行ったところ、msi2 asPNAの用量に相関して、ニューロスフェア形成の激しい減少が明らかに認められた(図24)。これとは反対に、野生型培養細胞では、msi2 asPNAの存在下でも正常にニューロスフェアが形成されたことから、野生型のCNS幹細胞のニューロスフェア形成能と生存能力は、少なくとも一定濃度のmsi2 asPNAの存在下においてmsi2単独での抑制には影響されないという知見が確立された。全ての知見を考え合わせれば、Msi1およびMsi2の両者は、胚CNS幹細胞の増殖および/または維持に重要な機能を果たしている。こうした機能は、これらの2遺伝子に割り当てられていると考えられる。一方、生後のCNS幹細胞では、これらの機能はMsi2よりも、むしろ主としてMsi1によって遂行されるものと考えられる。
【0040】
【発明の効果】
本発明によりムサシ蛋白質の新たな機能が解明された。すなわち、ムサシ蛋白質はニューロン分化調節機を有するNumbタンパク質の発現を抑制し、またNotch情報伝達系の活性を増強するので各種中枢神経系疾患の治療薬として利用でき、さらに神経幹細胞の増殖活性増強剤としても利用できる。
【0041】
【配列表】
JP0003566941B2_000002t.gifJP0003566941B2_000003t.gifJP0003566941B2_000004t.gifJP0003566941B2_000005t.gifJP0003566941B2_000006t.gifJP0003566941B2_000007t.gifJP0003566941B2_000008t.gifJP0003566941B2_000009t.gif
【図面の簡単な説明】
【図1】完全長Msi1タンパク質と細菌で発現させた融合Msi1タンパク質Msi1-2TR(Msi1が結合する至適RNA配列の選択に使用したもの)のドメイン構造の略図である。
【図2】Msi1-2TRタンパク質と結合RNAの結合を示す図である。
【図3】各選択過程において、用いた総RNA中における結合RNAの割合を放射能活性を指標に示した図である。
【図4】Msi1選択によるRNAの配列を示す図である。
【図5】Msi1で選択されたRNA配列の代表的な二次構造を示す図である。(影をつけた部分が選択配列を示す。)
【図6】Msi1タンパク質のゲルシフト法による分析(A)[0 fmol(レーン1,6,11)、1 fmol(レーン2,7,12)、10 fmol(レーン3,8,13)、100 fmol(レーン4,9,14)、1000 fmol(レーン5,10,15)]及び非標識RNAを用いた競合RNA結合試験(B)[4fmolの標識RNAを単独で(レーン16,21,26,31)、また、10 fmolのMsi1-2TRタンパク質および、0 fmol(レーン17,22,27,32)、40 fmol(レーン18,23,28,33)、400 fmol(レーン19,24,29,34)、4000 fmol(レーン20,25,30,35)の非標識RNAとともに保温]を示す。
【図7】numb遺伝子の構造を示す図である。(矢印は(N1,N2,N3)は、in vitroで個別に転写される領域を示す。縦方向の楔印は、Msi1結合配列と考えられる配列(UAGGUAGUAGUUUUA)を含む領域を示す。
【図8】m-numb遺伝子のmRNAの3’-UTRに由来するさまざまな転写産物に対するMsi1タンパク質との結合試験を示す。N1とN3は、m-numb遺伝子のRNA。(-)はビオチンで標識したRNAを含まないレーン。右側の写真の長方形の部分は、1回の試験で得られる総タンパク質量を示す。
【図9】Msi1融合タンパク質の略図である。Fは完全長のマウスMsi1を、RはRNA結合ドメインが2個並列した領域を含む短縮型タンパク質(Msi1-2TR)を、CはマウスMsi1のC末端部分を含む短縮型タンパク質を示す。
【図10】完全長のMsi1タンパク質(F)及び短縮型Msi1-2TRタンパク質(R、SELEXに使用)と、選択Msi1結合配列を含むN2RNAとの結合を示す図である。
【図11】Msi1タンパク質FLAG-Msi1-HAT(H)、FLAG-Msi1mutR1-HAT(A)およびFLAG-Msi1(F)の略図である。C末端にあるHATタグは、Talon樹脂(Clontech)に結合させるためのアフィニティタグである。FLAG-Msi1mutR1-HATは、N末端のRNA結合ドメインのアミノ酸を置換したMsi1の非RNA結合型である。
【図12】NIH 3T3細胞におけるMsi1タンパク質H、A、Fの発現と、HATタグを介したアフィニティー沈殿を、抗FLAGモノクローナル抗体を用いたイムノブロットで分析した結果を示す図である。
【図13】RT-PCRとアフィニティー沈殿法を組み合わせたin vivo RNA結合試験を示す図である。RT(-)のレーンは、RT-PCRがRNA依存性であることを確認する際の対照。右のパネルは、アフィニティー樹脂と混合共存させる前の初期抽出物に由来するRT産物を用いたプライマーの忠実度を確認するための増幅対照試験。レーンH=FLAG-Msi1-HAT、レーンF=FLAG-Msi1、レーンA=FLAG-Msi1mutR1-HAT。
【図14】組換えアデノウイルスによるMsi1の異所的過剰発現、m-Numbタンパク質のイムノブロットによる分析およびノーザンブロットによる分析を示す図である。
【図15】m-Numbタンパク質(白いバー)とm-numb遺伝子のmRNA(黒いバー)の相対量を示す図である。
【図16】Msi1エフェクターとm-numb遺伝子の3’-UTRを含むおよびレポーターの略図である。α=pcDNA3-T7msi1、β=pcDNA3-T7msi1mutR1(αとβはCMVのプロモーターの制御下においた)。a=pGVP2-numb3’-UTR、b=pGV-p2、c=pGVP2-reversed numb3’-UTR(a,b,cは、SV40のプロモーターの制御下においた)。
【図17】ルシフェラーゼレポーターアッセイを示す図である。
【図18】ノーザンELISA法で定量したレポーターmRNAの相対レベルを示す。mRNA上にMsi1結合部位がないEGFPの転写産物のmRNAレベルを内部対照として用いた。キメラmRNA量とEGFP mRNA量の比(対照に対する%)(3回の独立した実験の平均と平均の標準誤差)で示した。
【図19】NIH 3T3細胞の細胞質分画中のリボソーム粒子を含むMsi1タンパク質のショ糖密度勾配プロファイルを示す。曲線は、各画分のA254と40S、60S、80Sのリボソーム粒子およびポリソームの位置を示す。下のパネルは、抗FLAGモノクローナル抗体を用いたFLAG-Msi1タンパク質の免疫検出法による分析の結果を示す。
【図20】Msi1発現とNotch1によるHES1プロモーターの活性化との関係を示す。
【図21】Numb過剰発現とNotch1によるHES1プロモーターの活性化との関係を示す。
【図22】msi2 asPNAの存在下(+)および非存在下(-)におけるmsi2および対照g3pdh mRNAの判定量的RT-PCR分析結果を示す図である。
【図23】Msi2タンパク質発現に対してmsi2 asPNAが及ぼす作用、Msi2抗体に関する免疫細胞化学的シグナルで視覚化した図である。
【図24】msi2 asPNAの存在下におけるmsi1-/-および野生型同腹仔に由来するニューロスフェアの数の比較を示す図である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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