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明細書 :絹様材料の設計方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3404524号 (P3404524)
公開番号 特開2001-247674 (P2001-247674A)
登録日 平成15年3月7日(2003.3.7)
発行日 平成15年5月12日(2003.5.12)
公開日 平成13年9月11日(2001.9.11)
発明の名称または考案の名称 絹様材料の設計方法
国際特許分類 C08G 69/48      
C07K  1/107     
D01F  4/00      
FI C08G 69/48
C07K 1/107
D01F 4/00
請求項の数または発明の数 6
全頁数 6
出願番号 特願2000-057255 (P2000-057255)
出願日 平成12年3月2日(2000.3.2)
審査請求日 平成12年3月2日(2000.3.2)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】591006346
【氏名又は名称】東京農工大学長
発明者または考案者 【氏名】朝倉 哲郎
個別代理人の代理人 【識別番号】100058479、【弁理士】、【氏名又は名称】鈴江 武彦 (外5名)
審査官 【審査官】森川 聡
参考文献・文献 特開 平5-239205(JP,A)
調査した分野 C08G 69/00 - 69/50
C07K 1/107
D01F 4/00
特許請求の範囲 【請求項1】
第1のアミノ酸であるグリシンと第2のアミノ酸との交互共重合体の中から分子全体にわたりβターンタイプII型構造が繰り返された共重合体を選択する工程と、
前記分子全体にわたりβターンタイプII型構造が繰り返された共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択する工程と、
前記部分的に化学修飾された水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に前記βターンタイプII型構造に含まれる分子内水素結合が分子間水素結合へと転移して絹様材料を形成する共重合体を選択する工程とを具備することを特徴とする絹様材料の設計方法。

【請求項2】
前記化学修飾は、前記分子全体にβターンタイプII型構造を形成する共重合体に第3のアミノ酸を導入することを含む請求項1に記載の絹様材料の設計方法。

【請求項3】
前記第3のアミノ酸はチロシンであることを特徴とする請求項2に記載の絹様材料の設計方法。

【請求項4】
一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択する工程と、
前記部分的に化学修飾された水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択する工程とを具備することを特徴とする絹様材料の設計方法。

【請求項5】
前記化学修飾は、一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体にアミノ酸を導入することを含む請求項4に記載の絹様材料の設計方法。

【請求項6】
前記アミノ酸はチロシンであることを特徴とする請求項5に記載の絹様材料の設計方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は、絹様材料の設計方法に関する。

【0002】

【従来の技術】蚕は、繊維化前の絹を水に溶解させたものである液状絹から、室温下で及び極めて短い時間で、高強度・高弾性であり生分解性を有する絹繊維を生成する。この絹繊維と同等の強度を有する繊維を人工的に製造するには、濃硫酸や有機溶剤などの有害物質を使用して、極めて高い温度で紡糸を行わなければならない。しかも、このような合成繊維を例えば釣り糸などに使用した場合には、環境を破壊することとなる。それゆえ、高強度・高弾性であり省力下で製造可能な絹様繊維が世界的に注目されている。

【0003】
絹様繊維を設計するには、蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムを解明することが極めて有用である。そのためには、まず、蚕体内の液状絹中の絹の構造(以下、Silk I型構造という)と絹繊維の構造(以下、Silk II型構造という)とを明らかにする必要がある。そこで、液状絹を風乾することによって得られた絹膜の構造、すなわちSilk I型構造をX線構造解析により原子レベルで調べる試みがなされているが、X線回折法を利用するために繊維化前の絹に配向処理を施した場合、そのSilk I型の絹膜はSilk II型の絹繊維へと容易に構造を変化させてしまう。そのため、従来、Silk I型構造を正確に特定することができなかった。

【0004】
このように、これまでは、Silk I型構造は明らかとされておらず、そのため、仮想的な構造モデルを用いて上記メカニズムを説明する試みがなされている。Silk I型構造の代表的なモデルとしては、Lotzらのクランクシャフト・モデルやFosseyらのアウト・オブ・レジスタ・モデルがよく知られている。前者はX線回折と電子線回折とコンフォメーションエネルギー計算の結果とに基づくものであり、後者は詳細なコンフォメーションエネルギー計算の結果に基づくものである。

【0005】
しかしながら、これら構造モデルは、いずれも、Silk II型構造と同様に、ペプチド基の水素結合が分子間でのみ形成されている場合を想定している。そのため、これらモデルによると、Silk I型構造からSilk II型構造へと転移させるには、一旦、分子間水素結合を切断し、新たに異なる原子間での水素結合を考えねばならない。すなわち、これらのモデルでは蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムを十分に説明することができず、絹様繊維の設計に有用な方法を提供するには遠く及ばなかった。

【0006】

【発明が解決しようとする課題】上述したように、従来、正確なSilk I型構造並びに蚕が液状絹から絹繊維を生成する正確なメカニズムは知られておらず、そのため、絹様繊維の設計に有用な方法は存在していなかった。

【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、絹様繊維の設計に有用な方法を提供することを目的とする。

【0008】

【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために、本発明は、第1のアミノ酸であるグリシンと第2のアミノ酸との交互共重合体の中から分子全体にわたりβターンタイプII型構造が繰り返された共重合体を選択する工程と、前記分子全体にわたりβターンタイプII型構造が繰り返された共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択する工程と、前記部分的に化学修飾された水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に前記βターンタイプII型構造に含まれる分子内水素結合が分子間水素結合へと転移して絹様材料を形成する共重合体を選択する工程とを具備することを特徴とする絹様材料の設計方法を提供する。

【0009】
また、本発明は、一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択する工程と、前記部分的に化学修飾された水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択する工程とを具備することを特徴とする絹様材料の設計方法を提供する。

【0010】
上述のように、従来は、絹、正確には絹フィブロインのSilk I型構造を特定することができず、そのため、蚕が液状絹から絹繊維を生成する正確なメカニズムは不明であった。これに対し、本発明では、配向処理を必要とすることなく高分子の構造を原子座標レベルで特定することが可能な主に固体核磁気共鳴(NMR)法を用いた新規な構造解析法により、正確なSilk I型構造が明らかとされている。

【0011】
すなわち、本発明を為すに際して初めて解明されたSilk I型構造においては、Silk II型構造及び従来のモデルとは異なり、分子間水素結合だけでなく分子内水素結合が存在しており、グリシンとアラニンとが交互共重合している部分全体にわたってβターンタイプII型構造が繰り返されているのである。このような構造の詳細な検討から、蚕は液状絹を吐出しつつ首振り運動を行って繊維化前のフィブロインをその分子軸方向に引き伸ばすことにより、分子内水素結合を分子間水素結合へと転移させて絹繊維を生成しているものと結論付けられる。また、このようなメカニズムによりSilk I型構造からSilk II型構造への転移を生じるためには、グリシンが交互共重合体を構成していることは必須であることが判明した。

【0012】
したがって、実際に蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムに倣って、(1)分子全体にわたりβターンタイプII型構造が繰り返されたグリシンと他のアミノ酸との交互共重合体を選択し、これを水溶性とした共重合体の中から、水の存在下で延伸した場合にβターン構造に含まれる分子内水素結合が分子間水素結合へと転移して絹様材料を形成する共重合体を選択するという手法を採用するか、或いは、(2)一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択し、水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択するという手法を採用することにより、極めて効率的に絹様材料を設計することが可能となる。

【0013】

【発明の実施の形態】以下、本発明について、より詳細に説明する。絹フィブロインは、そのアミノ酸組成の大部分をグリシンとアラニンとが占めており、グリシンとアラニンとの交互共重合体であると考えることができる。実際に、フィブロイン自体とグリシン及びアラニンからなる共重合体とは、固体NMRスペクトルにおけるグリシン及びアラニンのピーク位置が完全に一致している。

【0014】
このように、従来、フィブロインの組成等は判明していたものの、正確なSilk I型構造を明らかとすることができなかったのは上述した通りである。本発明者は、以下に説明する方法で正確なSilk I型構造を解明した。

【0015】
絹フィブロインをグリシンとアラニンとの交互共重合体であるとした場合、Silk I型構造のフィブロインについてコンフォメーションや分子間構造を明らかにするには、グリシン及びアラニンの内部回転角を決定することが必要である。そこで、まず、13C固体NMR測定を行うことにより観測される化学シフトの定量的な解析を利用することを考えた。すなわち、構造が既知である40個の蛋白質について、既に帰属された13C固体NMRの化学シフトと内部回転角との関係をアミノ酸残基毎に整理し、13C固体NMRの化学シフトをラマチャンドランマップ上に等高線として描いてなる化学シフトの等高線マップを作成した。

【0016】
この等高線マップと、Silk I型構造のフィブロインについて実際に観測された13C固体NMRの化学シフトとを比較することにより、アラニン残基について、可能な内部回転角の範囲をφ=-80°~-20°、ψ=90°~180°と特定することができた。しかしながら、グリシン残基については、化学シフトの内部回転角依存性が小さいため、この方法で内部回転角を特定することはできなかった。

【0017】
次に、二次元固体スピン-拡散13CNMRにより、アラニン及びグリシンについて内部回転角の特定を行った。なお、この解析手法は、数Å以内にある2つのC原子を13Cで置換することにより安定同位体ラベルし、それら13C原子が関与する2つの原子間の結合軸がなす角度を決定する手法である。

【0018】
まず、アラニンとグリシンとの交互共重合体(30量体)からなるモデル化合物について、これがSilk I型構造をとることを確認した後、アラニン残基の内部回転角を決定するための二次元固体スピン-拡散13CNMR測定を行った。アラニン残基の内部回転角を10°ごとに変えて13CNMRスペクトルのシュミレーションを行い、測定より得られたスペクトルとの比較を行った。その結果、アラニン残基の内部回転角をφ=-60°±5°、ψ=130°±5°と特定することができた。なお、実際には、ラマチャンドランマップ上で2つの解が得られたが、上述の化学シフトの制限を考慮することによって上記値を導くことができた。

【0019】
次に、グリシン残基の内部回転角を決定するために13C原子によるラベル位置を変えたアラニンとグリシンとの交互共重合体(30量体)からなるモデル化合物について、二次元固体スピン-拡散13CNMR測定を行った。その結果、ラマチャンドランマップ上で4つの解が得られた。そこで、それら解の中から、X線及び電子線解析に基づく繊維軸方向の格子定数であるc軸の長さの報告値を再現するものを選択したところ、グリシン残基の内部回転角をφ=70°±5°、ψ=30°±5°と特定することができた。これら値は、後述するREDOR法による原子間距離決定の結果とよく一致した。

【0020】
上述した方法により決定したアラニン残基及びグリシン残基の内部回転角を用い、逆平行型のパッキングを考慮することによって、WAXSパターンを計算した。その結果は実測のパターンと極めて良好に一致し、Silk I型構造が上述した方法により決定した構造を実際に有していることが確認された。

【0021】
図1は、本発明を為すに際して初めて解明されたSilk I型構造を有するフィブロイン分子を示す図である。また、図2は、図1に示すフィブロイン分子が液状絹中で形成する分子間構造を示す図である。フィブロイン分子は、液状絹中で規則的な分子間構造を形成している。図2(a)~(c)は、それぞれ、そのような分子間構造のc軸投影図、a軸投影図、及びb軸投影図である。

【0022】
図1及び図2(b)に示すように、Silk I型構造のフィブロイン分子において、C原子を介して直鎖状に結合された3つのペプチド基、すなわち3つのアミノ酸残基は、一方の端部に位置するアミノ基と他方の端部に位置するカルボニル基の酸素原子とが分子内水素結合を形成することによりβターンタイプII型構造と呼ばれる環状構造を形成している。このβターンタイプII型構造の分子内水素結合に関与する2つのペプチド基は、図1に示すように、それぞれ他のβターンタイプII型構造に共用されている。すなわち、Silk I型構造のフィブロイン分子では、このβターンタイプII型構造が分子全体にわたって形成されているのである。ここでは、このような構造を「繰り返しβターンタイプII型構造」と呼ぶこととする。

【0023】
また、図2(a)及び(c)に示すように、Silk I型構造では、a軸方向に隣り合うフィブロイン分子同士は分子間水素結合により結合している。これら分子間水素結合は、図1に示すように、いずれも分子内水素結合に関与していないペプチド基間で形成されている。すなわち、Silk I型構造においては、炭素原子を介して、分子内水素結合に関与しているペプチド基と分子間水素結合に寄与しているペプチド基とが、フィブロイン分子の分子鎖に沿って交互に結合されているのである。

【0024】
Silk I型構造において実際に分子内水素結合が形成されていることを再度確認するために、安定同位体でラベルした原子間の距離を高い精度で求めることが可能なREDOR法を用いて、分子内水素結合に関与するC原子とN原子との間の距離を求めた。なお、C原子とN原子との間の距離を求めるに際しては、13C原子と15N原子とでラベルしたSilk I型構造をとるアラニンとグリシンとの30量体を合成した。その結果、安定同位体でラベルしたC原子とN原子との間の距離は4.0Åであり、それらが分子内水素結合を形成していることが確認された。

【0025】
上述した「繰り返しβターンタイプII型構造」は、蚕が室温下で及び極めて短い時間で液状絹から絹繊維を生成するメカニズムを無理なく説明する。Silk I型構造のフィブロインは、DSC測定により270℃以上で構造を変化させる。換言すれば、Silk I型構造のフィブロインは高い熱安定性を有している。しかしながら、その半面で、Silk I型構造のフィブロインは、蚕が実際に行っているように、繊維軸方向に延伸した場合に速やかにSilk II型構造に転移する。

【0026】
これは、図1及び図2(b)に示すように、Silk I型構造のフィブロインにおいて、分子内水素結合の結合軸は分子軸とほぼ平行であること、並びに分子内水素結合に関与しているペプチド基は隣り合う分子間で近接してことから容易に理解することができる。すなわち、Silk I型構造のフィブロインにおいて、分子内水素結合の結合軸は分子軸とほぼ平行であるため、フィブロイン分子をその分子軸方向に延伸した場合に分子内水素結合は容易に切断され、分子内水素結合に関与しているペプチド基は隣り合う分子間で近接してるため、分子内水素結合が切断された際に分子軸に垂直な方向に容易に分子間水素結合が形成されるのである。

【0027】
上述のように「繰り返しβターンタイプII型構造」は、Silk I型構造のフィブロインを延伸によりSilk II型構造に転移させるのに必須である。なお、βターン構造を形成する3つのアミノ酸残基のうち、N-H…O分子内水素結合にプロトンを供与しているアミノ酸残基が側鎖を有している場合、分子内水素結合に関与していないアミノ酸残基のカルボニル酸素と上記側鎖との間で立体障害が生じてしまうことが判明した。そのため、Silk I型構造のフィブロインは、βターン構造の中でもタイプII型という構造をとっている。ここで、上述のように、あるβターン構造において分子内水素結合に関与しているアミノ酸残基は、それぞれ前後のβターン構造に共用されている。したがって、上記のように分子内水素結合を切断することにより分子間水素結合を生じさせるためには、絹繊維の前駆体が側鎖を有していないグリシンと他のアミノ酸との交互共重合体であることは必須なのである。

【0028】
以上の説明で蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムの主要部は明らかとされたが、このメカニズムについては説明すべき点が未だ残されている。すなわち、アラニンとグリシンとの交互共重合体が水に不溶であるのに対し、液状絹から絹繊維を生成するには水の存在は不可欠であり、したがって、Silk I型構造のフィブロインは水に可溶である点である。

【0029】
この交互共重合体に水溶性を付与する役割はチロシンが担っている。実際、Silk I型構造のフィブロインの分子鎖中には周期的にチロシン残基が存在しており、アラニンとグリシンとの交互共重合体の中にチロシン残基を存在させることにより、その水に対する溶解度を劇的に増加させ得ることも確認している。したがって、蚕が液状絹から絹繊維を生成するのと同様のメカニズムで絹様材料を生成するには、その前駆体を何等かの方法で水溶性とする必要がある。

【0030】
以上説明したように、蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムにおいて、繊維化前のフィブロインがグリシンと他のアミノ酸との交互共重合体であること、「繰り返しβターンタイプII型構造」を有していること、並びに水溶性であることは必須である。したがって、実際に蚕が液状絹から絹繊維を生成するのと同様のメカニズムで生成可能な絹様繊維を設計する場合、グリシンと他のアミノ酸との交互共重合体の中から「繰り返しβターンタイプII型構造」を有する共重合体を選択し、この共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択し、この水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合にβターン構造に含まれる分子内水素結合が分子間水素結合へと転移して絹様材料を形成する共重合体を選択するという方法を採用すれば、極めて効率的に絹様繊維を設計できることは明らかである。

【0031】
「繰り返しβターンタイプII型構造」を形成し得るグリシンと他のアミノ酸との交互共重合体は、通常、一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体に包含される。したがって、「繰り返しβターンタイプII型構造」を有しているかどうかの判定を行う代わりに、上記一般式に示す構造の交互共重合体を用いてもよい。すなわち、一般式(NHCOCH2NHCOCR12nに示す構造の交互共重合体を部分的に化学修飾したものの中から水溶性である共重合体を選択し、この水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択するという方法でも、極めて効率的に絹様繊維を設計できる。

【0032】
なお、官能基R1及びR2は、過剰に嵩高い場合、βターン構造に含まれる分子内水素結合の分子間水素結合への転移を阻害することがある。また、官能基R1及びR2が酸素原子や窒素原子を含んでいる場合、不所望な水素結合が形成されることがある。したがって、官能基R1及びR2の少なくとも一方は炭素原子の数が1~3程度の小さなアルキル基であることが好ましい。

【0033】
また、交互共重合体を水溶性とするために行う化学修飾に特に制限はないが、交互共重合体にチロシンのようなアミノ酸を導入することが効果的である。交互共重合体を水溶性とするために導入するアミノ酸の最適な量は交互共重合体の種類等に応じて異なるが、例えば、3個以上のβターン構造に対して1分子のチロシンを導入することにより交互共重合体を水溶性とすることができる。

【0034】
上述した交互共重合体や水溶性の交互共重合体は、大腸菌などを利用した遺伝子工学的手法や化学的手法により得ることができる。また、水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択する方法としては、例えば、水に溶解させた水溶性の共重合体を繊維状に吐出して延伸する方法、水溶性の共重合体で形成したシートを水中で延伸する方法、及び水溶性の共重合体で形成したシートを高湿条件下で延伸する方法などを挙げることができる。いずれかの方法であっても、絹様繊維或いは絹様フィルムが形成されたならば、その共重合体或いは類似の構造を有する共重合体から有用な絹様材料を生成し得ることを期待することができる。

【0035】
さらに、水溶性の共重合体の中から水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成する共重合体を選択する方法として、ギ酸処理やメタノール処理のような代替法を用いることもできる。Silk I型構造のフィブロインはギ酸及びメタノールで処理することによりSilk II型構造へと転移することが分かっている。また、このような構造の変化は、上述のように分子内水素結合が分子間水素結合に転移することによりもたらされるものであり、それゆえ、分子内水素結合に関与する原子或いはその近傍の原子のNMRピークプロファイルは構造変化の前後で大きく変化する。したがって、例えば、水溶性の共重合体をギ酸処理し、ギ酸処理前後でのNMRスペクトルを比較することにより、水の存在下で延伸した場合に絹様材料を形成し得るかを推定することができる。この方法は、試料が延伸処理できない程度に低分子量である場合などに特に有用である。

【0036】
上述のように、これまでは、蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムが分かっていなかった。そのため、従来、絹様材料を設計するためには、多様な実験条件のもとで、無数に存在するアミノ酸の交互共重合体について所望の絹様材料を生成可能であるかを調べねばならなかった。すなわち、従来技術で絹様材料を設計するためには、天文学的な量の実験が必要であった。

【0037】
それに対し、本発明では、蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムを明らかにすることにより、絹様材料の設計において必須の条件が明確に規定されている。したがって、本発明によると、それら条件を満たすものについてのみ実験を行えばよく、したがって、従来に比べて遥かに効率的に絹様材料を設計することが可能である。

【0038】

【実施例】まず、(L-Ala-Gly)15を固相法ペプチド合成装置を用いて合成した。つぎに、この合成物を9MのLiBr水溶液中に溶解させ、3日間透析した。透析により得られた沈殿物について固体NMRにより調べたところ、繊維化前の絹と同一の構造を有していることを確認した。さらに、この沈殿物について、二次元固体スピン-拡散13CNMR及びREDORにより詳細な構造を調べた。その結果、上記沈殿物を構成する(L-Ala-Gly)15分子では、βターンタイプII型構造が繰り返されていることが分かった。

【0039】
この(L-Ala-Gly)15は水に不溶である点が実際の絹とは異なっている。そこで、下記化合物(1)~(3)を固相法ペプチド合成装置を用いて合成し、9MのLiBr水溶液中に溶解させて透析した。

【0040】

【化1】
JP0003404524B2_000002t.gif【0041】その結果、化合物(1)及び(3)は沈殿したが、化合物(2)は可溶であった。すなわち、L-Ala-Glyの繰り返しの中にTyrを一定の頻度で導入することにより、絹と同様に水溶性とすることが可能となった。

【0042】
次に、化合物(2)が、延伸により、その分子内水素結合を分子間水素結合へと転移させ得るかを調べた。なお、化合物(2)は低分子量であるため、現実的には延伸処理を行うことができない。そこで、延伸処理を用いる代わりに、延伸処理と同様にSilk I型構造のフィブロインをSilk II型へと転移し得るギ酸処理を用いることとした。

【0043】
すなわち、化合物(2)をギ酸(99%)に溶解させた後で13C固体NMR測定を行った。また、その一方で、蚕の絹糸腺に蓄えられている液状絹についても同様のギ酸処理を行い、ギ酸処理前後で13C固体NMR測定を行った。

【0044】
液状絹のギ酸処理前後でのNMRスペクトルを比較したところ、ギ酸処理前ではSilk I型構造であり、ギ酸処理後はSilk II型構造であった。なお、Silk I型構造のNMRスペクトルとSilk II型構造のNMRスペクトルとでは、Ala Cβのピークプロファイルが顕著に異なっている。そこで、液状絹及び化合物(2)について、ギ酸処理前後でのAla Cβのピークプロファイルを比較したところ、上述した方法で合成した化合物(2)は、ギ酸処理前はSilk I型構造であり、ギ酸処理後はSilk II型構造であることが判明した。すなわち、化合物(2)をさらに高分子量として延伸することにより、その分子内水素結合を分子間水素結合へと転移させて絹様材料を得ることができることが分かった。

【0045】

【発明の効果】以上説明したように、本発明では、蚕が液状絹から絹繊維を生成するメカニズムを明らかにすることにより、従来に比べて遥かに効率的に絹様材料を設計することが可能である。すなわち、本発明によると、絹様繊維の設計に有用な方法が提供される。
図面
【図1】
0
【図2】
1