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明細書 :鋼材の電気化学的表面窒化処理法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3639579号 (P3639579)
公開番号 特開2004-232005 (P2004-232005A)
登録日 平成17年1月21日(2005.1.21)
発行日 平成17年4月20日(2005.4.20)
公開日 平成16年8月19日(2004.8.19)
発明の名称または考案の名称 鋼材の電気化学的表面窒化処理法
国際特許分類 C23C  8/50      
C25D 13/22      
FI C23C 8/50
C25D 13/22 304Z
請求項の数または発明の数 4
全頁数 7
出願番号 特願2003-019914 (P2003-019914)
出願日 平成15年1月29日(2003.1.29)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 表面技術協会第106回講演大会
審査請求日 平成15年9月4日(2003.9.4)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】伊藤 靖彦
【氏名】後藤 琢也
【氏名】辻村 浩行
個別代理人の代理人 【識別番号】100108671、【弁理士】、【氏名又は名称】西 義之
審査官 【審査官】瀧口 博史
参考文献・文献 特開平11-158603(JP,A)
特開平07-062522(JP,A)
特開昭50-128640(JP,A)
特開昭62-256957(JP,A)
特開平10-010285(JP,A)
特開昭52-123345(JP,A)
調査した分野 C23C 8/50
C25D 13/22 304
特許請求の範囲 【請求項1】
鉄のほかに少なくとも1種の窒化物生成元素を含む鋼材を被処理材とし、窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系溶融塩を電解質に用い、該電解質中で被処理材を作用極とし、浴と接触する対極に対し正の電位に保つことにより被処理材表面に窒化物層を形成することを特徴とする鋼材の電気化学的表面窒化処理法。
【請求項2】
溶融塩はLiCl-KClであることを特徴とする請求項1記載の鋼材の電気化学的表面窒化処理法。
【請求項3】
被処理材はステンレス鋼部品であり、電解電位を0.3V~2.0Vに保つことによりステンレス鋼表面にCrNを主成分とする窒化物層を形成することを特徴とする請求項1または2記載の鋼材の電気化学的表面窒化処理法。
【請求項4】
ステンレス鋼は表面の不動態膜を除去していないステンレス鋼部品であることを特徴とする請求項3記載の鋼材の電気化学的表面窒化処理法。
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、非シアン系溶融塩を電解質に用いた鋼材の電気化学的表面窒化処理法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ステンレス鋼、工具鋼、耐熱鋼などの鋼材の表面窒化処理は、窒化物の形成により材料の表面を硬化させたり、表面圧縮残量応力を生じさせたりすることにより材料特性を向上させることができるため、自動車用エンジン部品の摩擦部分等や工作機械部品、切削工具類などの表面硬化法として実用化されている。従来のステンレス鋼などの鋼材の表面窒化法としては、アンモニアガスを用いたガス窒化法があるが、最も広く用いられているものは塩浴窒化法である(例えば、特許文献1)。
【0003】
塩浴窒化法にはシアン系の塩浴が通常用いられるが、このような熱化学的方法に電気化学的方法を協同させた方法が知られている(特許文献2)。
一方、本発明者等は、これまでに、非シアン系の塩浴を用いた溶融塩電気化学プロセスを用いた表面窒化の研究に取り組んできた(非特許文献1、2)。
【0004】
【特許文献1】
特開2000-73156号公報
【特許文献2】
特開平7-62522号公報
【非特許文献1】
T.Goto, R Obata and Y.Ito,「Electrochemical formation of iron nitride film in molten Li-KCl-Li3N system」,Electrochemica Acta,45,pp.3367-3373(2000)
【非特許文献2】
H.Tsujimura, T.Goto and Y.Ito,「Electrochemical Formation and contorol of chrominum nitride films in molten Li-KCl-Li3N systems」,Electrochemica Acta, 47,pp.2725-2731(2002)
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
鋼材の表面窒化法として従来用いられている塩浴窒化法は、シアン系の塩浴を用いるものが一般的であり、浴中にはシアン化物イオン(CN-)が存在する。そのため、環境問題が厳しくなってきた現在では公害防止対策に相当な費用と労力をかけなければならず、排水・排ガスなどの処理コストが増大している。
【0006】
また、ステンレス鋼の代表的なものとしては、Fe-Cr(18wt%Cr)を主成分とするSUS430鋼や、Fe-CrーNi(18wt%Cr-8wt%Ni)を主成分とするオーステナイト系のSUS304鋼があるが、このようにCr含有量の多い鋼材の表面には不動態皮膜が存在するためステンレス鋼の窒化処理においては窒素の侵入が阻止され、窒化が起こりにくいという問題があり、不動態皮膜を除去するための前処理工程としての研磨工程等が必要である。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、電解質中で鉄のほかに少なくとも1種の窒化物生成元素を含む鋼材を作用極とし、浴と接触する対極に対し正の電位に保つ(その結果、実質的な電流が浴中を作用極から対極に流れる)ことにより、従来法である塩浴窒化法では浴として用いられ得ない、窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系溶融塩を電解質に用い、鋼材表面に窒化物層が形成することを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、(1)鉄のほかに少なくとも1種の窒化物生成元素を含む鋼材を被処理材とし、窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系溶融塩を電解質に用い、該電解質中で被処理材を作用極とし、浴と接触する対極に対し正の電位に保つことにより被処理材表面に窒化物層を形成することを特徴とする鋼材の電気化学的表面窒化処理法、である。
【0009】
また、本発明は、(2)溶融塩はLiCl-KClであることを特徴とする上記(1)の鋼材の電気化学的表面窒化処理法、である。
また、本発明は、(3)被処理材はステンレス鋼部品であり、電解電位を0.3V~2.0Vに保つことによりステンレス鋼表面にCrNを主成分とする窒化物層を形成することを特徴とする上記(1)または(2)の鋼材の電気化学的表面窒化処理法、である。
【0010】
また、本発明は、(4)ステンレス鋼は表面の酸化物層を除去していないステンレス鋼部品であることを特徴とする上記(3)のステンレス鋼の電気化学的表面窒化処理法である。
【0011】
本発明の方法によれば、環境に有害なシアン化物イオン(CN-)を一切用いることなく、鋼材表面に窒化処理による窒化層を形成することが可能となる。従来の塩浴窒化法で得られる窒化物相には、炭素等の窒素以外の元素が混入するが、本発明の方法によれば、窒素以外の元素の混入していない窒化物相を形成することができる。さらに、従来技術において、不動態膜除去のために必要である前処理も、本発明の方法では必要ない。
【0012】
本発明の方法では、窒化反応に電気エネルギーを利用するため、従来法である塩浴窒化法では浴として用いられ得ない、窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系溶融塩を電解質に用いた窒化処理が可能となる。そのため、シアン化物イオン(CN-)を用いる塩浴窒化と比較して環境負荷ははるかに小さくなり、排水・排ガスなどの処理コストを減少させることができる。
【0013】
【作用】
電解により、N3-は下記の(1)式に従い原子状窒素にまで酸化され、続いて、(2)式のような反応が進行し、鋼材中に含まれる金属元素と窒素との反応により形成される窒化物層を鋼材表面に形成すると考えられる。
【0014】
3- →Nads +3e- (1)
xMe+Nads →MexN (2)
ただし、Nads : ads (adsorption;吸着窒素原子) , Me (Cr, Fe, Ni, Mn 等の鋼材に含まれている金属元素)
【0015】
基本的にNは、鋼材に含まれる金属元素の中で最も結合しやすい元素と優先的に窒化物を形成し、Fe,Cr,Ni,Mn等を含むステンレス鋼ではCrがNと最も結合しやすいので、CrNを主成分とする窒化物層を形成するするが、その他の含有成分であるFe,Ni,Mn等とも結合し、それらの窒化物を含有する場合もあり、ステンレス鋼の組成によって窒化物層の成分やその割合は異なる。このような反応により、膜厚が1μmから100μm程度の窒化物層を容易に形成できる。
【0016】
(実験例)
溶融LiCl-KCl中にLi3Nを1.0mol%添加し、作用極にフェライトステンレス鋼(SUS430)電極を用いてサイクリックボルタンメトリーを行った結果、(1)式の窒化物イオンの酸化反応が約0.3Vよりも貴な電位領域で起こることが確認された。
【0017】
そこで、試験片としてステンレス鋼(SUS430)電極を用い、電解電位1.0Vで10時間の定電位電解を行い試料を作成した。電解後の試料についてXPSによる分析を行った結果、窒化物の形成を示唆する結合エネルギー位置にN1sピークが確認された。図1(a)、図1(b)にそれぞれ電解前と電解後のXRDによる分析を行った結果を示す。図1(b)に示すように、試験片のα-Feに帰属される回折ピークと共に、CrNに帰属される回折ピークが確認された。
【0018】
【発明の実施の形態】
本発明の方法において、窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系溶融塩を電解槽に入れ、被処理金属である鋼材部品と対極を溶融塩中に浸漬し、被処理金属である鋼材部品を作用極として対極との間に電解電流を流すようにする。
この際、グローブボックス等の特別な雰囲気制御装置を必要とせず、アルゴンフロー若しくは窒素フロー下で電解を施せばよい。
【0019】
鋼材としては、ステンレス鋼、工具鋼、耐熱鋼などの鉄のほかに少なくとも1種の窒化物生成元素を含む鋼材であればその種類は問わない。フェライト系、オーステナイト系などのCr含有量の多いステンレス鋼の表面には、CrN層を主成分とする窒化物層が形成される。CrNは高硬度で耐磨耗性の非常に優れた物質であることが知られている。
【0020】
非シアン系溶融塩からなる電解質としてはアルカリ金属の塩化物が適するが、中でも環境面、コスト面、処理温度の観点からは、共晶組成に混合したLiCl-KClが好ましい。窒化物イオン源としては窒素化合物を使用するが、環境面、コスト面、LiCl-KCl中への溶解量等を考慮するとLiNが好ましい。LiNは、粉末の状態で添加量としては0.1mol%から3.0mol%の範囲が好ましい。
【0021】
例えば、溶融LiCl-KCl中にLi3Nを添加すると、浴中には窒化物イオン(N3-)が存在する。浴中への窒化物イオンの溶解度およびその安定性の観点から、最も好ましい浴はLiCl-KCl-LiN(LiCl:57.9 mol%,KCl:41.1 mol%, Li3N:1.0mol%)である。溶融塩の融点および蒸気圧の関係から、浴温度は約400℃~500℃の範囲が好ましい。
【0022】
この浴内で窒化処理する鋼材を作用極とし、対極に対し正の電位に保つ、その結果、実質的な電流が浴中を作用極から対極に流れる。窒化物イオンの酸化反応を起こし、かつ作用極である鋼材の主成分である鉄金属の溶解反応を起こさないために、電解電位は0.3V~2.0Vの範囲が好ましい。電流密度は1mAcm-2から100mAcm-2の範囲が好ましい。電解電位や電流密度等の電気化学パラメータにより、表面窒化層の構造的特性(組成、結晶構造、膜厚等)を精密かつ簡便に制御することが可能である。
【0023】
【実施例】
実施例1
窒化処理の窒素源として窒化物イオン(N3-)を含有する非シアン系の溶融塩(LiCl-KCl-Li3N)を調製した。溶融塩には、共晶組成に混合したLiCl-KClを数日間473Kで真空乾燥させた後、773Kのアルゴン雰囲気中で溶融させたものを用いた。窒素源には、窒化リチウム(Li3N)(添川理化学株式会社製;純度99.5%)を用い、添加量は、0.5mol%とした。
【0024】
この溶融塩中において、被処理材であるフェライトステンレス鋼(SUS430)板(大きさ;2cm×1cm 厚さ1mm)を不動態膜を除去せずそのまま作用極とし、対極にはAlを用いて、アルゴン雰囲気下で浴温を773Kに保って、作用極を対極に対し1.0V正の電位に保つことにより、約60分間、作用極表面に電気化学的に窒素原子を供給することにより表面窒化処理を施した。
電気化学測定には、対極としてグラッシーカーボンを用いた三電極方式で行い、参照極には(α+β)共存相のAl-Li電極を使用した。なお、参照極の較正用として、Ni線上にLi金属を電解により析出させ、電流を切った後に示す再現性の良い電位を用いた。
【0025】
SEMを用いて試料断面観察を行った結果、図2(a)に示すように、ステンレス鋼表面に約50μmの化合物層Eが形成していることがわかった。XPS、XRDの結果と考え合わせると、この化合物層はCrNを主成分とする窒化物層であると考えられる。マイクロビッカース硬度計を用いて試料断面の硬さ測定を行った結果、図2(b)に示すように、表面から深さ60μm(界面から深さ10μm)の位置のステンレス鋼表面の硬さがHv200程度であったのに対し、窒化物層の硬さは表面から深さ10μmの位置でHv約1200、深さ25μmの位置でHv約1050であった。
【0026】
【発明の効果】
本発明の提供する新規な表面窒化法により、シアンのような有害物質を使用せず、比較的低温・短時間で、高真空やグローブボックス等の高価な雰囲気制御装置を必要としない単純な装置を用いて、ステンレス鋼などの鋼材の表面に高硬度で耐磨耗性の非常に優れた窒化物層を形成できるため、大幅なコストの低減が可能となる。
【0027】
また、溶融塩中での電気化学反応であるため、窒化物層の着き回りが良く、被処理金属材の形状を選ばず、特別な前処理も必要ない。さらに、窒化反応に電気化学反応を利用するため、電解時の電位や電流密度等を制御することにより、窒化物層の組成、結晶構造、膜厚等を精密かつ簡便に制御することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1(a)、図1(b)は、それぞれフェライトステンレス鋼(SUS430)の電気化学的表面窒化処理前と処理後の試料のXRD分析結果を示すグラフである。
【図2】図2(a)は、実施例1によりフェライトステンレス鋼(SUS430)を電気化学的表面窒化処理した試料の断面観察を行った結果を示す図面代用SEM写真、図2(b)は、マイクロビッカース硬度計を用いて試料断面の硬さ測定を行った結果を示すグラフである。
図面
【図1】
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【図2】
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