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明細書 :赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの保存方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第2955657号 (P2955657)
公開番号 特開平11-098979 (P1999-098979A)
登録日 平成11年7月23日(1999.7.23)
発行日 平成11年10月4日(1999.10.4)
公開日 平成11年4月13日(1999.4.13)
発明の名称または考案の名称 赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの保存方法
国際特許分類 C12N  7/00      
A01N 63/00      
FI C12N 7/00
A01N 63/00
請求項の数または発明の数 11
全頁数 9
出願番号 特願平10-084622 (P1998-084622)
出願日 平成10年3月30日(1998.3.30)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用申請有り 平成9年4月3日 平成9年度日本水産学会春季大会において文書をもって発表
優先権出願番号 1997201430
優先日 平成9年7月28日(1997.7.28)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成10年3月30日(1998.3.30)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】594055387
【氏名又は名称】水産庁瀬戸内海区水産研究所長
発明者または考案者 【氏名】長崎 慶三
【氏名】山口 峰生
個別代理人の代理人 、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔 (外2名)
審査官 【審査官】新見 浩一
調査した分野 C12N 7/00
A01N 63/00
特許請求の範囲 【請求項1】
ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルス。

【請求項2】
ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスに感染しているヘテロシグマ属の藻類を含有する液体試料を孔径0.2μm のフィルターで濾過し、得られた濾液をヘテロシグマ属の藻類の培養液に接種して培養し、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された培養液をヘテロシグマ属の藻類の培養液で限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスの単離方法。

【請求項3】
液体試料に紫外線を照射する工程をさらに含む請求項2記載の単離方法。

【請求項4】
ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤。

【請求項5】
ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスを赤潮水域に散布することからなる赤潮防除方法。

【請求項6】
ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスの保存方法であって、該ウイルスを含有する液体をジメチルスルホキシドの存在下で凍結させることを特徴とする前記の方法。

【請求項7】
前記ウイルスを含有する液体を、10~20体積%の濃度のジメチルスルホキシドの存在下で、液体窒素中で凍結させる請求項6記載の方法。

【請求項8】
前記ウイルスの懸濁液を用意し、これをヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液に接種し、溶藻が確認された時点で、培養上清とジメチルスルホキシド含有培地とを混合し、混合液を液体窒素中で凍結させる工程を含む請求項6記載の方法。

【請求項9】
ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液にその1/100 ~1/50体積%の量の前記ウイルス懸濁液を接種し、溶藻が確認された時点で、培養上清と20~40体積%の濃度でジメチルスルホキシドを含むSWM3培地とを等量ずつ混合し、混合液を-196℃の液体窒素中で凍結させる工程を含む請求項7または8に記載の方法。

【請求項10】
請求項6の方法によって保存した、テロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスの再生方法であって、凍結した該ウイルス含有液を解凍し、ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液に接種することを特徴とする前記の方法。

【請求項11】
ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液にその1体積%以下の量の解凍したウイルス含有液を接種する請求項10記載の方法。
発明の詳細な説明 【発明の詳細な説明】

【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は、赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの保存方法に関し、より詳細には、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの保存方法に関する。

【0002】

【従来の技術】わが国の海面養殖業は、国内漁業生産額全体の約1/4を占めている。この振興にあっては、とくに養殖漁場の環境保全を図ることが不可欠であり、なかでも深刻な被害を引き起こす赤潮に対しての有効な対策の推進がきわめて重要である。こうした背景のもと、赤潮被害を防除するためのさまざまな方策がこれまでに提案されてきた。しかしながらそれらは、赤潮水域への粘土散布(多孔質の粘土にプランクトンを物理的に吸着させて沈める)や過酸化水素等の薬剤散布(プランクトンを化学的に殺滅する)といった緊急避難的な方策であり、規模・コスト面での問題がある上、自然海域への人為的異物投入による生態系への影響、すなわち安全性が懸念されるためのものであったため、実用化には至らなかった。したがって、赤潮が実際に発生した海域では、養殖魚への餌止めをするとともに、生け簀を清澄な海域に避難させることで急場を凌いでいるのが現状である。このため規模・コスト・安全性の3つの面で実用に適う赤潮防除技術の開発が望まれている。

【0003】
ごく最近まで本研究の対象生物であるヘテロシグマアカシオによる漁業被害は、他の赤潮原因種(シャットネラ属,ギムノディニウム属など)による漁業被害額がきわめて大きかったため相対的に軽度であると考えられてきた。しかしながら近年、本種による赤潮一件あたりの被害額は増大傾向にあり、1995年以降ではわが国の主要な赤潮被害の約50%がヘテロシグマによる被害となるなど、本プランクトンの今後の挙動が注目されている。また海外では、ニュージーランドのビッググローリー湾の養殖サケに10億円以上の被害を与えるなど、養殖産業に対するヘテロシグマ赤潮の脅威は国際的にも認識されているところである。

【0004】

【発明が解決しようとする課題】従って、本発明は、このように、産業上注目すべき赤潮原因プランクトンであるヘテロシグマを対象生物とする、ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤を提供することを目的とする。また、本発明は、ヘテロシグマ属を標的とするウイルスおよびその単離方法を提供することも目的とする。

【0005】
さらに、本発明は、ヘテロシグマ属を標的とするウイルスの保存方法を提供することを目的とする。また、本発明は、上記の方法で保存したウイルスの再生方法を提供することも目的とする。

【0006】

【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスの単離に成功し、本発明を完成させるに至った。また、本発明者らは、ヘテロシグマアカシオウイルスを、ジメチルスルホオキシド存在下、液体窒素中で安定に保存する方法およびこの方法で保存したヘテロシグマアカシオウイルスを再生する方法も見いだした。

【0007】
すなわち、本発明は、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスを提供する。ヘテロシグマ属の藻類はヘテロシグマアカシオであるとよい。ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルスは、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つウイルスであってもよい。また、本発明は、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスに感染しているヘテロシグマ属の藻類を含有する液体試料を孔径0.2μm のフィルターで濾過し、得られた濾液をヘテロシグマ属の藻類の培養液に接種して培養し、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された培養液をヘテロシグマ属の藻類の培養液で限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの単離方法を提供する。この単離方法においては、液体試料に紫外線を照射する工程をさらに含んでもよい。紫外線の照射は、ウイルスの単離操作のいずれの時期に行ってもよく、例えば、液体試料の濾過の前あるいは後に行うことができる。さらに、本発明は、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤を提供する。さらにまた、本発明は、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスを赤潮水域に散布することからなる赤潮防除方法も提供する。

【0008】
本発明は、また、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの保存方法であって、該ウイルスを含有する液体をジメチルスルホキシドの存在下で凍結させることを特徴とする前記の方法を提供する。本発明の好ましい態様においては、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスを含有する液体を、10~20体積%の濃度のジメチルスルホキシドの存在下で、液体窒素中で凍結させる。本発明の方法は、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの懸濁液を用意し、これをヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液に接種し、溶藻が確認された時点で、培養上清とジメチルスルホキシド含有培地とを混合し、混合液を液体窒素中で凍結させる工程を含んでもよい。その具体的な一例として、ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液にその1/100~1/50体積%の量のウイルス懸濁液を接種し、溶藻が確認された時点で、培養上清と20~40体積%の濃度でジメチルスルホキシドを含むSWM3培地とを等量ずつ混合し、混合液を-196℃の液体窒素中で凍結させるとよい。

【0009】
また、本発明は、上記の方法によって保存した、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの再生方法も提供するが、ここで、凍結した該ウイルス含有液は解凍され、ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液に接種される。この再生方法においては、ヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液にその1体積%以下の量の解凍したウイルス含有液が接種されるとよい。本発明の方法で保存および再生されたウイルスは、ヘテロシグマ属の藻類に対する感染性を保持している。

【0010】
本明細書において、「赤潮」とは、プランクトンの急激な増殖に伴い水域の色が変化する現象を指す。この用語は、水産生物の被害の有無に関わらず広く用いられる。わが国の有害赤潮の原因となるプランクトンとしては、シャットネラ属、ギムノディニウム属、ヘテロシグマ属などがその代表例としてあげられる。また、「ヘテロシグマ属の藻類」とはラフィド藻綱に属するもので、ヘテロシグマ属に属する種としてはヘテロシグマアカシオが知られている。

【0011】
「ヘテロシグマアカシオ(Heterosigma akashiwo) 」は、長径11~25μmの偏平な楕円型をした2本の鞭毛をもつ単細胞性の海産植物プランクトンである。ヘテロシグマアカシオは、無性生殖で2分裂により増殖する。有性生殖過程はまだ明らかにされていないが、冬季はシスト(一種のタネに相当する細胞)を形成し、海底泥中で休眠することが知られている。ヘテロシグマアカシオは、南北両半球の温帯域あるいは亜寒帯域において発生する有害赤潮の原因種として知られる。わが国では5月~7月にかけて各地の沿岸域で赤潮を形成し、しばしば養殖魚への被害をもたらす。ヘテロシグマアカシオによる魚殺機構は十分には解明されていないが、鰓の分泌異常や溶血性物質の影響によるものである可能性が指摘されている。

【0012】
さらに、「ウイルス」とは、感染した宿主細胞内においてのみ増殖しうる感染性をもった球形または繊維状の微小構造体をいう。ウイルスは、二分裂で増殖することはできず、宿主細胞の生合成系を利用することでのみ自己の複製を行うという点で、細菌とは全く異なる。細菌の場合と比較して宿主特異性が著しく高いのが特徴である。なお、「宿主特異性」とは、病原性寄生生物(この場合はウイルス)が感染し増殖しうる宿主生物の種類の範囲がどの程度限定されているかを表す用語である。例えば、「宿主特異性が高い」あるいは「宿主域が狭い」という表現は、感染できる生物の種類が少ないことを意味する。

【0013】

【発明の実施の形態】以下、本発明を詳細に説明する。本研究の対象生物であるヘテロシグマアカシオは、瀬戸内海など内湾域に分布している有害赤潮プランクトンの一種である。本種は、漁業被害をもたらすプランクトン種として古くから注目されており、とくに近年大規模な漁業被害を引き起こす傾向にある。

【0014】
本発明のウイルスは、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる。ヘテロシグマアカシオに特異的に感染して増殖しうるウイルス(HaV:ヘテロシグマアカシオウイルス)は、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径202±6nmの正20面体であり、2本鎖DNAを持つ。実験では、このウイルスに感染したヘテロシグマアカシオ細胞は運動性を失い死滅したが、このときおびただしい数の複製されたウイルスを放出し、新たな(すなわち、未感染の)ヘテロシグマアカシオ細胞の感染・死滅を誘発した。したがって、数百万~数千万個のヘテロシグマアカシオ細胞を含む培養液中に1個のウイルスを加えるだけで、遅くとも約10日以内に培養中のすべての細胞を完全に死滅させることが可能である。また、本ウイルスの宿主特異性は高く、これまでのところ、ヘテロシグマアカシオ以外の植物プランクトンに対する本ウイルスの影響は全く検出されていない。

【0015】
本発明のウイルスは、以下のようにして単離することができる。まず、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスに感染しているヘテロシグマ属の藻類を含有する海水などの液体試料を用意し、これを約4℃の温度で保存しておく。ヘテロシグマ属の藻類としては、ヘテロシグマアカシオが好ましい。また、この液体試料に15Wの紫外線を0~120秒間照射するとよい。この操作はウイルスの殺藻活性を誘導するのに有効である。得られた液を孔径0.2μmのフィルターで濾過した後、濾液をヘテロシグマ属の藻類の培養液に接種して、例えば、20℃、45μmol photons m-2s-1、14時間明:10時間暗の条件下で1~2日間培養する。ヘテロシグマ属の藻類の培養液は、この藻類を予めマイクロピペット法または限界希釈法によりクローニングして、株化しておき、20℃で2nMのNa2SeO3含有改変SWM3培地(Chen ら, 1969, J. Phycol 5:211-220; Itoh &Imai, 1987, Shuwa, Tokyo, p.122-130)にて14時間:10時間の明暗のサイクルで5~7日間、45μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯の照射下で培養しておくことにより調製できる。

【0016】
次いで、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された培養液をヘテロシグマ属の藻類の培養液で限界希釈することによりウイルスをクローニングする。ヘテロシグマ属の藻類の培養液の調製法は上記のとおりである。限界希釈は次のようにして行うとよい。まず、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された培養液の上清をとり、ヘテロシグマ属の藻類の培養液で連続的に希釈することによりその上清の10倍希釈列を作製し、これらを例えば20℃、45μmol photons m-2s-1、14時間明:10時間暗の条件下で7~10日間培養する。培養後、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された最も希釈度の高いものを選択して、その上清を用いて上記の操作を少なくとも1回繰り返す。

【0017】
最終の限界希釈の後、ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された最も希釈度の高いものの上清をヘテロシグマ属の藻類の大量培養液(例えば、約25ml) に接種して、例えば20℃、45μmol photons m-2s-1、14時間明:10時間暗の条件下で3~5日間培養する。ヘテロシグマ属の藻類の溶藻が観察された培養液は、0.2%アジ化ナトリウムの添加後、4℃の暗所で保存するとよい。この培養液を孔径0.02μm のフィルターで濾過することにより、フィルター上にウイルス粒子をとらえ、これをDAPI(4',6'-diamidino-2-phenylindole)で染色して紫外線下で観察することができる。

【0018】
本発明のウイルスは、室内実験系で(小規模ではあるが)比較的安価に培養することが可能である。本発明のウイルスを赤潮水域に散布することにより、赤潮を防除することができる。赤潮の防除にあたっては、本発明のウイルスの培養液またはその上清をそのまま使用してもよいが、本発明のウイルスを活性成分として含む製剤を調製してこれを使用してもよい。

【0019】
本発明の赤潮防除方法および赤潮防除剤は、自然環境中にすでに存在している宿主特異性の高いウイルスを利用するので、生態系への負荷が小さな環境修復技術として、その安全性に高い期待が寄せられる。また、本発明の赤潮防除剤は、他の通常の薬剤と異なり、ウイルス自体に自己複製能が備わっているため、少量の投入で広範囲への赤潮制御が期待できる。次に、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスを保存および再生する方法の具体的な手順の一例を以下に記載する。

【0020】
1.ヘテロシグマ属の藻類の培養液を調製する。例えば、後述の実施例1に記載のようにして、ヘテロシグマ属の藻類の培養液を調製するとよい。

【0021】
2.ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの懸濁液を用意する。例えば、後述の実施例2に記載のようにして、ウイルス懸濁液を用意する。

【0022】
3.新鮮なヘテロシグマ培養にウイルス懸濁液を接種する。例えば、後述の実施例3に記載のようにして、2.で得られたウイルス懸濁液を新鮮なヘテロシグマ属の藻類の培養液に接種して培養する。培養液を光学顕微鏡で観察して、溶藻を確認する。このとき球形化した感染細胞が残存していても差し支えない。

【0023】
4.溶藻が確認された時点で、培養上清と20~40体積%ジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」と記す。)を含むSWM3培地とを等量ずつ素速く混合し、バイアル中に分注する。

【0024】
5.バイアルを-196℃の液体窒素中にそのまま浸析し凍結させる。
6.そのままの状態でバイアルを液体窒素中で保存する。
7.必要時に、バイアルを取り出し、流水中で、米粒大の氷塊が残る程度まで手早く解凍する。

【0025】
8.解凍したウイルス含有液をヘテロシグマ属の藻類の新鮮な培養液に接種する。ただし、DMSOそのものの毒性がヘテロシグマ細胞に影響するのを防ぐため、接種量は培養液の1体積%以下となるようにする。8.の培養液を培養すれば、ウイルスがヘテロシグマ属の藻類に感染し、溶藻が観察される。従って、上記の方法で保存および再生したウイルスは、ヘテロシグマ属の藻類に対する感染性を保持していることがわかる。以下、本発明を実施例により具体的に説明する。本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。以下の実施例において、特にことわらない限り、%の表示は体積%を示すものとする。

【0026】

【実施例】
〔実施例1〕 藻類の培養
実施例で用いるヘテロシグマアカシオおよび他の微細藻類の株は、マイクロピペット法または限界希釈法によりクローニングして、株化しておいた。ヘテロシグマアカシオの株は20℃で、他の藻類の株は15または20℃で、2nMのNa2SeO3含有改変SWM3培地(Chen ら, 1969, J. Phycol 5:211-220; Itoh & Imai, 1987, Shuwa, Tokyo, p.122-130)にて14時間:10時間の明暗のサイクルで約45μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯の照射下で培養した。

【0027】
〔実施例2〕 ウイルスの単離
1996年7月11日にヘテロシグマ赤潮の発生した日本の高知県野見湾で採取した海水(1mlあたり35400 個のヘテロシグマアカシオを含有していた。) を4℃に保ち、24時間以内に実験室に運んだ。実験室における処理は、Bratbakら((1996), J. Mar. Syst. 9:75-81) およびJacobsenら((1990), J. Phycol 32:923-927)の方法を改良したものである。採取した海水試料を50 mlずつペトリ皿に入れ、それぞれ、0、30、60、90および120秒間紫外線照射 (波長254nm 、東芝GK15)し、実施例1と同じ培養方法で2日間20℃でインキュベートした。その後、各試料を孔径0.2μm のNuclepore membraneフィルターで濾過し、200 μl の各濾液をヘテロシグマアカシオGS95の5mlの培養液に接種し、これを実施例1と同じ条件下で培養した。細胞の溶藻の有無を調べるために、培養液を毎日光学顕微鏡でチェックした。0、30および60秒間紫外線照射した海水試料を接種したヘテロシグマアカシオGS95に溶藻が検出されたが、90および120秒間紫外線照射した海水試料を接種したものには検出されなかった。

【0028】
ウイルスの単離は2回の限界希釈法により行った(Suttle & Chen, 1993, Mar. Ecol. Prog. Ser. 92:99-109) 。細胞の溶藻が観察された各培養液の上清をとり、ヘテロシグマアカシオGS95の細胞懸濁液150μl で連続的に希釈することによりその上清の10倍希釈列を作製した。各希釈を8個用意した。これらを培養した後、ヘテロシグマアカシオGS95の細胞の溶藻が観察された最も希釈度の高いものを選択して、その上清を用いて上記の操作をもう一度繰り返した。このとき、2個以上のウイルスが存在する危険率は0.0106以下であった。最後に、2回目の限界希釈アッセイにおいてヘテロシグマアカシオGS95の細胞の溶藻が観察された最も希釈度の高いものの上清をヘテロシグマアカシオGS95の50mlの新鮮な培養液に接種して、培養した。ヘテロシグマアカシオGS95の細胞の溶藻が観察された培養液を0.2%のアジ化ナトリウムと合わせ、4℃の暗所で保存し、これを「最初のウイルス懸濁液」と仮に命名した。すべての培養は実施例1と同様に行った。同時に、各希釈列における溶藻の証拠を示すウェル数に基づき、Nishihara ら((1986), Eisei Kagaku 32:226-228) が開発したコンピュータープログラムを用いて、各アッセイにおけるウイルスの濃度を計算した。

【0029】
ヘテロシグマアカシオGS95の細胞の溶藻体を孔径0.02μm のフィルター(Anodisc 25, Whatman International Ltd.)で濾過することにより、フィルター上にウイルス粒子をとらえ、これをDAPI(4',6'-diamidino-2-phenylindole)で染色して蛍光顕微鏡下で観察した。溶藻体はDAPIで染色された数多くの粒子を含有しているのが観察されたので、この粒子(すなわち、ウイルス)は二本鎖DNAを有していることが言える。このようにして単離されたウイルスをヘテロシグマアカシオウイルス(HaV)と命名して、以下の実施例3および4に使用した。また、このウイルス粒子は酢酸ウラニルでネガティブ染色されることが透過型電子顕微鏡で観察された。

【0030】
〔実施例3〕 ウイルスの宿主範囲
実施例2で得られた「最初のウイルス(HaV)懸濁液」に、(1)無処理、(2)孔径0.2μm のフィルター(DISMIC-25, Advantec)による濾過、(3)孔径0.1μm のフィルター(AnotopTM25, Anotec) による濾過、あるいは(4)100 ℃5分間の処理を施し、この懸濁液50μl を対数増殖期の表1に挙げた藻類の株の1mlの培養液にそれぞれ接種して培養した。培養液を光学顕微鏡で観察した。10日後に溶藻しなかった株はそのウイルスの宿主ではないとみなした。HaV感染に対する各種の藻類の株の感受性を表1に示す。

【0031】

【表1】
JP0002955657B2_000002t.gif【0032】表1の結果から、HaVの感染性は種特異的というより株特異的であることがわかるが、これはヘテロシグマアカシオ株のウイルス感染における表現型の多様性を示すものである。

【0033】
〔実施例4〕 ヘテロシグマアカシオに対するウイルスの作用
実施例2で得られた「最初のウイルス(HaV) 懸濁液」のストックに、(1)無処理、(2)孔径0.2μm のフィルター(DISMIC-25, Advantec)による濾過、(3)孔径0.1μm のフィルター(AnotopTM25, Anotec) による濾過、あるいは(4)100 ℃5分間の処理を施し、各50μlを対数増殖期の表1に挙げた藻類の株の4mlの培養液(3重)にそれぞれ接種した。蛍光光度計(Turner Designs) を用いて、ヘテロシグマアカシオの増殖をモニターした。溶藻後、各培養液中の細胞を原と千原の方法((1982), Jap. J. Phycol. 30:47-56)に従って、透過型電子顕微鏡で観察した。

【0034】
培養時間とヘテロシグマ(ヘテロシグマアカシオGS95 (図1のA)およびヘテロシグマアカシオUR94 (図1のB)) の増殖の関係を図1に示す。図1において、縦軸は培養液中のクロロフィル蛍光相対値を表し、横軸は培養時間(日)を表す。■は(1)無処理、●は(2)孔径0.2μm のフィルター(DISMIC-25, Advantec)による濾過、×は(3)孔径0.1μm のフィルター(AnotopTM25, Anotec) による濾過、△は(4)100 ℃5分間の処理を施した「最初のウイルス(HaV08) 懸濁液」のストックを接種したヘテロシグマアカシオGS95またはヘテロシグマアカシオUR94を表す。

【0035】
(1)の無処理、あるいは(2)の孔径0.2μm のフィルター(DISMIC-25, Advantec)による濾過処理を施した「最初のウイルス(HaV) 懸濁液」のストックを接種したヘテロシグマアカシオGS95およびヘテロシグマアカシオUR94に溶藻が生じた。これとは対照的に、(3)の孔径0.1μm のフィルター(AnotopTM25, Anotec) による濾過、あるいは(4)の100 ℃5分間の処理を施すことにより、殺藻性は失われた。このことは、ウイルスが100~200 nm程度の大きさで、熱に不安定であることを示している。

【0036】
さらに、(1)の無処理、あるいは(2)の孔径0.2μm のフィルター(DISMIC-25, Advantec)による濾過処理を施した「最初のウイルス(HaV) 懸濁液」のストックを接種したヘテロシグマアカシオUR94が溶藻した培養液を透過型顕微鏡で観察したところ、ウイルスが観察された。このウイルスは、直径202 ±6 nm (平均±標準偏差) で、断面が五角形または六角形であり、このことは、ウイルスが正二十面体であることを示している。また、このウイルスは、キャプシドとは異なる電子密度の高い非対称球形のコアを有し、尾部を欠いていた。

【0037】
これとは対照的に、(3)の孔径0.1μm のフィルター(AnotopTM25, Anotec) による濾過、あるいは(4)の100 ℃5分間の処理を施した「最初のウイルス(HaV) 懸濁液」のストックを接種したヘテロシグマアカシオUR94の培養液においては、ウイルスの複製は検出されなかった。溶藻の前段階として、ヘテロシグマアカシオの細胞は球形化し、運動性を失い底面に沈積した後、崩壊に至った。これらの観察結果から、天然の赤潮汚染で観察されるように、感染細胞が水の下層に沈むことが示唆される。赤潮の最終段階でヘテロシグマアカシオ細胞の上への移動が停止することとウイルス感染により生じる運動性の喪失とが関係していることは注目に値する。

【0038】
〔実施例5〕 他の赤潮海水からのHaVの分離
1996年6月24日にヘテロシグマ赤潮の発生した日本の福岡県豊前海で採取した海水につき、上記の実施例2~4の操作を行ったところ、同様の物理的・化学的性状をもつヘテロシグマアカシオウイルス(HaV)が複数株得られた。図2は、このうちの1株のネガティブ染色像である。ウイルスの直径は約0.2 μm である。

【0039】
〔実施例6〕本実施例においては光条件および温度条件がHaVの感染能に与える影響を調べた。5℃、10℃、15℃、20℃および25℃に設定したインキュベータにあらかじめ限界希釈法(実施例2を参照)により感染力価(感染能を持つウイルス粒子の濃度=1ml中に何個存在しているかを示す値)を測定したHaV01懸濁液を2本ずつ保存した。それぞれのうち1本はアルミホイルにより遮光し(暗条件)、もう1本は14時間:10時間の明暗サイクルで45μmol photons m-2 s-1の白色蛍光灯を照射した(明条件)。このようにして各条件下に置いたウイルス懸濁液の感染力価を、保存開始後18日目、39日目および83日目にそれぞれ限界希釈法により測定し、その変化をグラフに示した(図3)。

【0040】
その結果、光条件下(L)に置かれたすべての試料と暗条件下(D)で15℃以上に置かれた試料は、保存開始18日目の時点でその感染力価が検出限界以下まで低下した。この結果は暗所冷蔵保存は該ウイルスの感染性を短期間保持する上で有効であるが、長期の保存には適さないということを示すものである。

【0041】
〔実施例7〕ヘテロシグマアカシオウイルスの冷凍保存法を検討するために以下の実験を行った。あらかじめ限界希釈法により感染力価を測定したHaV懸濁液に、SWM3培地、グリセロールもしくはジメチルスルホキシド(DMSO)を体積%で10%となるようにそれぞれ添加し、バイアルに分注後、-20(通常のフリーザー)、-80(ディープフリーザー)、-196℃(液体窒素中)において凍結した。この状態で14日間凍結した試料を取り出し、流水中で米粒大の氷塊が残る程度まで解凍した。さらにこれを十分に攪拌した後、限界希釈法によりそれぞれの感染力価を測定した結果を示したのが図4である。図4のグラフの左に示した略号は、(-)がSWM3添加区を、(G)がグリセロール添加区を、また(D)がDMSO添加区をそれぞれ表す。感染力価が検出されたのは、-196℃に保存したグリセロール添加区とDMSO添加区のみであり、DMSO添加区の感染力価の方がグリセロール添加区のそれよりも約2オーダー高かった。その他の実験区ではすべて感染力価が検出限界以下となった。これらの結果は、10%DMSOを添加後、液体窒素中で凍結保存することによりHaVの感染能の喪失を低減させることができるということを示している。

【0042】
〔実施例8〕ヘテロシグマアカシオウイルスの冷凍保存に際して感染能の喪失の度合いをもっとも低減させるDMSO添加濃度を以下の方法で検討した。あらかじめ限界希釈法により感染力価を測定したHaV懸濁液に、DMSOを体積%で0、5、10、20、30%となるようにそれぞれ添加し、バイアルに分注後、液体窒素中で凍結した。この状態で14日間保存後、実施例8の方法に従い解凍し、各保存条件下のHaV懸濁液の感染力価を限界希釈法で測定した。その結果を示したのが図5である。この結果、ヘテロシグマアカシオウイルス懸濁液に凍結保護剤としてDMSOを終濃度10-20%となるように添加し、液体窒素中で保存することにより、ヘテロシグマアカシオウイルスをその感染性を保持した状態で保存できることが明らかとなった。図6には終濃度10%のDMSOを加えたHaV懸濁液の長期保存を行った際の感染力価の変化を示した。これまでのところ、この条件で凍結保存することで少なくとも109日間、高い感染性を維持させた状態で凍結保存が可能であることが明らかとなった。このようにして再生させたHaVを人為的に赤潮状態まで増殖させたヘテロシグマアカシオの培養に接種することにより、茶色く濁った培養を約2日間で透明な状態にすることが可能であった(図7)。なお、上記の実施例6~8において用いたウイルス懸濁液およびヘテロシグマ属の藻類の培養液は、それぞれ、実施例2および1に記載の方法に従って、調製した。

【0043】

【発明の効果】本発明により、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスが提供された。また、本発明により、ヘテロシグマ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスの保存方法が提供された。さらに、本発明により、上記の方法で保存したウイルスの再生方法が提供された。本発明のウイルスを用いることにより、赤潮を防除することができる。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
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【図7】
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