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明細書 :生物体から核酸を溶出する方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3735706号 (P3735706)
公開番号 特開2003-024067 (P2003-024067A)
登録日 平成17年11月4日(2005.11.4)
発行日 平成18年1月18日(2006.1.18)
公開日 平成15年1月28日(2003.1.28)
発明の名称または考案の名称 生物体から核酸を溶出する方法
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
請求項の数または発明の数 2
全頁数 12
出願番号 特願2001-212281 (P2001-212281)
出願日 平成13年7月12日(2001.7.12)
審査請求日 平成13年7月12日(2001.7.12)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501145295
【氏名又は名称】独立行政法人食品総合研究所
発明者または考案者 【氏名】矢部 希見子
【氏名】聖 祚姜
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100096183、【弁理士】、【氏名又は名称】石井 貞次
審査官 【審査官】内藤 伸一
参考文献・文献 田中弥生編, 「細胞工学 別冊 Tipsシリーズ 改訂 PCR Tips -可能性を広げるヒントとコツ-」,第2版,株式会社秀潤社, 1999年12月10日, p.18-20
ライフサイエンスシリーズ 遺伝子組換え実用化技術 第1集, サイエンスフォーラム, 1979年9月1日, p.129
調査した分野 C12N 15/00
JICSTファイル(JOIS)
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
糸状菌、担子菌、植物培養細胞及び植物体から選ぶ細胞壁を有する生物体から核酸を溶出する方法において、該生物体を0.5M以上の高塩濃度で加熱処理し、次いで010mM塩の非存在下または低濃度の存在下で加熱処理することを特徴とする糸状菌、担子菌、植物培養細胞及び植物体から選ぶ細胞壁を有する生物体からの核酸溶出方法。
【請求項2】
塩がKCl、NaCl、LiCl、CsClである請求項1記載の糸状菌、担子菌、植物培養細胞及び植物体から選ぶ細胞壁を有する生物体からの核酸溶出方法。
発明の詳細な説明 【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、生物体からの核酸を溶出する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
カビ(糸状菌)や植物など強固な細胞壁を有する生物体からの一般的なDNA溶出法は、各々を培養後、得られた生物体を液体窒素等で凍結し、乳鉢と乳棒ですりつぶし、それを界面活性剤や有機溶媒が入った溶液に懸濁し、抽出を繰り返すことによって調製する。しかし、これらの一般的な方法は規模が大きく、作業にも時間がかかり、操作も複雑であるため多数のサンプルをスクリーニングするためには適していなかった。そこで、PCR法に利用可能な、胞子や菌糸等の小規模のDNA溶出法の開発が望まれ、これまでにも種々の試みが報告されてきている。アスペルギルス・フミガタス(Aspergillus fumigatus)では、2日間培養後の胞子を水に懸濁し、PCR反応液の5分の1の容量に当たる胞子懸濁液をPCR反応液に添加してPCRを行い、705 bpのPCR産物を得たという報告がある( Curr. Genet. 24:177-178 (1993) )。しかし、この方法を他のカビを用いて成功したという報告例はなく、また、胞子を多量にPCR反応液に添加すると胞子による非特異的な反応阻害がおこるため、非常に狭い範囲の胞子数でしか応用できないこと等、多くの問題があり、一般的な方法とは言えない。また、既報のDNA溶出法(Appl. Environ. Microbiol. 64:2463-2472 (1998))としては、(1)熱界面活性剤処理、(2)凍結融解の繰り返し処理、(3)ビーズ・ミル乳化処理(Bead mill homogenization)がある。(1)の熱界面活性剤処理法は、胞子や菌体を1% SDSと100mM 以上の塩が入った緩衝液に懸濁し、70℃で、10分ごとに5秒ボルテックスで撹拌して、合計20分間処理する。この方法は、DNAの溶出効率が低く、安定した結果が得られない。(2)凍結融解繰り返し処理法は、胞子懸濁液を液体窒素や-80℃、または-20℃で2分~5分凍結し、直ちに沸騰水に容器をつけて融解する。これを1~3回繰り返し、DNAを溶出する。この方法もDNA溶出効率が低く、再現性に問題がある。マグナポルテ・グリセア(Magnaporthe grisea)の場合、胞子を-80 ℃で凍らせた後融解し、希釈して直接PCR溶液に添加することで、3000bpのPCRバンドが得られたとの報告がある。しかし、この場合は、溶出DNAだけではなく、処理した胞子液全体をPCR反応液に添加するため、胞子による非特異的なPCR反応阻害が起こる可能性がある。本発明者らも同方法をアスペルギルス・パラシティカス(Aspergillus parasiticus)の胞子を用いて試みたが、PCRのバンドは得られなかった。(3)ビーズ・ミル乳化処理では、菌体及び胞子液をビーズ・ビーター・チューブに入れ、ガラスビーズを加え、ミニ・ビーズ・ビーター・セル破砕器で撹拌破砕する( Appl. Environ. Microbiol. 64:2463-2472 (1998) 、 Mol. Cell. Probes. 14:339-348 (2000))。この方法は、他の方法に比べてより効果的にDNA溶出を行えるが、特殊な装置を必要とすること、そのため一度に処理できる数が限られるという問題点がある。ミニ・ビーズ・ビーター・セル破砕器の代わりにボルテックス・ミキサーなど一般的な震盪機を用いる方法もあるが、その場合は効率がかなり低くなる。
【0003】
以上の方法以外に、種々の細胞壁溶解酵素を用いて菌体や胞子からプロトプラストを調製し、得られたプロトプラストをPCR反応液に供する方法が報告されている( J. Clin. Microbiol. 29: 810-812 (1991) )。たとえば、胞子を微量プラスチックチューブ中の200 μl程度の培地に摂取し培養後、得られた菌糸を96穴のプレートの一つの穴に移し、細胞壁分解酵素で60分処理し、短時間の熱処理で酵素を失活後、溶液部分をPCR反応液に加えて、PCR産物を得る方法がある( J. Biotechnol. 59:221-224 (1998) )。これを用いて3000bp程度の比較的長いPCR産物が得られることが報告されているが、培養に40時間程度必要であるため培養開始からPCRの結果が得られるまで2日以上かかり、さらに、酵素を用いるため比較的高価な実験となる。また、利用する細胞壁分解酵素によってはDNA分解活性が混在している場合があり、確認が必要である。さらに、工程数も多く簡便な方法とは言いがたい。以上のように、これまで報告された方法では、再現性の問題、条件設定の難しさ、結果を得るまでの時間、操作の煩雑さ、実験法の価格等の点で、多くの問題があった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは、カビの胞子を用いてDNAの溶出法を検討し、PCRに利用できる程度のDNA量を短時間、かつ簡便に回収することに成功し、本発明の方法を完成した。さらに、この方法は、胞子に限らず菌糸でも応用可能であり、担子菌、さらに、植物培養細胞や葉にも応用できることが確認され、これまで、DNA溶出が困難とされていた強固な細胞壁を有する生物に一般的に応用できる方法であることが確認された。さらに、細菌や酵母にも利用できるため生物一般に利用できる方法であることが確認された。
そこで本発明は、生物、特に細胞壁を有する生物から簡便でかつ短時間に核酸を溶出する方法を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するため手段】
本発明者らは、細胞壁の有無に係わらず、細胞を塩の非存在下または塩濃度が低い条件で熱すると、DNAが溶出してくることを見出した。さらに、本発明者らはできるだけ長いPCR産物が得られるDNA溶出法を検討し、2段階のステップ法を確立し、この方法によって、2000bp程度までの長さのPCR産物を安定して得ることに成功した。
【0006】
即ち、本発明は生物体から核酸を溶出する方法において、該生物体を塩の非存在下または低塩濃度の存在下で加熱処理することを特徴とする生物体からの核酸溶出方法である。
さらに、本発明は生物体から核酸を抽出する方法において、該生物体を高塩濃度で加熱処理し、次いで塩の非存在下または低濃度の存在下で加熱処理することを特徴とする生物からの核酸溶出方法である。
【0007】
上記生物としては、細胞壁を有する生物が挙げられ、該生物としては糸状菌、担子菌、植物培養細胞、植物体が挙げられる。
上記塩としてはKCl 、NaCl、LiCl、CsClが挙げられる。
上記核酸としては、DNA及びRNAが含まれる。
【0008】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において、生物体としては、アスペルギルス・パラシティカス(Aspergillus parasiticus )NIAH26を主として利用した。カビ毒であるアフラトキシン生産カビ、Aspergillus parasiticus NRRL2999の突然変異株でアフラトキシンを生産しないが、アフラトキシン生合成に関与する酵素のほとんどを生産するカビである。これ以外に、Aspergillus oryzae IFO4251, A. flavus IFO 30180, A. parasiticus NRRL2999, A. parasiticus NRRL3145, A. sojae N9, Emericella heterothallica 30842, Penicillium simplicissium SP296, P. viridicatum CSIR-1375, Aspergillus oryzae IFO4214, Emericella heterothallica 30841を用いた。材料として、胞子または菌糸を採取し実験に供した。担子菌としてヒラタケ、hiratake (Pleurotus ostreatus)を用いた。また、植物としてブルーベリーのカルス、また、西洋シャクナゲの葉を用いた。
【0009】
胞子は、各々のカビを寒天培地に植え、培養後胞子を擦りとって水に懸濁し、ろ過することによって菌糸を取り除いて、実験に供した。カビまたは担子菌の菌糸は、寒天培地上の菌糸をピンセットで摘んで採取した。ブルーベリーのカルス、また、西洋シャクナゲの葉は、無菌的に鋏で3mm角以下の大きさに切って、実験に用いた。
約600bpの短いPCR産物を生じるプライマーとして、糸状菌や植物のリボゾームDNA遺伝子の高度に保存された領域の配列であるユニバーサルPCR プライマー , ITS1とITS4とを用いた。
【0010】
ITS1: TCCGTAGGTGAACCTGCGG、
ITS4: TCCTCCGCTTATTTGATATGC
【0011】
また、約1300bp及び約2000bpの長さのPCR産物を生じるプライマーとして、アスペルギルス・パラシティカスのアフラトキシン生産関連遺伝子pks geneの特異的配列を有するプライマー、またはアスペルギルス・パラシティカスの他の特有な遺伝子の配列を持ったプライマーを用いた。
PCR反応は、常に、アマシャム ファルマシア バイオテク社のレディー・ツゥー・ゴー(Ready-to-Go)ビーズを用いた。
【0012】
本発明は、具体的な生物としてアスペルギルス・パラシティカスを用いて、接種後3日以内の若いカビ胞子(3x106)を1.5ml微量遠心管に移し、過剰量(1ml)の高塩溶液(3M KCl, 1 mM EDTA)を加えて懸濁、そして95℃10分処理した後、12000×g,で4℃、10分間遠心して胞子を沈澱させ、胞子を過剰量(1ml)の1 mM EDTAで洗浄後、遠心する。塩濃度の持ち込みはPCR反応を阻害するため、ここで1mM EDTAで洗浄することによって塩の持ち込みを防ぐことができる。上清を除いた後、沈澱した胞子に100μl の1mM EDTAを加え懸濁し、95℃10分熱処理して核酸を溶出する。同液を遠心し、上清の一部 (1.5μl)をPCR溶液に添加して(最終量、12.5μl)、PCRを行った。その結果、約2000bpまでの長さのPCR産物が得られた(図1)。図1は、PCR解析結果を示す。図1において、1-4はA.parasiticus NIAH-26 の胞子を高塩濃度で熱処理後、1 mM EDTA で洗浄し、更に懸濁した後、再度熱処理して、溶出画分をPCR反応液に加えて反応後、電気泳動でPCR産物を解析したものである。5-8は同じ胞子を直接1mM EDTAに懸濁し、熱処理して得られるDNA溶出画分をPCR反応液に添加して、PCR産物を調べた結果である。図1において、PCR産物の予想長は1,5 は約600bp 、2,6 は約1300bp、3,7 は約2000bp、4,8 は約2500bpである。
【0013】
この方法では、塩濃度の調製と熱処理が重要な要因となる。熱処理による胞子からの核酸の溶出(260 nm吸収)を、種々の濃度のKCl溶液で比較すると、顕著な塩濃度依存性を示した(図2)。図2は熱処理による胞子からの核酸の溶出効果を示す。図2はA.parasiticus NIAH-26 の胞子を、種々の濃度のKClと1mM EDTA を含む溶液に懸濁し、95℃、10分間熱処理したものと熱処理しなかったものについて、遠心後、上清の260 nmの吸収を測定した。260 nmの吸収は核酸(DNAとRNA)の量を示す。この図から熱処理をしないと核酸の溶出は見られないが、KClの非存在下またはKClの低濃度の存在下に熱処理をすると核酸が顕著に溶出することが明かとなっている。従って、細胞壁が存在していても、塩濃度が低い状態で熱処理をすればすみやかに核酸の溶出が生じることが確認された。また、280nm の吸収から、蛋白質の溶出も示唆されるが、同時に細胞内の糖等の他の成分の溶出も起こると考えられる。本方法では、二段階の熱処理をしているが、核酸を溶出するだけなら、最初から1mM EDTAで熱処理するワンステップの方法で良いとも考えられるが、実際に種々の長さのPCR産物の生産を検討すると、ワンステップ法では短い約600bpの産物は顕著に検出されるが、2000bp程度の長いPCR産物が得られなかった(図1参照)。
【0014】
一方、核酸の溶出は、塩濃度を高くしていくと顕著に阻害され、実験に用いた最高濃度である3M KClで最も阻害が強かった。従って、高塩溶液における熱処理では核酸の溶出を押さえながら、DNA分解酵素等の酵素活性を失活させ、その後塩濃度を下げて溶出させることで安定したサンプルが得られると予想された。そこで、長いPCR産物を得るための溶出法としては二段階操作を採用し、この方法を用いることによって、約2000bpまでの長さの PCR産物を再現性高く得ることができるようになった。従って、本発明方法では、PCR産物の予想長に応じてワンステップにするか、ツーステップにするかを適宜使い分けて行うことができる。
【0015】
低塩濃度と熱処理による同様の核酸溶出の傾向は、大腸菌JM109株でも得られた。一方、酵母ピキア・パストリス(Pichia pastoris) GS115 株では、やはり熱処理によって核酸溶出が起こったが、塩による溶出阻害は起こらなかった。また、大腸菌と酵母でワンステップ法を行った場合も、得られた溶出画分を用いてPCR産物が得られた。
【0016】
また、同じ胞子や大腸菌で見られた塩濃度による核酸溶出の変化の原因は、塩による浸透圧の効果であると予想される。さらに、2500bp以上のPCR産物が得られない原因については、 EDTA添加や熱処理によっても防ぎきれない混在DNase 活性によるDNA断片化が一因と考えられる。さらに、ロングPCRを行う場合テンプレートDNAを長く熱処理をすると長いPCR産物が減少または無くなることが一般的に知られていることから、それも原因の一つと考えられる。
【0017】
以下、本発明を具体的に説明する。
(1)EDTAの添加
本発明においてすべての溶液には1mM EDTAを加えてあるが、これは、非特異的に混入してくる可能性のあるDNA分解酵素が働けないようにするため、この酵素が活性をあらわすために必要なMg2+イオンをキレートするために常に加えている。1~5mM EDTA溶液で同様の結果が得られた。本方法では熱処理を繰り返しているため、DNaseが混入したとしても失活すると予想されるため必須とは言えないが、純水を用いた時よりEDTA水溶液の方がPCR産物の量が多いことがわかったため、常に低濃度のEDTAを添加することを条件とした。EDTAの添加量は1mM~5mMである。
【0018】
(2)塩の種類及び濃度
本方法では、高塩溶液の塩としてKClを用いているが、他の塩の効果についても検討した(図3)。図3は種々の塩処理の効果を示す。図3は、A.parasiticusの胞子を1mM EDTAを含む3MのKCl(1,2), NaCl(3,4), CsCl(5,6),LiCl(7,8), MgCl2 (9,10), CaCl2 (11,12)の液で、熱処理した後、1mM EDTAで洗浄し、更に熱処理してDNA を溶出させ、その液を用いてPCR産物が約600bp(奇数レーン) または約2000bp(偶数レーン)になるプライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。
【0019】
カビ胞子を1mM EDTAを含んだ3MのKCl, NaCl, CsCl, LiCl, MgCl2, CaCl2のいずれかの溶液中で95℃10分処理後、先に述べた方法に従って処理して、PCRを行った所、NaCl, CsCl, LiClのいずれの塩でも KClと同様、約600bp の短いPCR産物が得られた。しかし、約2000bpのPCR産物はKCl, NaCl, CsCl溶液でのみ検出され、LiClでは検出されなかった。一方、MgCl2, CaCl2ではどちらのサイズのPCR産物も得られなかった。
【0020】
また、KCl濃度依存性を調べると、熱処理による胞子からの核酸溶出(260nm 吸収) を、種々の濃度のKCl 濃度で比較したのが図2である。塩濃度は、0mM または低塩濃度の場合は 0~10 mM であり、これより高い場合は溶出効率が低くなる。また、高塩濃度の場合は0.5M以上であり、2段階処理の際、1段階目でこれより低い塩濃度を用いた場合は、2段階目での核酸の溶出収量が低くなる。本実施例では、KCl の飽和濃度( 約4.0M)の関係で、実験上、扱いが容易な3 M KCl 濃度を最高濃度として用いたが、利用可能なら3 M 以上の塩でも有効である。
【0021】
さらに、2段階ステップ法で、最初の熱処理の際に、種々の濃度のKCl 溶液中で熱処理を行った結果が図4である。図4は、A.parasiticusの胞子を1mM EDTAを含む0M(1-3), 1M(4-6), 2M(7-9), 3M(10-12)KCl の溶液に懸濁し熱処理した後、1mM EDTA洗浄し、更に熱処理してDNAを溶出させ、その液を用いてPCR産物が約600bp(1,4,7,10) 、約1300bp(2,5,8,11)または約2000bp(3,6,9,12)になるプライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。その結果、約600bpのバンドは、KClの有無に係わらず常に検出できたが、約1300bp及び約2000bpのPCR産物は1M以上の塩の存在が必要であった。
【0022】
(3)熱処理の温度及び時間
先に述べたように、最初の高塩溶液では熱処理をする必要があるが、この処理の温度を55℃から95℃の範囲で変えて、PCR産物の量を検討した(図5)。図5は、種々の温度での熱処理の効果を示す図である。図5は、A.parasiticus の胞子を1mM EDTAを含む3MのKCl溶液に懸濁し熱処理した後、1mM EDTAで洗浄し、更に1mM EDTAに懸濁し、55℃(1,2), 65 ℃(3,4), 75 ℃(5,6), 85 ℃(7,8), 95 ℃(9,10)で10分処理し、得られたDNA溶出液を用いて、PCR産物が約600bp(奇数レーン) または約2000bp(偶数レーン)になるプライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。約600bpのPCR産物は55℃の処理でも検出されたが、温度が高くなればなる程量が増えた。一方、約2000bpのPCR産物は、より顕著に温度の影響を受け65℃でわずかなPCRバンドが観察された。温度の上昇につれてバンドの強さが増し、85℃以上の処理で顕著なバンドが得られた。以上長いPCR産物を得るためには、高塩溶液中での高温処理が必要であることは明らかであり、これは、DNAを溶出させる前に熱処理することで、共存するDNase や他の酵素が失活し、その結果、長いDNAが安定に回収されることが原因の一つであると予想される。
高塩条件、低塩条件での熱処理(95℃)の時間を0 分から20分の幅で変えたが、5分以上あれば PCR産物は顕著に観察された。10分から20分の間がもっともPCRバンドが顕著であった。
【0023】
(4)溶液のpH
本方法では特にpH調製のための緩衝液は添加していないが、pH 8.0 に調製した1mM EDTAを常に加えている。そこで、EDTAの調製pHを6.0から8.0に変化させて、PCR産物を比較した(図6)。図6はpH依存性を示す。図6はA.parasiticusの胞子を pH 6.0(1,7,13), 6.5(2,8,14), 7.0(3,9,15), 7.5(4,10,16), 8.0(5,6,11,12,17,18) に調製した1mM EDTAを含む3MのKClで熱処理し、対応する同じ pH の1mM EDTAで洗浄、熱処理を行って得たDNA溶液について、PCR産物が約600bp(1-6), 約1300bp(7-12)または約2000bp(13-18)になるプライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。その結果、中性以上のpHでより顕著なバンドが観察された。さらに、pHを10 mMリン酸バッファーを用いて調整して同様の実験を行ったが、やはり中性以上アルカリ側の条件でPCR産物が多かった。
【0024】
(5)溶出サンプルの成分
熱処理後のサンプルをエタノール沈澱によって濃縮し、電気泳動で分離、エチジウムブロマイド染色すると、主として500bp以下の部分が染色されたが、RNA分解酵素で処理すると消失した。従って、本方法ではDNA以外にRNAも溶出することが明かとなった。本方法ではRNAも得られてくるため、RNAの調製法としても有効であると考えられる。従って本方法によって、生物体の各々の部位における局所的遺伝子発現変化をRT-PCR法等を用いて解析することが可能になると期待される。
【0025】
一方、胞子から溶出されたDNAのサイズを知るために、2日または3日培養して採取した胞子を用いてDNAを溶出し、RNase 処理してRNA を分解した後、残ったDNAを濃縮し、電気泳動にかけた(図7)。図7は、Aspergirllus parasiticus NIAH 26カビの2日目(2)、3日目(3)の胞子から本方法を用いて得られたDNA画分をゲル電気泳動で分析した結果を示している。なお、図7において(1)は分子量マーカー:500 bp Molecular Ruler(500-8,000bp) を、(4)は分子量マーカー:2.5 kb Molecular Ruler(2.5-35kb)をそれぞれ示している。サイバーグリ-ンIで染色し、観察した結果、種々のサイズのDNAが検出され、DNAの溶出と共にDNAの分解も同時に起こっていると考えられていたが、15kb以上の高分子DNAも有為に検出され、特に3日目の胞子では、10kb以上のDNAが大勢を占め、35kb以上の長さのDNAが多く見られた。2500以上の長いPCR 産物が得られないことの原因はDNAの断片化も原因の一つと考えられるが、DNase の影響を阻害する条件をさらに検討することによって、より長いPCR 産物が得られる可能性を有する。2000bp以下のPCR 産物を得るためには本条件で問題はないが、今後さらにDNAの安定化を図る予定である。
【0026】
また、溶出サンプル中には280nm の吸収から、蛋白質の溶出も示唆されるが、糖や補酵素等、種々の細胞内成分の溶出も同時に起こると考えられる。従って、溶出液についてWestern BlottingやELISA 法等、高感度な検出法を用いることにより、これら、細胞内の他の成分の存在、局在を検出するためにも本方法は役立つと予想される。
【0027】
(6)胞子の新鮮さ
2日、3日、4日、5日及び7日間培養して採取した胞子を用いて、DNAの溶出を行った(図8)。図8は、培養日数の異なる胞子の影響を示す。図8は接種後、2 日(1,2), 3日(3,4), 4日(5,6), 5日(7,8), 7日(9,10)培養して採取したA.parasiticusの胞子を、2段階のDNA溶出液で処理した後、得られた溶液について、PCR産物が約600bp(奇数レーン) または約2000bp(偶数レーン)になるプライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。この結果、約600bp の短いPCR産物はいずれの胞子でも検出されたが、約2000bpのPCR産物では培養後3日までの若い胞子で顕著なバンドが検出され、4日以降の胞子では微かなバンドが検出されたのみであった。従って、長いPCR産物を得るためには3日以内のできるだけ新鮮な胞子を用いることが望ましいことが明かとなった。
【0028】
シャーレの中心に摂取し、培養した6日目の集落について、中心部の胞子と周辺部の胞子を採取して本方法に応用した所、短いPCR産物は両方の胞子で検出されたが、約2000bpの産物は周辺部の若い胞子でのみ検出された。したがって、1つの集落を用いても同様の結果が得られた。また、カビ集落から直接採取した胞子を用いて直接PCR分析が可能となったことで、本方法を用いれば、野外で採取されるカビ胞子を、培養することなく直接PCR分析できることが明かとなった。
【0029】
(7)胞子数
カビの胞子数をいろいろ変えて、どのくらいの胞子数がPCR産物を得るために最低限必要かを検討した。その結果、平均150個分の胞子から溶出したDNA量がPCR反応液(最終量12.5μl)に加われば約600bpのPCR 産物が検出されることが明かとなった。わずかな胞子数でPCRが可能であることから、小さなカビ集落から例えば爪楊枝等で直接胞子を採取することで、PCRに用いるのに充分量の胞子がとれることが分かった。
【0030】
胞子数の上限については1.5 ×105個の胞子から溶出したDNA量を加えても顕著なPCR産物が得られた。本発明では、胞子の懸濁液ではなく、胞子からのDNA溶出液をPCR に添加するため、胞子によるPCR阻害は起こりにくいと考えられる。したがって、許容される胞子数の幅は極めて大きいので、本実験において胞子数をあらかじめ数えて、一定数を実験に用いる必要はない。この点からも非常に簡便な方法と言える。
【0031】
(8)他のカビ胞子への応用
種々のカビ胞子に本方法を応用した。Aspergillus oryzae IF04251, A. flavus IFO 30180, A. parasiticus NRRL2999, A. parasiticus NRRL3145, A. sojae N9, Emericella heterothallica 30842, Penicillium simplicissium SP296, P. viridicatum CSIR-1375 の胞子を用いて、ribosomal RNAの遺伝子の共通プライマー配列を利用してPCRを行うと、いずれも約600bpの予想長の産物が得られた(図9)。図9は、種々のカビの胞子及び菌糸への応用を示す。図9ではAspergillus oryzae IFO4251(1), A. flavus IFO 30180(2), A. parasiticus NRRL2999(3), A. parasiticus NRRL3145(4), A. sojae N9(5), Emericella heterothallica 30842(6), Penicillium simplicissium SP296(7), P. viridicatum CSIR-1375(8) の胞子, または Aspergillus oryzae IFO4214(9)とEmericella heterothallica 30841(10) の菌糸を用いて、2 段階のDNA溶出法を行なった。得られた溶出液を用いて、PCR産物の予想長が約600bp になるユニバーサル・プライマーでPCRを行い分析した結果を示している。この図から、本方法は、Aspergillus parasiticusに限らず種々のカビ胞子に応用できることが明かとなった。
【0032】
(9)カビ菌糸への応用
この方法では、採取の容易さから胞子からの核酸溶出法を中心に検討したが、カビの中には胞子を作らず、菌糸のみを延ばすものがある。また、胞子を作るには特別な培養条件が必要なカビも多い。従って、胞子だけでなく、菌糸を用いて、この方法が利用できるか否かを検討した。
【0033】
Aspergillus oryzae IFO4214とEmericella heterothallica 30843は、用いた培養条件で胞子を作らなかったため、菌糸をピンセット等で採取し、本法を用いて検討した。その結果、菌糸を用いた場合もPCR産物が得られた(図9)。従って、本方法は胞子に限らず菌糸でも有効であることが明かとなった。
【0034】
(10)大腸菌及び酵母への応用
また、同方法は、大腸菌 JM109, 酵母ピキア・パストリス(Pichia pastris)GS115にも応用できることが分かった。その場合には、2段階の方法ではなく、最初から1mM EDTAに懸濁して熱処理する一段階の方法が簡便であった。これらの微生物は、コロニーPCR が使えるため通常の純粋培養の菌では本法を用いる必要は無い。しかし、野外の生態系において細菌や酵母が他の微生物と一緒に存在している場合には、本法を利用すれば細胞壁の有無に係わらず、存在するほとんどすべての微生物を同時に検討できると予想される。
【0035】
(11)担子菌及び植物細胞への応用
担子菌はカビと同様に、菌糸を延ばして増殖する。そこで、ヒラタケの菌糸をピンセットで採取して、本法を試みた。その結果、カビの場合と同様、溶出DNA画分をPCR反応液に直接添加することで、PCR産物が得られた(図10)。図10は担子菌及び植物細胞への応用を示す。図10はヒラタケ Pleurotus ostreatus 16 の菌糸(1,2) を用いて2 段階法で核酸溶出し、得られた溶出液を用いてPCR産物が約600bp になるユニバーサル・プライマーを用いてPCRを行い分析した結果を示している。
【0036】
一方、植物はカビと同様強固な細胞壁を有しており、DNAの抽出には細胞破砕やCTAB(hexadecyltrimethylammonium bromide)(Med. Mycol.37:69-73 (1999) )などの特殊な界面活性剤が用いられており、煩雑な方法が利用されてきた。しかし、遺伝子の存在の有無をPCR法で調べる場合は、極めて少量のDNAしか必要ではない。そこで、本発明が植物にも適用できるか否かを検討した。野外の西洋シャクナゲの葉を採取し、鋏で3mm角くらいの大きさに細断したものを用意した。それ以外に、植物の培養細胞(カルス)を一部採取し、用意した。そして、それらを本発明に供したところ、得られた溶出液を、直接PCR反応液に添加してもPCR産物は得られなかった。しかし、溶出液に含まれるDNAを部分精製することによって、PCR産物を得ることに成功した。従って、植物の場合、溶出液の中にはPCR反応を阻害する物質が多く含まれるが、DNAを部分精製すれば、本法は植物のサンプルにおいても充分有用であることが確認された。
【0037】
(12)遠心フィルターの利用
これまで述べた方法は、各サンプルについて1本のプラスチックチューブと数本のピペットマンチップ、2種の単純な溶液、そして、95℃の湯浴またはヒートブロック、微量遠心機が必要なだけであり、大変安価な核酸溶出法である。この方法を用いると、2回の熱処理に20分、遠心3回で30分、胞子採取からPCR開始まで約1時間必要である。
【0038】
しかし、少し高価になっても短時間に結果が見たい場合には、遠心フィルターの利用が便利であることが確認された。遠心フィルターを利用すれば10分間の遠心の代わりに、30秒程度で核酸と胞子を分けることができるため、実験時間を20分程度に減らすことができる。我々は、0.22μm, 0.45μm, 0.5μmのフィルターを試みたが、いずれも同程度の量の PCR 産物が得られた。
【0039】
【実施例】
〔実施例1〕
Aspergillus parasticusを用いて、摂種後3日の若いカビ胞子(5 ×106)を1.5ml 微量遠心管に移し、過剰量(1ml) の高塩溶液(3M KCl, 1mM EDTA)を加えて懸濁、そして95℃10分間熱処理した。4 ℃、12,000×g,10分間遠心し、上清を除いた後、沈殿した胞子に過剰量(1ml)の1mM EDTA加え同様に遠心することで、KClを除き洗浄した。上清を除いた後、胞子を100μlの1mM EDTAに懸濁して、塩の非存在下または濃度の低い塩の存在下で再度95℃10分間処理した。この処理で、核酸が胞子の外に溶出するために、再び同様の条件で遠心し、上清を回収した。
【0040】
PCRはアマシャムファルマシアバイオテクのレディ-・トゥ・ゴー・ビーズを用い、各々半分のスケール、つまり最終容量が12.5μl になるように水、核酸溶出液(1.5μl)と種々のプライマーを加え、本実験では、95℃5分を1サイクル、95℃1分、97℃1分、72℃3分を35サイクル、72℃10分を1サイクルの条件でPCRを行った。各々の反応液を1 %アガロースで電気泳動して、エチジウムブロマイド染色して、観察した。その結果、短いものから約2000 bp までの種々の長さのPCR産物が得られた(図1参照)。
【0041】
このような処理で核酸が溶出していることを確認するために、各段階での遠心上清の260nm(核酸の吸収波長) 、280nm(タンパク質の吸収波長) での吸収を測定した。摂種後3日の若いカビ胞子(1 ×107)に1mlの高塩溶液(3M KCl, 1mM EDTA)を加えて懸濁して熱処理した場合、熱処理に依存して0.093 OD260nm単位、0.062 OD280nm単位の吸収の増加が観察された。そして、1ml の1mM EDTAを加えて洗浄した後、胞子に150 μlの1mM EDTAを加えて、再度、熱処理した場合、0.076 OD260nm単位、0.076 OD280nm単位の吸収の増加が観察された。また、最後に熱処理して得られた上清を濃縮して電気泳動で核酸を観察したところ、核酸にはRNAが多量に含まれていることが観察され、RNase 処理してDNAを見たところこの検出条件ではDNA濃度が薄いためはっきりとは観察できなかった。そこで再度多量の胞子からDNAを溶出し、電気泳動後サイバーグリーンIで染色したところ種々の長さのDNAが検出されたが、10~20kb以上の長さのDNAの存在が有意に検出された。
【0042】
以上のように、塩濃度の非存在下または低塩濃度での熱処理によってDNA及びRNA及び蛋白質など細胞内成分が顕著に溶出することが明らかとなり, 溶出したDNAはPCR反応のテンプレートとして利用できることが明らかとなった。
【0043】
〔実施例2〕
実施例1のような2段階の熱処理ではなく、最初から胞子の100μlの1mMEDTA溶液に懸濁して塩の非存在下または濃度の低い塩の存在下で同様に熱処理し、遠心して回収した上清を用いた場合には、約1300bpと約2000bpのPCR産物は得られなかったが、約600bpのPCR産物は得られた(図1参照)。したがって、1段階の方法は短いPCR産物を得るためには、極めて簡便な方法であることが明らかとなった。
最初から同じ数の胞子を1ml の1mM EDTA溶液に懸濁し、熱処理した場合、熱処理に依存して0.4009 OD260nm単位、0.2800 OD280nm単位の吸収の増加が観察された。
【0044】
【発明の効果】
本発明により、細胞壁を有する殆どすべての生物の適用できる簡便かつ迅速な核酸溶出法を提供することができた。また、本発明は、細胞壁を有しない生物においても適用可能である。一方、近年、生物種の分類がリボゾームDNAの配列に基づいて行われているが、本発明を組み合わせることにより多数の生物の分類が一度に極めて容易に行えるようになる。また、本発明が多くの微生物に利用でき、さらに、核酸溶出前に各々の微生物を純化したり、培養したりする必要がないため、自然界の生物を混合系として直接そのまま解析できる。従って、土壌等、種々の生物、特に様々の微生物から構成される微生物生態系の解析に、本発明による核酸溶出法は極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】溶出DNAサンプルのPCR解析を示す図である。
【図2】熱処理による胞子からの核酸の溶出効果を示す図である。
【図3】種々の塩処理の効果を示す図である。
【図4】種々の濃度のKClの影響を示す図である。
【図5】種々の温度での熱処理の効果を示す図である。
【図6】pH依存性を示す図である。
【図7】溶出したDNAの大きさを示す図である。
【図8】培養日数の異なる胞子の影響を示す図である。
【図9】種々のカビの胞子及び菌糸への応用を示す図である。
【図10】担子菌及び植物細胞への応用を示す図である。
図面
【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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