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明細書 :赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうる小型ウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、抽出方法、継代培養方法、保存方法、および濃縮方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3654522号 (P3654522)
公開番号 特開2003-225086 (P2003-225086A)
登録日 平成17年3月11日(2005.3.11)
発行日 平成17年6月2日(2005.6.2)
公開日 平成15年8月12日(2003.8.12)
発明の名称または考案の名称 赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうる小型ウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、抽出方法、継代培養方法、保存方法、および濃縮方法
国際特許分類 C12N  7/00      
A01N 63/00      
C02F  3/00      
C02F  3/34      
C12N  7/02      
FI C12N 7/00
A01N 63/00
C02F 3/00 G
C02F 3/34 Z
C12N 7/02
請求項の数または発明の数 10
全頁数 18
出願番号 特願2002-027978 (P2002-027978)
出願日 平成14年2月5日(2002.2.5)
審査請求日 平成14年2月5日(2002.2.5)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501168814
【氏名又は名称】独立行政法人水産総合研究センター
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】独立行政法人科学技術振興機構
発明者または考案者 【氏名】長崎 慶三
【氏名】山口 峰生
【氏名】樽谷 賢治
【氏名】外丸 裕司
個別代理人の代理人 【識別番号】100098121、【弁理士】、【氏名又は名称】間山 世津子
【識別番号】100107870、【弁理士】、【氏名又は名称】野村 健一
審査官 【審査官】森井 隆信
参考文献・文献 Appl. Environ. Microbiol.,1999年,Vol.65, No.3,898-902
調査した分野 JICSTファイル(JOIS)
BIOSIS/WPI(DIALOG)
C12N 7/00
A01N 63/00
C02F 3/00
C02F 3/34
C12N 7/02
特許請求の範囲 【請求項1】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルス
【請求項2】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを含有する液体試料を0.1μm孔径のフィルターで濾過し、得られた濾液をヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種して培養を行い、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された培養液を限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスの単離方法。
【請求項3】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを含有する海底泥を液体に懸濁させ、得られた懸濁液を遠心分離して上清を採取することを含む、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを海底泥から抽出する方法。
【請求項4】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスに感染して、溶藻が確認されたヘテロカプサ属の藻類の培養液を遠心処理し、得られた上清をヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種して培養を行う操作を少なくとも1回繰り返す工程を含む、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを継代培養する方法。
【請求項5】
培養を、温度20~25℃、光強度40~200μmol photons m-2 s-1、明暗周期を与えた条件下で行う請求項載の方法。
【請求項6】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を凍結保護剤と混合し、該混合物を凍結保存することを含む、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを保存する方法。
【請求項7】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスに感染した宿主の培養液を遠心分離により濃縮することを含む、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを濃縮する方法。
【請求項8】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤。
【請求項9】
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約2030 nmの球形であり、規則的な結晶構造をとらず、DAPI染色により染色されないウイルスを赤潮水域に散布することを含む赤潮防除方法。
【請求項10】
ウイルスを固定化剤に包埋して、貝類養殖筏に設置する請求項記載の方法。
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうる小型ウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、抽出方法、継代培養方法、保存方法、および濃縮方法に関し、より詳細には、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる小型ウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、抽出方法、継代培養方法、凍結保存方法、および濃縮方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
わが国の海面養殖業は、国内漁業生産額全体の約1/4を占めている。この振興にあたっては、とくに養殖漁場の環境保全を図ることが不可欠であり、なかでも深刻な被害を引き起こす赤潮に対する有効な対策の推進がきわめて重要である。
【0003】
1980年代末にわが国に出現した赤潮原因藻ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマは、カキ、アサリ、真珠貝等の貝類を特異的に斃死させる性質を持ち、日本各地の二枚貝養殖産業に深刻な被害をもたらしてきた渦鞭毛藻の一種である。その損害額は1998年の広島カキへの被害だけで約39億円、累計では100億円を突破するものと思われる。世界で初めてのヘテロカプサ赤潮が発生した1988年当初は高知県浦ノ内湾でのみ本種細胞が確認されたが、ヘテロカプサは驚異的な速さでその分布域を広げてきており、現在では熊本県から福井県・静岡県までの西日本沿岸域に広く分布している。日本の周辺国への本種の移出は未だ確認されていないものの、貿易船舶のバラスト水を介した有害有毒プランクトンの国際間移送の事例も知られていることから、本種の分布動態には十分な監視体制が必要である。
【0004】
こうした背景の下、貝類養殖業者ならびに彼らを抱える我が国各地の自治体からは、ヘテロカプサ赤潮に対する具体的対策の確立が強く望まれている。これまでのところ、ヘテロカプサ赤潮に対する具体的な対策は、「継続的なモニタリングによるヘテロカプサ発生状況の把握」および「養殖筏の赤潮域からの移動」以外には全くないのが現状である。しかしながら、赤潮発生域からの養殖筏の移動は、ヘテロカプサ細胞も同時に移植してしまう危険性を孕んでおり、養殖業者には筏移動についての慎重な対応が望まれている。
【0005】
1999年にはヘテロカプサ・サーキュラリスカーマを宿主とする大型の2本鎖DNAウイルス(HcV: Heterocapsa circularisquama virus)が分離され、本種による赤潮の防除に向けた応用の可能性が現在も鋭意検討されているところである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
今回の出願対象であるウイルス(HcSV: Heterocapsa circularisquama scattered virus)は、HcVと同様にヘテロカプサ・サーキュラリスカーマを宿主とするが、HcVとは全く性状の異なる小型ウイルスである。該ウイルスは、HcVに比べ高収量である点、HcVよりも安定保存性が高い点で優れており、また体積比にしてHcVの約1/400と小型であることから、固定化技術の導入による製剤化もより容易であると期待される。
【0007】
本発明は、実用にかなうヘテロカプサ赤潮防除技術の開発を念頭に置きながら、新奇に分離された小型ウイルスの赤潮防除への応用の可能性を探ることをその主要な目的とする。ウイルス利用による赤潮防除は、他生物や生態系全体への負荷が小さい環境修復技術としてその安全性に高い期待が寄せられており、ウイルスの大量培養技術・散布手法・コスト等の面での諸問題がクリアされれば、実用化への道が開かれるものと期待される。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに感染し死滅させる小型ウイルス(HcSV)の分離に世界で初めて成功し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを提供する。ヘテロカプサ属の藻類はヘテロカプサ・サーキュラリスカーマであるとよい。本発明の一態様において、ウイルスは、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約20-30nmの球形である。
【0010】
また、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを含有する液体試料を0.1μm孔径のフィルターで濾過し、得られた濾液をヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種して培養を行い、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された培養液を限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスの単離方法を提供する。
【0011】
ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを含有する液体試料としては、該ウイルスに感染しているヘテロカプサ属の藻類を含有する液体試料(例えば、ヘテロカプサ赤潮終息期の海水、前記ウイルスに感染しているヘテロカプサ属の藻類の培養液など)、前記ウイルスを含有する海底泥の懸濁液、該懸濁液を遠心分離して得られた上清などを例示することができる。
【0012】
ヘテロカプサ属の藻類を培養するための培地としては、SWM3培地、ESM培地、F/2培地、ASP系培地などの液体培地を例示することができる。
【0013】
該ウイルスに感染しているヘテロカプサ属の藻類を含有する液体試料を調製するための宿主となるヘテロカプサ属の藻類は、対数増殖期にあるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマであるとよく、例えば新鮮なSWM3培地に体積比で約1/10量の対数増殖期末期または定常期初期にあるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ培養を接種し、温度20~25℃、光強度40~200μmol photons m-2 s-1、明暗周期12時間明:12時間暗の培養条件下で2~4日間培養することで、対数増殖期にあるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ培養を調製することができる。このヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ培養液に該ウイルスをウイルス粒子数が藻体細胞数の2倍以上になるように接種し上記培養条件下に2日間以上置く、もしくはウイルス粒子数が藻体細胞数の1/1000~2倍になるように接種し上記培養条件下に4日間置くことで、該ウイルスに感染しているヘテロカプサ属の藻類を含有する液体試料を調製することができる。
【0014】
本発明のウイルスの単離方法において、植物プランクトン、細菌類、ならびに大型のウイルス粒子を除去するため、孔径0.8μm、0.2μmのヌクレポアメンブレンフィルターで濾過後、最終的に0.1μmのフィルターで濾過を行うのが適当である。
【0015】
ウイルスのクローニングにおける限界希釈は、100~10-10倍の希釈段階で行うとよい。
【0016】
本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを含有する海底泥を液体に懸濁させ、得られた懸濁液を遠心分離して上清を採取することを含む、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを海底泥から抽出する方法も提供する。
【0017】
海底泥を懸濁させる液体としては、海水培地、滅菌海水、ヘテロカプサ培養用液体培地などを例示することができる。
【0018】
海底泥からウイルスを抽出(分離)するには、海底泥と液体(海水培地、滅菌海水、ヘテロカプサ培養用液体培地など)をプラスチック試験管中で混合し、密栓後、撹拌、遠心分離して上清を採取すればよい。このとき遠心分離は、1500~2500rpmの速度で、5~15分間行うとよい。
【0019】
また、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスに感染して、溶藻が確認されたヘテロカプサ属の藻類の培養液を遠心処理し、得られた上清をヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種して培養を行う操作を少なくとも1回繰り返す工程を含む、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを継代培養する方法を提供する。
【0020】
ヘテロカプサ属の藻類の培養は、本発明のウイルスに感染させる前であるか、後であるかを問わず、温度20~25℃、光強度40~200μmol photons m-2 s-1、明暗周期のある条件下で行うことが好ましい。
【0021】
さらに、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤を提供する。
【0022】
さらにまた、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを赤潮水域に散布することからなる赤潮防除方法を提供する。
【0023】
この小型ウイルスを固定化剤に包埋して、貝類養殖筏に設置してもよい。これにより、ウイルスを継続的に筏周辺に放出させることができる。
【0024】
固定化剤としては、合成高分子ゲル、合成樹脂プレポリマー、天然多糖類、中空糸膜、シリコンポリマー、活性炭、マイクロカプセル、各種増粘剤等を例示することができる。
【0025】
小型ウイルスを固定化剤に包埋したものを耐海水性のネットまたは容器に入れて、筏に吊したり、筏に固定するといった方法で波に常に洗われている状態にするとよい。
【0026】
また、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を凍結保護剤と混合し、該混合物を凍結保存することを含む、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを保存する方法を提供する。このとき、遠心分離によりウイルス感染細胞の高密度懸濁液を調製し、凍結するとよい。
【0027】
さらにまた、本発明は、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスに感染した宿主の培養液を遠心分離により濃縮することを含む、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを濃縮する方法を提供する。
【0028】
上記のウイルスの保存方法および濃縮方法において、該ウイルスに感染した宿主はヘテロカプサ属の藻類、特に、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマであるとよい。宿主は、ウイルスに感染してはいるがまだ細胞内にウイルス粒子を含んだままで崩壊していない状態であるとよく、ウイルス接種後24~36時間くらいがそのような状態にある。
【0029】
前記ウイルスに感染した宿主の培養液を濃縮するには、1500~2500 rpmの低速遠心分離を10~15分間行うとよい。この操作により、高密度ウイルス感染細胞懸濁液が得られる。
【0030】
本明細書において、「赤潮」とは、プランクトンの急激な増殖に伴い海水の色が変化する現象を指す。この用語は、水産生物の被害の有無に関わらず広く用いられる。わが国の有害赤潮の原因となるプランクトンとしては、シャットネラ属、ギムノディニウム属、ヘテロシグマ属などが挙げられる。「ヘテロカプサ属の藻類」とは渦鞭毛藻綱に属するもので、ヘテロカプサ属に属する種としてはヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ、ヘテロカプサ・トリケトラ、ヘテロカプサ・イルデフィナ、ヘテロカプサ・ピグメア、ヘテロカプサ・アークティカなどが挙げられる。「ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(Heterocapsa circularisquama)」は、魚類には全く影響を及ぼさず、貝類だけを特異的に殺すという性質を持つ、長径20μm前後の比較的小型の渦鞭毛藻類である。本種による赤潮は1988年に高知県浦の内湾で初めて発生し、アサリ1500tを斃死させる被害をもたらした。以降、本種の赤潮は西日本各地に広がり、漁業被害もほぼ毎年発生している。とくに1992年の三重県英虞湾における養殖真珠貝への被害、1998年の広島湾における養殖カキへの被害は甚大であり、本種による赤潮は貝類養殖業者から恐れられている。貝類に対する本種の毒性は特異的かつ強烈であり、これまで知られていないメカニズムで斃死を引き起こしている可能性があるため、現在もその毒性発現機構について詳細な研究が進められている。
【0031】
「ウイルス」とは、感染した宿主細胞内においてのみ増殖しうる感染性をもった球形または繊維状の微小構造体をいう。ウイルスは、二分裂で増殖することはできず、宿主細胞の生合成系を利用することでのみ自己の複製を行うという点で、細菌とは全く異なる。また、細菌の場合と比較して宿主特異性が著しく高いのが特徴である。なお、「宿主特異性が高い」とは、病原性寄生生物(この場合はウイルス)が感染し増殖しうる宿主生物種の範囲(宿主域)が狭いことを意味する。
【0032】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0033】
本研究の対象生物であるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマは、1988年にわが国にはじめて出現した赤潮原因藻であり、カキ、アサリ、真珠貝等の二枚貝類を特異的に斃死させる性質を持ち、日本各地の二枚貝養殖産業に深刻な被害をもたらしてきた渦鞭毛藻の一種である。
【0034】
本発明のウイルスは、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる。ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに特異的に感染して増殖しうる小型ウイルス(HcSV:ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ・スキャッタード・ウイルス)は、尾部構造および外膜構造を欠く粒径約20-30nmの球形ウイルスである。実験では、このウイルスに感染したヘテロカプサ細胞は運動性を失い死滅するが、このときおびただしい数の複製された子孫ウイルスを放出し、新たな(すなわち、未感染の)ヘテロカプサ細胞の感染・死滅を誘発する。したがって、数百万~数千万個のヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ細胞を含む培養液中に1個のウイルスを加えるだけで、培養中のすべての細胞を完全に死滅させることが可能である。また、本ウイルスの宿主特異性は高く、これまでのところ、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ以外の植物プランクトンに対する本ウイルスの影響は全く検出されていない。
【0035】
本発明のウイルスは、以下のようにして単離することができる。まず、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスに感染しているヘテロカプサ属の藻類を含有する海水(例えば、ヘテロカプサ赤潮終息期の海水)または海底泥中に存在するウイルスを懸濁させた海水培地を最終的に0.1μm孔径のフィルターで濾過し、得られた濾液を対数増殖状態にあるヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種し、12時間明:12時間暗の明暗のサイクルで5-7日間、45μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯の照射下で培養する。光強度は市販の光量子計を用いて測定することができる。このとき海底泥中に存在するウイルスを懸濁させた海水培地を調製するには、例えばヘテロカプサ赤潮発生海域の底泥2g(湿重量)とヘテロカプサ属の藻類の培養液2mlをプラスチック試験管中に入れ、密栓後、400rpmで30分間撹拌した懸濁液を2000rpmで5分間遠心分離し、上清を採取すればよい。この操作により、底泥中のウイルスを培養液中に懸濁することができる。
【0036】
ヘテロカプサ属の藻類の培養液は、この藻類を予めマイクロピペット法または限界希釈法によりクローニングして、株化しておき、2nMのNa2SeO3含有改変SWM3培地(Chen ら, 1969, J. Phycol 5:211-220; Itoh & Imai, 1987, Shuwa, Tokyo, p.122-130)に接種後、45μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯を12時間明:12時間暗の明暗サイクルで照射し、20℃で培養することにより調製できる。新鮮なSWM3培地に対し体積比で約1/10量の対数増殖期末期または定常期初期にあるヘテロカプサ属藻類の培養を接種し上記条件下においた場合、培養開始後約2~4日で対数増殖期に入る。
【0037】
次いで、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された培養液をヘテロカプサ属の藻類の培養液で限界希釈することによりウイルスをクローニングする。ヘテロカプサ属の藻類の培養液の調製法は上記のとおりである。限界希釈は次のようにして行うとよい。まず、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された培養液をとり、改変SWM3培地で100~10-10倍に段階希釈し、各希釈液を対数増殖中のヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種する。これらを、例えば 20℃、45μmol photons m-2s-1、12時間明:12時間暗の明暗周期条件下で7~10日間培養する。培養後、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された最も希釈段階の高いものを選択して、その培養液について上記の段階希釈法による処理を少なくとも2回繰り返す。最終の段階希釈法による処理の後、ヘテロカプサ属の藻類の溶藻が観察された培養液のうち、最も希釈段階の高い培養液を採取して、対数増殖中のヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種する。以上の操作をもって、本発明の小型ウイルスのクローニングの完了とみなすことができる。
【0038】
ウイルスのクローニングが完了したヘテロカプサ属の藻類の培養液から遠心分離(例えば、2,000~2,500 rpm、10~15分)により細胞残さを除去後、遠心上清を上記の要領で段階希釈法によって処理して得られた各希釈段階における死滅ウェル数から、統計的計算により上清中に存在した小型ウイルスの密度を推定することができる。なお、2本鎖DNAに特異的に結合する蛍光試薬DAPI(4',6'-diamidino-2-phenylindole)による染色方法では該ウイルスを検出することはできない。
【0039】
本発明のウイルスを赤潮水域に散布することにより、赤潮を防除することができる。赤潮の防除にあたっては、本発明のウイルスの培養液またはその上清をそのまま使用してもよいが、本発明のウイルスを活性成分として含む製剤を調製してこれを使用してもよい。本発明の赤潮防除方法および赤潮防除剤は、自然環境中にすでに存在している宿主特異性の高いウイルスを利用するので、生態系への負荷が小さな環境修復技術として、その安全性に高い期待が寄せられる。また、本発明の赤潮防除剤は、他の通常の薬剤と異なり、ウイルス自体に自己複製能が備わっているため、少量の投入で広範囲への赤潮制御が期待できる。また、ウイルスを固定化剤に包埋したものを貝類養殖筏に設置し、ウイルスを継続的に筏周辺に放出させるとよい。この方法は、ウイルスの海水中への希釈拡散を抑え、赤潮防除の対象となる筏周辺に長期間に渡り高いウイルス密度を維持する上で有効であると考えられる。固定化剤としては、合成高分子ゲル、合成樹脂プレポリマー、天然多糖類、中空糸膜、シリコンポリマー、活性炭、マイクロカプセル、各種増粘剤等を利用することができる。
【0040】
次に、本発明の小型ウイルスを継代培養する方法について説明する。
【0041】
本発明の小型ウイルスに感染して、溶藻が確認されたヘテロカプサ属の藻類の培養液を遠心処理(例えば、7,000 rpm、5分)し、得られた上清を対数増殖中のヘテロカプサ属の藻類の培養液に接種して培養を行う。培養液中の細胞密度を光学顕微鏡下で経日的にモニターする方法により、その後の藻体の増殖を評価することができる。これにより、上記の方法で継代培養したウイルスが、ヘテロカプサ属の藻類に対する感染性を保持していることがわかる。
【0042】
さらに、本発明の小型ウイルスを濃縮および凍結保存する方法について説明する。殺藻因子(ウイルス)接種後26時間目(すなわちウイルスに感染してはいるがまだ細胞内にウイルス粒子を含んだままで崩壊していない状態)の宿主培養液50mlを遠沈処理(2000rpm、10min)により1mlまで濃縮(50倍濃縮)すると、高力価の懸濁液を得ることができる。図5には、濃縮前のタイター/ml(単位容量あたりの力価)が、濃縮後にはそれぞれ1オーダー以上上昇していることが示されており、この結果は、このシンプルな低速遠心操作による「高密度ウイルス感染細胞懸濁液」の調製によりウイルスを効率的に濃縮できる(すなわち、高ウイルス密度の懸濁液を調製できる)ということを示している。
【0043】
この高密度ウイルス感染細胞懸濁液を凍結保護剤と混合し、この混合物を凍結保存する。凍結保護剤としては、セルバンカー2(BLC-1、 十慈フィールド社製)を使用するとよい。例えば、高密度ウイルス感染細胞懸濁液を等量のセルバンカー2と混合し、バイアル中に分注し、バイアルを-196℃の液体窒素中に浸漬し、凍結させ、そのままの状態で保存する。
【0044】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。以下の実施例において、特にことわらない限り、%の表示は体積%を示すものとする。
【0045】
【実施例】
〔実施例1〕
材料および方法
供試プランクトン
殺藻因子の分離には、高知県浦ノ内湾から分離されたヘテロカプサHU9433-P株、三重県英虞湾から分離されたヘテロカプサHA92-1株、三重五カ所湾から分離されたヘテロカプサHCLG-1株、熊本県八代海から分離されたヘテロカプサHY9428株(いずれも無菌クローン株)を用いた。本種は、一般に細胞内に共生細菌を持つことが知られているが、上記4株のうちHU9433-P株は共生細菌を持たない。培地には改変SWM3培地を用い、培養は温度20 °C、光強度45 μmol photons m-2 s-1、12hL: 12hDの明暗周期条件下で行った。
【0046】
殺藻因子の分離
殺藻因子の分離に供した試水は、2001年7月から2001年9月にかけて西日本各地(三重県英虞湾、兵庫県福良湾、香川県志度港、福井県小浜湾、および高知県浦ノ内湾)で採水したヘテロカプサ赤潮終息期の海水、ならびに三重県英虞湾から採取した海底泥を懸濁させた海水培地である。この試水を孔径0.8μm、0.2μmのヌクレポアメンブレンフィルターで濾過後、最終的に0.1μmのフィルターで濾過し、得られた各濾水0.5mlまたは1mlを対数増殖中のヘテロカプサHU9433-P株、HA92-1株、HCLG-1株およびHY9428株の培養液1 mlにそれぞれ接種した。また、対照として0.1μm以下の画分を加熱処理(オートクレーブ(121℃×15分)または100℃×5分)したものを同様にそれぞれ接種し、上述の条件下で培養を行った。
殺藻因子をクローニングすることを目的とし、以下のように限界希釈法を2回繰り返し行った。上述の培養で溶藻が確認された培養液を改変SWM3培地で100-10-10倍に段階希釈し、各希釈液100μlを対数増殖中のヘテロカプサ株(溶藻がみられた実験区で使用したものと同じ株)の培養液150μlに接種した。実験には96穴マイクロプレートを使用し、各希釈段階につき8本立てで接種を行った。また、改変SWM3培地のみを接種したものを対照区として設けた。これらを上述の条件下で7~10日間培養した。溶藻が見られたウェルのうち、最も高い希釈段階で接種を行ったウェル中の溶藻培養液を複数採取し、再度上述の段階希釈法による処理を試みた。2回目の処理で溶藻が見られたウェルのうち、最高希釈段階の溶藻培養液を200μl採取し、対数増殖中のヘテロカプサ株(溶藻がみられた実験区で使用したものと同じ株)の培養液1mlに接種した。以上の操作をもって、殺藻因子のクローニングが完了したものとみなした。また、得られた殺藻因子懸濁液を無菌検査培地ST10-1に接種し20℃で1-2日間培養後、白濁の有無によって混在する細菌の有無を確認した。白濁がみられた場合(すなわち細菌が混在すると判定された場合)には、殺藻因子懸濁液を孔径0.2μmまたは孔径0.1μmのフィルターで濾過し、無菌化を行った。
【0047】
底泥からの殺藻因子の懸濁
三重県英虞湾の立神定点から2001年7月24日に採取した海底泥2gをSWM3培地2mlとともにプラスチック製遠心管中にとり、密栓後、400rpmで30分間撹拌した懸濁液を2000rpmで10分間遠心分離した。得られた上清を、上記の限界希釈法により処理し、各希釈段階で生じた溶藻ウェル数から、供した試料中の殺藻因子密度を推定した。
【0048】
得られた殺藻因子の力価の測定
クローン化および無菌化が完了した殺藻因子の一部について、各溶藻液を、各殺藻因子を分離する際に使用した宿主株の対数増殖期培養に接種し、上記条件下で培養を行った。光学顕微鏡観察により宿主細胞の約3/4が死滅したと判断された時点、および第1回目の測定から24時間後の時点で、培養液をそれぞれ採取し、上記の限界希釈法により処理し、各希釈段階で生じた溶藻ウェル数から、供した試料中の殺藻因子密度を推定した。
【0049】
透過型電子顕微鏡および蛍光顕微鏡による微視的観察
得られた殺藻因子クローンのうちからHcSV34株および HcSV109株を選択し、各溶藻培養液9mlを対数増殖中のHU9433-P株およびHCLG-1株の培養液50mlにそれぞれ接種した。接種前および接種から約27時間後にサンプルを採取し、常法により固定包埋処理後、JEOL社製JEM-1010透過型電子顕微鏡による観察を行った。また、溶藻培養液中の殺藻因子の形態観察をネガティブ染色法により行った。
また、上述の殺藻因子クローンによる溶藻培養液350μlに、システアミン塩酸塩を添加したトリスバッファーに溶解したDAPI溶液(15μg ml-1)25μlを添加した。5-10分間、暗所で染色後、孔径0.02μmのAnodiskフィルター(Whatman)上に減圧濾過により捕集し、蛍光顕微鏡を用いて紫外線励起下で観察した。
【0050】
接種実験
上述の殺藻因子クローンによる溶藻培養液を孔径0.1μmのメンブレンフィルターで濾過して得られた濾液、ならびにその一部を熱処理(100℃×5分)したものを、対数増殖中のヘテロカプサ培養液4mlに対してそれぞれ200μlずつ接種し、上述の条件下で培養を行った。また、対照として接種を行わない実験区(非接種区)を設けた。実験は、各実験区につき2本立てで行い、細胞密度の変化を経日的にモニターすることで、その後の藻体の増殖を評価した。
また、感染の継続性について検討するため、溶藻培養液を7000rpmで10分間遠心し得られた上清30μlを対数増殖中のヘテロカプサ株培養液3 mlに接種するという操作を3回以上繰り返し行った。また、対照として非接種区を設け、ともに上述の条件下で培養を行った。
【0051】
宿主範囲の検討
表1に示した対数増殖中の各藻体株培養液700μlに対して、上述の溶藻培養液を7000rpmで5分間遠心して得られた上清35μlをそれぞれ接種し、上述の条件下で培養を行った。ただし、アレキサンドリウム・タマレンセ(Alexandrium tamarense)、シャトネラ・ベルキュローサ(Chattonella verruculosa)、キートケロス・ディディマム(Chaetoceros dydimum)、ディチラム・ブライトベリ(Ditylum brightwellii)、スケレトネマ・コスタータム(Skeletonema costatum)およびタラシオシラ(Thalassiosira sp.)の6種は、培養温度を15 °Cとした。また、対照として非接種区を設けた。実験は各実験区につき2本立てで行い、経日的に光学顕微鏡により被検細胞の状態を観察し、その後の藻体の増殖を評価した。接種14日後までに溶藻が確認されなかったものについては、本殺藻因子の宿主ではないものと判定した。
【0052】
ウイルスの濃縮および凍結保存
殺藻因子接種後26時間目の宿主培養液50mlを遠沈処理(2000rpm、10min)により1mlまで濃縮(50倍濃縮)し、そのうち0.9mlの濃縮液を等量のセルバンカー2(BLC-1、 十慈フィールド社製)と混合撹拌した後、0.45mlずつに等分して-196℃で保存した。実験には、HcSV34とヘテロカプサHU9433-P株の組合せ、ならびにHcSV109とヘテロカプサHCLG-1株の組合せの2系列を用いた。凍結開始後7日目に解凍処理を行った。
殺藻因子を接種した細胞懸濁液、遠心により得た感染細胞濃縮液、および解凍後の感染細胞濃縮液のタイター(=力価、殺藻因子の単位体積あたりの密度)をそれぞれ限界希釈法により算出し、比較した。
【0053】
結果および考察
殺藻因子の分離
実験に供したいずれのヘテロカプサ株も、試水の0.1μm以下の画分を接種することにより、細胞が溶解し、死滅に至った。一方、0.1μm以下の画分を熱処理したものを接種した場合には、いずれのヘテロカプサ株も細胞溶解ならびに死滅は観察されず、増殖の継続が確認された。
各地域由来の試水を材料として得られた各溶藻培養液に対して、限界希釈法による処理を2回施し、表2に示す殺藻因子クローン株計88株が分離された。これらの殺藻因子株は、現在、すべて細菌の混在しない状態で、発明者らにより培養が継続されている。
【0054】
底泥からの殺藻因子の懸濁
三重県英虞湾の立神定点から2001年7月24日に採取した海底泥より得た殺藻因子浮遊画分のタイターを測定した結果、HU9433-P株を宿主株として用いた場合には1,580殺藻因子/ml、 HcLG-1株を宿主株として用いた場合には432殺藻因子/mlの密度がそれぞれ検出された。したがって、現場環境中の底泥には活性を持つ殺藻因子が相当量含まれているものと推察された。
【0055】
得られた殺藻因子の力価の測定
各殺藻因子株の力価を測定した結果に基づき、各株の最高収量を表3に示した。収量は106~108/mlのオーダーにあり、測定した株の中での最高値は5.75×108/mlであった。この値は、過去にHcVで記録された最高収量の約6倍に相当するものである。
【0056】
透過型電子顕微鏡および蛍光顕微鏡による微視的観察
透過型電子顕微鏡による細胞切片の観察結果を図1に示した。HcSV34株および HcSV109株の接種区では、接種から27時間目には、溶藻に至る前段階として運動性を失い、培養容器底面への藻体細胞の沈積(図2)ならびに球形化を呈した。またすでにこの時点で、一部の細胞の崩壊が確認された。透過型電子顕微鏡による観察の結果、殺藻因子接種27時間後の細胞中に球形の小型ウイルス様粒子が多数検出された。熱処理した殺藻因子懸濁液を接種した実験区ならびに無菌海水接種区においては、藻体細胞は接種から24時間後および48時間後でも活発に遊泳しており、透過型電子顕微鏡による細胞切片観察によっても、健常な細胞内構造が観察された(図1A, 1D)。
溶藻培養液をネガティブ染色法により観察した結果、直径約20-30nm(平均26nm程度)の球形ウイルス様粒子が多数観察され、いずれも外膜構造ならびに尾部構造を持たないことが確認された(図3)。
また、蛍光顕微鏡観察の結果、HcVでみられたような明瞭な粒子の染色は確認されず、DAPI染色による観察は該殺藻因子には不適であると考えられた。
【0057】
接種実験
前処理を施した殺藻因子クローンを接種した場合のヘテロカプサHU9433-P株およびHcLG-1株の細胞密度の推移を図4に示した。0.1μm濾液接種区では、接種翌日から細胞密度の減少が見られた。熱処理接種区では、接種6日後においても細胞密度の減少はみられなかった。また、溶藻後の0.1μm濾液接種区からは、電子顕微鏡観察により上述の球形ウイルス様粒子が確認された。
また、連続した植え継ぎ実験から、本殺藻因子クローンは対数増殖中のヘテロカプサ細胞を速やかにかつ繰り返し溶藻せしめることが確認された。
以上の結果から、この殺藻因子のサイズは0.1μm未満であり、かつ加熱処理により著しく殺藻性を喪失することが示唆された(予備実験により、本殺藻因子を完全に失活させるにはオートクレーブ(121℃×15分)処理が望ましいことが確認されている)。
したがって、このウイルス様粒子は、1)病巣部には必ずその菌もしくはウイルスが検出される、2)健常な組織からはその菌もしくはウイルスは検出されない、3)人為的にその因子を接種することにより宿主にある特定の病気を起こさせることができる、という「コッホの条件」を満たしている。このことから、このウイルス様粒子がまさしく殺藻因子であり、「ウイルス」であることが示された。感染細胞内でのウイルスの増殖の様子から、本ウイルスを「HcSV (ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ・スキャッタード・ウイルス)」(注:「スキャッタード」は「散乱した」の意)」と命名した。
【0058】
宿主特異性
HcSV34株およびHcSV109株は、標的種であるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマを除く珪藻4種、緑藻2種、クリプト藻1種、渦鞭毛藻9種、ユーグレナ藻1種、ハプト藻2種およびラフィド藻6種に対して殺藻性を示さなかった(表1)。この実験結果から、本ウイルスがヘテロカプサにのみ特異的に感染するウイルスである可能性は高いものと推察された。
【0059】
ウイルスの濃縮および凍結保存
HcSV接種後26時間目の細胞懸濁液、同懸濁液を遠心することで得られた感染細胞濃縮液、および解凍後の感染細胞濃縮液のタイターをそれぞれ限界希釈法により算出した結果を図5に示した。この結果から、低速遠心分離によりHcSV感染細胞を濃縮することにより容易に高力価の懸濁液を得ることができることが明らかとなった。また、凍結保存処理によりHcSVの力価はまったく低下せず、むしろ限界希釈法によって得られる見かけ上の力価は上昇することが判明した。これは、凍結処理により凝集塊として存在していたHcSVが離散し、その結果として見かけ上の力価(感染性を持った粒子の密度)が上昇したことによると推察される。
したがって、高密度のHcSV懸濁液をきわめて安定な状態で保存することが可能である。
【0060】
このように、我々は、西日本各地の海域で赤潮を形成し、貝類養殖業に多大な被害を及ぼしている渦鞭毛藻ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに感染し、殺藻する小型ウイルスHcSVの分離に成功した。ウイルスは爆発的な増殖力を有することから、小規模かつ低コストで多大な効果が期待できること、本ウイルスは天然環境水中から分離されたものであること、本ウイルスはヘテロカプサに特異的に感染し、殺藻すること、を考慮すると、本ウイルスの散布はヘテロカプサ赤潮の防除法として有効であることが期待される。また、従来のHcVにはみられなかった「高収量性」と「高安定性」がHcSVには備わっている上、体積比にしてHcVの約1/400ときわめて小型であることから、固定化剤(合成高分子ゲル)に包埋したものを貝類養殖筏に設置し、小型ウイルスを継続的に筏周辺に放出させることからなる赤潮防除方法を提供する上で有利な要件を備えているといえる。
【0061】
なお、上記のウイルスクローンは、独立行政法人 水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所(所長:福所邦彦) 赤潮環境部 赤潮生物研究室の研究グループに保管されており、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて分譲を行う用意がある。
【0062】
【表1】
JP0003654522B2_000002t.gif
【0063】
【表2】
JP0003654522B2_000003t.gif
【0064】
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【0065】
JP0003654522B2_000005t.gif
【0066】
【表3】
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【0067】
【発明の効果】
本発明により、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる小型ウイルスが提供された。また、本発明により、ヘテロカプサ属の藻類に特異的に感染して増殖しうる小型ウイルスの単離方法、抽出方法、継代培養方法、保存方法および濃縮方法が提供された。本発明の小型ウイルスを用いることにより、赤潮を防除することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】ヘテロカプサ細胞およびHcSVクローンの透過型電子顕微鏡写真である。
A:健常なヘテロカプサ細胞(ヘテロカプサHU9433-P株)の断面像。
B:HcSV34株の接種から27時間後のヘテロカプサHU9433-P株細胞の断面像。細胞内で増殖するウイルスの集合体が、細胞質内に電子密度の高い領域として観察される(矢印)。
C:Bの拡大像。規則的な結晶状構造をとらないウイルスの集合体が観察される。
D:健常なヘテロカプサ細胞(ヘテロカプサHcLG-1株)の断面像。
E:HcSV109株の接種から48時間後のヘテロカプサHcLG-1株細胞の断面像。細胞内で増殖するウイルスの集合体が、細胞質内に電子密度の高い領域として観察される(矢印)。
F:Eの拡大像。規則的な結晶状構造をとらないウイルスの集合体が観察される。
【図2】ウイルス接種前および接種後48時間目のヘテロカプサ培養液(HcSV34株およびHcSV109株)。ウイルス感染により明らかに細胞が運動性を失いフラスコ底面に沈積していることがわかる。
【図3】ネガティブ染色を施したHcSV粒子の透過型電子顕微鏡写真である。これらの写真から、HcSVが粒径約26-28nmの小型球形ウイルスであること、ならびに外膜および尾部構造を欠くことがわかる。
A:HcSV34株
B:HcSV109株
【図4】各種の前処理を施したウイルスクローンを接種した場合のヘテロカプサ株の増殖を示す。矢印はヘテロカプサに対しウイルスクローンを接種した日を示す。
A:ヘテロカプサHU9433-P株に対するHcSV34株の接種試験結果。
B:ヘテロカプサHcLG-1株に対するHcSV109株の接種試験結果。
凡例:□;熱処理を施したウイルスクローンを培養2日目に接種した実験区のヘテロカプサ密度、■;ウイルスクローンを培養2日目に接種した実験区のヘテロカプサ密度。
【図5】ウイルス感染後26時間目のヘテロカプサ細胞を低速遠心により濃縮し、その後凍結保存した場合の、各段階におけるウイルスの力価を示す。
A: HcSV34株の各段階における力価。
B: HcSV109株の各段階における力価。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4