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明細書 :多細胞生物の組織の常温乾燥保存方法

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3819862号 (P3819862)
公開番号 特開2004-275107 (P2004-275107A)
登録日 平成18年6月23日(2006.6.23)
発行日 平成18年9月13日(2006.9.13)
公開日 平成16年10月7日(2004.10.7)
発明の名称または考案の名称 多細胞生物の組織の常温乾燥保存方法
国際特許分類 C12N   5/00        (2006.01)
C12N   1/04        (2006.01)
C12N   5/06        (2006.01)
FI C12N 5/00 D
C12N 1/04
C12N 5/00 E
請求項の数または発明の数 4
全頁数 8
出願番号 特願2003-072585 (P2003-072585)
出願日 平成15年3月17日(2003.3.17)
新規性喪失の例外の表示 特許法第30条第1項適用 2002年9月発行The Journal of Experimental Biology(2002.09)Vol.205, No.18, p.2799-2802 に文書をもって発表
審査請求日 平成15年6月26日(2003.6.26)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501167644
【氏名又は名称】独立行政法人農業生物資源研究所
【識別番号】503101002
【氏名又は名称】奥田 隆
【識別番号】503101013
【氏名又は名称】渡邊 匡彦
【識別番号】503101024
【氏名又は名称】黄川田 隆洋
発明者または考案者 【氏名】奥田 隆
【氏名】渡邊 匡彦
【氏名】黄川田 隆洋
個別代理人の代理人 【識別番号】100091096、【弁理士】、【氏名又は名称】平木 祐輔
【識別番号】100118773、【弁理士】、【氏名又は名称】藤田 節
【識別番号】100107168、【弁理士】、【氏名又は名称】安田 徹夫
審査官 【審査官】左海 匡子
参考文献・文献 生化学,2002年,第74巻第8号,第1076頁4P-676
日本応用動物昆虫学会大会講演要旨,2002年,No.46th,p.145
調査した分野 C12N 1/00-5/10
MEDLINE(STN)
BIOSIS/WPI(DIALOG)
JSTPlus(JDream2)
医学・薬学予稿集全文データベース
特許請求の範囲 【請求項1】
ネムリユスリカの幼虫の組織を熱処理した昆虫の体液に浸漬し、48時間以上乾燥させることを特徴とするネムリユスリカの組織の乾燥保存方法。
【請求項2】
ネムリユスリカの幼虫が入った乾燥容器を湿度5%以下のデシケーター内に入れ、乾燥容器内の蒸留水を220~230μl/24時間の割合で48時間以上蒸発させることを特徴とするネムリユスリカの組織の乾燥保存方法。
【請求項3】
湿度:80%、光周期:13時間(明期)、11時間(暗期)で飼育したネムリユスリカの幼虫の組織を、熱処理した昆虫の体液に浸漬し、48時間以上乾燥させることを特徴とするネムリユスリカの組織の乾燥保存方法。
【請求項4】
湿度:80%、光周期:13時間(明期)、11時間(暗期)で飼育したネムリユスリカの幼虫が入った乾燥容器を湿度5%以下のデシケーター内に入れ、乾燥容器内の蒸留水を220~230μl/24時間の割合で48時間以上蒸発させることを特徴とするネムリユスリカの組織の乾燥保存方法。
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、多細胞生物の組織の常温乾燥保存方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
単細胞生物の保存は各種の方法で簡単に行えるが、多細胞生物の組織(臓器、食肉、生鮮野菜等)の保存は、これまで冷蔵および冷凍条件下で行なうのが常識であった。しかしながら、低温保存、あるいは低温輸送には莫大なエネルギーの投与および環境汚染を引き起こすとされる冷媒を必要とする。
【0003】
アメリカ、カリフォルニア(研究機関名:Center for Molecular Genetics, UCSD School of Medicine)のLevine博士のグループは、人間の筋肉繊維細胞に大腸菌由来のトレハロース合成酵素を導入し、発現させ細胞の乾燥耐性を著しく高めた。すなわち乾燥24時間後、細胞内の水の含量はほぼゼロと計測された時点で細胞を水に戻したところ、コントロール区では細胞は全て致死したが、トレハロースを発現させた区のものは25~60%が生命活性を示した(技術文献1)。
【0004】
しかし、乾燥期間が3日を超えると細胞の蘇生率は著しく低下した。これは致死過程の乾燥組織をトレハロースによってわずかな期間だけ酵素活性の失活を延長させたに過ぎない。なぜなら細胞内の水含量がゼロになると理論的には代謝活動が止まり、もしその時点で蘇生可能な潜在能力が残されているとしたら、乾燥後の時間の長さに関係なく蘇生率はあるレベルを維持するはずである。
彼等の結果からトレハロースの蓄積は細胞の乾燥耐性には必要条件だが、十分条件ではないことが明らかである。彼等の系には多くの解決すべき問題点が残されている。
【0005】
【技術文献1】
Ning Guo et al. (2000) Trehalose expression confers desiccation tolerance on human cells. NatureBiotechnology(18)168-171
【技術文献2】
Hinton H.E. (1951) A new chironomid from Africa, the larva of which can be dehydrated without injury. Proc. Zool.Soc.Lond.121,371-380
【技術文献3】
Denlinger D.L. (1985) Hormonal control of diapause. In Comparative Insect Physiology, Biocjemistry and Pharmacology (ed.G.A. Kerkut and L. Gilbert), pp.354-412. Oxford: Pargamon Press.
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
多細胞生物の組織を培養下で徐々に乾燥させ、完全に組織が脱水した後に、再び水を加え蘇生させることを課題とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
発明者等は、前記課題を解決するために鋭意努力した結果、乾燥休眠の誘導条件あるいは乾燥条件を見出し、解決することができた。
すなわち、本発明は、
(1) 多細胞生物の組織を熱処理した昆虫の体液培地に浸漬し、48時間以上乾燥させることを特徴とする多細胞生物の組織の乾燥保存方法、
(2) 多細胞生物の幼虫が入った乾燥容器を湿度5%以下のデシケーター内に入れ、乾燥容器内の蒸留水を220~230μl/24時間の割合で蒸発させることを特徴とする多細胞生物の組織の乾燥保存方法、
(3) 多細胞生物がネムリユスリカであることを特徴とする(1)または(2)記載の乾燥保存方法、
(4) ネムリユスリカの飼育を湿度:80%、光周期:13時間(明期)、11時間(暗期)で行うことを特徴とする(3)記載の乾燥保存方法
に関する。
【0008】
医学・薬学の分野では培養細胞を用いての薬剤試験等が日常的におこなわれている。そこで使われる培養細胞の継代維持には、長期保存技術が不完全なため、数カ月のインターバルでの細胞の植え継ぎ作業が必要とされる。
【0009】
培養細胞の乾燥保存、乾燥輸送が可能となれば、この細胞の植え継ぎの作業が省略でき、人件費、光熱費を大幅に節約することができる。
組織・器官(臓器・食肉)の保存は冷蔵・冷凍すなわち低温保存が唯一の手段である。この保存法にはエネルギーを必要とするし、フロンなど環境汚染物質を使用する。さらに保存期間は限定されている。
【0010】
本発明者等が開発した、摘出した多細胞生物の蘇生可能な状態での乾燥保存技術は、低温保存と異なりエネルギーを必要としないもので、常温(室温程度)で乾燥保存できることが特徴であるが、熱帯のようにかなり高温であっても蘇生可能な状態での乾燥保存ができる。しかも、半永久的な保存が可能である。
【0011】
この技術は、脊椎動物の臓器の保存技術の開発に貢献するものである。その結果、再生医療、食品保存の分野で常温乾燥保存、すなわちエネルギーを必要としない長期保存技術が実現することが期待できる。
本発明者等は、以下に述べるような実験を繰り返し、昆虫組織を摘出した後、それを培養下に移し、蘇生可能な状態で完全に乾燥させる方法を発明した。
【0012】
【発明の実施の形態】
(実験例1)乾燥耐性の高い昆虫の選択;
乾燥保存、乾燥輸送を検討するにあたって、アフリカの乾燥地帯に生息する極限乾燥環境に適応した昆虫、ネムリユスリカを選択した。
【0013】
ネムリユスリカ幼虫は水生生活を送っているが、生息場所が大変特殊で、岩盤の窪みにできた小さな水たまりである。雨季にあっても雨が1週間も降らないと、水たまりは完全に干上がる。その時、ネムリユスリカ幼虫虫体も完全に脱水し、次の雨を待つ(図1)。乾燥した幼虫は吸水を開始後、1時間以内に通常の水生生活を開始する(図2)。このように極端に乾燥耐性をもつ材料を発明者等が見つけてきたことが本発明の重要な要因のひとつである。
【0014】
ネムリユスリカの高い乾燥耐性の能力については、イギリスの学者、Hintonが約50年前に報告している。(技術文献2)
しかしネムリユスリカは室内での継代飼育が困難なため、乾燥休眠の研究はなかなか進展していなかった。
【0015】
本発明者等はネムリユスリカの室内継代飼育方法を次のようなやり方で確立することができた。飼育は、以下の手順で行なう。
幼虫の飼育方法は、図3のように湿度:80%、光周期:13時間(明期)、11時間(暗期)、密度:ボトル当たり1~2卵塊で、蒸留水と2%牛乳+1%寒天の入った幼虫飼育容器(直径9cmガラスボトル)に飼育し、エアレーションを常時行う。
また、成虫の飼育方法は、図4のように湿度:80%、光周期:13時間(明期)、11時間(暗期)、密度:成虫飼育容器に20ペア(計40個体)以上の成虫を入れる。産下された卵塊は幼虫飼育容器の方へ移す。
【0016】
(実験例2)幼虫の乾燥休眠誘導条件
本発明者等は、ネムリユスリカ個体の実験室内での乾燥休眠の誘導条件を決定するためのつぎのような実験を行った。
1.図5のような乾燥容器(直径6cmガラスシャーレ)内にろ紙と蒸留水440μl入れる。
2.乾燥容器当たりネムリユスリカ幼虫を10個体入れる。
3.湿度5%以下のデシケーターに乾燥容器を入れ、ガラスシャーレ内の蒸留水を220~230μl/24時間程度蒸発させる。
4.その結果、2日間で幼虫は蘇生可能な状態で完全に脱水し乾燥休眠に入る。蘇生率は約80%であった。(図6)
【0017】
ちなみに、1mlの蒸留水に幼虫を入れ24時間で乾燥させると乾燥幼虫は蘇生しない。
更に蘇生可能な乾燥休眠の過程で大量のトレハロースの合成蓄積が起こることをも見出した(乾燥重量の20%に相当)。
図6から明らかなように、水分量が多いと蘇生率が高くなりかつトレハロース量が多くなる。これは水分量が多いと蒸発時間が長くなり、すなわち乾燥に要する時間が長くなることを意味している。このことによりトレハロースを十分量に合成・蓄積することができ、結果的に蘇生率が高くなることを示している。
【0018】
(実験例3)トレハロース合成誘導の内分泌制御機構の解析結果(図7参照);本発明者等は、トレハロース合成の誘導が中枢を介さないで起こることを以下の方法で証明した。
1.幼虫の胸部と頭部の間を糸で結紮する。そして断頭する。除脳された幼虫は、開放血管系を持つ昆虫の特徴ゆえ、その後数週間は生き続ける。
2.除脳幼虫を急速乾燥条件で乾燥休眠に入れる。1週間から10日間デシケーターに置き、幼虫がカラカラに乾燥したことを確認後、水に戻す。95%の除脳乾燥幼虫は蘇生した。
3.従来、昆虫の休眠は通常、中枢を介した複雑な機構で準備が進行すると言われてきた。(技術文献3)
【0019】
しかし、ネムリユスリカの乾燥休眠の場合は、誘導に脳を必要としないので、植物のように、各組織が乾燥ストレスに対して応答し、自己完結的に休眠準備をしていることがわかった。
このことは、摘出した組織を蘇生可能な状態で乾燥することが可能であることを示唆する。
【0020】
【実施例】
上記実験例の知識を基に、摘出した組織の乾燥の際の条件決め(例えば、培地の組成や乾燥の速度などの工夫)を行った。
本発明者等は、トレハロース合成の誘導が中枢を介さないで起こることもみつけ、摘出した組織を蘇生可能な状態で乾燥することが理論的に可能であることがわかったので、これらの情報をもとに実際摘出した組織の乾燥条件の設定を行なった。さらに乾燥した組織を水に戻した後の、組織の生死の判定方法の確立も行なった(図8)。
【0021】
ネムリユスリカ幼虫組織の乾燥保存法の手順は以下のとおりである。
(a)終齢幼虫を70%エタノールで10秒間表面殺菌した後、蒸留水で2回洗浄する。
(b)蒸留水中で幼虫の腹部末端を切除した後、頭部、消化管、マルピーギ管、中枢神経系などを胴体部分からまとめて取り出す。
(c)残った胴体部分(主に脂肪体と筋肉組織)と取り出した消化管をそれぞれろ紙上に滴下した10μlの熱処理した昆虫(カイコ)の体液培地に浸し 、2日間かけて徐々に乾燥させる。
(d)7日間および3ヶ月間デシケーターに保管。
(e)乾燥組織に10μlのPBSを滴下し、1-3時間湿度100%に置き、各組織 の生死判定を行なう。
(f)生死判定方法は carboxyfluorecein diacetate succinimidyl ester (C FSE) とpropidium iodide (PI)の二重蛍光染色法によって判定した。
【0022】
摘出した組織を上の条件で培地で乾燥させた後、さらにデシケーターに7日から3ヶ月間置き、乾燥組織を水に戻したところ、脊椎動物の肝臓に相当する脂肪体組織の蘇生が確認された(図9)。
3ヶ月乾燥保存した組織についても、すなわち常温乾燥保存期間の長さに関係なく、高い蘇生率が維持された。このことは、我々の方法で摘出した組織を乾燥することによって、蘇生可能な状態での長期的な常温乾燥保存が可能であることが示された。
【0023】
【発明の効果】
本発明により、ネムリユスリカの室内継代飼育方法を確立できたこと、さらにネムリユスリカの実験室内での乾燥休眠の誘導条件を決定したことによって、この虫の大量増殖が容易になった。このことにより、観賞魚のための長期乾燥保存が可能な生餌の供給が可能となった。
【0024】
そして、この技術を応用することによって、脊椎動物の臓器の保存技術の開発に資することができる。
さらには、生命のしくみ、乾燥耐性、耐熱耐性、耐寒性等の生理的なメカニズムを教えるための教材としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】ネムリユスリカ幼虫の休眠状況を示す図。
【図2】ネムリユスリカ幼虫の蘇生状況を示す図。
【図3】幼虫の飼育条件を示す図。
【図4】成虫の飼育条件を示す図。
【図5】乾燥容器を示す図。
【図6】水分量と蘇生率・トレハロース量との関係を示す図。
【図7】ネムリユスリカ幼虫の乾燥中のトレハロース含量の変化を示す図。
【図8】ネムリユスリカ幼虫の乾燥条件による差を示す蛍光顕微鏡写真を示す図。
【図9】ネムリユスリカ幼虫の乾燥後と、蘇生したネムリユスリカ幼虫を示す図。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
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