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明細書 :生分解性生体高分子材料、その製造方法、およびこの高分子材料からなる機能性素材

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3772207号 (P3772207)
公開番号 特開2004-018757 (P2004-018757A)
登録日 平成18年2月24日(2006.2.24)
発行日 平成18年5月10日(2006.5.10)
公開日 平成16年1月22日(2004.1.22)
発明の名称または考案の名称 生分解性生体高分子材料、その製造方法、およびこの高分子材料からなる機能性素材
国際特許分類 C08L  89/00        (2006.01)
C08L   1/02        (2006.01)
C08L   5/08        (2006.01)
C08L  29/04        (2006.01)
C08J   3/00        (2006.01)
C08J   9/28        (2006.01)
A61K   9/14        (2006.01)
A61K  47/32        (2006.01)
A61K  47/36        (2006.01)
A61K  47/38        (2006.01)
A61K  47/42        (2006.01)
A61L  31/00        (2006.01)
B01D  15/00        (2006.01)
B01J  20/24        (2006.01)
B01J  20/26        (2006.01)
C02F   1/28        (2006.01)
C09K   3/00        (2006.01)
C08L 101/16        (2006.01)
FI C08L 89/00 ZBP
C08L 1/02
C08L 5/08
C08L 29/04 B
C08J 3/00 CFJ
C08J 9/28 CEP
A61K 9/14
A61K 47/32
A61K 47/36
A61K 47/38
A61K 47/42
A61L 31/00 T
B01D 15/00 N
B01J 20/24 B
B01J 20/26 E
C02F 1/28 B
C09K 3/00 G
C09K 3/00 N
C09K 3/00 108A
C09K 3/00 110B
C08L 101/16
請求項の数または発明の数 13
全頁数 34
出願番号 特願2002-178126 (P2002-178126)
出願日 平成14年6月19日(2002.6.19)
審査請求日 平成14年6月19日(2002.6.19)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501167644
【氏名又は名称】独立行政法人農業生物資源研究所
発明者または考案者 【氏名】塚田 益裕
【氏名】新居 孝之
個別代理人の代理人 【識別番号】100119585、【弁理士】、【氏名又は名称】東田 潔
【識別番号】100120802、【弁理士】、【氏名又は名称】山下 雅昭
【識別番号】100106105、【弁理士】、【氏名又は名称】打揚 洋次
審査官 【審査官】内田 靖恵
参考文献・文献 国際公開第01/036531(WO,A1)
特開平02-109570(JP,A)
特開昭56-131639(JP,A)
特開昭56-040156(JP,A)
特開2000-169736(JP,A)
特開2003-113312(JP,A)
調査した分野 C08L 1/02,5/08,89/00,101/16
C08J 3/00
B01J 20/22
C02F 1/28
B01D 15/00
A61L 31/00
A61K 9/14,47/30
特許請求の範囲 【請求項1】
家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、キチンおよび羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体からなることを特徴とする生分解性生体高分子材料。
【請求項2】
前記生分解性高分子材料が、プロテアーゼ、コラゲナーゼ及びキモトリプシンから選ばれた酵素により生分解するものであることを特徴とする請求項1記載の生分解性生体高分子材料。
【請求項3】
前記生分解性生体高分子材料が、繊維状、膜状、粉末状、ゲル状、または多孔質状の形態を持つことを特徴とする請求項1または2記載の生分解性生体高分子材料。
【請求項4】
家蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、野蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、家蚕由来の絹フィブロインの水溶液と野蚕由来の絹フィブロインの水溶液との混合水溶液、または家蚕由来の絹フィブロインの水溶液および野蚕由来の絹フィブロインの水溶液のいずれかと、キチンおよび羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質の水溶液との混合水溶液を基板上に塗布し、蒸発乾燥固化せしめて、膜状の生分解性生体高分子材料を製造する方法であって、該混合水溶液の場合は、それぞれの混合する水溶液同士を混合する際に、ゲル化、沈殿、凝固反応が起こらないように攪拌して均一に混合することにより調製されることを特徴とする生分解性生体高分子材料の製造方法。
【請求項5】
家蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、野蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、家蚕由来の絹フィブロインの水溶液と野蚕由来の絹フィブロインの水溶液との混合水溶液、または家蚕由来の絹フィブロインの水溶液および野蚕由来の絹フィブロインの水溶液のいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質の水溶液との混合水溶液のpHを酸性域に調整し、水溶液全体を凝固せしめてゲル化してゲル状の生分解性生体高分子材料を得ることを特徴とする生分解性生体高分子材料の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の製造方法によりゲル状の生分解性生体高分子材料を得た後、得られたゲル状物を凍結乾燥して多孔質体を得ることを特徴とする生分解性生体高分子材料の製造方法。
【請求項7】
前記混合水溶液を調製する際の、該家蚕由来の絹フィブロイン水溶液、野蚕由来の絹フィブロイン水溶液及び該第二物質水溶液の濃度が、それぞれ、0.1~5重量%であることを特徴とする請求項4~6のいずれかに記載の生分解性生体高分子材料の製造方法。
【請求項8】
家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなる金属イオン吸着材
【請求項9】
前記金属イオンが抗菌性金属または廃水中の金属イオンであることを特徴とする請求項8記載の金属イオン吸着材。
【請求項10】
家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなり、プロテアーゼ、キモトリプシン、およびコラゲナーゼから選ばれた酵素により生分解されながら生分解性生体高分子材料に担持された有用物質を生体内で徐放することを特徴とする有用物質の徐放性担体
【請求項11】
前記生分解性生体高分子材料が多孔質体であることを特徴とする請求項10記載の有用物質の徐放性担体。
【請求項12】
家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなり、生体細胞を増殖せしめるものであることを特徴とする生体細胞増殖基材
【請求項13】
家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、キチン、キトサン、キトサン誘導体、および羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなる生分解性吸水性素材
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、酵素の作用を受けて分解しながら劣化し、その結果、低分子化する生分解性生体高分子材料およびその製造方法、ならびにこの生分解性生体高分子材料からなる金属イオン吸着材、有用物質の徐放性担体、生体細胞増殖基材および生分解性吸水性素材などの機能性素材に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
有機高分子からなる材料で生分解機能を備えたものが市場に出回るようになってから久しい。医用分野では、酵素作用の影響を受けて生分解し、劣化して低分子化する材料がしばしば使用されている。最近、実用的に多く用いられているものは、生分解性有機高分子の中でも、ポリ乳酸やポリグリコール酸などのポリオキシ酸が代表的であり、これらの材料は、生体内埋め込み材、生体内へのデリバリー用材料または医薬品の徐放担体として広範に利用されている。
【0003】
これらのポリ乳酸やポリグリコール酸は、優れた耐薬品性を示す。ポリ乳酸やポリグリコール酸は、無毒であり、加水分解し易いため、生体内分解吸収性材料として広く活用されている。また、ポリグリコール酸は、高重合体が得られるので、強度などの力学的特性の要求される材料として有用である。ポリ乳酸やポリグリコール酸は、具体的には、例えば、生体内分解吸収性縫合糸として利用されている。
【0004】
また、医用分野では、外科用手術縫合糸として家蚕由来の絹糸が長い間用いられている。家蚕絹糸が手術用縫合糸として用いられ始めたのは11世紀初頭にまで遡る。わが国における縫合糸のマーケット価格は年間約60億円(1985年)で、このうち46%が絹製縫合糸である。絹糸は、抗張力や結節強度に優れ、かつ容易に滅菌できるため、縫合糸としての人気が高い。絹製縫合糸に関する従来の使用実体から判断しても、絹糸は、殺菌が容易であり、体内に埋め込んでも短期間では生分解することもなく、また、体内に移植した際、生体組織との抗原抗体反応の起こり方も軽微であるという利点がある。
【0005】
成熟した蚕幼虫が吐糸して作り出すタンパク質繊維が繭繊維(絹糸)である。蚕には、農家が飼育する家蚕および野生タイプの野蚕の二種類がある。この繭繊維表面を覆っている膠着物質のセリシンをアルカリ処理などで除去したものが絹フィブロイン繊維である。
野蚕絹糸とは、通常、柞蚕(Antheraea pernyi)、天蚕(Antheraea yamamai)、タサール蚕(Antheraea militta)、ムガ蚕(Antheraea assama)、エリ蚕、シンジュ蚕などが吐糸して作った絹糸のことをいう。
【0006】
上記絹製縫合糸は、非吸収性材料であって、短期間に分解することはなく、縫合後も体内に残るものであることから、数週間後に体内で吸収され、水と二酸化炭素とに分解してしまうポリ乳酸やポリグリコール酸などのポリオキシ酸の縫合糸とは異なる目的で用いられている。
上記した生分解性生体高分子からなる金属イオン吸着材および有用物質の徐放性担体に関しては、満足すべき特性を有するものが未だ提案されていない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上記したように、ポリ乳酸は、生体内分解吸収性材料として広く活用されているが、製造コストが高いという問題がある。また、ポリグリコール酸は、上記したような利点があるために生体内分解吸収性材料として用いられている反面、価格が高く、結晶性が高く、硬すぎ、軟組織適合性が低い。また、分解速度が制御し難く、さらに、この材料を化学修飾したとしても、生分解性を調節することは困難であるなどの問題がある。
【0008】
また、繊維状のポリ乳酸のガラス転移温度は、例えば、ポリエチレンテレフタレート繊維のガラス転移温度と類似しているため、ポリ乳酸繊維はポリエチレンテレフタレート繊維とよく似た機械的性質を示す。ただし、ポリ乳酸などはポリエチレンテレフタレートに比べて結晶化速度が遅いため、通常の紡糸工程や延伸工程を経ても分子が十分に配向、結晶化が進まない。そのため、ポリ乳酸の引張り強度や寸法安定性が不十分であることなどが実用機能上の問題となっている。
【0009】
また、上記ポリオキシ酸は、高分子量のものほど分解速度が遅くなる。そこで、分解速度を制御しようとして分子量の制御されたポリ乳酸やポリグリコール酸を製造するには、多くの手間や熟練した高度の技術が必要である。そのため、現在、ポリオキシ酸の利用は、吸収性縫合糸のような医療用途や化粧品用途に限定されており、経済的に安価で且つ簡単な技術で実施できる製造プロセスの確立が強く望まれてきた。
【0010】
絹製縫合糸は、上記したように、生体内で最終的に水と二酸化炭素とに分解してしまうポリ乳酸やポリグリコール酸などのポリオキシ酸の縫合糸とは異なる。そのため、生体内での生分解性が制御でき、生体安全上の問題が無く、製造価格が安い生分解性材料であって、しかも、生分解の結果、分解生産物に細胞毒性が無く、かつ、副産物としてホルムアルデヒドなどのような有害物質を生じない、生体組織に安全な生分解性材料の開発が強く望まれてきた。
【0011】
上記絹製縫合糸の原材料である昆虫生体高分子の絹タンパク質は、カイコが生合成により作る天然高分子材料であり、生体組織に対する生体適合性に優れ、成形性も良い。そのため、生糸や絹製品の生産工程で得られる絹の副産物を出発物質として用いれば原材料は格安で入手できるし、絹タンパク質には化学反応性に富む活性部位が多く含まれているので、ハイブリッド加工や化学修飾加工などで絹フィブロインの生分解性または生化学特性を制御できる技術が開発できれば医用材料などとしての利用の幅が広がる。そこで、こうした昆虫生体高分子を出発物質として、これに第二物質を複合(以下、「ハイブリッド」と略記することもある)させて医用分野で利活用できる生分解性の新材料の出現が強く望まれてきた。
【0012】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解決することにあり、高分子基質としての作用性に優れた絹タンパク質からなる生分解性生体高分子材料およびこの絹タンパク質と特定の第二物質とをハイブリッド化した、単独の絹タンパク質には無い特性が付与された生分解制御可能なハイブリッド化生分解性生体高分子材料を提供すると共に、その製造方法、ならびにこれらの生分解性生体高分子材料からなる金属イオン吸着材、有用物質の徐放性担体、生体細胞増殖基材および生分解性吸水性素材などの機能性素材を提供することにある。
【0013】
【課題を解決するための手段】
家蚕絹糸や野蚕絹糸は、カイコが吐糸してできた繊維状試料であり、X線回折的にみると繊維構造を持つため、化学試薬や酵素の作用を受けても強い薬品抵抗性を示す。これが、家蚕絹糸が生体内での非吸収性材料に分類される所以である。そこで、本発明者らは、絹タンパク質の持つ優れた生化学特性を活かし、生分解性を兼ね備えた材料を提供しようという見地から、家蚕絹フィブロインを出発物質とし、これに特定の第二物質を複合させることにより生分解程度の制御できる新材料を製造するための技術の開発を進めてきた。その過程で得られた新規複合体に酵素を作用させ、分解挙動を追究したところ、生分解性を備えた生体高分子材料が提供できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
本発明の生分解性生体高分子材料は、家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、キチンおよび羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体からなることを特徴とする。
該生分解性高分子材料は、プロテアーゼ、コラゲナーゼ及びキモトリプシンから選ばれた少なくとも一種の酵素により生分解するものである。
該生分解性生体高分子材料の形態は、繊維状、膜状、粉末状、ゲル状、または多孔質状であってもよい。
【0015】
本発明の生分解性生体高分子材料の製造方法は、家蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、野蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、家蚕由来の絹フィブロインの水溶液と野蚕由来の絹フィブロインの水溶液との混合水溶液、または家蚕由来の絹フィブロインの水溶液および野蚕由来の絹フィブロインの水溶液のいずれかと、キチンおよび羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質の水溶液との混合水溶液を基板上に塗布し、蒸発乾燥固化せしめて、膜状の生分解性生体高分子材料を製造する方法であって、該混合水溶液は、それぞれの混合する水溶液同士を混合する際に、ゲル化、沈殿、凝固反応が起こらないように攪拌して均一に混合することにより調製されることを特徴とする。
【0016】
また、ゲル状の生分解性生体高分子材料は、上記家蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、野蚕由来の絹フィブロインの水溶液単独、家蚕由来の絹フィブロインの水溶液と野蚕由来の絹フィブロインの水溶液との混合水溶液、または家蚕由来の絹フィブロインの水溶液および野蚕由来の絹フィブロインの水溶液のいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質の水溶液との混合水溶液のpHを酸性域に調整し、水溶液全体を凝固せしめてゲル化することにより製造される。なお、こうして製造できる生分解性生体高分子材料のゲル状物を凍結乾燥することで多孔質状物質が調製できる。
上記混合水溶液を調整する際の、家蚕由来の絹フィブロイン水溶液、野蚕由来の絹フィブロイン水溶液及び第二物質水溶液の濃度が、それぞれ、0.1~5重量%であることが好ましい。濃度が0.1重量%未満であると、複合体を調製するのに必要な水溶液量が多くなってしまい作業上効率的ではないし、また、濃度が5重量%を超えると、2液を混合したときに均一に混合し難くなり、その結果、質的に均一な複合体が製造できないなどの欠点が生ずる。
【0017】
本発明の金属イオン吸着材は、家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなる。この金属イオンは、銀、銅、コバルトなどの抗菌性金属または廃水中の金属イオンであってもよい。
本発明の有用物質の徐放性担体は、家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなり、プロテアーゼ、キモトリプシン、およびコラゲナーゼから選ばれた酵素により生分解されながら生分解性生体高分子材料に担持された有用物質を生体内で徐放することを特徴とする。この生分解性生体高分子材料は多孔質体であることが好ましい。
【0018】
本発明の生体細胞増殖基材は、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなり、生体細胞を効率的・経済的に増殖せしめるために用いられる。
本発明の生分解性吸水性素材は、家蚕由来の絹フィブロイン単独、野蚕由来の絹フィブロイン単独、家蚕由来の絹フィブロインと野蚕由来の絹フィブロインとの複合体、または家蚕由来の絹フィブロインおよび野蚕由来の絹フィブロインのいずれかと、キチン、キトサン、キトサン誘導体、および羊毛ケラチンから選ばれた少なくとも一種の第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料からなる。
本発明でいう「生分解」とは、絹フィブロインや第二物質に酵素が作用し、これらを消化したり、加水分解して低分子化させ、あるいはアミノ酸まで加水分解する反応、あるいは酵素が第二物質に作用して低分子化させる反応を全て含めたものをいう。従って、本発明においては、酵素が基質を加水分解以外の反応で低分子化する場合もあり得るが、便宜的にタンパク質加水分解酵素と略記することもある。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明によれば、絹タンパク質繊維から絹フィブロインの水溶液を調製するための原料としては、例えば、家蚕または野蚕由来の絹糸を用いることができる。家蚕から得られる絹糸本体の絹フィブロインとしては、例えば、農家が飼育する家蚕(Bombyx mori)幼虫、家蚕の近縁種のクワコ幼虫由来の絹タンパク質である絹フィブロインを利用できる。野蚕絹フィブロインとしては、例えば、柞蚕(Antheraea pernyi)、天蚕(Antheraea yamamai)、タサール蚕(Antheraea militta)、ムガ蚕(Antheraea assama)、エリ蚕、シンジュ蚕などの幼虫から得られる絹フィブロインを利用することができる。また、絹フィブロイン水溶液を調製するための原料として、絹糸以外にも、家蚕や野蚕に由来する副産物、絹繊維、絹繊維製品ならびにその絹繊維集合体も利用できる。
【0020】
家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロインとハイブリッドさせるための第二物質は、上記したように、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも一種である。
家蚕絹フィブロイン水溶液と野蚕絹フィブロイン水溶液とを混合し、または家蚕絹フィブロイン水溶液もしくは野蚕絹フィブロイン水溶液と第二物質の水溶液とを混合し、この混合水溶液をポリエチレンなどの基板の表面に広げ、乾燥固化することにより、家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとの複合体(ハイブリッド)、家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロインと第二物質との複合体である生分解性生体高分子材料を製造することができる。家蚕絹フィブロイン水溶液単独や野蚕絹フィブロイン水溶液単独からも、同様にして、それぞれ、生分解性生体高分子材料を製造することができる。
【0021】
以下、家蚕絹フィブロイン水溶液および野蚕絹フィブロイン水溶液の調製、ならびに家蚕絹フィブロイン膜および野蚕絹フィブロイン膜の製造について説明すると共に、さらに、家蚕絹フィブロイン水溶液または野蚕絹フィブロイン水溶液と、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチンおよびポリビニルアルコールの各水溶液との混合水溶液を用いて、ハイブリッド(複合体)を製造する方法について説明する。
【0022】
(A)家蚕絹フィブロイン水溶液および家蚕絹フィブロイン膜の調製:
純粋な家蚕絹フィブロイン水溶液は、次のようにして調製され得る。
まず、カイコが吐糸した家蚕繭糸を炭酸ナトリウムなどの中性塩のアルカリ水溶液で煮沸し、セリシンを除去して、家蚕絹糸の本体である絹フィブロイン繊維を調製する。次いで、この絹フィブロイン繊維を濃厚な中性塩水溶液に溶解し、加熱して絹フィブロイン水溶液を得る。この絹フィブロイン水溶液には絹フィブロインの他に中性塩に基づくイオンが多く含まれているので、セルロース製の透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、水道水または純水に2~5日間入れて所定の時間透析処理を行うことにより、純粋な家蚕絹フィブロイン水溶液を製造する。この絹フィブロイン水溶液から一部の水を蒸発させたり、または水を加えることで、濃度の異なる絹フィブロイン水溶液を調製することができる。
かくして調製された家蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜などの基板上に広げ、室温で蒸発乾燥固化することにより家蚕絹フィブロイン膜を調製することができる。
【0023】
また、家蚕絹タンパク質繊維(絹糸)を溶解して家蚕絹フィブロイン水溶液を調製するには、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウムなどの濃厚な中性塩水溶液に絹糸を入れ、加熱することにより行われる。中性塩濃度は5~9M程度であり、溶解温度は25~70℃程度、好ましくは25~60℃程度であればよい。溶解温度が70℃を超える高温になると、絹タンパク質の分子量が低下し、材料の高分子性が失われ、その結果、成形性が劣悪となる危険性がある。溶解時間は1~20分程度に設定することが好ましい。家蚕絹タンパク質繊維を良好に溶解するものは、中性塩の中でも、家蚕絹フィブロイン繊維の溶解力に優れたリチウム塩であり、通常、臭化リチウムが好ましい。例えば、8M以上、好ましくは8.5M以上の臭化リチウム水溶液であれば、55℃以上、15分以上の処理で家蚕絹タンパク質繊維は溶解する。
【0024】
(B)野蚕絹フィブロイン水溶液および野蚕絹フィブロイン膜の調製:
柞蚕絹糸または天蚕絹糸などの野蚕絹糸から野蚕絹フィブロイン水溶液を調製するには、まず、野蚕繭糸をその重量に対して所定量の過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、所定の時間煮沸処理し、調製された野蚕絹フィブロイン繊維を溶解性の高い中性塩水溶液に溶解する。次いで、得られた水溶液を家蚕絹糸の場合と同様に透析処理し、純粋な野蚕絹フィブロイン水溶液を調製する。この調製法について、以下、詳細に説明する。
【0025】
野蚕絹糸を溶解して野蚕絹フィブロイン水溶液を調製するには、野蚕繭糸表面を覆う絹セリシンを家蚕絹セリシンの精練とは異なる方法で除去する必要がある。これは、野蚕絹糸の表面にはセリシン以外にタンニンも付着し、タンニンの架橋作用でセリシンを不溶化させているからである。これらのセリシンおよびタンニンを除去するには、例えば、野蚕繭糸を繭糸重量に対して50倍量程度の0.1%過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で例えば1時間煮沸処理する必要がある。セリシンやタンニンを予め除去した野蚕絹フィブロイン繊維をチオシアン酸リチウムなどの溶解性の高い中性塩水溶液中に溶解する。この野蚕絹フィブロイン繊維の中性塩水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、室温の水道水または純水に2~5日間入れ、リチウムイオンを完全に除くことにより、純粋な野蚕絹フィブロイン水溶液を調製することができる。
【0026】
かくして調製された野蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜などの基板上に広げ、室温で蒸発乾燥固化することにより野蚕絹フィブロイン膜を調製することができる。
家蚕由来の絹タンパク質と野蚕由来の絹タンパク質との両者が水溶液状態でよく混合できるならば、両者の混合水溶液を蒸発乾燥固化することで複合体が調製でき、家蚕絹フィブロイン単独や、野蚕絹フィブロイン単独の材料とは違った生分解性、透明性、付着安定性、その他の生化学特性が、得られたハイブリッド膜に発現されるであろうという見地から、上記のようにして得られた家蚕絹フィブロイン水溶液と野蚕絹フィブロイン水溶液とを用いて、家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜を調製する方法について、次に説明する。
【0027】
(C)家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜:
上記のようにして調製された家蚕絹フィブロイン水溶液と野蚕絹フィブロイン水溶液とをビーカー中に所定量入れ、水溶液がゲル化しないように、ガラス棒で注意深く静かに攪拌・混合する。かくして得られた混合水溶液をポリエチレン膜などの基板上に広げ、室温で蒸発乾燥固化させることにより、透明なハイブリッド膜を調製することができる。家蚕絹フィブロイン水溶液、野蚕絹フィブロイン水溶液の濃度は、両者とも0.1~3重量%程度が好ましく、0.4~2重量%が特に好ましい。
以下述べる家蚕絹フィブロイン水溶液または野蚕絹フィブロイン水溶液と第二物質の水溶液との混合も同様に行われる。
なお、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとのハイブリッドの製造方法は、本発明者により報告されている(M. Tsukada et al., Journal of Applied Polymer Science, 32, 1175-1181(1994))。しかし、この論文には、生分解性に言及する記述も示唆も一切ない。
【0028】
(D)家蚕または野蚕絹フィブロインとセルロースとのハイブリッド膜:
家蚕絹フィブロインとセルロースとからなるハイブリッド膜は、次のようにして、上述の家蚕絹フィブロイン水溶液とセルロース水溶液とを混合することで調製することができる。
まず、家蚕絹フィブロイン繊維および特別の精製をしない市販品の粉末セルロース(Fluka社製)を、別々に、銅安水溶液([Cu(NH)](OH))に溶解させて、それぞれの水溶液を調製する。次いで、家蚕絹フィブロイン繊維とセルロースとが所定の混合比になるよう2種類の水溶液をゲル化、沈殿、凝固反応が起こらないように十分注意して静かに攪拌・混合する。こうして製造した混合水溶液を水平面に設置したガラス板などの基板上に静かに広げ、広がった混合水溶液表面にアセトンと酢酸とからなる混合溶液を注意深く加え、家蚕絹フィブロインとセルロースとを凝固させつつ、混合水溶液中に含まれる金属錯体を除去する。その後、グリセリンと水との混合溶液および水で洗浄し、室温で乾燥させることにより、絹フィブロインとセルロースとのハイブリッド膜を製造する。
【0029】
野蚕絹フィブロインの場合も、上記家蚕絹フィブロインの場合と同様にしてハイブリッド膜を製造することができる。
なお、家蚕絹フィブロインとセルロースとのハイブリッドの製造方法は、本発明者により報告されている(G. Freddi et al, Journal of Applied Polymer Science, Vol. 56, 1537-1545(1995)。しかし、この論文には、生分解性に言及する記述も示唆も一切ない。
【0030】
(E)家蚕または野蚕絹フィブロインとキチン、キトサンおよびキトサン誘導体とのハイブリッド膜:
家蚕絹フィブロインとキチンやキトサンやキトサン誘導体とからなるハイブリッド膜は、次のようにして、家蚕絹フィブロイン水溶液とキチン、キトサンまたはキトサン誘導体の水溶液とを混合することで調製できる。本発明で用いることのできるキトサン誘導体は、特に制限されず、例えば、キチン、キトサンから誘導したカルボキシル化したカルボキシメチルキチン(以下、CMKと略称することもある)、カルボキシメチルキチンのNa塩、グリコールキトサンなどであってもよい。
【0031】
本発明に用いられるキチンは、クルマエビ、ブラックタイガーなどの海洋性甲殻類由来のものであってもよいし、昆虫の外皮を覆うキチンであっても同様に利用できる。甲殻類や昆虫の外皮は炭酸カルシウムなどの無機物やタンパク質を含むため、キチンを単離するには従来公知の方法でキチン以外の夾雑物を除去すればよい。また、簡便には粉末状のキチンの商品(和光純薬工業株式会社製)を用いてもよい。
【0032】
キチンを水溶性にするには、まず、粉末状のキチンを濃苛性アルカリ(例えば、水酸化ナトリウムなど)水溶液に懸濁し、減圧下、所定の時間攪拌する。次いで、得られた粉末キチンをドデシル硫酸ナトリウムなどの表面活性剤を含む濃苛性アルカリ水溶液中に入れ、かき混ぜ、低温(例えば、-20℃)で一夜放置することにより、あるいは得られた粉末キチンを液体アンモニア中(-33℃)に懸濁し、これに金属カリウムを添加することにより、キチンのC6およびC3位水酸基の水素がナトリウムまたはカリウムで置換されたアルカリキチンを製造する。かくして得られたアルカリキチンを圧搾し、細かく砕いた氷の中に分散させ、これに二硫化炭素などを加えて硫化し、キチン硫化物を得る。この硫化物を用いて水溶液を調製することができる。
【0033】
また、アルカリキチンとエポキシ化合物またはアリルやアルカリハロゲンとを反応させることにより、o-アリル誘導体やo-アルキル誘導体を調製することができる。さらに、アルカリキチンにエチレンクロロヒドリン(2-クロロエタノール)を反応させるとエチレングリコールキチンが、また、アルカリキチンにクロロ酢酸を反応させるとo-(カルボキシメチル)キチンが調製できる。エチレングリコールキチンを濃苛性アルカリ水溶液(例えば、40%水酸化ナトリウム水溶液)中で所定の反応条件で(例えば、100℃で5時間)撹拌しながら反応させると、キチン分子上のアセトアミド基が加水分解されて遊離のアミノ基となり、水溶性のグリコールキトサンが得られる。このグリコールキトサンを含めて、キトサンは酸水溶液、例えば、広い濃度範囲の酢酸水溶液に容易に溶解する。
【0034】
上記グリコールキトサン水溶液に家蚕絹フィブロイン水溶液を添加してできる混合水溶液をポリエチレン膜などの上に広げ、蒸発乾燥固化させて、グリコールキトサンと家蚕絹フィブロインとの透明でソフトな膜状の複合体(ハイブリッド膜)を製造することができる。グリコールキトサンに代えて、他のキトサン誘導体の水溶液や水溶性にしたキチンの水溶液を用いた場合も、同様にしてハイブリッド膜を製造することができる。
野蚕絹フィブロインの場合も、上記家蚕絹フィブロインの場合と同様にしてハイブリッド膜を製造することができる。
【0035】
(F)家蚕または野蚕絹フィブロインと羊毛ケラチンとのハイブリッド膜:
本発明で利用できるのは、羊毛ケラチン繊維をはじめ、次のようにして調製できるケラチン水溶液およびS-カルボキシメチルケラチン(CMK)水溶液などである。これらの水溶液は従来公知の方法で調製できる。
先ず、羊毛繊維を溶解するために、窒素雰囲気中で、還元剤(例えば、メルカプトエタノール、チオグリコール酸など)を用いて分子間のCys結合を切断し、ケラチン分子を還元して可溶化する。メルカプトエタノールを用いる場合には、尿素溶液中で還元処理を行うとよい。この場合、尿素の濃度は一般に7.5~8.8M、好ましくは7.8~8Mである。また、チオグリコール酸を用いる場合には、1~4%のNaClを添加するとよい。
【0036】
例えば、還元剤として作用するメルカプトエタノールを用いる場合、羊毛繊維を上記濃度の尿素水溶液に浸漬し、脱気後、窒素雰囲気下、45℃以下、望ましくは20~25℃の温度で、メルカプトエタノールを10gの羊毛繊維に対し3~5mLの割合で加え、所定の時間(例えば、約3時間)攪拌する。こうして羊毛ケラチン分子が還元され、SH基を有するケラチンが得られる。次いで、これをセルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、純水で十分に透析し、尿素、過剰のメルカプトエタノールを除去して、羊毛ケラチン水溶液を得る。この羊毛ケラチン水溶液は、本発明における第二物質の水溶液として、上記と同様に利用することができる。
【0037】
また、上記のようにして得られたSH基を有する羊毛ケラチンを、さらに、アルキル化剤、例えば(置換)アルキルハライドなどの既知アルキル化剤と反応させて、S-(置換)アルキルケラチンとすれば、この水溶液もまた本発明において利用することができる。このアルキル化は公知の方法に従って行えばよい。一例として、アルキル化剤としてヨード酢酸を用いた場合について説明する。上記の還元ケラチンに、窒素雰囲気中、20~25℃の温度で、攪拌しながら、10gの羊毛繊維に対してヨード酢酸(分子量185.95)を10~17gの割合で加えて反応させる。1~2時間後、pHをほぼ8.5に調整し、純水を用いて透析することによって過剰のヨード酢酸を除き、S-カルボキシメチルケラチン水溶液を得る。
【0038】
上記のようにして調製した還元ケラチン水溶液やS-カルボキシメチルケラチン水溶液に家蚕絹フィブロイン水溶液を添加して、混合水溶液を調製し、この混合水溶液をポリエチレン膜などの基板上に広げ、乾燥固化して、還元ケラチンやS-カルボキシメチルケラチンと家蚕絹フィブロインとからなるハイブリッド膜を製造することができる。
野蚕絹フィブロインの場合も、上記家蚕絹フィブロインの場合と同様にしてハイブリッド膜を製造することができる。
【0039】
(G)家蚕または野蚕絹フィブロインとポリビニルアルコールとのハイブリット膜:
ポリビニルアルコール(PVA、和光純薬工業株式会社製、平均重合度:約2000)を熱水に入れ、攪拌装置を用いて丁寧に溶解させ、所定濃度のPVA水溶液(例えば、0.5重量%のPVA水溶液)を調製する。このPVA水溶液に家蚕絹フィブロイン水溶液を適当量入れ、室温で30分以上静置し、家蚕絹フィブロインとPVAとの複合水溶液を調製する。これをポリエチレン膜などの基板上に広げ、1昼夜かけて水分を蒸発させると、PVAと家蚕絹フィブロインとからなる透明なハイブリッド膜を製造することができる。
野蚕絹フィブロインの場合も、上記家蚕絹フィブロインの場合と同様にしてハイブリッド膜を製造することができる。
なお、PVAと家蚕絹フィブロインとのハイブリッドの製造方法は、本発明者により報告されている(M. Tsukada et al., Journal of Applied Polymer Science, 32, 243-248(1994))。しかし、この論文には生分解性に言及する記述も示唆も一切ない。
【0040】
上記したように、家蚕由来の絹タンパク質、野蚕由来の絹タンパク質、第二物質は水溶液状態でよく混合でき、この混合水溶液からハイブリッド膜を製造できる。このハイブリッド膜には、家蚕絹フィブロイン単独または野蚕絹フィブロイン単独の材料とは異なった生分解性、透明性(光線透過性)、細胞増殖性、その他の生化学特性が発現され得る。ハイブリッド膜はまた、優れた金属イオン吸着性や剥離抵抗性などを有する。この場合、家蚕絹フィブロイン水溶液、野蚕絹フィブロイン水溶液、第二物質の水溶液からハイブリッド膜を得るには、それぞれの水溶液濃度が上記した0.1~5重量%、好ましくは0.4~3重量%の範囲内にあればよく、これにより、質的に均一なハイブリッド膜が得られる。なお、家蚕絹フィブロイン水溶液と野蚕絹フィブロイン水溶液、および家蚕絹フィブロイン水溶液または野蚕絹フィブロイン水溶液と第二物質の水溶液とは任意の割合で混合できるため、所望により複合体の組成比を任意に設定できる。
【0041】
家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとを、また、家蚕絹フィブロイン水溶液または野蚕絹フィブロイン水溶液と第二物質水溶液とを混合するには、これらの水溶液をガラス棒で静かに攪拌・混合するとよい。2液混合が急激であったり、撹拌状態を過激にすると、絹フィブロイン分子にずり応力が加わり、水溶液が凝固してしまい、均一に混じらないことがある。
本発明の生分解性生体高分子材料の形状は、シート状もしくは膜状でもよいし、粉末状、ビーズ状、ゲル状、繊維状、チューブ状、または中空糸状などの任意の形態のものであってもよい。
【0042】
本発明では、生分解性生体高分子材料の生分解性は、所定濃度のタンパク質加水分解酵素を含む緩衝液で一定時間処理することにより評価できる。すなわち、所定の活性をもつ酵素を所定の緩衝液に溶解して調製した酵素分解水溶液を用いて、37℃で一定時間酵素分解処理を行い、消化(加水分解)する。酵素により生分解性生体高分子材料が消化される程度を試料の重量変化から求めて、生分解程度を評価する。
【0043】
この加水分解の程度は、用いる酵素の種類、酵素濃度、酵素分解処理時間、または被処理材料の違いが大きく影響する。また、材料が絹タンパク質繊維か絹タンパク質膜かによっても大きく異なる。カイコが製造した絹タンパク質繊維は、繊維構造を持っており、繊維の分子間の水素結合密度が大きいので、加水分解酵素水溶液に入れても分解し難い。そのため、絹タンパク質繊維は、そのまま生分解実験のための試料として利用できる。一方、繊維を一旦中性塩中で溶解して調製した絹タンパク質膜である絹フィブロイン膜などは、水を吸って膨潤し、最終的には溶解してしまう。生分解実験では、酵素を含んだ緩衝液中での分解挙動を調べるため、調製された絹フィブロイン膜のままでは生分解実験ができないので、実験試料として用いるためには水不溶化処理をする必要がある。水不溶性とするには、例えば、メタノール、エタノールなどのアルコールの水溶液に浸漬処理することにより、または従来公知のエポキシ化合物、ホルマリンなどのアルデヒドを用いることによっても行われ得る。例えば、20~80%メタノール水溶液に通常5~10分浸漬、好ましくは40~60%メタノールに5~10分浸漬することにより水不溶化することができる。具体的には、例えば、50%v/vメタノール水溶液などに室温で1分以上かるく浸漬処理をして、室温で風乾させればよい。
【0044】
また、絹フィブロイン膜以外においても、蒸発乾燥固化の過程で得られる直後の複合体のほとんどは水に可溶である。通常、多くの使用に際して水不溶性であることが望まれるので、その場合には、メタノール処理で水不溶性にすればよい。家蚕絹フィブロインとセルロースとの複合体または家蚕絹フィブロインとポリビニルアルコールとの複合体は、得られた直後は水可溶性である。この複合体をメタノール処理をすることにより、絹フィブロインは水不溶化となるが、セルロース成分やポリビニルアルコール成分はメタノールでは水不溶性にならない。このような複合体については、ホルマリンなどの強い架橋作用のある試薬で架橋反応するとよい。
【0045】
本発明では、タンパク質加水分解酵素(消化酵素)としては任意の酵素が利用できる。基質の切断部位が明らかな酵素であってもよいし、切断部位が特定できない酵素であっても同様に利用できる。本発明の生分解性生体高分子材料は、例えば、プロテアーゼ、コラゲナーゼ、キモトリプシンなどの酵素により生分解する。上記したように、これらの酵素を用いて生分解性を評価するには、酵素活性を最大に維持できるような所定pHの緩衝液を用いることが望ましい。酵素分解に用いる酵素と緩衝液との組み合わせは、特に限定される訳ではない。酵素と緩衝液との好ましい組み合わせとしては、例えば、コラゲナーゼには50mL TES(緩衝液)または50mM CaCl(pH7.4)、キモトリプシンには50mM Tris(緩衝液)または5mM CaCl(pH7.8)、プロテアーゼには40mM燐酸カリウム(緩衝液)(pH7.5)などがある。緩衝液のpHは、低イオン強度の硼酸緩衝液が好ましく用いられ、そのpH領域はおおむねpH7~8である。
【0046】
加水分解酵素水溶液の濃度は、基質としてのタンパク質の種類に依存し、通常は0.1~0.8mg/mL、好ましくは0.2~0.5mg/mLである。酵素濃度が0.1mg/mL未満だと加水分解の効率が良くなく、また、0.8mg/mLを超えると経済的な生分解実験を行うことができない。
本発明者の1人は、先に、家蚕絹フィブロイン繊維を溶解して作製した家蚕絹フィブロイン膜および家蚕絹糸をプロテアーゼにより生分解させ、経時的生分解挙動を明らかにした(Minoura et al., Biomaterials, 1990, Vol 11 August, 430-434)。この家蚕絹フィブロイン膜は、プロテアーゼ溶液中では加水分解が相当量進行するのに対して、家蚕絹糸は加水分解が進行しないことを明らかにした。しかし、この家蚕絹糸の化学構造とは全く異なる一次構造を持つ絹タンパク質に野蚕由来の絹材料があり、野蚕絹糸や野蚕絹フィブロイン膜の生分解性については未だ全く報告されていない。
【0047】
本発明によれば、粉末状の生分解性生体高分子材料は、家蚕絹フィブロイン水溶液単独、野蚕絹フィブロイン水溶液単独、家蚕絹フィブロイン水溶液と野蚕絹フィブロイン水溶液との混合水溶液、または家蚕絹フィブロイン水溶液もしくは野蚕絹フィブロイン水溶液とセルロースなどの第二物質の水溶液とからなる混合水溶液を既知方法で凍結乾燥すれば得られる。すなわち、これらの水溶液を-10℃程度で凍結させた後、減圧雰囲気下に放置して試料の水分を除去することにより、粉末状材料を得ることができる。また、ゲル状の生分解性生体高分子材料は、上記各試料水溶液のpHを酸性域、例えば4.4以下にし、水溶液全体を凝固せしめてゲル化することにより得られる。膜状の生分解性生体高分子材料は、上記各試料水溶液をガラス板またはポリエチレン膜などの基板上に広げ、時間をかけて水分を蒸発乾燥させることにより得られる。
【0048】
上記の粉末状、ゲル状、膜状の生分解性生体高分子材料はいずれも水可溶性であるので、所望により水不溶性とするには、上記したように、アルコールの水溶液に浸漬処理することにより行われる。
本発明の生分解性生体高分子材料が加水分解酵素の作用を受けて生分解するし易さの度合いは、酵素濃度、緩衝液、加水分解時間、水不溶化程度、および家蚕絹フィブロイン含有率によって決まる。そのため、生分解し易い材料は、水に対する不溶化程度を軽微にして水可溶性にすること、家蚕絹フィブロインの含量を多くすることなどにより調製できる。絹フィブロイン膜のように繊維構造を持たない絹素材は、絹フィブロイン繊維とは違って酵素による加水分解を受けやすい。特に、複合体(ハイブリッド)が生分解し易い程度は、家蚕絹フィブロインや野蚕絹フィブロインの不溶化の程度、第二物質としてどの化合物を選ぶか、家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロインと第二物質の組成比、酵素の種類、酵素濃度、処理時間により決まるので、所望の目的に合わせて、ハイブリッドの製造条件、組成比、あるいは生分解条件を変えて適宜実施できる。
【0049】
生体組織に対して親和性はよいが、タンパク質加水分解酵素に対して分解し難い有機高分子(第二物質)と絹フィブロインとをハイブリッド化させることで生体適合性のよい生分解性生体高分子材料を調製することが可能となる。
本発明の生分解性生体高分子材料は、プロテアーゼ、コラゲナーゼ、キモトリプシンなどの酵素の作用が及ぶ基質となる材料同士のハイブリッドであってもよいし、基質となり得る高分子材料に、基質となり得ない第二物質をハイブリッド化させたものでもよい。これら3種類の酵素が作用する基質となり得るタンパク質には、家蚕絹フィブロイン、野蚕絹フィブロイン、羊毛ケラチンなどがある。これらの基質となり得る材料に、基質となり得ないセルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、ポリビニルアルコールなどの天然高分子をハイブリッド化した際、ハイブリッド中の天然高分子の含量が多くなると、生分解量が次第に減少する傾向がある。
【0050】
例えば、家蚕絹フィブロインとセルロースとからなる膜状ハイブリッドの場合、家蚕絹フィブロインがタンパク質分解酵素により容易に分解することから、家蚕絹フィブロインの含有率が多いほど生分解程度を制御することが容易である。しかし、家蚕絹フィブロインはセルラーゼに対してはこの逆となるので、セルロース含量が多い程、全体としては生分解量が低下することになる。このように酵素の基質となるタンパク質と基質とならない第二物質との配合割合を変えることで、所望に応じた生分解率を有する生分解性生体高分子材料が製造できる。
【0051】
本発明で利用できる生体高分子としては、特に制約はなく、上記したように、家蚕、野蚕由来の絹タンパク質(例えば、絹フィブロイン、絹セリシン)または動物由来のケラチン(羊毛ケラチン)、コラーゲン、ゼラチンであってもよい。例えば、家蚕もしくはクワコ由来の絹タンパク質、または野蚕である天蚕、柞蚕、エリ蚕、シンジュ蚕由来の絹タンパク質が用いられる。家蚕、野蚕由来の絹繊維、絹繊維製品もしくはその繊維集合体、または動物繊維のケラチン繊維、ケラチン繊維製品であってもよい。
【0052】
本発明の生分解性生体高分子材料は金属イオン吸着材として有用である。特に本発明の生分解性生体高分子材料である複合体(ハイブリッド)を銀イオン、銅イオン、コバルトイオンなどの抗菌性金属イオンを含む水溶液中に浸漬すると、この金属イオンを多量に吸着するので、金属イオンの吸着された複合体は抗菌性素材として有用である。また、この生分解性生体高分子材料を廃水中に浸漬すると、廃水中の各種金属イオン(例えば、Cu2+、Ni2+、Vo2+、Zn2+、Co2+、Al3+などの卑金属、およびYb、Nd、Pr、Laなどの希土類元素)を吸着するので、廃水中の金属イオンの吸着素材としても有用である。吸着された金属イオンは、適宜、回収したり、廃棄処分したりすることができる。
【0053】
本発明の生分解性生体高分子材料、特に複合体に、水溶性の医薬品や生理活性物質などの有用物質を包括または固定させたものを、例えば生体内に埋め込むと、体液中のタンパク質分解酵素などにより、この材料を加水分解的に分解・劣化しながら医薬品や薬理成分を徐々に放出するようにできる。そのため、この材料を有用物質の徐放性担体として用いることができる。この際、生分解性を軽微にするには、家蚕または野蚕由来の絹フィブロイン繊維を用いてもよいし、分解し易い材料にするには、家蚕絹糸または野蚕絹糸を中性塩で溶解し、これをセルロース製透析膜で脱塩した水溶液を乾燥固化して得られる膜状試料を用いればよい。家蚕絹フィブロイン膜は野蚕絹フィブロイン膜よりも生分解し易いため、生分解し難い家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとの複合体にするには、野蚕絹フィブロイン含量を多くすればよい。
【0054】
上記したように本発明の生分解性生体高分子材料、特に複合体を生体内に埋め込んで使用すると、プロテアーゼ、キモトリプシン、コラゲナーゼなどによる体内に存在する酵素の作用で、最終的には水や二酸化炭素などの低分子にまで分解され、ついには体外に排泄される。生分解し易い家蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜は、生分解し難い家蚕絹フィブロイン繊維とは異なり、生体内に埋め込んでも比較的短時間で生分解する性質があるため、修復可能な損傷生体組織の治癒の一時的な補助のために、あるいは上記したように、薬物の徐放担体としても用いることができる。このような生体内分解吸収性材料は、切開創部縫合、止血、骨固定、組織再生用足場、癒着防止などの用途に用いることができる。
【0055】
家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロインに第二物質をハイブリッドすることにより、ハイブリッド(複合体)表面では、家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロイン単独の表面または第二物質単独の表面には見られない優れた生化学特性が発現するという顕著な効果が見られる。例えば、生体細胞の増殖率は、複合体表面の方が家蚕絹フィブロイン単独、野蚕絹フィブロイン単独、または第二物質単独の表面よりも優れている。また、家蚕絹フィブロインに野蚕絹フィブロインをハイブリッドすることにより、または家蚕絹フィブロインもしくは野蚕絹フィブロインにセルロースなどの第二物質をハイブリッドすることにより、家蚕絹フィブロインまたは野蚕絹フィブロイン単独の膜よりも、成形性、透明性が向上すると共に、細胞付着性の良い材料となる。さらに、複合体は耐摩耗性も高いので、また、複合体表面では単独のタンパク質の場合よりも生体細胞の増殖性が向上するため、バイオ分野の細胞増殖基材としても利用できる。
【0056】
また、セルロース誘導体は食品添加剤、化粧品、医薬品添加剤、抗血栓剤のような医薬品にも活用されるため、家蚕絹フィブロインとセルロースとからなる複合体は、セルロースと同様の用途が期待できる。
本発明の生分解性生体高分子材料はまた、使い捨ての衛材製品や家庭用品、止水材、土壌改良材、結露防止剤、農園芸用保水剤などの吸水性樹脂として利用可能な吸水特性を有しており、このような生分解性を有する吸水性材料を複雑な工程を経ることなく安価に提供することができる。そのため、従来から知られている吸水性樹脂の全ての用途に適用することができる。例えば、オムツや生理用品に代表される衛生分野、パップ剤用途などでの医療分野、廃泥ゲル化剤などとしての土木・建築分野、食品分野、工業分野、土壌改質剤や保水剤などとしての農業・園芸分野などの多種多様な分野に利用することができる。
【0057】
【実施例】
次に、本発明を実施例および比較例により更に詳細に説明する。本発明はこれらの例によって限定されるものではない。なお、以下において示す%は、特に断らない限り重量%である。
まず、各種試験方法について説明する。
【0058】
(1)機械的性質の測定:
島津製インストロン(オートグラフ AGS-5D)を用いて、被測定試料長50mm、引張り速度10mm/min、チャートフルスケール250gの測定条件の下、切断時の絹糸の強度と伸度の値を測定した。なお、測定値は20回繰り返し試験の平均値を意味する。
【0059】
(2)生分解性生体高分子材料への金属イオンの吸着および定量方法:
被測定試料を硝酸カリウムを含む0.5mMの金属塩水溶液(アンモニア水を加えてpHを11.4に調整)に室温で30時間浸漬することで金属イオンを吸着させた。なお、試料への金属イオン吸着は金属塩水溶液(pH8.5に調整)での浸漬により行った。
被測定試料に吸着した金属イオンを、パーキンエルマー社製のプラズマ原子吸光スペクトロメーター(ICP-AES)を用いて分析した。5~10mgの試料をミクロウェーブ加水分解炉(MDS-81DCCEM)を用いて2mLの65%硝酸で完全に加水分解し、実験時にさらに10mLの水を加え、ICP-AES分析を行った。金属イオンの吸着量は、試料重量あたりの金属イオン量をmmolで表示した。
【0060】
(3)酵素分解処理:
生分解処理実験に用いる酵素を加水分解に最適な緩衝液に溶解する。これを滅菌した100mLのガラス製ビーカに入れ、被測定試料を入れた後、37℃で所定時間酵素分解処理を行う。酵素の「有」、「無」を問わず、一定時間処理した後の生分解程度は、重量残留率で表示した。生分解実験の前後の試料重量をそれぞれW、Wとすると、重量残留率は、{(W-W)/W}×100(%)で示される。
このように、「重量残留率」とは、生分解前の試料重量に対する加水分解後の試料残存重量をパーセント表示したものである。この値が小さい程、試料が加水分解して多量に減量し、生分解を受けやすいことを意味する。
【0061】
(4)生分解速度:
被測定試料を酵素で加水分解する際の加水分解速度の程度を次のようにして評価した。生分解実験のスタート時の試料重量を100とし、生分解を開始して50時間後の生分解された試料重量を%表示したものを生分解速度とした。従って、酵素により生分解が起こり易い試料程、生分解速度の値は大きい。
(5)フーリエ変換赤外吸収スペクトル:
パーキンエルマー社製の FT-IR(フーリエ変換赤外吸収スペクトル)測定装置を用いて被測定試料の分子形態に関する吸収スペクトルを観察した。測定波数は2000~400cm-1、測定繰り返し数は20回であった。
【0062】
(6)耐摩耗試験:
摩擦試験装置として学振型染色物摩擦堅牢度試験機II型を用い、各種絹タンパク質などの薄膜試料で被覆したポリエチレンテレフタレート(PET)膜をこの摩擦試験機にセットし、摩擦子に取り付けた試料と試験台上の試料とが一定の荷重で軽くこすれ合うように、荷重500gの摩擦子を10回往復運動させて、摩擦試験を行った。摩擦試験機にかける前後の試料のFT-IRスペクトルを測定し、吸収ピークの吸収波数を評価した。摩擦処理後にFT-IRの吸収強度が減少したものはPET膜表面上の試料薄膜が剥がれやすいものと評価した。
【0063】
(7)家蚕絹フィブロイン膜の結晶化度指数:
各種の酵素で加水分解した家蚕絹フィブロイン膜の結晶化度指数を、次の方法で評価した。フーリエ変換赤外吸収スペクトル(FT-IR)として、ATRダイヤモンドセル(SPECAC)を装備したNicolet Instruments, Madison, WI製のNicolet-150P測定装置を用いた。IRスペクトルにおいて、アミドIIIバンドの波数1230cm-1と1260cm-1のピークの強度をそれぞれ測定し、次式により結晶化度指数(CI)を求めた。なお、CIは強度の比に対応する数値であるため、単位を持たない。
CI = I[1230cm-1]/I[1260cm-1]
【0064】
(8)アミノ酸分析:
様々な生分解時間に対応したタンパク質材料のアミノ酸分析を行った。被測定試料として、6N塩酸により105℃で24時間加水分解したものを用いた。アミノ酸分析はRP-HPLCにより行った。
【0065】
(9)植物性病原細菌に対する抗菌性試験:
植物性病原細菌として、普遍的な植物性病原細菌の代表であって、耐性菌が出現しやすく、多くの植物を犯す多犯性の腐敗病菌であり、植物性病原細菌の中でも数少ないグラム陽性菌としてトマトかいよう病細菌(学術名:Corynebacterium michiganese pv. michiganese)を選び、複合体膜の植物病原細菌の増殖に及ぼす阻害効果による抗菌性評価を行った。
実施例中の細菌に対する抗菌活性評価は下記の方法により行った。
細菌に対する抗菌活性検定法:
加熱溶解後55℃に保持した半合成脇本培地またはキングB培地25mLと、検定菌(濃度109/ml)2mLとを混合し、この混合物をシャーレに流し込んで平板状に固めた。この菌液混合平板培地上に約1cm四方の試料膜を置き、試料全体を培地に密着させた。これを20~25℃に保ち、所定の経過時間毎に検定試料付近の培地での菌増殖阻害程度を、試料の周囲に現れる阻止円の大きさをmm単位で実測し、阻止円のサイズ変化から抗菌活性の有無、優劣を評価した。
【0066】
(10)昆虫細胞の増殖試験:
カイコの粉末体液(日本農産工業(株)製)5%、牛胎児血清5%(Gibco社製)を含むGrace培地(Sigma社製、G8142)、および1%のペニシリン・ストレプトマイシンの混合抗生物質を含む培地を用いて柞蚕由来のAe細胞、または家蚕由来のBm細胞の培養実験を行った。細胞培養状況は、2日目に細胞培養液中の昆虫細胞を血球計算板法で観察し、絹フィブロイン含有量が異なる各種複合体表面でのAe細胞およびBm細胞の増殖状態を観察した。
【0067】
(11)分子量測定:
生分解に用いた繊維試料、あるいは膜状試料を少量の50%(w/v)チオシアン酸リチウム水溶液に40℃で30分間かけて溶解させた。次いで、50mMのリン酸ナトリウム緩衝液、pH7.2の0.15M塩化カリウム水溶液、さらに5M尿素水溶液で希釈し、同一の緩衝液で48時間かけて透析し、スペクトラム社製のセルロース製透析膜(Spectra/Por 6, MW10 = 3.5KDa)で透析する。透析後、絹フィブロイン濃度が1mg/mLとなるまで蒸留水を加え、直ぐに、0.2μmのポーラスフィルタでろ過し、size exclusionクロマトグラフィーで分析した。Waters chromatographic systemは、温度制御装置を搭載したポンプ(mod. 510)、インジェクター(mod. U6K)、屈折検知器(mod. 410)を備えている。このシステムは、クロマトグラフィーソフト(Maxima 820(Waters))とGPCランターソフトとを搭載している。カラム温度は30℃で行った。用いたカラムはShodex Protein KW-804 (Waters, 8×300mm)、親水性OH基で被覆した多孔質のシリカゲル(pre-column, Shodex Protein KW-G 6×50mm)を用いた。注入量は50~100μL、流出速度は0.5mK/minとした。流動相として、蒸留水、50mMリン酸ナトリウム緩衝液、pH7.2の0.15M塩化カリウム、5Mの尿素を用いたり、用いなかったりして分析を行った。
分子量標準マーカーにはHMWおよびLMWゲルフィルトレーション補正用キット(Pharmacia Biotech.)を用いた。なお、254nmでUV検出を行った。
【0068】
分子量測定に関連した用語を次に説明する。
分子量:重量平均分子量であって、溶離曲線で囲まれる面積を積分することで求められる分子量の値であり、試料中の様々な分子量を持つペプチド全体からの帰寄に依存する。
ピーク分子量:溶離曲線のピーク位置に対応する分子量であり、試料中に存在する最大多数のペプチドの分子量に符合する。この場合、分子量分布は考慮に入れない。
【0069】
(実施例1:家蚕絹フィブロイン水溶液および家蚕絹フィブロイン膜の製造)
まず、家蚕繭糸をマルセル石鹸0.2%および炭酸ナトリウム0.05%を含む混合水溶液中に入れ、98℃で30分間煮沸し、家蚕繭糸の外層を膠着するセリシンを取り除いて、絹フィブロイン繊維を調製した。得られた絹フィブロイン繊維10gを8.5M臭化リチウム水溶液に浸漬し、55℃以上で15分間処理して絹フィブロイン繊維を溶解せしめた。この中性塩水溶液をセルロース製の透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、5℃の水道水に2日間入れてリチウムイオンを完全に除き、純粋な家蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。この絹フィブロイン水溶液から一部の水を蒸発させたり、または水を加えることで、濃度の異なる絹フィブロイン水溶液を調製し、以下の実施例で用いる。
かくして調製された家蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、室温で蒸発乾燥固化させて家蚕絹フィブロイン膜を調製した。
【0070】
(実施例2:柞蚕絹フィブロイン水溶液および柞蚕絹フィブロイン膜の調製)
まず、柞蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.1%過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して柞蚕繭糸の周囲を覆う絹セリシンおよびタンニンを除去し、柞蚕絹フィブロイン繊維を調製した。セリシンやタンニンを予め除去した柞蚕絹フィブロイン繊維をチオシアン酸リチウム水溶液に溶解し、この水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫糸でくくって室温の水道水に2日間入れ、リチウムイオンを完全に除き、純粋な柞蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。
かくして調製された柞蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、室温で蒸発乾燥固化させて柞蚕絹フィブロイン膜を調製した。
【0071】
(実施例3:家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜)
実施例1および2で得られた家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液との所定量をビーカーに入れ、水溶液がゲル化(沈殿)しないように、ガラス棒で注意深く静かに攪拌・混合した。かくして得られた混合水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、室温で蒸発乾燥固化させて透明なハイブリッド膜を調製した。
家蚕絹フィブロイン水溶液、柞蚕絹フィブロイン水溶液の濃度は、両者とも0.1~3重量%の範囲内で行った。この範囲内であれば、ハイブリッド膜を調製する際の水溶液量は適度であり、作業は効率的に行えた。また、2液の混合は均一に行え、その結果、質的に均一なハイブリッド膜が製造できた。
【0072】
(実施例4:家蚕絹フィブロインとセルロースとのハイブリッド膜)
まず、家蚕絹フィブロイン繊維および特別の精製をしない市販品の粉末セルロース(Fluka社製)を、別々に、銅安溶液([Cu(NH)](OH))に溶解させて、それぞれの水溶液を調製した。次いで、家蚕絹フィブロイン繊維とセルロースとの重量比が80/20、60/40、40/60、20/80となるように2種類の水溶液を静かに攪拌・混合した。このようにして製造された混合水溶液を水平面に設置したガラス板の上に静かに広げ、広がった混合水溶液表面にアセトンと酢酸とからなる混合溶液(4:1(v/v))を注意深く加え、家蚕絹フィブロインとセルロースとを凝固させつつ、混合水溶液中に含まれる金属錯体を除去した。その後、グリセリンと水との混合溶液(7:13(v/v))および水で洗浄し、室温で乾燥させて、家蚕絹フィブロインとセルロースとのハイブリッド膜を製造した。得られた膜の膜厚はおよそ10~30μmであった。
【0073】
(実施例5:家蚕絹フィブロインとキチン、キトサン誘導体とのハイブリッド膜)実施例1で調製された家蚕絹フィブロイン水溶液と第二物質としてのキチンまたはキトサン誘導体の水溶液とを混合して、家蚕絹フィブロインと第二物質のキチン、キトサン誘導体とのハイブリッド膜を調製した。
まず、粉末状のキチンを42%水酸化ナトリウム水溶液に懸濁し、減圧下4時間攪拌した。次いで、得られた粉末キチンをドデシル硫酸ナトリウムを含む60%水酸化ナトリウム水溶液中に入れ、かき混ぜ、-20℃で一夜放置することにより、あるいは得られた粉末キチンを液体アンモニア中(-33℃)に懸濁し、これに金属カリウムを添加することにより、アルカリキチンを製造した。かくして得られたアルカリキチンを圧搾し、細かく砕いた氷の中に分散させ、これに二硫化炭素を加えて硫化し、キチン硫化物を得た。この硫化物の水溶液を第二物質の水溶液として用いた。
【0074】
また、アルカリキチンとエチレンクロロヒドリン(2-クロロエタノール)とを既知の反応条件下で反応させてエチレングリコールキチンを調製し、このキチンを40%水酸化ナトリウム溶液中で100℃で5時間撹拌しながら反応させて、水溶性のグリコールキトサンを得た。このグリコールキトサンを酢酸水溶液に溶解させて第二物質の水溶液として用いた。
次いで、上記のようにして得られた硫化物水溶液およびグリコールキトサン水溶液のそれぞれに実施例1に従って調製した家蚕絹フィブロイン水溶液を添加して、混合水溶液を調製した。この混合水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、蒸発乾燥固化させて、キチン硫化物およびグリコールキトサンのそれぞれと家蚕絹フィブロインとの透明でソフトな膜状の複合体を製造した。
【0075】
(実施例6:家蚕絹フィブロインと羊毛ケラチンとのハイブリッド膜)
羊毛繊維を溶解するために、窒素雰囲気中で、メルカプトエタノールまたはチオグリコール酸を用いて分子間のCys結合を切断し、ケラチン分子を還元して可溶化した。メルカプトエタノールを用いる場合は、8M濃度の尿素溶液中で還元処理を行い、チオグリコール酸を用いる場合は、4%のNaClを添加して還元処理を行った。
すなわち、羊毛繊維を8M濃度の尿素水溶液に浸漬し、脱気後、窒素雰囲気下、25℃の温度で、メルカプトエタノールを10gの羊毛繊維に対し5mL加え、3時間攪拌し、羊毛ケラチン分子を還元せしめてSH基を有する羊毛ケラチンを得た。次いで、純水を用いて透析し、尿素、過剰のメルカプトエタノールを除去して、羊毛ケラチン水溶液を得た。この羊毛ケラチン水溶液を第二物質の水溶液として用いた。
【0076】
また、上記のようにして得られた還元羊毛ケラチン10gに、窒素雰囲気下、25℃の温度で、攪拌しながら、15gのヨード酢酸を加えて反応させた。2時間後、pHをほぼ8.5に調整し、これをセルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、純水を用いて透析することによって過剰のヨード酢酸を除き、S-カルボキシメチルケラチン水溶液を得た。この水溶液を第二物質の水溶液として用いた。
上記のようにして調製した還元羊毛ケラチン水溶液およびS-カルボキシメチルケラチン水溶液のそれぞれに実施例1に従っ調製した家蚕絹フィブロイン水溶液を添加して、混合水溶液を調製した。この混合水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、乾燥固化して、還元ケラチンおよびS-カルボキシメチルケラチンのそれぞれと家蚕絹フィブロインとからなるハイブリッド膜を製造した。
【0077】
(実施例7:家蚕絹フィブロインとポリビニルアルコールとのハイブリット膜)
ポリビニルアルコール(PVA)を85℃の熱水に入れ、攪拌装置を用いて丁寧に溶解させ、室温で30分以上静置し、0.5%のPVA水溶液を得た。このPVA水溶液に実施例1に従って調製した0.3重量%の家蚕絹フィブロイン水溶液を加え、得られた混合水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、1昼夜かけて水分を蒸発させ、PVAと家蚕絹フィブロインとからなる透明なハイブリッド膜を製造した。
【0078】
(実施例8:PET膜に対する絹フィブロイン膜の剥離抵抗)
ポリエチレンテレフタレート(PET)(商品名:テトロン)膜表面に次の方法で絹フィブロイン膜を付着させた。実施例1に従って調製した5%の家蚕絹フィブロイン(BF)水溶液、実施例2に従って調製した3%柞蚕絹フィブロイン(TF)水溶液、あるいはこの5%の家蚕絹フィブロイン(BF)水溶液と5%柞蚕絹フィブロイン(TF)水溶液との等量混合水溶液に上記テトロン膜を浸漬し、その後取り出し、室温で乾燥した。それぞれの膜(PET/BF、PET/TF、PET/(BF+TF)と略記する)について、ATR(Atenuated Total Reflection)スペクトを測定した。このATRスペクトル測定は、日本分光(株)製のATR赤外分光光度計(FT-IR5300)を用いて行った(Resolution 2、スキャニング回数 32、ゲイン 100、Apdization CSを用いた。)。また、摩擦試験機により、膜試料上に摩擦子を10回往復運動させた後、膜試料のATRスペクトルを再度測定した。摩擦試験前の試料について得られた結果を表1に示す。
【0079】
(表1)
JP0003772207B2_000002t.gif表1において、vs、s、wは、それぞれ、スペクトルの強度が非常に強い、強い、弱いを意味する。
【0080】
表1から明らかなように、PET/BFのATRスペクトルには、PETに帰属する吸収(1408、1338cm-1)と、家蚕絹フィブロインに帰属する吸収(1657、650cm-1)とが重複して現れている。また、PET/TFのATRスペクトルには、PETに帰属する吸収に加えて柞蚕絹フィブロインに帰属する吸収(1655、620cm-1)が重複して現れている。摩擦子を10回往復運動させた後のPET/BFおよびPET/TFのATRスペクトルは、これらの絹フィブロイン膜を付着させる前のPET自体のスペクトルと同じであった。
以上の結果から、PET/BF、PET/TFを摩擦試験機にかけると、摩擦子が往復する間にPET表面のBFまたはTFが削り落とされて除去されたことが分かる。しかし、PET/(BF+TF)の場合は、摩擦試験機にかけても、PETに帰属する吸収スペクトルに加えて、BFに帰属する吸収スペクトルおよびTFに帰属する吸収スペクトルが残存していた。このことから、BF+TFはPET表面に確実に付着しており、摩擦子で機械的にこすっても剥がれ難いことが分かる。
【0081】
また、家蚕または柞蚕絹フィブロイン単独の水溶液、および家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液とを所定の組成比となるように、室温で、ガラス棒を用いて注意深く静かに攪拌して混ぜ合わせて得た混合水溶液のそれぞれの水溶液中に、2cm×3cmサイズのPET膜を25℃で10分間浸漬した。次いで、被覆されたPET膜を取り出し、これを室温で乾燥させた。PET膜表面の絹タンパク質膜を不溶化するため、被覆されたPET膜を50%メタノール水溶液に5分浸漬し、引き上げて室温で乾燥させた。こうしてできた処理膜を上記不溶化処理しなかった膜の場合と同様にATRスペクトルの分析測定を行った。
【0082】
その結果、家蚕絹フィブロイン膜単独の場合は、PET膜に基づく吸収の他に家蚕絹フィブロイン膜による吸収が、また、柞蚕絹フィブロイン膜単独の場合は、PET膜に基づく吸収の他に柞蚕絹フィブロイン膜による吸収が、また、ハイブリッド膜の場合は、PET膜に基づく吸収の他に家蚕絹フィブロイン膜と柞蚕絹フィブロイン膜とによる吸収が認められた。このことは、PET膜の表面に家蚕絹フィブロイン膜、柞蚕絹フィブロイン膜、ハイブリッド膜が被覆されていることを意味している。
次いで、PET膜表面を家蚕絹フィブロイン膜、柞蚕絹フィブロイン膜、および家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜で被覆したものを用いて、PET膜に対する各被覆膜の剥離抵抗を上記方法で評価した。
【0083】
その結果、家蚕絹フィブロイン膜単独、野蚕フィブロイン膜単独の場合は、ややはがれ易い傾向を示したが、ハイブリッド膜の場合は、はがれ難く、膜の付着安定性に優れている傾向を示した。PET膜表面とBF膜との相互作用およびPET膜表面とTF膜との相互作用よりも、PET膜表面とハイブリッド膜(BF+TF膜)との相互作用の方が強いことが明らかとなった。すなわち、BF単独またはTF単独の膜とPET膜とは機械的な摩耗により剥離し易いが、BFとTFとのハイブリッド膜とPET膜とは強い相互作用が働くため剥離し難いことが分かる。
【0084】
(実施例9:複合膜表面での細胞増殖性)
実施例1、2および3に従ってそれぞれ調製した家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)、およびハイブリッド膜(BF+TF膜)について、上記方法に基づいて家蚕細胞(Bm細胞)および柞蚕細胞(Ae細胞)の増殖状態を観察した。得られた結果は、両細胞とも同じ傾向を示したので、Bm細胞の結果を表2に示す。
(表2)
JP0003772207B2_000003t.gif
【0085】
表2において、±は、細胞増殖程度が対照区のポリスチレン表面とほぼ同じかやや優れていることを意味し、+は、細胞増殖程度がポリスチレン表面よりも目視で優れていることを意味する。
表2から明らかなように、家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)および野蚕絹フィブロイン膜(TF膜)で培養基表面を被覆した場合の表面での昆虫細胞増殖状態よりも、BFとTFとのハイブリッド膜で培養基表面を被覆した場合の表面での細胞増殖状態の方が良好であった。
【0086】
(実施例10:最適生分解条件)
本実施例は、以下の実施例における生分解の最適条件を決めることを目的とする。これは、酵素の種類や濃度を変えても酵素活性が最大に保たれるように、緩衝液を選び、pHなどを調整する必要があるからである。
酵素による生分解性生体高分子材料の分解挙動を評価するための最適条件は次の通りである。酵素、酵素活性、および最適な緩衝液pHなどの最適条件を表3に集約した。生分解温度は37℃とした。酵素としては、キモトリプシン、コラゲナーゼおよびプロテアーゼの3種類を用いた。緩衝液量は生体材料の250倍とし、570時間以内の生分解挙動を調べた。培養液1mL当たりの酵素重量mgで酵素濃度を表示した。キモトリプシンはシグマアルドリッチジャパン株式会社製、コラゲナーゼ(Type F)はシグマアルドリッチジャパン株式会社製、また、プロテアーゼはシグマアルドリッチジャパン株式会社製のものを用いた。
コラゲナーゼにより生分解実験をするための緩衝液はTES(N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸(和光純薬工業株式会社製)、キモトリプシン使用時の緩衝液はトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(2-アミノ-2-ヒドロキシメチル-1,3-プロパンジオール、和光純薬工業株式会社製)、また、プロテアーゼ使用時の緩衝液は燐酸カリウムを用いた。
【0087】
(表3)
JP0003772207B2_000004t.gif
【0088】
(実施例11)
本実施例では、家蚕絹フィブロイン膜または柞蚕絹フィブロイン膜の生分解挙動を検討した。
家蚕の繭層を1/4サイズに切断し、エタノール/ベンゼンの混合溶液(容積比1:2)を用いて、ソックスレー抽出器で試料に含まれるワックス、色素を除去した。次に、繭糸試料をマルセル石鹸0.2%、炭酸ナトリウム0.05%の混合溶液中に入れ、98℃で30分間煮沸し、繭糸外層の膠着物質のセリシンを取り除いた。この際、試料と混合溶液の浴比は1:100とした。こうして調製した家蚕絹フィブロイン繊維10gを8.5Mの臭化リチウム水溶液中に浸漬し、55℃以上で15分処理し、絹タンパク質繊維を溶解せしめた。この中性塩水溶液をセルロース製の透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、室温の純水に4日間入れ、リチウムイオンを完全に除いて、濃度0.2%の家蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。
【0089】
また、柞蚕由来の柞蚕繭糸を、繭糸重量に対して50倍量の0.1%過酸化ナトリウム水溶液中に浸漬し、98℃で1時間処理してセリシンおよびタンニンを除去した。セリシンおよびタンニンの除去された柞蚕絹フィブロイン繊維を55℃のチオシアン酸リチウム水溶液中に溶解させ、セルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、純水で透析し、濃度0.3%の柞蚕絹フィブロイン水溶液を調製した。
上記のようにして調製した0.2%の家蚕絹フィブロイン水溶液および0.3%の柞蚕絹フィブロイン水溶液を別々にポリエチレン膜の上に広げ、室温で乾燥固化して、家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)を調製した。
上記のようにして調製した家蚕フィブロイン膜および柞蚕絹フィブロイン膜について、各種酵素による生分解挙動と生分解時間(0、24、72、240、576時間)との関係を調べた。生分解時間に対する試料の重量残留率(%)の結果を表4に示す。なお、酵素濃度は0.2および0.5mg/mLの2区とした。
【0090】
(表4)
JP0003772207B2_000005t.gif
【0091】
表4における酵素濃度は、生分解培地1mL当たりに加えた酵素量をmgで表示したものである。
表4から明らかなように、家蚕絹フィブロイン膜はプロテアーゼで加水分解作用を受け易く、プロテアーゼ濃度0.2mg/mLの生分解実験において、生分解時間576時間で試料重量残留率は54.5%となった。また、同じ濃度のプロテアーゼを作用させた柞蚕絹フィブロイン膜試料の重量残留率は生分解576時間で86.2%となり、家蚕絹フィブロイン膜は、プロテアーゼの作用で柞蚕絹フィブロイン膜より加水分解し易いことがわかる。
【0092】
(実施例12:結晶化度指数)
家蚕絹フィブロイン膜が生分解する時に、生分解の経過時間につれて、膜の重量変化や加水分解反応が進行する。本実施例は、この生分解過程で家蚕絹フィブロイン膜自体にどのような微細構造の変化があるかを明らかにするために、膜の結晶化度を検討した。
各種の酵素で所定時間生分解した家蚕絹フィブロイン膜について、上記方法に従って結晶化度指数(CI)を求めた。なお、CIは単位を持たない。得られた結果を表5に示す。
【0093】
(表5)
JP0003772207B2_000006t.gif表5から明らかなように、酵素による加水分解反応で、家蚕絹フィブロイン膜の非結晶部分が流出し、その結果、結晶領域が増加することが分かる。
【0094】
(実施例13:絹糸の生分解挙動)
実施例11と同様にして家蚕絹糸および柞蚕絹糸の生分解挙動を試料の重量残留率に基づき検討した。得られた結果を表6に示す。
【0095】
(表6)
JP0003772207B2_000007t.gif
【0096】
表6から、重量残留率の点からは、家蚕絹糸も柞蚕絹糸もほとんど生分解していない結果となった。しかし、生分解過程では、重量変化に加えて微細構造の変化、劣化が進行する可能性がある。そこで、以下の通り、生分解過程における家蚕絹糸の劣化について強度および伸度の面から検討した。
プロテアーゼ、コラゲナーゼ、キモトリプシンの各酵素を含む培地に家蚕絹糸を所定時間入れて生分解を行い、各経過時間における生分解後の絹糸の強度と伸度とを測定した。得られた結果を表7に示す。
【0097】
(表7)
JP0003772207B2_000008t.gif
【0098】
表7において、酵素の後の( )内は酵素濃度を示し、培地1mLあたりの酵素量(mg)を表す。また、家蚕絹糸の強度単位(N)からkgへの変換は、式:(強度の値)/9.81に基づいて行われる。表中、例えば4.68Nは477.1gに相当する。
表7から明らかなように、家蚕絹糸は、生分解時間の経過と共に強度も伸度も減少している。表6の結果では一見生分解していないように観察されたが、家蚕絹糸は生分解により劣化が進行していることが分かる。
【0099】
(実施例14:ハイブリッド膜の生分解性)
実施例3に従って調製した家蚕絹フィブロイン(BF)と柞蚕絹フィブロイン(TF)とのハイブリッド膜試料、および実施例4に従って調製した家蚕絹フィブロイン(BF)とセルロース(Cell)とのハイブリッド膜試料について、プロテアーゼで加水分解した時の生分解時間と試料の重量残留率(%)との関係を調べた。得られた結果を表8に示す。
【0100】
(表8)
JP0003772207B2_000009t.gif
【0101】
表8における「酵素の有無」の欄において、記号「無」と記した区はプロテアーゼが含まれず緩衝液のみからなる水溶液での分解実験を意味し、記号「有」と記した区は、プロテアーゼと緩衝液とを含む酵素分解水溶液を用いた分解実験を意味する。また、BF:TF(4:6)は、家蚕絹フィブロイン40%、柞蚕絹フィブロイン60%を含むように家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液とを混合し、それを乾燥固化して得たハイブリッド膜を意味し、BF:Cell(8:2)は、家蚕絹フィブロイン80%、セルロース20%を含むように調製したハイブリッド膜を意味する。
表8から明らかなように、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとのハイブリッド膜(BF:TF膜)において、柞蚕絹フィブロイン含量が増加することでハイブリッド膜は全体として生分解し難くなる。また、家蚕絹フィブロインとセルロースとからなるハイブリッド膜(BF:Cell)においてもセルロース含量が増加すると生分解し難くなる。
【0102】
(実施例15:家蚕絹フィブロインと羊毛ケラチンとのハイブリッド膜)
まず、羊毛ケラチン水溶液を次のようにして調製した。
メリノ種羊毛(64’S)に含まれる色素、脂肪分を、ベンゼン/エタノール(50/50容積%)の混合溶媒を用いて、ソックスレー抽出器で2.5時間処理することにより除去した。
【0103】
三つ口フラスコを用意し、その一つの口には三方コックを介して乾燥窒素ボンベからのゴム管を接続し、別の口には反応系のpH調節のためのpH電極を常時挿入し、残りの口は必要な薬剤投与用として利用した。繊維長が約1cmとなるように細断した8.18gのメリノ種羊毛繊維を三つ口フラスコに投入し、これに450mLの8M尿素水溶液を加えた。窒素ガスでパージし、アスピレーターで15分間三つ口フラスコ内を45mmHg程度に減圧し、次いで、急激に大気圧に戻す操作を3~4回繰り返した。このようにして三つ口フラスコ内の羊毛繊維間に含まれる空気を完全に除去し、尿素水溶液とケラチン分子との反応が効率的に行えるようにした。窒素置換が完了した後、三つ口フラスコ内に、還元剤として、4.8mLのメルカプトエタノールを加えて、8M尿素水溶液中で2~3時間放置した。次いで、約100mLの5N-KOH水溶液を微量づつ加え、三つ口フラスコ内の混合水溶液のpHを10.5に調節した。室温で3時間かけて羊毛繊維が完全に溶解するのを待った。繊維状の羊毛繊維が溶解したものがケラチン水溶液である。このケラチン水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸でくくって、純水で2日間透析した。得られたケラチン水溶液を、送風乾燥させたり、あるいは必要により純水を加えることにより、所定濃度のケラチン水溶液を調製した。
【0104】
上記のようにして調製した0.01%のケラチン水溶液450mLに室温で9.5gのヨード酢酸を加え、ケラチンのS-カルボキシメチル化反応を1時間行った。5N-KOH水溶液でケラチン水溶液のpHを8.5に調整して、S-カルボキシメチルケラチン水溶液を得た。この水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を縫い糸くくって、純水で2日間透析した。
【0105】
(実施例16:家蚕絹フィブロイン膜および家蚕絹糸の重量平均分子量)
家蚕絹フィブロイン膜および家蚕絹糸を酵素分解し、十分に水洗し、乾燥した試料についてHPLC測定を行い、重量平均分子量を求めた。得られた結果を表9に示す。
【0106】
(表9)
JP0003772207B2_000010t.gif
【0107】
表9において酵素欄の( )内は、酵素濃度であり、0.2とは培地1mL当たり酵素0.2mgを含むことを意味する。
表9から明らかなように、家蚕絹フィブロイン膜は、酵素による処理時間の経過と共に、分子量が12万Dから次第に低下していた。すなわち、コラゲナーゼ、プロテアーゼの作用により、生分解時間408時間で重量平均分子量は、ほぼ9.4万D、10万Dとなり、また、キモトリプシンの作用により、同じ生分解時間で重量平均分子量は12万Dからほぼ5.4万Dへと急激な低分子化が進むことが確認された。未処理の家蚕絹糸の分子量はほぼ23万Dであり、酵素作用を受けても重量平均分子量の低下は軽微であった。
【0108】
(実施例17:生分解処理にともなう重量平均分子量変化)
実施例1に従って調製した家蚕絹フィブロイン膜をコラゲナーゼ、キモトリプシン、プロテアーゼの3種類の酵素で所定時間(72、240、408時間)加水分解した後、十分に水洗して試料を調製した。それぞれの生分解の経過時間毎の加水分解試料の重量平均分子量およびピーク分子量を評価した。なお、重量平均分子量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。得られた結果を表10に示す。
【0109】
(表10)
JP0003772207B2_000011t.gif
【0110】
表10において、酵素欄の( )内の時間は、生分解の経過時間を示す。
表10から明らかなように、家蚕絹フィブロイン膜は、酵素の作用を受けるとその重量平均分子量が12万Dから生分解時間の経過につれて低下するが、生分解時間72時間以降の変化は小さくなることが分かった。特に、コラゲナーゼおよびキモトリプシンの場合、重量平均分子量とピーク分子量は生分解時間の経過につれて低下する。一方、プロテアーゼの場合、重量平均分子量は生分解時間の経過につれて低下するが、その低下の程度は小さく、また、ピーク分子量はキモトリプシンと同程度の低下を示す。
【0111】
(比較例1:生分解処理に伴う家蚕絹糸の分子量変化)
家蚕絹糸をコラゲナーゼ、キモトリプシンおよびプロテアーゼで加水分解した時、生分解時間の経過につれて家蚕絹糸試料の分子量がどのように変化するかを高速液体クロマトグラフィーで評価した。得られた結果を表11に示す。
【0112】
(表11)
JP0003772207B2_000012t.gif
【0113】
表11における酵素欄の( )内の時間は生分解の経過時間を示す。
表11から明らかなように、家蚕絹糸は、家蚕絹フィブロイン膜の場合(実施例17)と比べて、酵素が作用しても重量平均分子量およびピーク分子量の低下が起こり難いことが分かる。そのため、絹糸は生分解性を要求される用途には有用ではなく、生分解性の材料としては、家蚕絹フィブロイン膜や柞蚕絹フィブロイン膜などが優れている。
【0114】
(実施例18:生分解速度)
家蚕絹糸および柞蚕絹糸、実施例1に準じて調製した家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、実施例2に準じて調製した柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)、実施例3に準じて調製された家蚕絹フィブロイン/柞蚕絹フィブロインからなるハイブリッド膜(BF+TF膜)、実施例4に準じて調製した家蚕絹フィブロイン/セルロースからなるハイブリッド膜(BF+Cell膜)、ならびに上記方法に従って調製された家蚕絹フィブロイン/カルボキシメチルキチンからなるハイブリッド膜(BF+CMK膜)について、プロテアーゼ、コラゲナーゼまたはキモトリプシンで加水分解した際の生分解速度を試算した。得られた結果を表12に示す。なお、生分解速度とは、生分解時間50時間後の試料重量を生分解前の重量で割った値を%表示したものである。従って、試料が全く生分解しない場合は、生分解速度は0%/50時間である。
【0115】
(表12)
JP0003772207B2_000013t.gif
【0116】
表12において、BF:TFおよびBF:Cellは、それぞれ、家蚕絹フィブロイン(BF)と柞蚕絹フィブロイン(TF)とのハイブリッド膜、および家蚕絹フィブロイン(BF)とセルロース(Cell)とのハイブリッド膜を示し、それぞれの( )内の数値は、BFとTFとの組成比およびBFとCellとの組成比が、それぞれ100/0、80/20、60/40、40/60、20/80、0/100であることを示す。
表12から明らかなように、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとからなるハイブリッド膜をプロテアーゼで生分解する場合、柞蚕絹フィブロインを60~80%含んだハイブリッド膜は、実施例13で示した試料の重量残留率の場合と同様に、生分解速度の面からも生分解が実質的に起きないことが分かる。家蚕絹フィブロイン単独または柞蚕絹フィブロイン単独ではみられない性質である。
【0117】
(実施例19:形態の異なる複合体)
家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液との混合水溶液をビーカーに入れ、これに希薄酢酸水溶液を少量ずつ加えて、水溶液全体のpHを2.5に調整し、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとのゲル状物を調製した。 また、かくして得られたゲル状物の水分を除去することなく公知の方法に従って凍結乾燥し、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとの多孔質体を調製した。
さらに、家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液との混合水溶液をポリエチレン膜の上に広げて水分を蒸発乾燥固化し、透明な複合膜を製造した。
さらにまた、家蚕絹フィブロイン水溶液と柞蚕絹フィブロイン水溶液との混合水溶液に酢酸を加え、pHを3.0に調整した後、公知の方法に従って凍結乾燥し、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとからなるハイブリッド粉末を得た。
【0118】
(実施例20:アミノ酸分析)
家蚕絹フィブロイン膜をプロテアーゼで加水分解して、生分解した試料のアミノ酸分析を行い、アミノ酸分析の結果と生分解時間との関係を調べた。得られた結果を表13に示す。表13中、アミノ酸残基の量は、mol%単位で表示した。
【0119】
(表13)
JP0003772207B2_000014t.gif
【0120】
表13において、Totalとは、アミノ酸分析で求められる全てのアミノ酸残基の合計をmol%で表示したものであり、Total-1とは、結晶領域を構成するGly、Ala、Serの合計を、また、Total-2とは、Glu、Aspなどの酸性アミノ酸残基(Acid)、Lys、Arg、Histなどの塩基性アミノ酸残基(Basic)ならびにその他のアミノ酸の合計を意味する。
表13から明らかなように、生分解処理した家蚕絹フィブロイン膜のアミノ酸分析には明瞭な一定の傾向が見られる。すなわち、絹フィブロインで結晶領域を構成する主要なアミノ酸であるGly、Ala、Serの合計量は、加水分解処理時間につれて次第に増加するのに対して、Tyr、酸性アミノ酸および塩基性アミノ酸などの嵩高く極性側鎖のアミノ酸の合計量は減少する。従って、生分解処理が進むと、絹フィブロインのアミノ酸組成は上記したように結晶領域を構成するアミノ酸組成に類似した組成へと変化していることから、絹フィブロインに酵素が作用するには、まず、酵素が浸入し易い非結晶領域に作用し、加水分解を引き起こすものと考えられる。酵素が入り難い結晶領域は生分解処理後も依然として残存し、結晶性アミノ酸を主要な化学構造へと変化することになった。
【0121】
(実施例21:金属イオンの吸着)
上記金属イオンの吸着方法に従って調製した金属塩水溶液として、0.5mMの硝酸銀(AgNO)水溶液および硝酸銅(Cu(NO))水溶液を用いた。それぞれの水溶液に、実施例1に準じて調製した家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、実施例2に準じて調製した柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)、実施例3に準じて調製した家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとの複合膜(重量比で80:20および50:50のBF+TF膜)を25℃で30分間浸漬して、銀イオン、銅イオンを吸着させ、各試料に吸着した金属イオン量を測定した。
また、トマトかいよう病細菌に対する、上記のようにして銀イオンを吸着させた各種生分解性高分子膜の抗菌活性を評価した。
得られた金属イオン吸着量及び抗菌活性についての結果を表14に示す。
【0122】
(表14)
JP0003772207B2_000015t.gif表14から明らかなように、家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとを複合させたものは、家蚕絹フィブロイン単独、柞蚕絹フィブロイン単独の場合よりも多くの金属イオンを吸着するようになり、その結果、植物病原細菌の増殖を効率的に阻害することができる。このように、絹フィブロインの複合物は金属吸着体として、また、抗菌性素材として利用できる。
【0123】
(実施例22:絹タンパク質膜の光線透過率)
家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)、および家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとを重量比で80:20、50:50の割合でハイブリッド化して得た複合膜(BF+TF膜)に対して、島津自記分光光度計(W-2100S型)を用いて透過率スペクトルを測定した。なお、この測定されたスペクトルは、表面反射の要因も含む透過率スペクトルである。得られた光線透過率を表15に示す。
【0124】
(表15)
JP0003772207B2_000016t.gif表15から明らかなように、家蚕絹フィブロイン単独および野蚕絹フィブロイン単独の膜よりも、複合膜の方が光をよく透過すること、すなわち、より高い透明度を有していることが分かる。
【0125】
(実施例23:薬物徐放性)
実施例3に準じて調製した、2%家蚕絹フィブロイン水溶液と2%柞蚕絹フィブロイン水溶液との等量混合水溶液に、アセチルサルチル酸5mgを50mLの水に溶かした水溶液を静かに添加した。室温に静置した混合水溶液は次第にゲル化した。このゲル化物を-10℃でいったん凍結させた後、真空乾燥させ、アセチルサルチル酸を含む複合多孔質体を製造した。この複合多孔質体をプロテアーゼ2mg/mLを含む酵素溶液で所定時間(24時間、72時間)消化させ、この過程で複合多孔質体から徐放した薬物量を、島津製作所製のUV吸光度測定装置(UV-200S)を用い、206.9nmにおけるUV吸光度により評価した。得られた結果を表16に示す。なお、表16におけるUV吸光度は、所定時間生分解した後、複合多孔質体から徐放した薬剤を含む酵素溶液のUV値から、生分解0時間の酵素溶液のUV値を減じた値である。
また、対照として、家蚕絹フィブロイン(BF)単独および柞蚕絹フィブロイン(TF)単独の多孔質体についても、上記複合多孔質体の場合と同様にして徐放性を評価した。
【0126】
(表16)
JP0003772207B2_000017t.gif表16から明らかなように、生分解時間の経過に伴う吸光度の増加量の変化から、アセチルサルチル酸を含む複合多孔質体の場合は、アセチルサルチル酸を含む家蚕絹フィブロイン単独あるいは柞蚕絹フィブロイン単独の多孔質体よりも長時間かかって薬物を徐放することが分かる。これは、複合膜が薬物徐放機能を有することを示す。
【0127】
(実施例24:複合膜のFT-IR)
実施例1に従って調製された家蚕絹フィブロイン膜(BF膜)、実施例2に従って調製された柞蚕絹フィブロイン膜(TF膜)、実施例3に従って調製された家蚕絹フィブロインと柞蚕絹フィブロインとからなる複合膜(BF+TF膜)、実施例18で用いた家蚕絹フィブロインとカルボキシメチルキチンとからなる複合膜(BF+CMK膜)、柞蚕絹フィブロインとカルボキシメチルキチンとからなる複合膜(TF+CMK膜)、CMK単独の膜、家蚕絹フィブロインとポリビニルアルコールとからなる複合膜(BF+PVA膜)について、FT-IR測定を行った。波数2000~500cm-1の領域に現れる吸収スペクトルの波数位置を調べた。得られた結果を表17に示す。なお、吸収のスペクトル強度の微少なものは省略したものもある。
(表17)
JP0003772207B2_000018t.gif表17において、TF+CMK(2:8)は、柞蚕絹フィブロインとカルボキシメチルキチンとが20:80の重量比になるように混合して調製された複合膜を意味する。また、BF+PVA(2:8)は、家蚕絹フィブロインとポリビニルアルコールとが20:80の重量比になるように混合して調製された複合膜を意味する。
表16から明らかなように、家蚕絹フィブロインと第二物質との複合体、野蚕絹フィブロインと第二物質との複合体のIRスペクトルにおいて、家蚕絹フィブロイン、野蚕絹フィブロイン、野蚕絹フィブロイン、野蚕絹フィブロインと第二物質との複合体では、2種類の構成成分のスペクトルが重複して現れるのみで構成成分以外のスペクトルが現れないことが分かる。このことは、家蚕絹フィブロインと第二物質との間に新たな結合が生じていないことを示唆するものである。以上のことは、家蚕または野蚕絹フィブロインと、セルロース、キチン、キトサン、キトサン誘導体、羊毛ケラチン、ポリビニルアルコールなどからなる第二物質とからなる複合体において、家蚕または野蚕絹フィブロインと第二物質とは化学結合、共有結合による結合は一切なく、両成分の分子間の水素結合による凝集作用があるだけである。これは、複合体を調製するに際して、各水溶液が急激に混合して凝固してしまわないように配慮しながら、静置し、所望により両分子が凝集しないように静かに攪拌した水溶液を基板表面上に広げ、特別な分子架橋剤を用いることなく蒸発乾燥固化するだけでできる複合体であるからである。
【0128】
【発明の効果】
本発明の生分解性生体高分子材料は、昆虫生体高分子の家蚕絹フィブロイン単独、野蚕絹フィブロイン単独、あるいは家蚕または野蚕由来の絹フィブロインと、セルロース、羊毛ケラチン、キチン、キトサン、キトサン誘導体、およびポリビニルアルコールから選ばれた少なくとも1種類の化合物である第二物質とからなる複合体であり、これらの材料は生分解制御が可能である。
本発明の生分解性生体高分子材料は、生分解処理実験に先立って水不溶解化処理の必要性があるが、ホルムアルデヒドあるいはエポキシ化合物などの従来公知のタンパク質の分子間架橋剤を用いることも可能である。また、絹タンパク質膜については、メタノール、エタノールなどのアルコール水溶液に軽く浸漬処理したのち、室温で乾燥するなどの簡単な処理によっても複合体は水不溶性となる。
【0129】
ハイブリッドが生分解し易い程度は、家蚕絹フィブロイン膜あるいは野蚕絹フィブロイン膜の不溶化の程度、第二物質としてどの化合物を選ぶか、家蚕または野蚕絹フィブロインと第二物質の組成比、酵素の種類、酵素濃度、処理時間により決まるので、所望によりハイブリッドの製造条件、組成比、あるいは生分解条件を変えて適宜実施できる。
家蚕または野蚕絹フィブロインに第二物質をハイブリッドすることにより、ハイブリッド表面では家蚕または野蚕絹フィブロイン単独の表面あるいは第二物質単独の表面には見られない優れた生化学特性が発現するという顕著な効果が見られる。例えば、生体細胞の増殖率は、家蚕絹フィブロイン単独あるいは第二物質単独表面よりもハイブリッド表面の方が優れている。また、PETなど一般の有機高分子表面を被覆する被覆性能はハイブリッド材料を用いることで良好となり、皮膜の耐機械摩耗性能が向上する。
【0130】
本発明の生分解性生体高分子材料に、水溶性の医薬品や薬理成分などの有用物質を包括させると、体内で生分解性生体高分子材料が生分解されながら、医薬品や薬理成分を徐々に徐放するようにできるため、この材料は徐放性材料として用いることができる。
生分解性を軽微にするには、家蚕または野蚕由来の絹フィブロイン繊維を用いてもよいし、分解し易い材料にするには、家蚕絹糸または野蚕絹糸を中性塩で溶解し、これをセルロース透析膜で脱塩した水溶液を乾燥固化して得られる膜状試料を用いるとよい。家蚕絹フィブロイン膜は野蚕絹フィブロイン膜よりも生分解し易いため、生分解し難い家蚕絹フィブロインと野蚕絹フィブロインとの複合体にするには、野蚕絹フィブロイン含量を多くすると良い。
【0131】
本発明の生分解性生体高分子材料を生体内に埋め込んで使用すると、体内に存在するプロテアーゼなどの酵素作用で、最終的には水や二酸化炭素などの低分子にまで分解され、ついには体外に排泄される。生分解し易い家蚕絹フィブロイン膜は、生分解し難い家蚕絹フィブロイン繊維とは異なり、生体内に埋め込んでも比較的短時間で生分解する性質があるため、修復可能な損傷生体組織の治癒の一時的な補助のために、あるいは上記したように、薬物の徐放化にも用いることができる。吸収性材料は、切開創部縫合、止血、骨固定、組織再生用足場、癒着防止などの用途に用いることができる。
本発明の生分解性生体高分子材料は、タンパク質分解酵素により加水分解的に分解劣化するため、医薬品、生理活性物質などの有用物質を生分解生体高分子に包括しまたは固定したものを生体内に埋込むと、体液に含まれる酵素により生体高分子が分解しながら医薬品などを徐放する徐放担体としても利用できる。
【0132】
セルロース誘導体は食品添加剤、化粧品、医薬品添加剤、抗血栓剤のような医薬品にも活用されるため、家蚕絹フィブロインとセルロースとからなる複合体は、セルロースと同様の用途が期待できる。また、家蚕絹フィブロインにセルロースをハイブリッドすることで、特に乾燥時における家蚕絹フィブロインの機械的特性を改善することができる。さらに、家蚕または野蚕絹フィブロイン単独の膜よりも、家蚕または野蚕絹フィブロインにセルロースなどの第二物質をハイブリッドすることで、成形性や透明性が向上するとともに、細胞付着性の良い材料となる。
家蚕絹フィブロイン膜は、プロテアーゼにより比較的生分解し易い。そのため、この家蚕絹フィブロインと生分解が進み難い野蚕絹フィブロインとをハイブリッド化することで、家蚕絹フィブロイン単独の膜よりも生分解程度を抑制することができ、また、膜形成性、透明性も向上できる。
【0133】
本発明の生分解性生体高分子膜は、簡単な処理で生分解程度を制御することができる。また、ハイブリッドは、第二物質表面に強く付着しており、耐摩耗性も高いので、基質表面に被覆した材料表面では単独タンパク質よりも生体細胞の増殖性が向上するため、バイオ分野で利用できる細胞増殖基材として有用である。本発明の生分解性生体高分子材料を抗菌性金属イオン含有水溶液中に浸漬すると、この金属イオンを多量に吸着するので、金属イオンの吸着された材料は抗菌性繊維素材として有用である。また、この生分解性生体高分子材料を廃水中に浸漬すると、廃水中の金属イオンを吸着するので、廃水中の金属イオンを吸着するための繊維素材としても有用である。
【0134】
本発明の生分解性生体高分子材料はまた、使い捨ての衛材製品や家庭用品、止水材、土壌改良材、結露防止剤、農園芸用保水剤などの吸水性樹脂として利用可能な吸水特性を有しており、このような生分解性を有する吸水性材料を複雑な工程を経ることなく安価に提供することができる。そのため、従来から知られている吸水性樹脂の全ての用途に適用することができる。例えば、オムツや生理用品に代表される衛生分野、パップ剤用途などでの医療分野、廃泥ゲル化剤などとしての土木・建築分野、食品分野、工業分野、土壌改質剤や保水剤などとしての農業・園芸分野などの多種多様な分野に利用することができる。