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明細書 :細胞生育性に優れた改質絹粉末、その製造方法及びその利用

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第3851928号 (P3851928)
公開番号 特開2004-123683 (P2004-123683A)
登録日 平成18年9月15日(2006.9.15)
発行日 平成18年11月29日(2006.11.29)
公開日 平成16年4月22日(2004.4.22)
発明の名称または考案の名称 細胞生育性に優れた改質絹粉末、その製造方法及びその利用
国際特許分類 A61K   8/98        (2006.01)
A61K   8/64        (2006.01)
A61Q  19/00        (2006.01)
A61K  38/00        (2006.01)
A61L  27/00        (2006.01)
A61P  17/02        (2006.01)
FI A61K 8/98
A61K 8/64
A61Q 19/00
A61K 37/02
A61L 27/00 V
A61P 17/02
請求項の数または発明の数 9
全頁数 21
出願番号 特願2002-294330 (P2002-294330)
出願日 平成14年10月7日(2002.10.7)
審査請求日 平成15年7月4日(2003.7.4)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】501167644
【氏名又は名称】独立行政法人農業生物資源研究所
【識別番号】597094352
【氏名又は名称】坪内 紘三
発明者または考案者 【氏名】坪内 紘三
個別代理人の代理人 【識別番号】100103805、【弁理士】、【氏名又は名称】白崎 真二
審査官 【審査官】保倉 行雄
参考文献・文献 特開平08-198970(JP,A)
特開平05-228204(JP,A)
特開昭61-052280(JP,A)
特開2001-048989(JP,A)
特公昭57-011577(JP,B1)
調査した分野 A61K 8/00- 8/99
A61K 38/00
A61L 27/00
A61P 17/02
A61Q 1/00-99/00
特許請求の範囲 【請求項1】
分子量の低下した結晶性絹粉末の表面に、温和な処理条件下で精練し、該精練して得た前記絹粉末の分子量よりも高い分子量を有する絹物質を被覆したことを特徴とする細胞生育性を有する改質絹粉末。
【請求項2】
結晶性絹粉末の表面に被覆される絹物質の平均分子量が、4万以上である請求項1記載の改質絹粉末。
【請求項3】
結晶性絹粉末の表面に被覆される絹物質の平均分子量が、10万以上である請求項1記載の改質絹粉末。
【請求項4】
次の(1)~(6)の工程を順次行うことを特徴とする、細胞生育性を有し、かつ成形性、手触り、付着性、染色性等に優れた改質絹粉末の製造方法。
(1)生繭、乾繭、生糸、絹糸若しくはそれらの残糸、これら各糸により形成された織物、不織布、編物、またはそれらの加工工程で生じる残糸を、
(2)温和な処理条件下で精練し、
(3)精練して得た当該絹物質を中性塩水溶液に溶解させ、
(4)次いで、水に透析して得た絹物質の水溶液を、
(5)分子量の低下した絹粉末の粒子表面に被覆させ、
(6)次いで、乾燥し、粉砕する。
【請求項5】
分子量の低下した絹粉末が、繭糸、絹糸、生糸等の絹物質をアルカリ水溶液と接触させて絹糸の強度を低下させた後に、脱アルカリと乾燥を行い、次いで得られた絹物質を微粉砕することにより製造して得られる結晶性絹粉末であることを特徴とする請求項4記載の改質絹粉末の製造方法。
【請求項6】
分子量の低下した絹粉末が、繭糸、絹糸、生糸等の絹物質を中性塩を含む水溶液に溶解させた後、その中性塩を除去して絹物質水溶液を作り、次いでこの絹物質水溶液を攪拌して沈殿物を析出させ、この沈殿物を乾燥後に粉砕するか、又は前記絹物質水溶液に沈殿剤を添加して絹物質の沈殿を形成した後、この沈殿を分離し、乾燥粉砕するか、又は前記絹物質水溶液を凍結乾燥することにより製造して得られる結晶性絹粉末であることを特徴とする請求項4記載の改質絹粉末の製造方法。
【請求項7】
温和な処理条件下での精練が、大気圧下でアルカリ金属化合物濃度0.02~1.0%の水溶液中で2~30分、好ましくは炭酸ナトリウム濃度0.03~0.8%の水溶液中で5~40分、煮沸することからなる請求項4記載の改質絹粉末の製造方法。
【請求項8】
請求項4~7のいずれか1項記載の製造方法により得られる改質絹粉末からなる創傷被覆剤。
【請求項9】
請求項4~7のいずれか1項記載の製造方法により得られる改質絹粉末からなる化粧料。
発明の詳細な説明
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、優れた細胞生育性を有し、かつ成形性、手触り、付着性、染色性等に優れた改質絹粉末、その製造方法およびその医療分野、化粧品分野等での利用に関する。
【0002】
【従来の技術】
絹物質が生体適合性に優れた物質であることから、その医療素材、化粧品等への利用が注目されるようになり、各種の絹物質からなる素材が提案されている。
特に、創傷被覆材や化粧料基材として、各種の粉末状又はフィルム状の絹物質が提案されている。
そのような粉末状又はフィルム状の絹物質製品に関する提案例として、例えば(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7)等が挙げられる。
一方、本発明者らは、長年絹に関する研究を行ってきた中で、様々な粉末状又はフィルム状の絹物質の製造に関する提案を行ってきた。
その例を挙げれば、(特許文献8、特許文献9、特許文献10、特許文献11、特許文献12、特許文献13)等がある。
【0003】
これら従来の絹粉末の製造方法は、一般に、絹物質を酸や中性塩等を含む水溶液に溶解させた後、中和によって生成する塩を除去して、または中性塩を脱塩してフィブロイン水溶液を作り、この水溶液にアルコール等の沈澱剤を添加して絹フィブロインを沈澱させ、次いでこの沈澱物を分離し乾燥することにより行われる。
また、上記水溶液を凍結乾燥や噴霧乾燥、攪拌するなどして絹フィブロイン粉末を得るか、またはこれを粉砕して粉末を得る方法(化学的方法)、が知られている。
しかし、化学的方法で得た粉末であっても結晶化度を約75%以上に向上させ、粒子を6μm以下、好ましくは3μm以下にすれば、固形ファンデーションとして利用できる程度の成形性を有するようになる。
このような絹粉末の結晶性の程度は、粉末の水溶性と関連する。
【0004】
絹タンパクの分子量が10,000程度以上で、絹粉末粒子が水に溶解する場合を非結晶、水に溶解しない場合を結晶とし、重量で25%水に溶解する場合を結晶化度75%とし、結晶化度75%以上を結晶性とする。
一般に、これら化学的方法で得た絹粉末は、絹糸を物理的に粉砕して絹粉末を得る方法(いわゆる物理的方法)で得た粉末より結晶性が低く、成形性も十分ではない。
したがって、化学的方法で得た絹粉末の成形性を向上させるために、アルコール処理(例えばエチルアルコール70%、水30%の混合液で処理)をするか、熱水蒸気で処理することで結晶化度を上げる必要がある。
このような方法で結晶性の絹粉末となっても、絹糸の構造を残した結晶性の絹粉末より成形性は少し低い。
しかし、平均粒子径が10μm以下の結晶性の微粉末となれば、繊維の構造を残した結晶性絹微粉末と混合するなどして固形ファンデーションに成形できる。
【0005】
一方、物理的方法では、絹糸を物理的に粉砕して絹粉末を得る場合に、絹糸は本来高強度であるために、絹糸をそのまま微粉末化し、3 μm以下の粉末として得ることは困難である。
絹糸の粉砕においては粒子の大きさが3μmに壁があるといわれ(特許文献4参照)、3μm以下の絹粉末の製造方法の開発が期待されていた。
その後、本発明者らは、絹糸をアルカリ処理して絹糸の強度を低下した後に粉砕する方法により、結晶性絹超微粉末を得る方法(特許文献14参照)を開発した。
【0006】
この絹粉末は絹糸の構造を残した結晶性粉末で且つ水不溶性であり、極めて成形性がよく、手触りや染色性にも優れていること等から、各分野での利用が期待されるものである。
一方、絹タンパクは蚕が吐糸した繭を精練工程を経た後、各種加工手段により生糸、絹織物等に加工され、医療(手術用縫合糸)や化粧(パフ等)等の分野で利用されているが、最近になって、絹糸の加工工程で絹タンパクの分子量は低下することが分かってきた。
また、分子量が低下した絹タンパクは、ヒト細胞の生育促進性が低下することが明らかにされた(特許文献15参照)。
上記の従来の結晶性絹粉末の製造においては、絹糸はアルカリでかなり過酷な条件下で処理されることから、アルカリ処理後の絹タンパクは分子量が相当低下していると考えられる。
【0007】
上記各種提案例では、特に創傷被覆材や化粧料基材として要請される成形性や手触り、付着性等に優れた素材を得る目的で、素材の物理的要因、特に粒子の大きさや強度、結晶性等の観点からの研究開発を主としているものが多いが、生繭が本来有する未分解絹フィブロインの機能を重視し、その特性に着目して創傷被覆材や化粧料基材を製造するという観点からの研究開発例はほとんど見当たらない。
【0008】
本発明者らは、その後、さらに生繭の絹フィブロインについて研究を重ねる中で、生繭の絹フィブロインが実質的に分解変性されていない高分子量の絹フィブロイン(未分解絹フィブロイン)を得ることに成功した。
この未分解絹フィブロインは、従来、提案されてきた各種粉末状又はフィルム状の絹フィブロインと比較し、著しくヒト細胞生育性に優れていることを見出し、この知見に基づき先に提案を行った(特許文献15、特許文献16、特許文献17参照)。
【0009】
成形性や手触り、付着性, 染色性等に優れた絹微粉末である上記(特許文献14参照)の結晶性絹超微粉末等は、化粧用への利用が進められているが(特許文献8参照)、これらの絹粉末は絹糸をアルカリで長時間処理しているため、絹タンパクの分子量が低下していることが確認されている(非特許文献1参照)。
絹タンパクは熱、光、酸やアルカリ等で分子量が低下し易く、分子量が低下した絹タンパクは細胞生育性も低下することが確認された(特許文献15参照)。
分子量が低下し、細胞生育性が低下した結晶性絹粉末であっても、絹糸の構造を残していれば、成形性や手触り、染色性等に優れている。
従って、これらの結晶性絹粉末の細胞生育性の機能を向上できれば、スキンケア用素材として化粧品、医薬品、医薬部外品等、またコーティング素材や合成樹脂への複合素材としてその利用性は更に一層高まることが期待される。
【0010】
【特許文献1】
特開2001ー54359号公報
【特許文献2】
特開平5-228204号公報
【特許文献3】
特開平5-168690号公報
【特許文献4】
特開平4-337331号公報
【特許文献5】
特開平2-34171号公報
【特許文献6】
特開昭61-52280号公報
【特許文献7】
特公昭57-11577号公報
【特許文献8】
特開2001-26517号公報
【特許文献9】
特開平11-253155号公報
【特許文献10】
特開平11-104228号公報
【特許文献11】
特開平11-70160号公報
【特許文献12】
特開平9-192210号公報
【特許文献13】
特開平8-198970号公報(特許第2615440号)
【特許文献14】
特開2001-48989号公報
【特許文献15】
特開2001-364489号公報
【特許文献16】
特開2001-163899号公報
【特許文献17】
特開2001-180169号公報
【非特許文献1】
H.Yamadaら著:Materials Science & Engineering C,14.P.41-46(2001)。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、特に細胞生育性に優れ、しかも成形性や手触り、展延性、付着性、染色性等にも優れた改質絹粉末、及びその改質絹粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、従来の絹フィブロインの製造法について種々検討した結果、従来公知の絹物質の製造方法では絹フィブロインは分解して低分子化していることを明らかにした。
すなわち、従来の絹糸生産方法である生繭-乾繭工程-煮繭工程-繰糸工程-生糸-精練工程-絹糸においては、生繭や乾繭の保存状態、保存期間及び各工程の温度や時間条件で絹フィブロインの分解程度は異なるが、生糸の段階までに未分解フィブロインは低分子化され易く、その後の精練工程においては、更に絹フィブロインは分解して低分子化していることが、電気泳動法による分析によって始めて明らかにされた(例えば、特許文献16参照)。
このような分解、低分子化により分子量が約4万或いはそれ以下に低下した絹又は絹糸フィブロインには細胞増殖促進効果は殆どない。
【0013】
一方、従来の粉末状絹物質も、その製造過程で過酷な化学的、物理的処理に付され、低分子化されている。
また、製造後の保存過程で弱い紫外線や放射線、或いは低い熱等であっても、それに長時間さらされていると低分子化しているから、細胞生育性も低下している。
そこで、本発明者らは、低分子化され、細胞生育性が低下した従来の粉末状絹物質表面に、温和な処理条件下で精練して得た低分子化の度合いが少なくて、細胞生育性の低下の程度が少ない絹物質の水溶液を被覆することにより、特にヒト細胞生育性に優れ、かつ成形性や手触り、付着性、染色性等にも優れた絹粉末を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0014】
すなわち、本発明は、(1)、分子量の低下した結晶性絹粉末の表面に、温和な処理条件下で精練し、該精練して得た前記絹粉末の分子量よりも高い分子量を有する絹物質を被覆した細胞生育性を有する改質絹粉末に存する。
【0015】
そして、(2)、結晶性絹粉末の表面に被覆される絹物質の平均分子量が、4万以上である前記1記載の改質絹粉末に存する。
【0016】
そしてまた、(3)、結晶性絹粉末の表面に被覆される絹物質の平均分子量が、10万以上である上記2記載の改質絹粉末に存する。
【0017】
そしてまた、(4)、次ぎの(1)~(6)の工程を順次行う細胞生育性を有し、かつ成形性、手触り、付着性、染色性等に優れた改質絹粉末の製造方法に存する。
(1)生繭、乾繭、生糸、絹糸若しくはそれらの残糸、これら各糸により形成された織物、不織布、編物、またはそれらの加工工程で生じる残糸を、
(2)温和な処理条件下で精練し、
(3)精練して得た当該絹物質を中性塩水溶液に溶解させ、
(4)次いで、水に透析して得た絹物質の水溶液を、
(5)分子量の低下した結晶性絹粉末の粒子表面に被覆させ、
(6)次いで、乾燥し、粉砕する。
【0018】
そしてまた、(5)、分子量の低下した絹粉末が、繭糸、絹糸、生糸等の絹物質をアルカリ水溶液と接触させて絹糸の強度を低下した後に、脱アルカリと乾燥を行い、次いで得られた絹物質を微粉砕することにより製造して得られる結晶性絹粉末である上記4記載の改質絹粉末の製造方法に存する。
【0019】
そしてまた、(6)、分子量の低下した絹粉末が、繭糸、絹糸、生糸等の絹物質を中性塩を含む水溶液に溶解させた後、その中性塩を除去して絹物質水溶液を作り、次いでこの絹物質水溶液を攪拌して沈殿物を析出させ、この沈殿物を乾燥後に粉砕するか、或いは前記絹物質水溶液に沈殿剤を添加して絹物質の沈殿を形成した後、この沈殿を分離し、乾燥粉砕するか、或いは前記絹物質水溶液を凍結乾燥することにより製造して得られる結晶性絹粉末である上記4記載の改質絹粉末の製造方法に存する。
【0020】
そしてまた、(7)、温和な処理条件下での精練が、大気圧下でアルカリ金属化合物濃度0.02~1.0%の水溶液中で2~30分、好ましくは炭酸ナトリウム濃度0.03~0.8%の水溶液中で5~40分、煮沸することからなる上記4記載の改質絹粉末の製造方法に存する。
【0021】
そしてまた、(8)、上記4~7のいずれか1の製造方法により得られる改質絹粉末からなる創傷被覆剤に存する。
【0022】
そしてまた、(9)、上記4~7のいずれか1の製造方法により得られる改質絹粉末からなる化粧料に存する。
【0023】
本発明の目的に沿ったものであれば、 上記1~9の中から選ばれた2つ以上を組み合わせた構成も採用可能である。
【0024】
【発明の実施の形態】
本発明では、細胞生育性、成形性、手触り、付着性、染色性等に優れた絹粉末を得るための原料絹粉末として成形性、手触り、付着性、染色性等に優れた絹粉末、例えば(特許文献13、特許文献14参照)等の結晶性絹粉末を用いることが好ましい。
本発明は、これらの結晶性絹粉末表面に、
1)生繭、乾繭、生糸、絹糸若しくはそれらの残糸、これら各糸により形成された織物、不織布、編物、またはそれらの加工工程で生じる残糸を、温和な処理条件下で精練して得た絹物質を中性塩水溶液に溶解させ、
2)次いで、水に透析して得た細胞生育性を有する絹物質水溶液(被覆用絹物質水溶液)を、
3)被覆(被膜ともいう)し、乾燥させた後、粉砕することにより、細胞生育性に優れ、しかも成形性や手触り、付着性、染色性等にも優れた改質絹粉末を提供するものである。
以下、項目を挙げて説明していく。
【0025】
1.被覆用絹物質水溶液
(1)本発明で用いる被覆用絹物質水溶液を調製するための原料絹物質には、生繭、乾繭、生糸、絹糸若しくはそれらの残糸、これら各糸により形成された織物、不織布、編物、またはそれらの加工工程で生じる残糸等が用いられる。
その他、温和な処理条件下で精練して得た平均分子量が4万以上の絹物質であれば、絹糸(精練によりセリシンの除かれた糸)、およびそれらの残糸等の屑物、これら各糸により形成された織物、不織布、編物等、及びそれらの加工工程で生じる残糸も使用可能である。
尤も、フィブロインにセリシンが含まれていても良い。
絹タンパクは分子量の低下と共に細胞生育促進性が低下することから、原料絹物質の分子量は高いほど好ましい。
原料となる絹物質は熱、酸やアルカリ、光(紫外線、放射線等)等による処理で分子量が低下し易いので、これらの処理は極力避けた方が良い。
その意味で、例えば、乾繭より生繭を使うことが好ましいといえる。
なお、本願明細書中では、「絹物質」を絹フィブロイン若しくはフィブロインまたは絹タンパクと云う場合もある。
【0026】
(2)原料絹物質の可溶化のための処理(精練)
原料絹物質は、何らかの処理を行わなければ、その水溶液を得ることができない。
これについては、蚕糸業で一般に行われている精練条件、例えば0.05%又はそれ以上の濃度の炭酸ソ-ダ水溶液中で生糸を長時間、例えば約2時間、或いはそれ以上の時間をかけて煮沸するような方法では、絹タンパクの分子量の低下をきたし、細胞生育性を有する高分子量の改質用絹物質を得ることができない。
【0027】
本発明においてアルカリ水溶液による温和な処理条件(精練条件)とは、絹フィブロインの分解が極力少なくなるようにpH、温度及び時間を選択した条件であり、特に処理時間を短くすることにある。
この処理液については、pH9.5~11.5のアルカリ水溶液では、大気圧下の沸騰温度で、2~40分の範囲内で条件を適宜変えて処理することが好ましい。
pHが9.5未満では精練が必ずしも充分でなく、pHが11.5を超えると絹フィブロインの分解が速く、コントロールが困難となる。
使用するアルカリ水溶液としては、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等のアルカリ性ナトリウム塩の水溶液が挙げられ、特に、炭酸ナトリウム水溶液は適度なバッファー効果があるため、好ましい。
【0028】
本発明では、特に従来の精練条件において採用されている一般的な濃度に比べ、更に一桁程度小さい濃度範囲の炭酸ソ-ダ水溶液中で煮沸処理することによって、絹フィブロインの分解の程度が極めて低い、被覆用絹物質を得ることができる。
すなわち、大気圧下でアルカリ金属化合物濃度0.02~1.0%の水溶液中で2~30分、好ましくは炭酸ナトリウム濃度0.03~0.8%の水溶液中で5~40分、煮沸するという温和な処理条件下で被覆用原料絹物質を精練することにより被覆用絹物質を得ることができる。
炭酸ナトリウム濃度が1.0%を越えると絹物質の分解が生じて分子量の低下が無視し得なくなり、0.02未満では精練に長時間を要し、好ましくない。
【0029】
絹タンパクの分子量低下に関して、精練等の薬剤、例えば炭酸ナトリウム水溶液における煮沸時の炭酸ナトリウムの濃度が濃いことと、煮沸時間が長いことは等価である。
したがって、温和な処理条件とは処理時間を短時間にする方が効率的であるため、この方法が好ましい。
例えば、未分解の被覆用原料絹物質を0.5%の炭酸ナトリウム水溶液で、大気圧下で攪拌しながら30分以内、好ましくは5分以内で煮沸精練を終えると良い。
0.05%の炭酸ナトリウムの場合は120分以内、好ましくは40分以内で煮沸精練を終えると良い。
【0030】
(3)被覆用絹物質の溶液化
被覆用絹物質を水溶液とするために、溶解剤として中性塩を用いる。
中性塩としては、例えば、塩化カルシウム、銅エチレンジアミン、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸リチウム、臭化リチウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。
被覆用絹物質を中性塩水溶液に溶解する工程では、中性塩にメチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール等のアルコールを添加することにより溶解を促進することができる。
【0031】
中性塩の濃度は中性塩の種類によって異なるが、いずれの中性塩においても、飽和水溶液又は50%(w/v)飽和以上の濃度が好ましい。
特に80%飽和水溶液以上の濃度が好ましい。
被覆用絹物質を塩化カルシウム—エチルアルコール—水の溶解系で溶解する場合は、85℃以下の温度でよく攪拌し、40分以内、好ましくは15分以内で溶解させた後、透析等により脱塩を行って被覆用絹物質の水溶液を調製する。
なお、脱塩には各種脱塩装置を使用できるが、半透膜を用いて水に透析する方法が効果的である。
【0032】
この絹タンパク水溶液の絹タンパクにはフィブロインだけでなく、セリシンが含まれていても良い。
分子量が4万以上であることが重要である。
なお、本発明において、分子量、或いは平均分子量とは、重量平均による分子量を意味する。
このような方法により、細胞生育性のある分子量4万以上、特に被覆用原料絹物質の種類によっては10万以上、更には20万以上の細胞生育機能の高い被覆用絹物質水溶液を得ることができる。
また、絹フィブロインのL鎖にはヒト皮膚に対する細胞生育促進性がある(特許文献17参照)ので、被覆要絹物資にL鎖が含まれていることが好ましい。
分子量約6万以上であればL鎖が含まれている。
【0033】
2.結晶性絹粉末
本発明で用いる分子量の低下した原料絹粉末(被覆される絹粉末)としては、(例えば特許文献13、特許文献14参照)等に示されるような結晶性絹粉末のほか、従来公知の分子量が低下した結晶性絹粉末を用いることができる。
例えば、繭糸、絹糸、生糸等の絹物質をアルカリ水溶液と接触させて絹糸の強度を低下した後に、脱アルカリと乾燥を行い、次いで得られた絹物質を微粉砕することにより製造して得られる結晶性絹粉末、或いは繭糸、絹糸、生糸等の絹物質、或いはそれらを半精練、完全精練した絹物質に光(紫外線、放射線等)を当てた後に粉砕して得た結晶性絹粉末、或いはそれらの絹物質を水を含む高圧下から急に気圧を下げた後に(いわゆる膨化粉砕した後に)、分繊して得た結晶性絹粉末を用いることができる。
これらの結晶性絹粉末は溶解の工程を経ていないため、絹糸の繊維構造を残している。
【0034】
一方、絹糸の繊維構造を残していない結晶性絹粉末としては、貯蔵中に分子量が低下したか、積極的な紫外線や放射線照射または熱処理等によって分子量が低下した繭糸、絹糸、生糸等の絹物質を絹物質を中性塩を含む水溶液に溶解させた後、その中性塩を除去して絹物質水溶液を作り、次いで、この絹物質水溶液に沈殿剤を添加して絹物質の沈殿を形成した後、この沈殿を分離し、乾燥するか、或いは前記水溶液を攪拌或いは凍結乾燥することにより製造して得られる粉末をアルコール処理や熱、水蒸気処理で結晶化した結晶性絹粉末などが挙げられる。
【0035】
一般に、絹粉末は、その粒子が小さくなるほど手触りが良くなる。
しかし、絹糸の構造(繊維構造)を残した結晶性粒子は、絹糸の構造が崩壊した又は一部崩壊した粒子に比べて固いため、手触りをよくするには粒子を小さくする必要がある。
本発明の結晶性絹粉末はその粒子径が10μm程度以下になると手触りが良くなる。
特に、6 μm程度以下では手触りが優れており、更に、3 μm程度以下では成形性が極めて優れている。
【0036】
粉末の成形性からみれば、絹糸を物理的に粉砕して得た粉末は通常絹糸の構造を残した結晶性絹粉末であるため、粒子の固さと表面の微細構造から成形性に優れた粒子となる。
しかし、粒子が小さ過ぎると成形性が低下する。
成形性に優れた粒子径には、一定の範囲があり、 絹粉末の場合は0.5~3. 0μmが好ましい。
したがって、結晶性絹粉末の平均粒子径が0.1μm以上10μm以下、好ましくは6μm以下、さらに好ましくは3μm以下(例えば0.5~3μm)のものが使用される。
【0037】
3.結晶性絹粉末表面への被覆用絹物質による被覆
上記1.で得た被覆用絹物質水溶液と2.の結晶性絹粉末を混合した後、乾燥させ、次いで粉砕して目的の改質絹粉末を調製する。
この粉砕は主として元の結晶性絹粉末の粒子に戻すための工程であり、元の結晶性絹粉末を粉砕するものではない。
【0038】
(1)被覆用絹物質水溶液と結晶性絹粉末との混合
結晶性絹粉末表面へ被覆用絹物質を被覆する際、被覆用絹物質水溶液の濃度が高い場合には溶液が粘性を帯びているため、絹粉末を均一に被覆しにくく、皮膜が厚くなり易い。
一方、濃度が薄い場合には、絹タンパクは絹粉末に均一に被覆し易いが、皮膜が薄くなる。
結晶性絹粉末を被覆用絹物質で被覆する場合、皮膜は厚くなるほど細胞生育性は向上するが、被覆された絹粉末の成形性は低下する。
また、結晶性絹粉末に被覆される被覆用絹物質皮膜の厚さは、結晶性絹粉末の特性である成形性、手触り、付着性、染色性等の性質を維持するために、0.01~1μm、特に0.05~0.5μmの範囲にあることが要請される。
絹タンパク皮膜の厚さは、絹タンパク水溶液の濃度と量に関係する。
【0039】
このような理由から、被覆用絹物質水溶液の濃度は0.1~12%、好ましくは1~6%にすると良い。
また、絹粉末全体が被覆用絹物質水溶液で濡れなければ、絹粉末の改質につながらないことから、被覆用絹物質水溶液の量は多いほど良いが、被覆用絹物質水溶液の量が絹粉末に対して多過ぎると、被覆用絹物質水溶液に浸漬した絹粉末と水溶液を分けなければならないため工程が多くなる。
絹粉末表面に被覆用絹物質水溶液が一様に濡れた状態で付着できる最適量は、絹粉末重量の0.5~2.0倍、好ましくは0.7~1.5倍である。
【0040】
(2)乾燥と粉砕
被覆用絹物質水溶液と絹粉末を混合した後に、これを乾燥することにより、絹粉末表面に細胞生育促進性を有する被覆用絹物質を被覆し、被覆される絹粉末の細胞生育性を向上させることができる。
このとき、濡れた状態の絹粉末は凝集して直径0.5~2mm程度の小さな塊になり易い。
また、塊が大きくなるほど乾燥後の粉砕が困難となるので、乾燥前、また乾燥時に濡れた状態の粉末をよくほぐして塊を小さくし、乾燥すると良い。
尚、乾燥後の粉砕の方法は、直径0. 5~2mm程度の小さな塊を粉砕して、元の結晶性絹粉末に戻すための工程であり、異なった種類の粉砕機を組み合わせて行うことが望ましい。
例えば、摩擦式粉砕法、打砕式粉砕法、気流式衝撃粉砕法等を併用して微粉末とする。
このように微細で、成形性および手触りや付着性、染色性等に優れた粉末を得るには、被覆用絹物質水溶液と絹粉末を混合する時の絹粉末が微細であればあるほど得られた改質絹粉末が微細となることはいうまでもない。
【0041】
4.改質絹粉末の染色性
改質絹粉末も絹タンパクから構成されているため、絹糸と同様に染色性に優れている。
従来、衣服として使われる場合の絹の染色法は全て使える。
特に、ベニバナ、キハダ、ウコン、クチナシ、アカネ、パプリカ等の植物色素、コチニールのような昆虫から抽出できる色素、さらに色繭の色素等は、温和な抗菌性があるため、皮膚ケア用改質絹粉末の染色として優れている。
染色はどの段階で行っても良い。
例えば、絹物質を染色しておく、或いは結晶性絹粉末を染色しておく。
特に結晶性絹粉末を細胞生育性を有する絹物質水溶液と混合するときに染色するのが効率的である。
【0042】
5.改質絹粉末の利用
改質絹粉末は皮膚等の細胞を生育促進する機能を有しているため、ヒトの皮膚を生き生きとさせる。
したがって、種々の利用が可能である。
【0043】
(1)粉末状としての利用
皮膚が荒れたり炎症を起こしている場合に、パウダー状の改質絹粉末を皮膚に付着、 塗布或いはすり込む。
また皮膚ケア風のクリームや軟膏と混合して使っても良い。
創傷被覆剤としては、改質絹粉末を、創傷部に、直接、添加付着させて使用する。
創傷部に改質絹粉末を添加付着する場合は、消毒液を添加した後に、また消毒液や他の皮膚ケア剤と同時に添加すると効果的である。
或いは、 改質絹粉末を改質絹粉末が通過できるシートまたは布帛に包み、 これを皮膚上ではたいて皮膚に付着させて使用する。
また、粘着シートに改質絹粉末を付着させてテープ状としたり、改質絹粉末自体を結合剤を介してシート状に形成したりし、傷口等に貼って使用することもできる。
【0044】
(2)固形パウダーとして利用
例えば、化粧用のアルミニウム製の容器に改質絹粉末を入れ、加圧成形して固形化すれば、パフで容易に剥離でき、固形ファンデーションとして利用できる。
この場合は染色、または着色することで利用範囲が更に広がる。
【0045】
(3)化粧品(化粧料)に対する添加材として利用
化粧料(例えば、ファンデーション、アイシャドー、口紅、頬紅、等)またはシャンプー、石鹸、歯磨き、等の化粧用洗剤に改質絹粉末を20%程度以下を添加する(改質絹粉末が添加された化粧料となる)。
また、リキッドファンデーションに、例えば化粧水(2%以下)、乳液(5%以下)、クリーム(10%以下)等に改質絹粉末を添加できる。
【0046】
(4)樹脂との複合
合成樹脂、例えばナイロン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニアルコール、アクリル、シリコン、ポリウレタン等のフィルム状、板状或いは繊維状の形の表面に、改質絹粉末を付着或いは練込んで利用する。
【0047】
【参考例1】
フィブロインの分子量と細胞生育促進性:
水1,000cc中に炭酸ソーダ5.0gを入れ、煮沸(100℃)し、煮沸中に家蚕の繭層10.0gを浸漬、攪拌して精練した。
精練時間は(1)5 分、(2)20分(3)60分、(4)130分、(5)180分とした。
それぞれの練減(セリシンの減少量)は、(1)22.3%、(2)24.5%、(3)25.1%、(4)25.5%、(5)26.2%であった。
(4)と(5)は99%以上がフィブロインと考えられる。
(1)~(3)のフィブロインには練減が少ないほど、セリシンが多く含有されている。
これらの絹タンパクについて、分子量(重量平均)と細胞生育性との関係を調べた。
【0048】
平均分子量測定はゲルクロマトグラフィーカラムを用い、試料を8Mウレア2/40mM Tris-H2SO4 (pH8)で溶出(0.6ml/min)し、275nmでモニターした。
分子量測定用のカラムはSuperdex200 Prep grade (ファルマシア)を使用した。
次に、(1)~(5)の細胞生育性については次のように測定した。
まず、絹の細胞培養容器へのコートは次のように行った。
【0049】
(1)~(5)の絹タンパク各0.01gを9MLiSCN1mlに溶解し、各溶解液を透析膜〔三光純薬社(製)、US36-32-100〕を用い50倍量の水で4回透析し、絹タンパク水溶液とした。
これら各絹タンパクの0.0025%溶液1mlを細胞培養用のシャーレ(35mmφ、ファルコン)に入れ、風乾し、PBS2mlで3回洗った後、再度、風乾し、70%エタノールで浸漬して滅菌した。
細胞は〔クラボウ(株)〕から購入したヒト皮膚線維芽細胞を使用し、また培地は〔クラボウ(株)〕から購入した皮膚線維芽細胞増殖用低血清培地を使用した。
培養は絹タンパクをコートしたシャーレ1枚につき培地2mlを入れ~7万の細胞を接種して3日間培養した。
細胞数の測定はシャーレ1枚につき培地2ml、アラマブルー〔IWAKI社(製)〕0.1mlを入れ、37℃で2時間後に570nm、600nmの吸光度から計算した色素の還元量を生育細胞数とした。
【0050】
絹タンパクをコートしなかったシャーレを対照区(100%)とし、絹タンパクをコートしたシャーレの細胞生育数を図1に示した(図1参照)。
図1の(0)は、蚕体内の未分解フィブロインの細胞生育性の値である。
(0)は家蚕の熟蚕の後部糸腺フィブロインから得たもので、(1)~(5)と同様に細胞生育性を測定した。
絹タンパクの分子量が低下するにしたがって、細胞生育性も低下した。
絹タンパクの分子量が約2~4万では細胞生育促進性は殆どないが、約4万以上では細胞生育促進性を明確に有している。
【0051】
以下、実施例について述べるが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
改質絹粉末の製造:
1) 絹粉末の調製
生糸(300g)の50倍量の水(151)に炭酸ソーダの濃度が0.05%となるように炭酸ソーダ(7.5g)を入れ、よく攪拌しながら60分煮沸し、水洗、乾燥した絹糸を絹粉末用の原料絹物質とした。
この絹糸を特許文献14の実施例2と同様な方法で、以下のように処理して粉末化した(特許文献14参照)。
まず、絹糸20g、炭酸ナトリウム4.5g、金属封鎖剤(クレワット)4.0g、ハイドロサルファイトナトリウム2.0g、水400gを同時に密閉容器に入れ、125℃で2時間処理した。
炭酸ナトリウムで処理後の絹糸を中和、水洗、乾燥した。
【0052】
次に、これを回転式衝撃粉砕機〔不二電気工業社(製)サンプルミルKI-1〕で打砕し、その後、再度攪拌擂漬装置〔石川式〕で摩砕し、これを気流式粉砕機〔日清製粉社(製)カレントジェットCJ-10〕で衝撃粉砕した。
得られた絹粉末の平均粒子径は(1)2.1μmであった。
この粉末の分子量を参考例1と同じ方法で、ゲルクロマトグラフィーカラムを用い測定した。
その結果、分子量は1.6万であった。
すなわち、絹糸をアルカリ処理後、粉砕して得られる絹粉末には、絹タンパクとしてヒト細胞生育促進性はない。
【0053】
2) 被覆用絹物質水溶液の調製
i)絹糸タンパク水溶液
家蚕の生繭層(蚕が作った繭を乾燥等の処理していない繭の繭層)100gを5 l、炭酸ナトリウム2.5gの中で5分煮沸した。
この間よく攪拌し、水洗、乾燥した。
繭層の練減は25.5%で、セリシンは精練によってほぼ除かれ、99%以上がフィブロインの絹糸と考えられる。
このように精練して得た絹糸を中性塩で溶解した。
絹糸の溶解は塩化カルシウム(98g )、エチルアルコール(81g )、水(127g)の溶解液の温度約80℃で、絹糸(40g )をよく攪拌しながら10分で溶解した。
溶解後は透析膜を用い、水で透析した。
得られた絹糸タンパク水溶液濃度は、(2)9.5%、分子量は25万であった。
これの一部を水で薄めて絹糸タンパク水溶液(3)4.5%および(4)2.0%を作った。
【0054】
ii) 繭層タンパク水溶液
塩化カルシウム(98g)、エチルアルコール(81g)、水(127g)の溶解液の温度約80℃に生繭層20gを入れ、攪拌しながら繭層を約40分で溶解した。
溶解後は透析膜を用い、水で透析した。
生繭層を溶解した繭層タンパク水溶液は、セリシン約30%、フィブロイン約70%から成り、分子量は12万、濃度は(5)3.0%であった。
絹糸タンパク水溶液および繭層タンパク水溶液のいずれのタンパクも分子量が4万以上で、参考例1から細胞生育促進性を有していることが明らかである。
【0055】
3) 絹タンパク水溶液と結晶性絹粉末の混合
前記2)i) の絹糸タンパク水溶液の濃度が(2)9.5%、(3)4.5%、(4)2.0%、および前記2)ii)の繭層タンパク水溶液濃度が(5)3.0%の4種それぞれについて、絹糸タンパク水溶液10gに、前記1の絹粉末100gを入れ、よく攪拌して混合し、塊を直径数mm程度以下に細かくした。
これら(2)~(5)のそれぞれを40℃の室内で乾燥した。
【0056】
4) 粉砕
前記3)の乾燥物をまず、攪拌擂漬装置で摩砕し、次いで、回転式衝撃粉砕機で打砕し、再度攪拌擂漬装置で摩砕後に、〔日清製粉社(製)カレントジェットCJ-10〕で気流衝撃粉砕した。
得られた絹粉末の平均粒子径は、前記3)に関する絹タンパク水溶液濃度4種について、それぞれ(2)4.2μm、(3)2.8μm、(4)2.3μm、(5)2.5μmとなり、 結晶性を有していた。
【0057】
【参考例2】
改質絹粉末の電気泳動像:
実施例1で得た改質前の結晶性絹粉末〔平均粒子径(1)2.1μm〕、および改質した結晶性絹粉末を使って平均粒子径(2)4.2μm、(3)2.8μm、(4)2.3μm、(5)2.5μmの各粉末について絹粉末に絹タンパクが被覆されているかどうかを、2-15%のアクリルアミドグラジェンドゲルを用いて調べた。
電気泳動後のアクリルアミドグラジェンドゲルは:CBB(染色液)で染色した。
但し、電気泳動像のCBBによる染色が淡い時は、銀染色(Silver Staining kit,Protein,ファルマシア)を行い、電気泳動像を対照のマーカーの分子量と比較しながら観察した。
【0058】
その結果、(1)の粉末は分子量約1~3 万にブロードなバンドが僅かに見られたのみである。
(2)の改質粉末は分子量20~30万にブロードなバンドのほかに、フィブロインのH鎖(分子量約35万)のバンドが僅かに見られ、L 鎖(分子量約2.5万)は明確に見られた。
(3)、(4)、(5)ではH鎖は明確に確認できるというほどでもないが、L鎖は認められた。
(2)の改質粉末に対し(3)(4)(5)の改質粉末の皮膜が少ないため、電気泳動像では、(3)(4)(5)は(2)より明確でなかったが、L鎖が認められていることから細胞生育促進性のある絹タンパクが被覆されている。
【0059】
【参考例3】
改質絹粉末の細胞生育性:
実施例1の改質絹粉末について、ヒト細胞に対する生育促進性を次のように測定した。
まず、絹糸をアルカリ処理後に粉砕して得た実施例1の結晶性絹粉末(1)平均粒子径2.1μm、およびこの粉末を絹糸タンパクで皮膜した実施例1の改質絹粉末、平均粒子径(3)2.8μmと繭層タンパクで被覆した改質絹粉末、平均粒子径(5)2.5μmについて、それらの細胞生育性を次のように測定した。
まず、細胞培養用のシャーレ(35mmφ、ファルコン)に、それぞれ(1)、(3)、(5)の結晶性絹粉末20μg( 培養液に対して1%) 、2 μg (培養液に対して0.1%) を別々に入れ、これに70%エタノールを入れ、結晶性結晶性絹粉末を浸漬して滅菌し、乾燥した。
【0060】
次に、これら結晶性絹粉末の入った細胞培養用シャーレに培養液を入れ、細胞を培養した。
細胞培養と細胞生育数の測定は参考例1と同様に行った。
結果を、表1に示した。
表1からわかるように、アルカリ処理によって得た結晶性絹粉末の細胞生育促進性は低い。
しかし、アルカリ処理によって細胞生育促進性の低下した結晶性絹粉末を、細胞生育促進性のある絹タンパクで被覆することで結晶性絹粉末の細胞生育促進性が向上した。
【0061】
【実施例2】
改質粉末の製造およびその成形性:
家蚕の生糸を生糸の50倍量の0.1%炭酸ナトリウム水溶液で1時間煮沸精練し、フィブロイン繊維(絹糸)とした。
この絹糸を原料物質として使用し、アルカリ処理を表2のように行った。
アルカリ処理後の粉砕は摩砕(攪拌擂漬装置、石川式)、打砕〔不二電気工業社(製)サンプルミルKI-1〕、気流砕〔日清製粉社(製)カレントジェットCJ-10〕の順に、粉砕機を変えて粉砕し、微粉末を得た。
また、この工程順で、打砕機の後に得た粉末を粗粉末とした。
さらに、表2、(3)の平均粒子径1.8μmφの微粉末を再度気流砕機を用いて粉砕・分級を行い、1.1μmと2.6μmの結晶性絹粉末を得た。
平均粒子径の異なるこれらのアルカリ処理絹粉末を絹糸タンパクで被覆し、改質絹粉末を作った。
被覆用の絹タンパクは実施例1と同じ絹糸タンパクの水溶液(濃度4.5%、タンパクの分子量25万)を作り、これを被覆用絹タンパクとして用いた。
【0062】
改質絹粉末は次のように作った。
まず、表2の方法で得た絹粗粉末、微粉末および粉砕・分級による各結晶性絹粉末10gに、濃度4.5%の絹タンパク水溶液(タンパクの分子量25万)100gを混合し、攪拌、乾燥した。
次に、乾燥物を摩砕-打砕-気流砕の順に粉砕した。
得られた改質絹粉末の平均粒子径を、表3に示す。
【0063】
次に、粒子径の異なるアルカリ処理結晶性絹粉末および改質絹粉末(表3)の成形性を支持梁を作り、その破断試験の破断値で、破断強度が大きいほど成形性が大きいと評価した。
支持梁を作る方法として、改質前の結晶性絹粉末および改質絹粉末を素材とし、梁(りょう)の成形は各粉末2.0gを10mm(W)×50mm(L)×30mm(H)の型に入れ、プレス機〔TOYOSEIKI社(製)、ミニテストプレス-10〕で50kg/cm2 の荷重で成形し、梁とした。
破断試験は、支持間隔4cmの平行な支持棒の上に梁を乗せ、2本の支持棒の中心において上から、支持棒に平行な円柱の棒(直径6mm)で、テンシロンUTM-II型装置を用い、荷重し、梁の破断強度を測定し、その結果を表3に示した。
【0064】
改質粉末の粒子径5μm程度以下で、その梁の破断強度が、改質前の粉末による梁に比べて10~40%低くなっている。
絹糸のアルカリ処理後に粉砕して得た結晶性絹粉末の成形性に対し、その粉末を改質した結晶性絹粉末の成形性は低くなってはいるが、破断強度から固形の化粧品として充分に優れた成形性を示している。
これら改質絹粉末の成形性は、平均粒子径10μm以下で優れていた。
さらに、これらの改質絹粉末(表3の平均粒子径1.3,2.2,3.0,3.9,5.7μm)のそれぞれ各8gを固形ファンデーション用のアルミパン(直径60mm、深さ5mm)に入れプレス機で10~150kg/cm2 の加圧を行い成形した。
成形された固形ファンデーションは化粧用パフで軽く摩擦するだけでよく剥離し、手触りに優れ、また皮膚によく付着する。
特に平均粒子径が1.3, 2.2, 3.0μmの改質絹粉末は30kg/cm2 の加圧で剥離性、付着性に優れた改質粉末となった。
【0065】
【参考例4】
絹物質を炭酸ナトリウム水溶液で煮沸精練する時の炭酸ナトリウム水溶液
の濃度と精練後の絹タンパクの分子量:
家蚕の生繭の繭層を炭酸ナトリウム水溶液で煮沸処理した場合、精練後の絹タンパクの分子量低下を電気泳動法で調べた。
煮沸処理は次のように行った。
水100gに対し、炭酸ソーダ0.5g(0.5%)と0.05g(0.05%)を入れたビーカーを、複数個、用意し、加熱、煮沸し、各ビーカーに繭層2.0gを入れよく攪拌した。
煮沸時間を5分、10分、20分、30分、45分、60分、90分、120分、150分、180分のように変え、煮沸中には十分攪拌した。
煮沸後は水洗、乾燥して電気泳動法による分子量測定用試料とした。
【0066】
電気泳動像は〔参考例2〕の方法で行った。
その結果、0.5%炭酸ナトリウム水溶液中で繭層を煮沸すると、煮沸時間が5分後にはフィブロインのH鎖が確認できず、L鎖と分子量10~30万にブロードなバンドが確認された。
煮沸時間が長くなるにしたがって、電気泳動像ではL鎖は薄く、ブロードなバンドは低分子側にブロードなまま移動した。
煮沸時間40分でL鎖は分解して電気泳動像では確認できなくなり、ブロードなバンドは分子量4万~10万にまで低下した。
炭酸ソーダ0.5%水溶液で5分および30分間煮沸された繭層は、炭酸ソーダ0.05%ではそれぞれ約40分および120分間煮沸されたに等しい結果であった。
【0067】
【実施例3】
改質絹粉末について、成人女子5名によるパネル実験を行い、接触感を評価した。
改質絹粉末は〔実施例2〕で製造し、表3に示した各結晶性絹粉末について、約1gを片方の前腕内側に置き、もう一方の手で結晶性絹粉末を押し当て、多方向に摩擦し、この時の接触感と10時間後の使用感をアンケート用紙に記入させた。
その結果を、表4に示した。
表4に示すように、アルカリ処理で得た結晶性絹粉末は粒子が小さくなるほど、皮膚に対する付着性、のび、なめらかさ等が良くなり、また、皮膚表面の水分を吸収し、発散させる等、付着時の手触り感に優れている。
この結晶性絹粉末を細胞生育性を有する絹タンパクで被覆した改質絹粉末では、付着時の手触り感に加えて、皮膚を生き生きさせるため快適性に優れていることが分かる。
以上本発明を説明したが、本発明はその目的に沿う限り、実施の形態や実施例の変更が可能である。
また皮革化粧用の体質粉体といわれるタルク、マイカ、カオリン等に対して、細胞生育性を有する絹物質を被覆することでも別の利用範囲は広がる。
【0068】
【発明の効果】
本発明によって、ヒト細胞生育性に優れ、成形性や手触り、展延性、付着性、染色性等にも優れた結晶性絹粉末を得ることができる。
本発明の改質粉末は、結晶性絹粉末のメリットに、更に被覆した高い分子量を有する絹物質のメリットを併せ持つことができる。
また、化学的方法によって得られたしかも低分子化した粉末であっても、アルコール処理や熱水蒸気処理等によって結晶化し、更に微粉砕して粒子を6 μm程度以下(好ましくは3μm程度)となった結晶性絹粉末を、細胞生育性のある絹タンパクで被覆することにより改質でき、皮膚ケア素材として化粧用に、或いは医療用に利用できる。
【0069】
【表1】
JP0003851928B2_000002t.gif
【0070】
【表2】
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【0071】
【表3】
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【0072】
【表4】
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【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、フィブロインの分解による分子量低下と細胞生育促進性の低下を示す図である〔図中の(0)~(5)は参考例1の絹タンパク(0)~(5)の値を示す〕。
図面
【図1】
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