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葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法 新技術説明会

国内特許コード P08A013512
掲載日 2008年6月13日
出願番号 特願2006-248762
公開番号 特開2008-067636
登録番号 特許第5019282号
出願日 平成18年9月13日(2006.9.13)
公開日 平成20年3月27日(2008.3.27)
登録日 平成24年6月22日(2012.6.22)
発明者
  • 今井 博之
  • 中川 範子
出願人
  • 学校法人甲南学園
発明の名称 葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法 新技術説明会
発明の概要

【課題】葉の水分蒸散を調節する方法、植物の耐乾燥性を向上させる方法、さらには、植物の耐乾燥性を向上させる物質のスクリーニング方法などを提供すること。
【解決手段】本発明は、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を制御することによって葉の水分蒸散を調節する方法、とりわけ、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制することによって葉の水分蒸散を抑制する方法、を提供する。スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制することによって気孔からの水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることができるので、本発明は、例えば鑑賞植物の長寿命化に利用したり、乾燥環境(乾燥ストレス)に強い植物の創出などに利用可能である。
【選択図】図9

従来技術、競合技術の概要

陸上植物において、植物体からの水分消失のおよそ95 %以上は気孔からの蒸散によるため、葉の気孔開閉を制御することによって例えば水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることが期待できる。

スフィンゴ脂質に属するスフィンゴシン 1-リン酸は、気孔の閉鎖を促進するアブシジン酸のシグナル伝達経路に関与する脂質メディエーターである。スフィンゴ脂質は、酵母から植物、動物細胞に至るまで広く保存された膜成分であり、スフィンゴイド塩基(長鎖塩基、long-chain baseともいう)を構造骨格としてもつ脂質の総称である。当初、スフィンゴ脂質は主に膜の構造維持の役割を担っていると考えられていたが、最近の研究により、スフィンゴ脂質やそれらの代謝中間体が、細胞認識、細胞成長や分化の調節、細胞間連絡そしてシグナル伝達経路を仲介する高度な生理活性物質であることが分かってきた(Hannun et al. 1989, Merrill et al. 1991, Hakomori 1981, Riboni et al. 1997)。

動物細胞のスフィンゴ脂質の骨格は主にスフィンゴシンであるが、植物や真菌では主にファイトスフィンゴシンである。天然に存在するスフィンゴイド塩基の炭素数は一般に18であり、また、C-2,3位の立体化学構造はD-erythro型である。現在考えられている主要スフィンゴ脂質の生合成経路について説明すると、スフィンゴシンの生合成はまず小胞体(endoplasmic reticulum ; ER)において、パルミトイルCoAとセリンが縮合することによって、3-ケトジヒドロスフィンゴシンが生成されることから始まる。3-ケトジヒドロスフィンゴシンはさらに3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼによりジヒドロスフィンゴシンへと変換され、酵母および植物ではジヒドロスフィンゴシンはさらにスフィンゴイド塩基C-4ヒドロキシラーゼによりファイトスフィンゴシンになる(HaaK et al. 1997, Sperling et al. 2001)。また、ジヒドロスフィンゴシンは動物および植物ではスフィンゴイド塩基 C-4不飽和化酵素によってスフィンゴシンへと変換される。これらのスフィンゴイド塩基からセラミド合成酵素によってそれぞれ、ジヒドロセラミド、ファイトセラミド、セラミドが合成される。セラミドはその後、ゴルジ体においてスフィンゴミエリンあるいはスフィンゴ糖脂質へ変換され、細胞膜表面に輸送される。また、スフィンゴイド塩基はスフィンゴイド塩基リン酸化酵素によってスフィンゴイド塩基 1-リン酸に変換され、脱リン酸化酵素あるいは分解酵素によって分解される。

これらの生合成、代謝経路により産生されるセラミド、スフィンゴシン、スフィンゴシン 1-リン酸などの脂質が、細胞の生存、増殖、アポトーシスといった様々な細胞機能に関与することが示唆されてきた。1986 年にスフィンゴシンがin vitroでプロテインキナーゼC(PKC)の強力な阻害剤となることが明らかにされたのをきっかけに(Hannun 1986)、スフィンゴ脂質が細胞内シグナル伝達物質として注目されるようになり、そのシグナル機構について研究が盛んに行われるようになった。1993 年、Hannunらが神経細胞のtumor necrosis factor (TNF)-αによるプログラム細胞死において、セラミドが情報伝達物質である可能性を示した (Obeid et al. 1993)。現在までに動物や酵母においてセラミドは高温ストレスの応答(Dickson et al. 1997)や、アポトーシスを誘導するCaspaseの活性化をする重要な調節因子であることが報告されている(Jenkins et al. 2002)。また、スフィンゴシンもセラミドとは異なる独自のアポトーシス誘導機能を持つことが明らかとなっている(Sweeney et al. 1996, Nakamura et al. 1996, Kim et al. 2001)。そして酵母において、スフィンゴイド塩基はエンドサイトーシスの制御に関わることや(Zanolari et al. 2000, Friant et al. 2000)、アミノ酸の取り込みを阻害することが報告されている(Skrzypek et al. 2000, Chung et al. 2001)。

これまでセラミドやスフィンゴイド塩基の生理活性について述べたが、特にスフィンゴシン 1-リン酸(以下、略して「S1P」ともいう)は細胞内セカンドメッセンジャーとしてだけでなく、細胞間シグナル伝達物質としてもはたらく新しいタイプの生理活性脂質として注目を集めている。細胞内で作られたS1Pは細胞外へ放出後、細胞間シグナル伝達物質として、細胞増殖、細胞運動制御、分化など様々な細胞応答を引き起こす(Pyne et al. 2000)。動物細胞においては、S1Pの細胞間シグナル伝達物質としての役割は、7 回膜貫通領域を持つG-タンパク質結合型EDG (endothelial differentiation growth)受容体を介して行われている(Pyne et al. 2000, Spiegel et al. 2000a, Spiegel et al. 2000b, An et al. 2000)。一方、細胞内セカンドメッセンジャーとしてのS1Pは、カルシウム動員、ホスホリパーゼDの活性化、アポトーシスを抑制し、細胞増殖を促進することが報告された(Igarashi 1997, Spiegel 1999, Birchwood at al. 2001)。このように、多くの重要なイベントのシグナル伝達物質であるS1Pの細胞内レベルは厳密に制御されており、スフィンゴシンカイネース(SPHK)により合成され、スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼ(sphingosine 1-phosphate phosphatase: 以下、略して「SPP」ともいう)によって脱リン酸化される。また、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(sphingosine 1-phosphate lyase: 以下、略して「SPL」ともいう)によってホスホエタノールアミンとC16のアルデヒドへと分解される。これらの酵素について、酵母や動物では遺伝子のクローニングや機能解析がなされている。酵母において、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼ(LCB3: 酵母にはスフィンゴイド塩基 C-4不飽和化酵素がないためスフィンゴシンがなく、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸が動物細胞におけるS1Pと類似の細胞応答を引き起こしている)の欠損株Δlcb3や、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(DPL1)の欠損株Δdpl1では野生株の数倍、Δlcb3Δdpl1二重欠損株では数百倍のスフィンゴイド塩基 1-リン酸が細胞内に蓄積している(Kim et al. 2000)。また、生育段階において、野生株は定常期に達するとG1期で増殖を停止するが、Δdpl1では定常期での成育停止が大幅に遅れ、野生株で定常期にみられる細胞濃度の約2 倍に達して生育を停止する(Gottlieb et al. 1999)。以上の報告より、これらの酵素の働きによって細胞内スフィンゴイド塩基 1-リン酸レベルは制御されていると考えられる。

植物におけるS1Pの働きは、酵母や動物と比べるとまだ研究は進んでいないが、2000 年にNishiuraらによって植物では初めてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana: 以下、「A. thaliana」ともいう)からスフィンゴシンカイネースの遺伝子(AtLCBK1)がクローニングされ、機能解析がなされている(Nishiura et al. 2000, Imai et al. 2005)。さらに、2001 年にNgらによって、S1Pが植物でカルシウムの移動を起こし、アブシジン酸(以下、「ABA」ともいう)による気孔孔辺細胞の膨圧の調節に関与するシグナル伝達分子であることが報告され(Ng et al. 2001)、また、S1Pを生産する酵素スフィンゴシンキナーゼがA. thalianaでABAにより活性化され、ABAによる気孔開口抑制および気孔閉鎖促進の両方に関与していることが明らかにされた(Coursol et al. 2003)。特に、これらのS1Pによる役割は、ジヒドロスフィンゴシン 1-リン酸では全く作用がないことが興味深い。現在主に知られている乾燥ストレス応答の気孔閉鎖のメカニズムは以下のとおりである。通常、ABAは葉肉細胞のクロロプラスト内に蓄積しており、乾燥ストレスを感じると解離型になり孔辺細胞へ放出される。ABAが受容体に結合すると、セカンドメッセンジャーであるイノシトール1, 4, 5-3リン酸がERカルシウムプールよりカルシウムイオン(Ca2+)を放出させる。細胞質内のCa2+濃度が上昇することで陰イオンチャネルが活性化され、リンゴ酸イオンや塩素イオンが細胞外へ放出されて膜電位の脱分極が起こる。さらにカリウムイオン排出チャネルが活性化され、カリウムイオンの排出が促進されることで孔辺細胞の浸透圧が低下し、膨圧が下がることで気孔が閉じる(Schroeder et al. 2001)。しかしながら、このメカニズムとS1Pがどの段階で関わってくるか、または、独自の伝達経路があるか等はあまりよく分かっていない。

植物における細胞内S1Pレベルの調節については、合成酵素であるAtLCBK1が同定されているだけで、分解系については全く調べられていない。酵母や動物細胞において、S1Pを分解する酵素は、脱リン酸化酵素である前記SPPと、S1Pを完全に分解する前記SPLとが挙げられる。1969 年、Stoffelらのラットの肝臓を用いた実験で、SPLの活性がミクロソーム画分とミトコンドリア膜画分に確認され、ピリドキサル 5’-リン酸を補酵素として必要とし、スフィンゴイド塩基 1-リン酸のC2-3の結合を切断する酵素であることが初めて報告された(Stoffel et al. 1969)。しかし、1991 年にVan Veldhovenらにより、ミトコンドリア画分の活性はミクロソーム画分のコンタミであることが確認され、SPLは完全な膜タンパク質であり、活性部位を細胞質側に露出していることが報告された(Van Veldhoven et al. 1991, Van Veldhoven 1999)。その後、Saccharomyces cerevisiaeにおいてはじめてクローニングおよび機能解析が行われ(Saba et al. 1997)、マウス、ヒト、粘菌、ショウジョウバエ、線虫と次々にクローニング、機能解析が行われた(Zhou et al. 1997, Van Veldhoven et al. 2000, Li et al. 2001, Herr et al. 2003, Mendel et al. 2003)。これらの報告では、様々な生物でスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)が細胞内S1Pレベルを調節しており、線虫のSPL欠損体においては胚発生が正常にできず、器官の分化や発達が異常であるためセミリーサルであった。

脱リン酸化酵素である前記SPPについて、酵母Saccharomyces cerevisiaeはLCB3p/YSR2p/Lbp1pとYSR3/Lbp2p/YSR2-1pという二つのSPPをもっている。この2つはホモログであるが、その活性の大部分を占めているのはLCB3p/YSR2p/Lbp1pである。これらのタンパク質はERに局在している。また、哺乳類のSPPも2つのホモログであるSPP(SPP1とSPP2)をもっていて、酵母と同様にERに局在し、その活性の大部分を占めているのはSPP1であると考えられている。

Lipid phosphate ホスファターゼはSPP(S1P phosphohydorase)ファミリーとLPP(type2 lipid phosphate phosphohydrolase)ファミリーとに分けられる。これらの2つは配列・生物的性質も異なる。中でも最も異なる点は、SPPファミリーはS1P、dihydroS1P、phytoS1Pに高い基質特異性を示すが、LPPファミリーはS1P、phosphatidate(PA)、lysophosphatidate (LPA)、ceramide-1-phosphateやdiacylglucerol-pyrophosphateなど、広い基質を持っている点である。SPPとLPPの両方のタンパク質は次のような3つのモチーフを持っている。即ち、モチーフ1:KXXXXXXRP、モチーフ2:PSGH、モチーフ3:SRXXXXXHXXXDである。これらのモチーフは他のホスファターゼスーパーファミリー(lipid phosphatases、glucose-6-phosphatases、バクテリア非特異的酸ホスファターゼ、クロロペルオキシダーゼなど)でも発見されている。また、クロロペルオキシダーゼの結晶構造は、この3つのモチーフが近接していることを示し、コファクターであるバナジウム酸エステルの結合ポケットを形成しているのはこの3つのモチーフであることを明らかにした。そして、この3つの保存された領域の突然変異体の解析から、酵素活性の中心がここであることが示された。

一方、植物の葉からの水分蒸散を抑制することで、植物の耐乾燥性を向上させることが研究されている。例えば、切花の鮮度を保持するために、葉からの水分蒸散を抑制する物質としてアミン化合物が使用されている(例えば、特許文献1)。しかしながら、この方法は、植物自体に耐乾燥性を持たせる方法ではない。


【特許文献1】特開2002-53402号公報

産業上の利用分野

本発明は、葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法に関し、例えば、鑑賞植物の長寿命化、鑑賞植物および農作物の生産地域の拡大、砂漠の緑化用耐乾燥性植物の創出などの分野において利用可能である。

特許請求の範囲 【請求項1】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制することによって、葉の水分蒸散を抑制する方法。
【請求項2】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制することによって、植物の耐乾燥性を向上させる方法。
【請求項3】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制すると共に、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって、葉の水分蒸散を抑制する方法。
【請求項4】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制すると共に、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって、植物の耐乾燥性を向上させる方法。
【請求項5】
ゲノム中のスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼ遺伝子をノックアウトすることによって、あるいは他の方法で当該遺伝子配列を改変することによって、スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現を抑制する、請求項1~4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現を特異的に抑制するRNAを植物細胞に導入することによって、スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現を抑制する、請求項1~4の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現を特異的に抑制するRNA、または当該RNAを植物細胞で発現するよう構築されたベクターを含む、植物の耐乾燥性向上剤。
【請求項8】
スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼの発現または活性を抑制する物質を探索することを特徴とする、植物の耐乾燥性を向上させる物質のスクリーニング方法。
産業区分
  • 微生物工業
  • 農林
  • その他農林水産
  • 薬品
国際特許分類(IPC)
Fターム
画像

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出願権利状態 権利存続中
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