TOP > 国内特許検索 > 動物細胞から細胞膜を切り出す方法、及び切り出された細胞膜 > 明細書

明細書 :動物細胞から細胞膜を切り出す方法、及び切り出された細胞膜

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6288635号 (P6288635)
公開番号 特開2015-084763 (P2015-084763A)
登録日 平成30年2月16日(2018.2.16)
発行日 平成30年3月7日(2018.3.7)
公開日 平成27年5月7日(2015.5.7)
発明の名称または考案の名称 動物細胞から細胞膜を切り出す方法、及び切り出された細胞膜
国際特許分類 C12N   5/071       (2010.01)
C12Q   1/00        (2006.01)
FI C12N 5/071
C12Q 1/00 C
請求項の数または発明の数 5
全頁数 16
出願番号 特願2013-228766 (P2013-228766)
出願日 平成25年11月1日(2013.11.1)
審査請求日 平成28年10月27日(2016.10.27)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
発明者または考案者 【氏名】奥野 貴士
【氏名】南 祐太
【氏名】小野寺 美紀
個別代理人の代理人 【識別番号】110001508、【氏名又は名称】特許業務法人 津国
【識別番号】100078662、【弁理士】、【氏名又は名称】津国 肇
【識別番号】100135873、【弁理士】、【氏名又は名称】小澤 圭子
【識別番号】100116528、【弁理士】、【氏名又は名称】三宅 俊男
審査官 【審査官】松岡 徹
参考文献・文献 特表2012-532124(JP,A)
特開2014-098661(JP,A)
調査した分野 C12N 1/00~7/08
C12Q 1/00~3/00
G01N 33/48~33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
DWPI(Thomson Innovation)
特許請求の範囲 【請求項1】
動物細胞を、生体内と比較して高い濃度の1価及び/又は2価の金属イオンを含む第1の水溶液に浸漬する前処理行程と、
前記浸漬後の細胞に対して低張液に該当する第2の水溶液に前処理された動物細胞を浸漬する切り出し行程を含むことを特徴とする動物細胞から細胞膜を切り出す方法。
【請求項2】
前記第1の水溶液への浸漬は、浸漬された動物細胞の細胞膜のバリア能が消失しない範囲で行われることを特徴とする請求項1に記載の動物細胞から細胞膜を切り出す方法。
【請求項3】
前記第1の水溶液への浸漬は、細胞活性が残存する範囲で行われることを特徴とする請求項1に記載の動物細胞から細胞膜を切り出す方法。
【請求項4】
前記金属イオンは、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅及び亜鉛からなる群より選択される1又は2以上の金属イオンであることを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載の動物細胞から細胞膜を切り出す方法。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載の方法により動物細胞から細胞膜を切り出す行程と、切り出されたベシクル状の細胞膜を水溶液中から回収する行程とを含む、動物細胞由来細胞膜の調製方法。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、簡便な方法により、動物細胞から細胞膜を切り出す方法、及び当該方法により切り出された細胞膜であって、特に膜タンパク質の活性が維持され状態で切り出された細胞膜に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞における生命現象の定量的な計測技術は、創薬、診断技術開発における重要な基盤技術の一つである。しかしながら、動物細胞をそのまま用いて解析する方法は、細胞内のシグナル制御機構や種々の代謝反応が共存するため目的とする標的分子の機能のみを検出することが難しい。このため、細胞を構成する細胞膜の機能に着目した解析が広く行われている。細胞膜が関係する生命現象としては、薬物輸送、シグナル伝達、イオン交換、ウイルス感染や形態変化などが挙げられ、これらに関連する膜タンパク質を標的として創薬や疾患原因解明のための研究開発が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、細胞膜を模擬した人工の脂質二分子膜を用いて、各種膜タンパク質の機能を測定する試みが記載されている。これに対し、実際に培養細胞から大きな細胞膜ベシクル(GPMV)を切り出す技術が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。この文献では、培養細胞からホルムアルデヒドやDTTなどの試薬を用いて細胞膜ベシクルを調製し、単離したベシクルを蛍光標識して顕微鏡で観察する方法が記載されている。
【0004】
また、押出や超音波分解等の機械的分解により動物細胞からマイクロベシクルを調製し、治療用又は診断用物質を負荷した薬学的組成物が報告されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【0005】

【非特許文献1】Sezgin, E. et al. Nature Protocols Vol.7, No.6, pp.1042-1051 (2012)
【0006】

【特許文献1】特開2013-118852号公報
【特許文献2】特表2012-532124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、細胞膜の機能に着目した各種解析の重要性が増す一方で、現実の細胞膜を用いた評価は現状においても必ずしも容易でなく、特に細胞膜から評価の対象であるベシクル等を切り出す技術は必ずしも確立されていない。つまり、本発明者らが非特許文献1に記載の従来法を用いて培養細胞からベシクル状の細胞膜を試験管内に切り出して膜機能を調べたところ、無処理の細胞膜画分と比較して膜タンパク質の活性が10%程度しか保持されていないことが見出され、当該細胞膜を用いた各種解析の結果が生体内の現象を反映しているかについては疑問が残るところである。
また、特許文献2においては、細胞膜の切り出し方法によって製造したマイクロベシクルの膜のトポロジーが変化すること、及び、所定の方法で製造したマイクロベシクルの膜のトポロジーが元来の細胞膜と同様であることが確認されるのみであって、使用したマイクロベシクルが本来の細胞膜としての機能を維持しているか等は明らかでない。
したがって、本発明の課題は、動物細胞から簡便な方法で細胞膜を切り出す技術を提供すると共に、特に切り出した細胞膜の膜機能の失活を可能な限り抑制し、膜機能が維持された状態で細胞膜を切り出す技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の動物細胞から細胞膜を切り出す方法は、動物細胞を生体内と比較して高い濃度の1価及び/又は2価の金属イオンを含む第1の水溶液に浸漬する前処理行程と、前記浸漬後の細胞に対して低張液に該当する水溶液に前処理された動物細胞を浸漬する切り出し行程を含むことを特徴とする。前記第1の水溶液への浸漬は、浸漬された動物細胞の細胞膜のバリア能が消失しない範囲で、例えば金属イオンの濃度と浸漬時間を調整して行われることが好ましく、さらにMTS活性等により示される細胞活性が残存する範囲の金属イオンの濃度と浸漬時間で行われることがさらに好ましい。本発明の1つの実施形態では、前記金属イオンが、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅及び亜鉛からなる群より選択される1価又は2価の金属イオンである。
【0009】
本発明の他の視点では、上記方法により動物細胞から切出したベシクルを水溶液中から回収して得られうる動物細胞由来の細胞膜であって、当該細胞膜は、水溶液中に存在する場合はベシクルを形成し、一方、基板と接触すると基板上に接着して平面膜を形成することができる。
【0010】
したがって、本発明の他の視点において、顕微鏡等を用いて膜機能を解析するための平面膜であって、本発明の方法により切り出した細胞膜を基板状に接着させ、無処置の動物細胞における内膜が表出してなる膜機能解析用平面膜標品を提供する。さらに異なる視点において、本発明の方法により切り出したベシクル状の細胞膜に治療用又は診断用物質を負荷してなる薬物送達用組成物が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、細胞膜の構造や機能に悪影響を与える化学薬品を用いる必要がないことから、膜機能の維持された動物細胞の細胞膜を容易に切出して得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の方法を用いてヒトHeLa細胞の細胞膜を切り出す過程の位相差顕微鏡写真である。
【図2】蛍光染色色素で染色したヒトHeLa細胞から本発明の方法を用いて切り出した細胞膜の蛍光顕微鏡写真である。
【図3】浸漬液中の金属イオン濃度と、浸漬された細胞の生存率の関係を示すグラフである。
【図4】1価又は2価の金属イオンを含む浸漬液を用いて処理した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【図5】3価の金属イオンを含む浸漬液を用いて処理した細胞の位相差顕微鏡写真である。
【図6】浸漬液中の1価又は2価の金属イオンの濃度を変化した際の、細胞膜の切り出しを行った後の細胞の形態の割合を示すグラフである。
【図7】金属イオンの臭化物塩、及び、ヨウ化物塩を用いた浸漬液を用いて細胞膜の切り出しを行った細胞の位相差顕微鏡写真及び細胞の生存率を示すグラフである。
【図8】本発明の方法、及び、ホルムアルデヒドを用いる従来の方法により切出した細胞膜中の酵素活性の測定結果を示すグラフである。
【図9】細胞膜にGFPを発現させたヒトHeLa細胞を共焦点レーザー顕微鏡にて蛍光観察した結果である。
【図10】GFPを発現させたヒトHeLa細胞から本発明の方法を用いて切り出したベシクル状の細胞膜を共焦点レーザー顕微鏡にて蛍光観察した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明者が種々の試薬を用いて培養細胞の処理を行うことで細胞膜の切り出しを試みたところ、所定の金属イオンを所定濃度で含む水溶液中に培養細胞を浸漬した後に、当該細胞に対して低張液に相当する水溶液等に浸漬することにより、格別の機械的処理を行うことなしに細胞から切り出された細胞膜を含むベシクル状の構造体が誘起されることが明らかになり、かかる知見に基づいて本発明を完成したものである。なお、以下で「細胞」と称するものは主に動物細胞を意味するものとし、細胞壁を有する植物細胞などは含まないものとする。

【0014】
上記操作を行うことにより細胞からベシクル状の構造体等が誘起される機構は必ずしも明らかでないが、種々の検討結果より、以下のような機構が存在するものと考えられる。つまり、細胞に与える悪影響が比較的小さい金属イオンを使用し、所定時間の浸漬によって細胞膜や細胞の全体が死滅しない程度に当該金属イオンを含む水溶液に細胞を浸漬することによって、細胞の機能が消滅しない状態で細胞内に当該金属イオンが導入されるものと考えられる。そして、当該金属イオンが導入された細胞をより希薄な水溶液中に浸漬することにより、細胞膜を介した浸透圧によって細胞内に水分子が吸収され、その際の体積変化によって細胞膜の一部がベシクル状などの形態で分離するものと考えられる。

【0015】
上記に対して、細胞に与える悪影響が比較的大きく、微量で細胞を死滅させる金属イオンを使用した場合には、細胞の機能を失わない状態において十分な浸透圧を生じるに足りる量の金属イオンが細胞内に導入されず、この結果として細胞膜の切り出しが生じないものと考えられる。
本発明者が、細胞膜の一部をベシクル状に切り出すために適した金属イオンを種々検討したところ、所定の濃度で1価、又は2価の金属イオンを含む水溶液を用いた際に細胞膜の切り出しを行えることが明らかになった。一方、3価以上の金属イオンを所定以上の濃度で含む水溶液を用いた場合には、多くの場合にベシクル状の分離を生じることなく細胞が死滅することが観察された。以上の検討結果より、安定して細胞膜の切り出しを行うためには、所定の濃度で1価、又は2価の金属イオンを主に含む水溶液を用いることが適していることが明らかになった。

【0016】
使用する金属イオン種により上記の違いが生じる理由として、価数の大きい金属イオンにおいては、いわゆる細胞毒の程度が大きいために、細胞の機能を失わない状態において十分な浸透圧を生じるに足りる量の金属イオンが細胞内に導入困難であることが予想された。そして、細胞内に導入される金属イオンによる細胞毒の程度が一定以上になった際には、細胞膜が水圧に対抗できる半透膜としての機能(バリア能)を失うことで、ベシクル状の分離を生じ難くなるものと推察された。

【0017】
本発明が適用される動物細胞は、酵母や植物細胞のような細胞壁がなく、試験管内で取り扱う際に、水溶液が直接細胞膜と接触することができるものであれば特に限定されないが、例えば、ヒト、サル、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、モルモット等の哺乳動物細胞への適用が可能である。本発明が適用される細胞の種類としても特に限定されることなく、体細胞、生殖細胞、幹細胞又はこれらの培養細胞等が挙げられ、神経細胞、グリア細胞、上皮細胞、各種の未分化細胞(間葉系細胞、幹細胞等)、ガン細胞等の接着性動物細胞等に対しても適用が可能である。

【0018】
本明細書において、「1価又は2価の金属イオン」は、生理的に許容しうる塩として使用されることが一般的であり、典型的には、無機酸(例、塩酸、臭化水素、ヨウ化水素、硫酸、リン酸等)との塩あるいは有機酸(例、酢酸、プロピオン酸、乳酸、コハク酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸、グルコン酸、アスコルビン酸、安息香酸、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、ケイ皮酸、フマル酸、リンゴ酸、シュウ酸等)との金属塩を水相中に投入することで生成される。

【0019】
本明細書において、「細胞膜」とは、細胞の内外を隔てて細胞の表面を構成する、いわゆる原形質膜を意味し、通常は脂質二重膜によって構成される。用語「膜機能」とは、細胞膜が水圧に対抗できる半透膜としての機能の他に、主に、細胞膜に埋め込まれた膜タンパク質の機能を意味し、薬物輸送、イオン交換等の選択的透過機能、シグナル伝達、他の細胞やウイルスとの接着性などの細胞膜の機能を意味する。一方、本明細書において、細胞活性とは、典型的にはMTS活性で表される細胞全体の代謝活性を意味する。MTSアッセイは、ミトコンドリアの呼吸過程で脱水祖酵素によって産生されたNADHによって還元されたホルマザンの発色反応を測定するものである。発色した色素は生細胞数に比例し、細胞増殖や細胞毒性試験として用いられている。

【0020】
本明細書において、「ベシクル」とは、動物の有核細胞から人為的に製造され、由来する動物細胞の細胞膜成分からなる小胞であって、細胞膜脂質、細胞膜タンパク質、酵素などの細胞成分を含むが核は含まないものである。

【0021】
〔1価又は2価の金属イオンによる動物細胞の処理〕
上記説明したように、本発明に係る方法により動物細胞からベシクル状に細胞膜を切出す際に、1価又は2価の金属イオンを用いることが好ましい。本発明の方法に用いられる1価又は2価の金属イオンとしては、例えば、Na、K、Mg2+、Ca2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+等が挙げられ、主にこれらからなる群より選択される1種又は2種以上の金属イオンを使用することができる。

【0022】
本発明の方法では、上記金属イオンを所定の濃度で含む水溶液中に細胞を浸漬する前処理行程を含む。当該行程において、水溶液中に含まれる金属イオンが細胞膜を通過して細胞内に取り込まれると推察され、この結果として細胞内液の浸透圧に変化を引き起こして、その後の行程においてより希薄な水溶液中に細胞を浸漬した際に当該浸透圧による細胞内への吸水を生じ、膨張を生じるために細胞膜の一部分が隆起してベシクル状などの構造を形成し元の細胞から遊離すると考えられる。

【0023】
上記行程において細胞の浸漬に使用される水溶液(第1の水溶液)中の1価又は2価の金属イオンの濃度は、使用する金属イオン種(使用イオン種)に着目した際に、当該浸漬される細胞が存在する生体組織におけるよりも高濃度の使用イオン種を含む水溶液であり、且つ、以下で説明する細胞膜の切り出し行程において細胞膜の切り出しが可能な範囲であれば特に制限されない。以下に説明する実施例の結果からは、一般に高濃度の金属イオンを含む水溶液を用いることで、細胞から細胞膜の切り出しを生じる頻度が向上する傾向が見られる。また、使用するイオン種に応じて切り出しに適した濃度等が変化するため、処理対象である細胞の種類等に応じて、切り出しに使用する金属イオン種や前処理の際の水溶液の濃度や浸漬時間についての望ましい条件を実験的に決定することが望ましい。

【0024】
一方、過剰に高濃度の金属イオンを含む水溶液に細胞を長時間浸漬した場合には、細胞膜の切り出しが困難となるため注意が必要である。これは、浸漬によって細胞の機能が失われて、特に細胞膜が有するバリア能が失われて半透膜として機能しなくなるためと推察される。このため、前処理行程における細胞の浸漬液への浸漬は、細胞膜が有するバリア能が消失しない範囲内で行うことが望ましい。細胞膜がバリア能を有するか否かは、当該細胞に対して低張液に相当する水溶液中に細胞を浸漬した際に、浸透圧によって細胞が吸水を生じるか否かによって評価することができる。
また、使用する水溶液中の金属イオンの濃度の決定には、例えば、各種試薬の細胞毒性の評価に用いられるMTS活性評価法等による細胞活性評価を利用することが有効である。つまり、前処理としての所定時間の浸漬を行った際に、MTS活性評価法等による細胞活性が消滅する濃度の水溶液への浸漬を行った場合には、金属イオンの種類によってはその後の切り出しが困難になる場合があるのに対し、細胞活性が残留する濃度範囲の水溶液であれば良好に切り出しを行うことが可能である。

【0025】
細胞を浸漬する水溶液(浸漬液)における各種金属イオンの濃度と、MTS活性評価法による細胞活性の関係について、実施例で説明するとおり典型的な例としての30分間の浸漬を行う場合を例にとれば、アルカリ金属イオンであるNa、K等では、1000mM程度以上の比較的高濃度の水溶液であっても細胞活性が消滅せず、比較的広い濃度範囲で細胞膜の切り出しを行うことが可能である。また、アルカリ土類金属イオンであるCa2+、Mg2+等では、500~1000mM程度以下で細胞活性が維持可能であり、効率良く細胞膜の切り出しが可能である。一方、遷移金属のイオンを用いた場合には、細胞活性の維持が可能な濃度域がイオン種によって変化する傾向がみられ、Mn2+,Co2+,Ni2+等では300~500mM程度以下で細胞活性が維持可能であるのに対し、Cu2+,Zn2+等では100mM程度以上の範囲でMTS活性評価法による細胞活性が消滅する傾向が見られた。一方、良好な細胞膜の切り出しが困難である3価の金属イオンであるAl3+,Fe3+等では、いずれも25~50mM程度の低い濃度範囲でMTS活性評価法による細胞活性が消滅する傾向が見られた。浸漬液中の各種金属イオンの濃度と細胞活性の残留の程度は、浸漬時間の他、浸漬を行う細胞の種類などに応じて変化するため、浸漬液中の各種金属イオンの濃度は細胞膜の切り出しを行う細胞の種類や目的に応じて実験的に決定することが望ましい。

【0026】
実施例に示すとおり、細胞活性が残留する条件で各種の1価又は2価の金属イオンを含む水溶液に浸漬した細胞を緩衝液等に再浸漬することにより、良好な細胞膜の切り出しが可能である。また、金属イオンの種類によっては、MTS活性評価法による細胞活性が明らかに消滅する条件で浸漬液への浸漬を行った場合であっても、良好な細胞膜の切り出しが可能である。このような現象はMTS活性評価法が細胞内のミトコンドリアの呼吸過程を評価するのに対し、本発明による細胞膜の切り出しには細胞膜が有するバリア能が影響すると推察され、1価又は2価の金属イオンを使用する場合には前者の活性が見られなくなった後でも、細胞膜のバリア能が残存するものと考えられる。

【0027】
これに対して、3価の金属イオンを使用した場合には、MTS活性評価法による細胞活性が残留する条件の浸漬を行った場合であっても、良好な細胞膜の切り出しが観察されなかった。使用する金属イオンの価数により、細胞膜の切り出しに違いが生じる機構は明らかでないが、上記のように3価の金属イオンは細胞毒性が高いために低い濃度での浸漬が必要となる結果、細胞内の浸透圧に変化を生じる程度の量のイオンが細胞内に導入されないこと、及び、細胞膜のバリア能に3価の金属イオンが与える影響が大きいことなどが推察される。このため、本発明において細胞を浸漬する浸漬液においては、当該細胞が含まれる組織に含まれる程度以上の濃度で3価、又は、それ以上の価数の金属イオンを含まないことが好ましい。

【0028】
以上のように、本発明における細胞膜の切り出し処理に先立つ前処理行程においては、細胞活性を維持した状態、特に細胞膜のバリア能が維持された状態で浸漬液中から所定の金属イオンを細胞内に導入することが望まれる。このため、前処理行程で細胞を浸漬する浸漬液としては、細胞内に導入をしようとする金属イオン(使用イオン種)を所定濃度にする他は、生体内の組織液を模擬して細胞の培養や保持に用いられる標準的な緩衝液を基準として著しいpH値の変化を生じない等、細胞活性の維持が図れるものが好ましく、必要に応じてpH値の変化を抑制する公知の試薬等を添加することが好ましい。また、使用イオン種が塩として沈殿することを防止するため、使用イオン種の溶解度積に着目して、浸漬液中の他のイオン種の濃度を調整することも好ましい。また、使用イオン種の緩衝液への導入により浸漬液が細胞内に対して過度に高張液となる場合には、浸漬中に細胞内からの脱水を抑制する観点から、浸漬液中の他のイオン種の濃度を調整することも好ましい。また、細胞活性を維持する等の観点から、生体の体温である37℃近辺の温度において前処理行程が行われることが好ましい。

【0029】
本発明において、細胞膜の切り出しの前処理の際に浸漬液中に所定濃度を導入する金属イオンの種類としては、1価又は2価の金属イオンの内、切り出した細胞膜の評価の障害等とならないものを適宜使用することができる。例えば、細胞膜のカルシウムチャネルの機能評価を行う場合、カルシウムイオンを用いて切り出すと、溶液中のカルシウムイオン濃度が非常に高くなるのでカルシウム以外の金属イオンを用いることが好ましい。
また、本発明による細胞膜の切り出しにおいては、特に金属イオンのカウンターとして存在する陰イオン種による大きな影響は観察されず、陰イオン種は主に細胞活性の維持を阻害せず、良好な浸漬処理や切り出した細胞膜の評価の観点から適宜決定することができる。

【0030】
本発明においては、切り出された後の細胞膜が使用した金属イオンの種類に応じた酵素活性を示し、細胞膜の機能を維持した状態での切出しが可能である。つまり、本発明により切り出された細胞膜が有する酵素活性(ATPase活性)を測定したところ、未処理の細胞と比較して好ましい条件下では80%以上の酵素活性を維持することが明らかになった。ホルムアルデヒドを用いて切り出した細胞膜が酸素活性を示さないのに対して、本発明による切出し後の評価において高い酸素活性を示すことは、生体内における細胞膜の機能を体外において直接的に評価する可能性を示すものである。

【0031】
本発明により切り出した細胞膜が膜機能を維持していることは、本発明における細胞膜の切り出しが、細胞膜の有するバリア能に基づく浸透圧を利用したものであることと関係するものと推察される。また、特にNa、Kは、ほ乳類体内の各種細胞の内外に100mM程度の濃度で存在するイオンであり、これらが有する細胞膜への攻撃性が低いために、これらを用いて切り出した細胞膜においても高い酵素活性を示すものと推察される。

【0032】
〔動物細胞の細胞膜の切り出し処理〕
本発明においては、所定の金属イオンを含む水溶液中に細胞を浸漬する前処理行程の後、当該浸漬を行った細胞を異なる組成の水溶液(第2の水溶液)中に浸漬する後処理行程を行うことで、細胞膜の切り出しを行うことを特徴とする。当該後処理行程においては、細胞膜を介した細胞内への吸水による細胞の体積変化(膨張)により、細胞膜の一部が細胞から脱離して切り出されるものと推察される。このため、後処理行程に用いられる水溶液(切出し液)は、前処理行程を経た細胞内と比較して低張液に相当するものが使用される。前処理行程における浸漬液中の金属イオンの種類や濃度、浸漬時間などによって細胞内に導入される金属イオンの量が変化するため、切出し液として使用される低張液である水溶液の成分等を一義的に決定することは困難である。このため、前処理後の細胞内に吸水を生じる水溶液を実験的に見出すことが望ましい。また、簡便には、前処理行程で使用した水溶液中に適宜の緩衝液を混入することで浸漬される細胞の環境を、細胞膜の切り出しが生じる程度まで徐々に希薄化して切出し液とすることも可能である。

【0033】
上記切出し液は、細胞膜の切り出しを行う細胞内部と比較して低張液であれば、特にその成分等は限定されないが、細胞膜の切り出しを行う間の細胞(細胞膜)の活性を維持する点からは、生理的な条件を模擬した緩衝液を使用することが好ましい。また、細胞膜の切り出しの際の条件を調整するために、例えば、前処理行程で使用した浸漬液で富化した金属イオンの濃度を希釈したものを用いることも可能である。その他、細胞膜の切り出しが可能な範囲内において、細胞を保護する等の目的で各種の塩などを添加したものを用いることも可能である。また、細胞活性を維持する等の観点から、生体の体温である37℃近辺の温度において細胞膜の切り出しが行われることが好ましい。

【0034】
〔本発明の方法により得られる細胞膜〕
上記操作により動物細胞から切出した主にベシクル状の細胞膜は切り出しに用いた水溶液中に浮遊し、これを適宜の手段により回収することにより、各種の検討に使用することができる。例えば、回収したベシクル状の細胞膜を基板と接触させることにより平面膜とすることができる。基板上に貼付けられたベシクル状の細胞膜は、一般に細胞膜の内側を上に向けて表出した膜であり、各種の顕微鏡等による膜機能解析用標品等として利用することができる。
また、回収したベシクル状の細胞膜を、その表裏が空間となるように適宜のジグにより保持することにより、透過型の顕微鏡による評価が可能となる他、薬剤やウイルス等の各種の物質に対する細胞膜の透過性の評価を行うことができる。

【0035】
本発明の他の実施形態において、得られたベシクル状の細胞膜に、治療用又は診断用物質を負荷して薬物送達様組成物とすることができる。ベシクル状の細胞膜に負荷する治療用又は診断用物質は、特に制限されるものではないが、例えば、ホルモン類、生理活性ペプチド、生理活性タンパク質、サイトカイン類などが挙げられ、具体的には、インシュリン、グルカゴン、成長ホルモン(ソマトトロピン)、カルシトニン類、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、副甲状腺ホルモン(PTH)、PTH-関連タンパク質(PTHrP)、セクレチン、ソマトスタチン、コルチコトロピン放出ホルモン(CRF)、成長ホルモン(GH)、神経成長因子(NGF)、インスリン様成長因子(IGF)類(ソマトメジン類、例えば、IGF-I、IGF-IIなど)、血小板由来成長因子(PDGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、トランスフォーミング・グロース・ファクター(TGF)(例えば、TGF-α、TGF-β)、赤血球増殖因子(EPF、エリトロポイエチン)、血漿タンパク、例えばフィブリノーゲン、プロトロンビン、ハプトグロビン、プラスミノーゲン、アンチトロンビンIII、血液凝固因子類、例えば血液凝固第VIII因子、血液凝固第XI因子複合体、血液凝固第XIII因子など、心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP)類、インターフェロン類、例えばインターフェロン-α、インターフェロン-β、インターフェロン-γなど、インターロイキン類、例えばインターロイキン-1(LAF)、インターロイキン-2(TCGF)、インターロイキン-3(MCGF)、インターロイキン-4(BCGF-1)、インターロイキン-5(TRF)、インターロイキン-6(BSF-II)、インターロイキン-7(リンフォポイエチン)、インターロイキン-11など、白血病阻害因子(LIF/D因子)、ニューロロイキン(NL)、腫瘍壊死因子(TNF)、リンフォトキシン(LT)、コロニー刺激因子類、例えばG-CSF、GM-CSF、M-CSF、癌細胞遊走因子、サイモシン類、例えばサイモシンα1、サイモシンβ4など、サイモポイエチン、ユビキチン、THFなど、ペプスタチン、ベスタチン、コンパクチン、シクロスポリン、スパガリンなど、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン・アクチベーター、サルコシン・オキシダーゼ、クレアチナーゼ、ヒト・スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)、ヒト・膵分泌性トリプシン・インヒビター、L-アスパラギナーゼなどが挙げられる。

【0036】
治療用又は診断用物質としては、抗腫瘍性化合物、抗癌性化合物、抗生物質、抗ウイルス性化合物などであることができる。例えば、抗腫瘍性白金錯体あるいは抗腫瘍性白金化合物、例えばシスプラチン、カルボプラチンなど、ザルコマイシン、ペプロマイシン、リブロマイシンなどのブレオマイシン類、マイトマイシン類、例えばマイトマイシンC、N-メチル マイトマイシンC、ベンジロキシカルボニル マイトマイシンC、KT-6149など、アクチノマイシンD、アントラサイクリン系抗腫瘍性化合物、例えばアドリアマイシン(ドキソルビシン)、4’-エピドキソルビシン、ダウノルビシン(ダウノマイシン)、4-O-デメチルダウノルビシン、5-フルオロウラシル(5-FU)、カルモフール、テガフール、ドキシフルリジン、シタラビン、エノシタビン、葉酸代謝拮抗剤、例えばメソトレキセート、アミノプテリンなど、デキサメタゾン、エストラムスチン、アトリムスチン、メピチオスタン、ジブロモマンニトール、ベスタチン、カンプトテンシン系抗腫瘍活性化合物、タキソール、ジドブジン(AZT)、ペニシリン系抗生物質、セファロスポリン系抗生物質などのβ-ラクタム系抗生物質、アミノグリコシド系抗生物質、マクロライド系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、ペプチド系抗生物質、リンコマイシン、リファンピシリン、ホスホマイシン、抗カビ性抗生物質などが挙げられ、例えば、ペニシリンG、セファロスポリンC、セファマイシン、チエナマイシン、イミペネム、クラブラン酸、ノカルジシンA、スルファゼシン、アズトレオナム、カルモナム、シラスタチン、アモキシシリン、チカルシリン、セファゾリン、ピペラシリン、セフォペラゾン、セフォチアム、セフメノキシム、セフチゾキシム、セフメタゾール、セフォテタン、セフミノクス、ラタモキセフ、フロモキセフ、ストレプトマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、オキシテトラサイクリン、ミノサイクリン、エリスロマイシン、カナマイシン、ベカナマイシン、ジベカシン、アミカシン、アルベカシン、ネチルマイシン、イセパマイシン、オレアンドマイシン、キタサマイシン、ジョサマイシン、スピラマイシン、ミデカマイシン、バシトラシンなどがある。
【実施例】
【0037】
以下に本発明の方法の詳細について、細胞を処理する金属イオンの種類や濃度及びそのときの細胞生存率等を検討した実験方法及びその結果並びに典型的な細胞膜の切り出し方法である実施例等を挙げて説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
[実施例1] NaClを用いたヒト細胞膜の切出し
MEM培地を用いて2×10個のHeLa細胞を10cmディッシュに播種した。約24時間後、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でディッシュ上の細胞を2回洗浄した。その後、緩衝液Aに1MのNaClを添加した浸漬液5mlをディッシュ上のHeLa細胞に添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。続いて、ディッシュ上において細胞の環境を、細胞から細胞膜の一部を切り出すための切出し液としての緩衝液A(5ml)で置換して、更に5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。
【実施例】
【0039】
図1は、上記処理過程における細胞の形態を位相差顕微鏡(レンズ×20)で観察した結果を示す。左からMEM培地中のHeLa細胞の状態、これを浸漬液に30分浸漬した後の状態、及び緩衝液Aに置換して30分間静置した後の細胞の状態である。浸漬液に30分浸漬した後の状態では細胞の形態に大きな変化を生じないのに対し、その後に緩衝液Aで処理することで、細胞が破壊される一方で細胞膜の一部が切り出されて生じたと思われる球状物が生じた。
【実施例】
【0040】
上記球状物について確認を行うため、細胞膜染色用の色素により染色した細胞を用いて上記と同様の操作を行い、蛍光顕微鏡で観察した。つまり、MEM培地を用いて1×10個のHeLa細胞をガラスベースディッシュに播種し、約24時間後、細胞培養液MEM(1ml)に細胞膜蛍光ラベル試薬3,3’- ジオクタデシルオキサカルボシアニン過塩素酸塩(DiO)(1mg/ml)を10μl添加し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で10分間静置した。この細胞を使用して、上記と同様の操作で処理したものを、共焦点レーザー顕微鏡(対物レンズ60倍)(励起光488nm)で観察した。
図2には、その観察結果を示す。図2から明らかなように、処理によって生じた球状物においては、その外縁に強い蛍光が観察されることから、立体的な球状の形態を有しており、細胞膜の一部が切出されてベシクル状となったものと推察された。
【実施例】
【0041】
[実施例2] 各種金属イオンを富化した浸漬液への浸漬後の細胞生存率
本発明において使用する浸漬液における各種金属イオンの細胞に対する影響を検証するため、以下の方法で各種金属イオンの濃度と浸漬後の細胞の生存率を検討した。MEM培地を用いてHeLa細胞をウェルプレートに播種した。約24時間後、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でウェルプレート上の細胞を2回洗浄した。その後、緩衝液Aに各種金属イオンの塩化物(NaCl,KCl、MgCl,CaCl,MnCl,CoCl,NiCl,CuCl,ZnCl,AlCl,FeCl)を添加して所定濃度とした浸漬液をそれぞれHeLa細胞に添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。続いて、ウェルプレート上においてMEM培地水溶液で細胞を洗浄して浸漬液を置換したのち、MTSアッセイキットのプロトコルに従って細胞の生存率を調べた。すなわち、所定量のMTS+PMSを含むMEMを細胞に加えて37℃、30分インキュベートした後、490nmの吸収光をマイクロプレートリーダで測定した。 図3には、MEM中のHeLa細胞のMTS活性を100%として、上記の方法で測定された各濃度で各金属イオン種を含む浸漬液に浸漬した後の細胞の生存率を算出した結果を示す。
【実施例】
【0042】
図3に示すように、使用した金属イオンの種類や浸漬液中での濃度に応じて、測定されるMTS活性が変化した。30分間の浸漬の際に、1価のアルカリ金属イオンでは1000mM以上の高濃度の水溶液に浸漬した場合でも高い細胞生存率が観察されると共に、2価のアルカリ土類金属イオンの場合にも生体内での濃度に対して顕著に高い500~1000mM程度まで細胞が生存することが確認された。
【実施例】
【0043】
一方、遷移金属等では金属イオン種によって浸漬によって細胞の生存が困難になる濃度が変化し、Mn2+,Co2+,Ni2+では300~500mM程度まで細胞の生存率が認められるのに対して、Cu2+,Zn2+,Al3+,Fe3+では25mM程度以上で細胞の生存が困難になる傾向が観察された。
以下、各金属イオン種について、浸漬後にMTS活性が残存する濃度範囲を中心に、細胞膜の切り出しについて検討を行った。
【実施例】
【0044】
[実施例3] 各種金属イオンを含む浸漬液を用いた細胞膜の切り出し
実施例2で検討した各金属イオン種について、主に浸漬後にMTS活性が残存する濃度範囲の浸漬液を用いて細胞膜の切り出しを試みた。
MEM培地を用いてHeLa細胞をウェルプレートに播種した。約24時間後、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でウェルプレート上の細胞を2回洗浄した。その後、緩衝液Aに各種金属イオンの塩化物を添加して所定濃度とした浸漬液をそれぞれHeLa細胞に添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。続いて、ウェルプレート上で緩衝液Aにより各浸漬液を置換して、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置して細胞膜の切り出しを試みた。
【実施例】
【0045】
図4及び図5には、上記により浸漬液に浸漬後に緩衝液Aに置換して静置した後の、各条件における細胞を位相差顕微鏡(レンズ×20)で観察した結果を示す。図中に示した各塩の濃度は、浸漬液における濃度と緩衝液Aにおける金属塩濃度を示す。図4より明らかなように、1価及び2価の金属塩を含む浸漬液に浸漬した細胞では、金属イオン種により頻度の違いは見られるが、すべての場合について球状物(ベシクル)が観察された。一方、図5に示したように3価の金属塩を含む浸漬液に浸漬した場合は、検討を行ったいずれのイオン種や濃度においても細胞膜の切り出しが観察されず、細胞の凝集等が認められた。
上記の結果より、1価又は2価の金属イオンを含む浸漬液にMTS活性が残存する程度の条件で浸漬した場合には、その後に緩衝液等に細胞を保持することで細胞膜の切り出しを生じる一方、主に3価の金属イオンを含む浸漬液に浸漬した場合には、MTS活性の有無によらず緩衝液中での細胞膜の切り出しを生じにくいものと考えられた。
【実施例】
【0046】
[実施例4] 浸漬液における金属イオンの濃度と、細胞膜の切り出し頻度の関係
細胞膜の切り出しが観察された1価又は2価の金属イオン種について、主にMTS活性が残留する範囲内に関して、浸漬液における濃度を変化した際の細胞膜の切り出し頻度の変化を以下の方法で検討した。
【実施例】
【0047】
MEM培地を用いてHeLa細胞をウェルプレートに播種した。約24時間後、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でウェルプレート上の細胞を2回洗浄した。その後、緩衝液Aに各種金属イオンの塩化物(6種類)を添加して所定濃度とした浸漬液をそれぞれHeLa細胞に添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。続いて、ウェルプレート上で緩衝液Aにより各浸漬液を置換して、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置し、それぞれの条件でウェルプレート上に観察された細胞について、形態に変化がないもの、細胞の切り出しに伴う球状物を生じたもの、その他の形態変化を生じたものに分けて細胞数を計測した。
【実施例】
【0048】
図6には、その結果を示した。図6より、1価又は2価の金属イオンを含む浸漬液に浸漬した後に緩衝液に保持した際に、一般に浸漬液中の金属イオンの濃度が高まるに従って形態変化が見られない頻度が低下して細胞膜の切り出しとその他の形態変化が拮抗し、細胞膜の切り出しを生じる割合が増加する傾向が見られた。また、特にZn2+の場合には、MTS活性が消失する50mM以上の濃度においても良好な細胞膜の切り出しが観察され、例えば、50mMでは90%以上の細胞から球状物(ベシクル)が得られることが明らかになった。
【実施例】
【0049】
[実施例5] 金属イオンの対イオン(陰イオン)の影響
本発明においては、浸漬液に金属イオン種とその対イオンである陰イオンが存在する。このため、上記で検討したClイオン以外の陰イオンが浸漬液に存在する場合に関して、以下の検討を行った。
MEM培地を用いてHeLa細胞をウェルプレートに播種した。約24時間後、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でウェルプレート上の細胞を2回洗浄した。その後、緩衝液AにNaとKのそれぞれの臭化物とヨウ化物を添加して所定濃度とした浸漬液をそれぞれHeLa細胞に添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。
続いて、ウェルプレート上においてMEM培地水溶液で細胞を洗浄して浸漬液を置換したのち、MTSアッセイキットのプロトコルに従って実施例2と同様に細胞の生存率を調べた。
【実施例】
【0050】
また、上記浸漬液への浸漬後にウェルプレート上で緩衝液Aにより各浸漬液を置換して、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置し、それぞれの条件でウェルプレート上の細胞について位相差顕微鏡(レンズ×20)で観察した。
図7には、上記の結果を合わせて示す。図7に示すように、Na,K共に、臭化物塩、ヨウ化物塩を用いた場合にも、上記で示した塩化物塩を用いた場合と同様の浸漬後の細胞生存率が観察された。また、細胞膜の切り出しに関しても、塩化物塩と同様に良好な切り出しが観察された。以上の結果から、本発明によって細胞膜の切り出しを行う際に使用する金属塩に関して、特に金属イオンの対イオンである陰イオンの種類は特に限定されないものと推察された。
【実施例】
【0051】
[実施例6] 浸漬液への浸漬による細胞膜中の酵素活性への影響の評価
本発明により切り出した細胞膜は、生存している細胞において細胞膜が果たす機能を体外において評価する際に使用されることが望まれる。この観点から、本発明による浸漬液への浸漬を行った後の細胞膜が有する酵素活性(ATPase活性)を以下の方法で評価し、浸漬液への浸漬を行わない未処理の場合と比較した。
【実施例】
【0052】
6-1 培養細胞からの細胞膜成分の回収
6-1-1 未処理の細胞からの細胞膜成分の回収
以下の方法により、本発明における浸漬液に浸漬しない未処理のHeLa細胞の細胞膜成分を回収した。つまり、MEM培地を用いて90%程度のコンフルエンシーに達したHeLa細胞(MEM培地)をディッシュ上に準備し、これを氷上で冷やした緩衝液B(50mMのTris-HCl(pH7.5)、50mMのNaCl)で2回洗浄した。続いて、緩衝液Bを加えてセルスクレーパーで細胞をプラスチックチューブに回収し、フレンンチプレス機(圧力:24000PSI)により細胞を破砕した。細胞破砕物を、4℃にて3500g×10分間遠心処理し、上澄みを回収した。この上澄み液を、540,000g×60分間、4℃で超遠心処理し、上澄みを除いた。遠心チューブ底に溜まった細胞膜成分のペレットを、緩衝液Bで2回洗浄した後に、500μlの緩衝液Bで再懸濁後、氷上でホモジナイズ処理した。
【実施例】
【0053】
6-1-2 金属塩を含む浸漬液に浸漬した細胞からの細胞膜成分の回収
以下の方法により、各種の金属塩を含む浸漬液に浸漬したHeLa細胞の細胞膜成分を回収した。つまり、MEM培地を用いて90%程度のコンフルエンシーに達したHeLa細胞をディッシュ上に準備し、この細胞を、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)で2回洗浄した。続いて、緩衝液AにKCl,NaCl,ZnClを、それぞれKCl:1M、NaCl:1M、ZnCl:20mMの濃度となるように添加した浸漬液を上記HeLa細胞に添加して浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置して浸漬処理を行った。その後、処理した細胞の環境を緩衝液Bに置換したのち、セルスクレーパーで細胞をプラスチックチューブに回収し、上記未処理の細胞と同様に細胞を破砕して、細胞膜成分と緩衝液Bのホモジネートを得た。
【実施例】
【0054】
6-1-3 ホルムアルデヒドを用いて処理をした細胞からの細胞膜成分の回収
非特許文献1に記載の方法でホルムアルデヒドを含む溶液を用いて処理を行ったHeLa細胞について、上記未処理の細胞と同様の操作により、細胞膜成分と緩衝液Bのホモジネートを得た。
【実施例】
【0055】
6-2 細胞膜成分のタンパク質の定量
上記で得られたそれぞれの細胞の細胞膜成分の再懸濁液50μlについて、サーモサイエンティッフィック社のModified Lowry Protein Assay Kitを用いて、Lowry法により、各再懸濁液に含まれる細胞膜成分のタンパク量を定量した。
【実施例】
【0056】
6-3 ATPase活性の測定
細胞膜成分中のATPase活性は、ATPase酵素がATP加水分解により放出するリン酸を、マラカイトグリーンリン酸塩検出方法により検出した。すなわち、50mMのTris-HCl(pH7.5)、50mMのNaCl、5mMのATPを含む反応溶液200μlを準備し、上記6-2の定量結果に基づいて細胞膜成分25μgに相当する量の各再懸濁液を加え、37℃で反応を行った。反応時間経過後、マラカイトグリーン溶液に上記反応液50μlを加え、630nmの吸光度を測定し、計測した吸光度から遊離したリン酸の濃度を求めた。
求めた遊離リン酸の濃度から、単位細胞膜成分量あたりのATP活性を求めて、その結果を図8に示す。
【実施例】
【0057】
図8に示すとおり、従来知られるように、本発明に係る処理を行わない未処理の細胞から取り出した細胞膜成分は、その取り出し後においても一定のATPase活性を示した。一方、本発明における浸漬液への浸漬を行った後の細胞から取り出した細胞膜成分においても一定のATPase活性を示すこと明らかである。つまり、1MのNaイオンを含む浸漬液中に30分の浸漬を行った細胞は、未処理の細胞に比べて80%以上のATP活性(酵素活性)を保持していることから、本発明により特にNaイオンを用いて切り出された細胞膜が高い膜タンパクの機能を維持していることが推察された。また、Kを用いた場合には50%以上、比較的低濃度で細胞活性を消失させるZn2+の場合でも約15%以上の酵素活性が維持されている。これに対して、従来知られたベシクル状の細胞膜の切り出しに用いられる条件でホルムアルデヒドを作用させた細胞においては、当該処理後に取り出された細胞膜において実質的にATP活性が観察されないことが示された。
【実施例】
【0058】
このことから、本発明により切り出された細胞膜においては実質的に膜タンパクの機能が維持されており、特にATPase活性の点からは本発明における浸漬液への浸漬を行わない細胞と比較して15%以上の活性を維持していることが示され、生体内における細胞膜の機能を体外において評価する際に有用であると推察される。
【実施例】
【0059】
[実施例7]細胞膜のGFPを用いた評価
本発明により切り出された細胞膜における膜タンパク質の機能を評価するため、GFP(緑色蛍光タンパク質)を用いた評価を以下のように行った。つまり、細胞膜に取り込まれたGFPが、膜タンパク質の立体構造や蛍光団が正常状態の時に蛍光を呈することを利用して、本発明により切り出された細胞膜の膜タンパク質を評価した。
【実施例】
【0060】
7-1 細胞膜移行シグナル融合GFPを発現したHeLa細胞の準備
MEM培地を用いてHeLa細胞をガラスボトムディッシュに播種した。24時間後、パルミトイル化膜移行シグナルを結合したGFPタンパク質をコードするプラスミドベクター(pAcGFP1-Mem Vector(登録商標)クローンテック社)を、遺伝子導入試薬FuGENE(登録商標)HD&6を用いて細胞に導入し、24時間後にパルミトイル修飾GFPの発現した細胞として、細胞膜切り出し実験に用いた。なお、図9には、上記細胞を共焦点レーザー顕微鏡にて蛍光観察した結果を示す。GFPを発現させることにより、細胞の各部分に蛍光が生じることを確認した。
【実施例】
【0061】
7-2 ホルムアルデヒド処理をした細胞におけるパルミトイルGFPの蛍光観察
上記で準備した細胞を、非特許文献1に記載の方法でホルムアルデヒドを含む溶液を用いて処理を行ったHeLa細胞について、共焦点レーザー顕微鏡による観察を実施した。その結果、ホルムアルデヒドを添加直後にGFPの蛍光強度が減少し、30分程度で蛍光が消失することが観察された。
【実施例】
【0062】
7-3 本発明により切り出された細胞膜におけるパルミトイルGFPの蛍光観察
上記で準備した細胞を、300mMのTris-HCl(pH7.5)、100mMのNaCl、2mMのCaCl(緩衝液A)でガラスボトムディッシュ上で2回洗浄した。その後、緩衝液Aに20mMのZnClを添加して所定濃度とした浸漬液を添加して細胞を浸漬し、5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置した。細胞から細胞膜の一部を切り出すための切出し液としての緩衝液Aで置換して、更に5%の炭酸ガス雰囲気下、37℃で30分間静置して細胞膜の切り出しをおこなった。その後、ヴォルテックスによる振動処理を加えて細胞膜ベシクル懸濁液を得た。
【実施例】
【0063】
図10には、カバーガラスに載せた細胞膜ベシクル懸濁液中のベシクルを、共焦点レーザー顕微鏡にて蛍光観察を行った結果を示す。図10に示されるように、ベシクル状の細胞膜にパルミトイルGFP由来と考えられる蛍光が観察された。なお、図10(a)は、ベシクルがカバーガラスに接触して平面上になった部分、図10(b)は、それ以外の部分に合焦して観察した結果である。
【実施例】
【0064】
以上の結果から、本発明によってパルミトイル修飾GFPの発現した細胞からベシクル状に切り出した細胞膜においては、切り出し後においてもGFPの蛍光が観察されることから、本発明により切り出された細胞膜においては膜タンパク質の構造や機能が維持されていると推察された。一方、公知例であるホルムアルデヒドを用いた細胞膜の切り出しによっては、パルミトイル修飾GFPの発現した細胞をホルムアルデヒドで処理した段階でGFPの蛍光が消失することから、切り出された後の細胞膜に含まれる膜タンパク質が失活するものと推察された。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9