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明細書 :ノックインマウス

発行国 日本国特許庁(JP)
公報種別 特許公報(B2)
特許番号 特許第6323876号 (P6323876)
登録日 平成30年4月20日(2018.4.20)
発行日 平成30年5月16日(2018.5.16)
発明の名称または考案の名称 ノックインマウス
国際特許分類 C12N  15/09        (2006.01)
C07K  14/47        (2006.01)
A01K  67/027       (2006.01)
G01N  33/15        (2006.01)
G01N  33/50        (2006.01)
FI C12N 15/00 ZNAA
C07K 14/47
A01K 67/027
G01N 33/15 Z
G01N 33/50 Z
請求項の数または発明の数 11
全頁数 24
出願番号 特願2015-500322 (P2015-500322)
出願日 平成26年2月14日(2014.2.14)
国際出願番号 PCT/JP2014/053555
国際公開番号 WO2014/126225
国際公開日 平成26年8月21日(2014.8.21)
優先権出願番号 2013026838
優先日 平成25年2月14日(2013.2.14)
優先権主張国 日本国(JP)
審査請求日 平成29年1月16日(2017.1.16)
特許権者または実用新案権者 【識別番号】506122327
【氏名又は名称】公立大学法人大阪市立大学
発明者または考案者 【氏名】森 啓
【氏名】富山 貴美
【氏名】梅田 知宙
【氏名】森田 隆
【氏名】吉田 佳世
個別代理人の代理人 【識別番号】100156845、【弁理士】、【氏名又は名称】山田 威一郎
【識別番号】100124039、【弁理士】、【氏名又は名称】立花 顕治
【識別番号】100124431、【弁理士】、【氏名又は名称】田中 順也
【識別番号】100112896、【弁理士】、【氏名又は名称】松井 宏記
審査官 【審査官】戸来 幸男
参考文献・文献 特開2008-000027(JP,A)
国際公開第2006/038729(WO,A1)
J. Neurosci.,2010年,vol.30, no.14,pp.4845-4856
Dementia Jpn.,2012年,vol.26, no.3,pp.225-241
Transl. Psychiatry,2012年,vol.13, no.2,pp.e183(1/14-14/14)
科学研究費補助金研究成果報告書(課題番号:19689009),2010年,pp.1/4-4/4
Alzheimer's Dementia: J. Alzheimer's Assoc.,2012年,vol.8, no.4, suppl.1,pp.P203-204[P1-279]
Ann. Neurol.,2008年,vol.63, no.3,pp.377-387
Dementia Jpn.,2008年,vol.22, no.1,pp.26-36
Cell Res.,2012年,vol.22, no.1,pp.78-89
日本臨床,2011年,vo.69, suppl.8,pp.233-240
調査した分野 C12N 15/00-15/90
C07K 14/47
A01K 67/027
G01N 33/15
G01N 33/50
UniProt/GeneSeq
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
特許請求の範囲 【請求項1】
下記(a)又は(b)に示される変異アミロイド前駆体タンパク質(変異APP)遺伝子がノックインされており、且つ、当該変異APP遺伝子をホモで有するノックインマウス:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるマウス型変異アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子、又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基以外の領域の1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードする変異APP遺伝子。
【請求項2】
アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法であって、
請求項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部であってアルツハイマーの病変部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善の有無を調べ、アルツハイマー病の症状を改善した被検物質を選択する工程、を含むスクリーニング方法。
【請求項3】
アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価方法であって、
請求項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部であってアルツハイマーの病変部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善効果を調べる工程、を含む薬効評価方法。
【請求項5】
アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項4に記載の薬効評価方法。
【請求項6】
下記(a)又は(b)に示される変異アミロイド前駆体タンパク質(変異APP)遺伝子の、アルツハイマー病のモデル動物(但し、ヒトを除く。)の製造のための使用:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるマウス型変異アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子、又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基以外の領域の1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードする変異APP遺伝子。
【請求項7】
アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
請求項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部であってアルツハイマーの病変部の、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニングのための使用。
【請求項9】
アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
請求項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部であってアルツハイマーの病変部の、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価のための使用。
【請求項11】
アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項10に記載の使用。
発明の詳細な説明 【技術分野】
【0001】
本発明は、生理的な範囲での遺伝子発現のもとでアルツハイマー病を発症するノックインマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アルツハイマー病は、アミロイドβタンパク質が線維化して蓄積し、老人斑を形成することにより発症すると考えられていた。アミロイドβは、695個又は770個のアミノ酸残基からなるアミロイド前駆タンパク質(APP)の一部がセクレターゼにより切り出されて生成される約40アミノ酸残基からなる凝集性の高いペプチドである。しかし、近年では、老人斑の形成がアルツハイマー病の原因ではなく、アミロイドβタンパク質のオリゴマーがアルツハイマーの真の病因であるとする仮説が注目されている(例えば非特許文献1等を参照)。
【0003】
本発明者らは、アミロイドβタンパク質のオリゴマー形成が促進される変異を有するタイプのアルツハイマー病患者発見し、これを大阪変異と名付けた(例えば非特許文献2を参照)。大阪変異はアミノ酸42残基又は40残基からなるアミロイドβタンパク質の第22番のグルタミン酸残基が欠失される変異であり、この変異によってアミロイドβタンパク質の線維化が起こりにくくなり、オリゴマー形成が促進されると考えられている。
【0004】
認知症の主な原因とされているアルツハイマー病患者の増加は、近年、大きな社会的関心事となっており、その治療薬や治療方法の早期の確立が望まれている。特定の疾患の治療薬や治療方法の検討には、その疾患のモデル動物を用いて解析が行われるのが一般的である。そこで本発明者らは、大阪変異を有するヒト型変異APP遺伝子を導入して、大阪変異を有するヒト型アミロイドβタンパク質を過剰に発現するトランスジェニックマウスを作製した。しかし、トランスジェニックマウスにより得られる結果は、導入された遺伝子の過剰発現又は外来遺伝子を導入したことにより生じるアーチファクトである可能性を否定できない。更に、ヒト型のAPP遺伝子がマウスに導入されているため、マウスにおいてヒト型のアミロイドβタンパク質が発現し、異種間相互作用を否定できず正確に病態が反映されていない可能性があった。
【0005】
このような異種間相互作用の問題は、マウスにおいてマウス型変異アミロイドβタンパク質を生成するアルツハイマー病モデルを作製することにより回避することができる。しかし、従来、マウス型のアミロイドβタンパク質はヒト型とは異なる挙動を示すと一般的に考えられていた。アミロイドβタンパク質は、ヒト型とマウス型では3アミノ酸残基の相違があり、このアミノ酸残基の違いによりアミロイドβタンパク質の蓄積が生じにくいとする実験結果が報告されている(例えば非特許文献3を参照)。また、通常はヒトに対する治療薬や治療方法を検討するためにトランスジェニック動物を利用することから、ヒトの遺伝子を導入するのが当然と理解されており、敢えてマウスにマウス型の変異アミロイドβタンパク質をコードする遺伝子を導入してアルツハイマー病モデルを作製することは検討されていなかった。従って、ヒト遺伝子由来のタンパク質を持たないマウス型遺伝情報、又はマウス型異常たんぱく質単独でのアルツハイマー病モデルマウスは報告なされていないのが現状であった。
【先行技術文献】
【0006】

【非特許文献1】Selkoe DJ,Science 298;789-791,2002
【非特許文献2】Tomiyama T et al.,Ann Eurol 63;377-387,2008
【非特許文献3】Thomas Dyrks et al.,FEBS LETTERS,vol.324,number 2,231-236
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、生理的な範囲での遺伝子発現のもとで大阪変異を有する変異型アミロイドβタンパク質を生合成するノックインマウスを提供することを主な目的とする。更に、本発明は、当該ノックインマウスを使用したアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法、ならびにアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価方法を提供することを更なる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述のように、従来、マウス型アミロイドβタンパク質はヒト型アミロイドβタンパク質とは性質が異なるためにアルツハイマー病の原因となり得ないというのが共通の認識とされていた。しかし、本発明者らが鋭意検討を行った結果、第22番のグルタミン酸が欠失大阪変異を有するマウス型アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子を用いて作製されたノックインマウスでは、これまでの認識に反してアルツハイマー病を発症することを見出した。更に、病理学的及び行動学的な観点より、このノックインマウスがヒトの大阪変異型のアルツハイマー病の症状が忠実に再現されていることが確認された。本発明は、このような知見に基づいて更に研究を重ねた結果完成されたものである。
【0009】
即ち、本発明は下記に掲げるノックインマウス、当該ノックインマウスを利用したアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価方法などを提供する。
項1. 下記(a)又は(b)に示される変異アミロイド前駆体タンパク質(変異APP)遺伝子がノックインされており、且つ、当該変異APP遺伝子をホモで有するノックインマウス:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるマウス型変異アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子、又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基以外の領域の1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードする変異APP遺伝子。
項2. アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法であって、
項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善の有無を調べ、アルツハイマー病の症状を改善した被検物質を選択する工程、を含むスクリーニング方法。
項3. アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、項2に記載のスクリーニング方法。
項4. アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価方法であって、
項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善効果を調べる工程、を含む薬効評価方法。
項5. アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、項4に記載の薬効評価方法。
項6. 下記(a)又は(b)に示される変異アミロイド前駆体タンパク質(変異APP)遺伝子の、アルツハイマー病のモデル動物の製造のための使用:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるマウス型変異アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子、又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基以外の領域の1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードする変異APP遺伝子。
項7. アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、項6に記載の使用。
項8. 項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部の、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニングのための使用。
項9. アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、項8に記載の使用。
項10. 項1に記載のノックインマウス又はその生体の一部の、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価のための使用。
項11. アルツハイマー病の症状が、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落及び学習記憶障害からなる群より選択される少なくとも1種である、項10に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明のノックインマウスはヒトの大阪変異型アルツハイマー病の症状を忠実に再現しており、大阪変異型アルツハイマー病の疾患モデルマウスとして使用できる。更に、本発明のノックインマウスは、全てマウス由来の分子の作用のもとでアルツハイマー病を発症することから、アルツハイマー病のメカニズムや予防及び/又は治療における検討の際に異種間相互作用の影響を考慮する必要がなく、より正確な評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1(a)はマウスアミロイド前駆体タンパク質(APP)遺伝子の構造を示し、図1(b)下段はターゲッティングベクターに導入される変異が導入されたAPP遺伝子の構造を示し、図1(c)はターゲッティングベクターにより変異が導入された陽性クローンES細胞におけるAPP遺伝子の構造を示す。
【図2】β001抗体により染色されたTG2576マウス(a)及びhomoKIマウス(b)の脳切片の写真である。
【図3】β001抗体により染色されたhomoKIマウス(b,d)とnonKIマウス(a,c)の脳切片の写真である。
【図4】抗14F1抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真である。
【図5】抗体A11抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真である。
【図6】抗PHF-1抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真である。
【図7】抗シナプトフィジン抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真、ならびにシナプス密度の測定結果を表すグラフである。グラフ中、*はnonKIマウスに対してp値<0.05を表し、**はnonKIマウスに対してp値<0.0001、及びheteroKIマウスに対してp値<0.05を表す。
【図8】抗Iba1抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真である。
【図9】抗GFAP抗体により染色されたhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真である。
【図10】抗NeuN抗体によりhomoKIマウス、heteroKIマウス及びnonKIマウスの脳切片の写真及び神経細胞数の測定結果を表すグラフである。グラフ中、*はnonKIマウス、heteroKIマウスに対してp値<0.05を表す。
【図11】モリス水迷路試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、アミノ酸、ペプチド、タンパク質は、以下に示すIUPAC-IUB生化学命名委員会(CBN)で採用された略号を用いて表される。
A=Ala=アラニン、C=Cys=システイン、
D=Asp=アスパラギン酸、E=Glu=グルタミン酸、
F=Phe=フェニルアラニン、G=Gly=グリシン、
H=His=ヒスチジン、I=Ile=イソロイシン、
K=Lys=リシン、L=Leu=ロイシン、
M=Met=メチオニン、N=Asn=アスパラギン、
P=Pro=プロリン、Q=Gln=グルタミン、
R=Arg=アルギニン、S=Ser=セリン、
T=Thr=トレオニン、V=Val=バリン、
W=Trp=トリプトファン、Y=Tyr=チロシン

【0013】
また、特に明示しない限り、ペプチドおよびタンパク質のアミノ酸残基の配列は、左端から右端にかけてN末端からC末端となるように表される。

【0014】
[ノックインマウス]
本発明のノックインマウスは、下記(a)又は(b)に示される変異アミロイド前駆体タンパク質(変異APP)遺伝子がノックインされており、且つ、当該変異APP遺伝子をホモで有することを特徴とする。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるマウス型変異アミロイドβタンパク質をコードする変異APP遺伝子、又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基以外の領域の1又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードする変異APP遺伝子。

【0015】
より具体的には、本発明のノックインマウスは、上記特徴を有することにより、マウスアミロイドβタンパク質において第22番のグルタミン酸残基が欠失されたマウス型変異アミロイドβタンパク質を生合成することができ、大阪変異型アルツハイマー病の疾患モデルマウスとして使用され得る。

【0016】
本発明のノックインマウスは、次のようにして作製される。即ち、前記(a)又は(b)の変異APP遺伝子を含むターゲッティングベクターを、マウス胚性幹細胞(ES細胞)に導入し、相同組換えにより内在性APP遺伝子座に(a)又は(b)の変異APP遺伝子が組み込まれたES細胞クローンを選択する。そして、得られたES細胞クローンをマウス宿主胚に移植してキメラマウスを得て、更にこれを交配することにより本発明のノックインマウスを得ることができる。

【0017】
また、本発明のノックインマウスは、前記(a)又は(b)に示される変異APP遺伝子を発現可能な状態で安定に保持する。ここで、「安定に保持する」とは、本発明のノックインマウスの細胞内に前記DNAが発現可能な状態に永続的に存在することを指し、前記DNAが宿主染色体上に組み込まれていてもよく、染色体外DNAとして安定に存在していてもよいが、好ましくは染色体上に組み込まれた状態で保持されている。更に、本発明のノックインマウスは、前記(a)又は(b)に示される変異APP遺伝子に関してホモ接合体である。

【0018】
以下、本発明のノックインマウスの作製方法及び特徴について詳述する。
<ターゲッティングベクターの作製>
ターゲッティングベクターは、前記(a)又は(b)の変異APP遺伝子のDNA塩基配列を有するポリヌクレオチドを調製し、公知のベクターに挿入して得ることができる。

【0019】
(変異APP遺伝子の調製)
前記(a)又は(b)の変異APP遺伝子のDNA塩基配列を有するポリヌクレオチドは、マウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることによりマウスAPP遺伝子を得て、更に当該APP遺伝子に対して変異を導入することによって調製することができる。マウスAPP遺伝子(野生型)は公知であり、配列番号2に示される。

【0020】
マウスのゲノムDNAライブラリーは、BACライブラリー等の商業的に入手可能なものを使用することもでき、例えば、129系統、C57BL/6系統、BALB/c系統、C3H系統等の純系、ICR系統等の交雑系のマウスゲノムDNAライブラリーより従来公知の手法に従って調製することもできる。

【0021】
マウスAPP遺伝子は公知であることから、APP遺伝子の塩基配列に基づいて設計されたプライマーを用いて前述のマウスゲノムDNAをスクリーニングして得ることができる。

【0022】
アミロイドβタンパク質は、アミロイド前駆体タンパク質(APP)からβ-又はγ-セクレターゼにより切り出されて生成される。マウスアミロイド前駆体タンパク質遺伝子(APP遺伝子)は、18のエクソンを含み、アミロイドβタンパク質の第22番グルタミン酸はエクソン17によってコードされている。そのため、クローニングの際には、少なくともAPP遺伝子のエクソン17を含むDNA断片がクローニングされるようにプライマーを設計する。また、配列番号2においてエクソン17をコードする領域は、塩基配列の5'末端から数えて第211440~211586塩基の領域に相当し、アミロイドβタンパク質の第22番グルタミン酸残基は第211452~211454塩基(GAA)によりコードされている。

【0023】
得られたDNA断片に対して、アミロイドβタンパク質のN末端から数えて第22番のグルタミン酸残基を欠失する変異を導入し、大阪変異を有する変異アミロイドβタンパク質をコードするポリヌクレオチドを得ることができる。変異の導入方法は前記第22番のグルタミン酸が欠失され得る限り特に限定されず、従来公知の方法に従って行うことができるが、具体的には、後述する実施例に記載される方法が例示される。

【0024】
また、変異APP遺伝子は、配列番号1で示されるアミノ酸配列において例えば、1個又は複数個、1又は数個、或いは1~5個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなり、マウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発するポリペプチドをコードするものであってもよい(即ち、前記(b)に示される変異APP遺伝子に相当する)。但し、このような変異の導入は、マウス型のアミロイドβタンパク質に特徴的な配列、即ち、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、N末端から数えて第5番目のグリシン残基、第10番目のフェニルアラニン残基、及び第13番目のアルギニン残基の領域に対して行う。

【0025】
アミノ酸置換を行う場合は、側鎖官能基の性質に基づく保存的置換であることが好ましい。天然アミノ酸は、側鎖官能基によって非極性アミノ酸、非電荷アミノ酸、酸性アミノ酸及び塩基性アミノ酸の各カテゴリーに分類される。保存的置換とは、もとのアミノ酸残基と置換後のアミノ酸残基が同一のカテゴリーに分類されるアミノ酸残基であることを指す。ここで、「非極性アミノ酸」として具体的には、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、及びトリプトファン;「非電荷アミノ酸」として、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミン;「酸性アミノ酸」として、アスパラギン酸及びグルタミン酸;「塩基性アミノ酸」として、リジン、アルギニン、及びヒスチジンがそれぞれ挙げられる。

【0026】
アミノ酸を欠失する場合は、発現されるポリペプチドがマウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発することが可能である限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列の例えばN末端又はC末端から例えば1~5個のアミノ酸を欠失させてもよい。

【0027】
アミノ酸を挿入する場合は、発現されるポリペプチドがマウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発することが可能である限り挿入されるアミノ酸の数や位置は特に限定されないが、配列番号1で示されるアミノ酸配列の任意の場所に例えば、1若しくは数個、或いは1~5個のアミノ酸残基を挿入してもよい。また、アミノ酸を挿入する場合、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、第21番のアラニン残基と第22番のアスパラギン酸残基の間を避けて行う。

【0028】
アミノ酸を付加する場合、発現されるポリペプチドがマウス体内で発現することによりアルツハイマー病を誘発することが可能である限り、付加されるアミノ酸の数は限定されないが、例えば1~5個が挙げられる。

【0029】
これらの変異の導入については従来公知の方法を採用することができ、例えば部位特異的変異導入法等が挙げられる。部位特異的変異導入法は、例えば、Inverse PCRに基づく手法や、QuikChange II Kit(ストラタジーン社製)の市販キットを利用することにより実施することができる。また、2個所以上に変異を導入する場合には上記方法に準じた方法を繰り返すことにより、目的とするポリペプチドをコードする変異APP遺伝子を得ることができる。

【0030】
このような変異を有するアミノ酸配列からなる変異アミロイドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列に対する配列同一性が25%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは90%以上のものが挙げられる。

【0031】
ポリペプチドの配列同一性については、対比される2つのポリペプチドを最適に整列させ、アミノ酸が両方の配列で一致した位置の数を比較アミノ酸総数で除し、この結果に100を乗じた数値で表わされる。具体的には、ポリペプチドの配列同一性は、「GENETYX Ver.10」(ゼネティックス社)のMaximum matchingプログラムをデフォルトのパラメーターで用いることで決定することができる。

【0032】
また、前記(b)に示される変異APP遺伝子は、前述の変異(アミロイドβタンパク質の第22番グルタミン酸の欠損)を有している限り、前記(a)に示される変異APP遺伝子の相補配列に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得るものであり、且つマウスにおいてアルツハイマー病を発症し得るものであってもよい。ここで、ストリンジェントな条件としては、例えば、42℃でのハイブリダイゼーションの後、1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液により42℃で洗浄処理が挙げられる。より高ストリンジェントな条件としては、例えば、65℃でのハイブリダイゼーションの後、0.1×SSC、0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理が挙げられる。ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーは、上記の塩濃度、温度条件等以外の要素により影響を受け、当業者であれば種々の要素に基づいて上記される具体的条件によるストリンジェンシーと同等のストリンジェンシーが実現され得る条件を設定することができる。

【0033】
(変異アミロイド遺伝子を含むターゲッティングベクターの調製)
上記のようにして得られる変異APP遺伝子をベクターに挿入してターゲッティングベクターを作製する。ターゲッティングベクターは、該ターゲッティングベクターとゲノム中のAPP遺伝子との間の相同組換えにより、第22番目のグルタミン酸が欠失させるように設計される。また、ターゲッティングベクターは相同組換えを可能とするために、マウスの内在性APP遺伝子と相同な領域を、導入されるDNA断片(変異APP遺伝子)の両端(5'側及び3'側)に含んでいてもよい。即ち、ターゲッティングベクターとしては、例えばアミロイド遺伝子の上流の配列、前記変異アミロイド配列、ポジティブ選択マーカー遺伝子、及びアミロイド遺伝子の下流の配列を含むものが挙げられる。

【0034】
目的の変異APP遺伝子が組み込まれていることを確認するためにターゲッティングベクターに挿入されるポジティブ選択マーカーとしては、従来公知の遺伝子薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子等を使用することができる。薬剤耐性遺伝子としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、等が挙げられる。また、レポーター遺伝子としては、例えばβ-ガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子、GFP遺伝子等が挙げられる。これらのポジティブ選択マーカー遺伝子は、ES細胞中で発現可能なように、プロモーター配列を含む発現カセットとして組み込まれていることが望ましい。

【0035】
ポジティブ選択マーカー遺伝子は変異APP遺伝子の発現を妨げる場合あるため、従来公知の遺伝子工学的手法を用いて、相同組換え体の選択後にポジティブ選択マーカーを除去することが好ましい。このような手法としては、例えばCre-loxP系やFlp-frt系、バクテリオファージatt系を利用する方法が挙げられる。例えば、Cre-loxP系を利用する場合、ポジティブ選択マーカー遺伝子の両端にloxP配列を配し、Creリコンビナーゼを作用させることにより除去することができる。また、Flp-frt系を利用する場合には、ポジティブ選択マーカーの両端にfrt配列を配し、Flpリコンビナーゼにより除去することができる。

【0036】
ターゲッティングベクターにおいて、内在性APP遺伝子に相同な領域の外側に、ネガティブ選択用マーカー遺伝子を挿入することにより相同組換えにより標的となる内在性APP遺伝子にターゲティングされたクローンのみを効率よく選択することができる。ネガティブ選択マーカー遺伝子としては、例えばジフテリア毒素(DT)遺伝子、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子等が挙げられる。

【0037】
ターゲッティングベクターは、前記変異APP遺伝子、標的配列に相同な5'側腕及び3'側腕、選択マーカー遺伝子等を、制限酵素、DNAリガーゼ等を用いた通常の遺伝子工学的手法により従来公知のベクター中に挿入して調製され得る。

【0038】
ベクターとしては、マウスES細胞において発現可能であり、且つ形質転換可能なものであれば特に限定されないが、例えば大腸菌由来のプラスミド、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス等のウイルスなどが用いられる。なかでも、好ましいベクターとして大腸菌由来のプラスミド等が挙げられる。

【0039】
<ES細胞への導入及びノックインマウスの選択>
前記ターゲッティングベクターをマウスES細胞に導入することにより、所望の変異アミロイドβタンパク質を発現し得るキメラマウスを得ることができ、得られたキメラマウスを交配することにより前記変異アミロイドβタンパク質をコードする遺伝子についてホモ接合体であるノックインマウスを得ることができる。

【0040】
ES細胞は胚盤胞期の受精卵の内部細胞塊(ICM)に由来し、インビトロで未分化状態を保ったまま培養維持できる細胞である。本発明のノックインマウスを作製するために使用されるマウスES細胞としては、既に樹立された細胞株を用いてもよく、公知の方法(例えば、Nature(1981)vol.292,p.154を参照)に従って新たに樹立されたものを用いてもよい。既に樹立されたマウスES細胞株としては、RF8細胞(Meiner,V.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,93:14041-14046(1996))、CGR8細胞(Nichols,J.et al.,Development,110:1341-1348(1990))、MG1.19細胞(Gassmann,M.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,92:1292-1296(1995))等が挙げられる。また、例えば、大日本製薬(株)より市販されているマウスES細胞129SV(No.R-CMTI-1-15、No.R-CMTI-1A)、C57/BL6(No.R-CMTI-2A)、DBA-1(No.R-CMTI-3A)等を用いることができる。また、マウスiPS細胞を使用してノックインマウスを作製することも可能である。マウスiPS細胞を利用する場合であっても後述するES細胞を用いた場合の方法に準じてノックインマウスの作製を行うことができる。

【0041】
ES細胞株の培養条件については、ES細胞の未分化幹細胞としての性質を維持することが可能な限り従来公知の条件から適宜選択して設定することができる。例えば、分化抑制因子として知られるLIF(例えば103U/mlの濃度)の存在下において、5%CO2、約37℃の条件下で培養するなどの方法が挙げられる。また、細胞の継代を通常1日2回行い、例えば、トリプシン/EDTA溶液(通常0.125%トリプシン/0.01%EDTA)処理により単細胞化し、新たに播種する方法等を採用することができる。ES細胞の培養は、必要に応じてフィーダー細胞上で行ってもよく、フィーダー細胞としては線維芽細胞等が例示される。

【0042】
ES細胞への前記ターゲッティングベクターの導入は、従来公知の方法を利用することができ、例えば、リン酸カルシウム共沈殿法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、リポフェクション法、凝集法、顕微注入(マイクロインジェクション)法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、DEAE-デキストラン法等が挙げられるが、操作が比較的簡便であり、比較的長いDNA断片を導入できるという観点からエレクトロポレーション法が好ましい方法として挙げられる。

【0043】
ターゲッティングベクターが導入されたES細胞について、導入されたDNAが組み込まれたかどうかは、前述の薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子等のポジティブ選択マーカー遺伝子を利用して、細胞の段階で形質転換体を確認、選択することができる。また、相同組換えによる組込みの確認は、ネガティブ選択マーカー遺伝子を利用して行うことができる。より具体的には、例えばポジティブ選択マーカー遺伝子としてネオマイシン耐性遺伝子を含み、ネガティブ選択マーカー遺伝子としてジフテリア毒素(DT)遺伝子を含むベクターを用いた場合であれば、遺伝子導入後のES細胞をG418等のネオマイシン系抗生物質を添加した培地で培養し、耐性を有する(生存した)ES細胞を選択することにより確認できる。或いは、ターゲッティングベクターが導入されたES細胞の単一細胞を培養してコロニーを得、サザンハイブリダイゼーション、PCR法等を利用してこれらのコロニーから抽出されたDNAを確認してもよい。

【0044】
目的のDNAの組み込みが確認されたES細胞を、マウス由来の胚に戻してキメラ胚を作製し、これを仮親に移植して更に発生を続けさせることによって、変異型アミロイド遺伝子についてヘテロ接合体であるノックインマウスを得ることができる。ヘテロ接合体の選択は、例えばマウスの尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンハイブリダイゼーション、PCR法等の従来公知の方法により検定することができる。

【0045】
このようにして得られたヘテロ接合体同士を交雑することにより、通常4/1の確率でホモ接合体のノックインマウスを得ることができる。キメラマウスの中でES細胞が将来卵や精子に分化する始原生殖細胞の形成に寄与した場合には、生殖系列キメラマウスが得られることとなり、これを交配することにより導入されたDNAが遺伝的に固定されたノックインマウスを作製することができる。

【0046】
更に、本発明は上記ノックインマウスから得られる、生体の一部、好ましくは単離された組織、細胞等を提供する。単離された組織としては、例えばアルツハイマーの病変部に相当する脳、脳の各部位(例えば、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳等)の組織片等が挙げられる。また、単離された細胞としては、例えば神経細胞等が挙げられる。

【0047】
<ノックインマウスの特徴>
このようにして得られる本発明のノックインマウスは、通常8カ月齢以降、好ましくは12カ月齢以降、更に好ましくは18カ月齢以降に、以下の少なくともいずれかの特徴を示す。

【0048】
(i)本発明のノックインマウスにおいては、海馬の神経細胞内にアミロイドβタンパク質がオリゴマーの形態で蓄積する。アミロイドβタンパク質は、例えば抗14F1抗体、β001抗体(Lippa C et al.,Arch.Neurol,1999)等の抗アミロイドβ抗体を用いて免疫染色を行うことにより検出される。また、蓄積されたアミロイドβタンパク質がオリゴマーを形成していることの確認は、例えば抗Al1抗体等を用いて免疫染色を行うことにより実施できる。

【0049】
(ii)本発明のノックインマウスの脳内においては、野生型マウスに比べ60%以上、好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上の異常リン酸化タウタンパク質の上昇が生じる。異常リン酸化タウタンパク質については、抗PHF1抗体等を用いた免疫染色により検出することができる。

【0050】
(iii)本発明のノックインマウスの脳内においては、野生型マウスに比べ20%以上、好ましくは40%以上、更に好ましくは50%以上の脳内シナプスの消失が見られる。シナプス消失については、抗シナプトフィジン抗体を用いた免疫染色により検出することができる。

【0051】
(iv)本発明のノックインマウスの海馬において、野生型マウスに比べ60%以上、好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上の活性化ミクログリア及び活性化アストロサイトの上昇が見られる。活性化ミクログリア及び活性化アストロサイトは、ミクログリアに対して抗Iba1抗体、アストロサイトに対して抗GFAP抗体をそれぞれ用いて免疫染色を行うことにより検出できる。

【0052】
(v)本発明のノックインマウスは、脳の海馬において、野生型マウスに比べて20%以上、好ましくは40%以上、更に好ましくは50%以上の神経脱落が認められる。神経脱落の評価は、例えば、抗NeuN抗体を用いて脳切片を染色し、海馬における神経細胞の数を計測することにより実施され得る。

【0053】
(vi)本発明のノックインマウスは、野生型マウスと比較して学習記憶障害を呈する。学習記憶障害の評価、公知の試験系を利用することができ、具体的にはモリス水迷路試験等が例示される。例えば、モリス水迷路試験において、野生型マウスは試験を繰り返す毎に逃避潜時間が短縮され、5日間で逃避潜時間が60~70%程度短縮されるのに対し、本発明のノックインマウスは、試験を繰り返しても、逃避潜時間の短縮が10~50%程度、好ましくは10~30%程度にとどまり、学習記憶障害の症状を呈する。

【0054】
[アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法]
本発明は、前記ノックインマウス又はその生体の一部を用いたアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬のスクリーニング方法を提供する。該スクリーニング方法は、ノックインマウス又はその生体の一部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善の有無を調べ、アルツハイマー病の症状を改善した被検物質を選択する工程を含むことを特徴とする。

【0055】
本発明のスクリーニング方法において、被検物質としてはアルツハイマー病の予防及び/又は治療に有効である可能性のあるものであれば特に限定されず、例えば、合成化合物、核酸(例えば、アンチセンス核酸、cDNA、siRNA等)、ペプチド、タンパク質、有機化合物、無機化合物、細胞抽出物、細胞培養上清、植物抽出物、培養産物等が挙げられ、これらの混合物の形態であってもよい。

【0056】
本発明のスクリーニング方法において被検物質の適用方法は、評価対象がノックインマウスであるか、ノックインマウスの生体の一部であるかによって適宜変更され得る。例えば、ノックインマウスに被検物質を投与することにより実施する場合、被検物質の投与方法は被検物質がマウスの脳に影響を与え得るものであれば特に制限されないが、例えば、静脈投与、脳室内投与、経口投与、腹腔内投与等が挙げられる。或いは、ノックインマウスの生体の一部を用いる場合であれば被検物質を組織培養、細胞培養等の培地等に添加することにより実施できる。

【0057】
アルツハイマー病の症状としては、具体的には、アミロイドβタンパク質の蓄積、アミロイドβオリゴマーの形成、タウタンパク質のリン酸化、シナプス消失、グリア細胞の活性化、神経脱落、学習記憶障害、脳画像検査や脳波測定等を含む電気生理学的変化が例示される。これらの症状のいずれか1種について評価を行ってもよいが、2種以上の症状について評価を行うことにより、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬としてより有効性の高い被検物質を選択することができる。

【0058】
これらの症状の検出方法又は評価方法は特に限定されず、対象となる症状に応じて従来公知の方法から適宜選択して実施することができる。例えば、ノックインマウスに被検物質を投与して行われるインビボスクリーニングの場合、被検物質が投与されたノックインマウスの脳を摘出して、常法に従って脳の凍結切片又はパラフィン包埋切片を調製し、所望の検出標的タンパク質に結合する抗体を用いて免疫染色を行うことにより検出される。免疫染色による評価方法等については、上記<ノックインマウスの特徴>において記載される抗体を用いて従来公知の染色方法に従い行うことができる。或いは、摘出された脳をホモジナイズし、イムノアッセイ等を行うことにより含有されるアミロイドβの量を測定してアミロイドβタンパク質の蓄積を検出することもできる。これらの方法により得た結果を被検物質投与群と非投与群間で比較することにより、被検物質の有効性を評価することができる。そして、非投与群に比べて被検物質投与群でアルツハイマー病の症状の改善が認められた場合、当該被検物質をアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬として選択する。

【0059】
また、動物の行動解析などにより、学習・記憶能力の差違を投与群と非投与群との間で比較してもよい。被験物質投与群において、非投与群と比較して、有意な学習・記憶障害の改善が認められれば、該被験物質をアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬として選択する。学習・記憶障害の評価方法については、上記<ノックインマウスの特徴>において記載される方法を採用することができる。

【0060】
また、前記ノックインマウス由来の生体の一部、好ましくはアルツハイマーの病変部に相当する脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳等)の組織片または細胞(例、神経細胞等)を各組織又は細胞の種類に応じた条件下で培養し、これに被験物質を添加して一定時間(例えば、1~72時間)インキュベートした後、組織片もしくは細胞を、上記インビボスクリーニングにおける脳と同様に処理し、被験物質投与群と非投与群との間で比較することによっても、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬をスクリーニングすることができる。

【0061】
[アルツハイマー病治療薬の薬効評価方法]
また、本発明は、前記ノックインマウス又はその生体の一部を用いたアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の薬効評価方法を提供する。該薬効評価方法は、ノックインマウス又はその生体の一部に被検物質を適用する工程、及び前記ノックインマウス又はその生体の一部におけるアルツハイマー病の症状の改善効果を調べる工程を含むことを特徴とする。

【0062】
被検物質としては、アルツハイマー病の予防及び/又は治療薬の効果が確認されていない新規化合物を使用することができ、また既にアルツハイマー病の予防及び/又は治療薬としての有効性が示唆されている候補化合物を使用することもできる。薬効の評価は、前記候補化合物が実際にアルツハイマー病の予防及び/又は治療に有効であるか否かを、アルツハイマーの症状の改善について、被検物質の投与群と非投与群を比較することにより行うことができる。ここで、アルツハイマー病の症状の改善効果を調べる方法等については上記スクリーニング方法の場合と同様に行うことができる。
【実施例】
【0063】
以下の実施例において本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0064】
(1)ノックインマウスの作製
大阪変異を有するアミロイドβタンパク質を生成するノックインマウスは、以下の方法により作製された。
[遺伝子ターゲッティングベクターの作製]
図1(a)に示されるように、マウスAPP(アミロイド前駆体タンパク質)遺伝子のゲノムは、18個のエクソンで構成される(図1中、数字1~18は各エクソンの番号を表す)。大阪変異は、アミロイドβタンパク質においてN末端から数えて第22番のグルタミン酸残基が欠失される変異であり、アミロイドβタンパク質の第22番アミノ酸はエクソン17によりコードされる。そこでこのような変異をノックインするためのターゲッティングベクターを作製した。具体的な方法を以下に記載する。
【実施例】
【0065】
マウス129系統のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、エクソン16の5'側イントロンを含む領域の末端にNotI、エクソン17の3'側イントロンを含む領域の末端にAscIの制限酵素サイトが付加されるようにエクソン16及び17を含むDNA断片を得た。即ち、TV-A-F5'(NotI)(配列番号3)及びTV-A-F3'(NarI)(配列番号4)のプライマーセット、ならびにTV-Am-M5'(配列番号5)及びTV-Am-M3'(AscI)(配列番号6)のプライマーセットを用いたPCR法により当該DNA断片を得た。ここで、配列番号4に示されるプライマーを使用することにより、エクソン17内にコードされるアミロイドβタンパク質の第22番目のグルタミン酸に対応する核酸配列GAAを欠失させた。
【実施例】
【0066】
一方、TV-AM-R5'(PmeI)(配列番号7)及びTV-Am-R3'(AatII)(配列番号8)のプライマーを用いてエクソン17の3'側イントロンを含む領域の末端にPmeI及びAatII制限酵素サイトが付加されるようにクローニングし、pTVベクターの3'側腕として用いた。
【実施例】
【0067】
更に、エクソン17の3'側イントロン中にlox P-neo-loxPカセット(neoカセット)を挿入した。neo耐性遺伝子は、Creマウスとの交配によってゲノムDNAから排除されるように、LoxP(図1(b)中、三角で表わされる)の間にデザインされている。また、得られたターゲッティングベクターが染色体上にランダムに挿入された場合に、得られた組換えES細胞が死滅するように、ジフテリア毒素の遺伝子(DT)の配列を、3'末端に付加した。
【実施例】
【0068】
このように構築したターゲッティングベクター配列を、制限酵素サイトを利用したライゲーション(前腕のライゲーションにはNotI、Nar1及びAsc1を使用し、後腕のライゲーションにはAscI、PmeI及びAatIIを使用)によりpTVベクターに組み込み、neoカセットとエクソン16の間に、変異型エクソン17のDNA断片が挿入されたターゲッティングベクターコンストラクトプラスミド(pTVベクターを、pTVFloxPGKneompA/A4と表すことがある)を構築した。作製されたプラスミドを大腸菌に形質転換し、培養した後にプラスミドを抽出し、制限酵素NotIで切断した直鎖状のターゲッティングベクターを精製した。
【実施例】
【0069】
ターゲッティングベクターに使用した各プライマーの配列は、以下の通りである。下記配列中、下線部は制限酵素サイトを示す。またTV-A-F3'(Nar1)の配列(配列番号4)において、太字下線で示されたCとAの間のグルタミン酸残基をコードする塩基配列GAAが欠失されていることを示す。
【実施例】
【0070】
TV-A-F5'(NotI)(配列番号3):
5'-ATAAGAATGCGGCCGCGTAGGAAGGCCCAGCTAGAAGGAAATGGG-3'

TV-A-F3'(NarI)(配列番号4):
5'-CCGATGATGGCGCCTTTGTTCGAACCCACATCAGCAAAGAACACCTTCGAAAGGAAGCCG-3'

TV-Am-M5'(配列番号5):
5'-CGGCTTCCTTTCGAAGGTGTTCTTTGCT-3'

TV-Am-M3'(AscI)(配列番号6):
5'-TTGGCGCGCCAGTTAACTAGGCCTAATGTTCCTCCATGGTAACCACGCA-3'

TV-AM-R5'(PmeI)(配列番号7):
5'-AGCTTTGTTTAAACAGGCTGTTGCCCTGAACTTCCACCTGAG-3'

TV-Am-R3'(AatII)(配列番号8):
5'-GGGGTTAGACGTCCCATTGGGTGTGACCCCACTTCAGAG-3'
【実施例】
【0071】
[ターゲッティングコンストラクトのES細胞への導入]
電気穿孔法により、NotIで切断された直鎖状のターゲッティングベクターをES細胞に導入した。具体的には以下の通りである。
【実施例】
【0072】
ES細胞(R1細胞:Dr.Nagy,A(Canada)より供与)を、20%牛胎児血清を含む高ブドウ糖DMEM培地(Invitrogen)に、必須アミノ酸、ヌクレオシド、ピルビン酸、βメルカプトエタノール、ESGRO(マウスLIF;分化抑制因子)、ぺニシリン、ストレプトマイシンを添加した培地を用い、37℃、5%CO2の条件下で対数増殖期まで培養した。このES細胞をトリプシン処理して単一細胞に分散させた後、107細胞/mlとなるように培地に懸濁し、前述のように調製されたpTVFloxPGKneompA/A4(20)μgを添加して、エレクトロポレーション法により導入を行った。
【実施例】
【0073】
更に、抗生物質G418を用いたスクリーニングによって、ネオマイシン耐性ESコロニーを選択した。その後、一部の細胞塊をストックした。ストックされた細胞塊の一部を用いてアルコール抽出によってDNAゲノムの抽出を行い、Stu1制限酵素によって消化して得られたDNA断片をアガロース電気泳動に供した。StuIサイトはネオマイシン耐性遺伝子中に存在し、ネオマイシン耐性遺伝子の挿入によってStuIフラグメントのサイズが異なることから、APP遺伝子の適切な位置にネオマイシン遺伝子が導入されていることを指標に遺伝子ノックインを確認した。
【実施例】
【0074】
約100個のクローンより、配列番号9に示される5'プローブを用いてサザンブロッティングを行い、ハイブリダイズする陽性クローン2個を得た。更に配列番号10に示される3'プローブを用いてサザンブロッティングを行い、相同組換えが生じていることを確認した。更に、PCR法により変異型エクソン17を有することを確認したところ、最終的に1個の陽性クローンを同定した。得られた陽性クローンの片方のAPP遺伝子は、図1(c)に示される構造を有していると予測された。
5' probe(配列番号9)
5'-TCCCCCACCCCCTGATATAAAAGGGAAGACTACTTACAAGTTTTCACTAAAATCTCAGAAGTAACTTTAACTGCCGTGTTACTACTCGCATGTGGTGAGGGAGGCTGCATTAGAAAGAAATCACTGTTGATCTAACGAGGAAGTAGGTCAGGTTTTATAAAGGTTTGGAGGAAGATGAAAATAAGCAACCGGGGTGATTTAAAGAGCA-3'

3' Probe(配列番号10)
5'-TCCTCTCGTCTTCCAACGCGGCTTTACAGAGGCTTGGAGCTCATATTAATCCAGCAGACTCAAGCAAGCACCTCCTCTTCTCCTCACTGGGAGAGGTAGGACAAATATAGAAACAAGAAAAGCCATTAGCTACTGTAGAGAGATGTGTGCCCCGCACAGTCTGCAGAGACTAACACCTGCCCGGCTCTCCGTGACAATGGCTGAGGCAGATTATGTTTACCGTGCCGACCTGATCTTACAGCTGAAGCCTGCTGTAGAGCTCTGGCCTGGCG-3'
【実施例】
【0075】
[APP変異型マウスの作製]
上述のようにして得られた陽性のES細胞クローンをC57BL/6とDBA2マウスの交配により得られた8細胞期胚と凝集させ、ICR偽妊娠マウス(日本SLC社より購入)の子宮に戻してキメラマウスを得た。これらのキメラマウスをC57BL/6マウス(日本SLC社より購入)と交配し、生まれたF1世代マウスに対してゲノムチェックを行って変異APP遺伝子をヘテロで有するマウスを選別した。変異APP遺伝子をヘテロで有するマウスを、更にB6マウス(C57BL/6)と20世代以上戻し交配をしてコンジェニックマウスを作製した。得られたコンジェニックマウスのうち、生殖系に変異APP遺伝子をホモで有するマウスを選別した。次に、選別されたマウスとCAG-Creマウス(大阪大学医学部 宮崎純一博士より供与)と交配することにより、LoxPにより挟まれたneo遺伝子を除去させた。
【実施例】
【0076】
このようにして得られるノックインマウスは、以下のアミノ酸配列からなる変異アミロイドβタンパク質を生合成する。配列番号1で示される変異アミロイドβタンパク質は、下記アミノ酸配列の下線部の第21~22番のアミノ酸配列(AD)の間でグルタミン酸(E)が欠失されている。
DAEFGHDSGFEVRHQKLVFFADVGSNKGAIIGLMVGGVVIA(配列番号1)
【実施例】
【0077】
得られたノックインマウス(homoKIと表記することがある)を、温度約25℃、12時間/12時間の明暗サイクル、自由飲水、自由摂食の条件下で4、6、8、12、18、24カ月間に亘り維持した。
【実施例】
【0078】
比較対象として、ヘテロノックイン(+/-)マウス(heteroKIと表記することがある)、非ノックイン(-/-)マウス(nonKIと表記することがある)、及びTG2576マウスを用い、それぞれhomoKIと同様の飼育条件で維持した。なお、非ノックインマウスとしてはC57BL/6マウスを使用した。また、Tg2576マウス(Taconic社より購入)は、アルツハイマー病の脳組織変化の特徴の1つである老人斑を再現可能な疾患モデルマウスである(Holcomb L et al.,Nature Medicine 4;97-100,1998)。被検動物は、いずれも雄性のマウスを使用した。
【実施例】
【0079】
(2)免疫組織化学
各評価に使用する試料を次のように調製した。マウス脳を4容量%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋した後、5μmの厚さの切片を作製した。100%キシレンに30分間浸漬することを5回繰り返すことにより脱パラフィン処理を行った。その後、更に100%アルコールに10分間浸漬することを5回繰り返し、更にリン酸緩衝液に10分間浸漬することを2回繰り返して水和処理を行った。このような処理に供した各試料を、以下(A)~(E)に記載される抗体を用いて免疫染色を行い、アルツハイマー病の病理学的特徴について評価した。
【実施例】
【0080】
(A)アミロイドβの蓄積及び蓄積されたアミロイドβの形態
アルツハイマー病の患者では、脳の海馬にアミロイドβタンパク質が異常蓄積し、それが老人斑を形成することが知られている。しかし、大阪変異を有するアミロイドβタンパク質はアミロイド線維を形成しにくく(即ち、老人斑を形成しにくい)、より神経毒性の強いアミロイドβのオリゴマーの形成が促進されることが知られている(Tomiyama T et al.,Ann Neurol 63;377-387,2008)。更に、大阪変異を有するアミロイドβタンパク質は、細胞外への分泌が低下し、ニューロン細胞質内に蓄積することが示唆されている(Nishitsuji K et al.,Am J Pathol,174;957-969,2009)。そこで、homoKIマウスの脳における老人斑の形成、アミロイドβタンパク質の蓄積、及びアミロイドβの形態について観察した。
【実施例】
【0081】
(A-1)老人斑の形成を観察するため、24カ月齢のhomoKI及びTg2576マウスの脳に対して免疫染色を行った。具体的には、前述のように脱パラフィン、水和処理に供された脳切片に対し、一次抗体としてアミロイド線維に強く結合するβ001抗体(発明者により作製:ウサギ由来ポリクローナル抗体、Lippa C et al.,Arch.Neurol,1999)を用いて、室温(約25℃)で12時間反応させた。一次抗体反応後、脳切片を100mM Tris-HCL(pH7.6)、150mM Nacl(Tris-buffered saline(TBS))を使用して洗浄し、その後二次抗体としてビオチン標識抗マウスIgG抗体(Vectastain社 CA,USA)を用いて一次抗体の時と同様に反応させ、洗浄した。その後、アビジンビオチン複合体(Vectastain社 CA,USA)を商品取扱説明書に従い脳切片に塗布し、室温で60分間反応させた後、一次抗体の時と同様に洗浄した。その後、顕微鏡下で観察した。
【実施例】
【0082】
免疫染色に供した脳切片の海馬付近の写真を図2に示す。図2に示されるように、Tg2576マウスの海馬ではヒトアルツハイマー病患者と同じ老人斑が皮質全体に観察された(図2(a))。一方、homoKIでは老人斑が形成されていないことが示された(図2(b))。
【実施例】
【0083】
更に、homoKI(図3(b,d))とnonKI(図3(a,c))を比較すると、homoKIではnonKIには見られないニューロン細胞質におけるアミロイドβタンパク質の異常蓄積が認められた。この結果は、ヒト型の大阪変異が導入されたAPP-Tgマウス(Tomiyama T et al.,J.Neurosci,2010)の結果と酷似していた。
【実施例】
【0084】
(A-2)アミロイドβ(Aβ)タンパク質の蓄積について、更に観察を行うため、まず脱パラフィン及び水和処理後の脳切片を、pH2に調整された塩酸水溶液中で10分間ボイルすることにより抗原賦活化処理を行った。その後、Aβタンパク質に対して14F1(マウス由来モノクローナル抗体:IBL製,群馬,日本)を一次抗体として用い、二次抗体としてビオチン標識抗マウスIgG抗体を用いて免疫染色を行った。免疫染色は、上記(A-1)に記載されるβ001抗体を用いた場合と同様の手法により実施した。
【実施例】
【0085】
抗14F1抗体により免疫染色を行ったhomoKI、heteroKI及びnonKIのそれぞれについて、各月齢のマウスの海馬CA1領域、CA3領域及びDG領域の切片の写真を図4(1)及び(2)に示す。図4(1)より、homoKIにおいてアミロイドβの蓄積は6か月齢(A、G及びM)では認められなかったが、8カ月齢(B~E、H~K及びN~Q)よりアミロイドβの蓄積が確認された。一方、24か月齢のnonKIではアミロイドβの蓄積は認められなかった(図4(1)F、L及びR)。また、heteroKIマウスにおいてもアミロイドβの蓄積は認められなかった(図4(2))。
【実施例】
【0086】
(A-3)蓄積されたアミロイドβの形態を確認するため、抗アミロイドβオリゴマー抗体A11抗体(ウサギ由来ポリクローナル抗体:CSR Japan製)を商品取扱説明書に従い一次抗体として用い、ビオチン化抗ウサギIgG抗体を二次抗体として用いて免疫染色を行った。免疫染色は、上記(A-1)に記載されるβ001抗体を用いた場合と同様の手法により実施した。免疫染色を行ったhomoKI、heteroKI及びnonKIのそれぞれについて、各月齢のマウスの海馬CA1領域、CA3領域及びDG領域の切片の写真を図5に示す。図5より、14F1抗体(抗アミロイドβ抗体)による染色と類似して、海馬CA1、CA3及びDG領域の神経細胞内にアミロイドβオリゴマーの蓄積が観察された(図5A~O)。即ち、蓄積しているアミロイドβはオリゴマーの形態をとり、ヒトにおける大阪変異型アルツハイマー病の症状が再現されていることが示された。
【実施例】
【0087】
(B)タウタンパク質の異常リン酸化
アルツハイマー病患者における病変の1つに、タウタンパク質が異常なリン酸化を受けて細胞質中で線維化して沈着する現象が知られている。タウタンパク質は、中枢神経細胞に多量に存在し、脳の神経ネットワークを構成する神経軸索の機能に必須なタンパク質であるが、異常リン酸化により蓄積して神経原線維変化を生じ、脳機能の低下を招くとされている。
【実施例】
【0088】
異常リン酸化されたタウタンパク質の検出においては、抗体反応の前に、内因性のペルオキシダーゼ活性を抑制するため、脱パラフィン処理及び水和処理後の脳切片に対して0.3%H22/メタノールによる処理を30分間行い、その後TBSで20%に希釈した仔ウシ血清で1時間インキュベートすることによりブロッキング処理を行った。
【実施例】
【0089】
次に、リン酸化特異的な抗タウ抗体である抗PHF-1抗体(マウス由来モノクローナル抗体:Albert Einstein College of Medicine,Bronx,NYのDavies,P博士より供与)を1000倍希釈で一次抗体として用い、室温(約25℃)で12時間反応させた。一次次抗体反応後、脳切片を100mM Tris-HCL(pH7.6)、150mM Nacl(Tris-buffered saline(TBS))を使用して洗浄した後、ビオチン化抗マウスIgG抗体を二次抗体として用い、一次抗体の時と同様に反応させ、洗浄した。その後、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)で標識されたアビジン-ビオチン複合体を二次抗体に結合させ、DAB(3,3'-ジアミノベンジジンテトラヒドロクロライド:(株)同仁堂化学研究所)を用いて基質を活性化して発色を行い、顕微鏡下で観察した。
【実施例】
【0090】
免疫染色の結果を図6に示す。図6より、6カ月齢においては、homoKI、heteroKI及びnonKIのいずれにもリン酸化タウタンパク質は検出されなかった(図6A、F及びK)。しかし、8か月齢以降になると、homoKIの海馬CA3領域の苔状線維にリン酸化タウタンパク質が観察された(図6L~O)。一方、heteroKI、nonKIでは、8、12、18カ月齢において、リン酸化タウタンパク質は観察されず(図4A~D及びF~I)、24カ月齢でのみ海馬CA3領域の苔状線維にわずかなリン酸化タウタンパク質が観察された(図6E及びJ)。
【実施例】
【0091】
(C)シナプスの変性
アルツハイマー病患者においては、シナプス変性が生じることによって記憶障害を引き起こすと考えられている。そこで、homoKIにおけるシナプス変性について観察を行った。シナプス変性の観察のため、前シナプスのマーカータンパク質であるシナプトフィジンの蛍光染色を行い、シナプス密度の比較を行った。一次抗体としてを商品取扱説明書に従い抗シナプトフィジン抗体(マウス由来モノクローナル抗体:SVP-38;Sigma社)を用い、二次抗体としてFITC標識化抗マウス抗体を用いて免疫染色を行った。免疫染色は、上記(A-1)に記載されるβ001抗体を用いた場合と同様の手法により実施した。その後、共焦点蛍光顕微鏡下で観察を行った。
【実施例】
【0092】
シナプス密度の計測は、海馬内のCA3領域における錐体細胞層の内側30μm×30μm、及び錐体細胞層内30μm×30μmの計30μm×60μmの範囲の染色輝度を、NIH ImageJソフトウェアを使用して定量化し、任意単位(Arbtary unit:AU)で表わした。ニューロンの消失については、海馬のCA3領域のカーブの頂点を中心として、錐体細胞の並びに沿って双方向に150μm以内の領域にあるNeuN染色で陽性となった細胞数をカウントすることにより評価した。結果を図7に示す。(統計処理:ANOVA followed by Fisher's protected least significant difference test)
【実施例】
【0093】
図7に示されるように、6カ月齢のマウスではいずれもシナプス密度に差は見られなかった(図7A、E及びI)。一方、8カ月齢ではhomoKIマウスにおいて、nonKIマウス及びheteroKIマウスと比べシナプス密度の有意な現象が観察された(図7B、F及びJ)。この時、nonKIマウスとheteroKIマウス間でシナプス密度の有意な差は認められなかった。また、12カ月齢でも同様に、nonKIマウスとheteroKIマウスのシナプス密度は同程度であるのに対し、homoKIマウスのみでシナプス密度の有意な現象が観察された(図7C、G及びK)。そして、24カ月齢になると、homoKIマウスとnonKIマウス間にシナプス密度の差が見られただけでなく、heteroKIマウスにもシナプス密度の低下が見られ、この際のシナプス消失の重篤度は、homoKIマウスが最も重篤度が高く、次いでheteroKマウス、nonKIマウスの順であることが示された(図7D、H及びL)。
【実施例】
【0094】
(D)グリア細胞の活性化
グリア細胞の活性化は脳内の炎症の指標となることが知られている。そこで、ミクログリアとアストロサイトを対象としてグリア細胞の活性化について観察した。ミクログリアの観察のためには、抗Iba1抗体(ウサギ由来ポリクローナル抗体:Wako Pure Chemical Industries 製)を商品取扱説明書に従い一次抗体として使用した。また、アストロサイトの観察のためには、抗GFAP抗体(マウス由来モノクローナル抗体:Cappel,ICN Pharmaceuticals製)を商品取扱説明書に従い免疫染色を行った。免疫染色は、上記(B)に記載される抗PHF-1抗体を用いた場合と同様の手法により実施した。抗Iba1抗体による染色結果を図8に示し、抗GFAP抗体による染色結果を図9に示す。
【実施例】
【0095】
図8に示されるように、honoKIマウスについて月齢ごとに比較すると、8カ月齢まではっきりとしたミクログリアの活性化は見られなかった(図8A及びG)。しかし、12か月齢以降ではミクログリアの明らかな活性化が見られ脳内で炎症が起きていることが示された(図8B~D及びH~J)。また、heteroKIマウス及びnonKIマウスについては24カ月齢においても、いずれもミクログリアの活性化は見られなかった(図8E、F、K及びL)。
【実施例】
【0096】
また、図9に示されるように、抗Iba1抗体による染色結果と同様に、homoKIマウスについて8カ月齢まではっきりとしたアストロサイトの活性化は見られなかった(図9A及びG)。しかし、12か月齢以降ではアストロサイトの明らかな活性化が見られ、脳内で炎症が起きていることが示された(図9B~D及びH~J)。また、heteroKIマウス及びnonKIマウスについては24カ月齢においても、いずれもアストロサイトの活性化は見られなかった(図9E、F、K及びL)。
【実施例】
【0097】
(E)神経細胞の脱落
アルツハイマー病患者では、神経細胞の広範な脱落が認められ、次第に脳が委縮していくことが知られている。神経細胞の脱落については、24カ月齢のhomoKI、heteroKI及びnonKIマウスにおいて成熟した神経細胞に特異的に発現するマーカータンパク質NeuNを指標とし細胞数を計測することにより評価した。前述のように脱パラフィン処理及び水和処理に供した脳切片に対し、クエン酸バッファー(pH6)中で30分間ボイルすることにより抗原賦活化処理を行った。その後、一次抗体としてNeuNタンパク質に対する抗体(抗NeuN抗体:マウス由来モノクローナル抗体:Millipore Bioscience Research Reagents製)を商品取扱説明書に従い免疫染色を行った。免疫染色は、上記(B)に記載される抗PHF-1抗体を用いた場合と同様の手法により実施した。免疫染色後、海馬CA3領域のカーブの頂点を中心として、錐体細胞の並びに沿って双方向に150μm以内の領域にあるNeuN抗体による染色で陽性となった細胞数をカウントすることにより行った。(統計処理:ANOVA followed by Fisher's protected least significant difference test)
【実施例】
【0098】
抗NeuN抗体を用いた免疫染色の結果を図10に示す。また、図10において(A)nonKI、(B)heteroKI及び(C)homoKIの脳切片の代表例をそれぞれ示す。図10に示されるように、24カ月齢においてhomoKIマウスでは、heteroKIマウス及びnonKIマウスに比べて優位な神経細胞の減少が見られた。一方、heteroKIマウスとnonKIマウス間で神経細胞数の有意な差は認められなかった。
【実施例】
【0099】
以上(A)~(E)の免疫染色の結果をまとめると、homoKIマウスでは8カ月齢以降に海馬の神経細胞内にアミロイドβタンパク質がオリゴマーの形態で蓄積していることが示された。一方、老人斑はいずれのマウスでも観察されなかった。また、アミロイドβタンパク質の蓄積と同時に、8カ月齢よりhomoKIマウスにおいて、タウタンパク質の異常リン酸化、シナプス消失が生じていた。更に、12カ月齢以降のhomoKIマウスにおいて、海馬にミクログリア及びアストロサイトのグリア細胞の活性化が見られ、24カ月齢のhomoKIマウスでは海馬CA3領域で顕著な神経細胞の脱落が見られた。
【実施例】
【0100】
今回作製されたhomoKIマウスにおいて、既に公知のTg2576マウスと同様に老人斑以外の全てのアルツハイマー病の特徴的病理変化が出現していることから、大阪変異の単独の効果としてアルツハイマー病を発症していることが示された。また、大阪変異をヘテロで有する変異体(heteroKIマウス)においては24カ月の高齢になるまでhomoKIマウスに見られたような病理変化が生じなかったという結果は、実際の大阪変異保持家系における劣性遺伝によるアルツハイマー病の発症を再現するものである。
【実施例】
【0101】
(3)モリス水迷路試験
アルツハイマー病による学習記憶障害について、モリス水迷路試験により評価した。モリス水迷路試験は、海馬に関係する空間学習記憶機能を測定するための行動解析法として知られている。モリス水迷路試験は以下の方法により行った。
【実施例】
【0102】
(装置)
装置は、円筒形プール(直径96cm、深さ60cm)を床上にセットした。このプールに深さ30cmまで水(室温)を入れ、透明なプラットフォームが水面下1cmに沈むようにセットした。また、水に酸化チタンで白濁させることで、プラットフォームが水泳中のマウスに見えないようにした。プラットフォームに到達するまでの時間を肉眼で観察して計測した。
【実施例】
【0103】
(手順)
モリス水迷路実験は5日間行った。1~5日目に、トレーニングはマウス1匹につき1日に連続して5回、マウスにプラットフォームの位置を記憶させるトレーニングを行った。トレーニングでは、1回当たり60秒間泳がせ、プラットフォームに到達した時間(逃避潜時:秒)を記録した。
【実施例】
【0104】
モリス水迷路試験を10カ月齢のnonKIマウス10匹と9カ月齢のhomoKIマウス10匹についてそれぞれ実施し、各群で記録された逃避潜時(秒)の平均値を試験日ごとに算出した。
【実施例】
【0105】
モリス水迷路試験の結果を図11に示す。図11より、モリス水迷路試験においてnonKIでは日を追うごとに逃避潜時が短縮されていくのに対し、homoKIでは5日経過後も1日目と同程度の逃避潜時であった。即ち、homoKIでは、アルツハイマー病の特徴である空間学習記憶障害が再現されていた。よって、本発明のノックインマウスは、アルツハイマー病の病理及び行動所見のいずれの特徴も忠実に再現されたモデル動物であることが示された。
【配列表フリ-テキスト】
【0106】
配列番号1は、変異アミロイドβタンパク質のアミノ酸配列である。
配列番号3は、TV-A-F5'(NotI)プライマーの塩基配列である。
配列番号4は、TV-A-F3'(NarI)プライマーの塩基配列である。
配列番号5は、TV-Am-M5'プライマーの塩基配列である。
配列番号6は、TV-Am-M3'(AscI)プライマーの塩基配列である。
配列番号7は、TV-AM-R5'(PmeI)プライマーの塩基配列である。
配列番号8は、TV-Am-R3'(AatII)プライマーの塩基配列である。
配列番号9は、サザンハイブリダイゼーションに使用した5'プローブの塩基配列である。
配列番号10は、サザンハイブリダイゼーションに使用した3'プローブの塩基配列である。
図面
【図1】
0
【図2】
1
【図3】
2
【図4】
3
【図5】
4
【図6】
5
【図7】
6
【図8】
7
【図9】
8
【図10】
9
【図11】
10